(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-27
(45)【発行日】2024-03-06
(54)【発明の名称】ガス拡散層の設計方法
(51)【国際特許分類】
H01M 8/0258 20160101AFI20240228BHJP
H01M 8/026 20160101ALI20240228BHJP
H01M 8/0265 20160101ALI20240228BHJP
H01M 4/86 20060101ALI20240228BHJP
H01M 8/10 20160101ALN20240228BHJP
【FI】
H01M8/0258
H01M8/026
H01M8/0265
H01M4/86 M
H01M8/10 101
(21)【出願番号】P 2020159232
(22)【出願日】2020-09-24
【審査請求日】2022-08-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000028
【氏名又は名称】弁理士法人明成国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】真籠 祥太
(72)【発明者】
【氏名】林 伴哉
(72)【発明者】
【氏名】水野 智行
(72)【発明者】
【氏名】広瀬 寛
(72)【発明者】
【氏名】山本 栄也
(72)【発明者】
【氏名】冨安 城司
(72)【発明者】
【氏名】長井 康貴
(72)【発明者】
【氏名】加藤 晃彦
(72)【発明者】
【氏名】加藤 悟
(72)【発明者】
【氏名】山口 聡
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-282777(JP,A)
【文献】特開2008-098066(JP,A)
【文献】特開2016-004652(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 8/0258
H01M 4/86
H01M 8/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
燃料電池が有するガス拡散層の設計方法であって、
前記燃料電池は、
電解質膜と、触媒電極層と、前記ガス拡散層とが積層された膜電極ガス拡散層接合体と、
前記膜電極ガス拡散層接合体に積層されるセパレータであって、(a)前記膜電極ガス拡散層接合体から離れる第1方向に凹んで形成され、前記膜電極ガス拡散層接合体の膜面に沿って延び、反応ガスを供給する一次側流路を形成する第1溝部と、(b)前記第1方向に凹んで形成され、前記第1溝部と並んで前記膜面に沿って延び、前記膜電極ガス拡散層接合体を流通した前記反応ガスが流れ込む二次側流路を形成する第2溝部と、(c)前記第1溝部と、前記第2溝部との間に設けられ、前記膜電極ガス拡散層接合体と接するリブ部と、(d)流路抵抗となる絞り部と、を有するセパレータと、を備え、
前記絞り部は、前記第1溝部及び前記第2溝部にそれぞれ、前記第1溝部及び前記第2溝部の延伸方向に沿って予め定められた間隔で前記延伸方向における位置が互いに重ならないように複数設けられており、
前記ガス拡散層の空隙率は70%であり、
前記設計方法は、
前記ガス拡散層の浸透率をK[m
2]、前記ガス拡散層の厚さをt[m]、前記一次側流路を流れる前記反応ガスの圧力と前記二次側流路を流れる前記反応ガスの圧力との差である差圧をΔP[Pa]、固体高分子形燃料電池の動作温度における水の粘度をμ[Pa・s]、前記第1溝部及び前記第2溝部のどちらにも前記絞り部が設けられていない位置における前記リブ部の幅をw[m]として、次式
対流量[cc/min]=K×t×ΔP/μ/w×60×10
6
で求められる対流量と、予め定められた発電条件における前記燃料電池が発電する電流の電流密度と、前記リブ部と接している前記ガス拡散層における液水の存在する割合である液水量と、に基づき、前記対流量が、第1の値より大きく、第2の値より小さい値となるように前記ガス拡散層を設計し、
前記第1の値及び前記第2の値は、0cc/minより大きく、20cc/minより小さい値であり、
前記ガス拡散層が前記反応ガスの拡散性を向上させて電気化学反応を促進しつつ、前記電解質膜のドライアップを抑制するために用いられる値であり、
前記第1の値及び前記第2の値は、前記対流量が互いに異なる複数のサンプルに対応する複数のプロット点であって、前記対流量を横軸、前記電流密度および前記液水量のそれぞれを縦軸としてプロットした複数のプロット点を含むグラフから求められる値であり、
前記対流量が前記第2の値より大きい範囲では、前記対流量が前記第2の値より小さい範囲よりも、前記対流量に対する前記液水量の低下率が小さく、
前記第2の値は、前記縦軸を前記液水量とする前記複数のプロット点のうち隣り合う2つのプロット点を結ぶ直線の傾きで示される前記低下率が有意に変化する前記対流量に対応する値であり、
前記対流量が前記第1の値より小さい範囲では、前記対流量が前記第1の値より大きい範囲よりも、前記対流量に対する前記電流密度の上昇率が大き
く、
前記第1の値は、前記第2の値よりも小さく、前記縦軸を前記電流密度とする前記複数のプロット点のうち隣り合う2つのプロット点を結ぶ直線の傾きで示される前記上昇率が有意に変化する前記対流量以上の値である、設計方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ガス拡散層の設計方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、膜電極ガス拡散層接合体の両側に、ガス流路を形成する一対のセパレータが配置された燃料電池がある。ガス流路から供給される反応ガスである燃料ガスと酸化ガスとにより電気化学反応が行われ、電気化学反応により生成された水は、排出される反応ガスとともに外部に排出される。従来の燃料電池において、ガス流路から供給される反応ガスのガス拡散層への拡散性が向上すると、電気化学反応は促進されることが知られている(例えば、特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
反応ガスの拡散性が向上すると、電気化学反応は促進される。一方で、拡散性が上がり過ぎると、反応ガスにより生成水が過剰に外部に排出されてしまい、電解質膜がドライアップするおそれがある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本開示は、以下の形態として実現することが可能である。
本開示の一形態によれば、燃料電池が有するガス拡散層の設計方法が提供される。前記燃料電池は、電解質膜と、触媒電極層と、前記ガス拡散層とが積層された膜電極ガス拡散層接合体と、前記膜電極ガス拡散層接合体に積層されるセパレータであって、(a)前記膜電極ガス拡散層接合体から離れる第1方向に凹んで形成され、前記膜電極ガス拡散層接合体の膜面に沿って延び、反応ガスを供給する一次側流路を形成する第1溝部と、(b)前記第1方向に凹んで形成され、前記第1溝部と並んで前記膜面に沿って延び、前記膜電極ガス拡散層接合体を流通した前記反応ガスが流れ込む二次側流路を形成する第2溝部と、(c)前記第1溝部と、前記第2溝部との間に設けられ、前記膜電極ガス拡散層接合体と接するリブ部と、(d)流路抵抗となる絞り部と、を有するセパレータと、を備え、前記絞り部は、前記第1溝部及び前記第2溝部にそれぞれ、前記第1溝部及び前記第2溝部の延伸方向に沿って予め定められた間隔で前記延伸方向における位置が互いに重ならないように複数設けられており、前記ガス拡散層の空隙率は70%である。前記設計方法は、前記ガス拡散層の浸透率をK[m2]、前記ガス拡散層の厚さをt[m]、前記一次側流路を流れる前記反応ガスの圧力と前記二次側流路を流れる前記反応ガスの圧力との差である差圧をΔP[Pa]、固体高分子形燃料電池の動作温度における水の粘度をμ[Pa・s]、前記第1溝部及び前記第2溝部のどちらにも前記絞り部が設けられていない位置における前記リブ部の幅をw[m]として、次式
対流量[cc/min]=K×t×ΔP/μ/w×60×106
で求められる対流量と、予め定められた発電条件における前記燃料電池が発電する電流の電流密度と、前記リブ部と接している前記ガス拡散層における液水の存在する割合である液水量と、に基づき、前記対流量が、第1の値より大きく、第2の値より小さい値となるように前記ガス拡散層を設計し、前記第1の値及び前記第2の値は、0cc/minより大きく、20cc/minより小さい値であり、前記ガス拡散層が前記反応ガスの拡散性を向上させて電気化学反応を促進しつつ、前記電解質膜のドライアップを抑制するために用いられる値であり、前記第1の値及び前記第2の値は、前記対流量が互いに異なる複数のサンプルに対応する複数のプロット点であって、前記対流量を横軸、前記電流密度および前記液水量のそれぞれを縦軸としてプロットした複数のプロット点を含むグラフから求められる値であり、前記対流量が前記第2の値より大きい範囲では、前記対流量が前記第2の値より小さい範囲よりも、前記対流量に対する前記液水量の低下率が小さく、前記第2の値は、前記縦軸を前記液水量とする前記複数のプロット点のうち隣り合う2つのプロット点を結ぶ直線の傾きで示される前記低下率が有意に変化する前記対流量に対応する値であり、前記対流量が前記第1の値より小さい範囲では、前記対流量が前記第1の値より大きい範囲よりも、前記対流量に対する前記電流密度の上昇率が大きく、前記第1の値は、前記第2の値よりも小さく、前記縦軸を前記電流密度とする前記複数のプロット点のうち隣り合う2つのプロット点を結ぶ直線の傾きで示される前記上昇率が有意に変化する前記対流量以上の値である。
【0006】
本開示の一形態によれば、燃料電池が有するガス拡散層の設計方法が提供される。前記燃料電池は、電解質膜と、触媒電極層と、前記ガス拡散層とが積層された膜電極ガス拡散層接合体と、前記膜電極ガス拡散層接合体に積層されるセパレータであって、(a)前記膜電極ガス拡散層接合体から離れる第1方向に凹んで形成され、前記膜電極ガス拡散層接合体の膜面に沿って延び、反応ガスを供給する一次側流路を形成する第1溝部と、(b)前記第1方向に凹んで形成され、前記第1溝部と並んで前記膜面に沿って延び、前記膜電極ガス拡散層接合体を流通した前記反応ガスが流れ込む二次側流路を形成する第2溝部と、(c)前記第1溝部と、前記第2溝部との間に設けられ、前記膜電極ガス拡散層接合体と接するリブ部と、を有するセパレータと、を備え、前記設計方法は、前記ガス拡散層の浸透率をK[m2]、前記ガス拡散層の厚さをt[m]、前記一次側流路を流れる前記反応ガスの圧力と前記二次側流路を流れる前記反応ガスの圧力との差である差圧をΔP[Pa]、水の粘度をμ[Pa・s]、前記リブ部の幅をw[m]として、次式
対流量[cc/min]=K×t×ΔP/μ/w×60×106
で求められる対流量が、4.0cc/minより大きく、7.0cc/minより小さい範囲となるように前記ガス拡散層を設計する設計方法である。この設計方法によれば、良好な発電効率となり、かつ、電解質膜のドライアップが抑制される燃料電池を提供することができる。
なお、本開示は、種々の形態で実現することが可能であり、上記形態の他に、上記設計方法を用いて設計されたガス拡散層を備える燃料電池等の形態で実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図2】
図3のII-II線断面図であり、燃料電池セルの部分断面図である。
【
図4】対流量に対する液水量および電流密度の結果である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
A.実施形態:
図1は、本開示の一実施形態における、燃料電池100の概略構成図である。燃料電池100は、反応ガスとしての燃料ガスおよび酸化ガスを用い、電気化学反応によって発電する。本実施形態では、酸化ガスとして空気が用いられる。燃料電池100は、複数の燃料電池セル60が積層されたセル積層体10と、正極ターミナル20と、負極ターミナル30と、を備える。燃料電池セル60は、膜電極ガス拡散層接合体80の両面のそれぞれに、カソード側セパレータ91およびアノード側セパレータ92が配置されている(
図2参照)。負極ターミナル30およびセル積層体10には、燃料電池セル60の積層方向に貫通する、冷却水マニホールド11a,11bと、酸化ガスマニホールド12a,12bと、燃料ガスマニホールド13a,13bと、が形成されている。冷却水マニホールド11a,11b、酸化ガスマニホールド12a,12b、および燃料ガスマニホールド13a,13bは、セル積層体10に、それぞれ、冷却水、酸化ガス、および燃料ガスを供給および排出するために用いられる。冷却水マニホールド11a、酸化ガスマニホールド12a、および燃料ガスマニホールド13aは、供給用であり、冷却水マニホールド11b、酸化ガスマニホールド12b、および燃料ガスマニホールド13bは、排出用である。正極ターミナル20および負極ターミナル30は、燃料電池セル60が発電した電力を集電する。集電された電力は、正極ターミナル20および負極ターミナル30を介して、外部負荷へ供給される。
【0009】
図2は、燃料電池セル60の部分断面図であり、
図3のII-II線断面図である。
図3は、カソード側セパレータ91の平面図である。
図2に示すように、燃料電池セル60は、膜電極ガス拡散層接合体80と、カソード側セパレータ91と、アノード側セパレータ92と、を有する。カソード側セパレータ91およびアノード側セパレータ92は、膜電極ガス拡散層接合体80の両側にそれぞれ配置されている。膜電極ガス拡散層接合体80は、膜電極接合体70と、膜電極接合体70の両面のそれぞれに配置された2つのガス拡散層74と、を有する。膜電極接合体70は、電解質膜71と、電解質膜71の両面のそれぞれに配置された2つの触媒電極層72と、を有する。電解質膜71は、固体高分子膜であり、例えばパーフルオロカーボンスルホン酸ポリマなどのフッ素系樹脂から成るプロトン伝導性のイオン交換膜が用いられている。触媒電極層72は、電気化学反応を促進する触媒、例えば、白金触媒、あるいは白金と他の金属から成る白金合金触媒を含んでいる。ガス拡散層74は、酸化ガスまたは燃料ガスを拡散させるための層であり、ガス拡散層基材74aと、浸込み層74bと、MPL(Micro Porous Layer)74cと、を有する。ガス拡散層基材74aは、例えば、カーボンファイバー製である。なお、ガス拡散層基材74aは、カーボンファイバー製に限られず、金属メッシュや発泡金属等の金属多孔質体でもよい。MPL74cは、例えば、カーボン粉末と、例えばポリテトラフルオロエチレン(PTFE)などの撥水性樹脂などを含んで形成されている。なお、撥水性樹脂は、ポリテトラフルオロエチレンに限られず、ポリエチレン、ポリプロピレン等でもよい。詳しくは、MPL74cは、ガス拡散層基材74aに、カーボン粉末、撥水性樹脂、接着剤、および水などが混合されたMPLペーストが塗布されて形成される。浸込み層74bは、ガス拡散層基材74aにMPLペーストが浸み込むことにより形成される層である。2つのガス拡散層74は、MPL74cが膜電極接合体70と接するように、膜電極接合体70の両面のそれぞれに配置されている。
【0010】
カソード側セパレータ91およびアノード側セパレータ92は、例えば金属製の板状部材がプレス加工されて形成される。カソード側セパレータ91は、複数の溝部91aと、リブ部91bと、流路抵抗となる絞り部91cと、を有する。複数の溝部91aは、接している膜電極ガス拡散層接合体80から離れる第1方向に向かって凹んで形成されている。また、複数の溝部91aは、膜電極ガス拡散層接合体80の膜面に沿った方向のうちで、
図2の紙面手前から奥へ向かう方向に沿って延びる。リブ部91bは、隣接する溝部91aの間に設けられ、膜電極ガス拡散層接合体80と接している。絞り部91cは、溝部91aと同様に、膜電極ガス拡散層接合体80から離れる第1方向に向かって凹んで形成されている。
図3に示すように、本実施形態では、同じ幅である複数の溝部91aが、延伸方向と垂直な方向に等間隔で並んで配置されている。絞り部91cは、溝部91aの延伸方向に予め定められた間隔で複数配置されている。また、隣接する溝部91aに配置される絞り部91cは、溝部91aの延伸方向における位置が互いに重ならないように配置されている。具体的には、本実施形態では、同じ溝部91aに配置される隣接する2つの絞り部91cの略中央位置に、隣接する溝部91aの絞り部91cが配置されている。絞り部91cは、酸化ガスの流れを阻害するために設けられている。絞り部91cの流路断面積は、溝部91aの流路断面積よりも小さい。本実施形態では、絞り部91cの幅は、溝部91aの幅よりも狭く形成されている。また本実施形態では、
図2に示すように、絞り部91cの深さは、溝部91aの深さよりも小さい。溝部91aと、膜電極ガス拡散層接合体80とにより囲まれた空間が酸化ガス流路41である。アノード側セパレータ92は、カソード側セパレータ91と同様に形成されている。アノード側セパレータ92は、溝部92aと、リブ部92bと、を有する。溝部92aと、膜電極ガス拡散層接合体80と、により囲まれた空間が燃料ガス流路42である。膜電極ガス拡散層接合体80の積層方向に隣接するカソード側セパレータ91およびアノード側セパレータ92の各々のリブ部91b,92bおよび溝部91a,92aにより囲まれた空間が、冷却水流路43である。
【0011】
図3に示すように、カソード側セパレータ91は、上記の構成の他に、接続部91d,91eと、開口部911~916と、を有する。開口部911~916は、カソード側セパレータ91の外縁部に形成された貫通孔であり、それぞれ、
図1で示した各種マニホールド11a,11b,12a,12b,13a,13bの一部を形成する。開口部911,913,915と、開口部912,914,916とは、溝部91aを挟んで、対峙して配置されている。接続部91dは、複数の溝部91aと、開口部913とを接続するように、溝部91aと同じ方向に凹んで形成されている。これにより、マニホールド12aを形成する開口部913から流入する酸化ガスは、溝部91aにより形成される酸化ガス流路41を流れる。同様に、接続部91eは、複数の溝部91aと、開口部914とを接続するように、溝部91aと同じ方向に凹んで形成されている。これにより、溝部91aにより形成される酸化ガス流路41を流れる酸化ガスは、マニホールド12bを形成する開口部914から流出する。
【0012】
図3の溝部91aに描かれた矢印は、酸化ガスの流れを示しており、流量の大小を矢印の大小で表現している。絞り部91cの流路断面積は、溝部91aの流路断面積よりも小さくなっているため、溝部91aを流通する酸化ガスは、絞り部91cにより流れが遮られる。流通する酸化ガスは、絞り部91cの手前で直進しにくくなるため、ガス拡散層74へ潜り込み、ガス拡散層74を介して、隣接する溝部91aへ流れる。隣接する溝部91aへ流れるのは、隣接する溝部91aには、下流側に絞り部91cがなく流路抵抗が少なく流れやすいためである。
図2に描かれた矢印は、酸化ガスの流れを示している。絞り部91cにより流れを遮られた酸化ガスは、触媒電極層72へ向かって拡散し、一部が電気化学反応により消費され、隣接する溝部91aへ流れ込む。ここで、便宜的に、絞り部91cがあることにより、ガス拡散層74へ酸化ガスが流出する酸化ガス流路41を一次側流路41aと称し、絞り部91cがないことにより、ガス拡散層74から酸化ガスが流入する酸化ガス流路41を二次側流路41bと称する。また、一次側流路41aを形成する溝部91aを第1溝部191aと称し、二次側流路41bを形成する溝部91aを第2溝部291aと称する。より具体的には、
図3に示されるように、溝部91aを、延伸方向に絞り部91cの間隔で区切った場合、絞り部91cがある区間が第1溝部191aであり、絞り部91cがない区間が第2溝部291aである。
【0013】
図2に示す矢印a,矢印b,矢印cは、酸化ガスの流れを示している。矢印aは、一次側流路41aから触媒電極層72に向かって拡散する流れを示している。矢印bは、一次側流路41aから隣接する二次側流路41bへ向かう流れを示している。矢印cは、二次側流路41bへ引き込まれる流れを示している。電気化学反応により生成された水(以下、生成水という。)は、矢印bおよび矢印cにて示される、二次側流路41bへ向かって流れる酸化ガスとともに、二次側流路41bから外部に排出される。酸化ガスのガス拡散層74への拡散性がよくなると、電気化学反応は促進されるため、発電効率は向上する。一方で、酸化ガスの拡散性が上がり過ぎると、生成水の排出も促進されるため、電解質膜71が乾燥し、水素イオンの伝導性が低下し、発電性能が低下する、所謂ドライアップが生じるおそれがある。そこで、発明者らは、実験により、一次側流路41aから二次側流路41bへ向かって流れる酸化ガスの適切な流量を見出した。以下の説明において、矢印bにて示される、一次側流路41aから二次側流路41bへ向かう流れを「対流」、この対流の流量を「対流量」と称する。
【0014】
対流量の算出には、次の式(1)が用いられた。
対流量[cc/min]=K×t×ΔP/μ/w×60×10
6・・式(1)
式(1)におけるパラメータは次の通りである。
K:ガス拡散層74の浸透率[m
2]
t:ガス拡散層基材74aの厚さ[m]
ΔP:一次側流路41aの圧力と二次側流路41bの圧力との差圧[Pa]
μ:生成水の粘度[Pa・s]
w:リブ部91bの幅[m]
本実施形態では、ガス拡散層74の厚さとして、ガス拡散層基材74aの厚さが用いられている。差圧ΔPは、シミュレーションにより求められた一次側流路41aの圧力から、二次側流路41bの圧力を減算した値である。シミュレーションは、一次側流路41aおよび二次側流路41bの三次元の流路構造および発電条件などを入力条件として実施された。具体的には、一次側流路41aおよび二次側流路41bを含む範囲の流路構造がシミュレーションに用いられた。発電条件とは、例えば、電流密度、酸化ガスおよび燃料ガスの流量、温度などである。リブ幅wは、具体的には、次の方法により算出された値が用いられた。
図2の破線にて示す、溝部91aの深さの半分の位置を示す線と、溝部91aのガス拡散層74に対向する面との交点CP1、CP2を求め、リブ部91bを挟んで隣接する溝部91aの交点CP1、CP2間の距離がリブ幅wとされた。
【0015】
対流量と、電流密度およびガス拡散層74に含まれる液水量との関係を調べるため、種々の対流量となるように、種々の燃料電池100が作製された。具体的には、式(1)の差圧ΔPが種々の値となるように、絞り部91cの流路断面積が種々の断面積となるカソード側セパレータ91が複数作製された。また、ガス拡散層74として、互いに種類が異なる2種類のガス拡散層74が用いられた。
図4は、対流量に対する、電流密度と液水量との結果である。ここで、液水量とは、リブ部91bと接しているガス拡散層基材74aにおける液水の存在する割合を示し、ガス拡散層基材74aにおいて、空隙部がすべて液水で満たされた状態を100%として算出される値である。なお、本実施形態では、空隙率が70%程度のガス拡散層基材74aが用いられている。液水量は、X線ラジオグラフィを用いて計測された。電流密度は、一定の発電条件で発電されて測定された。
図4のサンプルAおよびサンプルBは、互いに種類が異なる2種類のガス拡散層74のそれぞれに対応する。
【0016】
図4に示されるように、ガス拡散層74の種類に拘わらず、対流量の変化に対して、電流密度および液水量は、同じ挙動を示す。ガス拡散層74に液水があると、ガス拡散層74から触媒電極層72への酸化ガスの供給が阻害されるため、液水量は、少ない方が好ましい。液水量は、対流量が0[cc/min]より大きく、7[cc/min]より小さい範囲で、対流量に対して液水量は大きく低下する。しかし、7[cc/min]より大きい範囲では、7[cc/min]より小さい範囲よりも、対流量に対する液水量の低下率は小さくなる。対流量を7[cc/min]より大きい範囲では、対流量を大きくしても、液水量はあまり低下しない。本実施形態では、対流量を増大させるために、絞り部91cの流路断面積を小さくしているため、対流量を増大させるほど、一次側流路41aの圧力損失が大きくなってしまう。以上を鑑みると、対流量を7[cc/min]より大きくする場合、液水量が小さくなるメリットよりも、一次側流路41aの圧力損失が大きくなってしまうデメリットが大きくなってしまうと考えられる。
【0017】
対流量が大きくなるほど、電流密度は大きくなっている。これは、対流量が大きくなるほど、ガス拡散層74から液水がより排出され、酸化ガスがより供給され易くなるため、また、酸化ガスの拡散性が向上するためであると考えられる。特に、対流量が0[cc/min]より大きく、4[cc/min]より小さい範囲で、対流量に対する電流密度の上昇率は高い。換言すれば、対流量が4[cc/min]より小さくなると、電流密度が急激に小さくなってしまう。これにより、対流量は、4[cc/min]より大きいことが好ましいと考えられる。また、対流量が7[cc/min]より大きい範囲では、対流量に対する電流密度の上昇率は、対流量が4[cc/min]より大きく7[cc/min]より小さい範囲における上昇率よりも低下する。上述したように、対流量が7[cc/min]より大きい範囲では、液水量はあまり低下しない。したがって、対流量が7[cc/min]より大きい範囲では、液水量が小さくなるメリットおよび電流密度が大きくなるメリットよりも、一次側流路41aの圧力損失が大きくなってしまうデメリットが大きくなってしまうと考えられる。また、対流量を7[cc/min]より小さい範囲とすれば、過剰な生成水の排出は抑制されるため、電解質膜71のドライアップは抑制される。以上をまとめると、対流量が4.0[cc/min]より大きく7.0[cc/min]よりも小さくなるようにガス拡散層74を設計すると良いと考えられる。
【0018】
以上説明した実施形態によれば、式(1)により算出される対流量が4.0[cc/min]より大きく7.0[cc/min]よりも小さくなるようにガス拡散層74を設計することにより、良好な発電効率となり、かつ、電解質膜71のドライアップが抑制される燃料電池100を提供することができる。
【0019】
B.他の実施形態:
(B1)上記実施形態では、カソード側セパレータ91には、全ての溝部91aにおいて、絞り部91cは、等間隔で溝部91aに配置される。これに限定されず、例えば、カソード側セパレータ91の中央部と、外縁部とで、絞り部91cの配置間隔および個数とが異なっていても良い。この場合においても、部分毎に、ガス拡散層74を設計することにより、良好な発電効率となり、かつ、電解質膜71のドライアップが抑制される燃料電池100とすることができる。
【0020】
(B2)上記実施形態では、カソード側セパレータ91についての設計方法について説明したが、アノード側セパレータ92の設計についても本開示の設計方法を適用することができる。
【0021】
(B3)上記実施形態では、カソード側セパレータ91の全ての溝部91aは、開口部913および開口部914のどちらにも接続され、絞り部91cの配置により、一つの溝部91aは、一次側流路41aおよび二次側流路41bのどちらの機能も有している。これに対し、開口部913のみに接続される溝部91aと、開口部914のみに接続される溝部91aとを交互に配置されるようにし、開口部913に接続される溝部91aを一次側流路41aとして、開口部914に接続される溝部91aを二次側流路41bとして機能させる構成のカソード側セパレータ91についても、本開示の設計方法を適用することができる。
【0022】
本開示は、上述の実施形態に限られるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲において種々の構成で実現することができる。例えば、発明の概要の欄に記載した各形態中の技術的特徴に対応する実施形態の技術的特徴は、上述の課題の一部又は全部を解決するために、あるいは、上述の効果の一部又は全部を達成するために、適宜、差し替えや、組み合わせを行うことが可能である。また、その技術的特徴が本明細書中に必須なものとして説明されていなければ、適宜、削除することが可能である。
【符号の説明】
【0023】
10…セル積層体、11a,11b…冷却水マニホールド、12a,12b…酸化ガスマニホールド、13a,13b…燃料ガスマニホールド、20…正極ターミナル、30…負極ターミナル、41…酸化ガス流路、41a…一次側流路、41b…二次側流路、42…燃料ガス流路、43…冷却水流路、60…燃料電池セル、70…膜電極接合体、71…電解質膜、72…触媒電極層、74…ガス拡散層、74a…ガス拡散層基材、74b…浸込み層、74c…MPL、80…膜電極ガス拡散層接合体、91…カソード側セパレータ、91a,92a…溝部、91b,92b…リブ部、91c…絞り部、91d,91e…接続部、92…アノード側セパレータ、100…燃料電池、191a…第1溝部、291a…第2溝部、911~916…開口部