(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-27
(45)【発行日】2024-03-06
(54)【発明の名称】マグネトロンスパッタ法による成膜装置および成膜方法
(51)【国際特許分類】
C23C 14/35 20060101AFI20240228BHJP
C23C 14/06 20060101ALI20240228BHJP
【FI】
C23C14/35 Z
C23C14/06 A
(21)【出願番号】P 2023175091
(22)【出願日】2023-10-10
【審査請求日】2023-10-10
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000192567
【氏名又は名称】神港精機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100168217
【氏名又は名称】大村 和史
(72)【発明者】
【氏名】梶 正典
(72)【発明者】
【氏名】寺山 暢之
【審査官】西田 彩乃
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-117787(JP,A)
【文献】特開2018-119185(JP,A)
【文献】特開2018-115356(JP,A)
【文献】特開2018-070977(JP,A)
【文献】特開2017-066483(JP,A)
【文献】国際公開第2012/073471(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
マグネトロンスパッタ法により被処理物に反応膜を形成する成膜装置であって、
接地電位とされるとともに、内部に前記被処理物が収容される真空槽、
前記反応膜の材料となるターゲットを有し、当該ターゲットの被スパッタ面が前記被処理物と対向するように前記真空槽の内部に設けられるマグネトロンスパッタカソード、
接地電位とされるとともに、前記マグネトロンスパッタカソードの被スパッタ領域を前記被スパッタ面に限定するために当該被スパッタ面を露出させた状態で当該マグネトロンスパッタカソードの外周を囲むように設けられるアースシールド、
前記真空槽の排気口を介して当該真空槽の内部を排気する真空ポンプと、当該排気口における実効排気速度を制御するコンダクタンスバルブと、を有する排気手段、
前記真空槽の内部に不活性ガスを一定の流量で導入する不活性ガス導入手段、
前記アースシールドを陽極とし、前記マグネトロンスパッタカソードを陰極として、前記不活性ガスの粒子を放電させるためのスパッタ電力を当該アースシールドと当該マグネトロンスパッタカソードとに供給するスパッタ電力供給手段、
前記真空槽の内部に前記反応膜の材料となる反応性ガスを導入する反応性ガス導入手段、
前記真空槽を陽極とし、前記被処理物を陰極として、前記不活性ガスの粒子と前記反応性ガスの粒子と前記ターゲットの被スパッタ面からスパッタされたスパッタ粒子とを当該被処理物へ向けて加速させるための所定成分が一定のバイアス電力を当該真空槽と当該被処理物とに供給するバイアス電力供給手段、
前記ターゲットの被スパッタ面と前記被処理物との間に設けられるカソードフィラメント、
前記カソードフィラメントを加熱して当該カソードフィラメントから熱電子を放出させるための加熱用電力を当該カソードフィラメントに供給する加熱用電力供給手段、
前記アースシールドを陽極とし、前記カソードフィラメントを陰極として、前記熱電子を当該アースシールドへ向けて加速させるためのアーク放電用電力を当該アースシールドと当該カソードフィラメントとに供給するアーク放電用電力供給手段、
前記アーク放電用電力の電圧成分が一定とされた状態で、当該アーク放電用電力の電流成分が一定となるように前記加熱用電力を制御する加熱用電力制御手段、および、
前記スパッタ電力が一定とされるとともに、前記コンダクタンスバルブにより前記実効排気速度が一定とされた状態で、前記真空槽の内部の圧力が一定となるように当該真空槽の内部への前記反応性ガスの流量を制御する反応ガス流量制御手段を備える、成膜装置。
【請求項2】
前記マグネトロンスパッタカソード、前記アースシールド、前記スパッタ電力供給手段、前記カソードフィラメント、前記加熱用電力供給手段、前記アーク放電用電力供給手段および加熱用電力制御手段を有するユニットを複数備える、請求項1に記載の成膜装置。
【請求項3】
前記バイアス電力は、直流電力、非対称バイポーラパルス電力または高周波電力である、請求項1または2に記載の成膜装置。
【請求項4】
マグネトロンスパッタ法により被処理物に反応膜を形成する成膜方法であって、
接地電位とされるとともに、前記反応膜の材料となるターゲットを有するマグネトロンスパッタカソードが設けられた真空槽の内部に、前記被処理物を当該ターゲットの被スパッタ面と対向するように設置する被処理物設置ステップ、
前記真空槽の排気口を介して当該真空槽の内部を真空ポンプにより排気するとともに、当該排気口における実効排気速度をコンダクタンスバルブにより制御する排気ステップ、
前記真空槽の内部に一定の流量で不活性ガスを導入する不活性ガス導入ステップ、
接地電位とされるとともに、前記マグネトロンスパッタカソードの被スパッタ領域を前記被スパッタ面に限定するために当該被スパッタ面を露出させた状態で当該マグネトロンスパッタカソードの外周を囲むように設けられたアースシールドを陽極とし、前記マグネトロンスパッタカソードを陰極として、前記不活性ガスの粒子を放電させるためのスパッタ電力を当該アースシールドと当該マグネトロンスパッタカソードとに供給するスパッタ電力供給ステップ、
前記真空槽の内部に前記反応膜の材料となる反応性ガスを導入する反応性ガス導入ステップ、
前記真空槽を陽極とし、前記被処理物を陰極として、前記不活性ガスの粒子と前記反応性ガスの粒子と前記ターゲットの被スパッタ面からスパッタされたスパッタ粒子とを当該被処理物へ向けて加速させるための所定成分が一定のバイアス電力を当該真空槽と当該被処理物とに供給するバイアス電力供給ステップ、
前記ターゲットの被スパッタ面と前記被処理物との間に設けられたカソードフィラメントを加熱して当該カソードフィラメントから熱電子を放出させるための加熱用電力を当該カソードフィラメントに供給する加熱用電力供給ステップ、
前記アースシールドを陽極とし、前記カソードフィラメントを陰極として、前記熱電子を当該アースシールドへ向けて加速させるためのアーク放電用電力を当該アースシールドと当該カソードフィラメントとに供給するアーク放電用電力供給ステップ、
前記アーク放電用電力の電圧成分が一定とされた状態で、当該アーク放電用電力の電流成分が一定となるように前記加熱用電力を制御する加熱用電力制御ステップ、および、
前記スパッタ電力が一定とされるとともに、前記コンダクタンスバルブにより前記実効排気速度が一定とされた状態で、前記真空槽の内部の圧力が一定となるように当該真空槽の内部への前記反応性ガスの流量を制御する反応ガス流量制御ステップを含む、成膜方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マグネトロンスパッタ法による成膜装置および成膜方法に関し、特に、被処理物に反応膜(化合物膜)を形成する、いわゆる反応性マグネトロンスパッタ法による成膜装置および成膜方法に関する。
【背景技術】
【0002】
この種の技術の一例が、特許文献1に開示されている。この特許文献1に開示された技術によれば、接地電位とされた真空槽内に反応膜の材料となるターゲットを有するマグネトロンスパッタカソード(マグネトロンソード)が設けられる。併せて、真空槽内に被処理物がターゲットの被スパッタ面と対向するように設けられる。さらに、マグネトロンスパッタカソードのうちのターゲットの被スパッタ面(のみ)を露出させた状態で当該マグネトロンスパッタカソードの外周を囲むように、アースシールドが設けられる。このアースシールドもまた、接地電位とされる。そして、真空槽内が排気手段としての真空ポンプにより排気されるとともに、当該真空槽内に放電用ガスとしての不活性ガスが導入される。この状態で、真空槽を陽極とし、厳密にはアースシールドを陽極とし、マグネトロンスパッタカソードを陰極として、これら両者にスパッタ電力が供給される。これにより、不活性ガスの粒子が放電して、ターゲットの被スパッタ面に張り付くようにマグネトロンプラズマが発生する。このマグネトロンプラズマの放電態様は、高電圧小電流のグロー放電である。また、マグネトロンプラズマがターゲットの被スパッタ面に張り付くのは、マグネトロンスパッタカソードが備える磁界形成手段としての磁石により形成される磁界の作用による。
【0003】
このマグネトロンプラズマ中の不活性ガスの粒子、とりわけイオンが、ターゲットの被スパッタ面に衝突することにより、当該被スパッタ面からターゲットを構成する粒子が叩き出され、つまりスパッタされる。このとき、スパッタの対象となる領域である被スパッタ領域は、ターゲットの被スパッタ面に限定され、つまりはそうなるように前述のアースシールドが設けられる。さらに、真空槽内に反応膜の材料となる反応性ガスが導入される。この反応性ガスの粒子は、マグネトロンプラズマによって分解される。そして、真空槽を陽極とし、被処理物を陰極として、これら両者にバイアス電力が供給される。これにより、不活性ガスの粒子と、反応性ガスの粒子と、ターゲットの被スパッタ面からスパッタされたスパッタ粒子とが、被処理物に向かって加速される。そして特に、反応性ガスの粒子とスパッタ粒子とが被処理物の表面に付着して、互いに反応することで、当該被処理物の表面に反応性ガスの粒子とスパッタ粒子とを成分とする反応膜が形成される。併せて、被処理物の表面に対する不活性ガスの粒子によるボンバードメント作用により、反応膜の密度の向上が図られる。
【0004】
加えて、真空槽内におけるターゲットの被スパッタ面と被処理物との間にカソードフィラメント(フィラメント)が設けられる。そして、カソードフィラメントに加熱用電力(熱電子放出量電力)が供給されることで、当該カソードフィラメントが加熱されて、当該カソードフィラメントから熱電子が放出される。さらに、真空槽を陽極とし、厳密にはアースシールドを陽極とし、カソードフィラメントを陰極として、これら両者にアーク放電用電力(放電用電力)が供給される。すると、カソードフィラメントから放出された熱電子がアースシールドに向かって加速されて、この加速された熱電子が不活性ガスの粒子、反応性ガスの粒子およびスパッタ粒子と衝突する。カソードフィラメントの周囲には、前述の磁界が形成されるので、カソードフィラメントからアースシールドに向かって加速された電子は、当該磁界の作用により螺旋運動(サイクロイド運動またはトロコイド運動)する。これにより、熱電子が不活性ガスの粒子、反応性ガスの粒子およびスパッタ粒子と衝突する頻度が増大して、カソードフィラメントの周囲に低電圧大電流のアーク放電が誘起される。すなわち、グロー放電によるマグネトロンプラズマに加えて、アーク放電による極めて高密度なプラズマが、カソードフィラメントの周囲に発生し、つまりターゲットの被スパッタ面と被処理物との間に発生する。
【0005】
したがって、ターゲットの被スパッタ面からスパッタされたスパッタ粒子は、被処理物に向かって飛翔する途中で、極めて高密度なプラズマの空間を通過する。これにより、スパッタ粒子は、活性化され、少なくとも基底状態よりは高いエネルギを持つようになり、とりわけ効率的にイオン化される。これと同様に、反応性ガスの粒子もまた、活性化され、効率的にイオン化される。併せて、不活性ガスの粒子もまた、活性化され、効率的にイオン化される。このイオン化率の向上により、被処理物の表面に入射されるイオンの量が増加し、当該被処理物の表面に形成される反応膜の高硬度化が図られる。また、スパッタ粒子と反応性ガスの粒子との相互の結合力が増大するので、反応膜の緻密化が図られる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、特許文献1には明記されていないが、前述の排気手段は、真空ポンプの他に、真空槽の排気口と真空ポンプの吸気口とを繋ぐ配管(排気経路)の途中に設けられたコンダクタンスバルブを有する。このコンダクタンスバルブは、たとえばブラインドの如く平行に並べられた複数の細長い板状の羽根部材(ルーバ)を備え、この羽根部材の角度θによって、真空槽の排気口における実効排気速度を制御する。特許文献1に開示された技術では、真空槽内の圧力Pが一定となるように、換言すれば真空槽内の圧力Pをパラメータとして、コンダクタンスバルブの羽根部材の角度θが自動制御(フィードバック制御)される。
【0008】
ところが、特許文献1に開示された技術では、反応膜の再現性が得られない、とりわけ当該反応膜の色調および膜厚の再現性が得られない、という問題がある。これは、反応膜を形成するための成膜処理が行われるたびに、言わばバッチごとに、また、当該バッチが繰り返されるに連れて、ターゲットの被スパッタ面のスパッタ速度(単位時間かつ単位面積当たりのスパッタ粒子の数であり、「スパッタ蒸発速度」と呼ばれることもあるが、これを直接的に測定することはできないため、常套的には、単位時間当たりにスパッタされた粒子の質量(g/min)で表される。)が変化することに起因するものと推測される。
【0009】
たとえば、反応膜の色調は、当該反応膜の組成の影響を受ける。反応膜として窒化チタン(TiN)膜を例に挙げると、これまでの経験上、化学量論組成の窒化チタン膜の色調は、金色であるが、化学量論組成から外れると、たとえばチタンの原子数が窒素よりも多いほど、当該金色の色調が薄れる傾向にあり、チタンの原子数が窒素の2倍(Ti2N)である場合には、金属色(銀色)の色調となる。この窒化チタン膜の成膜処理後のターゲットの被スパッタ面を観察すると、当該被スパッタ面のうちの非エロージョン領域には、窒化チタン膜が付着しており、エロージョン領域には、窒化チタン膜が付着していない。そして、エロージョン領域と非エロージョン領域との境界付近については、バッチごとに様相が異なり、たとえば薄く金色になっている場合もあれば、金属色になっている場合もある。前述したように、真空槽内においては、ターゲットの被スパッタ面に張り付くようにマグネトロンプラズマが発生しており、これに加えて、アーク放電による極めて高密度なプラズマが発生しており、ゆえに、当該被スパッタ面が晒された空間は、化学的に極めて活性である。そのため、ターゲットの被スパッタ面をミクロ的に見ると、エロージョン領域と非エロージョン領域との境界付近に窒素が侵入し、つまり当該境界付近が窒化されている(または窒化に似たような現象が生じている)ものと考えられる。この窒化の度合いがバッチごとに異なることで、当該バッチごとに、換言すれば比較的に短い期間(短期スパン)であっても、スパッタ速度が変化し、これにより、窒化チタン膜の組成比が変わり、ひいては窒化チタン膜の色調の再現性が得られなくなるものと推測される。
【0010】
また、スパッタ速度が変化すると、反応膜の形成速度(成膜速度)が変化し、当該反応膜の膜厚が変わる。特に、バッチが繰り返されるに連れて(長期スパン)、スパッタ速度が低下し、反応膜の形成速度が低下し、当該反応膜の膜厚が小さくなる傾向にある。たとえば、ターゲットの厚さ寸法が8mmであり、エロージョン領域の深さ寸法が7mmになるまで当該ターゲットが使用される、とすると、使用末期のターゲットのエロージョン領域の表面積は、使用初期のターゲットのエロージョン領域の表面積に比べて、1.1倍程度の大きさとなる。このため、スパッタ電力が一定である場合に、使用初期のターゲットに作用する当該スパッタ電力のパワー密度に比べて、使用末期のターゲットに作用する当該スパッタ電力のパワー密度が、10%程度低下する。ゆえに前述したように、バッチが繰り返されるに連れて、スパッタ速度が低下し、ひいては反応膜の成膜速度が低下し、その結果、当該反応膜の膜厚が小さくなる傾向にある。
【0011】
そこで、本発明は、反応性マグネトロンスパッタ法による成膜装置および成膜方法において、スパッタ速度を安定化させることで、反応膜の再現性を向上させることができる、新規な技術を提供することを、目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
この目的を達成するために、本発明は、反応性マグネトロンスパッタ法による成膜装置に係る第1発明と、当該反応性マグネトロンスパッタ法による成膜方法に係る第2発明と、を含む。
【0013】
このうちの反応性マグネトロンスパッタ法による成膜装置に係る第1発明は、真空槽、マグネトロンスパッタカソード、アースシールド、排気手段、不活性ガス導入手段、スパッタ電力供給手段、反応性ガス導入手段、バイアス電力供給手段、カソードフィラメント、加熱用電力供給手段、アーク放電用電力供給手段、加熱用電力制御手段および反応性ガス流量制御手段を備える。具体的には、真空槽は、接地され、つまり接地電位とされるとともに、当該真空槽の内部に、被処理物が収容される。そして、マグネトロンスパッタカソードは、反応膜の材料となるターゲットを有し、このターゲットの被スパッタ面が被処理物と対向するように、真空槽の内部に設けられる。アースシールドは、マグネトロンスパッタカソードのうちのターゲットの被スパッタ領域(のみ)を露出させた状態で、当該マグネトロンスパッタカソードの外周を囲むように設けられる。また、アースシールドは、接地され、つまり接地電位とされる。排気手段は、真空ポンプとコンダクタンスバルブとを有する。真空ポンプは、真空槽の排気口を介して当該真空槽の内部を排気する。そして、コンダクタンスバルブは、真空槽の排気口における実効排気速度を制御する。不活性ガス導入手段は、真空槽の内部に一定の流量で放電用ガスとしての不活性ガスを導入する。スパッタ電力供給手段は、真空槽を陽極とし、厳密にはアースシールドを陽極とし、マグネトロンスパッタカソードを陰極として、これら両者にスパッタ電力を供給する。これにより、不活性ガスの粒子が放電して、ターゲットの被スパッタ面に張り付くようにマグネトロンプラズマが発生する。このマグネトロンプラズマの放電態様は、高電圧小電流のグロー放電である。また、マグネトロンプラズマがターゲットの被スパッタ面に張り付くのは、マグネトロンスパッタカソードが備える磁界形成手段により形成される磁界の作用による。
【0014】
このマグネトロンプラズマ中の不活性ガスの粒子、とりわけイオンが、ターゲットの被スパッタ面に衝突することにより、当該被スパッタ面からターゲットを構成する粒子が叩き出され、つまりスパッタされる。このとき、スパッタの対象となる領域である被スパッタ領域は、ターゲットの被スパッタ面に限定され、つまりはそうなるように前述のアースシールドが設けられる。さらに、反応性ガス導入手段は、真空槽の内部に反応膜の材料となる反応性ガスを導入する。この反応性ガスの粒子は、マグネトロンプラズマによって分解される。そして、バイアス電力供給手段は、真空槽を陽極とし、被処理物を陰極として、これら両者に所定成分が一定のバイアス電力を供給する。これにより、不活性ガスの粒子と、反応性ガスの粒子と、ターゲットの被スパッタ面からスパッタされたスパッタ粒子とが、被処理物に向かって一定の加速度で加速される。そして特に、反応性ガスの粒子とスパッタ粒子とが被処理物の表面に付着して、互いに反応することで、当該被処理物の表面に反応性ガスの粒子とスパッタ粒子とを成分とする反応膜が形成される。併せて、被処理物の表面に対する不活性ガスの粒子によるボンバードメント作用により、反応膜の密度の向上が図られる。なお、バイアス電力の所定成分とは、たとえば当該バイアス電力の電圧成分であるバイアス電圧の平均値または実効値である。
【0015】
加えて、カソードフィラメントは、真空槽の内部におけるターゲットの被スパッタ面と被処理物との間に設けられる。そして、加熱用電力供給手段は、カソードフィラメントに加熱用電力を供給することで、当該カソードフィラメントを加熱させて、当該カソードフィラメントから熱電子を放出させる。さらに、アーク放電用電力供給手段は、真空槽を陽極とし、厳密にはアースシールドを陽極とし、カソードフィラメントを陰極として、これら両者にアーク放電用電力を供給する。すると、カソードフィラメントから放出された熱電子がアースシールドに向かって加速されて、この加速された熱電子が不活性ガスの粒子、反応性ガスの粒子およびスパッタ粒子と衝突する。カソードフィラメントの周囲には、前述の磁界が形成されるので、カソードフィラメントからアースシールドに向かって加速される電子は、当該磁界の作用により螺旋運動する。これにより、熱電子が不活性ガスの粒子、反応性ガスの粒子およびスパッタ粒子と衝突する頻度が増大して、カソードフィラメントの周囲に低電圧大電流のアーク放電が誘起される。すなわち、グロー放電によるマグネトロンプラズマに加えて、アーク放電による極めて高密度なプラズマが、カソードフィラメントの周囲に発生し、つまりターゲットの被スパッタ面と被処理物との間に発生する。
【0016】
したがって、ターゲットの被スパッタ面からスパッタされたスパッタ粒子は、被処理物に向かって飛翔する途中で、極めて高密度なプラズマの空間を通過する。これにより、スパッタ粒子は、活性化され、効率的にイオン化される。これと同様に、反応性ガスの粒子もまた、活性化され、効率的にイオン化される。併せて、不活性ガスの粒子もまた、活性化され、効率的にイオン化される。このイオン化率の向上により、被処理物の表面に入射されるイオンの量が増加し、当該被処理物の表面に形成される反応膜の高硬度化が図られる。また、スパッタ粒子と反応性ガスの粒子との相互の結合力が増大するので、反応膜の緻密化が図られる。
【0017】
そして、加熱用電力制御手段は、アーク放電用電力の電圧成分、言わばアーク放電電圧が、一定とされた状態で、当該アーク放電用電力の電流成分、言わばアーク放電が、一定となるように、加熱用電力を制御する。これにより、アーク放電によるプラズマの密度の安定化が図られる。
【0018】
さらに、反応性ガス流量制御手段は、真空槽の内部の圧力が一定となるように、当該真空槽の内部への反応性ガスの流量を制御し、たとえば反応性ガス導入手段を制御する。このとき、スパッタ電力が一定とされる。併せて、真空ポンプによる真空槽の排気口における実効排気速度がコンダクタンスバルブにより一定とされる。これにより、スパッタ速度が一定に保たれる。
【0019】
なお、本第1発明においては、複数のユニットが設けられてもよい。ここで言うユニットは、マグネトロンスパッタカソード、アースシールド、スパッタ電力供給手段、カソードフィラメント、加熱用電力供給手段、アーク放電用電力供給手段および加熱用電力制御手段を有する、言わばプラズマの発生源である。すなわち、プラズマの発生源であるユニットが複数設けられてもよい。
【0020】
また、バイアス電力としては、被処理物が導電性(換言すれば絶縁性)の物質であるかどうかに応じて、併せて、反応膜が導電性(換言すれば絶縁性)の被膜であるかどうかに応じて、直流電力、非対称バイポーラパルス電力および高周波電力のいずれかが選択的に採用される。
【0021】
本発明のうちの反応性マグネトロンスパッタ法による成膜方法に係る第2発明は、被処理物設置ステップ、排気ステップ、不活性ガス導入ステップ、スパッタ電力供給ステップ、反応性ガス導入ステップ、バイアス電力供給ステップ、加熱用電力供給ステップ、アーク放電用電力供給ステップ、加熱用電力制御ステップおよび反応性ガス流量制御ステップを含む。被処理物設置ステップでは、反応膜の材料となるターゲットを有するマグネトロンスパッタカソードが設けられた真空槽の内部に、被処理物をターゲットの被スパッタ面と対向するように設置する。ここで、真空槽は、接地され、つまり接地電位とされる。そして、マグネトロンスパッタカソードのうちのターゲットの被スパッタ面(のみ)を露出させた状態で当該マグネトロンスパッタカソードの外周を囲むように、アースシールドが設けられる。このアースシールドもまた、接地され、つまり接地電位とされる。排気ステップでは、真空槽の排気口を介して当該真空槽の内部が真空ポンプにより排気される。併せて、真空槽の排気口における実効排気速度がコンダクタンスバルブにより制御される。不活性ガス導入ステップでは、真空槽の内部に一定の流量で放電用ガスとしての不活性ガスが導入される。スパッタ電力供給ステップでは、真空槽を陽極とし、厳密にはアースシールドを陽極とし、マグネトロンスパッタカソードを陰極として、これら両者にスパッタ電力が供給される。これにより、不活性ガスの粒子が放電して、ターゲットの被スパッタ面に張り付くようにマグネトロンプラズマが発生する。このマグネトロンプラズマの放電態様は、高電圧小電流のグロー放電である。また、マグネトロンプラズマがターゲットの被スパッタ面に張り付くのは、マグネトロンスパッタカソードが備える磁界形成手段により形成される磁界の作用による。
【0022】
このマグネトロンプラズマ中の不活性ガスの粒子、とりわけイオンが、ターゲットの被スパッタ面に衝突することにより、当該被スパッタ面からターゲットを構成する粒子が叩き出され、つまりスパッタされる。このとき、スパッタの対象となる領域である被スパッタ領域は、ターゲットの被スパッタ面に限定され、つまりはそうなるように前述のアースシールドが設けられる。さらに、反応性ガス導入ステップでは、真空槽の内部に反応膜の材料となる反応性ガスが導入される。この反応性ガスの粒子は、マグネトロンプラズマによって分解される。そして、バイアス電力供給ステップでは、真空槽を陽極とし、被処理物を陰極として、これら両者に所定成分が一定のバイアス電力が供給される。これにより、不活性ガスの粒子と、反応性ガスの粒子と、ターゲットの被スパッタ面からスパッタされたスパッタ粒子とが、被処理物に向かって一定の加速度で加速される。そして特に、反応性ガスの粒子とスパッタ粒子とが被処理物の表面に付着して、互いに反応することで、当該被処理物の表面に反応性ガスの粒子とスパッタ粒子とを成分とする反応膜が形成される。併せて、被処理物の表面に対する不活性ガスの粒子によるボンバードメント作用により、反応膜の密度の向上が図られる。なお、バイアス電力の所定成分とは、たとえば当該バイアス電力の電圧成分であるバイアス電圧の平均値または実効値である。
【0023】
また、加熱用電力供給ステップでは、カソードフィラメントに加熱用電力が供給される。カソードフィラメントは、真空槽の内部におけるターゲットの被スパッタ面と被処理物との間に設けられる。このカソードフィラメントは、加熱用電力の供給を受けて加熱されて、熱電子を放出する。そして、アーク放電用電力供給ステップでは、真空槽を陽極とし、厳密にはアースシールドを陽極とし、カソードフィラメントを陰極として、これら両者にアーク放電用電力が供給される。すると、カソードフィラメントから放出された熱電子がアースシールドに向かって加速されて、この加速された熱電子が不活性ガスの粒子、反応性ガスの粒子およびスパッタ粒子と衝突する。カソードフィラメントの周囲には、前述の磁界が形成されるので、カソードフィラメントからアースシールドに向かって加速される電子は、当該磁界の作用により螺旋運動する。これにより、熱電子が不活性ガスの粒子、反応性ガスの粒子およびスパッタ粒子と衝突する頻度が増大して、フィラメントの周囲に低電圧大電流のアーク放電が誘起される。すなわち、グロー放電によるマグネトロンプラズマに加えて、アーク放電による極めて高密度なプラズマが、カソードフィラメントの周囲に発生し、つまりターゲットの被スパッタ面と被処理物との間に発生する。
【0024】
したがって、ターゲットの被スパッタ面からスパッタされたスパッタ粒子は、被処理物に向かって飛翔する途中で、極めて高密度なプラズマの空間を通過する。これにより、スパッタ粒子は、活性化され、効率的にイオン化される。これと同様に、反応性ガスの粒子もまた、活性化され、効率的にイオン化される。併せて、不活性ガスの粒子もまた、活性化され、効率的にイオン化される。このイオン化率の向上により、被処理物の表面に入射されるイオンの量が増加し、当該被処理物の表面に形成される反応膜の高硬度化が図られる。また、スパッタ粒子と反応性ガスの粒子との相互の結合力が増大するので、反応膜の緻密化が図られる。
【0025】
そして、加熱用電力制御ステップでは、アーク放電用電力の電圧成分、つまりアーク放電電圧が、一定とされた状態で、当該アーク放電用電力の電流成分、つまりアーク放電が、一定となるように、加熱用電力が制御される。これにより、アーク放電によるプラズマの密度の安定化が図られる。
【0026】
さらに、反応性ガス流量制御ステップでは、真空槽の内部の圧力が一定となるように、当該真空槽の内部への反応性ガスの流量が制御される。このとき、スパッタ電力が一定とされる。併せて、真空ポンプによる真空槽の排気口における実効排気速度がコンダクタンスバルブにより一定とされる。これにより、スパッタ速度が一定に保たれる。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、スパッタ速度が安定化される。これにより、反応膜の再現性が向上し、とりわけ膜厚および色調の再現性が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図1】
図1は、本発明の一実施例に係るマグネトロンスパッタ装置の概略構成を示す図である。
【
図2】
図2は、本発明の一実施例に係るマグネトロンスパッタ装置の内部を上方から見た図である。
【
図3】
図3は、本発明の一実施例におけるマグネトロンスパッタカソードの概略構成を示す図である。
【
図4】
図4は、本発明の一実施例におけるマグネトロンスパッタカソードとカソードフィラメントとの相互の位置関係を示す図である。
【
図5】
図5は、本発明の一実施例の比較対象としての従来技術による実験結果を示す図である。
【
図6】
図6は、本発明の一実施例による実験結果を示す図である。
【
図7】
図7は、本発明の一実施例による別の実験における成膜条件を示す図である。
【
図8】
図8は、本発明の一実施例による別の実験により形成された窒化チタン膜の性状を示す図である。
【
図9】
図9は、本発明の一実施例と比較対象としての従来技術とのそれぞれによる諸制御要領を比較して示す図である。
【
図10】
図10は、本発明の一実施例と比較対象としての従来技術とのそれぞれにより形成された窒化チタン膜の再現性を比較して示す図である。
【
図11】
図11は、本発明の一実施例の一拡張例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
本発明の一実施例について、
図1~
図10を参照して説明する。
【0030】
図1および
図2に示されるように、本実施例に係るマグネトロンスパッタ装置10は、両端が閉鎖された概略円筒形の真空槽12を備える。この真空槽12は、その概略円筒形の両端に当たる部分を上下に向けた状態で、つまり当該円筒形の中心軸Xaを垂直(鉛直)方向に延伸させた状態で、設置される。なお、真空槽12の内径は、たとえば約1100mmであり、当該真空槽12内の高さ寸法は、たとえば約800mmである。この真空槽12の形状および寸法は、飽くまでも一例であり、後述する被処理物100の大きさや形状、個数などの諸状況に応じて適宜に定められる。また、真空槽12自体は、耐食性および耐熱性の高い金属製、たとえばSUS304などのステンレス鋼製、であり、その壁部は、接地され、つまり当該壁部の電位は、基準電位である接地電位とされる。
【0031】
この真空槽12の壁部の適宜の位置、たとえば側面を成す壁部の適宜の位置には、排気口14が設けられる。そして、排気口14は、真空槽12の外部において、排気配管16を介して真空ポンプ18に結合され、厳密には当該真空ポンプ18の不図示の吸気口に結合される。なお、真空ポンプ18としては、たとえば拡散ポンプ、ターボ分子ポンプ、クライオポンプなどが採用されるが、これに限定されない。また、
図2においては、その見易さを考慮して、排気口14を含む一部の要素の図示を省略してある。
【0032】
排気配管16の途中には、当該排気配管16内を開閉するための開閉手段としての主弁、つまり開閉バルブ20が、設けられる。併せて、排気配管16の途中には、真空ポンプ18による真空槽12の排気口14における実効排気速度を制御するためのコンダクタンスバルブ22が設けられる。これら真空ポンプ18およびコンダクタンスバルブ22は、排気手段を構成する。なお、詳しい図示は省略するが、コンダクタンスバルブ22は、ブラインドの如く平行に並べられた複数の細長い板状の羽根部材を備え、この羽根部材の角度θによって、真空槽12の排気口14における実効排気速度を制御する。たとえば、コンダクタンスバルブ22(羽根部材)の角度θが小さいほど、コンダクタンスが大きくなり、当該角度θが0度である場合に、全開となる。これとは反対に、コンダクタンスバルブ22の角度θが大きいほど、コンダクタンスが小さくなり、当該角度θが90度である場合に、コンダクタンスバルブ22は全閉となる。このようなコンダクタンスバルブ22の構成は、一例であり、これに限定されない。
【0033】
さらに、真空槽12の側面を成す壁部の内側の適宜の位置(
図1および
図2における右側の位置)に、当該真空槽12の壁部とは電気的に絶縁された状態で、マグネトロンスパッタカソード24が設けられる。
図3を併せて参照して、マグネトロンスパッタカソード24は、被膜の材料となる概略矩形平板状のターゲット242と、このターゲット242の一方主面である背面側に設けられる磁石ユニット244と、を有する。そして、磁石ユニット244は、磁界形成手段の一例としての永久磁石246と、この永久磁石246を収容する筐体248と、を有する。さらに、永久磁石246は、ターゲット242の背面に密着しつつ当該ターゲット242の周縁に沿うように設けられた概略矩形枠状の一方磁極としてのたとえばN極246aと、このN極246aの内側においてターゲット242の背面に密着しつつ当該ターゲット242の長手方向に沿って延伸するように設けられた細長い突条状の他方磁極としてのS極246bと、を有する。なお、ターゲット242の寸法は、たとえばその長手方向(長さ寸法)が457mmであり、短手方向(幅寸法)が127mmであり、厚さ方向(厚さ寸法)が8mmである)。また、永久磁石246のN極246aとS極246bとの間には、概略矩形溝状の間隙246cが設けられる。そして、筐体248には、当該筐体248を含むマグネトロンスパッタカソード24全体を冷却するための不図示の冷却手段としての適当な水冷機構が設けられる。
【0034】
マグネトロンスパッタカソード24は、ターゲット242の他方主面(前面)である被スパッタ面を真空槽12の中心軸Xaに向け、かつ、当該ターゲット242の長手方向が真空槽12の中心軸Xaに沿って、つまり垂直方向に沿って、延伸するように、設けられる。そして、マグネトロンスパッタカソード24は、ターゲット242の被スパッタ面を除いて、アースシールド26によって覆われる。言い換えれば、アースシールド26は、マグネトロンスパッタカソード24のうちのターゲット242の被スパッタ面(のみ)を露出させた状態で、当該マグネトロンスパッタカソード24の外周を囲むように設けられる。このアースシールド26は、耐食性および耐熱性の高い金属製であり、たとえばSUS304などのステンレス鋼製である。このアースシールド26は、マグネトロンスパッタカソード24とは電気的に絶縁され、かつ、真空槽12の壁部と電気的に接続され、つまり接地電位とされる。
【0035】
より詳しく説明すると、アースシールド26は、前述の如くマグネトロンスパッタカソード24のうちのターゲット242の被スパッタ面を露出させた状態で、当該マグネトロンスパッタカソード24の外周を囲むように設けられるが、当該マグネトロンスパッタカソード24の外側面とアースシールド26の内側面との相互間距離は、たとえば約2mmであり、かなり近い。また、アースシールド26は、ターゲット242の被スパッタ面と略面一であるとともに、当該被スパッタ面から離れる方向へ(つまり真空槽12の中心軸Xaの延伸方向に沿って)突出した部分を有し、この突出した部分の突出寸法は、たとえば20mm~30mmである。さらに、アースシールド26は、電気的かつ機械的に真空槽12の壁部と結合されるが、自身の電位がより確実に接地電位となるように、
図1に示される如く直接的に(真空槽12とは別に)接地される。
【0036】
なお、
図2に示されるように、真空槽12の壁部のうちマグネトロンスパッタカソード24およびアースシールド26が設けられる部分12aは、当該マグネトロンスパッタカソード24およびアースシールド26が設けられるのに適当な構造とされる。この部分12aについては、ターゲット242の交換を含むマグネトロンスパッタカソード24のメンテナンス時の作業性などを考慮して、引き戸や開き戸の如く開閉可能とされるのが、望ましい。
【0037】
改めて
図1を参照して、マグネトロンスパッタカソード24は、真空槽12の外部において、スパッタ電力供給手段の一例としての直流のスパッタ電源装置28に接続される。そして、マグネトロンスパッタカソード24には、スパッタ電源装置28から接地電位を基準とする負電位の直流電力であるスパッタ電力Esが供給される。言い換えれば、真空槽12を陽極とし、厳密にはアースシールド26を陽極とし、マグネトロンスパッタカソード24を陰極として、これら両者にスパッタ電力Esが供給される。なお、スパッタ電源装置28は、スパッタ電力Esの電力値が一定となるように動作する定電力モード、スパッタ電力Esの電圧成分であるスパッタ電圧(または「ターゲット電圧」とも言う。)Vsが一定となるように動作する定電圧モード、および、スパッタ電力Esの電流成分であるスパッタ電流(または「ターゲット電流」とも言う。)Isが一定となるように動作する定電流モード、という3つの動作モードを備えるが、ここでは、定電力モードで動作するように設定される。
【0038】
加えて、マグネトロンスパッタカソード24の前方、詳しくはターゲット242の被スパッタ面の前方に、熱電子放出手段としてのカソードフィラメント30が設けられる。このカソードフィラメント30は、たとえば直径が約1mmの直線状の線状体であり、たとえばタングステン(W)製であるが、モリブデン(Mo),タンタル(Ta),炭素(C)などの他の高融点金属製であってもよい。
【0039】
ここで、
図4を併せて参照して、とりわけ
図4(a)を参照して、カソードフィラメント30は、これを水平方向におけるマグネトロンスパッタカソード24が配置された方向とは反対側から、たとえば真空槽12の中心軸Xa側から、見たときに、ターゲット242の被スパッタ面の中央を垂直方向に沿って、つまり当該ターゲット242の長手方向に沿って、さらに換言すれば当該ターゲット242の被スパッタ面と平行を成して、延伸するように設けられる。また、
図4(b)および
図4(c)に示されるように、カソードフィラメント30は、ターゲット242の被スパッタ面との間に適当な距離Dを置いて設けられる。この距離Dは、たとえばこれが過度に小さいと、カソードフィラメント30がターゲット242の被スパッタ面またはアースシールド26と接触する虞があり、甚だ不都合である。一方、距離Dが過度に大きいと、カソードフィラメント30の周囲における前述の磁石ユニット244(永久磁石246)による磁界の作用が弱くなり、後述するアーク放電の誘起に不都合である。これらのことから、距離Dは、5mm~50mm程度が適当であり、たとえば25mmとされる。そして、カソードフィラメント30の長さ寸法は、ターゲット242の長さ寸法と同等かそれ以上であり、厳密には当該ターゲット242の後述するエロージョン領域242aの長さ寸法と同等かそれ以上であり、たとえば500mmである。なお、図示は省略するが、カソードフィラメント30の両端部またはいずれか一方の端部には、当該カソードフィラメント30に適当な張力を付与して、当該カソードフィラメント30の直線状の状態を維持するための、張力付与手段としての張力付与機構が設けられる。
【0040】
改めて
図1を参照して、カソードフィラメント30の両端部は、真空槽12の外部において、加熱用電力供給手段の一例としての加熱用電源装置32に接続される。そして、カソードフィラメント30には、加熱用電源装置32から加熱用電力としての交流のカソード電力Ecが供給される。これにより、カソードフィラメント30が2000℃以上に加熱されて、当該カソードフィラメント30から熱電子が放出される。なお、カソード電力Ecは、交流電力に限らず、直流電力であってもよい。
【0041】
さらに、カソードフィラメント30の一方端部は、真空槽12の外部において、アーク放電用電力供給手段の一例としてのアーク放電用電源装置34に接続される。そして、カソードフィラメント30には、アーク放電用電源装置34から接地電位を基準とする負電位の直流電力であるアーク放電用電力Edが供給される。言い換えれば、真空槽12を陽極とし、厳密にはアースシールド26を陽極とし、カソードフィラメント30を陰極として、これら両者にアーク放電用電力Edが供給される。なお、アーク放電用電源装置34は、たとえば定電圧電源装置であり、その最大出力電圧、つまりアーク放電用電力Edの電圧成分であるアーク放電電圧Vdの最大値は、たとえば100Vである。
【0042】
また、アーク放電用電源装置34と接地との間に、アーク放電電流検出手段としての電流検出器36が設けられる。この電流検出器36は、アーク放電用電力Edの電流成分であるアーク放電電流Idを検出する。そして、電流検出器36によるアーク放電電流Idの検出値は、加熱用電力制御手段の一例としての加熱制御器38に与えられる。
【0043】
加熱制御器38は、電流検出器36によるアーク放電電流Idの検出値が一定となるように、つまり当該アーク放電電流Idが一定となるように、加熱用電源装置32を制御し、詳しくは当該加熱用電源装置32を介してカソード電力Ecを制御する。これにより、カソードフィラメント30の加熱温度が、つまりは当該カソードフィラメント30による熱電子の放出量が、適宜に調整される。すなわち、アーク放電電流Idをパラメータとして、カソードフィラメント30による熱電子の放出量が自動制御(フィードバック制御)される。
【0044】
そして、真空槽12内のカソードフィラメント30が設けられた位置よりも内側に注目すると、当該真空槽12内には、複数の被処理物100,100,…が配置される。具体的には、各被処理物100,100,…は、真空槽12の中心軸Xaを中心とする円の円周方向に沿って等間隔に配置される。それぞれの被処理物100は、たとえば細長い概略円柱状あるいは概略円筒状のものであり、垂直方向に沿って延伸するように、つまり真空槽12の中心軸Xaに沿う方向に延伸するように、保持手段としてのホルダ40によって保持される。それぞれのホルダ40は、ギア機構42を介して、円盤状の公転台44の周縁近傍に結合される。この公転台44の中心は、真空槽12の中心軸Xa上に位置し、当該公転台44の中心には、真空槽12の中心軸Xaに沿って延伸する回転軸46の一方端が固定される。そして、回転軸46の他方端は、真空槽12の外部において、回転駆動手段としてのモータ48のシャフト48aに結合される。
【0045】
すなわち、モータ48が駆動して、当該モータ48のシャフト48aがたとえば
図1に矢印200で示される方向に回転すると、公転台44が同じ方向に回転し、つまり
図2においても矢印200で示される方向に回転する。これに伴って、それぞれの被処理物100が真空槽12の中心軸Xaを中心として回転し、言わば公転する。併せて、それぞれのギア機構42による回転駆動力伝達作用によって、それぞれのホルダ40が自身を通る鉛直線Xbを中心としてたとえば
図1および
図2のそれぞれに矢印202で示される方向に回転する。そして、ホルダ40自身の回転に伴って、被処理物100もまた、同じ方向に回転し、言わば自転する。なお、被処理物100の公転経路の直径(PCD)は、たとえば約600mmである。そして、被処理物100の公転速度(公転台44の回転速度)は、たとえば0.5rpm~1rpmである。これに対して、被処理物100の自転速度(ホルダ40自身の回転速度)は、たとえば30rpm~60rpmであり、つまり公転速度の60倍である。なお、
図1および
図2は、被処理物100(ホルダ40およびギア機構42)の数が12である例を示すが、当該被処理物100の数はこれに限らない。また、被処理物100の形状も、前述の細長い概略円柱状あるいは概略円筒状に限らない。
【0046】
併せて、それぞれの被処理物100には、ホルダ40,ギア機構42,公転台44および回転軸46を介して、真空槽12の外部にあるバイアス電力供給手段の一例としてのバイアス電源装置50から基板バイアス電力Ebが供給される。この基板バイアス電力Ebは、その電圧成分である基板バイアス電圧Vbが、接地電位を基準とする正電位のハイレベル値と、当該接地電位を基準とする負電位のローレベル値と、に交互に遷移する、いわゆる非対称バイポーラパルス電力である。そして、基板バイアス電圧Vbのハイレベル値は、一定であり、たとえば接地電位を基準として+37Vである。一方、基板バイアス電圧Vbのローレベル値は、任意に設定可能であり、このローレベル値によって、当該基板バイアス電圧Vbの平均値(直流換算値)が規定される。さらに、基板バイアス電力Ebの周波数もまた、例えば50kHz~250kHzの範囲内で任意に設定可能である。そして、基板バイアス電力Ebのデューティ比(基板バイアス電圧Vbの1周期のうち当該基板バイアス電圧Vbの値がハイレベル値となる期間の比率)もまた、任意に設定可能である。ここでは、基板バイアス電力Ebの周波数については、たとえば100kHzとされ、デューティ比については、たとえば30%とされる。なお、バイアス電源装置50は、基板バイアス電圧Vbの平均値ではなく、基板バイアス電圧Vbの実効値が、規定される構成のものであってもよい。
【0047】
さらに、真空槽12の側面を成す壁部の内側の適宜の位置であって、各被処理物100,100,…の公転経路よりも外方の適当な位置、たとえば真空槽12の中心軸Xaを挟んでマグネトロンスパッタカソード24が設けられている位置とは反対側の位置(
図1および
図2において左側の位置)に、温度制御手段としてのたとえばカーボンヒータ52が設けられる。このカーボンヒータ52は、真空槽12の外部において、不図示のヒータ加熱用電源装置に接続される。そして、カーボンヒータ52は、ヒータ加熱用電源装置から直流または交流のヒータ加熱用電力の供給を受けて発熱することで、真空槽12内を加熱し、とりわけ各被処理物100,100,…を加熱する。なお、
図2に示されるように、真空槽12の壁部のうちカーボンヒータ52が設けられた部分12bについても、前述のマグネトロンスパッタカソード24およびアースシールド26が設けられた部分12aと同様、当該カーボンヒータ52が設けられるのに適当な構造とされる。
【0048】
また、
図1に示されるように、真空槽12内の適宜位置、好ましくはカソードフィラメント30の近傍の位置に、不活性ガスなどの各種ガスを当該真空槽12内に導入するためのガス導入口54が設けられる。このガス導入口54には、真空槽12の外部において、ガス導入管56が結合され、さらに、ガス導入管56には、複数の、ここでは2本の、枝管58および60が結合される。
【0049】
一方の枝管58は、真空槽12内に放電用ガスとしての不活性ガスを導入するための配管であり、当該不活性ガスの不図示の供給源に結合される。この不活性ガス導入用の枝管58には、当該枝管58内を開閉するための開閉手段としての開閉バルブ58a、および、当該枝管58内を流通する不活性ガスの流量Qdを制御するための流量制御手段としてのマスフローコントローラ58bが、設けられる。これらの開閉バルブ58aおよびマスフローコントローラ58bを含む枝管58は、ガス導入管56と協働して、不活性ガス導入手段の一例を構成する。また、不活性ガスとしては、たとえばアルゴンガスが採用される。
【0050】
そして、他方の枝管60は、真空槽12内に被膜の材料となる、とりわけ当該被膜としての反応膜の材料となる、反応性ガスを導入するための配管であり、当該反応性ガスの不図示の供給源に供給される。この反応性ガス導入用の枝管60にも、当該枝管60内を開閉するための開閉手段としての開閉バルブ60a、および、当該枝管60内を流通する反応性ガスの流量Qrを制御するための流量制御手段としてのマスフローコントローラ60bが、設けられる。これらの開閉バルブ60aおよびマスフローコントローラ60bを含む枝管60は、ガス導入管56と協働して、反応性ガス導入手段の一例を構成する。なお、反応性ガスとしては、形成しようとする反応膜の種類に応じて適宜のガスが採用される。たとえば、反応膜として窒化膜が形成される場合には、反応性ガスとして窒素(N2)ガスが採用され、反応膜として炭化膜が形成される場合には、反応性ガスとしてアセチレン(C2H2)などの炭化水素系ガスが採用される。そして、反応膜として酸化膜が形成される場合には、反応性ガスとして酸素(O2)ガスが採用される。
【0051】
加えて、真空槽12内の適宜の位置に、たとえば真空槽12内の上部の適当な位置に、圧力計62のゲージ部(測定部)62aが配置されるように、当該圧力計62が設けられる。この圧力計62は、真空槽12内の圧力、厳密にはゲージ部62aの配置位置における圧力Pを、測定するための圧力測定手段である。そして、圧力計62による圧力Pの測定値は、真空槽12の外部にある反応ガス流量制御手段の一例としてのガス流量制御器64に与えられる。なお、圧力計62としては、たとえば絶対圧力を比較的に高い精度かつ高い分解能で測定可能な隔膜真空計が採用される。また、ゲージ部62aの配置位置は、真空槽12内の上部に限らず、後述するプラズマ300による影響が少ない位置であればよい。圧力計62の本体は、真空槽12の外部に設けられる。
【0052】
ガス流量制御器64は、圧力計62による圧力Pの測定値が一定となるように、つまり当該圧力Pが一定となるように、反応性ガス導入用のマスフローコントローラ60bを制御し、詳しくは当該マスフローコントローラ60bを介して真空槽12内へ導入される反応性ガスの流量Qrを制御する。すなわち、真空槽12内の圧力Pをパラメータとして、反応性ガスの流量Qrが自動制御(フィードバック制御)される。なお、ガス流量制御器64は、たとえばマスフローコントローラ60bに組み込まれてもよい。
【0053】
また、図示を含む詳しい説明は省略するが、カソードフィラメント30と当該カソードフィラメント30に最も近い位置にある被処理物100(つまり被処理物100の公転経路におけるカソードフィラメント30に最も近い部分)との間に、シャッタが設けられる。このシャッタは、マグネトロンスパッタカソード24のターゲット242の被スパッタ面を、被処理物100が置かれた空間に向けて露出させる開状態と、当該空間から遮蔽する閉状態と、に適宜に遷移する。
【0054】
このような構成のマグネトロンスパッタ装置10によれば、被処理物100の表面に種々の反応膜を形成することができる。たとえば、反応膜として窒化チタン膜を形成する場合について、説明する。この場合、ターゲット242としてたとえば純度3N以上のチタンが採用される。併せて、反応性ガスとしてたとえば純度が5N以上の窒素ガスが採用される。
【0055】
その上で、まず、真空槽12内に被処理物100が設置され、つまりホルダ40に取り付けられる。そして、真空槽12内が真空ポンプ18により2×10-3Pa程度の圧力Pになるまで排気され、いわゆる真空引きが行われる。その後、モータ48が駆動されて、被処理物100の自公転が開始される。併せて、カーボンヒータ52にヒータ加熱用電力が供給されて、被処理物100が150℃程度にまで加熱される。これにより、被処理物100に含まれている不純物ガスが排出され、いわゆる脱ガス処理が行われる。
【0056】
この脱ガス処理が所定時間(たとえば30分間~1時間程度)にわたって行われた後、カーボンヒータ52へのヒータ加熱用電力の供給が停止され、続いて、放電洗浄処理が行われる。この放電洗浄処理においては、カソードフィラメント30にカソード電力Ecが供給される。これを受けて、カソードフィラメント30が加熱されて、当該カソードフィラメント30から熱電子が放出される。併せて、カソードフィラメント30にアーク放電用電力Edが供給される。すなわち、アースシールド26を陽極とし、カソードフィラメント30を陰極として、これら両者にアーク放電用電力Edが供給される。これにより、陰極であるカソードフィラメント30から放出された熱電子が、陽極であるアースシールド26に向かって加速される。この状態で、真空槽12内にアルゴンガスが導入される。すると、加速された熱電子がアルゴンガスの粒子に衝突して、その衝撃により、当該アルゴンガスの粒子が電離して、プラズマ300が発生する。
【0057】
ここで、カソードフィラメント30の周囲を含むターゲット242の被スパッタ面の近傍には、前述の永久磁石246による磁界が形成されているので、カソードフィラメント30からアースシールド26に向かって加速された熱電子は、当該磁界の作用により螺旋運動する。その結果、熱電子がアルゴンガスの粒子と衝突する頻度が増大して、プラズマ300が高密度化される。このようなプラズマ300の放電態様は、低電圧大電流のアーク放電である。
【0058】
なお、アーク放電は、たとえば真空槽12内の圧力Pが0.01Pa~1Paの範囲で、つまり当該圧力Pが比較的に低い状況下であっても、誘起される。また、アーク放電用電力Edは、一定とされ、詳しくは当該アーク放電用電力Edの電圧成分であるアーク放電電圧Vdが一定とされた状態で、当該アーク放電用電力Edの電流成分であるアーク放電電流Idが一定となるように、カソード電力Ecが制御され、つまりカソードフィラメント30からの熱電子の放出量が制御される。これにより、アーク放電によるプラズマの密度の安定化が図られる。
【0059】
このアーク放電によるプラズマ300が発生している状態で、被処理物100に基板バイアス電力Ebが供給される。すなわち、真空槽12を陽極とし、被処理物100を陰極として、これら両者に基板バイアス電力Ebが供給される。すると、プラズマ300中のアルゴン粒子、とりわけアルゴンイオンが、被処理物100の表面に積極的に入射される。その衝撃により、被処理物100の表面から不純物が取り除かれ、いわゆる放電洗浄処理が行われる。なお、被処理物100は、前述の如く自公転しているので、この自公転の過程でプラズマ300に晒される状態にあるときに放電洗浄処理を施される。
【0060】
この放電洗浄処理が所定時間(たとえば約30分間)にわたって行われた後、窒化チタン膜を形成するための成膜処理が行われる。そのために、マグネトロンスパッタカソード24にスパッタ電力Esが供給される。すなわち、アースシールド26を陽極とし、マグネトロンスパッタカソード24を陰極として、これら両者にスパッタ電力Esが供給される。すると、プラズマ300中のアルゴンイオンがマグネトロンスパッタカソード24のターゲット242の被スパッタ面に衝突して、当該ターゲット242の被スパッタ面からチタン粒子が叩き出され、つまりスパッタされる。このとき、スパッタの対象となる領域である被スパッタ領域は、ターゲット242の被スパッタ面に限定され、つまりはそうなるようにアースシールド26が設けられる。さらに、真空槽12内に反応性ガスとしての窒素ガスが導入される。この窒素ガスの粒子は、プラズマ300によって分解される。
【0061】
前述の如くターゲット242の被スパッタ面からスパッタされたスパッタ粒子としてのチタン粒子は、基板バイアス電力Ebが供給された被処理物100に向かって加速される。併せて、分解された窒素ガスの粒子もまた、被処理物100に向かって加速される。これらのチタン粒子と窒素粒子とが被処理物100の表面に付着して、互いに反応することで、当該被処理物100の表面にチタン粒子と窒素粒子とを成分とする反応膜である窒化チタン膜が形成される。さらに、プラズマ300中のアルゴンイオンもまた、被処理物100に向かって加速される。このアルゴンイオンによる被処理物100の表面に対するボンバードメント作用により、当該被処理物100の表面に形成された窒化チタン膜の密度の向上が図られる。
【0062】
この成膜処理においては、スパッタ電力Esの供給によっても、アルゴンガス粒子が放電して、高電圧小電流のグロー放電によるマグネトロンプラズマが誘起される。すなわち、プラズマ300は、前述のアーク放電に加えて、グロー放電によるマグネトロンプラズマを含んだ(合わせた)態様となる。このグロー放電によるマグネトロンプラズマは、前述の永久磁石246による磁界の作用により、ターゲット242の被スパッタ面に張り付くように発生する。
【0063】
そして、チタン粒子、窒素粒子およびアルゴン粒子は、被処理物100に向かって飛翔する途中で、極めて高密度なプラズマ300の空間を通過する。これにより、チタン粒子、窒素粒子およびアルゴン粒子は、より活性化され、より効率的にイオン化される。このイオン化率の向上によって、被処理物100の表面に入射されるイオンの量が増加し、当該被処理物100の表面に形成される窒化チタン膜の高硬度化が図られる。併せて、チタン粒子と窒素粒子との相互の結合力が増大するので、窒化チタン膜の緻密化が図られる。
【0064】
この成膜処理においても、前述の放電洗浄処理と同様、被処理物100は、自公転する過程でプラズマ300に晒される状態にあるときに、当該成膜処理を施される。また、成膜処理時の真空槽12内の圧力Pは、たとえば0.1Pa~1Paの範囲で制御される。
【0065】
ここで特に、
図4を参照して、ターゲット242の被スパッタ面に注目すると、プラズマ300が発生する当該被スパッタ面の近傍のうち、前述の永久磁石246の間隙246cに倣う領域において、当該プラズマ300の密度がより高くなる。したがって、ターゲット242の被スパッタ面のうち、プラズマ300の密度がより高い領域が、つまり永久磁石246の間隙246cに倣う領域が、より効率的(集中的)にスパッタされる。その結果、ターゲット242の被スパッタ面に永久磁石246の間隙246cに倣うような概略矩形ループ状(または長円ループ状)のスパッタ痕が現れ、つまりエロージョン領域242aが形成される。
【0066】
この成膜処理が所定時間(所定の膜厚の窒化チタン膜を形成するのに必要な時間)にわたって行われた後、真空槽12内へのアルゴンガスおよび窒素ガスの導入が停止される。併せて、マグネトロンスパッタカソード24へのスパッタ電力Esの供給が停止されるとともに、カソードフィラメント30へのカソード電力Ecおよびアーク放電用電力Edの供給が停止される。これにより、プラズマ300が消失する。さらに、被処理物100への基板バイアス電力Ebの供給が停止される。そして、真空槽12内が真空ポンプ18により高真空に維持された状態で、当該真空槽12内が所定の温度(たとえば150℃)にまで低下するのを待ち、つまり適当な冷却期間が置かれる。その後、モータ48の駆動が停止されて、被処理物100の自公転が停止される。その上で、真空槽12内が外部に開放されて、当該真空槽12内から被処理物100が外部に取り出される。これをもって、窒化チタン膜を形成するための成膜処理を含む一連の処理が終了する。
【0067】
この一連の処理に係る説明において、とりわけ成膜処理に係る説明において、ガス流量制御器64については、特段に言及しなかったが、前述したように、ガス流量制御器64は、真空槽12内の圧力Pが一定となるように、反応性ガス導入用のマスフローコントローラ60bを制御し、詳しくは当該マスフローコントローラ60bを介して真空槽12内へ導入される反応性ガスの流量Qrを制御する。一方、不活性ガスの流量Qdについては、一定とされる。併せて、コンダクタンスバルブ22の(羽根部材の)角度θが一定とされることで、真空槽12の排気口14における実効排気速度が一定とされる。このような要領で成膜処理が行われることによる作用および効果については、後で詳しく説明する。
【0068】
これに対して、たとえば前述の特許文献1に開示された言わば従来技術により、成膜処理が行われる場合は、不活性ガスの流量Qdが一定とされるとともに、反応性ガスの流量Qrもまた一定とされる。そして、真空槽内の圧力Pが一定となるように、コンダクタンスバルブの角度θが自動制御される。
【0069】
具体的にはたとえば、従来技術により、窒化チタン膜を形成するための成膜処理が行われる場合は、不活性ガスとしてのアルゴンガスの流量Qd(以下、これを「Q[Ar]」という符号で表現する。)が一定とされるとともに、反応性ガスとしての窒素ガスの流量Qr(以下、これを「Q[N2]」という符号で表現する。)が一定とされる。そして、真空槽内の圧力Pが一定となるように、コンダクタンスバルブの角度θが自動制御される。併せて、アーク放電用電力Edが一定とされるとともに、スパッタ電力Esが一定とされ、さらに、基板バイアス電圧Vb(平均値)が一定とされる。
【0070】
このような従来技術により窒化チタン膜を形成するための成膜処理が行われた場合に、どのような性状の当該窒化チタン膜が得られるのかの実験を行った。その結果を、
図5に示す。なお、
図5(a)は、この実験における成膜処理の条件(成膜条件)を示し、
図5(b)は、当該成膜処理により形成された窒化チタン膜の性状を示し、詳しくは当該窒化チタン膜の膜厚および色調の測定結果ならびに当該膜厚から換算される成膜速度を示す。そして、
図5(c)は、当該窒化チタン膜の外観写真を示す。
【0071】
図5(a)に示されるように、この実験においては、アルゴンガスの流量Q[Ar]を100mL/min(一定)とし、窒素ガスの流量Q[N
2]を40mL/min(一定)とした。そして、真空槽内の圧力Pを0.3Pa(一定)とし、厳密にはそうなるようにコンダクタンスバルブの角度θを自動制御した。さらに、アーク放電用電力Edを700W(一定)とし、詳しくは当該アーク放電用電力Edの電圧成分であるアーク放電電圧Vdを50V(一定)とした状態で、当該アーク放電用電力Edの電流成分であるアーク放電電流Idが14A(一定)となるように、カソード電力Ecを自動制御した。加えて、スパッタ電力Esを8kW(一定)とし、基板バイアス電圧Vb(平均値)を-100V(一定)とした。このような条件による成膜処理を80分間という時間(成膜時間)Tにわたって2回(2バッチ)行った。
【0072】
その結果、
図5(b)に示されるように、1回目(1バッチ目)の成膜処理により形成された窒化チタン膜、言わば試料1、については、その膜厚が0.75μmであった。これを成膜速度に換算すると、当該成膜速度は0.56μm/hとなる。これに対して、2回目(2バッチ目)の成膜処理により形成された窒化チタン膜、言わば試料2、については、その膜厚が0.96μmであった。これを成膜速度に換算すると、当該成膜速度は0.72μmとなる。すなわち、試料1の膜厚と、試料2の膜厚と、の差分である膜厚差は、0.21であった。この0.21μmという膜厚差は、試料1および試料2それぞれの膜厚からすると、比較的に大きく、つまり当該膜厚については良好な再現性が得られないことを表す。そして、試料1についての成膜速度と、試料2についての成膜速度と、の差分である成膜速度差は、0.16μm/hであり、この0.16μm/hという成膜速度差は、試料1および試料2それぞれの成膜速度からすると、比較的に大きく、つまり成膜速度のバラツキが比較的に大きいことを表す。なお、膜厚の測定は、接触式の表面粗さ計による段差測定により行った。また、膜厚測定用の被処理物として、シリコン(Si)ウェハを用いた。
【0073】
一方、色調に注目すると、試料1の当該色調の要素であるL*,a*およびb*は、それぞれ56.35,8.74および32.61であった。これに対して、試料2のL*,a*およびb*は、それぞれ60.56,2.97および16.91であった。すなわち、これら両者の差分ΔL*,Δa*およびΔb*は、それぞれ4.21,5.77および15.70であった。これらの差分ΔL*,Δa*およびΔb*の値は、試料1および試料2それぞれのL*,a*およびb*の値からすると、いずれも比較的に大きく、つまり色調についても良好な再現性が得られないことを表す。なお、色調の測定は、コニカミノルタ株式会社製の色彩色差計(CR-400)を用いて行った。また、色調測定用の被処理物として、鏡面加工されたSUS304製の板状体(30mm×30mm×1mm)を用いた。
【0074】
色調については、
図5(c)に示されるように、外観からも、試料1および試料2の相互間で全く異なることが明白である。たとえば、試料1については、窒化チタン膜特有の金色の色調であるが、試料2については、金色が薄れており、言わば白っぽい金色の色調である。なお、
図5(c)に示される外観写真においては、試料1および試料2の外観上の見易さを考慮して、とりわけそれぞれの光沢を抑えるために、当該試料1および試料2にトレーシングペーパを被せてある。また、試料1および試料2の大きさが直観的に分かるように、定規を添えてある。
【0075】
この実験結果から明らかなように、従来技術では、窒化チタン膜の膜厚および色調の再現性が得られない。その理由を考察すると、前述したように、従来技術では、窒化チタン膜を形成するための成膜処理が行われるたびに、換言すればバッチごとに、また、当該バッチが繰り返されるに連れて、ターゲットの被スパッタ面のスパッタ速度が変化するためであると推測される。
【0076】
そこで、本実施例においては、窒化チタン膜を形成するための成膜処理が行われる際に、不活性ガスとしてのアルゴンガスの流量Q[Ar]が一定とされる。そして、スパッタ電力Esが一定とされるとともに、コンダクタンスバルブ22の角度θが一定とされ、つまり真空槽12の排気口14における実効排気速度が一定とされる。その上で、真空槽12内の圧力Pが一定となるように、反応性ガスとしての窒素ガスの流量Q[N2]が自動制御される。併せて、アーク放電用電力Edが一定とされ、詳しくは当該アーク放電用電力Edの電圧成分であるアーク放電電圧Vdが一定とされた状態で、当該アーク放電用電力Edの電流成分であるアーク放電電流Idが一定となるように、カソード電力Ecが自動制御される。このような要領により成膜処理が行われることで、スパッタ速度の安定化が図られる。さらに、基板バイアス電圧Vb(平均値)が一定とされる。これにより、ターゲット242の被スパッタ面のスパッタ速度の安定化が図られ、ひいては窒化チタン膜の再現性の向上が図られ、とりわけ窒化チタン膜の膜厚および色調の再現性の向上が図られる。これについて、以下に詳しく説明する。
【0077】
まず、本実施例において、窒化チタン膜の成膜処理が行われる際に、真空槽12内の圧力Pおよび窒素ガスの流量Q[N
2]がどのように遷移するのかを確認するための実験を行った。その結果を、
図6に示す。なお、
図6は、真空槽12内の圧力Pおよび窒素ガスの流量Q[N
2]の測定結果を時系列で記録したログデータの一例を示す。また、
図6には、スパッタ電力Esおよびアーク放電電流Idのログデータについても、参考用として示してある。この
図6の横軸は、時間を表し、当該横軸の1目盛は、10分間に相当する。そして、横軸における時点t0は、窒素ガスの流量Q[N
2]の自動制御を含む諸制御が開始された時点である。一方、
図6の縦軸は、窒素ガスの流量Q[N
2]を表す。したがって、窒素ガスの流量Q[N
2]以外の真空槽12内の圧力P、スパッタ電力Esおよびアーク放電電流Idについては、縦軸の目盛は無関係であり、それぞれの遷移状態のみを示す。
【0078】
また、この実験においては、アルゴンガスの流量Q[Ar]を100mL/min(一定)とし、スパッタ電力Esを8kW(一定)とし、コンダクタンスバルブ22の角度θを40度とした。その上で、真空槽12内の圧力Pを0.220Pa(一定)とし、厳密にはそうなるように窒素ガスの流量Q[N2]を自動制御した。併せて、アーク放電用電力Edを700W(一定)とし、詳しくは当該アーク放電用電力Edの電圧成分であるアーク放電電圧Vdを50V(一定)とした状態で、当該アーク放電用電力Edの電流成分であるアーク放電電流Idが14A(一定)となるように、カソード電力Ecを自動制御した。
【0079】
この実験の結果を示す
図6において、たとえば窒素ガスの流量Q[N
2]に注目すると、当該窒素ガスの流量Q[N
2]は、その自動制御が開始される時点t0の直前までは、40mL/minという一定の値を示す。言い換えれば、窒素ガスの流量Q[N
2]は、時点t0の直前までは、マスフローコントローラ60bにより40mL/minという一定の値となるように制御される。そして、時点t0以降は、窒素ガスの流量Q[N
2]の自動制御が行われることで、当該窒素ガスの流量Q[N
2]は、真空槽12内の圧力Pに応じた値となる。なお、時点t0以降の真空槽12内の圧力Pは、基本的には前述の0.220Paという一定の値となり、つまりはそうなるように窒素ガスの流量Q[N
2]が自動制御される。
【0080】
ここで、時点t0以降の真空槽12内の圧力に目を向けると、当該真空槽12内の圧力Pは、多少(微妙に)変動しつつ、時折、瞬間的に上昇する。これに応じて(言わば同期して)、窒素ガスの流量Q[N2]もまた、多少変動しつつ、時折、つまり真空槽12内の圧力が瞬間的に上昇したときに、瞬間的に減少し、詳しくは約40mL/minという値から約30mL/minという値にまで減少する。なお、真空槽12内の圧力Pが瞬間的に上昇する周期、換言すれば窒素ガスの流量Q[N2]が瞬間的に減少する周期は、一定ではなく、数分間~十数分間の範囲で不定である。また、真空槽12内の圧力Pが瞬間的に上昇した状態にある時間、換言すれば窒素ガスの流量Q[N2]が瞬間的に減少した状態にある時間は、数秒間であり、詳しくは2~3秒間である。
【0081】
このような真空槽12内の圧力Pおよび窒素ガスの流量Q[N2]の遷移から、窒化チタン膜の成膜処理においては、次のような現象が生じているものと、推測される。
【0082】
すなわち、窒化チタン膜の成膜処理においては、前述の如くターゲット242の被スパッタ面のエロージョン領域242aと非エロージョン領域との境界付近が窒化される、と考えられる。この窒化によって、ターゲット242の被スパッタ面からスパッタされるチタン粒子の量が減少し、これに伴い、当該チタン粒子(スパッタ粒子)と反応する窒素ガスの粒子の量が減少し、つまり当該チタン粒子と反応することで消費される窒素ガス粒子の量が減少する。その結果、真空槽12内の圧力Pが上昇する。これに対して、真空槽12内の圧力Pが一定となるように、窒素ガスの流量Q[N2]が自動制御されることで、当該窒素ガスの流量Q[N2]が急激に減少し、詳しくは前述の如く約40mL/minという値から約30mL/minという値にまで減少する。すると、真空槽12内における窒素ガス粒子の量に対するアルゴンガス粒子の量の比率(相対比率)が高くなり、これにより、アルゴンガス粒子、とりわけアルゴンイオンが、ターゲット242の被スパッタ面に衝突する頻度(回数)が高くなる。その結果、前述の窒化によりターゲット242の被スパッタ面に形成された窒化層がアルゴンイオンによって削り取られ、当該ターゲット242の被スパッタ面からスパッタされるチタン粒子の量が増加する。そして、この増加したチタン粒子と反応することで消費される窒素ガス粒子の量が増加し、その分、真空槽12内の圧力Pが低下する。これに応答して、真空槽12内の圧力Pの低下を補うべく、換言すれば増加したチタン粒子と反応するのに必要な窒素ガス粒子を補充するべく、窒素ガスの流量Q[N2]が増加し、約40mL/minという当初の値に復帰する。このような現象が繰り返されることで、前述の如く時折、真空槽12内の圧力が瞬間的に上昇するとともに、窒素ガスの流量[N2]が瞬間的に減少するものと、推測される。なお、ターゲット242の被スパッタ面の窒化の度合や、真空槽12内における窒素ガスの濃度などが一定でないために、真空槽12内の圧力Pが瞬間的に上昇するとともに、窒素ガスの流量Q[N2]が瞬間的に減少する周期が、一定でないものと、つまり当該周期に規則性がないものと、推測される。
【0083】
このようにして時折、真空槽12内の圧力Pが瞬間的に上昇するとともに、窒素ガスの流量Q[N2]が瞬間的に減少しつつも、ターゲット242の被スパッタ面に形成された窒化層が適宜に削り取られ、言わば当該ターゲット242の被スパッタ面がリフレッシュされる。これにより、ターゲット242の被スパッタ面のスパッタ速度の安定化が図られ、ひいては窒化チタン膜の再現性の向上が図られ、とりわけ膜厚および色調の再現性の向上が図られる。
【0084】
このことを検証するために、本実施例において、実際に窒化チタン膜を形成して、その再現性が得られるかどうかの、とりわけ色調および膜厚の再現性が得られるかどうかの、実験を行った。
図7に、この実験における成膜条件を示し、
図8に、当該実験により形成された窒化チタン膜の性状を示す。
【0085】
具体的に説明すると、
図7に示されるように、この実験においては、アルゴンガスの流量Q[Ar]を100mL/min(一定)とし、コンダクタンスバルブ22の角度θを40度(一定)とし、その上で、真空槽12内の圧力Pが0.220Pa(一定)となるように、窒素ガスの流量Q[N
2]を自動制御した。そして、アーク放電用電力Edを1000W(一定)とし、詳しくはアーク放電用電力Edの電圧成分であるアーク放電電圧Vdを50V(一定)とした状態で、当該アーク放電用電力Edの電流成分であるアーク放電電流Idが20A(一定)となるように、カソード電力Ecを自動制御した。併せて、スパッタ電力Esを8kW(一定)とし、基板バイアス電圧Vb(平均値)を-100V(一定)とした。このような条件による成膜処理を65分間という時間(成膜時間)Tにわたって10回(10バッチ)行った。
【0086】
この10回の成膜処理(バッチ)により形成されたそれぞれの窒化チタン膜について、その膜厚と、色調の要素であるL
*,a
*およびb
*と、を測定したところ、
図8に示されるような結果が得られた。なお、膜厚の測定は、前述の従来技術における膜厚についての実験と同様、接触式の表面粗さ計による段差測定により行い、当該膜厚測定用の被処理物として、シリコンウェハを用いた。そして、色調の測定もまた、前述の従来技術における色調についての実験と同様、コニカミノルタ株式会社製の色彩色差計(CR-400)を用いて行い、当該色調測定用の被処理物100として、鏡面加工されたSUS304製の板状体(30mm×30mm×1mm)を用いた。さらに、
図8には、それぞれの成膜処理における窒素ガスの流量Q[N
2](の変動範囲)と、処理温度(被処理物100の表面温度)と、成膜速度と、をも示してある。併せて、
図8には、それぞれの窒化チタン膜の内部応力の測定結果をも示してある。
【0087】
この
図8に示されるように、たとえば膜厚については、その差分である膜厚差は、0.06μmであった。この0.06μmという膜厚差は、前述の従来技術による膜厚差(0.21μm)よりも遙かに小さい。また、この0.06μmという膜厚差を、10回の成膜処理により形成されたそれぞれの窒化チタン膜の膜厚の平均値に対する比率で表すと、±5.36%であり、この±5.36%という比率は、十分に実用に応え得るレベルである。すなわち、本実施例によれば、膜厚について、良好な再現性が得られることが確認された。
【0088】
そして、成膜速度に注目すると、その差分である成膜速度差は、0.05μm/hであった。この0.05μm/hという成膜速度差は、前述の従来技術による成膜速度差(0.16μm/h)よりも遙かに小さい。また、この0.05μm/hという成膜速度差を、10回の成膜処理のそれぞれにおける成膜速度の平均値に対する比率で表すと、±6.17%であり、この±6.17%という比率は、実用的に十分に小さい値である。すなわち、本実施例によれば、成膜速度のバラツキが十分に小さいことが、つまり当該成膜速度の安定化が図られることが、確認された。
【0089】
さらに、色調に注目すると、当該色調の要素であるL*,a*およびb*それぞれの差分ΔL*,Δa*およびΔb*は、0.64,0.85および1.16であり、つまりいずれも2未満であった。この2未満という各差分ΔL*,Δa*およびΔb*の値は、前述の従来技術による各差分ΔL*,Δa*およびΔb*の値(4.21,5.77および15.70)よりも遙かに小さい。また、各差分ΔL*,Δa*およびΔb*の値を、10回の成膜処理により形成されたそれぞれの窒化チタン膜のL*,a*およびb*の個々の平均値に対する比率で表すと、±0.51%,±7.25%および±1.67%であり、これらの比率の値は、十分に実用に応え得るレベルである。すなわち、本実施例によれば、色調についても、良好な再現性が得られることが確認された。
【0090】
なお、それぞれの成膜処理における窒素ガスの流量Q[N2](の変動範囲)に注目すると、その最小値は、おおむね30mL/min程度であり、詳しくは25.8mL/min~36.6mL/minである。そして、窒素ガスの流量Q[N2]の最大値は、おおむね40mL/min程度であり、詳しくは39.2mL/min~43.5mL/minである。この窒素ガスの流量Q[N2]については、そのバラツキが比較的に大きいように見受けられるが、結果的には、前述の如く膜厚および色調については、良好な再現性が得られることが確認された。
【0091】
また、それぞれの成膜処理における処理温度に注目すると、当該処理温度は、おおむね240℃程度であり、その差分は、10℃である。この10℃という処理温度の差分を、それぞれの成膜処理における処理温度の平均値に対する比率で表すと、±2.07%であり、この±2.07%という比率は、極めて小さい値である。すなわち、本実施例によれば、処理温度のバラツキが十分に小さいことが確認された。
【0092】
そして、それぞれの成膜処理により形成された窒化チタン膜の内部応力(圧縮応力)に注目すると、当該内部応力は、おおむね-7GPa程度であり、その差分は、1.15GPaである。この1.15GPaという差分を、それぞれの窒化チタン膜の内部応力の平均値に対する比率で表すと、±8.34であり、この±8.34%という比率は、極めて小さい値である。すなわち、本実施例によれば、内部応力についても、そのバラツキが十分に小さいことが確認された。
【0093】
このような本実施例による窒化チタン膜の成膜処理における諸制御要領と、前述の従来技術による当該諸制御要領とを、一覧に纏めると、
図9に示されるようになる。
【0094】
この
図9に示されるように、前述の従来技術による窒化チタン膜の成膜処理においては、放電用ガスとしてのアルゴンガスの流量Q[Ar]が一定とされるとともに、反応性ガスとしての窒素ガスの流量Q[N
2]が一定とされる。その上で、真空槽内の圧力Pが一定となるように、コンダクタンスバルブの角度θが自動制御される。そして、アーク放電用電力Edが一定とされるとともに、スパッタ電力Esが一定とされ、さらに、基板バイアス電圧Vb(平均値)が一定とされる。併せて、成膜時間Tが一定とされる。
【0095】
これに対して、本実施例による窒化チタン膜の成膜処理においては、放電用ガスとしてのアルゴンガスの流量Q[Ar]が一定とされるとともに、コンダクタンスバルブ22の角度θが一定とされる。その上で、真空槽12内の圧力Pが一定となるように、反応性ガスとしての窒素ガスの流量Q[N2]が自動制御される。そして、アーク放電用電力Edが一定とされるとともに、スパッタ電力Esが一定とされ、さらに、基板バイアス電圧Vb(平均値)が一定とされる。併せて、成膜時間Tが一定とされる。
【0096】
すなわち、従来技術によれば、窒素ガスの流量Q[N2]が一定とされた状態で、真空槽内の圧力Pが一定となるように、コンダクタンスバルブの角度θが自動制御される。これに対して、本実施例によれば、コンダクタンスバルブ22の角度θが一定とされた状態で、真空槽12内の圧力Pが一定となるように、窒素ガスの流量Q[N2]が自動制御される。これらの点で、本実施例と従来技術とは、互いの構成を根本的に異にする。この構成の相違により、本実施例によれば、従来技術に比べて、窒化チタン膜を良好な再現性で形成することができ、とりわけ当該窒化チタン膜の膜厚および色調について良好な再現性が得られる、という極めて有益な効果が発揮される。
【0097】
図10は、本実施例および従来技術のそれぞれによる膜厚差、成膜速度差および色調の差分ΔL
*,Δa
*およびΔb
*を比較して示す一覧である。この
図10から明らかなように、本実施例によれば、従来技術に比べて、膜厚および色調について良好な再現性が得られるとともに、成膜速度差が実用的に十分に小さい値に抑えられる。
【0098】
以上のように、本実施例によれば、スパッタ速度の安定化が図られ、これにより、窒化チタン膜などの反応膜の再現性が向上し、とりわけ膜厚および色調の再現性が向上する。このことは、たとえば装飾品への展開に、大きく貢献する。しかも、長期(ターゲット242の使用末期まで)にわたって、良好な再現性が得られる。
【0099】
なお、本実施例は、本発明の一具体例であり、本発明の技術的範囲を限定するものではない。本実施例以外の局面にも、本発明を適用することができる。
【0100】
たとえば、
図11に示されるように、複数の、ここでは4つの、マグネトロンスパッタカソード24,24,…が設けられてもよく、厳密には当該マグネトロンスパッタカソード24を含むユニット400が複数、つまり4つ、設けられてもよい。具体的には、それぞれのユニット400は、マグネトロンスパッタカソード24、アースシールド26およびカソードフィラメント30を含む。また、
図1には示されないが、それぞれのユニット400は、スパッタ電源装置28、加熱用電源装置32、アーク放電用電源装置34、電流検出器36および加熱制御器38を含む。すなわち、それぞれのユニット400は、言わばプラズマ300の発生源であり、このプラズマ300の発生源であるユニット400が複数、つまり4つ、設けられてもよい。これら各ユニット400,400,…は、真空槽12の中心軸Xaを中心とする円の円周方向に沿って等間隔に設けられ、つまりここでは90度間隔で設けられる。併せて、各ユニット400,400,…は、真空槽12の中心軸Xaから同じ距離を置いて設けられる。
【0101】
この
図11に示される構成によれば、反応膜の成膜速度の向上(高速化)が図られる。そして、この
図11に示される構成においても、真空槽12内の圧力Pが一定となるように、窒素ガスの流量Q[N
2]が自動制御されることで、反応膜の再現性の向上が図られる。また、当該自動制御を担う要素、つまり圧力計62、ガス流量制御器64および反応性ガス導入用のマスフローコントローラ60bについては、複数設けられる必要はなく、各ユニット400,400,…に共通の1つのみで足りる。
【0102】
なお、ユニット400の数は、4つに限らない。いずれにしても、各ユニット400,400,…は、真空槽12の中心軸Xaを中心とする円の円周方向に沿って等間隔に設けられるとともに、当該真空槽12の中心軸Xaから同じ距離を置いて設けられることが、肝要である。
【0103】
また、本実施例では、反応膜として窒化チタン膜を形成する場合について、説明したが、当該窒化チタン膜以外の窒化膜や炭窒化膜、炭化膜などの種々の反応膜を形成する場合にも、本発明を適当することができる。ここで言う種々の反応膜としては、炭窒化チタン(TiCN)膜、炭化チタン(TiC)膜、酸化チタン(TiO2)膜、窒化ジルコニウム(ZrN)膜、炭窒化ジルコニウム(ZrCN)膜、炭化ジルコニウム(ZrC)膜、窒化チタンアルミニウム(TiAlN)膜、炭窒化チタンアルミニウム(TiAlCN)膜、窒化アルミニウムクロム(AlCrN)膜、窒化クロム(CrN)膜、炭窒化クロム(CrCN)膜、炭化ロム(CrC)膜、窒化アルミニウム(AlN)膜、酸化アルミニウム(Al2O3)膜、窒化珪素(SiN)、炭窒化珪素(SiCN)膜、炭化珪素(SiC)膜、酸化珪素(SiO2)膜、酸化イットリウム(Y2O3)膜などがある。この場合、反応膜の種類に応じた素材製のターゲット242が用いられる。また、炭窒化膜を形成する場合には、反応ガスとして、窒素ガスに加えて、アセチレン(C2H2)ガスなどの炭化水素系ガスが、用いられる。そして、炭化膜を形成する場合には、反応ガスとして、窒素ガスに代えて、アセチレンなどの炭化水素系ガスが、用いられる。さらに、窒化アルミニウム膜や窒化珪素膜などの絶縁性の反応膜を形成する場合には、スパッタ電源装置28として、直流の電源装置ではなく、たとえばバイアス電源装置50と同様のバイポーラパルス電力を出力するパルス電源装置が、用いられる。
【0104】
加えて、実際には、反応膜を形成する前に、当該反応膜の密着性を向上させるための中間層を形成するための成膜処理が行われる。たとえば、反応膜が窒化チタン膜である場合には、中間層としてチタン(Ti)膜が形成されるが、当該中間層は、反応膜の種類に応じて適宜に選定される。
【0105】
さらに、本実施例では、バイアス電源装置50として、パルス電源装置が採用されたが、これに限らない。たとえば、被処理物100が導電性物質であり、かつ、形成しようとする反応膜もまた導電性被膜である場合には、直流電源装置が採用されてもよい。なお、被処理物100が導電性物質であるとしても、形成しようとする反応膜が絶縁性被膜である場合には、バイアス電源装置50として、パルス電源装置または高周波電源装置が採用されるのが、適当である。また、被処理物100が絶縁性物質である場合には、バイアス電源装置50として、高周波電源装置が採用される。
【0106】
そして、本発明は、マグネトロンスパッタ装置10という装置への適用に限らず、マグネトロンスパッタ法による成膜方法という方法についても、適用することができる。
【符号の説明】
【0107】
10 … マグネトロンスパッタ装置
12 … 真空槽
18 … 真空ポンプ
20 … 開閉バルブ
22 … コンダクタンスバルブ
24 … マグネトロンカソード
26 … アースシールド
28 … スパッタ電源装置
30 … フィラメント
32 … フィラメント加熱用電源装置
34 … アーク放電用電源装置
36 … 電流検出器
38 … 加熱制御器
50 … バイアス電源装置
56 … ガス導入管
58,60 … 枝管
58a,60a … 開閉バルブ
58b,60b … マスフローコントローラ
62 … 真空計
64 … ガス流量制御器
100 … 被処理物
242 … ターゲット
300 … プラズマ
400 … ユニット
【要約】
【課題】 マグネトロンスパッタ法による成膜装置および成膜方法において、スパッタ速度を安定化させて、良好な再現性で反応膜を形成する。
【解決手段】 本発明に係るマグネトロンスパッタ装置10によれば、真空槽12内に放電用ガスとしての不活性ガスが一定の流量Qdで供給される。併せて、コンダクタンスバルブ22の角度θが一定とされ、つまり真空槽12の排気口14における実効排気速度が一定とされる。さらに、スパッタ電力Esが一定とされるとともに、アーク放電用電力Edが一定とされる。その上で、真空槽12内の圧力Pが一定となるように、当該真空槽12内に導入される反応性ガスの流量Qrが自動制御される。これにより、スパッタ速度が安定化される。加えて、基板バイアス電圧Vbが一定とされる。これにより、反応膜の再現性が向上し、とりわけ膜厚および色調の再現性が向上する。
【選択図】
図1