(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-27
(45)【発行日】2024-03-06
(54)【発明の名称】電子管
(51)【国際特許分類】
H01J 43/10 20060101AFI20240228BHJP
H01J 1/90 20060101ALI20240228BHJP
【FI】
H01J43/10
H01J1/90
(21)【出願番号】P 2024503952
(86)(22)【出願日】2023-11-07
(86)【国際出願番号】 JP2023040061
【審査請求日】2024-01-22
(31)【優先権主張番号】P 2023039610
(32)【優先日】2023-03-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000236436
【氏名又は名称】浜松ホトニクス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100140442
【氏名又は名称】柴山 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100148013
【氏名又は名称】中山 浩光
(72)【発明者】
【氏名】八木 健
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 宏之
(72)【発明者】
【氏名】浜名 康全
(72)【発明者】
【氏名】池田 貴将
(72)【発明者】
【氏名】河合 輝典
(72)【発明者】
【氏名】粕谷 健太
【審査官】佐藤 海
(56)【参考文献】
【文献】米国特許第4604545(US,A)
【文献】特開2021-9767(JP,A)
【文献】特開2014-123582(JP,A)
【文献】特開2000-90875(JP,A)
【文献】特開2018-142462(JP,A)
【文献】特開平9-259814(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 43/00-43/30
H01J 1/90
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
入射光を光電子に変換する光電面と、
複数の電極と、
前記電極同士を電気的に絶縁した状態で保持する絶縁性基板と、
前記電極及び前記絶縁性基板を収容する筐体と、を含み、
前記絶縁性基板は、
多結晶材料からなり、電気絶縁性を有する基体層と、
アモルファス材料からなり、電気絶縁性を有する中間層と、
カーボンを含む材料からなり、前記中間層よりも電気抵抗が小さい表面層と、を有している、電子管。
【請求項2】
前記表面層は、アルカリ金属を更に含む、請求項1記載の電子管。
【請求項3】
前記中間層の厚さは、前記表面層の厚さより大きくなっている、請求項
1記載の電子管。
【請求項4】
前記中間層の厚さは、前記表面層の厚さより大きくなっている、請求項2記載の電子管。
【請求項5】
前記カーボンを含む材料は、金属の酸化物、金属の窒化物、及び金属のフッ化物の少なくとも一つを含む材料を基材とし、前記基材中にカーボンを含む、請求項3記載の電子管。
【請求項6】
前記カーボンを含む材料は、金属の酸化物、金属の窒化物、及び金属のフッ化物の少なくとも一つを含む材料を基材とし、前記基材中にカーボンを含む、請求項4記載の電子管。
【請求項7】
前記中間層及び前記表面層は、少なくとも前記基体層における前記電極側の第1面と前記電極と反対側の第2面とに設けられている、請求項
1記載の電子管。
【請求項8】
前記中間層及び前記表面層は、前記第1面と前記第2面とを接続する側面に設けられている、請求項
7記載の電子管。
【請求項9】
前記基体層は、前記電極を保持する保持片が挿入される挿入孔を有し、
前記中間層及び前記表面層は、前記挿入孔の内面に設けられている、請求項
7記載の電子管。
【請求項10】
前記中間層及び前記表面層は、前記基体層の表面の全体に設けられている、請求項
7記載の電子管。
【請求項11】
前記中間層及び前記表面層は、同じ材料によって構成され、
前記中間層におけるアルカリ金属の含有量は、前記表面層におけるアルカリ金属の含有量よりも小さくなっている、請求項1~
10のいずれか一項記載の電子管。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、電子管に関する。
【背景技術】
【0002】
電子管の一例として、光電子増倍管が知られている。光電子増倍管は、例えば入射光を光電子に変換する光電面を含む光電陰極と、入射した光電子に基づく二次電子放出によって光電子を増倍する増倍部と、増倍によって得られた二次電子を収集する陽極とを備えて構成されている。
【0003】
電子管の筐体内には、電極を保持する電気絶縁性の基板(絶縁性基板)が収容されている。例えば特許文献1に記載の光電子増倍管では、絶縁性基板を構成するセラミック基板の表面に酸化クロム膜が形成され、絶縁性基板が帯電した場合の電極間の耐電圧特性の向上が図られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
電子管の筐体内に配置される絶縁性基板では、上述した帯電の問題のほか、電子が多結晶体であるセラミックに入射することによる発光の問題も生じ得る。絶縁性基板での発光は、当該発光が光電面に入射することで、暗電流の増加の一因になる。したがって、光電面を備えた電子管においては、絶縁性基板の帯電及び発光の双方を抑制できる技術が求められている。
【0006】
本開示は、上記課題の解決のためになされたものであり、絶縁性基板の帯電及び発光の双方を抑制できる電子管を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示の一側面に係る電子管は、入射光を光電子に変換する光電面と、複数の電極と、電極同士を電気的に絶縁した状態で保持する絶縁性基板と、電極及び絶縁性基板を収容する筐体と、を含み、絶縁性基板は、多結晶材料からなり、電気絶縁性を有する基体層と、アモルファス材料からなり、電気絶縁性を有する中間層と、カーボンを含む材料からなり、中間層よりも電気抵抗が小さい表面層と、を有している。
【0008】
この電子管では、電気絶縁性を有する基体層が多結晶材料からなるため、絶縁性基板の全体としての強度と電気絶縁性を十分に確保できる。電気絶縁性を有する基体層には、アモルファス材料からなり、電気絶縁性を有する中間層が設けられている。この中間層により、多結晶材料である基体層に電子が入射することを抑制でき、当該電子の入射に起因する基体層での発光を抑制できる。電気絶縁性を有する中間層が絶縁性基板の表面に位置していると、当該表面において帯電が生じ易いが、この電子管では、カーボンを含む材料からなり、中間層よりも電気抵抗が小さい表面層を設けることで、絶縁性基板の表面の電気抵抗が小さくなり、当該表面での帯電を抑制できる。したがって、この電子管では、絶縁性基板の帯電及び発光の双方を抑制できる。
【0009】
表面層は、アルカリ金属を更に含んでいてもよい。表面層がアルカリ金属を更に含んでいることで、絶縁性基板の表面の電気抵抗をより適切な程度まで小さくできる。したがって、絶縁性基板の表面の帯電をより確実に抑制できる。
【0010】
中間層の厚さは、表面層の厚さより大きくなっていてもよい。中間層の厚さを十分に確保することで、基体層への電子の入射を効果的に抑制できる。したがって、絶縁性基板の発光をより確実に抑制できる。
【0011】
カーボンを含む材料は、金属の酸化物、金属の窒化物、及び金属のフッ化物の少なくとも一つを含む材料を基材とし、基材中にカーボンを含んでいてもよい。この場合、表面層の電気抵抗を適切に中間層よりも小さくすることができる。
【0012】
中間層及び表面層は、少なくとも基体層における電極側の第1面と電極と反対側の第2面とに設けられていてもよい。この場合、絶縁性基板において、電子が入射し易い面に中間層及び表面層を設けることで、絶縁性基板の帯電及び発光の双方を一層効果的に抑制できる。
【0013】
中間層及び表面層は、第1面と第2面とを接続する側面に設けられていてもよい。この場合、第1面と第2面とを電気的に接続して絶縁性基板の表面の帯電をより確実に抑制できると共に、側面への電子入射による発光を抑制することができる。これにより、絶縁性基板の帯電及び発光の双方の抑制効果を更に向上できる。
【0014】
基体層は、電極を保持する保持片が挿入される挿入孔を有し、中間層及び表面層は、挿入孔の内面に設けられていてもよい。電極では電子の増倍や通過などが行われるため、保持片が挿入される挿入孔近傍には電子が入射し易い。したがって、中間層及び表面層を挿入孔の内面に設けることで、これにより、絶縁性基板の帯電及び発光の双方の抑制効果を更に向上できる。
【0015】
中間層及び表面層は、基体層の表面の全体に設けられていてもよい。これにより、絶縁性基板のあらゆる部位において帯電及び発光の双方の抑制効果を更に向上できる。
【0016】
中間層及び表面層は、同じ材料によって構成され、中間層におけるアルカリ金属の含有量は、表面層におけるアルカリ金属の含有量よりも小さくなっていてもよい。中間層及び表面層が同じ材料であることで、これらの層の製造容易性を向上できる。また、中間層におけるアルカリ金属の含有量を、表面層におけるアルカリ金属の含有量よりも小さくすることで、中間層及び表面層が同じ材料であっても、中間層に電気絶縁性を持たせる一方で、表面層に導電性を持たせることができる。したがって、絶縁性基板の帯電及び発光の双方を抑制できる。
【発明の効果】
【0017】
本開示によれば、絶縁性基板の帯電及び発光の双方を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本開示の一実施形態に係る電子管の内部構成を示す断面図である。
【
図4】本開示における発光抑制効果の確認試験結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、図面を参照しながら、本開示の一側面に係る電子管の好適な実施形態について詳細に説明する。
【0020】
図1は、本開示の一実施形態に係る電子管の内部構成を示す断面図である。本実施形態では、電子管1は、光電子増倍管として構成されている。電子管1は、例えばコバール金属やガラスからなる筐体2を備えている。筐体2の内部には、入射光を光電子に変換する光電面(光電陰極)3と、光電面3から放出された光電子を増倍部4に導く集束電極5と、光電子を二次電子増倍する増倍部4と、増倍部4で増倍された二次電子を収集する陽極6とが収容されている。
【0021】
筐体2は、両端が開口した略円筒形状をなしている。筐体2の一端の開口には、例えばガラス製の入射窓7が設けられている。筐体2の他端の開口には、例えば金属製又はガラス製のステム8が設けられている。筐体2の内部は、入射窓7及びステム8によって気密に封止されている。筐体2、入射窓7、及びステム8は、真空容器を形成しており、筐体2の内部は、高真空状態に保たれている。入射窓7の真空側の表面には、光電面3が形成されている。入射窓7及び光電面3によって光電陰極が構成されている。ステム8には、複数のステムピン10が貫通している。各ステムピン10は、光電面3、集束電極5、増倍部4、及び陽極6にそれぞれ電気的に接続されている。
【0022】
光電面3は、入射光を光電子に変換する光電変換層を備えている。より好ましくは、光電面3は、光電変換層で発生した光電子を筐体2の内部空間に放出し易くする電子放出層を、光電変換層における内部空間側に備えている。光電変換層及び電子放出層のうち、少なくとも電子放出層には、例えばセシウムなどのアルカリ金属が含まれている。光電変換層においても、例えばセシウム、カリウム、ナトリウムなどのアルカリ金属が含まれる場合がある。本実施形態では、光電面3は、光電変換層及び電子放出層の少なくとも一方に起因するアルカリ金属を含む光電面となっている。
【0023】
集束電極5は、例えばカップ状をなしている。集束電極5の中央部分には、例えば断面円形状の開口部5aが設けられている。集束電極5は、開口部5aが光電面3と対向するように配置されている。陽極6は、例えば線状或いは平板状をなしている。陽極6は、増倍部4の後段に配置されている。集束電極5の開口部5a、或いは陽極6と増倍部4との間には、メッシュ電極が取り付けられていてもよい。
【0024】
集束電極5と陽極6との間に配置される増倍部4は、いわゆるラインフォーカス型の複数段のダイノード(電極)11によって構成されている。各段のダイノード11は、光電子を二次電子増倍する二次電子面11aを有している。二次電子面11aのそれぞれは、例えば断面円弧状をなしている。隣り合うダイノード11,11間の二次電子面11a,11a同士は、互いに対向するように配置されている。1段目のダイノード11には、例えば集束電極5と同圧の負の電位が印加される。n段目のダイノード11には、(n-1)段目のダイノード11よりも絶対値の小さい負の電位が印加される。陽極6の電位は、0Vとされる。
【0025】
各ダイノード11の長手方向の両端部には、筐体2内でダイノード11を保持するための保持片11bが設けられている。筐体2内でのダイノード11の保持にあたっては、
図2に示すように、一対の絶縁性基板12,12が用いられている。絶縁性基板12には、各ダイノード11の保持片11bが挿入される複数の挿入孔13が設けられている。これらの挿入孔13に各ダイノード11の保持片11bを挿入し、一対の絶縁性基板12,12で各ダイノード11を挟み込むことで、各ダイノード11が電気的に絶縁された状態で筐体2内に保持されている。本実施形態では、陽極6についても、同様の構造にて各ダイノード11と電気的に絶縁された状態で筐体2内に保持されている。
【0026】
次に、上述した絶縁性基板12について、更に詳細に説明する。
図3は、絶縁性基板の要部拡大断面図である。
図3に示すように、絶縁性基板12は、基体層21と、中間層22と、表面層23とを有している。
【0027】
基体層21は、絶縁性基板12のベースとなる層である。基体層21は多結晶材料からなり、電気絶縁性を有している。電気絶縁性を有する多結晶材料としては、セラミック材料が挙げられる。本実施形態のように、電子管1が光電子増倍管である場合、例えば酸化アルミニウム(Al2O3)からなる白色アルミナなどを用いたセラミックが挙げられる。本実施形態では、基体層21は、筐体2の延在方向(入射窓7とステム8とを結ぶ方向)を長辺とし、これに直交する方向を短辺とする長方形の板状(基板)をなしている。
【0028】
基体層21は、電極(各ダイノード11及び陽極6)側の第1面21aと、電極と反対(筐体2)側の第2面21bと、第1面21aと第2面21bとを接続する4つの側面21cとを有している(
図2参照)。上述した複数の挿入孔13は、いずれも第1面21aと第2面21bとにわたって基体層21を貫通するように設けられている。
【0029】
中間層22は、多結晶材料である基体層21に電子が入射することを抑制する層である。中間層22は、アモルファス材料からなり、電気絶縁性を有している。すなわち、中間層22は、電気絶縁性のアモルファス層によって構成されている。アモルファス材料としては、例えば酸化アルミニウム(Al2O3)であるアルミナが挙げられる。他のアモルファス材料としては、例えばガラス、金属酸化物、金属窒化物、金属フッ化物などが挙げられる。本実施形態では、アモルファス材料自体が電気絶縁性を有しているが、電気絶縁性を有する材料をアモルファス材料に添加することで中間層22に電気絶縁性を持たせてもよい。
【0030】
表面層23は、絶縁性基板12の表面の電気抵抗を下げることで当該表面での帯電を抑制する層である。表面層23の電気抵抗は、中間層22の電気抵抗よりも小さくなっており、表面層23は、導電性を示す層となっている。表面層23は、カーボン(C)を含む材料によって構成されている。表面層23におけるカーボンは、表面層23の表面付近に偏在した状態であってもよく、表面層23の全体に均一に或いはランダムに分散した状態であってもよい。
【0031】
カーボンを含む材料の基材となる材料としては、例えば酸化マグネシウム(MgO)、有機-無機ハイブリッド材料であるアルコーンなどが挙げられる。他の基材材料としては、金属酸化物(Be、Mg、Ba、Sc、Y、ランタノイド(La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu)、Ti、Zr、Hf、Zn、B、Al、Ga、In、Si)、金属窒化物(Be、Y、B、Al、Ga、Si、Ge)、金属フッ化物(Li、Na、Mg、Ca、Sr、Ba、Sc、Y、ランタノイド(La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu)、Zr、Hf、Zn、Al、Ga、In)などが挙げられる。
【0032】
このように、カーボンを含む材料は、金属の酸化物、金属の窒化物、及び金属のフッ化物の少なくとも一つを含む材料を基材とし、基材中にカーボンを含む材料であることが好ましい。本実施形態では、表面層23もアモルファス材料によって構成されている。すなわち、表面層23は、導電性のアモルファス層によって構成されている。
【0033】
本実施形態では、表面層23は、アルカリ金属を含んでいる。アルカリ金属としては、例えばLi、Na、K、Rb、Csなどが挙げられる。本実施形態では、表面層23に含まれるアルカリ金属は、例えば光電面3の形成材料の少なくとも一部である。本実施形態では、光電面3の形成工程において、光電面3を構成するアルカリ金属の一部が表面層23に取り込まれることによって、アルカリ金属を含む表面層23が形成されている。この場合、表面層23がカーボンを含むことで、より効率良く表面層23にアルカリ金属を取り込むことができる。
【0034】
中間層22及び表面層23は、少なくとも基体層21における第1面21aと第2面21bとに設けられている。中間層22及び表面層23は、側面21cに設けられていてもよく、挿入孔13の内面に設けられていてもよい。本実施形態では、基体層21の表面の全体に設けられている。すなわち、本実施形態では、中間層22及び表面層23は、第1面21aの全面、第2面21bの全面、4つの側面21cの全面、及び各挿入孔13の内面の全面に設けられている。
【0035】
中間層22及び表面層23の形成領域として、沿面放電に対しては、例えば100V以上の電圧が印加される電極間に対応する領域が挙げられる。また、ギャップ放電に対しては、強電界(例えば200V/cm以上)が付加される陽極6に対応する領域が挙げられる。本実施形態において、中間層22及び表面層23を最優先で形成する領域としては、第1面21a及び第2面21bにおいて、陽極6及び最終段のダイノード11に対応する領域(一対の絶縁性基板12,12の対向方向から見て陽極6及び最終段のダイノード11と重なる領域)が挙げられる。中間層22及び表面層23は、例えば絶縁性基板12の第1面21a及び第2面21bを基体層21の長辺方向の中央で2分割した領域のうち、少なくとも陽極6側の半分領域に形成されていることが好適である。
【0036】
本実施形態では、中間層22の厚さT1は、表面層23の厚さT2より大きくなっている。中間層22の厚さT1に対する表面層23の厚さT2の比(T2/T1)は、例えば1~200000程度となっている。一例として、中間層22の厚さT1は、10nm~数百μm程度となっており、表面層23の厚さT2は、3nm~10nm程度となっている。
【0037】
中間層22及び表面層23の形成には、例えば原子層堆積法(ALD: Atomic Layer Deposition)が挙げられる。原子層堆積法は、化合物の分子の吸着工程、反応による成膜工程、及び余剰分子を除去するパージ工程を繰り返し実施することで、原子層を1層ずつ堆積して薄膜を得る手法である。
【0038】
原子層堆積法を利用した成膜サイクルには、中間層22の成膜サイクルと、表面層23の成膜サイクルとが含まれる。例えば中間層22の構成材料をアルミナ(Al2O3)とした場合、中間層22の成膜サイクルでは、例えばH2Oの吸着工程、H2Oのパージ工程、トリメチルアルミニウムの吸着工程、トリメチルアルミニウムのパージ工程がこの順に実施される。また、例えば表面層23の構成材料をMgO(カーボンを含むMgO)とした場合、表面層23の成膜サイクルでは、例えばH2Oの吸着工程、H2Oのパージ工程、マグネシウムを含む有機金属の吸着行程、マグネシウムを含む有機金属のパージ工程がこの順に実施される。
【0039】
原子層堆積法にて、30nm厚のアルミナ(Al2O3)による中間層22と、5nm厚のMgO(カーボンを含むMgO)による表面層23とを基体層21の表面に形成する場合、アルミナ(Al2O3)の成膜サイクルを300回実施した後、MgO(カーボンを含むMgO)の成膜サイクルを40回実施する。これにより、合計で35nm厚の中間層22及び表面層23を基体層21の表面に形成することができる。
【0040】
なお、中間層22の形成には、原子層堆積法以外の他の手法を用いることも可能である。他の手法としては、例えば電子線蒸着、スパッタ蒸着、塗布などが挙げられる。
【0041】
以上説明したように、電子管1では、電気絶縁性を有する基体層21が多結晶材料からなるため、絶縁性基板12の全体としての強度と電気絶縁性を十分に確保できる。電気絶縁性を有する基体層21には、アモルファス材料からなり、電気絶縁性を有する中間層22が設けられている。この中間層22により、多結晶材料である基体層21に電子が入射することを抑制でき、当該電子の入射に起因する基体層21での発光を抑制できる。電気絶縁性を有する中間層22が絶縁性基板12の表面に位置していると、当該表面において帯電が生じ易いが、電子管1では、カーボンを含む材料からなり、中間層よりも電気抵抗が小さい表面層23を設けることで、絶縁性基板12の表面の電気抵抗が小さくなり、当該表面での帯電を抑制できる。したがって、電子管1では、絶縁性基板12の帯電及び発光の双方を抑制できる。
【0042】
本実施形態では、表面層23がアルカリ金属を含んでいる。特に、表面層23は、カーボンを含んでいることで、アルカリ金属をより含み易くなっている。表面層23では、上述したように、光電面3の形成工程において、光電面3の構成材料であるアルカリ金属を取り込むことが好適であるが、表面層23に別途アルカリ金属を含ませてもよい。表面層23がアルカリ金属を含んでいることで、絶縁性基板12の表面の電気抵抗をより適切な程度まで小さくできる。したがって、絶縁性基板12の表面の帯電をより確実に抑制できる。
【0043】
本実施形態では、中間層22の厚さT1は、表面層23の厚さT2より大きくなっている。中間層22の厚さT1を十分に確保することで、基体層21への電子の入射を効果的に抑制できる。したがって、絶縁性基板12の発光をより確実に抑制できる。
【0044】
本実施形態では、表面層23を構成するカーボンを含む材料は、金属の酸化物、金属の窒化物、及び金属のフッ化物の少なくとも一つを含む材料を基材とし、基材中にカーボンを含んでいる。これにより、表面層23の電気抵抗を適切に中間層22よりも小さくすることができる。本実施形態においては、電気的には絶縁傾向を示す(電気抵抗の大きい)材料を基材とし、当該基材にカーボン及びアルカリ金属を含ませ、さらに、表面層23の厚さT2を中間層22の厚さT1よりも小さくする(つまり、表面層23の厚さを適切に制御する)ことで、表面層23の電気抵抗が中間層22の電気抵抗よりも小さくなるように適切な調整がなされている。
【0045】
本実施形態では、少なくとも基体層21の第1面21aと第2面21bとに設けられている。このように、絶縁性基板12において、電子が入射し易い面に中間層22及び表面層23を設けることで、絶縁性基板12の帯電及び発光の双方を効果的に抑制できる。さらに、本実施形態では、中間層22及び表面層23は、基体層21の第1面21a、第2面21b、側面21c、及び挿入孔13の内面にそれぞれ設けられ、基体層21の表面の全体を覆っている。したがって、絶縁性基板12のあらゆる部位において帯電及び発光の双方の抑制効果を更に向上できる。
【0046】
中間層22及び表面層23を側面21cに設けた場合、第1面21aと第2面21bとを電気的に接続して絶縁性基板12の表面の帯電をより確実に抑制できると共に、側面21cへの電子入射による発光を抑制することができる。また、集束電極5、増倍部4を構成するダイノード11、及び陽極6では、電子の増倍や通過などが行われるため、保持片11bが挿入される挿入孔13近傍には電子が入射しやすいが、中間層22及び表面層23を挿入孔13の内面に設けることで、絶縁性基板12の帯電及び発光の双方の抑制効果を更に向上できる。
【0047】
中間層22及び表面層23は、同じ材料によって構成され、中間層22におけるアルカリ金属の含有量は、表面層23におけるアルカリ金属の含有量よりも小さくなっていてもよい。例えば中間層22及び表面層23のそれぞれをMgO(カーボンを含むMgO)によって構成し、中間層22をアルカリ金属及びカーボンのプア層とし、表面層23をアルカリ金属及びカーボンのリッチ層とすることで、中間層22に電気絶縁性を持たせる一方で、表面層23に導電性を持たせてもよい。このような構成によれば、中間層22及び表面層23が同じ材料であることで、これらの層の製造容易性を向上しつつ、絶縁性基板12の帯電及び発行の双方を抑制できる。
【0048】
図4は、本開示における発光抑制効果の確認試験結果を示す図である。同図に示す試験は、基体層の表面に形成する中間層及び表面層の態様を変えた絶縁性基板に電子を入射させた場合の紫外線領域での発光強度を実測値により算出したものである。発光強度の算出にあたって、電子(電子線)の加速電圧は1kVとした。
【0049】
比較例1では、中間層及び表面層のいずれも設けず、白色アルミナによる基体層のみで絶縁性基板を構成した。比較例2では、中間層は設けず、5nm厚のカーボンを含むMgOによる表面層を白色アルミナによる基体層の表面に形成して絶縁性基板を構成した。これに対し、実施例1では、100μm厚のガラスによる中間層と、5nm厚のカーボンを含むMgOによる表面層とを白色アルミナによる基体層の表面に形成して絶縁性基板を構成した。実施例2では、30nm厚のアルミナ(Al2O3)による中間層と、5nm厚のカーボンを含むMgOによる表面層とを白色アルミナによる基体層の表面に形成して絶縁性基板を構成した。
【0050】
図4に示すように、比較例1における絶縁性基板の発光強度を100とした場合、比較例2における絶縁性基板の発光強度は、44.3となった。この結果から、基体層にカーボンを含むMgOによる表面層のみを設けた場合であっても、ある程度の発光強度の抑制効果が奏されることが分かった。実施例1,2における発光強度は、比較例2における5nm厚のカーボンを含むMgOの発光強度の減衰率に基づいて算出した。すなわち、中間層及び表面層の膜厚が5nm厚のカーボンを含むMgOのn倍厚となる場合、その減衰率を0.443のn乗として発光強度を算出した。この結果、実施例1における絶縁性基板の発光強度は7.5となり、実施例2における絶縁性基板の発光強度は0.5となった。
【0051】
カーボンを含むMgOによる表面層の電気抵抗は、中間層の電気抵抗よりも小さくなる。実施例1,2において数十nmレベルの中間層を基体層の表面に設けた場合、当該中間層のみでは絶縁性基板の帯電が生じ得る。これに対し、5nmカーボンを含むMgOによる表面層を更に設けることで、電気絶縁性を有する中間層が絶縁性基板の表面に位置する場合の絶縁性基板の帯電の問題が解消される。これらの結果から、本開示に係る中間層及び表面層を基体層の表面に設ける構成が絶縁性基板の帯電及び発光の双方の抑制に寄与することが分かる。
【符号の説明】
【0052】
1…電子管、2…筐体、3…光電面、6…陽極(電極)、11…ダイノード(電極)、12…絶縁性基板、13…挿入孔、21…基体層、21a…第1面、21b…第2面、21c…側面、22…中間層、23…表面層、T1…中間層の厚さ、T2…表面層の厚さ。
【要約】
電子管1は、入射光を光電子に変換する光電面3と、複数のダイノード11及び陽極6と、ダイノード11,11同士及びダイノード11と陽極6とを電気的に絶縁した状態で保持する絶縁性基板12と、ダイノード11、陽極6、及び絶縁性基板12を収容する筐体2とを含み、絶縁性基板12は、多結晶材料からなり、電気絶縁性を有する基体層21と、アモルファス材料からなり、電気絶縁性を有する中間層22と、カーボンを含む材料からなり、中間層22よりも電気抵抗が小さい表面層23とを有している。