(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-28
(45)【発行日】2024-03-07
(54)【発明の名称】機械部品、及び、機械部品の製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20240229BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20240229BHJP
C21D 8/06 20060101ALI20240229BHJP
C21D 9/30 20060101ALI20240229BHJP
B21J 5/00 20060101ALI20240229BHJP
【FI】
C22C38/00 301Z
C22C38/60
C21D8/06 A
C21D9/30 A
B21J5/00 A
(21)【出願番号】P 2020014451
(22)【出願日】2020-01-31
【審査請求日】2022-09-05
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】岩橋 孝典
(72)【発明者】
【氏名】江頭 誠
(72)【発明者】
【氏名】宮西 慶
【審査官】浅野 裕之
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-057474(JP,A)
【文献】国際公開第2016/194938(WO,A1)
【文献】特開2012-077371(JP,A)
【文献】特開2017-071859(JP,A)
【文献】特開2007-321197(JP,A)
【文献】特開2005-060730(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00~38/60
C21D 8/06
C21D 9/30
B21J 5/00
B21J 1/00~13/14
B21J 17/00~19/04
B21K 1/00~31/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
機械部品であって、
化学組成は、質量%で、
C:0.30~0.40%、
Si:0.30~1.00%、
Mn:1.00~2.00%、
P:0.035%以下、
S:0.050~0.100%、
Al:0.050%以下、
Cr:0.02~1.50%、
Ti:0.002~0.020%、
N:0.003~0.030%、及び、
O:0.0050%以下、を含有し、
残部はFe及び不純物からなり、
前記機械部品のミクロ組織において、マルテンサイト及びベイナイトの総面積率は90%以上であり、
前記機械部品はさらに、
使用中に前記機械部品に外力が付与されたときに、
前記機械部品の表面のうち、最大のミーゼス応力が付与される位置を応力集中位置と定義したとき、前記応力集中位置から半径500μmの範囲の領域である応力集中部と、
前記応力集中部以外の領域である通常部とを備え、
前記応力集中部での旧オーステナイト粒の平均粒径は26μm以下であり、
前記通常部での旧オーステナイト粒の平均粒径は100~2000μmである、
機械部品。
【請求項2】
請求項1に記載の機械部品であって、
前記化学組成は、質量%で、
Cu:0.20%以下、
Ni:0.50%以下、及び、
Mo:0.20%以下、
からなる群から選択される1元素以上を含有する、
機械部品。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の機械部品であって、
前記化学組成は、質量%で、
Ca:0.0100%以下、
を含有する、
機械部品。
【請求項4】
請求項1~請求項3のいずれか1項に記載の機械部品であって、
前記化学組成は、質量%で、
Nb:0.050%以下、
B:0.0050%以下、及び、
V:0.500%以下、
からなる群から選択される1元素以上を含有する、
機械部品。
【請求項5】
請求項1~請求項4のいずれか1項に記載の機械部品であって、
前記機械部品は、自動車用途のハブであり、
前記機械部品は、
貫通孔を有するハブ本体を備え、
前記ハブ本体は、
前記貫通孔の中心軸方向に順に、筒部、接続部、フランジ部を含み、
前記筒部は、使用時においてスピンドルが挿入され、
前記接続部は、前記筒部と前記フランジ部との間に配置され、前記筒部と前記フランジ部とにつながっており、前記筒部から前記フランジ部に向かって外径が大きくなり、
前記フランジ部は、使用時においてホイールが接続され、
前記応力集中位置は、前記接続部の外面の表層のうち、前記フランジ部に隣接する領域に位置する、
機械部品。
【請求項6】
請求項1~請求項4のいずれか1項に記載の機械部品であって、
前記機械部品は自動車用途のスピンドルであり、
前記機械部品は、中心軸を有するスピンドル本体を備え、
前記スピンドル本体は、前記中心軸の方向に順に、シャフト部と、接続部と、フランジ部とを備え、
前記接続部は、前記シャフト部と前記フランジ部との間に配置され、前記シャフト部から前記フランジ部に向かうにしたがって外径が大きくなり、
前記応力集中部は、前記接続部の表層のうち、前記シャフト部に隣接する領域に位置する、
機械部品。
【請求項7】
請求項1~請求項4のいずれか1項に記載の機械部品であって、
前記機械部品はクランクシャフトであって、
クランクピンと、
クランクアームと、
前記クランクピンと前記クランクアームとの間に配置され、前記クランクピン及び前記クランクアームとつながっているフィレット部とを備え、
前記応力集中部は、前記フィレット部の表層のうち、前記クランクピンに隣接する領域に位置する、
機械部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、機械部品、及び、機械部品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ハブやスピンドル、クランクシャフト等に代表される機械部品の多くは、通常、次の製造工程で製造される。鋼材である素材に対して熱間鍛造を実施して、中間品を製造する。中間品に対して、焼入れ及び焼戻しを実施する。焼入れ及び焼戻しされた中間品に対して、仕上げ加工である切削加工を実施して、最終製品形状に加工する。以上の工程により機械部品が製造される。
【0003】
機械部品は、使用中において、繰り返しの圧縮荷重及び引張荷重を受ける。そのため、機械部品には、優れた疲労強度が求められる。一方で、上述のとおり、機械部品の製造工程では、切削加工を実施して最終形状の機械部品とする。そのため、機械部品では、その製造工程において、優れた被削性も求められる。
【0004】
特開平6-306460号公報(特許文献1)は、疲労強度及び被削性に優れた熱間鍛造部品の製造方法を提案している。この文献では、質量%で、C:0.20~0.60%、Si:0.15~2.00%、Mn:0.55~2.00%、S:0.01~0.10%、P:0.035%以下、Al:0.015~0.05%、N:0.020%以下を含有し、さらに、V:0.03~0.70%、Ti:0.005~0.050%、Nb:0.005~0.20%のうち一種又は二種以上を含有し、残部が鉄及び不可避的不純物からなる成分の鋼材を用いて熱間鍛造を実施する。このとき、A)960~1350℃以下の加熱温度で鋼材を加熱し、B)加熱後の鋼材に対して、圧下率10~90%の鍛造を行い、直ちに20℃/秒以上の冷却速度で焼入れを行い、C)焼入れ後の鋼材に対して、400℃以上Ac1変態点未満の温度範囲で焼戻しを行う。これにより、優れた疲労強度が得られつつ、十分な被削性も得られる、と特許文献1には記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載の手段以外の他の手段により、優れた疲労強度を有し、被削性にも優れる機械部品があってもよい。
【0007】
本発明の目的は、疲労強度及び被削性に優れた機械部品を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示の機械部品は、
化学組成は、質量%で、
C:0.30~0.40%、
Si:0.30~1.00%、
Mn:1.00~2.00%、
P:0.035%以下、
S:0.050~0.100%、
Al:0.050%以下、
Cr:0.02~1.50%、
Ti:0.002~0.020%、
N:0.003~0.030%、及び、
O:0.0050%以下、を含有し、
残部はFe及び不純物からなり、
前記機械部品のミクロ組織において、マルテンサイト及びベイナイトの総面積率は90%以上であり、
前記機械部品はさらに、
使用中に前記機械部品に外力が付与されたときに、
前記機械部品の表面のうち、最大のミーゼス応力が付与される位置を応力集中位置と定義したとき、前記応力集中位置から半径500μmの範囲の領域である応力集中部と、
前記応力集中部以外の領域である通常部とを備え、
前記応力集中部での旧オーステナイト粒の平均粒径は26μm以下であり、
前記通常部での旧オーステナイト粒の平均粒径は100~2000μmである。
【発明の効果】
【0009】
本開示の機械部品は、疲労強度及び被削性に優れる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、機械部品の一例である、ハブの中心軸を含む断面図(縦断面図)である。
【
図2】
図2は、
図1に示すハブの使用中における負荷状況を説明するための模式図である。
【
図3】
図3は、
図1に示すハブの有限要素モデルの一例を示す図である。
【
図4】
図4は、
図3の有限要素モデルを用いた有限要素解析結果を示す図である。
【
図6】
図6は、機械部品の一例である、スピンドルの中心軸を含む断面図(縦断面図)である。
【
図7】
図7は、
図6に示すスピンドルの使用中における負荷状況を説明するための模式図である。
【
図8】
図8は、
図6に示すスピンドルの有限要素モデルの一例を示す図である。
【
図9】
図9は、
図8の有限要素モデルを用いた有限要素解析結果を示す図である。
【
図11】
図11は、機械部品の一例である、クランクシャフトの要部の模式図である。
【
図12】
図12は、
図11に示すクランクシャフトの使用中における負荷状況を説明するための模式図である。
【
図15】
図15は本実施形態の機械部品の製造工程を示すフロー図である。
【
図17】
図17は、実施例で使用したダイスの中心軸を含む断面図である。
【
図18】
図18は、
図17のダイスで熱間押出を実施して形成された丸棒の中心軸を含む縦断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明者らは、疲労強度及び被削性に優れる機械部品について、検討を行った。
【0012】
本発明者らは初めに、十分な疲労強度及び被削性が得られる化学組成を検討した。その結果、質量%で、C:0.30~0.40%、Si:0.30~1.00%、Mn:1.00~2.00%、P:0.035%以下、S:0.050~0.100%、Al:0.050%以下、Cr:0.02~1.50%、Ti:0.002~0.020%、N:0.003~0.030%、及び、O:0.0050%以下、を含有し、残部はFe及び不純物からなり、任意元素として、Cu:0.20%以下、Ni:0.50%以下、Mo:0.20%以下、Ca:0.0100%以下、Nb:0.050%以下、B:0.0050%以下、及び、V:0.500%以下、からなる群から選択される1種以上を含有してもよい機械部品であれば、十分な疲労強度及び製造工程中の十分な被削性が得られる可能性があると考えた。
【0013】
本発明者らは、さらに、機械部品のミクロ組織についても検討した。機械部品には上述のとおり、高い疲労強度が求められる。本発明者らが検討した結果、上述の化学組成を有する機械部品では、マルテンサイト及びベイナイトの総面積率が90%以上であれば、優れた疲労強度が得られることが判明した。
【0014】
しかしながら、機械部品の化学組成中の各元素含有量が上述の範囲を満たし、かつ、マルテンサイト及びベイナイトの総面積率が90%以上であっても、機械部品の疲労強度が十分に得られなかったり、被削性が低かったりする場合があった。そこで、本発明者らは、機械部品の被削性を確保しつつ、疲労強度をさらに高めるために、使用中の機械部品の応力分布に着目した。
【0015】
機械部品の使用中において、機械部品は全方向から外力を受けるのではない。機械部品が使用されているとき、機械部品の特定の部位に、特定方向から外力が負荷される。そのため、使用中における機械部品内部の応力分布は一定ではなく、ばらつきがある。つまり、使用中の機械部品内部では、応力が高い部分と、応力が低い部分とが存在するはずである。
【0016】
そこで、本発明者らは、使用中の機械部品のミーゼス応力に着目した。そして、有限要素解析を実施して、使用中の機械部品のミーゼス応力の分布を求めた。その結果、使用中の機械部品において、ミーゼス応力が顕著に高い領域は非常に少なく、局所的であることが判明した。つまり、機械部品が使用される場合、機械部品内において、応力が集中する箇所が局所的に存在することが判明した。
【0017】
上記検討結果に基づいて、本発明者らは、次のとおり考えた。機械部品の全体の疲労強度を高めることは困難であっても、応力が集中する部分である応力集中部における疲労強度を高めれば、結果として、機械部品の疲労強度が高まると考えられる。機械部品において、旧オーステナイト粒が細粒であれば、疲労強度は高まる。一方で、機械部品の全体の旧オーステナイト粒が細粒となれば、被削性が低下する可能性がある。
【0018】
そこで、本発明者らは、機械部品のうち、応力集中部の旧オーステナイト粒を細粒として、応力集中部以外の領域である通常部の旧オーステナイト粒を100μm~2000μm程度に維持すれば、機械部品の疲労強度を十分に高め、かつ、被削性も維持できると考えた。そして、機械部品の用途さえ判明すれば、つまり、機械部品がどのような機械に用いられるかがわかれば、周知の有限要素解析により、機械部品の応力集中部を特定できることがわかった。
【0019】
以上の知見に基づいて、上述の化学組成の機械部品において、疲労強度を十分に高めるための応力集中部の旧オーステナイト粒の平均粒径について検証を行った。その結果、応力集中部の旧オーステナイト粒の平均粒径が26μm以下であれば、十分な疲労強度が得られることが判明した。
【0020】
本実施形態の機械部品は、以上の知見に基づいて完成したものであって、次の構成を有する。
【0021】
[1]
機械部品であって、
化学組成は、質量%で、
C:0.30~0.40%、
Si:0.30~1.00%、
Mn:1.00~2.00%、
P:0.035%以下、
S:0.050~0.100%、
Al:0.050%以下、
Cr:0.02~1.50%、
Ti:0.002~0.020%、
N:0.003~0.030%、及び、
O:0.0050%以下、を含有し、
残部はFe及び不純物からなり、
前記機械部品のミクロ組織において、マルテンサイト及びベイナイトの総面積率は90%以上であり、
前記機械部品はさらに、
使用中に前記機械部品に外力が付与されたときに、
前記機械部品の表面のうち、最大のミーゼス応力が付与される位置を応力集中位置と定義したとき、前記応力集中位置から半径500μmの範囲の領域である応力集中部と、
前記応力集中部以外の領域である通常部とを備え、
前記応力集中部での旧オーステナイト粒の平均粒径は26μm以下であり、
前記通常部での旧オーステナイト粒の平均粒径は100~2000μmである、
機械部品。
【0022】
[2]
[1]に記載の機械部品であって、
前記化学組成は、質量%で、
Cu:0.20%以下、
Ni:0.50%以下、及び、
Mo:0.20%以下、
からなる群から選択される1元素以上を含有する、
機械部品。
【0023】
[3]
[1]又は[2]に記載の機械部品であって、
前記化学組成は、質量%で、
Ca:0.0100%以下、
を含有する、
機械部品。
【0024】
[4]
[1]~[3]のいずれか1項に記載の機械部品であって、
前記化学組成は、質量%で、
Nb:0.050%以下、
B:0.0050%以下、及び、
V:0.500%以下、
からなる群から選択される1元素以上を含有する、
機械部品。
【0025】
[5]
[1]~[4]のいずれか1項に記載の機械部品であって、
前記機械部品は、自動車用途のハブであり、
前記機械部品は、
貫通孔を有するハブ本体を備え、
前記ハブ本体は、
前記貫通孔の中心軸方向に順に、筒部、接続部、フランジ部を含み、
前記筒部は、使用時においてスピンドルが挿入され、
前記接続部は、前記筒部と前記フランジ部との間に配置され、前記筒部と前記フランジ部とにつながっており、前記筒部から前記フランジ部に向かって外径が大きくなり、
前記フランジ部は、使用時においてホイールが接続され、
前記応力集中位置は、前記接続部の外面の表層のうち、前記フランジ部に隣接する領域に位置する、
機械部品。
【0026】
[6]
[1]~[4]のいずれか1項に記載の機械部品であって、
前記機械部品は自動車用途のスピンドルであり、
前記機械部品は、中心軸を有するスピンドル本体を備え、
前記スピンドル本体は、前記中心軸の方向に順に、シャフト部と、接続部と、フランジ部とを備え、
前記接続部は、前記シャフト部と前記フランジ部との間に配置され、前記シャフト部から前記フランジ部に向かうにしたがって外径が大きくなり、
前記応力集中部は、前記接続部の表層のうち、前記シャフト部に隣接する領域に位置する、
機械部品。
【0027】
[7]
[1]~[4]のいずれか1項に記載の機械部品であって、
前記機械部品はクランクシャフトであって、
クランクピンと、
クランクアームと、
前記クランクピンと前記クランクアームとの間に配置され、前記クランクピン及び前記クランクアームとつながっているフィレット部とを備え、
前記応力集中部は、前記フィレット部の表層のうち、前記クランクピンに隣接する領域に位置する、
機械部品。
【0028】
[8]
機械部品の製造方法であって、
[1]~[4]のいずれか1項に記載の化学組成を有する素材に対して1又は複数回の熱間鍛造を実施する熱間鍛造工程と、
最終の前記熱間鍛造後の部品を加熱することなく焼入れする直接焼入れ工程と、
前記直接焼入れ後の前記部品を焼戻しする焼戻し工程と、
最終の熱間鍛造前の前記素材の形状を決定する素材形状決定工程とを備え、
前記素材形状決定工程は、
最終の熱間鍛造前の前記素材の仮形状を設定する仮形状設定工程と、
有限要素解析を用いて、前記仮形状の前記素材を熱間鍛造して、最終の熱間鍛造後の前記部品を製造したときの、前記部品でのひずみ分布を求める解析工程と、
前記仮形状設定工程及び前記解析工程を実施して、前記部品の応力集中部での相当ひずみが0.8超~1.8であり、かつ、相当ひずみが0.8以上の領域における相当ひずみの最大勾配が0.8/mm以下となる、最終の熱間鍛造前の前記素材の前記仮形状を、実際の前記熱間鍛造工程での最終の熱間鍛造前の前記素材の形状に決定する正規形状決定工程とを備え、
前記熱間鍛造工程では、
最終の前記熱間鍛造前の前記素材の形状を、前記素材形状決定工程において決定された形状にして、最終の熱間鍛造を実施する、
機械部品の製造方法。
【0029】
以下、本実施形態の機械部品について詳しく説明する。各元素の含有量の「%」は「質量%」を意味する。
【0030】
[化学組成]
本実施形態による機械部品において、化学組成は、次の元素を含有する。
【0031】
[必須元素について]
C:0.30~0.40%
炭素(C)は、機械部品を構成する鋼材の焼入れ性及び鋼材の硬さを高め、機械部品の強度を高める。C含有量が0.30%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、C含有量が0.60%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、機械部品を構成する鋼材の被削性が低下する。したがって、C含有量は0.30~0.40%である。C含有量の好ましい下限は0.31%であり、さらに好ましくは0.32%であり、さらに好ましくは0.33%である。C含有量の好ましい上限は0.39%であり、さらに好ましくは0.38%であり、さらに好ましくは0.37%である。
【0032】
Si:0.30~1.00%
シリコン(Si)は、鋼を脱酸する。Siはさらに、機械部品を構成する鋼材の焼入れ性を高め、機械部品の強度を高める。Si含有量が0.30%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Si含有量が1.00%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、機械部品を構成する鋼材の被削性が低下する。したがって、Si含有量は0.30~1.00%である。Si含有量の好ましい下限は0.32%であり、さらに好ましくは0.34%であり、さらに好ましくは0.35%である。Si含有量の好ましい上限は0.98%であり、さらに好ましくは0.97%であり、さらに好ましくは0.95%である。
【0033】
Mn:1.00~2.00%
マンガン(Mn)は鋼を脱酸する。Mnはさらに、機械部品を構成する鋼材の焼入れ性を高め、機械部品の強度を高める。Mn含有量が1.00%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Mn含有量が1.40%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、機械部品を構成する鋼材の被削性が低下する。したがって、Mn含有量は1.00~2.00%である。Mn含有量の好ましい下限は1.05%であり、さらに好ましくは1.08%であり、さらに好ましくは1.10%である。Mn含有量の好ましい上限は1.98%であり、さらに好ましくは1.96%であり、さらに好ましくは1.94%であり、さらに好ましくは1.90%である。
【0034】
P:0.035%以下
燐(P)は、不可避に含有される不純物である。つまり、P含有量は0%超である。Pは、粒界に偏析して機械部品の強度を局所的に低下する。P含有量が0.035%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、機械部品の強度が顕著に低下する。したがって、P含有量は0.035%以下である。P含有量の好ましい上限は0.032%であり、さらに好ましくは0.031%であり、さらに好ましくは0.030%である。P含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、P含有量の過剰な低減は、製造コストを引き上げる。したがって、工業生産を考慮した場合、P含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.002%であり、さらに好ましくは0.005%である。
【0035】
S:0.050~0.100%
硫黄(S)は、主としてMnと結合して硫化物を形成し、機械部品を構成する鋼材の被削性を高める。S含有量が0.050%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、S含有量が0.100%を超えれば、機械部品を構成する鋼材の熱間鍛造性が低下する。したがって、S含有量は0.050~0.100%である。S含有量の好ましい下限は0.055%であり、さらに好ましくは0.058%であり、さらに好ましくは0.060%であり、さらに好ましくは0.062%である。S含有量の好ましい上限は0.090%であり、さらに好ましくは0.080%であり、さらに好ましくは0.070%であり、さらに好ましくは0.060%である。
【0036】
Al:0.050%以下
アルミニウム(Al)は、不可避に含有される。Alは鋼を脱酸する。しかしながら、Al含有量が0.050%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、硬質な酸化物系介在物を形成して、機械部品を構成する鋼材の熱間鍛造性が低下する。したがって、Al含有量は0.050%以下である。Al含有量の好ましい上限は0.048%であり、さらに好ましくは0.045%である。Al含有量の過剰な低減は、製造コストを引き上げる。したがって、工業生産を考慮した場合、Al含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.002%である。本実施形態の機械部品において、Al含有量とは、全Al(total.Al)の含有量を意味する。
【0037】
Cr:0.02~1.50%
クロム(Cr)は、機械部品を構成する鋼材の焼入れ性を高め、機械部品の強度を高める。Cr含有量が0.02%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Cr含有量が1.50%を超えれば、機械部品を構成する鋼材の被削性が低下する。したがって、Cr含有量は0.02~1.50%である。Cr含有量の好ましい下限は0.03%であり、さらに好ましくは0.05%であり、さらに好ましくは0.10%である。Cr含有量の好ましい上限は1.40%であり、さらに好ましくは1.35%であり、さらに好ましくは1.30%である。
【0038】
Ti:0.002~0.020%
チタン(Ti)は窒化物を形成する。Ti窒化物は、機械部品を構成する鋼材を焼入れするときに、ピンニング効果により、オーステナイト粒の粗大化を抑制する。これにより、機械部品の疲労強度を高める。Ti含有量が0.002%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Ti含有量が0.020%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大なTi窒化物が生成して、機械部品の疲労強度がかえって低下する。したがって、Ti含有量は0.002~0.020%である。Ti含有量の好ましい下限は0.005%であり、さらに好ましくは0.007%であり、さらに好ましくは0.009%である。Ti含有量の好ましい上限は0.018%であり、さらに好ましくは0.016%である。
【0039】
N:0.003~0.030%
窒素(N)はTiと結合して窒化物を形成する。Ti窒化物は、機械部品を構成する鋼材を焼入れするときに、ピンニング効果により、オーステナイト粒の粗大化を抑制する。これにより、機械部品の疲労強度を高める。N含有量が0.003%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、N含有量が0.030%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大な窒化物が生成して、機械部品の疲労強度がかえって低下する。したがって、N含有量は0.003~0.030%である。N含有量の好ましい下限は0.004%であり、さらに好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.006%である。N含有量の好ましい上限は0.028%であり、さらに好ましくは0.026%であり、さらに好ましくは0.024%であり、さらに好ましくは0.022%である。
【0040】
O:0.0050%以下
酸素(O)は不可避に含有される不純物である。つまり、O含有量は0%超である。Oは、鋼材中に粗大な酸化物系介在物を形成する。粗大な酸化物系介在物は割れの起点となり、機械部品の疲労強度を低下する。O含有量が0.0050%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、機械部品の疲労強度が顕著に低下する。したがって、O含有量は0.0050%以下である。O含有量の好ましい上限は0.0040%であり、さらに好ましくは0.0035%であり、さらに好ましくは0.0030%である。O含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、O含有量の過剰な低減は、製造コストを引き上げる。したがって、工業生産を考慮した場合、O含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0005%であり、さらに好ましくは0.0010%である。
【0041】
本実施の形態による機械部品の化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、不純物とは、機械部品を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、又は、製造環境などから混入されるものであって、本実施形態の機械部品に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0042】
上述の不純物として、Pbが含有される場合がある。しかしながら、不純物中のPb含有量は、次のとおり制限される。
【0043】
Pb:0.09%以下
鉛(Pb)は不純物である。Pbは含有されなくてもよい。すなわち、Pb含有量は0%であってもよい。一方、Pb含有量が0.09%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の熱間加工性が低下する。すなわち、本実施形態による鋼材において、0.09%以下であればPbの含有が許容される。そのため、本実施形態の機械部品の化学組成は、不純物として、Pbを0.09%以下含有する場合があり得る。
【0044】
[任意元素について]
[第1の任意元素群]
本実施の形態による機械部品の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Cu、Ni、及びMoからなる群から選択される1元素以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも任意元素であり、いずれも、鋼材の焼入れ性を高め、機械部品の疲労強度を高める。
【0045】
Cu:0.20%以下
銅(Cu)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Cu含有量は0%であってもよい。含有される場合、つまり、Cu含有量が0%超である場合、Cuは固溶強化により機械部品を構成する鋼材の強度を高め、機械部品の疲労強度を高める。Cuが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Cu含有量が0.20%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、機械部品を構成する鋼材の熱間鍛造性が低下する。したがって、Cu含有量は0.20%以下である。つまり、Cu含有量は0~0.20%である。Cu含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.02%である。Cu含有量の好ましい上限は0.18%であり、さらに好ましくは0.15%であり、さらに好ましくは0.10%である。
【0046】
Ni:0.50%以下
ニッケル(Ni)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Ni含有量は0%であってもよい。Niが含有される場合、つまり、Ni含有量が0%超である場合、Niは固溶強化により機械部品を構成する鋼材の強度を高め、機械部品の疲労強度を高める。Niが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Ni含有量が0.50%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、機械部品を構成する鋼材の熱間鍛造性が低下する。したがって、Ni含有量は0.50%以下である。つまり、Ni含有量は0~0.50%である。Ni含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.02%であり、さらに好ましくは0.05%である。Ni含有量の好ましい上限は0.45%であり、さらに好ましくは、0.40%であり、さらに好ましくは0.30%であり、さらに好ましくは0.20%である。
【0047】
Mo:0.20%以下
モリブデン(Mo)は、任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Mo含有量は0%であってもよい。Moが含有される場合、つまり、Mo含有量が0%超である場合、Moは固溶強化により機械部品を構成する鋼材の強度を高め、機械部品の疲労強度を高める。Moが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Mo含有量が0.20%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の熱間鍛造性が低下する。したがって、Mo含有量は0.20%以下である。つまり、Mo含有量は0~0.20%である。Mo含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.02%である。Mo含有量の好ましい上限は0.18%であり、さらに好ましくは0.16%であり、さらに好ましくは0.15%である。
【0048】
[第2の任意元素群]
本実施の形態による機械部品の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Caを含有してもよい。
【0049】
Ca:0.0100%以下
カルシウム(Ca)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Ca含有量は0%であってもよい。Caが含有される場合、つまり、Ca含有量が0%超である場合、Caは、機械部品を構成する鋼材の切削加工中において、工具の刃先にベラーク(保護膜)を形成し、機械部品の被削性を高める。Caが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Ca含有量が0.0100%を超えれば、上記効果が飽和し、製造コストが高くなる。したがって、Ca含有量は0.0100%以下である。つまり、Ca含有量は0~0.0100%である。Ca含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.0001%であり、さらに好ましくは0.0003%であり、さらに好ましくは0.0010%であり、さらに好ましくは0.0020%である。Ca含有量の好ましい上限は0.0046%であり、さらに好ましくは0.0040%であり、さらに好ましくは0.0030%である。
【0050】
[第3の任意元素群]
本実施の形態による機械部品の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Nb、B及びVからなる群から選択される1元素以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも任意元素であり、いずれも、機械部品の強度を高める。
【0051】
Nb:0.050%以下
ニオブ(Nb)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Nb含有量は0%であってもよい。Nbが含有される場合、つまり、Nb含有量が0%超である場合、NbはC及び/又はNと結合して炭窒化物を形成する。これにより、機械部品の強度が高まる。Nbが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Nb含有量が0.050%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、Nb炭窒化物が粗大化する。粗大化したNb炭窒化物は割れの起点となり、機械部品の疲労強度を低下する。したがって、Nb含有量は0.050%以下である。つまり、Nb含有量は0~0.050%である。Nb含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.001%であり、さらに好ましくは0.002%であり、さらに好ましくは0.005%である。Nb含有量の好ましい上限は0.040%であり、さらに好ましくは0.030%であり、さらに好ましくは0.020%である。
【0052】
B:0.0050%以下
ボロン(B)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、B含有量は0%であってもよい。Bが含有される場合、つまり、B含有量が0%超である場合、Pが粒界に偏析するのを抑制し、粒界を強化する。Bはさらに、機械部品を構成する鋼材の焼入れ性を高める。Bが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、B含有量が0.0050%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、Bの粒界偏析が強くなりすぎ、粒界強度がかえって低下する。したがって、B含有量は0.0050%以下である。つまり、B含有量は0~0.0050%である。B含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0002%であり、さらに好ましくは0.0005%である。B含有量の好ましい上限は0.0045%であり、さらに好ましくは0.0040%であり、さらに好ましくは0.0035%であり、さらに好ましくは0.0030%である。
【0053】
V:0.500%以下
バナジウム(V)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、V含有量は0%であってもよい。含有される場合、つまり、V含有量が0%超である場合、VはC及び/又はNと結合してV炭窒化物を形成する。これにより、機械部品の強度が高まる。Vが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、V含有量が0.500%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、機械部品を構成する鋼材の被削性が低下する。したがって、V含有量は0.500%以下である。つまり、V含有量は0~0.500%である。V含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.001%であり、さらに好ましくは0.002%であり、さらに好ましくは0.005%である。V含有量の好ましい上限は0.400%であり、さらに好ましくは0.300%であり、さらに好ましくは0.200%である。
【0054】
[化学組成の分析方法ついて]
本実施形態の機械部品の化学組成の分析は、周知の成分分析法により求めることができる。たとえば、本実施形態の機械部品の化学組成を、次の方法で求める。機械部品の表面の任意の位置から、サンプルを採取する。ドリルを用いてサンプルから切粉を生成し、その切粉を採取する。採取された切粉を酸に溶解させて溶液を得る。溶液に対して、ICP-OES(Inductively Coupled Plasma Optical Emission Spectrometry)を実施して、化学組成の元素分析を実施する。C含有量及びS含有量については、周知の高周波燃焼法により求める。具体的には、上記溶液を酸素気流中で高周波加熱により燃焼して、発生した二酸化炭素、二酸化硫黄を検出して、C含有量及びS含有量を求める。N含有量については、周知の不活性ガス溶融-熱伝導度法を用いて求める。O含有量については、周知の不活性ガス融解-非分散型赤外線吸収法を用いて求める。以上の分析法により、機械部品の化学組成を分析できる。
【0055】
[機械部品のミクロ組織について]
本実施形態の機械部品のミクロ組織において、マルテンサイト及びベイナイトの総面積率は90%以上である。
【0056】
本明細書でいう「マルテンサイト」は焼戻しマルテンサイトを含む。また、本明細書でいう「ベイナイト」は焼戻しベイナイトを含む。本実施形態の機械部品のミクロ組織において、マルテンサイト及びベイナイト以外の残部はフェライト及び/又はパーライトである。つまり、フェライト及びパーライトの総面積率は10%未満である。
【0057】
なお、本実施形態の機械部品のミクロ組織には、マルテンサイト、ベイナイト、フェライト及びパーライト以外に、炭化物、窒化物、炭窒化物等に代表される析出物や、介在物も存在する。しかしながら、これらの析出物及び介在物の総面積率は、マルテンサイト、ベイナイト、フェライト及びパーライトの面積率と比較して極めて小さく、無視できる。
【0058】
なお、光学顕微鏡によるミクロ組織観察において、マルテンサイトとベイナイトとを区別することは極めて困難である。一方で、光学顕微鏡によるミクロ組織観察において、フェライト及びパーライトと、マルテンサイト及びベイナイトとは、コントラストにより極めて容易に区別できる。したがって、ミクロ組織観察において、フェライト及びパーライト以外の領域を、「マルテンサイト及びベイナイト」と認定する。
【0059】
機械部品において、ミクロ組織における各相(Phase)の面積率は、疲労強度に強く影響する。ミクロ組織において、マルテンサイト及びベイナイトの総面積率が90%未満であれば、機械部品の化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、機械部品において、十分な疲労強度が得られない。ミクロ組織において、マルテンサイト及びベイナイトの総面積率が90%以上であれば、機械部品の化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内であることを前提として、十分な疲労強度が得られる。
【0060】
ミクロ組織中のマルテンサイト及びベイナイトの総面積率は、次の方法で測定可能である。機械部品の任意の位置からサンプルを採取する。観察視野(50μm×50μm)を確保できれば、サンプルの形状及びサイズは特に限定されない。サンプルの表面のうち、上記観察視野を含む観察面を鏡面研磨した後、ナイタル液に10秒程度浸漬してエッチングを実施し、組織を現出させる。エッチングにより組織が現出された観察視野を、1000倍の光学顕微鏡により観察する。観察視野の視野面積は2500μm2とする。上述のとおり、観察視野中において、フェライト及びパーライトと、マルテンサイト及びベイナイトとは、コントラストに基づいて容易に区別できる。そこで、観察視野中のマルテンサイト及びベイナイトを特定して、特定されたマルテンサイト及びベイナイト領域の総面積を求める。求めたマルテンサイト及びベイナイト領域の総面積を、観察視野の総面積で除して、マルテンサイト及びベイナイトの総面積率(%)を求める。
【0061】
[応力集中部について]
本実施形態の機械部品において、「応力集中部」を次のとおり定義する。
【0062】
本実施形態の機械部品では、機械部品に取り付けられた機械の使用中において、機械部品に外力が負荷され、曲げ応力が付与される。たとえば、機械部品が自動車用途のハブである場合、ハブは、ホイールを介して、路面からの外力を曲げ応力として受ける。機械部品が自動車用途のスピンドルである場合、スピンドルも、ホイールを介して、路面からの外力を曲げ応力として受ける。機械部品がクランクシャフトである場合、クランクシャフト中のクランクピンは、クランクピンに接続されたコンロッドからの外力を、曲げ応力として受ける。
【0063】
このように、外力が付与され、曲げ応力を受ける機械部品において、機械部品の特定の部位に特定方向の外力が加わった場合の、機械部品内部のミーゼス応力の分布を求める。機械部品の種類によって、使用中に外力が加わる位置、及び、外力が加わる位置での外力の方向は決まっている。そのため、機械部品に対して有限要素解析を実施することにより、機械部品内部のミーゼス応力分布を求めることができる。機械の使用中における機械部品のミーゼス応力分布に基づいて、機械部品において、最大のミーゼス応力が付与される位置を、「応力集中位置」と定義する。そして、応力集中位置から半径500μm以内の領域を、「応力集中部」と定義する。以下、自動車用途のハブ、自動車用途のスピンドル、及び、クランクシャフトを機械部品の一例として挙げ、各機械部品での応力集中部について説明する。
【0064】
[機械部品が自動車用途のハブである場合の応力集中部について]
図1は、機械部品の一例である、ハブの中心軸を含む断面図(縦断面図)である。
図1を参照して、ハブ10は、貫通孔15を有するハブ本体10Bを備える。ハブ本体10Bは、貫通孔15の中心軸C15方向に順に、筒部11、接続部12、及び、フランジ部13を含む。なお、ハブ10は自動車に取り付けられる。ハブ10が自動車に取り付けられるとき、ハブ10の貫通孔15には、後述するスピンドルが挿入される。
【0065】
筒部11は筒状であり、筒部11の端部には、接続部12が連続的につながっている。筒部11の外径は一定であってもよいし、変化していてもよい。
【0066】
接続部12は、筒部11とフランジ部13との間に配置されている。接続部12は、筒部11と連続的につながっており、かつ、フランジ部13と連続的につながっている。接続部12の外径は、筒部11からフランジ部13に向かって大きくなる。ここで、外径が「筒部11からフランジ部13に向かって大きくなる」とは、接続部12の外径が、筒部11からフランジ部13に向かって連続的に大きくなってもよいし、不連続に大きくなってもよい。「不連続に大きくなる」とは、中心軸C15方向に筒部11からフランジ部13に向かって、接続部12の外表面の外径が一定である区域(
図1中の区域121)や、急激に増加する区域(
図1中の区域122)があってもよいことを意味する。
【0067】
フランジ部13は、接続部12と連続的につながっている。フランジ部13は円板状であり、フランジ部13の外径は、接続部12の最大の外径よりも大きい。フランジ部13には複数の貫通孔131が形成されている。貫通孔131には、ハブ10を図示しないホイールに固定するための固定部材が挿入される。固定部材はたとえばボルト、ビス、リベット等である。
【0068】
以上の構成を有するハブ10(機械部品)を取り付けた自動車(機械)の使用中において、ハブ10に曲げ応力が付与された場合のハブ10の応力集中部について検討する。
【0069】
図2は、ハブ10の使用中における負荷状況を説明するための模式図である。
図2では、中心軸C15で分割されたハブ10の上半分を図示している。
図2を参照して、ハブ10は、固定部材16により、ホイール17に固定されている。さらに、ハブ10の貫通孔15には、ベアリング18を介して、スピンドル20が挿入されている。なお、スピンドル20は後述するとおり、固定部材25により、ナックル26に固定されている。スピンドル20はナックル26と一体的に形成されていてもよい。
【0070】
図2に示す構成でハブ10を使用する場合、路面からの外力F1がホイール17に付与される。このとき、ホイール17に締結されたハブ10のフランジ部13では、
図2に示すように、フランジ部13の径方向に直交する曲げ応力M1が付与される。したがって、使用中のハブ10には、フランジ部13の径方向に直交する曲げ応力M1が継続して付与される。
【0071】
使用中のハブ10に付与される曲げ応力M1は、ハブ10が使用される機械(自動車)の構造により、同じ方向及び同じ位置に付与される。そのため、周知の有限要素法(FEM)を用いて、ハブ10の応力集中部を求めることができる。
図1に示す形状のハブ10の場合、たとえば、次の周知の有限要素解析により、応力集中部を求めることができる。
【0072】
ハブ10の有限要素モデルを設定する。
図3は、ハブ10の有限要素モデルの一例を示す図である。
図3の有限要素モデルは、ハブ10の中心軸C15を軸としたハブ10全体の1/2の軸対称モデルである。ハブ10の物性値として、ヤング率及びポアソン比を設定する。FEM解析では、静的陰解法を採用する。
【0073】
図3では、負荷条件として次の設定を行っている。ハブ10と剛体101及び剛体102とが接触した状態とする。この状態において、固定部材16が配置される部分において、フランジ部13に、中心軸C15と平行な方向に荷重F(強制変位:±0.1mm)を負荷する。摩擦係数は0.01とする。以上の解析条件に基づいて、有限要素解析(FEA)を実施して、ハブ10の各部分に掛かるミーゼス応力を求める。
【0074】
有限要素解析の結果の一例を
図4及び
図5に示す。
図4は、ハブ10中の各部位におけるミーゼス応力の大きさを色で示している。つまり、
図4は、使用中のハブ10内のミーゼス応力の分布を示す。
図4中の領域A1は、使用中のハブ10において、ミーゼス応力が最も高い領域である。
図5は、
図4中の領域A1近傍部分の拡大図である。
図5を参照して、ハブ10のうち、ミーゼス応力が最大となる位置を、「応力集中位置」Pmaxと定義する。ハブ10では、応力集中位置Pmaxは、接続部12の外面の表層のうち、フランジ部13に隣接する領域に位置する。ハブ10のうち、応力集中位置Pmaxから半径500μm以内の範囲の領域を、「応力集中部」Amaxと定義する。
【0075】
以上のとおり、周知の有限要素解析を実施することにより、ハブ10の応力集中位置Pmaxを特定可能であり、応力集中部Amaxを定義できる。
【0076】
[機械部品が自動車用途のスピンドルである場合の応力集中部について]
図6は、機械部品の一例である、スピンドル20の中心軸C15を含む断面図(縦断面図)である。
図6を参照して、スピンドル20は、中心軸C15を有するスピンドル本体20Bを備える。スピンドル本体20Bは、中心軸C15方向に順に、シャフト部21、接続部22、及び、フランジ部23を含む。なお、スピンドル20は、ハブ10と同様に、自動車に取り付けられる。スピンドル20が自動車に取り付けられるとき、スピンドル20のシャフト部21は、ハブ10の貫通孔15に挿入される。
【0077】
シャフト部21は、棒状である。シャフト部21の端部には、接続部22が連続的につながっている。シャフト部21の外径は一定であってもよいし、
図6に示すように、段差を有していたり、変化していてもよい。
【0078】
接続部22は、シャフト部21とフランジ部23との間に配置されている。接続部22は、シャフト部21と連続的につながっており、かつ、フランジ部23と連続的につながっている。接続部22の外径は、シャフト部21からフランジ部23に向かって大きくなる。ここで、外径が「シャフト部21からフランジ部23に向かって大きくなる」とは、接続部22の外径が、シャフト部21からフランジ部23に向かって連続的に大きくなってもよいし、不連続に大きくなってもよい。「不連続に大きくなる」とは、中心軸C15方向にシャフト部21からフランジ部23に向かって、接続部22の外表面の外径が一定である区域(
図6中の区域221)や、急激に増加する区域(
図6中の区域222)があってもよいことを意味する。
【0079】
フランジ部23は、接続部22と連続的につながっている。フランジ部23は円板状であり、フランジ部23の外径は、接続部22の最大の外径よりも大きい。フランジ部23には複数の貫通孔231が形成されている。貫通孔231には、スピンドル20をナックル26(
図2参照)に固定するための固定部材25(
図2参照)が挿入される。固定部材25はたとえばボルト、ビス、リベット等である。
【0080】
以上の構成を有するスピンドル20(機械部品)を取り付けた自動車(機械)の使用中において、スピンドル20に外力が付与された場合のスピンドル20の応力集中部について検討する。
【0081】
図7は、スピンドル20の使用中における負荷状況を説明するための模式図である。
図7では、
図2と同様に、中心軸C15で分割されたハブ10の上半分を図示している。
図7を参照して、ハブ10がホイール17から受ける外力M1(曲げ応力)により、スピンドル20には、中心軸C15に直交する曲げ応力M2がシャフト部21に継続して負荷される。
【0082】
使用中のスピンドル20に付与される曲げ応力M2は、スピンドル20が使用される機械(自動車)の構造に起因して、同一位置及び同一方向に付与される。そのため、スピンドル20の応力集中部も、周知の有限要素法(FEM)を用いて求めることができる。たとえば、次の周知の有限要素解析(FEA)により、スピンドル20の応力集中部を求めることができる。
【0083】
スピンドル20の有限要素モデルを設定する。
図8は、スピンドル20の有限要素モデルの一例を示す図である。
図8の有限要素モデルは、スピンドル20の中心軸C15を軸としたスピンドル20の全体モデルである。スピンドル20の物性値として、ヤング率及びポアソン比を設定する。FEM解析では、静的陰解法を採用する。
【0084】
図8では、解析条件として次の設定を行っている。スピンドル20のシャフト部21と剛体(ベアリング)18との接触を設定する。さらに、スピンドル20のフランジ部23と固定部材25との接触を設定する。スピンドル20のシャフト部21の先端位置において、中心軸C15と垂直な方向に荷重F(強制変位:±0.1mm)を負荷する。摩擦係数は0.01とする。以上の解析条件に基づいて、有限要素解析(FEA)を実施して、スピンドル20の各部分に掛かるミーゼス応力を求める。
【0085】
有限要素解析の結果の一例を
図9及び
図10に示す。
図9及び
図10は、スピンドル20中の各部位におけるミーゼス応力の大きさを色で示している。つまり、
図9は、使用中のスピンドル20内のミーゼス応力の分布を示す。
図9中の領域A2は、使用中のスピンドル20において、ミーゼス応力が最も高い領域である。
図10は、
図9中の領域A2近傍部分の拡大図である。
図10を参照して、スピンドル20のうち、ミーゼス応力が最大となる位置を、「応力集中位置」Pmaxと定義する。スピンドル20では、応力集中位置Pmaxは、接続部22の表層のうち、シャフト部21に隣接する領域に位置する。スピンドル20のうち、応力集中位置から半径500μmの範囲内の領域を、「応力集中部」Amaxと定義する。以上のとおり、周知の有限要素解析を実施することにより、スピンドル20の応力集中位置Pmaxを特定可能であり、応力集中部Amaxを定義できる。
【0086】
[機械部品がクランクシャフトである場合の応力集中部について]
図11は、機械部品の一例である、クランクシャフト30の要部の模式図である。
図11を参照して、クランクシャフト30は、クランクピン部31と、クランクジャーナル部33と、クランクアーム部32と、フィレット部34とを備える。クランクジャーナル部33は、クランクシャフト30の回転軸と同軸に配置される。クランクピン部31は、クランクシャフト30の回転軸からずれて配置されている。クランクアーム部32は、クランクピン部31とクランクジャーナル部33との間に配置されている。フィレット部34は、クランクピン部31及びクランクアーム部32との間に配置されている。フィレット部34は、隣接するクランクピン部31と連続的につながっており、隣接するクランクアーム部32と連続的につながっている。クランクピン部31には、図示しないコンロッドが回転可能に取り付けられている。クランクジャーナル部33は、図示しない軸受により回転可能に支持されている。
【0087】
以上の構成を有するクランクシャフト30(機械部品)を取り付けた自動車等の機械の使用中において、クランクシャフト30に外力が付与された場合のクランクシャフト30の応力集中部について検討する。
【0088】
図12は、クランクシャフト30の使用中における負荷状況を説明するための模式図である。
図12を参照して、クランクシャフト30のクランクピン部31には、図示しないコンロッドの偏芯運動により、クランクピン部31の中心軸C31に垂直な方向に外力Fを受ける。このとき、クランクシャフト30では、クランクピン部31に曲げ応力M3が継続して負荷される。
【0089】
曲げ応力M3は、クランクシャフト30が使用されている機械の構造に起因して、同一位置及び同一方向に付与される。そのため、クランクシャフト30の応力集中部も、周知の有限要素法(FEM)を用いて、次のとおり求めることができる。
【0090】
クランクシャフト30の有限要素モデルを設定する。
図13は、クランクシャフト30の有限要素モデルの一例を示す図である。
図13の有限要素モデルは、クランクシャフト30のクランクピン部31の幅方向における中央位置の軸CW31を対称軸とした、クランクシャフト30全体の1/2の軸対称モデルである。クランクシャフト30の物性値として、ヤング率及びポアソン比を設定する。FEM解析では、静的陰解法を採用する。
【0091】
図13では、解析条件として次の設定を行っている。クランクシャフト30のクランクピン部31と剛体(コンロッドを想定)110との接触を設定する。さらに、クランクジャーナル部33と剛体(ベアリングを想定)111との接触を設定する。剛体110の中心軸C31方向における中央位置に、中心軸C31と垂直な方向に荷重F(強制変位:±0.1mm)を負荷する。摩擦係数は0.01とする。以上の解析条件に基づいて、有限要素解析(FEA)を実施して、クランクシャフト30の各部分に掛かるミーゼス応力を求める。
【0092】
有限要素解析の結果の一例を
図14に示す。
図14は、クランクシャフト30中の各部位におけるミーゼス応力の大きさを色で示している。つまり、
図14は、使用中のクランクシャフト30内のミーゼス応力の分布を示す。
図14を参照して、クランクシャフト30のうち、ミーゼス応力が最大となる位置を、「応力集中位置」Pmaxと定義する。クランクシャフト30では、応力集中位置Pmaxは、フィレット部34の表層のうち、クランクピン部31に隣接する領域に位置する。クランクシャフト30のうち、応力集中位置から半径500μmの範囲内の領域を、「応力集中部」Amaxと定義する。以上のとおり、周知の有限要素解析を実施することにより、クランクシャフト30の応力集中位置Pmaxを特定可能であり、応力集中部Amaxを定義できる。
【0093】
以上に示すとおり、機械部品が取り付けられた機械の使用中に機械部品に外力が付与された場合における、機械部品中の応力集中部は、周知の有限要素解析により特定することができる。
【0094】
[応力集中部での旧オーステナイト粒径について]
本実施形態の機械部品では、応力集中部における旧オーステナイト粒の平均粒径は26μm以下である。一方、機械部品のうち、応力集中部以外の他の領域では、旧オーステナイト粒の平均粒径が100~2000μmである。ここで、「応力集中部以外の他の領域」を「通常部」と定義する。通常部は、応力集中部の応力集中位置Pmaxから少なくとも3mm以上離れた領域を意味する。
【0095】
上述のとおり、機械部品の使用中において応力が集中する箇所、つまり、応力集中部は、有限要素解析により、特定することができる。旧オーステナイト粒が微細であるほど、疲労強度は高くなる。しかしながら、機械部品全体の結晶粒を微細にすることは、極めて困難である。さらに、機械部品全体の結晶粒が微細であれば、被削性が低下する場合がある。そこで、本実施形態の機械部品では、応力集中部の旧オーステナイト粒の粒径を、応力集中部以外の他の領域よりも微細にする。
【0096】
本実施形態の機械部品では、応力集中部の旧オーステナイト粒の粒径を26μm以下と微細にして、応力集中部以外の他の領域(通常部)の旧オーステナイト粒の粒径を、通常の粒径である100μm以上とする。応力集中部を細粒とすることにより、機械部品の疲労強度が高まる。
【0097】
応力集中部の旧オーステナイト粒の平均粒径が26μmを超えれば、化学組成中の各元素含有量が実施形態の範囲であっても、十分な疲労強度が得られない。応力集中部での旧オーステナイト粒の粒径の好ましい上限は25μmであり、さらに好ましくは24μmである。応力集中部での旧オーステナイト粒の平均粒径は小さい方が好ましい。しかしながら、応力集中部の旧オーステナイト粒の平均粒径を極端に小さくすることは、工業生産上極めて困難である。したがって、応力集中部での旧オーステナイト粒の平均粒径の好ましい下限は2μmであり、さらに好ましくは3μmであり、さらに好ましくは4μmであり、さらに好ましくは5μmである。
【0098】
一方、通常部の旧オーステナイト粒の平均粒径は、周知の平均粒径で足りる。疲労強度は、機械部品のうち、応力集中部での強度及び破断のしにくさにより、決まるためである。さらに、旧オーステナイト粒の平均粒径が小さすぎれば、被削性が低下する。そこで、本実施形態の機械部品において、通常部の旧オーステナイト粒の平均粒径は100~2000μmである。
【0099】
通常部の旧オーステナイト粒の平均粒径が100μm未満であれば、機械部品を構成する鋼材の被削性が低下する。一方、通常部の旧オーステナイト粒の平均粒径が2000μmを超えれば、通常部において、機械部品の使用中において亀裂が発生して、疲労強度が低下する。したがって、通常部での旧オーステナイト粒の平均粒径は、100μm~2000μmである。
【0100】
通常部での旧オーステナイト粒の平均粒径の好ましい下限は110μmであり、さらに好ましくは120μmである。通常部での旧オーステナイト粒の平均粒径の好ましい上限は1950μmであり、さらに好ましくは1900μmであり、さらに好ましくは1850μmであり、さらに好ましくは1800μmである。
【0101】
[旧オーステナイト粒の平均粒径の測定方法]
機械部品における、旧オーステナイト粒の平均粒径は、次の方法で求める。初めに、機械部品の応力集中部を特定する。具体的には、上述のとおり、周知の有限要素解析を実施して、応力集中部を特定する。特定された応力集中部から、サンプルを採取する。サンプルの観察面は100μm×100μmとする。サンプルの観察面を鏡面研磨する。鏡面研磨されたサンプルの観察面に対して、ピクリン酸飽和水溶液を用いてエッチングを実施して、旧オーステナイト粒界を現出させる。観察面のうち、任意の3視野を1000倍の光学顕微鏡を用いて観察する。そして、ASTM E112に準拠して、各視野での旧オーステナイト粒度番号を得る。得られた3個の旧オーステナイト粒度番号の平均(平均旧オーステナイト粒度番号)を求める。得られた平均旧オーステナイト粒度番号を平均粒径に換算して、応力集中部の旧オーステナイト粒の平均粒径と定義する。
【0102】
また、通常部での旧オーステナイト粒の平均粒径を、次の方法で求める。機械部品の応力集中位置Pmaxから少なくとも3mm以上離れた領域の、任意の3箇所から、サンプルを採取する。各サンプルの観察面は500μm×500μmとする。サンプルの観察面を鏡面研磨する。鏡面研磨されたサンプルの観察面に対して、ピクリン酸飽和水溶液を用いてエッチングを実施して、旧オーステナイト粒界を現出させる。各観察面のうち、任意の3視野を1000倍の光学顕微鏡を用いて観察する。そして、ASTM E112に準拠して、各視野での旧オーステナイト粒度番号を得る。以上の方法により、各サンプルで3個(合計9個)の旧オーステナイト粒度番号を得る。得られた9個の旧オーステナイト粒度番号の平均(平均旧オーステナイト粒度番号)を求める。得られた平均旧オーステナイト粒度番号を平均粒径に換算して、通常部での旧オーステナイト粒の平均粒径と定義する。
【0103】
以上のとおり、本実施形態の機械部品は、上述の化学組成を有し、ミクロ組織において、マルテンサイト及びベイナイトの総面積率が90%である。さらに、使用中に前記機械部品に外力が付与されたときに、機械部品の表面のうち最大のミーゼス応力が付与される位置を応力集中位置と定義したとき、応力集中位置から半径500μmの範囲の領域である応力集中部での旧オーステナイト粒の平均粒径は26μm以下であり、応力集中部以外の他の領域である通常部での旧オーステナイト粒の平均粒径は100μm以上である。本実施形態の機械部品では、応力集中部が細粒である。そのため、高い疲労強度が得られ、十分な被削性が得られる。
【0104】
[製造方法]
本実施形態の機械部品の製造方法の一例を説明する。以降に説明する製造方法は、本実施形態の機械部品を製造するための一例である。したがって、本実施形態の機械部品は、以降に説明する製造方法以外の他の製造方法により製造されてもよい。しかしながら、以降に説明する製造方法は、本実施形態の機械部品の製造方法の好ましい一例である。
【0105】
図15は本実施形態の機械部品の製造工程の一例を示すフロー図である。
図15を参照して、本実施形態の機械部品の製造工程は、素材形状決定工程(S1)と、熱間鍛造工程(S2)と、直接焼入れ工程(S3)と、焼戻し工程(S4)とを備える。
【0106】
本実施形態の製造方法では、熱間鍛造後の部品に対して直接焼入れを実施することにより、再加熱した後に焼入れする場合と比較して、機械部品の旧オーステナイト粒を微細に保つ。さらに、素材形状決定工程において、有限要素解析を用いて最終の熱間鍛造前の素材の形状を決定する。このとき、最終の熱間鍛造において、最終製品である機械部品の応力集中部の旧オーステナイト粒の平均粒径が26μm以下であり、かつ、通常部の旧オーステナイト粒の平均粒径が100~2000μmとなるように、素材に歪みが適切に与えられる素材形状に決定する。以下、各工程について詳述する。
【0107】
[素材形状決定工程(S1)]
素材形状決定工程(S1)では、最終の熱間鍛造において、最終製品である機械部品の応力集中部の旧オーステナイト粒の平均粒径が26μm以下であり、かつ、通常部の旧オーステナイト粒の平均粒径が100~2000μmとなるように、最終の熱間鍛造前の素材の形状を決定する。
【0108】
図16は、
図15中の素材形状決定工程(S1)の詳細を示すフロー図である。
図16を参照して、素材形状決定工程(S1)は、仮形状設定工程(S11)と、解析工程(S12)と、正規形状決定工程(S13)とを含む。以下、各工程について説明する。
【0109】
[仮形状設定工程(S11)]
熱間鍛造工程(S2)では、熱間にて複数回の成形を実施する。以降の説明では、1回の成形を、1回熱間鍛造する、と表現する。仮形状設定工程(S11)では、熱間鍛造工程での最終の熱間鍛造前の素材の形状を仮形状として設定する。以下、仮形状として設定された素材を「仮形状素材」という。
【0110】
[解析工程(S12)]
解析工程(S12)では、有限要素解析を用いて、熱間鍛造工程において、仮形状素材に対して最終の熱間鍛造を実施して、最終熱鍛部品を製造したときの、最終熱鍛部品でのひずみ分布を求める。ここで、最終熱鍛部品とは、熱間鍛造工程完了直後の部品を意味する。
【0111】
解析工程(S12)では、次の作業を実施する。仮形状素材の有限要素モデルを構築する。仮形状素材の物性値として、ヤング率及びポアソン比を設定する。また、熱間鍛造時の金型との関係に基づいて、荷重及び摩擦係数を設定する。有限要素解析では、静的陰解法を採用する。構築された仮形状素材の有限要素モデルを用いて、最終の熱間鍛造後の最終熱鍛部品における、ひずみ分布を求める。
【0112】
最終熱鍛部品のひずみ分布を求めた後、最終熱鍛部品のひずみ分布において、次の2つの事項を確認する。
条件1:応力集中部での相当ひずみが0.8超~1.8である。
条件2:相当ひずみが0.8以上の領域における相当ひずみの最大勾配が0.8/mm以下である。
【0113】
[条件1について]
条件1を満たさない場合、たとえば、応力集中部での相当ひずみが0.8以下である場合、熱間鍛造後において再結晶が発現するだけの駆動力が足りない。この場合、応力集中部での結晶粒が微細化しない。その結果、上述の化学組成の機械部品において、応力集中部での旧オーステナイト粒の平均粒径が26μmを超えてしまう。一方、応力集中部での相当ひずみが1.8を超えれば、異常粒成長が発生しやすくなり、応力集中部の旧オーステナイト粒の平均粒径が26μmを超えてしまう。
【0114】
応力集中部での相当ひずみが0.8超~1.8である場合、応力集中部に再結晶が発現し、かつ、異常粒成長が発現しない程度の適切なひずみが付与されている。そのため、条件2を満たすことを前提として、応力集中部の旧オーステナイト粒の平均粒径が26μm以下となる。
【0115】
[条件2について]
条件2を満たさない場合、つまり、相当ひずみが0.8以上の領域における相当ひずみの最大勾配が0.8/mmを超える場合、素材の表面近傍において、局所的に再結晶駆動力が大きくなる。この場合、異常粒成長が発生しやすくなる。そのため、上述の化学組成の機械部品において、応力集中部の旧オーステナイト粒の平均粒径が26μmを超えてしまう。
【0116】
相当ひずみが0.8以上の領域における相当ひずみの最大勾配が0.8/mm以下であれば、条件1を満たすことを前提として、上述の化学組成の機械部品において、応力集中部の旧オーステナイト粒の平均粒径を26μm以下とすることができ、さらに、通常部の旧オーステナイト粒の平均粒径を100~2000μmとすることができる。
【0117】
相当ひずみが0.8以上の領域の相当ひずみの勾配は、次の方法で求める。相当ひずみが0.8以上の領域を特定する。特定された領域において、1mmピッチで相当ひずみの勾配を求める。求めた複数の勾配のうち、最大値を最大勾配と定義する。
【0118】
[正規形状決定工程(S13)]
正規形状決定工程(S13)では、解析工程で求めた、最終熱鍛部品のひずみ分布に基づいて、条件1及び条件2の両方を満たすか否かを判断する。最終熱鍛部品のひずみ分布が、条件1及び条件2のいずれかを満たさない場合、S11に戻って、仮形状素材の形状を変更して、再びS12を実行する。一方、最終熱鍛部品のひずみ分布が、条件1及び条件2の両方を満たす場合、その仮形状素材を、最終の熱間鍛造前の素材形状に決定する。要するに、条件1及び条件2を満たす仮形状素材を見いだせるまで、S11及びS12を繰返し実行する。そして、条件1及び条件2を満たす仮形状素材を見出したとき、その仮形状素材を、最終の熱間鍛造前の素材形状に決定する。
【0119】
[熱間鍛造工程(S2)]
図15に戻って、素材形状決定工程(S1)により、最終の熱間鍛造の素材形状を決定した後、熱間鍛造工程(S2)を実行する。
【0120】
熱間鍛造工程(S2)では、素材を熱間鍛造して、最終熱鍛部品を製造する。始めに、上述の化学組成を有する素材を高周波誘導加熱炉で加熱する。加熱温度は1000~1300℃であり、好ましくは、1100~1300℃である。高周波誘導加熱炉での加熱時間は特に限定されないが、好ましい加熱時間は1~15分である。加熱後の素材に対して熱間鍛造を実施して、最終形状に近い形状を有する最終熱鍛部品を製造する。
【0121】
なお、熱間鍛造工程に用いられる素材は、第三者から供給されたものであってもよし、製造したものであってもよい。素材を製造する場合、たとえば、次の工程を実施して素材を製造する。
【0122】
はじめに、化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内の溶鋼を製造する。溶鋼を用いて、連続鋳造法により鋳片(スラブ又はブルーム)を製造する。鋳片に対して、熱間加工を実施して、棒鋼を製造する(熱間加工工程)。熱間加工工程はたとえば、粗圧延工程と、仕上げ圧延工程とを含む。
【0123】
粗圧延工程では、鋳片を熱間加工してビレットを製造する。熱間加工はたとえば、熱間圧延である。熱間圧延はたとえば、分塊圧延機、及び、複数のスタンドが一列に並び、各スタンドが複数のロールを有する連続圧延機を利用して実施する。熱間圧延されたビレットを冷却する。粗圧延工程での熱間圧延前の鋳片の加熱温度は、周知の温度で足り、たとえば、1000~1300℃である。
【0124】
仕上げ圧延工程では、粗圧延工程後のビレットを用いて棒鋼を製造する。具体的には、仕上げ圧延機を用いて、加熱後のビレットを周知の方法で仕上げ圧延(熱間圧延)し、機械部品の素材(本例では棒鋼)を製造する。仕上げ圧延機は、一列に並んだ複数の圧延スタンドを有する。各スタンドは、パスライン周りに配置された複数のロール(ロール群)を有する。各スタンドのロール群が孔型を形成し、ビレットが孔型を通過するときに圧下され、棒鋼が製造される。仕上げ圧延工程でのビレットの加熱温度は、周知の温度で足り、たとえば、900~1300℃である。以上の製造工程により、機械部品の素材(本例では棒鋼)が製造される。
【0125】
[直接焼入れ工程(S3)]
本実施形態では、熱間鍛造工程(S2)直後の最終熱鍛部品に対して、直接焼入れを実施する。ここで、直接焼入れとは、熱間鍛造直後の最終熱鍛部品を常温まで冷却後、再加熱して焼入れを実施するのではなく、熱間鍛造直後に、最終熱鍛部品を焼入れすることを意味する。ここで、直接焼入れ前の最終熱鍛部品の温度は、Ar3点以上である。直接焼入れ前の最終熱鍛部品の温度の好ましい下限は840℃であり、さらに好ましくは850℃である。直接焼入れ前の最終熱鍛部品の温度の好ましい上限は1250℃であり、さらに好ましくは1200℃である。なお、焼入れは水冷又は油冷にて行う。
【0126】
[焼戻し工程(S4)]
焼戻し工程(S4)では、直接焼入れ工程(S3)後の最終熱鍛部品に対して、焼戻しを実施する。焼戻し条件は周知の条件で足りる。たとえば、最終熱鍛部品を500~Ac1変態点で、20~40分保持する。その後、中間品を冷却する。冷却条件は特に限定されないが、たとえば放冷である。
【0127】
[切削工程]
切削工程では、焼戻し工程(S4)後の最終熱鍛部品に対して仕上げ加工として切削加工を実施して、最終製品の形状とし、機械部品を製造する。
【0128】
以上の製造工程により、本実施形態の機械部品が製造できる。なお、本実施形態の機械部品は、上述の構成を備えれば、上記製造工程に限定されない。しかしながら、上述の製造方法は、本実施形態の機械部品の製造方法の好適な一例である。
【0129】
[本実施形態の機械部品の用途]
本実施形態の機械部品は、熱間鍛造により製造される部品に広く適用可能である。本実施形態の機械部品はたとえば、ハブ、スピンドル、クランクシャフト等に代表される、自動車用途に好適である。
【実施例】
【0130】
実施例により本実施形態の機械部品の効果をさらに具体的に説明する。以下の実施例での条件は、本実施形態の機械部品の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例である。したがって、本実施形態の機械部品はこの一条件例に限定されない。
【0131】
[機械部品の製造工程]
表1に示す化学組成を有する溶鋼を真空溶製した。
【0132】
【0133】
表1の溶鋼を用いて、インゴットを製造した。インゴットを1250℃で加熱した。加熱後のインゴットに対して熱間圧延を実施して、直径55mmの丸棒を製造した。製造された丸棒を加工して、直径50mm、長さ100mmの丸棒試験片を準備した。
【0134】
丸棒試験片を用いて、熱間鍛造工程を擬似した、ダイスを用いた熱間押出を実施した。
図17は、本実施例で使用したダイスの中心軸を含む断面図である。
図17を参照して、試験番号1~42、49~59では、ダイス入側の直径d0が50mmであり、ダイス出側の直径d1が30mmであり、ダイス長dLが15mmのタイプAのダイスを用いた。試験番号43では、ダイス入側の直径d0が50mmであり、ダイス出側の直径d1が25mmであり、ダイス長dLが15mmのタイプBのダイスを用いた。試験番号44では、ダイス入側の直径d0が50mmであり、ダイス出側の直径d1が35mmであり、ダイス長dLが15mmのタイプCのダイスを用いた。試験番号45では、ダイス入側の直径d0が50mmであり、ダイス出側の直径d1が20mmであり、ダイス長dLが15mmのタイプDのダイスを用いた。試験番号46では、ダイス入側の直径d0が50mmであり、ダイス出側の直径d1が40mmであり、ダイス長dLが15mmのタイプEのダイスを用いた。試験番号47及び48では、ダイス入側の直径d0が50.01mmであり、ダイス出側の直径d1が25mmであり、ダイス長dLが12.5mmのタイプFのダイスを用いた。各試験番号に用いたダイスの種類を表2にまとめる。
【0135】
【0136】
上述のダイスを用いて、熱間鍛造を模擬した熱間押出を実施した。具体的には、丸棒試験片を1250℃で30分加熱した。加熱後の丸棒試験片に対して、熱間押出を実施した。熱間押出後、8~10秒経過時に、熱間押出後の丸棒試験片を常温まで水冷することで、直接焼入れを実施した。
【0137】
試験番号59以外の各試験番号の丸棒試験片では、熱間押出を全長に実施するのではなく、熱間押出していない部分を一部残した。そして、熱間押出していない部分を、機械部品における通常部とみなした。一方、試験番号59では、全長に対して熱間押出を実施した。試験番号46では、1200℃で30分加熱した後、熱間押出を実施した。そして、熱間押出後、8~10秒経過時に、熱間押出後の丸棒試験片を常温まで水冷することで、直接焼入れを実施した。
【0138】
各試験番号において、直接焼入れ後の丸棒試験片に対して、640℃で30分保持する焼戻しを実施した。30分保持後の丸棒試験片を放冷した。以上の工程により、機械部品を模擬した模擬機械部品を製造した。
【0139】
[評価試験]
[応力集中部の相当ひずみε、及び、相当ひずみεが0.8以上の領域の相当ひずみの最大勾配Δ算出試験]
初めに、
図17に示すダイスを用いて熱間鍛造を模擬した熱間押出を実施した場合の、最終熱鍛部品の応力集中部での相当ひずみεと、相当ひずみが0.8以上の領域における相当ひずみの最大勾配Δとを、次の方法により求めた。
【0140】
各試験番号の熱間押し出し前の丸棒試験片の形状と、熱間押出後の丸棒(最終熱鍛部品を模擬)の形状とを特定した。熱間押出後の試験番号1~58の丸棒の形状は、
図18のとおりであった。特定された熱間押出前後の丸棒の形状に基づいて、有限要素解析を実施して、熱間押出後の丸棒のひずみ分布を求めた。具体的には、ダイスとの摩擦係数は0.1とした。鍛造時の荷重Fを2.1tonとした。
図18は、熱間押出後の丸棒の中心軸を含む縦断面図である。有限要素解析では、試験番号1~58の熱間押出後の丸棒のひずみ分布では、ダイステーパ部d10の下端から下方に8mmの位置で、剪断応力及び相当ひずみが最大となった。そこで、相当ひずみが最大となった位置Pmaxを最終熱鍛部品の応力集中位置に相当する部位とした。そして、応力集中位置Pmaxから半径500μmの範囲内を、応力集中部と定義した。定義された応力集中部内のひずみ分布に基づいて、応力集中部の相当ひずみεを求めた。具体的には、有限要素解析により得られた応力集中部内の各領域(各メッシュ)での相当ひずみの算術平均値を求めた。求めた値を、応力集中部の相当ひずみεと定義した。さらに、相当ひずみが0.8以上の領域における、相当ひずみの最大勾配Δ(/mm)とを求めた。具体的には、相当ひずみが0.8以上の領域を特定した。特定された領域において、1mmピッチで相当ひずみの勾配を求めた。求めた複数の勾配の最大値を、最大勾配Δと定義した。得られた相当ひずみε、最大勾配Δを表3に示す。
【0141】
さらに、有限要素解析で求めた応力集中位置Pmaxがノッチ底となる4点曲げ試験片TPを作成した。具体的には、
図18に示すとおり、ダイステーパ部d10の下端から下方に8mm位置がノッチ底となるように、熱間押出後の丸棒から、4点曲げ試験片TPを作製した。4点曲げ試験片TPは、高さ13mm、幅13mm、長さ100mm、ノッチ形状はUノッチ、ノッチ半径は2mmであった。4点曲げ試験片TPの長さ方向は、熱間押出後の丸棒の長手方向と一致した。なお、試験番号59の熱間押出後の丸棒に関しては、丸棒の上端からの試験採取位置及びノッチ底位置が他の試験番号1~58の4点曲げ試験片の採取位置と同じになるように、4点曲げ試験片を採取した。
【0142】
【0143】
[ミクロ組織観察試験]
各試験番号の模擬機械部品(
図18に示す丸棒)の任意の位置からサンプルを採取した。サンプルの表面のうち、50μm×50μmの視野を含む表面を観察面と特定した。観察面を鏡面研磨した後、ナイタル液に10秒程度浸漬してエッチングを実施し、組織を現出させた。エッチングにより組織が現出された観察視野を、1000倍の光学顕微鏡により観察した。観察視野の視野面積は2500μm
2であった。観察視野中において、フェライト及びパーライトと、マルテンサイト及びベイナイトとは、コントラストに基づいて容易に区別できた。そこで、観察視野中のマルテンサイト及びベイナイトを特定して、特定されたマルテンサイト及びベイナイト領域の総面積を求めた。求めたマルテンサイト及びベイナイト領域の総面積を、観察視野の総面積で除して、マルテンサイト及びベイナイトの総面積率(%)を求めた。求めたマルテンサイト及びベイナイトの総面積率を表3に示す。
【0144】
[応力集中部の旧オーステナイト粒の平均粒径D1測定試験]
各試験番号の模擬機械部品の応力集中部における、旧オーステナイト粒の平均粒径D1を次の方法で求めた。上述の有限要素解析により特定された、模擬機械部品の応力集中部(
図18に示す4点曲げ試験片のノッチ底Pmaxから半径500μmの範囲)から、サンプルを採取した。サンプルの観察視野は100μm×100μmとした。観察視野を含むサンプル表面(観察面)を鏡面研磨した。鏡面研磨されたサンプルの観察面に対して、ピクリン酸飽和水溶液を用いてエッチングを実施して、旧オーステナイト粒界を現出させた。観察面のうち、任意の3視野を1000倍の光学顕微鏡を用いて観察した。そして、ASTM E112に準拠して、各視野での旧オーステナイト粒度番号を得た。得られた3個の旧オーステナイト粒度番号の平均(平均旧オーステナイト粒度番号)を求めた。得られた平均旧オーステナイト粒度番号を平均粒径に換算して、応力集中部の旧オーステナイト粒の平均粒径D1と定義した。得られた平均粒径D1(μm)を表3に示す。
【0145】
[通常部の旧オーステナイト粒の平均粒径D1測定試験]
また、模擬機械部品の応力集中部以外の他の領域(通常部)での旧オーステナイト粒の平均粒径を、次の方法で求めた。模擬機械部品の応力集中位置Pmaxから少なくとも3mm以上離れた領域のうち、任意の3箇所から、サンプルを採取した。各サンプルの観察面は500μm×500μmとした。観察視野を含むサンプルの観察面を鏡面研磨した。鏡面研磨されたサンプルの観察面に対して、ピクリン酸飽和水溶液を用いてエッチングを実施して、旧オーステナイト粒界を現出させた。各観察面のうち、任意の3視野を1000倍の光学顕微鏡を用いて観察した。そして、ASTM E112に準拠して、各視野での旧オーステナイト粒度番号を得た。以上の方法により、各サンプルで3個(合計9個)の旧オーステナイト粒度番号を得た。得られた9個の旧オーステナイト粒度番号の平均(平均旧オーステナイト粒度番号)を求めた。得られた平均旧オーステナイト粒度番号を平均粒径に換算して、通常部の旧オーステナイト粒の平均粒径D2と定義した。得られた平均粒径D2(μm)を表3に示す。
【0146】
[曲げ疲労強度評価試験(4点曲げ疲労試験)]
各試験番号の4点曲げ疲労試験片TPを用いて、4点曲げ疲労試験を実施した。試験にはサーボ型疲労試験機を用いた。4点曲げ疲労試験片の支点間の距離は45mmとした。最大負荷応力は1150MPaであり、最大負荷応力と最小負荷応力との応力比は0.1であった。周波数は10Hzであった。応力負荷繰り返し回数が1×105回での破断強度を、4点曲げ疲労強度(MPa)と定義した。
【0147】
得られた疲労強度が680MPa超の場合、疲労強度に優れると評価した(表3中の疲労強度欄に「A」で表記)。また、得られた疲労強度が550~680MPaの場合、疲労強度が良好であると評価した(表3中の疲労強度欄に「B」で表記)。得られた疲労強度が550MPa未満である場合、疲労強度が低いと評価した(表3中の疲労強度欄に「C」で表記)。
【0148】
[被削性試験]
各試験番号の模擬機械部品から、被削性試験片を採取した。試験番号46及び59以外の試験番号では、模擬機械部品のうち、熱間押出を実施していない部分から、長さ21mmの円柱試験片を採取した。試験番号46及び59では、模擬機械部品の任意の位置から、長さ21mmの円柱試験片を採取した。
【0149】
作製された円柱試験片に対して、ドリル加工による切削性評価試験を実施した。具体的に、加工穴の総深さが1000mmとなるまで、一定の切削速度でドリル加工を実施した。加工穴深さが1000mmとなった場合、ドリル加工をいったん終了した。そして、切削速度をさらに高めて設定し、設定された切削速度で、加工穴の総深さが1000mmとなるまで、ドリル加工を再度実施した。切削ドリルとして、株式会社不二越製 型番SD3.0ドリルを用いた。1回転当たりの送り量を0.25mmとした。1穴の穿孔深さを9mmとした。潤滑は水溶性の切削油を用いた。切削速度を高めながら順次ドリル加工を実施し、加工穴の累積穴深さが1000mm以上可能な最大切削速度VL1000(m/min)を求めた。最大切削速度VL1000は通常、工具寿命の評価指標として用いられており、最大切削速度VL1000が大きいほど工具寿命が良好であると判断できる。各試験番号について最大切削速度を求めた。
【0150】
最大切削速度VL1000が19m/分以上である場合、被削性に優れると評価した(表3中の被削性欄に「A」で表記)。また、最大切削速度VL1000が15m/分以上19m/分未満である場合、被削性が良好であると評価した(表3中の被削性欄に「B」で表記)。最大切削速度VL1000が15m/分未満である場合、被削性が低いと評価した(表3中の被削性欄に「C」で表記)。
【0151】
[評価結果]
評価結果を表3に示す。表1及び表3を参照して、試験番号1~4、7~10、13~16、19、20、22~26、29~32、35~38、41、43、44、47、49~58では、化学組成中の各元素含有量が適切であった。さらに、応力集中部の旧オーステナイト粒の平均粒径が26μm以下であり、通常部の旧オーステナイト粒の平均粒径が100~2000μmの範囲内であった。さらに、ミクロ組織におけるマルテンサイト及びベイナイトの総面積率は90%であった。その結果、疲労強度評価はいずれもA又はBであり、十分な疲労強度が得られた。さらに、被削性評価はいずれもA又はBであり、十分な被削性が得られた。
【0152】
一方、試験番号5では、C含有量が高すぎた。その結果、被削性が低かった。試験番号6では、C含有量が低すぎた。その結果、疲労強度が低かった。
【0153】
試験番号11では、Si含有量が高すぎた。その結果、被削性が低かった。試験番号12では、Si含有量が低すぎた。その結果、疲労強度が低かった。
【0154】
試験番号17では、Mn含有量が高すぎた。その結果、被削性が低かった。試験番号18では、Mn含有量が低すぎた。その結果、疲労強度が低かった。
【0155】
試験番号21では、P含有量が高すぎた。その結果、疲労強度が低かった。試験番号27では、N含有量が高すぎた。その結果、疲労強度が低かった。試験番号28では、N含有量が低すぎた。その結果、疲労強度が低かった。
【0156】
試験番号33では、Cr含有量が高すぎた。その結果、被削性が低かった。試験番号34では、Cr含有量が低すぎた。その結果、疲労強度が低かった。
【0157】
試験番号39では、Ti含有量が高すぎた。その結果、疲労強度が低かった。試験番号40では、Ti含有量が低すぎた。その結果、疲労強度が低かった。試験番号42では、O含有量が高すぎた。その結果、疲労強度が低かった。
【0158】
試験番号45では、熱間押出後の模擬機械部品の応力集中部での相当ひずみεが高すぎた。そのため、模擬機械部品の応力集中部での旧オーステナイト粒の平均粒径が26μmを超えた。その結果、疲労強度が低かった。
【0159】
試験番号46では、熱間押出後の模擬機械部品の応力集中部での相当ひずみεが低すぎた。そのため、模擬機械部品の応力集中部での旧オーステナイト粒の平均粒径が26μmを超えた。その結果、疲労強度が低かった。
【0160】
試験番号48では、熱間押し出し後の模擬機械部品において、相当ひずみが0.8以上の領域における相当ひずみの最大勾配が0.8/mmを超えた。そのため、模擬機械部品の応力集中部での旧オーステナイト粒の平均粒径が26μmを超えた。その結果、疲労強度が低かった。
【0161】
試験番号59では、通常部での旧オーステナイト粒の平均粒径が100μm未満であった。その結果、被削性が低かった。
【0162】
以上、本発明の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。したがって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。