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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-28
(45)【発行日】2024-03-07
(54)【発明の名称】表面処理鋼材
(51)【国際特許分類】
   C23C 28/00 20060101AFI20240229BHJP
   C23C 22/36 20060101ALI20240229BHJP
【FI】
C23C28/00 D
C23C22/36
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2023562438
(86)(22)【出願日】2022-11-22
(86)【国際出願番号】 JP2022043202
(87)【国際公開番号】W WO2023090458
(87)【国際公開日】2023-05-25
【審査請求日】2023-12-25
(31)【優先権主張番号】P 2021189292
(32)【優先日】2021-11-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【弁理士】
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】西田 義勝
(72)【発明者】
【氏名】清水 厚雄
(72)【発明者】
【氏名】上野 晋
(72)【発明者】
【氏名】莊司 浩雅
【審査官】中西 哲也
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-095746(JP,A)
【文献】特開2012-237065(JP,A)
【文献】特開2010-111904(JP,A)
【文献】国際公開第2011/049238(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 2/00-30/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼材と、
前記鋼材の表面に形成されたZnまたはZn合金を含むめっき層と、
前記めっき層の表面に形成された化成処理被膜と、
を有し、
前記化成処理被膜が、シロキサン結合を有する有機ケイ素化合物と、P及びFと、を含み、
前記有機ケイ素化合物中の、アルキレン基と前記シロキサン結合との存在割合を、FT-IRで測定したとき、
前記シロキサン結合を示す1030~1200cm-1の吸光度のピーク値A2に対する、前記アルキレン基を示す2800~3000cm-1の吸光度のピーク値A1の比であるA1/A2が、0.10~0.75である、
ことを特徴とする表面処理鋼材。
【請求項2】
前記化成処理被膜中のリン酸基と前記有機ケイ素化合物中の前記シロキサン結合との存在割合を、FT-IRで測定したとき、
前記シロキサン結合を示す1030~1200cm-1の前記吸光度の前記ピーク値A2に対する、前記リン酸基の1200cm-1の吸光度A3の比であるA3/A2が、0.43~1.00である
ことを特徴とする、請求項1に記載の表面処理鋼材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は表面処理鋼材に関する。
本願は、2021年11月22日に、日本に出願された特願2021-189292号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
従来、鋼板の表面に亜鉛を主体とするめっき層が形成されためっき鋼板(亜鉛系めっき鋼板)が、自動車や建材、家電製品などの幅広い用途で使用されている。
また、このような亜鉛系めっき鋼板の表面に、耐食性や塗装密着性などを付与する目的で、クロム酸、重クロム酸又はそれらの塩を主成分として含有する処理液によりクロメート処理を施す方法、クロムを含まない金属表面処理剤を用いて処理を行う方法、リン酸塩処理を施す方法、シランカップリング剤単体による処理を施す方法、有機樹脂被膜処理を施す方法、などが一般的に知られており、実用に供されている。
【0003】
主としてシランカップリング剤を使用する技術としては、例えば特許文献1に、金属材表面に、特定の構造のシランカップリング剤2種を特定の質量比で配合して得られる有機ケイ素化合物(W)と、特定のインヒビターとを含有する水系金属表面処理剤を塗布し乾燥することにより、各成分を含有する複合被膜を形成したクロメートフリー表面処理金属材が開示されている。
また、特許文献2には、耐食性、耐熱性、耐指紋性、導電性、塗装性及び加工時の耐黒カス性の各要素に優れたクロメートフリー表面処理を施した表面処理金属材、及び金属材料に優れた耐食性及び耐アルカリ性を付与するために用いるクロムを含まない金属表面処理剤が開示されている。
また、特許文献3には、金属板の少なくとも片面に、上層塗膜(α)が形成されているクロメートフリープレコート金属板であって、前記金属板と前記上層塗膜(α)との間に、(1)分子中にアミノ基を含有するシランカップリング剤(A)と分子中にグリシジル基を含有するシランカップリング剤(B)とを配合し反応させて得られ、構造中に環状シロキサン結合と鎖状シロキサン結合を有し、前記環状シロキサン結合と前記鎖状シロキサン結合の存在割合が、FT-IR反射法による環状シロキサン結合を示す1090~1100cm-1の吸光度(C1)と鎖状シロキサン結合を示す1030~1040cm-1の吸光度(C2)の比〔C1/C2〕で表して0.4~2.5である、有機ケイ素化合物(C)と、ポリウレタン樹脂、フェノール樹脂、及びエポキシ樹脂から選ばれる少なくとも1種のカチオン性有機樹脂(D)とを含む、造膜成分(X)と、(2)チタン化合物及びジルコニウム化合物から選ばれる少なくとも1種の金属化合物(E)とリン酸化合物(J)とフッ素化合物(F)とを含むインヒビター成分(Y)であって、但し、前記金属化合物(E)がフルオロ金属錯化合物(E’)である場合は、前記フッ素化合物(F)を含まなくても良い、インヒビター成分(Y)と、を配合して調整した下地処理剤を塗布し乾燥することにより形成される下地処理層(β)を有することを特徴とする、クロメートフリープレコート金属板が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】日本国特許第4776458号公報
【文献】日本国特許第5336002号公報
【文献】日本国特許第5933324号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1、特許文献2に開示された技術は、耐食性、耐熱性、耐指紋性、導電性、塗装性及び加工時の耐黒カス性に優れたクロメートフリー表面処理を施した表面処理鋼板として実用化されている優れた技術である。
しかしながら、近年の顧客ニーズの高度化により、先行技術では実用上においてめっきの耐食性(特に耐初期白錆性)が十分ではない場合がある。すなわち、特許文献1、特許文献2に記載された技術では、これまで一般に評価されてきたSST試験(塩水噴霧試験)での試験時間を超えるような場合や、平坦部(平面部)よりも耐食性の劣る加工部において、めっき層に白錆が発生することが懸念される。
【0006】
また、特許文献3では、造膜成分として、有機樹脂を含む必要がある。そのため、耐食性と塗膜密着性とについては優れたとしても、導電性に劣るという課題がある。
【0007】
本発明は、鋼材の表面に亜鉛または亜鉛合金を含むめっき層を有する亜鉛系めっき鋼材の表面に化成処理被膜を有する表面処理鋼材を前提として、耐食性及び導電性に優れた表面処理鋼材を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
化成処理被膜を有する表面処理鋼材の耐食性は、化成処理被膜のバリア性(水分や塩化物イオンなどの腐食因子を透過させない性質)が高いほど向上する。また、疵などにより化成処理被膜が損傷した部分においては、水分が付着した際に化成処理被膜中の物質(主に金属元素)が溶け出してめっき層の腐食を防止する効果(インヒビター効果)が高いほど、耐食性が向上する。
上述の通り、特許文献1、特許文献2に示される化成処理被膜は、バリア性およびインヒビター効果の両方を備えている被膜ではあるが、従来よりも高い耐食性が要求される環境では、めっき層が腐食することが懸念される。
このような事情に鑑み、本発明者らは、優れた導電性を得るため有機樹脂の含有を必須としない化成処理被膜を前提として、化成処理被膜のバリア性及びインヒビター効果を高める方法について検討を行った。その結果、化成処理被膜が、造膜成分として有機ケイ素化合物を含み、インヒビター成分として、PとFとを含むようにした上で、有機ケイ素化合物におけるアルキレン基とシロキサン結合との存在の割合を制御することで、化成処理被膜のバリア性が向上し、耐食性が向上することが分かった。
また、本発明者らがさらに検討を行った結果、化成処理被膜中のリン酸基とシロキサン結合との存在割合を制御することで、インヒビター効果が向上し、より耐食性が向上することが分かった。
【0009】
本発明は上記の知見に鑑みてなされた。本発明の要旨は以下の通りである。
[1]本発明の一態様に係る表面処理鋼材は、鋼材と、前記鋼材の表面に形成されたZnまたはZn合金を含むめっき層と、前記めっき層の表面に形成された化成処理被膜と、を有し、前記化成処理被膜が、シロキサン結合を有する有機ケイ素化合物と、P及びFと、を含み、前記有機ケイ素化合物中の、アルキレン基と前記シロキサン結合との存在割合を、FT-IRで測定したとき、前記シロキサン結合を示す1030~1200cm-1の吸光度のピーク値A2に対する、前記アルキレン基を示す2800~3000cm-1の吸光度のピーク値A1の比であるA1/A2が、0.10~0.75である。
[2]上記[1]に記載の表面処理鋼材は、前記化成処理被膜中のリン酸基と前記有機ケイ素化合物中の前記シロキサン結合との存在割合を、FT-IRで測定したとき、前記シロキサン結合を示す1030~1200cm-1の前記吸光度の前記ピーク値A2に対する、前記リン酸基の1200cm-1の吸光度A3の比であるA3/A2が、0.43~1.00であってもよい。
【発明の効果】
【0010】
本発明の上記態様によれば、耐食性及び導電性に優れる表面処理鋼材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本実施形態に係る表面処理鋼材の断面の例を示す模式図である。
図2】FT-IRのATR法での分析結果を示す図である。
図3】FT-IRのATR法での分析結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の一実施形態に係る表面処理鋼材(本実施形態に係る表面処理鋼材)について説明する。
図1に示すように、本実施形態に係る表面処理鋼材1は、鋼材11と、鋼材11の表面に形成されたZnまたはZn合金を含むめっき層12と、めっき層12の表面に形成された化成処理被膜13と、を有する。図1では、めっき層12及び化成処理被膜13は鋼材11の片面にのみ形成されているが、両面に形成されていてもよい。
また、本実施形態に係る表面処理鋼材1は、化成処理被膜13が、シロキサン結合を有する有機ケイ素化合物と、P及びFと、を含み、有機ケイ素化合物中の、アルキレン基とシロキサン結合との存在割合を、FT-IRで測定したとき、シロキサン結合を示す1030~1200cm-1の吸光度のピーク値A2に対する、アルキレン基を示す2800~3000cm-1の吸光度のピーク値A1の比であるA1/A2が、0.10~0.75である。
さらに、好ましくは、本実施形態に係る表面処理鋼材1は、化成処理被膜13中のリン酸基と有機ケイ素化合物中のシロキサン結合との存在割合を、FT-IRで測定したとき、シロキサン結合を示す1030~1200cm-1の吸光度のピーク値A2に対する、リン酸基の1200cm-1の吸光度A3の比であるA3/A2が、0.43~1.00である。
【0013】
以下、鋼材11、めっき層12、被膜13についてそれぞれ説明する。
【0014】
<鋼材>
本実施形態に係る表面処理鋼材1は、めっき層12及び被膜13によって、優れた耐食性が得られる。そのため、鋼材11については、特に限定されない。鋼材11は、適用される製品や要求される強度や板厚等によって決定すればよく、例えば、JIS G 3193:2019、JIS G 3131:2018、JIS G 3113:2018等に記載された熱延鋼板やJIS G 3141:2021、JIS G 3135:2018等に記載された冷延鋼板を用いることができる。
【0015】
<めっき層>
めっき層12は、ZnまたはZn合金を40質量%以上含むめっき層(亜鉛系めっき層)であれば、化学組成については限定されない。たとえば、JIS G 3313:2021、JIS G 3302:2019、JIS G 3323:2019、JIS G 3317:2019、またはJIS G 3321:2019で規定されているめっきが適用できる。
【0016】
めっき層12の付着量は限定されないが、耐食性向上のため、片面当たり、10g/m以上であることが好ましい。一方、片面当たりの付着量が200g/mを超えても耐食性が飽和する上、経済的に不利になる。そのため、付着量は200g/m以下であることが好ましい。
【0017】
また、めっき層の種類も限定されない。例えば、溶融めっき層であってもよいし、電気めっき層であってもよい。
【0018】
<被膜>
[シロキサン結合を有する有機ケイ素化合物と、P及びFと、を含む]
本実施形態に係る表面処理鋼材1が備える化成処理被膜13は、シランカップリング剤、リン酸化合物、フッ素化合物を含有する処理液(化成処理液)を、亜鉛または亜鉛合金を含むめっき層の上に、所定の条件で塗布し、乾燥させることによって得られる。そのため、本実施形態に係る表面処理鋼材1が備える化成処理被膜13は、造膜成分として、シランカップリング剤に由来するシロキサン結合(Si-O-Si結合:環状シロキサン結合、鎖状シロキサン結合を含む)を有するケイ素化合物を含み、インヒビター成分として、P、Fを含む。P及びFは、インヒビターとして、リン酸化合物及びフッ素化合物の状態で存在していると考えられる。
ケイ素化合物が造膜成分である場合、化成処理被膜の平均Si濃度は例えば10質量%以上となる。また、必要に応じて、化成処理被膜13はZr化合物やV化合物に由来するZrやVを含んでもよい。
本実施形態に係る表面処理鋼材1が備える化成処理被膜13は、実質的に有機樹脂を含まない。
【0019】
化成処理被膜が、P、Fを含むかどうかは、表面処理鋼材を蛍光X線分析装置にて、それぞれP、Fの存在有無を確認する方法で判断する。Zr、V等他の元素が含まれる場合にも同様に分析できる。各元素の検出強度が、被膜の存在しないめっき鋼材で測定した際の3倍以上であれば、当該元素が被膜に含まれていると判断する。
化成処理被膜が、シロキサン結合を有する有機ケイ素化合物を有するかどうかは、後述するFT-IRによって判断できる。
【0020】
[有機ケイ素化合物中の、アルキレン基とシロキサン結合との存在割合を、FT-IRで測定したとき、シロキサン結合を示す1030~1200cm-1の吸光度のピーク値A2に対する、アルキレン基を示す2800~3000cm-1の吸光度のピーク値A1の比であるA1/A2が、0.10~0.75である]
化成処理被膜が、造膜成分としてシロキサン結合を有する有機ケイ素化合物を含み、インヒビター成分としてP(リン酸化合物)とF(フッ素化合物)とを含む場合、有機ケイ素化合物におけるアルキレン基とシロキサン結合との存在割合を制御することで、化成処理被膜のバリア性が向上し、耐食性が向上する。
具体的には、FT-IRで測定したときに、シロキサン結合を示す1030~1200cm-1の吸光度のピーク値A2に対する、アルキレン基を示す2800~3000cm-1の吸光度のピーク値A1の比であるA1/A2が、0.10~0.75であると、化成処理被膜のバリア性が向上し、耐食性が向上する。
A1/A2が0.75超である、すなわち有機ケイ素化合物におけるアルキレン基の割合が多い場合には、SiOx骨格中に有機物が残存することにより、有機物と通じて水分や塩化物イオンなどの腐食因子が透過しやすくなるため、耐食性が低下する。A1/A2は、好ましくは0.60以下、より好ましくは0.55以下、さらに好ましくは0.50以下である。
一方、A1/A2が0.10未満である、すなわちシロキサン結合の割合が多い場合には、化成処理被膜に割れが発生し、耐食性が低下する。A1/A2は、好ましくは0.15以上、より好ましくは0.20以上である。
【0021】
[好ましくは、化成処理被膜中のリン酸基と有機ケイ素化合物中のシロキサン結合との存在割合を、FT-IRで測定したとき、シロキサン結合を示す1030~1200cm-1の吸光度のピーク値A2に対する、リン酸基の1200cm-1の吸光度A3の比であるA3/A2が、0.43~1.00である]
環状シロキサン結合または鎖状シロキサン結合を有するSiOx骨格を主体とし、インヒビター成分として、リン酸化合物などのPと、フッ素化合物などのFを有する本実施形態に係る表面処理鋼材1の化成処理被膜13において、化成処理被膜中のリン酸基と有機ケイ素化合物中のシロキサン結合との存在割合を制御することで、インヒビター効果が向上する。
具体的には、FT-IRで測定したとき、シロキサン結合を示す1030~1200cm-1の吸光度のピーク値A2に対する、リン酸基の1200cm-1の吸光度A3の比であるA3/A2が、0.43~1.00である場合に、優れたインヒビター効果が得られ、より耐食性が向上する。
A3/A2が0.43未満では、インヒビターとなるリン酸化合物が少ないため、十分な効果が十分に得られない。A3/A2は、より好ましくは0.45以上、さらに好ましくは0.50以上である。
一方、A3/A2が1.00を超えると、被膜のバリア性が低下して耐食性が低下する。A3/A2は、より好ましくは0.80以下、さらに好ましくは0.60以下である。
【0022】
A1/A2、A3/A2は一般的なFT-IR装置を用い、上述したようなアルキレン基、シロキサン結合、リン酸基のそれぞれに相当する範囲の特定ピークの吸光度を測定し、A1、A2、A3を求めた上で、その比をとることで求めることができる。
測定の際、具体的には、波数800~4000cm-1の吸光度を測定し、それぞれの吸光度の値から算出する。吸光度を求める際のベースライン補正は、波数800~4000cm-1の中の4000cm-1、2400cm-1、2100cm-1、850cm-1の吸光度がゼロとなるように補正する。FT-IRにおいて、測定条件は例えば以下の通りである。
測定方法:拡散反射法またはATR法
分解能:4cm-1
積算回数:128回
測定雰囲気:大気
【0023】
化成処理被膜13の付着量は、100~2000mg/mであることが好ましい。付着量が、100mg/m未満であると、十分な効果が得られない場合がある。一方、付着量が2000mg/m超であると、膜厚が厚くなりすぎて被膜が剥離するおそれがある。
【0024】
<製造方法>
次に、本実施形態に係る表面処理鋼材の好ましい製造方法について説明する。
本実施形態に係る表面処理鋼材は、製造方法に関わらず上記の特徴を有していればその効果を得ることができるが、以下に示す製造方法であれば、安定して製造できるので好ましい。
【0025】
すなわち、本実施形態に係る表面処理鋼材は、以下の工程を含む製造方法によって製造できる。
(I)鋼板などの鋼材の表面に、ZnまたはZn合金を含むめっき層を形成するめっき工程と、
(II)めっき層を有する鋼材に化成処理液を塗布する塗布工程と、
(III)化成処理液が塗布された鋼材を加熱して乾燥させ、その後空冷することで、化成処理被膜を形成する乾燥-冷却工程。
各工程について、好ましい条件を説明する。
【0026】
[めっき工程]
めっき工程では、鋼板などの鋼材を、ZnまたはZn合金を含むめっき浴に浸漬する、または電気めっきを行うことで、表面にめっき層を形成する。めっき層の形成については特に限定されない。十分なめっき密着性が得られるように通常の方法で行えばよい。
また、めっき工程に供する鋼板や、その製造方法については限定されない。めっき浴に浸漬する鋼板として、例えば、JIS G 3193:2019やJIS G 3113:2018に記載された熱延鋼板やJIS G 3141:2021やJIS G 3135:2018に記載された冷延鋼板を用いることができる。
めっき浴の組成は、得たいめっき層の化学組成に応じて調整すればよい。
鋼材をめっき浴から引き上げた後は、必要に応じて、ワイピングによって、めっき層の付着量を調整することができる。
【0027】
[塗布工程]
塗布工程では、ZnまたはZn合金を含むめっき層を有する鋼材に、シランカップリング剤、リン酸化合物、フッ素化合物を含む化成処理液(表面処理金属剤)を塗布する。
塗布工程において、表面処理金属剤の塗布方法については限定されない。例えばロールコーター、バーコーター、スプレーなどを用いて塗布することができる。
【0028】
シランカップリング剤は、造膜成分として含まれる。シランカップリング剤としては、例えば分子中にアミノ基を一つ含有するシランカップリング剤(X)と、分子中にグリシジル基を一つ含有するシランカップリング剤(Y)とを固形分濃度比(X)/(Y)で0.5~1.7で配合して得られるSi化合物を用いてもよい。
【0029】
化成処理液に含まれるフッ素化合物としては、フッ化水素酸HF、ホウフッ化水素酸BFH、ケイフッ化水素酸HSiF、ジルコンフッ化水素酸HZrF、チタンフッ化水素酸HTiFなどの化合物を例示することができる。化合物は、1種類または2種類以上の組み合わせであってもよい。この中でも、フッ化水素酸であることがより好ましい。フッ化水素酸を用いる場合、より優れた耐食性や塗装性を得ることができる。
【0030】
化成処理液に含まれるリン酸化合物は、化成処理被膜においてインヒビター成分としてのPとして残存する。このインヒビター成分としてのPによって、化成処理被膜の耐食性が向上する。
本実施形態において、化成処理液が含むリン酸化合物は、特に限定されないが、リン酸、リン酸アンモニウム塩、リン酸カリウム塩、リン酸ナトリウム塩などを例示することができる。この中でも、リン酸であることがより好ましい。リン酸を用いる場合、より優れた耐食性を得ることができる。
【0031】
化成処理液がZr化合物を含む場合、炭酸ジルコニウムアンモニウム、六フッ化ジルコニウム水素酸、六フッ化ジルコニウムアンモニウムなどを例示することが出来る。
また、V化合物を含む場合、五酸化バナジウムV、メタバナジン酸HVO、メタバナジン酸アンモニウム、メタバナジン酸ナトリウム、オキシ三塩化バナジウムVOCl、三酸化バナジウムV、二酸化バナジウムVO、オキシ硫酸バナジウムVOSO、バナジウムオキシアセチルアセトネートVO(OC(=CH)CHCOCH))、バナジウムアセチルアセトネートV(OC(=CH)CHCOCH))、三塩化バナジウムVCl、リンバナドモリブデン酸などを例示することができる。また、水酸基、カルボニル基、カルボキシル基、1~3級アミノ基、アミド基、リン酸基およびホスホン酸基よりなる群から選ばれる少なくとも1種の官能基を有する有機化合物により、5価のバナジウム化合物を4価~2価に還元したものも使用可能である。
【0032】
[乾燥-冷却工程]
乾燥-冷却工程では、化成処理液を塗布した鋼材を加熱して乾燥させ、焼き付ける。また、乾燥後は、空冷により室温(例えば20℃)まで冷却する。これにより、めっき層の表面に化成処理被膜が形成される。
本実施形態に係る表面処理鋼材を得る場合、乾燥-冷却工程では、PMT(Peak Metal Temperature:鋼材の最高到達温度)を155~200℃とする。
図2は、FT-IRのATR法での分析結果を示す図であり、図2のCH2はアルキレン基、SiOはシロキサン結合であることを示す。また、図3は、図2の波数1100~1250cm-1の範囲を拡大した図である。
図2図3に示すように、PMTが高くなると、シロキサン結合を示す1030~1200cm-1の吸光度のピーク値A2は大きく変わらない一方で、アルキレン基を示す2800~3000cm-1の吸光度のピーク値A1の値が小さくなり、A1/A2が小さくなる。A1/A2を0.10~0.75の範囲とするため、PMTを155~200℃とする。
加熱方法については限定されない。例えばIH、熱風炉などを用いて加熱して、乾燥させることができる。化成処理液を効率良く乾燥させてA1/A2を小さくするためには、熱風炉を用いることが好ましく、熱風を、パンチングメタル(複数の貫通孔が存在する鋼板)を通して鋼材に吹き付けることがより好ましい。前記方法により、鋼材表面で熱風の流れが複雑になり、効率よくA1/A2を小さくすることができる。
加熱の際、平均昇温速度は、生産性等の観点から、4~40℃/秒とすることが好ましい。
【0033】
また、化成処理被膜を乾燥させた後は、表面処理鋼材に空気を吹き付けて室温まで冷却する(空冷する)。乾燥後(PMT到達後)の冷却過程において、潜熱を持つ鋼材に空気を吹き付けることで、効率よくA1/A2を小さくすることができる。その際に吹き付ける空気も、乾燥工程での熱風と同様に、パンチングメタルを通して鋼材に吹き付けることがより好ましい。
乾燥後の冷却を水冷で行うと、SiOx骨格を形成させるための熱量が得られず、アルキレン化合物が被膜中に残存する。その結果、アルキレン基の存在割合が高くなり、目標の耐食性(耐初期白錆性)が得られない。
また、水冷を行うことで、インヒビター成分が水冷水に溶出する。そのため、A3/A2を制御する場合、リン酸化合物の含有量の制御、乾燥後の冷却を空冷としてインヒビター成分の溶出を抑制することが好ましい。また、A3/A2を制御する場合、PMTを160℃以上とした上で、乾燥後の冷却を空冷とすることが好ましい。
【実施例
【0034】
表1に示すめっき層組成を有するめっきを有するめっき鋼板(金属板No.1~8)を準備した。めっき層の付着量は、70g/mとした。金属板No.1は電気めっき、No.2~8は溶融めっきにより作製した。表1中、例えばZn-0.2%Alとは、0.2質量%のAlを含有し、残部がZn及び不純物からなる組成を示しており、Zn-6%Al-3%Mgとは、6質量%のAl、3質量%のMgを含有し、残部がZn及び不純物からなる組成を示しており、他も同様である。
【0035】
めっき鋼板の基材は、JIS G 3141:2021を満足する冷延鋼板を用いた。
このめっき鋼板に対し、シランカップリング剤(X)とシランカップリング剤(Y)の配合比率(X/Y)を、固形分質量比として1.0で配合して得られるSi化合物、リン酸由来のPの固形分質量(P)とSi化合物由来のSiの固形分質量(Si)との比(P/S)を0.2で配合するリン酸、ふっ素水素酸由来のFの固形分質量(F)とSi化合物由来のSiの固形分質量との比(F/S)を0.075として配合するふっ素水素酸、オキシ硫酸バナジウム由来のVの固形分質量(V)とSi化合物由来のSiの固形分質量との比(V/Si)を0.075で配合するオキシ硫酸バナジウム、を含む化成処理液を塗布した。化成処理液の塗布は、ロールコーターを用いて行った。
化成処理液を塗布した後、熱風を、パンチングメタル(複数の貫通孔が存在する鋼板)を通して鋼板に吹き付けて、鋼板を表2Aの乾燥板温(PMT)まで昇温速度4~10℃/秒で加熱した後、パンチングメタルを通して空気を吹き付けることによる空冷、または水冷によって20℃まで冷却した。これによってNo.1~21の表面処理鋼材を得た。また、パンチングメタルを用いずに熱風を鋼板に吹き付けて鋼板を表2Aの乾燥板温まで昇温速度8℃/秒で加熱した後、パンチングメタルを用いずに空気を吹き付けて20℃まで空冷し、No.22、23の表面処理鋼材を得た。
【0036】
また、アミノ基を一つ含有するシランカップリング剤(A)として、3-アミノプロピルトリメトキシシラン(A1)と、分子中にグリシジル基を一つ含有するシランカップリング剤(B)として、3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン配合比率(A)/(B)が、固形分質量比として0.5であり、その他の組成は前記と同一の処理液にポリウレタン樹脂を含有させることで、No.2の被膜重量の0.25倍の重量のポリウレタン樹脂を含む被膜を有するNo.24の表面処理鋼材を得た。
【0037】
【表1】
【0038】
【表2A】
【0039】
【表2B】
【0040】
得られた表面処理鋼材に対し、上述の方法で、化成処理被膜に、シロキサン結合を有する有機ケイ素化合物と、P及びFとが含まれるかどうか確認した。その結果、いずれの例においても、化成処理被膜に、シロキサン結合を有する有機ケイ素化合物と、P及びFが含まれていた。
【0041】
さらに、得られた表面処理鋼材に対し、FT-IRのATR法を用い、上述の要領で、A1/A2、及びA3/A2を測定した。
結果を表2Bに示す。
【0042】
また、以下の要領で耐食性を評価した。
<平面部耐食性I>
平板試験片に対し、JIS Z 2371:2015に準拠する塩水噴霧試験を190時間まで実施し、試験後の試験片の白錆の発生状況(面積率)によって耐食性を評価した。耐食性の評価基準を以下に示す。S、AAであれば十分な耐食性を有すると判断した。
(耐食性の評価基準)
S:1%以下
AA:1%超、3%以下
A:3%超、5%以下
B:5%超、10%以下
C:10%超
【0043】
<平面部耐食性II>
平板試験片に対し、JIS Z 2371:2015に準拠する塩水噴霧試験を240時間まで実施し、試験後の試験片の白錆の発生状況(面積率)によって耐食性を評価した。耐食性の評価基準を以下に示す。S、AAであれば十分な耐食性を有すると判断した。
(耐食性の評価基準)
S:1%以下
AA:1%超、3%以下
A:3%超、5%以下
B:5%超、10%以下
C:10%超
【0044】
<加工部耐食性>
70mm×150mmの長方形状の試験片(平板)の中央部をエリクセン試験(7mm押し出し)に供した後、JIS Z 2371:2015による塩水噴霧試験を72時間行い、押し出し加工部の錆発生状況を観察した。評価基準は平面部耐食性と同様に行い、S、AA、A、Bであれば十分な耐食性を有すると判断した。
(耐食性の評価基準)
S:1%以下
AA:1%超、3%以下
A:3%超、5%以下
B:5%超、10%以下
C:10%超
【0045】
<導電性>
JIS C 2550-4:2011のA法を用いて、10個の接触子電極の合計面積が1000mmの条件で層間抵抗係数を測定した。
A以上であれば十分な導電性を有すると判断した。
(導電性の評価基準)
A =層間抵抗係数が300Ω・mm未満
B =層間抵抗係数が300Ω・mm以上
【0046】
表1及び表2A、表2Bから分かるように、本発明例であるNo.1~11では、化成処理被膜が、シロキサン結合を有する有機ケイ素化合物と、リン酸化合物及びフッ素化合物と、を含みA1/A2が、0.10~0.75であった。その結果、SST試験で190時間試験後の平面部耐食性(平面部耐食性I)だけでなく、240時間試験後の平面部耐食性(平面部耐食性II)についても優れていた。また、加工部耐食性についても優れていた。
特に、A3/A2が0.43~1.00であるNo.1~3、8~11は、より平面部耐食性IIに優れていた。
一方、No.12、14~17は、乾燥板温(PMT)が低く、十分な熱エネルギーがえられないためにA1/A2が高くなった。その結果、平面部耐食性II及び加工部耐食性が低下した。
No.13、19、20は、めっき層形成後に水冷されたため、急激に板温が低下した。そのため、十分な熱エネルギーが得られないためにA1/A2が高くなった。その結果、平面部耐食性II及び加工部耐食性が低下した。
No.18は、乾燥板温が低く、かつ、めっき層形成後に水冷されたため、A1/A2が高くなった。その結果、平面部耐食性II及び加工部耐食性が低下した。
No.21は、乾燥板温(PMT)が高く、A1/A3が低くなりすぎた。その結果、耐食性が低下した。
No.22、23は、パンチングメタルを用いずに加熱(昇温)及び空冷を行ったため、A1/A2が大きくなった。その結果、平面部耐食性II及び加工部耐食性が低下した。
No.24は、化成処理被膜に樹脂成分が含まれ、A1/A2も発明範囲外であった。その結果、導電性に劣っていた。
【符号の説明】
【0047】
1 表面処理鋼材
11 鋼材
12 めっき層
13 化成処理被膜
図1
図2
図3