(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-28
(45)【発行日】2024-03-07
(54)【発明の名称】医療用注射器、注射器に適用されるガスケットおよびその製造方法
(51)【国際特許分類】
A61M 5/315 20060101AFI20240229BHJP
【FI】
A61M5/315 512
(21)【出願番号】P 2019236121
(22)【出願日】2019-12-26
【審査請求日】2022-10-21
(73)【特許権者】
【識別番号】000183233
【氏名又は名称】住友ゴム工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002310
【氏名又は名称】弁理士法人あい特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中野 宏昭
【審査官】川島 徹
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/175256(WO,A1)
【文献】特開2016-209081(JP,A)
【文献】特開2018-019910(JP,A)
【文献】特開2017-023459(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61M 5/315
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
弾性材で構成された本体と、この本体の表面にラミネートされたフィルムとを含み、医療用注射器に適用されるガスケットであって、
前記ガスケットは、シリンジの内周面に接する円周面部を有し、
前記円周面部は、当該円周面部を周回する少なくとも1つの円環状溝を有し、
前記円環状溝内には、当該円環状溝の内面に
接触して、当該円環状溝内を充填しており、内面に固着され
ていると共に前記フィルムの表面から突出されて、前記円周面部を周回する少なくとも1つの円環状凸部を構成する環状体が設けられていることを特徴とする、ガスケット。
【請求項2】
前記円環状凸部は、その高さが1μm以上50μm以下であることを特徴とする、請求項1に記載のガスケット。
【請求項3】
前記円環状凸部は、その幅が1μm以上70μm以下であることを特徴とする、請求項1または2に記載のガスケット。
【請求項4】
前記フィルムは、その厚みが20μm以上50μm以下であることを特徴とする、請求項1~3のいずれか一項に記載のガスケット。
【請求項5】
前記円環状溝は、その深さが20μm以上200μm以下であることを特徴とする、請求項1~4のいずれか一項に記載のガスケット。
【請求項6】
医療用注射器であって、
筒状をしたシリンジと、
前記シリンジに組み合わされ、前記シリンジ内を往復移動し得るプランジャと、
前記プランジャの先端に装着された請求項1~5のいずれか一項に記載のガスケットと、
を含むことを特徴とする医療用注射器。
【請求項7】
前記医療用注射器は、前記シリンジ内に予め薬液が充填されたプレフィルド注射器であることを特徴とする、請求項6に記載の医療用注射器。
【請求項8】
医療用注射器に適用されるガスケットの製造方法であって、
ガスケット成型用の金型を準備する工程、
前記金型内にて、表面にフィルムがラミネートされた円周面部を有するガスケットを成型する工程、
金型からガスケットを取り出した後、ガスケットの円周面部の周方向に円環状溝を形成する工程、
形成された前記円環状溝に流動性の素材を充填すると共に、ガスケットの円周面部の周方向に前記流動性の素材を積層する工程、および
前記流動性の素材を固形化して、前記円環状溝の内面に固着されると共に前記フィルムの表面から突出されて円環状凸部を構成する環状体を形成する工程、
を含むことを特徴とする、医療用注射器に適用されるガスケットの製造方法。
【請求項9】
前記ガスケットを成型する工程は、前記フィルムの内表面に加硫前のゴムを重ね合わせて金型内に入れ、加硫成型する工程を含むことを特徴とする、請求項8に記載のガスケットの製造方法。
【請求項10】
前記ガスケットを成型する工程は、前記フィルムの内表面を、ゴムと重ね合わせる前に粗面化する工程を含むことを特徴とする、請求項9に記載のガスケットの製造方法。
【請求項11】
前記円環状溝を形成する工程は、前記ガスケットの円周面部にレーザー光による加工をして、少なくとも前記フィルムを、前記円環状溝の形状に応じて除去する工程を含むことを特徴とする、請求項8に記載のガスケットの製造方法。
【請求項12】
前記流動性の素材はフッ素樹脂を含むことを特徴とする、請求項8に記載のガスケットの製造方法。
【請求項13】
前記流動性の素材は金属ペーストを含むことを特徴とする、請求項8に記載のガスケットの製造方法。
【請求項14】
前記流動性の素材を固形化する工程は、加熱工程を含むことを特徴とする、請求項8、12または13に記載のガスケットの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、医療用注射器、注射器に適用されるガスケットおよびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
医療用注射器としては、ゴム製ガスケットの表面をフィルムで覆ったラミネートガスケットが普及している。ラミネートガスケットによれば、表面をフィルムで覆うことで、加硫ゴムの成分が薬液へ移行するのを防ぎ、しかもゴムよりも良好な摺動性を確保できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
すなわち、加硫ゴムには加硫用の様々な成分が添加されており、このような成分またはその熱分解物は、薬液と接触することで薬液中へと移行することが知られている。そして、一部の薬液に対してこれらの移行物は、薬液の効果や安定性に影響を与えることも知られている。
また、注射器を使用するときに、ガスケットが滑らかに摺動することが求められる。一般に、加硫ゴムからなるガスケットは摺動性が低い。そこで、シリンジの内面にシリコーンオイルを塗布することが一般に行われている。しかし、一部の薬液に対してシリコーンオイルは、薬液の効果や安定性に影響を与えることも知られている。
【0005】
以上のような観点から、医療用注射器においては、ゴム製ガスケットの表面を摺動性の良いフィルムでラミネートしたラミネートガスケットが使用されることが多くなっている。
ところが、ラミネートガスケットにおいて表面にラミネートされるフィルムは弾性を有しておらず、内部の加硫ゴムの弾性を阻害するという課題がある。
【0006】
ガスケットにおける弾性は、シリンジ内に充填された薬液の確実な封止に必須の要件であり、ガスケットの弾性が十分でない場合、シリンジ内の薬液が漏れてしまうという不具合につながる。
とくに、予め薬液が充填された注射器(「プレフィルド注射器」と称される。)においては、長期間に亘って薬液を確実に封止する容器としての性能が要求されることから、薬液の漏れはできるだけ抑制しなければならない。
【0007】
そこで、この課題に対して、発明者らはさらに検討を加えた結果、ガスケットの円周面部にラミネートされたフィルム上に付加的に、微細な円環状凸部を形成することを検討した。
しかしながら、フィルム上に形成した微細な円環状凸部は、ガスケットを繰り返し摺動させるなどの過酷な使用条件下において剥離しやすく、円環状凸部が剥離すると薬液の確実な封止ができなくなって薬液が漏れてしまう場合がある。
【0008】
この発明は、上記背景のもとになされたもので、その目的は、ガスケットを繰り返し摺動させるなどしても高い封止性を維持して薬液の漏れを防止できる医療用注射器とそのためのガスケットおよびその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
この発明に係る医療用注射器に適用されるガスケットは、請求項1~5に記載の内容である。また、この発明に係る医療用注射器は、請求項6、7に記載の内容である。さらに、この発明に係るガスケットの製造方法は、請求項8~14に記載の内容である。
具体的には、次の通りである。
請求項1記載の発明は、弾性材で構成された本体と、この本体の表面にラミネートされたフィルムとを含み、医療用注射器に適用されるガスケットであって、前記ガスケットは、シリンジの内周面に接する円周面部を有し、前記円周面部は、当該円周面部を周回する少なくとも1つの円環状溝を有し、前記円環状溝内には、当該円環状溝の内面に接触して、当該円環状溝内を充填しており、内面に固着されていると共に前記フィルムの表面から突出されて、前記円周面部を周回する少なくとも1つの円環状凸部を構成する環状体が設けられていることを特徴とする、ガスケットである。
【0010】
請求項3記載の発明は、前記円環状凸部は、その幅が1μm以上70μm以下であることを特徴とする、請求項1または2に記載のガスケットである。
請求項4記載の発明は、前記フィルムは、その厚みが20μm以上50μm以下であることを特徴とする、請求項1~3のいずれか一項に記載のガスケットである。
請求項5記載の発明は、前記円環状溝は、その深さが20μm以上200μm以下であることを特徴とする、請求項1~4のいずれか一項に記載のガスケットである。
【0011】
請求項6記載の発明は、医療用注射器であって、筒状をしたシリンジと、前記シリンジに組み合わされ、前記シリンジ内を往復移動し得るプランジャと、前記プランジャの先端に装着された請求項1~5のいずれか一項に記載のガスケットと、を含むことを特徴とする医療用注射器である。
請求項7記載の発明は、前記医療用注射器は、前記シリンジ内に予め薬液が充填されたプレフィルド注射器であることを特徴とする、請求項6に記載の医療用注射器である。
【0012】
請求項8記載の発明は、医療用注射器に適用されるガスケットの製造方法であって、ガスケット成型用の金型を準備する工程、前記金型内にて、表面にフィルムがラミネートされた円周面部を有するガスケットを成型する工程、金型からガスケットを取り出した後、ガスケットの円周面部の周方向に円環状溝を形成する工程、形成された前記円環状溝に流動性の素材を充填すると共に、ガスケットの円周面部の周方向に前記流動性の素材を積層する工程、および前記流動性の素材を固形化して、前記円環状溝の内面に固着されると共に前記フィルムの表面から突出されて円環状凸部を構成する環状体を形成する工程、を含むことを特徴とする、医療用注射器に適用されるガスケットの製造方法である。
【0013】
請求項9記載の発明は、前記ガスケットを成型する工程は、前記フィルムの内表面に加硫前のゴムを重ね合わせて金型内に入れ、加硫成型する工程を含むことを特徴とする、請求項8に記載のガスケットの製造方法である。
請求項10記載の発明は、前記ガスケットを成型する工程は、前記フィルムの内表面を、ゴムと重ね合わせる前に粗面化する工程を含むことを特徴とする、請求項9に記載のガスケットの製造方法である。
【0014】
請求項11記載の発明は、前記円環状溝を形成する工程は、前記ガスケットの円周面部にレーザー光による加工をして、少なくとも前記フィルムを、前記円環状溝の形状に応じて除去する工程を含むことを特徴とする、請求項8に記載のガスケットの製造方法である。
請求項12記載の発明は、前記流動性の素材はフッ素樹脂を含むことを特徴とする、請求項8に記載のガスケットの製造方法である。
【0015】
請求項13記載の発明は、前記流動性の素材は金属ペーストを含むことを特徴とする、請求項8に記載のガスケットの製造方法である。
請求項14記載の発明は、前記流動性の素材を固形化する工程は、加熱工程を含むことを特徴とする、請求項8、12または13に記載のガスケットの製造方法である。
【発明の効果】
【0016】
この発明によれば、ガスケットを繰り返し摺動させるなどしても高い封止性を維持できる医療用注射器のラミネートガスケットを得ることができる。特に、プレフィルド注射器に好適なラミネートガスケットを得ることができる。
また、この発明によれば、長期間薬液と接しても薬液の効果や安定性に影響を与えない上、ガスケットを繰り返し摺動させるなどしても高い封止性を維持して薬液の漏れを防止できる医療用注射器、特にプレフィルド注射器を得ることができる。
【0017】
さらに、この発明によれば、封止性に優れたラミネートガスケットの製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】
図1は、この発明の一実施形態に係る医療用注射器を分解状態で示す図である。
【
図2】
図2は、この発明の一実施形態に係るラミネートガスケットの半分を断面で示す図である。
【
図4】
図4は、
図2のA部分の、製造途中の状態を示す拡大断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下には、図面を参照して、この発明の一実施形態について具体的に説明をする。
図1は、この発明の一実施形態に係る医療用注射器、いわゆるプレフィルド注射器と呼ばれる注射器を分解状態で示す図である。
図1において、シリンジ11およびラミネートガスケット13は、半分が断面で表わされている。
図1を参照して、プレフィルド注射器10は、円筒形状のシリンジ11と、シリンジ11と組み合わされ、シリンジ11内を往復移動し得るプランジャ12と、プランジャ12の先端に装着されるラミネートガスケット13とを含んでいる。ラミネートガスケット13は、弾性材(ゴムまたはエラストマ等)で構成された本体14と、本体14の表面にラミネートされたフィルム15とを含む。ラミネートガスケット13には、シリンジ11の内周面16と気密的・液密的に接する円周面部17が備えられている。
【0020】
プランジャ12は、たとえば横断面が十文字状の樹脂製板片で構成され、その先端部にはラミネートガスケット13が取り付けられるヘッド部18が備えられている。ヘッド部18は、プランジャ12と一体に形成された樹脂製で、雄ねじ形状に加工されている。
ラミネートガスケット13は、短軸の略円柱形状で、その先端面19は、たとえば軸中心部が突出する鈍角の山形形状をしている。そして後端面20から軸方向に彫り込まれた雌ねじ形状の嵌合凹部21が形成されている。プランジャ12のヘッド部18が、ラミネートガスケット13の嵌合凹部21にねじ込まれることにより、プランジャ12の先端にラミネートガスケット13が装着される。
【0021】
なお、シリンジ11に充填される薬液が、シリコーンオイル、もしくは硬化型シリコーンにより影響を受けない場合は、通常用いられるシリコーンオイル、もしくは硬化型シリコーンオイルをシリンジ11の内周面16、もしくはラミネートガスケット13の表面に塗布することで、より高い摺動性を得てもよい。
図2は、
図1に示すラミネートガスケット13だけを拡大して描いた図で、ラミネートガスケット13の半分が断面で示されている。
【0022】
図2を参照して、この実施形態に係るラミネートガスケット13の構成について、より詳細に説明をする。
ラミネートガスケット13は、本体14と、本体14の表面にラミネートされたフィルム15とを含む。本体14は、弾性材で構成されていればよく、その素材に関しては特に限定されるものではない。たとえば、加硫性のゴムや、熱可塑性エラストマで構成することができる。このうち、耐熱性に優れることから、加硫性のゴムや、熱可塑性エラストマのうち加硫点を有する動的加硫型熱可塑性エラストマがより好ましい。これらのポリマー成分も特に限定されるものではなく、強いて言えば、成型性に優れるエチレン-プロピレン-ジエンゴムやブタジエンゴムが好ましい。また、耐ガス透過性に優れるブチルゴム、塩素化ブチルゴム、臭素化ブチルゴムも好ましい。
【0023】
本体14の表面をラミネートするフィルム15は、加硫ゴム(本体14)からの成分の移行を阻止でき、かつ、ゴムよりも摺動性の優れるもの、すなわちゴムより摩擦係数の小さいフィルムであれば、その種類は特に限定されない。一例として、医療用途に実績のある超高分子量ポリエチレンやフッ素系樹脂のフィルムを挙げることができる。このうち、フッ素系樹脂は摺動性に優れ、かつ、表面の化学的な安定性に優れているので好ましい。フッ素系樹脂としては、フッ素を含む樹脂であれば公知のものを使用すればよく、例として、PTFE、変性PTFE、エチレンテトラフルオロエチレン共重合体(ETFE)、パーフルオロアルキルエーテル(PFA)などが挙げられる。PTFEや変性PTFEは、摺動性および化学的な安定性共に優れており好ましい。ETFEは、γ線滅菌への耐性が良く好ましい。本体14との接着性の観点からは、これらの樹脂の混合物、もしくは積層からなるフィルムを用いることもできる。
【0024】
本体14をラミネートするフィルムの内表面側(積層される側)は、接着処理を行っておくことが好ましい。接着処理の方法は特に限定されない。接着処理としては、接着処理によるフィルムの化学的な変化が少なく、かつ接着剤を使用しない方法が好ましく、例えばイオンビーム処理による粗面化が挙げられる。
図3は、
図2の円周面部17における1個の環状体22の拡大部分断面図である。すなわち、
図2のA部分の拡大断面図である。
【0025】
図4は、
図2の円周面部17における1個の環状体22を形成する前の状態を示す拡大部分断面図である。すなわち、
図2のA部分の、製造途中の状態を示す拡大断面図である。
ラミネートガスケット13は、シリンジ11の内周面16に気密的、液密的に接する円周面部17を備えており、その円周面部17の表面に円環状溝23が形成されている。
【0026】
円環状溝23には、その内面24に接触するように環状体22が嵌め合わされると共に当該内面24に環状体22が固着されている。
環状体22は、円周面部17の周方向全体にわたってフィルム15の表面から突出されて、円周面部17に、その周方向に延びる円環状凸部25が構成されている。
円環状溝23、および円環状溝23に嵌め合わされた環状体22によって構成される円環状凸部25は、その名のとおり、円周面部17を周回し、当該円周面部17の周方向にわたってその始点と終点が一致する円環状とされている。その理由は、円周面部17の周方向全体にわたって、円環状凸部25によって、薬液の封止性の面で均一な効果が得られるためである。なお、ラミネートガスケット13の円周面部17を展開して考えた場合、局所的な方向性がなくなることから、円環状溝23および円環状凸部25は、概略直線状となることが好ましい。
【0027】
この実施形態では、1本の円環状溝23および円環状凸部25が設けられた例が示されている。しかし、円環状溝23、円環状凸部25の本数は、1本以上であればよく、ラミネートガスケット13の軸方向に所定の間隔を開けて複数本設けてもよく、特に上限を設ける必要はない。
円環状溝23の深さDとしては、20μm以上200μm以下が好ましく、35μm以上100μm以下がより好ましい。
【0028】
本発明においては、円環状溝23の内面24に固着された環状体22によって円環状凸部25を構成することで、ラミネートガスケット13への円環状凸部25の接合力を高めることができる。そのため、ガスケットを繰り返し摺動させても円環状凸部25を剥離しにくくし、高い封止性を維持して薬液の漏れを防止することができる。
接合力を高めるためには、円環状溝23は深いほど好ましい。一方で、円環状溝23が深すぎるのはラミネートガスケット13へのダメージを少なくする上で好ましくない。あるいは、ラミネートされているフィルム15の厚みT(概略20μm程度)内の深さとすることで、本体14を形成する加硫ゴムが表面に現れない態様とするのも好ましい。
【0029】
円環状溝23の幅W2は、円環状凸部25の幅W1と同程度、もしくはそれより大きいことが好ましいが、円環状凸部25の幅W1より小さくてもよい。
円環状凸部25の高さHとしては、1μm以上50μm以下が好ましく、15μm以上45μm以下がより好ましい。また円環状凸部25の幅W1としては、1μm以上70μm以下が好ましく、15μm以上45μm以下がより好ましい。
【0030】
本発明においては、円環状凸部25の近辺では円環状凸部25のみがシリンジ11の内周面16と接触することで、ラミネートガスケット13とシリンジ11の接触圧力を高めることができる。接触圧を高めるためには、円環状凸部25は小さいほど好ましい。一方で、必要以上の微細成型は工程上好ましくない。
次に、この実施形態に係るラミネートガスケット13の製造方法について説明をする。
【0031】
この実施形態に係るラミネートガスケット13は、以下の製造工程により製造されるのが好ましい。
(1)ガスケット成型用の金型を準備する工程。
(2)金型内にて、表面にフィルム15がラミネートされた円周面部17を有するラミネートガスケット13を成型する工程。
(3)金型からラミネートガスケット13を取り出した後、ラミネートガスケット13の円周面部17の周方向に円環状溝23を形成する工程。
(4)形成された円環状溝23に流動性の素材を充填すると共に、ラミネートガスケット13の円周面部17の周方向に流動性の素材を積層する工程。
(5)前記流動性の素材を固形化することで、前記円環状溝23の内面24に接触するように嵌め合わされて当該内面24に固着されると共に前記フィルム15の表面から突出されて円環状凸部25を構成する環状体22を形成する工程。
【0032】
金型内にて、表面にフィルム15がラミネートされたラミネートガスケット13を成型する工程では、フィルム15の内表面に加硫前のゴムを重ね合わせて金型内に入れ、加硫成型する。
たとえば、加硫剤が混合された加硫前のゴムシート等にフィルム15が重ね合わされ、成型金型により加硫成型されて、所定の形状のラミネートガスケット13に加工される。
【0033】
この場合において、フィルム15のゴムが重ね合わされる内表面は、予め粗面化処理されていることが好ましい。フィルム15の内表面を粗面化処理することにより、接着剤等を使用することなく、加硫成型によってフィルム15とゴムとを強固に固着できるからである。この固着は、加硫されたゴムが粗面化したフィルム15の内表面に入り込んだアンカー効果によるものである。
【0034】
フィルム15の内表面の改質は、たとえばイオンビームを照射することにより、内表面近傍の内部の分子構造を破壊して、粗面化を行う方法を採用することができる(たとえば、特許第4908617号公報参照)。
成型したラミネートガスケット13の円周面部17の周方向に円環状溝23を形成する工程では、円環状溝の形成方法としては公知の方法を用いれば良い。特に限定するものではないが、例えば照射範囲を円環状溝23の幅W2に絞ったレーザー光による加工が好ましい。前述した微細な加工寸法の円環状溝23を容易に加工できるからである。レーザー光としては特に特定しないが、分解効果が大きい短波長側のレーザー光が好ましい。
【0035】
一般に溝形状を、切削やレーザー光によって加工する場合、溝の左右に微小な凸部が形成されることがある。これは、溝部にあった素材が溝の左右に押し出されることにより発生するいわゆるバリである。
本発明において、かかる凸部は不要である。当該凸部の高さが、後加工で環状体22によって構成される円環状凸部25の高さHを超えると、物理的に干渉する場合があり好ましくない。加工によって生じる凸部は、円環状凸部25の高さH未満であることが好ましい。加工によって生じる凸部の高さを抑えるには、高さが円環状凸部25の高さHを超える、目的としていない凸部が生じていないサンプルのみを選択して用いればよい。
【0036】
円環状凸部25を含む環状体22の材料として流動性の素材を用いると長所としては、円環状溝23に充填する場合、および円周面部17の周方向に積層する場合に塗布などの簡便な方法が使用できるためである。塗布(充填および積層)の方法としては公知の方法を用いれば良く、印刷法、スプレー塗布法等が挙げられる。
流動性の素材としては、特に特定されるものではなく、後の固形化工程に耐えられる素材であればよい。フッ素樹脂は固形化後の摩擦係数が小さく、結果としてガスケットのシリンジ内での摺動抵抗が小さくなり好ましい。一例として、フッ素樹脂を含むエマルジョン、もしくは、有機溶剤に懸濁したペーストが挙げられる。フッ素樹脂としては、PTFE、変性PTFE、エチレンテトラフルオロエチレン共重合体(ETFE)、パーフルオロアルキルエーテル(PFA)などが挙げられる。PTFEや変性PTFEは摺動性、化学的な安定性共に特に優れており好ましく、ETFEはγ線滅菌への耐性が良く好ましい。また、金属ペーストは、熱的安定性に優れ、一方固化温度が比較的低く好ましい。
【0037】
塗布された流動性の素材を固形化する工程としては、特に特定されるものではないが、加熱による方法が好ましい。加熱により、円環状溝23の内面24に環状体22が固着されて、シリンジ11内での摺動時に剥がれたりすることがなくなるからである。加熱の方法としては、ラミネートガスケット13と共に加熱炉に投入する方法が挙げられる。
加熱する温度としては、ラミネートガスケット13へのダメージを少なくするように、200℃以下が好ましく、150℃以下がより好ましい。あるいはラミネートガスケット13へのダメージを少なくする方法の一つとして、環状体22のみ加熱する方法が考えられる。特に限定するものではないが、例えば照射範囲を環状体22のみに限定したレーザー光による加熱が挙げられる。レーザー光としては特に特定しないが、加熱効果が大きく、分解効果の小さい長波長側のレーザー光が好ましい。この場合、流動性の素材を所望の円環状凸部25より幅広く塗布した後、レーザー光により部分的に加熱することで所望の部位のみ固形化させ、残余の部分を洗浄によって除去することで、所望の円環状凸部25を得てもよい。
【0038】
別法として、熱可塑性樹脂を加熱し流動性の素材としたうえで充填および積層し、冷却により固形化する方法が挙げられる。
【実施例】
【0039】
[実施例および比較例の仕様]
各種フィルムと未加硫ゴムにて、ガスケット形状に加硫成形した。この時、粗面化済みのフィルムを積層しておくことで、積層したフィルムとゴムの複合体からなるラミネートガスケットを得た。引き続き、ラミネートガスケットの円周面部に円環状溝を形成し、円環状溝に流動性の素材を充填すると共に円周面部に流動性の素材を積層して固形化したもの(実施例)、および円環状溝を形成せずに円周面部に流動性の素材を積層して固形化したもの(比較例)を得た。
実施例、比較例共に、高圧蒸気滅菌機内において121℃1時間を保持することで、洗浄工程とした。
【0040】
[製造方法]
フィルム:PTFEフィルム〔フッ素樹脂、サンゴバン株式会社製のCHEMFILM DF1200]の無着色品、および着色品を使用した。
フィルムの粗面化は、特許第4908617号公報に記載の方法で実施した。粗面化はフィルムの両面に対して実施した。使用したフィルムの厚みは表1に記載した。なお、成型後のフィルム厚みは減少しており、総じて元の厚みの約3分の1に変化していた。
未加硫ゴムシートは、ハロゲン化ブチルゴムを使用した。
架橋剤は、2-ジ-n-ブチルアミノ-4,6-ジメルカプト-s-トリアジン〔三協化成株式会社製、ジスネット(登録商標)DB〕を用いた。
製造条件:加硫温度180℃、加硫時間8分、処理圧力20Mpa
製品形状として、ガスケットの最大径φを6.60mmに成形した。
【0041】
円環状溝の加工は、スペクトロニクス株式会社製の紫外線レーザー加工機を用い、複数回加工を施すことで所望の深さおよび幅の円環状溝を得た。
加工後にデジタルマイクロスコープ〔ライカマイクロシステムズ株式会社製のLeica DVM5000〕を用いて倍率50倍の対物レンズで確認して、円環状溝以外に目的としていない凸部が生じていないサンプルのみを選択して用いた。円環状溝の深さおよび幅は表1に記載した。
円環状溝の充填、円環状凸部の積層および固形化は、上記製品形状を得た後に実施した。
【0042】
[円環状凸部を形成する流動性の素材および充填、積層方法]
流動性の素材としては、下記のいずれかを用いた。
・PTFE:ダイキン工業株式会社製、フッ素樹脂ディスパージョン、ポリフロンPTFE D210-C
・金属ペースト:大研化学工業株式会社製、銀粒子を含む熱硬化タイプの導電性ペースト、CA-6178
いずれもマイクロディスペンサー(兵神装備株式会社製)を用いて、ガスケットを周方向に回転させながら塗布した。吐出量は一定とし、ガスケットの回転速度を変更することで、実施例1~5、比較例1、2を得た。
【0043】
[加熱工程]
流動性の素材を充填し、積層した後、80℃にて1時間予備乾燥を実施した。加熱工程は、下記のいずれかの方法によった。
A.オーブンでの加熱:所定の温度(200℃、もしくは130℃)に設定したオーブン内に1時間設置により実施した。
B.レーザー光による加熱:株式会社アライドレーザー製の多用途マニュアル機を用いた。発信器としてハイブリッドレーザーを用いて、波長1064nmのレーザー光を照射した。加工はスポット径10μmにて実施した。
【0044】
[試験方法]
(円環状凸部の寸法測定)
流動性の素材を固形化後の製品を、レーザーマイクロ顕微鏡(株式会社キーエンス製のVK-X100)を用いて、倍率50倍の対物レンズで表面形状を測定した。円環状凸部の最大高さ部分、および、幅部分を画面より選択し数値を得た。製品上の4箇所を測定し、その算術平均を表した。
【0045】
(円環状凸部の耐久性)
成型後の製品をシリンジに挿入後、シリンジ内を往復10回移動させた。その後、シリンジ内での円環状凸部とシリンジの内周面との接触部を、デジタルマイクロスコープ〔ライカマイクロシステムズ株式会社製のLeica DVM5000〕を用いて倍率50倍の対物レンズで観察した。15個の製品を観察し、円環状凸部が脱落してシリンジの内周面と接触していない製品の個数を記録した。3以下を良好とした。
【0046】
【0047】
[試験結果]
ガスケットの成形後に円環状溝を形成せずに円環状凸部を形成した比較例1、2に比べて、実施例1~5は、いずれも円環状凸部の脱落が顕著に減少しており好ましい結果となった。
【符号の説明】
【0048】
10 プレフィルド注射器
11 シリンジ
12 プランジャ
13 ラミネートガスケット
14 本体
15 フィルム
17 円周面部
22 環状体
23 円環状溝
24 内面
25 円環状凸部