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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-28
(45)【発行日】2024-03-11
(54)【発明の名称】Aβ誘導性損傷抑制又は軽減剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 35/36 20150101AFI20240229BHJP
   A61P 39/00 20060101ALI20240229BHJP
   A61P 39/06 20060101ALI20240229BHJP
   A61P 25/28 20060101ALN20240229BHJP
【FI】
A61K35/36
A61P39/00
A61P39/06
A61P25/28
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2019549471
(86)(22)【出願日】2017-03-06
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2020-04-16
(86)【国際出願番号】 CN2017075747
(87)【国際公開番号】W WO2018161211
(87)【国際公開日】2018-09-13
【審査請求日】2020-03-04
【審判番号】
【審判請求日】2022-02-18
(73)【特許権者】
【識別番号】000231796
【氏名又は名称】日本臓器製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100125427
【弁理士】
【氏名又は名称】藤井 郁郎
(73)【特許権者】
【識別番号】519323562
【氏名又は名称】リュー,ジュン
(72)【発明者】
【氏名】リュー,ジュン
【合議体】
【審判長】冨永 みどり
【審判官】齋藤 恵
【審判官】岡山 太一郎
(56)【参考文献】
【文献】老年期の痴呆症状を呈する患者に対するノイロトロピンの使用経験 パイロットスタディー,薬理と治療,1987年,Vol.15 No.10 ,p. 4235-4251
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 38/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物を含有する、 HIF-1α及び/又はBaxの発現抑制剤。
【請求項2】
炎症組織がウサギの皮膚組織である請求項1に記載のHIF-1α及び/又はBaxの発現抑制剤。
【請求項3】
注射剤である請求項1又は2に記載のHIF-1α及び/又はBaxの発現抑制剤。
【請求項4】
経口剤である請求項1又は2に記載のHIF-1α及び/又はBaxの発現抑制剤。
【請求項5】
HIF-1α及び/又はBaxの発現抑制剤の製造におけるワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物(以下「本抽出物」ということがある。)を含有する、海馬におけるAβ誘導性損傷の抑制又は軽減作用を有する薬剤に関する。
【背景技術】
【0002】
2016 World Alzheimer Report(2016年世界アルツハイマーレポート)によると、平均寿命の延びにより世界の人口は急速に高齢化している。報告によれば、世界中で4700万人が認知症を抱えながら生きており、その数は2050年までに1億3100万人を超えるだろうと予測されている。中国では、認知症患者の数は2030年までに1600万人を超えると予想されている。認知症の有病率が人々の生活の質や経済に対して非常に大きな影響を与えていることは明らかである。
【0003】
アルツハイマー病(AD)は高齢者に最もよくみられる進行性認知症である。その複雑な機序のため、今日まで、ADの管理に有効な抗認知症薬はない。そのうえ、新たな抗認知症薬の発見、開発、および臨床試験には多大な研究費と努力が必要になることが知られている。たとえば、アルツハイマー病治療薬ソラネズマブには何百万ドルも注ぎ込まれたが、最近になって後期試験で失敗に終わっている。したがって、ADに対する安全性プロファイルが確立された現在利用可能な薬で、進行性認知機能障害を食い止める効果が期待できる薬を再評価する必要がある。
【0004】
ノイロトロピン(登録商標;日本臓器製薬株式会社製)(以下「NTP」という)は、本抽出物を有効成分とする薬剤である。NTPは、腰痛、ヘルペス後神経痛、頸肩腕症候群、亜急性脊髄視神経症(スモン)の知覚過敏および線維筋痛といった慢性疼痛の治療に用いられるよく知られた鎮痛剤である。最近の報告によれば、NTP(実験においては、市販の商品ではなく、その有効成分である本抽出物を高濃度で含有する実験用商品であることも多いが、そのような場合においても本願では便宜的にNTPの用語をそのまま使用する。)は、SH-SY5Y細胞におけるBDNFの発現を促進し、NTPの反復経口投与(200 NU/kg/日を3ヵ月間)によって海馬におけるBDNF発現の減少が抑制され、それに伴って、ダウン症候群のモデルであるTs65Dnマウスの空間認知が向上した(非特許文献1)。さらに、Nakajo et al.が示したところでは、NTPの長期投与によって梗塞病変の体積、脳浮腫が減少し、神経障害の程度が低下するとともに、C57BL/6Jマウスの空間学習が向上された(非特許文献2)。NTPの臨床応用のためのパイロット試験で、NTPは認知症の老人患者の臨床症状を改善できることが示された(非特許文献3)。また、Hoshino et al.によれば、NTPはレドックス制御分子、グルタチオンペルオキシダーゼおよびカタラーゼ、ならびに、特にチオレドキシン1の発現を高めることにより、過酸化水素およびタバコ煙に対して細胞保護作用を示した。また、NTPはチオレドキシン1の細胞内含有量を増加させ、細胞からのチオレドキシン1の放出を制御して、細胞内の酸化活性を抑制した(非特許文献4)。しかし、神経細胞損傷に対するNTPの抗酸化作用の可能性はまだ確認されていない。なお、酸化ストレスはADの発症メカニズムにおいて重要な役割を果たす。そこで、我々はADの治療を目的としたNTPの投与に関する証拠を得るために、HT22細胞およびAPP/PS1におけるNTPの抗酸化能を検討した。
【0005】
本願の発明者らが行った研究(以下「本研究」という)では、不死化したマウス海馬神経細胞(HT22細胞)を細胞モデルとして使用して、NTPがAβ25-35により誘導される神経細胞損傷を軽減する潜在的能力を有するかどうかを探索した。報告されている通り、Aβ25-35は全長Aβと同様の神経毒性作用を有する最も短い活性フラグメントである。また、A
β25-35は容易に合成でき、科学研究で広く使用されている。そこで、本研究ではこのフラグメントを選択した。In vivoで、NTP投与後のAPP/PS1マウスの海馬における抗酸化物質の活性およびAβ沈着の変化を調べ、根底にある潜在的機序をさらに検討した。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Fukuda Y, Berry TL, Nelson M, et al. Stimulated neuronal expression of brain-derived neurotrophic factor by Neurotropin. Mol Cell Neurosci 2010; 45:226-233.
【文献】Nakajo Y, Yang D, Takahashi JC, Zhao Q, Kataoka H, Yanamoto H. ERV enhances spatial learning and prevents the development of infarcts, accompanied by upregulated BDNF in the cortex. Brain Res 2015;1610:110-123.
【文献】Kimura H, Nakamura S, Okamoto K, Toyama I, Watanabe M, Ikeuchi K. A pilot study for clinical applications of Neurotropin to senile patients with dementia. Jpn Pharmacol Ther 1987;15: 407-423.
【文献】Hoshino Y, Nakamura T, Sato A, Mishima M, Yodoi J, Nakamura H. Neurotropin demonstrates cytoprotective effects in lung cells through the induction of thioredoxin-1. Am J Resp Cell Mol 2007; 37:438-446.
【発明の概要】
【0007】
一態様において、本発明は、海馬におけるAβ誘導性損傷の抑制または軽減作用を有するワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物を有効成分として含有する薬剤に関する。別の態様において、本発明はまた、海馬におけるAβ誘発性損傷の抑制または軽減剤の製造におけるワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物の使用に関する。好ましい実施形態では、Aβ誘発性損傷は酸化的損傷である。あるいは、Aβ誘発性損傷はAβ沈着によって誘発されるものである。別の好ましい実施形態では、該薬剤の作用は、HIF-1αおよび/またはBaxの発現抑制によるものである。さらに別の好ましい実施形態では、該薬剤はアルツハイマー病の予防、軽減または治療剤である。さらなる実施形態では、炎症組織はウサギの皮膚組織である。さらに別の実施形態では、該薬剤は注射剤または経口剤である。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】CCK8アッセイで細胞生存率の評価を行ってから、様々な濃度のNTPで16時間前処理した後に、HT22細胞を40 μMのAβ25-35とともに24時間インキュベートした。データは対照群に対する相対的な割合として表し、平均値±SEとして示した(n = 6)。##P < 0.01(対照との比較)、*P < 0.05および**P < 0.01(Aβ25-35群との比較)。
図2】(A)対照群。(B)HT22細胞を40 μMのAβ25-35に24時間曝露させた。(C~E)様々な濃度のNTP(0.001、0.01、0.1 UN/mL)で16時間前処理した後、HT22細胞を40 μMのAβ25-35とともに24時間インキュベートした。細胞のアポトーシスをフローサイトメトリーで評価した。(F)細胞のアポトーシス率の統計結果を示す。(G~K)HT22細胞をHoechst 33342およびヨウ化プロピジウム(PI)で染色し、処理後に蛍光顕微鏡下で観察した。写真に示されているように、Aβ25-35により誘導されるアポトーシスは、強い蛍光を発する凝縮した核を特徴とする。NTPはアポトーシス細胞の数を顕著に減少させた。値は対照群に対する相対的な割合として表し、平均値±SEとして示した(n = 6)。##P < 0.01(対照との比較)、*P < 0.05および**P < 0.01(Aβ25-35群との比較)。
図3】(A)対照群。(B)HT22細胞を40 μMのAβ25-35で24時間処理した。(C~E)様々な濃度のNTP(0.001、0.01、0.1 UN/mL)で16時間前処理した後、HT22細胞を40 μMのAβ25-35とともに24時間インキュベートした。細胞をH2DCFDAで20分間染色し、フローサイトメーターを用いて細胞の緑色蛍光を測定した。(F)DCF蛍光強度の統計結果を示す。(G~K)HT22細胞をH2DCFDAで20分間染色し、処理後に蛍光顕微鏡下で細胞の緑色蛍光を検出した。値は平均値±SEとして示した(n = 6)。##P < 0.01(対照との比較)、*P < 0.05および**P < 0.01(Aβ25-35群との比較)。
図4】(A)対照群。(B)HT22細胞を40 μMのAβ25-35で24時間処理した。(C)HT22細胞を0.01 UN/mLのNTPで16時間前処理した後、40 μMのAβ25-35とともに24時間インキュベートした。ミトコンドリア膜電位(MMP、△Ψmt)をJC-1染色により測定した。(D)JC-1赤色/緑色蛍光比の統計結果を示す。(E)上記処理後のHIF-1α、Bcl-2およびBaxのタンパク質発現を示す。結果は、3回以上の独立した実験の平均値±SEとして示した。##P < 0.01(対照との比較)、*P < 0.05および**P < 0.01(Aβ25-35群との比較)。
図5】NTP投与(TG+NTP)、対照(TG)のAPP/PS1トランスジェニックマウスおよび対照の野生型(WT)マウスを示す。NTP投与群のAPP/PS1マウスにはNTP(200 NU/kg/日)を3ヵ月間毎日強制経口投与した。対照(TG)のAPP/PS1トランスジェニックマウスおよび対照の野生型(WT)マウスには生理食塩水(0.9%NaCl)を投与した。(A)スーパーオキシドジスムターゼ(SOD)の活性を示す。(B)カタラーゼ(CAT)の活性を示す。(C)グルタチオン(GSH)の濃度を示す。(D)マロンジアルデヒド(MDA)の濃度を示す。データは各群の海馬の平均値±SEとして示した。#P < 0.05および##P < 0.01(WTマウスとの比較)、*P < 0.05および**P < 0.01(TGマウスとの比較)。
図6】(A)AβプラークをBielschowsky銀染色によって検出した。(B)免疫組織化学的染色を用いたHIF-1αの定量化の結果を示す。(C)HIF-1α、p-ERK1/2、p-JNK1/2、およびp-P38のウエスタンブロットおよび定量解析の結果を示す。結果は、3回以上の独立した実験の平均値±SEとして示した。##P < 0.01(WTマウスとの比較)、*P < 0.05および**P < 0.01(TGマウスとの比較)。
【発明を実施するための形態】
【0009】
材料
本抽出物の基本的な抽出工程については、例えば、以下のような工程が用いられる。
【0010】
(A)ワクシニアウイルスを接種し発痘させたウサギ、マウス等の皮膚組織等を採取し、発痘組織を破砕し、水、フェノール水、生理食塩液またはフェノール加グリセリン水等の抽出溶媒を加えて、数日間抽出処理を行った後、濾過または遠心分離することによって組織片が除かれた粗抽出液(濾液または上清)を得る。
【0011】
(B)(A)で得られた粗抽出液を酸性に調整して加熱し、濾過または遠心分離することにより除蛋白処理する。次いで除蛋白した溶液をアルカリ性に調整して加熱した後に濾過または遠心分離を行い、除蛋白した濾液または上清を得る。
【0012】
(C)(B)で得られた濾液または上清を酸性とし活性炭、カオリン等の吸着剤に吸着させる。
【0013】
(D)(C)で得られた吸着剤に水等の抽出溶媒を加え、アルカリ性に調整し、吸着成分を溶出することによってワクシニアウイルス接種ウサギ炎症皮膚抽出物(本抽出物)を得ることができる。
【0014】
ワクシニアウイルスを接種し炎症組織を得るための動物としては、ウサギ、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、サル、ラット、マウスなどワクシニアウイルスが感染し得る種々の動物を用いることができ、これらのうち、ウサギの炎症皮膚組織が炎症組織として好ましい。ウサギはウサギ目に属するものであればいかなるものでもよい。例としては、アナウサギ、カイウサギ(アナウサギを家畜化したもの)、ノウサギ(ニホンノウサギ)、ナキウサギ、ユキウサギ等が挙げられる。これらのうち、カイウサギが使用するには好適である。日本では過去から飼育され家畜または実験用動物として繁用されている家兎(イエウサギ)と呼ばれるものがあるが、これもカイウサギの別称である。カイウサギには、多数の品種(ブリード)が存在するが、日本白色種やニュージーランド白色種(ニュージーランドホワイト)といった品種が好適に用いられ得る。
【0015】
ワクシニアウイルス(vaccinia virus)は、いかなる株のものであってもよい。例としては、リスター(Lister)株、大連(Dairen)株、池田(Ikeda)株、EM-63株、ニューヨーク市公衆衛生局(New York City Board of Health)株等が挙げられる。
【0016】
なお、本抽出物のより具体的な製造方法は、例えば国際公開WO2016/194816号公報の段落番号[0024]~[0027]、[0031]等に記載されている。
【0017】
25-35は上海生工生物工程技術服務有限公司(中国、上海)が合成した。ウシ胎児血清(FBS)、培地(DMEM)、神経細胞用基礎培地(neurobasal medium)、およびN2サプリメントはGibco(米国、New York)から入手した。Cell counting kit-8(CCK-8)は同仁化学研究所(日本、九州、熊本)から入手した。アポトーシス検出キットはeBioscience(米国、CA、San Diego)から購入した。ROS検出キットおよびJC-1によるミトコンドリア膜電位アッセイキットは碧雲天生物技術研究所(中国、上海)から購入した。Hoechst 33342およびヨウ化プロピジウム(PI)はInvitrogen/Life Technologies(米国、CA、Carlsbad)から入手した。SOD, GSH, MDAおよびCATのキットは建成生物工程研究所(中国、南京)から供給を受けた。p-Erk1/2、p-P38、p-JNK、Erk1/2、P38、JNK、Bcl-2、Baxに対する一次抗体および二次抗体である西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)抱合ヤギ抗ウサギIgGはCell Signaling Technology(米国、MA、Danvers)から入手した。HIF-1αに対する一次抗体はAbcam(米国、MA、Cambridge)から入手し、Aβ1-42に対する一次抗体はSigma-Aldrich(米国、MO、St. Louis)から購入した。化学発光西洋ワサビペルオキシダーゼ基質はMillipore(米国、MA、Billerica)から購入した。その他の通常の実験用品および試薬はすべて、Thermo Fisher、Invitrogen、およびMR Biotechから入手した。
【実施例
【0018】
(1)細胞の培養および分化、並びにAβ25-35の調製および処理
HT22細胞の培養および分化に用いた方法は以前に詳しく報告した(Liu J, Li L, and Suo WZ. HT22 hippocampal neuronal cell line possesses functional cholinergic properties. Life Sci 2009;84:267-271.、Zhao ZY, Luan P, Huang SX, et al. Edaravone protects HT22 neurons from H2O2-induced Apoptosis by Inhibiting the MAPK Signaling Pathway. CNS Neurosci Ther 2013;19:163-169. 参照)。簡単には、10% FBS、100 U/mLペニシリン、および100 ug/mLストレプトマイシンを添加したDMEM培地でHT22細胞を培養し、処理前24時間にわたりN2サプリメントを添加した神経細胞用基礎培地で分化した。Aβ25-35を濃度0.5 mMの滅菌生理食塩水で希釈し、37℃で7日間保存してペプチドをプレエージング(pre-age)した。我々の以前の研究から(Fan S, Zhang B, Luan P, et al. PI3K/AKT/mTOR/p70S6K Pathway is involved in Aβ25-35-induced autophagy. Biomed Res Int 2015;2015:1-9. 参照)、HT22細胞を40 μMのAβ25-35に24時間曝露させるとHT22細胞の生存率は有意に低下する。そこで、その後の研究ではAβ25-35の最適濃度として40
μMを選択した。HT22細胞を規定用量のNTPで16時間前処理し、その後、40 μMのAβ25-35による24時間の処理を行うものと行わないものを用意した。
【0019】
(2)細胞毒性アッセイ
CCK-8アッセイを適用してHT22細胞の生存率を評価した。簡単には、それぞれの処理の後で、10 μL/wellのCCK-8試薬を細胞に添加し、その後、HT22細胞を暗条件下で37℃、CO2濃度5%で1.5時間インキュベートした。試料の吸光度を多機能マイクロプレートリーダー(SpectraMax M5、米国)により450 nmで測定した。
【0020】
(3)フローサイトメトリー(FCM)によるアポトーシスアッセイ
以前に報告した通り(Zhao ZY, Luan P, Huang SX, et al. Edaravone protects HT22 neurons from H2O2-induced Apoptosis by Inhibiting the MAPK Signaling Pathway. CNS Neurosci Ther 2013;19:163-169. 参照)、アネキシンV-FITCおよびPIアポトーシス検出キットを用いたフローサイトメトリー解析によりHT22細胞のアポトーシス細胞死を測定した。簡単には、HT22細胞をリン酸緩衝食塩液(PBS)で2回洗浄し、NTPの存在下または非存在下でAβ25-35に24時間曝露させた後、結合緩衝液中でアネキシンV-FITCおよびPIとともにインキュベートした。細胞懸濁液を用いてフローサイトメーター(FACSCalibur; BD、Franklin Lakes、NJ)によるフローサイトメトリー解析を行った。1試料あたり10000個の細胞を測定した。フローサイトメトリー解析と並行して、形態学的評価のためにHoechst 33342およびPIでの染色を行った。HT22細胞を4%パラホルムアルデヒドで10分間固定した。PBSで3回すすいだ後、細胞を5 mg/LのHoechst 33342と1 mg/LのPIで染色した。細胞を蛍光顕微鏡(BX51WI、Olympus、米国)下で観察した。
【0021】
(4)細胞内ROS産生の測定
以前に報告した通り(Bao FX, Shi HY, Qi L, et al. Mitochondrial Membrane Potential-dependent Endoplasmic Reticulum Fragmentation is an Important Step in Neuritic Degeneration. CNS Neurosci Ther 2016; 22:648-660.参照)、酸化感受性蛍光プローブ(DCFH-DA)により細胞内ROSを測定した。簡単には、HT22細胞をNTPで16時間前処理した後、40 μMのAβ25-35に24時間曝露させた。処理後に、ピペッティングにより細胞を回収し、PBSで2回洗浄し、10 μMのDCFH-DAとともに37℃で20分間インキュベートした。FACSCaliburフローサイトメーターを使用して、1試料あたり10000個の細胞を検出した。陽性細胞における蛍光強度の幾何平均がROSの濃度を表す。また、蛍光顕微鏡下でもDCF蛍光強度を観察した。
【0022】
(5)ミトコンドリア膜電位(MMP、△Ψmt)の評価
JC-1によるミトコンドリア膜電位アッセイキットを用いて、製造者の指示に従ってMMPを推定した。処理後に、細胞をPBSで2回洗浄し、次に、5 μl/mLのJC-1により37℃で20分間染色した。JC-1染色緩衝液で2回すすいだ後、細胞懸濁液を回収し、フローサイトメーターを用いてMMPをモニターした。各試料について約10,000個の細胞をフローサイトメトリー解析に使用した。
【0023】
(6)動物および薬物投与
6ヵ月齢の雄のAPP/PS1トランスジェニックマウスをJackson Laboratory(ME、米国)から入手し、餌および水を自由に摂取させた。本研究に使用したマウスはすべて、中山大学の動物実験委員会による承認を得たプロトコールに従って取り扱った。本研究の被験動物は、6ヵ月齢のAPP/PS1トランスジェニックマウス(TG、n=16)および野生型の同腹仔(WT、n=8)とした。NTP投与(TG+NTP)および対照(TG)のAPP/PS1トランスジェニックマウスならびに対照の野生型(WT)マウスの3群に動物を無作為に編成した。NTP投与群のマウスには、NTP(200 NU/kg/日)を3ヵ月間毎日強制経口投与した。残りのマウスにはプラセボ対照として生理食塩水(0.9% NaCl)を投与した。
【0024】
(7)SOD、MDA、GSHおよびCATの測定
スーパーオキシドジスムターゼ(SOD)、グルタチオン(GSH)およびカタラーゼ(CAT)の活性、ならびにマロンジアルデヒド(MDA)の含有量を、市販のキットを用いて、製造者の指示に従って測定した。海馬の組織を0.9%冷NaCl(9 mL)中で超音波処理によりホモジナイズし、4000 gで10分間、4℃で遠心分離し、上清を回収して、その後の解析のため80℃で保存した。上清中のタンパクレベルは、マイクロBCAタンパク質アッセイキットを用いて測定した。
【0025】
(8)Bielschowsky銀染色および免疫組織化学的染色
以前に発表された方法を用いて(Schwab C, Steele JC, McGeer PL. Dystrophic neurites are associated with the majority of early stage extracellular neurofibrillary tangles in parkinsonism dementia complex of Guam. Acta Neuropathol 1997;94:486-492.、Schwab C, Hosokawa M, Mcgeer PL. Transgenic mice overexpressing amyloid beta protein are an incomplete model of alzheimer disease. Exp Neurol 2004;188:52-64. 参照)、固定切片のBielschowsky銀染色を行った。免疫組織化学染色については、製造者の指示に従い、ペルオキシダーゼ標識用にDABキットでマウスの脳切片を染色した。蛍光顕微鏡から画像を取得した。免疫組織化学染色で使用した一次抗体はマウス抗HIF-1α抗体(1:800;Abcam、MA、米国)である。Image Jソフトウェアを用いて老人斑およびHIF-1α陽性細胞の表面積を測定し、歯状回の割合として比較した。
【0026】
(9)ウエスタンブロット解析
処理後に、プロテアーゼ阻害剤カクテル溶液を添加した適切な量の沸騰させた変性用細胞溶解緩衝液(1% SDS、1 mM オルトバナジン酸ナトリウム、10 mM Tris-Cl、pH 7.4)でHT22細胞を溶解させた。マウスの海馬の試料タンパク質を迅速な免疫沈降アッセイ緩衝液(50 mM Tris[pH 7.4]、150 mM NaCl、1% Triton X-100、1%デオキシコール酸ナトリウム、0.1%ドデシル硫酸ナトリウム[SDS])中で抽出した。以前に報告した手順により 、ウエスタンブロット法および半定量解析を行った。使用した一次抗体と希釈率は以下の通りである:HIF-1α、1:2000;Bcl-2、1:1000;Bax、1:1000;Aβ1-42、1:1000;p-JNK、1:500;p-P38、1:500;p-ERK1/2、1:500;JNK、1:1000;P38、1:500;ERK1/2、1:2000;β-アクチン、1:1000。
【0027】
(10)統計解析
データはすべて平均値±SEとして表し、すべての統計解析をSPSS 16.0ソフトウェア(SPSS Inc.、米国、IL、Chicago)を用いて行った。群間分散の解析には事後検定を伴う一元配置分散分析(ANOVA)を使用し、群間差はStudentのt検定を用いて比較した。P < 0.05で統計的に有意な差とみなした。
【0028】
(11)結果
(i) NTPによるIn Vitroでの神経保護
図1に示すように、0.001~0.1 UN/mLの様々な濃度のNTPによる前処理によって、Aβ25-35により誘導される細胞毒性が抑制された(P < 0.05)。細胞のアポトーシスのフローサイトメトリー解析の結果、0.001~0.1 UN/mLのNTPを投与すると、Aβ25-35によって引き起こされる細胞のアポトーシスを有意に抑制できることが示された(P < 0.05)(図2A~F)。Hoechst 33342およびPI染色における蛍光顕微鏡でも同様の効果が認められた(図2G~K)。次に、NTPがROSレベルを低減するかどうかを調べた。NTPによる処理によってDCF蛍光強度の幾何平均が低下した。この効果は0.001 UN/mLと0.01 UN/mLの濃度では顕著に有意であったが、0.1 UN/mLの用量ではROS産生に有意差は認められなかったことから、高濃度のNTPは細胞内ROS産生の抑制に関して効果がない可能性が示唆された(図3A~F)。蛍光顕微鏡によるROSレベルの観察結果は、フローサイトメトリーで得られた結果と一致していた(図3G~K)。また、JC-1染色の結果、Aβ25-35群と比べて、0.01 NU/mL NTPによりミトコンドリア膜電位が減衰することが明らかとなった(図4A~D)。
【0029】
(ii)In VitroでのNTPによるHIF-1αおよびアポトーシス関連分子の制御
次に、HT22細胞におけるAβ25-35に対するNTPの神経保護能の機序をさらに探索するため、HIF-1α、Bcl-2およびBaxのタンパク質発現を測定した。図4Eに示すように、ウエスタンブロット解析の結果、NTPはBcl-2の発現を有意に増強することが明らかになった。Bcl-2の誘導とは異なって、NTPはHIF-1αおよびBaxの発現を抑制した(P < 0.01)。
【0030】
(iii) In VivoでのNTPによる抗酸化作用
NTPを投与したAPP/PS1マウスの海馬における酸化ストレスマーカーを評価した。対照APP/PS1マウス群と比較して、NTPを投与したAPP/PS1マウスの海馬では、NTPの投与によってスーパーオキシドジスムターゼ(SOD)、カタラーゼ(CAT)、グルタチオン(GSH)のレベルが上昇し(それぞれP < 0.01、P < 0.05、P< 0.05)、マロンジアルデヒド(MDA)のレベルが減少した(P < 0.01)(Figure 5)。このことから、NTPは抗酸化系のバランスを制御する能力を示すことが示唆された。
【0031】
(iv) In Vivoでの海馬におけるAβ沈着のNTPによる抑制
APP/PS1マウスの海馬におけるAβ沈着に対するNTP投与の潜在的効果を調べるため、対照の野生型マウス、対照およびNTP投与のAPP/PS1マウスの海馬の冠状切片をBielschowsky銀染色を用いて確認し、Aβタンパクレベルの測定のため海馬組織を回収した。定量化解析の結果、NTP投与群ではAPP/PS1マウス群と比べてAβプラーク沈着物の表面積が有意に減少していた(図6A)(P < 0.01)。この結果と一致するように、NTP投与群の海馬ではAβ1-42タンパクレベルの低下が認められた(図6C)。
【0032】
(v)In VivoでのNTPによるHIF-1αおよびMAPKファミリー活性化の抑制
NTPの神経保護作用の根底にある機序をさらに検討するため、まず、免疫組織化学的染色およびウエスタンブロットにより海馬におけるHIF-1αの発現を検出した。その結果、NTPを投与したマウスではHIF-1αの発現が抑制されることが示された(図6B)(P < 0.05)。また、図6Cに示すように、ウエスタンブロット解析を使用してマイトジェン活性化プロテインキナーゼ(MAPK)経路の活性化も調べた。野生型群と比べて、APP/PS1マウスではERK1/2、JNK、およびP38のリン酸化が促進された。しかし、NTPの投与によってp-ERK1/2、p-JNKおよびp-P38の発現は顕著に減少した(P < 0.01)。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明者が行ったin vitro実験の結果から、Aβ25-35により誘導される酸化的損傷および細胞死に対するNTPによる保護の直接的な証拠が得られた。HT22細胞では、ROSレベルおよびHIF-1αは有意に減少した。同時に、ミトコンドリア膜電位は上昇した。実際、ミトコンドリアの機能はADの病態発生で極めて重要な役割を果たすと認識されている。ミトコンドリアの膜損傷が蓄積することにより、細胞およびADマウスモデルにおけるROS産生の増加を助ける可能性がある。ミトコンドリア機能不全は3ヵ月という早い時点で始まることが示されている。特に、Chen et al.により、酸化およびニトロ化(nitrative)ストレスによって誘導されるミトコンドリア損傷によって、チトクロムcの放出を介してカスパーゼカスケードを作動させる可能性があり、海馬における細胞アポトーシスにつながることが示されている。In vivo試験の結果、NTPは抗酸化物質の活性を増強し、また、Aβの沈着形成を減少して保護作用を発揮することが示された。NTPの機序のさらなる研究のため、本発明者はHIF-1αの発現およびストレス関連のマイトジェン活性化プロテインキナーゼ(MAPK)シグナルについて検討した。MAPKは、セリン/スレオニンプロテインキナーゼのファミリーであり、細胞の増殖、分化、および細胞死の調節における重要なシグナル伝達経路である。Aβにより誘導される酸化ストレスはこれらの細胞シグナル伝達経路を変化させ、細胞におけるリン酸化反応を誘導する可能性がある。JNKおよびP38の活性化のアップレギュレーションはAD脳に関与するとされ、Aβ蓄積に応答してMAPKシグナル伝達
経路が活性化される可能性がある。Guo et al.によれば、神経芽細胞腫細胞において、MAPKシグナルはアニソマイシンによって活性化され、細胞内Aβ産生を誘導し得る。したがって、MAPKカスケードの調節不全は、ADにおけるAβと酸化ストレスの間の病理学的関連性をさらに裏付けるものである。本研究では、APP/PS1マウスにおいてERK1/2、JNK、およびP38の活性化亢進が認められた。しかし、NTPを投与したAPP/PS1マウスではMAPKの活性化が低下したことから、NTPによってリン酸化反応が抑制されることが示された。
以上を総括すると、本研究の結果では、Aβ25-35が、ROSレベルのアップレギュレーション、ミトコンドリア膜電位のダウンレギュレーションおよび細胞アポトーシスの亢進を含め、海馬の神経細胞損傷を誘導し得ることを示した。一方、NTPを投与することにより、HT22細胞においてAβ25-35により媒介された損傷を回復させた。また、NTPはAPP/PS1マウスの海馬におけるAβプラークの沈着を改善させ、抗酸化物質の活性を改変した。NTPの神経保護能はHIF-1αおよびMAPKシグナル伝達経路の抑制に関連する可能性が高い。つまり、NTPはラジカルスカベンジャーとしての役割を果たし、将来、ADの予防および治療に適用される可能性がある。
図1
図2
図3
図4
図5
図6