(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-28
(45)【発行日】2024-03-07
(54)【発明の名称】成形用モールド
(51)【国際特許分類】
B29C 59/02 20060101AFI20240229BHJP
B29C 33/42 20060101ALI20240229BHJP
B29C 33/38 20060101ALI20240229BHJP
【FI】
B29C59/02 B
B29C33/42
B29C33/38
(21)【出願番号】P 2020167971
(22)【出願日】2020-10-02
【審査請求日】2022-12-20
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 ・ウェブサイトへの掲載 掲載日:2019年10月21日 ウェブサイトのアドレス:http://imnc.JP/2019 ・集会において発表 発表日:2019年10月30日 集会名:第32回マイクロプロセス・ナノテクノロジー国際会議 ・刊行物において発表 発行者名:精密工学会東北支部 刊行物名:2019年度 精密工学会東北支部「学術講演会」講演論文集(USBメモリー)講演番号B01 発行年月日:2019年11月9日 ・集会において発表 発表日:2019年11月9日 集会名:2019年度 精密工学会東北支部「学術講演会」 ・刊行物において発表 発行者名:微細加工ナノプラットフォームコンソーシアム 刊行物名:第36回「センサ・マイクロマシンと応用システム」シンポジウム講演論文集(ダウンロード):講演番号S-072 ダウンロード元のアドレス: http://www.sensorsymposium.org/dl/dl.html 発行年月日:2019年11月12日 ・集会において発表 発表日:2019年11月21日 集会名:第36回「センサ・マイクロマシンと応用システム」シンポジウム ・刊行物において発表 発行者名:一般社団法人表面技術協会 刊行物名:一般社団法人表面技術協会第141回講演大会講演論文集(CD):講演番号03C05 発行年月日:2020年2月20日 ・集会において発表 発表日:2020年3月3日 集会名:一般社団法人表面技術協会第141回講演大会 ・刊行物において発表 発行者名:山形県工業技術センター 刊行物名:山形県工業技術センター第83回研究・成果発表会講演要旨集(第19頁) 発行年月日:2020年7月10日 ・集会において発表 発表日:2020年7月10日 集会名:山形県工業技術センター第83回研究・成果発表会 ・刊行物において発表 発行者名:応用物理学会 刊行物名:Japanes Journal of Applied Physics(Special Issue) 巻数、号数等:第59巻、特集号、第SIIJ02-1~SIIJ02-7頁 発行年月日:2020年3月6日
(73)【特許権者】
【識別番号】593022021
【氏名又は名称】山形県
(74)【代理人】
【識別番号】100146732
【氏名又は名称】横島 重信
(72)【発明者】
【氏名】矢作 徹
(72)【発明者】
【氏名】渡部 善幸
(72)【発明者】
【氏名】岩松 新之輔
(72)【発明者】
【氏名】村上 穣
(72)【発明者】
【氏名】村山 裕紀
(72)【発明者】
【氏名】峯田 貴
【審査官】北澤 健一
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-216630(JP,A)
【文献】特開平08-252830(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B29C 59/00-59/18
B29C 33/00-33/76
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基体表面に、相対する一対の側壁によって区画され、当該表面側が解放された一次溝が形成された成形用モールドであって、
当該側壁の少なくとも一方の面には、当該一次溝の延伸方向と平行な成分を有して延伸する二次溝が形成されており、
当該二次溝の基体表面側の側面と上記一次溝の側壁が交差して当該二次溝内に形成する角度が直角未満の角度であると共に、当該二次溝を区画する側面が金属によって形成されていることを特徴とする成形用モールド。
【請求項2】
上記一次溝の側壁の少なくとも一部分は、金属層と、当該金属層とは異なる物質で構成される第二層をそれぞれ1層以上含む積層体の端面で構成されており、
当該金属層の端面が当該第二層の端面から突出することによって上記二次溝が形成されることを特徴とする請求項1に記載の成形用モールド。
【請求項3】
上記一次溝の側壁を構成する積層体は、上記一次溝の延伸方向と垂直な面内において、当該積層体の積層方向が、一次溝の側壁よりも大きな傾きを有していることを特徴とする請求項2に記載の成形用モールド。
【請求項4】
上記第二層は、所定のエッチング液中における溶出速度が上記金属層よりも大きいことを特徴とする請求項2又は請求項3に記載の成形用モールド。
【請求項5】
上記第二層は、上記金属層を構成する金属とは異なる金属で構成されることを特徴とする請求項
2~請求項4のいずれかに記載の成形用モールド。
【請求項6】
上記一次溝を区画する一対の側壁は、基体の表面側で一次溝の幅が拡大するように配置されることを特徴とする請求項1~請求項5のいずれかに記載の成形用モールド。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インプリント成形等の手段で微細な立体構造を樹脂等に転写して成形体を得る際に使用される成形用のモールド(鋳型)に係るものである。
【背景技術】
【0002】
基体表面に特定の微細な立体形状を付与することにより、当該表面に所望の特性を付与する技術が知られている。例えば、特定の波長の光に対して回折格子として機能する形状を付与したり、入射光を拡散させるための表面を形成するために、基体表面に特定の立体形状が付与される。また、微細な立体形状を形成することでその表面の表面積が拡大したり、液相が有する表面張力を利用して撥水性を付与する等の目的で、気相や液相と接する基体の表面に微細な立体形状を付与することが行われている。
【0003】
上記のように基体表面に特定の立体形状を付与するための手段として、従来の機械的な加工の他に、特に寸法精度に優れた微細な加工を行う手段として、いわゆるMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)による加工が知られている。MEMSにおいては、スパッタリングやCVD等によって基体表面に所定の組成を有する層を形成し、またドライエッチングやウエットエッチングによって基体表面の所望の箇所を除去する等によって、基体表面において所望の材質を所定の箇所に配置しつつ、所望の表面形状を形成することが可能である。
【0004】
一方、MEMS等による微細加工では、特定の形状等を形成するために複数の工程が必要となるためにコストの増加が避けられない。このため、特に所定の表面形状の形成のみに着目し、当該表面形状を有する物品を安価に製造しようとする際には、MEMS等により成形され、所望の表面形状を有する表面をモールド(鋳型)として使用し、当該モールドの表面に樹脂等を押し付ける等によってモールドの表面形状を転写することによって、当該表面形状を有する物品を安価に成形する技術が、「インプリント」(或いは、ナノインプリント)等の名称で広く用いられている。
【0005】
例えば、特許文献1に示されるように、各種の手段によって所定の凹凸構造を形成した基体表面をモールドとして、当該モールド表面に流動性を有する状態の紫外線硬化樹脂や熱可塑性樹脂等を隙間無く押し当てる等により密着させた後に、当該樹脂等を適宜の手段で硬化させ、次に当該硬化した樹脂等をモールド表面から剥離して離型することにより所望の表面形状を有する成形体を得ることができる。
【0006】
上記のようにモールドの表面形状を転写して成形する際には、モールド表面の形状を転写してなる成形体をモールド表面から良好に離型する必要性に起因して、一般にモールド表面が有する形状についての制限が存在する。つまり、モールド表面の凹凸構造を転写した状態で硬化して、対応する凹凸構造を有する成形体の表面形状を維持しながらモールド表面から離型するためには、モールド表面の各部分から剥離した成形体の凹凸部が、モールド表面の凹凸部の隙間を良好に通過する必要があり、モールド表面はこれを実現可能とする条件を満たす形状を有することが必要となる。
【0007】
上記特許文献1に記載されるように、矩形のトレンチ構造(溝)が形成されたモールド表面であれば、当該トレンチの側壁が相互に平行であるために、当該形状が転写された樹脂をトレンチの側壁と平行な方向を離型方向として、硬化した樹脂を当該離型方向に引き抜くように剥離することにより、樹脂表面の微視的な凹凸を損なうことなく離型を行うことが可能である。また、モールド表面に設けられたトレンチの側壁間の間隔が、上方で広がるような形状であれば、離型方向の自由度が向上するためにより円滑に離型を行うことが可能となる。
【0008】
一方で、モールド表面に設けられたトレンチ内部に、モールド表面を上方から見た際に見通せない空間を有する形状の場合には、インプリント法等において硬化した樹脂等をモールド表面から離型することが困難となる。例えば、モールド表面に設けられたトレンチ溝の側壁間の間隔が下方に広がるような形状である場合には、樹脂を離型する際に樹脂の一部が変形等する必要を生じる。そして、当該変形等によっても離型ができない場合には、成形された樹脂やモールド表面が破損する等の問題を生じる。
【0009】
本発明者らは、主にMEMSを使用した手法によって、従来はインプリント法等による転写が困難と考えられていた各種の形状について、これを可能とする成形用モールドの研究開発を行っている(非特許文献1を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開2014-209509号公報
【文献】特開平8-54503号公報
【文献】特開2009-101671号公報
【非特許文献】
【0011】
【文献】表面技術協会第139回講演大会要旨集、「MEMSプロセスを用いた斜め多段フィン構造の形成と構造転写の検討」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上記のように、インプリント法等によってモールド表面の形状を樹脂等に転写する際には、当該モールドの表面形状が離型に適したものであることが必要とされ、一般には、モールド表面に設けられたトレンチ等の内部に、モールド表面を上方から見た際に見通せない空間を設けることは困難である。
一方、所定の光学的特性等を有する表面形態とするために、モールド表面に設けられたトレンチの側壁面に対して、更に二次的な構造等を敷設することが求められる。
【0013】
例えば、特許文献2には、反射光を拡散させて透過光と分離する透明膜を形成する目的で、基体表面に平行に設けられた多数の三角柱プリズムを一次構造として、当該プリズムの一方の斜面に対して、当該プリズムの稜線と平行な線条群により微細な凹凸形状(二次構造)を付与した表面をインプリント法によって形成する技術が記載されている。当該技術においては、一次構造が三角柱プリズムであって離型方向の自由度が高いこと、及び、上記二次構造を付与した表面と対向する表面が平滑である等により、インプリント成形の際に樹脂をモールド表面と斜め方向に引き抜くことでプリズム表面に設けた二次構造を転写しながら離型することが可能である。
【0014】
また、特許文献3には、複製が困難なホログラムシールを形成する目的で、基体から突出した突起の側面に、更に二次構造としての垂直凹凸パターンを有することで全体として樹状形状の突起を有するモールド表面を用いて、これをインプリント成形によって転写する技術が記載されている。当該技術においては、当該二次構造を含む樹状形状の全部を転写することが困難であるため、斜め方向への離型をすることで硬化した樹脂の一部を破壊しながら離型して、当該樹状形状の一側面のみを樹脂に転写することが行われている。
【0015】
上記のように、基体表面に一次構造としてモールド表面に設けられるトレンチ構造に対して、当該トレンチの側壁面に二次的な構造を設けることが求められる一方で、従来は当該二次的構造を含む表面をインプリント法等によって転写することは必ずしも容易でない。特に、一次構造としてのトレンチを構成する側壁面に二次的なトレンチ構造を有するような形状をインプリント法等によって転写することは困難とされていた。
【0016】
本発明は、上記のような事情に鑑みてなされたものであり、特にモールド表面に一次的に設けられた溝の側面内に、更に二次的な凹凸構造を有する形状であっても、インプリント等による成形後の離型をより容易にする成形用モールドを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記課題を解決するために、本発明に係る成形用モールドは、基体表面に、相対する一対の側壁によって区画され、当該表面側が解放された一次溝が形成された成形用モールドであって、当該側壁の少なくとも一方の面には、当該一次溝の延伸方向と平行な成分を有して延伸する二次溝が形成されており、当該二次溝の基体表面側の側面と上記一次溝の側壁が交差して当該二次溝内に形成する角度が直角未満の角度であると共に、当該二次溝を区画する側面が金属によって形成されていることを特徴とする。当該特徴を有することによって、一次的に設けられた溝の側面内に二次的な凹凸構造を有する形状であっても、インプリント等による成形後の離型をより容易にすることができる。
【0018】
また、本発明は、上記一次溝の側壁の少なくとも一部分が、金属層と、当該金属層とは異なる物質で構成される第二層をそれぞれ1層以上含む積層体の端面で構成されており、当該金属層の端面が当該第二層の端面から突出することによって上記二次溝が形成されることを特徴とする成形用モールドに係るものである。更に、上記一次溝の側壁を構成する積層体は、上記一次溝の延伸方向と垂直な面内において、当該積層体の積層方向が、一次溝の側壁よりも大きな傾きを有していることを特徴とする成形用モールドに係るものである。
【0019】
更に、本発明は、上記第二層が所定のエッチング液中における溶出速度が上記金属層よりも大きいことを特徴とする成形用モールドに係るものである。当該構造を有する成形用モールドとすることにより、本発明に係る成形用モールドを効率的に製造することが可能となる。
【0020】
また、本発明は、上記第二層が上記金属層を構成する金属とは異なる金属で構成されることを特徴とする成形用モールドに係るものである。更に、上記一次溝を区画する一対の側壁は、基体の表面側で一次溝の幅が拡大するように配置されることを特徴とする成形用モールドに係るものである。当該特徴を有することにより、本発明に係る成形用モールドを用いて成形された成形体をより容易にモールドから離型することが可能となる。
【発明の効果】
【0021】
より複雑な表面形状をインプリント法等により転写可能な成形用モールドが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】本発明に係る成形用モールドの形状を説明するための図である。
【
図2】本発明に係る成形用モールドを説明するための図である。
【
図3】本発明に係るモールドの作成方法の一例を示す図である。
【
図4】比較例1に係るモールドの作成方法を示す図である。
【
図5】比較例1に係るモールドの微細構造を示すSEM像である。
【
図6】比較例2に係るモールドの微細構造を示すSEM像である。
【
図7】本発明に係るモールドの微細構造を示すSEM像である。
【
図8】本発明に係るモールドを用いてインプリント成形を行った後の、モールド表面と転写面の状態を示すSEM像である。
【
図9】比較例1に係るモールドを用いてインプリント成形を行った後の、モールド表面と転写面の状態を示すSEM像である。
【
図10】比較例2に係るモールドを用いてインプリント成形を行った後の、モールド表面と転写面の状態を示すSEM像である。
【
図11】本発明に係るモールドを用いてインプリント成形を繰り返した際の、モールド表面と転写面の状態を示すSEM像である。
【
図12】本発明に係るモールドを用いてインプリント成形して得られた転写面の反射特性を示す図である。
【
図13】基体表面のトレンチ溝の微細構造と、インプリント成形時の離型について説明するための模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
上記で説明したように、インプリント成形により形成される表面に各種の光学的な特性を付与したり、より大きな表面積を有する表面を形成するためには、モールド表面にトレンチ状の溝を設けることに加えて、例えば、特許文献2,3に記載されるように、当該トレンチ状の溝の側面に更に二次的な凹凸構造を付与することが望まれる。しかしながら、例えば、モールド表面の突起の側面に二次的な凹凸構造が存在する場合には、一般には当該二次的な凹凸構造が離型の際の障害となって、必ずしも良好なインプリント成形等を行うことができないという問題を生じる。
【0024】
図13には、各種の断面形状を有するトレンチ溝について、当該トレンチ溝を用いてインプリント成形を行った際の離型方向等についての模式図を示す。なお、以下の説明においては、
図13における上下方向を基準として、トレンチ溝等についての方向性を説明する場合がある。また、インプリント成形等によって成形される樹脂等を成形体と称する場合がある。
【0025】
図13(a)は、特許文献1に記載される形状と同様に、基体表面に対して略垂直方向に設けられた単純な形状のトレンチ溝の断面を示す模式図である。
図13(a)に示すような単純なトレンチ溝を有するモールド表面をインプリント成形によって転写する場合には、当該トレンチ溝を構成する1対の側壁に挟まれた方向を離型方向として、成形体を当該方向に剥離するための応力を加えることで、当該応力が成形体をトレンチ溝から引き抜くための引っ張り応力として作用し、離型することが可能である。
【0026】
一方、
図13(b)に示すように、当該トレンチ溝の側壁面に二次構造としての凹凸構造を設けた場合、上記トレンチ溝の深さ方向を離型方向として加えられた応力は、必ずしも側壁面の凹凸構造内の成形体を引き抜くための応力として作用せず、この結果として良好なインプリント成形が困難になるものと考えられる。
なお、本発明においては、基体の表面に向けて解放面を有するトレンチ溝等を「一次溝」と称し、当該一次溝を構成する側壁に設けられたトレンチ溝等の凹凸構造を「二次溝」と称することがある。
【0027】
(1)本発明に係る成形用モールドについて
図1には、本発明に係る成形用モールドについての模式図を示す。本発明に係る成形用モールドは、
図1に示すように、トレンチ溝等の一次溝2の側壁面3に、当該一次溝の延伸方向と平行方向の成分を有して延伸する二次溝4が形成されたものであって、特に、当該二次溝の基体表面側の側面5と一次溝の側壁3に着目した際に、当該二次溝の基体表面側の側面5と一次溝の側壁3が二次溝4内に形成する角度が直角未満の鋭角になるように交差することを第一の特徴とするものである。
なお、本明細書において、上記一次溝の延伸方向とは、一次溝2が伸びる方向であって、一次溝と垂直な断面の法線によって定義付けられる方向をいうものとする。この結果、直線状の一次溝の延伸方向は一定である一方で、直線状の一次溝の延伸方向は当該一次溝の位置に応じて順次変化するものである。また、
図1では、一次溝2の両側の側壁面3に二次溝4を形成した状態を示すが、本発明はこれに限定されず、本発明に係るモールドによって成形される成形体の用途等に応じて、一方の側面のみに二次溝4を形成することができる。また、必ずしも二次溝4が一次溝の側壁面3の全面に形成される必要は無く、一次溝の側壁3の一部に二次溝4を形成することができる。
【0028】
図2には、インプリント成形により成形された成形体をモールドから離型する際に、二次溝の基体表面側の側面と一次溝の側壁が交差する位置において、当該成形体に生じると予想される応力状態について示す。
図2(b)は、例えば上記
図13(b)に示すような形態であり、一次溝の側壁3において基板面と略平行に二次構造としての側壁溝(二次溝4)を設けた場合に対応するものである。モールド表面における一次溝では、成形体の離型を容易にする等の理由により、溝の上部において溝幅が拡大するように一次溝の側壁に適宜の傾斜が付与されることが一般的である。当該形態の一次溝の側壁とした場合には、
図2(b)に示すように、基板面と略平行な二次溝の上部の側面5は、直角以上の角度(θ2)で一次溝の側壁3に交差することとなる。
【0029】
図2(b)に示す形態で、成形体を離型させるための応力6を一次溝側壁と平行に加えた際には、当該応力は二次溝内の成形体に対して、二次溝の上面に押し付ける応力7と共に、当該成形体を側壁溝内に押し入れる方向の応力9を生じる。このため、
図2(b)に示す形態では、成形体を離型させるための応力によっては二次溝内の成形体を引き出す方向の応力を生じないため、全体としての離型が困難になるものと考えられる。
【0030】
一方、
図2(a)に示すように、二次溝の上部側面5が一次溝側壁3と交差する角度が直角未満の角度(θ1)である場合、一次溝側壁と平行に加えられた応力6は二次溝内の成形体に対して、これを引抜く方向を有する引張り応力8と、二次溝の上部側面に押し付ける応力7を生じることとなる。このため、二次溝の側面が当該応力7によって破損を生じないことを条件として、二次溝内の成形体が引き抜かれて、全体として良好な離型が可能になるものと考えられる。
【0031】
また、本発明は、上記二次溝を構成する側面を金属によって構成することを第二の特徴とするものである。上記のように、二次溝側面が一次溝側壁と交差する角度を直角未満の角度(θ1)にした場合(
図2(a))にも、成形体を離型させる応力に起因して成形体を二次溝側面(上面)に押し付ける応力7を生じるため、二次溝の側面が当該応力によって破損を生じ難いことが必要となる。
【0032】
上記必要性に関して、以下の実施例等により示されるように、二次溝の側面を金属によって構成した際には、成形体の離型の際にモールド表面の微細構造の破損が抑制され、繰り返してインプリント成形を行うことが可能となることが観察された。二次溝の側面を構成する材質に応じてモールド表面の微細構造の破損が抑制される理由は必ずしも明らかでないが、以下に説明するように、二次溝の側面を構成する材質が有する弾性変形能が関係するものと推察される。
つまり、例えば、可視光等に対する回折格子を形成しようとする際には、二次溝の側面を構成する一次溝側壁面上の凸部の厚みは1μm以下となって十分に薄いため、当該一次溝側壁面上の凸部を所定の弾性変形能を有する材質で構成することによって、離型の際に負荷される応力が緩和可能になって平面応力状態が形成される結果として、破損を生じ難くなることが考えられる。一方、二次溝の側面が脆性材料によって構成される場合には、離型の際の応力が緩和されず、破損を生じやすいものと考えられた。
【0033】
上記のように、本発明に係る成形用モールドでは、二次溝の上部側面5が一次溝側壁3と交差して二次溝内に形成する角度が直角未満の角度であることにより、成形体を離型する応力が、二次溝内に存在する成形体を二次溝から引き抜く引張り応力8として作用するために、一次溝の側壁に二次溝が設けられた形状においても成形体の離型を容易とすることができる。本発明に係る成形用モールドにおいて、二次溝の上部側面5と一次溝側壁3が交差する角度は直角未満の角度であればよいが、当該角度が小さくなる程に二次溝内に存在する成形体に対する引張り応力8の成分が増加するため、例えば、85度以下とすることが好ましく、より好ましくは80度以下とすることが望ましい。また、本発明に係る成形用モールドにより成形される成形体の用途等に応じて、更に75度以下、70度以下等にすることで、二次溝内に存在する成形体に対する引張り応力8の成分が増加するために、より容易に離型することができる。
【0034】
また、本発明に係る成形用モールドにより成形される成形体の用途等に応じて、一次溝の溝幅が上方ほど広くなる方向に側壁3を傾斜させることによっても、離型の際に二次溝内に存在する成形体に対する引張り応力8の成分が増加し、離型が容易となる点で好ましい。側壁3の傾きは、基体表面を基準として、5度~10度程度傾斜することで有効に二次溝内の成形体に対する引張り応力8の成分を増加することができる。また、更に15~20度程度の傾きとすることで、二次溝の上部側面5との交差角度が直角に近い場合にも有効な引張り応力8の成分を生じることができる。側壁3の傾きは、一次溝を形成する際のエッチング条件等によって適宜調整することが可能である。
【0035】
(2)本発明に係る成形用モールドの製造方法について
図1に示すような側面に二次的な構造を有するトレンチ溝を有する構造は各種の手法によって形成可能であり、例えば、MEMSを利用したプロセスによっても作成することが可能である。
MEMSを利用したプロセスによって
図1に示すような構造を形成する際には、例えば、RIE(Reactive Ion Etching)やイオンミリング等を使用した異方性エッチングによって基体と垂直な方向を有するトレンチ溝2を形成する際に、予め当該トレンチ溝の側壁となる部分に等方的なエッチングによって所望の形状の側壁溝を形成可能な構造を作り込んでおくことにより、上記構造を形成することができる。以下、
図1に示すような構造を、MEMSを利用したプロセスによって作成する際の具体的な手段について説明する。
【0036】
異方性エッチングによって形成されたトレンチ溝等の一次溝2の側壁3に、その後の等方性エッチング等によって所望のピッチ等で、側面が金属によって構成された二次溝4を形成する手段としては、例えば、当該等方性エッチング等の際のエッチングレートの異なる材質から構成される積層体の端面を、トレンチ溝の側壁3となる部分に予め配置する手法を挙げることができる。そして、
図1に示すように、二次溝の側面に所定の傾きを付与するためには、上記エッチングレートの異なる材質から構成される積層体の積層方向を基板面に対して所定の角度で、所定の方向に傾斜して配置にすることが有効である。
【0037】
図3には、異なる材質から構成される積層体の積層方向を基板面に対して所定の傾斜角で、所定の方向に傾斜して配置にする際の手段の一例を示す。
図3では、特に所定の二次溝4を両面に有するトレンチ丘を作成するための方法について示す。当該トレンチ丘が隣接して設けられることで、一次溝としてのトレンチ溝2が形成される。
【0038】
図3に示す手段においては、所定の結晶方位を有する結晶性の基板を使用して、当該結晶のエッチング速度の結晶方位依存性を利用して、エッチングによって当該結晶内のファセット面を露出させ、当該ファセット面を傾斜面として利用することで、比較的正確な大きさと方向性を有する傾斜面を導入することが可能となる。
【0039】
図3において、例えば、基板10として単結晶状のシリコン基板を使用し、当該シリコン基板の{110}面を基板表面として、当該基板表面内において長さ方向が当該面内の<110>方向となるようにマスク11を設けて液相内でエッチングを行うことにより、当該マスク11から露出した部分が選択的にエッチングされて、{111}面からなるファセット(基板面との傾斜角:35度)が生成することで傾斜面12を導入することができる。
【0040】
また、シリコン基板の{100}面を利用することで、{111}面からなるファセット(傾斜角:57度)を形成することができる。更に、高指数面を表面に有するシリコン基板等を基板として使用することによって、上記の手段によって形成されるファセット面が基板表面に対して非対称の傾斜を示すことを利用して、非対称の傾斜角を有する積層体を導入することができる。
【0041】
その他、基板の表面に上記のような傾斜面を導入する手段は、上記のように基板の結晶方位等に由来する異方性を利用するものに限定されず、目的とする傾斜面の大きさや形状、精度等に応じて適宜の手段により傾斜面を導入することができる。例えば、各種の研削加工や放電加工によって基板表面に傾斜面を導入することによって、当該基板の結晶方位などに依存しない、任意の傾斜面を任意の配置で基板表面に導入することができる。
【0042】
本発明に係る成形用モールドにおいては、その使用用途等に応じた位置にトレンチ溝等の一次溝2が導入されるところ、基板表面内の一次溝の側壁面3が導入されるべき位置に上記のような手段によって傾斜面を形成しておくことで、その後の各種行程によって加工が行われた後に、当該一次溝の側壁面3上に二次溝4を形成可能な積層体の端面を所定の傾斜で露出させることができる。
【0043】
本発明に係る成形用モールドにおいて、所定の二次溝4を側壁面3上に有する一次溝2の形態は、当該モールドを用いた転写により形成される物品の用途等に応じて適宜決定することができる。つまり、
図3に示すように複数の直線的な一次溝2を平行に設ける他、例えば、曲線状の一次溝を設けることが可能である。また、環状の一次溝を同心円状に設けることで、方向性を有しない回折格子等を形成することができる。更に、一次溝が適宜の分岐を有することで、例えば、指紋のような複雑な曲線模様とすることができる。
【0044】
そして、上記傾斜面12を、その後に形成される積層体13の端面が上記一次溝の側壁3の部分に露出する位置に設けることによって、一次溝の側壁3に所定の二次溝4を形成することができる。
また、一次溝2の他の形態の例として、基板面上にすり鉢形状の傾斜面12を複数導入し、当該すり鉢型の傾斜面上にすり鉢型の積層体13を設け、その端面を露出させる異方性エッチングを行う等により、側面に二次溝4を有する多数の突起がモールド表面に形成され、当該モールドを用いることで、側面に同心円状の二次溝を有する多数の穴が開孔された表面を有する成形体をインプリント成形により形成することができる。当該モールド表面において、一次溝は多数の突起間に存在する編み目状の形態を有することとなる。
【0045】
一方、基板面上に適宜の方法によって円錐状の突起を複数導入し、その後に上記のように基板の全面に積層体を形成し、当該円錐状の突起の中心部分に異方性エッチングによって孔を形成することで、モールド表面の側面に二次溝を有する多数の孔が形成され、当該モールドを用いることで、側面に同心円状の二次溝を有する多数の突起が表面に形成された成形体をインプリント成形により形成することができる。当該モールド表面において、一次溝は一対の側壁が相互に連結することで閉じた孔の形態を有することとなる。
【0046】
上記基板表面に導入される傾斜面12の法線方向は、その後の積層体の形成過程において各層の膜厚を均一にすることで、積層体13の積層方向として引き継がれるものである。当該傾斜面12の法線方向が一次溝2の延伸方向に垂直な面内に含まれるようにすることで、その後に一次溝の側壁面3上に、一次溝2と平行な二次溝4を形成することができる。また、当該傾斜面12の法線方向を、一次溝の延伸方向に垂直な面から所定の角度で逸脱させることで、一次溝の側壁3上に、一次溝の延伸方向と平行な成分を有しながら、一次溝の延伸方向に一定の角度を有する二次溝4を形成することができる。
【0047】
また、本発明に係る成形用モールドでは、成形体との離型性を高めるために、一次溝の上部において一次溝の幅が大きくなるように一次溝の側壁面3が傾斜することが好ましい。この際には、上記基板表面に導入される傾斜面12の傾斜角度を、当該トレンチ溝の側壁3の傾斜よりも大きくすることにより、トレンチ側壁3の表面に対して側壁溝側面5を直角未満の角度で交差させることができる。
【0048】
上記トレンチ溝のような一次溝の側壁3を構成する積層体13は、少なくとも2次溝の側壁を構成する金属層と、当該金属層を構成する金属とは異なる物質で構成される層をそれぞれ1層以上含み、所定の水溶液等を用いたエッチング条件による等方的エッチングにより、その端面から金属層が突出可能なものであれば、適宜の材質から構成される積層体を用いることができる。また、当該突出する金属層に挟まれる層を金属からなる層としてもよい。更に、3種類以上の層を含む積層体とすることにより、より複雑な形状を有する二次溝を形成することが可能である。積層体を構成する各層の厚みは、本発明に係るモールドの使用用途等に応じて適宜決定することができる。
【0049】
表1には、MEMSにおいて一般的に使用される各種の酸性水溶液をエッチング剤に用いた際に高いエッチング耐性を示す金属、及び、低いエッチング耐性を示す物質の一例を示す。本発明において一次溝の側壁に露出する積層体13は、少なくとも所定のエッチング剤において高いエッチング耐性を示す金属層と、これと比較してエッチング耐性の低い物質で構成される層から構成されることにより、その積層体の端面を当該エッチング剤でエッチングすることによって、一次溝の側壁3面上に金属層で構成される側面を有する二次溝4を構成することができる。
【0050】
図3に示すように、上記積層体13等に対して一次溝2を形成するための異方性エッチングは、例えば、そのエッチング条件において十分なエッチング耐性を有する物質で構成されるマスク材14を使用して、アルゴンガス等の不活性ガスを用いたイオンミリング法を用いることで、表1に記載する内の多くの物質について所定のエッチング速度を得ることが可能であり、トレンチ溝を形成することができる。
【0051】
また、表1に記載する内の多くの物質は、塩素やフッ素等のハロゲン元素を含むプラズマ中で高いエッチングレートを示すことが知られており、これを利用することによってより穏やかなエネルギー密度中で上記積層体13内にトレンチ溝等の一次溝2を形成することができる。また、ハロゲン元素を含むプラズマを用いることで、トレンチ溝を形成する際のトレンチ溝の側壁に所定の析出物を生じさせることが可能であり、これを使用して一次溝の側壁3の傾斜角度を調整可能である点でも好ましい。
【0052】
表1に記載する物質の内で、例えば、ハロゲン元素を含むプラズマを生じるガスとしてCF4やSF6等のハロゲン元素を含むガスを使用した際に高いエッチングレートを示す物質として、Mo,Ti,Ge等の金属や、SiO2,SiN,CuO等の無機化合物が知られており、上記酸性の水溶液を用いた等方性エッチングの際に使用するエッチング剤等を考慮して、積層体を構成する材質を選択することができる。
また、ハロゲン元素を含むプラズマに対して高いエッチング耐性を示す物質としてNi,Cr,Cu,W等の金属が知られており、これらの金属を異方性エッチングの際のマスク材14として使用することができる。
【0053】
【0054】
上記トレンチ溝の側壁を構成する積層体13は、当該積層体を構成する各層をCVDやスパッタリング等の手段によって成膜することによって形成される。その際に、本発明に係るモールドを使用する目的に応じて、各層の厚みを制御することによって、当該厚みに応じた幅を有する二次溝4が側壁3面に形成されたトレンチ溝等の一次溝2を形成することができる。
【0055】
上記のように、表面に積層体13が形成された基板に対して、当該積層体に含まれる界面に対して、形成される一次溝の側壁3が直角未満の鋭角で交差するようにRIEやイオンミリング等により一次溝2が形成される。
一次溝2の形成の際には、一次溝の上部においてその幅が大きくなるように側壁3面を傾斜させて形成することによって、モールドとして使用する際の離型性が向上する点で好ましい。一次溝の側壁面の傾斜や形状等の調整は、例えば、RIEによって一次溝を形成する際に、析出物を生じやすいガス種を混在させることにより、当該析出物によって側壁面が保護される程度を調整することによって行われる。
【0056】
一次溝の側壁に所望の傾斜を付与するためのエッチング条件は、使用するエッチング装置等に応じて変化するが、CF4やSF6等のハロゲン元素を含むガスをエッチングガスとして使用するRIEによる異方性エッチングでは、一般に当該エッチングガスの分圧を高めると共に、当該エッチングガスをプラズマに励起するエネルギー密度を低下することによって、側壁面に析出物を生じやすくなり、側壁3面の傾斜を大きくすることができる。
【0057】
上記のようにRIEやイオンミリング等を用いた異方性エッチングによって一次溝2を形成する際には、当該エッチング条件に対して十分なエッチング耐性を有するマスク材14が使用される。また、主に当該手段で形成されるトレンチ溝の底部の形状等を整える目的で、トレンチ溝の底部となる箇所に予め当該エッチング条件に対して十分なエッチング耐性を有する層を設けることも有効である。例えば、SF6ガスを含むガス系を用いたRIEによってトレンチ溝を形成する際には、当該マスク材14等として、当該ガス系を用いたプラズマに対して高いエッチング耐性を示すNi,Cr,Cu,W等の金属を用いることができる。
【0058】
上記のように所定の積層体13の端面が側壁に露出したトレンチ溝(一次溝2)を形成した後、積層体を構成する材質に応じて、表1に記載されるような成分を含むエッチング剤中に基板全体を浸漬して等方的なエッチングを行うことにより、金属質の層を凸部とした凹凸構造である二次溝4をトレンチ溝の側壁3に形成することができる。その際に、エッチング剤中に浸漬する時間を調整する等により、当該凹凸構造の深さが調整される。凹凸構造の深さは、本発明に係るモールドを使用する目的等により決定される。
【0059】
また、本発明に係る成形用モールドは、上記のようにMEMS的な手法で形成する以外に、当該MEMS的な手法等により形成された表面形状を金属製の物品に転写することによって、当該金属製の物品を成形用のモールドとすることも有効である。つまり、MEMSを利用することで成形した表面に対して電鋳等の手法により金属材料を付着させた後、当該MEMSにより加工された構造を適宜の手段で除去することによって、その表面形状を転写した金属の物品を製造して成形用モールドすることができる。
【0060】
本発明に係る成形用モールドを用いて、樹脂等を成形して所定の表面形状を有する成形体とする方法は特に限定されず、所定の流動性を有する樹脂を本発明に係る成形用モールドに付着させた状態で各種の方法により硬化させて保型性を付与して成形体とすることができる。流動性を有する樹脂を硬化させる手段としては、紫外線の照射や、硬化剤の付与などによって樹脂内で重合等の化学変化を生じさせることによっても良く、加熱によって流動性が付与された樹脂を本発明に係る成形用モールドの表面で冷却することによって硬化させても良い。
【0061】
また、本発明に係る成形用モールドを用いて成形される成形体の形態は特に限定されず、モールドの表面形状を転写したフィルム状の物品の他、射出成形によって金型等の内部で樹脂製の物品を成形する際に、当該金型の内部表面の少なくとも一部を本発明に係る成形用モールドとすることで、射出成形される物品の表面に所定の形状を付与するために使用することも可能である。
上記のように本発明に係る成形用モールドを用いて成形される成形体に応じて、本発明に係る成形用モールドの形態として、平面上の基板表面に所定の立体形状を付与した物の他、モールドの表面が曲面であり、マクロ的な立体形状を有することも可能である。
【0062】
(3)本発明に係る成形用モールドが使用される用途
本発明に係る成形用モールドにおいては、特に一次溝の側壁面に形成される二次的な凹凸構造のピッチを可視光の波長と同程度とすることが容易であるため、これを活かして特定の光学的作用を生じる部材を簡便にインプリント成形等によって成形するために好適に使用することができる。
つまり、当該トレンチ溝等の一次溝の側壁面に形成される凹凸構造のピッチを目的の波長に合わせることで、特定波長領域の光を反射・透過させるためのフィルターを形成することができる。その際に、基板上の部位に応じて当該ピッチを変えることによって、構造色等によって意匠性を発揮する物品とすることができる。
【0063】
また、本発明に係る成形用モールドを用いて所定の樹脂フィルム等の両面にインプリント成形により表面形状を付与することによって、更に複雑な光学的特性を付与することが可能である。上記のような手法で形成された物品は複製が困難であり、当該物品が発揮する光学的な特徴を模倣することが困難であるため、所定の美観を付与する用途以外に、容易に真贋の判断を可能とする表面の形成に有効である。
【0064】
また、本発明に係る成形用モールドを用いて形成される樹脂等が有する弾性変形能を利用して、歪みの大きさを色彩等で示す歪みゲージをインプリント成形により作成するために本発明に係る成形用モールドを使用することができる。つまり、本発明に係る成形用モールドを用いて形成された特定波長領域の光を反射・透過させるためのフィルターは、外力によって変形した際に当該光学的特性が変化するため、これを利用して当該変形量等を色彩の変化として示すことが可能である。
【0065】
本発明に係る成形用モールドを用いて形成された成形体の表面を親水化等することで、所定の溶媒に対する濡れ性を向上することにより、乾燥している際と濡れている際に異なる色彩を示す物品を形成する手段として使用することができる。一方、本発明に係る成形用モールドを用いて形成された成形体の表面に撥水性(撥油性)を付与することにより、モールドの表面の構造よりも大きなサイズの液滴等を弾くような超撥水性(超撥油性)の表面を形成することが可能となる。一方、本発明に係る成形用モールドが非常に大きな比表面積を有することを利用して、各種のセンサー物質を担持するための表面や、入射光を効率よく検知するための表面をインプリント成形によって形成するためのモールドとして有効に使用することができる。
以下、本発明の実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は当該実施例に限定して解釈されるものでない。
【実施例】
【0066】
[各種モールドの作成]
【比較例1】
【0067】
以下の方法により、基体表面に一次溝としてのトレンチ溝が設けられ、更に当該トレンチ溝の側壁上に略水平な開口方向を有する凹凸構造(二次溝)を有する表面構造を作成した。
図4には、下記の加工の行程を模式的に示す。
ミラー研磨されたSi基板10(表面の面方位が{100}面)を使用して、当該基板上にスパッタリング装置(キヤノンアネルバ,E-200s)を用いて、SiO
2層(膜厚:0.1μm)/Ti層(膜厚:0.1μm)から構成される積層体13を形成した。
【0068】
なお、当該SiO2層とTi層は、共に以下で行うCF4ガスを使用したプラズマエッチングによって容易にエッチング除去される一方で、下記希フッ酸水溶液中に浸漬した際には、Ti層が300nm/min程度のエッチング速度を示すのに対して、SiO2が示すエッチング速度は9nm/min程度であることを予め確認した。当該エッチング速度の違いに起因して、上記積層体の端面を希フッ酸水溶液中でエッチングした際には、実質的にTi層のみがエッチング除去されて、SiO2層により側面が構成される二次溝4が形成される。
【0069】
次に、当該積層体を横切るトレンチ溝を形成する際のNiで構成されるメタルマスク14を形成するために、Niメッキの際のシード層であるAu層を、Cr層をバッファ層として上記積層体の表面にスパッタリングで成膜した。次にレーザー描画装置(Heidelberg Instruments,DWL66FS-S)を用いて所定のライン&スペースを有するレジストマスクを形成した状態でNiメッキを行い、レジストマスクが開いた部分にメタルマスク14となるNi膜を設けた。その後に、レジストマスク及びシード層を除去して、Niメッキ膜からなるメタルマスクを積層体の表面に形成した(
図4(a))。
【0070】
上記で得られた基体を、反応性イオンエッチング装置(サムコ,RIE-400iPB)を用いて、CF
4ガスを用いて圧力:0.7Paの条件で異方性プラズマエッチングにより深堀加工を行い、40~50分間の処理で積層体を貫通するトレンチ溝(一次溝2)を形成した(
図4(b))。次に、フッ酸水溶液の原液(HF濃度:48%)を蒸留水で50倍に希釈した希フッ酸水溶液中に基体を10秒間浸漬することによって、トレンチ溝の側壁に露出したSiO
2/Ti積層体の端面からTi層の一部を除去することで、トレンチ溝の側壁面に二次溝4を形成した(
図4(c))。
【0071】
図5には、上記加工で得られた基体をトレンチ溝の延伸方向と垂直な面内で破断した際の断面写真(ライン/スペース:2.5μm)を示す。
図5に示すように、上記の加工によって基体表面に積層体を貫通するトレンチ溝(一次溝)が形成され、更に当該トレンチ溝の側壁面に露出したSiO
2/Ti積層体の端面からTi層が1μm程度の深さまで除去されることによって、トレンチ溝の側壁面にSiO
2層を側面として有する二次溝が形成された。
【0072】
図5から明らかなように、上記で得られた表面構造においては、トレンチ溝の側壁に二次溝が基体表面と略平行に設けられ、また、当該側壁が上部でトレンチ溝の幅が大きくなる方向に傾斜している。この結果、当該トレンチ溝の側壁と二次溝の上面とは、当該二面が二次溝内に形成する角度が直角以上の鈍角になるように交差する構造を有している。
【比較例2】
【0073】
図3に示す工程により、比較例1に記載の構造と比較した際に、トレンチ溝の側壁面に形成される凹凸構造(二次溝)の開口方向が傾斜した構造を有する表面構造を作成した。つまり、積層体を形成する基体表面に予め所定のV字型に傾斜面12を形成し(
図3(b))、この傾斜面12の部分を含む基板表面に積層体を形成することで、積層方向が基板に対して傾斜した部分を含む積層体13を形成し(
図3(c))、当該部分の端面を一次溝2の側壁の一部に露出させることで、所定の傾斜を有する二次溝4を含む一次溝2の側壁とした。
【0074】
具体的には、ミラー研磨されたSi基板(表面の面方位が{110}面)を使用して、その表面に長さ方向がその面内の<110>方向となるように所定のライン/スペースを有するSiO
2マスクを設けた。その後、水酸化カリウム水溶液(17wt%KOH水溶液)に浸漬して、SiO
2マスクのスペース部分から露出するSi面をエッチングしてSiの{111}面のファセットを露出させる結晶異方性エッチングを行うことで、当該スペース部分に傾斜角35度の面が対向してなるV型溝を形成した(
図3(b))。
【0075】
その後、当該V型溝を形成した基体の全面に比較例1と同様にSiO
2/Tiの積層体を形成し、当該SiO
2/Ti積層体の表面にNiメッキ膜を形成した後、ポリッシングによってSiO
2/Ti積層体のV字形状の部分のみがNi層でマスクされるようにした状態(
図3(c))で比較例1と同様にSiO
2/Ti積層体を貫通するトレンチ溝(一次溝2)を異方性プラズマエッチングで形成し(
図3(d))、希フッ酸に浸漬することでトレンチ溝の側壁面に凹凸構造を形成した(
図3(e))。
【0076】
図6には、上記加工で得られた基体をトレンチ溝の延伸方向と垂直な面内で破断した際の断面写真を示す(ライン/スペース:10μm)。
図6に示すように、上記の加工によって得られた表面ではトレンチ丘が観察され、その側面の上部はV字形状に端面が傾斜した積層体により、下部は基板部のオーバーエッチによるSi層によりそれぞれ構成されている。また、当該SiO
2/Ti積層体内のTi層(積層体内で白いコントラストを示す層)が1μm程度の深さまで除去されることによって、当該トレンチ溝の側壁面にはSiO
2層を側面とする二次溝が形成されたことが示される。
【0077】
図6に示されるように、上記で得られた表面構造においては、SiO
2/Ti積層体が基板に対して35度傾斜して設けられているため、トレンチ溝の幅が上部で広がるようにトレンチ側壁が外側に所定の傾斜を有するにも関わらず、二次溝の側面であるSiO
2層がトレンチ側壁に交差する際に二次溝内に形成する角度が直角未満の鋭角となっていることが分かる。
【実施例1】
【0078】
以下の方法により、比較例2に記載の構造と比較した際に、積層体を構成する層がMo/Tiである点で相違する表面構造を作成した。
比較例2と同様にSi基板(表面の面方位が{110}面)を使用して、所定のライン/スペースで傾斜角35度のV型溝を形成した。その後、スパッタリング装置(キヤノンアネルバ,E-200s,SPF-332)を用いてNi膜を基体全面に成膜した後、Ti層(膜厚:0.1μm)/Mo層(膜厚:0.1μm)から構成される積層体を形成した。
【0079】
なお、当該Mo層とTi層は、共にCF4ガスを使用したプラズマエッチングによって容易にエッチング除去される一方で、下記希フッ酸水溶液中に浸漬した際には、Ti層が300nm/min程度のエッチング速度を示すのに対して、Moが示すエッチング速度は1nm/min未満であることを予め確認した。当該エッチング速度の違いに起因して、上記積層体の端面を希フッ酸水溶液中でエッチングした際には、実質的にTi層のみがエッチング除去されて、Mo層により側面が構成される溝が形成される。
【0080】
当該Ti/Mo積層体の表面に、マスク層としてスパッタリングでNi膜(0.4μm)を形成した後、ポリッシングによってTi/Mo積層体のV字形状の部分のみがNi層でマスクされる状態にして、その後、比較例2と同様に、Ti/Mo積層体を貫通するトレンチ溝を異方性プラズマエッチングで形成し、希フッ酸に浸漬することでTi層の一部を除去して、トレンチ溝の側壁面に2次溝としての凹凸構造を形成した。
【0081】
図7には、上記加工で得られた基体をトレンチ溝の延伸方向と垂直な面内で破断した際の断面写真を示す(ライン/スペース:5μm)。
図7に示すように、上記の加工によって得られた表面は比較例2と同様に、基体表面に形成されたトレンチ丘が主にV字形状の積層体で構成されることにより、トレンチ溝の側壁面には傾斜したTi/Mo積層体の端部が露出している。また、当該Ti/Mo積層体内のTi層(積層体内で白いコントラストを示す層)が1μm程度の深さまで除去されることによって、当該トレンチ溝の側壁面にはMo層を側面とする側壁溝が形成されたことが示される。
【0082】
図7に示されるように、比較例2と同様に、上記で得られた表面構造においては、Ti/Mo積層体が基板に対して35度傾斜して設けられているため、トレンチ溝の幅が上部で広がるようにトレンチ側壁が外側に所定の傾斜を有するにも関わらず、二次溝の側面であるMo層がトレンチ側壁に交差する際に二次溝内に形成する角度が直角未満の鋭角となっていることが分かる。
【0083】
[各種モールドを使用したインプリントの評価]
上記で作成した各表面形状をモールドとして、以下に説明するように熱可塑性樹脂を用いてインプリント法による表面形状の転写を試みた。
上記で作成した各表面をモールドとして離型剤(極東商会、オプツールHD1100)を塗布した後に、厚さ100μmのシクロオレフィンポリマー製フィルム(日本ゼオン製,ZF-14)を基体表面に重ねた状態で、熱式インプリント装置(SCIVAX,X-300)を使用して140℃の平行平面の治具間に20MPaの圧力で120秒間保持し、その後に手作業でフィルムを基体表面から剥離した後に、各基体とフィルム表面をSEMで観察することで評価を行った。また、特に実施例1で作成したモールドについて、上記のインプリントを10回繰り返して行い、その結果を評価した。
【0084】
図8~10には、それぞれ実施例1、比較例1、比較例2で作成した表面をモールドとして、上記の方法でインプリント成形を行った際の(a)モールド表面と、(b)成形体表面の状態(FE-SEM像)を示す。また、
図11には、実施例1で作成したモールドを用いてインプリント成形を繰り返した際のモールド表面と成形体表面の状態を示す。
【0085】
図8に示すように、実施例1で作成したモールドを使用してインプリント成形を行った場合、モールド表面に形成されたトレンチ溝と共に、トレンチ溝の側壁面に形成された凹凸構造がフィルム表面に転写されていることが分かる(
図8(b))。また、インプリント後のモールド表面において、インプリント前と同様の形態が観察された(
図8(a))。また、
図11に示すように、同一のモールドを使用してインプリント成形を5回(
図11(a-1),(b-1))、及び10回(
図11(a-2),(b-2))繰り返した後にも、モールド表面の形状(
図11(a-1),(a-2))と、成形体表面の状態(
図11(b-1),(b-2))に大きな変化は無く、繰り返しの使用が可能であることが示された。
【0086】
上記のことから、当該実施例1に係るモールドを使用したインプリント成形においては、加熱下の加圧によって樹脂フィルムを構成する樹脂が、トレンチ溝の側壁面に形成された凹凸構造の少なくとも一部に侵入して、その形状がフィルムに転写されると共に、当該フィルムを引き剥がす際にもモールド表面の各部の破壊等を生じ難く、良好な離型が可能であることが観察され、実施例1に係るモールドがインプリント成形用として使用可能であることが示された。
【0087】
一方、
図9に示すように、比較例1で作成したモールドを使用した場合には、上記インプリント成形の過程でモールド表面の立体形状が破壊されることが観察された(
図9(a))。また、成形体の表面には、モールド表面のトレンチ溝に対応する凹凸が観察される一方で、当該トレンチ溝の側壁面に存在した凹凸構造に対応する形状が観察されなかった(
図9(b))。
【0088】
上記の結果から、当該比較例1に係るモールドを使用したインプリント成形においては、加熱下の加圧によっては樹脂フィルムを構成する樹脂がトレンチ溝の側壁面に形成された凹凸構造に良好に侵入せず、また、当該加圧の際やフィルムの離型の際に、モールド表面に存在する立体形状が破壊されることが推察された。
【0089】
また、
図10に示すように、比較例2で作成したモールドを使用した場合には、モールド表面のトレンチ溝と共に、トレンチ溝の側壁面に形成された凹凸構造の一部がフィルム表面に転写されていることが分かる(
図10(b))。一方、インプリント成形後のモールド表面においては、トレンチ溝の側壁面に存在した凹凸構造の一部が破損していることが観察されると共に、積層体の上部が部分的に欠落することが観察された(
図10(a))。
【0090】
上記のことから、当該比較例2に係るモールドを使用したインプリント成形においては、加熱下の加圧によって樹脂フィルムを構成する樹脂が、トレンチ溝の側壁面に形成された凹凸構造の一部に侵入してモールドの形状がフィルムに転写されるものと推察された。一方、インプリント成形後のモールド表面で観察された破損は、トレンチ溝の側壁面に形成された凹凸構造に進入した樹脂が離型する際の応力によって生じたものであると推察された。
【0091】
[表面形状を転写したフィルムが有する光学的特性の評価]
上記実施例1で基体表面に作成した形状においては、トレンチ溝の側壁面にTi/Mo積層体によって0.2μmピッチで側壁溝が形成されており、当該構造が回折格子となり、多層膜干渉により400nm程度の波長の反射光を選択的に生じることが期待される。このため、以下に示す方法によって、本発明に係るモールドの表面形状を転写したフィルムを用いて、その光学的特性を評価した。
【0092】
評価はトレンチ溝のピッチを2μmとした以外は実施例1と同様の方法で作成した表面をモールドとして、上記と同様にインプリント成形を行ったフィルムについて、近赤外顕微分光測定機(オリンパス,USPM-W-B)を使用して、標準光を照射した際の反射率の波長依存性を測定することで行った。また、比較として、トレンチ溝の側壁面に微細構造を有しない2μmのピッチのトレンチ溝をインプリント成形したフィルムを使用した。
【0093】
図12には、上記で測定した反射率の波長依存性を示す。
図12中の(a)は本発明に係るモールドの表面形状を転写したフィルムの反射率を示す。
図12に示すように、本発明に係るモールドの表面形状を転写したフィルムにおいては、側壁面に微細構造を有しないトレンチ溝と比較して600nm以下の波長で強い反射率を示すことが示された。
【0094】
上記のことからも、本発明に係る成形用モールドを用いることにより、トレンチ溝の側壁面に二次的な構造を有する表面をインプリント成形によって転写可能であり、当該二次的な構造に起因して光学的な特徴が発現することが示された。
【産業上の利用可能性】
【0095】
本発明に係る成形用モールドによれば、トレンチ溝等の側壁面に二次的な構造を有する表面をインプリント成形等によって転写可能である。
【符号の説明】
【0096】
1 基体表面
2 一次溝(トレンチ溝)
3 一次溝の側壁
4 二次溝
5 二次溝の側面
6 離型の際に負荷される応力
7 二次溝の側面を押す応力成分
8 二次溝内の成形体を引き抜く応力成分
9 二次溝内の成形体を押し込む応力成分
10 基板
11 マスク
12 傾斜面
13 金属層を含む積層体
14 マスク
15 成形用モールド