(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-28
(45)【発行日】2024-03-07
(54)【発明の名称】多糖膜で被覆されたマイクロカプセル及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
A61K 9/50 20060101AFI20240229BHJP
A61K 47/36 20060101ALI20240229BHJP
B01J 13/22 20060101ALI20240229BHJP
【FI】
A61K9/50
A61K47/36
B01J13/22
(21)【出願番号】P 2019219581
(22)【出願日】2019-12-04
【審査請求日】2022-11-24
(73)【特許権者】
【識別番号】509349141
【氏名又は名称】京都府公立大学法人
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】沼田 宗典
【審査官】新熊 忠信
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-127024(JP,A)
【文献】国際公開第2011/065481(WO,A1)
【文献】特表2013-512660(JP,A)
【文献】特開2007-044692(JP,A)
【文献】特開2013-255912(JP,A)
【文献】Chemistry A European Journal,2009年,Vol.15,pp.12338-12345
【文献】Micromachines,2017年,Vol.8, No.75,pp.1-34
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 9/00- 9/72
A61K 47/00-47/69
B01J 13/00-13/22
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程を含む、機能性成分が内部に封入されたマイクロカプセルの製造方法:
機能性成分を含有する液滴を含む流体と1本鎖構造のβ-グルカンを含む流体とを、合流時に形成されるそれらの流体間の界面が継続的に維持されるようにマイクロ流路上に供給し、前記液滴が平面ネットワーク構造を有するβ-グルカンによって被覆されたマイクロカプセルを形成する工程
であって、
前記マイクロ流路上への供給が、1つの支流に機能性成分を含有する液滴を含む流体を供給し、2つの支流に1本鎖構造のβ-グルカンを含む流体を供給して、合流した流路で機能性成分を含有する液滴を含む流体の両側を、1本鎖構造のβ-グルカンを含む流体が動的界面を形成するように流通させることであり、
機能性成分を含有する液滴を含む流体の溶媒と、1本鎖構造のβ-グルカンを含む流体の組み合わせが、1)水:β-グルカンを極性有機溶媒に溶解した溶液、又は2)酸性の溶媒:β-グルカンのアルカリ性溶液であり、
機能性成分を含有する液滴を含む流体と1本鎖構造のβ-グルカンを含む流体が、それらの流体間の界面が継続的に維持される流速で供給される、工程。
【請求項2】
マイクロ流路上に機能性成分を含む流体を供給し、前記機能性成分を含有する液滴を形成する工程を更に含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記機能性成分を含有する液滴に有機高分子成分が含まれる、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記β-グルカンが細胞膜透過性官能基及び/又は脂質膜撹乱性官能基を有する、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
β-グルカンから構成された膜、及び
当該膜で被覆された機能性成分
を備えたマイクロカプセルであって、
前記β-グルカンは、1本鎖構造部分と3本鎖構造部分とを有する平面ネットワーク構造を形成している、マイクロカプセル。
【請求項6】
平均粒径が100 nm~50μmである、請求項5に記載のマイクロカプセル。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、機能性成分が内部に封入されたマイクロカプセルの製造方法及びマイクロカプセルに関する。さらに、マイクロカプセルの製造装置に関する。
【背景技術】
【0002】
有機・高分子を用いたナノ構造体の医療への応用、特にドラッグデリバリーシステム(DDS)への応用に関して、近年、国内外で活発に研究されている。薬物を内包したカプセル(「キャリア」と呼ばれる)に、血中でのコントロールドリリース機能(徐放性)や、ターゲティング機能(細胞指向性・親和性)をいかに付与するかが開発の鍵となる。
【0003】
従来主流となってきた高分子ミセルをキャリアとするDDSでは、(1)ターゲット薬物が疎水性物質に限定され、現在主流である核酸医薬や抗体医薬には適用できない、(2)非可逆的な高分子凝集過程のためカプセル構造が不均質、これに起因した医薬品低封入効率、また(3)カプセル表層への細胞指向性の導入に煩雑な化学合成が必要であり汎用性が低い、といった本質的な欠陥があった。
【0004】
例えば、β-1,3-グルカンの一種であるシゾフィラン(SPG)はスエヒロタケ(Schizophyllum commune)から産出される天然の多糖であり、中性水中で、直径2.6 nmの右巻き3重らせん構造(t-SPG)をとるがDMSO中では1本のランダムコイル鎖(s-SPG)に解離する。このs-SPGのDMSO溶液に水を加えるとt-SPGを再構築することが知られている。これは、水溶液中において、β-1,3-グルカンの2位の水酸基が水素結合することで3重らせん構造を形成しているためである。近年ではその3重鎖の巻き戻り能力を利用し、カーボンナノチューブ、高分子、無機物質などを可溶化できることが報告されている(特許文献1-3など)。
【0005】
しかしながら、このようなラッピングの対象は、全て一次元材料に限定され、多様な形状には適用できなかった。サイズや形状に依存しないラッピング機能の実現には、β-グルカン由来のラッピング機能を保持したシート状構造の創製が重要である。
【0006】
このようにβ-グルカンの複合化対象を一次元ポリマーからマイクロサイズへと拡張化させていくには、β-グルカンを2次元テンプレート上で連続的に相互作用させる必要がある。本発明者らは、マイクロフロー内で形成されるDMSOと水との動的界面をテンプレートとして、β-グルカンを二次元シート状に組織化させることに成功している(特許文献4)。
【0007】
また、2001年Gorden, D Brownによって、β-グルカンの新しい受容体dectin-1が発見された。dectin-1は樹状細胞やマクロファージなどの抗原提示細胞に発現しており、β-グルカンを特異的に認識する。そのため、β-グルカンには高い免疫原性が備わっており、キャリアとして用いたときその選択的送達が可能であると考えられ、また、アジュバントとして働くことも知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2005-104762号公報
【文献】特開2006-205302号公報
【文献】国際公開第2011/065481号
【文献】特開2012-127024号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、多糖であるβ-グルカンによって被覆されたマイクロカプセルの製造方法及びマイクロカプセルを提供することを目的とする。また、当該マイクロカプセルを製造するためのマイクロカプセルの製造装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、マイクロ流路上流において、目的薬物を含む溶液からサイズが制御されたドロップレット(液滴)を作製し、マイクロ流路下流でβ-グルカン由来の二次元シートを作製することで、当該二次元シートにより薬物を内包したドロップレットをそのまま被覆、カプセル化できるという知見を得た。
【0011】
本発明は、これら知見に基づき、更に検討を重ねて完成されたものであり、次のマイクロカプセルの製造方法、マイクロカプセル及びマイクロカプセルの製造装置を提供するものである。
【0012】
項1.以下の工程を含む、機能性成分が内部に封入されたマイクロカプセルの製造方法:
機能性成分を含有する液滴を含む流体と1本鎖構造のβ-グルカンを含む流体とを、合流時に形成されるそれらの流体間の界面が継続的に維持されるようにマイクロ流路上に供給し、前記液滴が平面ネットワーク構造を有するβ-グルカンによって被覆されたマイクロカプセルを形成する工程。
項2.マイクロ流路上に機能性成分を含む流体を供給し、前記機能性成分を含有する液滴を形成する工程を更に含む、項1に記載の方法。
項3.前記機能性成分を含有する液滴に有機高分子成分が含まれる、項1又は2に記載の方法。
項4.前記β-グルカンが細胞膜透過性官能基及び/又は脂質膜撹乱性官能基を有する、項1~3のいずれか一項に記載の方法。
項5.β-グルカンから構成された膜、及び
当該膜で被覆された機能性成分
を備えたマイクロカプセルであって、
前記β-グルカンは、1本鎖構造部分と3本鎖構造部分とを有する平面ネットワーク構造を形成している、マイクロカプセル。
項6.平均粒径が100 nm~50μmである、項5に記載のマイクロカプセル。
項7.以下の手段を含む、第1の成分が内部に封入されたマイクロカプセルの製造装置:
マイクロ流路上に第1の成分を含む第1の流体と第2の流体とを供給し、前記第1の成分を含む液滴を前記第2の流体中に形成する手段と、
前記液滴を含む前記第2の流体と第2の成分を含む第3の流体とを、合流時に形成されるそれらの流体間の界面が継続的に維持されるようにマイクロ流路上に供給し、前記液滴が前記第2の成分によって被覆されたマイクロカプセルを形成する手段。
項8.以下の手段を含む、第1の成分が内部に封入されたマイクロカプセルの製造装置:
マイクロ流路上に第1の成分を含む第1の流体と第1’の流体と第2の流体とを供給し、前記第1の成分を含む液滴を前記第2の流体中に形成する手段と、
前記液滴を含む前記第2の流体と第2の成分を含む第3の流体とを、合流時に形成されるそれらの流体間の界面が継続的に維持されるようにマイクロ流路上に供給し、前記液滴が前記第2の成分によって被覆されたマイクロカプセルを形成する手段。
【発明の効果】
【0013】
本発明の製造方法によれば、平面ネットワーク構造を有するβ-グルカンによって液滴が被覆され、機能性成分が内部に封入されたマイクロカプセルを得ることができる。また、本発明の製造方法によれば、液滴を含む溶液に直接β-グルカンを添加する方法と比べて、均一な大きさのマイクロカプセルを得ることができ、マイクロカプセルのサイズ制御が可能であり、封入効率が高いという点で優れている。
【0014】
本発明のマイクロカプセルは、ターゲット薬物が疎水性物質に限定されず核酸医薬や抗体医薬も内包可能であり、生体適合性が高いという優れた特性を有している。このように生体適合性が高いためDDSやバイオマテリアルとしての利用が期待される。また、β-グルカンは免疫賦活性を有しているため、本発明のマイクロカプセルは、ワクチンのデリバリーなどにも利用が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】マイクロ流路内でβ-グルカンの平面ネットワーク構造が形成される推定メカニズムを示す図である。
【
図2】試験例1で使用した十字型の合流部を持つマイクロ流路を示す図である。
【
図3】試験例1において、β-グルカンの平面ネットワーク構造についてAFMを用いてモルフォロジー観察を行った結果を示す図である。(a)バルク混合のサンプル、(b)(c)フロー混合のサンプル
【
図4】試験例1において、β-グルカンの平面ネットワーク構造についてAFMを用いてモルフォロジー観察を行った結果を示す図である。(a)マイカ基盤にキャストしたサンプル、(b)HOPG基盤にキャスとしたサンプル
【
図5】試験例2におけるマイクロ流路を示す図である。(a)流路内の顕微鏡写真、(b)流路内での組織化イメージ
【
図6】試験例2で得られたマイクロカプセルのSEM画像を示す写真である。(a, b)PEG濃度0.05 mg/mL, β-グルカン濃度5.0 mg/mL (c, d)PEG濃度0.5 mg/mL, β-グルカン濃度5.0 mg/mL (e, f)PEG濃度1.0 mg/mL, β-グルカン濃度5.0 mg/mL (g, h)PEG濃度5.0 mg/mL, β-グルカン濃度5.0 mg/mL
【
図7】試験例2で得られたβ-グルカンマイクロカプセルのSEM画像を示す写真である。(i, j)PEG濃度5.0 mg/mL, β-グルカン濃度10.0 mg/mL (k)PEG濃度0.05 mg/mL, β-グルカン濃度0.1 mg/mL (l)PEG濃度0.5 mg/mL, β-グルカン濃度0.1 mg/mL
【
図8】試験例2で得られた結果を示す図である。(a)バルクで混合して作製したマイクロカプセルのSEM画像、(b)バルク混合とフロー混合のマイクロカプセルのDLSスペクトル
【
図9】試験例3で得られた結果を示す図である。(a)沸点の異なる有機溶媒を用いたマイクロカプセルのDLSスペクトル、(b)沸点の異なる有機溶媒を用いたマイクロカプセルのDLSスペクトル(減圧後)、(c)流出直後からのマイクロカプセルのサイズ変化を示すグラフ
【
図10】試験例4におけるマイクロ流路上流部を示す図である。(a)マイクロ流路を用いたw/o/wドロップレット作製の模式図、(b)ドロップレット作製の顕微鏡像
【
図11】試験例4におけるマイクロ流路下流部を示す図である。(a)β-グルカンネットワークが作製されるDMSO/水界面をドロップレットが流れる様子の模式図、(b)ドロップレットが流れる様子の顕微鏡像、(c)流路内での組織化イメージ
【
図12】試験例4で得られた結果を示す図である。(a, b, c, d)マイクロカプセルのSEM画像、(e)マイクロカプセルのDLSスペクトル、(f)マイクロカプセルの共焦点レーザー顕微鏡像(水層:フルオレセイン、有機層:ローダミン)
【
図13】試験例5において作製したカプセルの模式図である。
【
図14】試験例5で得られた共焦点レーザー顕微鏡像を示す写真である。(a, b)流出直後のサンプル、(c, d)流出後60℃で5分間加熱したサンプル、(e, f)流出後60℃で30分間加熱したサンプル、(g, h)流出後室温で30分間放置したサンプル
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
【0017】
なお、本明細書において「含有する、含む(comprise)」とは、「本質的にからなる(essentially consist of)」という意味と、「のみからなる(consist of)」という意味をも包含する。
【0018】
本発明の機能性成分が内部に封入されたマイクロカプセルの製造方法は、以下の工程を含むことを特徴とする。
機能性成分を含有する液滴を含む流体と1本鎖構造のβ-グルカンを含む流体とを、合流時に形成されるそれらの流体間の界面が継続的に維持されるようにマイクロ流路上に供給し、前記液滴が平面ネットワーク構造を有するβ-グルカンによって被覆されたマイクロカプセルを形成する工程。
【0019】
本発明のマイクロカプセルの製造方法は、必要により以下の工程を更に含む。
マイクロ流路上に機能性成分を含む流体を供給し、前記機能性成分を含有する液滴を形成する工程。
【0020】
β-グルカンとは、D-グルコピラノースがβ1→3グルコシド結合によって結合した多糖類であり、公知のものを広く使用することができ、好ましくはβ-1,3-グルカンである。β-グルカンの由来は、特に限定されず、例えば、海藻、キノコ、細菌等が挙げられる。このようなβ-グルカンとしては、例えば、カードラン、パーキマン、シゾフィラン、レンチナン、ラミナラン、グリホラン、スクレログルカン等が挙げられる。
【0021】
また、β-グルカンの具体的構造も特に限定されず、例えば、分岐を持たずβ1-3結合のみで構成されるもの、β1-6結合の分岐を持つもののいずれも使用することができる。分岐を有する場合、特にその割合によって水への溶解性が向上することが知られており、こうしたβ-グルカンも目的に応じて使用することができる。
【0022】
β-グルカンの平均分子量については、ある程度の長さがあれば特に限定的されず、一般的に一本鎖あたり10,000程度以上であることが望ましい。
【0023】
β-グルカンとしては、細胞膜透過性官能基及び/又は脂質膜撹乱性官能基を有しているものも使用することができる。このような細胞膜透過性官能基及び脂質膜撹乱性官能基を利用することで、機能性成分の標的細胞への導入効率を高めることができる。ここで、β-グルカンが細胞膜透過性官能基及び脂質膜撹乱性官能基を有するとは、1つのβ-グルカンが細胞膜透過性官能基及び脂質膜撹乱性官能基の両方を有することと、細胞膜透過性官能基を有するβ-グルカンと脂質膜撹乱性官能基を有するβ-グルカンとがそれぞれ存在することの両方を包含する。また、β-グルカンへの細胞膜透過性官能基及び/又は脂質膜撹乱性官能基の導入は、公知の方法(例えば、特開2006-69913号公報参照)に従い実施することができる。
【0024】
本発明において用いられる細胞膜透過性官能基とは、細胞表層に存在する受容体を特異的に認識することができ、また、正電荷により又は分子構造的に細胞膜表層に吸着し貫通することにより機能性成分の細胞内への浸透に効果のある官能基又は原子団を意味する。このような細胞表層に存在する受容体を特異的に認識する細胞膜透過性官能基としては、例えば、ガラクトース、マンノース、N-アセチルガラクトサミン、N-アセチルグルコサミン、マンノース、グルコース、フコース及びシアル酸より選ばれる単糖又はオリゴ糖の残基が挙げられる。その他、RGDペプチド、コレステロール、トランスフェリン、又は葉酸の残基も細胞表層に存在する受容体を特異的に認識する細胞膜透過性官能基の例として挙げられる。正電荷により又は分子構造的に細胞膜表層に吸着し貫通するタイプの細胞膜透過性官能基としては、例えば、オリゴアルギニン、Tatペプチド、Revペプチド、Antペプチドの残基などが挙げられる。
【0025】
本発明において用いられる脂質膜撹乱性官能基とは、細胞膜又は細胞内に導入された後の輸送小胞を突破・脱出する機能を有し細胞内でのリソソームにおける分解を回避する効果をもたらす官能基又は原子団を意味する。本発明において好適に用いられる脂質膜撹乱性官能基としては、例えば、ポリエチレングリコール、シクロデキストリン、カルボン酸の残基などが挙げられる。
【0026】
1本鎖構造のβ-グルカンを含む流体は、β-グルカンの3重らせん構造を解離させる溶媒にβ-グルカンを溶解させることによって調製することができる。β-グルカンは天然では3重らせん構造を持つが、DMSO等の極性有機溶媒中では3重らせんが解離し、1本のランダムコイル鎖となり、水の存在下では再び3重らせん構造を再構築するユニークな自己組織性を有している。このような解離状態を維持した溶液としては、例えば、1)β-グルカンを極性有機溶媒に溶解した溶液(第1溶液)、2)β-グルカンのアルカリ性溶液(特にアルカリ性水溶液)(第2溶液)を好適に用いることができる。以下、第1溶液及び第2溶液について説明する。
【0027】
第1溶液における極性有機溶媒としては、特に限定されず、例えば、ジメチルスルホキシド(DMSO)、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)のような非プロトン性極性有機溶媒等が挙げられる。
【0028】
第2溶液としては、アルカリ性である限り特に限定されず、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等のアルカリ水溶液を用い、これにβ-グルカンを溶解した溶液が挙げられる。この場合の溶液のpHは、通常は7を超えるものであり、特に12以上であることが好ましい。
【0029】
また、1本鎖構造のβ-グルカンを含む流体におけるβ-グルカンの濃度は、適宜設定することができ、通常は1 mg/mL以上、好ましくは5~20 mg/mL程度の範囲内である。
【0030】
他方、機能性成分を含有する液滴を含む流体としては、β-グルカンの解離した1本ごとのランダムコイル鎖が元の3重らせん構造を再構築する性質(自己組織性(多重らせん形成機能))を利用できるような組合せを採用すれば特に制限されず、適当な溶媒中に機能性成分を含有する液滴を含ませることによって調製することができる。例えば、第1溶液を用いる場合は、流体の溶媒として水を用いることができる。また、第2溶液の場合は、流体の溶媒として酸性の溶媒を用いることができる。酸性の溶媒としては、例えば、a)塩酸、硝酸等の無機酸の水溶液、及びb)ギ酸、酢酸、シュウ酸等の有機酸の水溶液の1種又は2種以上が挙げられる。この場合の流体のpHとしては、通常は7未満であり、特に4以下であることが好ましい。
【0031】
機能性成分を含有する液滴を含む流体は、通常、水中油(o/w)型エマルジョンの形状又は水中油中水(w/o/w)型エマルジョンの形状を有しており、液滴は油滴(油相)として水中に存在している。なお、水中油(o/w)型エマルジョンの場合は疎水性の機能性成分を、水中油中水(w/o/w)型エマルジョンの場合は親水性の機能性成分を液滴に含ませることができる。液滴を構成する油分としては、特に限定されず水に不溶な(水と相分離する)ものを広く使用することができ、例えば、炭化水素油、合成エステル油、シリコーン油、動植物油、鉱油、リン脂質、高級脂肪酸、高級アルコール、フッ素系油剤、有機溶媒等が挙げられる。また、油分としては、常温での状態が、液状、半固形及び固形のいずれであるものも使用することができる。具体的な油分としては、例えば、アボガド油、ツバキ油、タートル油、マカデミアナッツ油、トウモロコシ油、ミンク油、オリーブ油、ナタネ油、卵黄油、ゴマ油、パーシック油、小麦胚芽油、サザンカ油、ヒマシ油、サフラワー油、アマニ油、綿実油、エノ油、大豆油、落花生油、茶実油、カヤ油、コメヌカ油、日本キリ油、ホホバ油、胚芽油、トリグリセリン、トリオクタン酸グリセリン、トリイソパルミチン酸グリセリン、カカオ脂、パーム油、ヤシ油、馬油、牛脂、羊脂、硬化牛脂、パーム核油、牛骨脂、豚脂、硬化油、牛脚脂、モクロウ、硬化ヒマシ油、ミツロウ、カンデリラロウ、綿ロウ、カルナウバロウ、ベイベリーロウ、イボタロウ、鯨ロウ、ヌカロウ、ラノリン、モンタンロウ、カポックロウ、酢酸ラノリン、液状ラノリン、サトウキビロウ、ラノリン脂肪酸イソプロピル、ラウリン酸ヘキシル、還元ラノリン、硬質ラノリン、セラックロウ、POEラノリンアルコールアセテート、POEラノリンアルコールエーテル、POEコレステロールエーテル、ラノリン脂肪酸ポリエチレングリコール、POE水素添加ラノリンアルコールエーテル、流動パラフィン、オゾケライト、プリスタン、セレシン、パラフィン、スクワレン、ワセリン、マイクロクリスタリンワックス、ジクロロメタン、ジクロロエタン等が挙げられる。油分は、1種単独又は2種以上を組み合わせて使用することができる。
【0032】
流体中における機能性成分を含有する液滴の大きさは、特に制限されず、通常0.1~100μm程度である。また、機能性成分を含有する液滴を含む流体中の液滴の濃度は、特に制限されず、通常0.01~10容量%程度である。
【0033】
機能性成分とは、医薬品、食品、化粧品等の成分として所望の機能を発現することが可能な成分を指す。医薬品や保健、健康維持、増進等を目的とする飲食品(例えば、機能性食品、サプリメント、特定保健用食品、栄養機能食品、機能性表示食品)に使用される機能性成分としては、例えば、生体機能の調節、抗酸化作用、疾病リスク低減作用、血圧上昇抑制作用、血糖値上昇抑制作用、脂質代謝改善作用、認知機能改善作用、骨量又は骨密度改善作用、抗うつ作用、抗動脈硬化作用等の各種生理機能が期待される成分が挙げられる。
【0034】
また、本発明の製造方法では、機能性成分を含有する液滴には、有機高分子成分を更に含ませることもできる。液滴に有機高分子成分が含まれることで、β-グルカンのランダムコイル鎖と有機高分子成分とが相互作用することになり、β-グルカンによる液滴の被覆が起きやすくなる。有機高分子成分としては、液滴中に溶解し得るものであれば特に限定されず、例えば、ポリエチレングリコール、ポリフェニレンビニレン、ポリアニリン、ポリチオフェン、ポリシラン、ポリN-イソプロピルアクリルアミド、ポリ乳酸等が挙げられる。液滴中の有機高分子成分の濃度は、適宜設定することができ、通常は0.05~10 mg/mL程度の範囲内である。また、有機高分子成分とβ-グルカンの濃度比につついても、適宜設定することができ、通常は1:0.5~1:10程度の範囲内である。
【0035】
機能性成分を含有する液滴を含む流体の調製には、公知の方法を広く利用することができ、中でも、マイクロ流路上に機能性成分を含む流体を供給することにより、機能性成分を含有する液滴を調製することが望ましい。当該機能性成分を含む流体は、液滴を構成する溶媒に機能性成分を溶解させることによって調製することができる。水中油(o/w)型エマルジョン及び水中油中水(w/o/w)型エマルジョンのような機能性成分を含有する液滴を含む流体の具体的な調製方法としては、後述する実施例に記載の方法が挙げられる。
【0036】
マイクロ流路上に機能性成分を含む流体を供給することによる機能性成分を含有する液滴を調製する具体的な手段は、マイクロ流路を使用するものである限り特に限定されず、例えば、少なくとも2つの支流が合流した後に1つの流路となる構成からなるマイクロ流路を用い、少なくとも2つの支流にそれぞれ機能性成分を含む流体と機能性成分を含有する液滴を含む流体の溶媒とを供給することにより、合流ポイントで効率的に液滴を形成させることができる。中でも、1つの支流に機能性成分を含む流体を供給し、2つの支流に機能性成分を含有する液滴を含む流体の溶媒を供給して、合流した流路で機能性成分を含有する液滴が形成するように流通させることが特に好ましい。このような構成では水中油(o/w)型エマルジョンを調製することができるが、水中油中水(w/o/w)型エマルジョンを調製する場合は、別の支流から液滴を構成する更なる溶媒を供給することで水中油中水(w/o/w)型エマルジョンを調製することができる。なお、このようなマイクロ化学チップは、公知、市販又は自作のものを使用することができる。
【0037】
本発明の製造方法では、機能性成分を含有する液滴を含む流体と1本鎖構造のβ-グルカンを含む流体とを合流時に形成されるそれらの流体間の界面が継続的に維持されるようにマイクロ流路上に供給する。すなわち、単に静止状態で両者を混合するのではなく、前記2種の流体を所定の流速で供給させながら両流体を接触させる。このように、本発明では、両流体を流通下で接触させることによって、両流体の間に界面が形成されるように制御し、その界面(動的界面)を利用してβ-グルカン鎖の連続的な自己組織化を促進することができる結果、所望の平面ネットワーク構造を有するβ-グルカンを形成することができる。
【0038】
両流体を流通させる場合の流速は、流体の種類、マイクロカプセルの所望の特性等に応じて適宜調整することができ、両流体の流速は、同一又は異なっていてもよく、一般的には流速0.1~200μl/minの範囲内である。機能性成分を含有する液滴を含む流体の流速は好ましくは0.1~200μl/min、より好ましくは1~100μl/minであり、1本鎖構造のβ-グルカンを含む流体の流速は好ましくは0.1~200μl/minであり、より好ましくは1~100μl/minである。また、両流体をマイクロ流路上で混合した後の溶出溶液の水の割合は、β-グルカンの平面ネットワークが形成される限り特に限定されず、通常60~90容量%である。
【0039】
両流体を接触させる具体的な手段はマイクロ流路を使用するものである限り限定されず、例えば、少なくとも2つの支流が合流した後に1つの流路となる構成からなるマイクロ流路を用い、少なくとも2つの支流にそれぞれ前記2種類の流体を供給することにより、流通下での接触を行うことが望ましい。例えば、実施例で示すようなマイクロ化学チップを用い、各支流にβ-グルカンのDMSO溶液と液滴を含む水とをそれぞれ所定の流速で供給することで、合流ポイントで効率的に前記動的界面を形成することができる。中でも、1つの支流に機能性成分を含有する液滴を含む流体を供給し、2つの支流に1本鎖構造のβ-グルカンを含む流体を供給して、合流した流路で機能性成分を含有する液滴を含む流体の両側を、1本鎖構造のβ-グルカンを含む流体が動的界面を形成するように流通させることが特に好ましい。なお、このようなマイクロ化学チップは、公知、市販又は自作のものを使用することができる。
【0040】
また、上記マイクロ流路の支流の流路及び合流した流路は管状であることが好ましい。また、上記管状形状の直径は、マイクロカプセルの所望の特性等に応じて適宜調節することができ、例えば、50~500μm程度である。
【0041】
両流体を動的界面で接触させることによって、動的界面において平面ネットワーク構造を有するβ-グルカンが形成される。いかなる理論にも拘束されることを望むものではないが、
図1に示す様に、両流体が流通下で接触することにより、three-way junction構造が形成され、その後、1本鎖構造部分と3本鎖構造部分とを有する平面ネットワーク構造が形成されると考えられる。そのため、液滴を被覆しているβ-グルカンは、1本鎖構造部分と3本鎖構造部分とを有する平面ネットワーク構造を形成していることが望ましい。このように形成された平面ネットワーク構造を有するβ-グルカンが機能性成分を含有する液滴をラッピングし、平面ネットワーク構造を有するβ-グルカンによって被覆されたマイクロカプセルが得られる。結果として、機能性成分が内部に封入されたマイクロカプセルを製造することができる。得られたマイクロカプセルは両流体の混合液の中に含まれているので、これを水等の適当な溶媒中に導入することよって安定した状態で保管することができる。反対に、
図1に示す様に、流通下ではなく、液滴を含む溶液に1本鎖構造のβ-グルカンを添加した場合には、1本鎖構造部分を有さず3本鎖構造部分のみからなるβ-グルカンによって被覆されたマイクロカプセルが形成される。
【0042】
本発明の製造方法では、様々な粒径のマイクロカプセルを得ることができ、マイクロカプセルの平均粒径としては、例えば、100 nm~50μmであり、好ましくは200 nm~10μmである。この範囲であれば、粒径をより正確に制御することが可能である。後述する実施例で示すように、マイクロカプセルは、製造から時間経過に伴い溶媒が減少して収縮し、平均粒径が減少していく場合がある。そのような場合、ここでの平均粒径は、製造から時間が経過してマイクロカプセルが収縮した後のものである。本発明において平均粒径とは、動的光散乱により測定した流体力学半径である。
【0043】
本発明の製造方法によれば、平面ネットワーク構造を有するβ-グルカンによって液滴が被覆され、機能性成分が内部に封入されたマイクロカプセルを得ることができる。また、液滴を含む溶液に直接β-グルカンを添加することによりマイクロカプセルを調製した場合は、均一な大きなマイクロカプセルを得ることができず、またマイクロカプセルのサイズの制御も不可能である上、封入効率も低い。それに対して、本発明の製造方法では、均一な大きさのマイクロカプセルを得ることができ、マイクロカプセルのサイズ制御が可能である上、封入効率も高い。
【0044】
本発明の第1の成分が内部に封入されたマイクロカプセルの製造装置は、以下の手段を含むことを特徴とする。
【0045】
マイクロ流路上に第1の成分を含む第1の流体と第2の流体とを供給し、前記第1の成分を含む液滴を前記第2の流体中に形成する手段(手段1)と、
前記液滴を含む前記第2の流体と第2の成分を含む第3の流体とを、合流時に形成されるそれらの流体間の界面が継続的に維持されるようにマイクロ流路上に供給し、前記液滴が前記第2の成分によって被覆されたマイクロカプセルを形成する手段(手段2)。
【0046】
上記手段1については
図5(a)の左に示されるものが例として挙げられ、上記手段2については
図5(a)の右に示されるものが例として挙げられる。このようなマイクロカプセルの製造装置は、本発明の機能性成分が内部に封入されたマイクロカプセルの製造方法を実施するために使用することができ、特に、手段1は上記の水中油(o/w)型エマルジョンの調製に、手段2は上記の平面ネットワーク構造を有するβ-グルカンによって液滴が被覆されたマイクロカプセルの調製に使用することができる。手段1と手段2とは連結し、手段1で調製された液滴を含む第2の流体が、直接、手段2に供給されることが望ましい。
【0047】
また、本発明の第1の成分が内部に封入されたマイクロカプセルの製造装置はまた、以下の手段を以下の手段を含むことを特徴とする。
【0048】
マイクロ流路上に第1の成分を含む第1の流体と第1’の流体と第2の流体とを供給し、前記第1の成分を含む液滴を前記第2の流体中に形成する手段(手段3)と、
前記液滴を含む前記第2の流体と第2の成分を含む第3の流体とを、合流時に形成されるそれらの流体間の界面が継続的に維持されるようにマイクロ流路上に供給し、前記液滴が前記第2の成分によって被覆されたマイクロカプセルを形成する手段(手段4)。
【0049】
上記手段3については
図10に示されるものが例として挙げられ、上記手段4については
図11に示されるものが例として挙げられる。このようなマイクロカプセルの製造装置は、本発明の機能性成分が内部に封入されたマイクロカプセルの製造方法を実施するために使用することができ、特に、手段3は上記の水中油中水(w/o/w)型エマルジョンの調製に、手段4は上記の平面ネットワーク構造を有するβ-グルカンによって液滴が被覆されたマイクロカプセルの調製に使用することができる。手段3と手段4とは連結し、手段3で調製された液滴を含む第2の流体が、直接、手段4に供給されることが望ましい。なお、上記の手段3と手段4とは、基本的に同じ構造を有している。
【0050】
本発明のマイクロカプセルは、β-グルカンから構成された膜、及び当該膜で被覆された機能性成分を備え、前記β-グルカンは、1本鎖構造部分と3本鎖構造部分とを有する平面ネットワーク構造を形成していることを特徴とする。
【0051】
このようなマイクロカプセルは、上記の製造方法により調製することができる。ここでのβ-グルカン、機能性成分などについては前述するものと同様である。
【0052】
本発明のマイクロカプセルの粒径としては、例えば、100 nm~50μmであり、好ましくは200 nm~10μmである。
【0053】
本発明のマイクカプセルは、ターゲット薬物が疎水性物質に限定されず核酸医薬や抗体医薬も内包可能であり、β-グルカンで構成されているので生体適合性が高いという優れた特性を有している。このように本発明のマイクカプセルは生体適合性が高いという特徴を有しているためバイオマテリアルとしての利用が期待される。また、β-グルカンは免疫賦活性を有しているため、本発明のマイクカプセルは、ワクチンのデリバリーなどにも利用が期待される。また、本発明のマイクロカプセルは、含まれる機能性成分の種類により、医薬品、食品、化粧品などの用途に用いることができる。
【実施例】
【0054】
以下、本発明を更に詳しく説明するため実施例を挙げる。しかし、本発明はこれら実施例等になんら限定されるものではない。
【0055】
試験例1
<方法>
十字型の合流部を持つマイクロ流路を用いて、流路の中央からβ-グルカン/DMSO溶液を導入し、側方からDMSOの溶液を挟み込むように、水を導入した(
図2)。流出してきた溶液をマイカ基盤及び高配向性熱分解グラファイト(HOPG)基盤にキャストし、原子間力顕微鏡(AFM)を用いてモルフォロジー観察を行なった。リファレンスとしてバルクで組織化させたものも観察した。
流路導入時濃度:10.0 mg/mL β-グルカン(分子量150,000)
流速:50μL/min
水割合(Vw):80%
【0056】
<結果>
マイカ基盤を用いた実験に結果を
図3に示す。β-グルカン/DMSO溶液の水との混合をバルクで行った条件では
図3(a)の様な像が見られた。この構造体は高さ3 nm程度、継続鎖長が200 nmであり、β-グルカンが理想的な三重のらせん構造をとったときの直径と継続鎖長によく合致している。一方フロー内で混合させたものは、
図3(b)の様なネットワーク状の構造が確認された。また、同基盤上で、
図3(c)の様なβ-グルカン鎖が三方向に分岐した構造も確認された。
【0057】
次に基盤をHOPGとした時の結果を
図4(b)に示した。マイカ基盤で確認された
図4(a)のネットワーク構造体と比較すると、全体的に確認される高さの値が大きいことが分かる。
【0058】
試験例2
<方法>
上流にドロップレットジェネレーター、下流には側方からβ-グルカン溶液を導入できる十字形合流部を持つ流路を用いてドロップレットにβ-グルカンを混合させた(
図5)。o/wドロップレットにはβ-グルカンのラッピング対象となるテンプレートとしてポリエチレングリコール1 (PEG:Mw=1,000,000)を利用した。流出してきた溶液を動的光散乱(DLS)観察及び、シリコン基盤上に滴下し、真空乾燥させてからSEMによって構造を観察した。また、対照としてバルク中でβ-グルカンを混合させたものも観察した。
【0059】
マイクロカプセルの作製においてラッピング対象のPEGとβ-グルカンの濃度比を変化させ、カプセル作製に最適な比を求めることを目的として、表1に示した条件の濃度でPEGとβ-グルカンとを流路内で混合させた。流速は上流部では有機層のPEG/ジクロロメタン(DCM)溶液を1μL/min、水層の流速を20μL/minとした。β-グルカンと混合させる下流部ではβ-グルカン/DMSO溶液の導入は2μL/minで導入した。β-グルカン溶液と水との混合は上記の条件に合わせた。
【0060】
【0061】
<結果>
まずSEMによって構造の観察を試みた(
図6及び7)。PEG濃度0.05 mg/mL, β-グルカン濃度5.0 mg/mLの条件では200 nm程度の球状の構造を確認した(
図6(a))。一方でこの条件ではマイクロカプセルと思われる球状の構造体だけではなくβ-グルカンが単独で組織化して作製されたと考えられる構造体も確認した。球状の構造体がそうしたβ-グルカン組織化構造に接着しているような画像を取得した(
図6(b))。PEG濃度0.5 mg/mL, β-グルカン濃度5.0 mg/mLの条件においても、PEG濃度0.05 mg/mL, β-グルカン濃度5.0 mg/mLの条件同様β-グルカンが組織化してできたカプセルよりも大きな構造体に接着した構造が観察された(
図6(c, d))。PEG濃度1.0 mg/mL, β-グルカン濃度5.0 mg/mLの条件ではマイクロカプセルと思われる構造のみ観察された。構造体の直径は約1μmのものが確認された(
図6(e, f))。PEG濃度5.0 mg/mL, β-グルカン濃度5.0 mg/mLの条件ではマイクロカプセル構造を確認した。直径約500 nm~1μmであった(
図6(g, h))。
【0062】
β-グルカンの濃度を変えて、PEG濃度5.0 mg/mL, β-グルカン濃度10.0 mg/mLの条件で行った実験においても、β-グルカン濃度5.0 mg/mLの時同様200 nm~400 nmのカプセルを観察する結果となった(
図7(i, j))。PEG濃度0.05 mg/mL, β-グルカン濃度0.1 mg/mLの時、カプセル構造を確認した(
図7(k))。PEG濃度0.5 mg/mL, β-グルカン濃度0.1 mg/mLの条件になると、一部で200 nm~300 nmのカプセルを確認した(
図7(l))。
【0063】
PEG濃度0.05 mg/mL, β-グルカン濃度0.1 mg/mLの条件でバルクでドロップレットとβ-グルカンとを混合したサンプルではカプセルが凝集したような構造が確認された(
図8)。
【0064】
図6においてPEGの濃度に対してβ-グルカンの濃度が高くなるほど、SEMでの観察結果ではマイクロカプセルと思われる球体だけでなく、β-グルカン由来と考えられるカプセルよりも大きな構造体が存在していることが確認された。特にPEG/β-グルカン=1/5、PEG/β-グルカン=1/1、PEG/β-グルカン=1/2の条件においてファインなカプセル構造を確認した(
図6(e), (g),
図7(i))。
【0065】
図8においては、β-グルカンの混合をバルクで行なった場合とフローで行なった場合の構造体の違いをSEM画像とDLSで表している。
【0066】
マイクロ流路内で形成されるドロップレットの直径は数十μmとなっている事を光学顕微鏡により確認した(
図5(a))。一方、SEM画像で観察された高分子のマイクロカプセルは約200 nmから10μmのものが多く確認された。
【0067】
マイクロ流路内で作製したドロップレットがβ-グルカンにラップされる事でβ-グルカンによって囲まれた高分子ミセルの作製ができたと考えられる。その作製のメカニズムは、まず、流路上流でPEGの溶解した有機溶媒がドロップレットジェネレーターにより水中にドロップレットとして分散すると、両親媒性のPEGが有機溶媒と水の界面上に存在するドロップレットができる。ドロップレット分散水が下流部でβ-グルカン/DMSO溶液と合流すると二つの水/DMSO界面に囲まれた内部をドロップレットが流れていく。そして、水/DMSO界面ではβ-グルカンがネットワーク状に配向していく。溶液が完全に混合する事でβ-グルカンネットワークがドロップレットをラッピングすることで高分子ミセルが作製される。ドロップレットのラッピングはβ-グルカンネットワークの1本鎖部位がPEGに巻きつくことに起因すると考えられる。
【0068】
試験例3
<方法>
沸点の異なる2種類の有機溶媒を用いて、DLS測定を行なった。使用したのは沸点45℃のジクロロメタン(DCM)と沸点66℃のジクロロエタン(DCE)であった。
【0069】
作製したサンプルにおいて、減圧したものとしていないものをDLSで比較した。減圧の操作はロータリーエバポレーターを用いて60℃の湯浴中で流出溶液を5分間乾燥させた。
【0070】
DCMを使用してマイクロカプセルの流出直後からの時間変化に対して平均粒径を測定した。測定温度は20℃と40℃とした。
【0071】
<結果>
図9(a)では沸点の異なる溶媒で比較すると、より高沸点のDCEにおいて、低沸点のDCMよりも平均粒径が300 nmほど大きいピークが得られた。
図9(b)では減圧した溶液サンプルについてDLSのピークは低サイズに現れ、その形状もシャープなものになった。
図9(c)では時間経過に伴い平均粒径が減少することを示した。また、20℃に比べ40℃の方がサイズの減少は急激に起きることが確認された。
【0072】
溶媒の沸点が変化することで、マイクロカプセルのサイズが変化していることは溶媒の蒸発するスピードとマイクロカプセルのサイズの減少が対応していることを示す。また、エバポレーターを用いて減圧蒸留することでDLS強度が上昇し、そのレンジも狭くなっていることは内部の有機層が完全に抜けた状態でもその構造体は安定に存在していることを示す。溶媒が構造体中から抜けることはマイクロカプセル自体のサイズを大幅に変更させるにも関わらず、その構造体の安定性を保っていることは、β-グルカンが柔軟な構造変化を許容する特性を持つことに起因すると考えられる。β-グルカンのネットワーク構造はそのメッシュサイズが数十nmである。ネットワーク構造が流路内で最初にPEGドロップレットにラッピングするとき、そのラッピングはリジットではないことが考えられる。溶媒が蒸発しPEGの体積が減少する際、PEGをラッピングしているβ-グルカンも収縮することでβ-グルカンはリジットなβ-グルカンシェルとなると考えられる。
【0073】
試験例4
<方法>
w/o/wエマルションをドロップレットジェネレーターを用いて作製した(
図10)。マイクロスコープでドロップレットを確認し流路内にさらにβ-グルカン(分子量150,000/10 mg/mL)を導入した(
図11)。内部構造確認のため蛍光色素を用いて共焦点レーザー顕微鏡の観察を行なった。また、SEMによってカプセル形状の観察を行なった。さらに、DLSで粒径を測定した。
【0074】
・条件
20%ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)水溶液
5 mg/mL PEG(分子量100万)DCM溶液
10 mg/mL β-グルカン
【0075】
<結果>
図12(a, b, c, d)についてこれまでに確認していたように表面にβ-グルカンのシェルが巻きついていると思われるカプセル構造を確認した。DLSについても500 nm以下の平均粒径となっているカプセル構造があることが確認された(
図12(e))。さらに、共焦点レーザー顕微鏡では内部構造が確認でき、w/o/wドロップレットとなっていた(
図12(f))。
【0076】
試験例5
<方法>
試験例4でカプセル構造を確認したサンプルの条件を元に、内部の水層と有機層を励起光の異なる2色で染色した溶液を用いてカプセルを作製した(
図13)。作製した溶液を室温で30分間静置させたものと60℃の湯浴で30分間熱をかけたサンプルとを作製した。それぞれの温度において時間変化ごとに構造のサイズが収縮する様子と、収縮により内部構造の変化がないか検証した。
【0077】
・条件
20%SDS水溶液+5μMフルオレセイン
5 mg/mL PEG (分子量100万) DCM溶液+ローダミン
10 mg/mL β-グルカン
【0078】
<結果>
流出後のサンプルは白濁した固体が溶液中に分散しているが、60℃で5分以上加熱すると白濁した固体は観察されなかった。共焦点レーザー顕微鏡の観察結果から、マイクロカプセルは流出直後から室温でもサイズが減少していくことが確認された(
図14(g), (h))。また60℃に加熱した条件においてもカプセル内部に水層と有機層が共存していることが確認された(
図14(c),(d))。サイズが縮小したカプセルでは球の外側に水層が局在するような構造となっていることが確認された(
図14(d), (f), (h))。
【0079】
図14の画像から溶媒が蒸発する過程でマイクロカプセルのサイズが減少しても内部の多層構造が完全に崩壊することはないことが示された。