(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-28
(45)【発行日】2024-03-07
(54)【発明の名称】熱安定性が高められたAl-Crベースのセラミックコーティング
(51)【国際特許分類】
C23C 14/06 20060101AFI20240229BHJP
C23C 14/32 20060101ALI20240229BHJP
C23C 14/34 20060101ALI20240229BHJP
B32B 9/00 20060101ALI20240229BHJP
F01D 25/00 20060101ALI20240229BHJP
F01D 25/24 20060101ALI20240229BHJP
F02C 7/00 20060101ALI20240229BHJP
F01D 5/28 20060101ALI20240229BHJP
B23B 27/14 20060101ALN20240229BHJP
【FI】
C23C14/06 P
C23C14/32
C23C14/34 N
B32B9/00 A
F01D25/00 L
F01D25/24 N
F01D25/24 R
F02C7/00 C
F02C7/00 D
F01D5/28
B23B27/14 A
(21)【出願番号】P 2020528121
(86)(22)【出願日】2018-11-23
(86)【国際出願番号】 EP2018082363
(87)【国際公開番号】W WO2019101919
(87)【国際公開日】2019-05-31
【審査請求日】2021-11-17
(32)【優先日】2017-11-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CH
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】598051691
【氏名又は名称】エリコン・サーフェス・ソリューションズ・アクチェンゲゼルシャフト,プフェフィコーン
【氏名又は名称原語表記】OERLIKON SURFACE SOLUTIONS AG, PFAEFFIKON
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ラーブ,ローベルト
(72)【発明者】
【氏名】コーラー,クリスティアン・マルティン
(72)【発明者】
【氏名】マイルホーファー,ポール・ハインツ
(72)【発明者】
【氏名】アルント,ミリヤム
(72)【発明者】
【氏名】ラム,ユルゲン
【審査官】西田 彩乃
(56)【参考文献】
【文献】特表2008-533310(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2008/0193782(US,A1)
【文献】特開2008-168365(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2004/0121147(US,A1)
【文献】R. Raab et al.,Interfaces in arc evaporated Al-Cr-N/Al-Cr-O multilayers and their impact on hardness,Surface & Coatings Technology,2017年,Vol. 324,pp. 236-242,http://dx.doi.org/10.1016/j.surfcoat.2017.05.039
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/06
C23C 14/32
C23C 14/34
B32B 9/00
F01D 25/00
F01D 25/24
F02C 7/00
F01D 5/28
B23B 27/14
Science Direct
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム、クロム、酸素、および窒素を含む多層膜を真空コーティングチャンバ内で生成する方法であって、
前記多層膜は、交互に堆積されたタイプAの個別層とタイプBの個別層とを含み、それによって一連の個別層B/A/B/A/B/A…を有する多層構造が形成され、
前記多層膜を堆積する際に
アルミニウムおよびクロムを含む少なくとも1つのターゲットを、PVD法によってカソードとして動作させるとともに、この方法においてアルミニウムおよびクロムを供給するための材料源として使用し、
アルミニウムおよびクロムと反応させるために、酸素ガス流および窒素ガス流を反応ガスとして前記真空チャンバ内に導入し、それによって、前記多層膜を形成するための酸素および窒素を供給する方法であって、
‐窒素および酸素を反応ガスとして同時に用いることによって、前記A層をAl-Cr-O-Nの酸窒化物層として堆積し、
‐窒素のみを反応ガスとして用いてAl-Cr-N層を形成するために、前記酸素ガス流を減少させるとともに前記窒素ガス流を増加させることによって、前記B層を前記Al-Cr-Nの窒化物層として堆積し、
前記多層膜内の酸素含有量と窒素含有量との関係は、原子百分率の比の値が1.8以上4以下となるような関係であ
り、
前記多層構造は、Al-Cr-Oの酸化物層を含まない、方法。
【請求項2】
前記多層膜内の酸素含有量と窒素含有量との関係は、原子百分率の比の値が2以上3以下となるような関係である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記B層を生成するために前記酸素ガス流を完全に遮断する、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
コーティングに含まれる1つ以上の前記Al-Cr-O-N膜の前記B層は、10at%以下の酸素濃度を有するAl-Cr-N層として生成される、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記コーティングは、前記コーティングの最も外側の表面を構成するように堆積された1つのAl-Cr-O-N膜を含む、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
使用する前記PVD法は、カソードアーク蒸発またはカソードスパッタリングを含む、請求項1~5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記タイプAの層におけるAlおよびCrの濃度は、前記A層内のAl含有量とCr含有量との関係をAl:Crで表わした場合の比の値が1.5以上4以下となるような濃度である、請求項1~6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記タイプBの層におけるAlおよびCrの濃度は、前記B層内のAl含有量とCr含有量との関係をAl:Crで表わした場合の比の値が1.5以上4以下となるような濃度である、請求項1~7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
前記多層膜は他の層を含む、請求項1~8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
前記他の層は、基材と前記Al-Cr-O-N膜との間、または前記基材と前記基材に最も近い側に堆積された前記Al-Cr-O-N膜との間、または異なる2つのAl-Cr-O-N膜の間に堆積されている、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記多層膜の厚さ≧0.5μmである、請求項1~
10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
前記多層膜の厚さ≧1μmである、請求項1~
11のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
1種類以上の不活性ガス流を作用ガスとして前記真空コーティングチャンバ内に導入する、請求項1~
12のいずれか1項に記載の方法。
【請求項14】
前記多層膜に含まれるA層およびB層の組数に対応する二層周期が12以上となるように前記多層膜を堆積する、請求項1~
13のいずれか1項に記載の方法。
【請求項15】
前記二層周期が25以上である、請求項
14に記載の方法。
【請求項16】
前記二層周期が50以上である、請求項
15に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高温での熱安定性が高められたAl-Cr-O-Nベースのコーティングに関するものである。本発明はさらに、発明性のあるコーティングを生成する方法に関するものである。
【0002】
本発明の文脈において、「高温」という用語は、1000℃よりも高い温度、特に≧1020℃である温度を意味する用語として理解されたい。
【背景技術】
【0003】
技術的現状
酸化アルミニウムクロムを含むコーティング、および、窒化アルミニウムクロムを含むコーティング(それぞれ、Al-Cr-OベースのコーティングおよびAl-Cr-Nベースのコーティングとも言う)は、一般的にカソードアーク蒸発(以下、略してCAEとも表記する)によって合成される。これらは、さまざまな種類の工具(例えば、切削工具、成形工具、およびフライス工具)をコーティングするために広く用いられている材料である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
これらの材料は特に、優れた熱機械特性ならびに高い耐摩耗性および耐酸化性を示すことで知られている。
【0005】
しかしながら、既に確立されて広く用いられているコーティング材料においても、工具および部品の性能および耐用寿命のさらなる向上への現在のニーズにより、改善が求められている。
【0006】
乾式高速切削などの機械加工において、保護コーティングは、最大で1000℃、あるいはさらに高い温度に耐えなければならない。
【0007】
特に、単一のfcc相を呈し、閾値x=0.7にできるだけ近い値に対応するAlモル分率を示す(AlxCr1-x)Nコーティングは、良好な機械特性および熱安定性を併せ持つことが見出されている。
【0008】
しかしながら、PVD処理によって(AlxCr1-x)Nコーティングが一体的に(すなわち、単層物として)成長する際、および、多層物として成長する際の両方において、(AlxCr1-x)Nの単一のfcc相が分解してウルツ鉱相の窒化アルミニウム(以下、略してw-AlNとも表記する)および体心立方相のクロム(以下、略してbcc-Crとも表記する)となることが観察されている。これは、中間で生成される六方相の窒化クロム(以下、略してh-Cr2Nとも表記する)の窒素が放出されることによって生成される。
【0009】
このような相転移は、特に大きな体積変化および質量損失に関係するものである場合に、コーティング性能を著しく劣化させる。したがって、適用温度、あるいはさらに高い温度において、そのような相転移の開始を抑制する可能性を見出すことが望まれる。
【0010】
AlおよびCrを窒素ではなく酸素と化学的に組み合わせることにより、さらに高い熱安定性、および酸化環境への抵抗性など、全く異なる材料特性が生み出される。
【0011】
工作機械の性能を改善するために用いるAl2O3コーティングは、通常、800℃~1000℃の温度で行なわれる化学気相成長(以下、略してCVDとも表記する)処理によって生成される。このような種類のコーティング成長は、典型的にはアルファ構造またはカッパ構造(以下、略してそれぞれをα-構造およびκ-構造とも表記する)を示し、優れた摩耗保護および高い高温硬度を提供することで知られている。
【0012】
しかしながら、コランダム構造を示すα-Al2O3の成長温度を低減することは、特にAl2O3の多形特性に起因して大きな困難が伴う。
【0013】
近年、α-Al2O3コーティングの代わりにコランダム型(Al,Cr)2O3固溶体からなるコーティングを使用することが、工作機械をコーティングするための有望な代替策であることが分かってきた。その主な理由としては、以下が考えられる。
・Crが、α-Al2O3と同様の格子パラメータを有する親近構造のα型Cr2O3を形成するとともに、α-Al2O3とある程度の混和性を持つこと。
・α型Cr2O3がPVD処理を用いて容易に形成可能であること。
・PVD処理、特にCAEを用いることにより、500℃~600℃の処理温度で準安定コランダム型(Al,Cr)2O3固溶体膜の成長を促進することが可能であること。
【0014】
しかしながら、上記の準安定コランダム型(Al,Cr)2O3固溶体膜を使用した場合、コーティングされた工具が高温にさらされる機械加工の際、大抵望ましくない相が形成されるという明らかな欠点がある。これは、コランダム型(Al,Cr)2O3固溶体膜におけるAlモル分率が50%を超えている場合(すなわち、x>0.5)、かつ、膜が低温(例えば、500℃~600℃)でPVDにより生成された場合に特にそうである。
【0015】
本発明の目的
本発明の主な目的は、高温で熱安定性を示すAl-Crベースのコーティングを基材表面上に形成するための方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の説明
本発明の目的は、多層構造を有するAl-Cr-O-N膜(以下、多層膜とも言う)を含むコーティングを提供することによって達成され得る。このコーティングは、Al-Cr-O-NからなるタイプAの複数の個別層と、Al-Cr-NからなるタイプBの複数の個別層とを含む。タイプAの個別層の各々が2層のタイプBの個別層の間に堆積され、またはタイプBの個別層の各々が2層のタイプAの個別層の間に堆積されるように、タイプAの個別層はタイプBの個別層と交互に堆積される。これにより、一連の個別層…B/A/B/A/B/A/B/A/B/A/B…を有する多層構造が形成される。多層構造のAl-Cr-O-N膜内のOの平均含有量とNの平均含有量との関係は、O:Nの比の値が1.8以上4以下、好ましくは2以上3以下となるような関係である。この比は、Al-Cr-O-N膜内のOの平均含有量(原子百分率)をAl-Cr-O-N膜内のNの平均含有量(原子百分率)で除したときの商である。ただし、これはOの含有量およびNの含有量のみを考慮して計算した場合である。すなわち、Oの含有量(原子百分率)およびNの含有量(原子百分率)の合計が100at%となるようにOの含有量およびNの含有量を正規化した場合である。
【0017】
本発明のさらに好ましい実施形態によれば、Al-Cr-O-N膜は、Al-Cr-OからなるタイプCの個別層をさらに含んで生成される。その結果、一連の個別層…B/A/C/A/B/A/C/A/B/A/C/A/B…を有する多層構造が形成される。
【0018】
本発明に係るコーティングは、以下を含む。
‐…タイプB/A/B/A/B/A/B/A/B/A/B…の一連の個別層を有する多層構造である1つ以上のAl-Cr-O-N膜、または
‐タイプ…B/A/C/A/B/A/C/A/B/A/C/A/B…の一連の個別層を有する多層構造である1つ以上のAl-Cr-O-N膜、または
‐タイプB/A/B/A/B/A/B/A/B/A/B…の一連の個別層を有する多層構造である1つ以上のAl-Cr-O-N膜、および、タイプ…B/A/C/A/B/A/C/A/B/A/C/A/B…の一連の個別層を有する多層構造である1つ以上のAl-Cr-O-N膜。
【0019】
このコーティングは、Al-Cr-O-N膜のA層およびB層内、場合によってはA層、B層、およびC層内の相の分解に対して驚くべき耐性を示す。
【0020】
また、発明者らは、本発明に係るコーティングであって他の層(例えば、Cr含有層)を含むコーティングを作り出した。上記他の層は、基材と、コーティングに含まれるAl-Cr-O-N膜との間に堆積される。あるいは、2つ以上のAl-Cr-O-N膜がコーティングに含まれる場合には、基材と当該基材に最も近い側に堆積されたAl-Cr-O-N膜との間、または、異なる2つのAl-Cr-O-N膜の間に堆積される。非常に驚いたことに、発明者らは、このような他の層(特に、Cr含有層)内の相の分解も防止できることを見出した。
【0021】
本発明に係るコーティングに含まれる1つ以上のAl-Cr-O-N膜は、コーティング内でのOの拡散に対するバリア、さらにはCrの拡散に対するバリアとしても機能し得ると考えられる。これにより、高温でのコーティング成分の拡散および質量損失(例えば、コーティング表面に揮発性Cr-O化合物が形成されることによって起こるCrの拡散およびCrの損失)を防止することができる。
【0022】
本発明のもう1つの好ましい実施形態によれば、コーティングは、当該コーティングの最も外側の表面を構成するように堆積された1つのAl-Cr-O-N膜を含む。
【0023】
本発明に係るコーティング、特に、コーティングに含まれる1つ以上のAl-Cr-O-N膜は、物理気相成長(PVD)法によって生成されることが好ましい。
【0024】
本発明に係るコーティングの生成には、如何なるPVD法も好適であり得る。例えば、カソードアーク蒸発、またはカソードスパッタリングなどがある。高出力インパルスマグネトロンスパッタリング(HIPIMS)(高出力パルスマグネトロンスパッタリング(HPPMS)とも言う)と呼ばれるスパッタリングのバリエーションも含まれる。
【0025】
一方、本発明に係るコーティングの堆積は上述の方法のみに限定されるものではない。
高温でより高い熱安定性およびより良好な機械特性を得るために、タイプAの層におけるAlおよびCrの濃度は、A層内のAl含有量とCr含有量との関係をAl:Crで表わした場合の比の値が1.5以上4以下となるような濃度であるべきである。この比は、A層内のAlの含有量(原子百分率)をA層内のCrの平均含有量(原子百分率)で除したときの商である。ただし、これはAlの含有量およびCrの含有量のみを考慮して計算した場合である。すなわち、Alの含有量(原子百分率)およびCrの含有量(原子百分率)の合計が100at%となるようにAlの含有量およびCrの含有量を正規化した場合である。
【0026】
Al-Cr-O-N膜内にA層およびB層のみが含まれる場合、高温でより高い熱安定性およびより良好な機械特性を得るためには、タイプAの層およびタイプBの層がともに、A層に関して上述したようなAl含有量およびCr含有量を有するように生成されることが好ましい。
【0027】
Al-Cr-O-N膜内にC層がさらに含まれる場合、高温でより高い熱安定性およびより良好な機械特性を得るためには、3つのタイプの層、すなわちA層、B層、およびC層が、A層に関して上述したようなAl含有量およびCr含有量を有するように生成されることが好ましい。
【0028】
これらの2つの場合において、多層構造を有するAl-Cr-O-N膜内のAlの平均含有量とCrの平均含有量との関係は、Al:Crの比の値が1.5以上4以下となるような関係であるべきである。この比は、Al-Cr-O-N膜内のAlの平均含有量(原子百分率)をAl-Cr-O-N膜内のCrの平均含有量(原子百分率)で除したときの商である。ただし、これはAlの含有量およびCrの含有量のみを考慮して計算した場合である。すなわち、Alの含有量(原子百分率)およびCrの含有量(原子百分率)の合計が100at%となるようにAlの含有量およびCrの含有量を正規化した場合である。上述のAl濃度およびCr濃度の限定は、例えば、Al濃度が70at%でCr濃度が30at%である場合を含む。この場合、比Al:Crは、およそ2.33である。
【0029】
本発明のさらに好ましい実施形態によれば、コーティングに含まれる1つ以上のAl-Cr-O-N膜のB層を、10at%以下の低い酸素濃度を有するAl-Cr-N層として生成してもよい。ただし、これはB層に含まれるNの含有量およびOの含有量のみを考慮して計算した場合である。すなわち、Oの含有量(原子百分率)およびNの含有量(原子百分率)の合計が100at%となるようにOの含有量およびNの含有量を正規化した場合である。
【0030】
真空コーティングチャンバ内でPVDによって単層Al-Cr-O-N膜を堆積する際、さらにはPVDによって多層Al-Cr-O-N膜を堆積する際にも、Al-Cr-O-N層形成用にアルミニウムおよびクロムを供給するための材料源として、固相のアルミニウムおよびクロムを含む1つ以上のターゲットを用いてもよい。さらに、Al-Cr-O-N層形成用に酸素および窒素を供給するために、酸素ガス流および窒素ガス流を反応ガスとして真空コーティングチャンバ内に導入してもよい。オプションとして、例えばプロセス安定性を高めるために、またはコーティングパラメータを調整するために、1種類以上の不活性ガス流(例えば、アルゴン)を、当業者に公知の方法で作用ガスとして真空コーティングチャンバ内に導入してもよい。
【0031】
ターゲット材料を固相から気相とするために、例えばアーク蒸発法または任意のスパッタリング法を用いて、1つ以上のターゲットをカソードとして動作させてもよい。
【0032】
このようにして、真空コーティングチャンバ内部において酸素および窒素を含む反応性雰囲気中でターゲットを動作させることによって、Al-Cr-O-N層を形成することができる。
【0033】
多層Al-Cr-O-N膜を堆積する際に、酸素ガス流および窒素ガス流をそれぞれ変化させてタイプAの層およびタイプBの層を形成してもよい。
【0034】
窒素分圧を、タイプAの層を生成する際には減少させ、タイプBの層を生成する際には増加させてもよい。これにより、形成されたタイプAの層は、窒素含有量がタイプBの層よりも低くなる。
【0035】
本発明の文脈において、上述のアルミニウムおよびクロムを含む1つ以上のターゲットは、アルミニウムおよびクロムを主成分として含むターゲットである。
【0036】
アルミニウムおよびクロムを含むターゲットは、アルミニウムおよびクロムからなるターゲットであることが好ましい。本発明の文脈において、「アルミニウムおよびクロムからなるターゲット」とは、アルミニウムおよびクロムからなるが、避けられない不純物も含み得るターゲットを意味する。
【0037】
酸素を含まない、または実質的に酸素を含まない上記の窒化物B層を生成するためには、多層膜の堆積の際、酸素ガス流が完全に遮断されるまで、またはほとんど完全に遮断されるまで酸素ガス流を減少させることを発明者らは推奨する。本発明の文脈において、「ほとんど完全に遮断される」という用語は、窒化物B層の形成に実質的に関与しない、無視できるほどのガス流しか残留しないことを意味するものであると理解されたい。換言すれば、酸素分子数が窒素分子数と比較して極めて小さいため、たとえあったとしても無視できるほどの残留酸素ガス流は窒化物B層内に極微量の不純物しか生じさせないことを意味する。
【0038】
結晶学上の立方相によって良好な機械特性がもたらされることが知られている。そのため、発明者らは、結晶学上の立方相を有するAl-Cr-O-N膜を生成するために、さらなるコーティングパラメータを当業者に公知の方法で選択することを推奨する。さらなるコーティングパラメータの例としては、処理温度、コーティングチャンバ内の合計ガス圧力、材料源として使用される1つまたは複数のターゲットにおける電力密度または電流密度、コーティングすべき基材に印加するバイアス電圧などがある。
【0039】
本発明はさらに、以下を開示する。
上述の方法であって、
多層膜はタイプCの個別層をさらに含み、
タイプCの個別層は、窒素ガス流を減少させるとともに酸素ガス流を増加させることによって形成したAl-Cr-Oの酸化物層として堆積され、
タイプCの個別層は、各々の場合において、1つのA層と1つのB層との間、または1つのB層と1つのA層との間に堆積され、それによって一連の個別層B/A/C/A/B/A/C/A/B/A…を有する多層構造が形成される、方法。
【0040】
上述の方法であって、
A層は、窒素および酸素の含有量を変化させたグラジエント層として堆積され、
B層上に堆積されたA層では、多層膜の最も外側の表面に向かう方向に、個々の厚さに沿って酸素含有量が増加するとともに窒素含有量が減少しており、
C層上に堆積されたA層では、多層膜の最も外側の表面に向かう方向に、個々の厚さに沿って窒素含有量が増加するとともに酸素含有量が減少している、方法。
【0041】
上述の実施形態のうちのいずれかに記載の方法であって、多層膜に含まれるA層およびB層の組数に対応する二層周期が12以上となるように多層膜を堆積する方法。好ましくは二層周期が25以上であり、さらに好ましくは二層周期が50以上である。
【0042】
上述の方法のうちのいずれかを用いて堆積された多層膜を含むコーティングで覆われたタービン部品。
【0043】
上述の方法のうちのいずれかを用いて堆積された多層膜を含むコーティングで覆われた蒸気タービン。
【0044】
上述の方法のうちのいずれかを用いて堆積された多層膜を含むコーティングで覆われたガスタービン。
【0045】
上述の方法のうちのいずれかを用いて堆積された多層膜を含むコーティングで覆われた燃焼機関の部品。
【0046】
本発明によって提供される特有の利点
本発明は、少なくとも以下を達成することができるという理由により、従来技術よりも特に有利である。
・1000℃を超える高温において、Al-Cr-Nがw-AlNおよびh-Cr2Nに分解されることによって開始される質量損失に対する耐性が高まる。
・Al-Cr-O-Nコーティングの酸素バリア特性が向上する。
・Cr拡散が発生する類似のコーティングと比較して、最大で1500℃におけるAl-Crベースのコーティングの構造的安定性が高まる。
【0047】
上述の利点を保証するために、本発明に係るコーティングに含まれるAl-Cr-O-N膜の厚さ≧0.5μmであるべきである。
【0048】
本発明の好ましい実施形態によれば、Al-Cr-O-N膜は厚さ≧1μmを有するように堆積される。
【0049】
本発明の詳細を説明するための例
本発明の理解を容易にするために、本発明の説明のうちの以下の部分では、いくつかの例について述べる。そのために、説明では
図1および
図2に言及する。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【
図1】B個別層(以下、窒化物層とも言う。例えばAl-Cr-Nからなる)と、C個別層(以下、酸化物層とも言う。例えばAl-Cr-Oからなる)とを交互に堆積した多層膜を概略的に示す図である。多層膜の窒化物層と酸化物層との間の界面としては、異なる3種類の界面がある。すなわち、曖昧な界面、混合型の界面、および明確な界面である。曖昧な界面はA層(例えば、Al-Cr-O-Nからなる)を形成するように作られる。また、
図1は、性質上「低」「中」「高」に分類された界面体積割合も示す。これは、窒化物層としてのAl-Cr-N層および酸化物層としてのAl-Cr-O層を含む多層構造で定められる。
図1に示すように、曖昧な界面を有して形成された多層膜(本明細書において、多層コーティングとも言う)は、明確な界面または混合型の界面を有して形成された多層膜よりも界面体積割合が高いと考えられる。なぜなら、曖昧な界面は、多層膜の全体厚さに沿ったコーティング延在範囲のうち占める範囲がより大きいからである。これに関連して、多層膜内の二層の組数が多いほど多層膜内に多くの界面が存在することになり、ひいては多層膜内の界面体積割合も高くなることを考慮することも重要である。したがって、多層膜内の二層の組数を増やし、かつ曖昧な界面を形成することによって、多層膜内の界面体積割合がさらに高まることになる。
【
図2-1】多層膜のDSC信号およびTGA信号を示す図である。多層膜は、Al-Cr-NからなるB層としての窒化物個別層と、Al-Cr-OからなるC層としての酸化物個別層とを交互に堆積したものである。多層膜の窒化物層と酸化物層との間の界面としては、異なる3種類の界面がある。すなわち、曖昧な界面、混合型の界面、および明確な界面である。曖昧な界面は、Al-Cr-O-NからなるタイプAの層を形成するように作られる。
図2(a),(b),(c)は、窒化物と酸化物との間の界面が、それぞれ明確な界面、混合型の界面、および曖昧な界面である場合の体積割合(12組、25組、または50組の二層)の影響を示す。
図2(d),(e),(f)は、二層の組数がそれぞれ12組、25組、または50組である場合の構造(明確、曖昧、および混合型)の影響を示す。
【
図2-2】多層膜のDSC信号およびTGA信号を示す図である。多層膜は、Al-Cr-NからなるB層としての窒化物個別層と、Al-Cr-OからなるC層としての酸化物個別層とを交互に堆積したものである。多層膜の窒化物層と酸化物層との間の界面としては、異なる3種類の界面がある。すなわち、曖昧な界面、混合型の界面、および明確な界面である。曖昧な界面は、Al-Cr-O-NからなるタイプAの層を形成するように作られる。
図2(a),(b),(c)は、窒化物と酸化物との間の界面が、それぞれ明確な界面、混合型の界面、および曖昧な界面である場合の体積割合(12組、25組、または50組の二層)の影響を示す。
図2(d),(e),(f)は、二層の組数がそれぞれ12組、25組、または50組である場合の構造(明確、曖昧、および混合型)の影響を示す。
【
図2-3】多層膜のDSC信号およびTGA信号を示す図である。多層膜は、Al-Cr-NからなるB層としての窒化物個別層と、Al-Cr-OからなるC層としての酸化物個別層とを交互に堆積したものである。多層膜の窒化物層と酸化物層との間の界面としては、異なる3種類の界面がある。すなわち、曖昧な界面、混合型の界面、および明確な界面である。曖昧な界面は、Al-Cr-O-NからなるタイプAの層を形成するように作られる。
図2(a),(b),(c)は、窒化物と酸化物との間の界面が、それぞれ明確な界面、混合型の界面、および曖昧な界面である場合の体積割合(12組、25組、または50組の二層)の影響を示す。
図2(d),(e),(f)は、二層の組数がそれぞれ12組、25組、または50組である場合の構造(明確、曖昧、および混合型)の影響を示す。
【発明を実施するための形態】
【0051】
本発明に従って生成される、発明性のある多層膜を含むコーティングを堆積するために、エリコンバルザース(Oerlikon Balzers)社のINNOVA型のコーティング装置を用いた。コーティング装置は、カソードアーク蒸発システムを備えるものであった。粉末冶金(PM)用に製造されたターゲットをカソード材料として用いた。
【0052】
具体的には、以下に示す例では、アルミニウムおよびクロムからなるカソード材料(ターゲット)を用いた。その成分組成は、原子百分率でアルミニウム70%およびクロム30%であった。このターゲットは、プランゼー・コンポジット・マテリアルズ(Plansee Composite Materials)社製であった。
【0053】
実験に応じて異なる種類の基材材料をコーティングした。例えば、DSCおよびTGAでは低合金鋼箔を用い、EDS組成分析ではSi(100)を用いた。基材をアセトンおよびエタノール中で10分間超音波によって洗浄し、その後、ターゲット基材間の最小距離がおよそ25cmとなるように2部からなる回転カルーセル(two-fold rotation carousel)に取り付けた。
【0054】
以下では、処理を説明するとともに、実験で合成される異なる種類の界面を説明する。500℃の処理温度を得るために、輻射加熱およびプラズマ加熱の組み合わせにより、堆積チャンバをおよそ30分間加熱した。
【0055】
コーティングすべき基材表面から汚染物および酸化物を除去するために、さらに30分間アルゴンイオンエッチングを行なった。
【0056】
4つの近隣位置にある活性化したカソードのうち2つずつをそれぞれ窒素および酸素の雰囲気で交互に動作させることによって、コーティングの多層構造を実現した。詳細には、150Aのアーク電流、かつ1100sccmの窒素流量で、個別の窒化物層を合成した。一方、酸化物層については、1000sccmの流量で酸素をカソード表面に注入しながら、180Aで他の2つのカソードを動作させた。個別の窒化物層および酸化物層の平均堆積圧力は、それぞれ約3.6Paおよび約2.6Paであった。成長速度を速めるために、-40Vの負の両極性パルス状基材バイアスを印加した。ソースの活性時間を145秒、60秒、30秒と減少させ、その結果、二層の合計組数をそれぞれ12組、25組、および50組の[すなわち、24層、50層、および100層(窒化物層および酸化物層)]とすることによって、二層周期の変化、ひいては全体の界面割合の変化を実現した。さらに、3つの異なるタイプの界面(明確な界面、混合型の界面、および曖昧な界面と呼ぶ)の作成は、
図1に示す窒素と酸素との間のガス交換の調整と、該当する2つのカソードのオン/オフとを組み合わせることによって実現した。すべての種類のコーティングについて、窒素雰囲気で処理を開始した。ただし、酸化物層で開始することも可能である。
【0057】
ソースの活性時間(堆積する多層構造に含まれる二層の組数が12組、25組、および50組である場合について、それぞれ145秒、60秒、および30秒)の後、酸素と窒素とをオーバーラップさせてこれらの間でガス交換を行なった。その後、動作中の2つのカソード(窒化物の堆積)をオフし、それと同時に他の2つのカソード(酸化物の堆積)を点火した(逆の場合も同様)。その結果、窒化物層(B層)と酸化物層(C層)との間にAl-Cr-O-N層(A層)を形成する曖昧な界面が形成された。個別の窒化物層と酸化物層との間で明確に移行する場合には、ガス交換(この装置では約37秒かかる)が完了するまですべてのソースをオフし、その後、該当するターゲットを再び点火した。混合型界面タイプ190の場合には、両方の処理構成を組み合わせる。すなわち、
図1に示すように、窒化物層から酸化物層への移行は曖昧(すなわち、Al-Cr-O-NからなるA層を形成する)にするが、酸化物層から窒化物層への移行は明確(Al-Cr-O-NからなるA層を形成しない)にする。
【0058】
Al0.7Cr0.3ターゲットのカソードアーク蒸発によって多層膜を堆積した。Al0.7Cr0.3ターゲットは、A層、B層、およびC層の形成にそれぞれ対応して窒素分圧を変化させながら、窒素ガスおよび酸素ガスを含む雰囲気中でそれぞれ一定のアーク電流でカソードとして動作させた。B層(酸素無し)を生成することが必要な場合には、酸素ガス流を完全に遮断した。
【0059】
本発明に係るいくつかの例では、個別のB層(本明細書では窒化物層とも言う)は、150Aのアーク電流で4つのターゲットをカソードとして動作させ、1100sccmの流量の窒素をそれぞれのカソード表面に注入することによって合成した。一方、個別のC層(本明細書では酸化物層とも言う)の堆積の際には、180Aで他の2つのターゲットをカソードとして動作させ、1000sccmの流量の酸素をそれぞれのカソード表面に注入した。これらの例では、B層の堆積処理とC層の堆積処理との間において、コーティング装置の真空コーティングチャンバ内に窒素ガスおよび酸素ガスの両方を存在させ、かつ、ターゲットを活性状態のままとした。これにより、実質的にAl-Cr-O-Nからなる層を形成した。この文脈で用いられる「実質的にAl-Cr-O-Nからなる」という用語は、材料がアルミニウム、クロム、酸素、および窒素からなるが、避けられない不純物も含み得ることを意味する。
【0060】
成長速度を早めるために、-40Vの負の両極性パルス状基材バイアスを基材ホルダに印加した。Al-Cr-O-Nコーティングを合成するためには、典型的には20kHzの範囲内のバイアスを用いることができる。というのは、コーティングに含まれる酸素が高濃度であっても、依然としてある程度の電気伝導性を有するからである。
【0061】
多層膜の全体厚さに沿って個別のB層およびC層の量を変化させることによって、二層周期を変化させた。
【0062】
このような変化は、例えば、ソースの活性時間を異ならせることによって実現することができる。本明細書の文脈において、ソースの活性時間とは、ターゲットをカソードとして活性動作させている時間を意味する。当然のことながら、それは、多層コーティングにおける二層周期を変化させるための唯一の方法ではない。
【0063】
熱安定性を分析するために、12組、25組、および50組の二層(すなわち、24層、50層、および100層の個別層)を含む多層膜を堆積した。すべての例において、多層膜の全体厚さを約4μmとした。
【0064】
7種類の元素(In、Sn、Bi、Zn、Al、Ag、Au)でキャリブレーションを行なったDSC-STA449 F1 Jupiter(登録商標)を用いて、示差走査熱量測定(DSC)および熱重量分析(TGA)を組み合わせることによって、コーティングの熱安定性を調べた。動的なHe雰囲気において、最大1500℃で20K/minの加熱速度で測定を実施した(保護=50ml/min、パージ=50ml/min)。
【0065】
EDAXエネルギー分散型X線分析(EDS)検出器を取り付けたFEI Quanta200電界放出銃走査型電子顕微鏡(FEG SEM)を用いて、コーティングを化学的および形態学的に調べた。
【0066】
アニールした粉末試料について、Bragg-Brentano装置(BB:2θ=15°~90°)でのX線回折(XRD)によって、結晶学的組成の情報を得た。
【0067】
二層間の界面が明確な界面および曖昧な界面である場合のEDSによる組成分析結果を表1に示す。コーティングの金属成分の比は、ターゲットの本来の金属組成(Al70at%、Cr30at%)と非常に近い。しかしながら、驚いたことに、すべてのコーティングにおいて同じ流量の酸素と窒素を使用したにもかかわらず、二層の組数に伴って酸素含有量が著しく増加している。酸素の割合は、明確な界面および曖昧な界面の両方について増加している。12組の二層の場合には多層物全体で約70%であったが、50組の二層の場合には全体で82%~83%まで増加している。
【0068】
【0069】
以下のようにDSC、TGA、およびXRDによる分析を行ない、多層コーティング中の酸素含有量の増加が当該多層コーティングの熱安定性に与える影響を調べた。
【0070】
図2は、本発明に係る(Al,Cr)N/(Al,Cr)
2O
3多層コーティングのアニーリング温度の関数としてのDSC信号および対応する質量変化を示す。
図2a,b,cは、堆積して調べた多層コーティングを、界面の種類に従ってカテゴリー化したものを示す。一方、
図2d,e,fは、それらの多層コーティングを、界面割合に従ってカテゴリー化したものを示す。
【0071】
12組の二層かつ明確な界面タイプを有する多層構造に関して、熱流信号で表される発熱反応および吸熱反応ならびに対応する質量損失を
図2aおよび/または
図2dに示す。650℃~1000℃の範囲内の発熱DSC特徴は、堆積によって引き起こされる欠陥の回復プロセスおよび緩和プロセスによるものである。1034℃でピーク最大値となる際立った吸熱特徴、および、これよりは小さいが1162℃でピーク最大値となる吸熱特徴は、Cr-N結合の分解によるものであると考えられる。初めに、N
2の放出によってCrNがh-Cr
2Nとなり、より高いアニーリング温度によってCr
2Nがさらに分解してCrとなる。このような2段階の分解は、対応のTGA信号(開始温度To約1000℃)で示されている。1000℃~1200℃のTGA曲線の勾配の違いは、立方晶であるCrNと六方晶であるCr
2Nとの間の窒素の結合特性の違いに起因している。1170℃~1330℃で見られる発熱DSC特徴は、粒成長プロセス、再結晶プロセス、および/または焼結プロセスに関係していると考えられる。すなわち、すべてのAl-Cr-O-N多層コーティングについて、Crは2段階の反応を経てコーティングから放出される。
【0072】
25組および50組の二層(明確な界面タイプ,
図2a,それぞれ破線および点線で示す)を有する多層コーティングのTGAスペクトルでは、分解の開始温度がわずかに高い(25組:Toは約1140℃,50組:Toは約1160℃)。2段階の質量損失は、12組の二層かつ明確な界面を有する多層コーティングの場合にはかなり顕著であったが、ほとんど連続的な1段階のプロセスとなった。対応するDSC信号は同様の挙動を示す。25組の二層の場合、第1の発熱反応が600℃~1120℃で起こり、第1の吸熱反応のピーク最大値は1145℃にずれている。N
2の放出によってCr
2Nが分解してCrとなる第2の吸熱反応(1175℃~1250℃)が、対応する質量信号の減少によって示されており、同じ温度範囲で起こる発熱反応が重ねられている。二層の組数が増加すること(ひいては界面の数、特に酸化物層の数が増加すること)によって、窒素およびクロムの拡散に対する拡散バリアとなり得る。
【0073】
明確な界面を有する50組の二層からなる多層コーティングのTGAデータ(
図2a,点線)によれば、N
2の放出に関係していると考えられるTo約1160℃での質量損失は、小さいものにすぎない。対応する重ねられた吸熱特徴とは別に、DSC信号は3つの主要な発熱特徴を示す。500℃~1130℃では、回復プロセスおよび緩和プロセスが起こる。1190℃で第2の発熱反応がピーク最大値となるが、XRD分析から明らかになるように、これはα-Al
2O
3の形成に起因すると考えられる。一方、1240℃~1450℃の温度範囲では、DSC測定後の粉末組成によっても明らかになるように、焼結が起こっている可能性が高い。二層の組数(界面体積)の増加に伴ってCr-N結合の分解およびα-Al
2O
3の形成が抑制され、それによって多層コーティングの熱安定性が向上する傾向は、界面タイプ/界面形状に関係なく観察される(
図2a~c参照)。しかしながら、
図2d~fから分かるように、当然のことながら、絶対的にはDSC信号およびTGA信号に違いがある。12組の二層を有し、かつ混合型および/または曖昧な界面形状を有する多層コーティングのDSC信号およびTGA信号では、多層コーティングが明確な界面を有する場合と比較して、第1の吸熱特徴の温度が低い温度(約1010℃)にずれており、かつ、質量損失の開始温度が低い温度(To約970℃)にずれている(
図2d参照)。曖昧な界面の場合、酸化物層はやや密度の低い柱状の構造を呈することになり、このことは、コーティング領域で窒素が拡散しやすいことを示す。3種類の界面形状すべてにおいて共通して、質量損失の合計は9.1%である。
【0074】
全部で25組の二層を有する多層物の場合(
図2e参照)、曖昧な界面形状および明確な界面形状では、約1140℃で際立った吸熱熱流特徴を1つ有するほぼ同一のDSC信号およびTGA信号となる。また、質量損失はわずかに約10℃だけ隔てられてほぼ同一の約4.8wt%となる。混合型の界面からなる多層物は、1110℃および1135℃において2つの分解可能な吸熱特徴のピーク最大値を示す。質量信号は、合計で5.4wt%の質量損失を示す。この質量損失は、To約1105℃、すなわち、他の界面形状で観察されたものよりも約35℃低い温度で開始する。
【0075】
50組の二層を有する多層コーティングにおける界面形状の影響を
図2fに示す。ここでは、3つすべての界面タイプのTGA信号が1段階のみの質量損失を示している。N
2放出によるCr
2NのCrへの分解が抑制されることは、多層物内の界面割合がより高いため、効果的に拡散バリアとして機能するということで説明がつく。これは、対応するDSC信号と一致している。当該対応するDSC信号は、小さな吸熱特徴に、より強い発熱反応がさらに重ねられたものを示す。質量損失の開始温度であるTo約1165℃は、混合型の界面を有する多層物および明確な界面を有する多層物で等しい。一方で、曖昧な界面形状の質量損失の開始は、約1200℃にずれている。得られる質量損失の合計にも違いがある。混合型の界面を有する多層物、明確な界面を有する多層物、および曖昧な界面を有する多層物の質量損失の合計値はそれぞれ3.4wt%、2.7wt%、および1.6wt%である。
【0076】
要約すれば、質量損失は、界面の体積割合の増加に伴って(すなわち、二層が12組から25組、25組から50組と増加するに伴って)著しく減少する。これは、窒化物-酸化物間の界面が曖昧なタイプである場合に、特に顕著である。
【0077】
したがって、多層コーティングが50組の二層、かつ曖昧な界面を有する場合(
図2cまたは/および
図2fの点線)に、多層コーティングは最も高い熱安定性を示す。
【0078】
したがって、概括的に言えば、50組まで二層の組数を増やすこと、より特定的に言えば、曖昧な界面形状とすることによって、多層コーティングの熱安定性を大幅に高めることができる。その理由の1つは、曖昧な界面設計の場合には、より多くの酸素が組み込まれるということが考えられる。本発明に係るコーティングまたはコーティング内の膜として設けられるそのような種類の多層構造を有する多層膜は、本発明の文脈において、増加した(高い)界面体積割合を有すると考えられる。
【0079】
特に、本発明は以下の方法を開示する。
アルミニウム、クロム、酸素、および窒素を含む多層膜を真空コーティングチャンバ内で生成する方法であって、
多層膜は、交互に堆積されたタイプAの個別層とタイプBの個別層とを含み、それによって一連の個別層B/A/B/A/B/A…を有する多層構造が形成され、
多層膜を堆積する際に
アルミニウムおよびクロムを含む少なくとも1つのターゲットを、PVD法によってカソードとして動作させるとともに、この方法においてアルミニウムおよびクロムを供給するための材料源として使用し、
アルミニウムおよびクロムと反応させるために、酸素ガス流および窒素ガス流を反応ガスとして真空チャンバ内に導入し、それによって、多層膜を形成するための酸素および窒素を供給する方法であって、
‐窒素および酸素を反応ガスとして同時に用いることによって、A層をAl-Cr-O-Nの酸窒化物層として堆積し、
‐窒素のみを反応ガスとして用いてAl-Cr-N層を形成するために、酸素ガス流を減少させるとともに窒素ガス流を増加させることによって、B層をAl-Cr-Nの窒化物層として堆積し、
多層膜内の酸素含有量と窒素含有量との関係は、原子百分率の比の値が1.8以上4以下となるような関係である、方法。
【0080】
すぐ上に記載した方法であって、
多層膜はタイプCの個別層をさらに含み、
タイプCの個別層は、窒素ガス流を減少させるとともに酸素ガス流を増加させることによって形成したAl-Cr-Oの酸化物層として堆積され、
タイプCの個別層は、各々の場合において、1つのA層と1つのB層との間、または1つのB層と1つのA層との間に堆積され、それによって一連の個別層B/A/C/A/B/A/C/A/B/A…を有する多層構造が形成される、方法。
【0081】
すぐ上に記載した方法であって、
A層は、窒素および酸素の含有量を変化させたグラジエント層として堆積され、
B層上に堆積されたA層では、多層膜の最も外側の表面に向かう方向に、個々の厚さに沿って酸素含有量が増加するとともに窒素含有量が減少しており、
C層上に堆積されたA層では、多層膜の最も外側の表面に向かう方向に、個々の厚さに沿って窒素含有量が増加するとともに酸素含有量が減少している、方法。
【0082】
上述の実施形態のうちのいずれかに記載の方法であって、多層膜に含まれるA層およびB層の組数に対応する二層周期が12以上となるように多層膜を堆積する方法。好ましくは二層周期が25以上であり、さらに好ましくは二層周期が50以上である。
【0083】
上述の方法のうちのいずれかを用いて堆積された多層膜を含むコーティングで覆われたタービン部品。
【0084】
上述の方法のうちのいずれかを用いて堆積された多層膜を含むコーティングで覆われた蒸気タービン。
【0085】
上述の方法のうちのいずれかを用いて堆積された多層膜を含むコーティングで覆われたガスタービン。
【0086】
上述の方法のうちのいずれかを用いて堆積された多層膜を含むコーティングで覆われた燃焼機関の部品。