(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-28
(45)【発行日】2024-03-07
(54)【発明の名称】ミオスタチンスプライスバリアント由来タンパク質によるミオスタチンシグナル阻害とその利用
(51)【国際特許分類】
C07K 14/495 20060101AFI20240229BHJP
C12N 1/15 20060101ALI20240229BHJP
C12N 1/19 20060101ALI20240229BHJP
C12N 1/21 20060101ALI20240229BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20240229BHJP
C12N 15/19 20060101ALI20240229BHJP
C12N 15/63 20060101ALI20240229BHJP
C12P 21/02 20060101ALI20240229BHJP
A23L 33/18 20160101ALI20240229BHJP
A61P 21/00 20060101ALI20240229BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20240229BHJP
A61K 38/16 20060101ALI20240229BHJP
A61K 35/76 20150101ALI20240229BHJP
A61K 31/7088 20060101ALI20240229BHJP
A23K 20/147 20160101ALI20240229BHJP
A23K 20/153 20160101ALI20240229BHJP
【FI】
C07K14/495 ZNA
C12N1/15
C12N1/19
C12N1/21
C12N5/10
C12N15/19
C12N15/63 Z
C12P21/02 H
A23L33/18
A61P21/00
A61P43/00
A61K38/16
A61K35/76
A61K31/7088
A23K20/147
A23K20/153
(21)【出願番号】P 2021503998
(86)(22)【出願日】2020-02-26
(86)【国際出願番号】 JP2020007671
(87)【国際公開番号】W WO2020179571
(87)【国際公開日】2020-09-10
【審査請求日】2023-01-05
(31)【優先権主張番号】P 2019037915
(32)【優先日】2019-03-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】598041795
【氏名又は名称】神戸天然物化学株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】507307374
【氏名又は名称】学校法人神戸学院
(74)【代理人】
【識別番号】100098121
【氏名又は名称】間山 世津子
(74)【代理人】
【識別番号】100107870
【氏名又は名称】野村 健一
(72)【発明者】
【氏名】松尾 雅文
(72)【発明者】
【氏名】岡崎 宏亮
(72)【発明者】
【氏名】前田 和宏
【審査官】太田 雄三
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-226656(JP,A)
【文献】特表2002-504326(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2006/0251632(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K 14/00
C12N 1/00
C12N 5/00
C12N 15/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)又は(b)のタンパク質。
(a) 配列番号1のアミノ酸配列からなるタンパク質
(b) 配列番号1のアミノ酸配列と少なくとも
90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつミオスタチンシグナルを抑制することができるタンパク質
【請求項2】
請求項1記載のタンパク質をコードするヌクレオチド配列又はそれに相補的な配列を含むポリヌクレオチド。
【請求項3】
請求項2記載のポリヌクレオチドを含むベクター。
【請求項4】
請求項3記載のベクターを含む細胞。
【請求項5】
請求項4記載の細胞を培養することを含む、以下の(a)又は(b)のタンパク質を作製する方法。
(a) 配列番号1のアミノ酸配列からなるタンパク質
(b) 配列番号1のアミノ酸配列と少なくとも
90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつミオスタチンシグナルを抑制することができるタンパク質
【請求項6】
請求項1記載のタンパク質、請求項2記載のポリヌクレオチド、請求項3記載のベクター及び請求項4記載の細胞からなる群より選択される少なくとも一つを含む、ミオスタチンシグナルを抑制するための組成物。
【請求項7】
請求項1記載のタンパク質、請求項2記載のポリヌクレオチド、請求項3記載のベクター及び請求項4記載の細胞からなる群より選択される少なくとも一つを含む、筋肉形成を促進させるための組成物。
【請求項8】
請求項1記載のタンパク質、請求項2記載のポリヌクレオチド、請求項3記載のベクター及び請求項4記載の細胞からなる群より選択される少なくとも一つを含む、ミオスタチンが関与する疾患を予防及び/又は治療するための組成物。
【請求項9】
請求項1記載のタンパク質、請求項2記載のポリヌクレオチド、請求項3記載のベクター及び請求項4記載の細胞からなる群より選択される少なくとも一つを含む、医薬。
【請求項10】
請求項1記載のタンパク質、請求項2記載のポリヌクレオチド、請求項3記載のベクター及び請求項4記載の細胞からなる群より選択される少なくとも一つを含む、食品。
【請求項11】
請求項1記載のタンパク質、請求項2記載のポリヌクレオチド、請求項3記載のベクター及び請求項4記載の細胞からなる群より選択される少なくとも一つを含む、飼料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ミオスタチンスプライスバリアント由来タンパク質によるミオスタチンシグナル阻害とその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
ミオスタチンは、細胞内で前駆体として産出され、プロテアーゼにより切断されて、成熟ミオスタチンに変換される。この成熟ミオスタチンが細胞表層の受容体と結合すると、Smad2/3がリン酸化され、リン酸化Smad2/3が核内に移行する。標的遺伝子のプロモーターに存在するSmad結合エレメントにリン酸化Smad2/3が結合することで標的遺伝子の発現を誘導する(ミオスタチンシグナル)。ミオスタチンシグナルの活性化は、遺伝子発現を誘導し、誘導された因子は、筋肉形成に対して抑制的に働く。これに対し、ミオスタチンシグナルの阻害は、筋肉形成を促進させる。筋肉形成の促進は、筋ジストロフィーなどの筋萎縮性疾患の治療に利用できることから、ミオスタチンシグナルの阻害は、筋萎縮に対する治療法になりうると考えられている(非特許文献1)。また、ミオスタチンの発現量の低下によりがん細胞の増殖は阻害される(非特許文献2)。このことは、がん治療においてミオスタチン量の低下ならびにミオスタチンシグナルの阻害が有効であることを示唆している。さらに、2型糖尿病患者におけるミオスタチン発現量は増加していることから、ミオスタチンと糖尿病との間に何らかの関係があると考えられている (非特許文献3)。これらのことから、ミオスタチンシグナルの阻害が、糖尿病の抑制や進行の阻害に対し有効であることが考えられる。
【0003】
ミオスタチンシグナルの阻害方法としてミオスタチンと結合するペプチドの利用が検証されている。このペプチドはミオスタチン自身が持つ配列由来であり、実際にミオスタチンシグナルを抑制できた。しかしながら、生体内に投与した際の安定性が低いという問題点がある(非特許文献4, 特許文献1)。
【0004】
また、ヒツジのミオスタチンスプライスバリアントを利用してミオスタチンシグナルを抑制する方法も示されている (非特許文献5, 特許文献2)。しかしながら、このヒツジで発見されたミオスタチンスプライスバリアントと同様のものはヒトでは発見されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Bogdanovich et al., Nature, 2002, 420;418-421
【文献】Han et al., Redox Biol. 2018, 19;412-4128
【文献】Palsgaard et al. 2009, 4;e6575
【文献】Ohsawa et al., PlosOne, 2015, 10;e0133713
【文献】Jeanplong et al., PlosOne, 2013, 8;e81713
【特許文献】
【0006】
【文献】WO2014/119753A1
【文献】WO2006/036074A1
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、ミオスタチンシグナルを抑制する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、鋭意努力した結果、ミオスタチンスプライスバリアント(スプライシングパターンの変化によって産出される多様体)から翻訳されるタンパク質がミオスタチンシグナルを阻害することを見出した。ミオスタチンスプライスバリアントのmRNAから翻訳されるタンパク質は、成熟ミオスタチンに必要となる活性領域を持たないが、プロドメインの9割以上を保持している(
図3)。培養細胞においてミオスタチンバリアントを過剰発現させることで、ミオスタチンシグナルを抑制することができた(
図6)。ミオスタチンスプライスバリアントから翻訳されるタンパク質は、生体内で天然に産出されるタンパク質であることから外来性のものよりも安定性はよいと考えられる。ミオスタチンシグナルを抑制することにより、筋肉形成の促進による筋萎縮性疾患の治療が可能になる。また、ミオスタチンシグナル抑制による、がん細胞増殖阻害が可能になる。さらに、ミオスタチン増加に伴う、ミオスタチンシグナルの活性化が、糖尿病と関係する可能性が示唆されていることから、ミオスタチンシグナルの抑制は、糖尿病の予防、あるいは進行阻害に対して有効であると考えられる。よって、このタンパク質ならびにタンパク質発現系は、ミオスタチンが関与する疾患の治療法に利用できる。
【0009】
本発明の要旨は、以下の通りである。
(1)以下の(a)又は(b)のタンパク質。
(a) 配列番号1のアミノ酸配列からなるタンパク質
(b) 配列番号1のアミノ酸配列と少なくとも70%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつミオスタチンシグナルを抑制することができるタンパク質
(2)(1)記載のタンパク質をコードするヌクレオチド配列又はそれに相補的な配列を含むポリヌクレオチド。
(3)(2)記載のポリヌクレオチドを含むベクター。
(4)(3)記載のベクターを含む細胞。
(5)(4)記載の細胞を培養することを含む、以下の(a)又は(b)のタンパク質を作製する方法。
(a) 配列番号1のアミノ酸配列からなるタンパク質
(b) 配列番号1のアミノ酸配列と少なくとも70%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつミオスタチンシグナルを抑制することができるタンパク質
(6)(1)記載のタンパク質、(2)記載のポリヌクレオチド、(3)記載のベクター及び(4)記載の細胞からなる群より選択される少なくとも一つを含む、ミオスタチンシグナルを抑制するための組成物。
(7)(1)記載のタンパク質、(2)記載のポリヌクレオチド、(3)記載のベクター及び(4)記載の細胞からなる群より選択される少なくとも一つを含む、筋肉形成を促進させるための組成物。
(8)(1)記載のタンパク質、(2)記載のポリヌクレオチド、(3)記載のベクター及び(4)記載の細胞からなる群より選択される少なくとも一つを含む、ミオスタチンが関与する疾患を予防及び/又は治療するための組成物。
(9)(1)記載のタンパク質、(2)記載のポリヌクレオチド、(3)記載のベクター及び(4)記載の細胞からなる群より選択される少なくとも一つを含む、医薬。
(10)(1)記載のタンパク質、(2)記載のポリヌクレオチド、(3)記載のベクター及び(4)記載の細胞からなる群より選択される少なくとも一つを含む、食品。
(11)1)記載のタンパク質、(2)記載のポリヌクレオチド、(3)記載のベクター及び(4)記載の細胞からなる群より選択される少なくとも一つを含む、飼料。
(12)(1)記載のタンパク質、(2)記載のポリヌクレオチド、(3)記載のベクター及び(4)記載の細胞からなる群より選択される少なくとも一つを医薬的に有効な量で被験者に投与することを含む、ミオスタチンが関与する疾患を予防及び/又は治療する方法。
(13)ミオスタチンが関与する疾患を予防及び/又は治療する方法に使用するための、(1)記載のタンパク質、(2)記載のポリヌクレオチド、(3)記載のベクター及び(4)記載の細胞からなる群より選択される少なくとも一つ。
【発明の効果】
【0010】
ミオスタチンスプライスバリアントから翻訳されるタンパク質によりミオスタチンシグナルを阻害することができる。
本明細書は、本願の優先権の基礎である日本国特許出願、特願2019‐37915の明細書および/または図面に記載される内容を包含する。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【0012】
ヒト横紋筋肉腫細胞のミオスタチン(MSTN)遺伝子産物のPCR増幅結果を示す。増幅により2つの増幅産物を得た (MSTN, MSTN-V) (左)。それぞれの産物の塩基配列を解析した結果得られたエクソンの構造を模式図にした (右)。MSTN-Vでは、MSTNの塩基番号881番から1843番の塩基が欠失した。それぞれの産物のエクソン2とエクソン3の結合部の配列と、1844番塩基部分の塩基配列の一部を示した (右下)。
【0013】
MSTNは、ミオスタチン遺伝子のpre-mRNAよりイントロン1と2がスプライシングにより取り除かれ、エクソン1、エクソン2、エクソン3から構成される (実線)。イントロン2は、GTとAGの配列を5’と3’の両端に有する最も一般的なイントロンである。一方、MSTN-Vではイントロン2のスプライシング様式が異なり、潜在的スプライスアクセプターサイトであるエクソン3内のTGが活性化されGT-TGイントロンが形成される (点線)。その結果、ミオスタチンVでは、エクソン3の881番から1843番までの963塩基が欠失する。
【0014】
ミオスタチン、ミオスタチンVのタンパク構造を模式図にした。ミオスタチンはN末からシグナルペプチド (1番~18番)、プロドメイン (19番~266番)、成熟ミオスタチン (267番~375番) で構成される。ミオスタチンとミオスタチンVの核酸配列は、エクソン1、エクソン2は同じで、アミノ酸249まで共通である。ミオスタチンVでは、エクソン3の塩基配列が異なるため、N末から250番目のアミノ酸がアスパラギン (N)、251番目がバリン (V)、252番目はストップコドン (*) となる (配列番号1)。このため、ミオスタチンVは成熟ミオスタチンのドメインを持たない。
【0015】
ミオスタチンは、前駆体から生み出された成熟ミオスタチンが、細胞表層の受容体と結合することで下流のシグナル伝達を活性化させる。成熟ミオスタチンが受容体と結合すると、Smad2/3がリン酸化され、リン酸化Smad2/3が核内に移行する。標的遺伝子のプロモーターに存在するSmad結合エレメントにリン酸化Smad2/3が結合することで標的遺伝子の発現を誘導する。
【
図5】ミオスタチンVの発現ベクターと発現タンパク。
【0016】
配列番号2に対してコドン使用頻度を最適化した配列 (配列番号3) の5’側にNhe I認識配列 (GCTTGC)、3’側にBamH I認識配列 (GGATCC) を付加した人工合成核酸を、pcDNA
TM3.1(+) ベクターのNhe I、BamH I認識サイトに挿入してMSTN-V発現ベクターを作製した(左)。作製したベクターを筋細胞に導入し、発現したタンパクをWestern blot解析した。MSTN-V発現ベクターを導入した細胞から抽出したサンプルにおいて分子量35kDa付近に特異的なバンドが検出され (矢印)、ミオスタチンVの発現が確認された (右)。左から分子量マーカー、Mock (空ベクターを導入した細胞由来サンプル)、MSTN-V発現ベクターを導入した細胞由来サンプルの順で示す。
【
図6】ミオスタチンVによるミオスタチンシグナルの抑制。
【0017】
ミオスタチンVとミオスタチンのin vitroミオスタチン転写活性測定系への作用の模式図を示す (左)。ミオスタチンシグナル解析は、空ベクター、MSTN-N発現ベクター、MSTN-V発現ベクターをそれぞれ筋細胞に導入し、Smad2/3によって発現が誘導されるルシフェラーゼの活性により評価した。
【0018】
ルシフェラーゼ活性を、空ベクターを導入した細胞由来の抽出液を測定した結果を1として、相対値で示した (中央、右)。ヒト横紋筋肉腫細胞、ヒト骨格筋筋芽細胞のいずれにおいても、ミオスタチンを発現させるとルシフェラーゼ活性の上昇がみられた。一方、ミオスタチンVを発現させた場合では、ルシフェラーゼ活性の低下がみられ、ミオスタチンVがミオスタチンシグナル伝達を阻害することが示唆された。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態についてより詳細に説明する。
【0020】
本発明は、以下の(a)又は(b)のタンパク質を提供する。
(a) 配列番号1のアミノ酸配列からなるタンパク質
(b) 配列番号1のアミノ酸配列と少なくとも70%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつミオスタチンシグナルを抑制することができるタンパク質
(a)のタンパク質は、配列番号1のアミノ酸配列からなるタンパク質であり、ヒトのミオスタチンのスプライスバリアントから翻訳されるタンパク質である。
図3に示す通り、ミオスタチン(375aa, 43kDa)は、シグナルペプチド(1-18)、プロドメイン(19-266)及び成熟ミオスタチン(267-375)の領域から構成されるが、ミオスタチンバリアントは、シグナルペプチド(1-18)及びプロドメインの一部(19-251)から構成され、C末端アミノ酸(251)はプロリンからバリンに置換されている。よって、ミオスタチンバリアントでは、成熟ミオスタチンは形成されない。
【0021】
(a)のタンパク質は、ミオスタチンシグナル(
図4)を抑制することができる。
【0022】
(a)のタンパク質は、ヒト横紋筋肉腫細胞 (CRL-2061, ATCC)からRNAを抽出し、逆転写酵素及びランダムプライマーを用いてcDNAを合成し、PCRによって増幅した後、シーケンス解析を行い、配列を決定した後、オープンリーディングフレームのコドン使用頻度を最適化した配列の5’側及び3’側に制限酵素認識配列を付加した後、適当なベクターに組み込み、適当な宿主細胞に導入して、組換えタンパク質として生産させることにより、製造することができる。
【0023】
(b)のタンパク質は、配列番号1のアミノ酸配列と少なくとも70%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつミオスタチンシグナルを抑制することができるタンパク質である。後述の実施例に記載した通り、ミオスタチンによりシグナル伝達が活性化されると、転写因子(Smadタンパク質)がSmad結合配列に結合して転写を誘導するので、この現象を利用して、Smad結合配列の下流にルシフェラーゼ遺伝子を配したレポーター遺伝子と、(b)のタンパク質を発現するベクターを細胞に共導入し、ルシフェラーゼの発光を測定することで、ミオスタチンシグナルの抑制の有無を評価することができる。
【0024】
(b)のタンパク質と(a)のタンパク質のアミノ酸配列の配列同一性は、少なくとも70以上であり、80%以上、90%以上、95%以上、98%以上の順により好ましい。(b)のタンパク質は、配列番号1のアミノ酸配列において1若しくは複数個(2~76個のいずれかであり、2個、3個、4個、5個、6個、7個、8個、9個、10個、20個、30個、40個、50個、60個、70個、75個、76個の順で好ましい。)のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつミオスタチンシグナルを抑制することができるタンパク質であるとよい。
【0025】
(b)のタンパク質は、部位特異的変異導入法により、(a)のタンパク質中の任意のアミノ酸を他のアミノ酸で置換することにより作製することができる。
【0026】
本発明は、(a)又は(b)のタンパク質をコードするヌクレオチド配列又はそれに相補的な配列を含むポリヌクレオチドを提供する。
【0027】
本発明のポリヌクレオチドは1本鎖でも2本鎖でもよい。2本鎖の場合は、(a)又は(b)のタンパク質をコードするヌクレオチド配列を含むポリヌクレオチドとその相補鎖からなる。
【0028】
ポリヌクレオチドは、DNA、RNA、DNAとRNAのキメラのいずれであってもよく、ポリヌクレオチドを構成するヌクレオチドは修飾されていてもよい。修飾ヌクレオチドとしては、糖が修飾されたもの(例えば、D-リボフラノースが2'-O-アルキル化されたもの、D-リボフラノースが2'-O, 4'-C-アルキレン化されたもの)、リン酸ジエステル結合が修飾(例えば、チオエート化)されたもの、塩基が修飾されたもの、それらを組み合わせたものなどを例示することができる。
【0029】
(a)のタンパク質をコードするヌクレオチド配列の一例として、配列番号2のヌクレオチド配列を挙げることができる。配列番号2のヌクレオチド配列は、ヒト横紋筋肉腫細胞 (CRL-2061, ATCC)から抽出されたミオスタチンバリアントのmRNAの配列である。配列番号2のヌクレオチド配列には、5’非翻訳領域、オープンリーディングフレーム(開始コドン(atg)とストップコドン(tga)の間の配列)、3’非翻訳領域、poly(A)が含まれる。(a)のタンパク質をコードするヌクレオチド配列は、配列番号2のヌクレオチド配列中の開始コドン(atg)とストップコドン(tga)の間の配列またはその配列を含むものであってもよい。オープンリーディングフレームのヌクレオチド配列にはコドン使用頻度の最適化を行ってもよく、その一例として、配列番号2におけるオープンリーディングフレームのコドン使用頻度を最適化したヌクレオチド配列を配列番号3に示す。
【0030】
(a)のタンパク質をコードするヌクレオチド配列を含むポリヌクレオチドは、例えば、後述の実施例1に記載の方法により調製することができる。
【0031】
(a)のタンパク質をコードするヌクレオチド配列に相補的な配列を含むポリヌクレオチドは、(a)のタンパク質をコードするヌクレオチド配列を含むミオスタチンバリアントのmRNA(3’末端にポリ(A)鎖をもつ)から逆転写酵素及びオリゴdTプライマーを用いて合成することができる。アルカリ処理でmRNAを分解した後、生じた1本鎖DNAを鋳型として逆転写酵素またはDNAポリメラーゼで2本鎖とすることができる。
【0032】
(b)のタンパク質をコードするヌクレオチド配列及びそれに相補的な配列は、例えば、部位特異的変異導入法により、(a)のタンパク質をコードするヌクレオチド配列及びそれに相補的な配列に塩基置換変異を導入することにより得られる。
【0033】
(a)又は(b)のタンパク質をコードするDNAをベクターに組み込んで組換えベクターを作製し、これを宿主細胞に導入して形質転換させ、この形質転換細胞を培養し、(a)又は(b)のタンパク質を生産させることにより、(a)又は(b)のタンパク質を作製することができる。よって、本発明は、(a)又は(b)のタンパク質をコードするヌクレオチド配列又はそれに相補的な配列を含むポリヌクレオチドを含むベクターを含む細胞を培養することを含む、(a)又は(b)のタンパク質を作製する方法を提供する。本発明は、(a)又は(b)のタンパク質をコードするヌクレオチド配列又はそれに相補的な配列を含むポリヌクレオチドを含むベクター(組換えベクター)も提供する。また、本発明は、(a)又は(b)のタンパク質をコードするヌクレオチド配列又はそれに相補的な配列を含むポリヌクレオチドを含むベクターを含む細胞を提供する。
【0034】
本発明の組換えベクターは、(a)又は(b)のタンパク質をコードするヌクレオチド配列及びそれに相補的な配列を含むポリヌクレオチドを適当なベクターに挿入することにより得られる。
【0035】
ベクターとしては、大腸菌由来のプラスミド(例、pBR322,pBR325,pUC12,pUC13、pUC19,pET-44,pBlueScriptII)、枯草菌由来のプラスミド(例、YEp13,pYES2,YRp7,YIp5,pYAC2、pUB110,pTP5,pC194)、酵母由来プラスミド(例、pSH19,pSH15)、λファージなどのバクテリオファージ、レトロウイルス、アデノウイルス、レンチウイルス、アデノ随伴ウイルス、ワクシニアウイルスなどの動物ウイルス、バキュロウイルスなどの昆虫病原ウイルスなどを用いることができる。
【0036】
発現ベクターには、プロモーター、エンハンサー、ターミネーター、スプライシングシグナル、ポリA付加シグナル、選択マーカー、SV40複製オリジンなどを付加してもよい。
【0037】
また、発現ベクターは、融合タンパク質発現ベクターであってもよい。種々の融合タンパク質発現ベクターが市販されており、pGEXシリーズ(GEヘルスケア社)、Novagen’s(登録商標) pET Systems(Merck社)、クロンテック蛍光タンパク質ベクターシリーズ(Takara社)、His6,HaloTag付加用発現ベクター(Promega社)、FLAGタグ融合タンパク質発現システム(Sigma-Aldrich社)、pCruzTM 哺乳動物細胞用発現ベクターシリーズ(Santa Cruz Biotechnology社)などを例示することができる。
【0038】
本発明の組換えベクターを宿主細胞に導入することにより、形質転換細胞を得ることができる。本発明は、組換えベクターを導入された細胞(宿主細胞)も提供する。
【0039】
宿主としては、細菌細胞(例えば、エシェリヒア属菌、バチルス属菌、枯草菌など)、真菌細胞(例えば、酵母、アスペルギルスなど)、昆虫細胞(例えば、S2細胞、Sf細胞など)、動物細胞(例えば、CHO細胞、COS細胞、HeLa細胞、C127細胞、3T3細胞、BHK細胞、HEK293細胞など)、植物細胞などを例示することができる。
【0040】
組換えベクターを宿主に導入するには、Molecular Cloning2nd Edition, J. Sambrook et al., Cold Spring Harbor Lab. Press, 1989に記載の方法(例えば、リン酸カルシウム法、DEAE-デキストラン法、トランスベクション法、マイクロインジェクション法、リポフェクション法、エレクロトポレーション法、形質導入法、スクレープローディング法、ショットガン法など)または感染により行うことができる。
【0041】
形質転換細胞を培地で培養し、培養物から(a)又は(b)のタンパク質を採取することができる。(a)又は(b)のタンパク質が培地に分泌される場合には、培地を回収し、その培地から(a)又は(b)のタンパク質を分離し、精製すればよい。(a)又は(b)のタンパク質が形質転換された細胞内に産生される場合には、その細胞を溶解し、その溶解物から(a)又は(b)のタンパク質を分離し、精製すればよい。
【0042】
(a)又は(b)のタンパク質が別のタンパク質(タグとして機能する)との融合タンパク質の形態で発現される場合には、融合タンパク質を分離及び精製した後に、因子Xaや酵素(エンテロキナーゼ)処理をすることにより、別のタンパク質を切断し、目的とする(a)又は(b)のタンパク質を得ることができる。
【0043】
(a)又は(b)のタンパク質の分離及び精製は、公知の方法により行うことができる。公知の分離、精製法としては、塩析や溶媒沈澱法などの溶解度を利用する方法、透析法、限外ろ過法、ゲルろ過法、およびSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動法などの分子量の差を利用する方法、イオン交換クロマトグラフィーなどの荷電の差を利用する方法、アフィニティークロマトグラフィーなどの特異的親和性を利用する方法、逆相高速液体クロマトグラフィーなどの疎水性の差を利用する方法、等電点電気泳動法などの等電点の差を利用する方法などが用いられる。
【0044】
本発明のタンパク質、本発明のタンパク質をコードするヌクレオチド配列又はそれに相補的な配列を含むポリヌクレオチド、本発明のヌクレオチド及び/又は本発明の細胞を含むベクターを用いて、ミオスタチンシグナルを抑制することにより、筋肉形成を促進させることができる。よって、本発明は、(a)及び/又は(b)のタンパク質、該タンパク質をコードするヌクレオチド配列又はそれに相補的な配列を含むポリヌクレオチド、該ポリヌクレオチドを含むベクター並びに該ベクターを含む細胞からなる群より選択される少なくとも一つを含む、ミオスタチンシグナルを抑制するための組成物を提供する。また、本発明は、(a)及び/又は(b)のタンパク質、該タンパク質をコードするヌクレオチド配列又はそれに相補的な配列を含むポリヌクレオチド、該ポリヌクレオチドを含むベクター並びに該ベクターを含む細胞からなる群より選択される少なくとも一つを含む、筋肉形成を促進させるための組成物を提供する。(a)及び/又は(b)のタンパク質をコードするヌクレオチド配列又はそれに相補的な配列を含むポリヌクレオチドがベクターに含まれる場合、ベクターは、(a)及び/又は(b)のタンパク質をコードするヌクレオチド配列又はそれに相補的な配列を含むポリヌクレオチドを細胞に導入できるものであるとよく、例えば、アデノウィルス、レトロウイルス、レンチウイルス、アデノ随伴ウイルス、センダイウイルス、リポソーム、プラスミドなどの遺伝子治療用ベクターを挙げることができる。また、本発明のポリヌクレオチド又はベクターを細胞(自己、同種)に導入したものを細胞治療に用いることもできる。目的の遺伝子をベクターに導入する方法、組換えベクターを細胞に導入する方法、組換えベクターや遺伝子導入細胞をヒトに投与する方法や投与部位は、公知であり、本発明にも、そのまま、あるいは改変して、適用することができる。遺伝子治療や細胞治療においては、ゲノム編集の技術を利用してもよい。ゲノム編集において、ZFN(zinc-finger nuclease)、TALEN(transcription activator-like effector nuclease)、CRISPR/Cas9(clustered regularly interspaced short palindromic repeats/CRISPR-associated protein 9)などの人工ヌクレアーゼを用いることができる。
【0045】
本発明の組成物は、医薬、実験用試薬、食品、飼料などに使用することができる。
【0046】
医薬としては、ミオスタチンが関与する疾患(ミオスタチンの関与は直接的でも間接的であってもよい)、具体的には、筋萎縮性疾患(例えば、筋ジストロフィー、脊髄性筋萎縮症、サルコペニア、廃用性筋萎縮、循環器疾患(例えば、心不全、動脈硬化症など)、腎疾患(例えば、慢性腎不全など)、骨疾患(例えば、炎症性関節炎など)、がん又は糖尿病の予防及び/又は治療に用いることができる。ミオスタチンが関与する疾患は、ミオスタチン量の低下やミオスタチンシグナルの阻害が有効である疾患であるとよい。本発明は、(a)及び/又は(b)のタンパク質、該タンパク質をコードするヌクレオチド配列又はそれに相補的な配列を含むポリヌクレオチド、該ポリヌクレオチドを含むベクター並びに該ベクターを含む細胞からなる群より選択される少なくとも一つを医薬的に有効な量で被験者に投与することを含む、ミオスタチンが関与する疾患を予防及び/又は治療する方法を提供する。また、本発明は、ミオスタチンが関与する疾患を予防及び/又は治療する方法に使用するための、(a)及び/又は(b)のタンパク質、該タンパク質をコードするヌクレオチド配列又はそれに相補的な配列を含むポリヌクレオチド、該ポリヌクレオチドを含むベクター並びに該ベクターを含む細胞からなる群より選択される少なくとも一つを提供する。
【0047】
ミオスタチンの阻害は、骨格筋量の増加をもたらすことから、筋萎縮の原因に関わらず全ての筋萎縮を呈する疾患の治療に用いることが可能である。骨格筋量の増加は運動量の増加を図り、全身の代謝の改善にも貢献する。また、心筋へ作用してその機能を回復させることが期待できる。
【0048】
一方、ミオスタチン阻害が、破骨細胞に作用して骨破壊を抑制すること、血管内皮細胞の恒常性維持能を活性化すること、アポトーシスを誘導すること、インスリンの感受性の高めることなども期待される。
【0049】
(a)及び/又は(b)のタンパク質、該タンパク質をコードするヌクレオチド配列又はそれに相補的な配列を含むポリヌクレオチド、該ポリヌクレオチドを含むベクター並びに該ベクターを含む細胞からなる群より選択される少なくとも一つ(以下、「有効成分」と記す。)は単独で、あるいは、薬理学的に許容され得る担体、希釈剤もしくは賦形剤とともに、適当な剤型の医薬組成物として、哺乳動物(例えば、ヒト、ウサギ、イヌ、ネコ、ラット、マウス)に対して経口的または非経口的に投与することができる。投与量は投与対象、対象疾患、症状、投与ルートなどによっても異なるが、例えば、筋萎縮性疾患(例えば、筋ジストロフィー)の予防・治療のために使用する場合には、有効成分の1回量として、有効成分がタンパク質の場合、通常0.1μg~100mg/kg体重程度、好ましくは0.5mg~100mg体重程度を、有効成分がポリヌクレオチドの場合、通常0.1~50 mg/kg体重程度、好ましくは0.5 mg/kg体重程度を、有効成分がポリヌクレオチドを含むベクターの場合、通常1x1014~9x1014 ゲノムコピー/kg体重程度、好ましくは1x1012 ゲノムコピー/kg体重程度を、週1~月1回程度若しくは年1回程度の頻度で、好ましくは年1回程度の頻度で、経口・筋肉内注射・皮下注射・静脈注射により投与(好ましくは、連続または隔日投与)するとよい。有効成分がベクターを含む細胞の場合、有効成分の1回量として、10,000-100,000細胞を、週1~月1回程度若しくは年1回程度の頻度で、好ましくは年1回程度の頻度で、筋肉内注射・皮下注射・静脈注射、好ましくは静脈注射により投与するとよい。
他の非経口投与および経口投与の場合もこれに準ずる量を投与することができる。症状が特に重い場合にはその症状に応じて増量してもよい。
【0050】
経口投与のための組成物としては、固体または液体の剤形、具体的には錠剤(糖衣錠、フィルムコーティング錠を含む)、丸剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤(ソフトカプセル剤を含む)、シロップ剤、乳剤、懸濁剤などがあげられる。かかる組成物は常法により製造することができ、製剤分野において通常用いられる担体、希釈剤もしくは賦形剤を含有してもよい。例えば、錠剤用の担体、賦形剤としては、乳糖、でんぷん、庶糖、ステアリン酸マグネシウムなどがあげられる。
【0051】
非経口投与のための組成物としては、例えば、注射剤、坐剤などがあげられ、注射剤は静脈注射剤、皮下注射剤、皮内注射剤、筋肉注射剤、点滴注射剤などの剤型であるとよい。かかる注射剤は常法、すなわち有効成分を通常注射剤に用いられる無菌の水性もしくは油性液に溶解、懸濁または乳化することによって調製される。注射用の水性液としては生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助薬を含む等張液などがあげられ、適当な溶解補助剤、例えば、アルコール(例えば、エタノール)、ポリアルコール(例えば、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール)、非イオン界面活性剤(例えば、ポリソルベート80、HCO-50(polyoxyethylene(50mol)adduct of hydrogenated castor oil))などと併用してもよい。油性液としてはゴマ油、大豆油などがあげられ、溶解補助剤として安息香酸ベンジル、ベンジルアルコールなどを併用してもよい。調製された注射液は通常適当なアンプルに充填される。直腸投与に用いられる坐剤は、有効成分を通常の坐薬用基剤に混合することによって調製することができる。
【0052】
上記の経口用または非経口用医薬組成物は、有効成分の投与量に適合するような投薬単位の剤形に調製されるとよい。かかる投薬単位の剤形としては、錠剤、丸剤、カプセル剤、注射剤(アンプル)、坐剤などが挙げられ、それぞれの投薬単位剤形当り通常0.1~1.000 mgの有効成分が含有されていることが好ましい。
【0053】
食品、飼料としては、ヒトや動物の筋肉形成の促進に用いることができる。動物はミオスタチンを発現しているものであればよく、ネコ、イヌ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ニワトリ、シチメンチョウなどの哺乳動物、サケ、マス、タラ、マグロ、ブリなどの魚類などの使役用、食用の飼育動物を例示することができる。
【0054】
本発明の食品、飼料には、たんぱく質、脂質、炭水化物、ナトリウムなどの一般成分、カリウム、カルシウム、マグネシウム、リンなどのミネラル類、鉄、亜鉛、銅、セレン、クロムなどの微量元素、ビタミンA、β-カロテン、ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンB6、ビタミンB12、ビタミンC、ナイアシン、葉酸、ビタミンD3、ビタミンE、ビオチン、パントテン酸などのビタミン類、コエンザイムQ10、α-リポ酸、ガラクトオリゴ糖、食物繊維、賦形剤(水、カルボキシメチルセルロース、乳糖など)、甘味料、矯味剤(リンゴ酸、クエン酸、アミノ酸など)、香料などを添加してもよい。本発明の食品、飼料を液剤とする場合、食品又は飼料成分を分散または溶解する液体として、水、生理食塩水、スープ、牛乳、果汁等を用いることができる。本発明の食品及び飼料は、粉末、顆粒、錠剤、液剤などの形状としてもよい。病人や高齢者が容易に摂取可能とするためには、ゼリーなどのゲル状製品とすることが好ましい。
【0055】
食品や飼料の摂取は、所望の効果が確認されるような摂取量と頻度、摂取期間で行うとよい。
【実施例】
【0056】
以下、実施例に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
〔実施例1〕ミオスタチンバリアントのクローニングと同定
ヒト横紋筋肉腫細胞 (CRL-2061, ATCC) からHigh Pure RNA Isolation Kit (#11828665001, Roche Life Science) で抽出したRNA (500 ng) を、Random primers (#48190011, Thermo Fisher Scientific) を用いて、RNaseOUT
TM Recombinant Ribonuclease Inhibitor (#10777-019, Thermo Fisher Scientific) 存在下で、M-MLV Reverse Transcriptase (#28025013, Thermo Fisher Scientific) によりcDNAに逆転写した。得られたcDNAに対し、プライマーMSTN Ex1_F1; 5'-agattcactggtgtggcaag-3'(配列番号6), MSTN R2; 5'-tgcatgacatgtctttgtgc-3'(配列番号7)、TaKaRa Ex Taq
(登録商標) DNAポリメラーゼ (#RR001A, Takara) を用いてPCRを行った。PCR産物をアガロースゲル電気泳動した。泳動により、DNAサイズマーカーの2kbpと3kbpの中間、1kbpと2kbpの中間にそれぞれ増幅バンドを得、2.5kbpと1.5kbpのPCR断片とした (
図1左)。それぞれの断片領域からMinElute
(登録商標) Gel Extraction Kit (#28604, Qiagen) を用いてDNA抽出し、抽出断片をDNA Ligation Kit Ver.2.1 (#6022, Takara) により、pT7Blue (#69820, Novagen) にサブクローニングした。プライマーMSTN Ex1_F1, MSTN R2、TaKaRa Ex Taq
(登録商標) DNAポリメラーゼ (#RR001A, Takara) を用いたPCRによりサブクローニングされた配列を増幅し、MinElute
(登録商標) PCR Purification Kit (#28006, QIAGEN) で精製後、シーケンス解析をサンガー法にて行った。
【0057】
シーケンスの結果、およそ2.5kbpのPCR断片は、ミオスタチン (MSTN) 遺伝子のエクソンエクソン1(Ex1)、エクソン2(Ex2)、エクソン3(Ex3)の全てから構成された正常スプライシング産物であった (MSTN)。このMSTNの模式図を
図1右に示し、エクソン2と3の結合部の配列とエクソン内の1844番塩基部分の配列のそれぞれの一部を
図1右下に示す。一方、ミオスタチンバリアント (MSTN-V) であるおよそ1.5kbpの断片の塩基配列(配列番号2)は、ミオスタチン遺伝子のエクソン1、エクソン2までは、MSTNと全く同じであった。しかし、エクソン3に相当する配列では、MSTNとは全く異なった。aat ccg tttで始まる配列が、aat gtc tgaで始まる配列になっていた。このaat gtc tga以下の配列はMSTNのエクソン3内の1844番塩基下流の配列と完全に合致した。これは、エクソン3の核酸配列881番から1843番に相当する領域が欠失したことを示した。
【0058】
MSTNのイントロン2は、GTとAGの配列を5’と3’の両端に有する最も一般的なイントロンである。一方、MSTN-Vではイントロン2のスプライシング様式が異なり、潜在的スプライスアクセプターサイトであるエクソン3内のTGが活性化されGT-TGイントロンが形成される。その結果、ミオスタチンVでは、エクソン3の881番目から1843番目の963塩基が欠失する (
図2)。
【0059】
同定したMSTN-V mRNAは、開始コドンと終止コドンを有しており、251アミノ酸のタンパクに翻訳されることが示唆された。ミオスタチンVのN末端側から250番目のアミノ酸まではミオスタチンと同一の配列であったが、251番目がバリン、252番目はストップコドンであった。成熟ミオスタチンは、ミオスタチンの267番目から375番目のアミノ酸で構成されるため、MSTN-V mRNAから成熟ミオスタチンは産出されない (配列番号1、
図3)。
【0060】
ミオスタチンはミオスタチンシグナルを介して作用を発揮する。すなわち、前駆体から生み出された成熟ミオスタチンが、細胞膜に存在する受容体に結合すると、Smad2/3がリン酸化される。リン酸化されたSmad2/3は核に移行し、標的遺伝子の上流にあるSmad結合エレメントに結合し、遺伝子の発現を亢進させる (
図4)。ミオスタチン前駆体のアミノ酸配列を配列番号5に、mRNAの配列を配列番号4に示す。
【0061】
〔実施例2〕培養細胞におけるミオスタチンバリアントの発現
培養細胞でのミオスタチンVの発現のため、MSTN-V発現ベクターを作製した。配列番号2のオープンリーディングフレームのコドン使用頻度を最適化し(配列番号3)、5’側にNhe I認識配列 (GCTTGC)、3'側にBamH I認識配列 (GGATCC) を付加した核酸を株式会社ファスマックにて人工合成した後、pcDNA
TM3.1(+) ベクター (#V79020, Thermo Fisher Scientific) のNhe I、BamH Iサイトに挿入した (
図5左)。
【0062】
MSTN-V発現ベクターからのタンパク発現は、Western Blotによって確認した。ヒト横紋筋肉腫細胞 (CRL-2061, ATCC) に、MSTN-V発現ベクターと、比較対象の空ベクター (pcDNA
TM3.1(+)) をLipofectamin(登録商標) 2000 (11668019, Thermo Fisher Scientific) を用いて導入した。ベクター導入の24時間後にCell Lysis Buffer (#9803, Cell Signaling) (1 mM PMSF (#8553, Cell Signaling) 添加) を用いて細胞を破砕し、可溶性画分をサンプルとして得た。得られたサンプルのタンパク定量は、Qubit(登録商標) Protein Assay Kit (#Q33211, Thermo Fisher Scientific) で行った。SDS-PAGE用サンプルは、サンプルを4x Laemmli Sample Buffer (#1610747, Bio-Rad) (2-Mercaptoethanol (#1610710, Bio-Rad) 添加) と混合した後、熱処理にて調製した。SDS-PAGEでは、Mini-PROTEAN(登録商標) TGX
TM Precast Gels 4-20% Gel (#456-1094, BIO-RAD) を使用して泳動を行った。分子量マーカーとして、Precision Plus Protein
TM Dual Color Standards (#1610374, BIO-RAD) を泳動した。メンブレンへの転写には、トランスブロット Turbo
TM 転写システム (Bio-Rad) を使用した。タンパク転写後のメンブレンを、2% ECL
TM Prime Blocking Agent (#RPN418, Amersham) で、室温にて1時間ブロッキングした後、一次抗体としてミオスタチンのN末側を認識する抗体 (Anti-GDF8/Myostatin抗体, #ab71808, abcam) あるいはアクチンを認識抗体 (β-Actin抗体 (C4), #sc-47778, Santa Cruz Biotechnology) で、4℃にてオーバーナイトで処理した。二次抗体には、HRP標識抗ウサギIgG抗体 (#NA934, GE)、HRP標識抗マウスIgG抗体 (#NA931, GE) を使用し、室温にて1時間処理した。検出は、Amersham
TM ECL Select
TM Western Blotting Detection Reagent (#RPN2235, GE) を用いて、ChemiDoc
TM XRS+ システム (Bio-Rad) で行った。その結果、ミオスタチンVのバンドを35kDa付近に検出した (
図5右)。同時にアクチンも解析し、バンドを得た。
【0063】
〔実施例3〕ミオスタチンバリアントによるミオスタチンシグナル阻害
ミオスタチンVによるミオスタチンシグナル阻害活性をin vitroミオスタチン転写活性測定系で評価した。本評価系では、Smad結合配列の下流にルシフェラーゼ遺伝子を配したレポーター遺伝子 (SBE4-Luc plasmid, #16495, Addgene) を細胞に導入し、発現誘導されたルシフェラーゼの発光を測定することで、ミオスタチンシグナルを評価した (
図6左)。MSTN-V発現ベクターに加え、ミオスタチン (MSTN-N) 発現ベクターを使用し、検討を行った。MSTN-N発現ベクターは、ミオスタチンcDNA (配列番号4) の5’側にNhe I認識配列 (GCTTGC)、3’側にBamH I認識配列 (GGATCC) を付加した核酸を株式会社ファスマックにて人工合成し、pcDNA
TM3.1(+) ベクター (V79020, Thermo Fisher Scientific) のNhe I、BamH Iサイトに挿入して作製した。MSTN-N発現ベクターからのミオスタチン(配列番号5)の発現は、ミオスタチンVと同様にWestern Blotにより確認した。
【0064】
ヒト横紋筋肉腫細胞 (CRL-2061, ATCC)、ヒト骨格筋筋芽細胞 (Human Skeletal Myoblast) に2種のベクターをLipofectamin(登録商標) 2000 (#11668019, Thermo Fisher Scientific) を用いて共導入した。1つは、SBE4-Luc plasmidで、もう一つは、MSTN-V発現ベクターもしくはMSTN-N発現ベクターもしくは空ベクター (pcDNATM3.1(+)) の組み合わせとした。ベクター導入の24時間後にLuciferase Assay System with Reporter Lysis Buffer (E4030, Promega) のReporter Lysis Bufferを用いて細胞を破砕し、可溶性画分をサンプルとして得た。得られたサンプルのタンパク定量は、Qubit(登録商標) Protein Assay Kit (#Q33211, Thermo Fisher Scientific) で行った。ルシフェラーゼ活性は、Luciferase Assay System with Reporter Lysis Buffer (#E4030, Promega) のLuciferase Assay Systemを基質として、マルチラベルプレートリーダーARVOTM3 (PerkinElmer) でルシフェラーゼ発光シグナルを測定することで評価した。
【0065】
ルシフェラーゼ活性を、空ベクターを導入した細胞由来の抽出液を測定した結果を1として、相対値で示した (
図6中央、右)。ヒト横紋筋肉腫細胞、ヒト骨格筋筋芽細胞のいずれにおいても、ミオスタチンを発現させた場合にルシフェラーゼ比活性の上昇がみられた。一方、ミオスタチンVを発現させた場合でルシフェラーゼ比活性の低下がみられた。本実験系のルシフェラーゼ活性は、ミオスタチンシグナルと相関し、ルシフェラーゼ活性の上昇はミオスタチンシグナルの亢進を示し、ルシフェラーゼ活性の低下はミオスタチンシグナルの抑制を示す。このことから、ミオスタチンVの発現によりミオスタチンシグナルが抑制されることが明らかになった。
本明細書で引用した全ての刊行物、特許および特許出願をそのまま参考として本明細書にとり入れるものとする。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明は、ヒトや動物の筋肉形成の促進に利用できる。
【配列表フリーテキスト】
【0067】
<配列番号1>
ミオスタチンバリアントタンパク質のアミノ酸配列(全251アミノ酸)を示す。
<配列番号2>
ミオスタチンバリアントの塩基配列(全1860塩基。開始コドン(atg)とストップコドン(tga)を□内に示す)を示す。
<配列番号3>
発現ベクターに組み込んだミオスタチンV (MSTN-V) 塩基配列
5’側にNhe Iサイト、3’側にBamH Iサイトを付加して、ベクターに挿入した。
(全1860塩基。開始コドン(atg)とストップコドン(tga)を□内に示す)
<配列番号4>
発現ベクターに組み込んだミオスタチン (MSTN-N) 塩基配列。
5’側にNhe Iサイト、3’側にBamH Iサイトを付加して、ベクターに挿入した(全2823塩基。開始コドン(atg)とストップコドン(tga)を□内に示す)
<配列番号5>
ミオスタチンのアミノ酸配列情報。
アミノ酸配列 (全375アミノ酸)
1 MQKLQLCVYIYLFMLIVAGPVDLNENSEQKENVEKEGLCNACTWRQNTKSSRIEAIKIQI 60
LSKLRLETAPNISKDVIRQLLPKAPPLRELIDQYDVQRDDSSDGSLEDDDYHATTETIIT 120
MPTESDFLMQVDGKPKCCFFKFSSKIQYNKVVKAQLWIYLRPVETPTTVFVQILRLIKPM 180
KDGTRYTGIRSLKLDMNPGTGIWQSIDVKTVLQNWLKQPESNLGIEIKALDENGHDLAVT 240
FPGPGEDGLNPFLEVKVTDTPKRSRRDFGLDCDEHSTESRCCRYPLTVDFEAFGWDWIIA 300
PKRYKANYCSGECEFVFLQKYPHTHLVHQANPRGSAGPCCTPTKMSPINMLYFNGKEQII 360
YGKIPAMVVDRCGCS 375
<配列番号6>
プライマーMSTN Ex1_F1の配列。5'-agattcactggtgtggcaag-3'
<配列番号7>
プライマーMSTN R2の配列。5'-tgcatgacatgtctttgtgc-3'
【配列表】