(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-28
(45)【発行日】2024-03-07
(54)【発明の名称】ピストンリング
(51)【国際特許分類】
F02F 5/00 20060101AFI20240229BHJP
F16J 9/26 20060101ALI20240229BHJP
【FI】
F02F5/00 F
F16J9/26 C
(21)【出願番号】P 2023555669
(86)(22)【出願日】2023-08-29
(86)【国際出願番号】 JP2023031339
【審査請求日】2023-09-11
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000139023
【氏名又は名称】株式会社リケン
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100169063
【氏名又は名称】鈴木 洋平
(72)【発明者】
【氏名】高橋 純也
(72)【発明者】
【氏名】本多 啓二
【審査官】櫻田 正紀
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-169798(JP,A)
【文献】特開平05-223172(JP,A)
【文献】特開2017-057897(JP,A)
【文献】特開2017-227274(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02F 5/00
11/00
F16J 9/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
合口部を有するピストンリング基材と、
前記ピストンリング基材の少なくとも外周面を被覆する皮膜と、
を備え、
前記皮膜の熱抵抗値が
4.0×10
-6
~12.0×10
-6m
2・K/Wである、ピストンリング。
【請求項2】
前記皮膜がAl又はSiを含む、請求項1に記載のピストンリング。
【請求項3】
前記ピストンリング基材の表面上に形成された中間層を更に備え、前記中間層の表面上に前記皮膜が形成されている、請求項1に記載のピストンリング。
【請求項4】
前記中間層がAl又はSiを含む、請求項3に記載のピストンリング。
【請求項5】
前記皮膜はSiが含有された窒化クロムで構成され且つ前記中間層はSiが含有されたクロムで構成されている、請求項3又は4に記載のピストンリング。
【請求項6】
前記皮膜はAlが含有された窒化クロムで構成され且つ前記中間層はAlが含有されたクロムで構成されている、請求項3又は4に記載のピストンリング。
【請求項7】
前記皮膜は、Siが含有され且つ結晶粒で構成された窒化クロム又はアモルファス相が形成された窒化クロムを含む、請求項1,3及び4のいずれか一項に記載のピストンリング。
【請求項8】
前記皮膜はAlが含有された窒化クロムで構成される、請求項1,3及び4のいずれか一項に記載のピストンリング(ただし、前記皮膜がTiを含有するピストンリングを除く。)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示はピストンリングに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境に対する意識がますます高まっており、エンジンにおいても低燃費及び低エミッションが強く求められている。燃焼効率を向上するため、エンジン仕様の高圧縮比及び高負荷化がトレンドとなっている。これに伴う焼室温度の高温化はピストンリングの熱へたりを招来し、その結果、ピストンリングの張力が低下してシール性能が低下する。これを解決する手段として、特許文献1はピストンリングを従来のばね鋼又は炭素鋼から、より耐熱性に優れたクロム系ステンレス鋼に置き換えることを開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明者らの検討によると、クロム系ステンレス鋼で構成されたピストンリングは熱へたりが生じない条件下であってもエミッションの一種であるブローバイガス量が増加する場合があるとの知見を得た。本開示はブローバイガス量を十分に低減するのに有用なピストンリングを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、ピストンリングの外周面を構成する材料によってブローバイガス量及び燃費が変動することに着目した。皮膜の材料及び厚さを変更して実験を繰り返した結果、皮膜の熱抵抗値が燃費及びブローバイガスに相関すること、すなわち、皮膜の熱抵抗値が所定の範囲内であるとき、ブローバイガス量を十分に低減できることを見出した。なお、熱抵抗値は下記式1で表される値であり、熱抵抗値と熱伝導率は下記式2で表される関係にある。
熱抵抗値=膜厚/(比重×比熱×熱拡散率) (式1)
熱抵抗値=膜厚/熱伝導率 (式2)
【0006】
本開示の一側面は皮膜を有するピストンリングに関する。すなわち、本開示に係るピストンリングは、合口部を有するピストンリング基材と、ピストンリング基材の少なくとも外周面を被覆する皮膜とを備え、皮膜の熱抵抗値が2.0×10-6~12.0×10-6m2・K/Wである。
【0007】
上記ピストンリングによれば、ブローバイガス量を十分に低減することができる。この主因について、本発明者らは以下のように推察する。すなわち、エンジンの稼働に伴ってピストンリングの温度が上昇し、これに伴ってピストンリングが適度に膨張することでピストンリングの合口部の隙間が狭くなる。皮膜の熱抵抗値が2.0×10-6m2・K/W以上であると、ピストンからの熱によってピストンリング基材が加熱され、一方、シリンダライナーへの放熱が抑制されるため、熱膨張によってピストンリングの合口部の隙間が十分に狭くなり、ブローバイガス量を抑制できる。他方、皮膜の熱抵抗値が12.0×10-6m2・K/W以下であると、ピストンリング基材の温度が過度に上昇することを抑制でき、ブローバイガス量増加の原因となるピストンリングの熱へたりを防止できる。
【発明の効果】
【0008】
本開示によれば、ブローバイガス量を十分に低減するのに有用なピストンリングが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は本開示に係るピストンリングの一実施形態を模式的に示す平面図である。
【
図3】
図3は本開示に係るピストンリングの他の実施形態を模式的に示す断面図である。
【
図4】
図4は実施例及び比較例の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、図面を参照しながら本開示の実施形態について詳細に説明する。なお、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0011】
<ピストンリング>
図1は本実施形態に係るピストンリングを模式的に示す平面図である。
図2は
図1に示すII-II線における断面図である。
図1に示すように、ピストンリング10は環状であり、合口部11有する。ピストンリング10は、一対の側面12,13と、内周面14と、外周面15とを有している。側面12,13は、内周面14に交差しており、例えば、内周面14に略直交している。ピストンリング10の外径d1は、例えば40~300mmである。合口部11の隙間S1は、例えば0.15~0.60mmである。ピストンリング10は、平面視で真円状でもよいし、楕円状でもよい。
【0012】
図2に示すように、ピストンリング10は、合口部11を有するピストンリング基材1と、ピストンリング10の外周面15を構成する皮膜5と、中間層3とを備える。中間層3は、ピストンリング基材1と皮膜5の間に設けられており、例えば、ピストンリング基材1に対する皮膜5の密着性を高める役割を果たしている。ピストンリング10の断面は略矩形であり、ピストンリング10の外周面15は外側に膨らんだ丸みを帯びていてもよい。外周面15はシリンダライナーの内面に対して摺動する面である。
【0013】
ピストンリング10は、内燃機関(例えば、高負荷ディーゼルエンジン又は自動車エンジン)用圧力リングである。圧力リングは、例えば、ピストンの側面に形成されたリング溝に装着される。圧力リングは、エンジンの熱負荷が高い環境に晒される。圧力リングの機能の一つはガスシール性である。圧力リングは燃焼室側からクランク室側に漏れるガス(ブローバイガス)を抑制する。ブローバイガスの増加は、エンジンオイルの劣化、燃費の低下及び環境負荷の増加等につながる。ピストンリングの合口部はブローバイガスの漏出経路の一つである。ブローバイガス抑制の観点から、エンジン駆動時において合口部の隙間がなるべく小さくなることが望ましい。
【0014】
圧力リングの他の機能に、放熱によるピストンの冷却がある。燃焼室の熱によってピストンが加熱され、ピストンの熱が圧力リングを介してシリンダライナーに放熱される。ピストンの温度が過度に上昇すると、ピストン材料が凝着し、エンジンの燃費が著しく低下する。一方で、ピストン及びピストンリングを経由する放熱が過剰な場合、エンジンの熱効率が悪化し、燃費の低下につながる。そのため、燃費の観点から、ピストンリングの熱抵抗は所定の範囲内であることが求められる。
【0015】
(ピストンリング基材)
ピストンリング基材1は、耐熱性を有する合金で構成されている。合金の具体例として、クロム系ステンレス鋼に代表されるマルテンサイト系ステンレス鋼又は工具鋼又は耐熱鋼等が挙げられる。ピストンリング基材がマルテンサイト系ステンレス鋼で構成されることで、ピストンリング基材の熱へたりが抑制され、高温で使用される場合であっても、良好なガスシール性を維持できるピストンリングが実現される。
【0016】
(中間層)
中間層3は、上述のとおり、ピストンリング基材1と皮膜5の密着性を高める役割を果たす。中間層3の厚さは、好ましくは0.1~3.0μmであり、より好ましくは0.5~2.5μmである。中間層3の厚さが0.1μm以上であることで、ピストンリング基材1と皮膜5がおのおの有する内部応力の緩和による密着性の向上という効果が奏され、他方、中間層3が過剰に厚すぎると、内部応力の緩和効果が飽和する一方で、成膜コストが上昇する傾向にある。したがって中間層3の厚さは3.0μm以下が望ましい。
【0017】
中間層3は、例えば、クロムで構成されもよく、Si、Al等が含有されたクロムで構成されてもよい。Siが含有されたクロムで中間層3が構成されている場合、中間層3におけるSi含有量は2.0~10.0at%であることが好ましい。Si含有量が2.0at%以上であることで、中間層3の熱抵抗率が高くなり、中間層3と皮膜5の総和の熱抵抗率が高くなることでブローバイガス量の抑制にさらに寄与するという効果が奏され、他方、10.0at%以下であることで、中間層3による内部応力の緩和効果を保つ、という効果が奏される。Si含有量の下限値は2.5at%又は3.0at%であってもよい。Si含有量の上限値は8.5at%又は6.0at%であってもよい。Alが含有されたクロムで中間層3が構成されている場合、中間層3におけるAl含有量は10.0~50.0at%であることが好ましい。Al含有量が10.0at%以上であることで、中間層3の熱抵抗率が高くなり、中間層3と皮膜5の総和の熱抵抗率が高くなることでブローバイガス量の抑制にさらに寄与するという効果が奏され、他方、50.0at%以下であることで、中間層3による内部応力の緩和効果を保つという効果が奏される。Al含有量の下限値は13at%又は15at%であってもよい。Al含有量の上限値は25at%又は20at%であってもよい。
【0018】
Siが含有されたクロムで中間層3が構成されている場合、皮膜5はSiが含有された窒化クロムで構成されていることが好ましい。これらの材料によって中間層3及び皮膜5が構成されていることで、中間層3と皮膜5の界面で相互拡散が生じ、中間層3と皮膜5の密着性が向上する。これにより、ピストンリング10が過酷な環境下で使用されても、燃費の向上及びブローバイガス量の抑制という効果を十分に長期にわたって維持することができる。
【0019】
Alが含有されたクロムで中間層3が構成されている場合、皮膜5はAlが含有された窒化クロムで構成されていることが好ましい。これらの材料によって中間層3及び皮膜5が構成されていることで、中間層3と皮膜5の界面で相互拡散が生じ、中間層3と皮膜5の密着性が向上する。これにより、ピストンリング10が過酷な環境下で使用されても、燃費の向上及びブローバイガス量の抑制という効果を十分に長期にわたって維持することができる。
【0020】
(皮膜)
皮膜5は、上述のとおり、ピストンリング10の外周面15を構成している。皮膜5の厚さは、好ましくは3~100μmであり、より好ましくは5~70μmである。皮膜5の厚さが3μm以上であることで、ピストンリング10の外周面15とシリンダライナーとの摺接による皮膜5の耐久性を高くできる効果を得るだけでなく、ピストンリング10の熱抵抗率増大による燃費の向上やブローバイガス量の抑制という効果が奏され、他方、100μm以下であることで、ピストンリング基材1の温度が過度に上昇することを抑制でき、ブローバイガス量増加の原因となるピストンリング10の熱へたりを防止できるのみならず、高い生産性を確保できるという効果が奏される。
【0021】
皮膜5は、例えば、窒化クロムもしくは窒化チタン等の金属窒化物、又は非晶質炭素膜で構成されている。皮膜5は、全体として所定の熱抵抗値を有するものであれば、単一の層でもよく、2種以上の層を積層したものであってもよい。2種以上の層の積層体としては、例えば、窒化クロムの層と、炭素が含有された窒化クロムの層との積層体が挙げられる。
【0022】
皮膜5の表面(外周面15)が金属窒化物又は非晶質炭素で構成されていることで、皮膜5の摩耗の進行を抑制でき、皮膜5の機能を十分に長期にわたって維持することができる。皮膜5はSi、Al、C、H等を更に含んでいてもよい。皮膜5がSi又はAlを含むことで、ブローバイガスをより効果的に抑制することができる。
【0023】
Siが含有された窒化クロムで皮膜5が構成されている場合、皮膜5におけるSi含有量は、1.0~10.0at%であることが好ましい。Si含有量が1.0at%以上の窒化クロムは、微細化した結晶粒で構成され、耐クラック性や耐剥離性が良好である。他方、Si含有量が10.0at%以下の窒化クロムは適度なアモルファス相が形成されやすく、良好な耐クラック性を有する。このため、上記範囲内のSiを含有する窒化クロムで構成された皮膜5は、より過酷な使用環境であっても、燃費の向上及びブローバイガス量の抑制という効果を保つことができる。また、上記範囲内のSiを含有する窒化クロムは優れた耐摩耗性を有する。このため、当該窒化クロムで摺動面が構成されていることで、燃費の向上及びブローバイガス量の抑制という効果をより長い期間保つことができる。Si含有量の下限値は1.5at%又は2.0at%であってもよい。Si含有量の上限値は8.0at%又は6.0at%であってもよい。
【0024】
Alが含有された窒化クロムで皮膜5が構成されている場合、皮膜5におけるAl含有量は、10~50at%であることが好ましい。Al含有量が10at%以上であることで、皮膜5を構成する材料の熱伝導率を十分に低下させることができ、皮膜5に遮熱性能を付与することができる。これに加え、皮膜5の耐摩耗性を高めることができ、燃費の向上及びブローバイガス量の抑制という効果をより長い期間保つことができる。他方、Al含有量が50at%以下であることで、Alが窒化クロムに十分に固溶し、均一な皮膜5を得ることができる。また、上記範囲内のAlを含有する窒化クロムは優れた耐摩耗性を有する。このため、当該窒化クロムで摺動面が構成されていることで、燃費の向上及びブローバイガス量の抑制という効果をより長い期間保つことができる。Al含有量の下限値は13at%又は15at%であってもよい。Al含有量の上限値は25at%又は20at%であってもよい。
【0025】
皮膜5の熱抵抗値は、2.0×10-6m2・K/W以上であり、好ましくは2.5×10-6m2・K/W以上であり、より好ましくは4.0×10-6m2・K/W以上であり、更に好ましくは5.0×10-6m2・K/W以上であり、最も好ましくは7.0×10-6m2・K/W以上である。皮膜5の熱抵抗値が2.0×10-6m2・K/W以上であることで、ピストンリング10に適度な遮熱性能を付与することが可能であり、エンジンの駆動時にピストンリング基材1の温度を十分に高めることができる。これにより、合口部11の隙間が小さくなり、ブローバイガス量を抑制できる。これに加え、ピストンリング10が遮熱性能を有することで、燃焼室の温度低下を抑制できる。つまり、ピストンリング10が適度な遮熱性能を有することで、ブローバイガス量を抑制できるとともに良好な燃費特性を有するエンジンが実現される。
【0026】
皮膜5の熱抵抗値は、12.0×10-6以下であり、好ましくは11.0×10-6m2・K/W以下であり、より好ましくは10.3×10-6m2・K/W以下であり、更に好ましくは9.0×10-6m2・K/W以下である。皮膜5の熱抵抗値が12.0×10-6m2・K/W以下であることで、ピストンリング10の遮熱性能が過剰になることを防止できる。したがって、ピストンリング10が過熱されることによって生じ得る問題を未然に防止することができる。かかる問題としては、ピストンリング基材1の熱へたり、並びに、ピストンリング10のピストンに対する凝着が挙げられる。
【0027】
ここでいう「熱抵抗値」はレーザー熱反射法によって求められた値を意味する。レーザー熱反射法では、鏡面状態の試料表面にモリブテン(Mo)膜を成膜し、その薄膜表面に対してレーザーを照射して周期的に加熱した際の、金属表面における反射率の変調を解析することにより、熱拡散率が求められる。より具体的には、まず、レーザー光により試料表面が周期的に加熱され、金属薄膜の表面から試料内部に熱が拡散する。このとき、試料の熱伝導率に応じて、試料の表面温度が変化する。ここで、Moは温度に依存して反射率が変化する性質を利用し、加熱光と同軸上に変調していない連続波の検出用レーザー光を照射すると、試料表面の温度変調に応じた反射光が得られる。熱拡散が早く、加熱光の周期に追随して温度が変化する試料の場合、加熱周期に対する反射光の位相遅れが小さくなる。一方、熱拡散が遅く、加熱光の周期に遅れて温度が変化する試料の場合、加熱周期に対する反射光の位相遅れが大きくなる。この加熱光に対する反射光の位相遅れを解析することで、試料の熱拡散率が求められる。この熱拡散率の値及び示差走査熱量測定法を用いて得られた比熱の値を式1に適用することにより、熱抵抗値が算出される。
【0028】
なお、レーザー熱反射法によって測定される熱抵抗値と同等の値が得られること、又は、レーザー熱反射法によって測定される熱抵抗値と相関があることを確認できれば、レーザー熱反射法以外の方法によって熱抵抗値を求めてもよい。例えば、レーザーフラッシュ法によって熱拡散率及び比熱を求め、これらを式1に適用して熱抵抗値を算出してもよい。レーザーフラッシュ法では、真空中に保持した円板状試料上に、加熱のためのパルスレーザ光を照射し、試料裏面の温度履歴を解析することにより、熱拡散率及び比熱が求められる。より具体的には、まず、円盤状試料を真空中に設置し、全体を一定温度T0に保持する。次いで、パルス幅数100μ秒程度のレーザー光により試料の表面全体をパルス加熱し、裏面の温度変化を測定する。このとき、試料表面が一様に加熱されているため、表面から裏面に向かって一次元的に熱が拡散し、最終的に温度が均一になる。そのため、式3に、試料全体が均一温度の半分の温度に達するまでに要した時間thalf及び試料の厚さLを適用することで、熱拡散率が求められる。同様に、試料の重量Ws及び最終到達温度Ts、並びに参照物質の比熱Cp,r、重量Wr及び最終到達温度Trを式4に適用することで、比熱が求められる。
熱拡散率=0.1388×L2/thalf (式3)
比熱=Cp,r×Wr×(Tr-T0)/(Ws×(Ts-T0)) (式4)
【0029】
<ピストンリングの製造方法>
ピストンリング10は、例えば以下の工程によって製造される。
(a)ピストンリング基材1の表面を洗浄する工程。
(b)ピストンリング基材1の少なくとも外周面を覆うように中間層3を形成する工程。
(c)中間層3の表面上に皮膜5を形成する工程。
【0030】
(a)工程は、中間層3の形成に先立ち、ピストンリング基材1の表面を清浄な状態にするための工程である。例えば、脱脂やショットブラストによる洗浄処理を実施すればよい。これに加えて、チャンバー内においてボンバードクリーニングを実施してもよい。
【0031】
(b)工程及び(c)工程における中間層3及び皮膜5の形成は、物理蒸着法により実施することができる。物理蒸着法としては、イオンプレーティング法、スパッタリング法などが挙げられる。これらの物理蒸着法はいずれも、真空チャンバー内で実施されるものであり、例えば、真空チャンバー内の圧力を、1~6Paの範囲に設定する。また、バイアス電圧を、例えば、-1~18Vの範囲に設定する。
【0032】
物理蒸着法に用いるターゲットを変更することで、中間層3及び皮膜5の組成を変更できる。ターゲットとして、例えば、SiもしくはAlとCrの合金、又はCrインゴット等を用いてもよい。チャンバーを真空雰囲気にしたのち、例えば、1.0×10-3Paのアルゴンガス等の不活性ガスで置換することで、カソード由来の原子のみを含む中間層3及び皮膜5を形成することができる。あるいは、チャンバー内に、例えば、酸素、窒素、水素のいずれかを含有するガスを導入することで、各原子を含む中間層3及び皮膜5を形成することができる。中間層3及び皮膜5の形成時、共通のターゲットを用い、チャンバー内に導入するガスを変更してもよい。これにより、密着性のよい中間層3と皮膜5を得られるとともにピストンリング10の製造コストを低減することができる。
【0033】
以上、本開示の実施形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではない。上記実施形態においては、中間層3を備えるピストンリング10を例示したが、ピストンリング基材1に対する皮膜5の密着性を十分に確保できる限り、中間層3を設けなくてもよい。
図3に示すピストンリング20はピストンリング基材1の外周面上に皮膜5が直接形成されている。なお、ピストンリング基材1として、少なくとも外周面に表面処理が施されたものを使用してもよい。
【0034】
本開示は以下の事項に関する。
[1]
合口部を有するピストンリング基材と、
前記ピストンリング基材の少なくとも外周面を被覆する皮膜と、
を備え、
前記皮膜の熱抵抗値が2.0×10-6~12.0×10-6m2・K/Wである、ピストンリング。
[2]
前記皮膜がAl又はSiを含む、[1]に記載のピストンリング。
[3]
前記ピストンリング基材の表面上に形成された中間層を更に備え、前記中間層の表面上に前記皮膜が形成されている、[1]又は[2]に記載のピストンリング。
[4]
前記中間層がAl又はSiを含む、[3]に記載のピストンリング。
[5]
前記皮膜はSiが含有された窒化クロムで構成され且つ前記中間層はSiが含有されたクロムで構成されている、[3]又は[4]に記載のピストンリング。
[6]
前記皮膜はAlが含有された窒化クロムで構成され且つ前記中間層はAlが含有されたクロムで構成されている、[3]~[5]のいずれかに記載のピストンリング。
【実施例】
【0035】
以下、本開示について実施例に基づいてより詳細に説明する。なお、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0036】
ピストンリング基材として、SUS440相当である以下の組成を有し、合口隙間が0.40mmであるリングを準備した。
・Fe:80.4質量%
・C:0.85質量%
・Cr:17.0質量%
・Si:0.5質量%
・Mn:0.5質量%
・その他元素:残部
【0037】
<比較例1>
ピストンリング基材の表面に以下の条件で窒化処理を施すことによって窒化層を形成した。すなわち、まず、ピストンリングの基材を脱脂及び洗浄した後、チャンバー内に設置した。次いで、ガス窒化法により、チャンバー内にアンモニアガスを添加し、窒化温度570℃、処理時間2時間の条件で窒化処理をした。窒化層の厚さは60μmであった。
【0038】
<実施例1~4及び比較例2~4>
実験例1~4及び比較例2~4に係るピストンリングを以下の3つの工程を経て作製した。なお、各工程における成膜時間は、目標とする皮膜の熱抵抗値又は中間層の膜厚に応じ、適宜調整した。
【0039】
(a)基材の表面を洗浄する工程
まず、上記ピストンリング基材を脱脂及び洗浄した後、チャンバー内に設置した。次いで、チャンバー内を1.0×10-2Paの真空雰囲気とした後、チャンバー内をアルゴンガスで置換し、アルゴン圧力1.0Paとした。そして、バイアス電圧-700Vの条件でグロー放電させることで、ピストンリング基材をボンバードクリーニングした。
【0040】
(b-1)イオンプレーティング法によって中間層を形成する工程
実施例2~4及び比較例3~4は、洗浄後のピストンリング基材の外周表面上に、チャンバーイオンプレーティング法によって、以下の条件で中間層を形成した。
(成膜条件)
・アーク電流:150A
・バイアス電圧:-10V
・成膜温度:500℃
・雰囲気:アルゴンガス、1.0×10-1Pa
・ターゲット:クロム
実施例1及び比較例2は中間層を形成する工程は行わなかった。
【0041】
(c-1)イオンプレーティング法によって皮膜を形成する工程
実施例1及び比較例2については、ピストンリング基材の表面にチャンバーイオンプレーティング法によって、以下の条件で皮膜を形成した。実施例2~4及び比較例3,4については、中間層を形成した表面にチャンバーイオンプレーティング法によって、以下の条件で皮膜を形成した。
(成膜条件)
・アーク電流:150A
・バイアス電圧:-10V
・成膜温度:500℃
・雰囲気:窒素ガス、4.0Pa
・ターゲット:クロム
【0042】
<実施例5、6>
(c-1)工程の代わりに以下の(c-2)工程を実施したこと以外は、実施例2と同様にして、実施例5、6に係るピストンリングを作製した。
(c-2)イオンプレーティング法によって2種類の層が積層された皮膜を形成する工程
イオンプレーティング法による成膜において、交互に用いてCrN(C)とCrNが周囲的に堆積するように行った。CrN(C)とCrNの積層割合が1:2になるよう、成膜時間を調整した。
【0043】
<実施例7、8及び比較例7、8)
工程(c-1)において、以下の条件で成膜したこと以外は、実施例2と同様にして、実施例7、8及び比較例7、8に係るピストンリングを作製した。
(成膜条件)
・アーク電流:70A
・バイアス電圧:0V
・チャンバー内の雰囲気:アルゴンガス、1.0×10-3Pa
・成膜温度:300℃
・ターゲット:炭素
【0044】
<実施例9、10及び比較例9、10>
工程(c-1)において、チャンバー内の雰囲気をアセチレンガス、1.0×10-1Paとしたこと以外は、実施例7と同様にして、実施例9、10及び比較例9、10に係るピストンリングを作製した。
【0045】
<実施例11>
工程(c-1)において、ターゲットとして、Cr-Al合金(Al含有量:50at%)を用いた以外は実施例1と同様にして、実施例11に係るピストンリングを作製した。
<実施例12、13>
工程(b-1)及び(c-1)において、ターゲットとして、Cr-Al合金(Al含有量:50at%)を用いた以外は実施例2と同様にして、実施例12、13に係るピストンリングを作製した。
【0046】
<実施例14>
工程(c-1)において、ターゲットとして、Cr-Si合金(Si含有量:10at%)を用いた以外は実施例1と同様にして、実施例14に係るピストンリングを作製した。
<実施例15~17及び比較例5、6>
工程(b-1)及び(c-1)において、ターゲットとして、Cr-Si合金(Si含有量:10at%)を用いた以外は実施例2と同様にして、実施例15~17及び比較例5、6に係るピストンリングを作製した。
【0047】
(熱抵抗値の算出)
後述の方法で測定した、膜厚、比重、比熱及び熱拡散率を、式1に適用することで実施例1~17及び比較例1~10に係るピストンリングの皮膜の熱抵抗値を算出した。得られた熱抵抗値を表1に示す。
【0048】
皮膜の膜厚は、以下の方法で断面観察を行い、測定した。すなわち、まず、ピストンリングを被覆面に対して垂直方向に切断し、切断面が露出するようにして樹脂に包埋した。次いで、切断面が露出している表面を、耐水研磨紙による湿式研磨した後、ダイヤモンドフィルム#8000を用いて仕上げ研磨を実施することで断面観察用の試料を得た。そして、光学顕微鏡を用いて、得られた試料の表面を拡大して観察し、皮膜の膜厚を測定した。
【0049】
皮膜の比重は、皮膜の膜厚とピストンリングの被表面処理面の面積から求めた体積、及び皮膜の成膜処理施行前後のピストンリングの重量変化から算出した。
【0050】
皮膜の比熱は、示差走査熱量測定(装置名:DSC-50、株式会社島津製作所製)を使用して測定した。測定はピストンリング上に、皮膜と同一条件で作製した薄膜を試料として用い、JIS R1672:2006に準じる条件で行った。
【0051】
皮膜の熱拡散率は、以下の方法で測定試料の作製し、レーザー熱反射法により測定した。すなわち、まず、ピストンリングを被覆面に対して垂直方向に切断し、切断面が露出するように樹脂に包埋した。次いで、切断面が露出している表面(測定面)を、耐水研磨紙による湿式研磨した後、ダイヤモンドフィルム#8000を用いて仕上げ研磨を実施することで、ピストンリングの切断面が鏡面になるまで研磨した。さらに、スパッタリング法によって測定面条に50nmのMo膜を作製した。そして、ファインカッターを用いて樹脂を小片になるように切断した後、平面研削盤を用いて、測定面を10mm×10mm以下、高さを3mm以下に加工し、レーザー熱反射測定用の測定試料を得た。
得られた測定試料について、レーザー熱反射法により、熱拡散率を測定した。測定は熱物性顕微鏡(装置名:サーマルマイクロスコープTM3、株式会社ベテル製)を使用し、以下の条件で行った。なお、測定位置は、皮膜の外周表面とピストンリング基材が測定範囲内に収まるように設定し、30回測定した平均値を測定結果とした。
(測定条件)
・加熱レーザー形状:28μm×25μmの楕円形
・加熱レーザー波長:808nm
・変調周波数:変調周波数が1MHz
・検出レーザー形状:直径3μmの円形
・検出レーザー波長:658nm
・測定範囲:幅120μm×深さ60μm
・測定間ピッチ:2μm
【0052】
(ブローバイガスの測定)
ピストンリングを適用する内燃機関として、以下の性能を有するエンジンを準備した。
・ボア径:φ120mm
・排気量:10L
・燃料:軽油
【0053】
実施例1~17及び比較例1~10に係るピストンリングを上記エンジンに取り付け、下記の条件でエンジンを運転した際の、ブローバイガス量を測定した。比較例1におけるブローバイガスを100とした時の、各実施例及び比較例のブローバイガス量の相対値を、表1及び
図4に示す。
・エンジン回転数:2000rpm
・冷却水温:90℃
・油温:100℃
【0054】
【0055】
実施例1~10は比較例1と比較してブローバイガスの減少が認められた。実施例1~10においては、熱抵抗値が大きくなるほど、燃費が向上する傾向がみられた。実施例11~17は、同程度の熱抵抗値である実施例1~10と比較してより顕著にブローバイガスの減少が認められた。比較例4,6,8,10においてブローバイガスが多かったのは皮膜の熱抵抗が大きかったため、ピストンリングの熱へたりが生じたと推察される。
【符号の説明】
【0056】
1…ピストンリング基材、3…中間層、5…皮膜、10,20…ピストンリング、11…合口部、12,13…側面、14…内周面、15…外周面。
【要約】
合口部を有するピストンリング基材と、前記ピストンリング基材の少なくとも外周面を被覆する皮膜と、を備え、前記皮膜の熱抵抗値が2.0×10-6~12.0×10-6m2・K/Wである、ピストンリング。