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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-29
(45)【発行日】2024-03-08
(54)【発明の名称】メタノフラーレン誘導体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C07C 67/343 20060101AFI20240301BHJP
   C07C 69/616 20060101ALI20240301BHJP
【FI】
C07C67/343
C07C69/616
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2019228725
(22)【出願日】2019-12-19
(65)【公開番号】P2021095376
(43)【公開日】2021-06-24
【審査請求日】2022-11-11
(73)【特許権者】
【識別番号】517132810
【氏名又は名称】地方独立行政法人大阪産業技術研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000134637
【氏名又は名称】株式会社ナード研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110002837
【氏名又は名称】弁理士法人アスフィ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】隅野 修平
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 貴敏
(72)【発明者】
【氏名】岩井 利之
(72)【発明者】
【氏名】松元 深
(72)【発明者】
【氏名】郷田 慎
【審査官】鳥居 福代
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/039262(WO,A1)
【文献】特表2013-528692(JP,A)
【文献】Synlett,2015年,Vol.26,pp.960-964
【文献】ACS Sustainable Chemistry & Engineering,2019年10月18日,Vol.7,pp.18542-18546
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C
JSTPlus/JST7580/JSTChina(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/CASREACT(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
メタノフラーレン誘導体を製造するための方法であって、
電子供与体の存在下、溶媒中、30cm以内の光源から光を照射しつつ、下記式(I)で表されるジハロゲン化カルボン酸エステル化合物とフラーレンとを反応させる工程を含むことを特徴とする方法。
【化1】
[式中、
1およびX2は、独立して、フルオロ基、クロロ基、ブロモ基およびヨード基からなる群より選択される1以上のハロゲノ基を示し、
Yは、置換基βを有していてもよいC6-30アリール基、または置換基βを有していてもよい芳香族複素環基を示し、
Zは単結合またはC1-10アルカンジイル基を示し、
1は、置換基αを有していてもよいC1-30アルキル基、置換基αを有していてもよいC2-30アルケニル基、置換基αを有していてもよいC2-30アルキニル基、置換基βを有していてもよいC6-30アリール基、置換基βを有していてもよい芳香族複素環基、またはポリアルキレングリコール基を示し、
置換基αは、C1-6アルコキシ基、C6-12アリール基、C1-7アルカノイル基、アミノ基、ハロゲノ基、水酸基、ニトロ基およびシアノ基からなる群より選択される1以上の置換基を示し、
置換基βは、C1-6アルキル基、C1-6アルコキシ基、C6-12アリール基、C1-7アルカノイル基、アミノ基、ハロゲノ基、水酸基、ニトロ基およびシアノ基からなる群より選択される1以上の置換基を示す。]
【請求項2】
照射光の波長ピークが可視光域に含まれる請求項に記載の方法。
【請求項3】
光源の消費電力が5W以上である請求項またはに記載の方法。
【請求項4】
溶媒が芳香族炭化水素溶媒と非プロトン性極性溶媒との混合溶媒である請求項1~のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
非プロトン性極性溶媒がジメチルスルホキシドおよび/またはジメチルホルムアミドである請求項に記載の方法。
【請求項6】
フラーレンがC60フラーレンまたはC70フラーレンである請求項1~のいずれかに記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大量生産にも適する効率的なメタノフラーレン誘導体の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
太陽光などの光エネルギーを電気エネルギーに変換する太陽光発電は、CO2等の排出ガスを伴わないために極めてクリーンな発電方法であり、温室効果ガスを削減し、地球温暖化問題を解決する手段として期待されている。その中で有機薄膜太陽電池は、大面積、簡易、安価な製造法が期待でき軽量で、且つ柔軟性に富むため有望な次世代太陽電池と考えられており、その実用化に向けて各種材料の工業化に適した製造法の確立が重要課題となっている。
【0003】
1992年にフラーレンC60が、有機薄膜太陽電池の電子受容材料としての特性を有することが示された(非特許文献1,特許文献1)。更に、フラーレンのホール輸送材料への相溶性を高めることを目的として、フェニル基と酪酸エステル基をメチレンで架橋した置換基を有するメタノフラーレンPC61BM([6,6]-フェニルC61ブチリックアシッドメチルエステル)が合成され(非特許文献2)、C60に比べて光電変換効率が大幅に改善された。
【0004】
一方、C60以外のフラーレンとして、C70は入手性も高く、またC60と比較してより長波長領域に吸収を持つために長波長側のエネルギーを吸収できることから、電子材料としての利用が活発に進められている。特許文献2と非特許文献3では、C70を用いて合成したメタノフラーレンPC71BM([6,6]-フェニルC71ブチリックアシッドメチルエステル)を光電変換層に用いることにより、PC61BMに比べて50%以上の光電変換効率の向上が確認された。
【0005】
現在、上記メタノフラーレン誘導体が、有機薄膜太陽電池の開発において標準材料として利用されているため、工業化に適した製造法の確立が求められている。
【0006】
しかしながら、PC61BMを含むメタノフラーレン誘導体の従来公知の製造法は、高温、長時間の反応条件に加え、フラーレンに対して[5,6]付加体のフレロイドを経由するため、[6,6]付加体のメタロフラーレンへの超高温条件による異性化が必要である。具体的には、付加原料の前駆体としてメチル 4-ベンゾイル酪酸p-トシルヒドラゾンにC60を加えて70℃で加熱攪拌を22時間という長時間行った後、中間体として得られた[5,6]付加体フレロイドを、180℃という高温による7時間の熱異性化により[6,6]付加体のPC61BMが得られる(非特許文献2)。
【0007】
メタノフラーレン誘導体を製造するための他の手法としては、スルホニウム塩と塩基との反応により生じた準安定硫黄イリドとフラーレンを反応させる技術(非特許文献4~5,特許文献3~5参照)があるが、原料であるスルホニウム塩の安定性に問題がある。
【0008】
最近では、ジハロゲン化合物を付加原料としてマンガンやマグネシウムなどの金属と反応させるメタノフラーレン誘導体の製造方法が報告されているが(非特許文献6,特許文献6参照)、酸素を嫌うためにグローブボックスなどの嫌気下での作業が必須であったり、金属の使用が必要であるという問題点を有している。しかもこの方法で使用される金属の量は触媒量ではなく、フラーレン原料に対して数倍モルといった化学量論量であるため、反応後における金属の除去が必要という問題もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】米国特許第5331183号
【文献】特表2006-518110号
【文献】特開2014-034519号
【文献】米国特許第9527797号
【文献】特開2017-197518号
【文献】国際公開第2016/039262号パンフレット
【非特許文献】
【0010】
【文献】N.S.Sariciftci,et al.,Science,1992,258,1474
【文献】J.C.Hummelen,et al.,J.Org.Chem.,1995,60,532
【文献】M.M.Wienk,et al.,Angew.Chem,Int.Ed.,2003,42,3371
【文献】T.Ito,et al.,Synlett,2013,24,1988
【文献】T.Ito,et al.,Synlett,2017,28,1457
【文献】W.Si,et al.,Sci.Rep.2015,5,13920
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上述したように、メタノフラーレン誘導体が有機薄膜太陽電池の材料として注目されているが、従来のメタノフラーレン誘導体の製造方法は、[5,6]フレロイドから[6,6]メタロフラーレンへの熱転移反応が必要で効率が悪かったり、原料化合物の安定性が低かったり、金属の使用と嫌気雰囲気下での反応が必須であったりと、工業的な大量生産には適していないものであった。
そこで本発明は、大量生産にも適する効率的なメタノフラーレン誘導体の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、電子供与体の存在下、安定なジハロゲン化カルボン酸エステル化合物とフラーレンとを反応させれば、金属を使用しなくても反応が良好に進行し、また、反応雰囲気の調整も必須ではないことを見出して、本発明を完成した。
以下、本発明を示す。
【0013】
[1] メタノフラーレン誘導体を製造するための方法であって、
電子供与体の存在下、溶媒中、下記式(I)で表されるジハロゲン化カルボン酸エステル化合物とフラーレンとを反応させる工程を含むことを特徴とする方法。
【化1】
[式中、
1およびX2は、独立して、フルオロ基、クロロ基、ブロモ基およびヨード基からなる群より選択される1以上のハロゲノ基を示し、
Yは、置換基βを有していてもよいC6-30アリール基、または置換基βを有していてもよい芳香族複素環基を示し、
Zは単結合またはC1-10アルカンジイル基を示し、
1は、置換基αを有していてもよいC1-30アルキル基、置換基αを有していてもよいC2-30アルケニル基、置換基αを有していてもよいC2-30アルキニル基、置換基βを有していてもよいC6-30アリール基、置換基βを有していてもよい芳香族複素環基、またはポリアルキレングリコール基を示し、
置換基αは、C1-6アルコキシ基、C6-12アリール基、C1-7アルカノイル基、アミノ基、ハロゲノ基、水酸基、ニトロ基およびシアノ基からなる群より選択される1以上の置換基を示し、
置換基βは、C1-6アルキル基、C1-6アルコキシ基、C6-12アリール基、C1-7アルカノイル基、アミノ基、ハロゲノ基、水酸基、ニトロ基およびシアノ基からなる群より選択される1以上の置換基を示す。]
[2] 30cm以内の光源から光を照射しつつ式(I)で表されるジハロゲン化カルボン酸エステル化合物とフラーレンとを反応させる上記[1]に記載の方法。
[3] 照射光の波長ピークが可視光域に含まれる上記[2]に記載の方法。
[4] 光源の消費電力が5W以上である上記[2]または[3]に記載の方法。
[5] 溶媒が芳香族炭化水素溶媒と非プロトン性極性溶媒との混合溶媒である上記[1]~[4]のいずれかに記載の方法。
[6] 非プロトン性極性溶媒がジメチルスルホキシドおよび/またはジメチルホルムアミドである上記[5]に記載の方法。
[7] フラーレンがC60フラーレンまたはC70フラーレンである上記[1]~[6]のいずれかに記載の方法。
【0014】
本開示において「C6-30アリール基」とは、炭素数が6以上、30以下の一価芳香族炭化水素基をいう。例えば、フェニル、ナフチル、インデニル、ビフェニル、アントラセニル、ピレニル、ナフタセニル、ペンタセニル、ヘキサセニル、ヘプタセニル等を挙げることができ、C6-20アリール基が好ましく、C6-12アリール基がより好ましく、フェニルがより更に好ましい。
【0015】
「芳香族複素環基」とは、窒素原子、酸素原子または硫黄原子などのヘテロ原子を少なくとも1個有する5員環芳香族複素環基、6員環芳香族複素環基または縮合環芳香族複素環基をいう。例えば、ピロリル、イミダゾリル、ピラゾリル、チエニル、フリル、オキサゾリル、イソキサゾリル、チアゾリル、イソチアゾリル、チアジアゾール等の5員環芳香族複素環基;ピリジニル、ピラジニル、ピリミジニル、ピリダジニル等の6員環芳香族複素環基;インドリル、イソインドリル、キノリニル、イソキノリニル、ベンゾフラニル、イソベンゾフラニル、クロメニル等の縮合環芳香族複素環基を挙げることができる。
【0016】
「単結合」とは、Z基と隣り合う2つの炭素原子を結合する共有結合をいう。
【0017】
「C1-10アルカンジイル基」とは、炭素数1以上、10以下の直鎖状または分枝鎖状の二価飽和脂肪族炭化水素基をいう。例えば、メチレン、エチレン、メチルメチレン、n-プロピレン、メチルエチレン、n-ブチレン、メチルプロピレン、ジメチルエチレン、n-ペンチレン、n-ヘキシレン、n-オクタレン、n-デカンジイル等が挙げられ、C1-8アルカンジイル基またはC1-6アルカンジイル基が好ましく、C2-4アルカンジイル基または-(CH22-4-基がより好ましく、n-プロピレン(n-プロパンジイル)がより更に好ましい。
【0018】
「C1-30アルキル基」は、炭素数1以上、30以下の直鎖状または分枝鎖状の一価飽和脂肪族炭化水素基をいう。例えば、メチル、エチル、n-プロピル、イソプロピル、n-ブチル、イソブチル、s-ブチル、t-ブチル、n-ペンチル、n-ヘキシル、n-デカニル、n-ドデカニル、n-テトラデカニル、n-ヘキサデカニル、n-オクタデカニル、n-イコサニル、n-トリアコンタニル等が挙げられ、C1-20アルキル基またはC1-10アルキル基が好ましく、C1-8アルキル基またはC1-6アルキル基がより好ましく、C1-4アルキル基またはメチルがより更に好ましい。
【0019】
「C2-30アルケニル基」は、炭素数が2以上、30以下であり、且つ少なくとも一つの炭素-炭素二重結合を有する直鎖状または分枝鎖状の一価不飽和脂肪族炭化水素基をいう。例えば、エテニル(ビニル)、1-プロペニル、2-プロペニル(アリル)、イソプロペニル、2-ブテニル、3-ブテニル、イソブテニル、ペンテニル、ヘキセニル、デセニル、イコセニル、トリアコンテニル等が挙げられ、C2-20アルケニル基またはC2-10アルケニル基が好ましく、C2-8アルケニル基またはC2-6アルケニル基がより好ましく、C2-4アルケニル基またはエテニル(ビニル)がより更に好ましい。
【0020】
「C2-30アルキニル基」は、炭素数が2以上、30以下であり、且つ少なくとも一つの炭素-炭素三重結合を有する直鎖状または分枝鎖状の一価不飽和脂肪族炭化水素基をいう。例えば、エチニル、1-プロピニル、2-プロピニル、2-ブチニル、3-ブチニル、ペンチニル、ヘキシニル、デシニル、イコシニル、トリアコンチニル等が挙げられ、C2-20アルキニル基またはC2-10アルキニル基が好ましく、C2-8アルキニル基またはC2-6アルキニル基がより好ましく、C2-4アルキニル基がより更に好ましい。
【0021】
「ポリアルキレングリコール基」は、式-(CR23-CR45-O)n-H(式中、R2~R5は、独立して、HまたはC1-4アルキル基を示し、nは、1以上、10以下の整数を示す。)で表される基をいう。上記式中、R2~R5としてはHまたはC1-2アルキル基が好ましく、Hまたはメチルがより好ましく、また、nとしては8以下が好ましく、5以下がより好ましく、3以下がより更に好ましい。
【0022】
「C1-6アルコキシ基」は、炭素数1以上、6以下の直鎖状または分枝鎖状の脂肪族炭化水素オキシ基をいう。例えば、メトキシ、エトキシ、n-プロポキシ、イソプロポキシ、n-ブトキシ、イソブトキシ、t-ブトキシ、n-ペントキシ、n-ヘキソキシ等が挙げられ、C1-4アルコキシ基が好ましく、C1-2アルコキシ基がより好ましく、メトキシがより更に好ましい。
【0023】
「C1-7アルカノイル基」は、炭素数1以上、7以下の脂肪族カルボン酸からOHを除いた残りの原子団をいう。例えば、ホルミル、アセチル、エチルカルボニル、n-プロピルカルボニル、イソプロピルカルボニル、n-ブチルカルボニル、イソブチルカルボニル、t-ブチルカルボニル、n-ペンチルカルボニル、n-ヘキシルカルボニル等が挙げられ、C1-4アルカノイル基が好ましく、C1-2アルカノイル基がより好ましく、アセチルがより更に好ましい。
【0024】
「アミノ基」には、無置換のアミノ基(-NH2)のほか、1個のC1-6アルキル基に置換されたモノ(C1-6アルキル)アミノ基と2個のC1-6アルキル基に置換されたジ(C1-6アルキル)アミノ基が含まれるものとする。ジ(C1-6アルキル)アミノ基において、2個のC1-6アルキル基は互いに同一であってもよいし異なっていてもよい。かかるアミノ基としては、アミノ;メチルアミノ、エチルアミノ、n-プロピルアミノ、イソプロピルアミノ、n-ブチルアミノ、イソブチルアミノ、t-ブチルアミノ、n-ペンチルアミノ、n-ヘキシルアミノ等のモノ(C1-6アルキル)アミノ基;ジメチルアミノ、ジエチルアミノ、ジ(n-プロピル)アミノ、ジイソプロピルアミノ、ジ(n-ブチル)アミノ、ジイソブチルアミノ、ジ(n-ペンチル)アミノ、ジ(n-ヘキシル)アミノ、エチルメチルアミノ、メチル(n-プロピル)アミノ、n-ブチルメチルアミノ、エチル(n-プロピル)アミノ、n-ブチルエチルアミノ等のジ(C1-6アルキル)アミノ基を挙げることができる。好ましくは、無置換のアミノ基である。
【0025】
「ハロゲノ基」としては、フルオロ、クロロ、ブロモおよびヨードからなる群から選択される1以上のハロゲノ基が挙げられる。X1およびX2としては、独立して、クロロ基、ブロモ基およびヨード基からなる群より選択される1以上のハロゲノ基が好ましく、クロロ基および/またはブロモ基がより好ましい。
【0026】
置換基αおよび置換基βの数は、置換可能である限り特に制限されないが、例えば1以上、5以下とすることができ、3以下または2以下が好ましく、1がより好ましい。また、置換基数が2以上である場合、置換基は互いに同一であってもよいし、異なっていてもよい。
【発明の効果】
【0027】
本発明方法によれば、中間体として先ず[5,6]フレロイドが得られ、[5,6]フレロイドから[6,6]メタロフラーレンへの熱転移反応が必要ということが無く、目的の[6,6]メタロフラーレンが直接得られて効率が良い。また、本発明方法の原料化合物の一つである特定のジハロゲン化カルボン酸エステル化合物は、不安定な硫黄イリド化合物に比べて安定である。また、本発明方法では高価な金属を用いる必要が無いため、金属にコストや反応後における金属の除去の問題も無いし、反応時における雰囲気の調整も必須ではない。
よって本発明は、有機薄膜太陽電池材料などとして有用なメタノフラーレン誘導体を効率的に製造可能な技術として、産業上非常に有用である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明に係るメタノフラーレン誘導体の製造方法は、電子供与体の存在下、溶媒中、式(I)で表されるジハロゲン化カルボン酸エステル化合物とフラーレンとを反応させる工程を含む。以下、本発明方法を説明する。
【0029】
フラーレンとは、炭素原子が球状またはラグビー状に配置して形成される閉殻状の骨格を有する炭素クラスターをいう。本発明の製造方法で用いるフラーレンは特に制限されず、具体的にはC60、C70、C76、C78、C82、C84、C90、C94、C96、およびより高次の炭素クラスターが挙げられる。これらは単一でも混合物であってもよい。例えばC60フラーレンは、炭素骨格を構成する炭素数が60のフラーレンといい、C70フラーレンは、炭素骨格を構成する炭素数が70のフラーレンという。
【0030】
式(I)で表されるジハロゲン化カルボン酸エステル化合物(以下、「ジハロゲン化カルボン酸エステル化合物(I)」という)は、フラーレンに結合させることによりフラーレンのホール輸送材料に対する相溶性を高めるためのものであり、ジハロゲン化カルボン酸エステル化合物(I)が結合した本発明に係るメタノフラーレン誘導体を用いた有機薄膜太陽電池は、相当する無置換フラーレンを用いたものに比べ、光電変換効率が改善される。
【0031】
ジハロゲン化カルボン酸エステル化合物(I)の使用量は適宜調整すればよいが、例えば、原料フラーレンに対して0.8倍モル以上用いることが好ましく、1倍モル以上用いることが好ましく、1.1倍モル以上用いることが好ましい。当該比の上限は特に制限されないが、例えば、10倍モル以下とすることができ、5倍モル以下が好ましく、2倍モル以下がより好ましい。
【0032】
電子供与体は、フラーレンに対して電子を供与できる化合物をいう。本発明の製造方法における反応は、電子供与体からフラーレンに対して一電子移動が進行し、フラーレンのラジカルアニオン種を経由すると考えられる。
【0033】
電子供与体としては、例えば、メチルアミン、エチルアミン、アニリン、トルイジン、ベンジルアミン、エタノールアミン等の第一級アミン類;ジメチルアミン、ジエチルアミン、エチルメチルアミン、ジプロピルアミン、ジフェニルアミン、ジベンジルアミン、ジナフチルアミン、ジエタノールアミン等の第二級アミン;トリメチルアミン、トリエチルアミン、トリプロピルアミン、トリブチルアミン、トリヘキシルアミン、トリオクチルアミン、トリフェニルアミン、トリベンジルアミン、トリナフチルアミン、トリエタノールアミン等の第三級アミン;トリブチルホスフィン、トリフェニルホスフィン等のホスフィン類;フェロセン、ビスベンゾフェロセン等、フェロセンおよびその誘導体;テトラチアフルバレン(TTF)、ビス(エチレンジチオ)テトラチアフルバレン等、TTFおよびその誘導体;ポリメチルヒドロシロキサン(PMHS)等のポリシラン類などが挙げられる。
【0034】
電子供与体の使用量は適宜調整すればよいが、例えば、原料フラーレンに対して1倍モル以上、20倍モル以下用いることができる。当該比としては、2倍モル以上が好ましく、4倍モル以上がより好ましく、また、15倍モル以下または10倍モル以下が好ましく、8倍モル以下がより好ましい。
【0035】
本発明で用いる溶媒は、電子供与体、ジハロゲン化カルボン酸エステル化合物(I)およびフラーレンに対して適度の溶解性を示し、且つ反応を阻害しないものであれば特に制限されないが、例えば、トルエン、クロロベンゼン、ジクロロベンゼン、ニトロベンゼン、シアノベンゼン等の芳香族炭化水素溶媒;ジクロロメタン、クロロホルム、ジクロロエタン等のハロゲン化脂肪族炭化水素溶媒;アセトン、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド等の非プロトン性極性溶媒が挙げられる。
【0036】
溶媒は、1種のみを用いてもよいし、2種以上を組み合わせて併用してもよい。例えば、芳香族炭化水素溶媒と非プロトン性極性溶媒との混合溶媒を用いることが好ましい。これら溶媒を併用することにより、反応の加速効果や安定化が認められる。
【0037】
溶媒の使用量は、電子供与体、ジハロゲン化カルボン酸エステル化合物(I)およびフラーレンを適度に溶解できる範囲で適宜調整すればよいが、例えば、電子供与体、ジハロゲン化カルボン酸エステル化合物(I)およびフラーレンの合計1gあたり30mL以上、100mL以下程度とすることができる。
【0038】
本発明に係る反応は、遮光しない限り一般的な光の下でも進行するが、適切な条件で反応液に光照射することにより、反応をより一層促進することが可能になる。具体的には、少なくとも電子供与体、ジハロゲン化カルボン酸エステル化合物(I)、フラーレンおよび溶媒を含む反応液との最短距離が30cm以内の位置に光源を設置することが好ましい。当該距離としては、反応液に照射される光の強度がより強くなるため、20cm以内がより好ましく、10cm以内がより更に好ましい。上記距離の下限は特に制限されないが、例えば0cm、即ち反応液中に光源を浸漬してもよいし、反応容器に光源を接触させてもよい。一方、上記距離は、1cm以上とすることができる。
【0039】
照射光は、反応を促進できる範囲で適宜調整すればよいが、本発明者らの実験的知見によれば、可視光が好ましい。より具体的には、波長ピークが可視光域に含まれる光を用いることが好ましい。可視光域とは、定義にもよるが、例えば300nm以上、830nm以下とすることができる。当該範囲としては、360nm以上が好ましく、380nm以上がより好ましく、400nm以上がより更に好ましく、また、800nm以下が好ましく、700nm以下がより好ましく、600nm以下がより更に好ましく、照射光のピーク波長がこれら範囲に含まれていることが好ましい。なお、照射光に高エネルギー光が過剰に含まれていると原料化合物や目的化合物が分解されるおそれもあり得るので、その様な光は照射しないことが好ましい。例えば反応容器としてパイレックス(R)ガラス製のものを用いれば、高エネルギーを有する短波長光の少なくとも一部を遮断することができる。
【0040】
光源としては、反応促進のために消費電力の大きいものを用いることが好ましい。当該消費電力としては、例えば5W以上が好ましく、10W以上がより好ましく、20W以上がより更に好ましい。当該消費電力の上限は特に制限されないが、消費電力が大き過ぎると製造コストが上がったり、原料化合物や目的化合物の一部が分解される可能性もあり得るので、300W以下が好ましく、100W以下がより好ましい。
【0041】
反応条件は適宜調整すればよい。本発明方法によれば、温和な条件と短時間で目的化合物であるメタノフラーレン誘導体を製造することができる。例えば反応温度は-40℃以上、80℃以下に調整できる。当該温度としては、0℃以上が好ましく、10℃以上がより好ましく、15℃以上がより更に好ましく、また、60℃以下が好ましく、40℃以下がより好ましい。また、反応は温度制御せずに常温で行うことも可能である。また、反応時の圧力は、上記範囲の温度であれば常圧でよい。
【0042】
反応時間は、1分以上、20時間以下とすることができる。反応時間としては、30分以上が好ましく、1時間以上がより好ましく、3時間以上がより更に好ましく、また、15時間以下が好ましく、10時間以下がより好ましく、6時間以下がより更に好ましい。実際の反応時間は、予備実験で決定したり、薄層クロマトグラフィー等によりいずれかの原料の消費が確認できたときまでとすることもできる。
【0043】
反応系内の気相は、窒素ガスやアルゴンガス等の不活性ガスに置換してもよいが、本発明に係る反応は空気雰囲気下でも行うことが可能である。
【0044】
反応終了後は、通常の後処理を行ってもよい。例えば、反応液を濃縮した後、HPLCやシリカゲルカラムクロマトグラフィー等で目的化合物を精製してもよい。また、反応液にメタノール等の貧溶媒を加え、析出物を濾取し、得られた析出物から更に目的物を精製してもよい。
【実施例
【0045】
以下、本発明を実施例によって詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0046】
実施例1: [6,6]PC61BMの製造
25mLねじ口付パイレックス(R)製試験管に5,5-ジブロモ-5-フェニル吉草酸メチル(48.1mg)を加え、o-ジクロロベンゼン(10mL)に溶解し、続いてC60(90mg)をo-ジクロロベンゼン(5mL)で希釈した溶液を加えて溶解させた。その後、ジメチルスルホキシド(1.67mL)とトリエチルアミン(63.2mg)を加えた後、反応容器内の気相をアルゴン雰囲気に置換した。室温中、上記試験管から5~10cmの位置に白色LED(22W)を設置し、光照射しつつ、反応液を6時間攪拌した。反応終了後、反応液を濃縮し、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(展開溶媒:o-ジクロロベンゼン)により分離・精製し、[6,6]PC61BMを76.7mg(収率67%)を得た。なお、得られた生成物を、高速液体クロマトグラフィー、1H NMRおよび13C NMRで分析し、非特許文献2のスペクトルデータと比較して[6,6]PC61BMであることを確認した。
1H NMR(600MHz,CDCl3):δ=7.92(d,J=8.7Hz,2H),7.60-7.44(m,3H),3.68(s,3H),2.94-2.88(m,2H),2.52(t,J=7.5Hz,2H),2.23-2.13(m,2H)
13C NMR(125MHz,CDCl3):δ=173.40,148.79-136.71,132.06,128.43,128.24,79.87,51.85,51.64,33.87,33.67,22.37
【0047】
実施例2: [6,6]PC71BMの製造
15mLねじ口付パイレックス(R)製試験管に5,5-ジブロモ-5-フェニル吉草酸メチル(19.2mg)を加え、o-ジクロロベンゼン(4mL)に溶解し、続いてC70(42mg)をo-ジクロロベンゼン(2mL)で希釈した溶液を加えて溶解させた。その後、ジメチルスルホキシド(0.67mL)とトリエチルアミン(25.3mg)を加えた後、反応容器内の気相をアルゴン雰囲気に置換した。室温中、上記試験管から5~10cmの位置に白色LED(22W)を設置し、光照射しつつ、6時間攪拌した。反応終了後、反応液を濃縮し、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(展開溶媒:o-ジクロロベンゼン)により分離・精製し、[6,6]PC71BMを32.4mg(収率63%)を得た。なお、得られた生成物を高速液体クロマトグラフィーと1H NMRにより分析し、非特許文献3のスペクトルデータと比較して[6,6]PC71BMであることを確認した。異性体比に関し、α体の異性体割合が57%であることを1H NMRにより確認した。
1H NMR(600MHz,CDCl3):δ=7.92-7.40(m,5H),3.74(β-type,s,0.73H),3.67(α-type,s,1.72H),3.51(β-type,s,0.55H),2.53-2.42(m,4H),2.25-1.99(m,2H)
【0048】
実施例3: 照射光の検討
上記実施例1において、光照射条件を変更する以外は同様にして実験を行った。
まず、白色LEDに代えて白熱灯(40W)を使って同様に反応を行った。
次に白色LEDおよび白熱灯を除去し、ドラフトチャンバー内の蛍光灯をONにして反応を行った。上部蛍光灯から反応液の上面までの距離は約100cmであり、蛍光灯の消費電力は40Wであった。
更に、9月の快晴の日に屋外にて太陽光が直接当たる条件下にて実験を行った。
最後に、反応容器をアルミホイルで被覆し、遮光下で実験を行った。結果を表1に示す。
【0049】
【表1】
【0050】
表1に示される結果の通り、本発明に係る反応は遮光下では進行しないことから、本発明反応には光エネルギーが必要であることが分かった。
また、通常の実験条件であるドラフトチャンバー内の蛍光灯下でも反応は進行するが、光量が多い太陽光を直接照射した場合には、収率が向上した。
更に、反応液に近距離から白色光を照射した場合には、収率が顕著に改善された。
【0051】
実施例4: 反応雰囲気の検討
上記実施例1において、反応容器内の気相をアルゴン雰囲気に置換せずに空気雰囲気下のままで反応を行った以外は同様にして、実験を行った。実施例1の実験結果と共に、結果を表2に示す。
【0052】
【表2】
【0053】
表2に示される結果の通り、本発明に係る反応は不活性気体雰囲気下のみならず、収率が多少低下するものの、酸素や水蒸気も含まれる通常の空気雰囲気下でも進行することが明らかとなった。よって本発明では、メタノフラーレン誘導体を工業的に大量生産する場合には、反応雰囲気の調整に要するコストと収率を考慮しながら、反応雰囲気条件を調整することが可能である。