(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-02-29
(45)【発行日】2024-03-08
(54)【発明の名称】マイクロRNAの慢性期心機能改善治療への利用
(51)【国際特許分類】
G01N 33/53 20060101AFI20240301BHJP
A61K 31/7105 20060101ALI20240301BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20240301BHJP
A61K 48/00 20060101ALI20240301BHJP
A61P 9/00 20060101ALI20240301BHJP
A61P 9/10 20060101ALI20240301BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20240301BHJP
C12M 1/00 20060101ALI20240301BHJP
C12M 1/34 20060101ALI20240301BHJP
C12N 15/113 20100101ALI20240301BHJP
C12Q 1/6883 20180101ALI20240301BHJP
【FI】
G01N33/53 M
A61K31/7105
A61K45/00
A61K48/00
A61P9/00
A61P9/10
A61P43/00 105
C12M1/00 A
C12M1/34 Z
C12N15/113 Z ZNA
C12Q1/6883 Z
(21)【出願番号】P 2021550191
(86)(22)【出願日】2021-03-17
(86)【国際出願番号】 JP2021010808
(87)【国際公開番号】W WO2021250969
(87)【国際公開日】2021-12-16
【審査請求日】2021-09-10
【審判番号】
【審判請求日】2022-04-11
(31)【優先権主張番号】P 2020099660
(32)【優先日】2020-06-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000110
【氏名又は名称】弁理士法人 快友国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】湊口 信也
(72)【発明者】
【氏名】赤尾 幸博
【合議体】
【審判長】冨永 みどり
【審判官】光本 美奈子
【審判官】原口 美和
(56)【参考文献】
【文献】欧州特許出願公開第2446929(EP,A1)
【文献】国際公開第2013/154192(WO,A1)
【文献】Am J Physiol Heart Cir Physiol,2015,vol.309 H1813-H1826
【文献】Circulation,2019,vol.140 Suppl.2, Abstract 11568
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
CAPLUS/MEDLINE/BIOSIS/EMBASE(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
Japio-GPG/FX
G01N 33/53,C12Q 1/6883,C12N 15/113,A61K 31/7105,C12M 1/00-1/34
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
急性心筋梗塞を発症した又は発症した可能性のある個体から前記急性心筋梗塞の発症直後又は前記可能性を認めた直後から2週間以内のいずれかの期間において採取された血液につき、miR-143及び/又はmiR-145の血中濃度をモニタリングする工程、
を備え、
前記血中濃度が経時的に増大するとき、前記個体の慢性期の心機能が良好であることを推定できる、慢性期心機能の程度を推定する、方法。
【請求項2】
急性心筋梗塞を発症した又は発症した可能性のある個体から前記急性心筋梗塞の発症直後又は前記可能性を認めた直後から2週間以内のいずれかの期間において採取された血液につき、miR-143及び/又はmiR-145の血中濃度をモニタリングする工程、
を備え、
前記血中濃度が経時的に増大しないとき、前記個体の慢性期心機能が不良であることを推定できる、慢性期心機能の程度を推定する、方法。
【請求項3】
急性心筋梗塞後の慢性期心機能の予測に用いる装置であって、
急性心筋梗塞を発症した又は発症した可能性のある個体から前記急性心筋梗塞の発症直後又は前記可能性を認めた直後から2週間以内のいずれかの期間において採取された血液におけるmiR-143及び/又はmiR-145の血中濃度の経時的変化量を取得するように構成されているとともに、
前記経時的変化量と、予め取得された前記個体の慢性期心機能を予測可能な基準値と、を対比して、前記慢性期心機能を予測するように構成されている、装置。
【請求項4】
急性心筋梗塞の慢性期心機能を予測するのに用いるシステムであって、
急性心筋梗塞を発症した又は発症した可能性のある個体から前記急性心筋梗塞を発症した直後又は前記可能性を認めた直後から2週間以内のいずれかの期間において採取された血液におけるmiR-143及び/又はmiR-145の血中濃度の経時的変化量を取得する手段
と、
前記経時的変化量と、予め準備された前記個体の慢性期心機能を予測可能な基準値と、を対比して、その対比結果に基づいて前記個体の慢性期心機能の予測を実行する手段と、
を、備える、システム。
【請求項5】
急性心筋梗塞後において発症する慢性期心機能低下
を抑制する剤であって、
miR-143又は前記急性心筋梗塞を発症した個体において前記miR-143として作用する化合物を有効成分とし、
少なくとも急性心筋梗塞発症直後から2週間以内において投与される剤。
【請求項6】
慢性期梗塞サイズを縮小する、請求項
5に記載の剤。
【請求項7】
静脈投与される、請求項
5又は6に記載の
剤。
【請求項8】
急性心筋梗塞後の慢性期心機能を予測するための検査キットであって、
当該キットは、急性心筋梗塞を発症した又は発症した可能性のある個体から前記急性心筋梗塞の発症直後又は前記可能性を認めた直後から2週間以内のいずれかの期間において採取された血液に対して用いるためのものであり、
miR-143及び/又はmiR-145を特異的に検出する試薬を備える、キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
(関連出願の相互参照)
本出願は、2020年6月8日付けで出願された日本国特許出願である特願2020-99660に基づく優先権を主張するものであり、ここに、当該日本国特許出願の内容を本明細書の一部を構成するものとして援用する。
【0002】
本明細書は、マイクロRNAの慢性期心機能改善治療への利用に関する。
【背景技術】
【0003】
心臓疾患は、日本を含め各国において死亡率の高い死因である。心臓疾患のなかでも、急性心筋梗塞は、日本国においても年間7万人の発症があることが知られている。急性心筋梗塞では、心筋の喪失により、心機能の低下、その後、左室壁の菲薄化と内腔の拡大とが生じて左室の拡大、すなわち、左室リモデリングが生じる場合がある。左室リモデリングが進行すると、心不全に陥るため、生命予後が悪いとされている。
【0004】
ここで、マイクロRNA-145-5p(以下miR-145)とマイクロRNA-143-3p(以下miR-143)は血管平滑筋の増殖を抑制することが知られている。我々は、以前、miR-145が急性心筋梗塞後の心筋組織修復に有効であることを動物実験で報告した(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Higashi K, Akao Y & Minatoguchi S et al. MicroRNA-145 Repairs Infarcted Myocardium by Accelerating Cardiomyocyte Autophagy. Am J Physiol Heart Circ Physiol, 309 (11), H1813-26, 2015
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、急性心筋梗塞後に、内因性のmiR-145とmiR-143が流血中に動員されるかどうかは明らかになってはいない。また、動員された内因性のmiR-145とmiR-143とが、慢性期の心機能を改善するかどうかについても明らかになっていない。上記のとおり、急性心筋梗塞では、生命予後が悪い。現在までのところ、急性心筋梗塞症患者の慢性期の心機能低下を予測することは困難である。また、慢性期の心機能の低下を予防し、早期に治療することが望まれる。
【0007】
本明細書は、急性心筋梗塞後の急性期において、慢性期の心機能を予測し、心機能の低下を改善する技術を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、急性心筋梗塞後に、患者の血液中にmiR-145及びmiR-143が動員されるかどうかを観察したところ、その動員量の増大と慢性期の心機能低下抑制との相関関係を新たに見出した。また、こうしたマイクロRNAを投与することにより、慢性期の心機能の低下を改善できるかどうかを評価したところ、心機能の低下が抑制されることを確認した。これらの知見に基づき、以下の手段が提供される。
【0009】
[1]急性心筋梗塞を発症した又は発症した可能性のある個体の前記急性心筋梗塞の急性期におけるmiR-143及び/又はmiR-145の血中濃度をモニタリングする、急性心筋梗塞の慢性期心機能の検査方法。
[2]前記モニタリングは、前記個体の急性心筋梗塞の発症直後から2週間以内のいずれかの期間において実施する、[1]に記載の方法。
[3]前記モニタリングにより、前記血中濃度の経時的変化量に基づき、前記個体の慢性期心機能を推定する、[1]又は[2]に記載の方法。
[4]前記モニタリングにより、前記血中濃度が経時的に増大するとき、前記個体の慢性期の心機能の良好を推定できる、[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[5]前記モニタリングにより、前記血中濃度が経時的に、前記個体の慢性期心機能の不良を推定できる、[1]~[4]のいずれかに記載の方法。
[6]前記モニタリングにより得た前記血中濃度の経時的変化量と、前記個体の慢性期心機能を推定可能な基準値とを比較する、[1]~[5]のいずれかに記載の方法。
[7]急性心筋梗塞の慢性期心機能の予測に用いる装置であって、
急性心筋梗塞を発症した又は発症した可能性のある個体について取得した急性期のmiR-143及び/又はmiR-145の血中濃度の経時的変化量を取得するように構成されている、装置。
[8]前記経時的変化量と、予め取得された前記個体の慢性期心機能を予測可能な基準値と、を対比して、前記慢性期心機能を予測する、[7]に記載の装置。
[9]急性心筋梗塞の慢性期心機能を予測するのに用いるシステムであって、
急性心筋梗塞を発症した又は発症した可能性のある個体について取得した急性期のmiR-143及び/又はmiR-145の血中濃度の経時的変化量を取得する手段、を備える、システム。
[10]さらに、前記経時的変化量と、予め準備された前記個体の慢性期心機能を予測可能な基準値と、を対比して、その対比結果に基づいて前記慢性期心機能の予測を実行する手段と、備える、[9]に記載のシステム。
[11]急性心筋梗塞後の慢性期心機能の改善又は治療のための薬剤であって、
miR-143及び/又はmiR-145、又は前記個体において前記miR-143及び/又はmiR-145として作用する化合物を有効成分とする、薬剤。
[12]急性心筋梗塞後の急性期に投与される、[11]に記載の薬剤。
[13]急性心筋梗塞の改善又は治療のための薬剤であって、
miR-143及び/又はmiR-145、又は前記個体において前記miR-143及び/又はmiR-145として作用する化合物を有効成分とする、薬剤。
[14]急性心筋梗塞後の慢性期心機能を予測するための検査キットであって、
miR-143及び/又はmiR-145を特異的に検出する試薬を備える、キット。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】実施例における急性心筋梗塞後のmiR-145のday0及びday7の血漿中濃度(a)及びmiR-143のday0及びday7の血漿中濃度(b)をそれぞれ示す図である。
【
図2】実施例における急性心筋梗塞後のmiR-145のday0及びday7の血漿中濃度の変化量と発症時及び6ヶ月後のEF変化量(ΔEF%)との相関関係を示す図(a)及びmiR-143のday0及びday7の血漿中濃度の変化量と発症時及び6ヶ月後のEF変化量(ΔEF%)との相関関係を示す図(b)である。
【
図3】ラット心筋梗塞モデルにおけるmiR-143の心機能に及ぼす影響を示す図であり、miR-143を投与後の心エコーによるLVEF(左室駆出率)%及び同LVFS(左室内径短縮率)%を示す図(a)及び心エコー像を示す図(b)である。
【
図4】ラット心筋細胞H9C2に対する過酸化水素曝露による生細胞数への影響を示す図であり、過酸化水素暴露から3日後の心筋細胞の生細胞数を示す図(a)と、miR-143#12のトランスフェクションによる過酸化水素曝露によるH9C2細胞の酸化ストレス障害に対する効果を示す図(過酸化水素水曝露直後の心筋細胞にコントロールmiRNAとmiR-143#12をトランスフェクションし、5日後の生細胞数を示す)(b)である。
【
図5】ラット心筋細胞H9C2に過酸化水素暴露後に形成される心筋細胞縄の数を示す図(a)及び形成される心筋細胞縄の形態を示す図(b)である。(a)は、miR-143#12をトランスフェクション後の細胞縄数を示すグラフ図であり、(b)は、心筋細胞縄の位相差顕微鏡下での様態をサークルで囲んで示す図である。
【
図6】ラット急性心筋梗塞モデル(30分冠動脈閉塞後14日間再灌流)に対するmiR-143#12の投与の効果(心臓切片観察及び梗塞サイズ)を示す図である。
【
図7】ラット心筋梗塞モデル(30分冠動脈閉塞後14日間再灌流)におけるmiR-143#12を静注によるCD31-positive小血管の数を示す図(A)、及び血管平滑筋を有するalpha-smooth muscle-positive血管の数を示す図(B)である。
【
図8】ラット心筋梗塞モデル(30分冠動脈閉塞後14日間再灌流)に対するmiR-143#12の全身投与によるTUNEL-positive myocytesの数の減少を示す図である。
【
図9】ラット心筋梗塞モデル(30分冠動脈閉塞後14日間再灌流)に対するmiR-143#12投与後の心筋梗塞境界領域にki67-positiveである心筋細胞の数の増大を示す図である。
【
図10】HUVEC(ヒト臍帯静脈内皮細胞)の管腔形成に対するmiR-143#12導入の効果を示す図である。
【
図11】ラット心筋細胞H9C2を過酸化水素(40μM)30分暴露後に7種類のmiR143誘導体とA-miR143(Ambion社から購入)を導入した結果を示す図である。
【
図12】実施例7で用いたmiR-143誘導体の構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本明細書の開示は、急性心筋梗塞後の急性期において、慢性期の心機能を予測し、心機能の低下を改善する技術に関する。より具体的には、急性心筋梗塞後の急性期という超早期において、その後の慢性期心機能を予測し、またその超早期における予測に基づく処置によって、将来の慢性期心機能を改善できる急性心筋梗塞後の慢性期心機能を予測し改善するための技術に関する。
【0012】
本明細書の開示によれば、急性心筋梗塞を発症した又は発症した可能性のある個体(以下、単に、個体という。)のmiR-143及び/又はmiR-145の急性期血中濃度の経時変化量が増大すると、その量に比例して慢性期心機能が回復するという新たな知見に基づいて、急性期における経時変化量の大きさから慢性期心機能を予測できる検査方法等が提供される。また、本明細書の開示によれば、miR-143及び/又はmiR-145を投与することで、慢性期心機能を改善できるという新たな知見に基づいて、miR-143及び/又はmiR-145等を有効成分とする慢性期心機能の低下を予防又は治療できる薬剤及び方法が提供される。
【0013】
本明細書に開示される方法等を用いることで、個体の慢性期心機能を超早期に予測しえるため、慢性期心機能を改善するための各種医療処置を行うか否かの判断も超早期に行うことができ、有効かつ経済的な医療行為が可能となる。また、miR-143及びmiR-145の血中濃度は容易に測定が可能であるため、有効な予測を容易に実施できる。さらに、急性心筋梗塞後の超早期に、miR-143及び/又はmiR-145等を投与することにより慢性期心機能の低下を予防し又は治療できる。
【0014】
本発明者らによれば、急性心筋梗塞発症後の急性期における、miR-143及びmiR-145の血中濃度を観察したところ、概して増大していた。しかしながら、個々にその増加分を精査すると、増加分が大きいほど、慢性期における心機能の指標であるLVEF(左室駆出率)の回復度合いが高いことがわかった。
【0015】
miR-143は、血管平滑筋の増殖を抑制することが知られており、miR-145は、急性期の心筋梗塞後の心筋組織修復に有効であることがわっていた。しかしながら、急性心筋梗塞とその後の慢性期心機能低下とは発症機構が共通しているとはいえないため、急性心筋梗塞において有効な成分が同時に慢性期心機能の改善に有効であるとは想定できるものではなかった。急性期のこうしたmiRNA血中濃度が左室リモデリングなどを伴う慢性期心機能の低下の良好な指標となり、しかもこうしたmiRNAが慢性期心機能の治療成分でもあることは、発明者らといえども予測することはできなかった。
【0016】
以下では、本発明の代表的かつ非限定的な具体例について、適宜図面を参照して詳細に説明する。この詳細な説明は、本発明の好ましい例を実施するための詳細を当業者に示すことを単純に意図しており、本発明の範囲を限定することを意図したものではない。また、以下に開示される追加的な特徴ならびに発明は、さらに改善された「マイクロRNAの慢性期心機能改善治療への利用」を提供するために、他の特徴や発明とは別に、又は共に用いることができる。
【0017】
また、以下の詳細な説明で開示される特徴や工程の組み合わせは、最も広い意味において本発明を実施する際に必須のものではなく、特に本発明の代表的な具体例を説明するためにのみ記載されるものである。さらに、上記及び下記の代表的な具体例の様々な特徴、ならびに、独立及び従属クレームに記載されるものの様々な特徴は、本発明の追加的かつ有用な実施形態を提供するにあたって、ここに記載される具体例のとおりに、あるいは列挙された順番のとおりに組合せなければならないものではない。
【0018】
本明細書及び/又はクレームに記載された全ての特徴は、実施例及び/又はクレームに記載された特徴の構成とは別に、出願当初の開示ならびにクレームされた特定事項に対する限定として、個別に、かつ互いに独立して開示されることを意図するものである。さらに、全ての数値範囲及びグループ又は集団に関する記載は、出願当初の開示ならびにクレームされた特定事項に対する限定として、それらの中間の構成を開示する意図を持ってなされている。
【0019】
以下、本明細書に開示される技術を詳細に説明する。
【0020】
(急性心筋梗塞の慢性期心機能の検査方法)
この検査方法は、急性心筋梗塞を発症した又は発症した可能性のある個体の急性期におけるmiR-143及び/又はmiR-145の血中濃度をモニタリングする。ここで急性心筋梗塞とは、急性に、冠動脈血管に閉塞や狭窄等が生じて血液の流量が下がり、心筋が虚血状態になった状態又は壊死した状態をいう。冠動脈血管の狭窄や閉塞等の原因は特に問わない。急性心筋梗塞を発症したか否かは、概して、種々の検査及び診察に基づく医師の判断による。本検査方法が対象とする個体は、急性心筋梗塞であるとの医師の診断が確定した個体のほか、急性心筋梗塞の確定診断前の個体を含んでいる。
【0021】
個体としては、ヒトを含む哺乳類であればよく、ネコ、イヌ等のペットのほか、各種家畜動物が挙げられる。
【0022】
急性心筋梗塞の急性期は、概して、発症直後から2週間程度までをいう。
【0023】
なお、急性心筋梗塞の慢性期とは、発症直後から1ヶ月以降をいう。心筋梗塞発症2週間後、6週間後、8週間後の左室駆出率(EF)が改善していればそれ以降の予後が改善するとの報告がある(Chew DS, JACC Clinical Electrophysiology 2018)。さらに、6か月の時点での心機能、リモデリングを評価すればそれ以降の予後は予測できることから6か月での測定には意味がある(Bolognese L, Circulation 2002)。
【0024】
本検査方法は、急性心筋梗塞の急性期のmiR-143及び/又はmiR-145の血中濃度をモニタリングする。具体的には、急性期において、少なくとも2回の異なるタイミングで前記血中濃度を測定する。
【0025】
miR-143は、例えば、ヒトにおいては、それぞれ配列番号1で表されるセンス鎖(ggugcagugc ugcaucucug gu)及び配列番号2で表されるアンチセンス鎖(ugagaugaag cacuguagcu c)を備えることができる。マイクロRNAの配列については、例えば、マイクロRNAのデータベースであるhttp://www.mirbase.org/において適宜取得することができる。また、miR-145は、例えば、ヒトにおいては、それぞれ配列番号6で表されるセンス鎖(guccaguuuu cccaggaauc ccu)及び配列番号7で表されるアンチセンス鎖(ggauuccugg aaauacuguu cu)を備えることができる。本検査で特定対象となるmiR-143及びmiR-145は、個体の種等に応じて適宜決定される。
【0026】
miRNAは、作用時において一本鎖RNAであるが、その前駆体であるprimary miRNAは、ループ構造を有するRNA鎖の形態を採り、さらに、二本鎖RNAとなり、その一方の一本鎖RNAがmiRNAとなる。本検査方法においては、最終形態である一本鎖RNAを測定対象としてもよいし、そのループ構造の、二本鎖RNAの他方の鎖を測定対象としてもよいが、好適には最終作用形態の一本鎖RNAを測定対象とする。
【0027】
本検査方法においては、miR-143及びmiR-145のいずれか一方のみを測定対象としてもよいし、これら双方を測定対象としてもよい。例えば、miR-143のみを測定対象とすることもできる。
【0028】
miR-143及び/又はmiR-145を測定するための検体は、個体から採取した血液とすることができる。採取部位等、特に限定するものではないが、安定的に採取する観点から、例えば、一般的な静脈からの採血手法により取得できる末梢血とすることができる。また、miR-143及び/又はmiR-145の血中濃度は、当該血液中の濃度としてもよいし、血漿中の濃度としてもよい。miR-143及び/又はmiR-145の血中濃度としては、血漿中濃度として測定することができる。
【0029】
miR-143及び/又はmiR-145の血中濃度の測定方法は、特に限定されないで、公知の方法を適宜用いることができる。一般的には、血液から血漿を分離し、分離した血漿からRNAを抽出し、当該RNA抽出液につきmiR-143及び/又はmiR-145の定量を実施する。血液からのRNA抽出は、当業者においては周知であり、商業的に入手できる各種キット等を用いて、当該キットのプロトコールかあるいは当該分野の一般的な手順書に基づいて抽出することができる。
【0030】
また、RNA抽出液に対して、例えば、一本鎖RNAを対象とする逆転写酵素(RNA依存DNAポリメラーゼ)とプライマーを利用してcDNAを取得し、当該cDNAを鋳型としてリアルタイム-PCR(RT-PCR)などのPCRで標的RNAであるmiR-143又はmiR-145のcDNAを特定プライマーにより増幅して検出する。RNAからのとして取得する逆転写PCRなどを用いて、定量的測定を実施することができる。なお、RNAに対する逆転写及びPCRを介した検出・定量は、ワンステップ又はツーステップRT-PCRなど適宜公知の技術やキットを用いることができる。
【0031】
miR-143及び/又はmiR-145の血中濃度のモニタリングは、個体の急性心筋梗塞の急性期(発症直後~2週間)において実施する。本発明者らによれば、急性心筋梗塞の急性期(発症直後~2週間)においては、全ての個体においてmiR-143及び/又はmiR-145の血中濃度は、時間経過とともに概ね増大するか又は低下するなど一定の傾向を示す。一方、一定以上の血中濃度の時間経過量を検出することが検査確度の観点から好適であること、及び、より早期の診断が好適であることから、モニタリング期間の長さとしては、例えば、急性期のうちの2週間、また例えば、同1週間程度である。また、モニタリング期間としては、発症直後から2週間以内であり、また例えば、発症直後から1週間以内である。
【0032】
miR-143及び/又はmiR-145の血中濃度の測定は、モニタリング期間において少なくとも2回実施する。こうすることで、モニタリング期間における前記血中濃度の増大傾向及び経時的変化量を容易に把握できる。例えば、モニタリング期間の最初及び最後であれば、当該期間において最大の経時的変化量を簡易に取得することができる。なお、モニタリング期間内において3回以上測定する場合は、当該期間内における最も初期の血中濃度と最も後期の血中濃度から経時的変化量を取得するものとする。
【0033】
miR-143及び/又はmiR-145の血中濃度及びその経時的変化量のデータは、必ずしも、μg/ml、μmol/mlなどのようなmiR-143及び/又はmiR-145の質量に基づく単位量でなくてもよく、PCRにおけるシグナル強度や、例えば内部指標に対するシグナル強度比など、miR-143及び/又はmiR-145の血中濃度に関連付けが可能なデータであればよく、特に限定されない。
【0034】
また、miR-143及び/又はmiR-145の血中濃度の経時的変化量は、例えば、モニタリング期間内における最も後期の血中濃度と最も初期の血中濃度の差分であってもよいし、最も後期の血中濃度に対する最も初期の血中濃度の比率であってもよい。
【0035】
miR-143及び/又はmiR-145の血中濃度のモニタリングからこれらの濃度の経時的変化量を取得して、この経時的変化量に基づき、個体の慢性期心機能を推定することができる。前記血中濃度が経時的に増大するとき、前記個体の慢性期の心機能が良好であることを推定できる。また、前記血中濃度が経時的に増大しないとき又は経時的に減少するとき、前記個体の慢性期心機能が不良であることを推定できる。
【0036】
こうした血中濃度の経時的変化量が大きいほど、慢性期心機能が改善傾向にあるといえ、慢性期心機能の回復又は改善を肯定できる。また、変化量が小さいほど、慢性期心機能が低下傾向にあり、慢性期心機能の低下を肯定できる。したがって、経時的変化量が増大傾向であってもその変化量(増加量)が小さい場合には、慢性期心機能の良好を推定できるよりもむしろ不良を推定できる場合がある。ここで、慢性期心機能は、例えば、LVEF(左室駆出率、%)や、LVFS(左室短径圧縮率、%)、のほか、左室拡張末期径(LVDd)、左室収縮末期径(LVDs)、左室拡張末期容積(LVEDV)、左室収縮末期容積(LVESV)、+dP/dt、-dP/dt等の心機能の指標が挙げられる。
【0037】
経時的変化量に基づいて、慢性期心機能を予測するには、前記血中濃度の経時的変化量と慢性期心機能の指標となる経時変化量とに基づいて慢性期心機能を予測できる基準値を予め設定して、当該基準値との対比することが好適である。例えば、複数の個体についての経時的変化量を取得するとともに、これらの個体の心機能の指標となるデータ(例えば、左室リモデリングの指標となるLVEF、LVFS、LVDd、LVDs、LVEDV、LVESV、+dP/dt、-dP/dt等の差分や比率等)の経時的変化量も取得する。心機能の経時的変化量は、慢性期心機能の指標であるため、急性心筋梗塞発症から急性期と、慢性期(発症から6ヶ月以降)との間の経時的変化量とすることが好適である。経時的変化量の算出のための心機能の測定時期は、特に限定されないが、例えば、急性心筋梗塞発症直後のLVEFと、慢性期である6ヶ月時点でのLVEFとの間の変化量とすることができる。
【0038】
心機能の経時的変化量は、miR-143及び/又はmiR-145の血中濃度と同様、差分であってもよいし、比であってもよい。血中濃度の経時的変化量として差分を用いるときには、心機能の経時的変化量も差分とするなど、経時的変化量の算出方法を共通とすることができる。尚、心機能の経時的変化量や基準値も、心機能の指標に関連付けられるものであればよく、その単位量等は特に限定されない。
【0039】
血中濃度の経時的変化量と心機能の経時的変化量とを対比することから、所定の心機能の経時的変化量に関連付けられる、血中濃度の経時的変化量の基準値を設定することができる。こうした基準値は、当業者であれば、公知の統計的手法に基づき適宜設定することができる。例えば、慢性期心機能の改善を肯定できる指標としては、例えば、急性期と慢性期とのLVEFの差分が0%超であり、また例えば、1%以上であり、また例えば、5%以上であり、また例えば、10%以上であり、また例えば、15%以上であり、また例えば、20%以上である。反対に、慢性期心機能の低下を肯定できる指標は、急性期と慢性期とのLVEFの差分が、例えば、0%以下であり、また例えば、5%以下であり、また例えば、10%以下である。こうした基準値は、種々の統計的手法により当業者であれば、適宜取得することができる。
【0040】
例えば、急性期のモニタリング期間が、発症直後~1週間であって、miR-16に対するmiR-143及びmiR-145のそれぞれの濃度比を血中濃度としたとき、血中濃度の経時的変化量を差分としたとき、当該経時的変化量が、例えば、0.05以上であると、慢性期心機能が維持又は回復が予測できる。また例えば、0.06以上であり、また例えば、0.07以上であり、また例えば、0.08以上であり、また例えば、0.09以上であり、また例えば、0.10以上であり、また例えば、0.11以上であり、また例えば、0.12以上であり、また例えば、0.13以上であり、また例えば、0.14以上であり、また例えば、0.15以上である。0.7以上であると、慢性期心機能の一層の回復を予測できる。
【0041】
また例えば、前記経時的変化量が、0.05未満であると、慢性期心機能は低下することが予測できる。また例えば、同量が0.04以下であり、また例えば、0.03以下であり、また例えば、0.02以下であり、また例えば、0.01以下である。
【0042】
以上説明したように、本検査方法によれば、miR-143及び/又はmiR-145の急性期におけるモニタリングにより、その経時的変化から、慢性期心機能を予測することができる。また、経時的変化量の大きさにより、慢性期心機能の改善程度や悪化程度も予測することができる。
【0043】
(慢性心機能を予測する基準値の設定方法)
本明細書によれば、本検査方法において用いる、慢性心機能を予測できる基準値の設定する方法も本明細書における教示の一態様である。この設定方法によれば、より簡易に精度及び確度の高い慢性期心機能の予測が可能となる。
【0044】
(慢性心機能を予測するための検査キット)
本明細書によれば、急性心筋梗塞の急性期において慢性期心機能を予測するための検査キットも提供される。このキットは、miR-143及び/又はmiR-145の血中濃度を測定するために必要な試薬を備えることができる。かかる試薬としては、例えば、miR-143及び/又はmiR-145を特異的に逆転写するプライマーセットが挙げられる。また、個体の血中RNAから得られたcDNAから、特異的に、miR-143及び/又はmiR-145のcDNAを増幅するプライマーセットが挙げられる。さらに必要に応じて、RNAの抽出のための試薬、逆転写のためのRNA依存DNAポリメラーゼ、PCRのためのDNAポリメラーゼ、ヌクレオチド、緩衝液等が挙げられる。こうしたキットは、リアルタイムPCRを実施するためのキットとして構成されていてもよい。
【0045】
(急性心筋梗塞の慢性期心機能の予測に用いる装置)
本明細書に開示される装置は、急性心筋梗塞を発症した又は発症した可能性のある個体について取得した急性期のmiR-143及び/又はmiR-145の血中濃度の経時的変化量を取得するように構成されている。本装置によれば、かかる経時的変化量を取得することで、急性心筋梗塞の慢性期心機能の予測に貢献できる。本装置は、基本的には、こうした経時的変化量をデータとして記憶可能な各種メモリをなどの記憶手段を備え、当該記憶手段に記憶された経時的変化量を適宜入出力して演算に用いることができるCPUなどの制御手段とを備える、コンピュータである。経時的変化量に関するデータは、これらの測定装置から入出力インターフェースを介して記憶手段に入力されてもよいし、必要に応じて適宜入力されるようになっていてもよい。記憶手段は、こうしたデータの入出力処理や演算処理をCPUに実行させるプログラムを記憶することもできる。なお、本装置は、適宜、ディスプレイやプリンタなどの出力手段も備えることができる。
【0046】
本装置は、前記経時的変化量と、予め取得された前記個体の慢性期心機能を予測可能な基準値と、を対比して、前記慢性期心機能を予測することができる。かかる予測は、制御手段が、記憶手段に記憶された経時変化量と、入力された又は記憶手段に記憶されていた基準値とを対比して、所定の条件を充足するときには、慢性期心機能を維持又は改善を肯定できるという演算結果を算出し、表示する。また、別の所定条件を充足するときには、慢性期心機能の悪化を肯定できるという演算結果を算出し、表示する。
【0047】
基準値は、経時的変化量の種類等に合わせた予め準備された基準値が選択される。なお、装置の操作者は、適宜基準値を入力することもできるし、準備された複数の基準値から任意の基準値を選択することもできる。例えば、経時的変化量と慢性期心機能の維持又は改善肯定するための基準値とを対比して、経時的変化量が当該基準値以上であれば、慢性期心機能の維持又は改善という演算結果を出力する。
【0048】
(急性心筋梗塞の慢性期心機能を予測するのに用いるシステム)
本明細書に開示されるシステムは、急性心筋梗塞を発症した又は発症した可能性のある個体について取得した急性期のmiR-143及び/又はmiR-145の血中濃度の経時的変化量を取得する取得手段、を備えることができる。本システムは、例えば、特定サーバとクライアントコンピュータ、あるいはクラウドなどを構成要素として備えることができ、取得した血中濃度の経時的変化量に基づいて種々の予測が可能となっている。本システムは、経時的変化量を取得する手段と、さらに必要に応じて経時的変化量を基準値と対比して慢性期心機能の予測を実行する制御手段を備えている。これらの全ての手段は、特定サーバ、クライアント、クラウドのいずれにあってもよい。必要に応じて、経時的変化量のほか、基準値や演算処理プログラムを、いずれかの構成要素からコールし、実行することができればよい。本システムは、ディスプレイやプリンタなどの出力手段や入力手段も適宜備えることができる。
【0049】
上記取得手段は、本装置と同様、経時的変化量を記憶する手段であるが、特定のサーバであってもよいし、クライアントコンピュータであってもよいし、クラウド上にあってもよい。必要に応じて1種又は2種以上が選択されるかあるいは選択可能に構成されている。さらに、前記経時的変化量と、予め準備された前記個体の慢性期心機能を予測可能な基準値と、を対比して、その対比結果に基づいて前記慢性期心機能の予測を実行する手段としてのCPUなどの制御手段も、特定のサーバであってもよいし、クライアントコンピュータであってもよいし、クラウド上にあってもよい。必要に応じて1種又は2種以上が選択されるかあるいは選択可能に構成されている。さらに、こうした予測処理のためのプログラムも、特定のサーバであってもよいし、クライアントコンピュータであってもよいし、クラウド上にあってもよい。
【0050】
(急性心筋梗塞後の慢性期心機能の低下の予防、改善又は治療のための薬剤)
本明細書に開示される薬剤は、miR-143及び/又はmiR-145、又は個体において前記miR-143及び/又はmiR-145として作用する化合物を有効成分とすることができる。本薬剤によれば、超早期においてこうした有効成分を、急性心筋梗塞を発症した個体に投与することで、慢性期心機能の維持又は改善を期待することができる。なお、本薬剤は、急性期に投与されて結果としてその後の心機能の低下を、予防、改善又は治療できる。このため、本薬剤は、急性心筋梗塞を改善又は治療する薬剤であるともいえる。
【0051】
なお、本薬剤は、必ずしも、本検査方法に基づいて、慢性心機能の悪化が予測される場合に限って投与されるものでもなく、また、急性心筋梗塞の急性期に限って投与されるものでもない。あくまで、慢性期心機能の低下の予防、改善、治療のために、適宜、急性期から慢性期に及んで使用することができる。
【0052】
本薬剤は、miR-143及び/又はmiR-145のほか、miR-143及び/又はmiR-145として作用する化合物(以下、単に、類似体ともいう。)を有効成分とする。例えば、miR-143の類似体としては、特開2011-251912号公報、国際公開第2017/179660号等に開示されるmiR-143の誘導体が挙げられ、miR-145の類似体としては、国際公開第2018/079841号などに開示されるmiR-145の誘導体が挙げられる。これらの誘導体によれば、生体内安定性,マイクロRNAとしての効果が改善されており、天然のmiR-143及び/又はmiR-145と比較してより高い効果が望まれる。
【0053】
国際公開第2017/179660号に開示されるmiR-143誘導体としては、例えば、第1鎖が配列番号3記載の配列、又は、配列番号3記載の配列において、1若しくは2塩基が置換、欠失、挿入若しくは付加された配列からなるオリゴヌクレオチドであり、かつ、3’末端修飾は有さず、5’末端修飾を有していてもよく、第2鎖が配列番号4記載の配列、若しくは、配列番号4記載の配列において、1若しくは2塩基が置換、欠失若しくは挿入された配列からなるオリゴヌクレオチドであり、かつ、3’末端修飾を有し、5’末端修飾を有していてもよく、又は配列番号5記載の配列、若しくは、配列番号5記載の配列において、1若しくは2塩基が置換若しくは挿入された配列からなるオリゴヌクレオチドであり、かつ、3’末端修飾は有さず、5’末端修飾を有していてもよいというものである。なお、3’末端修飾は、ヌクレオシド誘導体及び/若しくは修飾ヌクレオシド間結合を含んでいてもよい1~5merのオリゴヌクレオチド誘導体又はベンゼン‐ピリジン誘導体であり、5’末端修飾は、リン酸エステル部分又は式:=CQ1-P(=O)(OH)2(式中、Q1は水素、ハロゲン、置換若しくは非置換のアルキル、置換若しくは非置換のアルケニル、置換若しくは非置換のアルキニル又は置換若しくは非置換のアルキルオキシである。)で示される基であるというものが挙げられる。そして、例えば、(A)第1鎖が、配列番号3記載の配列からなるオリゴヌクレオチドであり、第2鎖が、配列番号4又は5記載の配列からなるオリゴヌクレオチドである、(B)該ヌクレオシド誘導体が、(C)糖の2’位に置換基を有するヌクレオシド、又は糖の4’位と2’位との間に架橋構造を有するヌクレオシドである、(D)該置換基が、F、OCH3又はOCH2CH2OCH3である、(E)該架橋構造が、4’-(CH2)m-O-2’(mは1~4の整数)又は4’-C(=O)-NR3-2’(R3は、水素原子又はアルキルである)である、(F)修飾ヌクレオシド間結合が、ホスホロチオエート結合である、オリゴヌクレオチド誘導体であるmiR-143誘導体が挙げられる。
【0054】
また例えば、第1鎖が、ヌクレオシド間結合がホスホジエステル結合であるRNAオリゴヌクレオチドであり、第2鎖がヌクレオシド誘導体及び/又は修飾ヌクレオシド間結合を含むオリゴヌクレオチドであってもよく、第2鎖の3’末端に、式:dX1dX2(ここで、X1又はX2は、それぞれ独立してA、G、C又はTである)で示される基又はベンゼン‐ピリジン誘導体が結合したmiR-143誘導体であってもよく、この誘導体において上記(A)~(F)のいずれか又は2以上を有していてもよく、さらに、(H)第2鎖の5’末端に、リン酸エステル部分が結合している、(I)X1及びX2が、Tである、(J)第1鎖が、配列番号1若しくは3に記載の配列、又は、配列番号1若しくは3に記載の配列において、1若しくは数個の塩基が置換、挿入、欠失及び/若しくは付加された配列を含む、30塩基以下のオリゴヌクレオチドであり、第2鎖が、配列番号2若しくは4に記載の配列、又は、配列番号2若しくは4に記載の配列において、1若しくは数個の塩基が置換、挿入、欠失及び/若しくは付加された配列を含む30塩基以下のオリゴヌクレオチドである、といういずれか又はこれらの2種以上の組み合わせの特徴をさらに備えるものとすることができる。
【0055】
miR-143及び/又miR-145やこれらの類似体は、当業者であれば、国際公開第2017/179660号等に基づいて適宜製造することができる。
【0056】
本薬剤の投与方法及び製剤は、当該分野で公知のmiRNAの投与方法及び製剤であれば、いずれも利用可能である。miRNAの投与方法及び製剤は、例えば、以下の文献にも開示されている。Nature Review Drug Discovery, 13, 622-638(2014)、非特許文献1、国際公開第2010/050328号、国際公開第2011/064130号、国際公開第2011/153542号、国際公開第2013/163258号、国際公開第2013/192486号等。
【0057】
本薬剤は、心臓に対して局所的あるいは全身的に投与されてもよく、特に限定するものではなく様々な方法により投与することができる。投与方法としては、例えば、局所的、カテーテルを介した経皮的投与、静脈内注射若しくは点滴、皮下、腹腔内若しくは筋肉内注入、吸引若しくは吸入による肺投与等が挙げられる。好ましくは、静脈内注射又は皮下投与である。
【0058】
本薬剤を、局所投与する場合における製剤形態は、特に限定するものではないが、例えば、パッチ、液剤等の製剤を用いることができる。また、水、バッファ、希釈剤、若しくは非水性媒体に溶解させた無菌懸濁液又は溶液等が挙げられる。
【0059】
有効成分であるmiR-143及び/又はmiR-145、あるいはこれらの類似体の標的細胞内への導入を促進するために、本薬剤は、核酸導入用試薬を含むことができる。該核酸導入用試薬としては、アテロコラーゲン;リポソーム;ナノパーティクル;リポフェクチン、リポフェクタミン、DOGS(トランスフェクタム)、DOPE、DOTAP、DDAB、DHDEAB、HDEAB、ポリブレン、あるいはポリ(エチレンイミン)(PEI)等の陽イオン性脂質など公知の導入試薬を用いることができる。
【0060】
本薬剤の投与は、慢性期心機能の予測やその他の検査、診断事項に基づいて、適宜設定される。例えば、治療コースは、1日から数ヶ月、あるいは、治癒が実現されるまで、又は、病状の減退が達成されるまで持続することができる。最適投与スケジュールは、生体における薬剤蓄積の測定から計算が可能である。当該分野の当業者であれば、最適用量、投与法、及び、繰り返し頻度を定めることができる。最適用量は、個々の有効成分、すなわち、miR-143及び/又はmiR-145、あるいはこれらの類似体の相対的効力に応じて変動するが、一般に、インビトロ及びインビボの動物実験におけるIC50又はEC50に基づいて計算することが可能である。例えば、miR-143誘導体の分子量(miR-143誘導体の配列及び化学構造から導かれる)と、例えば、IC50のような効果的用量(実験的に導かれる)が与えられたならば、mg/kgで表される用量が通例にしたがって計算される。
【実施例】
【0061】
以下、本明細書の開示される実施形態を具現化する実施例について説明する。ただし、以下の実施例は、本明細書の開示を限定するものではない。
【実施例1】
【0062】
(ヒト急性心筋梗塞患者におけるΔmiR-143及びΔmiR-145とΔLVEFとの相関関係の発見)
急性心筋梗塞又はその可能性があるとして診断されたヒトの患者群(AMI)23名につき、急性心筋梗塞発症後、入院当日(day0)、1日後(day1)、1週間後(day7)、静脈採血を行った。NucleoSpin miRNA 分離キットを用いて全RNAを分離し、TaqMan microRNAアッセイとTHUNDERBIRD Probe qPCR Mixを用いてqRT-PCRを行い、day0とday7の血漿miR-145とmiR-143レベルを、内部指標としてmicroRNA-16に対する比として求めた。同一症例でday7のmiR-145, miR-143からday0のmiR-145, miR-143をそれぞれ差し引いたものをΔmiR-145, ΔmiR-143と定義した。検査対象となった患者全員のΔmiR-145とΔmiR-143につき、
図1に示す。また、入院時と6ヶ月後に心エコーを用いて、左室駆出率(LVEF)を測定し、入院時と6ヶ月後のLVEFの差分(ΔLVEF)を求めた。検査対象となった患者全員のΔmiR-145とΔLVEF、ΔmiR-143とΔLVEFの相関関係(n=13)を求めた。結果を
図2に示す。
【0063】
図1に示すように、miR-145,miR-143ともに、day0に比べてday7では有意に増加した。また、
図2に示すように、その増加量であるΔmiR-145とΔmiR-143はともにΔLVEF と有意な正相関を認めた。
【0064】
以上のことから、急性心筋梗塞発症早期に血漿miR-145,miR-143が慢性期のLVEF改善を予測できる指標になりうることがわかった。
【実施例2】
【0065】
(ラット心筋梗塞モデルにおけるmiR-143#12の心機能に及ぼす影響)
ラット心筋梗塞モデル(30分冠動脈閉塞後に14日間再灌流)で、再灌流開始から1時間後に、以下の構成のmiR-143#12をリポゾームに包埋し単回静脈内投与(Low dose:3μg/kg in 1mL saline,High dose:9μg/kg in 1mL saline)した。なお、動物実験ではin vitro実験から市販のmiR-143より効果的であることが予測されるmiR-143#12を選択した。miR-143#12は、国際公開第2017/179660号に開示されているSEQ-12として称されるmiR-143誘導体である。なお、miR-143#12のセンス鎖及びアンチセンス鎖は、配列番号3及び4に対応している。リポソームとしては、LipofectaminRNAi Max (Invitrogen)を用い、OPTI-MEM 200μlで10分間incubationした後、上記総量1mlになるように生理食塩液を用いて投与用液を調製した。結果を
図3に示す。
【0066】
【0067】
一重下線:ミスマッチ
二重下線:2’-F RNA(リボースの2’位のOH基がフッ素で置換されている)
太字:2’-Ome RNA(リボースの2’位のOH基がメトキシ基で置換されている)
^:PS(ホスホロチオエート結合)
【0068】
図3(a)に示すように、miR-143の投与量に応じてLVEF及びLVFSが改善した。また、
図3(b)に示すように、左室壁運動の改善は、心エコーによっても明らかであった。
【実施例3】
【0069】
(過酸化化水素暴露後のラット心筋細胞H9C2に対するmiR-143#12の効果)
ラット心筋細胞を、PBS及び過酸化水素40μM溶液で30分処理した。その後、培地交換して3日後に、トリパンブルー染色により生細胞数を評価した。結果を
図4(a)に示す。また、ラット心筋細胞を、過酸化水素40μM溶液で30分処理後、直後に培地を交換しmiR-143#12をリポソームに内包してトランスフェクションし、5日後に、生細胞数をトリパンブルー染色にて評価した。リポソームとしては、LipofectaminRNAi Max (Invitrogen)を3μl用い、OPTI-MEM200μlでincubationした後、1well当たり1mlの培地にmiR-143#12が3nM又は5nMとなるようにトランスフェクション用液を加えた。なお、コントロールとして、ヒトゲノムにはハイブリダイズしないコントロールmiRNA(S鎖:5’-UGAGGAGUAGUGAAAGGCC dtdt-3’(配列番号8)、AS鎖: 5’-GGCCUUUCACUACUCCUCA dtdt-3‘(配列番号9))を用いて同様に操作した。結果を
図4(b)に示す。
【0070】
図4(a)及び(b)に示すように、心筋細胞は、過酸化水素に曝露されて障害を受けるものの、miR-143#12は、過酸化水素による心筋細胞の酸化ストレス障害に対して保護的のみならず細胞増殖を促進することが明らかになった。
【実施例4】
【0071】
(過酸化化水素暴露後のラット心筋細胞H9C2に対するmiR-143の別の効果)
ラット心筋細胞を、過酸化水素40μM溶液を30分処理し、その後、培地を交換し、実施例3と同様に操作して、miR-143#12をリポソームに内包してトランスフェクションした。5日後(120時間後)に、顕微鏡下に細胞を観察して、200のコロニーにつき、縄形成コロニーを計測した。結果を
図5に示す。
【0072】
図5に示すように、miR-143#12は過酸化水素による心筋細胞の酸化ストレス障害に抗して、心筋細胞縄の形成(Rope-like mass formation of cardiomyocytes)を促進することが明らかとなった。
【実施例5】
【0073】
(ラット急性心筋梗塞モデルに対するmiR-143#12投与の評価)
(miR-143#12の梗塞サイズに及ぼす影響)
ラット急性心筋梗塞モデル(30分冠動脈閉塞後に14日間再灌流)で、再灌流開始から1時間後に、以下の構成のmiR-143#12をリポゾームに包埋し単回静脈内投与(低用量:3μg/kg、生理食塩液1ml中、高用量:9μg/kg、生理食塩液1ml中)した。実施例2と同様に、miR-143としては、miR-143#12を用い。リポソームとしては、LipofectaminRNAi Max (Invitrogen)を用い、OPTI-MEM 200μlで10分間incubationした後、上記総量1mlになるように生理食塩液を用いて投与用液を調製した。14日後に、ラットから心臓を摘出してホルマリン固定した後にパラフィン包埋し、その後、4μmの厚さの切片スライドを作製し、Masson-trichlome染色を行い、梗塞領域と非梗塞領域を分別できるようにした。染色後のスライド切片を光学顕微鏡にて観察及び梗塞サイズを評価した。結果を
図6に示す。
【0074】
図6に示すように、コントロールに比較して、miR-143#12低用量投与ラット及び高用量投与ラットにおいて、梗塞サイズが有意に小さくなった。また、用量に応じて、梗塞サイズが小さくなることもわかった。以上のことから、miR-143#12の投与により、心筋梗塞サイズを効果的に小さくできることがわかった。
【0075】
(CD31-positive小血管及びα-smooth muscle-positive血管に対するmiR-143#12の影響)
上記ラットから摘出した心臓から作製した組織断片について、抗CD31ウサギモノクローナル抗体(anti-CD31 rabbit monoclonal antibody)及び抗α-平滑筋アクチンウサギ抗体(anti-α-smooth muscle actin rabbit antibody)を用いて免疫組織染色した結果を
図7(A)及び同(B)にそれぞれ示す。
【0076】
図7(A)に示すように、コントロールに比較して、miR-143#12低用量投与ラット及び高用量投与ラットにおいて、CD31-positive-小血管数が増大していた。また、
図7(B)に示すように、miR-143#12低用量投与ラット及び高用量投与ラットにおいて、血管平滑筋を有するα-smooth muscle-positive血管の数が増大していた。以上のことから、miR-143#12は血管平滑筋を持たない毛細血管、血管平滑筋細胞を有する比較的太い血管の新生をもたらすことを示した。
【0077】
(心筋細胞のアポトーシスに対するmiR-143#12の影響)
上記ラットから摘出した心臓から作製した組織断片について、TUNEL法によりアポトーシスを検出した。結果を
図8に示す。
図8に示すように、コントロールに比較して、miR-143#12低用量投与ラット及び高用量投与ラットにおいて、TUNEL法により染色される心筋細胞(cardiomyocytes)は減少していた。すなわち、アポトーシスに陥った心筋細胞が少なかったことから、miR-143#12は心筋細胞がアポトーシスに陥るのを抑制することが示された。
【0078】
(心筋細胞の増殖に対するmiR-143#12の影響)
上記ラットから摘出した心臓から作製した組織断片について、抗ki67抗体を用いて組織免疫染色を行った。結果を
図9に示す。
図9に示すように、コントロールに比較して、miR-143#12低用量投与ラット及び高用量投与ラットにおいて、心筋梗塞境界領域に、ki67-positiveな心筋細胞の数が有意に多かった。ki67は細胞増殖を示すマーカーであることから、miR-143#12は心筋細胞増殖をもたらすことを示した。
【実施例6】
【0079】
(HUVEC(ヒト臍帯静脈内皮細胞)を用いた、血管形成能に対するmiR-143#12の影響)
HUVEC(ヒト臍帯静脈内皮細胞)をBD BioCoat アンギオジェネシス血管内皮細胞チューブ形成システムの6wellプレートに細胞を播種後、miR-143#12をリポソームに内包してトランスフェクションした。トランスフェクションにあたり、リポソームとしては、LipofectaminRNAi Max (Invitrogen)を3μl用い、OPTI-MEM200μlでincubationした後、1well当たり1mlの培地にmiR-143#12が5nMとなるようにトランスフェクション用液を加えた。なお、コントロールとして、実施例3で用いたのと同様のコントロールmiRNAを用いた。結果を
図10に示す。
【0080】
図10に示すように、miR143#12(5nM)を導入した群では、コントロール群に比べてHUVEC細胞の管腔形成の数が有意に多かった。すなわち、miR-143#12は血管内皮細胞の血管形成能を促進させる可能性が示された。
【実施例7】
【0081】
(ラット心筋細胞H9C2に対する種々のmiR-143誘導体の評価)
実施例3及び4に準じて、ラット心筋細胞H9C2に過酸化水素(40μM)30分暴露後、野生型miR-143(
図11及び
図12中、1番のmiRNA)並びにmiR-143#12(
図11及び
図12中、7番のmiRNA)を含む6種類のmiR-143誘導体とA-miR143(Ambion社から購入したもの)を導入して、5日後(120時間後)に、顕微鏡下に細胞を観察して、200のコロニーにつき、縄形成コロニーを計測した。結果を
図11に示す。なお、用いたmiR-143の詳細を
図12に示す。
図12中、mmは、ミスマッチを意味しており、「4-mm」は、ミスマッチが4個であることを意味しており、「2-mm」は、ミスマッチが2個であることを意味している。また、ミスマッチの位置を下線部で示している。さらに、「^」は、ヌクレオチド間結合が、ホスホロチオエート結合であることを示し、太文字は、リボヌクレオチドの2’位の水酸基に替えてメトキシ基を備えたリボヌクレオチドを意味し、イタリック文字は、リボヌクレオチドの2’位の水酸基に替えてF原子を備えるリボヌクレオチドを示している。
【0082】
図11に示すように、miR-143#12が最も高いcardiac rope(心筋細胞縄)の形成能を示した。この結果は、miR-143#12が障害心筋細胞にリプログラミングを誘導して分化、増殖能をもたらしていることを示唆している。
【0083】
以上のことから、miR-143は心筋梗塞サイズを縮小する作用を有するが、その機序としては、血管再生作用、心筋アポトーシス抑制作用、心筋細胞増殖作用(心筋再生作用)があることがわかった。
【配列表フリーテキスト】
【0084】
配列番号3~5:miR-143 derivative
配列番号8~9:Control miRNA
【配列表】