(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-01
(45)【発行日】2024-03-11
(54)【発明の名称】核酸の分離方法及び増幅方法
(51)【国際特許分類】
C12N 15/10 20060101AFI20240304BHJP
C12Q 1/6844 20180101ALI20240304BHJP
B01J 20/04 20060101ALI20240304BHJP
C12M 1/00 20060101ALI20240304BHJP
【FI】
C12N15/10 110Z
C12Q1/6844 Z ZNA
B01J20/04 A
B01J20/04 B
C12M1/00 A
(21)【出願番号】P 2020033984
(22)【出願日】2020-02-28
【審査請求日】2022-12-15
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (1)ウエブサイトの掲載日:令和1年9月18日,ウエブサイトのアドレス:http://58chubu-kensa.net/web-book.html,名称:第58回日臨技中部圏支部医学検査学会Web抄録,タイトル:「ストロンチウムアパタイトを用いたDNA精製技術の基礎的検討」,公開者:中山章文、山口佳祐、古川 彰、田中康仁;(2)開催日:令和1年10月13日,集会名・開催場所:令和元年度 日臨技 中部圏支部医学検査学会(第58回)、長良川国際会議場,タイトル:「ストロンチウムアパタイトを用いたDNA精製技術の基礎的検討」,公開者:中山章文、山口佳祐、古川 彰、田中康仁;(3)ウエブサイトの掲載日:令和1年9月18日,ウエブサイトのアドレス:http://58chubu-kensa.net/web-book.html,名称:第58回日臨技中部圏支部医学検査学会Web抄録,タイトル:「ストロンチウムアパタイトを用いたReal-time PCR法の基礎的検討」,公開者:大澤 稜、伏脇 猛司、赤羽 貴行、樋口 武史、中山 章文;(4)開催日:令和1年10月13日,集会名・開催場所:令和元年度 日臨技 中部圏支部医学検査学会(第58回)、長良川国際会議場,タイトル:「ストロンチウムアパタイトを用いたReal-time PCR法の基礎的検討」,公開者:大澤 稜、伏脇 猛司、赤羽 貴行、樋口 武史、中山 章文;(5)発行日:令和1年12月25日,刊行物:第31回日本臨床微生物学会総会・学術集会の抄録集 269頁,タイトル:「ストロンチウムアパタイト(SrHAP)を用いたDNA精製法とSrHAP-PCR法の基礎的検討」,公開者:大澤 陵、中山章文、田所 真、伏脇猛司、樋口武史、赤羽貴行;(6)開催日:令和2年2月1日,集会名・開催場所:第31回日本臨床微生物学会総会・学術集会、ホテル日航金沢 ,タイトル:「ストロンチウムアパタイト(SrHAP)を用いたDNA精製法とSrHAP-PCR法の基礎的検討」,公開者:大澤 陵、中山章文、田所 真、伏脇猛司、樋口武史、赤羽貴行
(73)【特許権者】
【識別番号】503420833
【氏名又は名称】学校法人常翔学園
(73)【特許権者】
【識別番号】309010841
【氏名又は名称】学校法人 神野学園
(74)【代理人】
【識別番号】100118382
【氏名又は名称】多田 央子
(74)【代理人】
【識別番号】100094477
【氏名又は名称】神野 直美
(74)【代理人】
【識別番号】100078813
【氏名又は名称】上代 哲司
(72)【発明者】
【氏名】長嶺 憲太郎
(72)【発明者】
【氏名】中山 章文
(72)【発明者】
【氏名】古川 彰
【審査官】田ノ上 拓自
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-035651(JP,A)
【文献】ANALYTICAL BIOCHEMISTRY,1969年,Vol.28,pp.447-459
【文献】INTERNATIONAL JOURNAL OF SYSTEMATIC BACTERIOLOGY,1980年,Vol.30, No.2,pp.433-436
【文献】Biochimica et Biophysica Acta,1977年,Vol.474,pp.445-455
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
C12Q 1/00-3/00
C12M 1/00-3/10
B01J 20/04
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
核酸と
ストロンチウム、ストロンチウムとマグネシウム、又はストロンチウムとバリウムのリン酸及び/又は炭酸塩
から選ばれる1種以上のアパタイトを接触させる工程と、接触により得られた、核酸と
ストロンチウム、ストロンチウムとマグネシウム、又はストロンチウムとバリウムのリン酸及び/又は炭酸塩
から選ばれる1種以上のアパタイトの複合体を45℃以上に加熱する工程を含
み、上記接触工程と上記加熱工程との間、上記加熱工程中、或いは上記加熱工程の後にリン酸塩を用いて核酸を解離又は脱着させる工程を含まない、核酸分離方法。
【請求項2】
核酸と
ストロンチウム、ストロンチウムとマグネシウム、又はストロンチウムとバリウムのリン酸及び/又は炭酸塩
から選ばれる1種以上のアパタイトを接触させる工程を30℃以下の温度下で行う、請求項
1に記載の方法。
【請求項3】
請求項1
又は2に記載の方法により分離された核酸を増幅させる工程を含む、核酸増幅方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生物試料から核酸を分離する方法及びキットに関する。また、本発明は、生物試料から核酸を分離して増幅する方法及び装置に関する。また、本発明は、核酸の吸着剤に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞から核酸を分離する方法として、細胞を溶解した後、フェノール・クロロホルム処理によりタンパク質を除去し、エタノール添加により核酸を沈殿させる方法が古くから広く用いられている。この方法は、多段階で手間がかかる方法である。また、試料中の核酸の回収率が低いため、核酸含有量が少ない試料には適用し難い。
また、カオトロピック塩存在下でシリカ担体に核酸を吸着させ、次いで適当な溶離液を用いて核酸を溶出する方法(Boom法)、磁性ビーズに吸着した核酸を溶出させる方法(SPRI法)、電荷相互作用を利用した核酸成分の単離方法(Charge-Switch technology法)が用いられている。しかし、これらの方法は、器材が高価であり、多数の試料を処理するのには適さない。
【0003】
近年、細胞を溶解した後、遊離した核酸を粒子状のハイドロキシアパタイトに吸着させ、核酸とハイドロキシアパタイトとの複合体を沈殿させて試料液と分離する方法が提案されている。ハイドロキシアパタイトは核酸を強固に吸着するため、高濃度のリン酸塩水溶液(リン酸緩衝液)を用いてハイドロキシアパタイトから核酸を解離又は脱着させる(特許文献1)。
しかし、ハイドロキシアパタイトは、核酸の他にタンパク質、糖類などの多様な有機物質を吸着するため、核酸をこれらの有機物質と分離する工程が必要になる。また、分離した核酸を核酸増幅法に供する場合、高濃度のリン酸緩衝液は核酸増幅法に用いる核酸増幅酵素を阻害するため、核酸増幅前に、透析、ゲルろ過、限外ろ過などによりリン酸塩を除去する必要がある。特許文献1の方法は、リン酸塩除去工程で、核酸回収率が低下するため、核酸含有量が少ない試料には適用し難い。
また、低分子物質の除去工程は手間がかかるだけでなく、透析は12~24時間の長時間を要し、ゲルろ過、限外ろ過は特別の器具を必要とし、特に限外ろ過は試料毎に用いるメンブレンが高価であるといった難点もある。
【0004】
また、細胞溶解液に粒子状のストロンチウムアパタイト(以下、「SrHAP」と略称することがある)を加えて、SrHAPに溶解液中の核酸を吸着させ、核酸とSrHAPとの複合体を沈殿させて試料液と分離する方法も提案されている。(特許文献2)。SrHAPは、選択的に核酸を吸着するため、高純度かつ高濃度の核酸-SrHAP複合体を得ることができる。また、ハイドロキシアパタイトに比べて低濃度のリン酸塩溶液を用いて、核酸-SrHAP複合体から核酸を解離又は脱着させることができる。しかし、特許文献2の方法では、SrHAPに吸着した核酸を低濃度のリン酸緩衝液を用いてSrHAPから脱着させ、リン酸緩衝液で希釈された溶液の状態で核酸増幅反応に供することから、核酸濃度が低いため検出感度が低下し、核酸回収率が低い、手間がかかる、時間がかかる、コスト高になるといった難点がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2000-23668号
【文献】特開2017-35651号
【非特許文献】
【0006】
【文献】SCIENTIFIC REPORTS 6:38561(2016)
【文献】Oral Diseases(2015)21,886-893
【文献】大阪大学歯学雑誌,62(1)P.15-17
【文献】SCIENTIFIC REPORTS 6:36886(2016)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、核酸を含む試料から簡便に核酸を分離することができる方法及びキットを提供することを課題とする。また、本発明は、試料中の核酸を簡便に増幅することができる方法及び装置を提供することを課題とする。さらに、本発明は、新規な核酸吸着剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解決するために研究を重ね、以下の知見を得た。
(i) アルカリ土類金属のリン酸塩及び/又は炭酸塩であって、水に対する溶解度が1g/100g H2O以下である化合物(以下、「本発明の核酸吸着剤」と称することもある)は、水性溶液中でタンパク質より核酸を優先的に又は選択的に吸着する。
(ii) 核酸と本発明の核酸吸着剤との複合体を、45℃以上に加熱することにより、リン酸塩水溶液のような解離剤での処理工程を行わなくても、本発明の核酸吸着剤から核酸が解離又は脱着する。
(iii) 45℃以上で本発明の核酸吸着剤から核酸が解離するため、核酸と本発明の核酸吸着剤との複合体を、核酸増幅反応用液に添加するだけで、核酸の解離と核酸増幅を同時に行うことができる。
【0009】
本発明は、上記知見に基づき完成されたものであり、下記〔1〕~〔13〕を提供する。
〔1〕 核酸と水に対する溶解度が1g/100g H2O以下であるアルカリ土類金属のリン酸塩及び/又は炭酸塩を接触させる工程と、接触により得られた、核酸と水に対する溶解度が1g/100g H2O以下であるアルカリ土類金属のリン酸塩及び/又は炭酸塩の複合体を45℃以上に加熱する工程を含む、核酸分離方法。
〔2〕 水に対する溶解度が1g/100g H2O以下であるアルカリ土類金属のリン酸塩及び/又は炭酸塩が、ストロンチウムを含むアパタイトである、〔1〕に記載の方法。
〔3〕 溶解度が1g/100g H2O以下であるアルカリ土類金属のリン酸塩及び/又は炭酸塩を接触させる工程を30℃以下の温度下で行う、〔1〕又は〔2〕に記載の方法。
〔4〕 〔1〕~〔3〕の何れかに記載の方法により分離された核酸を増幅させる工程を含む、核酸増幅方法。
〔5〕 核酸と水に対する溶解度が1g/100g H2O以下であるアルカリ土類金属のリン酸塩及び/又は炭酸塩を接触させる工程と、接触により得られた、核酸と水に対する溶解度が1g/100g H2O以下であるアルカリ土類金属のリン酸塩及び/又は炭酸塩の複合体を核酸増幅液に含ませて核酸増幅反応を行う工程を含む、核酸増幅方法。
〔6〕 水に対する溶解度が1g/100g H2O以下であるアルカリ土類金属のリン酸塩及び/又は炭酸塩が、ストロンチウムを含むアパタイトである、〔5〕に記載の方法。
〔7〕 核酸と水に対する溶解度が1g/100g H2O以下であるアルカリ土類金属のリン酸塩及び/又は炭酸塩を接触させる工程を30℃以下の温度下で行う、〔5〕又は〔6〕に記載の方法。
〔8〕 通液可能な容器の通液部に、水に対する溶解度が1g/100g H2O以下であるアルカリ土類金属のリン酸塩及び/又は炭酸塩が収容された核酸分離用キット。
〔9〕 水に対する溶解度が1g/100g H2O以下であるアルカリ土類金属のリン酸塩及び/又は炭酸塩を収容した核酸吸着容器と、核酸増幅容器を有する核酸増幅装置と、水に対する溶解度が1g/100g H2O以下であるアルカリ土類金属のリン酸塩及び/又は炭酸塩と核酸との複合体を核酸吸着容器から核酸増幅容器に移す手段とを備える、核酸直接増幅装置。
〔10〕 水に対する溶解度が1g/100g H2O以下であるアルカリ土類金属のリン酸塩及び/又は炭酸塩を収容した核酸吸着容器と、核酸増幅装置と、核酸を含む試料液中の核酸を水に対する溶解度が1g/100g H2O以下であるアルカリ土類金属のリン酸塩及び/又は炭酸塩に吸着させた後の試料液を核酸吸着容器から排出する手段と、試料液を排出した後に核酸吸着容器を核酸増幅装置に装着する手段とを備える、核酸直接増幅装置。
〔11〕 水に対する溶解度が1g/100g H2O以下であるアルカリ土類金属のリン酸塩及び/又は炭酸塩を管内に収容したチップを有するマイクロピペットと、核酸増幅装置を備える、核酸直接増幅装置。
〔12〕 ストロンチウムアパタイト(Sr10(PO4)6(OH)2)、ハロゲン化ストロンチウムアパタイト、炭酸ストロンチウム、炭酸ストロンチウムアパタイト、リン酸水素ストロンチウム、低結晶性ハイドロキシアパタイト(Ca10(PO4)6(OH)2)、バリウムアパタイト、ハロゲン化バリウムアパタイト、リン酸バリウム、リン酸水素バリウム、炭酸バリウム、マグネシウム置換ストロンチウムアパタイト、及び亜鉛置換ストロンチウムアパタイトからなる群より選ばれる少なくとも1種の化合物を含む核酸吸着剤。
【発明の効果】
【0010】
核酸分離方法
本発明の核酸吸着剤は、溶解した核酸と接触するだけで核酸を吸着する。
また、細胞溶解液などの生物試料には、核酸の他にタンパク質が多量に含まれているが、本発明の核酸吸着剤は、タンパク質の吸着力より核酸の吸着力の方が格段に強いため、核酸を優先的又は選択的に吸着する。従って、本発明の核酸吸着剤を用いれば、予め核酸とタンパク質を分離する工程や、核酸脱着後に核酸とタンパク質を分離する工程を行わなくても、純度の高い核酸を分離することができる。核酸は本発明の吸着剤に強固に固定化されているため、吸着剤を繰り返し水洗することで核酸以外の夾雑物を除去し、純度の高い核酸を取り出すことができるとともに、核酸を吸着剤表面に濃縮する効果を有することから、核酸の検出感度を飛躍的に高めることができる。
【0011】
本発明の核酸分離方法では、核酸と本発明の核酸吸着剤との複合体を45℃以上に加熱することにより核酸が解離する。従って、リン酸塩水溶液のような解離剤で処理する工程を行う必要がなく、非常に簡便である。
【0012】
核酸増幅方法
また、リン酸塩水溶液処理により吸着剤から脱離させて分離した核酸を核酸増幅反応に供する場合、核酸増幅法に用いる核酸増幅酵素は高濃度のリン酸塩存在下で阻害されるため、核酸増幅反応の前に、リン酸塩水溶液のような解離剤を、透析、ゲルろ過、限外ろ過などで除去することが望ましい。本発明の核酸増幅方法では、核酸吸着剤に吸着した核酸を脱着することなく水洗を行うことで余分なリン酸塩やその他の夾雑物を除去し精製するため、解離剤を用いて溶液にしてから核酸増幅法にかけることによる希釈による感度低下の問題を避けることができる。
【0013】
また、透析は通常12~24時間もの長時間がかかり、ゲルろ過、限外ろ過は特別の装置を必要とし、特に限外ろ過は試料毎に使用するメンブレンが高価である。
特許文献2の方法では、試料液中の核酸はSrHAPに吸着した状態で試料液から取り出され、核酸をSrHAP表面に吸着した状態で水洗することから核酸の濃縮と精製がSrHAP表面で行われることになり、上記の透析やゲルろ過、限外ろ過などの工程を省くことができ、効率的である。しかし、その後に核酸をSrHAP表面から脱離剤で脱着させる工程が必要であり、その際用いるリン酸緩衝液の濃度が高いときはリン酸塩が核酸増幅液に持ち込まれて核酸増幅反応が進行しない場合があり、リン酸緩衝液の濃度が低いときは核酸がSrHAPから脱着せず、核酸量が少ないために核酸増幅反応が進行しない場合がある。適当なリン酸緩衝液濃度は核酸の吸着力にも依存することから、最適条件を見出すには試行錯誤が必要であり、そのための検討期間が必要である。こうした事情から実際には手間がかかり、コスト高になる。この点、本発明方法は、リン酸緩衝液を用いた核酸吸着剤からの核酸の脱着工程が不要であるため、手間がかからず、試料採取から1~2.5時間程度の短時間で試料中の核酸を増幅させることができる。
【0014】
本発明の特徴として、45℃以上の温度下で、核酸が本発明の核酸吸着剤から解離するため、核酸を吸着した本発明の核酸吸着剤を、そのまま、核酸増幅反応用液に添加して核酸増幅反応を開始すれば、核酸の解離と核酸増幅反応を同時に行える。従って、非常に簡便な方法であり、全工程を自動化し易い。
【0015】
また、本発明者は、約50℃以上、好ましくは60~98℃、中でも60~67℃の温度で加熱することにより細胞から核酸が溶出することを見出しており、この温度は核酸増幅反応温度と同程度であることから、細胞を含む生物試料からの核酸抽出から核酸増幅までの工程を1つの装置で行い易い。
【0016】
このように、本発明の核酸増幅方法は、短時間で行える、簡便、安価な方法であるため、多数の生物試料の処理に好適に用いることができる。
中でも、多数の生体試料について迅速に結果を出すことが求められる病院検査や集団検診に組み込み易い。例えば、PCRなどの核酸増幅法を用いた麻疹、結核、肺炎、鳥インフルエンザ感染、ヘルペスウィルス感染、重症急性呼吸器症候群(SARS-CoV)などの臨床検査が実際に行われており、本発明方法は、これらの核酸増幅法として利用できる。また、新型ウイルス(2019-nCoV)による新型コロナウイルス感染症(COVIT-19)のような感染症の突発的な流行時に迅速に、感染の有無を診断できる核酸増幅法としても非常に有用である。本発明方法により迅速に病原性微生物を特定することで、タイムリーに治療戦略を立てることができる。
また、食品中の食中毒菌の検出試験は、消費期限までの期間を侵食しないよう、できるだけ短時間で行うことが求められる。本発明の核酸増幅方法は、短時間で行えるため、食中毒菌の検出試験に好適に利用できる。
また、環境水(水道水、湖沼水、河川水など)や土壌中の病原微生物の検出も、簡便に行えるようになる。
研究室での核酸増幅も簡便に行えるようになるため、本発明の核酸増幅方法は、広範囲な利用が見込まれる。
【0017】
本発明の核酸増幅方法の特に好適な適用対象として、唾液などの口腔内試料からのストレプトコッカス ミュータンスの検出がある。
ストレプトコッカス ミュータンスは、う蝕の代表的な原因菌であるのみならず、全身疾患とも関連することが知られている。例えば、I型コラーゲンに結合する表層cnmタンパク質を有するストレプトコッカス ミュータンス(cnm-陽性ストレプトコッカス ミュータンス)の保有と、脳微小出血(SCIENTIFIC REPORTS 6:38561(2016)、Oral Diseases(2015)21,886-893)、認知機能の低下(SCIENTIFIC REPORTS 6:38561(2016))、炎症性腸炎(大阪大学歯学雑誌,62(1)P.15-17)、非アルコール性脂肪性肝炎(NASH:Non-alcoholic steatohepatitis)(大阪大学歯学雑誌,62(1)P.15-17、SCIENTIFIC REPORTS 6:36886(2016))などとの関連が示唆されている。従って、cnm-陽性ストレプトコッカス ミュータンスの保有の有無を調べることにより、これらの疾患の発症を予測し、早期に予防することができる。
【0018】
口腔内のストレプトコッカス ミュータンスの検出方法として、一般的に行われているのは、Oral Diseases(2015)21,886-893に記載の方法である。この方法では、唾液又は歯垢をMSB(Mitis-Salivarius-Bacitracin)寒天培地に塗布し、2日間培養後、コロニーを採取し、液体培地に接種して1日間培養し、増殖した菌体を回収して、リゾチーム溶菌、RNase処理、及びエタノール沈殿によりDNAを抽出し、ストレプトコッカス ミュータンス遺伝子に特異的なプライマーを用いたPCRを行って、ストレプトコッカス ミュータンスの有無を判定する。この方法は、口腔内からサンプリング後、結果が得られるまで3~4日間を要する。
これに対して、本発明の核酸増幅法は、1~2.5時間という極めて短時間で結果が得られ、また非常に簡便である。
【0019】
本発明の核酸増幅方法を用いた病院検査や集団検診を行えば、多数の被験者について、脳微小出血とそれによる脳卒中や認知症、炎症性腸炎、NASHとそれによる肝硬変や肝臓癌の発症などを予測し、早期に予防できるようになり、医療費の削減につながる。
また、ストレプトコッカス ミュータンスが検出されれば、薬剤による口腔内洗浄、ストレプトコッカス ミュータンスの増殖を抑制するラクトバチルス ロイテリ(Lactobacillus reuteri)L8020株の摂取などにより、ストレプトコッカス ミュータンスを静菌することができる。それにより、う蝕を始めとして、脳微小出血とそれによる脳卒中や認知症、炎症性腸炎、NASHとそれによる肝硬変や肝臓癌の発症などを抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】合成例5で得たβ-リン酸水素ストロンチウムのX線回折スペクトルを示す図である。
【
図2】合成例6で得たバリウムハイドロキシアパタイトのX線回折スペクトルを示す図である。
【
図3】合成例7で得たフッ化バリウムアパタイトのX線回折スペクトルを示す図である。
【
図4】合成例8で得た低結晶性ストロンチウムアパタイトのX線回折スペクトルを示す図である。
【
図5】合成例8で得た低結晶性マグネシウム置換ストロンチウムアパタイトのX線回折スペクトルを示す図である。
【
図6】合成例9で得た低結晶性亜鉛置換ストロンチウムアパタイトのX線回折スペクトルを示す図である。
【
図7】製造例1で得たSrHAP担持ポリスチレンビーズの走査型電子顕微鏡(SEM)写真を示す図である。
【
図8】製造例2で得たSrHAP担持不織布(坪量大)のSEM写真を示す図である。
【
図9】製造例2で得たSrHAP担持不織布(坪量大)の元素分析スペクトルを示す図である。
【
図10】製造例2で得たSrHAP担持不織布(坪量小)のSEM写真を示す図である。
【
図11】製造例2で得たSrHAP担持不織布(坪量小)の元素分析スペクトルを示す図である。
【
図12】ストロンチウム/バリウム(2:8)アパタイト化合物(SrBa:2/8)粉体を用いたDNA溶液からのPCRによる増幅曲線を示す図である。
【
図13】ストロンチウムアパタイト担持不織布を用いたDNA溶液からのPCRによる増幅曲線を示す図である。
【
図14】ストロンチウムアパタイト担持ポリスチレンビーズを用いたDNA溶液からのPCRによる増幅曲線を示す図である。
【
図15】唾液からのLAMP法によるDNA増幅結果を示す図である。
【
図16】唾液からのLAMP法におけるDNA抽出温度の検討結果を示す図である。
【
図17】唾液からのLAMP法におけるDNA抽出温度の検討結果を示す図である。
【
図18】ストロンチウムアパタイト担持不織布を用いて唾液からLAMP法でDNA増幅できたことを示す図である。
【
図19】ストロンチウムアパタイト粉体を用いて唾液からLAMP法でDNA増幅できたことを示す図である。
【
図20】唾液と核酸吸着剤を混合した後に加熱によりDNAを抽出した場合も、標的配列を増幅できたことを示す図である。
【
図21】DNA-ストロンチウムアパタイト複合体からのDNAの溶出温度を検討した結果を示す図である。
【
図22】各種のアルカリ土類金属のリン酸塩及び/又は炭酸塩を用いた唾液からのLAMP法によるDNA増幅結果を示す図である。
【
図23】ストロンチウムアパタイト粉体を用いた唾液からのLAMP法によるDNA増幅に与えるリン酸塩の影響を示す図である。
【
図24】ストロンチウムアパタイト粉体を用いた細菌からのPCRによる増幅曲線を示す図である。
【
図25】DNAに対するストロンチウムアパタイトの使用量比とDNA吸着比との関係を示す図である。
【
図26】DNA-ストロンチウムアパタイト複合体からのDNAの溶出温度を検討した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明を詳細に説明する。
(1)核酸の分離方法
本発明の核酸の分離方法は、核酸と、水に対する溶解度が1g/100g H2O以下であるアルカリ土類金属のリン酸塩及び/又は炭酸塩(本発明の核酸吸着剤)とを接触させる工程と、接触により得られた、核酸と本発明の核酸吸着剤との複合体を45℃以上に加熱する工程を含む方法である。
【0022】
核酸を含む試料
核酸を含む試料としては、例えば、生体試料では、唾液、歯垢、口腔内粘膜、咽頭拭い液、喀痰、気管吸引液のような口腔内試料;癌などが疑われる組織;全血、血清、血漿のような血液;リンパ液;精液などが挙げられる。また、生物試料では、細菌、ウィルス、菌類、藻類、原生動物などが挙げられる。また、細胞から抽出された核酸を含む試料も挙げられる。
本発明において、核酸は、DNA、RNA、オリゴヌクレオチド、及びこれらが化学修飾されたものを包含する。
【0023】
核酸抽出工程
細胞から核酸が抽出されていない試料を対象とする場合は、本発明の核酸吸着剤と接触させる前に、細胞から核酸を抽出する工程を行えばよい。本発明でいう核酸抽出は、細胞の透過性を高めて核酸の少なくとも一部を細胞外に出す処理をいう。このような処理は、当業者に周知であり、例えば、加熱(50~100℃程度の加熱)処理、界面活性剤(TritonX-100のような非イオン性界面活性剤、SDSやグアニジン塩のようなイオン性界面活性剤など)処理、塩化カルシウム処理、酵素(リゾチームのような細胞壁溶解酵素など)処理、パルス電圧印加、浸透圧ショックの付与、電子線照射などが挙げられる。
【0024】
本発明の核酸吸着剤
アルカリ土類金属は第2族元素である。
水に対する溶解度が1g/100g H2O以下のアルカリ土類金属のリン酸塩及び/又は炭酸塩としては、マグネシウム(Mg)、カルシウム(Ca)、ストロンチウム(Sr)、及びバリウム(Ba)から選ばれる1種又は2種以上のアルカリ土類金属のリン酸及び/又は炭酸塩を使用できる。
水難溶性、即ち水に対する溶解度が1g/100g H2O以下であれば、水を含む試料中で核酸を吸着することができる。
本発明において「水に対する溶解度」は、温度25℃、pH 7の水に対する溶解度を意味する。水のpHは理論上7であるが、水の供給源や大気成分の溶解により若干変動する。この場合、NaOH又はHClを用いてpH 7に調整した水とする。
【0025】
リン酸塩としては、例えば、リン酸マグネシウム、リン酸水素マグネシウム、リン酸カルシウム、リン酸水素カルシウム、ハイドロキシアパタイト、リン酸ストロンチウム、リン酸水素ストロンチウム、ストロンチウムアパタイト、ハロゲン化ストロンチウムアパタイト、リン酸バリウム、リン酸水素バリウム、バリウムアパタイト、ハロゲン化バリウムアパタイト、マグネシウム置換ストロンチウムアパタイト、亜鉛置換ストロンチウムアパタイト、マグネシウム置換ハイドロキシアパタイト、ストロンチウム置換ハイドロキシアパタイトなどが挙げられる。
好適な組成の化合物として、リン酸マグネシウム(Mg3(PO4)2)、リン酸水素マグネシウム(MgHPO4)、リン酸カルシウム(Ca3(PO4)2)、リン酸水素カルシウム(CaHPO4)、ハイドロキシアパタイト(Ca10(PO4)6(OH)2)、リン酸ストロンチウム(Sr3(PO4)2)、リン酸水素ストロンチウム(SrHPO4)、ストロンチウムアパタイト(Sr10(PO4)6(OH)2)、ハロゲン化ストロンチウムアパタイト(Sr10(PO4)6X2)(Xはハロゲン原子を表す。)、リン酸バリウム(Ba3(PO4)2)、リン酸水素バリウム(BaHPO4)、バリウムアパタイト(Ba10(PO4)6(OH)2)、ハロゲン化バリウムアパタイト(Ba10(PO4)6X2)(Xはハロゲン原子を表す。)、マグネシウム置換ストロンチウムアパタイト(Sr10-xMgx(PO4)6(OH)2:0<x<5)、亜鉛置換ストロンチウムアパタイト(Sr 10-xZnx(PO4)6(OH)2:0<x<5)、マグネシウム置換ハイドロキシアパタイト(Ca10-xMgx(PO4)6(OH)2:0<x<5)、ストロンチウム置換ハイドロキシアパタイト(Ca10-xSrx(PO4)6(OH)2:0<x<10)などが挙げられる。ハロゲンとしては、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素が挙げられる。
ハイドロキシアパタイトは市販されており、例えば「HAP-100」(太平化学産業株式会社)、「天然アパタイト」(株式会社エクセラ)などを使用できる。
リン酸水素カルシウム、リン酸カルシウム、リン酸マグネシウムは市販品を用いることができる。その他の化合物は、実施例に記載の方法で、又はそれに準じた方法で製造することができる。
【0026】
炭酸塩としては、例えば、炭酸マグネシウム、炭酸カルシウム、炭酸ストロンチウム、炭酸ストロンチウムアパタイト、炭酸バリウムなどが挙げられる。好適な組成の化合物として、炭酸マグネシウム(MgCO3)、炭酸カルシウム(CaCO3)、炭酸ストロンチウム(SrCO3)、炭酸ストロンチウムアパタイト(Srx(PO4)6-y(CO3)yX2)(0<y<1)、炭酸バリウム(BaCO3)などが挙げられる。
炭酸ストロンチウムアパタイトは、実施例の項目に記載の方法により製造できる。その他の炭酸塩は市販品を用いることができる。
【0027】
リン酸及び炭酸塩としてはストロンチウム置換炭酸ハイドロキシアパタイト、例えば(Ca10-xSrx(PO4)6-y(CO3)yX2)(0<x<10、0<y<1)の組成を有するストロンチウム置換炭酸ハイドロキシアパタイトなどが挙げられる。
ストロンチウム置換炭酸ハイドロキシアパタイトは、市販の炭酸ハイドロキシアパタイトのアパタイト結晶中に、実施例の合成例8の方法に準じて、ストロンチウムをイオン交換反応により導入することで製造できる。
【0028】
ストロンチウムアパタイト(SrHAP)は、実施例に記載の方法により製造できるが、例えば、特開2015-86084号公報に記載の方法で製造することもできる。具体的には、水中で、ストロンチウム塩(例えば、塩化ストロンチウム)とリン酸塩(例えば、リン酸水素二ナトリウム)と炭酸塩(例えば、炭酸水素ナトリウム)とを混合し、各成分のモル比を調整することにより一段階でSrHAPが得られる。
【0029】
中でも、核酸の選択的な吸着力が極めて高い点で、SrHAPが好ましい。
【0030】
ここで各種アパタイトの化学式については上記に示した各々の構成元素の比率で一義的に表されるものではなく、あくまでも代表組成として挙げている。実際には各種アパタイトの合成方法や合成条件などで構成元素比はさまざまに変化することが知られている(例えばカルシウム欠損型ハイドロキシアパタイトなど)。さらに、構成元素としてアルカリ金属としてナトリウムなどが各種アパタイトの結晶格子中に含まれる場合もある。さらに各種アパタイトの構造式中の水酸基の比率については、これを正確に分析して決定することは困難なため、代表的な構成比率として上記の組成比((OH)2)を挙げているが、必ずしもこれに限定されるものではなく、例えば、各種アパタイト結晶表面の水和水などを含めるとこれより水酸基の構成比率が高い場合も挙げることができる。
【0031】
本発明の核酸吸着剤の形状は特に限定されず、粉状、粒状などとすることができる。
体積平均粒子径が約10μm以上である場合、遠心分離やろ過などを行わなくても、核酸との複合体を試料液から簡単に回収することができ、また核酸脱着後は、核酸溶液と本発明の核酸吸着剤とを簡単に分離することができる。体積平均粒子径の上限値は1mm程度とすることができる。
一方、体積平均粒子径が約10μm未満である場合は、担体に担持させ易い又はコーティングし易いものとなる。中でも5μm以下が好ましく、1μm以下がより好ましい。この範囲であれば、粒子表面積が大きいため、粒子重量当たりの核酸吸着量が多くなる。また、体積平均粒子径は40nm以上が好ましく、50nm以上がより好ましい。この範囲であれば、核酸との複合体を遠心分離などにより回収することができる。
製造後の本発明の核酸吸着剤の体積平均粒子径は、通常約10μm以上であるが、例えばメディアミルなどを用いた湿式分散処理により小さくすることができる。
本発明において、体積平均粒子径は、水中に分散した状態でレーザー回折散乱法により測定した値である。
【0032】
また、粉状、粒状のものを、通液性を有する多孔質成形体(塊状、柱状、膜状など)に成形したものも使用できる。
【0033】
粉状の本発明の核酸吸着剤を担体に担持させる場合、樹脂バインダーを用いて担体に固定したり、熱融着により固定することができる。
担体の形状は、特に限定されず、ビーズ、繊維、多孔質成形体などが挙げられる。
【0034】
ビーズ材料としては、各種ポリマーなどを用いることができる。ビーズの大きさは、直径1μm~数mm程度とすることができ、この範囲であれば、遠心分離、ろ過、デカンテーションなどにより、核酸との複合体を試料液から容易に回収することができ、また核酸との複合体をそのまま核酸増幅反応を行う容器内に入れることができる。
【0035】
繊維材料としてはポリエステル、ナイロンなどのポリマー;木綿などの天然素材;ガラス、金属、セラミックスなどの無機材料などを用いることができる。繊維は、糸状、短糸状などの形状とすることができる他、繊維を不織布、織物、編物のような布や、紐状などに成形したものも使用できる。繊維径は1~50μm程度とすることができ、布では目付が1~200g/m2程度とすることができる。
布に本発明の核酸吸着剤を担持させる場合、担持量は、0.1~50g/m2程度とすることができ、中でも0.5~40g/m2程度が好ましい。この範囲であれば、核酸吸着量が多く、かつ通液し易いものとなる。
【0036】
多孔質成形体の材料としては、各種プラスチックや、ガラス、金属、セラミックスなどの無機材料を用いることができる。多孔質成形体は、柱状、膜状などに成形されたものであり、好ましくは通液性を有していればよい。通液性を有していれば、核酸を含む試料を通液することができる。
【0037】
繊維材料や多孔質材料を用いてこれらの表面に核酸吸着剤を固定化して用いる場合には、試料溶液に単に吸着剤を浸漬して、これをピンセットなどで取り出し、水洗した後、これをそのまま核酸増幅反応に供することができるため、繊維材料や多孔質材料は担体として極めて好ましく利用することができる。
【0038】
接触工程
核酸と本発明の核酸吸着剤との接触は、通常、水や緩衝液(例えば、リン酸緩衝液)のような水溶液の中で行えばよい。例えば、核酸水溶液を本発明の核酸吸着剤と接触させればよい。
接触に用いる液の液性は中性又は中性付近であることが好ましい。例えば、pH5~9が好ましく、5.5~8.5がより好ましく、6~8がさらにより好ましい。この範囲であれば、接触に用いる液中での本発明の核酸吸着剤の溶解が抑制されると共に、核酸が変性し難い。
また、混合時の温度は、45℃未満とすることができ、中でも40℃以下、中でも30℃以下、中でも25℃以下、中でも10℃以下が好ましく、これにより、核酸が本発明の核酸吸着剤に吸着し易い。特に、10℃以下とすれば、タンパク質の吸着が効果的に抑制される。また、混合時の温度は、核酸溶液が凍結しないように0℃以上とすればよい。室温で行えば簡便である。
【0039】
接触させる核酸と本発明の核酸吸着剤との比率は、核酸1質量部に対して、本発明の核酸吸着剤が10~10000質量部、中でも20~1000質量部とすればよい。この範囲であれば、試料液中の核酸を十分に吸着することができ、また、核酸を吸着した本発明の核酸吸着剤をそのまま核酸増幅反応に供した場合にも、十分量の核酸を核酸増幅用液に加えることができる。
【0040】
本発明の核酸吸着剤(担体に担持されたものを含む。以下、同様である。)がマイクロチューブ、マルチウェルプレートのウェルのような容器内に入る大きさである場合、容器内で核酸溶液と本発明の核酸吸着剤とを混合すればよい。
また、本発明の核酸吸着剤がカラムに充填されている場合や、本発明の核酸吸着剤が柱状、膜状などの通液性を有する成形体に成形されている場合は、ここに核酸溶液を通液すればよい。また、本発明の核酸吸着剤が通液性を有する容器の通液部内に充填又は装着されている場合は、核酸溶液を吸い上げるか、吸吐すればよい。通液性を有する容器の通液部としては、例えば、ピペットの吸液部、マイクロピペットでは装着したチップが挙げられる。
混合又は通液により、核酸が本発明の核酸吸着剤に吸着して、核酸と本発明の核酸吸着剤との複合体が得られる。
【0041】
接触時間は、1秒以上、中でも5秒以上、中でも10秒以上が好ましい。接触時間は、核酸の変性を防ぐため、24時間以下、中でも10分以下とすることができる。核酸溶液を本発明の核酸吸着剤に通液する場合は、総接触時間が少なくとも1秒になるように通液速度を調整すればよい。同じ試料を何度も通液してもよい。
【0042】
核酸と本発明の核酸吸着剤を必要に応じて水などで洗った後、次の加熱工程を行えばよい。
【0043】
加熱工程
次いで、核酸と本発明の核酸吸着剤との複合体を45℃以上に加熱することにより、核酸が本発明の核酸吸着剤から解離又は脱着する。加熱温度は55℃以上が好ましく、65℃以上がより好ましく、75℃以上がさらにより好ましい。加熱温度は、核酸の変性を防ぐため、例えば100℃以下とすることができる。
加熱も、通常、水や緩衝液のような水溶液の中で行えばよい。加熱はpH5~9程度、特にpH6~8の中性又は中性付近の液中で行うことが好ましい。
加熱時間は1秒~数分(例えば、2、3、4、又は5分)程度とすることができる。この範囲であれば十分に核酸を脱着させることができる。
【0044】
容器内の液中で核酸を本発明の核酸吸着剤に吸着させた場合は、液を除いた後に同じ容器に解離用の液を加えて加熱するか、又は核酸を吸着した本発明の核酸吸着剤を別容器に移して解離用の液を加えて加熱すればよい。
また、カラムや成形体への核酸水溶液の通液により核酸を本発明の核酸吸着剤に吸着させた場合は、吸着後のカラムや成形体に45℃以上の液を通液すればよい。
通液性を有する容器の通液部、例えば、ピペットの吸液部やマイクロピペットに装着したチップ内で核酸を本発明の核酸吸着剤に吸着させた場合は、45℃以上の液を吸吐することで、核酸を解離させることができる。例えば、45℃以上に保温した容器内で液を吸吐することができる。
【0045】
加熱を行う液にリン酸塩を添加することができ、これにより、核酸の解離が促進される。
リン酸塩としては、リン酸ナトリウム、リン酸カリウム、リン酸アンモニウム、リン酸水素ナトリウム、リン酸水素カリウム、リン酸水素アンモニウムなどが挙げられる。中でも、リン酸ナトリウムを含むリン酸トリスバッファーなどのリン酸緩衝液が好ましい。
リン酸塩は、1種以上又は2種以上を用いることができる。
リン酸塩の添加量は、最終濃度1mM以上、10mM以上、20mM以上、40mM以上、又は50mM以上とすることができる。この範囲であれば、核酸の解離を促進することができる。また、リン酸塩の添加量は、最終濃度300mM以下、200mM以下、100mM以下、80mM以下、50mM以下、40mM以下、30mM以下、20mM以下、又は10mM以下とすることができる。この範囲であれば、解離した核酸を含む液(リン酸塩を含む)をそのまま核酸増幅反応に供しても、核酸増幅酵素の阻害が少なく、検出可能な程度に核酸増幅反応が進行する。
リン酸塩のような核酸解離剤を添加しないこともできる。
【0046】
加熱により解離した核酸を本発明の核酸吸着剤と分けて回収すればよい。
細胞から抽出された核酸溶液から核酸を分離する場合は、試料溶液中に溶解した核酸を選択的に吸着回収することから、核酸を濃縮又は精製することができるため、本発明の核酸分離方法は核酸濃縮方法又は核酸精製方法と捉えることもできる。試料溶液中の核酸を吸着した後、試料溶液より低容量の液中で核酸を脱着させれば、溶液中に核酸を濃縮することもできる。
吸着回収した核酸を核酸増幅反応に供して増幅させる場合、その後に反応系の温度を低下させることで本発明の核酸吸着剤に再吸着させて取り出すことができる。増幅した核酸は本発明の核酸吸着剤の表面に吸着した状態で水洗することで精製し、水中において45℃以上の温度で加熱することで核酸を分離回収することができる。これにより、大量の核酸を分離回収することができる。
【0047】
本発明方法は、接触工程と加熱工程との間、或いは加熱工程の後に、リン酸塩のような解離剤を用いて核酸を本発明の核酸吸着剤から解離又は脱着させる工程(解離剤処理工程)を含まないことが好ましい。
【0048】
(2)核酸の増幅方法
本発明の核酸増幅方法は、核酸と上記説明した本発明の核酸吸着剤を接触させる工程と、接触により得られた、核酸と本発明の核酸吸着の複合体を用いて核酸増幅反応を行う工程を含む方法である。
核酸と本発明の核酸吸着の複合体を用いて核酸増幅反応を行うとは、核酸又は核酸溶液に代えて、核酸と本発明の核酸吸着の複合体を用いることを意味し、核酸増幅液にこの複合体を含ませればよい。即ち、核酸増幅液中に核酸吸着体が浸漬されるか、又は核酸吸着体が核酸増幅液に接触した状態で核酸増幅させればよい。この複合体は最終的には核酸増幅液に添加された状態になるが、添加順序は限定されない。
【0049】
核酸を含む試料、核酸抽出工程、本発明の核酸吸着剤、接触工程は、本発明の核酸分離方法について説明した通りである。接触工程と核酸増幅工程との間に解離剤処理工程を行わないことが好ましいことも、本発明の核酸分離方法と同様である。加熱工程は行わず、核酸増幅反応で加熱を併せて行える。
核酸と本発明の核酸吸着剤の複合体を必要に応じて水などで洗った後、次の核酸増幅工程を行えばよい。
従来は核酸を吸着剤から脱離して溶液として用いていたことから、希釈による感度低下の問題があった。本発明の核酸増幅方法では、核酸吸着剤に吸着した核酸をそのまま核酸増幅反応にかけられるため、反応系を希釈することなく高感度で核酸を検出し増幅することができる。
【0050】
核酸を本発明の核酸吸着剤に吸着させた後、得られた複合体は核酸増幅を行う容器に移せばよい。本発明の核酸吸着剤が金属担体に担持されている場合は磁石を利用して釣り上げて移すことができる。また、本発明の核酸吸着剤を収容したチップを装着したマイクロピペットで核酸を吸着した場合は、チップごと核酸増幅装置の増幅容器内に入れて増幅反応を行えばよい。
【0051】
本発明の核酸吸着剤(担体に担持されているものを含む)のサイズについて述べると、本発明の核酸増幅方法では、核酸と本発明の核酸吸着剤との複合体をそのまま核酸増幅用液に入れるため、本発明の核酸吸着剤は反応容器に入る大きさとすればよい。
【0052】
核酸増幅反応
核酸増幅方法は、45℃以上で行う工程を含む方法であればよく、特に限定されない。
DNAを増幅する方法としては、PCR(Polymerase chain reaction)(Science 239,487-491(1988))、LCR(Ligase chain reaction)(Proc.Natl.Acad.Sci.USA,88:189-193(1991))のような二本鎖DNAの熱変性工程を含む方法;LAMP(Loop-mediated isothermal amplification)(国際公開00/28082)、SDA(Strand displacement amplification)(米国特許第5455166号)、ICAN(Isothermal and chimeric primer-initiated amplification of nucleic acids)(国際公開00/56877)、SMAP(Smart amplification process)(Seibutsu butsuri kagaku, 52(4):183-187,2008)、3SR(Self-stranded sequence replication)(Am.Biotechnol.Lab.8,14-25(1990))のような二本鎖DNAの熱変性工程を含まない等温増幅法などが挙げられる。
【0053】
RNAを増幅させる場合は、RNAは最初から1本鎖であるため熱変性させる必要がなく、等温増幅を行える。RNAを増幅させる核酸増幅法としては、TMA(Transcription Mediated Amplification)(In Ferre, F.(ed), Gene quantification, Boston, Birkhauser p189-201(1998))、NASBA(Nucleic Acid Sequence-Based Amplification)(In Ferre, F.(ed), Gene quantification, Boston, Birkhauser p169-188(1998))、TRC(Transcription-reverse transcription concerted reaction)(J.Clin.Microbiol,.42(9):4284-4292,2004)などが挙げられる。
【0054】
中でも、等温増幅法は温度を変化させる必要がないため、簡便で、また装置が安価であり、好ましい。中でも、LAMP法は、1種類の合成酵素を用いて1ステップでDNAを増幅できるため特に簡便である。また、LAMP法は、増幅効率が高いため、標的DNAが少なくても検出可能に増幅することができると共に、極めて高い特異性を持つため、類縁の菌種の誤検出が抑えられる。
等温増幅法において増幅時の温度は、DNA増幅酵素の種類によって異なるが、50~70℃程度とすることができる。
【0055】
また、本発明方法は、核酸の回収率が高いため、PCRのような汎用の核酸増幅方法を用いても十分に標的配列を検出することができる。PCRの増幅時の温度は、変性、アニーリング、伸長を含めて、45~98℃程度とすることができる。
【0056】
核酸増幅法で増幅させる標的配列部分は、検査に応じて適宜決定すればよい。
例えば、唾液などの口腔内試料からストレプトコッカス ミュータンス(Streptococcus mutans;虫歯原因菌)を検出する場合は、グリコシルトランスフェラーゼ遺伝子(GenBank accession number: M1736)の全部又は一部を含む配列部分を標的とすることができる。グリコシルトランスフェラーゼ遺伝子は、ストレプトコッカス属の種間で塩基配列が比較的大きく異なっているため、グリコシルトランスフェラーゼ遺伝子を標的とすれば、ストレプトコッカス ミュータンスを精度よく検出できる。また、cnmタンパク質をコードする遺伝子(GenBank accession number: AB465300.1)の全領域又は一部を含む配列部分を標的とすれば、cnm-陽性ストレプトコッカス ミュータンスを検出することができる。
また、歯垢などの口腔内試料からポルフィロモナス ジンジバリス(Porphyromonas gingivalis;歯周病原因菌の一種)を検出する場合は、ポルフィロモナス ジンジバリスの16S RNA遺伝子の全部又は一部を含む配列部分を標的とすることができる。
【0057】
核酸増幅液にリン酸塩を添加することができ、これにより、核酸の解離が促進される。リン酸塩としては、リン酸ナトリウム、リン酸カリウム、リン酸アンモニウム、リン酸水素ナトリウム、リン酸水素カリウム、リン酸水素アンモニウムなどが挙げられる。リン酸塩は、1種又は2種以上を使用できる。
リン酸塩の添加量は、最終濃度1mM以上、10mM以上、20mM以上、40mM以上、又は50mM以上とすることができる。この範囲であれば、核酸の解離を促進することができる。また、リン酸塩の添加量は、最終濃度300mM以下、200mM以下、100mM以下、80mM以下、50mM以下、40mM以下、30mM以下、20mM以下、又は10mM以下とすることができる。この範囲であれば、核酸増幅酵素の阻害が少なく、検出可能な程度に核酸増幅反応が進行する。
核酸増幅方法としてPCRを採用する場合は、他の核酸増幅法に比べて、リン酸塩の添加量は低めが良く、最終濃度50mM以下、40mM以下、30mM以下、20mM以下、又は10mM以下が好ましい。
核酸増幅液にリン酸塩のような核酸解離剤を添加しないこともできる。
【0058】
核酸の標的配列部分の増幅は、常法で確認すればよい。例えば、エチジウムブロミド (EtBr)、SYBR GREENのような2本鎖核酸に結合するインターカレーター存在下で増幅反応を行い、紫外線ランプ下で蛍光を確認することで行える。また、カルセインのようなキレート剤は、増幅前にはマンガンイオンと結合して消光しているが、核酸増幅反応が進行すると、生成するピロリン酸イオンにマンガンイオンを奪われることで蛍光を発し、さらに反応液中のマグネシウムイオンと結合することで蛍光が増強されるため、紫外線ランプ下で蛍光を確認することで、増幅の有無を確認することができる。
さらに、DNA増幅酵素による伸長反応では副産物としてピロリン酸が生成するため、反応液中のマグネシウムイオンと反応してピロリン酸マグネシウムが生じる。LAMP法のように増幅産物の生成量が多い方法では、反応液中にピロリン酸マグネシウムが析出して白濁を生じるため、白濁を目視で確認することで、標的配列の増幅を確認することができる。
【0059】
本発明は、上記説明した本発明の核酸分離方法により分離した核酸を増幅させる工程を含む核酸増幅方法も提供する(本発明の第2の核酸増幅方法)。第2の核酸増幅方法における核酸増幅反応は特に限定されない。第2の核酸増幅方法における核酸増幅反応は45℃以上の温度で行うものでなくてもよい。採用できる核酸増幅反応の種類や方法は、上記説明した核酸増幅方法について例示したものを挙げることができる。第2の核酸増幅方法でも、核酸増幅工程の前に解離剤処理工程を行わないことが好ましい。
【0060】
(3)核酸分離用キット
本発明の核酸分離用キットは、通液可能な容器の通液部に本発明の核酸吸着剤が収容されたキットである。通液可能な容器としては、ピペット、マイクロピペットのチップが挙げられる。本発明の核酸吸着剤の形態は限定されないが、粉末若しくは粒子が成形されているか、又は担体に担持されていることが好ましく、これにより、ピペット、マイクロピペットのチップなどの通液部に固定し易い。
本発明の核酸分離用キットは、さらに、核酸吸着容器、及び/又は核酸解離容器を備えていても良い。核酸解離容器は45℃以上に加熱される容器である。
【0061】
(4)核酸直接増幅装置
本発明の第1の核酸直接増幅装置は、上記説明した本発明の核酸吸着剤を収容した核酸吸着容器と、核酸増幅容器を有する核酸増幅装置と、本発明の核酸吸着剤と核酸の複合体を核酸吸着容器から核酸増幅容器に移す手段とを備える装置である。
核酸吸着容器は、限定されないが、マイクロチューブ、マルチウェルプレートのウェルなどが挙げられる。本発明の核酸吸着剤の形態は限定されないが、粉末若しくは粒子が塊状に成形されているか、又は担体に担持されていることが好ましく、これにより、核酸を吸着した後の本発明の核酸吸着剤を核酸増幅容器に移し易い。本発明の核酸吸着剤と核酸との複合体を核酸増幅容器に移す手段は、釣り上げて移すものが挙げられるが、担体が金属である場合は、磁石を利用して釣り上げて移すものが挙げられる。
【0062】
本発明の第2の核酸直接増幅装置は、上記説明した本発明の核酸吸着剤を収容した核酸吸着容器と、核酸増幅装置と、核酸を含む試料液中の核酸を本発明の核酸吸着剤に吸着させた後の試料液を核酸吸着容器から排出する手段と、試料液を排出した後に核酸吸着容器を核酸増幅装置に装着する手段とを備える装置である。
核酸吸着容器内に核酸を含む試料液を入れて、核酸を本発明の核酸吸着剤に吸着させた後、試料液を除去又は排出し、ここに核酸増幅反応液を入れて、核酸増幅装置にセットして核酸増幅反応を開始すればよい。核酸吸着容器としては、マイクロチューブ、マルチウェルプレートのウェルなどが挙げられる。本発明の核酸吸着剤の形態は限定されないが、粉末若しくは粒子が塊状に成形されているか、又は担体に担持されていることが好ましく、これにより、本発明の核酸吸着剤に核酸を吸着させた後に、液を除去し易い。
【0063】
本発明の第3の核酸直接増幅装置は、上記説明した本発明の核酸吸着剤を管内に収容したチップを有するマイクロピペットと、核酸増幅装置を備える装置である。本発明の核酸吸着剤の形態は限定されないが、粉末若しくは粒子が成形されているか、又は担体に担持されていることが好ましく、これにより、マイクロピペットのチップの管内に固定し易い。
本発明の第3の核酸直接増幅装置は、さらに、核酸吸着容器、及び/又は核酸増幅容器を備えていてもよい。
核酸吸着容器中に核酸を含む液を入れ、マイクロピペットで試料を吸吐することで核酸を本発明の核酸吸着剤に吸着させ、マイクロピペットのチップをそのまま、あるいはチップから核酸吸着剤を取り出して核酸増幅容器内に入れて核酸増幅装置に装着し、増幅反応を行えばよい。
【0064】
(5)核酸吸着剤
上記の通り、リン酸マグネシウム、リン酸水素マグネシウム、リン酸カルシウム、リン酸水素カルシウム、ハイドロキシアパタイト、リン酸ストロンチウム、リン酸水素ストロンチウム、ストロンチウムアパタイト、ハロゲン化ストロンチウムアパタイト、リン酸バリウム、リン酸水素バリウム、バリウムアパタイト、ハロゲン化バリウムアパタイト、マグネシウム置換ストロンチウムアパタイト、亜鉛置換ストロンチウムアパタイト、マグネシウム置換ハイドロキシアパタイト、ストロンチウム置換ハイドロキシアパタイト、」炭酸マグネシウム、炭酸カルシウム、炭酸ストロンチウム、炭酸ストロンチウムアパタイト、炭酸バリウム、ストロンチウム置換炭酸ハイドロキシアパタイトは、核酸を吸着するために使用できる。即ち、核酸吸着剤として使用できる。
好適な組成の化合物として、リン酸マグネシウム(Mg3(PO4)2)、リン酸水素マグネシウム(MgHPO4)、リン酸カルシウム(Ca3(PO4)2)、リン酸水素カルシウム(CaHPO4)、ハイドロキシアパタイト(Ca10(PO4)6(OH)2)、リン酸ストロンチウム(Sr3(PO4)2)、リン酸水素ストロンチウム(SrHPO4)、ストロンチウムアパタイト(Sr10(PO4)6(OH)2)、リン酸バリウム(Ba3(PO4)2)、リン酸水素バリウム(BaHPO4)、バリウムアパタイト(Ba10(PO4)6(OH)2)、ハロゲン化ストロンチウムアパタイト(Sr10(PO4)6X2)(Xはハロゲン原子を表す。)、ハロゲン化バリウムアパタイト(Ba10(PO4)6X2)(Xはハロゲン原子を表す。)、マグネシウム置換ストロンチウムアパタイト(Sr10-xMgx(PO4)6(OH)2:0<x<5)、亜鉛置換ストロンチウムアパタイト(Sr 10-xZnx(PO4)6(OH)2:0<x<5)、マグネシウム置換ハイドロキシアパタイト(Ca10-xMgx(PO4)6(OH)2:0<x<5)、ストロンチウム置換ハイドロキシアパタイト(Ca10-xSrx(PO4)6(OH)2:0<x<10)などのリン酸塩;炭酸マグネシウム(MgCO3)、炭酸カルシウム(CaCO3)、炭酸ストロンチウム(SrCO3)、炭酸ストロンチウムアパタイト(Srx(PO4)6-y(CO3)yX2)(0<y<1)、炭酸バリウム(BaCO3)などの炭酸塩;ストロンチウム置換炭酸ハイドロキシアパタイト(Ca10-xSrx(PO4)6-y(CO3)yX2)(0<x<10、0<y<1)などが挙げられる。
【実施例】
【0065】
以下、実施例を挙げて、本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されない。
(1)核酸吸着剤の合成
合成例1(SrHAP:ストロンチウムアパタイトの合成No.1)
特開2014-180491号公報に記載される方法でSrHAPの合成を行った。即ち、塩化ストロンチウム六水和物267g(1モル)を1L容量の三角フラスコ内に秤取り、蒸留水350gを加えて溶解した。これとは別に、500mL容量のガラスビーカー内にリン酸水素二アンモニウム132g(1モル)を秤取り、蒸留水300gを加えて溶解した。上記で作製した塩化ストロンチウム水溶液を導入した三角フラスコを50℃に調整した水浴上に移し、攪拌しながら滴下漏斗を用いて、リン酸水素二アンモニウムを溶解した水溶液を1時間に亘って徐々に滴下した。反応時の反応系のpHは6.5であった。水浴上から三角フラスコを移し、室温まで冷却した後、グラスフィルターを用いて吸引濾過を行った。フィルター上の白色沈殿は更に繰り返し蒸留水で洗浄を行った後、60℃に調節した乾燥器内で1昼夜乾燥を行い、白色の粉体を得た。
上記で得られたリン酸水素ストロンチウムの全量を1L容量の三角フラスコへ移し、純水600gを加えて攪拌を行いながら、水酸化ナトリウムを35g添加した。反応系のpHは13であった。これをホットプレート上で攪拌しながら反応系の温度を70℃に上昇し、この温度で3時間加熱攪拌を行った。その後室温まで冷却し、吸引濾過を行って生成物をグラスフィルター上に回収した。純水により十分に洗浄を行った後、80℃に調節した乾燥器内で1昼夜加熱乾燥を行い白色の粉体を得た。生成物は粉末X線回折によりストロンチウムアパタイトに特徴的な回折パターンを示した。
【0066】
合成例2(SrHAP:ストロンチウムアパタイトの合成No.2)
特開2015-086084号公報に記載される方法でSrHAPの合成を行った。即ち、塩化ストロンチウム六水和物(和光純薬工業製試薬)134g(0.5モル)を1L容量の三角フラスコ内に秤取り、イオン交換水350gを加えて溶解した。これとは別に、500mL容量のガラスビーカー内にリン酸水素二アンモニウム(和光純薬工業製試薬)40g(0.3モル)および炭酸ナトリウム(和光純薬工業製試薬)16g(0.15モル)を秤取り、イオン交換水300gを加えて溶解した。上記で作製した塩化ストロンチウム水溶液を導入した三角フラスコを50℃に調整した水浴上に移し、攪拌しながら滴下漏斗を用いて、リン酸水素二アンモニウムおよび炭酸ナトリウムを溶解した水溶液を1時間に亘って徐々に滴下した。反応時の反応系のpHは7であった。滴下終了後さらに1時間加熱攪拌を行った。その後水浴上から三角フラスコを移し、室温まで冷却した後、グラスフィルターを用いて生成した白色沈殿を吸引濾過した。フィルター上の白色沈殿は更に繰り返しイオン交換水で洗浄を行った後、60℃に調節した乾燥器内で1昼夜乾燥を行い、白色の粉体を得た。生成物は粉末X線回折によりストロンチウムアパタイトに特徴的な回折パターンを示した。
【0067】
合成例3(SrCAP:炭酸ストロンチウムアパタイトの合成)
特開2015-086081号公報に記載される方法でSrCAPの合成を行った。即ち、塩化ストロンチウム六水和物134g(0.5モル)を1L容量の三角フラスコ内に秤取り、イオン交換水350gを加えて溶解した。これとは別に、500mL容量のガラスビーカー内にリン酸水素二アンモニウム66g(0.5モル)を秤取り、イオン交換水300gを加えて溶解した。上記で作製した塩化ストロンチウム水溶液を導入した三角フラスコを50℃に調整した水浴上に移し、攪拌しながら滴下漏斗を用いて、リン酸水素二アンモニウムを溶解した水溶液を1時間に亘って徐々に滴下した。反応時の反応系のpHは6.5であった。水浴上から三角フラスコを移し、室温まで冷却した後、グラスフィルターを用いて吸引濾過を行った。フィルター上の白色沈殿は更に繰り返しイオン交換水で洗浄を行った後、60℃に調節した乾燥器内で1昼夜乾燥を行い、白色の粉体を得た。
上記で得られたリン酸水素ストロンチウムの全量(0.5モル)を1L容量の三角フラスコへ移し、イオン交換水600gを加えて攪拌を行いながら、炭酸ナトリウムを27g(0.25モル)添加した。反応系のpHは9.5であった。これをホットプレート上で攪拌しながら反応系の温度を80℃に上昇させ、この温度で3時間加熱攪拌を行った。その後室温まで冷却し、吸引濾過を行って生成物をグラスフィルター上に回収した。イオン交換水により十分に洗浄を行った後、80℃に調節した乾燥器内で1昼夜加熱乾燥を行い白色の粉体を得た。生成物は粉末X線回折により特徴的なストロンチウムアパタイトの回折パターンを示すとともに、FT-IRスペクトル測定に於いて1460cm-1,1405cm-1,および870cm-1付近にB型炭酸アパタイトに含まれる炭酸イオンに特徴的な吸収が認められた。
【0068】
合成例4(SrFAP:フッ化ストロンチウムアパタイトの合成)
特開2015-093825号公報に記載される方法でSrFAPの合成を行った。即ち、塩化ストロンチウム六水和物(和光純薬工業製試薬)134g(0.5モル)を1L容量の三角フラスコ内に秤取り、イオン交換水350gを加えて溶解した。これとは別に、500mL容量のガラスビーカー内にリン酸水素二アンモニウム(和光純薬工業製試薬)40g(0.3モル)、炭酸ナトリウム(和光純薬工業製試薬)11g(0.1モル)、およびフッ化ナトリウム(和光純薬工業製試薬)4.2g(0.1モル)を秤取り、イオン交換水300gを加えて溶解した。上記で作製した塩化ストロンチウム水溶液を導入した三角フラスコを50℃に調整した水浴上に移し、攪拌しながら滴下漏斗を用いて、リン酸水素二アンモニウム、炭酸ナトリウムおよびフッ化ナトリウムを溶解した水溶液を1時間に亘って徐々に滴下した。反応時の反応系のpHは4であった。滴下終了後さらに1時間加熱攪拌を行った。その後水浴上から三角フラスコを移し、室温まで冷却した後、グラスフィルターを用いて生成した白色沈殿を吸引濾過した。フィルター上の白色沈殿は更に繰り返しイオン交換水で洗浄を行った後、60℃に調節した乾燥器内で1昼夜乾燥を行い、白色の粉体を得た。生成物は粉末X線回折により特徴的なストロンチウムアパタイトの回折パターンを示した。さらに粉末をSEM/EDSによる元素分析を行ったところ、ストロンチウム、リンおよび酸素とともにフッ素が検出され、それぞれの元素比はフッ化ストロンチウムアパタイトとしての計算値によく一致した。
【0069】
合成例5(β-SrHPO
4
:β-リン酸水素ストロンチウムの合成)
1L容量の三角フラスコ内に塩化ストロンチウム六水和物133g(0.5モル)を秤量し、蒸留水500mLを加えて10℃に調節した冷却水浴上において撹拌、溶解した。これに対して、リン酸水素二アンモニウム66g(0.5モル)を150mLの蒸留水に溶解した溶液を滴下漏斗を用いて1時間にわたり塩化ストロンチウム水溶液に徐々に滴下した。内温が10℃の状態で滴下終了後1時間攪拌を行い、グラスフィルター上にろ過し、繰り返し蒸留水で洗浄後白色の固体を回収した。
70℃に調節した乾燥機内で1昼夜乾燥後、生成物を粉末X線回折により測定を行った。結果を
図1に示す。データベースからJCPDS 12-0368のピークプロファイルとよく一致していることから、目的とするβ-SrHPO
4が生成していることが確認された。
【0070】
合成例6(BaHAP:バリウムアパタイトの合成)
塩化バリウム二水和物61.1g(0.25モル)を200mLの蒸留水に溶解し、50℃に調整した水浴上で撹拌した。これに対してリン酸水素二アンモニウム23g(0.174モル)および炭酸ナトリウム8g(0.075モル)を200mLの蒸留水に溶解した溶液を滴下漏斗を用いて30分にわたり徐々に滴下した。滴下終了後1時間50℃の水浴上で撹拌を行った後にグラスフィルターを用いてろ過を行った。蒸留水で繰り返しフィルター上の生成物を洗浄した後、70℃に調節した乾燥機内で1昼夜乾燥後、生成物を粉末X線回折により測定を行った。結果を
図2に示す。データベースからPDF01-0811(Ba5(OH)(PO4)3:Barium Hydroxide Phosphate)のピークプロファイルとよく一致していることから、目的とするBaHAPが生成していることが確認された。
なお、生成物のX線回折スペクトルにおいてバリウムアパタイトに帰属されるピーク以外に幾つかのピークが存在していることから生成物中には僅かではあるがリン酸水素バリウムが含まれていることが分かった。生成物をさらに精製してリン酸水素バリウムを除去しても同様な結果が得られた。
【0071】
合成例7(BaFAP:フッ化バリウムアパタイトの合成)
塩化バリウム二水和物61.1g(0.25モル)を350mLの蒸留水に溶解し、50℃に調整した水浴上で撹拌した。これに対してリン酸水素二アンモニウム20g(0.151モル)、フッ化ナトリウム2.1g(0.05M)、および炭酸ナトリウム10.6g(0.10モル)を300mLの蒸留水に溶解した溶液を滴下漏斗を用いて30分にわたり徐々に滴下した。滴下終了1時間後に50℃の水浴上で撹拌を行った後にグラスフィルターを用いてろ過を行った。蒸留水で繰り返しフィルター上の生成物を洗浄したのち、70℃に調節した乾燥機内で1昼夜乾燥後、生成物を粉末X線回折により測定を行った。結果を
図3に示す。データベースからPDF70-2318(Ba
5(PO
4)
3Cl:Alforsite)のピークプロファイルとよく一致していることから、目的とするBaFAPが生成していることが確認された。
なお、生成物のX線回折スペクトルにおいてフッ化バリウムアパタイトに帰属されるピーク以外に幾つかのピークが存在していることから、生成物中には僅かではあるがリン酸水素バリウムが含まれていることが分かった。生成物をさらに精製してリン酸水素バリウムを除去しても同様な結果が得られた。
【0072】
合成例8(L-SrMgP:低結晶性マグネシウム置換ストロンチウムアパタイトの合成)
合成例5(β-SrHPO
4の合成)で得られたβ-SrHPO
4を用いて、等モル量の水酸化ナトリウムを溶解した水中に懸濁させ、20℃で5時間撹拌を行い、グラスフィルター上にろ取した。蒸留水で繰り返し洗浄後70℃に調節した乾燥機内で1昼夜乾燥後、X線回折により測定を行ったところ、
図4に示す回折プロファイルを示す低結晶性ストロンチウムアパタイト(L-SrHAP)を得た。
【0073】
上記で得られたL-SrHAPを36g秤取し200mLの蒸留水に懸濁させ、これに塩化マグネシウム六水和物30.5g(0.15モル)および28%アンモニア水を36g添加して90℃に設定した水浴上で6時間加熱撹拌を行った。室温まで冷却後、反応系をグラスフィルターでろ過し、アンモニア水で繰り返し洗浄したのち、蒸留水で繰り返し洗浄を行った。生成物を70℃に調節した乾燥機内で1昼夜乾燥後、X線回折により測定を行ったところ、
図5に示す回折プロファイルを示す低結晶性マグネシウム置換ストロンチウム(ハイドロキシ)アパタイトを得た。
図5のX線回折プロファイルの解析から、生成物はマグネシウムで置換されたストロンチウムアパタイトと共にウィットロッカイト構造を示すストロンチウムとマグネシウムを含有するリン酸化合物(Sr
9Mg(PO
3OH)(PO
4)
6)の混合物であることが判明した。それ以外のマグネシウム化合物(水酸化マグネシウム)などの存在は確認されなかった。本発明においてはこの合成例で得られた化合物を便宜上L-SrMgP(低結晶性マグネシウム置換ストロンチウムアパタイト)と称した。また、生成物を硝酸水溶液に溶解してICP-AES(誘電結合プラズマ発光分析)により元素分析を行ったところ、生成物の元素組成としてSr(6.8)Mg(2.58)(PO4
4)
6の比率で各元素が含まれていることが判明した。
【0074】
合成例9(L-SrZnP低結晶性亜鉛置換ストロンチウムアパタイトの合成)
合成例8(L-SrMgP低結晶性マグネシウム置換ストロンチウムアパタイトの合成)と同様にして、塩化マグネシウム六水和物の代わりに塩化亜鉛20.4g(0.15モル)を用いた以外は同様にして生成物を得た。X線回折図を
図6に示す。このX線回折図から、低結晶性の亜鉛置換ストロンチウムアパタイトが生成していることを確認した。また、生成物を硝酸水溶液に溶解してICP-AES(誘電結合プラズマ発光分析)により元素分析を行ったところ、生成物の元素組成としてSr(7)Zn(2.45)(PO
4)
6の比率で各元素が含まれていることが判明した。
【0075】
合成例10(ストロンチウム/バリウム(2:8)アパタイト化合物(SrBa:2/8)の合成)
塩化ストロンチウム六水和物13.4g(0.05モル)および塩化バリウム二水和物48.9g(0.20モル)を200mLの蒸留水に溶解し、50℃に調整した水浴上で撹拌した。これに対してリン酸水素二アンモニウム23g(0.174モル)および炭酸ナトリウム8g(0.075モル)を200mLの蒸留水に溶解した溶液を滴下漏斗を用いて30分にわたり徐々に滴下した。滴下終了後1時間50℃の水浴上で撹拌を行った後にグラスフィルターを用いてろ過を行った。蒸留水で繰り返しフィルター上の生成物を洗浄した後、70℃に調節した乾燥機内で1昼夜乾燥後、生成物を粉末X線回折により測定を行った。データベースからPDF01-0811(Ba5(OH)(PO4)3:Barium Hydoroxide Hydroxide Phosphate)のピークプロファイルとほぼ一致していることを確認した。また、生成物を硝酸水溶液に溶解してICP-AESにより元素分析を行ったところ、生成物の元素組成としてSr/Br=2/8の比率で各元素が含まれていることが判明したことから、目的とするストロンチウム/バリウム(2:8)アパタイト化合物が生成していることが確認された。
【0076】
(2)担体に担持した核酸吸着剤の製造
製造例1(SrHAPを担持したポリスチレンビーズの製造)
ポリビニルピロリドンを分散安定剤として使用し、エタノール中でスチレンを分散重合法により重合することで粒子サイズがミクロンオーダーの単分散性ポリスチレンビーズを合成した。即ち、撹拌機、温度計、還流冷却管および窒素同入管を備えた1L容量の丸底フラスコ内にPVP K-30を20gを投入し、スチレンモノマー100gおよびエタノール200gを加えて75℃に調整した水浴上に設置した。重合開始剤としてAIBNを1g添加することで重合を開始し、75℃で6時間加熱攪拌を行った。
反応後、重合生成物溶液を取り出し、これを1/10ずつ分割して、それぞれの重合反応液を用いて、以下のSrHAPとの混合処理試験に使用した。重合反応溶液30グラムに対して合成例1で得られたSrHAP粉体をそれぞれ1g、2gおよび3g添加し、100mL容量のポリプロピレン容器に投入した。さらに粒径0.3mmのジルコニアビーズを160g加えて密閉し、振蕩機を使用して205回/分のサイクルで6時間湿式分散処理を行った。その後、濾布を使用して分散物からジルコニアビーズを分離した。分散液を#200のろ紙を用いてろ過し、繰り返しエタノールで洗浄後、室温で乾燥した。
各ビーズの走査型電子顕微鏡(SEM)写真を
図7に示す。
【0077】
製造例2(SrHAPを担持した不織布の製造)
不織布として日本バイリーン株式会社からPET(ポリエチレンテレフタレート)100%の坪量の異なる2種類のサンプル(坪量はそれぞれ15g/m2と30g/m2)を入手し、下記のようにして、これらのそれぞれにSrHAPを担持させた。
合成例1で得られたSrHAPを5g用いて、これを100ml容量のポリプロピレン容器に投入した。分散安定剤としてクエン酸1水和物を0.3グラム添加し、さらにエタノールを30g添加した。さらに粒径0.3mmのジルコニアビーズを100g加えて密閉し、振とう機(ヤマト科学(株)製MK201D、2段スプリング振とう台付き)を使用して220回/分のサイクルで12時間湿式分散処理を行った。分散液は乳白色の均一な溶液で凝集物の発生もなく、室温で1週間静置したが、凝集や沈殿の発生もなく極めて分散安定性に優れた状態であった。この分散液を10質量%になるようエタノールで希釈し、上記の2種類の不織布を分散液中に浸漬し、液から引き揚げて余分な分散液を除去し室温で乾燥させた。
【0078】
次に特開2017-051416号公報に記載される方法を利用して不織布にSrHAP分散粒子を熱溶着した。即ち、炭酸ガスレーザー(キーエンス社製、レーザーマーカML-Z9510、波長10.6μm、最大出力80W)を使用し、不織布表面から38cm離れた上部からフィルムの塗工面に対して下記の描画条件でレーザー光照射を行った。レーザー光照射部の表面温度を計測するため、デジタル放射温度計(LumaSense Technologies Inc.社製、IGA6/23)を利用して、レーザー光照射部の中心点において、測定径として直径0.6mmの面積における表面温度の変化を計測した。描画条件として、レーザー光照射の走査速度3000mm/秒で、レーザーパワー(duty比)100%、スポット径140μmとし、中心点から線間隔140μmで同心円状に円を描きながら、上記のSrHAPを含む不織布表面に描画を行った。レーザーの発振周波数は25kHzであり、レーザー光のパルス幅は24μ秒であった。この際、レーザー光による描画開始直後からレーザー照射部の表面温度を上記の放射温度計を用いて計測することで、表面温度がPET繊維の溶解温度である155℃付近の150℃前後になるように調節した。レーザー照射後の不織布はエタノールで洗浄を繰り返し行い、熱溶着していない余分なSrHAPを除去し、乾燥して目的とするSrHAPを担持した不織布担体を得た。
【0079】
これをエネルギー分散型X線分析装置(EDAX)を備えた走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて分析し、不織布表面に固定化したSrHAPについて表面観察を行った。
坪量が15g/m
2である不織布を用いた場合のSEM写真を
図8に示す。
図8中の枠で囲った部分の元素分析を行い、
図9の結果を得た。
図8および
図9から繊維表面にSrHAPが担持されていることが明らかとなった。
坪量が30g/m
2である不織布を用いた場合のSEM写真を
図10に示す。
図10中の枠で囲った部分の元素分析を行い、
図11の結果を得た。
坪量の大きい不織布を用いた場合(
図10及び
図11)、坪量の小さい不織布を用いた場合(
図8及び
図9)に比べて、明らかにより多量のSrHAPが不織布表面に担持されていることが明らかとなった。
【0080】
(3)DNA溶液からのDNAの増幅
(3-1)ストロンチウム/バリウム(2:8)アパタイト化合物(SrBa:2/8)粉体を用いたDNA増幅
DNA試料の調製
Mycobacterium bovis BCG株のDNA(5ng/μL)を検討試料として用いた。合成例10で合成したストロンチウム/バリウム(2:8)アパタイト化合物(SrBa:2/8)の粉体1mgにDNAを10μL加えて、4℃で10分間の条件でアパタイト化合物にDNAを吸着させた。DNAを吸着させたアパタイト化合物を、滅菌蒸留水500μLを加えて13,000 rpm、3分間の遠心分離によってリンスした後、PCR試料とした。
PCR反応
DNA試料:Mycobacterium bovis BCG株DNA吸着SrBa:2/8(1mg)
ポジティブコントロール:5ng/μLのBCG株 DNA
ネガティブコントロール:SrBa:2/8(1mg)
PCR反応液
プローブ(FAM標識):FAM-GTGGGGCGTAGGCCGTGAGGGGTTC(配列番号1)
プライマーTB-sp1F70 (Tm:70.3℃): GGATCACCTCCTTTCTAAGGAGCACC(配列番号2)
プライマーTB-sp2R (Tm:67.2℃): GATGCTCGCAACCACTATCCA(配列番号3)
標的は、結核菌ITS配列(Internal Transcribed spacer region of the Mycobacterium genome)の部分配列である。
反応液組成
d H
2O 17.4μL
10×Fast Buffer 1 2.5μL
d-NTP Mixture(2.5 mM each) 2.0μL
SpeedSTAR HS DNA Polymerase(5 U/μl) 0.1 μL
25 μM Primer Mix (TB-sp1F70/TB-sp2R) 1.0 μL
5 μM Probe 1.0 μL
DNA 1.0 μL
Total volume 25.0 μL
増幅条件
増幅装置としてStepOneリアルタイムPCRシステム(ライフテクノロジーズ)を用いて、98℃、30秒の加熱によってDNA polymeraseの活性化とDNAの変性を行った後に、98℃、5秒と72℃、10秒の増幅サイクルを40回のプログラムによって実施した。
結果
増幅曲線を
図12に示す。陽性コントロールに用いた5ng/μLのBCG株 DNAよりも低い値であったが、DNAを吸着させたSrBa:2/8試料において標的DNAの増幅が確認された。
【0081】
(3-2)SrHAP担持不織布を用いたDNA増幅
DNA試料の調製
Mycobacterium bovis BCG株のDNA(5ng/μL)を検討試料として用いた。製造例2で得たSrHAP担持不織布(坪量30g/m
2)(3mm×3mm)に10 μL のDNAを加えて、4℃で10分間の条件でSrHAPにDNAを吸着させた。DNAを吸着させたSrHAP担持不織布を、滅菌蒸留水500μLを加えてリンスした後、PCR試料とした。
PCR反応
DNA試料:Mycobacterium bovis BCG株DNA吸着SrHAP担持不織布(3mm×3mm)
ポジティブコントロール:5ng/μLのBCG株 DNA
ネガティブコントロール:SrHAP担持不織布(3mm×3mm)
PCR反応液、反応液組成、増幅条件は、「(3-1)ストロンチウム/バリウム(2:8)アパタイト化合物(SrBa:2/8)粉体を用いたDNA増幅」と同じである。
結果
増幅曲線を
図13に示す。陽性コントロールに用いた5ng/μLのBCG株 DNAよりも低い値であったが、DNAを吸着させたSrHAP担持不織布(3mm×3mm)において標的DNAの増幅が確認された。
【0082】
(3-3)SrHAP担持マイクロビーズを用いたDNA増幅(PCR法)
DNA試料の調製
Mycobacterium bovis BCG株を小川培地で3週間培養したのちに集菌し、ガラスビーズ入り滅菌試験管に入れてボルテックスミキサーで菌体を破砕した後に、High Pure PCR Template Preparation Kit(Roche)を用いてDNA試料を調製した。
製造例1においてSrHAP微粒子を30%担持して得たSrHAP担持ポリスチレンビーズ5mgにDNAを50μL加えて懸濁させた。37℃で10分間加熱し、1.0mLの滅菌蒸留水で5回洗浄した後、100mLの滅菌蒸留水に懸濁してPCR試料とした。
PCR反応
DNA試料:Mycobacterium bovis BCG株DNA吸着ポリスチレンビーズ(5mg)
ポジティブコントロール:250ng/μLのBCG株 DNA
ネガティブコントロール:ポリスチレンビーズ(5mg)
PCR反応液
プローブ(FAM標識)(配列番号1)
プライマーTB-sp1F70 (Tm:70.3℃)(配列番号2)
プライマーTB-sp2R (Tm:67.2℃)(配列番号3)
標的は、結核菌ITS配列(Internal Transcribed spacer region of the Mycobacterium genome)の部分配列である。
反応液組成
d H
2O 16.4μL
10×Fast Buffer 1 2.5μL
d-NTP Mixture(2.5 mM each) 2.0μL
SpeedSTAR HS DNA Polymerase(5 U/μl) 0.1 μL
25 μM Primer Mix (TB-sp1F70/TB-sp2R) 1.0 μL
5 μM Probe 1.0 μL
DNA 2.0 μL
Total volume 25.0 μL
増幅条件
増幅装置としてStepOneリアルタイムPCRシステム(ライフテクノロジーズ)を用いて、98℃、30秒の加熱によってDNA polymeraseを活性化し、98℃、5秒の加熱によってDNAを変性し、72℃、10秒でアニーリングと伸長を行う増幅サイクルを40回のプログラムによって実施した
結果
増幅曲線を
図14に示す。DNAを吸着させたポリスチレンビーズにおいて標的DNAの増幅が確認された。
【0083】
(4)生物試料中のDNAの増幅
(4-1)唾液からのDNA増幅
DNA抽出
唾液1mLと10% ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)溶液0.1mLを混合したサンプル、および唾液1mLのみのサンプルを、それぞれ98℃で10分間加熱した。ここに、合成例1で得られたストロンチウムアパタイト(SrHAP)を水に懸濁したSrHAP懸濁液(0.1g/mL)を5μL加えて10分間転倒混和した。遠心(5000g,5min)後、沈殿(DNA-SrHAP複合体)を回収し、10μLの水に懸濁した。
LAMP反応
DNA-SrHAP懸濁液5μLを鋳型として、LAMP法試薬(Loopamp DNA増幅試薬、栄研化学社)を用いて、DNAを増幅した。また、cnm遺伝子の部分配列(配列番号4)を組み込んだプラスミド1×10
4分子をポジティブコントロールとし、また、SrHAP懸濁液をネガティブコントロールとし、同様にしてLAMP法試薬で反応させた。
LAMP反応用液25μL中に含まれる各成分量は、以下の通りとした。
プライマー:1600nM FIP、1600nM BIP、800nM LF、800nM LB、400nM F3、400nM R3
標的DNA液:5μL
Loopamp蛍光・目視検出試薬(栄研化学社)1μL
0.8Mベタイン
上記LAMP反応用液を調製した後、反応チューブに移し換えて、転倒混和後64℃で90分反応させた。
用いたプライマーセットは下記の通りである。
cnmタンパク質遺伝子増幅用プライマーセット(以下、「cnmプライマー」と称する)
F3: CCAGTAATACTGTCATTGAAAGT(配列番号5)
R3: CGCTTTGAGTTTGATGAGC(配列番号6)
FIP: AACCATTAAGCTGGAGGTTCAGGAACTGCTTTGTCTTGCGT(配列番号7)
BIP: CGTATAACCTGTTCCTCTGACTGTAATATTAAAGCAGGCGACAC(配列番号8)
LF: GCAAGTATGTTGGTGATTTG(配列番号9)
LB: CCTGAATTCTGCCAGTTAAC(配列番号10)
紫外線ランプ下で反応後の各反応チューブを観察した結果を
図15に示す。
SDSは細胞膜を破壊させる作用があるが、SDS無しでも98℃の熱処理のみでDNAを抽出することができた(
図15の「2. 唾液+SDS」「3.唾液のみ」)。 DNA-SrHAP複合体は、何も処理することなくLAMP反応に添加したが、LAMP反応の64℃付近でDNAがSrHAPから解離することでLAMPの鋳型になり、増幅したことが考えられる。このことから、解離剤としてリン酸塩のような酸性溶液を使用しなくても、DNA-SrHAP複合体から簡単に鋳型DNAが得られることが分かった。
本発明方法では、唾液を回収後2時間以内に結果を得ることができた。
【0084】
(4-2)抽出系の検討No.1
「(4-1)唾液を用いたDNA増幅」では、唾液を98℃で熱処理することにより細胞からDNAを溶出させた。ここでは、細胞膜を破壊することのできる界面活性剤としてSDSを用いることにより熱処理が必要なくなるか否かを検討した。
唾液1mLと10% SDS溶液0.1mLを混合し98℃で10分間加熱したサンプルと、加熱しないサンプルを用意した。ここに、合成例1で得られたSrHAPを水に懸濁したSrHAP懸濁液(0.1g/mL)5μLを、各サンプルに加えて10分間転倒混和した。遠心(5000g,5min)後、沈殿( DNA-SrHAP複合体 )を回収し、10μLの水に懸濁した。
次いで、「(4-1)唾液を用いたDNA増幅」と同様にしてLAMP反応を行った。紫外線ランプ下で反応後の各反応チューブを観察した結果を
図16に示す。
98℃で熱処理することにより増幅が起こるが、室温で放置すると増幅が見られなかった。このことより、終濃度が0.1%のSDSでは効果が見られないことが分かった。
【0085】
(4-3)抽出系の検討No.2
「(4-1)唾液を用いたDNA増幅」では、細胞からDNAを溶出させるために98℃という高温の熱処理を行った。この温度をLAMPの反応温度まで下げることができないかを検討した。
cnm陽性の唾液およびcnm陰性の唾液のそれぞれ1mLを98℃で10分間あるいは65℃で10分間加熱した。ここに、合成例1で得られたSrHAPを水に懸濁したSrHAP懸濁液(0.1g/mL)を5μL加えて10分間転倒混和した。遠心(5000g,5min)後、沈殿(DNA-SrHAP複合体)を回収し、10μLの水に懸濁した。
次いで、「(4-1)唾液を用いたDNA増幅」と同様にしてLAMP反応を行った。紫外線ランプ下で反応後の各反応チューブを観察した結果を
図17に示す。
65℃の熱処理を行った唾液サンプルでもLAMP法による増幅が可能であった。すなわち、65℃でも細胞からDNAを溶出することができることが確認できた。65℃はLAMP反応の至適温度であるため、65℃でDNA抽出ができれば、DNA抽出とDNA増幅を同一の機器で行えるメリットがある。
【0086】
(4-4) SrHAP担持不織布の検討
(4-1)~(4-3)で用いたSrHAPは粉体であるため、DNAを吸着したSrHAPをLAMP反応に加える前に、懸濁液を遠心分離して、DNA-SrHAP複合体を分離しなければなければならなかった。この操作を無くすために、不織布に結合したSrHAPを利用した。
DNA抽出
cnm陽性の唾液および陰性の唾液のそれぞれ0.5mLを98℃,10分間加熱した。ここに、製造例2で得た坪量15g/m
2のSrHAP担持不織布(4 mm x 4 mm)を加えて10分間転倒混和した。混和後、不織布をひきあげてLAMP反応液に添加した。
次いで、「(4-1)唾液を用いたDNA増幅」と同様にしてLAMP反応を行った。紫外線ランプ下で反応後の各反応チューブを観察した結果を
図18に示す。
不織布に結合させたSrHAPを用いても、DNA-SrHAP(不織布)からのDNAの溶出を行わずにLAMP法でDNA増幅できた。
【0087】
(4-5)歯垢からの歯周病菌 (Proshyromonas gingivalis) の検出
DNA抽出
歯肉溝から歯垢を採取し、1mLの蒸留水に懸濁した。98℃, 10分間加熱後、5 μLをLAMPの鋳型として用いた。
また、加熱処理した歯垢懸濁液500 μLに、合成例1で得られたSrHAPを水に懸濁したSrHAP懸濁液(0.1g/mL)を5μL加えて10分間転倒混和した。遠心(5000g,5min)後、沈殿( DNA-SrHAP複合体 )を回収し、5 μLの水に懸濁したものもLAMPの鋳型として用いた。
LAMP反応
LAMP反応用液25μL中に含まれる各成分量は、以下の通りとした。
プライマー:1600nM FIP、1600nM BIP、400nM F3、400nM R3
標的DNA液:5μL
Loopamp蛍光・目視検出試薬(栄研化学社)1μL
上記LAMP反応用液を調製した後、反応チューブに移し換えて、転倒混和後62℃で90分間反応させた。
用いたプライマーセットは下記の通りである。
歯周病菌 (Proshyromonas gingivalis) 16S RNA遺伝子増幅用プライマーセット
F3: GCAGCTTGCCATACTGCG(配列番号11)
R3: ACATGTTCCTCCGCTTGTG(配列番号12)
FIP: TGCGTGGACTACCAGGGTATCTACTGACACTGAAGCACGAAG(配列番号13)
BIP: TACCGTCAAGCTTCCACAGCGACTTTGAGTTTCACCGTTGCC(配列番号14)
紫外線ランプ下で反応後の各反応チューブを観察した結果を
図19に示す。
口腔内の歯垢を加熱処理してDNAを溶出させた試料はLAMP法で歯周病菌(P. gingivalis)を検出できなかったが、SrHAPに吸着させることで歯周病菌を検出することができた。
歯周病菌は酸素が存在すると実質的に増殖できないため、嫌気性培養条件を必要とする。また、増殖も遅く、培地も特殊な組成を必要とする。このため、従来方法で歯垢中の歯周病菌を検出することは難しく、また時間もかかっていた。本発明方法は、歯周病菌を培養せずに存在を確認することができる点でも、非常に有用な方法である。
【0088】
(4-6)DNA抽出法の検討
DNA抽出
cnm陽性の唾液 (cnm+)及び陰性の唾液 (cnm-)の各200 μLに対して、予め水で懸濁した炭酸ストロンチウムアパタイト(SrCAP)(合成例3)、フッ化バリウムアパタイト(BaFAP)(合成例7)、低結晶性マグネシウム置換ストロンチウムアパタイト(L-SrMgP)(合成例8)の各懸濁液(0.1g/mL)をそれぞれ2μL加えて80℃で10分間加熱した。その後、10分間転倒混和した。遠心(5000g,5min)後、沈殿を回収し、5μLの水に懸濁した。
LAMP反応
LAMP反応は、「(4-1)唾液からのDNA増幅」の項目と同じである。
紫外線ランプ下で各反応チューブを観察した結果を
図20に示す。
熱処理でDNA抽出するに当たり、検体を熱処理する前に核酸吸着剤粉体を加えても、核酸吸着剤粉体と検体を混ぜた後に熱処理した場合と同様に、cnm遺伝子の部分配列を増幅することができた。これらの粉体を使用することにより、抽出操作での蓋の開閉を減らすことができ、また操作がより簡便になり、さらにコンタミネーションの危険性を減らすことができる。
新型コロナウイルスやインフルエンザウイルスの検出時、咽頭をスワブした綿棒を検出反応に用いるが、このとき綿棒を粉体懸濁液に入れ、熱処理を行い、遠心分離等により単離したDNA-核酸吸着剤複合体粉体をLAMP反応に入れると、標的配列の検出が可能となる。
【0089】
(5)DNA-SrHAPからのDNAの解離温度の検討
100 μL (10 ng/μL) のラムダDNAと製造例2で得た坪量15g/m
2のSrHAP担持不織布(4 mm x 4 mm)を10分間室温で混合し、蒸留水で洗浄後、50 μLの蒸留水を加えて各温度 (25℃, 45℃, 55℃, 65℃, 75℃)で15分間加熱した。その後、不織布を取り除き、吸光度A
260を測定した。結果を
図21に示す。
加熱により、DNA-SrHAP複合体からDNAが解離するかを検討した結果、ほぼ温度依存的にDNA濃度が上昇した。加熱によりDNA-SrHAP複合体からDNAが解離することが確認できた。また、45℃以上でDNAが解離していることが分かった。
核酸増幅反応は通常45℃以上で行われ、例えばLAMP反応は65℃付近で行われることから、核酸増幅反応でDNA-SrHAP複合体からDNAが解離しプライマーと結合できることが示唆された。
【0090】
(6)各種アルカリ土類金属(Mg,Ca,Sr,Ba)のリン酸塩または炭酸塩の検討
DNA抽出
唾液0.2mLを98℃,10分間加熱したサンプルに、アルカリ土類金属(Ca,Sr,Ba)のリン酸塩または炭酸塩化合物の水懸濁液(0.1g/mL)を2μL加えて10分間転倒混和した。遠心(10000g,1min)後、沈殿(DNA-アルカリ土類金属(Ca,Sr,Ba)のリン酸塩または炭酸塩化合物複合体)に5μLの水を入れ懸濁した。
ハイドロキシアパタイト(HAP)は太平化学産業社製HAP-200、ストロンチウムアパタイト(SrHAP)は合成例1、フッ化ストロンチウムアパタイト(SrFA)は合成例4、炭酸ストロンチウム(SrCO
3)は富士フィルム和光純薬社製、炭酸ストロンチウムアパタイト(SrCAP)は合成例3、β-リン酸水素ストロンチウム(β-SrHPO4
4)は合成例5、バリウムハイドロキシアパタイト(BaHAP)は合成例6、フッ化バリウムアパタイト(BaFAP)は合成例7、低結晶性マグネシウム置換ストロンチウムアパタイト(L-SrMgP)は合成例8のものを、それぞれ用いた。
LAMP反応
DNA-アルカリ土類金属(Ca,Sr,Ba)のリン酸塩または炭酸塩化合物複合体の懸濁液5μLを鋳型として、「(4-1)唾液を用いたDNA増幅」に記載のcnmプライマーを用いてLAMP反応を行った。また、ネガティブコントロールとして、唾液5μLについて同様にしてLAMP反応を行った。
LAMP反応条件は「(4-1)唾液を用いたDNA増幅」と同様である。
紫外線ランプ下で反応後の各反応チューブを観察した結果を
図22に示す。
各種アルカリ土類金属(Ca,Sr,Ba)のリン酸塩または炭酸塩は核酸吸着剤として機能し、SrHAPと同様に唾液からcnm遺伝子を検出することができた。
【0091】
(7)リン酸塩の影響の検討
(7-1)唾液からのDNA増幅(LAMP法)
リン酸塩は、核酸とアルカリ土類金属のリン酸塩または炭酸塩との複合体からの核酸の解離を促進する作用を有するため核酸の解離促進のためには使用することが望まれる。一方、リン酸塩は、核酸増幅酵素を阻害するため核酸増幅反応のためには使用しないことが望ましい。従って、本発明の核酸増幅方法において、核酸と本発明の核酸吸着剤との複合体を核酸増幅反応に供する際に、どの程度の濃度のリン酸塩を添加できるか否かを調べた。即ち、LAMP反応液にリン酸塩を加えた場合にも核酸増幅反応が進むかを検討した。
cnm陽性の唾液1mLを98℃,10分間加熱した。合成例1で得られたSrHAPを水に懸濁したSrHAP懸濁液(0.1g/mL)を10μL加えて10分間転倒混和した。遠心(5000g,5min)後、沈殿(DNA-SrHAP複合体)を回収し、25μLの水に懸濁した。
LAMP反応
DNA-SrHAP懸濁液5μLを鋳型として、「(4-1)唾液を用いたDNA増幅」に記載のcnmプライマーを用いてLAMP反応した。このとき、各反応チューブにKH
2PO
4を添加し、それぞれKH
2PO
4濃度0 mM, 5 mM, 10 mM, 20 mM, 100 mMとした。
LAMP反応条件は「(4-1)唾液を用いたDNA増幅」と同様である。紫外線ランプ下で反応後の各反応チューブを観察した結果を
図23に示す。
LAMP反応液に100 mMのリン酸が存在していても核酸増幅が起こることが分かった。
【0092】
(7-2)細菌からのDNA増幅(PCR法)
DNA試料の調製
Mycobacterium bovis BCG株を小川培地で3週間培養したのちに集菌し、ガラスビーズ入り滅菌試験管に入れてボルテックスミキサーで菌体を破砕した後に、High Pure PCR Template Preparation Kit(Roche)を用いてDNA試料を調製した。
合成例1で得たSrHAP粉体(5mg)に250ng/μLのBCG株 DNAを100μL添加して吸着させ3000gで1分間遠心分離した。上清を除いた沈殿を滅菌蒸留水1.0mLで5回洗浄した後に、滅菌蒸留水100μLに懸濁させてPCR試料とした。
PCR反応
DNA試料:Mycobacterium bovis BCG株DNA吸着SrHAP(0.1mg)
ポジティブコントロール:250ng/μLのBCG株 DNA
ネガティブコントロール:SrHAP(0.1mg)
PCR反応液
プローブ(FAM標識)(配列番号1)
プライマーTB-sp1F70 (Tm:70.3℃)(配列番号2)
プライマーTB-sp2R (Tm:67.2℃)(配列番号3)
標的は、結核菌ITS配列(Internal Transcribed spacer region of the Mycobacterium genome)の部分配列である。
反応液組成
d H
2O 17.4μL
10×Fast Buffer 1 2.5μL
d-NTP Mixture(2.5 mM each) 2.0μL
SpeedSTAR HS DNA Polymerase(5 U/μl) 0.1 μL
25 μM Primer Mix (TB-sp1F70/TB-sp2R) 1.0 μL
5 μM Probe 1.0 μL
DNA 1.0 μL
Total volume 25.0 μL
増幅条件
増幅装置としてStepOneリアルタイムPCRシステム(ライフテクノロジーズ)を用いて、98℃、5秒の加熱によってDNA polymeraseの活性化とDNAの変性を行った後に、60℃、10秒と72℃、10秒の増幅サイクルを40回のプログラムによって実施した。
結果
増幅曲線を
図24に示す
20~50mMのリン酸緩衝液を含むPCR反応液において増幅が見られた。
変性後1本鎖となったDNAを60℃で10秒間アニーリングする上記条件においては、リン酸緩衝液を20mM以上添加しないと増幅が生じなかったが、これはアニーリング過程で1本鎖DNAがSrHAP粒子表面に再吸着し、プライマーの結合やその先の増幅反応が生じなかったことによると考えられる。
但し、PCR条件を調整すれば、リン酸緩衝液を添加しなくても増幅反応は進行し、また、より高濃度のリン酸緩衝液の存在下でも増幅反応は進行する。
【0093】
(8)核酸吸着容量の検討
SrHAP粉体に対するDNAの飽和吸着量を調べるために以下の実験を行った。
大腸菌(E.Coli)DNA水溶液(0.4mg/mL濃度)を5mL試験管に導入し、これに1~50mgの合成例1で得られたSrHAP粒子を添加して振とう混合後、遠心分離して上澄み液を採取した。上澄み液を紫外可視分光光度計を用いて260nmの波長における吸光度を測定することで上澄み中のDNA濃度を測定した。
結果を
図25に示す。SrHAP粒子の添加とともに吸光度は減少し、SrHAP粒子を添加しない元の吸光度に対する吸着後の吸光度の割合(DNA吸着比)からSrHAP粒子に吸着したDNAの割合を求めた。SrHAP粒子の添加量に比例してDNAがSrHAPに吸着し、2mgのDNAに対して50mgのSrHAP粒子を添加した場合、DNAは完全にSrHAP粒子に吸着することが明らかとなった。従って、SrHAP粒子1mgに対するDNAの吸着量は0.04mgであった。
【0094】
次に、DNAを飽和吸着させたSrHAP粒子を5mLの純水に懸濁し、温度を5~70℃の範囲で10分間振とう撹拌後に遠心分離し、上澄み液を採取した。上澄み液を紫外可視分光光度計を用いて同様に溶液中に存在するDNAの濃度を測定した。
結果を
図26に示す。温度30℃以下では、SrHAP粒子からのDNAの脱離は認められなかったが、温度50℃では25%程度のDNAが脱離し、70℃では約45%のDNAがSrHAP粒子から脱離することが判明した。遺伝子増幅反応にSrHAP粒子を利用する場合、30℃以下の温度で吸着したDNAを担持したSrHAP粒子を50℃以上の温度に加熱するだけでDNAが脱離し、プライマーと結合して増幅反応が生じることが示唆された。
【0095】
(9)核酸吸着剤を担持した不織布を内部に固定化した核酸分離精製チップの検討
製造例2で得たSrHAP担持不織布(坪量30g/m2)(5mm×5mm)を200μLピペットチップ(エッペンドルフepTIPS)の内部に充填し固定化したチップを作製した。大腸菌(E.Coli)DNA(0.4mg/mL濃度)およびウシ血清由来アルブミン(1.2mg/mL濃度)を含有するトリス塩酸緩衝液1mLの液中(液温を20℃に調節した)で、上記チップを装着したピペットを用いて吸排液を5回繰り返して行い、その後、紫外可視分光光度計を用いて試料液の260nmにおける吸光度から試料溶液中に残存するDNAの濃度を測定した。さらに試料液の280nmにおける吸光度から試料溶液中に存在するアルブミン濃度も同時に測定した。その結果、ピペットによる吸排液操作後の試料溶液中にはDNAは存在せず、さらにアルブミン濃度は吸排液操作前後で変化が認められなかった。このことから、試料溶液中のDNAは定量的に(全量が)吸着剤に捕捉されていることが明確となり、同時にアルブミンは吸着しないことから選択的かつ定量的にDNAを吸着分離できることが明らかとなった。
【0096】
次に、上記で吸排液操作を行ったピペットに装着したチップを、20℃に調節した純水5mLを用いて繰り返し吸排液操作を行い洗浄した。その後、70℃に調節した純水5mLの液中において当該チップを装着したピペットを用いて5回吸排液を行った。この液を室温まで冷却して紫外可視分光光度計を用いて260nmにおける吸光度から試料溶液中に存在するDNAの濃度を測定したところ、ほぼ定量的に(ほぼ全量の)DNAが回収されていることが明らかとなった。この結果より、本実施例で作製したSrHAPを担持した不織布を固定化したチップは、これを単独で用いることでタンパク質を同時に含む核酸溶液から、核酸を選択的に吸着分離するとともに、洗浄により核酸の精製を行った後、熱水又は温水処理で核酸を定量的に回収することが可能であることが実証された。
【0097】
こうした一連の操作は、プログラミングにより自動化が可能であり、検体試料溶液を自動化装置に導入すると、ピペットが核酸分離精製用チップを装填し、試料溶液を室温で吸入して吸着操作を行い、次に水洗操作、次いで熱水又は温水抽出により核酸を核酸増幅工程に移すことが可能である。あるいは、水洗操作の後に、チップから吸着剤を抜き取り、これを核酸増幅反応液に導入することで、核酸増幅反応工程を進めることも可能である。
さらには、核酸増幅工程に続いて反応液を室温まで冷却し、反応液から吸着剤を回収後、熱水又は温水処理することで、増幅された核酸を溶液中に回収することが可能であることが明確となった。
【産業上の利用可能性】
【0098】
本発明の核酸分離方法及び増幅方法は、極めて簡便、安価に行える、非常に有用な方法である。また、研究室で利用できる他、病院での検査、食品検査、環境水検査にも好適に使用することができ、需要は極めて大きい。
【配列表】