(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-01
(45)【発行日】2024-03-11
(54)【発明の名称】非接触バイタルサイン計測装置、非接触バイタルサイン計測方法およびプログラム
(51)【国際特許分類】
A61B 5/11 20060101AFI20240304BHJP
A61B 5/0245 20060101ALI20240304BHJP
G01S 17/10 20200101ALI20240304BHJP
G01S 13/56 20060101ALI20240304BHJP
【FI】
A61B5/11 110
A61B5/0245 100Z
G01S17/10
G01S13/56
(21)【出願番号】P 2019104201
(22)【出願日】2019-06-04
【審査請求日】2022-05-17
(73)【特許権者】
【識別番号】504133110
【氏名又は名称】国立大学法人電気通信大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000925
【氏名又は名称】弁理士法人信友国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】孫 光鎬
(72)【発明者】
【氏名】松島 智哉
(72)【発明者】
【氏名】桐本 哲郎
【審査官】▲高▼原 悠佑
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2010/0198083(US,A1)
【文献】特開2014-039838(JP,A)
【文献】特開2017-000484(JP,A)
【文献】特開2016-174869(JP,A)
【文献】特開2016-005596(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 5/00- 5/398
G01S 13/00-13/95
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者に照射した信号の反射波によるレーダ出力を取得するレーダ出力取得部と、
距離センサにより得た前記被験者までの距離の計測信号を取得する距離センサデータ取得部と、
前記距離センサデータ取得部が取得した計測信号から変動成分を抽出する不規則成分抽出部と、
前記レーダ出力取得部が取得したレーダ出力から、実数成分および虚数成分を抽出する実数成分抽出部および虚数成分抽出部と、
前記実数成分と前記変動成分の余弦成分の積と、前記虚数成分と前記変動成分の正弦成分の積を加算することにより、前記変動成分が除去された実数成分を取得すると共に、前記虚数成分と前記変動成分の余弦成分の積と、前記実数成分と前記変動成分の正弦成分の積の差を得ることにより、前記変動成分が除去された虚数成分を取得する演算処理部と、
前記演算処理部での演算で前記変動成分が除去された実数成分および虚数成分のレーダ出力を復調する復調部と、
前記復調部で得られた復調信号を周波数解析して、バイタルサイン成分を得る周波数解析部と、を備える
非接触バイタルサイン計測装置。
【請求項2】
前記不規則成分抽出部は、抽出した変動成分から正弦成分および余弦成分を抽出する正弦成分抽出部および余弦成分抽出部を有し、
前記演算処理部は、第1の乗算器と、第2の乗算器と、第3の乗算器と、第4の乗算器と、加算器と、減算器とを有し、
前記第1の乗算器は、前記実数成分抽出部が抽出したレーダ出力の実数成分と、前記余弦成分抽出部が抽出した変動成分の余弦成分との積を得、
前記第2の乗算器は、前記虚数成分抽出部が抽出したレーダ出力の虚数成分と、前記正弦成分抽出部が抽出した変動成分の正弦成分との積を得、
前記第3の乗算器は、前記虚数成分抽出部が抽出したレーダ出力の虚数成分と、前記余弦成分抽出部が抽出した変動成分の余弦成分との積を得、
前記第4の乗算器は、前記実数成分抽出部が抽出したレーダ出力の実数成分と、前記正弦成分抽出部が抽出した変動成分の正弦成分との積を得、
前記加算器は、前記第1の乗算器の出力と前記第2の乗算器の出力との和を取り、
前記減算器は、前記第3の乗算器の出力と前記第4の乗算器の出力との差を取り、
前記復調部は、前記演算処理部の前記加算器より前記変動成分が除去された実数成分のレーダ出力を得、前記減算器より前記変動成分が除去された虚数成分のレーダ出力を得るようにした
請求項1に記載の非接触バイタルサイン計測装置。
【請求項3】
前記不規則成分抽出部は、測定開始時における前記距離センサと前記被験者との距離を基準距離とし、前記基準距離と前記距離センサの出力との差分を、
前記変動成分として抽出する
請求項1または2に記載の非接触バイタルサイン計測装置。
【請求項4】
被験者に照射した信号の反射波によるレーダ出力を取得するレーダ出力取得処理と、
距離センサにより得た前記被験者までの距離の計測信号を取得する距離センサデータ取得処理と、
前記距離センサデータ取得処理により取得した計測信号から変動成分を抽出する不規則成分抽出処理と、
前記レーダ出力取得処理により取得したレーダ出力から、実数成分および虚数成分を抽出する実数成分および虚数成分の抽出処理と、
前記実数成分および虚数成分の抽出処理で得た前記実数成分と前記変動成分の余弦成分の積と、前記虚数成分と前記変動成分の正弦成分の積を加算することにより、前記変動成分が除去された実数成分を取得すると共に、前記実数成分および虚数成分の抽出処理で得た前記虚数成分と前記変動成分の余弦成分の積と、前記実数成分と前記変動成分の正弦成分の積の差を得ることにより、前記変動成分が除去された虚数成分を取得する演算処理と、
前記演算処理で前記変動成分が除去された実数成分および虚数成分のレーダ出力を復調する復調処理と、
前記復調処理で得られた復調信号を周波数解析して、バイタルサイン成分を得る周波数解析処理と、を含む
非接触バイタルサイン計測方法。
【請求項5】
被験者に照射した信号の反射波によるレーダ出力を取得するレーダ出力取得手順と、
距離センサにより得た前記被験者までの距離の計測信号を取得する距離センサデータ取得手順と、
前記距離センサデータ取得手順により取得した計測信号から変動成分を抽出する不規則成分抽出手順と、
前記レーダ出力取得手順により取得したレーダ出力から、実数成分および虚数成分を抽出する実数成分および虚数成分の抽出手順と、
前記実数成分および虚数成分の抽出手順で得た前記実数成分と前記変動成分の余弦成分の積と、前記虚数成分と前記変動成分の正弦成分の積を加算することにより、前記変動成分が除去された実数成分を取得すると共に、前記実数成分および虚数成分の抽出手順で得た前記虚数成分と前記変動成分の余弦成分の積と、前記実数成分と前記変動成分の正弦成分の積の差を得ることにより、前記変動成分が除去された虚数成分を取得する演算手順と、
前記演算手順で前記変動成分が除去された実数成分および虚数成分のレーダ出力を復調する復調手順と、
前記復調手順で得られた復調信号を周波数解析して、バイタルサイン成分を得る周波数解析手順と、とをコンピュータ装置に実行させる
プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レーダなどを用いて被験者と非接触な状態でバイタルサインを計測する非接触バイタルサイン計測装置、非接触バイタルサイン計測方法およびプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、レーダを使って、被験者と非接触な状態で、心拍や呼吸を計測する装置が提案されている。
例えば特許文献1には、マイクロ波を被験者に照射し、その反射波を使って呼吸数や心拍数を計測する計測装置が記載されている。
特許文献1に記載の技術は、被験者に触れない状態で呼吸数や心拍数を計測することで、被験者への負担を極めて少なくして、被験者の状態を診断することができる。つまり、被験者にとっては、無意識で呼吸数や心拍数を計測することができるので、被験者を診断する用途を拡張することが可能になる。例えば、高齢者が居住する施設において、ベッドで寝ている被験者の呼吸数や心拍数を、非接触で常時計測することができれば、睡眠障害や心臓の異常などを適切に検知できるようになる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【非特許文献】
【0004】
【文献】C.Gu,G.Wang,Y.Li,T.Inoue,and C.Li,“A hybrid radar-camera sensing system with phase compensation for random body movement cancellation in doppler vital sign detection,”IEEE Trans.Microw.Theory Tech.,vol.61,no.12,pp.4678-4688,2013.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
非接触で被験者の呼吸や心拍を計測する場合、呼吸や心拍による体動は微弱であるため、呼吸や心拍以外の不規則な体動が発生すると、呼吸や心拍の正確な算出が困難であった。例えば、ベッドで寝ている被験者の呼吸や心拍を計測する場合、寝返りなどの被験者の動きがあると、呼吸や心拍の正確な計測ができなくなってしまう。
【0006】
ここで、例えば非特許文献1には、カメラを用いて被験者を撮影し、その撮影画像を使って、不規則な体動成分を除去することが記載されている。しかしながら、非特許文献1に記載された手法では、カメラで計測した不規則な体動のパターンを手動でスケーリングする調整作業が必要であり、調整が適正でないと体動成分の除去が適切に行うことができないと共に、リアルタイムでの計測には適用できなかった。
【0007】
本発明は、非接触でのバイタルサインの計測が、リアルタイムで良好に行える非接触バイタルサイン計測装置、非接触バイタルサイン計測方法およびプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の非接触バイタルサイン計測装置は、被験者に照射した信号の反射波によるレーダ出力を取得するレーダ出力取得部と、距離センサにより得た被験者までの距離の計測信号を取得する距離センサデータ取得部と、距離センサデータ取得部が取得した計測信号から変動成分を抽出する不規則成分抽出部と、レーダ出力取得部が取得したレーダ出力から、実数成分および虚数成分を抽出する実数成分抽出部および虚数成分抽出部と、実数成分抽出部および虚数成分抽出部で得た実数成分と変動成分の余弦成分の積と、虚数成分と変動成分の正弦成分の積を加算することにより、変動成分が除去された実数成分を取得すると共に、実数成分抽出部および虚数成分抽出部で得た虚数成分と変動成分の余弦成分の積と、実数成分と変動成分の正弦成分の積の差を得ることにより、変動成分が除去された虚数成分を取得する演算処理部と、演算処理部での演算で変動成分が除去された実数成分および虚数成分のレーダ出力を復調する復調部と、復調部で得られた復調信号を周波数解析して、バイタルサイン成分を得る周波数解析部と、を備える。
【0009】
また、本発明の非接触バイタルサイン計測方法は、被験者に照射した信号の反射波によるレーダ出力を取得するレーダ出力取得処理と、距離センサにより得た被験者までの距離の計測信号を取得する距離センサデータ取得処理と、距離センサデータ取得処理により取得した計測信号から変動成分を抽出する不規則成分抽出処理と、レーダ出力取得処理により取得したレーダ出力から、実数成分および虚数成分を抽出する実数成分および虚数成分の抽出処理と、実数成分および虚数成分の抽出処理で得た実数成分と変動成分の余弦成分の積と、虚数成分と変動成分の正弦成分の積を加算することにより、変動成分が除去された実数成分を取得すると共に、実数成分および虚数成分の抽出処理で得た虚数成分と変動成分の余弦成分の積と、実数成分と変動成分の正弦成分の積の差を得ることにより、変動成分が除去された虚数成分を取得する演算処理と、演算処理で変動成分が除去された実数成分および虚数成分のレーダ出力を復調する復調処理と、復調処理で得られた復調信号を周波数解析して、バイタルサイン成分を得る周波数解析処理と、を含む。
【0010】
また、本発明のプログラムは、上述した非接触バイタルサイン計測方法の各処理を行う手順をコンピュータ装置に実行させるプログラムとしたものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明によると、少ない計算量で手動での調整も必要とせずに、精度の高いバイタルサインの非接触での計測が、リアルタイム性を持って行えるようになる。特に本発明の場合、レーダ出力の実数成分と虚数成分のそれぞれから変動成分を除去した上で、復調するようにしたことで、簡単な復調処理で変動成分が除去されたバイタルサイン成分がリアルタイムで得られるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の一実施の形態例による計測状態の一例を示す図である。
【
図2】本発明の一実施の形態例による非接触バイタルサイン計測装置の構成例を示すブロック図である。
【
図3】本発明の一実施の形態例によるドップラーレーダの構成例を示すブロック図である。
【
図4】本発明の一実施の形態例によるハードウェア構成の例を示すブロック図である。
【
図5】本発明の一実施の形態例による計測処理の流れを示すフローチャートである。
【
図6】本発明の一実施の形態例による不規則な体動成分の判断処理の流れを示すフローチャートである。
【
図7】本発明の一実施の形態例による計測状態をテストするための構成を示す図である。
【
図8】
図7に示す構成でテストしたときの計測結果を示す特性図である。
【
図9】本発明の一実施の形態例による計測例(A:仰臥位で体動少、B:座位で体動中)を示す特性図である。
【
図10】本発明の一実施の形態例による計測結果の誤差率を比較した特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の一実施の形態例(以下、「本例」と称する。)を、
図2~
図10を参照して説明する。
[1.非接触バイタルサイン計測装置の構成]
図1は、本例の非接触バイタルサイン計測装置10を使って被験者aのバイタルサインを計測する際の計測状態の一例を示す。また
図2は、本例の非接触バイタルサイン計測装置10の構成を示すブロック図である。本例の非接触バイタルサイン計測装置10は、被験者の心拍と呼吸を計測するものである。
【0014】
まず
図1を参照して、本例の非接触バイタルサイン計測装置10を使った計測状態の一例について説明する。
本例の非接触バイタルサイン計測装置10には、ドップラーレーダ2と距離センサ3とが接続されている。
図1の例では、ドップラーレーダ2と距離センサ3は、ベッド1に取り付けてある。
ドップラーレーダ2は、ベッド1に仰臥位となった被験者aの特定箇所a1に電波(信号)を照射し、その反射波を受信して、レーダ出力を得る。ドップラーレーダ2の構成については後述する。また、距離センサ3は、被験者aの特定箇所a2までの距離を計測する。
【0015】
ドップラーレーダ2が電波を照射する特定箇所a1は、例えば被験者aの胸などの心拍や呼吸による体動が検出し易い箇所とする。距離センサ3が距離を計測する特定箇所a2は、例えば被験者aの肩とする。但し、ドップラーレーダ2と距離センサ3が計測する特定箇所a1,a2を異なる箇所としたのは一例であり、同じ箇所としてもよい。また、距離センサ3が距離を計測する特定箇所a2については、後述するように1点ではなくある程度の面積を持った領域として、その領域内の平均の距離を計測するようにしてある。
また、
図1に示すように被験者aが仰臥位となった状態で計測するのは一例であり、被験者aは座位や立位でもよい。
【0016】
距離センサ3としては、例えばToFカメラ(Time-of-Flight Camera)と称される目標までの距離を計測するセンサが使用される。ToFカメラは、計測箇所に赤外線などのパルス光を照射して、その反射光を撮像素子により検知し、パルス光の反射時間より計測箇所までの距離を計測する。
これらのドップラーレーダ2の出力と距離センサ3の出力は、非接触バイタルサイン計測装置10に供給される。
【0017】
次に、
図2を参照して、非接触バイタルサイン計測装置10の構成について説明する。
非接触バイタルサイン計測装置10は、ドップラーレーダ2の出力と距離センサ3の出力を取得して、バイタルサインである心拍と呼吸を計測するものであり、例えばコンピュータ装置で構成される。
図2は、非接触バイタルサイン計測装置10の機能から見た構成を示すブロック図である。
【0018】
非接触バイタルサイン計測装置10は、ドップラーレーダ出力取得部11と距離センサデータ取得部12とを備える。ドップラーレーダ出力取得部11は、ドップラーレーダ2のレーダ出力を取得するレーダ出力取得処理を行う。距離センサデータ取得部12は、距離センサ3で計測された距離データを取得する距離センサデータ取得処理を行う。
ドップラーレーダ出力取得部11で取得されたレーダ出力は、実数成分抽出部(I成分抽出部)13および虚数成分抽出部(Q成分抽出部)14に供給される。I成分抽出部13は、レーダ出力に含まれる実数成分を抽出処理する。Q成分抽出部14は、レーダ出力に含まれる虚数成分を抽出処理する。なお、以下の説明では、実数成分をI成分、虚数成分をQ成分と称する。
【0019】
I成分抽出部13で抽出されたレーダ出力のI成分と、Q成分抽出部14で抽出されたレーダ出力のQ成分は、第1~第4の乗算器18,19,20,21と加算器22と減算器23とで構成される演算処理部に供給される。
【0020】
距離センサデータ取得部12で取得した距離の計測データは、不規則成分抽出部15に供給される。不規則成分抽出部15は、距離センサ3で得られた計測データの内で、不規則に現れる変動成分を抽出する不規則成分抽出処理を行う。不規則成分抽出部15で不規則成分を抽出する具体的な処理例については後述する。
【0021】
不規則成分抽出部15で抽出された不規則成分のデータは、正弦成分抽出部16および余弦成分抽出部17に供給される。正弦成分抽出部16は、不規則成分に含まれる正弦成分(sin成分sin XB′)を抽出する。余弦成分抽出部17は、不規則成分に含まれる余弦成分(cos成分cos XB′)を抽出する。正弦成分抽出部16および余弦成分抽出部17で抽出された正弦成分(sin成分sin XB′)および余弦成分(cos成分cos XB′)は、第1~第4の乗算器18,19,20,21と加算器22と減算器23とで構成される演算処理部に供給される。
【0022】
次に、第1~第4の乗算器18,19,20,21と加算器22と減算器23とで構成される演算処理部の構成について説明する。
第1の乗算器18は、I成分抽出部13で得られたレーダ出力のI成分と、余弦成分抽出部17で得られた余弦成分(cos成分cos XB′)との積を取る。
第2の乗算器19は、Q成分抽出部14で得られたレーダ出力のQ成分と、正弦成分抽出部16で得られた正弦成分(sin成分sin XB′)との積を取る。
第3の乗算器20は、Q成分抽出部14で得られたレーダ出力のQ成分と、余弦成分抽出部17で得られた余弦成分(cos成分cos XB′)との積を取る。
第4の乗算器21は、I成分抽出部13で得られたレーダ出力のI成分と、正弦成分抽出部16で得られた正弦成分(sin成分sin XB′)との積を取る。
【0023】
第1の乗算器18の乗算出力と、第2の乗算器19の乗算出力は、加算器22に供給する。加算器22は、第1および第2の乗算出力の加算処理を行い、加算信号を得る。
加算器22で得られた加算信号は、不規則成分が除去されたI成分I′(t)として、復調部24に供給される。
また、第3の乗算器20の乗算出力と、第4の乗算器21の乗算出力は、減算器23に供給される。減算器23は、第3および第4の乗算出力の差を取る減算処理を行い、減算信号を得る。
減算器23で得られた減算信号は、不規則成分が除去されたQ成分Q′(t)として、復調部24に供給される。
【0024】
復調部24は、供給されるI成分I′(t)およびQ成分Q′(t)の複素復調を行う。複素復調された信号は、周波数解析部25に供給され、周波数解析処理が行われる。
周波数解析部25での周波数解析により、被験者aの特定箇所a1までの距離が得られ、得られた距離に基づいてバイタルサインである心拍成分および呼吸成分が検出される。そして、周波数解析部25での周波数解析で得られた心拍成分および呼吸成分が出力部26から出力される。
例えば、出力部26として表示装置を使用した場合、出力部26は、心拍数や呼吸数を表示する。あるいは、出力部26として記録装置を使用して、心拍数や呼吸数を記録するようにしてもよい。さらにまた、周波数解析で得られた心拍成分および呼吸成分を外部の別の機器に送信するようにしてもよい。
【0025】
[2.ドップラーレーダの構成]
図3は、ドップラーレーダ2の構成例を示す。
ドップラーレーダ2は、発振器2aを備える。発振器2aは、例えば24GHzの信号を発振する。この発振器2aが出力する発振信号は、分波器2bを介して送信アンテナ2cに供給され、被験者に対して送信信号Txが送信される。そして、被験者aの体表面で反射した反射波としての受信信号Rxが受信アンテナ2dによって受信される。
【0026】
受信アンテナ2dで得た受信信号Rxは、第1ミキサ2eに直接供給されると共に、π/2移相器2gによりπ/2(90°)シフトされた信号が第2ミキサ2hに供給される。また、発振器2aからの発振信号は、分波器2bおよび2fを介して第1ミキサ2eおよび第2ミキサ2hに供給される。そして、それぞれのミキサ2e,2hでドップラー出力が得られる。第1ミキサ2eで得られるドップラー出力がI信号になり、第2ミキサ2hで得られるドップラー出力がQ信号になる。
【0027】
なお、呼吸による体動の変位は例えば4~12mmであり、心拍による体動の変位は例えば0.2~0.5mmである。ドップラーレーダ2は、非接触でこれらの呼吸および心拍による体動の変位を検出する。すなわち、ドップラーレーダ2から被験者aの体表面までの距離をd0としたとき、呼吸や心拍による体動の変位により距離d0が変動し、その距離d0の変動を受信信号から検出する処理がドップラーレーダ2で行われる。
なお、ドップラーレーダ2として24GHz帯を使用するのは一例であり、その他の周波数帯の信号を送信するドップラーレーダを用いることもできる。例えば、10GHz帯を使用したドップラーレーダとすることもできる。
【0028】
[3.非接触バイタルサイン計測装置のハードウェア構成例]
図4は、
図2に示す非接触バイタルサイン計測装置10をコンピュータ装置で構成した場合のハードウェア構成例を示す。
図4に示すコンピュータ装置(非接触バイタルサイン計測装置10)は、バスにそれぞれ接続されたCPU(Central Processing Unit:中央処理装置)10a、ROM(Read Only Memory)10b、およびRAM(Random Access Memory)10cを備える。さらに、コンピュータ装置は、不揮発性ストレージ10d、ネットワークインタフェース10e、入力装置10f、および表示装置10gを備える。
【0029】
CPU10aは、非接触バイタルサイン計測装置10での演算処理を実行するソフトウェアのプログラムコードをROM10bから読み出して実行する演算処理部である。
RAM10cには、演算処理の途中に発生した変数やパラメータ等が一時的に書き込まれる。
【0030】
入力装置10fには、例えば、キーボード、マウスなどの他、ドップラーレーダ2や距離センサ3の出力を取り込むインタフェースも含まれる。
表示装置10gは、例えば、液晶ディスプレイモニタであり、この表示装置10gによりコンピュータ装置で実行される計算処理の結果が表示される。
【0031】
不揮発性ストレージ10dには、例えば、HDD(Hard Disk Drive)、SSD(Solid State Drive)などの大容量情報記憶媒体が用いられる。不揮発性ストレージ10dには、非接触バイタルサイン計測装置10が実行する心拍や呼吸の計測についてのプログラムが記録される。また、心拍や呼吸の計測結果が、不揮発性ストレージ10dに記録される。
【0032】
ネットワークインタフェース10eには、例えば、NIC(Network Interface Card)などが用いられる。ネットワークインタフェース10eは、LAN(Local Area Network)、専用線などを介して外部と各種情報の送受信を行う。
【0033】
[4.計測処理の流れ]
次に、非接触バイタルサイン計測装置10で心拍および呼吸を計測する処理の流れを、
図5のフローチャートを参照して説明する。
まず、非接触バイタルサイン計測装置10のドップラーレーダ出力取得部11は、ドップラーレーダ2の出力を取得する(ステップS11)。また、このドップラーレーダ2の出力を取得する処理と並行して、距離センサデータ取得部12は、距離センサ3の出力を取得する(ステップS12)。
【0034】
そして、I成分抽出部13はレーダ出力のI成分を抽出し、Q成分抽出部14はレーダ出力のQ成分を抽出する。つまり、レーダ出力のI成分とQ成分は分離して抽出される(ステップS13)。また、不規則成分抽出部15が、距離センサ3の出力に含まれる不規則な体動情報を抽出する(ステップS14)。不規則成分抽出部15での不規則な体動情報の抽出処理の詳細については後述する(
図6)。
【0035】
不規則な体動情報が得られると、非接触バイタルサイン計測装置10の第1~第4の乗算器18~21、加算器22および減算器23による演算処理部による演算処理で、レーダ出力のI成分およびQ成分から不規則な体動を除去したI成分およびQ成分が取得される(ステップS15)。これらの不規則な体動を除去したI成分およびQ成分は、復調部24に供給され、複素復調処理が行われる(ステップS16)。
そして、周波数解析部25で複素復調処理が行われた信号についての周波数解析処理が行われ、バイタルサインである心拍および呼吸の計測が行われ(ステップS17)、計測結果としての心拍数および呼吸数の情報が出力部26から出力される(ステップS18)。
【0036】
[5.体動の不規則成分の判断処理]
次に、非接触バイタルサイン計測装置10の距離センサデータ取得部12が取得した距離データから、不規則成分抽出部15で行われる不規則成分を判断する処理について説明する。
図6は、不規則成分を判断する処理の流れを示すフローチャートである。
【0037】
まず、非接触バイタルサイン計測装置10の距離センサデータ取得部12は、距離センサ3と対象物(被験者aの特定箇所a2)との距離l(t)を得る(ステップS21)。
次に、不規則成分抽出部15は、距離センサ3での測定開始時の距離l(0)を基準として、対象物の距離l(t)がどれくらい動いたかを測定する(ステップS22)。
そして、不規則成分抽出部15は、計測距離l(t)と基準距離l(0)との差から、不規則な体動XB′(t)を得る(ステップS23)。
すなわち、不規則成分抽出部15は、XB′(t)=l(t)-l(0)の演算を行って、不規則な体動XB′(t)を得る。
【0038】
[6.体動の不規則成分を除去する原理]
次に、非接触バイタルサイン計測装置10が、不規則な体動を適切に除去した上で、バイタルサインである心拍および呼吸の計測ができる原理について説明する。
まず、ドップラーレーダ出力取得部11が取得するレーダ出力のベースバンド信号のI成分とQ成分を、次の[数1]式に示す。
【0039】
【0040】
ここで、xvは、呼吸や心拍のバイタルサイン、xBは不規則な体動、Φは残留位相、Aは搬送波の振幅、λは搬送波の波長、tは時間である。
バイタルサインxvは、次の[数2]式で示される。
【0041】
【0042】
また、不規則な体動xBは、次の[数2]式で示される。
【0043】
【0044】
これらの[数2]式~[数3]式において、mhは心拍の体動の振幅、mrは呼吸の体動の振幅、mBは不規則な体動の振幅、ωhは心拍の体動の角周波数、ωrは呼吸の体動の角周波数、ωBは不規則な体動の角周波数である。
ここで、上述したように、測定開始時の距離l(0)を基準とした不規則な体動を、体動XB′(t)としたとき、不規則な体動を軽減する加法定理による演算が、乗算器18,19,20,21と加算器22と減算器23とで行われ、不規則な体動を軽減した実部I′(t)および虚部Q′(t)が、[数4]式に示すように得られる。
【0045】
【0046】
この[数4]式に示す実部I′(t)および虚部Q′(t)が、復調部24に供給され、[数5]式に示す複素信号復調による信号S′(t)が得られる。
【0047】
【0048】
復調部24で複素信号復調が行われることで、DCオフセットの影響を受けにくい復調が行われる。
この複素信号復調による信号S′(t)は、不規則な体動XB′(t)が除去された信号である。この複素信号復調された信号S′(t)から呼吸や心拍のバイタルサインxvを適切に検出できるようになる。信号S′(t)から呼吸や心拍を検出する際には、例えば呼吸が含まれる周波数帯域のピークを呼吸周波数とし、心拍が含まれる周波数帯域のピークを心拍周波数とする。
【0049】
[7.実験例]
次に、
図7~
図10を参照して、本例の非接触バイタルサイン計測装置10でバイタルサインを計測することで、不規則な体動に影響されない計測の実験を行った例について説明する。
図7および
図8は、特定の周波数で振動するスピーカを強制的に揺らした場合に、本例の非接触バイタルサイン計測装置10で、スピーカの振動周波数を計測した例を示す。
【0050】
図7は、計測対象となるスピーカの構成を示す。
ここでは、台車100に載せたスピーカ装置110のホーン111を、0.3Hzで振動させながら、台車100を人手で不規則に大きく揺らせる。つまり、スピーカ装置110を不規則に振動させながら、ホーン111を特定周波数(0.3Hz)で振動させる。この状態で、ドップラーレーダ2がホーン111の振動を計測すると共に、距離センサ3がスピーカ装置110までの距離を計測する。
図8は、これらの計測データに基づいて、非接触バイタルサイン計測装置10でホーン111の振動の計測を行った結果を示す。
図8の横軸は計測周波数、縦軸は正規化したベクトルを示す。
【0051】
図8に破線で示す特性αは、不規則な振動を除去しない場合であり、実線で示す特性βは、本例の非接触バイタルサイン計測装置10で不規則な振動を除去した場合である。
不規則な振動を除去しない特性αでは、本来のホーン111の振動周波数である0.3Hzの近傍の複数箇所にピークが発生しており、ホーン111の振動周波数を特定できない状態である。
これに対して、本例の非接触バイタルサイン計測装置10で不規則な振動を除去した特性βの場合には、信号のピーク位置β
1が、ホーン111の振動周波数である0.3Hzになり、ホーン111の振動周波数を正確に計測できていることが分かる。
【0052】
図9は、本例の非接触バイタルサイン計測装置10で被験者の心拍および呼吸を計測した例を示す。
図9においても、
図8と同様に横軸は計測周波数、縦軸は正規化したベクトルを示す。
図9Aは、被験者aが仰臥位となった状態(横に寝た状態)で計測した場合の特性であり、
図9Bは、被験者aが座位となった状態(座った状態)で計測した場合の特性である。両図共に破線の特性αは不規則な振動を除去しない場合、実線の特性βは不規則な振動を除去した場合である。
【0053】
図9Aに示す仰臥位の場合には、被験者aは、15秒に1回程度、指を動かす比較的少ない体動を加えた状態で、1分間計測を行った。一方、
図9Bに示す座位の場合には、被験者aは、15秒に1回程度、腕を動かすといったそれなりのレベルの体動(中位の体動)で、1分間計測を行った。
また、
図9Aおよび
図9Bに、被験者aに装着した呼吸バンドおよび心電計により計測した正確な呼吸周波数f11,f21と心拍周波数f12,f22を示す。
【0054】
図9Aに示す仰臥位の例では、体動が少ない状態のため、不規則な振動を除去しない特性αと、不規則な振動を除去した特性βとに大きな差はない。しかし、不規則な振動を除去した特性βに、呼吸周波数f11に対応したピークと、心拍周波数f12に対応したピークが現れている。
【0055】
一方、
図9Bに示す座位の例では、中位の体動が加わった状態のため、不規則な振動を除去しない特性αと、不規則な振動を除去した特性βとに大きな相違があり、不規則な振動を除去した特性βの場合、呼吸周波数f21に対応した明確なピークが発生している。また、
図9Bの特性βでは、心拍周波数f12に対応したピークは本来の周波数f22から若干ずれているが、不規則な振動を除去しない特性αでは心拍に相当するピークがほとんど現れておらず、心拍についても検出精度が向上したと言える。
【0056】
図10は、仰臥位の被験者で体動が少、中、大の3つのケースと、座位の被験者で体動が少、中、大の3つのケースのそれぞれで、体動除去をしない場合の特性(それぞれ左側のシングルハッチングで示す特性)の誤差率と、体動除去をした場合の特性(それぞれ右側のダブルハッチングで示す特性)の誤差率を比較した図である。
図10に示す誤差率は値が少ないほど、計測精度が高いことを示す。
【0057】
図10に示すように、体動除去をした場合には、仰臥位で体動が少と中のいずれでも、誤差率が20%前後であり、座位についても、体動が少と中のいずれでも、誤差率が10%前後であり、低い誤差率で計測が行えることが分かる。なお、
図10の例では、仰臥位で体動が中のときと、座位で体動が少のときには、体動除去をしないケースの方が、誤差率が若干低い特性になっているが、誤差率の変化はわずかであり、本例の体動除去をした場合にも十分に低い誤差率が維持されている。
【0058】
また、
図10に示すように、体動が大の場合には、仰臥位と座位のいずれでも、誤差率が大きくなり、計測精度が悪化している。しかし、体動除去をした場合には、体動除去をしない場合に比べて誤差率が低下しており、測定精度の向上が図られていることが分かる。
【0059】
[8.変形例]
なお、上述した実施の形態では、距離センサとして、距離画像が取得できるToFカメラを使用したが、その他の方式の距離センサを使用してもよい。例えば、3Dカメラを使って、撮影画像内の被写体の距離を取得するようにしてもよい。
また、
図2に示す構成では、レーダ出力から得た実数成分(I成分)と虚数成分(Q成分)から、不規則成分を除去する演算処理部として、4つの乗算器18~21と加算器22と減算器23とを使う構成としたが、演算処理部としてこの
図2に示す構成に限定されるものではない。
【0060】
また、上述した実施の形態例では、バイタルサインとして呼吸や心拍の周波数とした例とした。これに対して、呼吸や心拍以外のバイタルサインを計測する場合にも、本例の非接触バイタルサイン計測装置10は適用が可能である。
【0061】
また、
図3では、非接触バイタルサイン計測装置10をコンピュータ装置で構成し、コンピュータ装置に実装されたソフトウェア(プログラム)の実行で、不規則な振動を除去する例とした。これに対して、
図2に示す非接触バイタルサイン計測装置10の各処理部の一部または全てを専用の回路として構成してもよい。
【符号の説明】
【0062】
1…ベッド、2…ドップラーレーダ、3…距離センサ、10…非接触バイタルサイン計測装置(コンピュータ装置)、10a…中央制御ユニット(CPU)、10b…ROM、10c…RAM、10d…不揮発性ストレージ、10e…ネットワークインタフェース、10f…入力装置、10g…表示装置、11…ドップラーレーダ出力取得部、12…距離センサデータ取得部、13…I成分抽出部(実数成分抽出部)、14…Q成分抽出部(虚数成分抽出部)、15…不規則成分抽出部、16…正弦成分抽出部、17…余弦成分抽出部、18,19,20,21…乗算器、22…加算器、23…減算器、24…復調部、25…周波数解析部、26…出力部、100…台車、110…スピーカ装置、111…ホーン