(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-01
(45)【発行日】2024-03-11
(54)【発明の名称】真空排気方法
(51)【国際特許分類】
H01J 41/20 20060101AFI20240304BHJP
H01J 37/16 20060101ALI20240304BHJP
【FI】
H01J41/20
H01J37/16
(21)【出願番号】P 2022186285
(22)【出願日】2022-11-22
(62)【分割の表示】P 2021122848の分割
【原出願日】2021-07-28
【審査請求日】2022-11-22
(31)【優先権主張番号】P 2020130266
(32)【優先日】2020-07-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和1年7月31日~8月3日京都大学において開催された第16回日本加速器学会年会で発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和1年10月28日つくば国際会議場において開催された2019年日本表面真空学会学術講演会で発表
(73)【特許権者】
【識別番号】505374783
【氏名又は名称】国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
(74)【代理人】
【識別番号】100097113
【氏名又は名称】堀 城之
(74)【代理人】
【識別番号】100162363
【氏名又は名称】前島 幸彦
(74)【代理人】
【識別番号】100194283
【氏名又は名称】村上 大勇
(72)【発明者】
【氏名】神谷 潤一郎
【審査官】後藤 慎平
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-114482(JP,A)
【文献】特開2000-340165(JP,A)
【文献】特開2011-003425(JP,A)
【文献】特開2022-027577(JP,A)
【文献】特開2007-186725(JP,A)
【文献】特開昭54-072400(JP,A)
【文献】特開平11-097422(JP,A)
【文献】特開平03-061368(JP,A)
【文献】特開2009-057590(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 41/20
H01J 37/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
チタン(Ti)を含む内面を具備する容器、電極の少なくともいずれかに電圧を印加して、前記内面に前記電極の表面である電極面を構成する材料である電極材で構成されたコーティング層を形成
した上で真空排気を行う真空排気方法において、
不活性ガス雰囲気下で前記電極を正側、前記容器を負側の電位として、前記電極と前記容器との間にDC放電を発生させる第1の工程と、
前記第1の工程の後に不活性ガス雰囲気下で前記電極を負側、前記容器を正側の電位として、前記電極と前記容器との間にDC放電を発生させる第2の工程と、を有し、
前記第2の工程の後に、前記電極を接地状態又は電位が浮遊した状態とし、前記電極を前記容器から取り外した状態
で、前記容器の中の真空度を上げつつ、前記容器を加熱する第3の工程を有することを特徴とする
真空排気方法。
【請求項2】
前記第1の工程におけるDC放電の時間又はDC放電の電流量を調整し、前記容器の酸化膜を除去することを特徴とする請求項1に記載の
真空排気方法。
【請求項3】
前記第1の工程における前記DC放電の時間又はDC放電の電流量を、前記容器の前記内面の酸化膜の厚みが1nm以下となるように調整することを特徴とする請求項2に記載の
真空排気方法。
【請求項4】
前記第2の工程におけるDC放電の時間又はDC放電の電流量を調整し、形成される前記コーティング層の厚さを調整することを特徴とする請求項1又は2に記載の
真空排気方法。
【請求項5】
前記第2の工程における前記DC放電の時間又はDC放電の電流量を、形成される前記コーティング層の厚みが10μm以下となるように調整することを特徴とする請求項4に記載の
真空排気方法。
【請求項6】
前記電極材は、NEG材料、パラジウム、金、銀、白金のいずれかで構成されることを特徴とする請求項1から請求項5までのいずれか1項に記載の
真空排気方法。
【請求項7】
前記容器の前記内面は円筒形状とされ、
前記電極面が前記容器の前記内面と対向するように、前記電極を前記円筒形状の中心軸に沿って設けることを特徴とする請求項1から請求項6までのいずれか1項に記載の
真空排気方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、容器の真空排気を行う真空排気方法に関する。
【背景技術】
【0002】
超高真空が要求される各種の装置、例えば電子顕微鏡(SEM、TEM)、X線光電子分光装置(XPS)、二次イオン質量分析装置(SIMS)等の表面分析装置、電子や軽イオン、重イオン等の加速器等においては、ゲッター作用を用いた真空ポンプが用いられる。それらの装置、機器等において、ゲッター作用を利用する真空ポンプはポンプとして機能している間の電力が必要ない、無振動であるといった大きな利点がある。このように電力が必要ないという点は、半導体装置やMEMS等のデバイス内部において排気を行うポンプとして用いた場合、脱炭素化という観点からも特に有効である。また、ゲッター作用を利用する真空ポンプは、ターボ分子ポンプ等による排気速度が小さい水素(H)等に対する排気速度が大きいため、特に他の真空ポンプ(ターボ分子ポンプ等)と併用し、それらのポンプのみでは到達できない超高真空を得るのに特に有効である。
【0003】
ここで、このようなゲッター作用を真空チャンバ自身に付与することも可能である。ただし、一般的には、真空チャンバ(例えば上記の分析装置や加速器における真空を形成するための容器等)は、ステンレス鋼等で形成される。非特許文献1には、この真空チャンバ自身にゲッター作用をもたせるために、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、バナジウム(V)、ハフニウム(Hf)、ニオブ(Nb)等の非蒸発ゲッター(Non-evaporable getter:NEG)材料を含む薄膜層(NEGコーティング層)を真空チャンバ内面に形成する技術が記載されている。これにより、例えば加速器のビームパイプの内面にNEGコーティング層を形成することで、ビームラインを連続したゲッター型真空ポンプとして機能させ、長い距離のビームラインでも一様に超高真空を得ることが可能となった。
【0004】
また、非特許文献2、特許文献1には、上記のNEGコーティング層の上に更にパラジウム(Pd)、金(Au)、銀(Ag)、白金(Pt)等の貴金属の薄膜層(貴金属層)を形成することによって、NEGコーティング層によるゲッター作用を維持しつつ、NEGコーティング層の酸化を抑制することによりその機能低下を抑制する技術が記載されている。ただし、これら貴金属のコーティング層は二酸化炭素、窒素を捕獲させることはできない。
【0005】
これらの場合におけるNEGコーティング層は、ステンレス鋼の上に薄膜層として形成されるために、剥離等の問題のためにその膜厚は制限され、例えばその厚さは1μm程度とされる。一方で、例えば排気すべきガスが水素分子である場合、水素分子はNEGコーティング層内に拡散捕獲されるために、最大捕獲分子数はその膜厚で制限される。例えば、非特許文献3から、排気すべき対象が水素分子である場合には、1μm程度の厚さのNEGコーティング層で捕獲される水素分子の上限は1014~1015個cm-2程度であることが読み取れる。
【0006】
また、排気すべき対象が水蒸気、酸素、一酸化炭素、二酸化炭素、窒素の場合にはNEGコーティング層の表面でこれらによって形成される酸化物、炭化物、窒化物によって、その後の分子の捕獲能力が抑制される。この場合には、NEGコーティング層を昇温して上記の酸化物等を内部に拡散させることによって、ゲッター作用を復活(再活性化)させることができる。ただし、非特許文献4に記載されるように、この場合にはこれらの拡散量がNEGコーティング層内で飽和することによって再活性の度合いは制限され、例えばNEGコーティング層の厚さが1μmの場合には、再活性化が可能なのは高々5回程度となる。
【0007】
前記のようにNEGコーティング層の上に貴金属層を形成する場合には、非特許文献2、特許文献1に記載されるように、このような再活性化の回数を増大させることができる。一方で、この場合には貴金属層の存在によって、NEGコーティング層に二酸化炭素、窒素を捕獲させることが困難となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【非特許文献】
【0009】
【文献】C.Benvenuti、J.M.Cazeneuve、P.Chiggiato、F.Cicoira、A.Escudeiro Santana、V.Johanek、V.Ruzinov、J.Fraxedas、 「A novel route to extreme vacua:the non-evaporable getter thin film coatings」、Vacuum、vol.53 p219(1999年)
【文献】C.Benvenuti、P.Chiggiato、F.Cicoira、Y.L’Aminot、V.Ruzinov、「Vacuum properties of palladium thin film coatings」、Vacuum、vol.73 p139(2004年)
【文献】Tetsuya Miyazawa、Yu Kano、Yasuo Nakayama、Kenichi Ozawa、Toshiharu Iga、Misao Yamanaka、Ayako Hashimoto、Takashi Kikuchi、Kazuhiro Mase、「Improved pumping speeds of oxygen free palladium/titanium nonevaporable getter coatings and suppression of outgassing by baking under oxygen」、Journal of Vacuum Science and Technology A37、021601(2019年)
【文献】C.Benvenuti、P.Chiggiato、P.Costa Pinto、A.Escudeiro Santana、T.Hedley、A.Mongelluzzo、V.Ruzinov、I.Wevers、「Vacuum properties of TiZrV non-evaporable getter films」、Vacuum、vol.60 p57(2001年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
前記のように、NEGコーティング層(コーティング層)には剥離が発生しやすかったために、その膜厚は制限された。このため、コーティング層の剥離が発生しにくいコーティング方法が望まれた。
【0011】
本発明は、かかる問題点に鑑みてなされたものであり、上記問題点を解決する発明を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、上記課題を解決すべく、以下に掲げる構成とした。
本発明は、
チタン(Ti)を含む内面を具備する容器、電極の少なくともいずれかに電圧を印加して、前記内面に前記電極の表面である電極面を構成する材料である電極材で構成されたコーティング層を形成した上で真空排気を行う真空排気方法において、不活性ガス雰囲気下で前記電極を正側、前記容器を負側の電位として、前記電極と前記容器との間にDC放電を発生させる第1の工程と、前記第1の工程の後に不活性ガス雰囲気下で前記電極を負側、前記容器を正側の電位として、前記電極と前記容器との間にDC放電を発生させる第2の工程と、を有し、前記第2の工程の後に、前記電極を接地状態又は電位が浮遊した状態とし、前記電極を前記容器から取り外した状態で、前記容器の中の真空度を上げつつ、前記容器を加熱する第3の工程を有することを特徴とする。
本発明は、前記第1の工程におけるDC放電の時間又はDC放電の電流量を調整し、前記容器の酸化膜を除去することを特徴とする。
本発明は、前記第1の工程における前記DC放電の時間又はDC放電の電流量を、前記容器の前記内面の酸化膜の厚みが1nm以下となるように調整することを特徴とする。
本発明は、前記第2の工程におけるDC放電の時間又はDC放電の電流量を調整し、形成される前記コーティング層の厚さを調整することを特徴とする。
本発明は、前記第2の工程における前記DC放電の時間又はDC放電の電流量を、形成される前記コーティング層の厚みが10μm以下となるように調整することを特徴とする。
本発明において、前記電極材は、NEG材料、パラジウム、金、銀、白金のいずれかで構成されることを特徴とする。
本発明において、前記容器の前記内面は円筒形状とされ、前記電極面が前記容器の前記内面と対向するように、前記電極を前記円筒形状の中心軸に沿って設けることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明は以上のように構成されているので、コーティング層の剥離が発生しにくいコーティング方法を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の実施の形態に係る真空部品による排気特性を実測した際の構成の部分断面図である。
【
図2】本発明の実施の形態に係る真空部品の断面図である。
【
図3】Tiで構成された層を大気中で放置した後の表面付近の深さ方向の組成分析結果である。
【
図4】一般的なTi層の表面付近の断面構造(a)、本発明の実施の形態に係る真空部品の内面のTi層の表面付近の断面構造(b)である。
【
図5】本発明の第1の実施例となる、Ti層を露出させた真空部品、及びこれが接続された真空チャンバの圧力の時間変化を実測した結果である。
【
図6】本発明の第1の実施例、比較例において、スパッタエッチを行わずに加熱工程のみを行った場合に、外部から真空排気を行わない場合における圧力の時間経過である。
【
図7】コーティング層が形成されないTi製の真空容器を模擬したサンプルの表面付近の酸素の深さ方向の分布を、加熱温度を変えて測定した結果である。
【
図8】本発明の第2の実施例となる、Ti層を露出させNEGコーティング層を形成した真空部品、及びこれが接続された真空チャンバの圧力の時間変化を実測した結果である。
【
図9】第2の実施例において、大気暴露と加熱工程を複数サイクル繰り返した際の到達圧力を測定した結果である。
【
図10】本発明の第1の実施例の真空部品による排気前後の各種ガスの分圧の測定結果である。
【
図11】本発明の第2の実施例の真空部品による排気前後の各種ガスの分圧の測定結果である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態に係る真空部品について説明する。この真空部品は、真空チャンバに接続されて、ゲッター効果によってこの真空チャンバの排気を行う真空ポンプとして機能する。この真空チャンバは、例えば電子顕微鏡(SEM、TEM)、X線光電子分光装置(XPS)、二次イオン質量分析装置(SIMS)等の表面分析装置、電子や軽イオン、重イオン等の加速器等の一部を構成する、超高真空(例えば5×10
-8Pa以下の圧力)が要求される部分とすることができる。また、この真空部品の一部である真空容器自身を、真空排気を行いたい真空チャンバとして用いることができる。さらに、真空容器の形状をとらずとも、後述する
図4(b)の表面形態をとる真空部品により、MEMS等の小型装置内ゲッターポンプとして用いることができる。
【0016】
図1は、この真空部品(真空ポンプ)1による排気特性を実測した際の構成の部分断面図であり、
図2は、そのX-X方向の断面図である。
図1において、真空チャンバ100はTMP(ターボ分子ポンプ)101で排気され、TMP101の背圧側がDP(ドライポンプ)102で排気される。真空部品1は、円筒形状の内面10Aをもつ真空容器10を具備する。
図2は、この円筒形状の中心軸に垂直な断面を示している。
図1において真空容器10の内部と真空チャンバ100の内部はオリフィスOで連結されている。このため、オリフィスOを介して、TMP101と真空部品1の真空(排気)性能の比較をすることができる。真空チェンバ100を真空部品(真空ポンプ)1により排気する目的である場合は、オリフィスOは真空容器10の内径と同程度の単なる開口としてよく、ここでは真空部品1の特性評価のためにこの開口を小さくしている。また、真空容器10には、脱ガス、後述する活性化のために真空容器10に対して300℃以下の加熱処理を行うためのコイル状のヒーター(加熱手段)12が巻回されている。このヒーター12は常時装着されている必要はなく、他の形態のものを用いてもよい。また、この温度を計測して制御するための温度センサ等も適宜装着されているが、その記載は省略されている。
【0017】
図1において、真空容器10の圧力P
1とTMP101で排気される真空チャンバ100の圧力P
2とを比較すること等により、この真空部品(真空ポンプ)1の排気特性が実測される。
【0018】
真空容器10はNEG材料の一つであるTiで構成される。ただし、真空容器10全体がTiで構成されている必要はなく、その円筒形状の内面10Aを構成する部分が例えば非特許文献1等に記載されたNEGコーティング層よりも十分に厚く、例えば100μm以上の厚さのTiで構成されていればよい。このため、理想的な場合には。前記のNEGコーティング層と同様に、この真空容器10のみで排気能力を有する。なお、この真空容器10、真空チャンバ100には適宜真空ゲージが接続され、これに対応した各々の圧力(真空度)P1、P2が測定可能とされるが、真空ゲージの記載は図では省略されている。
【0019】
一方、この中心軸に沿った部分において、真空容器10の内面10Aよりも十分に小さな外面(電極面20A)を有し中心軸に沿った中空の円筒形状の電極20が設けられている。電極20及び真空容器10には外部から電源部30が接続される。電源部30においては、直流電源として極性の異なる2種類のうちのいずれかが接続される状態と、直流電源を介さずに直接接続される状態の計3種類が切り替えスイッチSによって切り替えられる。すなわち、真空容器10(内面10A)を接地電位として、切り替えスイッチSによって、電極20(電極面20A)が正電位、負電位、接地状態の3種類の状態が切り替えられる。なお、電極20を接地状態とする代わりに浮遊状態としてもよい。 なお、電源部30において、直流電源に代わりパルス電源等を用いてもよい。また、後述するように、電極20は真空容器10に対して脱着可能とされていてもよい。この場合、電極20が取り外された後で真空容器10は封止可能とされる。
【0020】
また、電極の表面である電極面20A(中心軸からみた電極20の外側の表面)は、NEG材料(Ti、ジルコニウム(Zr)、バナジウム(V)、ハフニウム(Hf)、ニオブ(Nb)等の第4族、第5族元素)や貴金属(パラジウム(Pd)、金(Au)、銀(Ag)、白金(Pt)等)で構成される。このためには、電極20全体がこれらの元素で構成されていてもよく、電極面20Aがこれらの元素で覆われていてもよい。これらのNEG材料や貴金属は第3の状態において真空容器10表面をコーティングするために用いられる。そのため、第1の状態および第2の状態のみを実現する場合、電極表面は通常のステンレス鋼や銅等で構成してもよい。
【0021】
また、真空容器10には、外部から不活性ガス(Ar)を導入可能なガス導入口11が設けられ、真空容器10内におけるArの圧力は、ガス導入口11付近の流量調整弁(図示省略)によって調整可能とされる。この際のArの圧力と、前記の電極20を正電位、負電位とした場合の電位の絶対値は、これによって電極面20Aと真空容器10の内面10Aとの間でDC放電が発生してスパッタリング現象が発生できる程度に設定される。
【0022】
このため、この真空部品1においては、内部にArを導入して電極面20Aを正電位としてDC放電を発生させる第1の状態、Arを導入せずに電極面20Aを接地電位(あるいは浮遊状態)とする第2の状態、内部にArを導入して電極面20Aを負電位としてDC放電を発生させる第3の状態、のいずれかを実現することができる。この真空部品1による排気は、第2の状態において行われる。すなわち、排気の際に電力の供給が必要であるイオンポンプ等、一般的な他の真空ポンプとは異なり、第2の状態においてこの真空部品1による排気の際には、電力の供給(電源)は不要である。
【0023】
前記の通り、この真空容器10は、Arが導入されず電極20に電力が供給されない状態(第2の状態)において、理想的な場合には、真空容器10の内面10AのTiのゲッター作用によって排気能力を有する。この場合、内面10Aを構成するTi層によるH2の捕獲上限値は、Ti層の厚さに応じて定まるため、前記のようにこの厚さを100μm以上とすれば、この最大捕獲分子数を非特許文献3等に記載のようなNEGコーティング層と比べて桁違いに大きくすることができる。すなわち、この真空容器10によって、高い排気能力を長期間にわたり維持することができる。
【0024】
しかしながら、Tiは容易に酸化しやすい材料であるため、一般的にはTiで構成された内面10Aの最表面にはTiの酸化物(TiO2、TiO等)が形成され、この場合にはゲッター効果が抑制される。特に、真空部品1(真空容器10)が大気開放された後の状態においては、一般的にはこのようなTi酸化物が内面10Aに形成されている。
【0025】
これに対して、この真空部品1においては、Arが導入されて前記のように電極20が正電位とされた場合(第1の状態)には、
図2における真空容器
(部材)10内の実線矢印で示されるように、DC放電によって生成されたAr(正)イオンが負側となる真空容器10の内面10Aに衝突する
(第1の工程)。このイオン衝撃によって、Ti酸化物層をスパッタエッチし、除去することができる。その後、電極20を接地状態に切り替え、残留したArをTMP101で排気して第2の状態とした後には、真空容器10の内面10Aにおいては、Ti酸化物層が除去されて清浄なTi表面が露出する。このため、真空容器10における高いゲッター効果が得られる。このことは、後述する
図5において、真空容器10の圧力P
1がTMP101で排気している真空チャンバ100の圧力P
2より1桁も低いことから明らかである。このため、前記のように高い排気能力を長期間にわたり維持することができる。この場合におけるTi酸化物層のエッチング深さは、スパッタリング時間(DC放電時間)、スパッタリング電流等によって調整することができる。
【0026】
一方、上記のようにTi酸化物層が除去された後で、Arが導入されて前記のように電極面20Aが負電位とされた場合(第3の状態)には、前記とは逆に、Ar(正)イオンは負側となる電極面20Aに衝突する(第2の工程)。このイオン衝撃によって、電極面20Aの電極材(NEG材料、貴金属)の原子がスパッタリングされて放出され、この電極材の原子はこれよりも外側の内面10Aに付着する。電極材が例えばPd等の貴金属である場合、これによって、貴金属層をTi酸化物層が除去されたTi層の上に形成することができる。これによって非特許文献2、特許文献1に記載されたように、Tiによるゲッター作用を付与しつつその機能低下を抑制することができる。この場合における貴金属層(コーティング層)の厚さも、スパッタリング時間(DC放電時間)、スパッタリング電流等によって調整することができる。
【0027】
図3は、大気中で放置された後の、Tiで形成された層(内面10AのTi層に対応)の表面の深さ方向の組成分布(Ti、酸素、炭素)をオージェ電子分光法(AES)で測定した結果である。この結果より、Tiは非常に酸化しやすい材料であるため、Tiで形成された層においては、その表面側で酸素濃度が高くTi濃度が小さくなり、その最表面に厚さが5nm以上のTi酸化物が形成されることが確認できる。Ti酸化物はTiO
2、TiO等で構成される。
【0028】
図4は、内面10Aを構成するTi層42の表面付近の構造を模式的に示す断面図であり、
図4(a)は前記のスパッタエッチが行われる前の状態、
図4(b)は上記の第1の状態(スパッタエッチ)、第3の状態(コーティング層の形成)を経た後の状態、をそれぞれ示す。ここでは、円筒形状の内面10Aの曲率半径が十分に大きいためにこの形状が平面形状であるものとして記載されている。
【0029】
図4(a)においては、
図3に示されたように、Ti層42の表面には厚さが5nm以上のTi酸化膜42Aが形成されている。これに対して、上記の真空部品1においては、第1の状態においてこのTi酸化膜42AをArイオンによってスパッタエッチすることができるため、Ti酸化膜42Aを除去、あるいは
図4(b)に示すように十分に薄くすることができ、これによってTi層42のゲッター作用を大きくすることができる。
【0030】
この場合、ゲッター作用を十分に得るためには、Ti酸化膜42Aを完全に除去することが好ましい。あるいは、残存するTi酸化膜42Aの厚さを十分に薄くする、具体的には、この厚さを1nm以下とする、もしくは表面酸素濃度が20atomic%以下となるようにすることが好ましい。
【0031】
なお、Ti酸化膜42Aを昇温により除去あるいは十分に薄くする場合には、真空容器を高温に加熱することが必要であるが、上記のスパッタエッチを行う場合には、加熱は不要である。すなわち、ゲッター作用を得るためにスパッタエッチ、加熱のいずれかのみを行なってもよい。
【0032】
このようにTi酸化膜42Aを除去あるいは十分に薄くした上で、第3の状態することにより、電極材が例えば貴金属のPdである場合、Pdで構成される貴金属層(コーティング層42B)を形成することができる。この場合における貴金属層はTi層42の表面を保護するが、Ti層42によるゲッター作用を十分に得るためには、その厚さは薄いことが好ましく、非特許文献3に記載されるように、50nm程度とすることが好ましく、貴金属層の厚さは最大でも10μm以下とされる。なお後述のNEG材料をコーティングする場合も、コーティングの剥離を回避するためにコーティング層の厚さは最大でも10μm以下(通常は1μm程度)とされる。
【0033】
なお、貴金属層を構成する材料としては、Pdと同様の効果を奏する材料として、金(Au)、銀(Ag)、白金(Pt)を用いることもできる。また、貴金属層とは作用は異なるが、Tiと同様にNEG材料となるジルコニウム(Zr)、バナジウム(V)、ハフニウム(Hf)、ニオブ(Nb)等の第4族、第5族元素を上記の貴金属の代わりに用いることもできる。この場合、特に排気対象となる分子種に応じて、その捕獲能力の高い材料でNEGコーティング層を構成する材料とすることができ、電極面20Aをこうした材料で構成すれば、
図4(b)におけるコーティング層42Bをこうした材料で構成することができる。また、Ti層42と同様に、Tiをコーティング層42Bに用いてもよい。
【0034】
このようなコーティング層42Bはその下のTi層42表面の酸化を抑制する働きをする。NEG材料のコーティング層42Bを用いた場合、O2、CO等はコーティング層42B表面のNEG材料と結合して酸化物となるといわれている。貴金属のコーティング層42Bを用いた場合、それら分子は表面に物理吸着するといわれている。いずれの場合もコーティング層42B表面が酸化物や吸着分子に覆われるとゲッター効果が低下する。NEG材料のコーティング層42B表面の酸化物は、200℃程度の加熱処理(後述する加熱工程)によりNEGコーティング層42B内に拡散し、さらに下のTi酸化膜42Aが除去されたTi層42内へ拡散する。Ti層42は前記の通り十分厚いため、Ti層42内ではそれら酸化物は飽和しにくく、繰り返しの活性化が可能となり、従来のNEGコーティングの場合におけるような使用回数(活性化によって排気特性を回復できる回数)の制限がない。貴金属のコーティング層42B表面の吸着分子は、150℃程度の加熱処理により真空中へ放出されるため、非特許文献2、特許文献1に記載されるように、繰り返しの活性化が可能である。すなわち、上記のような300℃以下の低温での加熱工程は、NEG材料、貴金属のどちらでコーティング層42Bが形成された場合でも有効である。
【0035】
コーティング層42Bはまた、下のTi層42へ水素を透過させる。NEG材料、貴金属は共に水素を拡散するといわれている。水素はそれらのコーティング層42B内に拡散し、さらにその下のTi酸化膜42Aが除去されたTi層42内へ拡散する。Ti層42は十分厚いため、Ti層42内での水素の最大捕獲分子数を非常に大きくすることが可能である。すなわち、NEG材料、貴金属のどちらでコーティング層42Bが形成された場合でも、その下の厚いTi層42による高い水素捕獲能力は維持される。このため、特許文献1、非特許文献1~4に記載されたような従来のコーティングを用いた場合のような水素捕獲能力の制限が存在しない。
【0036】
上記のTi層42が露出していた場合、大気解放によって再度Ti酸化膜42Aが形成された際に、再スパッタリングが必要となるが、NEG材料もしくは貴金属のコーティング層42Bを上記のように設けることで、上記のように300℃以下、例えば200℃程度の低温で再活性化が可能となる。コーティング層42Bの下には厚いTi層42があるため、繰り返しの再活性化によっても排気性能が劣化しない。
【0037】
この場合、第3の状態によってNEG材料もしくは貴金属のコーティング層42Bを設けた後で、電極20が真空容器10から取り外し可能とされていてもよい。この場合には、電極20が取り外された後の真空容器10のみによって排気能力が得られる。更に、この状態で排気(吸着)能力が低下した場合には、この状態で再活性化を行うことによって、排気能力を回復させることができる。
【0038】
この場合において真空チャンバ100を真空部品1(真空容器10)によって排気する真空排気方法においては、電極20が取り外されて大気開放された後に封止された真空容器10をヒーター12によって加熱することによって再活性化する加熱工程が行われる。この際の温度は、前記のように低温(300℃以下、例えば200℃程度)で十分である。この際には、
図1において真空チャンバ100側からTMP101によって真空容器10をオリフィスOを介して、もしくは他の経路から排気することができる。
【0039】
すなわち、この場合には、電極20を取り外してから加熱工程を行うことによって、真空部品1(真空容器10)による高い排気能力を得ることができる。この作業は、多数回にわたり行うことができ、その都度真空部品1(真空容器10)のゲッター効果による排気能力を復活させることができる。このように電極20が存在しない形態は、使用用途によっては特に有効である。
【0040】
あるいは、このようなコーティング層42Bを設けずにTi層42あるいは薄いTi酸化膜42Aを露出させた状態で用いる場合には、前記の第3の状態を実現させる必要はなく、この場合には電極面20Aを構成する材料としては、上記の他の材料を適宜設定することができる。
【0041】
また、上記の例では第1の状態、第3の状態において電極面20Aと内面10Aの間のDC放電によりスパッタリングを発生させるものとしたが、このスパッタリングを生じやすくするためには、周知のマグネトロンスパッタの手法を用いることもできる。この場合には、電極20、真空容器10の少なくともいずれかに複数の磁石(永久磁石)を、電極面20A、内面10Aと垂直な磁場が形成されるように配置すればよい。これによって、スパッタリング(スパッタエッチ)の効率を特に高くすることができる。
図1、2に示されたように、真空容器10、電極20の構造は単純であるため、このように磁石を配置することは容易である。
【0042】
以下に、上記の真空部品1を実際に作成し、
図1の系により測定した結果について説明する。ここでは、
図1における真空チャンバ100も真空容器10と同心の円筒形状とされ、真空チャンバ100、真空容器10の内径(内直径)はそれぞれ150mm、95mmとされ、
図1における横方向の長さは共に200mmとされ、電極20の直径は20mmとされた。真空チャンバ100の内部と真空容器10の内部はコンダクタンス0.002m
3/sのオリフィスOで連結された。真空チャンバ100は排気速度300L/sのTMP101で排気されている。真空容器10の厚さは3mmとされ、真空容器10の材料には純チタン(JIS2種)およびチタン合金(JIS60種:Ti-6Al-4V)を用い、これらにおいて同等の測定結果を得た。
図5~8に示したのはJIS60種における結果である。
【0043】
この場合において、Arを真空容器10内部に導入し、その圧力を2Paとし、電極20(正側)、真空容器10間の電位差を250Vとした場合にDC放電が発生し、この際の放電電流は250mAであった。この放電電流に対応して内面10Aに入射するArイオンの数はおよそ1018個/sであり、300eV のAr+のTiに対するスパッタ収率は0.65atoms/ion程度と報告されているため、この条件でスパッタエッチされるTi酸化物のエッチレートは1018個/s程度となる。例えば500単原子分子層(1単原子分子層における原子密度が1019atoms/m2程度で厚さ50nm程度とする)をスパッタエッチする場合においては、上記の構成の真空容器10の内面10Aを上記のエッチレートでエッチングする場合に要する時間は700s程度となる。すなわち、第1の状態を10分程度持続させることによって、Ti酸化膜を十分に除去することができる。
【0044】
図5は、この構成において、真空チャンバ100及び真空容器10の内部が大気開放された後に真空排気を行った際の真空容器100内の圧力P
1、真空チャンバ100内の圧力P
2の時間経過を測定した結果である。ここでは、第1の実施例として、Ti酸化膜のスパッタエッチのみが行われ、コーティング層は形成されていない。ここで、初期においては、真空部品1は第2の状態(Ar導入なし、通電なし)とされ、TMP101による排気は常時行われている。
【0045】
その後、開始から20時間経過後に脱ガスのためのベーキングが150℃で行われ、このために一時的にP
1、P
2が増大しているが、ベーキングの終了の後のaの時点でP
1、P
2共それぞれ略一定値となるまでに低下し、この間において常時P
1>P
2となっている。すなわち、この場合には
図1の系ではTMP101による排気が支配的であり、真空部品1による排気の効果は認められない。
【0046】
その後、開始から75時間程度で前記のようにTi酸化膜のスパッタエッチが約1時間にわたり行われた。この時点ではArの導入により一時的にP1、P2が共に増大しているが、Arの導入が停止されスパッタエッチが終了する(第2の状態とされる)と、前記と同様にP1、P2は共に低下した。その後のbの時点におけるP1、P2の値は共にaの時点よりも低く、更にP1<P2となっている。これは、この時点において真空部品1による排気の効果がTMP101による排気の効果よりも大きくなったことを意味する。すなわち、この状態での真空部品1の排気速度はTMP101の排気速度である300L/sより優位に大きくなった。
【0047】
その後、bの直後において内部にArが大気圧まで導入されてから再度排気が行われた。ここで導入されたのはArであり酸素は導入されなかったため、この際に内面10AにTi酸化膜は形成されていないと推定される。その後、Aの時点で再度ベーキングが行われ、これが終了した後には、P1、P2は共に減少し、その後のBの時点においてはP1、P2は共に十分に低下し、特にP1はbの時点よりも大きく減少し、P2の1/10以下となっている。すなわち、Arの導入によっては内面10AにはTi酸化膜42Aは形成されず、真空部品1の高い排気能力は維持される。この状態での真空部品1の排気速度はTMP101の排気速度である300L/sより1桁程度大きいといえる。
【0048】
このようにコーティング層を形成しない場合において、スパッタエッチを行わない状態では、真空容器10の内面の最表面にはTi酸化膜が形成されている。この場合において、スパッタエッチを行わずに加熱のみを行った場合の効果について調べた。ここでは、
図1とは異なる構成で、真空容器10をターボ分子ポンプで排気し、その後に真空容器10の加熱を行い、加熱時には真空容器10とターボ分子ポンプ間のバルブを閉じて真空排気を行わない状態としてからの、圧力の時間経過を調べた。この際に、比較例として真空容器をTiではなくSUSで構成した場合についても同様の測定を行った。
【0049】
図6は、ターボ分子ポンプによる排気を停止した(バルブを閉じた)状態から、圧力の時間経過を測定した結果である。ここでは、前記の加熱温度は200~400℃(比較例では300℃のみ)とされた。この結果より、Tiで構成された真空容器10が用いられた実施例においては、Tiの代わりにSUSが用いられた比較例よりも低い圧力が維持されている。この効果は、加熱温度が高いほど大きい。
【0050】
この点について調べるために、真空容器10と同様にTiで構成され表面が酸化されたサンプルの上記の加熱時における表面付近での酸素(O)の深さ方向分布がXPS(X-ray Photoelectron Spectroscopy)によって測定された。
図7は、この測定結果(Oの深さ方向分布)である。ここで、横軸の深さはSiO
2換算の深さである。この結果より、予想通りに酸素は表面に偏析しているが、上記の加熱によってこの酸素が蒸発するのではなく、加熱によって内部に拡散していることが確認できる。加熱温度が高い場合には酸素はより内部に拡散する分だけ最表面の酸素濃度が低下する。
図6において、加熱温度が最も高い(400℃)場合に最も真空度の劣化(圧力の上昇)がないことは、このように真空容器10の最表面の酸素が除去され、スパッタエッチが行われた場合により近い状態になっているためと考えられる。
【0051】
このように加熱によって酸素が表面から蒸発するのではなく内部に拡散させるという観点からも、真空容器10(Ti層)は厚いことが好ましい。すなわち、スパッタエッチを行わない場合でも、Ti層を厚くした場合には、400℃以下の加熱工程を行うことによって、真空容器10による排気効果が得られる。
【0052】
図8は、第2の実施例として、Tiのスパッタエッチとコーティング層の形成が共に行われた場合における、
図5と同様の圧力の時間経過を実測した結果である。ここで、約12Hにおいて、
図5における場合と同様にTi酸化膜のスパッタエッチ後にNEG材料(Ti,Zr、V、Hf)のコーティング層を形成した。その後、初期から約84時間経過後にベーキング(活性化)が行われた。これまでの間においてはP
1>P
2であり前記と同様に、TMP101による排気能力が真空部品1による排気能力を上回っている。
【0053】
しかしながら、ベーキングから十分に時間が経過した後の100Hには、P1<P2となり、真空部品1による排気能力がTMP101による排気能力を上回り、最終的なP1として2×10-8Paが得られた。すなわち、コーティング層を設けた場合でも高い排気能力が得られた。
【0054】
前記のように、このようにコーティング層を形成した場合においては、その下のTi層の酸化が抑制されるため、大気暴露後において、スパッタエッチ等の処理を行わない場合でも、低温での活性化(加熱工程)を行うことのみで、真空排気能力を回復させることができる。第2の実施例の構成において、このように大気暴露、加熱工程(活性化)を複数サイクル(最大13サイクルまで)繰り返した後の到達圧力を
図9に示す。ここで、
図6と同様に、SUS製の真空容器が代わりに用いられた比較例における結果(1回のみ)も、同様に示されている。この結果より、Ti製の真空容器10(コーティング層あり)が用いられた実施例の場合には、13サイクル後においても、SUS製の真空容器が用いられた比較例よりも低い圧力が得られている。すなわち、前記の通り、コーティング層を用いた場合には、大気暴露後においても、低温(300℃以下)の加熱工程のみによって、排気能力を復活させることができる。
【0055】
次に、残留ガスの組成毎の分圧の分析を四重極質量分析によって行った結果について説明する。
図10は、コーティング層を形成せず厚いTi酸化膜が残存して露出している状態のベーキング(脱ガス)後における分析結果(a)と、その後にTi酸化膜をスパッタエッチした後の一定時間経過後における分析結果(b)であり、第1の実施例による排気前後の分析結果に対応する。ここでは、特にH
2、H
2O、CO、CO
2の分子のピークが確認できるが、スパッタエッチ後(b)においては、H
2のピークは1/10、H
2O、CO、CO
2のピークは1/50以下まで、それぞれスパッタエッチ前(a)から減少している。すなわち、第1の実施例となる上記の真空部品がこれらの分子に対して特に高い排気能力をもつことが確認された。
【0056】
図11は、
図10と同様の測定を、NEG材料(Ti,Zr、V、Hf)のコーティング層を形成して行った場合に行った結果であり、第2の実施例による排気前後の分析結果に対応する。
図11(a)は、
図10(a)と同様に、コーティング層を形成せず厚いTi酸化膜が残存して露出している状態のベーキング(脱ガス)後における分析結果であり、
図11(b)は、Ti酸化膜をスパッタエッチ及びコーティング層を形成して一定時間経過後の分析結果である。この結果から、排気前と比べH
2のピークは1/70、H
2O、CO、CO
2のピークは1/90以下まで、それぞれスパッタエッチ前(a)から減少しており、第2の実施例となる上記の真空部品がこれらのガスに対する高い排気能力をもつことが確認された。
【0057】
上記のように、Ti酸化膜42Aが除去された後では、電力の供給がない状態で、この真空部品1は高い排気能力を有する。真空容器10を大気開放した場合には厚いTi酸化膜42Aが形成され、またTi酸化膜42Aを除去した場合も長時間経過すると徐々にTi酸化膜42Aが厚くなり、排気能力が低下する場合があるが、これを除去するためのスパッタエッチを行うことによって、その排気能力を回復させることができる。
【0058】
上記の真空部品1においては、Ti層42の表面に形成されたTi酸化膜42Aを除去するためにスパッタエッチが行われ、スパッタエッチの度にTi層42の膜厚は減少する。しかしながら、Ti層42を予め例えば100μm以上と厚く設定しておけば、このような膜厚の減少の割合は小さく。スパッタエッチを多数回行うことができる。あるいは、Tiで構成されたコーティング層42Bを形成することによって、スパッタエッチによって失われたTiを実質的に補填することもできる。このため、十分に多くの回数のスパッタエッチを行うことができる。また、コーティング層42Bを形成した場合でも、コーティング層42B及びその下のTi酸化膜42Aをスパッタエッチすることができる。
【0059】
なお、上記の例では、円筒形状の内面10Aと電極20が用いられ、Ti層42はこの内面10Aの全体にわたり設けられているものとした。しかしながら、真空容器の内面及び電極の形状は、これらの間で前記と同様にスパッタリングが行われる限りにおいて、適宜設定が可能である。また、Ti層が内面の全体に設けられている必要はなく、その形態に応じて電極の形態も適宜設定される。
【0060】
また、Ti層が純Tiで構成されている必要はなく、Tiによるゲッター作用が得られる限りにおいて、Tiと他の金属の合金を用いることもできる。こうした場合においても、Ti酸化膜がその表面に形成されることは同様であるため、上記の構成を用いることもできる。
【0061】
コーティング層についても同様であり、同様の効果を奏する限りにおいて、上記のような貴金属やNEG材料を単体又は合金として用いることができる。また、前記の例では真空容器10内に不活性ガスであるArが導入されることによってスパッタリングが行われたが、Tiや使用されるNEG材料、貴金属と化合物を形成しない限りにおいて、他のガスを代わりに用いることができる。
【0062】
また、上記の例においては、少なくとも一部がTi層で構成された内面を具備する真空容器と電極とが用いられた。しかしながら、上記と同様の内面を具備する真空容器が上記と同様の排気能力を有することは明らかである。すなわち、上記と同様の内面を有する真空容器を真空排気が要求される真空チャンバに連結して用いることができる。この際、この真空容器に対して電極あるいは更に電源部を設ければ、本来は真空ポンプとして設けられてはいなかった真空部品を、高い排気能力をもった真空ポンプとして用いることができる。すなわち、真空ポンプとして用いられてはいなかった既存の真空容器(真空部品)を、容易に上記の真空ポンプとして用いることができる。なお、真空容器の材料としてTiやTi合金を用いることによって真空容器自身にゲッター作用をもたせることができるため、真空容器自身がTiやTi合金で構成されていてもよい。
【0063】
また、
図1では真空チャンバ100と真空容器10は区分されているが、前記のようにTi層は真空容器の内面全体に形成されている必要はなく、この場合には真空容器におけるTi層が形成されていない部分と真空チャンバとの間の区分は明確とならない。このため、実際には真空チャンバ(排気される対象)と真空容器との間の区分は任意であり、例えば真空チャンバと真空容器とが同一であってもよい。このため、例えば真空チャンバの内面の一部や全体にTi層等が上記と同様に設けられていても、この系全体が上記の真空部品に対応すると解される。
【0064】
なお、前記のように、特にNEG材料や貴金属で構成されたコーティング層を設けた場合には、電極を取り外した真空容器単体の形態でも300℃以下(例えば200℃程度)の温度での再活性化によって、ゲッター作用による排気能力を回復させることができる。このように内部に電極を設けない形態は、電極が存在すると使用が困難である加速器のビームパイプ等において、特に有効である。また、真空排気時に電力が不要であるため、半導体装置やMEMS等のデバイス内部において排気を行うポンプとして好適に用いられる。
【符号の説明】
【0065】
1 真空部品(真空ポンプ)
10 真空容器
10A 内面
11 ガス導入口
12 ヒーター(加熱手段)
20 電極
20A 電極面
30 電源部
42 Ti層
42A Ti酸化膜
42B コーティング層
100 真空チャンバ
101 ターボ分子ポンプ(TMP)
102 ドライポンプ(DP)
O オリフィス
S 切り替えスイッチ