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  • 特許-アンテナ装置およびアンテナ校正方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-01
(45)【発行日】2024-03-11
(54)【発明の名称】アンテナ装置およびアンテナ校正方法
(51)【国際特許分類】
   H04B 7/08 20060101AFI20240304BHJP
   G01R 29/10 20060101ALI20240304BHJP
   G01R 29/26 20060101ALI20240304BHJP
   H01Q 3/26 20060101ALI20240304BHJP
   H04B 7/06 20060101ALI20240304BHJP
【FI】
H04B7/08 982
G01R29/10 A
G01R29/26 F
H01Q3/26 Z
H04B7/06 982
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020054960
(22)【出願日】2020-03-25
(65)【公開番号】P2021158451
(43)【公開日】2021-10-07
【審査請求日】2023-03-17
(73)【特許権者】
【識別番号】000004330
【氏名又は名称】日本無線株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100126561
【弁理士】
【氏名又は名称】原嶋 成時郎
(74)【代理人】
【識別番号】100141678
【弁理士】
【氏名又は名称】佐藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】工藤 俊紀
(72)【発明者】
【氏名】小▲濱▼ 巨将
【審査官】川口 貴裕
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2021/117131(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2020/0028598(US,A1)
【文献】国際公開第2017/009972(WO,A1)
【文献】特開2011-203049(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第102426300(CN,A)
【文献】特開2002ー124817(JP,A)
【文献】Zhang Lu, 他,Amplitude and phase correction of the phased array antenna by REV algorithm,2017 2nd International Conference on Image, Vision and Computing [online],2017年06月02日,pp.913-917,Internet<URL:https://ieeexplore.ieee.org/document/7984687>,Electric ISBN: 978-1-5090-6238-6
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H04B 7/02-7/12
H01Q 3/26
G01R 29/10
G01R 29/26
IEEE Xplore
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
フェーズドアレイアンテナを構成する複数の素子アンテナと、
前記複数の素子アンテナそれぞれの励振位相を制御する複数の可変移相器と、
前記複数の素子アンテナごとの前記励振位相を設定して前記複数の素子アンテナのそれぞれへと出力する制御部と、
前記素子アンテナからの放射波または複数素子の放射波の空間合成波を利用して相対値を測定する手法に従って前記複数の素子アンテナごとの相対振幅および相対位相を計算する相対値計算部と、
前記複数の素子アンテナごとの前記相対振幅および前記相対位相を補正する補正係数を前記複数の素子アンテナごとに算出する補正係数算出部と、を有し、
前記補正係数算出部が、
前記手法に従う計算に必要な情報を取得するための測定を行う観測点の座標と前記複数の素子アンテナごとの座標とを用いて、
前記観測点と前記複数の素子アンテナそれぞれとの間の距離の差に起因する複素電界の誤差を前記複数の素子アンテナごとに算出して、
前記複数の素子アンテナごとの前記複素電界の誤差を相殺する値を前記複数の素子アンテナごとの前記補正係数として出力し、
前記制御部が、
前記相対振幅の値と前記補正係数とを掛け合わせて補正後の相対振幅の値を算出するとともに、
前記相対位相の値と前記補正係数とを掛け合わせて補正後の相対位相の値を算出して、
前記複数の素子アンテナごとの前記励振位相を設定する、
ことを特徴とするアンテナ装置。
【請求項2】
前記フェーズドアレイアンテナについての遠方界距離未満の位置に設定された前記観測点における測定によって取得された前記情報が用いられて、前記手法に従って前記複数の素子アンテナごとの前記相対振幅および前記相対位相を計算する、
ことを特徴とする請求項1に記載のアンテナ装置。
【請求項3】
複数の可変移相器が、フェーズドアレイアンテナを構成する複数の素子アンテナそれぞれの励振位相を制御し、
相対値計算部が、前記素子アンテナからの放射波または複数素子の放射波の空間合成波を利用して相対値を測定する手法に従って前記複数の素子アンテナごとの相対振幅および相対位相を計算し、
補正係数算出部が、
前記手法に従う計算に必要な情報を取得するための測定を行う観測点の座標と前記複数の素子アンテナごとの座標とを用いて、
前記観測点と前記複数の素子アンテナそれぞれとの間の距離の差に起因する複素電界の誤差を前記複数の素子アンテナごとに算出して、
前記複数の素子アンテナごとの前記複素電界の誤差を相殺する値を前記複数の素子アンテナごとの補正係数として出力し、
制御部が、
前記相対振幅の値と前記補正係数とを掛け合わせて補正後の相対振幅の値を算出するとともに、
前記相対位相の値と前記補正係数とを掛け合わせて補正後の相対位相の値を算出して、
前記複数の素子アンテナごとの前記励振位相を設定して前記複数の素子アンテナのそれぞれへと出力する、
ことを特徴とするアンテナの校正方法。
【請求項4】
前記フェーズドアレイアンテナについての遠方界距離未満の位置に設定された前記観測点における測定によって取得された前記情報が用いられて、前記手法に従って前記複数の素子アンテナごとの前記相対振幅および前記相対位相を計算する、
ことを特徴とする請求項3に記載のアンテナの校正方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、アンテナ装置およびアンテナ校正方法に関し、特にアンテナの放射波を測定する手法、例えば素子電界ベクトル回転法のように複数の素子アンテナからの放射波の空間合成波を利用して相対値を測定/算定する手法を利用してフェーズドアレイアンテナを校正する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
アナログ方式のフェーズドアレイアンテナにおける、各素子から放射される電界の相対値を測定/算定する手法として素子電界ベクトル回転法(「REV法(Rotating element Electric field Vector method)」とも呼ばれる)が知られている(特許文献1参照)。素子電界ベクトル回転法によって各素子の相対的な位相値および振幅値が測定/算定できるため、主にフェーズドアレイのキャリブレーションを行う際に利用される。素子電界ベクトル回転法は、測定/算定はアレイアンテナから放射される合成電力値のみで実施することができ、測定系が簡素化できることが利点である。
【0003】
アレイアンテナの校正法として、アンテナ近傍にピックアップアンテナを設置し、素子アンテナとピックアップアンテナとの間での素子間相互結合を利用して素子電界ベクトル回転法を適用する方式がある(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特公平3-38548号公報
【文献】特許4864285号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、従来の素子電界ベクトル回転法では、アレイ全体での空間合成電力を測定する際にはアンテナの遠方界距離を満足させることがアルゴリズム上の前提である。このことは、アンテナが大型化するにつれて巨大な(別言すると、広大な)測定設備が必要となることを意味しており、アンテナの例えば初期検査施設や実機設置場所の状況などによっては遠方界距離に関する条件を満たしていない距離での測定にならざるを得ない場合も考えられる。素子電界ベクトル回転法の測定は観測点における相対値を測定する手法であるため、観測点が近距離になるにつれて測定距離が近づくほど真値との誤差が発生することが理論検討によって判明している。この誤差は各素子アンテナと観測点との間の距離の差が影響している。遠方界距離とは、一般に、前記の距離の差(正確には、前記の距離の差に起因する位相差)が一定値未満となるような距離条件を示しており、遠方界未満の距離では必然的に距離の差が大きくなる。素子電界ベクトル回転法も距離の差/位相差が大きくなるに伴って相対値の真値に対して振幅や位相の誤差が発生する、という問題がある。
【0006】
また、特許文献2の技術のようにピックアップアンテナを利用する方式では、アンテナ近傍に追加の素子を設置したりアレイアンテナ内のアンテナをピックアップ用として設計したりするなどの手間が必要とされる、という問題がある。さらに、どの素子とも結合量を保たなければならず、加えてピックアップアンテナによる放射波への影響を極力なくさなければならないなどの制約が発生し、補正を実施するために別途追加の設計が必要とされる、という問題がある。
【0007】
アレイ全体での空間合成電力を測定する別の手法として、暗室内にて巨大な反射鏡を用いて遠方界距離満たした際と同等の条件を比較的短距離で満たすことのできるコンパクトレンジでの測定が挙げられる。しかしながら、アンテナの大型化に伴い反射鏡の構成の再設計を図る必要があり、測定環境の構築に多大な金銭的・時間的なコストがかかる、という問題がある。
【0008】
そこでこの発明は、遠方界距離のような観測点の距離や被測定アンテナの正面に対する観測点の位置に関する制約を受けることなく、複数の素子アンテナからの放射波の合成波を利用して相対値を測定/算定する手法を利用してフェーズドアレイアンテナの校正を行うことが可能な、アンテナ装置およびアンテナ校正方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、請求項1に記載の発明は、フェーズドアレイアンテナを構成する複数の素子アンテナと、前記複数の素子アンテナそれぞれの励振位相を制御する複数の可変移相器と、前記複数の素子アンテナごとの前記励振位相を設定して前記複数の素子アンテナのそれぞれへと出力する制御部と、前記複数の素子アンテナからの放射波の合成波を利用して相対値を測定する手法に従って前記複数の素子アンテナごとの相対振幅および相対位相を計算する相対値計算部と、前記複数の素子アンテナごとの前記相対振幅および前記相対位相を補正する補正係数を前記複数の素子アンテナごとに算出する補正係数算出部と、を有し、前記補正係数算出部が、前記手法に従う計算に必要な情報を取得するための測定を行う観測点の座標と前記複数の素子アンテナごとの座標とを用いて、前記観測点と前記複数の素子アンテナそれぞれとの間の距離の差に起因する複素電界の誤差を前記複数の素子アンテナごとに算出して、前記複数の素子アンテナごとの前記複素電界の誤差を相殺する値を前記複数の素子アンテナごとの前記補正係数として出力し、前記制御部が、前記相対振幅の値と前記補正係数とを掛け合わせて補正後の相対振幅の値を算出するとともに、前記相対位相の値と前記補正係数とを掛け合わせて補正後の相対位相の値を算出して、前記複数の素子アンテナごとの前記励振位相を設定する、ことを特徴とするアンテナ装置である。
【0010】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載のアンテナ装置において、前記フェーズドアレイアンテナについての遠方界距離未満の位置に設定された前記観測点における測定によって取得された前記情報が用いられて、前記手法に従って前記複数の素子アンテナごとの前記相対振幅および前記相対位相を計算する、ことを特徴とする。
【0011】
また、請求項3に記載の発明は、複数の可変移相器が、フェーズドアレイアンテナを構成する複数の素子アンテナそれぞれの励振位相を制御し、相対値計算部が、前記複数の素子アンテナからの放射波の合成波を利用して相対値を測定する手法に従って前記複数の素子アンテナごとの相対振幅および相対位相を計算し、補正係数算出部が、前記手法に従う計算に必要な情報を取得するための測定を行う観測点の座標と前記複数の素子アンテナごとの座標とを用いて、前記観測点と前記複数の素子アンテナそれぞれとの間の距離の差に起因する複素電界の誤差を前記複数の素子アンテナごとに算出して、前記複数の素子アンテナごとの前記複素電界の誤差を相殺する値を前記複数の素子アンテナごとの補正係数として出力し、制御部が、前記相対振幅の値と前記補正係数とを掛け合わせて補正後の相対振幅の値を算出するとともに、前記相対位相の値と前記補正係数とを掛け合わせて補正後の相対位相の値を算出して、前記複数の素子アンテナごとの前記励振位相を設定して前記複数の素子アンテナのそれぞれへと出力する、ことを特徴とするアンテナ校正方法である。
【0012】
請求項4に記載の発明は、請求項3に記載のアンテナ校正方法において、前記フェーズドアレイアンテナについての遠方界距離未満の位置に設定された前記観測点における測定によって取得された前記情報が用いられて、前記手法に従って前記複数の素子アンテナごとの前記相対振幅および前記相対位相を計算する、ことを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
請求項1に記載の発明や請求項3に記載の発明によれば、被測定アンテナであるアレイアンテナを構成する各素子アンテナの座標値と測定アンテナの座標値とから求められる経路差の影響を補償するための補正係数を計算して、複数の素子アンテナからの放射波の合成波を利用して相対値を測定する手法(「相対値測定手法」と呼ぶ)の結果である相対振幅の値や相対位相の値に前記補正係数を反映させるようにしているので、任意の地点で測定した情報を用いて得られる相対値測定手法の結果をアンテナ正面の無限遠における理想的な値へと変換することが可能となる。すなわち、請求項1に記載の発明や請求項3に記載の発明によれば、被測定アンテナと測定アンテナとの相対座標のみから観測点の位置による影響を補正することができるので、任意の位置の測定サイトでの相対値測定手法の利用を可能とし、測定サイトに纏わる制約条件を緩和して汎用性を向上させることが可能となる。請求項1に記載の発明や請求項3に記載の発明によれば、また、ピックアップアンテナを利用する方式のようにアンテナに対する追加の設計が必要とされないため、手間を軽減するとともに費用を節減することが可能となる。
【0014】
請求項2に記載の発明や請求項4に記載の発明によれば、特に遠方界距離未満における各素子アンテナと観測点との距離の差に起因する位相差/複素電界の誤差を解消することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】この発明の実施の形態に係るアンテナ装置の概略構成を示す機能ブロック図である。
図2】素子電界ベクトル回転法の概要を説明する図である。(A)は初期合成電界ベクトルのイメージを示す図である。(B)は移相器に対する合成電界相対電力の推移を示す図である。
図3】近距離測定の場合の素子電界ベクトル回転法への影響を説明する図である。(A)は検討のための座標系を説明する図である。(B)はアレイアンテナの中心位置と比べたときの距離差を説明する図である。
図4】アンテナ放射パターンの測定例を示すグラフである。(A)は従来の素子電界ベクトル回転法の処理のみを適用した場合のグラフである。(B)はこの発明に係るアンテナ校正方法による補正を適用した場合のグラフである。
図5】アンテナ放射パターンの測定例を示すグラフである。(A)は従来の素子電界ベクトル回転法の処理のみを適用した場合のグラフである。(B)はこの発明に係るアンテナ校正方法による補正を適用した場合のグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、この発明を図示の実施の形態に基づいて説明する。なお、以下では、この発明の特徴的な構成について説明し、フェーズドアレイアンテナについて従来と同様の仕組みについては説明を簡略にしたり省略したりする。
【0017】
図1は、この発明の実施の形態に係るアンテナ装置1の概略構成を示す機能ブロック図である。このアンテナ装置1は、フェーズドアレイアンテナ11を実装して複数の素子アンテナ111のそれぞれに可変減衰器12を介して接続されている可変移相器13の移相量を制御することにより、アンテナ放射パターンを電子的に制御する装置であり、主として、フェーズドアレイアンテナ11と、可変減衰器12と、可変移相器13と、制御部14と、電力合成器15と、受信機16と、A/D変換器17と、デジタル信号処理部18と、を備える。
【0018】
アンテナ装置1は、複数の素子アンテナ111を備えるフェーズドアレイアンテナ11を有し、複数の素子アンテナ111のそれぞれと対応させて複数の可変減衰器12が設けられ、また、複数の可変減衰器12のそれぞれと対応させて複数の可変移相器13が設けられる。
【0019】
フェーズドアレイアンテナ11を構成する複数の素子アンテナ111は、各々、高周波信号を受信し、受信したアナログの高周波信号を、当該の素子アンテナ111に接続されている可変減衰器12を介して可変移相器13に対して出力する。
【0020】
複数の可変移相器13は、各々、制御部14から出力される励振位相に従って、素子アンテナ111の励振位相を制御する。可変移相器13は、具体的には、制御部14から出力される励振位相に従って、素子アンテナ111から出力されるアナログの高周波信号(即ち、受信電波)の位相を変化させる機能を備える。
【0021】
電力合成器15は、複数の可変移相器13のそれぞれによって位相が変化させられて出力されるアナログの高周波信号を合成する信号合成部としての機能を備える。電力合成器15は、合成したアナログの高周波信号を受信機16に対して出力する。
【0022】
受信機16は、電力合成器15から出力される合成後のアナログの高周波信号の入力を受け、前記高周波信号を検波する通信装置としての機能を備える。受信機16は、検波したアナログの高周波信号をA/D変換器17に対して出力する。
【0023】
A/D変換器17は、受信機16から出力される検波後のアナログの高周波信号の入力を受け、前記高周波信号をデジタル信号に変換する機能を備える。A/D変換器17は、変換したデジタルの高周波信号をデジタル信号処理部18に対して出力する。
【0024】
デジタル信号処理部18は、A/D変換器17から出力されるデジタルの高周波信号の入力を受け、指向性制御に従って前記高周波信号の復調等の信号処理を行う。
【0025】
なお、図1に示すアンテナ装置1について、図1としては受信系を示しているが、回路の機能を適宜置き換える(具体的には例えば、送信対象の信号をデジタル-アナログ変換する機能を備えるD/A変換器、送信対象の高周波信号を変調する通信装置としての機能を備える送信機、および、送信機から出力される信号を複数の可変移相器へと分配する分配回路としての機能を備える電力分配器などが用いられる)ことで送信系も同様に考えることができる。
【0026】
この発明では、複数の素子アンテナからの放射波の合成波を利用して相対値を測定/算定する手法の考え方を利用してフェーズドアレイアンテナ11の校正を行う。この実施の形態では、具体的には、素子電界ベクトル回転法の考え方を利用してフェーズドアレイアンテナ11の校正を行う。素子電界ベクトル回転法自体は周知の手法であるのでここでは詳細な説明は省略するが、基本原理の概略は下記のとおりである(参考として、例えば、真野ほか「フェイズドアレーアンテナの素子振幅位相測定法―素子電界ベクトル回転法」,信学論(B),vol.J65-B,no.5,pp.555-560,1982年)。
【0027】
素子電界ベクトル回転法は、フェーズドアレイアンテナの合成電力を測定し、前記合成電力の電力レベル変化の最大対最小比r2(言い換えると、合成電力の振幅比r2)と前記合成電力が最大値となる位相変化量-Δ0とを求め、これらr2とΔ0とから素子アンテナの振幅および位相を算出することを特徴とするアンテナ測定法である(図2参照)。
【0028】
素子電界ベクトル回転法では、下記の5つのステップにより、初期合成電界ベクトルに対する各素子アンテナからの相対振幅kn(=En/E0)と相対位相Xn(=φn-φ0)を算出する。なお、Eは電界ベクトル(特に、E0は初期合成電界)であり、φは位相である。nは、複数の素子アンテナの各々を一意に識別するための符号/識別子であり、例えば連続する自然数である。また、添字0は、合成電力のレベル変化の最大値を与えるときの値であることを表す。
【0029】
〈ステップ1〉
全素子アンテナ励振状態のまま、第n素子アンテナと接続している可変移相器の位相設定値Δを1つずつずらしながら、前記位相設定値Δのそれぞれにおける相対電力Q(下記の数式1参照)を測定する(図2(B)参照)。その後、下記の数式2に示す近似曲線のパラメータ(具体的には、A,B,およびC)を最小二乗法により推定し、相対電力Qの近似曲線を得る。
【0030】
【数1】
【0031】
(数2) Q = Acos(Δ+B)+C
【0032】
〈ステップ2〉
推定した相対電力Qの曲線から最大対最小比r2および最大値を与える位相-Δ0を抽出する(図2(B)参照)。
【0033】
〈ステップ3〉
2つのパラメータ(具体的には、r,Δ0)より、第n素子アンテナの相対振幅knと相対位相Xnを下記の数式3および数式4によって求める。なお、Qmaxは相対電力Qの最大値であり、Qminは相対電力Qの最小値である。
【0034】
【数3】
【数4】
【0035】
〈ステップ4〉
解の判別法を用いて、正しい解の組(k,X)を選択する。
【0036】
〈ステップ5〉
上記の〈ステップ1〉~〈ステップ4〉の処理を全ての素子アンテナに対して繰り返し、第n素子アンテナごとの相対振幅knと相対位相Xnとの組み合わせを計算する。
【0037】
ここで、素子電界ベクトル回転法は観測点におけるアレイ合成電界をもとに各素子アンテナの相対振幅knや相対位相Xnを求める手法であるところ、素子電界ベクトル回転法自体は「無限遠にて合成電界ベクトルが観測/測定される」ことが理想的な条件である。しかしながら、無限遠を近似して扱うための遠方界距離(言い換えると、無限遠と比較した際に位相誤差が一定値以内になるアンテナ間距離)はアレイアンテナ長の2乗に比例するため、アレイアンテナの大きさによっては遠方界距離が例えば数100mを超える場合もあり、そのような条件を満たす測定サイト・コンパクトレンジの確保が困難を極める場合がある。したがって、遠方界距離の条件を満たす測定サイトの確保が困難である場合には特に、また、遠方界距離の条件を満たすか否かに関わらず例えば手間の軽減の観点などから、近距離(この発明の説明では、「遠方界距離未満」の意味で用いる)での測定が望まれる。なお、この発明の説明では、素子電界ベクトル回転法に従う計算に必要な情報を取得するための測定を行う地点のことを「観測点」と呼ぶ。
【0038】
ここで、観測点が近距離になった際の大きな問題点は、観測点と各素子アンテナとの間の距離差εnが顕著になるという点である(図3参照;尚、図3中の点Oは、アレイアンテナのアンテナ面の中心として扱う位置に相当する素子アンテナの位置である。また、第n素子アンテナのことを「#n」と表示している。また、図3に示す素子アンテナの配置は座標が分かれば任意の配列でよい)。素子電界ベクトル回転法では無限遠での測定を前提としていることから、観測点Pと各素子アンテナとの間の距離差εnは存在しない。一方、距離差εnが存在する場合には前記距離差εnに起因する誤差を含んだ状態で相対振幅knや相対位相Xnの算出を行うため、アレイアンテナの中心位置Oと比べて距離差εnの分だけ相対振幅knが小さく、相対位相Xnが回転して見えることになる。それらを無限遠(実際には、遠方界)において観測したと想定した場合には、素子電界ベクトル回転法による補正後の状態が距離差εnの分だけ誤差としてみえることとなり、アンテナ放射パターンは想定とは異なると考えられる。距離差εnは、アレイアンテナのサイズが大きいほど、また、素子アンテナ(符号#n)-観測点P間の距離が短くなるほど、大きくなると考えられる、という問題がある。
【0039】
そこで、この発明に係るアンテナ装置やアンテナの校正方法は、特に近距離における距離の差の影響を補償するため、観測点Pの座標と各素子アンテナの座標との位置関係から距離差εnを算出し、素子電界ベクトル回転法によって計算される相対振幅knの値や相対位相Xnの値を補正するようにしている。
【0040】
具体的には、この実施の形態に係るアンテナ装置1は、フェーズドアレイアンテナ11を構成する複数の素子アンテナ111と、複数の素子アンテナ111それぞれの励振位相を制御する複数の可変移相器13と、複数の素子アンテナ111ごとの励振位相を設定して複数の素子アンテナ111のそれぞれへと出力する制御部14と、複数の素子アンテナ111からの放射波の合成波を利用して相対値を測定/算定する手法としての素子電界ベクトル回転法に従って複数の素子アンテナ111ごとの相対振幅および相対位相を計算する相対値計算部181と、複数の素子アンテナ111ごとの相対振幅および相対位相を補正する補正係数を複数の素子アンテナ111ごとに算出する補正係数算出部182と、を有し、補正係数算出部182が、素子電界ベクトル回転法に従う計算に必要な情報を取得するための測定を行う観測点の座標と複数の素子アンテナ111ごとの座標とを用いて、観測点と複数の素子アンテナ111それぞれとの間の距離の差に起因する複素電界の誤差を複数の素子アンテナ111ごとに算出して、複数の素子アンテナ111ごとの複素電界の誤差を相殺する値を複数の素子アンテナ111ごとの補正係数として出力し、制御部14が、相対振幅の値と補正係数とを掛け合わせて補正後の相対振幅の値を算出するとともに、相対位相の値と補正係数とを掛け合わせて補正後の相対位相の値を算出して、複数の素子アンテナ111ごとの励振位相を設定する、ようにしている。
【0041】
また、この実施の形態に係るアンテナの校正方法は、複数の可変移相器13が、フェーズドアレイアンテナを構成する複数の素子アンテナそれぞれの励振位相を制御し、相対値計算部181が、素子電界ベクトル回転法に従って複数の素子アンテナごとの相対振幅および相対位相を計算し、補正係数算出部182が、素子電界ベクトル回転法に従う計算に必要な情報を取得するための測定を行う観測点の座標と複数の素子アンテナごとの座標とを用いて、観測点と複数の素子アンテナそれぞれとの間の距離の差に起因する複素電界の誤差を複数の素子アンテナ111ごとに算出して、複数の素子アンテナ111ごとの複素電界の誤差を相殺する値を複数の素子アンテナ111ごとの補正係数として出力し、制御部14が、相対振幅の値と補正係数とを掛け合わせて補正後の相対振幅の値を算出するとともに、相対位相の値と補正係数とを掛け合わせて補正後の相対位相の値を算出して、複数の素子アンテナ111ごとの励振位相を設定して複数の素子アンテナ111のそれぞれへと出力する、ようにしている。
【0042】
図3(B)に示すように、各素子アンテナ(符号#n)では、観測点Pとの距離について、アレイアンテナのアンテナ面の中心として扱う位置に相当する素子アンテナ(符号O)を基準として、下記の数式5によって計算される距離差εnが発生している。
(数5) εn = |R-rn'|-|R|
【0043】
距離差εnに起因する複素電界の誤差を含む素子電界ベクトル回転法により算出される相対値に対する補正係数は、下記の数式6によって計算される。数式6に関し、k=2π/λである(λは信号(電波)の波長)。
【0044】
【数6】
【0045】
そして、素子電界ベクトル回転法によって計算される相対振幅knの値や相対位相Xnの値に対して数式6によって計算される値を乗算することにより、距離差εnによる誤差が補正されることとなる。数式6によって計算される値のことを「補正係数」と呼ぶ。
【0046】
図1に示す例では、デジタル信号処理部18が、相対値計算部181および補正係数算出部182を含む機序として構成される。
【0047】
相対値計算部181は、素子電界ベクトル回転法に従って、第n素子アンテナ111ごとの相対振幅knと相対位相Xnとの組み合わせを計算する。
【0048】
相対値計算部181には、素子電界ベクトル回転法の適用回数、言い換えると、素子電界ベクトル回転法に従って相対振幅および相対位相を計算する際に用いられる励振位相の切換え回数(別言すると、励振位相の更新回数)が規定される。そして、相対値計算部181は、設定された素子電界ベクトル回転法の適用回数に則して素子電界ベクトル回転法による計算を行い、計算の結果得られる第n素子アンテナ111ごとの相対振幅knと相対位相Xnとの組み合わせを制御部14に対して出力する。
【0049】
補正係数算出部182は、観測点Pの座標と第n素子アンテナごとの座標とを用いて、上記の数式5および数式6により、第n素子アンテナ111ごとの補正係数を算出し、制御部14に対して出力する。制御部14は、補正係数算出部182から出力される第n素子アンテナ111ごとの補正係数を保持する。なお、観測点Pの座標および第n素子アンテナごとの座標は、補正係数算出部182や例えばデジタル信号処理部18に備えられる記憶部(図示していない)に予め格納されるようにしてもよく、或いは、データファイルとして補正係数算出部182に対して与えられるようにしてもよい。
【0050】
制御部14は、相対値計算部181から出力される前記相対振幅knと相対位相Xnとの組み合わせの入力を受け、これら相対振幅knおよび相対位相Xnと第n素子アンテナ111ごとの補正係数とを用いて、第n素子アンテナ111それぞれに対する励振位相の設定(別言すると、励振位相の更新)を行う。制御部14は、具体的には、相対振幅knの値と補正係数とを掛け合わせることによって補正後の相対振幅knの値を算出するとともに、相対位相Xnの値と補正係数とを掛け合わせることによって補正後の相対位相Xnの値を算出して、励振位相を設定する。そして、制御部14は、設定した第n素子アンテナ111ごとの励振位相を、対応する第n素子アンテナ111と接続している可変移相器13に対して出力する。
【0051】
制御部14は、また、相対振幅knの値と補正係数とを掛け合わせることによって算出される補正後の相対振幅knの値を、対応する第n素子アンテナ111と接続している可変減衰器12に対して出力する。
【0052】
次に、上述のような構成のアンテナ装置1やアンテナの校正方法の作用効果を検証するための実証実験の結果について説明する。
【0053】
実証実験では、複数の素子アンテナを備えるアレイアンテナが用いられる。観測点の座標(x,y,z)を(0,0,d)とする。座標系は、x軸,y軸,およびz軸が相互に直交する3軸直交座標系とする(図3(A)参照)。
【0054】
観測点の座標のd[m](以下の説明では、「観測点距離d」と表記する)は、アレイアンテナの中心位置と観測点との間の距離であり、0.22dpと1.08dpとの2種類を設定する。なお、dpは本実証実験で用いたアンテナの遠方界距離(単位:m)を表す。したがって、観測点距離d=1.08dpの実証実験結果は遠方界距離の条件を満たす結果ということとなる。
【0055】
また、上述のような構成の(即ち、本発明に係る)アンテナ装置1やアンテナの校正方法についての実証実験に加えて、比較例として、従来の素子電界ベクトル回転法の処理のみを行った場合(即ち、図1に示す構成のうちの補正係数算出部182を有さず、相対振幅および相対位相の補正係数の算出を行わない場合)の実証実験を行う。
【0056】
実証実験の結果得られるアンテナ放射パターンを図4に示す。図4(A)は従来の素子電界ベクトル回転法の処理のみを適用した場合のグラフである。図4(B)はこの発明に係るアンテナ校正方法による補正を適用した場合のグラフである。図4および図5では、横軸は素子アンテナから放射される電波における角度方向(放射方向)であり、縦軸は最大振幅で正規化された振幅である。
【0057】
図4において、破線は観測点距離dが0.22dpの場合の結果であり、実線は観測点距離dが1.08dpの場合の結果である。観測点距離dが1.08dp の場合は実証実験にかかるアレイアンテナの遠方界距離の条件を満たすので、観測点距離dが1.08dpの場合の結果(即ち、遠方界距離の理想的なアンテナ放射パターン)と観測点距離dが0.22dpの場合の結果(即ち、近距離のアンテナ放射パターン)との間の相違の程度を検証することにより、近距離であることによる距離の差の影響を確認することができる。
【0058】
従来の素子電界ベクトル回転法の処理のみを適用した場合の図4(A)の結果と、この発明に係るアンテナ校正方法による補正を適用した場合の図4(B)の結果とを比較すると、この発明に係るアンテナ校正方法による補正が適用されることにより、従来の素子電界ベクトル回転法の処理のみを適用した場合と比べて、観測点距離d=0.22dpの場合の結果(即ち、破線)が、観測点距離d=1.08dpの場合の結果(即ち、実線)へと近づく方向に補正されていることが確認できる。
【0059】
なお、本実証実験ではアンテナ装置の移相器および減衰器はそれぞれ量子化幅を持つものを利用している。このため、図4(B)に示すように、この発明に係るアンテナ校正方法による補正を適用しても、可変素子の量子化幅未満の補正は不可能であるため、観測点距離d=0.22dp m の場合の結果が観測点距離d=1.08dp m の場合の結果と完全には一致しない。ただし、可変移相器や可変減衰器の量子化幅を十分に小さくし,他の誤差要因を取り除けたと仮定すれば、理論上では観測点距離d=0.22dp m の場合の結果は観測点距離d=1.08dp m の場合の結果と一致すると考えられる。
【0060】
続いて、アレイアンテナの中心位置の正面から0.1dpずれた位置に観測点を設け、アレイアンテナの中心位置の正面から観測点をシフトさせた場合のアンテナ装置1やアンテナの校正方法の作用効果を検証するための実証実験を行う。観測点をシフトさせた場合については、観測点距離dを0.73dpに設定する。つまり、観測点をシフトさせた場合については、観測点の座標が(0,0,0.73dp)と(0.1dp,0,0.73dp)とについて実証実験を行う。
【0061】
観測点をシフトさせた場合についても、上述のような構成の(即ち、本発明に係る)アンテナ装置1やアンテナの校正方法についての実証実験に加えて、比較例として、従来の素子電界ベクトル回転法の処理のみを行った場合(即ち、図1に示す構成のうちの補正係数算出部182を有さず、相対振幅および相対位相の補正係数の算出を行わない場合)の実証実験を行う。
【0062】
実証実験の結果得られるアンテナ放射パターンを図5に示す。図5(A)は従来の素子電界ベクトル回転法の処理のみを適用した場合のグラフである。図5(B)はこの発明に係るアンテナ校正方法による補正を適用した場合のグラフである。
【0063】
図5において、実線は観測点の座標が(0,0,0.73dp)の場合の結果であり、破線は観測点の座標が(0.1dp,0.73dp)の場合の結果である。この実証実験では、観測点の座標が(0,0,0.73dp)の場合の結果(即ち、アレイアンテナの中心位置の正面におけるアンテナ放射パターン)と観測点の座標が(0.1dp,0,0.73dp)の場合の結果(即ち、アレイアンテナの中心位置から0.1dpずれた位置の対面におけるアンテナ放射パターン)との間の相違の程度を検証することにより、アレイアンテナの中心位置からのずれによる影響を確認することができる。
【0064】
従来の素子電界ベクトル回転法の処理のみを適用した場合の図5(A)の結果と、この発明に係るアンテナ校正方法による補正を適用した場合の図5(B)の結果とを比較すると、この発明に係るアンテナ校正方法による補正が適用されることにより、従来の素子電界ベクトル回転法の処理のみを適用した場合と比べて、アレイアンテナの中心位置からずれた場合の結果(即ち、破線)が、アレイアンテナの中心正面の場合の結果(即ち、実線)へと近づく方向に補正されていることが確認できる。
【0065】
上記のような構成のアンテナ装置1やアンテナの校正方法によれば、被測定アンテナであるフェーズドアレイアンテナ11を構成する各素子アンテナ111の座標値と測定アンテナの座標値とから求められる経路差の影響を補償するための補正係数を計算して、素子電界ベクトル回転法の結果である相対振幅の値や相対位相の値に補正係数を反映させるようにしているので、任意の地点で測定した情報を用いて得られる素子電界ベクトル回転法の結果をアンテナ正面の無限遠における理想的な値へと変換することが可能となる。すなわち、上記のような構成のアンテナ装置1やアンテナの校正方法によれば、被測定アンテナと測定アンテナとの相対座標のみから観測点の位置による影響を補正することができるので、任意の位置の測定サイトでの素子電界ベクトル回転法の利用を可能とし、測定サイトに纏わる制約条件を緩和して汎用性を向上させることが可能となる。アンテナ装置1やアンテナの校正方法によれば、また、ピックアップアンテナを利用する方式のようにアンテナに対する追加の設計が必要とされないため、手間を軽減するとともに費用を節減することが可能となる。
【0066】
上記のような構成のアンテナ装置1やアンテナの校正方法によれば、特に遠方界距離未満における各素子アンテナ111と観測点との距離の差に起因する位相差/複素電界の誤差を解消することが可能となる。
【0067】
以上、この発明の実施の形態について説明したが、具体的な構成は、上記の実施の形態に限られるものではなく、この発明の要旨を逸脱しない範囲の設計の変更等があっても、この発明に含まれる。具体的には、上記の実施の形態ではこの発明が適用されるベースの構成として図1に示すアンテナ装置1を挙げたが、この発明が適用され得るアンテナ装置の構成は、図1に示すアンテナ装置1に限定されるものではなく、上記で説明したようなアンテナの校正方法が適用することができるアンテナ装置であればどのような構成でもよい。
【0068】
また、上記の実施の形態では素子電界ベクトル回転法によってフェーズドアレイアンテナにおける相対振幅knの値や相対位相Xnの値が計算されるようにしているが、相対振幅knの値や相対位相Xnの値を測定/算定する手法は、素子電界ベクトル回転法に限定されるものではなく、素子アンテナ111からの放射波または複数素子の放射波の空間合成波を利用してフェーズドアレイアンテナにおける相対振幅knの値や相対位相Xnの値を測定/算定することができる手法(言い換えると、フェーズドアレイアンテナの各素子アンテナに放射された電界の相対値を測定/算定することができる手法)であればどのような手法であってもよい。さらに言えば、素子アンテナからの放射波を利用して相対値を測定する手法でもよく、或いは複数素子の放射波の空間合成波を利用して相対値を測定する手法でもよく、すなわち、単数の素子アンテナからの放射波を利用する手法でも複数の素子アンテナからの放射波を利用する手法でもどちらでもよい。
【0069】
相対振幅knの値や相対位相Xnの値を測定/算定する手法として、具体的には例えば下記の手法が挙げられる。
ア)Multi-Element Phase-toggle method(MEP法)
素子ごとの放射波に対し位相変調を行い、そのアレイ合成電界の振幅および位相を測定することで、各素子から放射された電界の相対振幅・位相を算出する方法である。なお、上記の実施の形態で用いている素子電界ベクトル回転法と比べると、素子電界ベクトル回転法では合成電界の振幅のみを測定して放射電界の相対値を算出している点で異なる。
イ)特定素子(例えば1素子)のみ放射させ、その放射電界の振幅・位相を測定して相対値を算出する方法
各素子系統に増幅器やRFスイッチなどが含まれる場合を想定し、これらをオン/オフすることにより対象とする素子電界のみを測定する方法である(高橋「フェイズドアレーの誤差解析とキャリブレーション技術」,電子情報通信学会論文誌B,Vol.J100-B No.9,pp.748-763,一般社団法人電子情報通信学会,2017年)。
【0070】
なお、この発明に係るアンテナ装置1やアンテナの校正方法は近距離(即ち、遠方界距離未満)における各素子アンテナと観測点との距離の差に起因する位相差/複素電界の誤差の解消に特に効果があるものの、この発明に係るアンテナ装置1やアンテナの校正方法の適用範囲/適用条件が近距離に限定されるものではない。すなわち、この発明に係るアンテナ装置1やアンテナの校正方法は、近距離に設定された観測点における測定によって取得された情報が用いられて例えば素子電界ベクトル回転法のような複数の素子アンテナからの放射波の合成波を利用して相対値を測定/算定する手法に従って計算される相対振幅knや相対位相Xnの補正に有効であることに加え、遠方界距離に設定された観測点における測定によって取得された情報が用いられて例えば素子電界ベクトル回転法などに従って計算される相対振幅knや相対位相Xnの補正にも有効である。なお、遠方界距離は、無限遠として扱うためのあくまでも便宜上の距離であり、遠方界距離であっても、各素子アンテナと観測点との間の距離の差は存在するので、各素子アンテナと観測点との距離の差に起因する位相差/複素電界の誤差が存在する。
【符号の説明】
【0071】
1 アンテナ装置
11 フェーズドアレイアンテナ
111 素子アンテナ,第n素子アンテナ
12 可変減衰器
13 可変移相器
14 制御部
15 電力合成器
16 受信機
17 A/D変換器
18 デジタル信号処理部
181 相対値計算部
182 補正係数算出部
図1
図2
図3
図4
図5