(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-04
(45)【発行日】2024-03-12
(54)【発明の名称】電子デバイスのシミュレーション方法
(51)【国際特許分類】
H01L 21/336 20060101AFI20240305BHJP
H01L 29/78 20060101ALI20240305BHJP
H01L 29/00 20060101ALI20240305BHJP
【FI】
H01L29/78 301Z
H01L29/00
(21)【出願番号】P 2018214245
(22)【出願日】2018-11-15
【審査請求日】2021-11-14
(73)【特許権者】
【識別番号】715002353
【氏名又は名称】渡辺 浩志
(72)【発明者】
【氏名】佐野 伸行
(72)【発明者】
【氏名】姚 智偉
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 浩志
【審査官】岩本 勉
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-251467(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第104992020(CN,A)
【文献】特開2007-027390(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2007/0021953(US,A1)
【文献】Nobuyuki Sano,Physical Issues in Device Modeling: Length-Scale, disorder, and Phase Inerference,2017 International Conference on Simulation of Semiconductor Process and Devices,米国,IEEE,2017年09月07日,1-4,DOI:10.23919/SISPAD.2017.8085249
【文献】Nobuyuki Sano et al.,Role of long-range and short-range Coulomb potentioals in threshold characteristics under discrete dopants in sub-0.1um Si-MOSFETs,IEDM 2000,米国,IEEE,2000年02月,275-278,DOI:10.1109/IEDM.2000.904310
【文献】V. Sverdlov et al.,Curent Transport Models for Nanoscale Semiconductor Devoces,Material Science and Engineering R,NE,Elsevier,2008年,58,228-270,DOI:10.1016/j.mser.2007.11.001
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 29/78
H01L 21/336
H01L 29/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ドリフト拡散項を含む電流連続式と、半導体を含むシミュレーションサンプル内の電位分布を得るため電位分布の2階微分と電荷分布を結びつけたポアッソン方程式を連立し、
前記電荷分布は、前記半導体中で電荷を運ぶ複数の電子および複数の正孔の運動、および、前記半導体中にドープされた複数の不純物イオンの分布からなり、
前記複数の不純物イオンは、前記半導体の結晶格子構造を構成する原子、あるいは、正または負の電荷を持つイオンを、確率的に置き換え、前記半導体中で乱雑に分布し、
前記複数の不純物イオンのうちの一つの不純物イオンは、長波長近似によって連続化され、前記一つの不純物イオンの電荷は、前記一つの不純物イオンに対応する、一つの長波長不純物電荷密度となり、
前記複数の不純物イオンの分布は、前記長波長近似によって、前記複数
の不純物イオンの平均イオン濃度と等価な、連続的な不純物電荷密
度となり、
前記不純物電荷密度、前記複数の不純物イオンの各々に対応する複数の長波長不純物電荷密度の、和となり、
前記一つの長波長不純物電荷密度は、少なくとも、第一の項、および、第二の項からなり、
前記第一の項は、遮蔽効果を無視して算出した第一の電位分布から換算した第一の電荷密度成分と、前記遮蔽効果を差し引くために考慮に入れた第二の電位分布から換算した第二の電荷密度成分と、からなり、
前記第二の項は、前記半導体に接する誘電体膜の内部に、前記一つの不純物イオンに対応する、一つの鏡像電荷を配置した静電的効果を反映する、
ことを特徴とする、
デバイスシミュレーション方法。
【請求項2】
前記遮蔽効果は、遮蔽長により特徴づけられ、
前記第一の電位分布が、前記遮蔽長より長波長の電位分布の成分に対応し、
前記第二の電位分布が、前記遮蔽長より短波長の電位分布の成分に対応する、
ことを特徴とする、
請求項1記載のデバイスシミュレーション方法。
【請求項3】
前記半導体は、第一の誘電率を有し、
前記遮蔽長は、前記第一の誘電率の平方根に比例し、
温度エネルギーの平方根に比例し、
前記不純物電荷密度の平方根に逆比例し、
前記温度エネルギーは、ボルツマン定数と前記半導体の絶対温度の積で与えられる、
ことを特徴とする、
請求項
2記載のデバイスシミュレーション方法。
【請求項4】
前記第一の項は、前記遮蔽長の二乗の逆数に比例し、
前記一つの不純物イオンからの距離に逆比例し、
前記遮蔽長を特性長として指数関数的に減衰する、
ことを特徴とする、
請求項
2記載のデバイスシミュレーション方法。
【請求項5】
前記誘電体膜が第二の誘電率を有し、
前記第二の項は、前記遮蔽長の二乗の逆数に比例し、
前記一つの鏡像電荷からの距離に逆比例し、
前記遮蔽長を特性長として指数関数的に減衰し、
前記第一の誘電率に比例し、
前記第一の誘電率および前記第二の誘電率の和に逆比例する、
ことを特徴とする、
請求項
3記載のデバイスシミュレーション方法。
【請求項6】
前記長波長近似とは、前記遮蔽長により特徴づけられ、
前記遮蔽長より特性長が短い物理現象の影響を、解析式中の変数を調節することによって取り入れ、前記特性長が短い物理現象の影響を見かけ上前記解析式から取り除き、
前記遮蔽長より特性長が長い物理現象を解析式に残す、
ことを特徴とする、
請求項
2記載のデバイスシミュレーション方法。
【請求項7】
前記変数は、半導体中での、伝導電子あるいは正孔の移動度である、
ことを特徴とする、
請求項
6記載のデバイスシミュレーション方法。
【請求項8】
前記変数は、半導体中の、伝導電子、および、正孔の、有効質量である、
ことを特徴とする、
請求項
6記載のデバイスシミュレーション方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子デバイスのシミュレーション方法における不純物揺らぎの再現方法に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体チップの主要素子であるトランジスタやメモリ素子等の電子デバイスは、ムーアの法則を満たすため、デバイススケーリング則に従い年々そのサイズを縮小している。このように小さなデバイスを大量生産するリソグラフィー技術を中心とするLSI生産技術は、現在その微細化の物理的限界に近づきつつあり、電子デバイスの研究開発費は年々上昇している。その上昇を少しでも緩和するべく、電子デバイスのシミュレーション(デバイスシミュレーション)の信頼性向上は半導体産業において重要な技術課題の一つとなっている。
【0003】
集積回路を半導体表面に焼き付けるLSI産業の歴史を紐解くと、そのルーツはMOSFET等のPN接合を利用した固体増幅装置にまで遡る。以来PN接合の電気的特性を利用した電子デバイスの研究が盛んになっている。PN接合の電気的特性は、境界条件としてPN接合に印加される外部電位を与えることによってドリフト拡散モデルによって再現できる。このドリフト拡散モデルでは、電子デバイス内の電位分布を得るため電位分布の2階微分と電荷分布を結びつるポアッソン方程式、および、ドリフト拡散項を含む電流連続式を組み合わせることによって、集積化する電子デバイスの特性を簡便にシミュレーションすることが可能である。ここで、電流連続式およびドリフト拡散項は、伝導電子(あるいは単に電子)および正孔に対してそれぞれ必要となるので、前記ポアッソン方程式と併せて合計3つの方程式が連立することになる。独立変数の数も、電位(ポテンシャル)、電子濃度、正孔濃度、の3つである。
【0004】
回路上での電子デバイスの定義は、設計上の許容誤差を含む電圧の入力に対して設計上許容できる誤差の範囲内で予測可能な電流出力を得るものである。一方、ポアッソン方程式を解くことは数学的には一種の境界値問題である。したがって電子デバイスの電極に入力される電圧を境界条件としてポアッソン方程式に代入することは、設計上許容可能な誤差が無視できるものと仮定して電子デバイスへの入力を受け付けることと同意である。このポアッソン方程式を解くことによって電子デバイス内の電位分布を得ることが出来る。電子デバイス内の空間上の各点に、電子濃度および正孔濃度と共にこの電位分布を構成する電位(あるいはその微分である電界)を配置してドリフト拡散項に代入すると、与えられた移動度および拡散係数からその点における電流密度が得られる。これを電流連続式に代入して空間積分することによって前記入力電圧を印加した境界面での電流値を計算することが出来る。
【0005】
ただし、ドリフト拡散現象によって電子および正孔が時間と共に移動するので、電子デバイス内の電荷分布がアップデートされる。これはポアッソン方程式の解に影響する。このアップデートまで考慮に入れるよう、上記ポアッソン方程式およびドリフト拡散項を含む電流連続式を連立方程式として解かねばならない。これが、ドリフト拡散モデルを中心とする、電子デバイスのシミュレーション(デバイスシミュレーション)の基本的メカニズムである。
【0006】
上述のデバイススケーリング則は、この意味でのドリフト拡散モデルを仮定して導かれるものである。たとえば、電子デバイスのサイズをスケーリング因子K(>1)に応じて微細化(1/K倍)したとしても電子デバイス内の電位分布が変化しないこと(電界不変)を要請すると、電子デバイスの寸法および印加電圧を1/Kで縮小し、不純物濃度はK倍に増大することが必要である。このとき電流は1/Kで縮小し、回路遅延は1/Kで抑制され、LSIの性能は総体的に向上する。結果として電子デバイス一個(素子)辺りの消費電力は1/K^2で減少する。また、ウェーハー当たりの製造コストが不変であるとすると、単位チップ面積辺りの素子数(電子デバイス数)がK^2で増大するので素子辺りの製造コストは大幅に削減できる。こうして、デバイススケーリング則に従えば、素子辺りのコストダウン、および、性能向上とチップ辺りの消費電力の増大の抑制が同時に実現可能と予測される。
【0007】
すなわち、ドリフト拡散モデルさえ成り立っていればこれらの利得がすべて予測の範囲内で推移することになり、ビジネス上のメリットは計り知れない。しかしながら、微細化の進展に伴い現在このドリフト拡散モデルが適用限界に達しつつある。もしドリフト拡散モデルを放棄するようなことになれば、LSI産業の発展モデルは瓦解し、産業のパラダイムシフトが発生する。
【0008】
ここで、我々には二つのオプションがある。一つ目は、このパラダイムシフトを乗り越えるため、新たな技術に立脚した発展モデルを構築することである。二つ目は、ドリフト拡散モデルを前提にした電子デバイスの延命である。ただし、開発費の高騰を抑えるため、上述したように、信頼性の高いデバイスシミュレーションが必要となる。
【0009】
前者は量子輸送モデルや量子コンピューティング等に関する。本願は、後者の信頼性の高いデバイスシミュレーションに関する。ただし、計算の信頼性を高めるため余計に計算機リソースを消費するようなやり方は実用上好まれない。なぜなら、LSIチップ製品を開発する際、ターン・アラウンド・タイム(TAT)が重要視されるからである。一製品を開発するのに実行される計算回数をMとし、計算の信頼性を高めるために一回当たりの計算時間、すなわち、TATがXだけ増大するとしよう。この場合、開発に要する時間をMXだけ余計に消費することになる。このMXが大き過ぎればシミュレーションなどせずに開発を進めなければならなくなる。すなわち、計算の信頼性を高めつつもこのXを可能な限り小さくしなければ無意味なのである。
【0010】
それでは、信頼性の高いデバイスシミュレーションとはなんだろうか?それにはまず、微細化によってデバイスシミュレーションの信頼性が下がる要因について理解しておかなければならない。それは、微細化によってドリフト拡散モデルの成立条件が成り立たなくなり、デバイススケーリング則を根本から破綻させるものである。
(不純物揺らぎ)
【0011】
デバイススケーリング則を破綻させる絶対不可避の重要課題の一つが、不純物揺らぎである。ドリフト拡散モデルは流体系シミュレーションモデルの一種であり、その出力である電流は元来連続体である。この点は上述した電子デバイスの定義と合致する。一方、PN接合を作成するため半導体表面にドープされる不純物は不連続な不純物イオンの集団であり、元来連続体ではない。すなわち、不連続な実体である不純物イオンが離散的に分布している電子デバイスは、そもそもドリフト拡散モデルの仮定である連続近似と矛盾している。
【0012】
この矛盾を解くため、ドリフト拡散モデルではこの不純物イオンが連続的に分布していると仮定する。この仮定では、必然的に伝導電子や正孔などのキャリアが不純物イオンから感じる電界が平均化され、連続的なものとして再定義される。
【0013】
一般的な教科書のレベルでは、高温での拡散層作成において不純物イオンの集団は拡散方程式に従って霧の様に半導体基板中を連続的に拡散し、半導体基板を冷やした後連続的な雲のように分布する不純物イオンの拡散層が基板表面に残ると考えられている。よって、ドリフト拡散モデルでは、連続的に分布する不純物イオンと、同じく連続的に分布する電子および正孔をポアッソン方程式に代入している。
【0014】
ちなみに、ドリフト拡散モデルの「拡散」とは、拡散方程式にしたがって伝導電子や正孔などのキャリアが半導体中を拡散する現象のことである。一方、上述した不純物イオンの「拡散」は、ドープされた不純物イオンが、やはり拡散方程式にしたがって半導体中を拡散する現象のことである。どちらも同じ拡散現象であるが、前者キャリアの「拡散」は室温でも発生するのに対して後者不純物イオンの「拡散」は高温に熱した半導体中で発生する。
【0015】
発生温度の違いは、質量の大きい不純物イオンを拡散するにはより活発な結晶格子振動を必要とするためである。ここで、半導体基板はシリコンなどの単結晶であり、結晶格子振動とはその結晶格子の振動である。更に、この結晶格子振動が弾性的であることを仮定して量子化(場の量子化)したものがフォノンである。このフォノンがキャリアや不純物イオンと頻繁に乱雑に散乱することによってブラウン運動が発生する。ブラウン運動する粒子(この例ではキャリアや不純物イオンなど)はブラウン粒子と呼ばれる。ブラウン粒子の集団的運動の結果として拡散現象が発生する。一般に、温度が高くなるほどフォノン数が増大し、結晶格子振動もより活発になる。これは拡散現象を増徴する。
【0016】
拡散方程式は微分形で表現されるので、当然連続系の方程式である。こうして不純物イオンの分布は連続化され、不純物イオン濃度(あるいは不純物濃度)となり、不純物イオンの有する電荷の空間的分布も、連続な不純物電荷密度になる。キャリアである伝導電子や正孔の分布も、同じように電子濃度、あるいは、正孔濃度として扱われるようになる。濃度や密度は連続近似において定義できる。この連続近似は、以下で説明する長波長近似によりなされる。
【0017】
拡散方程式を成立させるためには、拡散するブラウン粒子の数が膨大であることが必要である。ブラウン粒子は、頻繁に乱雑にフォノン散乱を起こすことによって頻繁に乱雑に位置を変化させる。この位置の変化になんら規則性がないため特定の位置に留まることがない。したがって、無数のブラウン粒子の集団を一点に集めたとしてもこのブラウン粒子はそれぞれ乱雑に位置を変えてゆくので、時間の経過と共にその最初の一点から平均的に離れてゆく。こうして分布が広がってゆく。ブラウン粒子の数が膨大であれば、この分布を連続分布と見なすことが可能である。このように、この無数のブラウン粒子の集合的運動が拡散現象である。拡散現象を引き起こす頻繁に無数に起こるフォノン散乱は、拡散方程式で定義される拡散係数に繰り込まれ、連続化され、拡散方程式として表される。
【0018】
拡散現象の観点から言うと、連続近似に必要なのは粒子数の多さである。しかしながら、キャリア濃度(電子濃度および正孔濃度)や不純物濃度は無限大には出来ない。シリコン半導体の場合、せいぜい1立方センチメートル辺り平均して100エクサ(10の20乗)個程度である。(1エクサは百京。)1立方マイクロメートルにまで微細化すると平均して100メガ(10の8乗)個程度である。更に1立方ナノメートルにまで微細化すると平均して0.1個であり、1辺10ナノメートルの立方体で換算すると平均して100個程度である。すなわち、微細化と共に連続近似に必要な粒子数を確保するのが難しくなって行くのは自明である。統計物理学によれば、粒子数の減少による平均値からの揺らぎは粒子数の逆数の平方根にしたがって増大する。逆に粒子数が無限に大きくなると平均値からの揺らぎは消失するので、連続近似とは平均場近似のことである。逆に言えば、無数のフォノン散乱を拡散係数に繰り込んで定義した拡散方程式は、平均場近似した連続系の方程式である。
【0019】
連続近似が成り立つためのもう一つの条件が、電子デバイス中電位分布が緩やかに変化しているという長距離電位変化の描像である。この描像では、仮に不純物イオン濃度が有限であっても電位が一定量変化する体積には十分多くの不純物イオンが存在することが要請される。しかしながら、電子デバイスが微細化すると半導体の体積そのものが小さくなり、その中に存在できる不純物イオンの数も減少する。
【0020】
このように、微細化によって長距離変化の仮定(連続近似、あるいは、平均場近似)が適用限界に達しつつある。こうして必然的に現れるのが不純物揺らぎである。これは統計性に基づくものなので、デバイススケーリング則を採用する限り取り除くことは不可能である。
(長波長近似)
【0021】
上述したように、連続近似の元となっている考え方は「半導体中電位分布が緩やかに変化している」という長距離変化の仮定である。しかしながら、半導体は結晶格子構造を持っており、この結晶の格子点上には原子、あるいは、正または負の電荷を持つイオンが配置されている。(この結晶格子点上の原子、あるいは、イオンは、不純物イオンとは異なる。)したがって、格子点上の原子から解き放たれた伝導電子も、元来格子状に分布する正イオンが発生する電位分布から影響を受けている。ただし、この電位分布は格子定数程度の距離で変化するので短距離変化する。
【0022】
長距離変化する電位も短距離変化する電位も元来同じポアッソン方程式の解である。ただし、この場合のポアッソン方程式に含まれる電荷密度は、長距離変化する不純物イオン濃度と、格子定数にしたがって規則正しく分配する(短距離変化する)正イオンの分布の両方を含んでいる。後者は、明らかにドリフト拡散モデルのポアッソン方程式とは異なる。逆に言えば、ポアッソン方程式の解である電位は、空間中の電荷分布の特性長に応じて長距離成分と短距離成分に分離することが可能である。一方、結晶格子は一般に周期的構造を持っているため、ブロッホの定理に従ってこの周期的な短距離成分のみをキャリアの質量に繰りみ有効質量とすることが出来る。ただし、有効質量の逆数は移動度に比例するので、移動度の定義にこの有効質量を使用するのであれば、これは移動度への繰り込みと見なすことも可能である。こうして長距離成分のみを残すことが可能である。
【0023】
ドリフト拡散モデルにおけるポアッソン方程式は、こうして長距離成分のみが人為的に残されたものであり、本来のポアッソン方程式とは異なる特殊なものである。この点は多くの専門家・研究者に誤解されており、この問題を難解にしている要因でもある。数学的には、ポアッソン方程式の解(電位分布)をフーリエ級数展開すると長距離変化に対応する長波長項(長波長の電位分布)と短距離変化に対応する短波長項(短波長の電位分布)に分離することが出来る。(
【文献】参照。)誤謬を避けるため、以下(ドリフト拡散モデルにおける)ポアッソン方程式を長波長ポアッソン方程式と呼ぶことにする。
【文献】佐野 伸行 [招待講演]不純物の離散化に伴った半導体デバイスモデリングの基本的側面~ランダム不純物ばらつきと自己平均化~、シリコンテクノロジーNo.202、2017.
【0024】
しかしながら、上記「質量への繰り込み」は、あくまで周期的な短距離成分に対してのみ行われる。一方、上述した拡散工程において半導体(シリコン等)基板中を拡散して来た不純物イオンが半導体の結晶格子点上に配置する原子(シリコン等)の一部にとって替わる事がある。この入れ替えは確率的に発生し、結晶格子上のどこに不純物イオンが配置されるかはまったく制御不能である。こうして、不純物イオンの拡散によって結晶格子の周期性は局所的に破壊され、伝導電子または正孔に対して乱雑に分布する局所的な散乱ポテンシャルとなる。この局所的な散乱ポテンシャルは、その出自から判るように、非周期的な短距離成分の乱れである。この非周期的な短距離成分は、散乱理論の計算によってキャリアの移動度に繰り込まれる。
【0025】
こうして移動度への繰り込みによって、周期的および非周期的短距離成分の両方とも長波長ポアッソン方程式から見かけ上取り除かれる。このように長波長近似では、不純物イオンの集団が生成する電位分布は連続的であり、この連続的な電位分布からその生成要素である不純物イオンを個々に判別することはできない。
【0026】
ここで、長波長項と短波長項を識別する方法を説明する。
【0027】
まず、連続近似をしたとしても不純物イオン濃度は定義できる。この不純物濃度の逆数の1/3乗から連続近似する前の不純物イオン間の平均距離を割り出すことが可能である。この長さを平均イオン間隔と呼ぶ。したがって電位のフーリエ展開において、波数の逆数である波長がこの平均イオン間隔より長くなることが要請される。これが長波長近似の直感的な意味である。平均イオン間隔は、不純物イオン濃度が高くなれば狭くなる。反対に低濃度になれば広くなる。
【0028】
しかしながら、以上は多体効果を無視した場合の話である。
(遮蔽効果)
【0029】
長波長近似をする以前の様子を考えよう。たとえば、一つの正イオンと6個の電子の集団があるとする。ただし、このイオンの電荷量は電子5つ分とする。したがって、引力によって5つの電子がこの正イオンを取り囲む和を構成するとき、この輪を境にして電荷が中和し、輪の外側で電界が消失したように見えることがある。この5つの電子のうち任意の二つの間には斥力が働くので、この輪が限りなく小さくなることはない。引力と斥力が釣り合いの状態にあるとき、この輪の半径が、この描像での遮蔽長に対応すると考えられる。よって、残る一個の電子がこの輪の外側にいる限り、この正イオンが存在しないかごとく振舞うことになる。無論この描像は単純化し過ぎている。シリコンにドープする不純物イオンの価数は大抵1であり、複数の電子で取り囲んで電荷を中和するわけではない。しかしながら、ある電子とある一価の正イオンの間に別の数個の電子があると、この正イオンからのクーロン引力がこの電子まで届かなくなることがある。このように、クーロン引力の作用範囲を狭める効果を遮蔽効果と呼ぶ。狭められた作用範囲の広さを決める特性長が、遮蔽長である。より現実的には、電子デバイスのチャネルの状態が反転層、空乏層、蓄積層と変化することによって遮蔽効果の働き方に影響を与えるだろうと考えられる。
【0030】
次に、複数の電子と、正の電荷を持つ複数の不純物イオン(一例として、一価)が存在する集団を考えよう。ただし、電子の数が不純物イオンの数より十分多いとする。このとき、平衡状態では不純物イオンはすべて遮蔽されるものとする。ある電子が遠方からこの不純物イオンに近づいてくるとする。この電子と不純物イオンの間の衝突係数が遮蔽長より大きい場合(長波長に相当)、この電子はあたかも不純物イオンが存在しないかのごとく振舞う。反対に、この電子と不純物イオンの間の衝突係数が遮蔽長より小さい場合(短波長に相当)、この電子と不純物イオンは短距離クーロン散乱を起こす。この短距離クーロン散乱が前述の非周期的な短距離成分に対応する。ただし、衝突係数とは、この電子が遠方で不純物イオンに向かって近づいてくるときの経路と、その経路に平衡で不純物イオンの中心点を貫く直線との間の距離である。
【0031】
ドリフト拡散モデルでは、この短距離クーロン散乱をドリフト項の係数である移動度に繰り込むことで短波長成分を方程式群から取り除いている。つまり、遮蔽長をカットオフにしてポアッソン方程式に長波長近似を適用したものがドリフト拡散モデルである。言い換えると、遮蔽長によって長波長成分(長波長項)と短波長成分(短波長項)を分離し、短波長成分を方程式群から見かけ上取り除くことになる。
【0032】
このように、長波長近似であるドリフト拡散モデルでは、伝導電子は、遮蔽された不純物イオンと散乱することなく、ソースからドレインまで緩やかに変化する電位分布の中を通り抜けてゆく。したがって、電子デバイスのサイズがどんなに小さくなったとしても、ドリフト拡散モデルを仮定している限り不連続な実体である不純物イオンの分布の揺らぎ(不純物揺らぎ)による影響をシミュレートすることは不可能である。
【0033】
ここで、n型半導体基板の表面に蓄積層が出来ているとしよう。蓄積層にはドナーイオン(不純物イオン)の集団とその数を凌駕する伝導電子の集団が存在する。このとき、不純物イオン濃度が十分に低く、平均イオン間隔が遮蔽長より長ければ遮蔽長の範囲で個々の不純物イオンが遮蔽され、遮蔽に使われずに残った電子が見かけ上自由電子のように振舞うという描像が可能だろう。これはドリフト拡散モデルと整合性がある。
【0034】
反対に、不純物イオン濃度が十分に高く、平均イオン間隔が遮蔽長より短くなるとどうなるだろうか?たとえば2倍の数の電子が二つの不純物イオンをまとめて取り囲み正電荷を中和するのだろうか?この場合の遮蔽長はどのように定義したらよいのだろうか?更に遮蔽長が極端に増大した場合どうなるであろうか?全系が完全に遮蔽され、ゼロフーリエ成分のみが残ると考えられる。ただし、このような状況が現実の電子デバイスの中で常時発生しているとは考え難い。
【0035】
一方、n型半導体基板の表面が空乏化すると、不純物イオンを取り囲む電子数が十分でなく、電子が不純物イオンの長距離クーロン成分を遮蔽する効果が抑制される。こうして漏れ出してきた長距離クーロン成分の一部が揺らぎとして現れる。似たような状況が閾電圧近傍で発現し、不純物イオンの位置の揺らぎが見えるようになってくること考えられる。これはドリフト拡散モデルとは相容れない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0036】
本発明は上記事情を鑑みて成されたものであり、ドリフト拡散モデルが長波長近似を用いているために厳密にシミュレーションすることが難しかった不純物揺らぎを比較的簡便に再現するための物理モデルを提供し、不純物揺らぎのデバイスシミュレーションの信頼性を向上することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0037】
本発明は、上記課題を解決するため、以下の手段を採用する。
【0038】
ドリフト拡散項を含む電流連続式と、半導体を含むシミュレーションサンプル内の電位分布を得るため電位分布の2階微分と電荷分布を結びつけたポアッソン方程式を連立し、
前記電荷分布は、前記半導体中で電荷を運ぶ複数の電子および複数の正孔等の運動、および、前記半導体中にドープされた複数の不純物イオンの分布からなり、
前記複数の不純物イオンは、前記半導体の結晶格子構造を構成する原子、あるいは、正または負の電荷を持つイオンを、確率的に置き換え、前記半導体中で乱雑に分布し、
前記複数の不純物イオンのうちの一つの不純物イオンは、長波長近似によって連続化され、前記一つの不純物イオンの電荷は、前記一つの不純物イオンに対応する、一つの長波長不純物電荷密度となり、
前記複数の不純物イオンの分布は、前記長波長近似によって、前記複数不純物イオンの平均イオン濃度と等価な、連続的な不純物密度となり、
前記不純物電荷密度は、前記複数の不純物イオンの各々に対応する複数の長波長不純物電荷密度の、和となり、
前記一つの長波長不純物電荷密度は、少なくとも、第一の項、および、第二の項からなり、
前記第一の項は、遮蔽効果を無視して算出した第一の電位分布から換算した第一の電荷密度成分と、前記遮蔽効果を差し引くために考慮に入れた第二の電位分布から換算した第二の電荷密度成分と、からなり、
前記第二の項は、前記半導体に接する誘電体膜の内部に、前記一つの不純物イオンに対応する、一つの鏡像電荷を配置した静電的効果を反映する、
ことを特徴とする、
デバイスシミュレーションに関する。
【0039】
前記遮蔽効果は、遮蔽長により特徴づけられ、
前記第一の電位分布が、前記遮蔽長より長波長の電位分布の成分に対応し、
前記第二の電位分布が、前記遮蔽長より短波長の電位分布の成分に対応し、
前記半導体は、第一の誘電率を有し、
前記遮蔽長は、前記第一の誘電率の平方根に比例し、
温度エネルギーの平方根に比例し、
前記不純物電荷密度の平方根に逆比例し、
前記温度エネルギーは、ボルツマン定数と前記半導体の絶対温度の積で与えられる、
ことを特徴とする、
デバイスシミュレーションに関する。
【0040】
前記第一の項は、前記遮蔽長の二乗の逆数に比例し、
前記一つの不純物イオンからの距離に逆比例し、
前記遮蔽長を特性長として指数関数的に減衰し、
前記誘電体膜が第二の誘電率を有し、
前記第二の項は、前記遮蔽長の二乗の逆数に比例し、
前記一つの鏡像電荷からの距離に逆比例し、
前記遮蔽長を特性長として指数関数的に減衰し、
前記第一の誘電率に比例し、
前記第一の誘電率および前記第二の誘電率の和に逆比例する、
ことを特徴とする、
デバイスシミュレーションに関する。
【発明の効果】
【0041】
本発明によれば、ドリフト拡散モデルを採用した流体系デバイスシミュレータにおいて、長波長近似では見落とされてしまう不純物拡散による揺らぎを効率的なシミュレーションで再現することが可能となる。
【0042】
現実の電子デバイスを考えた場合、ドリフト拡散モデルにおいて長波長項と短波長項を識別するカットオフを定義する方法は重要であるにも関らず、必ずしも自明ではない。ただし、それを遮蔽長の逆数であると仮定すると、その遮蔽長を表す式として一般に下記の3つの数式(数1~数3)が考えられる。
【0043】
【0044】
【0045】
【0046】
ただし、qは素電荷であり、温度エネルギーはボルツマン定数と絶対温度の積である。この絶対温度とは、半導体の温度(結晶温度)をケルビン単位で数値化するものであり、特に、遮蔽効果に関る伝導電子あるいは正孔等のキャリアが存在するチャンネル領域の絶対温度である。ここで、平均イオン濃度と記したのは連続近似における半導体中の不純物イオン濃度、あるいは、不純物電荷密度と同義である。誘電率は、不純物をドープしている半導体の誘電率である。これら3つの数式(数1~数3)のどれがもっともふさわしいかシミュレーションを行うことによって見極めよう。
【0047】
図1は、シミュレーションを実施するためのシミュレーションサンプルの一例を示す図である。このシミュレーションサンプルは、電子デバイスの一部または全部と考えてよい。Z軸方向に底から厚さ50ナノメートル(nm)の半導体の基板(半導体基板)、2nmの誘電体の膜(誘電膜)あるいは絶縁体の膜(絶縁膜、一例として酸化膜など)、平板のアルミニウム(Al)ゲートが並んで位置している。XY方向の面積は50ナノメートル平方である。半導体基板の不純物イオン濃度は1立方センチメートル辺り10の18乗個とする。ただし、不純物イオンはすべて連続的であると仮定している。このシミュレーションサンプルの半導体基板は、比較のため連続近似のシミュレーションを実施するためのもの連続ボディーである。
【0048】
図2は、
図1のシミュレーションサンプルの連続ボディーの中央をくり抜き、不連続な不純物イオンが分布している不純物ボディー(半導体)を挿入している。ただし、Z軸方向の基板底の2nmは全面不純物濃度1立方センチメートル辺り10の18乗個の連続ボディーとした。前記不純物ボディーのXY面内断面積は42nm平方であり、Z軸方向の高さは46nmである。その中には81個の正の一価の電荷を持つ不純物イオン(不連続)が適当に分布しており、その周辺は平均不純物濃度1立方センチメートル辺り10の18乗個の連続ボディーで囲われている。この入れ替えた不純物ボディーとその周辺の連続ボディーが半導体基板である。このシミュレーションサンプルは、上記3つの数式(数1~数3)のシミュレーションを実施するためのものである。
【0049】
上記シミュレーションとは、まず、
図1の基板底を接地し、ゲート(Al)にゲート電圧(Gate Voltage)を印加しながら、ポアッソン方程式を解く。次に、基板底を接地し、ゲート(Al)にゲート電圧(Gate Voltage)を印加しながら、
図2のサンプルの中央の不連続ボディーに数1~数3を使ってポアッソン方程式を解く。続いて、それぞれの結果から得られる半導体中の電荷をXY面内に渡ってZ軸方向に積分し容量(Capacitance)を計算することである。その結果を
図3に示す。ただし、不純物イオンに正電荷を持たせたので、PMOS型のキャパシタの特性を示している。したがって、ゲート電圧が-1.5程度あたりで急峻に立ち上がっているところから左側の領域が反転領域になる。ゲート電圧が0Vあたりの急峻に立ち上がるところから右側が蓄積領域である。その間に空乏領域が存在する。
【0050】
図2のシミュレーションでは、容量を計算する際半導体基板の全空間に渡って積分しているので、容量は空間に広がる不純物揺らぎの影響を受け難いはずである。したがって、
図2のシミュレーション結果は、正しく遮蔽長を定義できていれば
図1の連続ボディーの結果にほぼ一致するはずである。
図3によれば、蓄積領域、空乏領域、フラットバンド、反転領域の全領域に渡って数3が最も連続体(
図1のシミュレーションサンプル)の結果に近い。よって、数3によって遮蔽長を定義するのがもっともふさわしいことがわかる。このように、本願の遮蔽長は、誘電率の平方根に比例し、温度エネルギーの平方根に比例し、平均イオン濃度(不純物電荷密度)の平方根に逆比例する。
(揺らぎの発生について)
【0051】
上述のように、もっともらしい遮蔽長を定義して長波長近似を採用すれば遮蔽効果によって不純物揺らぎは現れないように思われる。しかしながら、実験によれば不純物揺らぎは閾電圧の揺らぎとして観測できる。(
【文献】参照。)
【文献】T. Tsunomura, A. Nishida, and T. Hiramoto, “Verification of Threshold Voltage Variation of Scaled Transistors with Ultralarge-Scale Device Matrix Array Test Element Group”, Japanese Journal of Applied Physics 48 (2009) 124505.
【0052】
不連続な不純物イオンの分布は、如何なる電子デバイスの製造プロセスでも制御不可能である。そのため、素子ごとに不純物イオンの分布の仕方が異なっている。もし不純物イオンの分布が閾電圧に影響するのであれば、電子デバイスの閾電圧も素子ごとにばらつくことになる。
【0053】
このような不純物揺らぎを理論的には抑える遮蔽効果は、多体問題の最も重要な効果の一つであり、長らく物理学の分野で研究され尽くされてきた。結論から言えば、遮蔽効果は、遮蔽長を特性長として指数関数的に減衰する湯川型のポテンシャルを散乱ポテンシャルとして近似することが出来る。よって、長波長電位は、次の式で表すことが出来る。
【0054】
【0055】
ただし、Qはこの不純物イオンの電荷量であり、その絶対値は素電荷と同等かその整数倍である。この整数がイオンの価数である。したがって、M価の正イオンの場合、Q = Mqとなる。M価の負イオンであればQ = -Mqである。数2および数3では、M=1とした。括弧内第一項は、むき出しのポアッソン方程式の解(電位)であり、遮蔽効果を無視して算出した電位成分である。第二項は、短距離項に対応する遮蔽効果を差し引くためのものである。ただし、ここで距離とは離散的に存在する不純物イオンの存在する位置からの距離である。また、むき出しのポアッソン方程式とは、長波長ポアッソン方程式に移行する前のポアッソン方程式、という意味である。
【0056】
こうして、長波長近似での不純物電荷密度は、次の式で表すことが出来る。
【0057】
【0058】
もともと点電荷であった不純物イオンが、長波長近似では遮蔽長を特性長とするほど空間的に広がり持って分布することになる。言い換えると、点電荷は磨り潰されて遮蔽長の範囲内に連続的に広がっている。これは、多体問題における一種の平均場描像でもある。ドリフト拡散モデルの長波長ポアッソン方程式を解くには、この長波長不純物電荷密度を使わなければならない。より具体的には、連続系で書き下された長波長ポアッソン方程式の不純物濃度をこの長波長不純物電荷密度に置き換えねばならない。
【0059】
一般に、物質に関する現象論的理論としての多体問題とは、物質中に存在するミクロで量子論的な現象が無数に多重に重なり合って古典論的には説明できない物質の巨視的な性質を説明しようというものである。磁性現象などのように、外界からなんらかの巨視的な刺激が物質に与えられたとき、その外界からの刺激を物質内部で抑制するよう、物質内部では微視的で量子論的な現象が無数に絡み合いながら応答する。これら微視的な応答の絡み合いは、物質内部での絡み合いの数が非常に多く乱雑であると仮定して、平均場近似の考え方に沿って線形化され、線形化された巨視的な応答が外界に対して発せられる。(現象論的な線形応答)
【0060】
ここで、平均場近似は、それぞれの微視的な応答が没個性的であることを前提にしている。すなわち、不純物イオンがどの結晶格子点上に存在するのかはまったく乱雑であるが、その存在位置によらずに個々の不純物イオンの性質は同じであると仮定することに等しい。
【0061】
物理学の研究のための実験系であれば、この平均場近似の条件が当てはまりやすいよう設計すればよい。しかしながら、電子デバイスは、ムーアの法則のように市場の要請によって設計されるものである。したがって、平均場(この場合は遮蔽効果)が都合よく不純物揺らぎを抑え込んでくれるよう電子デバイスを設計するのではない。これまでは、運よく、たまたま遮蔽効果が不純物揺らぎを押さえ込んでいてくれていただけなのである。その本質を捉えて定式化したものがデバイススケーリング則である。ムーアの法則の限界とは、微細化と共にこの幸運が成り立たなくなってきていることの現れなのである。
【0062】
伝導電子が半導体表面に出来たチャンネル中を透過する経路は、実は絶縁膜との界面に非常に近い。このようなチャンネル界面(チャンネルの出来た半導体表面と絶縁膜との界面)の近傍では平均場からのずれが存在する。そして、そのずれは微細化と共に顕著になる。
【0063】
たとえば一例として、不純物イオンとチャネル界面の間の距離が遮蔽長より短くなれば、チャネル側で電子数が足りなくなり遮蔽が不十分になるかもしれない。あるいは、そもそも長距離クーロン成分がチャネル界面まで到達し遮蔽効果を不完全にするかもしれない。このようにチャンネル界面近傍の不純物イオンは、チャンネル界面から十分離れたところに存在する不純物イオンとは異なっており、没個性の条件を満たさない。また、ソース側に存在するか、あるいは、ドレイン側に存在するか、ということも没個性の条件を脅かすかもしれない。このように、不純物イオン自体は没個性的なのに、電子デバイスの中では面白いことに、位置によって遮蔽の程度が異なるため不純物イオンは非没個性的になるのである。
【0064】
こうして、不完全に遮蔽され位置依存性を有するようになった非没個性的な不純物イオンたちが乱雑にチャンネル内に分布している。これが、複数の電子デバイスの閾電圧を測定したとき、閾電圧の分布として観測されるのである。この分布の統計的な幅が不純物揺らぎである。
【0065】
以下、発明を実施するための最良の形態について、以下図面を用いて具体的に説明する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0066】
本願では、不純物イオンが不完全に遮蔽されることによって位置依存性を獲得することに着眼し、その物理現象を簡便な解析式で表現し、デバイスシミュレータに容易に実装できるようにするシミュレーション方法に関する。
(実施の形態)
【0067】
簡単のため、空間を一次元とする。一例として、
図4のように、
図2の不連続ボディー中央を貫くZ軸の原点に点電荷である不純物イオンが存在する場合を考える。
【0068】
この点電荷が一つだけ存在する物理系に上述した長波長近似を施すと、数5のように連続的な電荷分布に変換される。ただし、説明を簡単にするため、
図5のように遮蔽長の範囲内で一様に電荷が分布しているものとする。この電荷分布をZ軸上で空間積分すると+Qになるものとする。
【0069】
図6は、点電荷からaだけZ軸の正の方向にずれた位置に界面がある場合を表している。図中Z=aから右側に誘電率2の物質が存在し、左側に誘電率1の物質が存在する。この場合、界面(Z=a)における誘電率の変化によって電位分布に影響はあるものの、電荷分布には影響はない。
【0070】
しかしながら、上述したように、長波長近似で遮蔽長が界面までの距離(a)より長い場合、
図7のように、この電荷分布が誘電率2の物質にまで侵入してしまう。誘電率2の領域が酸化膜等の絶縁膜である場合、この領域内に電荷は分布できないことになる。この影響を考慮すると、
図8のように、電荷分布は誘電率1の領域内で上昇することになる。これは見かけ上界面で分極が発生したことを意味する。この分極は静電的効果の一つと見なすことが可能であり、不純物イオンが界面までどの程度の位置にあるかによって変化することは自明である。これが、上述した位置依存性を引き起こすことになる。ただし、積分値は相変わらず+Qである。
【0071】
この分極を簡単に再現するため、
図9のように、誘電率2の領域内に点状の鏡像電荷を置き、その静電的効果を反映させることが可能である。ただし、半径rの円柱座標を用いた。対称性から回転角は無視した。数5にこの分極成分を足し合わせたものが数6である。この数6の第二項が誘電率2の物質中に鏡像電荷を配置した分極成分に対応する項となる。この第一項は、数5に対応する。
【0072】
【0073】
ただし、2a―zは、Z軸上での鏡像電荷の位置からの距離であり、誘電率1内のzの最大値はaである。ドリフト拡散モデルの長波長ポアッソン方程式を解くには、連続系で書き下された不純物濃度をこの長波長不純物電荷密度に置き換えればよい。このように、数6の右辺括弧内の第一項は、不純物イオンからの間の距離に逆比例し、遮蔽長を特性長として指数関数的に減衰する。数6の右辺括弧内の第二項は、前記鏡像電荷からの距離に逆比例し、遮蔽長を特性長として指数関数的に減衰し、更に、誘電率1に比例し、誘電率1および誘電率2の和に逆比例する。また、長波長不純物電荷密度は遮蔽長の二乗に逆比例するので、数6右辺の括弧を解くと、前記第一項および前記第二項は、共に遮蔽長の二乗にも逆比例する。このように、不純物イオンの位置による揺らぎを長波長近似と整合性のある解析式の形で表現することは、シミュレーション時間の増大を抑制しつつ、ドリフト拡散モデルを仮定したデバイスシミュレーターで不純物揺らぎをシミュレートするのに便利な手法である。
【0074】
図1、および、
図2に照らし合わせると、誘電率2の領域は酸化膜に対応している。シリコン酸化膜であれば誘電率2は真空誘電率の3.9倍である。高誘電体膜の場合それより更に高い値をとる。近年では真空誘電率の25-30倍程度が一般的である。誘電率1の領域は半導体領域である。従って、半導体がシリコンであれば誘電率は真空誘電率の11.7倍である。この場合電子デバイスの電気特性に特に影響があるのは誘電率1(半導体)内の電位分布である。
【0075】
数4を用いて長波長不純物電荷密度を計算すると、数6の右辺の括弧内の第一項のみが導かれる。これは没個性的である。したがって、鏡像電荷に対応する第二項を追加することによって、不純物イオンの位置依存性が半導体領域内の電位分布に現れることになる。逆に言えば、この第二項がなければ、数5と同様になり、不純物揺らぎをシミュレートすることが出来ないのである。
【0076】
図10の右側は、
図2のZ=48nmの断面における不純物イオン分布(不連続)である。遮蔽長を数3で定義し、不連続ボディー内に分布させた各不純物イオンに数5を適用し、それぞれ長波長不純物電荷密度を計算する。その計算結果を足し合わせると、この不純物イオン分布(不連続)は、
図10の左側のように変換される。
【0077】
図11の右側は、
図2のZ=48nmの断面における不純物イオン分布(不連続)であり、
図10の右側と同じである。遮蔽長を数3で定義し、不連続ボディー内に分布させた各不純物イオンに数6を適用し、それぞれ長波長不純物電荷密度を計算する。その計算結果を足し合わせると、この不純物イオン分布(不連続)は、
図11の左側のように変換される。
【0078】
すなわち、
図10の左(鏡像電荷無し)と
図11の左(鏡像電荷有り)を比較すると、この第二項の効果が現れる。
【0079】
図12は、10通りの異なる不純物イオン分布(不連続)を持つ
図2に相当するサンプルから数3の遮蔽長および数6の鏡像電荷を用いて計算した長波長不純物電荷密度での容量―電圧(CV)特性である。容量の計算は、Z軸方向に積分することによって不純物イオンの位置依存性が出にくくなっているにも関らず、わずか10サンプルでもこのように揺らぎの影響が出ている。
【0080】
実際のLSIチップでは、1Gビット製品なら10億個のトランジスタが集積されている。よって、1Gビット製品の1チップ内のすべてのCVを測定して重ねてプロットすれば、
図12より更に多くの揺らぎが現れるはずである。
【0081】
図13は、100通りの異なる不連続不純物分布(不連続)を持つ
図2に相当するサンプルから数3の遮蔽長、および、数5(鏡像電荷無し)あるいは数6(鏡像電荷有り)を用いて計算した長波長不純物電荷密度でのCV特性である。白丸が鏡像電荷有りの場合であり、下向きの黒三角が鏡像電荷無しの場合である。黒丸は比較のためにプロットした
図1のサンプルに対応する連続ボディー(連続体)の場合のCV特性である。鏡像電荷の有る無しに関らず、どちらも連続体からずれている。
【0082】
図14に、鏡像電荷有る無しの連続体ボディからの容量の差の同じ100サンプルの平均をプロットした。どちらも閾電圧(-1.5V付近)で連続体ボディーからの差が最大になっている。このように、長波長近似の影響は閾電圧付近に現れやすいことが判る。
図15は、鏡像電荷有る無しにおける容量の差の同じ100サンプルの平均をプロットした。閾電圧での変位がフラットバンド(0V付近)での変位より大きいことがわかる。これは、不純物イオンの位置依存性のばらつきが閾電圧のばらつきに影響しやすいことを表しており、不純物揺らぎが閾電圧の揺らぎとして現れる理由である。こうして、本願の鏡像電荷によるモデリングが、信頼性の高いデバイスシミュレーションをするために重要であることがわかる。
【0083】
続いて、電位分布の変化量について検討しよう。
図2の連続ボディーと不連続ボディーにまたがって分布する空間上の各点の電位(電位分布)は、一般に、乱雑である。したがって、任意の二つの不純物イオン分布を比較する場合、お互い異なっていると考えられる。
図13の100サンプルでその差異を分析するため、
図10および
図11に対応するZ=48 nmの断面内で、各サンプルの電位分布と
図1の連続体ボディーの電位分布の差の中で最大のものをそのサンプルの最大電位差とする。
図16には、この100サンプルの最大電位差の平均値を、鏡像電荷有る無しで計算した結果をプロットする。やはり、鏡像電荷の有る無しに関らず閾電圧の付近で極大になり、しかも鏡像電荷の有る無しの差も閾電圧の付近で極大になっている。これも、不純物イオンの位置依存性が閾電圧のばらつきに集中することを表している。
【0084】
Z=48 nmの断面内での電位の最大値と最小値の差を電位揺らぎとし、鏡像電荷有る無しでそれぞれ計算することが出来る。それを
図13と同じ100サンプルで平均したものを
図17にプロットする。ゲート電圧―2.5Vからはじめ、序所に増大して閾電圧(―1.5V付近)に近づくにつれ急激に増大する。空乏領域にはいると徐々に減少し、フラットバンド(0V付近)に近づくと急激に減少する。鏡像電荷の有る無しの差も、同様な変化をする。これも、不純物イオンの位置依存性が閾電圧のばらつきに集中することを表している。
【0085】
以上のように、本願では、鏡像電荷を用いることにより、ドリフト拡散モデルと整合性のあるシミュレーション方法を提供できる。しかも、限られた計算機の能力でも不純物イオンの空間分布位置による揺らぎ(不純物ゆらぎ)の影響について信頼性の高い解析が可能となる。
【0086】
ここで、本願で言う電子デバイスとは、単結晶半導体(シリコン等)や化合物半導体(SiC、GaN、GaAs等)などの半導体基板を利用して製造され、増幅機能、増幅機能を利用した、あるいは、利用しないスウィッチ機能、電荷の保存量をセンスするセンス機能、整流機能、あるいは、電荷の保存機能を備えた半導体素子一般のことである。したがって、前記シミュレーションサンプルは、少なくとも半導体を含む。
【産業上の利用可能性】
【0087】
信頼性の高い、不純物揺らぎのシミュレーションを比較的安価に実現でき、ナノスケールでの電子デバイスの開発の低コスト化に寄与することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0088】
【
図1】シミュレーションサンプルの一例をを説明する図。
【
図2】シミュレーションサンプルの一例をを説明する図。
【
図3】シミュレーション結果の一例をを説明する図。
【
図5】長波長近似での点電荷の電荷密度の一例をを説明する図。
【
図7】界面のある場合における長波長近似での点電荷の電荷密度の一例をを説明する図。
【
図8】界面のある場合における長波長近似での点電荷の電荷密度の一例をを説明する図。
【
図10】長波長不純物電荷密度(鏡像電荷無し)の一例を説明する図。
【
図11】長波長不純物電荷密度(鏡像電荷有り)の一例を説明する図。
【
図12】10サンプルの長波長不純物電荷密度(鏡像電荷有り)によるCV曲線の計算結果の一例を説明する図。
【
図13】10サンプルの長波長不純物電荷密度(鏡像電荷有り)によるCV曲線の計算結果の一例を説明する図。
【
図14】ゲート容量の変位のシミュレーション結果の一例を説明する図。
【
図15】ゲート容量の変位のシミュレーション結果の一例を説明する図。
【
図16】最大電位差の平均のシミュレーション結果の一例を説明する図。
【
図17】電位揺らぎの平均のシミュレーション結果の一例を説明する図。