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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-04
(45)【発行日】2024-03-12
(54)【発明の名称】成形加工用ポリカーボネート樹脂組成物
(51)【国際特許分類】
   C08L 69/00 20060101AFI20240305BHJP
   C08G 63/12 20060101ALI20240305BHJP
【FI】
C08L69/00
C08G63/12
【請求項の数】 1
(21)【出願番号】P 2020102919
(22)【出願日】2020-06-15
(65)【公開番号】P2021195453
(43)【公開日】2021-12-27
【審査請求日】2023-01-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000004341
【氏名又は名称】日油株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104499
【弁理士】
【氏名又は名称】岸本 達人
(74)【代理人】
【識別番号】100101203
【弁理士】
【氏名又は名称】山下 昭彦
(72)【発明者】
【氏名】吉村 健司
(72)【発明者】
【氏名】森重 貴裕
(72)【発明者】
【氏名】土井 裕介
(72)【発明者】
【氏名】荻 宏行
【審査官】内田 靖恵
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-195935(JP,A)
【文献】特開昭63-086735(JP,A)
【文献】特開昭53-006350(JP,A)
【文献】特開昭63-075052(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08L69
C08L67
C08G63
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリカーボネート樹脂(A)100質量部に対し、(a)ペンタエリスリトール由来の構成成分のモル百分率Amol%が19.0~25.0mol%であり、(b)炭素数14~24の一価の直鎖飽和脂肪酸由来の構成成分のモル百分率Bmol%が55.0~80.5mol%であり、(c)アジピン酸由来の構成成分のモル百分率Cmol%が0.5~20.0mol%であるエステル化合物からなり、ゲル浸透クロマトグラフィーによる数平均分子量(Mn)が、単分散ポリスチレン換算で2000~3500の範囲にあり、酸価が5.0mgKOH/g以下、水酸基価が0.1~20.0mgKOH/gかつ融点が60~90℃である脂肪酸コンプレックスエステルワックス(B)を、0.01~3.0質量部含有することを特徴とする成形加工用ポリカーボネート樹脂組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、成形加工時の溶融流動性が高く、ガス発生が少なく、さらに白濁を生じず、且つ成形物の耐傷つき性に優れたポリカーボネート樹脂組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリカーボネート樹脂は、優れた耐衝撃特性、耐熱性、電気的特性等により、OA(オフィスオートメーション)機器分野、電気・電子機器分野、自動車分野、建築分野等の分野において幅広く利用されており、射出成形により各種成形品に成形されている。
しかし、ポリカーボネート樹脂は成形加工時の溶融流動性が悪いため、ポリカーボネート樹脂を用いて複写機、ファックス等のOA機器、電気・電子機器等の部品やハウジング等を成形する場合には、形状が複雑になることや、リブやボス等の凹凸が成形品に形成されることのために、成形品に変形を生じたり、歪みが残留して、成形品の寸法精度、強度、外観が低下する等の問題がある。そのために、成形加工時の温度を上げてポリカーボネート樹脂の粘度を下げることにより溶融流動性を上げる試みがなされているが不十分である。
更に、ポリカーボネート樹脂は、他の熱可塑性樹脂と比較して、成形物の表面が柔らかく傷がつきやすいため、一旦生じた傷がよく目立つという問題がある。
【0003】
このような中で、ポリカーボネート樹脂等の溶融流動性を向上させるために、可塑性を付与する滑剤を添加することはよく行われている。さらに、高い可塑効果を出すために、滑剤を従来より多く添加することがある。
例えば、特許文献1には、特定の脂肪酸組成を有するペンタエリスリトールテトラ脂肪酸エステルワックスを含み、かつ特定の金属(Na、Sn)元素の含有量を一定量以下であることを特徴とするポリカーボネート樹脂用滑剤が開示されている。特許文献1のエステルワックスは極性が低く、分子量も小さいことからポリカーボネート樹脂への相溶性が低くなり、溶融流動性においてまだ十分に満足できるものではない。さらに、溶融流動性を向上させる目的で特許文献1のエステルワックスの添加量を多くした場合、ポリカーボネート樹脂が白濁する恐れがある。
また、特許文献2には、芳香族ポリカーボネート樹脂、スチレン系樹脂、およびポリフェニレンエーテル系樹脂からなる群より選ばれる少なくとも1種の熱可塑性樹脂と、特定の熱分解開始温度を有し、原料である多価アルコールの炭素数が2~30、価数(水酸基数)が2~12、カルボン酸の炭素数が15~32であり、エステル化率が80%以上であるエステル化合物を含有する超臨界発泡成形用熱可塑性樹脂組成物が開示されている。また特許文献2の実施例に、アジピン酸ペンタエリスリトールステアレートであり、熱分解開始温度が318℃、酸価が10mgKOH/gであるエステル化合物が記載されているが、この特許文献2に開示されたアジピン酸ペンタエリスリトールステアレートは、特定の高い加工温度条件下では耐熱性が充分に満足できるものではなく、発生した分解物が金型に付着して金型腐食につながる。また、耐傷付き性についても不十分である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2014-084428号公報
【文献】特開2013-053271号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述したように、成形加工用ポリカーボネート樹脂には、溶融流動性の向上、耐熱性の向上、白濁の抑制、耐傷つき性の向上が求められるが、従来技術では、これらの要求に全て応えることが難しい。
本発明は、これらの問題を解消し、成形加工時に十分な溶融流動性を有し、耐熱性を向上させており、かつ、得られた成形物の白濁が抑制され、耐傷つき性が向上されている優れた成形加工用ポリカーボネート樹脂組成物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
すなわち、本発明の成形加工用ポリカーボネート樹脂組成物は、ポリカーボネート樹脂(A)100質量部に対し、(a)ペンタエリスリトール由来の構成成分のモル百分率Amol%が19.0~25.0mol%であり、(b)炭素数14~24の一価の直鎖飽和脂肪酸由来の構成成分のモル百分率Bmol%が55.0~80.5mol%であり、(c)アジピン酸由来の構成成分のモル百分率Cmol%が0.5~20.0mol%であるエステル化合物からなり、ゲル浸透クロマトグラフィーによる数平均分子量(Mn)が、単分散ポリスチレン換算で2000~3500の範囲にあり、酸価が5.0mgKOH/g以下、水酸基価が0.1~20.0mgKOH/gかつ融点が60~90℃である脂肪酸コンプレックスエステルワックス(B)を、0.01~3.0質量部含有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本発明の成形加工用ポリカーボネート樹脂組成物は、成形加工時の十分な溶融流動性を付与する効果、耐熱性を向上させる効果、得られた成形物の白濁を抑制する効果、及び、成形物の耐傷付き性を向上する効果の全てに優れている。そのため、ポリカーボネート樹脂の成形品を製造するために有用である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明の実施形態について説明する。なお、本明細書において記号「~」を用いて規定された数値範囲は「~」の両端(上限および下限)の数値を含むものとする。例えば「2~5」は2以上、5以下を表す。
【0009】
本発明の成形加工用ポリカーボネート樹脂組成物は、ポリカーボネート樹脂(A)に、(a)ペンタエリスリトール由来の構成成分、(b)炭素数14~24の一価の直鎖飽和脂肪酸由来の構成成分、及び、(c)アジピン酸由来の構成成分を特定の割合で含む脂肪酸コンプレックスエステルワックス(B)を添加したものである。
[脂肪酸コンプレックスエステルワックス(B)]
本発明で用いられる脂肪酸コンプレックスエステルワックス(B)は、アルコール成分として(a)ペンタエリスリトール由来の構成成分、第一の酸成分として(b)炭素数14~24の一価の直鎖飽和脂肪酸由来の構成成分、及び、第二の酸成分として(c)アジピン酸由来の構成成分を含むエステル化合物である。
脂肪酸コンプレックスエステルワックス(B)は、成形加工時の十分な溶融流動性を付与し、ガス発生を抑制し、且つ成形物の白濁を抑制させ、耐傷つき性を向上させることの観点から、(a)ペンタエリスリトール由来の構成成分のモル百分率Amol%が19.0~25.0mol%であり、(b)炭素数14~24の一価の直鎖飽和脂肪酸由来の構成成分のモル百分率Bmol%が55.0~80.5mol%であり、(c)アジピン酸由来の構成成分のモル百分率Cmol%が0.5~20.0mol%であって、脂肪酸コンプレックスエステルワックス(B)のゲル浸透クロマトグラフィーによる数平均分子量(Mn)が、単分散ポリスチレン換算で2000~3500の範囲にあることを特徴とする。
【0010】
アルコール成分である(a)ペンタエリスリトール由来の構成成分の原料としては、ペンタエリスリトール又はエステル合成反応においてペンタエリスリトールと同様の構成単位を与えるペンタエリスリトール誘導体を用いることができる。
ペンタエリスリトールは、ネオペンチル骨格を有するネオペンチルポリオールであるため、酸化安定性や耐熱性に優れる。その他のネオペンチルポリオールとして、ネオペンチルグリコール、トリメチロールプロパン、ジペンタエリスリトール、トリペンタエリスリトールが挙げられる。しかし、ネオペンチルグリコール、トリメチロールプロパンをアルコール成分とした場合、得られる脂肪酸コンプレックスエステルワックスの相溶性が低下し、成形加工時の溶融流動性が悪化する恐れがあり、ジペンタエリスリトール、トリペンタエリスリトールを原料とした場合、著しく粘度が上がり、脂肪酸コンプレックスエステルワックスの染出し性が低くなり、成形物の耐傷付き性が低下する恐れがある。このため、本発明で使用するネオペンチルポリオールはペンタエリスリトールが好ましい。
【0011】
第一の酸成分である(b)炭素数14~24の一価の直鎖飽和脂肪酸由来の構成成分の原料としては、炭素数14~24の一価の直鎖飽和脂肪酸又はエステル合成反応において炭素数14~24の一価の直鎖飽和脂肪酸と同様の構成単位を与える脂肪酸誘導体を用いることができる。
(b)炭素数14~24の一価の直鎖飽和脂肪酸としては、例えば、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、アラキジン酸、ベヘン酸、リグノセリン酸等が挙げられる。上記一価の直鎖飽和脂肪酸においては、好ましくはパルミチン酸、ステアリン酸、アラキジン酸、ベヘン酸であり、特に好ましくはステアリン酸、アラキジン酸、ベヘン酸である。本発明では、これらの一価の直鎖飽和カルボン酸を2種以上含有する混合カルボン酸を用いてもよい。
炭素数が14より少ない場合、得られる脂肪酸コンプレックスエステルワックスのポリカーボネート樹脂への相溶性が低下し、成形加工時の溶融流動性が悪化する恐れがあり、一方、炭素数が24よりも多い場合、著しく粘度が上がり、脂肪酸コンプレックスエステルワックスの染出し性が低くなり、成形物の耐傷付き性が低下する恐れがある。
【0012】
第二の酸成分である(c)アジピン酸由来の構成成分の原料としては、二価カルボン酸であるアジピン酸又はエステル合成反応においてアジピン酸と同様の構成単位を与えるアジピン酸誘導体を用いることができる。
二価カルボン酸として、アジピン酸より炭素数の少ないコハク酸等を用いた場合、耐熱性が著しく悪化する恐れがある。また、アジピン酸より炭素数の多いセバシン酸等を使用すると、著しく粘度が上がり、脂肪酸コンプレックスエステルワックスの染出し性が低くなり、成形物の耐傷付き性が低下する恐れがある。
【0013】
脂肪酸コンプレックスエステルワックス(B)は、(a)ペンタエリスリトール由来の構成成分のモル百分率Amol%が19.0~25.0mol%であり、(b)炭素数14~24の一価の直鎖飽和脂肪酸由来の構成成分のモル百分率Bmol%が55.0~80.5mol%であり、(c)アジピン酸由来の構成成分のモル百分率Cmol%が0.5~20.0mol%であるエステル化合物からなることを特徴とする。
各構成成分 の含有割合が上述範囲から外れる場合について説明する。(a)成分のモル百分率Amol%が上限値から外れた場合は水酸基価が高くなり耐熱性が悪くなり、(a)成分のモル百分率Amol%が下限値からはずれた場合は酸価が高くなり耐熱性が悪くなる。(b)成分のモル百分率Bmol%が上限値から外れた場合は酸価が高くなり耐熱性が悪くなり、(b)成分のモル百分率Bmol%が下限値からはずれた場合は水酸基価が高くなり耐熱性が悪くなる。また、(c)成分のモル百分率Cmol%が上限値から外れた場合は、粘度が高くなりすぎて、成形品からの染出しが悪くなり耐傷付き性が悪くなり、(C)成分のモル百分率Cmol%が下限値から外れた場合は、相溶性が下がり耐白濁性が低下し、溶融流動性も低下するおそれがある。
こうした観点からは、Amol%は19.5~24.5mol%が好ましく、20.5~22.5mol%が更に好ましい。また、Bmol%は57.0~80.0mol%が好ましく、62.5~78.5mol%が更に好ましい。また、Cmol%は1.0~19.5mol%が好ましく、2.0~15.0mol%が更に好ましい。
【0014】
上記のモル百分率Amol%、Bmol%、Cmol%は、脂肪酸コンプレックスエステルワックスをH-NMRにより分析し、各原料由来の構成成分のモル量を求めた後に、算出した値である。
以下にH-NMRの測定条件を示す。
【0015】
<測定条件>
・分析機器:H-NMR(400MHz)
・溶媒:重クロロホルム
【0016】
上記測定条件にて得られた脂肪酸コンプレックスエステルワックスのH-NMRチャートを解析することで、モル量を求めることができる。具体的には、以下の4つのピークを用いる。
・ピーク(I):3.40~3.70ppm=(A)ペンタエリスリトールの未反応のヒドロキシル基のα位の水素
・ピーク(II):4.00~4.20ppm=(A)ペンタエリスリトールの反応済みのヒドロキシル基のα位の水素{ピーク(I)とピーク(II)とを合わせて8個}
・ピーク(III):0.85~0.90ppm=(B)炭素数14~24の一価の直鎖飽和脂肪酸の末端の炭素に結合した水素(3個)
・ピーク(IV):2.25~2.35ppm=(C)アジピン酸のカルボニル基のα位の水素(4個)および(B)炭素数14~22の直鎖脂肪酸のカルボニル基のα位の水素(2個)
【0017】
上記4つのピークの積分値を以下のように計算し、各原料由来の各構成成分のモル量Amol、Bmol、Cmolとする。
Amol={ピーク(I)の積分値+ピーク(II)の積分値}/8
Bmol=ピーク(III)の積分値/3
Cmol={ピーク(IV)の積分値-(Bmol×2)}/4
【0018】
上記で得られた、モル量Amol、Bmol、Cmolからモル百分率Amol%、Bmol%、Cmol%を以下のように算出する。
Amol%=100×Amol/(Amol+Bmol+Cmol)
Bmol%=100×Bmol/(Amol+Bmol+Cmol)
Cmol%=100×Cmol/(Amol+Bmol+Cmol)
【0019】
本発明で用いられる脂肪酸コンプレックスエステルワックス(B)は、耐熱性の観点で、酸価は5.0mgKOH/g以下が好ましく、さらには4.0mgKOH/g以下が好ましく、特に好ましくは3.0mgKOH/g以下である。また、水酸基価は、耐熱性及びポリカーボネート樹脂への相溶性の観点で、0.1~20.0mgKOH/gが好ましく、さらには0.5~15.0mgKOH/gが好ましく、特に好ましくは1.0~10.0mgKOH/gである。
酸価が5.0mgKOH/gより大きい及び/または水酸基価が20.0mgKOH/gより大きい場合、耐熱性が悪くなり、ワックスの分解物が金型に付着し金型腐食につながる場合がある。また、水酸基価が0.1mgKOH/g未満である場合、ポリカーボネート樹脂への相溶性が悪くなり高い溶融流動性が得られない場合がある。
尚、酸価はJOCS(日本油化学会)2.3.1-1996に準拠して測定することができ、水酸基価はJOCS(日本油化学会)2.3.6.2-1996に準拠して測定することができる。
【0020】
脂肪酸コンプレックスエステルワックス(B)の融点は、架橋構造をとることによって極性が高くなることから、ポリカーボネート樹脂との溶融流動性、耐熱性に優れ、耐傷付き性を付与することができる。
【0021】
脂肪酸コンプレックスエステルワックス(B)の融点は、60~90℃が好ましく、さらに好ましくは65~85℃である。融点が60℃未満では、脂肪酸コンプレックスエステルワックス(B)が柔らかくなるため耐傷付き性が悪化し、90℃より高いと相溶性が下がり溶融流動性が悪化する。
【0022】
本発明で用いられる脂肪酸コンプレックスエステルワックス(B)は、窒素雰囲気条件の熱天秤により測定した5%重量減少温度で表される熱分解開始温度が330℃以上であることが好ましい
熱分解開始温度が330℃以上であることが好ましい理由としては以下のことが挙げられる。すなわち、ポリカーボネート樹脂の成形加工温度の上限は300~330℃であり、5%重量減少温度が330℃未満である場合、長時間320℃で成形加工を行った際に、加熱溶融された樹脂中において滑剤成分が分解して揮発性の分解物となり、射出成形で樹脂内に留められていた分解物が、金型に付着し金型腐食につながる場合がある。
【0023】
本発明で用いられる脂肪酸コンプレックスエステルワックス(B)は、JIS K2207に従って、温度25℃、荷重150gで測定された針入度が5以下であることが好ましく、4以下であることが特に好ましい。かかる針入度が上記範囲である場合には、成形物の耐傷付き性が向上し、成形物に高い品質を維持できる。
【0024】
本発明で用いられる脂肪酸コンプレックスエステルワックス(B)は、溶解性パラメータ値(SP値)が、9.00(cal/cm1/2以上であることが好ましい。溶解性パラメータ値(SP値)は化合物の極性を示す指標の一つであり、2つの成分のSP値の差が小さいほど相溶性が高いことを示す。
脂肪酸コンプレックスエステルワックス(B)は、脂肪酸エステルワックスと比較して極性が高いためにポリカーボネート樹脂に対する高い親和性から分散性が高くなり、流動時にポリカーボネート樹脂のパッキング性を阻害してポリカーボネート樹脂分子に一定の距離を持たせることで、流動性を向上させると考えられ、また、相溶性が高くなることにより白濁を抑制することができる。
以上のことから、脂肪酸コンプレックスエステルワックス(B)は、溶解性パラメータ値(SP値)が、9.00(cal/cm1/2以上であることが好ましく、ポリカーボネート樹脂のSP値が11.30であることを考慮すると、SP値は9.05~11.30の範囲にあることが好ましい。
【0025】
本発明において、溶解性パラメータ値(Solubility Parameter、SP値)δは、文献「Polymer Engineering and Science、14、(2)、147(1974)」に記載のFedor式、及び該文献に纏められているΔelとΔvlのデータから、下記式にて算出される。
δ=√[Σ(Δel)/Σ(Δvl)]
(ここで、Δelは、各単位官能基あたりの凝集エネルギー、Δvlは、各単位官能基あたりの分子容を示し、δの単位は、(cal/cm1/2である。)
【0026】
本発明で用いられる脂肪酸コンプレックスエステルワックス(B)の分子量は、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)により測定できる。脂肪酸コンプレックスエステルワックス(B)の分子量は、単分散ポリスチレン換算した数平均分子量として、2000~3500の範囲が好ましく、2050~3400の範囲がより好ましい。この数平均分子量の範囲であると、該脂肪酸コンプレックスエステルワックス(B)を含有するポリカーボネート樹脂組成物の溶融流動性を向上し、ガス発生や白濁を抑制し、成形品の耐傷付き性を向上することができる。
【0027】
本発明で用いられる脂肪酸コンプレックスエステルワックス(B)を製造する方法としては、例えば、アルコール成分の原料であるペンタエリスリトールと酸成分の原料である炭素数14~25の一価の直鎖飽和脂肪酸及びアジピン酸との脱水縮合反応、ペンタエリスリトールと炭素数14~25の一価の直鎖飽和脂肪酸及びアジピン酸それぞれの酸ハロゲン化物との反応、アルコール成分としてペンタエリスリトールを含む第一のエステルと、酸成分として炭素数14~25の一価の直鎖飽和脂肪酸及びアジピン酸を含む第二のエステルのエステル交換反応等を利用した製造方法が挙げられる。
反応の際には触媒を使用しても良く、かかる触媒としては酸性またはアルカリ性触媒、例えば酢酸亜鉛、チタン化合物、パラトルエンスルホン酸、メタンスルホン酸等が挙げられる。
エステル化反応が終了した後、得られた反応生成物を再結晶法、蒸留法、溶剤抽出法などにより高純度化させても良い。
【0028】
[ポリカーボネート樹脂(A)]
本発明で用いられるポリカーボネート樹脂(A)としては、芳香族ポリカーボネート樹脂、脂肪族ポリカーボネート樹脂、芳香族-脂肪族ポリカーボネート樹脂が挙げられるが、好ましくは芳香族ポリカーボネート樹脂である。
芳香族ポリカーボネート樹脂として、具体的には、芳香族ジヒドロキシ化合物をカーボネート前駆体と反応させることによって得られる熱可塑性芳香族ポリカーボネート重合体又は共重合体が用いられる。
芳香族ジヒドロキシ化合物として2価フェノールと、カーボネート前駆体としてホスゲン又は炭酸のジエステルを反応させることによって得られる芳香族ポリカーボネート樹脂が好ましい。2価フェノールとカーボネート前駆体との反応は、溶液法あるいは溶融法等があり、具体的には2価フェノールとホスゲンの反応、2価フェノールとジフェニルカーボネート等とのエステル交換反応等が挙げられる。
【0029】
2価フェノールとしては、2,2-ビス(4-ヒドロキシフェニル)プロパン〔ビスフェノールA〕、ビス(4-ヒドロキシフェニル)メタン、1,1-ビス(4-ヒドロキシフェニル)エタン、2,2-ビス(4-ヒドロキシ-3,5-ジメチルフェニル)プロパン、4,4’-ジヒドロキシジフェニル、ビス(4-ヒドロキシフェニル)シクロアルカン、ビス(4-ヒドロキシフェニル)オキシド、ビス(4-ヒドロキシフェニル)スルフィド、ビス(4-ヒドロキシフェニル)スルホン、ビス(4-ヒドロキシフェニル)スルホキシド、ビス(4-ヒドロキシフェニル)エーテル、ビス(4-ヒドロキシフェニル)ケトン等が挙げられる。この他、2価フェノールとして、ハイドロキノン、レゾルシン、カテコール等が挙げられる。特に好ましい2価フェノールは、ビス(ヒドロキシフェニル)アルカン系、特にビスフェノールAを主原料としたものである。これらの2価フェノールは、それぞれ単独でも、2種以上を混合して用いてもよい。
【0030】
また、カーボネート前駆体としては、カルボニルハライド、カルボニルエステル、ハロホルメート等が挙げられ、具体的にはホスゲン、2価フェノールのジハロホルメート、ジフェニルカーボネート、ジメチルカーボネート、ジエチルカーボネート等である。
【0031】
なお、ポリカーボネート樹脂は、分岐構造を有していてもよく、分岐剤としては、1,1,1-トリス(4-ヒドロキシフェニル)エタン、α,α’,α’’-トリス(4-ヒドロキシフェニル)-1,3,5-トリイソプロピルベンゼン、フロログリシン、トリメリット酸、イサチンビス(o-クレゾール) 等が挙げられる。
また、分子量の調節のためには、フェノール、p-t-ブチルフェノール、p-t-オクチルフェノール、p-クミルフェノール等が用いられる。
【0032】
また、ポリカーボネート樹脂として、ポリカーボネート部とポリオルガノシロキサン部を有する共重合体、あるいはこの共重合体を含有するポリカーボネート樹脂を用いることもできる。また、ポリカーボネート樹脂としては、テレフタル酸等の2官能性カルボン酸又はそのエステル形成誘導体等のエステル前駆体の存在下にポリカーボネートの重合反応を行うことによって得られるポリエステル-ポリカーボネート樹脂であってもよい。さらに、種々なポリカーボネート樹脂を適宜混合して使用することもできる。
【0033】
ポリカーボネート樹脂は、機械的強度及び成形性の点から、その粘度平均分子量が、10,000~100,000のものが好ましく、特に14,000~40,000のものが好ましい。
【0034】
[ポリカーボネート樹脂組成物]
本発明のポリカーボネート樹脂組成物は、溶融流動性及び耐白濁性の観点から、ポリカーボネート樹脂(A)100 質量部に対し、脂肪酸コンプレックスエステルワックス(B)を0.01~3.0質量部、特に0.05~3.0質量部配合するのが好ましい。
本発明のポリカーボネート樹脂組成物には、外観改善、帯電防止、耐候性改善、剛性改善等の目的で、成形加工用の熱可塑性樹脂組成物に通常用いられる他の添加剤を必要により適宜配合することができるが、その配合量は5重量%以下が好ましい。
【0035】
本発明のポリカーボネート樹脂組成物は、(A)成分及び(B)成分、更には他の添加剤を適当な割合で配合し、混練することにより得られる。このときの配合及び混練は、通常用いられている機器、例えばリボンブレンダー、ドラムタンブラー等で予備混合して、ヘンシェルミキサー、バンバリーミキサー、単軸スクリュー押出機、二軸スクリュー押出機、多軸スクリュー押出機、コニーダ等を用いる方法で行うことができる。混練の際の加熱温度は、通常240~320℃ の範囲で適宜選択される。なお、ポリカーボネート樹脂以外の含有成分は、あらかじめ、ポリカーボネート樹脂と溶融混練したマスターバッチとして添加することもできる。
また、上記溶融混練により本発明のポリカーボネート樹脂組成物を製造する際に、ポリカーボネート樹脂組成物をペレット化してもよい。
【0036】
本発明のポリカーボネート樹脂組成物を用いて、射出成形法、射出圧縮成形法、押出成形法、ブロー成形法、プレス成形法、真空成形法、発泡成形法等を行うことにより、各種の成形品を製造することができる。
好適には、本発明のポリカーボネート樹脂組成物を用いて、上記溶融混練成形法によりペレット状の成形原料を製造し、次いで、溶融流動性、耐熱性、且つ成形物の耐傷つき性、離型性が最も問題となる射出成形、射出圧縮成形に、このペレットを用いて射出成形品を製造することができる。なお、射出成形法としては、外観のヒケ防止のため、あるいは軽量化のためガス注入成形法を採用することもできる。
【0037】
本発明のポリカーボネート脂組成物は、電気・電子関連機器、精密機械関連機器、事務用機器、家庭電化製品、光学材料などの部品となる成形品の成形材料として有用である。
本発明のポリカーボネート樹脂組成物から得られる射出成形品(射出圧縮成形品を含む)としては、例えば、複写機、ファックス、テレビ、ラジオ、テープレコーダー、ビデオデッキ、パソコン、プリンター、電話機、情報端末機、冷蔵庫、電子レンジ等のOA機器、家庭電化製品、電気・電子機器のハウジングや各種部分品、カメラ等に用いる光学レンズなどがある。
【実施例
【0038】
次に、実施例及び比較例を示すことによって、本発明をさらに詳細に説明する。
1.エステルワックスの調製例
表1に、実施例及び比較例で用いたエステルワックスの組成、酸価、水酸基価、融点、針入度、SP値、数平均分子量Mn及び熱分解開始温度を示す。表1に示した各エステルワックスの調製方法は次のとおりである。
【0039】
[脂肪酸コンプレックスエステルワックスB-1の調製]
温度計、窒素導入管、攪拌羽および冷却管を取り付けた3Lの4つ口フラスコに、ペンタエリスリトールを280g(2.05mol)、アジピン酸を119.9g(0.82mol)、ステアリン酸を1955.2g(6.83mol)、パラトルエンスルホン酸を2.36g(0.01mol)加え、窒素気流下、220℃で反応させた。得られたエステル粗生成物は2215.5gであり、酸価が7.5mgKOH/gであった。
本エステル粗生成物にトルエン700gおよび2-プロパノール150gを入れ、エステル粗生成物の残存酸価の2.0倍当量に相当する量の水酸化カリウムを含む10質量%水酸化カリウム水溶液を加え、70℃で30分間攪拌した。その後、30分間静置して水層部(下層)を分離・除去した。排水のpHが中性になるまで水洗を4回繰り返した。残ったエステル層の溶剤を180℃、1kPaの減圧条件下で留去し、濾過を行い、脂肪酸コンプレックスエステルワックスB-1を2060.4g得た。脱酸に供したエステル化粗生成物に対する収率は93%であった。
【0040】
[脂肪酸コンプレックスエステルワックスB-2の調製]
温度計、窒素導入管、攪拌羽および冷却管を取り付けた3Lの4つ口フラスコに、ペンタエリスリトールを280g(2.05mol)、アジピン酸を227.9g(1.56mol)、ステアリン酸を1386.5g(4.84mol)加え、窒素気流下、220℃で反応させた。得られたエステル粗生成物は1731.4gであり、酸価が1.4mgKOH/gであった。
本エステル粗生成物にトルエン530gおよび2-プロパノール30gを入れ、エステル粗生成物の残存酸価の2.0倍当量に相当する量の水酸化カリウムを含む10質量%水酸化カリウム水溶液を加え、70℃で30分間攪拌した。その後、30分間静置して水層部(下層)を分離・除去した。排水のpHが中性になるまで水洗を4回繰り返した。残ったエステル層の溶剤を180℃、1kPaの減圧条件下で留去し、濾過を行い、脂肪酸コンプレックスエステルワックスB-2を1627.5g得た。脱酸に供したエステル化粗生成物に対する収率は94%であった。
【0041】
[脂肪酸コンプレックスエステルワックスB-3の調製]
温度計、窒素導入管、攪拌羽および冷却管を取り付けた3Lの4つ口フラスコに、ペンタエリスリトールを280g(2.05mol)、アジピン酸を48g(0.33mol)、ステアリン酸を2209.0g(7.72mol)加え、窒素気流下、220℃で反応させた。得られたエステル粗生成物は2394.5gであり、酸価が5.1mgKOH/gであった。
本エステル粗生成物にトルエン720gおよび2-プロパノール100gを入れ、エステル粗生成物の残存酸価の2.0倍当量に相当する量の水酸化カリウムを含む10質量%水酸化カリウム水溶液を加え、70℃で30分間攪拌した。その後、30分間静置して水層部(下層)を分離・除去した。排水のpHが中性になるまで水洗を4回繰り返した。残ったエステル層の溶剤を180℃、1kPaの減圧条件下で留去し、濾過を行い、脂肪酸コンプレックスエステルワックスB-3を2226.6g得た。脱酸に供したエステル化粗生成物に対する収率は93%であった。
【0042】
[脂肪酸コンプレックスエステルワックスB’-1の調製]
温度計、窒素導入管、攪拌羽および冷却管を取り付けた3Lの4つ口フラスコに、ペンタエリスリトールを280g(2.05mol)、アジピン酸を3.0g(0.02mol)、ステアリン酸を2420.5g(8.46mol)加え、窒素気流下、220℃で反応させた。得られたエステル粗生成物は2525.5gであり、酸価が7.2mgKOH/gであった。
本エステル粗生成物にトルエン750gおよび2-プロパノール150gを入れ、エステル粗生成物の残存酸価の2.0倍当量に相当する量の水酸化カリウムを含む10質量%水酸化カリウム水溶液を加え、70℃で30分間攪拌した。その後、30分間静置して水層部(下層)を分離・除去した。排水のpHが中性になるまで水洗を4回繰り返した。残ったエステル層の溶剤を180℃、1kPaの減圧条件下で留去し、濾過を行い、脂肪酸コンプレックスエステルワックスB’-1を2341.6g得た。脱酸に供したエステル化粗生成物に対する収率は93%であった。
【0043】
[脂肪酸コンプレックスエステルワックスB’-2の調製]
温度計、窒素導入管、攪拌羽および冷却管を取り付けた3Lの4つ口フラスコに、ペンタエリスリトールを280g(2.05mol)、アジピン酸を125.9g(0.88mol)、ステアリン酸を1539.7g(5.38mol)加え、窒素気流下、220℃で反応させた。得られたエステル粗生成物は1800.4gであり、酸価が2.4mgKOH/gであった。
本エステル粗生成物にトルエン540gおよび2-プロパノール60gを入れ、エステル粗生成物の残存酸価の2.0倍当量に相当する量の水酸化カリウムを含む10質量%水酸化カリウム水溶液を加え、70℃で30分間攪拌した。その後、30分間静置して水層部(下層)を分離・除去した。排水のpHが中性になるまで水洗を4回繰り返した。残ったエステル層の溶剤を180℃、1kPaの減圧条件下で留去し、濾過を行い、脂肪酸コンプレックスエステルワックスB’-2を1750.5g得た。脱酸に供したエステル化粗生成物に対する収率は97%であった。
【0044】
[脂肪酸エステルワックスB’-3]
脂肪酸エステルワックスB’-3として、ペンタエリスリトールテトラステアレート(日油株式会社製:製品名ユニスターH-476)を用いた。
【0045】
[脂肪酸コンプレックスエステルワックスB’-4]
脂肪酸コンプレックスエステルワックスB’-4として、市販品のアジピン酸ペンタエリスリトールステアレート(熱分解開始温度=318℃、酸価10mgKOH/g、水酸基価6mgKOH/g、エステル化率95%、平均重合度n=7)を用いた。
【0046】
【表1】
【0047】
2.エステルワックスの組成及び物性の測定
(1)エステルワックス中の各構成成分のモル百分率Amol%、Bmol%、Cmol%
各エステルワックスについて、H-NMR分析を下記の測定条件で実施し、得られたH-NMRチャートを解析して各原料由来の構成成分のモル量を求めた。得られたモル量に基づいて上記した計算式で、エステルワックス中の各構成成分のモル百分率Amol%、Bmol%、Cmol%を算出した。
<測定条件>
・分析機器:H-NMR(400MHz)
・溶媒:重クロロホルム
【0048】
(2)エステルワックスの酸価
JOCS(日本油化学会)2.3.1-1996に準拠し測定した。
(3)エステルワックスの水酸基価
JOCS(日本油化学会)2.3.6.2-1996に準拠し測定した。
【0049】
(4)エステルワックスの融点
示差走査熱量分析計として、株式会社日立ハイテクサイエンス社製の「DSC-7000X」を使用した。測定は、約10mgのエステルを試料ホルダーに入れ、レファレンス材料としてアルミナ10mgを用いて行い、昇温速度毎分10℃として30℃から150℃まで昇温した。なお、測定の前に、30℃から150℃までの昇温工程と150℃から30℃までの冷却工程を経たサンプルを測定試料とした。
上記DSCにより測定された吸熱ピークのトップピークの温度を、ワックスの融点とした。
【0050】
(5)エステルワックスの針入度
JIS K2235 5.4に準拠して、25℃、荷重150gにおける針入度を測定した。
【0051】
(6)エステルワックスの溶解性パラメータ値(SP値)
文献「Polymer Engineering and Science、14、(2)、147(1974)」に記載のFedor式、及び該文献に纏められているΔelとΔvlのデータから、下記式にて算出した。
δ=√[Σ(Δel)/Σ(Δvl)]
(ここで、Δelは、各単位官能基あたりの凝集エネルギー、Δvlは、各単位官能基あたりの分子容を示し、δの単位は、(cal/cm1/2である。)
【0052】
(7)エステルワックスの数平均分子量
ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)の測定装置として、東ソー社製の「HLC-8320 GPC EcoSEC」を使用した。溶離液にTHFを用い、測定温度40℃とし、標準物質にポリスチレンを用いて、エステルワックスの数平均分子量を測定した。
【0053】
(8)エステルワックスの熱分解開始温度
昇温速度毎分2℃の熱重量分析(TG/DTA)を行って測定した5%重量減少温度を、熱分解開始温度とした。
示差走査熱量分析計として、株式会社日立ハイテクサイエンス社製の「STA-7200」を使用した。測定は、約10mgのエステルワックスを試料ホルダーに入れ、レファレンス材料としてアルミナ10mgを用いて行い、流量100ml/分の窒素ガス雰囲気下30℃から600℃まで昇温した。
【0054】
3.ポリカーボネート樹脂組成物の製造
次の手順により、実施例1~3及び比較例1~4のポリカーボネート樹脂組成物を製造した。
ポリカーボネート樹脂(A)として、ポリカーボネート樹脂(A-1)[市販品のポリカーボネート樹脂:製品名ユーピロンS3000、三菱エンジニアリングプラスチックス株式会社製]、及び、脂肪酸コンプレックスエステルワックス又はその比較例相当エステルワックスとして、上記調製例で得られたエステルワックス(B-1)~(B-3)又は(B’-1)~(B’-4)を用いた。各成分を、表2に示す割合で押出機(ラボプラストミル二軸押出機、東洋精機(株)製)に供給し、280℃で溶融混練し、ペレット化した。なお、すべての実施例及び比較例において、酸化防止剤としてイルガノックス1076[BASF社製;3-(3,5-ジ-tert-ブチル-4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸ステアリル]0.2質量部及びJPM-313[城北化学工業(株)製;ジフェニルモノ(トリデシル)ホスファイト]0.1質量部をそれぞれ配合した。
得られたポリカーボネート樹脂組成物のペレットを、80℃で12時間乾燥した後、フローテスターを用いてメルトフローレート(MFR)値を測定した。さらに、ペレットを成形温度300℃で射出成形して試験片(50mm×90mm×3mmの平板)を得た。得られた試験片を用い、耐白濁性及び耐傷付き性の評価を行った。
【0055】
4.ポリカーボネート樹脂組成物の評価
(1)メルトフローレート(MFR)値
ペレット化した試料を280℃で溶融混練し、フローテスタを用いて260℃で5分予熱し、押出力20kgfの条件で、ダイ穴径1.0mmから試料が流出する際のメルトフローレート(MFR)値を測定した。メルトフローレート(MFR)値が大きいほど、溶融流動性が高いと評価することができる。
尚、エステルワックスを添加しない場合の同一条件におけるMFR値は、34.6(g/10分)であった。
【0056】
(2)耐白濁性
実施例および比較例で射出成形した試験片について、目視にて外観を評価した。試験片に白濁がなく透明であるものを良好(〇)と判定し、試験片の一部に白濁があり半透明であるものを可(△)と判定し、試験片の全体に白濁があり不透明であるものを不良(×)と判定した。
【0057】
(3)耐傷付き性
実施例および比較例で射出成形した試験片の平坦面に、マニキュアなし無垢の爪先を立てて擦り、以下の目視判定により、爪による傷付きの有無を目視にて観察した。
良好(〇):強く擦っても傷の発生が全く確認されない。
可(△):強く擦ると傷が発生することが明らかに確認できる。
不良(×):傷が発生していることが明らかに確認できている。
【0058】
5.評価結果
以上の実施例および比較例について、ポリカーボネート樹脂組成物の組成及び性能評価の結果を表2に示した。
【0059】
【表2】
【0060】
実施例1~3で用いた脂肪酸コンプレックスエステルワックス(B-1)~(B-3)は、本発明において特定された脂肪酸コンプレックスエステルワックス(B)である。
脂肪酸コンプレックスエステルワックス(B-1)~(B-3)は、熱分解開始温度330℃以上の高い耐熱性を示した(表1)。
また、実施例1~3のポリカーボネート樹脂組成物についてメルトフローレート値を測定したところ、エステルワックスを添加しないポリカーボネート樹脂のメルトフローレート値(34.6g/10分)と比べて明らかに高く、高い溶融流動性が付与されていた。
また、実施例1~3のポリカーボネート樹脂組成物について、耐白濁性の目視観察、及び、耐傷付き性のテストを行ったところ、白濁が抑制されており、かつ、耐傷付き性が向上していた。
【0061】
一方、比較例1で用いた脂肪酸コンプレックスエステルワックス(B’-1)は、(c)アジピン酸由来の構成成分の含有割合(モル百分率Cmol%)が0.2mol%であり、本発明において特定された含有割合(Cmol%)よりも少ない。
比較例1のポリカーボネート樹脂組成物は、耐傷付き性を向上できたものの、溶融流動性を向上できず、白濁も抑制することができなかった。
【0062】
比較例2で用いた脂肪酸コンプレックスエステルワックス(B’-2)は、(a)ペンタエリスリトール由来の構成成分の含有割合(モル百分率Amol%)が25.2mol%であり、本発明において特定された含有割合(Amol%)よりも多い。
比較例2のポリカーボネート樹脂組成物は、溶融流動性を向上できたものの、耐白濁性の観察では一部に白濁がみられ十分に白濁を抑制することができず、耐傷付き性も向上することができなかった。
【0063】
比較例3で用いた脂肪酸エステルワックス(B’-3)は、(c)アジピン酸由来の構成成分を全く含んでいない。また、脂肪酸エステルワックス(B’-3)は、数平均分子量が1860であり、本発明において特定された数平均分子量の範囲よりも小さい。
比較例3のポリカーボネート樹脂組成物は、溶融流動性を向上できず、白濁も抑制することができず、また耐傷付き性も向上させることができなかった。
【0064】
比較例4で用いた脂肪酸コンプレックスエステルワックス(B’-4)は、(b)炭素数14~24の一価の直鎖飽和脂肪酸由来の構成成分の含有割合(モル百分率Bmol%)が54.8mol%であり、本発明において特定された含有割合(Bmol%)よりも少なく、かつ、(c)アジピン酸由来の構成成分の含有割合(モル百分率Cmol%)が21.2mol%であり、本発明において特定された含有割合(Cmol%)よりも多い。また、脂肪酸コンプレックスエステルワックス(B’-4)は、数平均分子量が6800であり、本発明において特定された数平均分子量の範囲よりも大きい。
比較例4のポリカーボネート樹脂組成物は、高い溶融流動性を付与しつつ、耐白濁性は向上できるものの、耐傷付き性で顕著な向上効果が得られなかった。