IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 東レ株式会社の特許一覧

<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-04
(45)【発行日】2024-03-12
(54)【発明の名称】炭素繊維束およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   D01F 9/22 20060101AFI20240305BHJP
   D01F 6/18 20060101ALI20240305BHJP
【FI】
D01F9/22
D01F6/18 E
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020513934
(86)(22)【出願日】2020-02-26
(86)【国際出願番号】 JP2020007690
(87)【国際公開番号】W WO2020195476
(87)【国際公開日】2020-10-01
【審査請求日】2022-11-18
(31)【優先権主張番号】P 2019063202
(32)【優先日】2019-03-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】堀之内 綾信
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 史宜
(72)【発明者】
【氏名】沖嶋 勇紀
【審査官】印出 亮太
(56)【参考文献】
【文献】韓国登録特許第10-1407127(KR,B1)
【文献】中国特許出願公開第102677209(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第104264286(CN,A)
【文献】特許第4945684(JP,B2)
【文献】特開2004-277907(JP,A)
【文献】特開昭63-303123(JP,A)
【文献】特開2006-169672(JP,A)
【文献】特開2011-241507(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D01F 6/00
D01F 9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリアクリロニトリル系重合体溶液を紡糸口金から空気中に押し出し、凝固浴に貯留された凝固浴液中に浸漬させ、凝固浴液中から空気中に引き出して凝固繊維束を得た後、少なくとも水洗工程、延伸工程、油剤付与工程および乾燥工程を行って炭素繊維前駆体繊維束を得て、次いで炭素繊維前駆体繊維束を200~300℃の温度の酸化性雰囲気中において耐炎化処理する耐炎化工程、500~1200℃の最高温度の不活性雰囲気中において予備炭化処理する予備炭化工程および1200~2000℃の最高温度の不活性雰囲気中において炭化処理する炭化工程を行う炭素繊維束の製造方法であって、凝固浴液はジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドおよびジメチルアセトアミドからなる群から選ばれる少なくとも1種の有機溶剤を70~85%含み、かつ温度が-20~20℃であり、ポリアクリロニトリル系重合体溶液の凝固浴液中の浸漬時間が0.1~4秒であり、凝固繊維束が凝固浴液中から空気中に引き出された後、水洗工程を行う前に空中で滞留させる空中滞留工程を10秒以上行う炭素繊維束の製造方法。
【請求項2】
空中で滞留させた後に水洗浴に導入される直前の凝固繊維束の周囲に存在する液の有機溶剤濃度が、凝固浴液における有機溶剤濃度よりも2%以上高い請求項1に記載の炭素繊維束の製造方法。
【請求項3】
広角X線回折法で得られる結晶子サイズ(Lc)が1.0~3.0nmであり、繊維表面から0~10nmの深さ領域にSIMS(二次イオン質量分析法)により算出されるSi/C比が10以上となる点が存在し、繊維表面から10nmの深さにおけるSIMSにより算出されるSi/C比が1.0以下である炭素繊維束。
【請求項4】
繊維表面から50nmの深さにおけるSIMSにより算出されるSi/C比が0.5以下である請求項3に記載の炭素繊維束。
【請求項5】
単繊維断面における繊維表面から50nmの深さまでの領域に存在する長径3nm以上のボイドが50個以下であり、ボイドの平均幅が3~15nmである請求項3または4に記載の炭素繊維束。
【請求項6】
ストランド引張弾性率が200~450GPaである請求項3~5のいずれかに記載の炭素繊維束。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、航空機部材、自動車部材および船舶部材をはじめとして、ゴルフシャフトや釣竿等のスポーツ用途およびその他一般産業用途に好適に用いられる炭素繊維束に関するものである。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維は、他の繊維に比べて高い比強度および比弾性率を有するため、複合材料用補強繊維として、従来からのスポーツ用途や航空・宇宙用途に加え、自動車や土木・建築、圧力容器および風車ブレードなどの一般産業用途にも幅広く展開されつつあり、更なる高性能化(特にストランド引張強度の向上)の要請が強い。
【0003】
炭素繊維の中で、最も広く利用されているポリアクリロニトリル(以下、PANと略記することがある)系炭素繊維は、その前駆体となるPAN系重合体からなる紡糸溶液を湿式紡糸法や乾湿式紡糸法により紡糸して炭素繊維前駆体繊維を得た後、それを200~300℃の温度の酸化性雰囲気下で加熱して耐炎化繊維へ転換し、少なくとも1200℃の温度の不活性雰囲気下で加熱して炭素化することによって工業的に製造されている。
【0004】
炭素繊維は脆性材料であるため、そのストランド引張強度の向上には徹底した欠陥抑制が必要である。特に、炭素繊維の破断はその表面を起点に生じることが多く、工程適正化により品質が向上してきた昨今においては、繊維表面から10nm以内の最表面近傍の欠陥を起点に破断するものが殆どである。炭素繊維表面の欠陥は、工程通過時に生じる傷・凹みを除くと、主に耐炎化処理時に生じる繊維間の接着によるもの、繊維表層に存在する穴状の欠陥(ボイド欠陥)によるもの、繊維表層の化学変性によるものの3つに分類でき、これらは、炭素繊維前駆体繊維束を紡糸する際に付与される工程油剤と深く関係している。
【0005】
一般に、炭素繊維前駆体繊維には耐炎化工程での加熱により生じる繊維間の接着を抑制することを目的にシリコーン系の工程油剤が付与されている。これにより、繊維間接着を大幅に抑制することができ、ストランド引張強度を向上させることができるが、繊維への付着斑による繊維間接着の抑制不良に加え、工程油剤が前駆体繊維内部まで浸透し、前駆体繊維のミクロ構造内に工程油剤が溜ることで繊維表面から50nm以内の深さ領域に数nm~数十nm程度の穴状の欠陥(ボイド欠陥)を誘発、また、穴状とはならないものの、繊維表層にSi元素が含まれることによって原子欠陥化するため、仮にボイド欠陥を抑制できた場合であっても、ある一定の強度向上効果しか得られていなかった。
【0006】
これまでに工程油剤の前駆体繊維への均一付着性の向上および前駆体繊維への工程油剤の浸透抑制を目的に、いくつかの提案がなされている。特許文献1では油剤付与工程での前駆体繊維の緻密性、張力を制御することで、繊維への工程油剤の均一付着性を向上させる技術が提案されている。特許文献2には油剤付与までの間に前駆体繊維を8倍以上と高く延伸することで、前駆体繊維の緻密性を向上させ油剤の浸透を抑制させる提案がなされている。特許文献3には凝固速度の遅い凝固浴液を適用し、有機溶剤を含有した状態で適正な延伸を施すことによって前駆体繊維の緻密性を向上させ、ボイド欠陥を抑制する提案がなされている。特許文献4では、工程油剤をシリコーン系の油剤と非シリコーン系の油剤との混合油剤とすることで、繊維内に浸透するシリコーン濃度を下げ、繊維内部へのシリコーンの浸透量を抑制する技術が提案されている。特許文献5ではシリコーン油剤の付与を2段階に分けて付与することで繊維束への油剤の均一付着性を向上させ、繊維内への油剤の浸透を抑制する提案がなされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2014-160312号公報
【文献】特許6359860号公報
【文献】特許4945684号公報
【文献】特開2011-202336号公報
【文献】特開平11-124744号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1の技術では、油剤の均一付着性は向上させることができるものの、ストランド引張強度に最も重要な繊維の最表面近傍(繊維表面から10nm深さ程度まで)への工程油剤の繊維内への浸透を十分に抑制できるものではなかった。特許文献2の技術では、工程油剤の前駆体繊維内部への油剤浸透抑制は認められるが、繊維の最表面近傍への浸透抑制効果は不十分であり、また、延伸倍率が高すぎることで工程油剤の付与工程での引き取り速度が高速化するために、工程油剤の均一付着性が悪化する課題があった。特許文献3の技術では、ボイド欠陥の抑制効果は認められるが、繊維最表面近傍への油剤の浸透抑制効果は不十分であり、また、有機溶剤を含有した状態で延伸を施すために、繊維間の接着を誘発する課題があった。特許文献4では、疑似的に繊維内へのシリコーン油剤の浸透量を抑制することができるものの、繊維間の接着抑制効果は非シリコーン成分を含有しないシリコーン油剤と比較すると十分とはいえず、また、非シリコーン成分であっても、繊維内に浸透した場合は原子欠陥となるため、高いストランド引張強度を発現するには限界があった。特許文献5では、繊維表面から50~100nm深さでの油剤の侵入は抑制できるが、繊維の最表面近傍の浸透抑制は難しく、また、多段プロセスとなる課題があった。すなわち、従来技術では、工程油剤の特に繊維最表面近傍(繊維表面から10nm深さ程度まで)への工程油剤の浸透を抑制し、且つ、繊維間接着、また、ボイド欠陥をも抑制できる技術は無かった。
【0009】
そこで、本発明の課題は、繊維表層への工程油剤の侵入を抑制し、且つ、繊維間接着および表層のボイドをも抑制可能な炭素繊維束の製造方法、ならびに炭素繊維束を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の目的を達成するために、本発明は以下の構成からなる。
【0011】
すなわち、本発明の炭素繊維束の製造方法は、ポリアクリロニトリル系重合体溶液を紡糸口金から空気中に押し出し、凝固浴に貯留された凝固浴液中に浸漬させ、凝固浴液中から空気中に引き出して凝固繊維束を得た後、少なくとも水洗工程、延伸工程、油剤付与工程および乾燥工程を行って炭素繊維前駆体繊維束を得て、次いで炭素繊維前駆体繊維束を200~300℃の温度の酸化性雰囲気中において耐炎化処理する耐炎化工程、500~1200℃の最高温度の不活性雰囲気中において予備炭化処理する予備炭化工程および1200~2000℃の最高温度の不活性雰囲気中において炭化処理する炭化工程を行う炭素繊維束の製造方法であって、凝固浴液はジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドおよびジメチルアセトアミドからなる群から選ばれる少なくとも1種の有機溶剤を70~85%含み、かつ温度が-20~20℃であり、ポリアクリロニトリル系重合体溶液の凝固浴液中の浸漬時間が0.1~4秒であり、凝固繊維束が凝固浴液中から空気中に引き出された後、水洗工程を行う前に空中で滞留させる空中滞留工程を10秒以上行うことを特徴とする。
【0012】
また、本発明の炭素繊維束は、広角X線回折法で得られる結晶子サイズ(Lc)が3.0nm以下であり、単繊維の繊維表面から0~10nmの深さ領域にSIMS(二次イオン質量分析法)により算出されるSi/C比が10以上となる点が存在し、繊維表面から10nmの深さにおけるSIMSにより算出されるSi/C比が1.0以下であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、繊維表層への工程油剤の侵入を抑制し、且つ、繊維間接着および表層のボイドを抑制することでストランド引張強度に優れた炭素繊維束を製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
[炭素繊維束の製造方法]
(紡糸方法)
本発明における凝固繊維束を製造する際の紡糸方法としては乾湿式紡糸法を採用する。乾湿式紡糸法とは、紡糸溶液であるポリアクリロニトリル系(PAN系)重合体溶液を紡糸口金から空気中に押し出し、凝固浴に貯留された凝固浴液中に浸漬させた後に凝固浴液中から空気中に引き出して凝固繊維束を得る紡糸方法である。湿式紡糸法では、繊維表面の繊維軸方向に数十nm以上の筋状の凹凸が形成され、その凹凸が欠陥となって破断するようになるために、本発明を用いてストランド引張強度を向上させることは困難である。
【0015】
(PAN系重合体溶液)
本発明におけるPAN系重合体溶液に用いられるポリマーは、PAN系重合体(ポリアクリロニトリルまたは、ポリアクリロニトリルを主成分とする共重合物、ならびにポリアクリロニトリルを主成分とする混合物)である。ポリアクリロニトリルを主成分とするとは、ポリアクリロニトリルを主成分とする共重合物においてはアクリロニトリルが重合体骨格の85~100mol%を占めることを言い、ポリアクリロニトリルを主成分とする混合物においてはポリアクリロニトリルを主成分とする共重合物が混合物中の85~100質量%を占めることを言う。PAN系重合体溶液の溶媒は、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドおよびジメチルアセトアミドからなる群から選ばれる少なくとも1種の有機溶剤を用いる。口金から吐出するPAN系重合体溶液の温度は、特に限定されず、吐出安定性の観点から適宜決定すると良い。
【0016】
(凝固浴)
本発明における凝固浴液には、PAN系重合体溶液で溶媒として用いたジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドおよびジメチルアセトアミドからなる群から選ばれる少なくとも1種の有機溶剤と、いわゆる凝固促進成分の混合物が用いられる。凝固促進成分としては、水を使用することが好ましい。凝固浴液の有機溶剤濃度は、本発明において非常に重要な要素である。本発明の特徴は凝固浴液中で凝固を完了させずに、半凝固状態で凝固浴液を通過させ、空中で緩やかに凝固を進行させることにある。そのため、用いる凝固浴液は凝固速度を遅くするものである必要がある。有機溶剤濃度は70~85質量%とする必要があり、75~82%であることが好ましい。凝固浴液の有機溶剤濃度が低すぎると、凝固速度が速く半凝固状態で凝固浴液を通過させることが難しく、また、大きいと凝固速度が遅すぎて繊維化が難しくなり、また、炭素繊維化した際の表層のボイドが増大する。本発明における凝固浴液の温度は、-20~20℃とする必要があり、-10~10℃が好ましい。凝固浴液の温度が低いほど凝固速度が遅くなり半凝固状態で凝固浴液を通過させやすくなり、高いほど凝固速度が速くなり半凝固状態で凝固浴液を通過させることが難しくなる。表層ボイドは凝固浴液温度が低い方が抑制されやすい。
【0017】
(凝固工程)
本発明における紡糸溶液の凝固浴液中の浸漬時間は0.1~4秒とする必要があり、0.1~2秒が好ましく、0.1~1秒がより好ましい。凝固浴液中の浸漬時間が短すぎると繊維化が難しくなり、長すぎると半凝固状態で凝固浴液中を通過させることが難しくなる。凝固浴液中の浸漬時間は凝固浴液中での浸漬長を変更するか、紡糸溶液の引き取り速度を変更することで制御できる。
【0018】
半凝固状態とは凝固浴液の中で紡糸溶液と凝固浴液中の凝固促進成分との間で生じる溶媒交換が完了していない状態を表す。溶媒交換とは、紡糸溶液中の有機溶剤(溶媒)と紡糸溶液外の凝固促進成分が、濃度を均一化するために相互拡散することを指し、紡糸溶液内の有機溶剤および凝固促進剤の濃度が紡糸溶液外の溶媒および凝固促進剤の濃度と同一になることで完了する。そのため、凝固浴液中で溶媒交換が完了した場合、すなわち、凝固浴液中で凝固が完了した場合は、紡糸溶液内の有機溶剤濃度および凝固促進剤の濃度が凝固浴液中で凝固浴液と同一となっている。一方、溶媒交換が凝固浴液中で完了していない場合、すなわち、凝固浴液から空気中に引き出される時点において凝固が完了せず半凝固状態である場合は、凝固浴液を通過した後の凝固繊維束の周囲に存在する液の有機溶剤濃度が凝固浴液の有機溶剤濃度よりも経時的に高くなる。これは、凝固浴液を通過した後に、半凝固状態の紡糸溶液中の有機溶剤と、その周囲に存在する液の凝固促進成分との間で溶媒交換が進行するためである。なお、この凝固浴液を通過した後の溶媒交換は次に記す空中滞留工程において進行するが、凝固浴液中での溶媒交換と比較して非常に緩やかに進行する特徴がある。
【0019】
(空中滞留工程)
本発明においては、紡糸溶液を半凝固状態で凝固浴液を通過させた後に、空中で滞留させる空中滞留工程を10秒以上行う。この空中滞留工程は、凝固浴液を通過した直後から水洗浴に導入させる前の間で実施する必要がある。そうすることで、半凝固状態で凝固浴液を通過した凝固繊維束は空中で緩やかに凝固が進行し、繊維束の特に表層の緻密性がこの工程で著しく向上する。このような緩やかな溶媒交換は凝固浴液中では実現することができず、空中で凝固を進行させることで初めて達成される。空中の滞留時間は10秒以上が必要であり、30秒以上が好ましく、100秒以上がより好ましい。空中の滞留時間が短すぎると、空中での凝固が完了していない状態で水洗浴に導入されるため繊維束の緻密性が低下する。空中での凝固時間は長くても300秒以内で完了するため、それ以上長くしても効果は無い。空中滞留時の空中の温度は制御しなくても本発明の効果は得られるが、5~50℃が凝固斑をより低減できることから好ましい。本発明において、空中で滞留させた後に水洗浴に導入される直前の凝固繊維束の周囲に存在する液の有機溶剤濃度は凝固浴液の有機溶剤濃度よりも2%以上高い方が好ましい。ここで、空中で滞留させた後に水洗浴に導入される直前の凝固繊維束とは、水洗浴に導入される手前0.3秒の位置における凝固繊維束をいう。凝固繊維束の周囲に存在する液の有機溶剤濃度が凝固浴液の有機溶剤濃度よりも高い方が繊維束の緻密性が向上しやすく、凝固浴液の有機溶剤濃度よりも3%以上高い方がより好ましく、5%以上高い方が更に好ましい。凝固繊維束の周囲に存在する液の有機溶剤濃度は凝固浴液の有機溶剤濃度、温度、凝固浴液中の浸漬時間、空中での滞留時間によって制御できる。凝固繊維束の周囲に存在する液の有機溶剤濃度は、空中を走行し、水洗浴に導入される水洗浴に導入される手前0.3秒の位置における凝固繊維束の周囲に存在する液を採取し、屈折率計やガスクロマトグラフィーを用いて測定できる。
【0020】
(水洗工程、延伸工程、油剤付与工程、乾燥工程)
本発明において、PAN系重合体溶液を凝固浴液中に導入して半凝固させ、空中で滞留させた後、水洗工程、延伸工程、油剤付与工程および乾燥工程を経て、炭素繊維前駆体繊維束が得られる。
【0021】
水洗工程は、空中滞留工程を経た凝固繊維束を水洗浴に導入し、凝固繊維束から有機溶剤をさらに除去する目的で導入される。水洗工程での繊維の走行通過性を向上させるために、1~1.5倍の延伸を水洗工程内で実施しても良い。
【0022】
延伸工程は、通常、30~98℃の温度に温調された単一または複数の延伸浴中で行うことができる。延伸工程における浴中での延伸を浴中延伸といい、その倍率を浴中延伸倍率という。浴中延伸倍率は、2~2.8倍になるように設定することが好ましい。油剤付与工程前のトータルの延伸倍率が3倍を超えると表層の緻密性が低下し、油剤が繊維内に浸透しやすくなる。油剤付与工程前のトータルの延伸倍率とは、水洗工程での延伸倍率と浴中延伸倍率との積である。
【0023】
油剤付与工程は、浴中延伸工程の後、繊維同士の接着を防止する目的から、油剤を付与する工程である。本工程において用いられる油剤としては、シリコーンを主成分とする油剤を用いることが好ましい。油剤にシリコーンが含まれていないと、耐炎化工程での繊維間接着を抑制することができず、ストランド引張強度が低下する。また、シリコーン油剤は、耐熱性の高いアミノ変性シリコーン等の変性されたシリコーンを含有するものを用いることが好ましい。その他のシリコーン油剤としては、エポキシ変性、アルキレンオキサイド変性で変性されたシリコーンなどが挙げられる。シリコーン油剤の付与方法は特に限定されないが、SIMS(二次イオン質量分析法)により求まる炭素繊維表面から0~10nmの深さ部におけるSiとCとの原子数比Si/C比が10以上となる点が存在するように付与する必要がある。Si/C比が10以下の場合は、繊維間の接着抑制効果が不十分であり、ストランド引張強度が低下する。
【0024】
乾燥工程は、公知の方法を利用することができる。また、生産性の向上や結晶配向度の向上の観点から、乾燥工程後に加熱熱媒中で延伸することが好ましい。加熱熱媒としては、例えば、加圧水蒸気あるいは過熱水蒸気が操業安定性やコストの面で好適に用いられる。
【0025】
なお、乾燥工程の後に、さらに乾熱延伸工程や蒸気延伸工程を加えてもよい。
【0026】
(焼成工程)
次に、本発明の炭素繊維束の製造方法について説明する。本発明の炭素繊維束の製造方法では、前記した方法により製造された炭素繊維前駆体繊維束を、200~300℃の温度の酸化性雰囲気中において耐炎化処理する耐炎化工程、500~1200℃の最高温度の不活性雰囲気中において予備炭化処理する予備炭化工程、次いで1200~2000℃の最高温度の不活性雰囲気中において炭化処理する炭化工程を行うことで炭素繊維束を製造する。
【0027】
耐炎化処理における酸化性雰囲気としては、空気が好ましく採用される。本発明において、予備炭化処理や炭化処理は不活性雰囲気中で行われる。不活性雰囲気に用いられるガスとしては、窒素、アルゴンおよびキセノンなどを例示することができ、経済的な観点からは窒素が好ましく用いられる。
【0028】
(表面改質工程)
得られた炭素繊維束はその表面改質のため、電解処理をすることができる。電解処理により、得られる繊維強化複合材料において炭素繊維マトリックスとの接着性を適正化することができるためである。電解処理の後、炭素繊維束に集束性を付与するため、サイジング処理を施すこともできる。サイジング剤には、使用する樹脂の種類に応じて、マトリックス樹脂と相溶性の良いサイジング剤を適宜選択することができる。
【0029】
(炭素繊維束)
本発明で得られる炭素繊維束は、単繊維の繊維表面から0~10nmの深さ領域にSIMS(二次イオン質量分析法)により算出されるSiとCとの原子数比Si/C比が10以上となる点が存在し、且つ、単繊維の繊維表面から10nmの深さにおけるSIMSにより算出されるSi/C比が1.0以下であることを特徴とする。0~10nmの深さの全領域においてSi/C比が10より小さい場合は、繊維間の接着抑制効果が不十分であり、ストランド引張強度が低下する。また、繊維表面から10nmの深さにおけるSi/C比が1.0より大きい場合は、繊維表層部に油剤が浸透しており、表層のボイド欠陥の誘発、また、繊維表層部にSi元素が含まれるためにストランド引張強度が低下する。また、繊維表面から50nmの深さにおけるSi/C比が0.5以下であると、繊維表層のみならず内層にも油剤の浸透が抑制されているため、高いストランド引張強度を発現させるためには好ましい。SIMS測定では炭素繊維束を整列させ、下記測定装置、測定条件で、繊維表面から一次イオンを照射し、発生する二次イオンを測定する。測定する炭素繊維束にサイジング剤が付着している場合は、サイジング剤を溶解する有機溶剤を用いたソックスレー抽出でサイジング剤を除去した後に評価を行う。
【0030】
装置:FEI社製 SIMS4550
・一次イオン種:O
・一次イオンエネルギー:3keV
・検出二次イオン極性:正イオン
・帯電補償:電子銃
・一次イオン入射角:0°
本発明の炭素繊維束では、単繊維断面における繊維表面から50nmの深さまでの領域に存在する長径3nm以上のボイドが50個以下であり、ボイドの平均幅が3~15nmであることが好ましい。繊維表面から50nmの深さまでの領域に存在するボイドは少ない方が高いストランド引張強度を発現するため、より好ましくは30個以下であり、10個以下が更に好ましい。また、ボイドの平均幅は小さい方が高いストランド引張強度を発現するため、好ましくは3~10nmであり、更に好ましくは3~5nmである。ここでボイドの平均幅とは、次に記す求め方に拠るボイドの長径の算術平均値をいう。炭素繊維束断面のボイドの個数および平均幅は、以下のようにして求める。まず、炭素繊維束の繊維軸と垂直方向に、集束イオンビーム(FIB)により厚さ100nmの薄片を作製し、炭素繊維の断面に対して透過型電子顕微鏡(TEM)により1万倍で観察する。観察像で繊維表面から50nmの深さまでの領域に存在する白い部分のボイドのうち、ボイドの端から端の中で最も長くなる部分の長さを長径とする。ボイドの個数は長径が3nm以上のものを1断面内で全て数える。ボイドの平均幅はこのようにして得た観察像において長径が3nm以上の全てのボイドの長径の算術平均値である。
【0031】
本発明における炭素繊維束のストランド引張強度およびストランド引張弾性率は、JIS-R-7608(2004)の樹脂含侵ストランド強度試験法に準拠し、次の手順に従い求める。樹脂処方としては“セロキサイド(登録商標)”2021P/3フッ化ホウ素モノエチルアミン/アセトン=100/3/4(質量部)を用い、硬化条件としては、常圧、温度125℃、時間30分を用いる。炭素繊維束のストランド10本を測定し、その平均値をストランド引張強度およびストランド引張弾性率とする。ストランド引張弾性率が低すぎると、ストランド引張強度が低下し、高すぎるとストランド引張強度が低下するため、ストランド引張弾性率は200~450GPaと設定することが好ましく、250~400GPaがより好ましく、270~400GPaが更に好ましい。
【0032】
本発明の炭素繊維束は、広角X線回折法で得られる結晶子サイズ(Lc)が1.0~3.0nmである。結晶子サイズが小さすぎると、ストランド引張強度が低下し、高すぎるとストランド引張強度が低下するため、1.5~2.8nmが好ましく、2.0~2.8nmが更に好ましい。炭素繊維は、実質的に無数の黒鉛結晶子から構成された多結晶体であり、炭化処理の最高温度を上げると結晶サイズが増し、これと同時に結晶の配向も進むため炭素繊維のストランド引張弾性率が上がる関係にある。結晶子サイズが1.0nm以上であれば炭素繊維のストランド引張弾性率を向上することができ、結晶子サイズが3.0nmより大きい場合、ストランド引張弾性率は向上するがストランド引張強度が低下する。結晶子サイズは下記の条件で測定する
・X線源:CuKα線(管電圧40kV、管電流30mA)
・検出器:ゴニオメーター+モノクロメーター+シンチレーションカウンター
・走査範囲:2θ=10~40°
・走査モード:ステップスキャン、ステップ単位0.01°、スキャン速度1°/min
得られた回折パターンにおいて、2θ=25~26°付近に現れるピークについて、半値全幅を求め、この値から、次の式により結晶子サイズを算出する。
結晶子サイズ(nm)=Kλ/βcosθ
ただし、
K:1.0、λ:0.15418nm(X線の波長)
β:(βE-β 1/2
β:見かけの半値全幅(測定値)rad、β:1.046×10-2rad
θ:Braggの回折角、である。
【実施例
【0033】
(実施例1)
アクリロニトリルとイタコン酸の共重合体からなるポリアクリロニトリル系重合体を、ジメチルスルホキシドに溶解させ、紡糸溶液とした。得られた紡糸溶液を紡糸口金から一旦、空気中に押し出し、ジメチルスルホキシドを80質量%、凝固促進剤である水を20質量%の比率で混合し、温度を5℃にコントロールした凝固浴液に導入して、凝固浴液中の浸漬時間を0.2sとなるように引き取って凝固繊維束を得た。以降、この凝固繊維束を得る工程を「凝固工程」と略記する。
【0034】
その後、空中滞留工程では空中にて120s滞留させた。水洗浴に導入される手前0.3秒の位置における凝固繊維束の周囲に存在する液の有機溶剤濃度は87%であり、凝固浴液の有機溶剤濃度よりも高濃度化していることから、半凝固状態で凝固浴液を通過し、空中で凝固が進行していることを確認した。
【0035】
その後に、水洗工程では、凝固糸条を水洗浴に導入し水洗した後、延伸工程では、90℃の温水中で浴延伸を施した。このときトータルの延伸倍率は2.3倍とした。続いて、油剤付与工程では、この繊維束に対して、アミノ変性シリコーン系シリコーン油剤を付与した。その後、180℃の加熱ローラーを用いて、乾燥処理を行い、加圧スチーム中で5倍延伸することにより、製糸全延伸倍率を11.5倍とし、単繊維繊度1.0dtexのポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を得た。
【0036】
次に、得られたポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を、以下の焼成工程において処理し、炭素繊維束とした。
【0037】
耐炎化工程において、得られたポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を温度200~300℃の空気中において耐炎化処理し、耐炎化繊維束を得た。
【0038】
耐炎化工程で得られた耐炎化繊維束を、予備炭化工程において最高温度800℃の窒素雰囲気中で予備炭素化処理を行い、予備炭素化繊維束を得た。
【0039】
予備炭化工程で得られた予備炭素化繊維束を、炭化工程において窒素雰囲気中最高温度1500℃で炭素化処理を行った。
【0040】
引き続いて硫酸水溶液を電解液として電解表面処理し、水洗、乾燥した後、サイジング剤を付与し、炭素繊維束を得た。紡糸条件および得られた炭素繊維物性を表1に纏めており、以後の実施例・比較例も同様に表1~4に纏めた。ストランド引張強度は6.3GPaであった。
【0041】
(実施例2)
凝固工程での凝固浴液中の浸漬時間を3.7sとした以外は実施例1と同様とした。空中滞留工程での水洗浴に導入される手前0.3秒の位置における凝固繊維束の周囲に存在する液の有機溶剤濃度は82%であり、実施例1と比較して低く、凝固浴液中である程度凝固が進行していた。実施例1と比較して繊維表層から10nm深さでのSi/C比および繊維表層から50nm深さでのSi/C比は高く、また、繊維表面から50nmの深さまでの領域に存在する長径3nm以上のボイド数・ボイドの平均幅が増大し、ストランド引張強度は5.8GPaと実施例1よりも低かった。以降、「繊維表面から50nmの深さまでの領域に存在する長径3nm以上のボイド数」を「表層のボイド数」と略記する。
【0042】
(実施例3)
凝固工程での凝固浴中の浸漬時間を0.8sとし、空中滞留工程での空中での滞留時間を12sとした以外は実施例1と同様とした。ストランド引張強度は6.2GPaであった。
【0043】
(実施例4)
空中滞留工程での空中での滞留時間を35sとした以外は実施例3と同様とした。ストランド引張強度は6.4GPaであり、実施例3よりも0.2GPa向上した。
【0044】
(実施例5)
空中滞留工程での空中での滞留時間を120sとした以外は実施例3と同様とした。ストランド引張強度は6.5GPaであり、実施例4よりも0.1GPa向上した。
【0045】
(実施例6)
空中滞留工程での空中での滞留時間を200sとした以外は実施例3と同様とした。ストランド引張強度は6.5GPaであり実施例5と同等であることから、空中での凝固に伴う緻密化は120s程度で完了していることが分かる。
【0046】
(実施例7)
凝固工程での凝固浴液中の浸漬時間を1.5sとした以外は実施例1と同様とした。ストランド引張強度は5.8GPaであった。
【0047】
(実施例8)
凝固工程での凝固浴液温度を15℃とした以外は実施例7と同様とした。凝固浴液温度が高いため、表層のボイド数は実施例7よりも増加しており、ストランド引張強度は5.6GPaであった。
【0048】
(実施例9)
凝固工程での凝固浴液温度を-5℃とした以外は実施例7と同様とした。凝固浴液温度が低いため、繊維表層から10nmの深さでのSi/C比が実施例7よりも低減され、また、表層のボイド数が実施例8よりも低下しており、ストランド引張強度は6.1GPaであった。
【0049】
(実施例10)
凝固工程での凝固浴液温度を-20℃とした以外は実施例7と同様とした。凝固浴液温度が低いため、繊維表層から10nmの深さでのSi/C比が実施例9よりもさらに低減され、また、表層のボイド数が低下しており、ストランド引張強度は6.4GPaであった。
【0050】
(実施例11)
凝固工程での凝固浴液の有機溶剤濃度を85%とした以外は実施例7と同様とした。繊維表層から10nmの深さでのSi/C比が実施例7よりも低下したが、有機溶剤濃度が高いため、表層ボイドが実施例7よりも増大し、ストランド引張強度は5.8GPaと実施例7と同等であった。
【0051】
(実施例12)
凝固工程での凝固浴液の有機溶剤濃度を83%とした以外は実施例7と同様とした。実施例11よりも表層ボイドが低減され、ストランド引張強度は5.9GPaと実施例7よりも0.1GPa高かった。
【0052】
(実施例13)
凝固工程での凝固浴液の有機溶剤濃度を75%とした以外は実施例7と同様とした。繊維表層から10nmの深さでのSi/C比および表層ボイドは実施例7と同等であり、ストランド引張強度も5.8GPaと実施例7と同等であった。
【0053】
(実施例14)
紡糸溶液であるポリアクリロニトリル系重合体溶液の有機溶剤をジメチルアセトアミドとし、凝固工程での凝固浴液の有機溶剤をジメチルアセトアミドとした以外は実施例7と同様とした。繊維表層から10nm深さでのSi/C比および繊維表層から50nm深さでのSi/C比、また、表層のボイド数・ボイドの平均幅も実施例7と大差は無く、ストランド引張強度も5.7GPaと実施例7と大差は無かった。
【0054】
(実施例15)
紡糸溶液であるポリアクリロニトリル系重合体溶液の有機溶剤をジメチルホルムアミドとし、凝固浴液の有機溶剤をジメチルホルムアミドとした以外は実施例7と同様とした。繊維表層から10nm深さでのSi/C比および繊維表層から50nm深さでのSi/C比、また、表層のボイド数・ボイドの平均幅も実施例7と大差は無く、ストランド引張強度も5.8GPaと実施例7と同等であった。
【0055】
(比較例1)
凝固工程での凝固浴液中の浸漬時間を10.0sとし、空中滞留工程での空中の滞留時間を10sとした以外は実施例1と同様とした。空中滞留工程での水洗浴に導入される手前0.3秒の位置における凝固繊維束の周囲に存在する液の有機溶剤濃度は80%であり、凝固工程での凝固浴液の有機溶剤濃度と同じであったため、凝固浴液中で凝固が完了していた。実施例1と比較して繊維表層から10nm深さでのSi/C比および繊維表層から50nm深さでのSi/C比が高く、また、表層のボイド数・ボイドの平均幅も増大したため、ストランド引張強度は5.1GPaと1.2GPa低かった。
【0056】
(比較例2)
凝固工程での凝固浴液中の浸漬時間を7.0sとした以外は実施例7と同様とした。空中滞留工程での水洗浴に導入される手前0.3秒の位置における凝固繊維束の周囲に存在する液の有機溶剤濃度は81%であり、凝固工程での凝固浴液の有機溶剤濃度に対して1%しか増加していなかったため、凝固浴液中で粗凝固が完了していたと考えられる。実施例7と比較して繊維表層から10nm深さでのSi/C比および表層のボイド数・ボイドの平均幅も増大したため、ストランド引張強度は5.2GPaと0.6GPa低かった。
【0057】
(比較例3)
凝固工程での凝固浴液中の浸漬時間を5.0sとした以外は実施例7と同様とした。ストランド引張強度は5.2GPaと比較例2と大差は無かった。
【0058】
(比較例4)
凝固工程での凝固浴液中の浸漬時間を1.5sとし、空中滞留工程での空中滞留時間を1sとした以外は実施例7と同様とした。空中滞留工程での水洗浴に導入される手前0.3秒の位置における凝固繊維束の周囲に存在する液の有機溶剤濃度は80%であり、実施例7と同様の凝固条件にも関わらず凝固浴液の有機溶剤濃度と同じであった。半凝固状態で凝固浴液を通過したものの、空中で凝固が十分に進行する前に水洗浴に導入されたと考えられる。ストランド引張強度は5.1GPaであり、実施例7よりも0.7GPa低下した。
【0059】
(比較例5)
空中滞留工程での空中滞留時間を3sとした以外は比較例4と同様とした。ストランド引張強度は5.2GPaであり、実施例7よりも0.6GPa低下した。
【0060】
(比較例6)
空中滞留工程での空中滞留時間を7sとした以外は比較例5と同様とした。ストランド引張強度は5.2GPaであり、比較例5と同等であった。
【0061】
(比較例7)
凝固工程での凝固浴液の有機溶剤濃度を25%とした以外は実施例2と同様とした。空中滞留工程での水洗浴に導入される手前0.3秒の位置における凝固繊維束の周囲に存在する液の有機溶剤濃度は25%であり、凝固工程での凝固浴液の有機溶剤濃度と同じであった。凝固浴液の有機溶剤濃度が低いため、凝固速度が速く、凝固浴液中で凝固が完了していたと考えられる。ストランド引張強度は5.1GPaであり、実施例2よりも0.7GPa低下した。
【0062】
(比較例8)
凝固工程での凝固浴液の有機溶剤濃度を65%とした以外は実施例2と同様とした。ストランド引張強度は5.0GPaであり、実施例2よりも0.8GPa低下した。
【0063】
(比較例9)
凝固工程での凝固浴液の温度を30℃とした以外は実施例7と同様とした。ストランド引張強度は4.8GPaであり、実施例7よりも1.2GPa低下した。
【0064】
(比較例10)
凝固工程での凝固浴液の温度を-30℃とした以外は実施例7と同様とした。ストランド引張強度は4.6GPaであり、実施例7よりも1.4GPa低下した。また、毛羽も多く見られた。
【0065】
(比較例11)
凝固工程での凝固浴液中の浸漬時間を10.0sとした以外は実施例14と同様とした。ストランド引張強度は5.2GPaであり実施例14よりも0.5GPa低下した。
【0066】
(比較例12)
凝固工程での凝固浴液中の浸漬時間を10.0sとした以外は実施例15と同様とした。ストランド引張強度は5.2GPaであり実施例15よりも0.6GPa低下した。
【0067】
(比較例13)
油剤付与工程で付与するアミノ変性シリコーンの量を比較例1よりも低減した以外は比較例1と同様とした。繊維表層から10nm深さでのSi/C比、繊維表層から50nm深さでのSi/C比、表層のボイド数・ボイドの平均幅は比較例1と比較して低減されたが、繊維表面から0~10nmの深さ域のSi/C比が低く、繊維間接着のためにストランド引張強度は4.9GPaであり比較例1よりも0.2GPa低下した。
【0068】
(比較例14)
油剤付与工程で付与するアミノ変性シリコーンの量を比較例13よりも低減した以外は比較例13と同様とした。繊維表層から10nm深さでのSi/C比、繊維表層から50nm深さでのSi/C比は比較例13と比較して低減されたが、繊維表面から0~10nmの深さ域のSi/C比が低く、繊維間接着のためにストランド引張強度は4.5GPaであり比較例13よりも0.4GPa低下した。
【0069】
(比較例15)
油剤付与工程前までのトータルの延伸倍率を3.0倍とした以外は比較例1と同様とした。繊維表層から50nm深さでのSi/C比、表層のボイド数・ボイドの平均幅は比較例1と比較して低減されたが、繊維表層から10nm深さでのSi/C比が上昇し、ストランド引張強度は5.3GPaであり比較例1対比0.2GPaの向上に留まった。
【0070】
(比較例16)
油剤付与工程前までのトータルの延伸倍率を4.0倍とした以外は比較例1と同様とした。繊維表層から50nm深さでのSi/C比、表層のボイド数・ボイドの平均幅は比較例1と比較して低減されたが、繊維表層から10nm深さでのSi/C比が大きく上昇し、ストランド引張強度は5.0GPaであり比較例1よりも0.1GPa低下した。
【0071】
【表1】
【0072】
【表2】
【0073】
【表3】
【0074】
【表4】