(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-04
(45)【発行日】2024-03-12
(54)【発明の名称】切込プリプレグおよび繊維強化プラスチック
(51)【国際特許分類】
B29B 11/16 20060101AFI20240305BHJP
C08J 5/04 20060101ALI20240305BHJP
B29K 105/08 20060101ALN20240305BHJP
【FI】
B29B11/16
C08J5/04 CER
B29K105:08
(21)【出願番号】P 2020542470
(86)(22)【出願日】2020-08-03
(86)【国際出願番号】 JP2020029617
(87)【国際公開番号】W WO2021024971
(87)【国際公開日】2021-02-11
【審査請求日】2023-07-24
(31)【優先権主張番号】P 2019144266
(32)【優先日】2019-08-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】内藤 悠太
(72)【発明者】
【氏名】足立 健太郎
(72)【発明者】
【氏名】松谷 浩明
【審査官】山本 晋也
(56)【参考文献】
【文献】特表2009-537691(JP,A)
【文献】特開2016-108348(JP,A)
【文献】国際公開第2008/099670(WO,A1)
【文献】特開2007-146151(JP,A)
【文献】特開2010-018723(JP,A)
【文献】特開2017-082210(JP,A)
【文献】国際公開第2016/043156(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/022835(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B29B
C08J
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一方向に配向した強化繊維と、マトリックス樹脂とを含むとともに、前記強化繊維を分断する複数の切込が形成されてなる切込領域を有する切込プリプレグであって、
前記切込領域において、繊維方向の投影長が略同一の複数の切込が繊維方向に略一定間隔で配置された切込列が、複数列形成され、
任意の一の切込列の両側
の最も隣に存在する2列の切込列の、繊維直交方向の間隔をL1、
前記一の切込列の繊維方向の投影長をL2、
とした場合に、
-1.0<L1/L2<0.5
であり、
前記一の切込列とその両側の最も隣に存在する切込列とで、繊維方向に対する切込角度の正負が異なる、
切込プリプレグ。
【請求項2】
-1.0<L1/L2≦0である、請求項1に記載の切込プリプレグ。
【請求項3】
L1/L2=0である、請求項2に記載の切込プリプレグ。
【請求項4】
-1.0<L1/L2<0である、請求項2に記載の切込プリプレグ。
【請求項5】
前記一の切込列とその両側に存在する切込列とで、繊維方向に対する切込角度の絶対値が同一である、請求項1~
4のいずれかに記載の切込プリプレグ。
【請求項6】
前記切込列を構成する切込のピッチが20mm以上である、請求項1~
5のいずれかに記載の切込プリプレグ。
【請求項7】
前記強化繊維の前記切込領域内の平均繊維長が10~100mmである、請求項1~
6のいずれかに記載の切込プリプレグ。
【請求項8】
繊維体積含有率が50%以上である、請求項1~
7のいずれかに記載の切込プリプレグ。
【請求項9】
請求項1~
8のいずれかに記載の切込プリプレグが成形されてなる繊維強化プラスチック。
【請求項10】
前記切込領域が三次元形状に成形されてなる、請求項
9に記載の繊維強化プラスチック。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一方向に配列した強化繊維とマトリックス樹脂を含むとともに、前記強化繊維を分断する複数の切込が形成されてなる切込プリプレグに関する。
【背景技術】
【0002】
繊維強化プラスチックは、比強度、比弾性率が高く、力学特性に優れること、耐候性、耐薬品性などの高機能特性を有することなどから、その需要が年々高まりつつある。
【0003】
繊維強化プラスチックの中間基材としては、連続した強化繊維にマトリクス樹脂を含浸したプリプレグが広く用いられている。プリプレグは、一方向に強化繊維を配向させることにより強化繊維の含有率を高めることが可能であるため、高い力学特性を有する一方、強化繊維が連続繊維であることから、3次元形状等の複雑な形状への賦形性が悪いという課題があった。
【0004】
この課題に対し、力学特性と賦形性を両立する中間基材として、一方向に強化繊維が配向したプリプレグに切込を形成した切込プリプレグが開示されている(例えば特許文献1)。この切込プリプレグは、不連続繊維で構成されつつも、プリプレグ特有の高い繊維体積含有率と強化繊維の配向性を持ち合わせているため、高い力学特性を有しながら、従来の連続繊維プリプレグでは不可能な複雑形状への成形が可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載の切込プリプレグにおいては、切込を挿入する前のプリプレグの状態によって、同一の切込パターンを形成した場合でも賦形性が変化する場合があった。例えば、プリプレグ内部に樹脂の未含浸部が存在する場合、当該領域内の強化繊維は周囲にマトリクス樹脂が存在していないため、切込挿入時に強化繊維が逃げやすく、設計上の繊維長と比べ、実際の繊維長が長くなる傾向にあった。また、プリプレグに含まれる強化繊維の目付が大きい場合も、同様の問題が発生する傾向にあった。
【0007】
本発明の課題は、安定的に所望の賦形性を得られる切込プリプレグを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
かかる課題を解決するための本発明は、一方向に配向した強化繊維と、マトリックス樹脂とを含むとともに、強化繊維を分断する複数の切込が形成されてなる切込領域を有する切込プリプレグであって、切込領域において、繊維方向の投影長が略同一の複数の切込が繊維方向に略一定間隔で配置された切込列が、複数列形成され、任意の一の切込列の両側に存在する2列の切込列の、繊維直交方向の間隔をL1、一の切込列の繊維方向の投影長をL2、とした場合に、
-1.0<L1/L2<0.5
である切込プリプレグである。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、安定的に所望の賦形性を得られることにより、賦形性に優れた切込プリプレグを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図2】本発明の切込パターンの一例を示す模式図である。
【
図4】本発明の切込パターンの一例を示す模式図である。
【
図5】本発明の切込パターンの一例を示す模式図である。
【
図6】本発明における実施例で得られた応力ひずみ線図である。
【
図7】実施例1における切込パターンを示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本明細書において、「切込プリプレグ」とは、一方向に配向した強化繊維と樹脂組成物とを含むプリプレグに複数の切込が挿入されることによって強化繊維が分断された領域(以下、「切込領域」という)を有するプリプレグをいう。該切込領域の境界は、切込の端部同士を結ぶ線分を繋げた線分群であって、かつ該線分内に全ての切込が含まれ、外線分群の長さの合計が最小となる線分群とする。
【0012】
図1は、一方向に配向した強化繊維2を含むプリプレグに複数の切込3が挿入された切込領域4を含む切込プリプレグ1の模式図である。切込領域は、切込プリプレグの全域であってもよいが、曲面や凹凸など三次元形状に成形する部分のみに切込を形成する場合もあり、その場合には切込領域は、プリプレグの三次元形状に成形する部分に少なくとも存在すればよい。このような切込プリプレグを加熱・加圧等して成形することによって繊維強化プラスチックを得ることができ、特に切込領域が三次元形状に成形されてなる繊維強化プラスチックを得るために切込プリプレグが用いられる。
【0013】
本発明の切込プリプレグ(以下、単に「プリプレグ」と記す場合がある)は、一方向に配向した強化繊維と樹脂組成物とを含む。「一方向に配向した」とは、プリプレグ中に存在する強化繊維のうち、プリプレグ面内でなす角度が「ある方向」±10°の範囲内の強化繊維の本数が90%以上となる「ある方向」が存在することを指す。より好ましくは、当該角度が±5°の範囲内の強化繊維の本数が90%以上という方向が存在することを指す。本明細書においては、この「ある方向」を繊維方向と表記する。また、プリプレグ面内において繊維方向と直交する方向を、「繊維直交方向」と表記する。
【0014】
プリプレグに含まれる強化繊維としては、特に限定はなく、炭素繊維、ガラス繊維、ケブラー繊維、グラファイト繊維またはボロン繊維などが選択できる。この内、比強度、比剛性の観点からは、炭素繊維が好ましい。
【0015】
プリプレグに含まれるマトリックス樹脂の種類についても特に限定はなく、熱可塑性樹脂でも熱硬化性樹脂でも構わない。
【0016】
熱可塑性樹脂としては、例えばポリアミド、ポリアセタール、ポリアクリレート、ポリスルフォン、ABS、ポリエステル、アクリル、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、ポリカーボネート(PC)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリフェニレンスルフィド(PPS)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリエーテルイミド(PEI)、ポリエーテルケトン(PEK)、液晶ポリマー、ポリ塩化ビニル、ポリテトラフルオロエチレンなどのフッ素系樹脂、シリコーンなどが挙げられる。
【0017】
熱硬化性樹脂としては、例えば飽和ポリエステル樹脂、ビニルエステル樹脂、エポキシ樹脂、ベンゾオキサジン樹脂、フェノール樹脂、尿素樹脂、メラニン樹脂およびポリイミド樹脂が挙げられる。これらの樹脂の変性体および2種類以上のブレンドの樹脂を用いてもよい。また、これらの熱硬化性樹脂は熱により自己硬化する樹脂であってもよいし、硬化剤や硬化促進剤等とブレンドしてもよい。
【0018】
さらに、特定の添加物を配合してもよい。添加物については特に限定はないが、例えばじん性を向上させるために熱可塑性樹脂を添加してもよいし、導電性を向上させるために無機フィラーを添加してもよい。添加物の形態についても特に限定はなく、例えば、球状、非球状、針状、およびウィスカ状であってもよい。
【0019】
切込プリプレグの繊維目付については特に限定はなく、任意の目付を設定することができる。本発明の効果としては、強化繊維の逃げや蛇行を防止することにより安定した賦形性を示す切込プリプレグを提供できることが挙げられるが、後述する、プリプレグへの切込挿入工程において、前記強化繊維の逃げや蛇行そのものを抑制するという観点からは、比較的目付の小さい切込プリプレグ、具体的には強化繊維の目付が150g/m2未満の切込プリプレグにおいて好適であり、そのような切込プリプレグは繊維長の長い強化繊維の残存を抑えることができるため賦形性に優れる。一方、強化繊維の逃げや蛇行が発生した場合でも繊維長の長い強化繊維の残存を抑制するという観点からは、比較的目付の大きい切込プリプレグ、具体的には強化繊維の目付が150g/m2以上の切込プリプレグにおいて好適である。この場合、切込加工時に強化繊維の逃げや蛇行が大きくなることで繊維長の長い強化繊維が残存しやすくなるが、L1/L2が本発明の範囲内であることで、繊維長の長い強化繊維の残存量を抑えることができ、賦形性に優れる。
【0020】
切込プリプレグ中の繊維体積含有率についても特に限定はないが、同様の観点から、切込プリプレグ中にマトリクス樹脂の未含浸部が発生しやすいような、高い繊維体積含有率を有する切込プリプレグに好適である。具体的には、繊維体積含有率が50%以上の切込プリプレグに好適である。繊維体積含有率のより好ましい範囲は60%以上であり、より好ましくは65%以上である。一方、繊維体積含有率が70%を超えると、切り残される繊維が多く発生するため、形状追従性が低下する傾向にあるため70%以下であることが好ましい。なお、本明細書において、繊維体積含有率は、繊維重量含有率をベースに次の式で定義される。
繊維体積含有率(%)={(強化繊維の重量含有率)/(強化繊維の密度)}/{(強化繊維の重量含有率)/(強化繊維の密度)+(マトリックス樹脂の重量含有率)/(マトリックス樹脂の密度)}×100
本発明の切込プリプレグは、切込領域において、繊維方向の投影長が略同一の複数の切込が繊維方向に略一定間隔で配置された切込列が、複数列形成されている。そして、当該切込列のうち任意の一の切込列の両側に存在する2列の切込列の繊維直交方向の間隔をL1、当該一の切込列の繊維方向の投影長をL2、とした場合に、
-1.0<L1/L2<0.5
を満たす。以下、このような切込の配置パターンを、「本発明の切込パターン」と記す場合がある。
【0021】
図2は本発明の切込パターンを説明するための模式図である。「繊維方向の投影長」とは、
図2に示すように、繊維方向に垂直な投影面を仮定して、繊維方向から当該投影面へ切込を投影した際の長さL2の絶対値を意味するものとする。以下、「繊維方向の投影長」を、単に「投影長」と、「繊維方向に垂直な投影面」を単に「投影面」と、記す場合がある。また、投影長が略同一とは、複数の切込で測定したL2において、平均値に対する比率(各L2/測定したL2の平均値)が0.8以上1.2以下となる切込の数の割合が90%以上であることを差し、より好ましくは0.9以上1.1以下となる割合が90%以上であることを指し、より好ましくは測定した全ての切込のL2が同一である状態である。
図2においては、投影長が略同一の切込A1と切込A2が、繊維方向に配置されて切込列(以下、切込列Aという)を形成している。また、その左側には切込Bを含む切込列(以下、切込列Bという)が、右側には切込Cを含む切込列(以下、切込列Cという)がそれぞれ形成されている。なお、
図2においては、切込列Aを構成する切込として切込A1と切込A2の2つのみが、切込列B、切込列Cを構成する切込としてそれぞれ切込Bと切込Cのみが図示されているが、実際には切込列A~Cはそれぞれ繊維方向に略一定間隔で配置された複数の切込によって形成されている。ここで、略一定間隔とは、1つの切込列に含まれる複数の切込の間で測定した切込間隔L3において、平均値との差が10mm以下である切込間隔の割合が90%以上であることを指し、より好ましくは差が5mm以下の割合が90%以上であることを指す。
【0022】
本発明の切込パターンにおいては、任意の一の切込列(
図2においては切込列A)の両側に存在する2列の切込列(
図2においては切込列Bと切込列C)の、繊維直交方向の間隔をL1、前記一の切込列(
図2においては切込列A)の繊維方向の投影長をL2、とした場合に、-1.0<L1/L2<0.5を満たす。ここで、L1で表される繊維直交方向の間隔とは、
図2において切込Bの切込Cに近い側の切込端部と、切込Cの切込Bに近い側の切込端部との繊維直交方向の距離を指す。
【0023】
なお、このあと詳しく説明するが、L1について、正の場合は、前記任意の一の切込列の、互いに隣接する二つの切込間において、前記2列の切込列に属する切込同士が互いにオーバーラップしない状態であり、負の場合は、前記2列の切込列に属する切込同士が互いにオーバーラップする状態であり、0の場合は、前記2列の切込列に属する切込の端部間の繊維直交方向の距離が0であることを示している。
【0024】
L1/L2>1.0の場合、プリプレグの面内において切込A1と切込A2の同じ側の端点同士(繊維方向を上下方向に置いた場合の右側同士、および、左側同士。以下、このような「同じ側の端点同士」を単に、「端点同士」と記す場合がある)を結んだ直線の外側に切込Bおよび切込Cの端点が存在することになる。つまり、切込列Aと切込列B(および切込列Aと切込列C)は、投影面において互いに重ならずに、プリプレグの面内において並行して存在している。
【0025】
そして、L1/L2=1.0の場合、プリプレグの面内において切込A1と切込A2の端点同士を結んだ直線上に切込Bおよび切込Cの端点が存在することになる。つまり、切込列Aと切込列B(および切込列C)は、それぞれの切込列を構成する切込列の端点のみが投影面において互いに重なりつつ、プリプレグの面内において並行して存在している。
【0026】
そして、-1.0<L1/L2<1.0の場合、プリプレグの面内において切込A1と切込A2の端点同士を結んだ直線の内側に切込Bおよび切込Cの端点が存在することになる。つまり、切込列Aと切込列B(および切込列Aと切込列Cの少なくとも一方)は、投影面において一部が重なって存在している。本明細書においては、-1.0<L1/L2<1.0の場合を、切込列Aと切込列B、および/または切込列Aと切込列Cが「オーバーラップしている」と表現し、その重なる領域の大きさを「オーバーラップの大きさ」と表記することがある。なお、L1/L2≦-1.0の場合は、切込列Bと切込列Cが切込列Aと重なるか、あるいは切込列Bと切込列Cの位置関係が入れ替わり、切込の位置関係は-1.0<L1/L2<0の場合と同じ状態となることを意味するため、本明細書の前提においては常にL1/L2>-1.0である。
【0027】
なお、本明細書においては、切込列同士がオーバーラップしていても、当該一の切込列の中心線とは異なる中心線を有する切込列として認識できる限り、当該一の切込列とは別の切込列が存在するものとし、切込プリプレグの平面視において当該一の切込列の左右に別の切込列が存在する場合、当該一の切込列の両側に2列の切込列が存在していると考えるものとする。
【0028】
L1/L2が1.0よりも小さくなるにつれて、切込列同士(切込列Aと切込列B、および/または切込列Aと切込列C)のオーバーラップは大きくなってゆく。そして、L1/L2=0(すなわちL1=0)のとき、
図4に示すように。切込Bおよび切込Cの端点は繊維方向上に一直線に並び、切込列Bと切込列Cは、切込列Aとオーバーラップしつつ、それぞれの切込列を構成する切込列の端点のみが互いに重なって並行して存在することとなる。
【0029】
そして、-1.0<L1/L2<0のとき、
図5に示すように、切込列Bと切込列Cは、切込列Aとオーバーラップしつつ、切込列Bと切込列Cもまた互いにオーバーラップしつつ並行して存在することとなる。
【0030】
切込プリプレグが粘度の低いマトリックス樹脂を含む場合や、たわみやすい強化繊維で構成されている場合、あるいは樹脂未含浸部を有するプリプレグ構造である場合、強化繊維の目付が大きい場合等は、切込プリプレグの製造工程における切込挿入時に、強化繊維が繊維直交方向に撓んで刃から逃げることにより、想定よりも長い繊維長の強化繊維が残存してしまう場合がある。本発明においては、-1.0<L1/L2<0.5とすることで、このような切込挿入時に切断されずに残存する長い強化繊維の数を十分に少なくすることができ、賦形性に優れたプリプレグを得ることができる。
【0031】
本発明の切込プリプレグは、-1.0<L1/L2≦0の切込パターンを有することがより好ましい。-0.2<L1/L2≦0.2の場合、仮に切込Bと切込Cの間に、これらの切込で切断されていない強化繊維が存在していた場合でも、該強化繊維は切込A1および切込A2の中央線付近に位置するため、切込A1および切込A2で容易に切断することができる。前記切込で分断されていない強化繊維を切込A1および切込A2のより中央付近に配置するために、L1/L2=0であること(
図4)がより好ましい。従って、実質的に切込形成領域における全ての強化繊維の繊維長を切込A1と切込A2の繊維方向の距離(すなわち、切込列Aを構成する切込のピッチ)L3以下にすることができ、プリプレグの内部構造(樹脂の未含浸部分の体積等)に差がある場合においても、安定した品質の切込プリプレグを製造することが可能となる。また、-1.0<L1/L2<0の場合(
図5)切込Bと切込Cの間に存在する、切込列Aを構成する切込のピッチL3と等しい長さの繊維の存在確率をより小さくすることが可能となる。そのため、賦形に必要な荷重をより小さくすることができる。一方で、L1/L2=0のときと比べると、切込Bと切込Cがオーバーラップしている部分の繊維の切断に対して、プリプレグの内部構造の影響を受ける可能性はあるが、切断されずに残存する強化繊維をより確実になくすという観点から、より好ましい場合もある。
【0032】
各切込の繊維方向に対する切込角度の絶対値については特に限定はないが、2~45°であることが好ましい。切込角度は
図3のように、繊維方向と切込とがなす角度θを意味する(0°<(θの絶対値)<90°)。切込角度の絶対値が45°以下であることで、面内の伸長性に優れ、切込の開口が小さくなる。一方で、切込角度の絶対値が2°より小さいと切込を安定して入れることが難しくなる。さらに、25°以下であれば力学特性が著しく上昇するため、切込角度の絶対値は2~25°であることがより好ましく、5~15°であれば特に好ましい。
【0033】
各切込の切込長については特に限定はないが、切込角度を設定した後、切込列の繊維方向の投影長L2が30μm~1.5mmの範囲内となるように、切込長を調整することが好ましい。L2を小さくすることにより、一つ一つの切込により分断される強化繊維の量が減り、強度向上が見込まれる。特に、L2を1.5mm以下とすることで、大きな強度向上が見込まれる。一方で、L2が30μmより小さい場合は繊維の逃げによりうまく繊維を切れずに、賦形時に形状追従性低下を招く場合がある。
【0034】
本発明のより好ましい形態は、切込領域を形成する全ての切込において、切込角度の絶対値と切込長が同一である切込プリプレグである。切込角度の絶対値が同一とは、全ての切込における角度の絶対値が、全ての切込における角度θの絶対値から求めた平均値の±1°以内であることをいう。また、切込長が同一とは、全ての切込における切込長が平均値の±5%以内であることをいう。このような形態とすることで、切込領域中の物性のばらつきを抑制することができる。
【0035】
また、本発明の別の好ましい形態は、
図7のように、一の切込列とその両側に存在する切込列とで、繊維方向に対する切込角度の正負が異なる切込プリプレグである。正の切込角度とは、
図3(a)の切込31のように、繊維方向の直線から切込に向かう鋭角側の方向が反時計回りであること、負の切込角度とは、
図3(b)の切込32のように、同方向が時計回りであることを表す。かかる形態であることで、より均一な物性を得ることができる。また、切込プリプレグ製造時の切込挿入工程においても、母材プリプレグの蛇行を抑制することができ、安定した品質の切込プリプレグを得ることができる。
【0036】
また、本発明の切込パターンを有することで、各切込列を構成する切込のピッチ(
図2のL3)を大きくした場合であっても、切断された強化繊維の平均繊維長を一定範囲に制御することが容易となる。そのため、各切込列の切込のピッチを比較的大きくしたとしても非常に高い賦形性を有する切込プリプレグとすることができる。したがって、切込挿入工程に必要な刃の本数を低減できるなど、製造コストを低下させることができる。なお、各切込列の切込のピッチは、最低限の伸長性・賦形性を担保する観点からは、200mm以下が好ましく、100mm以下がより好ましい。また、十分な力学特性を担保するという観点からは20mm以上であることが好ましい。より好ましくは30mm以上、さらには50mm以上とすることで、力学特性に優れた切込プリプレグとすることができる。
【0037】
切込プリプレグにおける切込領域内の平均繊維長は10mm~100mmであることが好ましい。平均繊維長が短いと賦形性が向上する一方で、炭素繊維強化プラスチックとしたときの力学特性が低下する。平均繊維長が長いと賦形性が低下するが、炭素繊維強化プラスチックとしたときの力学特性が向上する。賦形性と炭素繊維強化プラスチックとしたときの力学特性とのバランスを鑑みると、平均繊維長の好ましい範囲は10~100mmであり、さらに好ましくは15~50mmである。
【0038】
本発明の切込プリプレグを製造する方法については特に限定はないが、生産性の観点から、回転刃や間欠刃を用いてプリプレグに切込を挿入することが好ましい。
【0039】
上記の切込プリプレグを使用して成形されてなる繊維強化プラスチックは、3次元形状を含む複雑形状の繊維強化プラスチックとなり、複雑形状を要求される部材として広く活用できるため好ましい。
【0040】
特に、前記切込領域が三次元形状に成形されてなる繊維強化プラスチックであることで、上記切込プリプレグが三次元形状に追従するため、寸法精度に優れる繊維強化プラスチックとなるため好ましい。
【実施例】
【0041】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は、実施例に記載の発明に限定されるものではない。
【0042】
<賦形性評価>
作製した切込プリプレグを繊維直交方向25mm×繊維方向150mmのサイズに切り出し、島津万能試験機((株)島津製作所製)の恒温槽内にセットし、温度100℃、引張速度100mm/分の条件で繊維方向に引っ張った。
【0043】
図6は、本評価で得られた応力ひずみ線図の概略図である。
図6のように、切込プリプレグでは、応力はある一定の値となった後、徐々に低下する。引張試験中の最大の応力値は、切込プリプレグを大きく伸張するために必要な応力値であるため、本値を変形抵抗応力と定義し、賦形性の指標とした。
【0044】
実施例においては、下記に示す評価1および評価2を実施した。
【0045】
評価1:製造した連続繊維プリプレグPと、連続繊維プリプレグPにさらに加熱加圧工程を追加し、マトリックス樹脂の含浸性を高めた連続繊維プリプレグQとの変形抵抗応力の変化を評価するため、下記の式で変形抵抗応力比1を定義し、賦形性の指標の1つとして評価した。
変形抵抗応力比1=(連続繊維プリプレグPに切込パターンを挿入した切込プリプレグの変形抵抗応力)/(連続繊維プリプレグQに切込パターンを挿入した切込プリプレグの変形抵抗応力)。
【0046】
評価2:製造した連続繊維プリプレグPと、連続繊維プリプレグPよりも繊維の目付が小さい連続繊維プリプレグRとの変形抵抗応力の変化を評価するため、下記の式で変形抵抗応力比2を定義し、賦形性の指標とした。
変形抵抗応力比2=(連続繊維プリプレグPに切込パターンを挿入した切込プリプレグの変形抵抗応力)/(連続繊維プリプレグRに切込パターンを挿入した切込プリプレグの変形抵抗応力)。
【0047】
なお、変形抵抗応力比が1.0に近づくほど、切込挿入前の連続繊維プリプレグの構造によらず一定の賦形性を有することを示している。一方で、変形抵抗応力比が大きくなるほど、切込プリプレグの賦形性が切込挿入前の連続繊維プリプレグの構造に依存することを示す。
【0048】
<連続繊維プリプレグの作製>
エポキシ樹脂(ジャパンエポキシレジン(株)製“jER(登録商標)”828:35重量部、“jER(登録商標)”1001:30重量部、“jER(登録商標)”154:35重量部)に、熱可塑性樹脂ポリビニルホルマール(チッソ(株)製“ビニレック(登録商標)”K)5重量部をニーダーで加熱混練してポリビニルホルマールを均一に溶解させた後、硬化剤ジシアンジアミド(ジャパンエポキシレジン(株)製DICY7)3.5重量部と、硬化促進剤3-(3,4-ジクロロフェニル)-1,1-ジメチルウレア(保土谷化学工業(株)製DCMU99)4重量部を、ニーダーで混練して未硬化のエポキシ樹脂組成物を調整した。このエポキシ樹脂組成物を、リバースロールコーターを用いて、シリコーンコーティング処理させた離型紙上に塗布して目付50g/m2または25g/m2の樹脂フィルムを作製した。
【0049】
切込プリプレグを作製するため、その元となる連続繊維プリプレグPとQを下記の方法で作製した。
【0050】
一方向に配列させた目付200g/m2の炭素繊維(東レ(株)製“T700S”)の両面に上記手順により得られた目付50g/m2の樹脂フィルムをそれぞれ重ね、温度60℃、圧力1MPaの条件で樹脂を含浸させることで、繊維体積含有率が58%の連続繊維プリプレグPを作製した。
【0051】
さらに連続繊維プリプレグPを真空条件下、温度90℃で5分間保ち、樹脂を更に含浸させることで、連続繊維プリプレグQを作製した。
【0052】
また、一方向に配向させた目付100g/m2の炭素繊維(東レ(株)製“T700S”)の両面に上記手順により得られた目付25g/m2の樹脂フィルムをそれぞれ重ね、温度60℃、圧力1MPaの条件で樹脂を含浸させることで、繊維体積含有率58%の連続繊維プリプレグRを作製した。
【0053】
(実施例1)
連続繊維プリプレグP、および連続繊維プリプレグQを、
図7に示す切込パターンになるよう、全ての切込の切込長を3mm、切込角度θの絶対値を20°、L1/L2=0.2、切込のピッチL3=60mmとして切込を挿入した。切込はローターカッターを用いてプリプレグ全体にわたって挿入することで作製した。
【0054】
(実施例2)
L1/L2=0とした以外は実施例1と同様にして、切込プリプレグを作製した。
【0055】
(実施例3)
L1/L2=-0.2とした以外は実施例1と同様にして、切込プリプレグを作製した。
【0056】
(実施例4)
連続繊維プリプレグP、および連続繊維プリプレグRを、
図7に示す切込パターンになるよう、全ての切込長を3mm、切込角度の絶対値を20°、L1/L2=0.2、切込のピッチL3=60mmとして切込を挿入した。切込はロータリーカッターを用いてプリプレグ全体にわたって挿入することで作製した。
【0057】
(実施例5)
L1/L2=0としたこと以外は実施例4と同様にして、切込プリプレグを作製した。
【0058】
(実施例6)
L1/L2=-0.2としたこと以外は実施例4と同様にして、切込プリプレグを作製した。
【0059】
(比較例1)
L1/L2=1.0とし、さらに平均繊維長を実施例1~3に近づける目的で切込のピッチを30mmとした以外は実施例1と同様にして、切込プリプレグを作製した。
【0060】
(比較例2)
L1/L2=1.2とした以外は比較例1と同様にして、切込プリプレグを作製した。賦形性評価を実施したところ、連続繊維の存在により、応力ひずみ線図の応力値がある一定値となる挙動を示さず、変形抵抗応力を取得できないほど、非常に高い応力が発生した。
【0061】
(比較例3)
L1/L2=1.0とし、さらに平均繊維長を実施例4~6に近づける目的で切込のピッチを30mmとした以外は実施例4と同様にして、切込プリプレグを作製した。
【0062】
各実施例・比較例で作製した切込プリプレグの切込パターンの要約を表1に、賦形性および成形品の力学特性評価結果を表2に示す。
【0063】
【0064】
【符号の説明】
【0065】
1: プリプレグ
2: 強化繊維
3: 切込
31:正の切込角度の切込
32:負の切込角度の切込
4: 切込領域
51:切込A1
52:切込A2
6: 切込B
7: 切込C
8: 変形抵抗応力