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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-04
(45)【発行日】2024-03-12
(54)【発明の名称】移植用細胞集団及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/10 20060101AFI20240305BHJP
   C12N 5/0735 20100101ALI20240305BHJP
   C12N 5/079 20100101ALI20240305BHJP
   C12N 5/0797 20100101ALI20240305BHJP
   C12N 15/12 20060101ALI20240305BHJP
   A61K 35/30 20150101ALI20240305BHJP
   A61K 35/545 20150101ALI20240305BHJP
   A61L 27/38 20060101ALI20240305BHJP
【FI】
C12N5/10 ZNA
C12N5/0735
C12N5/079
C12N5/0797
C12N15/12
A61K35/30
A61K35/545
A61L27/38 300
【請求項の数】 30
(21)【出願番号】P 2022182535
(22)【出願日】2022-11-15
(62)【分割の表示】P 2018552977の分割
【原出願日】2017-11-24
(65)【公開番号】P2023022097
(43)【公開日】2023-02-14
【審査請求日】2022-11-16
(31)【優先権主張番号】P 2016229355
(32)【優先日】2016-11-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2017138142
(32)【優先日】2017-07-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000002912
【氏名又は名称】住友ファーマ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128381
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 義憲
(74)【代理人】
【識別番号】100140888
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 欣乃
(72)【発明者】
【氏名】万代 道子
(72)【発明者】
【氏名】高橋 政代
(72)【発明者】
【氏名】山▲崎▼ 優
【審査官】小田 浩代
(56)【参考文献】
【文献】特許第7184283(JP,B2)
【文献】国際公開第2015/077498(WO,A1)
【文献】ASSAWACHANANONT, J. et al.,Stem Cell Reports,2007年,Vol. 2,pp. 662-674
【文献】BRAMBLETT, D. E. et al.,Neuron,2014年,Vol. 43,pp. 779-793
【文献】IIDA, A. et al.,PNAS,2014年,Vol. 111,pp. 3751-3756
【文献】万代 道子 ほか,マウス変性網膜への視細胞移植,日本眼科学会雑誌,2009年,Vol. 113,p.198, O1-025
【文献】KAMAO, H. et al.,Stem Cell Reports,2014年,Vol. 2,pp. 205-218
【文献】ELSHATORY, Y. et al.,The Journal of Neuroscience,2007年,Vol. 27,pp. 12707-12720
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00- 5/28
A61K35/00-35/768
A61P27/00-27/14
A61L27/38
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
双極細胞制御遺伝子が改変された網膜系細胞を含む、移植用細胞集団であって、
前記双極細胞制御遺伝子は、ISL1遺伝子及びBHLHE23遺伝子からなる群から選択される1又は複数の遺伝子であり、
記双極細胞制御遺伝子にコードされるタンパク質の機能を消失させるように該双極細胞制御遺伝子が改変されており、
前記網膜系細胞は網膜前駆細胞を含み、
前記網膜系細胞は、前記網膜前駆細胞、視細胞前駆細胞及び視細胞からなる群から選択される1種以上の細胞を全細胞数の10%以上含む、移植用細胞集団。
【請求項2】
前記双極細胞制御遺伝子にコードされるタンパク質の前記機能が、転写制御機能である、請求項1に記載の移植用細胞集団。
【請求項3】
前記双極細胞制御遺伝子の改変が、DNA結合ドメイン及び転写制御コファクター結合ドメインからなる群から選択される1以上のドメインに対する改変を含む、請求項1又は2に記載の移植用細胞集団。
【請求項4】
前記双極細胞制御遺伝子の改変が、タンパク翻訳領域の開始コドンを含む配列を欠失させる改変である、請求項1~のいずれか一項に記載の移植用細胞集団。
【請求項5】
細胞懸濁液又は細胞凝集体の形態である、請求項1~のいずれか一項に記載の移植用細胞集団。
【請求項6】
前記細胞凝集体が網膜組織を含む、請求項に記載の移植用細胞集団。
【請求項7】
前記ISL1遺伝子が、以下の(1)又は(2)で示される塩基配列を有する、請求項1~のいずれか一項に記載の移植用細胞集団:
(1)配列番号1、4又は7で示される塩基配列、
(2)配列番号1、4又は7で示される塩基配列において、1又は複数の塩基が欠失、付加、挿入又は置換された塩基配列を有し、かつ、配列番号3、6又は9で示されるアミノ酸配列に対して90%以上の配列同一性を有するタンパク質をコードする塩基配列であって、
(a)DNA結合能を有する、
(b)遺伝子の転写を制御する機能を有する、
(c)配列番号3、6又は9で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質を特異的に認識する抗体によって認識されうる、
の内少なくとも1つに該当するタンパク質をコードする塩基配列。
【請求項8】
前記BHLHE23遺伝子が、以下の(1)又は(2)で示される塩基配列を有する、請求項1~のいずれか一項に記載の移植用細胞集団:
(1)配列番号10又は13で示される塩基配列、
(2)配列番号10又は13で示される塩基配列において、1又は複数の塩基が欠失、付加、挿入又は置換された塩基配列を有し、かつ、配列番号12又は15で示されるアミノ酸配列に対して90%以上の配列同一性を有するタンパク質をコードする塩基配列であって、
(a)DNA結合能を有する、
(b)遺伝子の転写を制御する機能を有する、
(c)配列番号12又は15で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質を特異的に認識する抗体によって認識されうる、
の内少なくとも1つに該当するタンパク質をコードする塩基配列。
【請求項9】
前記双極細胞制御遺伝子の改変が当該双極細胞制御遺伝子の欠失を含む、請求項1~のいずれか一項に記載の移植用細胞集団。
【請求項10】
前記網膜系細胞が、多能性幹細胞由来である、請求項1~のいずれか一項に記載の移植用細胞集団。
【請求項11】
前記多能性幹細胞が、人工多能性幹細胞又は胚性幹細胞である、請求項10に記載の移植用細胞集団。
【請求項12】
前記網膜前駆細胞がChx10陽性細胞であり、前記視細胞前駆細胞がCrx陽性細胞であり、前記視細胞がリカバリン陽性細胞である、請求項1~11のいずれか一項に記載の移植用細胞集団。
【請求項13】
前記視細胞、又は前記網膜前駆細胞若しくは前記視細胞前駆細胞から移植後に誘導される視細胞の、移植後の機能的生着率が改善される、請求項1~12のいずれか一項に記載の移植用細胞集団。
【請求項14】
移植用細胞集団の培養物であって、
(1)請求項1~13のいずれか一項に記載の移植用細胞集団と、
(2)前記移植用細胞集団の生存能力を維持するために必要な媒体と、
を含む、培養物。
【請求項15】
下記工程(1)及び(2)を含む、網膜系細胞を含む移植用細胞集団の製造方法:
(1)双極細胞制御遺伝子にコードされるタンパク質の機能を消失させるように多能性幹細胞の該双極細胞制御遺伝子を改変して、前記双極細胞制御遺伝子が改変された前記多能性幹細胞を含む細胞集団をインビトロで得る工程であって、前記双極細胞制御遺伝子は、ISL1遺伝子及びBHLHE23遺伝子からなる群から選択される1又は複数の遺伝子である、工程、
(2)工程(1)で得られた前記多能性幹細胞を含む細胞集団を、インビトロで前記網膜系細胞に分化誘導し、前記網膜系細胞を含む移植用細胞集団を得る工程であって、前記網膜系細胞は網膜前駆細胞を含み、前記網膜系細胞は、前記網膜前駆細胞、視細胞前駆細胞及び視細胞からなる群から選択される1種以上の細胞を全細胞数の10%以上含む、工程。
【請求項16】
前記双極細胞制御遺伝子にコードされるタンパク質の前記機能が、転写制御機能である、請求項15に記載の製造方法。
【請求項17】
前記双極細胞制御遺伝子の改変が、DNA結合ドメイン及び転写制御コファクター結合ドメインからなる群から選択される1以上のドメインに対する改変を含む、請求項15又は16に記載の製造方法。
【請求項18】
前記双極細胞制御遺伝子の改変が、タンパク翻訳領域の開始コドンを含む配列を欠失させる改変である、請求項1517のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項19】
前記網膜系細胞を含む移植用細胞集団が、細胞懸濁液又は細胞凝集体の形態である、請求項1518のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項20】
前記細胞凝集体が網膜組織を含む、請求項19に記載の製造方法。
【請求項21】
前記ISL1遺伝子が、以下の(1)又は(2)で示される塩基配列を有する、請求項1520のいずれか一項に記載の製造方法:
(1)配列番号1、4又は7で示される塩基配列、
(2)配列番号1、4又は7で示される塩基配列において、1又は複数の塩基が欠失、付加、挿入又は置換された塩基配列を有し、かつ、配列番号3、6又は9で示されるアミノ酸配列に対して90%以上の配列同一性を有するタンパク質をコードする塩基配列であって、
(a)DNA結合能を有する、
(b)遺伝子の転写を制御する機能を有する、
(c)配列番号3、6又は9で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質を特異的に認識する抗体によって認識されうる、
の内少なくとも1つに該当するタンパク質をコードする塩基配列。
【請求項22】
前記BHLHE23遺伝子が、以下の(1)又は(2)で示される塩基配列を有する、請求項1521のいずれか一項に記載の製造方法:
(1)配列番号10又は13で示される塩基配列、
(2)配列番号10又は13で示される塩基配列において、1又は複数の塩基が欠失、付加、挿入又は置換された塩基配列を有し、かつ、配列番号12又は15で示されるアミノ酸配列に対して90%以上の配列同一性を有するタンパク質をコードする塩基配列であって、
(a)DNA結合能を有する、
(b)遺伝子の転写を制御する機能を有する、
(c)配列番号12又は15で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質を特異的に認識する抗体によって認識されうる、
の内少なくとも1つに該当するタンパク質をコードする塩基配列。
【請求項23】
前記双極細胞制御遺伝子の改変が当該双極細胞制御遺伝子の欠失を含む、請求項1522のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項24】
前記多能性幹細胞が、人工多能性幹細胞又は胚性幹細胞である、請求項1523のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項25】
前記網膜前駆細胞がChx10陽性細胞であり、前記視細胞前駆細胞がCrx陽性細胞であり、前記視細胞がリカバリン陽性細胞である、請求項1524のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項26】
前記視細胞、又は、前記網膜前駆細胞若しくは前記視細胞前駆細胞から移植後に誘導される視細胞の、移植後の機能的生着率が改善される、請求項1525のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項27】
請求項1~13のいずれか一項に記載の移植用細胞集団を有効成分として含有する、網膜組織の障害に基づく疾患又は網膜組織の損傷状態の治療のための医薬組成物。
【請求項28】
細胞シートの形態である、請求項27に記載の医薬組成物。
【請求項29】
請求項1~13のいずれか一項に記載の移植用細胞集団を含有する、網膜組織の障害に基づく疾患又は網膜組織の損傷状態の治療薬。
【請求項30】
細胞シートの形態である、請求項29に記載の治療薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、移植用細胞集団及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、マウス生体の正常な網膜において、適切な分化段階の視細胞前駆細胞を移植すると、機能的に生着することが報告され(非特許文献1)、網膜色素変性等の視細胞の変性疾患に対する移植治療の可能性が示された。
【0003】
自己組織化培養による多能性幹細胞から立体網膜組織への分化誘導方法が多数報告されており、層構造を有する立体網膜組織を製造し移植することが可能になりつつある。例えば、多能性幹細胞から多層の網膜組織を得る方法(非特許文献2及び特許文献1)、均一な多能性幹細胞の凝集体を、Wntシグナル伝達経路阻害物質を含む無血清培地中で形成させ、得られた凝集体を基底膜標品の存在下において浮遊培養した後、血清培地中で浮遊培養することによって、多層の網膜組織を得る方法(非特許文献3及び特許文献2)、及び、多能性幹細胞の凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質を含む培地中で浮遊培養することによって網膜組織を得る方法(非特許文献4及び特許文献3)等が報告されている。更に、多能性幹細胞から分化誘導された網膜組織を対象に移植すると、その後、移植片は生着し分化成熟することが報告されている一方、移植片の機能的生着が十分ではないことも報告されている(非特許文献5)。
【0004】
一方で、生体における網膜組織に含まれる網膜系細胞の発生又は分化に関与する遺伝子がいくつか報告されている。
【0005】
例えば、ISL1(Insulin gene enhancer protein 1,Islet-1)遺伝子は、すい臓、心臓、神経等において発現しており、網膜特異的なISL1遺伝子欠失マウスでは、生体内において桿体双極細胞、錐体双極細胞、アマクリン細胞、ガングリオン細胞が変性死することが報告されている(非特許文献6)。
【0006】
また、BHLHE23(basic helix-loop-helix family, member e23)遺伝子は、すい臓、脳、網膜等において発現しており、BHLHE23遺伝子欠失マウスでは、生体内において桿体双極細胞が変性死することが報告されている(非特許文献7)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】国際公開第2011/055855号
【文献】国際公開第2013/077425号
【文献】国際公開第2015/025967号
【非特許文献】
【0008】
【文献】Nature,444,203-207,(2006)
【文献】Nature,472,51-56,(2011)
【文献】Cell Stem Cell,10(6),771-785,(2012)
【文献】Nature Communications,6,6286,(2015)
【文献】Stem Cell Reports,2,662-674,(2014)
【文献】J Neurosci,27(46),12707-20,(2007)
【文献】Neuron,43(6),779-93,(2004)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明が解決しようとする課題は、網膜組織の移植に適した移植用細胞集団及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、移植片の網膜組織における双極細胞を減少させることで、網膜組織の移植後の機能的生着が改善することを見出した。すなわち、本発明者らは、上記課題を解決すべく検討を重ねたところ、野生型のゲノムを持つ網膜系細胞と比較して、後述する双極細胞制御遺伝子が改変されたゲノムを持つ網膜系細胞は、双極細胞へは十分に分化及び成熟しないが視細胞へは問題なく分化及び成熟すること、及び、上記網膜系細胞を含む移植用細胞集団(網膜組織等)を移植に用いることによって、移植片由来の視細胞とホスト側の双極細胞との接触の割合が向上し、該網膜組織の移植後の機能的生着が改善しうることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は以下に関する。
[1]双極細胞制御遺伝子が改変された網膜系細胞を含む、移植用細胞集団。
[2]細胞懸濁液又は細胞凝集体の形態である、上記[1]に記載の移植用細胞集団。
[3]上記双極細胞制御遺伝子が、転写制御因子をコードする遺伝子である、上記[1]又は[2]に記載の移植用細胞集団。
[4]上記双極細胞制御遺伝子が、ISL1遺伝子及びBHLHE23遺伝子からなる群から選択される1又は複数の遺伝子である、上記[3]に記載の移植用細胞集団。
[5]上記ISL1遺伝子が、以下の(1)又は(2)で示される塩基配列を有する、上記[4]に記載の移植用細胞集団:
(1)配列番号1、4又は7で示される塩基配列、
(2)配列番号1、4又は7で示される塩基配列において、1又は複数の塩基が欠失、付加、挿入又は置換された塩基配列を有し、かつ、配列番号3、6又は9で示されるアミノ酸配列に対して80%以上の配列同一性を有するタンパク質をコードする塩基配列であって、
(a)DNA結合能を有する、
(b)遺伝子の転写を制御する機能を有する、
(c)配列番号3、6又は9で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質を特異的に認識する抗体によって認識されうる、
の内少なくとも1つに該当するタンパク質をコードする塩基配列。
[6]上記BHLHE23遺伝子が、以下の(1)又は(2)で示される塩基配列を有する、上記[4]又は[5]に記載の移植用細胞集団:
(1)配列番号10又は13で示される塩基配列、
(2)配列番号10又は13で示される塩基配列において、1又は複数の塩基が欠失、付加、挿入又は置換された塩基配列を有し、かつ、配列番号12又は15で示されるアミノ酸配列に対して80%以上の配列同一性を有するタンパク質をコードする塩基配列であって、
(a)DNA結合能を有する、
(b)遺伝子の転写を制御する機能を有する、
(c)配列番号12又は15で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質を特異的に認識する抗体によって認識されうる、
の内少なくとも1つに該当するタンパク質をコードする塩基配列。
[7]上記双極細胞制御遺伝子の改変が当該遺伝子の欠失を含む、上記[1]~[6]のいずれかに記載の移植用細胞集団。
[8]上記網膜系細胞が、多能性幹細胞由来である、上記[1]~[7]のいずれかに記載の移植用細胞集団。
[9]上記多能性幹細胞が、人工多能性幹細胞又は胚性幹細胞である、上記[8]に記載の移植用細胞集団。
[10]上記網膜系細胞が、網膜前駆細胞、視細胞前駆細胞及び視細胞からなる群から選択される1又は複数の細胞を含む、上記[1]~[9]のいずれかに記載の移植用細胞集団。
[11]上記網膜系細胞が、Chx10陽性細胞、Crx陽性細胞及びリカバリン陽性細胞から選択される1又は複数の細胞を含む、上記[10]に記載の移植用細胞集団。
[12]上記移植用細胞集団において、網膜前駆細胞、視細胞前駆細胞及び視細胞の細胞数の合計が全細胞数の10%以上である、上記[10]又は[11]に記載の移植用細胞集団。
[13]上記視細胞、又は上記網膜前駆細胞若しくは上記視細胞前駆細胞から移植後に誘導される視細胞の、移植後の機能的生着率が改善される、上記[10]~[12]のいずれかに記載の移植用細胞集団。
[14]移植用細胞集団の培養物であって、
(1)上記[1]~[13]のいずれかに記載の移植用細胞集団と、
(2)上記移植用細胞集団の生存能力を維持するために必要な媒体と、
を含む、培養物。
[15]下記工程(1)及び(2)を含む、網膜系細胞を含む移植用細胞集団の製造方法:
(1)多能性幹細胞の双極細胞制御遺伝子を改変して、上記双極細胞制御遺伝子が改変された上記多能性幹細胞を含む細胞集団を、インビトロで得る工程、
(2)工程(1)で得られた上記多能性幹細胞を含む細胞集団を、インビトロで上記網膜系細胞に分化誘導し、上記網膜系細胞を含む移植用細胞集団を得る工程。
[16]上記網膜系細胞を含む移植用細胞集団が、細胞懸濁液又は細胞凝集体の形態である、上記[15]に記載の製造方法。
[17]上記双極細胞制御遺伝子が、転写制御因子をコードする遺伝子である、上記[15]又は[16]に記載の製造方法。
[18]上記双極細胞制御遺伝子が、ISL1遺伝子及びBHLHE23遺伝子からなる群から選択される1又は複数の遺伝子である、上記[17]に記載の製造方法。
[19]上記ISL1遺伝子が、以下の(1)又は(2)で示される塩基配列を有する、上記[18]に記載の製造方法:
(1)配列番号1、4又は7で示される塩基配列、
(2)配列番号1、4又は7で示される塩基配列において、1又は複数の塩基が欠失、付加、挿入又は置換された塩基配列を有し、かつ、配列番号3、6又は9で示されるアミノ酸配列に対して80%以上の配列同一性を有するタンパク質をコードする塩基配列であって、
(a)DNA結合能を有する、
(b)遺伝子の転写を制御する機能を有する、
(c)配列番号3、6又は9で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質を特異的に認識する抗体によって認識されうる、
の内少なくとも1つに該当するタンパク質をコードする塩基配列。
[20]上記BHLHE23遺伝子が、以下の(1)又は(2)で示される塩基配列を有する、上記[18]又は[19]に記載の製造方法:
(1)配列番号10又は13で示される塩基配列、
(2)配列番号10又は13で示される塩基配列において、1又は複数の塩基が欠失、付加、挿入又は置換された塩基配列を有し、かつ、配列番号12又は15で示されるアミノ酸配列に対して80%以上の配列同一性を有するタンパク質をコードする塩基配列であって、
(a)DNA結合能を有する、
(b)遺伝子の転写を制御する機能を有する、
(c)配列番号12又は15で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質を特異的に認識する抗体によって認識されうる、
の内少なくとも1つに該当するタンパク質をコードする塩基配列。
[21]上記双極細胞制御遺伝子の改変が当該遺伝子の欠失を含む、上記[15]~[20]のいずれかに記載の製造方法。
[22]上記多能性幹細胞が、人工多能性幹細胞又は胚性幹細胞である、上記[15]~[21]のいずれかに記載の製造方法。
[23]上記網膜系細胞が、網膜前駆細胞、視細胞前駆細胞及び視細胞からなる群から選択される1又は複数の細胞を含む、上記[15]~[22]のいずれかに記載の製造方法。
[24]上記網膜系細胞が、Chx10陽性細胞、Crx陽性細胞及びリカバリン陽性細胞から選択される1又は複数の細胞を含む、上記[23]に記載の製造方法。
[25]上記網膜系細胞を含む移植用細胞集団において、網膜前駆細胞、視細胞前駆細胞及び視細胞の細胞数の合計が全細胞数の10%以上である、上記[23]又は[24]に記載の製造方法。
[26]上記視細胞、又は、上記網膜前駆細胞若しくは上記視細胞前駆細胞から移植後に誘導される視細胞の、移植後の機能的生着率が改善される、上記[23]~[25]のいずれかに記載の製造方法。
[27]上記[1]~[13]のいずれかに記載の移植用細胞集団の有効量を、移植を必要とする対象に移植することを含む、網膜組織の障害に基づく疾患又は網膜組織の損傷状態の治療方法。
[28]上記[1]~[13]のいずれかに記載の移植用細胞集団を有効成分として含有する、網膜組織の障害に基づく疾患又は網膜組織の損傷状態の治療のための医薬組成物。
[29]細胞シートの形態である、上記[28]に記載の医薬組成物。
[30]上記[1]~[13]のいずれかに記載の移植用細胞集団を含有する、網膜組織の障害に基づく疾患又は網膜組織の損傷状態の治療薬。
[31]細胞シートの形態である、上記[30]に記載の治療薬。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、網膜組織の移植に適した移植用細胞集団及びその製造方法を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】Bhlhb4遺伝子の機能を欠失させたマウスiPS細胞由来の網膜組織を移植してから40~50日後における移植部位での桿体双極細胞、アマクリン細胞、及び水平細胞の割合を示すグラフである。
図2】Bhlhb4遺伝子の機能を欠失させたマウスiPS細胞由来の網膜組織を移植してから40~50日後又は90~100日後におけるホスト桿体双極細胞と移植視細胞との接触長の割合を示すグラフである。
図3】ISL1遺伝子の機能を欠失させたマウスiPS細胞由来の網膜組織を移植してから40~50日後における移植部位での桿体双極細胞、アマクリン細胞、及び水平細胞の割合を示すグラフである。
図4】Bhlhb4遺伝子又はISL1遺伝子の機能を欠失させたマウスiPS細胞由来の網膜組織を移植してから30日目~50日目における移植部位でのホスト双極細胞と移植視細胞とのシナプス接続を示す写真である。
図5】Bhlhb4遺伝子又はISL1遺伝子の機能を欠失させたマウスiPS細胞由来の網膜組織(分化誘導開始後29日目の組織)を免疫染色した後の共焦点顕微鏡写真である。
図6A】(上段)ISL1遺伝子の機能を欠失させるためのCRISPR/Cas9システムのデザインを示す模式図、(中段)ISL1遺伝子の欠失を確認するアガロースゲル電気泳動の写真、及び、(下段)樹立したヒトES細胞株(ISL1遺伝子欠失株)の写真である。
図6B】CRISPR/Cas9システムによって切断されたISL1遺伝子の部位を示す図である。
図7A】ISL1遺伝子の機能を欠失させたヒトES細胞株を網膜に分化させたことを示す写真である。
図7B】ISL1遺伝子の機能を欠失させたヒトES細胞株由来の網膜における、視細胞前駆細胞の存在を示す写真である。
図7C】ISL1遺伝子の機能を欠失させたヒトES細胞株由来の網膜において、ISL1タンパク質が発現していないことを示す写真である。
図8】ISL1遺伝子の機能を欠失させたヒトES細胞株由来の網膜が網膜変性ラットに移植された後、生着したことを示す写真である。
図9A】ISL1遺伝子の機能を欠失させたヒトES細胞株を分化させた網膜を移植してから240~260日後における移植部位での双極細胞及びアマクリン細胞の割合を示す写真である。
図9B】ISL1遺伝子の機能を欠失させたヒトES細胞株を分化させた網膜を移植してから240~260日後における移植部位での双極細胞及びアマクリン細胞の割合を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
1.網膜系細胞を含む移植用細胞集団について
本発明の一態様は、双極細胞制御遺伝子が改変された網膜系細胞を含む、移植用細胞集団を提供する。野生型のゲノムを持つ網膜系細胞と比較して、双極細胞制御遺伝子が改変された網膜系細胞は、双極細胞へは十分に分化及び成熟しないが、視細胞へは問題なく分化及び成熟する。そのため、上記網膜系細胞を含む移植用細胞集団を移植に用いることによって、移植片由来の視細胞とホスト側の双極細胞との接触の割合が向上し、該網膜組織の移植後の機能的生着が改善しうる。以下詳細に説明する。
【0015】
1-1.移植用細胞集団
本発明における「移植用細胞集団」とは、移植のために準備され、移植のために用いられる細胞集団を意味する。
【0016】
本発明における「細胞集団」とは、同一種類の又は異なる種類の細胞が2以上存在している集団を意味する。好ましくは、細胞集団は培地等の媒体中に存在する。細胞集団は、細胞懸濁液及び細胞凝集体を含み、細胞懸濁液又は細胞凝集体の形態であることが好ましい。
【0017】
本発明における「細胞懸濁液」とは、同一種類の又は異なる種類の複数の細胞を浮遊状態で含む媒体を意味する。浮遊状態とは、好ましくは、媒体中に存在する細胞の大多数(例えば、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上又は95%以上)が、相互に解離し、持続的な物理的接触をすることなく存在している状態をいう。媒体中に存在する細胞の一部(例えば、50%以下、40%以下、30%以下、20%以下、10%以下又は5%以下)の細胞は、細胞凝集体等として存在していてもよい。
【0018】
本発明における「細胞凝集体」(Cell Aggregate)とは、複数の細胞同士が接着して塊を形成しているものであれば特に限定はなく、例えば、培地等の媒体中に分散していた細胞が集合して形成した塊をいう。細胞凝集体は、組織及び細胞シートを含む。
【0019】
本発明における「細胞シート」とは、少なくとも二次元の方向に生物学的結合を有する単一又は複数の細胞から構成される単層又は重層の構造体をいう。細胞シートは、接着培養した細胞又は細胞凝集体から、ピンセット、ナイフ、ハサミ等を用いて切り出して容易に作製することができる。
【0020】
本発明における「組織」とは、形態若しくは性質が均一な一種類の細胞、又は、形態若しくは性質が異なる複数種類の細胞が、一定のパターンで立体的に配置した構造を有する細胞集団の構造体を意味する。組織としては、例えば、網膜組織が挙げられる。
【0021】
本発明における「網膜組織(Retinal tissue又はRetinal organoid)」とは、生体網膜において各網膜層を構成する一種類又は複数種類の網膜系細胞が、層状で立体的に配列した組織を意味する。それぞれの細胞がいずれの網膜層を構成する細胞であるかは、公知の方法、例えば細胞マーカーの発現の有無又は発現の程度等によって確認できる。
【0022】
本発明における「網膜層」とは、網膜を構成する各層を意味し、具体的には、網膜色素上皮層、視細胞層、外境界膜、外顆粒層、外網状層、内顆粒層、内網状層、神経節細胞層、神経線維層及び内境界膜を挙げることができる。
【0023】
本発明における「視細胞層」とは、網膜層の1種であり、視細胞(桿体視細胞、錐体視細胞)を多く含む(例:視細胞層に存在する視細胞の核の数で70%、好ましくは80%、より好ましくは90%以上)網膜層を意味する。
【0024】
1-2.網膜系細胞
本発明における「網膜系細胞(Retinal cell)」とは、生体網膜において各網膜層を構成する細胞又はその前駆細胞を意味する。具体的には、視細胞(桿体視細胞、錐体視細胞)、水平細胞、アマクリン細胞、介在神経細胞、網膜神経節細胞(神経節細胞)、双極細胞(桿体双極細胞、錐体双極細胞)、ミュラーグリア細胞、網膜色素上皮細胞(RPE)、毛様体周縁部細胞、これらの前駆細胞(例:視細胞前駆細胞、双極細胞前駆細胞等)、網膜前駆細胞等の細胞が含まれるがこれらに限定されない。
【0025】
「成熟した網膜系細胞」とは、視細胞(桿体視細胞、錐体視細胞)、水平細胞、アマクリン細胞、介在神経細胞、網膜神経節細胞(神経節細胞)、双極細胞(桿体双極細胞、錐体双極細胞)、ミュラーグリア細胞、網膜色素上皮細胞(RPE)、毛様体周縁部細胞等の分化した細胞を意味する。「未成熟な網膜系細胞」とは、成熟した網膜系細胞への分化が決定づけられている前駆細胞(例:視細胞前駆細胞、双極細胞前駆細胞、網膜前駆細胞等)を意味する。
【0026】
視細胞前駆細胞、水平細胞前駆細胞、双極細胞前駆細胞、アマクリン細胞前駆細胞、網膜神経節細胞前駆細胞、ミュラーグリア前駆細胞、網膜色素上皮前駆細胞とは、それぞれ、視細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、網膜神経節細胞、ミュラーグリア細胞、網膜色素上皮細胞への分化が決定付けられている前駆細胞をいう。
【0027】
本発明における「網膜前駆細胞」とは、視細胞前駆細胞、水平細胞前駆細胞、双極細胞前駆細胞、アマクリン細胞前駆細胞、網膜神経節細胞前駆細胞、ミュラーグリア前駆細胞、網膜色素上皮前駆細胞等のいずれの未成熟な網膜系細胞にも分化しうる前駆細胞であって、最終的に、視細胞(桿体視細胞、錐体視細胞)、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、網膜神経節細胞、ミュラーグリア細胞、網膜色素上皮細胞等のいずれの成熟した網膜系細胞にも分化しうる前駆細胞をいう。
【0028】
網膜系細胞の存在は、網膜系細胞のマーカー(以下、「網膜系細胞マーカー」という場合がある。)の発現の有無によって確認することができる。網膜系細胞マーカーの発現の有無、又は細胞集団若しくは組織における網膜系細胞マーカー陽性細胞の割合は、当業者であれば容易に確認することができる。例えば、市販の抗体を用いたフローサイトメトリー、免疫染色等の手法によって特定の網膜系細胞マーカー陽性細胞の数を求め、これを全細胞数で除することにより確認することができる。
【0029】
網膜系細胞マーカーとしては、網膜前駆細胞で発現するRx(「Rax」ともいう。)、PAX6及びChx10、視細胞前駆細胞で発現するCrx及びBlimp1、双極細胞で発現するChx10、PKCα及びL7、網膜神経節細胞で発現するTuJ1及びBrn3、アマクリン細胞で発現するカルレチニン、水平細胞で発現するカルビンジン、成熟視細胞(桿体視細胞及び錐体視細胞)で発現するリカバリン、桿体視細胞で発現するNrl及びロドプシン、錐体視細胞で発現するRxr-gamma、S-Opsin及びM/L-Opsin、ミュラーグリア細胞で発現するGS及びGFAP、網膜色素上皮細胞で発現するRPE65及びMitf、毛様体周縁部細胞で発現するRdh10及びSSEA1等のタンパク質が挙げられる。
【0030】
「陽性細胞」とは、特定のマーカーを細胞表面上又は細胞内に発現している細胞を意味する。例えば、「Chx10陽性細胞」とは、Chx10タンパク質を核内に発現している細胞を意味する。
【0031】
1-3.双極細胞制御遺伝子
本発明における「双極細胞制御遺伝子」とは、網膜前駆細胞、双極細胞前駆細胞及び/又は双極細胞に発現する遺伝子であって、双極細胞の分化、成熟、生存、増殖、代謝、又は視細胞とシナプス形成する機能に関与するが、視細胞の分化、成熟、生存、増殖、代謝、及び機能には関与しない遺伝子をいう。したがって、双極細胞制御遺伝子を改変することによって、双極細胞の分化不全、変性死、機能不全等を引き起こすが、視細胞は正常な機能を保つ網膜前駆細胞等を準備することができる。好ましくは、双極細胞制御遺伝子は、双極細胞前駆細胞及び/又は双極細胞において発現し、網膜前駆細胞、視細胞前駆細胞及び視細胞において発現が認められない遺伝子である。
【0032】
一態様において、双極細胞制御遺伝子は、双極細胞前駆細胞及び/又は双極細胞に発現する遺伝子であって、双極細胞の成熟に関与するが、視細胞の分化、成熟、生存、増殖、代謝、及び機能には関与しない遺伝子をいう。好ましくは、双極細胞制御遺伝子は、双極細胞前駆細胞及び/又は双極細胞において発現し、網膜前駆細胞、視細胞前駆細胞及び視細胞において発現が認められない遺伝子である。「双極細胞の成熟」とは、双極細胞前駆細胞から双極細胞に分化が進み、視細胞とのシナプス形成が可能になることを意味する。双極細胞の成熟は、双極細胞のマーカーであるChx10タンパク質、PKCαタンパク質、L7等の発現を免疫組織学的解析、フローサイトメトリー等の手法によって確認できる。
【0033】
一態様において、双極細胞制御遺伝子は、前述の機能(双極細胞の分化、成熟、生存、増殖、代謝、又は視細胞とシナプス形成する機能)に関与する転写因子、具体的には当該機能を維持若しくは亢進する転写因子をコードする遺伝子を含む。双極細胞制御遺伝子は、好ましくは転写因子をコードする遺伝子である。
【0034】
転写因子は、転写制御に関与する機能を持った領域(ドメイン)を含む。例えば、転写因子は特徴的なDNA結合領域(ホメオドメイン(homeodomain)、ジンクフィンガードメイン(zinc finger domain)、塩基性ロイシンジッパードメイン(basic leucine zipper domain)、塩基性ヘリックスループヘリックスドメイン(basic-helix-loop-helix domain)等)を含む。一態様において、転写因子は更に転写制御コファクター結合ドメインを含む。したがって、特定の遺伝子が転写因子をコードする遺伝子であるか否かは、当業者であれば、例えば特徴的なDNA結合領域を含むか否かによって判断することが可能である。
【0035】
網膜前駆細胞、双極細胞前駆細胞及び/又は双極細胞に発現する遺伝子は、当業者であれば、周知の方法によって同定できる。一態様において、胎児期又は成体期で、双極細胞又は網膜前駆細胞で発現する遺伝子を、遺伝子発現解析(例えば、マイクロアレイ解析)及び/又は組織学的な解析(例えば、免疫染色解析、in situハイブリダイゼーション法)で検出することができる。
【0036】
双極細胞の分化、成熟、生存、増殖、代謝、又は視細胞とシナプス形成する機能に関与するが、視細胞の分化、成熟、生存、増殖、代謝、及び機能には関与しない遺伝子は、当業者であれば、周知の方法又は公知の情報によって同定できる。一態様において、上記遺伝子が、双極細胞の分化、成熟、生存、増殖、代謝、又は視細胞とシナプス形成する機能、並びに、視細胞の分化、成熟、生存、増殖、代謝、及び機能に与える効果を、遺伝子導入法(例.エレクトロポレーション法、リポフェクション法)によって作製した遺伝子改変細胞株及び/又は遺伝子改変動物で検証すればよい。
【0037】
具体的な一態様として、網膜前駆細胞、双極細胞前駆細胞又は双極細胞に発現する遺伝子を、遺伝子発現解析(例えば、マイクロアレイ解析)によってスクリーニングし、公知の情報(ISL1遺伝子等に対する遺伝子配列の相同性、機能、保存された機能ドメイン等)によって、上述の機能に関与する遺伝子を双極細胞制御遺伝子の候補遺伝子として選別することができる。好ましい態様としては、双極細胞前駆細胞又は双極細胞に発現するが視細胞前駆細胞及び視細胞に発現していない遺伝子を、双極細胞制御遺伝子の候補遺伝子として選別する。また、別の好ましい態様としては、転写因子をコードする遺伝子を、双極細胞制御遺伝子の候補遺伝子として選別する。転写因子をコードする遺伝子は、上述の保存されたドメイン等によって選別することができる。これらの双極細胞制御遺伝子の候補遺伝子の選別法を組み合わせることもできる。例えば、双極細胞前駆細胞又は双極細胞において発現するが視細胞前駆細胞及び視細胞に発現していない遺伝子であって、転写因子をコードする遺伝子を、双極細胞制御遺伝子の候補遺伝子として選別することができる。
【0038】
更に、例えば、選別した遺伝子を改変した多能性幹細胞から網膜組織を製造し、組織学的な解析を行うことによって、双極細胞制御遺伝子であることを検証することができる。
【0039】
双極細胞制御遺伝子として、例えば、双極細胞の成熟に関与するISL1遺伝子及びBHLHE23遺伝子等の双極細胞に発現する転写因子をコードする遺伝子、並びに、これらの遺伝子と実質的に同一の塩基配列を有する遺伝子が挙げられるが、これらに限定されない。
【0040】
本発明における「実質的に同一の塩基配列を有する遺伝子」とは、特定の配列番号で示される塩基配列を有する遺伝子にコードされるタンパク質と実質的に同質の機能を有するタンパク質をコードする遺伝子であり、かつ、特定の配列番号で示される塩基配列と約80%以上(好ましくは、約85%以上、約90%以上、約95%以上)の配列同一性を有する遺伝子、又は特定の配列番号で示されるアミノ酸配列と約80%以上(好ましくは、約85%以上、約90%以上、約95%以上)の配列同一性を有するタンパク質をコードする塩基配列を含む遺伝子を意味する。本定義に該当しない場合(例:配列同一性が80%未満)であっても、オルソログ、サブタイプ、アイソフォーム又は変異体であって実質的に同質の機能を有していることが公知の遺伝子は、「実質的に同一の塩基配列を有する遺伝子」に包含される。
【0041】
本発明において、「実質的に同質の機能」とは、例えば生理学的に、又は薬理学的にみて、その性質が定性的に同じであることを意味し、機能の程度、タンパク質の分子量等の量的要素は異なっていてもよい。
【0042】
本発明における塩基配列又はアミノ酸配列の「配列同一性」とは、当該技術分野において公知の数学的アルゴリズムを用いて2つの塩基配列をアラインさせた場合の最適なアラインメント(好ましくは、該アルゴリズムは最適なアラインメントのために配列の一方又は両方へのギャップの導入を考慮し得るものである。)における、オーバーラップする全塩基配列又は全アミノ酸配列に対する同一塩基又はアミノ酸の割合(%)を意味する。塩基配列又はアミノ酸配列の「配列同一性」は、当業者であれば容易に確認することができる。例えば、NCBI BLAST(National Center for Biotechnology Information Basic Local Alignment Search Tool)を用いることができる。
【0043】
本発明における「オルソログ」とは、進化系統上同一の祖先から派生した、類似性の高い別の動物種に由来する遺伝子又はタンパク質を意味する。
【0044】
本発明における「サブタイプ」とは、遺伝子の相同性が高く、類似の機能を有するタンパク質群のことを意味する。
【0045】
本発明における「アイソフォーム」とは、タンパク質の立体構造は異なるが、実質的に同質の機能を持つ遺伝子又はタンパク質を意味する。複数のアイソフォームは、同一のDNAに由来するスプライシングバリアントである場合もあれば、異なるDNAに由来する場合もある。
【0046】
本発明における「変異体」とは、特定の配列番号で示される塩基配列を有する遺伝子にコードされるタンパク質と実質的に同質の機能を有するタンパク質をコードする遺伝子であって、1又は複数の塩基が、欠失、付加、挿入又は置換された塩基配列を有する遺伝子をいう。
【0047】
特定の遺伝子と「実質的に同一の塩基配列を有する遺伝子」であるか否かは、当業者であれば、例えばhttp://www.ncbi.nlm.nih.govに掲載された遺伝子の塩基配列から判断することができる。
【0048】
本明細書において、「遺伝子」とは、染色体上に存在している塩基配列であり、特定のタンパク質をコードする領域(開始コドンから終始コドンまでを含む領域であり、イントロンを含みうる)及びその前後する領域(プロモーター、エンハンサー、サイレンサー、ターミネーター等の領域)の塩基配列を意味する。その前後する領域の範囲は、遺伝子により異なるが、例えば、50bp、100bp、200bp、300bp、400bp、500bp、1000bp、2000bpである。すなわち、遺伝子の改変とは、特定のタンパク質をコードする領域の改変のみならず、その前後の領域の改変も含む。
【0049】
以下、ISL1遺伝子及びBHLHE23遺伝子について説明する。
【0050】
ISL1(Insulin gene enhancer protein 1、ISL LIM homeobox 1、Islet-1)遺伝子は公知の遺伝子である。ISL1遺伝子として、配列番号1(Genbank Accession No.:3670(NC_000005.10))で示される塩基配列、又はこれと実質的に同一の塩基配列を有する遺伝子が挙げられる。また、配列番号1に示される塩基配列に含まれるエクソン部分を含む塩基配列(例えば、配列番号2に示される塩基配列(Genbank Accession No.:NM_002202.2))及びこのエクソン部分と実質的に同一の塩基配列をエクソンとして含む遺伝子も、ISL1遺伝子の範疇である。配列番号2で示される塩基配列の549番目~1598番目に対応する塩基配列にコードされるISL1タンパク質は、配列番号3(Genbank Accession No.:NP_002193.2)で示されるアミノ酸配列を有する。配列番号3で示されるアミノ酸配列及びこれと実質的に同一のアミノ酸配列をコードする塩基配列をエクソンとして含む遺伝子もISL1遺伝子の範疇である。
【0051】
ヒトISL1遺伝子のオルソログとして、配列番号4(Genbank Accession No.:16392(NC_000079.6))で示される塩基配列を有するマウスISL1遺伝子が知られている。配列番号4で示される塩基配列、又はこれと実質的に同一の塩基配列を有する遺伝子もISL1遺伝子の範疇である。また、配列番号4に示される塩基配列に含まれるエクソン部分を含む塩基配列(例えば、配列番号5に示される塩基配列(Genbank Accession No.:NM_021459.4))及びこれと実質的に同一の塩基配列をエクソンとして含む遺伝子もISL1遺伝子の範疇である。配列番号5で示される塩基配列の267番目~1316番目に対応する塩基配列にコードされるマウスISL1タンパク質は、配列番号6(Genbank Accession No.:NP_067434.3)で示されるアミノ酸配列を有する。配列番号6で示されるアミノ酸配列及びこれと実質的に同一のアミノ酸配列をコードする塩基配列をエクソンとして含む遺伝子もISL1遺伝子の範疇である。
【0052】
ヒトISL1遺伝子のヒトサブタイプとして、配列番号7(Genbank Accession No.:64843(NC_000015.10))で示される塩基配列を有するヒトISL2遺伝子が知られている。配列番号7で示される塩基配列、又はこれと実質的に同一の塩基配列を有する遺伝子もISL1遺伝子の範疇である。また、配列番号7に示される塩基配列に含まれるエクソン部分を含む塩基配列(例えば、配列番号8に示される塩基配列(Genbank Accession No.:NM_145805))及びこれと実質的に同一の塩基配列をエクソンとして含む遺伝子もISL1遺伝子の範疇である。配列番号8で示される塩基配列の161番目~1240番目に対応する塩基配列にコードされるISL2タンパク質は、配列番号9(Genbank Accession No.:NP_665804.1)で示されるアミノ酸配列を有する。配列番号9で示されるアミノ酸配列及びこれと実質的に同一のアミノ酸配列をコードする塩基配列をエクソンとして含む遺伝子もISL1遺伝子の範疇である。
【0053】
「配列番号1と実質的に同一の塩基配列を有する遺伝子」とは、配列番号3で示されるアミノ酸配列を有するタンパク質と実質的に同質の機能を有するタンパク質をコードする遺伝子であり、かつ、当該遺伝子が配列番号1で示される塩基配列と、又は当該遺伝子のエクソンが配列番号2で示される塩基配列と、約80%以上(好ましくは、約85%以上、約90%以上、約95%以上)の配列同一性を有する遺伝子、又は配列番号3で示されるアミノ酸配列に対して約80%以上(好ましくは、約85%以上、約90%以上、約95%以上)の配列同一性を有するタンパク質をコードする塩基配列を含む遺伝子を意味する。
【0054】
「配列番号4と実質的に同一の塩基配列を有する遺伝子」とは、配列番号6で示されるアミノ酸配列を有するタンパク質と実質的に同質の機能を有するタンパク質をコードする遺伝子であり、かつ、当該遺伝子が配列番号4で示される塩基配列と、又は当該遺伝子のエクソンが配列番号5で示される塩基配列と約80%以上(好ましくは、約85%以上、約90%以上、約95%以上)の配列同一性を有する遺伝子、又は配列番号6で示されるアミノ酸配列に対して約80%以上(好ましくは、約85%以上、約90%以上、約95%以上)の配列同一性を有するタンパク質をコードする塩基配列を含む遺伝子を意味する。
【0055】
「配列番号7と実質的に同一の塩基配列を有する遺伝子」とは、配列番号9で示されるアミノ酸配列を有するタンパク質と実質的に同質の機能を有するタンパク質をコードする遺伝子であり、かつ、当該遺伝子が配列番号7で示される塩基配列と、又は当該遺伝子のエクソンが配列番号8で示される塩基配列と約80%以上(好ましくは、約85%以上、約90%以上、約95%以上)の配列同一性を有する遺伝子、又は配列番号9で示されるアミノ酸配列に対して約80%以上(好ましくは、約85%以上、約90%以上、約95%以上)の配列同一性を有するタンパク質をコードする塩基配列を含む遺伝子を意味する。
【0056】
ISL1タンパク質は、ホメオドメイン型の転写因子であり、LIM1とLIM2と二つのLIMドメインとLhx3結合ドメイン、そしてDNA結合ドメインを有しており、双極細胞の成熟に関与していることが報告されている。
【0057】
したがって、「配列番号3で示されるアミノ酸配列を有するタンパク質と実質的に同質の機能を有する」とは、DNAとの結合能を有し、遺伝子の転写を正又は負に制御する機能を有していることを意味する。
【0058】
「配列番号1、4又は7で示される塩基配列と実質的に同一の塩基配列を有する遺伝子」、すなわちISL1遺伝子として、具体的には以下の(1)又は(2)が挙げられる:
(1)配列番号1、4又は7で示される塩基配列、
(2)配列番号1、4又は7で示される塩基配列において、1又は複数の塩基が欠失、付加、挿入又は置換された塩基配列を有し、かつ、配列番号3、6又は9で示されるアミノ酸配列に対して80%以上の配列同一性を有するタンパク質をコードする塩基配列であって、
(a)DNA結合能を有する、
(b)遺伝子の転写を制御する機能を有する、
(c)配列番号3、6又は9で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質を特異的に認識する抗体によって認識されうる、
の内少なくとも1つに該当するタンパク質をコードする塩基配列。
【0059】
ここで、「1又は複数の塩基が欠失、付加、挿入又は置換された塩基配列」とは、一例として、欠失、付加、挿入又は置換によって、欠失、付加、挿入又は置換される前の塩基配列に対して80%以上、85%以上、90%以上、95%以上、97%以上、98%以上、又は99%以上の配列同一性を有する塩基配列を挙げることができる。「1又は複数の塩基」の具体的な個数としては、例えば、1~100個、1~50個、1~30個、1~10個、1~数(2、3、4又は5)個である。欠失、付加、挿入又は置換は、複数を組み合わせてもよい。
【0060】
本発明の一態様において、ISL1遺伝子は、ヒトであれば染色体上「5q11.1」又は「15q24.3」、マウスであれば染色体上「13D2.3」に位置する遺伝子である。他動物種におけるISL1遺伝子(オルソログ)の染色体位置は、当業者であれば、例えばhttp://www.ncbi.nlm.nih.govに掲載された遺伝子の塩基配列を基に判断することができる。
【0061】
ISL1遺伝子は、好ましくはヒトISL1遺伝子又はマウスISL1遺伝子である。
【0062】
BHLHE23(basic helix-loop-helix family, member e23)遺伝子は公知の遺伝子である。BHLHE23遺伝子として、配列番号10(Genbank Accession No.:128408(NC_000020.11))で示される塩基配列、又はこれと実質的に同一の塩基配列を有する遺伝子が挙げられる。また、配列番号10に示される塩基配列に含まれるエクソン部分を含む塩基配列(例えば、配列番号11に示される塩基配列(Genbank Accession No.:NM_080606))及びこれと実質的に同一の塩基配列をエクソンとして含む遺伝子もヒトBHLHE23遺伝子の範疇である。配列番号11で示される塩基配列の262番目~987番目の塩基にコードされるBHLHE23タンパク質は、配列番号12(Genbank Accession No.:NP_542173.2)で示されるアミノ酸配列を有するタンパク質である。配列番号12で示されるアミノ酸配列及びこれと実質的に同一のアミノ酸配列をコードする塩基配列をエクソンとして含む遺伝子もBHLHE23遺伝子の範疇である。
【0063】
ヒトBHLHE23遺伝子のオルソログとして、配列番号13(Genbank Accession No.:140489(NC_000068.7))で示される塩基配列を有するマウスBHLHE23遺伝子(Bhlhb4遺伝子)が知られている。配列番号13で示される塩基配列、又はこれと実質的に同一の塩基配列を有する遺伝子もBHLHE23遺伝子の範疇である。また、配列番号13に示される塩基配列に含まれるエクソン部分を含む塩基配列(例えば、配列番号14に示される塩基配列(Genbank Accession No.:NM_080641.5))及びこれと実質的に同一の塩基配列をエクソンとして含む遺伝子もBHLHE23遺伝子の範疇である。配列番号14で示される塩基配列の158番目~829番目の塩基にコードされるマウスBhlhb4タンパク質は、配列番号15(Genbank Accession No.:NP_542372.2)で示されるアミノ酸配列を有する。配列番号15で示されるアミノ酸配列及びこれと実質的に同一のアミノ酸配列をコードする塩基配列をエクソンとして含む遺伝子もBHLHE23遺伝子の範疇である。
【0064】
「配列番号10と実質的に同一の塩基配列を有する遺伝子」とは、配列番号12で示されるアミノ酸配列を有するタンパク質と実質的に同質の機能を有するタンパク質をコードする遺伝子であり、かつ、当該遺伝子が配列番号10で示される塩基配列と、又は当該遺伝子のエクソンが配列番号11で示される塩基配列と約80%以上(好ましくは、約85%以上、約90%以上、約95%以上)の配列同一性を有する遺伝子、又は配列番号12で示されるアミノ酸配列に対して約80%以上(好ましくは、約85%以上、約90%以上、約95%以上)の配列同一性を有するタンパク質をコードする塩基配列を含む遺伝子を意味する。
【0065】
「配列番号13と実質的に同一の塩基配列を有する遺伝子」とは、配列番号15で示されるアミノ酸配列を有するタンパク質と実質的に同質の機能を有するタンパク質をコードする遺伝子であり、かつ、当該遺伝子が配列番号13で示される塩基配列と、又は当該遺伝子のエクソンが配列番号14で示される塩基配列と約80%以上(好ましくは、約85%以上、約90%以上、約95%以上)の配列同一性を有する遺伝子、又は配列番号15で示されるアミノ酸配列に対して約80%以上(好ましくは、約85%以上、約90%以上、約95%以上)の配列同一性を有するタンパク質をコードする塩基配列を含む遺伝子を意味する。
【0066】
BHLHE23タンパク質は、Basic helix-loop-helix型の転写因子であり、DNA結合ドメインとHelix-loop-helixドメインを有しており、双極細胞の成熟に関与していることが報告されている。
【0067】
したがって、「配列番号12で示されるアミノ酸配列を有するタンパク質と実質的に同質の機能を有する」とは、DNAとの結合能を有し、遺伝子の転写を正又は負に制御する機能を有していることを意味する。
【0068】
「配列番号10又は13で示される塩基配列と実質的に同一の塩基配列を有する遺伝子」、すなわちBHLHE23遺伝子として、具体的には以下の(1)又は(2)が挙げられる:
(1)配列番号10又は13で示される塩基配列、
(2)配列番号10又は13で示される塩基配列において、1又は複数の塩基が欠失、付加、挿入又は置換された塩基配列を有し、かつ、配列番号12又は15で示されるアミノ酸配列に対して80%以上の配列同一性を有するタンパク質をコードする塩基配列であって、
(a)DNA結合能を有する、
(b)遺伝子の転写を制御する機能を有する、
(c)配列番号12又は15で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質を特異的に認識する抗体によって認識されうる、
の内少なくとも1つに該当するタンパク質をコードする塩基配列。
【0069】
ここで、「1又は複数の塩基が欠失、付加、挿入又は置換された塩基配列」とは、一例として、欠失、付加、挿入又は置換によって、欠失、付加、挿入又は置換される前の塩基配列に対して、80%以上、85%以上、90%以上、95%以上、97%以上、98%以上、又は99%以上の配列同一性を有する塩基配列を挙げることができる。「1又は複数の塩基」の具体的な個数としては、例えば、1~100個、1~50個、1~30個、1~10個、1~数(2、3、4又は5)個である。欠失、付加、挿入又は置換は、複数を組み合わせてもよい。
【0070】
本発明の一態様において、BHLHE23遺伝子は、ヒト染色体上の「20q13.33」、又はマウス染色体上の「2103.34 cM」に位置する遺伝子である。他動物種におけるBHLHE23遺伝子(オルソログ)の染色体位置は、当業者であれば、例えばhttp://www.ncbi.nlm.nih.govに掲載された遺伝子の塩基配列を基に判断することができる。
【0071】
BHLHE23遺伝子は、好ましくはヒトBHLHE23遺伝子又はマウスBHLHE23遺伝子である。
【0072】
1-4.遺伝子改変
本発明における「遺伝子改変」及び「遺伝子の改変」とは、特定の遺伝子に対し、1又は複数の塩基を付加、挿入、欠失、置換等させることで、特定の遺伝子によってコードされるmRNA又はタンパク質の発現又は機能を消失又は減弱させることを意味する。すなわち、遺伝子改変は遺伝子の欠失を含む。特定の遺伝子によってコードされるタンパク質の発現又は機能を消失又は減弱させる限り、付加、挿入、欠失、置換等させる塩基の数及び塩基の位置(エンハンサー、プロモーター、イントロン等も含む)、並びに遺伝子改変の手法は問わない。
【0073】
本発明の一態様として、双極細胞制御遺伝子の改変には、双極細胞制御遺伝子(例:ISL1遺伝子又はBHLHE23遺伝子)のエンハンサー及びプロモーターを維持しつつ、その下流のタンパク質をコードする配列(エクソン及びイントロン)を特殊配列に置換することも含まれる。特殊配列には、例えば、自殺遺伝子、生存制御遺伝子、増殖制御遺伝子、分化制御遺伝子及び代謝制御遺伝子(以下、「自殺遺伝子等」という場合がある。)、又は双極細胞制御遺伝子の発現を抑制し得るマイクロRNA、双極細胞制御遺伝子と同一若しくは相同性の核酸配列を含むアンチセンスRNA及び双極細胞制御遺伝子のノンコーディングRNAをコードする遺伝子(以下、「マイクロRNA遺伝子等」という場合がある。)等が含まれる。自殺遺伝子等として、アポトーシス誘導因子等の遺伝子が挙げられる。マイクロRNA遺伝子等として、別の双極細胞制御遺伝子に対するマイクロRNA等をコードする遺伝子が挙げられる。双極細胞制御遺伝子のプロモーター下でこれらの遺伝子を発現させることにより、例えば、双極細胞特異的な細胞死の誘導、又は、置換された遺伝子とは異なる双極細胞制御遺伝子の発現抑制も行うことができる。すなわち、双極細胞が誘導される過程で双極細胞制御遺伝子が発現することから、双極細胞制御遺伝子が発現する時期に同一のエンハンサー及びプロモーターの下流に組み込まれた自殺遺伝子等が発現することにより、双極細胞を細胞死に導くことができる。また、マイクロRNA遺伝子等を発現させることにより、双極細胞制御遺伝子のmRNAの機能を抑制することができる。
【0074】
尚、特殊配列は、多能性幹細胞の内在性の双極細胞制御遺伝子自体と置換されてもよいし、当該双極細胞制御遺伝子を維持したまま、多能性幹細胞のゲノム中双極細胞制御遺伝子のエンハンサー及びプロモーターの下流に導入されていてもよい。この場合、特殊配列が機能し得る位置であれば、導入位置に特に限定はない。好ましくは、当該双極細胞制御遺伝子自体を置換することなく、特殊配列が導入される。
【0075】
一態様において、遺伝子改変として、当該遺伝子が実質的に機能しなくなるゲノム編集が挙げられる。「実質的に機能しなくなるゲノム編集」としては、当該遺伝子が変異型となり、野生型が有していた機能を失わせる変異の導入(例えば、フレームシフト等のナンセンス変異等)、当該遺伝子の発現量が減少するようなゲノム編集等が挙げられる。
【0076】
一態様において、「遺伝子の発現量が減少するようなゲノム編集」としては、ゲノム中の遺伝子の発現量制御配列を改変すること等が挙げられる。当該発現量制御配列としては、エンハンサー及び/又はプロモーターが挙げられる。例えば、遺伝子のエンハンサー及び/又はプロモーターは、双極細胞制御遺伝子の上流配列、下流配列、及び/又は遺伝子内(例えばイントロン領域)に存在する。
【0077】
本発明における「遺伝子欠失」及び「遺伝子の欠失」とは、特定の遺伝子に対し、塩基を欠失させることで、特定の遺伝子によってコードされるタンパク質の発現又は機能を消失又は減弱させることを意味する。特定の遺伝子によってコードされるタンパク質の発現又は機能を消失又は減弱させる限り、欠失させる塩基の数及び塩基の位置(エンハンサー、プロモーター、イントロン等も含む)、並びに遺伝子欠失の手法は問わない。例えば、マウス及びヒトのISL1遺伝子の場合は第1及び第2エクソンを欠失させることにより、マウスBhlhb4遺伝子の場合は、タンパク翻訳領域の開始コドンを含む前後の配列(例:約150塩基)を欠失させることにより、それぞれの遺伝子を欠失させることができる。例えば、一部のエクソン(例:第1エクソン又は第2エクソン)を欠失させることにより、又はタンパク翻訳領域の開始コドンを含む複数の塩基(1~タンパク翻訳領域の全塩基、例:10~500塩基、100~300塩基又は約150塩基)を欠失させることにより当該遺伝子を欠失させることができる。
【0078】
本発明においては、初期化前体細胞、多能性幹細胞又は網膜系細胞に対して遺伝子改変を行うことができる。遺伝子改変された網膜系細胞を得る方法としては、遺伝子改変された多能性幹細胞(遺伝子改変された体細胞を初期化して得られる多能性幹細胞を含む。)から分化誘導する方法、及び網膜系細胞に対し遺伝子改変を行う方法が挙げられる。好ましくは、多能性幹細胞に対して遺伝子改変が行われる。
【0079】
本発明における「遺伝子改変された多能性幹細胞」とは、分化多能性が維持される限度において、遺伝子改変が行われた多能性幹細胞を意味する。一態様において、「遺伝子改変された多能性幹細胞」とは、分化多能性及び増殖能(自己複製能)が維持される限度において、遺伝子改変が行われた多能性幹細胞を意味する。
【0080】
本発明において、改変される遺伝子は双極細胞制御遺伝子であるが、更に他の遺伝子が改変されていてもよい。一態様として、特定の細胞の存在を確認する目的で、特定の細胞マーカー遺伝子を、蛍光タンパク質をコードする遺伝子で置換すること等が挙げられるが、これに限定されない。
【0081】
遺伝子改変された多能性幹細胞又は網膜系細胞は、例えば、相同組換え技術を用いることによって作製できる。染色体上の標的遺伝子の改変は、Manipulating the Mouse Embryo,A Laboratory Manual,Second Edition,Cold Spring Harbor Laboratory Press(1994);Gene Targeting,A Practical Approach,IRL Press at Oxford University Press(1993);バイオマニュアルシリーズ8,ジーンターゲッティング,胚性幹細胞を用いた変異マウスの作製,羊土社(1995)等に記載の方法を用いて行うことができる。
【0082】
具体的には、例えば、改変する標的遺伝子を含むゲノムDNAを単離し、単離されたゲノムDNAを用いて、標的遺伝子を相同組換えするためのターゲッティングベクターを作製する。作製されたターゲッティングベクターを幹細胞に導入し、標的遺伝子とターゲッティングベクターの間で相同組換えを起こした細胞を選択することによって、染色体上の遺伝子が改変された幹細胞を作製することができる。
【0083】
標的遺伝子を含むゲノムDNAを単離する方法としては、Molecular Cloning,A Laboratory Manual,Second Edition,Cold Spring Harbor Laboratory Press(1989)やCurrent Protocols in Molecular Biology,John Wiley & Sons(1987-1997)等に記載された公知の方法が挙げられる。ゲノムDNAライブラリースクリーニングシステム(Genome Systems製)、Universal GenomeWalker Kits(CLONTECH製)等を用いることによって、標的遺伝子を含むゲノムDNAを単離することもできる。ゲノムDNAの代わりに、標的タンパク質をコードするポリヌクレオチドを用いることもできる。当該ポリヌクレオチドは、PCR法で該当するポリヌクレオチドを増幅することによって取得することができる。
【0084】
標的遺伝子を相同組換えするためのターゲッティングベクターの作製、及び相同組換え体の効率的な選別は、Gene Targeting,A Practical Approach,IRL Press at Oxford University Press(1993);バイオマニュアルシリーズ8,ジーンターゲッティング,胚性幹細胞を用いた変異マウスの作製,羊土社(1995);等に記載の方法にしたがって行うことができる。ターゲッティングベクターは、リプレースメント型又はインサーション型のいずれでも用いることができる。選別方法としては、ポジティブ選択、プロモーター選択、ネガティブ選択、又はポリA選択等の方法を用いることができる。
【0085】
選別した細胞株の中から目的とする相同組換え体を選択する方法としては、ゲノムDNAに対するサザンハイブリダイゼーション法、PCR法等が挙げられる。
【0086】
また、ゲノム編集によって、遺伝子改変された多能性幹細胞又は網膜系細胞を製造することもできる。ゲノム編集(Genome Editing)とは、Zinc Fingerシステム、CRISPR/Cas9システム及びTranscription Activator-Like Effector Nucleases(TALEN)等の技術によって、遺伝子特異的な破壊又はレポーター遺伝子のノックイン等を行う遺伝子改変技術である。
【0087】
Zinc Fingerシステムでは、一般的にジンクフィンガーモチーフとよばれるDNAに特異的に結合するドメインと、制限酵素であるFokIとで構成された人工キメラタンパク質を用いて、標的遺伝子を認識し切断する。2つの人工キメラタンパク質が近接する標的配列に結合すると、DNA切断ドメインが2量体を形成し、DNAを切断する。切断されたDNAは、相同組換え又は非相同末端連結によって修復されるが、この際に目的遺伝子が改変される。
【0088】
CRISPR/Cas9ゲノム編集システムでは、一般的に、Cas9(DNA切断酵素)の発現ベクター若しくはmRNA又はCas9タンパク質と、ポリメラーゼIIIプロモーター等の制御下でガイドRNAを発現する発現ベクター又はガイドRNA自体とを、細胞中に導入する。ガイドRNAは、標的ゲノム配列に相補的なRNA(crRNA)とtracrRNAとの融合RNAであり得る。標的ゲノム配列の3’末端にプロトスペーサー近接モチーフ(PAM-配列NGG)が存在すると、Cas9がDNA二本鎖を解離させ、ガイドRNAによってターゲット配列を認識して両方の鎖を切断し、切断部位が修復される過程で変異が導入される。
【0089】
Transcription activator-like effector nuclease(TALEN)は、植物病原菌Xanthomonas spp.が生産するTAL effectorを用いたシステムである。TALENは、一般的には、TAL effectorのDNA結合ドメインとFokIヌクレアーゼのDNA切断ドメインとを融合した人工ヌクレアーゼである。DNA結合ドメインは34アミノ酸残基の繰返し配列からなり、1リピートが標的DNAの1塩基を認識する。繰返し配列中の12、13番目のアミノ酸残基はrepeat variable di-residues(RVD)と呼ばれ、この配列によって標的塩基が決定される。二組のTALEN分子がゲノム上の特定の配列上で向き合うようにTALENを設計することで、TALENペアは標的配列上でFokIドメインが二量体化し、ヌクレアーゼ活性を示す。切断されたDNA二重鎖は細胞内在の機構によって修復されるが、その過程で変異が導入される。TALENによるゲノム編集を行う場合には、TALENの発現ベクター又はmRNAを細胞内に導入する。
【0090】
1-5.多能性幹細胞
本発明において、「幹細胞」とは、分化能及び分化能を維持した増殖能(特に自己複製能)を有する未分化な細胞を意味する。幹細胞には、分化能力に応じて、多能性幹細胞(pluripotent stem cell)、複能性幹細胞(multipotent stem cell)、単能性幹細胞(unipotent stem cell)等の亜集団が含まれる。「多能性幹細胞」とは、インビトロにおいて培養することが可能で、かつ、三胚葉(外胚葉、中胚葉、内胚葉)及び/又は胚体外組織に属する細胞系譜全てに分化しうる能力(分化多能性(pluripotency))を有する幹細胞をいう。「複能性幹細胞」とは、全ての種類ではないが、複数種の組織又は細胞へ分化し得る能力を有する幹細胞を意味する。「単能性幹細胞」とは、特定の組織又は細胞へ分化し得る能力を有する幹細胞を意味する。
【0091】
多能性幹細胞は、受精卵、クローン胚、生殖幹細胞、組織内幹細胞、体細胞等から誘導することができる。多能性幹細胞としては、胚性幹細胞(ES細胞:Embryonic stem cell)、EG細胞(Embryonic germ cell)、人工多能性幹細胞(iPS細胞:induced pluripotent stem cell)等を挙げることができる。間葉系幹細胞(mesenchymal stem cell;MSC)から得られるMuse細胞(Multi-lineage differentiating stress enduring cell)及び生殖細胞(例えば精巣)から作製されたGS細胞も多能性幹細胞に包含される。胚性幹細胞は、1981年に初めて樹立され、1989年以降ノックアウトマウス作製にも応用されている。1998年にはヒト胚性幹細胞が樹立されており、再生医学にも利用されつつある。胚性幹細胞は、内部細胞塊をフィーダー細胞上又はLIF(白血病抑制因子)を含む培地中で培養することによって製造することができる。胚性幹細胞の製造方法は、例えば、WO96/22362、WO02/101057、US5,843,780、US6,200,806、US6,280,718等に記載されている。胚性幹細胞は、所定の機関から入手でき、また、市販品を購入することもできる。例えば、ヒト胚性幹細胞であるKhES-1、KhES-2及びKhES-3は、京都大学再生医科学研究所から入手可能である。ヒト胚性幹細胞であるRx::Venus株(KhES-1株由来)は、国立研究開発法人理化学研究所から入手可能である。マウス胚性幹細胞であるEB5細胞株及びD3細胞株は、それぞれ国立研究開発法人理化学研究所及びATCCから、入手可能である。
【0092】
胚性幹細胞の一つである核移植胚性幹細胞(ntES細胞)は、核を取り除いた卵子に体細胞の核を移植して作ったクローン胚から樹立することができる。
【0093】
EG細胞は、始原生殖細胞をmSCF、LIF及びbFGFを含む培地中で培養することによって製造することができる(Cell,70:841-847,1992)。
【0094】
本発明における「人工多能性幹細胞」とは、体細胞を、公知の方法等によって初期化(reprogramming)することで、多能性を誘導した細胞である。具体的には、線維芽細胞、又は末梢血単核球等の分化した体細胞をOct3/4、Sox2、Klf4、Myc(c-Myc、N-Myc、L-Myc)、Glis1、Nanog、Sall4、Lin28、及びEsrrb等を含む初期化遺伝子群から選ばれる複数の遺伝子の組合せのいずれかの発現によって初期化して、多分化能を誘導した細胞が挙げられる。好ましい初期化因子の組み合わせとしては、(1)Oct3/4、Sox2、Klf4、及びMyc(c-Myc又はL-Myc)、(2)Oct3/4、Sox2、Klf4、Lin28及びL-Myc(Stem Cells,2013;31:458-466)を挙げることが出来る。
【0095】
人工多能性幹細胞は、2006年、山中らによってマウス細胞で樹立された(Cell,2006,126(4),pp.663-676)。人工多能性幹細胞は、2007年にヒト線維芽細胞でも樹立され、胚性幹細胞と同様に多能性と自己複製能を有する(Cell,2007,131(5),pp.861-872;Science,2007,318(5858),pp.1917-1920;Nat. Biotechnol.,2008,26(1),pp.101-106)。
【0096】
人工多能性幹細胞は、遺伝子発現による直接初期化で製造する方法以外に、化合物の添加等によって体細胞から誘導することもできる(Science,2013,341,pp.651-654)。
【0097】
また、株化された人工多能性幹細胞を入手することも可能であり、例えば、京都大学で樹立された201B7細胞、201B7-Ff細胞、253G1細胞、253G4細胞、1201C1細胞、1205D1細胞、1210B2細胞、1231A3細胞等のヒト人工多能性細胞株が、京都大学から入手可能である。株化された人工多能性幹細胞として、例えば、京都大学で樹立されたFf-I01細胞及びFf-I14細胞が、京都大学から入手可能である。
【0098】
人工多能性幹細胞を製造する際に用いられる体細胞としては、特に限定は無いが、組織由来の線維芽細胞、血球系細胞(例えば、末梢血単核球(PBMC)、T細胞)、肝細胞、膵臓細胞、腸上皮細胞、平滑筋細胞等が挙げられる。
【0099】
人工多能性幹細胞を製造する際に、数種類の遺伝子の発現によって初期化する場合、遺伝子を発現させるための手段は特に限定されない。上記手段としては、ウイルスベクター(例えば、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、センダイウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター)を用いた感染法、プラスミドベクター(例えば、プラスミドベクター、エピソーマルベクター)を用いた遺伝子導入法(例えば、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、レトロネクチン法、エレクトロポレーション法)、RNAベクターを用いた遺伝子導入法(例えば、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、エレクトロポレーション法)、タンパク質の直接注入法(例えば、針を用いた方法、リポフェクション法、エレクトロポレーション法)等が挙げられる。
【0100】
人工多能性幹細胞は、フィーダー細胞存在下又はフィーダー細胞非存在下(フィーダーフリー)で製造できる。フィーダー細胞存在下で人工多能性幹細胞を製造する際には、公知の方法で、未分化維持因子存在下で人工多能性幹細胞を製造できる。フィーダー細胞非存在下で人工多能性幹細胞を製造する際に用いられる培地としては、特に限定は無いが、公知の胚性幹細胞及び/又は人工多能性幹細胞の維持培地、又はフィーダーフリーで人工多能性幹細胞を樹立するための培地を用いることができる。フィーダーフリーで人工多能性幹細胞を樹立するための培地としては、例えばEssential 8培地(E8培地)、Essential 6培地、TeSR培地、mTeSR培地、mTeSR-E8培地、Stabilized Essential 8培地、StemFit培地等のフィーダーフリー培地を挙げることができる。人工多能性幹細胞を製造する際、例えば、フィーダーフリーで体細胞に、センダイウイルスベクターを用いて、Oct3/4、Sox2、Klf4、及びMycの4因子を遺伝子導入することで、人工多能性幹細胞を作製することができる。
【0101】
本発明に用いられる多能性幹細胞は、好ましくは胚性幹細胞又は人工多能性幹細胞であり、より好ましくは人工多能性幹細胞である。
【0102】
本発明に用いる多能性幹細胞は、哺乳動物の多能性幹細胞であり、好ましくはげっ歯類(例、マウス、ラット)又は霊長類(例、ヒト、サル)の多能性幹細胞であり、より好ましくはヒト又はマウス多能性幹細胞、更に好ましくはヒトiPS細胞又はヒトES細胞である。
【0103】
複能性幹細胞としては、造血幹細胞、神経幹細胞、網膜幹細胞、間葉系幹細胞等の組織幹細胞(組織性幹細胞、組織特異的幹細胞又は体性幹細胞とも呼ばれる)を挙げることができる。
【0104】
2.移植用細胞集団の培養物について
本発明の一態様は、移植用細胞集団の培養物であって、(1)上記移植用細胞集団と、(2)上記移植用細胞集団の生存能力を維持するために必要な媒体と、を含む、培養物を提供する。
【0105】
本発明における「培養物(culture)」とは、生存能力を維持するために必要な媒体及び細胞集団を含み、更に添加した又は細胞集団から産生された生物学的物質を含んでもよい液体を意味する。生物学的物質としては、例えばサイトカイン、ケモカイン等が含まれるが、これらに限定されない。
【0106】
本発明における「生存能力を維持するために必要な媒体」としては、培地、生理学的緩衝溶液等が挙げられるが、網膜前駆細胞等の網膜系細胞を含む細胞集団が生存する限りにおいて特に限定されず、当業者であれば適宜選択することができる。一例として、動物細胞の培養に通常用いられる培地を基礎培地として、調製した培地が挙げられる。基礎培地としては、例えば、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM (GMEM)培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、F-12培地、DMEM/F12培地、IMDM/F12培地、ハム培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地又はこれらの混合培地等、動物細胞の培養に用いることのできる培地を挙げることができる。
【0107】
3.網膜系細胞を含む移植用細胞集団の製造方法について
本発明の一態様は、下記工程(1)及び(2)を含む、網膜系細胞を含む移植用細胞集団の製造方法である:
(1)多能性幹細胞の双極細胞制御遺伝子を改変して、双極細胞制御遺伝子が改変された多能性幹細胞を含む細胞集団を、インビトロで得る工程、
(2)工程(1)で得られた多能性幹細胞を含む細胞集団を、インビトロで網膜系細胞に分化誘導し、網膜系細胞を含む移植用細胞集団を得る工程。
【0108】
本明細書において、「多能性幹細胞の双極細胞制御遺伝子を改変」とは、初期化前体細胞において双極性細胞制御遺伝子を改変した後、初期化前体細胞を初期化することによって、改変された双極細胞制御遺伝子を有する多能性幹細胞を作製する態様も含む。
【0109】
工程(1)で得られた細胞集団は、当業者であれば、周知の方法で保存することが可能である。保存された細胞集団は、双極細胞制御遺伝子が改変された網膜系細胞を得るための原材料又は製造中間体である。本発明の一態様として、双極細胞制御遺伝子が改変された網膜系細胞の原材料又は製造中間体を提供する。
【0110】
工程(1)で得られた細胞集団を保存する方法の例として、凍結保存が挙げられる。凍結保存する方法は、一般に細胞を凍結保存する方法として公知の方法であれば特に限定されない。例えば、工程(1)で得られた細胞集団をDMSO、グリセリン等の凍害保護剤を含む培地に懸濁し凍結保存することができる。また、市販の細胞凍結保存液[StemCellBanker(Zenoaq社、登録商標)]を用いることもできる。凍結保存によって細胞集団の長期保存が可能である。
【0111】
本発明の一態様として、双極細胞制御遺伝子が改変された網膜系細胞を得るための原材料又は製造中間体としての、双極細胞制御遺伝子が改変された多能性幹細胞を含む細胞集団のマスターセルバンク又はワーキングセルバンクを提供する。
【0112】
すなわち、工程(1)で得られた細胞の拡大培養を経た後に、凍結保存することでマスターセルバンクを作製することができる。更に、マスターセルバンクから融解させた細胞を拡大培養することによって、ワーキングセルバンクを作製することもできる。マスターセルバンク及びワーキングセルバンクを作製するに当たっては、細胞の継代数は少ない方が好ましい。
【0113】
ここで、「マスターセルバンク」とは、全ての製造用細胞シードの基になる種株を拡大培養によって増殖させ、複数のアンプルに分注したものをいう。また、「ワーキングセルバンク」とは、マスターセルバンクの一個又は複数個から起眠した細胞を拡大培養によって増殖させ、複数のアンプルに分注したものをいう。
【0114】
本発明の一態様として、下記工程(i)~(iii)を含む、双極細胞制御遺伝子が改変された網膜系細胞の原材料又は製造中間体(例えば、双極細胞制御遺伝子が改変された多能性幹細胞を含む細胞集団のマスターセルバンク)の製造方法を提供する:
(i)多能性幹細胞の双極細胞制御遺伝子を改変して、上記双極細胞制御遺伝子が改変された多能性幹細胞の細胞集団を、インビトロで得る工程、
(ii)工程(i)で得られた多能性幹細胞の細胞集団を培養によって増殖させる工程、
(iii)工程(ii)で得られた多能性幹細胞の細胞集団を凍結保存する工程。
【0115】
凍結保存した双極細胞制御遺伝子が改変された多能性幹細胞の細胞集団(マスターセルバンク又はワーキングセルバンクを含む)を、融解後、工程(2)に提供することも可能である。当業者であれば、周知の方法で凍結細胞を融解することができる。非凍結又は凍結もしくは凍結後再融解した双極細胞制御遺伝子が改変された多能性幹細胞の細胞集団もまた本発明の一態様である。
【0116】
すなわち、本発明の別の一態様は、下記工程(iv)及び(v)を含む、網膜系細胞を含む細胞集団の製造方法である:
(iv)凍結保存された、双極細胞制御遺伝子が改変された多能性幹細胞の細胞集団を融解する工程、
(v)工程(iv)で得られた多能性幹細胞を含む細胞集団を、インビトロで網膜系細胞に分化誘導し、網膜系細胞を含む移植用細胞集団を得る工程。
【0117】
以下、工程(1)及び(2)について詳細に説明する。
【0118】
3-1.工程(1)について
工程(1)における多能性幹細胞として、好ましくはiPS細胞又はES細胞が挙げられる。
【0119】
ここで、iPS細胞又はES細胞の製造方法には特に限定はなく、上述のとおり当業者に周知の方法で製造することができる。好ましくは、フィーダー細胞非存在下(フィーダーフリー)で製造を行う。
【0120】
本発明において、「フィーダー細胞非存在下(フィーダーフリー)で製造を行う」とは、フィーダー細胞非存在下にて培養することである。フィーダー細胞非存在下とは、例えば、フィーダー細胞を添加していない条件、又は、フィーダー細胞を実質的に含まない(例えば、全細胞数に対するフィーダー細胞数の割合が3%以下、好ましくは0.5%以下)条件が挙げられる。
【0121】
工程(1)では必要に応じて、多能性幹細胞の維持培養又は拡大培養を行ってもよい。維持培養又は拡大培養は、当業者に周知の方法で実施することができるが、好ましくはフィーダーフリーで行う。
【0122】
上記多能性幹細胞の維持培養又は拡大培養で用いられる培地は、維持培養又は拡大培養が可能な限り限定されない。フィーダーフリー条件下では、未分化維持培養を可能にするために未分化維持因子を含む培地を用いるが、多くの合成培地が開発及び市販されており、これらを使用することができる。例えばEssential 8(Life Technologies社製)培地、S-medium(DSファーマバイオメディカル社製)、StemPro(Life Technologies社製、登録商標)、hESF9(Proc Natl Acad Sci U S A. 2008 Sep 9;105(36):13409-14)、mTeSR1 (STEMCELL Technologies社製)、mTeSR2 (STEMCELL Technologies社製)、TeSR-E8(STEMCELL Technologies社製)、StemFit(味の素社製、登録商標)が挙げられる。
【0123】
工程(1)における遺伝子改変は、上述した通り当業者に周知の方法で実施することができる。
【0124】
当業者であれば、双極細胞制御遺伝子の発現又は機能を消失又は減弱させるために、双極細胞制御遺伝子をどの様に改変するか決定することができる。
【0125】
双極細胞制御遺伝子の発現又は機能を消失又は減弱させるための一態様として、双極細胞制御遺伝子の遺伝子欠失が挙げられ、この態様では、双極細胞制御遺伝子の塩基配列の一部又は全部を欠失させる。塩基配列の一部欠失として、転写開始コドンを含む領域又はタンパク質の機能に重要な領域を一部欠失させることが挙げられる。遺伝子欠失された多能性幹細胞を選別するために、例えば薬剤耐性遺伝子又は蛍光タンパク質によって双極細胞制御遺伝子の塩基配列の一部又は全部を置換することもできる。
【0126】
当業者であれば、遺伝子が改変されていることを容易に確認することができる。一態様として、サザンブロット法、PCR(Polymerase Chain Reaction)法、シークエンシング等が挙げられる。
【0127】
当業者であれば、遺伝子改変された多能性幹細胞を選別することができる。一態様として、遺伝子改変の際に、ネオマイシン耐性遺伝子等の薬剤耐性遺伝子、又はGFP等の蛍光タンパク質をコードする遺伝子を導入し、薬剤又はGFPの蛍光によって遺伝子改変された細胞の選別を行う方法が挙げられる。
【0128】
工程(1)で得られる遺伝子改変を行った多能性幹細胞は、工程(2)に移る前に、その生存状態及び分化多能性が維持される限り、維持培養、拡大培養、保存、又はその他の処理に付すことができる。
【0129】
維持培養、拡大培養及び保存は、上述の方法等の当業者に周知の方法で実施することができる。
【0130】
凍結保存された双極細胞制御遺伝子が改変された多能性幹細胞を使用する場合には、工程(1)を、当該凍結細胞を融解する工程で置き換えてもよい。
【0131】
当業者であれば、周知の方法で、凍結保存した細胞を融解し、工程(2)に供することができる。一態様においては、凍結保存した細胞の融解後、該細胞の維持培養又は拡大培養を行ってもよい。
【0132】
3-2.工程(2)について
工程(1)で得られた細胞集団から、網膜系細胞を含む移植用細胞集団を得る方法の具体例について説明する。上記工程(2)の分化誘導方法としては、例えば、WO2011/055855、WO2012/173207、WO2013/077425、WO2015/025967、WO2016/063985、WO2016/063986、PLoS One. 2010 Jan 20;5(1):e8763.、Stem Cells. 2011 Aug;29(8):1206-18.、Proc Natl Acad Sci USA. 2014 Jun 10;111(23):8518-23、Nat Commun. 2014 Jun 10;5:4047に開示されている方法が挙げられるがこれらに限定されず、当業者に公知の方法で双極細胞制御遺伝子が改変された多能性幹細胞を、網膜系細胞を含む移植用細胞集団又は網膜組織に分化誘導するその他の方法に供することもできる。
【0133】
工程(2)の一態様として、下記工程(A)~(C)によって網膜系細胞を含む細胞凝集体を得ることができる。
(A):工程(1)で得られた遺伝子改変された多能性幹細胞の細胞集団を、Wntシグナル伝達経路阻害物質を含む無血清培地中で浮遊培養することによって多能性幹細胞の細胞凝集体を形成させる工程、
(B):工程(A)で得られた細胞凝集体を、基底膜標品を含む無血清培地中で浮遊培養する工程、
(C):工程(B)で得られた細胞凝集体を、血清培地中で浮遊培養する工程。
【0134】
本方法は、例えばWO2013/077425にも開示されており、より詳細にはWO2013/077425を参照することが可能である。
【0135】
本発明における「無血清培地」とは、無調整又は未精製の血清を含まない培地を意味する。本発明では、精製された血液由来成分又は動物組織由来成分(例えば、増殖因子)が混入している培地も、無調整又は未精製の血清を含まない限り無血清培地に含まれる。
【0136】
かかる無血清培地として、市販のKSR(Life Technologies社製、商品名)を適量(例えば、体積パーセントで、約0.5%~約30%、好ましくは約1%~約20%)添加した無血清培地を使用してもよい。
【0137】
Wntシグナル伝達経路阻害物質は、Wntによって媒介されるシグナル伝達を抑制し得るものである限り特に限定されない。例えば、CKI-7(N-(2-アミノエチル)-5-クロロ-イソキノリン-8-スルホンアミド)、IWR-1-endo(IWR1e)等は公知のWntシグナル伝達経路阻害物質であり、市販品等を適宜入手可能である。Wntシグナル伝達経路阻害物質として好ましくはIWR1eが用いられる。
【0138】
用いられるWntシグナル伝達経路阻害物質の濃度は、多能性幹細胞の凝集体が形成する濃度であればよい。例えばIWR1eの場合、約0.1μM~100μM、好ましくは約1μM~10μM、より好ましくは約3μMの濃度で培地に添加する。
【0139】
Wntシグナル経路阻害物質は、浮遊培養開始前に無血清培地に添加してもよく、また、浮遊培養開始後数日以内(例えば、5日以内)に無血清培地に添加してもよい。好ましくは、Wntシグナル経路阻害物質は、浮遊培養開始後5日以内、より好ましくは3日以内、最も好ましくは浮遊培養開始と同時に、無血清培地に添加する。また、Wntシグナル経路阻害物質を添加した状態で、好ましくは浮遊培養開始後18日目まで、より好ましくは12日目まで浮遊培養する。
【0140】
凝集体を形成させる実験的な操作としては、例えば、ウェルの小さなプレート(96ウェルプレート)又はマイクロポア等を用いて小さいスペースに細胞を閉じ込める方法、小さな遠心チューブを用いて短時間遠心することで細胞を凝集させる方法等が挙げられる。
【0141】
細胞凝集体を形成させるときの多能性幹細胞の細胞数は、幹細胞の均一な凝集体を形成可能な細胞数である限り特に限定されない。例えば96ウェルマイクロウェルプレートを用いる場合、1ウェルあたり、約1×10~約5×10細胞、好ましくは約3×10~約3×10細胞、より好ましくは約5×10~約2×10細胞、最も好ましくは9×10細胞前後となるように調製した液を添加し、プレートを静置して細胞凝集体を形成させる。
【0142】
多能性幹細胞の凝集体が形成されたことは、細胞凝集体のサイズ及び細胞数、巨視的形態、組織染色解析による微視的形態及びその均一性、分化及び未分化マーカーの発現並びにその均一性、分化マーカーの発現制御及びその同期性、並びに、分化効率の凝集体間の再現性等に基づき、当業者であれば判断することが可能である。
【0143】
基底膜標品としては、その上に基底膜形成能を有する所望の細胞を播腫して培養した場合に、上皮細胞様の細胞形態、分化、増殖、運動、機能発現等を制御する機能を有するような基底膜構成成分を含むものをいう。ここで、「基底膜構成成分」とは、動物の組織において、上皮細胞層と間質細胞層等との間に存在する薄い膜状をした細胞外マトリックス分子をいう。基底膜標品は、例えば、基底膜を介して支持体上に接着している基底膜形成能を有する細胞を、該細胞の脂質溶解能を有する溶液、アルカリ溶液等を用いて除去することで作製することができる。好ましい基底膜標品としては、基底膜成分として市販されている商品(例えばMatrigel(以下、「マトリゲル」という場合がある。))、又は、基底膜成分として公知の細胞外マトリックス分子(例えば、ラミニン、IV型コラーゲン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、エンタクチン等)を含むものが挙げられる。
【0144】
用いられる基底膜標品の量としては、例えばMatigelを用いる場合には、好ましくは培地の体積を基準として、1/20~1/200の量、より好ましくは1/100前後の量を挙げることができる。基底膜標品は、幹細胞の培養開始時に既に培地に添加されていてもよいが、好ましくは、浮遊培養開始後5日以内、より好ましくは浮遊培養開始後2日以内に無血清培地に添加される。
【0145】
血清は、例えば、ウシ血清、仔ウシ血清、ウシ胎児血清、ウマ血清、仔ウマ血清、ウマ胎児血清、ウサギ血清、仔ウサギ血清、ウサギ胎児血清、及びヒト血清等哺乳動物の血清等を用いることができる。
【0146】
血清の添加は、浮遊培養開始後7日目以降、より好ましくは9日目以降、最も好ましくは12日目に行う。血清は、体積パーセントで、約1~30%、好ましくは約3~20%、より好ましくは10%前後(例えば、5%~15%)の濃度になるように添加する。
【0147】
工程(2)の別の一態様として、下記工程(D)、(E)及び(F)を含む方法によって網膜系細胞を含む細胞凝集体を得ることができる。
(D):工程(1)で得られた、双極細胞制御遺伝子が改変された多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下で、1)TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質、並びに2)未分化維持因子を含む培地で培養する工程、
(E):工程(D)で培養した双極細胞制御遺伝子が改変された多能性幹細胞を無血清培地中で浮遊培養することによって、細胞凝集体を形成させる工程、
(F):工程(E)で得られた細胞凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質を含む培地中で更に浮遊培養する工程。
【0148】
本方法は、例えばWO2016/063985にも開示されており、より詳細にはWO2016/063985を参照することが可能である。
【0149】
TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質とは、TGFβファミリーシグナル伝達経路、すなわちSmadファミリーによって伝達されるシグナル伝達経路を阻害する物質を表し、具体的にはTGFβシグナル伝達経路阻害物質(例:SB431542、LY-364947、SB-505124、A-83-01等)、Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質(例:SB431542、A-83-01等)及びBMPシグナル伝達経路阻害物質(例:LDN193189、Dorsomorphin等)を挙げることができる。これらの物質は市販されており入手可能である。
【0150】
ソニック・ヘッジホッグ(以下、「Shh」と記すことがある。)シグナル伝達経路作用物質とは、Shhによって媒介されるシグナル伝達を増強し得る物質である。Shhシグナル伝達経路作用物質としては、例えば、PMA(Purmorphamine)、SAG(Smoothened Agonist)等が挙げられる。
【0151】
TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質の濃度は、網膜系細胞への分化を誘導可能な濃度であればよい。例えば、SB431542は、通常0.1~200μM、好ましくは2~50μMの濃度で使用される。A-83-01は、通常0.05~50μM、好ましくは0.5~5μMの濃度で使用される。LDN193189は、通常1~2000nM、好ましくは10~300nMの濃度で使用される。SAGは、通常、1~2000nM、好ましくは10~700nMの濃度で使用される。PMAは、通常0.002~20μM、好ましくは0.02~2μMの濃度で使用される。
【0152】
工程(D)におけるフィーダーフリー条件での多能性幹細胞の培養においては、培地として未分化維持因子を含む上記フィーダーフリー培地を用いるとよい。
【0153】
工程(D)におけるフィーダーフリー条件での多能性幹細胞の培養においては、フィーダー細胞に代わる足場を多能性幹細胞に提供するため、適切なマトリクスを足場として用いてもよい。足場として用いることのできるマトリクスとしては、ラミニン(Nat Biotechnol 28,611-615,(2010))、ラミニン断片(Nat Commun 3,1236,(2012))、基底膜標品(Nat Biotechnol 19,971-974,(2001))、ゼラチン、コラーゲン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、エンタクチン、ビトロネクチン(Vitronectin)等が挙げられる。
【0154】
工程(D)における多能性幹細胞の培養時間は、工程(E)において形成される細胞凝集体の質を向上させることが可能な範囲であれば特に限定されないが、通常0.5~144時間である。一態様において、培養時間は好ましくは2~96時間、より好ましくは6~48時間、更に好ましくは12~48時間、より更に好ましくは18~28時間(例、24時間)である。
【0155】
無血清培地の準備及び細胞凝集体の形成は、上述と同様に実施することができる。
【0156】
一態様において、工程(E)において用いられる培地は、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を含む。ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質としては、上述したものを上述の濃度で用いることができる。ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質は、好ましくは、浮遊培養開始時から培地に含まれる。培地には、ROCK阻害剤(例、Y-27632)を添加してもよい。培養時間は例えば、12時間~6日間である。
【0157】
BMPシグナル伝達経路作用物質とは、BMPによって媒介されるシグナル伝達経路を増強し得る物質である。BMPシグナル伝達経路作用物質としては、例えばBMP2、BMP4若しくはBMP7等のBMPタンパク質、GDF7等のGDFタンパク質、抗BMP受容体抗体、又は、BMP部分ペプチド等が挙げられる。BMP2タンパク質、BMP4タンパク質及びBMP7タンパク質は例えばR&D Systems社から、GDF7タンパク質は例えば和光純薬から入手可能である。
【0158】
用いられる培地としては、例えば、BMPシグナル伝達経路作用物質が添加された無血清培地又は血清培地(好ましくは、無血清培地)が挙げられる。無血清培地、血清培地は上述の通り準備することができる。
【0159】
BMPシグナル伝達経路作用物質の濃度は、網膜系細胞への分化を誘導可能な濃度であればよい。例えばヒトBMP4タンパク質の場合は、約0.01nM~約1μM、好ましくは約0.1nM~約100nM、より好ましくは約1nM~約10nM、更に好ましくは約1.5nM(55ng/mL)の濃度となるように培地に添加する。
【0160】
BMPシグナル伝達経路作用物質は、工程(D)の浮遊培養開始から約24時間後以降に培地に添加されていればよく、例えば浮遊培養開始後数日以内(例えば、15日以内)に培地に添加されていればよい。好ましくは、BMPシグナル伝達経路作用物質は、浮遊培養開始後1日目~15日目の間、より好ましくは1日目~9日目の間、最も好ましくは3日目に培地に添加する。
【0161】
上記工程(A)~工程(F)における培養温度、CO濃度等の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、例えば約30℃~約40℃、好ましくは約37℃である。またCO濃度は、例えば約1%~約10%、好ましくは約5%である。
【0162】
上記工程(C)又は工程(F)における培養期間を変動させることによって、様々な分化段階の網膜系細胞を製造することができる。すなわち、未成熟な網膜系細胞(例:網膜前駆細胞、視細胞前駆細胞)と成熟した網膜系細胞(例:視細胞)とを様々な割合で含む網膜系細胞を製造することができる。工程(C)又は工程(F)の培養期間を延ばすことによって、成熟した網膜系細胞の割合を増やすことができる。
【0163】
上述した方法で得た網膜系細胞の細胞凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質の存在下又は非存在下で、Wntシグナル伝達経路作用物質、及び/又は、FGFシグナル伝達経路阻害物質を含む無血清培地又は血清培地中で3日間から6日間程度の期間培養後、Wntシグナル伝達経路作用物質及びFGFシグナル伝達経路阻害物質を含まない無血清培地又は血清培地中で30日間~60日間程度培養することによって、毛様体周縁部様構造体を製造することもできる。
【0164】
毛様体周縁部様構造体とは、毛様体周縁部と類似した構造体のことである。「毛様体周縁部(ciliary marginal zone;CMZ)」としては、例えば、生体網膜において網膜組織(具体的には、神経網膜)と網膜色素上皮との境界領域に存在する組織であり、且つ、網膜の組織幹細胞(網膜幹細胞)を含む領域を挙げることができる。毛様体周縁部は、毛様体縁(ciliary margin)又は網膜縁(retinal margin)とも呼ばれる。毛様体周縁部は、網膜組織への網膜前駆細胞若しくは分化細胞の供給、及び網膜組織構造の維持等に重要な役割を果たしていることが知られている。毛様体周縁部のマーカー遺伝子としては、例えば、Rdh10遺伝子(陽性)、Otx1遺伝子(陽性)及びZic1(陽性)を挙げることができる。
【0165】
Wntシグナル伝達経路作用物質としては、Wntによって媒介されるシグナル伝達を増強し得るものである限り特に限定されない。具体的なWntシグナル伝達経路作用物質としては、例えば、GSK3β阻害剤(例えば、6-Bromoindirubin-3’-oxime(BIO)、CHIR99021、Kenpaullone)を挙げることができる。例えばCHIR99021の場合には、約0.1μM~約100μM、好ましくは約1μM~約30μMの濃度で添加する。
【0166】
FGFシグナル伝達経路阻害物質としては、FGFによって媒介されるシグナル伝達を阻害できるものである限り特に限定されない。FGFシグナル伝達経路阻害物質としては、例えば、SU-5402、AZD4547、BGJ398等が挙げられる。例えばSU-5402の場合、約0.1μM~約100μM、好ましくは約1μM~約30μM、より好ましくは約5μMの濃度で添加する。
【0167】
上述の方法によって、双極細胞制御遺伝子が改変された網膜系細胞を製造することができるが、これらの方法に限定されない。
【0168】
工程(2)によって得られる網膜系細胞を含む移植用細胞集団において、網膜前駆細胞、視細胞前駆細胞及び視細胞の細胞数の合計が全細胞数の10%以上(好ましくは、20%以上、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、又は90%以上)であってよい。また、工程(2)によって得られる網膜系細胞を含む移植用細胞集団の培養を継続した場合(例:工程(2)の開始120日以降)、又は工程(2)によって得られる網膜系細胞を含む移植用細胞集団を生体に移植した場合、インビトロ又は移植されたレシピエントの網膜において、神経網膜層が形成され、神経網膜層を構成する細胞が増大する。この段階で、網膜前駆細胞、視細胞前駆細胞及び視細胞の細胞数の合計は、全細胞数の30%以上(好ましくは40%以上、又は50%以上)であってよく、双極細胞前駆細胞、錐体双極細胞及び桿体双極細胞の細胞数の合計は、全細胞数の30%以下(好ましくは、20%以下、10%以下、又は5%以下)であってよい。また、アマクリン細胞の細胞数に対する双極細胞の細胞数の割合が減少する(例:70%以下、60%以下、50%以下)。
【0169】
本発明の一態様として、網膜前駆細胞はChx10陽性細胞であり、視細胞前駆細胞はCrx陽性細胞であり、視細胞はリカバリン陽性細胞である。
【0170】
工程(2)で得られた細胞集団中の網膜前駆細胞、視細胞前駆細胞及び視細胞の割合は、当業者であれば周知の方法により測定することができる。一態様として、免疫染色又はフローサイトメトリー等の方法によって、Chx10陽性細胞、Crx陽性細胞、リカバリン陽性細胞の含まれる割合を測定することが可能である。
【0171】
当業者であれば、双極細胞制御遺伝子の改変が維持されていることを周知の方法、例えば上述した方法によって確認することができる。
【0172】
双極細胞に分化していないこと、又は双極細胞が変性死していることは、例えば、免疫染色又はフローサイトメトリー等の方法によって、双極細胞のマーカーであるPKCα、Chx10等の発現の有無によって確認することができる。
【0173】
双極細胞が機能不全に陥っていることは、免疫組織学的解析又は電気生理学的解析等の方法で確認することができ、例えば、視細胞とのシナプス接続又は神経発火が観察できない場合に、双極細胞が機能不全に陥っていると判断することができる。
【0174】
また、正常な視細胞が誘導されていることは、例えば、免疫染色又はフローサイトメトリー等の方法によって、視細胞のマーカーであるリカバリン等の発現の有無によって確認することができる。
【0175】
上述した細胞の有無、及びそれらの割合は、移植後の組織から確認することもできる。
【0176】
4.網膜系細胞を含む移植用細胞集団の移植について
上述の方法等によって製造した網膜系細胞を含む移植用細胞集団は、移植を必要とする対象(例:哺乳動物)に移植することができ、当該移植によって対象の視機能を改善することができる。対象となりうる哺乳動物としては、例えば、ヒト、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ、ネコ、イヌ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ウマ、ヤギ、サル等が挙げられる。
【0177】
網膜系細胞を含む移植用細胞集団は、細胞凝集体の形態で移植することができる。また、本発明の製造方法で得られる網膜組織を、ピンセット、ナイフ、ハサミ等を用いて適切な大きさに細切し、シート剤(細胞シート)とした後に移植することもできる。例えば、一つの細胞凝集塊から切り出した細胞シート(例えば直径300μm、高さ50μm)を、視細胞が変性している領域の面積に応じて、1枚から複数枚移植することが挙げられる。当業者であれば、その変性死しているに領域の面積に応じて、細胞シートの枚数を選択することができる。更に、製造した網膜系細胞に、酵素処理、又はピペッティング等の操作を行い、細胞懸濁液の形態として移植することもできる。
【0178】
網膜系細胞を含む移植用細胞集団は、好ましくは医薬組成物に調製のうえ、移植する。
【0179】
細胞懸濁液の移植は、例えば、注射針を用いて網膜下に移植する方法で実施される。細胞シートの移植は、例えば、眼球の一部を切開し、切開部位を通して、損傷部位又は病変部位に細胞シートを移植することで実施される。
【0180】
移植後、生着した未成熟な網膜系細胞の少なくとも一部は、対象の生体内(眼内)の環境下において、成熟した網膜系細胞に分化誘導される。ここで、「移植後に誘導される視細胞」とは、対象の眼内において、移植後、生着した網膜前駆細胞又は視細胞前駆細胞から分化誘導される視細胞を意味する。
【0181】
ここで、本発明における「生着」とは、移植された細胞が生体内に長期間(例:30日以上、60日以上、90日以上)生存し、臓器内に接着して留まることを意味する。
【0182】
本発明における「機能的生着」とは、移植された細胞が生着し、生体内で本来の機能を果たしている状態を意味する。
【0183】
視細胞の本来の機能とは、生体内において双極細胞と接触してシナプスを形成し、視細胞で変換された電気信号を双極細胞に伝達することである。したがって、本発明における「視細胞の機能的生着」とは、移植された視細胞(移植後に誘導される視細胞を含む)がホスト側の双極細胞と接触してシナプスを形成し、視細胞で変換された電気信号が該シナプスを介して双極細胞に伝達される状態で生着していることを意味する。視細胞と双極細胞がシナプスを形成していることは、視細胞側のシナプスマーカー(例:Ctbp2, Basoon、Cacna1f、ELFN1)、又は双極細胞側のシナプスマーカー(例:mGluR6、Cacna1s、TRPM1)を染色することにより確認できる。具体的には、免疫染色等の手法により、リカバリン陽性細胞(視細胞)とPKCα陽性細胞(双極細胞)の接触面における上記シナプスマーカーの染色により、シナプス形成を確認することができる。本発明において、移植片の視細胞層がホスト側の双極細胞を含む網膜層と接触した状態を、視細胞の機能的生着とみなすこともできる(Stem Cells,31,1149-1159,(2013))。
【0184】
本発明における「接触」とは、細胞同士が物理的に近接しており、シナプス接続が示唆される状態を指す。
【0185】
本発明における「接触率」とは、移植した網膜組織の長径に対する、移植した網膜組織の視細胞層がホスト側の双極細胞を含む網膜層と接触している長さの割合を指す。
【0186】
本発明における「機能的生着率」とは、移植した細胞のうち、機能的生着を果たした細胞の割合を意味する。移植された視細胞の機能的生着率は、上記接触率から求めることができる。
【0187】
本発明に係る方法で製造した網膜系細胞を含む移植用細胞集団を移植することによって移植された視細胞(移植後に誘導される視細胞を含む)の、機能的生着率は10%以上、好ましくは20%以上、より好ましくは40%以上、更に好ましくは50%以上、特に好ましくは60%以上である。
【0188】
移植された視細胞(移植後に誘導される視細胞を含む)の生着率及び/又は機能的生着率が高いほど、移植後の視機能の改善効果が高くなる。
【0189】
従って、本発明は、移植された視細胞(移植後に誘導される視細胞を含む)の生着率及び/又は機能的生着率の改善方法を提供する。
【0190】
5.医薬組成物
本発明は、上記製造方法によって製造される、網膜系細胞を含む移植用細胞集団の有効量を含む、医薬組成物を提供する。移植用細胞集団の有効量は、投与の目的、投与方法、及び投与対象の状況(性別、年齢、体重、病状等)によって異なるが、例えば、細胞数として、1×10個~1×10個(例:1×10個、1×10個又は1×10個)とすることができる。
【0191】
医薬組成物は、本発明の製造方法によって製造される上記移植用細胞集団の有効量、及び医薬として許容される担体を含む。
【0192】
医薬として許容される担体としては、生理的な水性溶媒(生理食塩水、緩衝液、無血清培地等)を用いることができる。必要に応じて、医薬組成物には、移植医療において、移植する組織又は細胞を含む医薬に、通常使用される保存剤、安定剤、還元剤、等張化剤等を配合させてもよい。
【0193】
本発明の医薬組成物は、上記製造方法で製造される上記移植用細胞集団を、適切な生理的な水性溶媒で懸濁することによって、細胞懸濁液として製造することができる。必要であれば、凍結保存剤を添加して上記移植用細胞集団を凍結保存し、使用時に解凍し、緩衝液で洗浄し、移植医療に用いてもよい。
【0194】
本発明の製造方法で得られる移植用細胞集団を含む網膜組織を、ピンセット、ナイフ、ハサミ等を用いて適切な大きさに細切し、シート剤とすることもできる。
【0195】
また、本発明の製造方法で得られる移植用細胞集団は、分化誘導を行う工程(2)で接着培養を行うことによって、シート状に成形し、細胞シートであるシート剤とすることもできる。
【0196】
本発明の医薬組成物は、網膜系細胞の障害に基づく疾患の治療薬として有用である。
【0197】
6.治療薬及び治療方法
本発明の製造方法によって製造される網膜系細胞を含む移植用細胞集団は、網膜組織の障害(網膜前駆細胞又は網膜系細胞の障害を含む)に基づく疾患の移植医療に有用である。そこで、本発明は、本発明の製造方法によって製造される網膜系細胞を含む移植用細胞集団を含む、網膜組織の障害に基づく疾患の治療薬を提供する。また、本発明は当該治療薬を、懸濁液やシート剤の形態で患者に投与(移植)することを含む治療方法も提供する。網膜組織の障害に基づく疾患の治療薬として、又は、当該網膜組織の損傷状態において、該当する損傷部位を補充するために、本発明の製造方法によって製造された網膜系細胞を含む移植用細胞集団を用いることができる。移植を必要とする、網膜組織の障害に基づく疾患、又は網膜組織の損傷状態の患者に、本発明の製造方法によって製造された網膜系細胞を含む移植用細胞集団を移植し、当該網膜系細胞又は、障害を受けた網膜組織自体を補充することによって、網膜組織の障害に基づく疾患、又は網膜組織の損傷状態を治療することができる。網膜組織の障害に基づく疾患としては、例えば、眼科疾患である、黄斑変性症、加齢黄斑変性、網膜色素変性、緑内障、角膜疾患、網膜剥離、中心性漿液性網脈絡膜症、錐体ジストロフィー、錐体桿体ジストロフィー等が挙げられる。網膜組織の損傷状態としては、例えは、視細胞が変性死している状態等が挙げられる。
【0198】
移植医療においては、組織適合性抗原の違いによる拒絶反応がしばしば問題となるが、移植のレシピエントの体細胞から樹立した多能性幹細胞(例、人工多能性幹細胞)を用いることで当該問題を克服できる。すなわち、本発明の好ましい態様において、多能性幹細胞として、レシピエントの体細胞から樹立した多能性幹細胞(例、人工多能性幹細胞)を用いることによって、当該レシピエントについて免疫学的自己の網膜組織又は網膜系細胞を製造し、これが当該レシピエントに移植される。
【0199】
また、レシピエントと免疫が適合する(例えば、HLA型又はMHC型が適合する)他者の体細胞から樹立した多能性幹細胞(例、人工多能性幹細胞)から、アロ(他家)の網膜組織又は網膜系細胞を製造し、これを当該レシピエントに移植してもよい。
【実施例
【0200】
以下に実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明は何らこれらに限定されるものではない。
【0201】
実施例1:Bhlhb4遺伝子の機能を欠失させたマウスiPS細胞由来の網膜組織を移植し、移植組織中の桿体双極細胞を減少させる例
Nrl::eGFPマウスから樹立したNrl::eGFPレポーターを持つマウスiPS細胞(Stem Cells,31,1149-1159,(2013)、Proc.Natl.Acad.Sci. USA,103,pp.3890-3895,(2006))を、Nature biotechnology,26(2),215-24,(2008)に記載の方法に準じて未分化維持培養した。
【0202】
Bhlhb4遺伝子(BHLHE23遺伝子のマウスオルソログ)の機能を欠損させる方法として、CRISPR/Cas9システムを用いた。SpCas9と標的配列sgRNA(配列番号16:ccgagctcaagtcgctgtcg、配列番号17:cgcgccttggtgagaaggcg)を細胞内で発現させることにより、標的配列部位を切断することができる。SpCas9と標的配列とを組み込んだプラスミドをエレクトロポレーション法(商品名:Nucreofector,Lonza社製)によって、マウスiPS細胞に導入した。マウスiPS細胞に、CRISPR/Cas9と、Bhlhb4遺伝子の開始コドンを含む領域を欠失させるように設計したgRNA、及びピューロマイシン耐性遺伝子を組み込んだプラスミドと、を導入した。ピューロマイシンを用いて導入細胞をセレクションし、コロニーをピックアップすることで、Bhlhb4遺伝子欠失株を樹立した。Bhlhb4遺伝子の目的箇所が欠失しているか、PCR及びアガロースゲル電気泳動で、又は塩基配列情報を読むことで確かめた。
【0203】
網膜への分化誘導方法としては、非特許文献2に記載の方法を改良した非特許文献5に記載のSFEBq法を用いた。分化誘導操作は、以下のように行った。まず、マウスiPS細胞を酵素処理にて単一細胞に分散させた後、96ウェルプレートに3000細胞/ウェルで浮遊培養した。分化誘導開始後0日目~1日目までAGN193109(0.1μM,Toronto Research Chemicals社製)を添加した培地中で上記細胞を培養し、その後8日目までAGN193109及びGrowth Factor Reduced Matrigel(2%v/v,BD Biosciences社製)を添加した培地中で上記細胞を培養した。なお、「分化誘導開始後N日目」とは、分化誘導開始N日後(N×24時間後)からN+1日((N+1)×24時間)経過直前までの期間を意味する(以下同じ)。培地として、G-MEM(5% KSR,0.1mM 非必須アミノ酸,1mM ピルベート,0.1mM 2-メルカプトエタノール)を使用した。分化誘導開始後8日目に、網膜前駆組織の上皮構造が袋状に突出した眼胞を、No.11 Bladeを用いて細胞塊から切り出し、40%O、5%CO環境下、DMEM/F12(N2 supplement,10% FBS,0.5μM オールトランスレチノイン酸,1mM L-タウリン)の培地で浮遊培養した。分化誘導開始後15日目に立体網膜を切り出し、注射器を用いて、視細胞変性モデルであるrd1マウスの網膜下へ移植した。移植後分化30-50日相当齢に、眼組織をパラホルムアルデヒド固定(PFA固定)してスクロース置換した。クライオスタットを用いて、組織切片を作製した。免疫染色によって、抗PKCα抗体(商品名:Rabbit Anti-Protein Kinase Cα antibody、Sigma社製)、抗カルレチニン抗体(商品名:Rabbit Anti-Calretinin Antibody、Millipore社製)、及び抗カルビンジン抗体(商品名:Monoclonal Anti Calbindin-D-28K antibody、Sigma社製)を用いて、それぞれ、組織切片中の桿体双極細胞、アマクリン細胞、及び水平細胞を染色し、移植後のグラフトを評価した。
【0204】
染色した組織について、共焦点顕微鏡(商品名:TCS SP8、ライカ社製)を用いて蛍光観察を行い、移植片の中のそれぞれの細胞の割合を調べた。その結果、Bhlhb4遺伝子を欠失していない網膜組織を移植した場合と比べて、Bhlhb4遺伝子を欠失させた網膜組織を移植した場合には、桿体双極細胞の割合が有意に減少していることが分かった(図1)。
【0205】
実施例2:Bhlhb4遺伝子の機能を欠失させたマウスiPS細胞由来の網膜組織を移植し、ホスト桿体双極細胞との接触率を向上させる例
Nrl::eGFPマウスから樹立したNrl::eGFPレポーターを持つマウスiPS細胞を、Nature biotechnology,26(2),215-24,(2008)に記載の方法に準じて未分化維持培養した。
【0206】
網膜への分化誘導方法及び移植方法としては、実施例1と同様の方法を用いた。移植後分化40日及び90日相当齢前後に、眼組織をPFA固定してスクロース置換した。クライオスタットを用いて、組織切片を作製した。免疫染色によって、抗PKCα抗体(商品名:Rabbit Anti-Protein Kinase Cα antibody、Sigma社製)を用いて組織切片中の桿体双極細胞を染色した。
【0207】
染色した組織について、共焦点顕微鏡(商品名:TCS SP8、ライカ社製)を用いて蛍光観察を行い、ホスト桿体双極細胞とeGFP陽性移植視細胞との接する部分の長さの、グラフトの存在している部分全体の長さに対する比率を調べた。その結果、Bhlhb4遺伝子を欠失していない網膜組織を移植した場合と比べて、Bhlhb4遺伝子を欠失させた網膜組織を移植した場合、ホスト桿体双極細胞に接触しているグラフト由来の視細胞の割合が有意に増加していることが分かった(図2)。
【0208】
実施例3:ISL1遺伝子の機能を欠失させたマウスiPS細胞由来の網膜組織を移植し、移植組織中の桿体双極細胞、アマクリン細胞及び水平細胞を減少させる例
Nrl::eGFPマウスから樹立したNrl::eGFPレポーターを持つマウスiPS細胞を、Nature biotechnology,26(2),215-24,(2008)に記載の方法に準じて未分化維持培養した。
【0209】
ISL1遺伝子の機能を欠失させる方法として、CRISPR/Cas9システムを用いた。マウスiPS細胞に、CRISPR/Cas9と、ILS1遺伝子の第1及び第2エクソンを欠失させるように設計した標的配列(配列番号18:tcttcaatagcacgcgggaa、配列番号19:tcctaagccataaagcgctt)、並びにピューロマイシン耐性遺伝子を組み込んだプラスミドとをエレクトロポレーション法(Nucreofector,Lonza社製)によって、マウスiPS細胞に導入した。ピューロマイシンを用いて導入細胞をセレクションし、コロニーをピックアップすることで、ISL1遺伝子欠失株を樹立した。ISL1遺伝子の目的箇所が欠失しているか、PCR及びアガロースゲル電気泳動で、又は塩基配列情報を読むことで確認した。
【0210】
網膜への分化誘導方法としては、非特許文献2に記載の方法を改良した非特許文献5に記載のSFEBq法を用いた。分化誘導操作は、以下のように行った。まず、マウスiPS細胞を酵素処理にて単一細胞に分散させた後、96ウェルプレートに3000細胞/ウェルで浮遊培養した。分化誘導開始後0日目~1日目までAGN193109(0.1μM)を添加した培地中で上記細胞を培養し、その後8日目までAGN193109(0.1μM)及びGrowth Factor Reduced Matrigel(2%v/v)を添加した培地中で上記細胞を培養した。培地として、G-MEM(5% KSR,0.1mM 非必須アミノ酸,1mM ピルベート,0.1mM 2-メルカプトエタノール)を使用した。分化誘導開始後8日目に眼胞をNo.11 Bladeを用いて切り出し、40%O、5%CO環境下、DMEM/F12(N2 supplement,10% FBS,0.5μM オールトランスレチノイン酸,1mM L-タウリン)の培地で浮遊培養した。分化誘導開始後15日目に立体網膜を切り出し、注射器を用いて、視細胞変性モデルであるrd1マウスの網膜下へ移植した。移植後30~50日目に眼組織をPFA固定してスクロース置換した。クライオスタットを用いて、切片を作製した。免疫染色によって、抗PKCα抗体、抗カルレチニン抗体、及び抗カルビンジン抗体を用いて、それぞれ、切片中の桿体双極細胞、アマクリン細胞、及び水平細胞を染色し、移植後のグラフトを評価した。
【0211】
染色した組織について、共焦点顕微鏡(Leica社製)を用いて蛍光観察を行い、移植片の中のそれぞれの細胞の割合を調べた。その結果、ISL1遺伝子を欠失していない網膜組織を移植した場合と比べて、ISL1遺伝子を欠失させた網膜組織を移植した場合、桿体双極細胞の割合が有意に減少していることが分かった(図3)。
【0212】
実施例4:双極細胞制御遺伝子の機能を欠失させたマウスiPS細胞由来の網膜組織を移植し、移植組織中のホスト双極細胞と移植視細胞のシナプス接続を示唆する例
Nrl::eGFPマウスから樹立したNrl::eGFPレポーターを持つマウスiPS細胞を、Nature biotechnology,26(2),215-24,(2008)に記載の方法に準じて未分化維持培養した。
【0213】
Bhlhb4遺伝子又はISL1遺伝子を欠失させる方法として、実施例1及び3と同様の方法を用いた。
【0214】
網膜への分化誘導方法としては、非特許文献2に記載の方法を改良した非特許文献5に記載のSFEBq法を用いた。分化誘導操作は、以下のように行った。まず、マウスiPS細胞を酵素処理にて単一細胞に分散させた後、96ウェルプレートに3000細胞/ウェルで浮遊培養した。分化誘導開始後0日目~1日目までAGN193109(0.1μM)を添加した培地中で上記細胞を培養し、その後8日目までAGN193109(0.1μM)及びGrowth Factor Reduced Matrigel(2%v/v)を添加した培地中で上記細胞を培養した。培地として、G-MEM(5% KSR,0.1mM 非必須アミノ酸,1mM ピルベート,0.1mM 2-メルカプトエタノール)を使用した。分化誘導開始後8日目に、眼胞をNo.11 Bladeを用いて切り出し、40%O、5%CO環境下、DMEM/F12(N2 supplement,10% FBS,0.5μM オールトランスレチノイン酸,1mM L-タウリン)の培地で浮遊培養した。分化誘導開始後15日目に立体網膜を切り出し、注射器を用いて、視細胞変性モデルであるrd1マウスの網膜下へ移植した。移植後30~50日目に眼組織をPFA固定してスクロース置換した。クライオスタットを用いて、切片を作製した。免疫染色によって、抗PKCα抗体及び抗Ctbp2抗体を用いて、それぞれ、切片中の桿体双極細胞及び視細胞のシナプス末端を染色し、移植後のグラフトを評価した。
【0215】
染色した組織について、共焦点顕微鏡(Leica社製)を用いて蛍光観察を行い、移植組織中のホスト双極細胞と移植視細胞のシナプス接続を評価した。その結果、BhlhB4及びISL1遺伝子を欠失した網膜組織を移植した際、ホストの双極細胞とシナプス接続している可能性が示唆された(図4)。
【0216】
実施例5:双極細胞制御遺伝子の機能の欠失による桿体双極細胞、アマクリン細胞、及び水平細胞の減少を評価する例
Nrl::eGFPマウスから樹立したNrl::eGFPレポーターを持つマウスiPS細胞を、Nature biotechnology,26(2),215-24,(2008)に記載の方法に準じて未分化維持培養した。
【0217】
Bhlhb4遺伝子又はISL1遺伝子を欠失させる方法として、実施例1及び3と同様の方法を用いた。
【0218】
網膜への分化誘導方法としては、非特許文献2に記載の方法を改良した非特許文献5に記載のSFEBq法を用いた。分化誘導操作は、以下のように行った。まず、マウスiPS細胞を酵素処理にて単一細胞に分散させた後、96ウェルプレートに3000細胞/ウェルで浮遊培養した。分化誘導開始後0日目~1日目までAGN193109(0.1μM)を添加した培地中で上記細胞を培養し、その後8日目までAGN193109(0.1μM)及びGrowth Factor Reduced Matrigel(2%v/v)を添加した培地中で上記細胞を培養した。培地として、G-MEM(5% KSR,0.1mM 非必須アミノ酸,1mM ピルベート,0.1mM 2-メルカプトエタノール)を使用した。分化誘導開始後8日目に、眼胞をNo.11 Bladeを用いて切り出し、40%O、5%CO環境下、DMEM/F12(N2 supplement,10% FBS,0.5μM オールトランスレチノイン酸,1mM L-タウリン)の培地で浮遊培養した。分化誘導開始後29日目に、組織をPFA固定してスクロース置換後、切片を作製した。免疫染色によって、抗ロドプシン抗体(Sigma社製)を用いて成熟視細胞を、抗PKCα抗体(Sigma社製)を用いて桿体双極細胞を、抗ISL1抗体(商品名:Anti Islet 1 Antibody、DSHB社製)を用いてアマクリン細胞、水平細胞、及び双極細胞を、抗リカバリン抗体(商品名:Anti Recoverin Antibody、Millipore社製)を用いて視細胞を、抗Chx10抗体(商品名:Anti Chx10 Antibody、Exalpha社製)を用いて双極細胞を、並びに、抗GS抗体(商品名:Anti GS Antibody、Millipore社製)及び、抗GFAP抗体(商品名:Anti GFAP antibody、dako社製)を用いてミュラーグリア細胞を、染色し、共焦点顕微鏡(TCS SP8、ライカ社製)を用いて蛍光観察を行った。
【0219】
染色した組織について、共焦点顕微鏡(Leica社製)を用いて蛍光観察を行い、分化誘導した網膜組織中のそれぞれの細胞の割合を調べた。その結果、Bhlhb4遺伝子又はISL1遺伝子を欠失させたiPS細胞由来の凝集体(凝集塊)は、Bhlhb4遺伝子及びISL1遺伝子を欠失していない凝集体と同等に、Nrl陽性桿体視細胞、ロドプシン陽性の成熟視細胞、リカバリン陽性の視細胞、GS陽性及びGFAP陽性のミュラーグリア細胞が観察された。一方で、PKCα陽性の桿体双極細胞、Chx10陽性の双極細胞、及びISL1陽性細胞は減少していた(図5)。よって、BhlhB4遺伝子又はISL1遺伝子を欠失させたiPS細胞を、網膜系細胞へ分化する条件で長期培養した場合、視細胞及びミュラーグリア細胞には影響がなく、双極細胞及びISL1陽性細胞が有意に減少していること分かった(図5)。
【0220】
実施例6:ISL1遺伝子の機能を欠失させたヒトES細胞株を樹立する例
Crx::Venusレポーター遺伝子を持つように遺伝子改変したヒトES細胞(Kh-ES1株、非特許文献3)を、「Scientific Reports,4,3594 (2014)」に記載の方法に準じてフィーダーフリー条件下で培養した。フィーダーフリー培地としてはStemFit培地(商品名:AK03N、味の素社製)を、フィーダー細胞に代わる足場としてはLaminin511-E8(商品名、ニッピ社製)を用いた。
【0221】
具体的なヒトES細胞の維持培養操作は、以下の様に行った。まず、サブコンフレント(培養面積の6割が細胞に覆われる程度)になったヒトES細胞(KhES-1株)を、PBSにて洗浄後、TrypLE Select(商品名、Life Technologies社製)を用いて単一細胞へ分散した。その後、単一細胞へ分散されたヒトES細胞を、Laminin511-E8にてコートしたプラスチック培養ディッシュに播種し、Y27632(ROCK阻害物質、10μM)存在下、StemFit培地にてフィーダーフリー条件下で培養した。上記プラスチック培養ディッシュとして、6ウェルプレート(イワキ社製、細胞培養用、培養面積9.4cm)を用いた場合、上記単一細胞へ分散されたヒトES細胞の播種細胞数は、1ウェルあたり1.2×10細胞とした。播種した1日後に、培地を、Y27632を含まないStemFit培地に交換した。以降、1~2日ごとに一回、Y27632を含まないStemFit培地で培地交換した。その後、播種した6日後に、サブコンフレントになるまで培養した。
【0222】
網膜系細胞を含む移植用細胞集団の製造方法の工程(1)におけるCRISPR/Cas9システムの導入例として、以下の操作を行った。まず、サブコンフレントになったヒトES細胞を、PBSにて洗浄後、TrypLE Selectを用いて単一細胞に分散し回収した。その後、エレクトロポレーション法(商品名:Nucreofector、Lonza社製)を用いて、ヒトES細胞に、CRISPR/Cas9と、ISL1遺伝子の第1及び第2エクソンを欠失させるように設計したgRNA(配列番号20:CCAACTCCGCCGGCTTAAAT、配列番号21:GGGAGGTTAATACTTCGGAG)、並びに、ピューロマイシン耐性遺伝子を組み込んだプラスミドとを導入した。
【0223】
上記エレクトロポレーション法によってプラスミドを導入したヒトES細胞を、Laminin511-E8にてコートしたプラスチック培養ディッシュ(イワキ社製)に播種し、Y27632(ROCK阻害物質、10μM)存在下、StemFit培地にてフィーダーフリー条件下で培養した。上記プラスチック培養ディッシュとして、6ウェルプレート(イワキ社製、培養面積9.4cm)を用いた場合、上記単一分散されたヒトES細胞の播種細胞数は、1ウェルあたり1×10細胞とした。播種した1日後に、培地を、Y27632を含まないStemFit培地に交換した。以降、1日~2日に一回、Y27632を含まないStemFit培地で培地交換した。その後、播種した6日後又はサブコンフレント1日前になるまで培養した。上記フィーダーフリー条件下で培養したサブコンフレント1日前のヒトES細胞に、ピューロマイシンを0.5ng/ml又は0.4ng/ml加え、プラスミド導入細胞を選別した。選別によって生き残ったコロニーをピックアップし遺伝子解析することで、ISL1遺伝子欠失株を樹立した(No.16株及びNo.19株、図6Aの下段)。コロニーピックアップ時、TrypLE Selectによって単一細胞に分散させた後、その半量をLaminin511-E8にてコートしたプラスチック培養ディッシュ(イワキ社製)に播種し、Y27632(10μM)存在下、StemFit培地にてフィーダーフリー条件下で培養した。残りの半量は、遺伝子解析用サンプルとして回収した。
【0224】
ピックアップしたコロニーのヒトES細胞のISL1遺伝子の目的箇所が欠失しているかは、PCR及びアガロースゲル電気泳動で(図6Aの中段)、並びに、塩基配列情報を調べることで(図6B)確かめた。
【0225】
実施例7:ISL1遺伝子の機能を欠失させたヒトES細胞株を網膜に分化させる例
実施例6で作製したISL1遺伝子欠失ヒトES細胞(KhES-1株由来、No.16株及びNo.19株)を、StemFit培地にて、サブコンフレント1日前になるまでフィーダーフリー条件下で培養した。当該サブコンフレント1日前のヒトES細胞を、SB431542(TGFβシグナル伝達経路阻害物質、5μM)及びSAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、300nM)の存在下(Precondition処理)で、1日間フィーダーフリー条件下で培養した。
【0226】
実施例6で作製したISL1遺伝子欠失ヒトES細胞を、PBSにて洗浄後、TrypLE Selectを用いて細胞分散液処理し、更にピペッティング操作によって単一細胞に分散した後、単一細胞に分散されたヒトES細胞を、非細胞接着性の96ウェル培養プレート(商品名:PrimeSurface 96ウェルV底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.2×10細胞になるように100μLの無血清培地に浮遊させ、27℃、5%COで浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地との1:1混合液に、10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、及び1×Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。
【0227】
浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目)に、上記無血清培地にY27632(ROCK阻害物質、終濃度20μM)及びSAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、300nM又は30nM)を添加した。浮遊培養開始後3日目に、Y27632及びSAGを含まず、外来性のヒト組み換えBMP4(商品名:Recombinant Human BMP-4、R&D社製)を終濃度1.5nMで含む培地を、50μL添加した。
【0228】
このようにして調製された細胞について、浮遊培養開始後3、6、9、15、及び18日目に、倒立顕微鏡を用いて、明視野観察を行った(図7A)。その結果、ISL1遺伝子が機能欠失したヒトES細胞株においても、層構造を有する細胞凝集体が形成されることが分かった(図7A)。
【0229】
当該浮遊培養開始後18日目の凝集体を、90mmの低接着培養皿(住友ベークライト社製)に移し、Wntシグナル伝達経路作用物質(CHIR99021、3μM)及びFGFシグナル伝達経路阻害物質(SU5402、5μM)を含む無血清培地(DMEM/F12培地に1% N2 Supplementが添加された培地)で37度、5%COで、3~4日間培養した。その後、90mmの低接着培養皿(住友ベークライト社製)にて、Wntシグナル伝達経路作用物質及びFGFシグナル伝達経路阻害物質を含まない血清培地(DMEM/F12培地に10%ウシ胎児血清、1% N2 supplement、0.5μMレチノイン酸、及び100μMタウリンが添加された培地)で長期培養した。2~4日に1回、上記血清培地で半量培地交換した。浮遊培養開始後64~65日目に、蛍光顕微鏡を用いて、細胞を観察した(図7B)。その結果、ISL1遺伝子が機能欠失したヒトES細胞株において、CRX陽性の視細胞前駆細胞を有する立体網膜が形成されることが分かった(図7B)。
【0230】
ISL1遺伝子を欠失させたヒトES細胞を出発原料にして作製した、浮遊培養開始後57、58、及び59日目の細胞凝集体を、4%PFAで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に対して、抗ISL1抗体(商品名:Anti Islet-1 Antibody、DSHB社製)を用いて免疫染色を行った。これらの免疫染色された切片を、共焦点蛍光顕微鏡を用いて観察した。その結果、ISL1遺伝子を欠失させたヒトES細胞から作製した細胞凝集体では、ISL1タンパク質が発現していないことがわかった(図7C)。
【0231】
これらの結果から、ISL1遺伝子が機能不全化したヒトES細胞株から、網膜組織を形成できること、また、ISL1遺伝子が機能不全化したヒトES細胞株においては、ISL1タンパク質が発現していないことが分かった。
【0232】
実施例8:ISL1遺伝子の機能を欠失させたヒトES細胞株を分化させた網膜を移植し、その生着を確認する例
実施例6で作製したISL1遺伝子欠失ヒトES細胞(KhES-1株由来)を、StemFit培地にて、サブコンフレント1日前になるまでフィーダーフリー条件下で培養した。当該サブコンフレント1日前のヒトES細胞を、SB431542(TGFβシグナル伝達経路阻害物質、5μM)及びSAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、300nM)の存在下(Precondition処理)で、1日間フィーダーフリー条件下で培養した。
【0233】
実施例6で作製したISL1遺伝子欠失ヒトES細胞を、PBSにて洗浄後、TrypLE Selectを用いて分散処理し、更にピペッティング操作によって単一細胞に分散した後、単一細胞に分散されたヒトES細胞を、非細胞接着性の96ウェル培養プレート(商品名:PrimeSurface 96ウェルV底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.2×10細胞になるように100μLの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%COで浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地との1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1×Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。
【0234】
浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目)に、上記無血清培地にY27632(終濃度20μM)及びSAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、300nM又は30nM)を添加した。浮遊培養開始後3日目に、Y27632及びSAGを含まず、ヒト組み換えBMP4(商品名:Recombinant Human BMP-4、R&D社製、終濃度1.5nM)を含む培地を50μL添加した。
【0235】
このようにして調製された細胞の浮遊培養開始後6日目に、培地を60μL除去し、新たに90μL培地を添加した。更に浮遊培養開始後9、12、及び15日目に培地を85μL除去し、新たに90μLの培地を加えた。
【0236】
当該浮遊培養開始後18日目の凝集体を、90mmの低接着培養皿(住友ベークライト社製)に移し、Wntシグナル伝達経路作用物質(CHIR99021、3μM)及びFGFシグナル伝達経路阻害物質(SU5402、5μM)を含む無血清培地(DMEM/F12培地に1% N2 Supplementが添加された培地)で37℃、5%COで、3~4日間培養した。その後、90mmの低接着培養皿(住友ベークライト社製)にて、Wntシグナル伝達経路作用物質及びFGFシグナル伝達経路阻害物質を含まない血清培地(DMEM/F12培地に10%ウシ胎児血清、1% N2 supplement、0.5μMレチノイン酸、及び100μMタウリンが添加された培地)で長期培養した。2~4日に1回上記血清培地で半量培地交換した。浮遊培養開始後58~65日目に、立体網膜を切り出し、注射器を用いて視細胞変性モデルである網膜変性ラットの網膜下へ移植した。移植後1~2か月目に蛍光眼底装置(商品名:MicronIV、Phoenix research社製)を用いて、CRX::Venusの蛍光を基に、移植片の生着を観察した。その結果、ISL1遺伝子を欠失させた網膜組織を移植した場合、ISL1遺伝子を欠失させていない網膜組織と比較して遜色なく、網膜変性ラットの網膜下に生着していた(図8)。よって、ISL1遺伝子を欠失させたヒトES細胞から分化誘導させた網膜組織は、移植後生着することがわかった。
【0237】
実施例9:ISL1遺伝子の機能を欠失させたヒトES細胞株を分化させた網膜を移植し、双極細胞の割合減少を確認する例
実施例6で作製したISL1遺伝子欠失ヒトES細胞(KhES-1株由来)を、StemFit培地にて、サブコンフレント1日前になるまでフィーダーフリー条件下で培養した。当該サブコンフレント1日前のヒトES細胞を、SB431542(TGFβシグナル伝達経路阻害物質、5μM)及びSAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、300nM)の存在下(Precondition処理)で、1日間フィーダーフリー条件下で培養した。
【0238】
上記培養したISL1遺伝子欠失ヒトES細胞を、PBSにて洗浄後、TrypLE Selectを用いて分散処理し、更にピペッティング操作によって単一細胞に分散した後、単一細胞に分散されたヒトES細胞を非細胞接着性の96ウェル培養プレート(商品名:PrimeSurface 96ウェルV底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.2×10細胞になるように100μLの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%COで浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地との1:1混合液に10%KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1×Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。
【0239】
浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目)に、上記無血清培地にY27632(終濃度20μM)及びSAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、300nM又は30nM)を添加した。浮遊培養開始後3日目に、Y27632及びSAGを含まず、ヒト組み換えBMP4(商品名:Recombinant Human BMP-4、R&D社製、終濃度1.5nM)を含む培地を50μL添加した。
【0240】
このようにして調製された細胞の浮遊培養開始後6日目に、培地を60μL除去し、新たに90μL培地を添加した。浮遊培養開始後9、12、及び15日目に培地を85μL除去し、新たに90μLの培地を加えた。
【0241】
当該浮遊培養開始後18日目の凝集体を、90mmの低接着培養皿(住友ベークライト社製)に移し、Wntシグナル伝達経路作用物質(CHIR99021、3μM)及びFGFシグナル伝達経路阻害物質(SU5402、5μM)を含む無血清培地(DMEM/F12培地に1%N2 Supplementが添加された培地)で37℃、5%COで、3~4日間培養した。その後、90mmの低接着培養皿(住友ベークライト社製)にて、Wntシグナル伝達経路作用物質及びFGFシグナル伝達経路阻害物質を含まない血清培地(DMEM/F12培地に10%ウシ胎児血清、1%N2 supplement、0.5μMレチノイン酸、及び100μMタウリンが添加された培地)で長期培養した。2~4日に1回上記血清培地で、半量培地交換した。浮遊培養開始後58~65日目に、得られた立体網膜組織を切り出し、注射器を用いて視細胞変性モデルである網膜変性ラットの網膜下へ移植した。移植後分化240~270日相当齢に眼組織をPFA固定してスクロース置換した。クライオスタットを用いて、組織切片を作製した。免疫染色によって、抗Nuclei抗体(商品名:Anti-Nuclei、Millipore社製)、抗Chx10抗体(商品名:Chx10 Antibody、EX alpha社製)、及び抗Pax6抗体(商品名:Anti Pax6 antibody、Covance社製)を用いて、それぞれ、組織切片中のヒト細胞、双極細胞、及びアマクリン細胞を染色し、移植後のグラフトを評価した。Islet-1遺伝子を欠失していない(ワイルドタイプ)網膜組織及びIslet-1遺伝子を欠失させた網膜組織を、それぞれ3スライドずつ染色し、1スライドに対して2か所撮影した。
【0242】
染色した組織について、共焦点顕微鏡(商品名:TCS SP8、ライカ社製)を用いて蛍光観察を行い、3切片2か所の、移植片の中のヒト細胞由来の双極細胞及びアマクリン細胞の割合を調べた。その代表的写真を図9Aに示す。図9Aから、ワイルドタイプの網膜組織を移植した場合と比べて、Islet-1遺伝子欠失させた網膜組織を移植した場合には、Chx10陽性細胞(すなわち双極細胞)の割合が減少していることが確認された。また、その割合を数値化したグラフを図9Bに示す。図9Bからも同様な結果が確認された。すなわち、Islet-1遺伝子を欠失していない網膜組織を移植した場合と比べて、Islet-1遺伝子を欠失させた網膜組織を移植した場合には、全ヒト細胞に対する、アマクリン細胞(Am)の割合はほぼ変わらないのに対して、双極細胞(Bp)の割合が減少していることが分かった。移植片由来(ヒト由来)の双極細胞の割合の減少により、移植片由来の視細胞とホスト側(マウス側)の双極細胞との接触の割合が向上し、該網膜組織の移植後の機能的生着が改善していることが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0243】
本発明によれば、移植に適した網膜組織を得ることが可能となる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6A
図6B
図7A
図7B
図7C
図8
図9A
図9B
【配列表】
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