(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-04
(45)【発行日】2024-03-12
(54)【発明の名称】熱電材料、その製造方法、および、熱電発電素子
(51)【国際特許分類】
H10N 10/853 20230101AFI20240305BHJP
H10N 10/01 20230101ALI20240305BHJP
C22C 12/00 20060101ALI20240305BHJP
C22C 30/02 20060101ALI20240305BHJP
【FI】
H10N10/853
H10N10/01
C22C12/00
C22C30/02
(21)【出願番号】P 2022550429
(86)(22)【出願日】2021-08-25
(86)【国際出願番号】 JP2021031105
(87)【国際公開番号】W WO2022059443
(87)【国際公開日】2022-03-24
【審査請求日】2023-01-20
(31)【優先権主張番号】P 2020155093
(32)【優先日】2020-09-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和元年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、未来社会創造事業「磁性半導体熱電薄膜・材料の開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】森 孝雄
(72)【発明者】
【氏名】リウ ジハン
【審査官】柴山 将隆
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2016/0326615(US,A1)
【文献】国際公開第2012/011334(WO,A1)
【文献】特開2012-248919(JP,A)
【文献】特開2006-040963(JP,A)
【文献】特開2004-179643(JP,A)
【文献】特開2011-181725(JP,A)
【文献】SUI, Jiehe,Effect of Cu concentration on thermoelectric properties of nanostructured p-type MgAg0.97- x Cux Sb0,Acta Materialia,2015年,Vol.87,Page.266-272
【文献】橋場美凛,MgAgSbの熱電性能評価,日本物理学会講演概要集,2018年,Vol.73, No.1,Page.22aPS-24
【文献】ZHENG, Yanyan,Cost effective synthesis of p-type Zn-doped MgAgSb by planetary ball-milling with enhanced thermoele,RSC Advances,2018年,Vol.8, No.62,Page.35353-35359
【文献】TAN,Gangjian,Rationally Designing High-Performance Bulk Thermoelectric Materials,Chemical Reviews,2016年,Vol.116, No.19,Page.12123-12149
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H10N 10/853
H10N 10/01
C22C 12/00
C22C 30/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
マグネシウム(Mg)と、銀(Ag)と、アンチモン(Sb)と、銅(Cu)とを含有する無機化合物を含み、
前記無機化合物は、Mg
1-aCu
aAg
bSb
cで表され、
パラメータa、bおよびcは、
0<a≦0.1、
0.95≦b≦1.05、および、
0.95≦c≦1.05
を満た
し、
前記無機化合物は、MgAgSb系結晶においてMgの一部をCuに置換したハーフホイスラー構造のα相であり、空間群I-4c2の対称性を有する、熱電材料。
【請求項2】
前記パラメータaは、
0.005≦a≦0.05
を満たす、請求項1に記載の熱電材料。
【請求項3】
前記パラメータaは、
0.005≦a≦0.02
を満たす、請求項2に記載の熱電材料。
【請求項4】
300K~400Kにおいて、25μWcm
-1
K
-2
を超える、請求項1~3のいずれかに記載の熱電材料。
【請求項5】
前記熱電材料は、p型である、請求項1~4のいずれかに記載の熱電材料。
【請求項6】
前記熱電材料は、粉末、焼結体および薄膜からなる群から選択される形態である、請求項1~5のいずれかに記載の熱電材料。
【請求項7】
前記熱電材料は、薄膜の形態であり、
有機材料をさらに含有する、請求項6に記載の熱電材料。
【請求項8】
マグネシウム(Mg)を含有する原料と、銀(Ag)を含有する原料と、アンチモン(Sb)を含有する原料と、銅(Cu)を含有する原料とを混合し、混合物を調製することと、
前記混合物を焼結することと
を包含する、請求項1~7のいずれかに記載の熱電材料を製造する方法。
【請求項9】
前記混合物を調製することは、
前記Mgを含有する原料と前記Agを含有する原料と前記Cuを含有する原料とをメカニカルアロイングすることと、
前記メカニカルアロイングによって得られたMg-Ag-Cu合金と前記Sbを含有する原料とをメカニカルアロイングすることと
をさらに包含する、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記焼結することは、放電プラズマ焼結する、請求項8または9に記載の方法。
【請求項11】
前記放電プラズマ焼結は、473K以上773K以下の温度範囲で、50MPa以上100MPa以下の圧力下で、1分以上10分以下の時間、焼結する、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記焼結することによって得られた焼結体を粉砕することをさらに包含する、請求項8~11のいずれかに記載の方法。
【請求項13】
前記粉砕することによって得られた粉末と有機材料とを混合することをさらに包含する、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
前記焼結することによって得られた焼結体をターゲットに用いて物理的気相成長法を行うことをさらに包含する、請求項8~11のいずれかに記載の方法。
【請求項15】
交互に直列に接続されたp型熱電材料およびn型熱電材料を備える熱電発電素子であって、前記p型熱電材料は、請求項1~7のいずれかに記載の熱電材料である、熱電発電素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱電材料、その製造方法、および、熱電発電素子に関し、詳細には、MgAgSb系の熱電材料を含有する熱電材料、その製造方法、および、熱電発電素子に関する。
【背景技術】
【0002】
世界の中で特に省エネルギーが進んだ我が国においてでも、廃熱回収においては、一次供給エネルギーの約3/4が熱エネルギーとして廃棄されているのが現状である。そのような状況の下、熱電発電素子は、熱エネルギーを回収して電気エネルギーに直接変換できる固体素子として注目されている。
【0003】
熱電発電素子は、電気エネルギーへの直接変換素子であるため、可動部分がないことによるメンテナンスの容易さ、スケーラビリティ等のメリットがある。このため、熱電半導体について、IoT動作電源などとしても、盛んな材料研究が行われている。
【0004】
IoT動作電源用途としては、室温近傍での実用が期待されるが、室温近傍の最高性能を有する熱電材料はBi2Te3系の材料で、Teの希少さのために、広範囲実用化の問題がある。しかし、室温ではこうしたTe化合物以外では比較的高性能を有する材料があまりなく問題であったが、MgAgSb系材料が一つの候補として挙がっている(例えば、特許文献1および2を参照)。
【0005】
特許文献1によれば、式Ax-wBy+wCz-wDw(Aは、Mg、Ca、Sr、Ba、Eu、Yb、Ti、Mn、Fe、Ni、Cu、Zn、Cd、Hgおよびこれらの組み合わせからなる群から1以上の元素であり、Bは、Na、K、Rb、Cs、Cu、Ag、Auおよびこれらの組み合わせからなる群から1以上の元素であり、Cは、As、Sb、Biおよびこれらの組み合わせからなる群から1以上の元素であり、Dは、Se、Teおよびこれらの組み合わせからなる群から1以上の元素であり、wは約0~約1であり、xは約0.9~約1.1であり、yは約0.9~約1.1であり、zは約0.9~約1.1である)材料が開示される。
【0006】
特許文献2によれば、X1-nAnY1-mBmZ1-qCq(X、YおよびZは、それぞれ、Mg、AgおよびSbであり、n、mおよびqは、それぞれ、約0.0001~約0.5000である)材料が開示されている。
【0007】
熱電材料の重要な特性因子として、次式で示される無次元性能指数ZTがある。
ZT=S2T/(ρ・k)
ここで、Sはゼーベック係数であり、ρは電気抵抗率、Tは絶対温度、kは熱伝導率である。さらに、S2/ρはパワーファクター(電気出力因子とも呼ばれる)といい、単位温度当たりの発電電力に対応している。すなわち、ZTを向上させるためには、パワーファクターを向上させるとともに、熱伝導率kを低くすることが効果的である。熱伝導率kは、材料のモルフォロジを制御することによって選択的に下げることができるが、パワーファクターの向上には材料の改変が求められる。
【0008】
上述の特許文献1および2においても、室温においてパワーファクターは十分ではない。IoT発電用途を考えると、室温において25μWcm-1K-2を超える高いパワーファクターを有する熱電材料が開発されることが期待される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】米国特許出願公開第2009/0211619号明細書
【文献】米国特許出願公開第2016/0326615号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
以上から、本発明の実施例において、課題は、室温において熱電特性に優れた熱電材料、その製造方法およびその熱電発電素子を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の実施例において、熱電材料は、マグネシウム(Mg)と、銀(Ag)と、アンチモン(Sb)と、銅(Cu)とを含有する無機化合物を含み、前記無機化合物は、Mg1-aCuaAgbSbcで表され、パラメータa、bおよびcは、
0<a≦0.1、
0.95≦b≦1.05、および、
0.95≦c≦1.05
を満たしてもよい。上記課題は解決される。
前記パラメータaは、
0.005≦a≦0.05
を満たしてもよい。
前記パラメータaは、
0.005≦a≦0.02
を満たしてもよい。
前記無機化合物は、ハーフホイスラー構造のα相であり、空間群I-4c2の対称性を有してもよい。
前記熱電材料は、p型であってもよい。
前記熱電材料は、粉末、焼結体および薄膜からなる群から選択される形態であってもよい。
前記熱電材料は、薄膜の形態であり、有機材料をさらに含有してもよい。
本発明の実施例において、上記熱電材料の製造方法は、マグネシウム(Mg)を含有する原料と、銀(Ag)を含有する原料と、アンチモン(Sb)を含有する原料と、銅(Cu)を含有する原料とを混合し、混合物を調製することと、前記混合物を焼結することとを包含してもよい。上記課題は解決される。
前記混合物を調製することは、前記Mgを含有する原料と前記Agを含有する原料と前記Cuを含有する原料とをメカニカルアロイングすることと、前記メカニカルアロイングによって得られたMg-Ag-Cu合金と前記Sbを含有する原料とをメカニカルアロイングすることとをさらに包含してもよい。
前記焼結することは、放電プラズマ焼結してもよい。
前記放電プラズマ焼結は、473K以上773K以下の温度範囲で、50MPa以上100MPa以下の圧力下で、1分以上10分以下の時間、焼結してもよい。
前記焼結することによって得られた焼結体を粉砕することをさらに包含してもよい。
前記粉砕することによって得られた粉末と有機材料とを混合することをさらに包含してもよい。
前記焼結することによって得られた焼結体をターゲットに用いて物理的気相成長法を行うことをさらに包含してもよい。
本発明の実施例において、熱電発電素子は、交互に直列に接続されたp型熱電材料およびn型熱電材料を備え、前記p型熱電材料は、上記熱電材料であってもよい。上記課題は解決される。
【発明の効果】
【0012】
本発明の実施例において、熱電材料は、マグネシウム(Mg)と、銀(Ag)と、アンチモン(Sb)と、銅(Cu)とを含有する無機化合物を含む。この無機化合物は、Mg1-aCuaAgbSbcで表され、0<a≦0.1、0.95≦b≦1.05、および、0.95≦c≦1.05を満たす。このように、MgとAgとSbとからなる母相の無機化合物においてMgの一部をCuに置換することにより、室温における電気伝導率が向上し、パワーファクターが向上した熱電材料を提供できる。このような熱電材料は、熱電発電素子に有利である。
【0013】
本発明の実施例において、熱電材料の製造方法は、マグネシウム(Mg)を含有する原料と、銀(Ag)を含有する原料と、アンチモン(Sb)を含有する原料と、銅(Cu)を含有する原料とを混合し、混合物を調製することと、この混合物を焼結することとにより、上述の熱電材料が得られるため、汎用性に優れる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1A】本発明の実施例において、熱電材料を製造する工程を示すフローチャート
【
図1B】ハーフホイスラー化合物の特徴的な構造を有するMgAgSb系結晶を模式的に示す図
【
図2A】本発明の実施例において、熱電材料を用いた熱電発電素子(π字型)を示す模式図
【
図2B】本発明の実施例において、熱電材料を用いた熱電発電素子(U字型)を示す模式図
【
図2C】本発明の実施例において、熱電材料を用いた薄膜製造を示す模式図
【
図2D】本発明の実施例において、熱電材料を用いた粉末、圧粉機、焼結炉、焼結体を示す模式図
【
図4】例1~例2の試料の電気伝導率の温度依存性を示す図
【
図5】例1~例2の試料のゼーベック係数の温度依存性を示す図
【
図6】例1~例2の試料の電気出力因子の温度依存性を示す図
【
図7】例1~例2の試料の全熱伝導率の温度依存性を示す図
【
図8】例1~例2の試料の格子熱伝導率の温度依存性を示す図
【
図9】例1~例2の試料の無次元性能指数ZTの温度依存性を示す図
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、図面を参照しながら本発明の実施の形態を説明する。なお、同様の要素には同様の番号を付し、その説明を省略する。
【0016】
本発明の実施例において、熱電材料は、マグネシウム(Mg)と、銀(Ag)と、アンチモン(Sb)と、銅(Cu)とを含有する無機化合物を含む。この無機化合物は、Mg1-aCuaAgbSbcで表され、パラメータa~cは、それぞれ、
0<a≦0.1、
0.95≦b≦1.05、および、
0.95≦c≦1.05
を満たす。
【0017】
このような組成にすることにより、MgとAgとSbとからなる母相の無機化合物において、Mgの一部がCuで置換された組成となってもよい。特に室温(273K以上320K以下の温度範囲)における電気伝導率が向上し、パワーファクターが向上した熱電材料を提供できる。本発明の実施例において、熱電材料は、上述の組成を満たすことにより、ホールをキャリアにもったp型の熱電材料として機能し得る。
【0018】
無機化合物の母相は、好ましくは、Mg1-aAgbSbcからなり、このMgサイトの一部がCuで置換されていると考えられる。ここで、母相は、好ましくは、MgAgSb系結晶であり、ハーフホイスラー構造のα相を有し、I-4c2空間群(International Tables for Crystallographyの120番目)に属する。なお、本願明細書において、「-4」は、「オーバーバー付きの4」を表すものとする。
【0019】
MgAgSb系結晶とは、上述の元素(例えば、Mg、Ag、Sb)からなり、室温において、上述の結晶構造(例えば、、ハーフホイスラー構造)および空間群(例えば、I-4c2空間群)を有してもよい。それ以外には、特に制限はないが、例示的には、Mg1Ag1Sb1、Mg0.98Ag1.02Sb1、Mg1Ag1.01Sb1.02等が挙げられる。
【0020】
図1Bに、MgAgSb系結晶の結晶構造を模式的に示す。MgAgSb系結晶は、Mgの一部がCuで置換型固溶することによって格子定数は変化することもあるが、結晶構造と原子が占めるサイトとその座標によって与えられる原子位置は骨格原子間の化学結合が切れるほどには大きく変わることはないと考えられる。本発明の実施例において、X線回折や中性子線回折の結果をI-4c2の空間群でリートベルト解析して求めた格子定数が、理論値(a=9.1761Å、b=9.1761Å、c=12.696Å)と比べて±5%以内の場合はMgAgSb系結晶であると判定できる。
【0021】
Cuの成分量を表すパラメータaは、0より大きい。また、より好ましくは、以上であってもよく、0.005以上であってもよい。また、パラメータaは、0.1以下であるが、好ましくは、0.05以下、より好ましくは0.02であってもよい。また、0<a≦0.1の範囲を満たしてもよく、好ましくは、0.005≦a≦0.05の範囲を満たしてもよい。このような範囲であれば、Cu添加の効果により、室温における電気伝導率がさらに向上し、パワーファクターが向上し得る。パラメータaは、より好ましくは、0.005≦a≦0.02の範囲を満たしてよい。この範囲において、室温におけるパワーファクターが向上し得る。
【0022】
なお、Cu原子が置換型固溶していることは、透過型電子顕微鏡(TEM)および電子エネルギー損失分光(EELS)によって観察できる。簡易的には、組成および粉末X線回折から判断してよい。例えば、対象とする材料の組成が上記組成式を満たし、a軸およびc軸の格子定数が、Cuを添加していない材料のそれと比較して実質変化していない場合には、Cuが置換型固溶していると判断してよい。ここで、実質変化していないことは、例えば、それぞれの格子定数の相対誤差が±5%以内であることからも分かるかもしれない。
【0023】
本発明の実施例において、熱電材料は、粉末、焼結体、および、薄膜からなる群から選択される形態であってよい。これにより、室温において高い熱電性能を発揮した、各種熱電発電素子に適用できる。
【0024】
本発明の実施例において、熱電材料は、後述する方法によって焼結体が得られ、それを粉砕することによって粉末が得られる。本発明の実施例において、熱電材料が薄膜の場合、焼結体をターゲットに用いた物理的気相成長法等による結晶性薄膜であってもよいし、上述の粉末を含有する薄膜であってもよい。ここで、一般に、粉末とは、砕けて細かになったものや、こなを含んでよい。粉末を圧粉機のようなプレスにより加圧すると圧粉体を形成することができる。一般に、圧粉体とは、粉末を圧縮して所定の形状としたものをいう。粉末成分の融点以下の温度で加熱した場合、粉末粒子の相互の接触面が接着し、加熱時間の増加とともに圧粉体が収縮・緻密化する現象を焼結といい、焼結により得られたものを焼結体ということもできる。薄膜とは、うすい膜のことを言い、固体表面の上に気相が凝縮して形成された層を含んでもよい。
【0025】
本発明の実施例において、熱電材料が無機化合物の粉末を含有する膜である場合、粉末と有機材料と混合し、膜状に加工したものである。この場合、有機材料には、ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン)ポリスチレンスルホン酸(PEDOT:PSS)、ポリ[2,5-ビス(3-テトラデシルチオフェン-2-イル)チエノ[3,2-b]チオフェン](PBTTT)、ポリアニリン(PANI)、テトラチアフルバレン(TTF)、および、ベンゾジフランジオンパラフェニレンビニリデン(BDPPV)からなる群から少なくとも1種選択される有機材料を用いることができる。これらの有機材料であれば、フレキシブルな膜状の熱電材料を提供できる。
【0026】
この場合、膜を形成可能であれば、粉末の含有量は特に制限はないが、好ましくは、粉末は、有機材料に対して4質量%以上80質量%以下、好ましくは、4質量%以上50質量%以下、なお好ましくは、4質量%以上10質量%以下、なおさらに好ましくは、4質量%以上7質量%以下の範囲で含有されてもよい。これにより、フレキシビリティを有し、熱電性能を有する膜となり得る。
【0027】
本発明の実施例において、熱電材料は、特に室温において電気伝導率が向上し、パワーファクターが向上し得る。Cuが添加された熱電材料では、室温のみならず、高温(例えば400K~600K)におけるパワーファクターも向上し得る。
【0028】
次に、このような本発明の実施例において、熱電材料の例示的な製造方法を説明する。
図1Aは、本発明の実施例において、熱電材料を製造する工程を示すフローチャートである。
【0029】
ステップS110:マグネシウム(Mg)を含有する原料と、銀(Ag)を含有する原料と、アンチモン(Sb)を含有する原料と、銅(Cu)を含有する原料とを混合し、混合物を調製する。
ステップS120:ステップS110で得られた混合物を焼成する。
【0030】
本発明の実施例において、熱電材料は、上述のステップS110およびS120によって得られる。各ステップについて詳述する。
【0031】
ステップS110において、Mgを含有する原料は、Mg金属単体であってもよいし、Mgのケイ化物、酸化物、炭酸塩、窒化物、酸窒化物、塩化物、フッ化物または酸フッ化物であってもよい。Agを含有する原料は、Ag金属単体であってもよいし、Agのケイ化物、酸化物、炭酸塩、窒化物、酸窒化物、塩化物、フッ化物または酸フッ化物であってもよい。Sbを含有する原料は、Sb金属単体であってもよいし、Sbのケイ化物、酸化物、炭酸塩、窒化物、酸窒化物、塩化物、フッ化物または酸フッ化物であってもよい。Cuを含有する原料は、Cu金属単体であってもよいし、Cuのケイ化物、酸化物、炭酸塩、窒化物、酸窒化物、塩化物、フッ化物または酸フッ化物であってもよい。原料は、混合性および取り扱いの観点から粉末、粒、小塊がよい。
【0032】
ステップS110において、原料中の金属元素が、以下の組成式Mg1-aCuaAgbSbcを満たすように混合される。ここで、パラメータa、bおよびcは、
0<a≦0.1、
0.95≦b≦1.05、および、
0.95≦c≦1.05
を満たす。なお、好ましいパラメータは上述した通りであるため説明を省略する。
【0033】
ステップS110において、メカニカルアロイングを用いることが好ましい。詳細には、Mgを含有する原料としてMg金属とAgを含有する原料としてAg金属とCuを含有する原料としてCu金属とをメカニカルアロイングし、次いで、これによって得られたMg-Ag-Cu合金とSbを含有する原料としてSb金属とをメカニカルアロイングしてもよい。これにより、Mg-Ag-Cu-Sb合金が得られる。このような合金を用いることにより、不純物相が低減され、高純度の熱電材料が得られ得る。
【0034】
ステップS120において、焼結は、放電プラズマ焼結(SPS)、ホットプレス焼結(HP)、熱間等方加圧焼結(HIP)、冷間等方圧加圧焼結(CIP)、パルツ通電焼結等の任意の方法によって行われてよいが、好ましくは、放電プラズマ焼結(SPS)によって行われてもよい。これにより、焼結助剤を用いることなく、短時間で粒成長を抑制した焼結体が得られる。
【0035】
SPSは、好ましくは、473K以上773K以下の温度範囲で、50MPa以上100MPa以下の圧力下で、1分以上10分以下の時間、行われる。この条件であれば、上述の焼結体である本発明の実施例において、熱電材料が歩留まりよく得られる。
【0036】
さらに、得られた焼結体をボールミルなどのメカニカルミリングによって粉砕してもよい。本発明の実施例において、これにより粉末である熱電材料が得られる。
【0037】
本発明の実施例において、このようにして得られた粉末である熱電材料を、有機材料と混合すれば、フレキシブルな熱電材料を提供できる。この場合、上述の有機材料および混合割合を採用できる。
【0038】
あるいは、得られた焼結体をターゲットに用い、物理的気相成長法を行ってもよい。本発明の実施例において、これにより、熱電材料からなる薄膜を提供できる。
【0039】
(実施の形態2)
実施の形態2では、本発明の実施例において、実施の形態1で説明した熱電材料を用いた熱電発電素子について説明する。
【0040】
図2Aは、本発明の実施例において、熱電材料を用いた熱電発電素子(π字型)を示す模式図である。
【0041】
本発明の実施例において、熱電発電素子200は、一対のn型熱電材料210およびp型熱電材料220、ならびに、これらのそれぞれの端部に電極230、240を含む。電極230、240により、n型熱電材料210およびp型熱電材料220は、電気的に直列に接続される。
【0042】
ここで、本発明の実施例において、p型熱電材料220は、実施の形態1で説明した熱電材料である。本発明の実施例において、熱電材料は、とりわけ室温において優れた熱電特性を発揮するため、廃熱回収に有利である。
【0043】
一方、n型熱電材料210は、特に制限はないが、500K以下、特に室温において熱電性能の高い(例えば、ZTが0.4~1.6)ものがよい。例示的には、n型熱電材料210は、Mg2Sb3系、BiTeSe系、CoSb3系等が挙げられる。Mg2Sb3系の例示的な組成は、例えば、Mg3.2Sb1.5Bi0.5Te0.01である。BiTeSe系の例示的な組成は、例えば、Bi2Te2.7Se0.3である。CoSb3系の例示的な組成は、例えば、CoSb3Si0.075Te0.175である。これらは例示であって限定されないことに留意されたい。
【0044】
電極230、240は、通常の電極材料であり得るが、例示的には、Fe、Ag、Al、Ni、Cu等である。
【0045】
図2Aでは、低温となる側の電極240に半田等によってn型熱電材料210からなるチップが接合され、n型熱電材料210のチップの反対側の端部と、高温となる側の電極230とが半田等によって接合されている様子が示される。同様に、高温側となる側の電極230に半田等によってp型熱電材料220からなるチップが接合され、p型熱電材料220のチップの反対側の端部と、低温となる側の電極240とが半田等によって接合されている様子が示される。
【0046】
電極230が高温、電極240が、電極230に比べて低温となるような環境に、本発明の実施例において、熱電発電素子200を設置して、端部の電極を電気回路等に接続すると、ゼーベック効果によって電圧が発生し、
図2Aの矢印で示すように、電極240、n型熱電材料210、電極230、p型熱電材料220の順で電流が流れる。詳細には、n型熱電材料210内の電子が、高温側の電極230から熱エネルギーを得て、低温側の電極240へ移動し、そこで熱エネルギーを放出し、それに対して、p型熱電材料220の正孔が高温側の電極230から熱エネルギーを得て、低温側の電極240へ移動して、そこで熱エネルギーを放出するという原理によって電流が流れる。
【0047】
本発明の実施例において、p型熱電材料220として、本発明の実施例において、実施の形態1で説明した熱電材料を用いるので、とりわけ室温(275K以上320K以下)において発電量の大きな熱電発電素子200を実現できる。また、熱電材料として、本発明の実施例における熱電材料が、MgAgSb系を母相とし、Mgサイトの一部をCu原子で置換固溶した無機化合物からなる粉末、それを含有する膜、あるいは、本発明の実施例において、熱電材料が上記無機化合物からなる焼結体をターゲットして得た薄膜を用いた場合には、IoT電源としてフレキシブル熱電発電モジュールを提供できる。例えば、
図2Cには、この無機化合物からなる焼結体をターゲット300として、アルゴン320によるスパッタリングにより、基板310上に、飛ばされた無機化合物からなる粒子330が付着し、薄膜340を形成する様子を図解する。この薄膜340は、基板310から既存の技術で剥離され単独膜に形成されることは言うまでもない。例えば、
図2Dには、この無機化合物からなる粉末350を図解する。この粉末350を圧粉機370により圧粉すれば、圧粉体360が得られ、焼結炉390内に圧粉体380を配置して焼結すれば、焼結体400が得られる。
【0048】
本発明の実施例において、熱電材料を用いれば、室温において発電量の大きな熱電発電素子200を提供できるが、本発明の実施例において、熱電発電素子200は、室温より高温領域(例えば、573Kなど)での使用を制限するものではない。高温領域においても高いパワーファクターを示すので、大きな発電量の熱電発電素子を提供できることはいうまでもない。
【0049】
図2Aでは、π型の熱電発電素子を用いて説明したが、本発明の実施例において、熱電材料は、U字型熱電発電素子(
図2B)に用いてもよい。この場合も同様に、本発明の実施例において、熱電材料からなるp型熱電材料、および、n型熱電材料が、交互に電気的に直列に接続されて構成されてもよい。
【0050】
次に具体的な実施例を用いて本発明について詳述するが、本発明がこれら実施例に限定されないことに留意されたい。
【実施例】
【0051】
[原料]
以降の例では、Mg(粉末、純度99.99%、シグマアルドリッチジャパン合同会社製)と、Ag(粒、純度99.99%、シグマアルドリッチジャパン合同会社製)と、Sb(塊、純度99.99%、シグマアルドリッチジャパン合同会社製)と、必要に応じてCu(粉末、純度99.99%、シグマアルドリッチジャパン合同会社製)とを用いた。
【0052】
[例1]
例1では、一般式Mg1-aCuaAgbSbc(a=0.01、b=0.97、c=0.99)を満たすように原料を混合し、熱電材料を製造した。
【0053】
各原料粉末を表1の組成を満たすよう秤量した。まず、Mg粉末と、Ag粒とCu粉末とをグローブボックス中でステンレス製のボールミル容器に充填して、ミキサーミル(8000M Mixer/Mill、SPEXSamplePre製)を用いて、10時間メカニカルアロイングを行った。これにより、Mg-Ag-Cu合金粉末を得た。
【0054】
次いで、Mg-Ag-Cu合金粉末とSb塊とをグローブボックス中でステンレス製のボールミル容器に充填して、ミキサーミルを用いて、10時間メカニカルアロイングを行った。これにより、Mg-Ag-Cu-Sb合金粉末を得た。
【0055】
その後、このMg-Ag-Cu-Sb合金粉末を放電プラズマ焼結装置(SPS、SPS Syntex,Inc製、SPS-1080システム)で、573Kで5分間焼成した。詳細には、グラファイト製焼結ダイ(die)(内径10mm、高さ30mm)に混合物(ここではMg-Ag-Cu-Sb合金粉末)を充填し、80MPaの一軸応力の下、昇温速度100K/分、焼結温度573K、5分間保持した。このようにして例1の焼結体を得た。
【0056】
得られた焼成体をメノウ乳鉢でエタノールを用いた湿式粉砕を行った。粉砕後の焼成体の粒子をメッシュ(目開き45μm)により篩分けし、メッシュを通過した粒径45μm以下の粒子のみ取り出した。粒子を、粉末X線回折法(株式会社リガク製、SmartLab3)により同定し、蛍光X線分析(株式会社堀場製作所製、EMAX Evolution EX)により組成分析を行った。X線回折の結果を
図3に示す。
【0057】
焼結体を高速カッターにより1.5mm×1.5mm×9mmの直方体に加工し、電気伝導率および熱電物性測定を行った。電気伝導率を、直流四端子法によって測定した。熱電物性としてゼーベック係数および熱伝導率を、定常温度差法により、それぞれ、熱電物性測定評価装置(アドバンス理工株式会社製、ZEM-3)、熱伝導率評価装置(ネッチ社製、HyperflashXXX)を用いて測定した。測定条件は、いずれも、ヘリウムガス雰囲気下、室温から600Kの温度範囲まで測定した。電気伝導率または電気抵抗率およびゼーベック係数より得られる熱起電力から電気出力因子(パワーファクター)を算出し、ゼーベック係数、電気伝導率および熱伝導率から無次元性能指数ZTを算出した。これらの結果を
図4~
図9および表2に示し、後述する。
【0058】
[例2]
例2では、一般式Mg
1-aCu
aAg
bSb
c(a=0、b=0.97、c=0.99)を満たすように原料を混合し、熱電材料を製造した。例2は、例1において、Cu粉末を用いない以外は同様であるため、説明を省略する。例2の試料も、例1と同様に、X線回折を行い、電気特性および熱電物性を測定した。結果を
図3~
図9および表2に示し、後述する。
【0059】
簡単のため、例1および例2の試料の製造条件を表1にまとめて示し、以上の結果を説明する。
【0060】
【0061】
図3は、例1~例2の試料のXRDパターンを示す図である。
【0062】
図3には、参考のため、α相MgAgSbのXRDパターンを示す。このXRDパターンは、Melanie J. Kirkhamら,PHYSICAL REVIEW B 85,144120,2012のFIG.2に基づく。
【0063】
図3によれば、例1および例2の試料のXRDパターンの回折ピークは、すべて、α相MgAgSbのそれに一致し、例1および例2の試料は、ハーフホイスラー構造のα相を有し、I-4c2空間群の対称性を有する無機化合物であることが分かった。組成分析により、いずれの試料の組成も、仕込み組成に一致することを確認した。また、
図3のXRDパターンから、例1および例2の試料のa軸長およびc軸長を算出したところ、いずれも実質同じであった。このことから、Cuは、α相MgAgSbのMgサイトに置換型固溶されたことが示された。
【0064】
したがって、例1の試料は、MgとAgとSbとを含有するα相MgAgSbを母体結晶とし、このMgサイトの一部にCuが置換固溶した無機化合物を含有することが示された。
【0065】
図4は、例1~例2の試料の電気伝導率の温度依存性を示す図である。
【0066】
図4によれば、Cuを添加した例1の試料の電気伝導率は、Cuを添加していない例2の試料のそれよりも測定温度範囲全体において増大し、特に、室温近傍において顕著に増大したことが分かった。例1の試料は、熱電材料として使用可能な電気伝導率(電気抵抗率)を有し、温度依存性を有した。また、室温における電気伝導率に着目すれば、Cuの添加量を制御することによって、室温において電気伝導率を約8×10
4(Ωm)
-1まで高めることができた。
【0067】
図5は、例1~例2の試料のゼーベック係数の温度依存性を示す図である。
【0068】
図5によれば、いずれの試料も170μV/K以上の大きな絶対値のゼーベック係数を有するp型伝導であることが確認された。驚くことに、Cuの添加により電気伝導率が向上しているにも関わらず、ゼーベック係数の大きさの減少は最小限に抑えられていた。
【0069】
図6は、例1~例2の試料の電気出力因子の温度依存性を示す図である。
【0070】
図6によれば、Cuを添加した例1の試料の電気出力因子(パワーファクター)は、Cuを添加していない例2の試料のそれよりも、測定温度範囲全体において増大し、特に、300K~400Kの低温領域において劇的に増大し、25μWcm
-1K
-2を有に超えることが分かった。このことから、各種熱電冷却応用やIoT動作電源として貧熱を回収するに好適といえ、民生利用の熱電発電素子を提供できる。
【0071】
特許文献2の
図19Cでは、AgサイトをCuで置換したMgAg
0.97-xCu
xSb
0.99(x=0.003、0.007、0.01)の熱電性能としてパワーファクターを示されるが、室温~100℃におけるパワーファクターは、22μWcm
-1K
-2が最大である。このように、一見類似するCu置換であっても、置換するサイトによって熱電性能が大きく変わり、MgサイトにCuを置換することによって、室温~400Kにおけるパワーファクターが劇的に増加することは、本願発明者らが鋭意研究によって初めて見出したことに留意されたい。
【0072】
図7は、例1~例2の試料の全熱伝導率の温度依存性を示す図である。
図8は、例1~例2の試料の格子熱伝導率の温度依存性を示す図である。
【0073】
図7によれば、Cuの添加により、全熱伝導率は測定温度範囲全体において増加した。一方、ローレンツ数Lを計算し、全熱伝導率から電子熱伝導率を差し引き、格子熱伝導率を求めたところ、
図8に示すように、測定温度範囲全体において、Cuを添加した例1の試料の格子熱伝導率は、Cuを添加していない例2の試料のそれよりも減少した。このことから、Cuの添加がフォノンの散乱に有効であることが分かった。
【0074】
図9は、例1~例2の試料の無次元性能指数ZTの温度依存性を示す図である。
【0075】
図9によれば、Cuを添加した例1の試料のZTは、Cuを添加していない例2の試料のそれよりも測定温度範囲全体において増大することが分かった。特に、Cuを添加した例1の試料は、400K以下の比較的低い温度領域ではこの傾向が顕著であり、室温で0.5以上の高い値を達成することが分かった。
図6を参照して説明したように、発明の熱電材料ではパワーファクターが顕著に増大することから、例えば、材料のモルフォロジを制御することにより、熱伝導率を選択的に低下させれば、ZTのさらなる増大が期待できる。
【0076】
以上の熱電特性を表2にまとめて示す。表2において「E」は、10の累乗を表す。
【0077】
【0078】
表2によれば、Cuを添加した例1の試料は、室温において、大きな電気伝導率を有し、パワーファクターが向上したことが分かった。また、Cuの添加量(a値)は、0.005≦a≦0.05の範囲、中でも、0.005≦a≦0.02の範囲が好ましいことが示された。
【産業上の利用可能性】
【0079】
本発明の実施例において、熱電材料は、とりわけ室温近傍での熱電性能に優れており、Bi2Te3系の代替材料として機能し得、各種電気機器に用いられる熱電冷却装置および発電装置に利用される。特に、薄膜化を行えば、IoT電源としてフレキシブル熱電発電素子を提供できる。
【符号の説明】
【0080】
200 熱電発電素子
210 n型熱電材料
220 p型熱電材料
230、240 電極