(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-04
(45)【発行日】2024-03-12
(54)【発明の名称】ガスシールドアーク溶接用ワイヤ
(51)【国際特許分類】
B23K 35/30 20060101AFI20240305BHJP
【FI】
B23K35/30 320A
(21)【出願番号】P 2020172695
(22)【出願日】2020-10-13
【審査請求日】2022-11-01
(31)【優先権主張番号】P 2019202161
(32)【優先日】2019-11-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】井海 和也
(72)【発明者】
【氏名】木梨 光
(72)【発明者】
【氏名】横田 泰之
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】特開昭63-157794(JP,A)
【文献】特開平09-099390(JP,A)
【文献】特開平08-103884(JP,A)
【文献】国際公開第2019/124305(WO,A1)
【文献】特開2019-081195(JP,A)
【文献】特開2008-137037(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 35/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ワイヤ全質量あたり、
C:0.01質量%以上0.10質量%以下、
Si:0.05質量%以上
0.25質量%以下、
Mn:1.60質量%以上2.40質量%以下、
Ti:0.05質量%以上0.25質量%以下、
Cu:0.01質量%以上0.30質量%以下、
S:0.001質量%以上0.020質量%以下、
N:0.0045質量%以上0.0150質量%以下、
O:0.0010質量%以上0.0050質量%以下、
を含有し、
Al:0.10質量%以下、
P:0.025質量%以下、
残部がFe及び不可避的不純物であり、
ワイヤ全質量あたりのSi含有量(質量%)を[Si]、ワイヤ全質量あたりのTi含有量(質量%)を[Ti]としたとき、
0.1≦[Ti]/[Si]≦3.0、
であることを特徴とする、ガスシールドアーク溶接用ワイヤ。
【請求項2】
さらに、Cr及びMoの少なくとも一方を、
ワイヤ全質量あたり、Cr:0.10質量%以下、Mo:0.10質量%以下、含有することを特徴とする請求項
1に記載のガスシールドアーク溶接用ワイヤ。
【請求項3】
ワイヤ全質量あたり、
C:0.01質量%以上0.10質量%以下、
Si:0.05質量%以上0.55質量%以下、
Mn:1.60質量%以上2.40質量%以下、
Ti:0.05質量%以上0.25質量%以下、
Cu:0.01質量%以上0.30質量%以下、
S:0.001質量%以上0.020質量%以下、
N:0.0045質量%以上0.0150質量%以下、
O:0.0010質量%以上0.0050質量%以下、
Cr及びMoの少なくとも一方を、Cr:0.10質量%以下、Mo:0.10質量%以下、
を含有し、
Al:0.10質量%以下、
P:0.025質量%以下、
残部がFe及び不可避的不純物であり、
ワイヤ全質量あたりのSi含有量(質量%)を[Si]、ワイヤ全質量あたりのTi含有量(質量%)を[Ti]としたとき、
0.1≦[Ti]/[Si]≦3.0、
であることを特徴とする、ガスシールドアーク溶接用ワイヤ。
【請求項4】
前記Ti:0.12質量%以上であることを特徴とする、請求項1
~3のいずれか一項に記載のガスシールドアーク溶接用ワイヤ。
【請求項5】
ワイヤ全質量あたりのC含有量(質量%)を[C]、ワイヤ全質量あたりのAl含有量(質量%)を[Al]としたとき、
([Si]+[Ti]/3)/([C]/2+2×[Al])≧3であることを特徴とする、請求項1~4のいずれか一項に記載のガスシールドアーク溶接用ワイヤ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガスシールドアーク溶接用ワイヤに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、環境性能の要求水準の高まりから、自動車等の燃費向上に関する技術開発が積極的に進められている。自動車等の燃費を向上する方法としては、内燃機関の効率化、ハイブリッド化及び電動化が挙げられる。電動化は、電池搭載により車体の重量がますます増加する傾向にあるため、軽量化技術の開発も同時に進められている。例えば、従来の鋼板よりも高強度化した薄鋼板を使用することにより、板厚を低減することで、車両を軽量化する試みが積極的に進められている。
【0003】
足回り部品は、路面からの水分や融雪剤に含まれる塩害により腐食環境にさらされるため、鋼板の局所的な減肉が課題となっている。このため、車両の更なる軽量化を実現するためには、薄板化しても十分な強度、耐久性を有する足回り部品が必要とされるとともに、足回り部品の腐食を防止することができる技術も必要とされている。
【0004】
一般的に、腐食環境から足回り部品を防護する方法としては、アーク溶接後に電着塗装する方法が採用されている。しかしながら、溶接後に電着塗装を実施した場合、溶接スラグの上に電着塗装膜が形成されず、塗装欠陥となり、この欠陥を起点として腐食が進行する問題が発生している。そこで、電着塗装膜の膜厚を厚く形成する方法により、溶接欠陥の発生を抑制しているが、スラグの上に塗膜が形成された場合であっても、走行時にかかる力により、スラグ部とともに塗膜が剥離することがあり、剥離した部分から腐食が進行するという課題もあった。
【0005】
また、足回り部品の中でも、より路面に近い部品や、更に薄板化した部品に対しては、腐食に対する対策として、亜鉛メッキ鋼板を適用し、塗膜が剥離した場合であっても、亜鉛が有する犠牲防食作用により耐食性を向上させる方法が採用されている。しかしながら、溶接部においては、アーク溶接時の熱により亜鉛が気化してしまうため、溶接ビードにおいて耐食性を向上させる効果を十分に期待できない。そのため、溶接スラグ上の塗装不良に起因する腐食が発生するか、又は、塗膜が形成された場合であっても、走行時のスラグ剥離により腐食が発生してしまうおそれがあった。
【0006】
ここで、例えば特許文献1には、溶接後に電着塗装をした場合に、スラグが覆っている部分に塗膜が形成されず、部品の耐久性が低下することを防止するために、C、Si、Mnの含有量を調整するとともに、Zr、Ti及びAlから選択された1種又は2種以上の合計の含有量を調整した溶接ワイヤが提案されている。上記特許文献1においては、溶接後の溶接部に付着したスラグの剥離性が良好であって、該スラグの剥離を著しく容易に行うことが可能であることが開示されている。そして、近年では、高級車などを中心に、信頼性確保のため、溶接後に物理的にスラグを除去する方法が使用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記特許文献1に記載のワイヤを使用した場合、スラグ除去工程を追加することにより、製造工程が増加するとともに製造コストが増加するという課題がある。
また、アーク溶接時においては、作業性などを考慮してスパッタの発生が少ないワイヤが求められている。
さらに、重ねすみ肉などの溶接継手部は形状不連続のため応力が集中しやすく、腐食減肉と重なると疲労折損の要因となる。そこで、ビード止端部は溶接欠陥が少ないビードでかつ滑らかである必要もある。
【0009】
本発明は、上述した状況に鑑みてなされたものであり、溶接時に発生するスパッタが少なく、溶接後にスラグの除去等の工程が不要かつ優れた電着塗装性を有し、ビード形状が良好な溶接部を得ることができるガスシールドアーク溶接用ワイヤを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究した結果、溶接部に薄いスラグを均一に形成することにより、溶接後にスラグの除去をすることなく、優れた電着塗装性が得られることを見出した。具体的には、ワイヤ中のSi及びTiの含有量などを調整するとともに、各成分のバランスを適切に制御することで、溶接時のスパッタが少なくビード形状が良好でかつ溶接部において高い密着性を有する薄いスラグを均一に形成することができる。そして、薄いスラグが存在することにより、溶接部上において電着塗装により形成された塗装膜に欠陥が発生することを防止可能となる。また、本発明者らは、ワイヤ中の成分の中で、特に、Nの含有量を制御することによりビード形状を良好にできることも見出した。
なお、溶接後に薄いスラグが均一に形成されることにより、電着塗装膜が全体に均一に形成されるメカニズムについては明確ではないが、薄いスラグと厚いスラグとでは導電性が異なるからではないかと推測される。また、膜厚が大きい電着塗装膜を形成した場合に、スラグごと塗装膜が剥離する原因については、不均一で剥離性が高いスラグの上に塗装膜が形成されることにより、部品の表面に段差が形成され、走行時に力が加わりやすくなるためであると推測される。
本発明は、これら知見に基づいてなされたものである。
【0011】
本発明のガスシールドアーク溶接用ワイヤは、
ワイヤ全質量あたり、
C:0.01質量%以上0.10質量%以下、
Si:0.05質量%以上0.55質量%以下、
Mn:1.60質量%以上2.40質量%以下、
Ti:0.05質量%以上0.25質量%以下、
Cu:0.01質量%以上0.30質量%以下、
S:0.001質量%以上0.020質量%以下、
N:0.0045質量%以上0.0150質量%以下、
O:0.0010質量%以上0.0050質量%以下、
を含有し、
Al:0.10質量%以下、
P:0.025質量%以下、
残部がFe及び不可避的不純物であり、
ワイヤ全質量あたりのSi含有量(質量%)を[Si]、ワイヤ全質量あたりのTi含有量(質量%)を[Ti]としたとき、
0.1≦[Ti]/[Si]≦3.0、
であることを特徴とする。
【0012】
また、上記ガスシールドアーク溶接用ワイヤの一態様は、Si:0.25質量%以下であることが好ましい。
【0013】
また、上記ガスシールドアーク溶接用ワイヤの一態様は、Ti:0.12質量%以上であることが好ましい。
【0014】
また、上記ガスシールドアーク溶接用ワイヤの一態様は、更に、Cr及びMoの少なくとも一方を、Cr:0.10質量%以下、Mo:0.10質量%以下、含有することが好ましい。
【0015】
また、上記ガスシールドアーク溶接用ワイヤの一態様は、ワイヤ全質量あたりのC含有量(質量%)を[C]、ワイヤ全質量あたりのAl含有量(質量%)を[Al]としたとき、([Si]+[Ti]/3)/([C]/2+2×[Al])≧3であることが好ましい。
【0016】
また、上記ガスシールドアーク溶接用ワイヤの一態様は、さらに、Ni:0.10質量%以下、Co:0.10質量%以下、B:0.01質量%以下、Sb:0.01質量%以下のうちいずれか一つを含有することが好ましい。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、溶接時に発生するスパッタが少なく、溶接後にスラグの除去等の工程が不要かつ優れた電着塗装性を有し、ビード形状が良好な溶接部を得ることができるガスシールドアーク溶接用ワイヤを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】
図1は、ガスシールドアーク溶接条件を示す斜視図である。
【
図2】
図2は、ガスシールドアーク溶接条件を示す側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。なお、本発明は、以下に説明する実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、任意に変更して実施することができる。以下、本実施形態に係るガスシールドアーク溶接用ワイヤに含有される成分について、その添加理由及び数値限定理由を詳細に説明する。
以下の説明においては、ワイヤ中の各成分量は、ワイヤ全質量に対する含有量で規定される。
【0020】
<C:0.01質量%以上0.10質量%以下>
Cは、脱酸作用を有するとともに、溶接金属の強度を高める効果を有する成分である。薄板の溶接においては、1パス溶接が適用されるため、多層溶接の場合のように再熱によって強度が低下するおそれがなく、母材と同等以上の強度を得ることが可能である。
ワイヤ中のC含有量が0.01質量%未満では、最低限必要とされる軟鋼の強度を得ることが困難となる。したがって、ワイヤ中のC含有量は、ワイヤ全質量あたり、0.01質量%以上とし、好ましくは0.02質量%以上とし、より好ましくは0.03質量%以上とする。
一方、ワイヤ中のC含有量が0.10質量%を超えると、脱酸作用が大きくなり、溶滴の粘性が上昇するため、短絡しやすくなることでスパッタが発生しやすくなる。また、酸素と結びつくことにより、アーク近傍でCOが発生し、爆発によるスパッタが発生しやすくなり、ヒューム量が増加するため、溶接金属の所望の強度を確保できる範囲で、C含有量は少ない方が好ましい。したがって、ワイヤ中のC含有量は、ワイヤ全質量あたり、0.10質量%以下とし、好ましくは0.09質量%以下とし、より好ましくは0.08質量%以下とする。
【0021】
<Si:0.05質量%以上0.55質量%以下>
Siは、脱酸作用を有するとともに、溶接ビードのなじみをよくする効果を有する成分である。ワイヤ中のSi含有量が適切に制御されていることにより、溶接止端部の形状を滑らかなビード形状とすることができる。
また、ワイヤ中に適量のSiが含有されると、スラグ中に存在するSi相がスラグと溶接金属との密着性を高めることができ、これにより、防錆性も向上させることができると考えられる。また、適量のSiが含有されている方が、溶接時のスパッタは低減する。したがって、ワイヤ中のSi含有量は、ワイヤ全質量あたり、0.05質量%以上とするが、Si含有量が少ないとスパッタが発生しやすくなるため、好ましくは0.10質量%以上とし、より好ましくは0.12質量%以上、更に好ましくは0.15質量%以上とする。
一方、ワイヤ中のSi含有量が0.55質量%を超えると、Siが酸素と結びつくことにより形成されたスラグが凝集しやすくなり、スラグの厚さが増加するため、スラグの表面に電着塗装膜が形成されにくくなり、塗装欠陥が発生する。したがって、ワイヤ中のSi含有量は、ワイヤ全質量あたり、0.55質量%以下とし、好ましくは0.40質量%以下とし、より好ましくは0.35質量%以下、更に好ましくは0.30質量%以下、特に好ましくは0.25質量%以下とする。
【0022】
<Mn:1.60質量%以上2.40質量%以下>
Mnは、溶接金属の所望の強度を確保する上で重要な成分である。本実施形態に係るワイヤにおいては、溶接作業性及び溶接部の防錆性を向上させるために、ワイヤ中のC含有量及びSi含有量を所定の範囲に制限しているため、溶接金属の十分な強度を得るためには、Mn含有量を適切に制御する必要がある。また、SiO2と比較してMnOの方が高い導電性を有するため、スラグ中のMnO含有量が高い方が、溶接後の電着塗装においてスラグ上にも均一に塗膜が形成されやすくなる。
ワイヤ中のMn含有量が1.60質量%未満では、溶接金属の強度を十分に得ることが困難になるとともに、スラグ上の塗膜形成効果を十分に得ることができない。したがって、ワイヤ中のMn含有量は、ワイヤ全質量あたり、1.60質量%以上とし、好ましくは1.65質量%以上とし、より好ましくは1.70質量%以上、更に好ましくは1.80質量%以上とする。
一方、ワイヤ中のMn含有量が2.40質量%を超えると、過剰に脱酸が進行し、溶融池の酸素量が減少するため、溶滴の粘性及び表面張力が高くなることで、ビード形状が損なわれる。したがって、ワイヤ中のMn含有量は、ワイヤ全質量あたり、2.40質量%以下とし、好ましくは2.30質量%以下とし、より好ましくは2.20質量%以下、更に好ましくは2.10質量%以下とする。
【0023】
<Cu:0.01質量%以上0.30質量%以下>
Cuは、ワイヤの防錆性を向上させる効果があり、Cuの下限値は0.01質量%以上とする。ワイヤ中のCu含有量は好ましくは、ワイヤ全質量あたり、0.05質量%以上とし、より好ましくは0.10質量%以上とし、更に好ましくは0.15質量%以上とする。一方、0.30質量%を超えると、必要とされる耐割れ性を得ることができない。したがって、ワイヤ中のCu含有量は、好ましくは0.25質量%以下とし、より好ましくは0.20質量%以下とする。
【0024】
<Ti:0.05質量%以上0.25質量%以下>
Tiは、本実施形態に係るワイヤにおいて最も重要な元素の一つであり、脱酸作用を有するとともに、スラグの物性を変化させる作用を有する成分である。Tiの影響に関するメカニズムは必ずしも明確ではないが、本発明者らは、ワイヤがTiを適切な量で含有することによって、SiやMn、Tiからなる複合スラグにおいて、Tiが周囲を覆うように生成する傾向を見出した。そのようなスラグは、電着塗装性が良いだけでなく、スラグと母材との密着性がよいため、腐食が進行しにくい。
ワイヤ中のTi含有量が0.05質量%未満では、所望のスラグ状態を得ることが困難となる。したがって、ワイヤ中のTi含有量は、ワイヤ全質量あたり、0.05質量%以上とし、好ましくは0.12質量%以上とし、より好ましくは0.16質量%以上とする。
一方、ワイヤ中のTi含有量が0.25質量%を超えると、過剰に脱酸が進行し、スラグ生成量が増加しすぎて、スラグが厚肉化するとともに、脱酸作用が進みすぎることでビード形状が悪化する。したがって、ワイヤ中のTi含有量は、ワイヤ全質量あたり、0.25質量%以下とし、好ましくは0.23質量%以下とし、より好ましくは0.21質量%以下とする。
【0025】
<Al:0.10質量%以下(0質量%を含む)>
Alは、脱酸作用を有するとともに、スラグの物性を変化させる作用を有する成分である。Alは、スラグを凝集させる効果を有するため、スラグの密着性を低下させる元素である。したがって、ワイヤ中のAl含有量は、ワイヤ全質量あたり、0.10質量%以下とし、好ましくは0.05質量%以下とし、より好ましくは0.03質量%以下とする。
なお、Alを含有させる場合、0.001質量%以上とすることが好ましい。
【0026】
<P:0.025質量%以下(0質量%を含む)>
Pは、溶接金属の耐割れ性を低下させる元素であり、ワイヤ中のP含有量は少ないほど好ましい。
ワイヤ中のP含有量が0.025質量%を超えると、必要とされる耐割れ性を得ることができない。したがって、ワイヤ中のP含有量は、ワイヤ全質量あたり、0.025質量%以下とし、好ましくは0.020質量%以下とし、より好ましくは0.015質量%以下、更に好ましくは0.010質量%以下とする。
【0027】
<S:0.001質量%以上0.020質量%以下>
Sは、スラグを凝集させる効果を有するとともに、溶接ビードのなじみを良好にする元素である。例えば、スラグ量を一定にした状態で、ワイヤ中のS含有量を変化させると、S含有量の増加に伴ってスラグが凝集して厚みを増すため、電着塗装性に対しては、S含有量が少ないほど好ましい。一方、溶接ビードのなじみに対しては、S含有量が多いほど好ましい。
ワイヤ中のS含有量が0.001質量%未満では、溶接ビードのなじみが不良となる。
したがって、ワイヤ中のS含有量は、ワイヤ全質量あたり、0.001質量%以上とし、好ましくは0.003質量%以上とし、より好ましくは0.005質量%以上とする。
一方、ワイヤ中のS含有量が0.020質量%を超えると、薄いスラグを均一に溶接金属上に形成することが困難になり、電着塗装膜が形成されないか又はスラグごと剥離するおそれがある。したがって、ワイヤ中のS含有量は、ワイヤ全質量あたり、0.020質量%以下とし、好ましくは0.015質量%以下とし、より好ましくは0.010質量%以下とする。
【0028】
<N:0.0045質量%以上0.0150質量%以下>
Nは、溶接金属の強度向上や表面張力を低下させビードのなじみを良好にする効果を有する元素である。また、Nは、溶接金属の強度を向上させるとともに耐疲労性を向上させる。ワイヤ中のN含有量が0.0045質量%未満では、溶接金属の強度が低下するとともに表面張力が高くなり過ぎて、ビード形状が劣化する。また、ワイヤ中のN含有量が0.0150質量%超では、溶融金属の表面張力が低くなり過ぎて、スパッタが増加するとともにビード形状が劣化し、さらにはスラグ密着性も劣化する。したがって、ワイヤ中のN含有量は、0.0045質量%以上とし、好ましくは0.0047質量%以上、より好ましくは0.0055質量%以上である。N含有量の下限は、0.0065質量%以上、0.0075質量%以上、0.0085質量%以上、0.0095質量%以上とすることもできる。また、ワイヤ中のN含有量は、0.0150質量%以下、より好ましくは0.0130質量%以下、更に好ましくは0.0110質量%以下とする。
【0029】
<O:0.0010質量%以上0.0050質量%以下>
Oは、スラグの生成量に影響を及ぼすとともに、表面張力を低下させビードのなじみを良好にする効果を有する元素のため、0.0010質量%以上0.0050質量%以下の範囲とする。ワイヤ中のO含有量が0.0010質量%未満では、ビードのなじみが不良となることがある。また、ワイヤ中のO含有量が0.0050質量%を超えると、溶接時のスラグ量が増加することがある。したがって、ワイヤ中のO含有量は、0.0010質量%以上とし、好ましくは0.0015質量%以上、より好ましくは0.0020質量%以上、更に好ましくは0.0030質量%以上とする。また、ワイヤ中のO含有量は、0.0050質量%以下とし、好ましくは0.0040質量%以下とする。
【0030】
<Cr:0.001質量%以上0.10質量%以下、Mo:0.001質量%以上0.10質量%以下>
Cr及びMoは、本実施形態のワイヤにおいて必須の成分ではないが、強度向上を目的に含有させることができる。Cr及びMoは、いずれか一方を、Cr:0.001質量%以上0.10質量%以下、Mo:0.001質量%以上0.10質量%以下、の範囲で含有させることができる。Cr及びMoは、両方をそれぞれ、Cr:0.001質量%以上0.10質量%以下、Mo:0.001質量%以上0.10質量%以下、の範囲で含有させることもできる。
【0031】
<残部>
本実施形態に係るワイヤの残部は、Fe及び不可避的不純物である。不可避的不純物としては、例えば、Zr、Ni、Co、Li、Sn、Sb、Bi、B及びAs等が挙げられる。
また、本実施形態に係るワイヤは、例えば、Ni、Co、B、Sbなどを、Ni≦0.10質量%、Co≦0.10質量%、B≦0.01質量%、Sb≦0.01質量%の範囲で含有してもよい。
【0032】
<0.1≦[Ti]/[Si]≦3.0>
ワイヤ中のSi含有量に対するTi含有量の比を適切に制御することにより、スラグの分布状態を制御することができる。溶接中の溶融池のスラグ生成挙動を確認すると、細かいスラグが多数生成されている様子が観察されることから、Si含有量とTi含有量との比が適切に制御されていると、溶接金属上に薄いスラグが広がっているものと推測される。
ワイヤ全質量あたりのSi含有量(質量%)を[Si]、ワイヤ全質量あたりのTi含有量(質量%)を[Ti]としたとき、Si含有量がTi含有量に対して増加し、下記式
(1)により得られる値が0.1未満となると、スラグが凝集して電着塗装膜が形成されないか又はスラグごと剥離するおそれがある。そのため、スラグを薄肉化するためには、下記式(1)により得られる値を0.1以上とする必要があり、好ましくは0.4以上とし、より好ましくは1.0以上とする。
一方、Ti含有量がSi含有量に対して増加し、下記式(1)により得られる値が3.0を超えると、スラグ生成量が増加しすぎて、スラグが厚肉化するとともに、ビード形状が悪くなる。したがって、下記式(1)により得られる値は3.0以下とする必要があり、好ましくは2.8以下とし、より好ましくは2.5以下とする。
[Ti]/[Si]・・・式(1)
【0033】
<0.7≦(1000×[S]×[O])/([S]+0.3×[N]+0.5×[O])≦3.0>
ワイヤ中のS、N、Oは、表面張力を下げ、ビードのなじみを良好にする効果がある。
しかしながら、Sはスラグを凝集させ、Oはスラグを増加させるため、SやOを過剰に添加することは電着塗装性を劣化させる場合があることが分かった。そこで本発明者らは、鋭意検討した結果、S、N、Oの含有量を変数とするパラメータが所定の範囲内に制御されることで、電着塗装性を良好に保ったまま、ビードのなじみをより良好にできることを見出した。ワイヤ全質量あたりのS含有量(質量%)を[S]、ワイヤ全質量あたりのO含有量(質量%)を[O]、ワイヤ全質量あたりのN含有量(質量%)を[N]としたとき、下記式(2)により得られる値が0.7以上3.0以下の場合、電着塗装性及びビードのなじみをより一層良好にすることができる。下記式(2)により得られる値は、より好ましくは1.0以上である。また、下記式(2)により得られる値は、より好ましくは2.5以下である。
(1000×[S]×[O])/([S]+0.3×[N]+0.5×[O])・・・式(2)
【0034】
<([Si]+[Ti]/3)/([C]/2+2×[Al])≧3>
ワイヤ中のSi含有量及びTi含有量に対するC含有量及びAl含有量の比を適切に制御することにより、溶接時に発生するスパッタ量を低減することができる。例えば、パルス溶接中の溶滴移行挙動を確認すると、粘性が低すぎる場合に溶滴の離脱がうまくいかず短絡する様子や、溶融池そのものからスパッタが発生する様子が観察された。Si含有量及びTi含有量に対するC含有量及びAl含有量の比が適切に制御されていると、過度な粘性の低下を抑制することで、溶滴が離脱しやすくなりスパッタが低減すると推測される。
ワイヤ全質量あたりのSi含有量(質量%)を[Si]、ワイヤ全質量あたりのTi含有量(質量%)を[Ti]、C含有量(質量%)を[C]、ワイヤ全質量あたりのAl含有量(質量%)を[Al]としたとき、下記式(3)により得られる値が3以上となると、溶滴離脱が良好となり短絡回数が適切に保たれ、よりスパッタが少ない溶接ができる。
そのため、下記式(3)により得られる値は3以上であることが好ましく、より好ましくは7以上とし、更に好ましくは10以上とする。
([Si]+[Ti]/3)/([C]/2+2×[Al])・・・式(3)
【0035】
<シールドガス:Ar-CO2混合ガス>
本実施形態に係るワイヤは、例えばAr-CO2混合ガスをシールドガスとして用いることができる。Ar-CO2混合ガスを用いると、シールドガス中に含まれる酸素量が少ないため、酸化生成するスラグ量が減少する。Ar-CO2混合ガスの比率としては、例えば80体積%Ar-20体積%CO2混合ガス等を使用することができる。
【0036】
また、本実施形態に係るワイヤを使用した溶接姿勢は特に限定されない。さらに、本実施形態に係るワイヤのワイヤ径(直径)についても、特に限定されるものではないが、AWS又はJIS等の溶接材料規格に規定された直径のワイヤに適用することができる。
【0037】
<ワイヤの製造>
本実施形態に係るワイヤを製造するに際し、特別な製造条件は必要でなく、常法により製造することができる。例えば、上記成分の鋼を溶製し、鋳塊を得る。鋳塊は必要に応じて熱間鍛造等が施された後、熱間圧延され、更に冷間伸線が施されて素線に形成される。
素線は、必要に応じて500~900℃程度の温度で焼鈍され、酸洗された後、銅めっきが施され、更に必要に応じて仕上伸線が施されて、目標線径とされる。その後、必要に応じ潤滑剤が付与され、溶接用ワイヤとされる。
【実施例】
【0038】
以下、発明例及び比較例を挙げて、本発明の効果を具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0039】
[ワイヤの製造]
ワイヤの化学成分が、表1に示す種々の含有量となるように、ワイヤ径が1.2mmであるガスシールドアーク溶接用ワイヤを製作した。
【0040】
[ガスシールドアーク溶接]
図1は、本発明例及び比較例のワイヤを用いたガスシールドアーク溶接条件を示す斜視図であり、
図2はその側面図である。長さが150mm、幅が50mm、厚さが2.9mmである2枚の板状鋼板1,2を、幅方向に20mmずらして重ねた状態(ルート間隔:0mm)で水平に配置し、下方の鋼板1における上面と、上方の鋼板2における側面との間に形成されたすみ肉部に対して、本発明例及び比較例の各ガスシールドアーク溶接用ワイヤを使用して、下記表2に示す溶接条件により、水平すみ肉溶接を実施した。
【0041】
なお、鋼板1,2の長手方向における一端部から15mmの位置より溶接を開始し、矢印Aの方向に120mmの距離で溶接を進めた後、上記溶接開始位置と反対側である、鋼板1,2の長手方向における他端部から15mmの位置で溶接を終了することにより、溶接金属3を形成した。また、
図2に示すように、溶接トーチ4の角度は、鋼板1の垂直方向に対して45°とし、ワイヤ4aの狙い位置は鋼板2の幅方向端面から約0.5mm離間した位置とした。
【0042】
[ワイヤの評価]
≪スラグ密着性≫
溶接後の溶接金属表面をタガネで叩き、スラグが落ちるかどうかを検査することにより、スラグ密着性を評価した。スラグ密着性については、スラグが溶接金属表面から落ちなかったものを○(良好)とし、スラグが容易に剥がれて落ちたものを×(不良)とした。
【0043】
≪防錆性≫
溶接後により得られた接合部材の表面において、電着塗装により塗膜を形成した後、JIS K 5600-7-9:2006に準じてサイクル腐食試験を実施し、電着塗装性の指標となる防錆性を評価した。防錆性については、サイクル腐食試験30サイクル後に溶接ビード上に生成した錆面積率が0~20%未満であったものを○(良好)とし、錆面積率が20%以上であったものを×(不良)とした。なお、一部の試験片についてはこのサイクル腐食試験を実施せず、溶接金属上に薄いスラグが広がっており電着塗装性が良好となる場合を〇(良好)とし、溶接金属上にスラグが凝集し電着塗装性が劣化する場合を×(不良)と評価した。
【0044】
≪ビード形状≫
作製したすみ肉溶接部の断面を樹脂に埋め込み、下板側の溶接止端部の観察を行った。
倍率は50倍で観察を行い、特に滑らかな形状である場合を「A」、滑らかな形状である場合を「B」、なじみが悪く形状不良となった場合を「C」と判断した。
【0045】
≪強度≫
各ワイヤについて溶着金属を作成し、引張荷重を測定することにより引張強度(MPa)を算出した。全溶着金属の引張試験は、JISZ3111:2015に準拠し、試験板中央部から引張試験片A0号を採取し、実施した。
【0046】
≪低スパッタ≫
パルス溶接時の官能評価により、スパッタが特に少なかったものを「A」、スパッタが少なかったものを「B」、スパッタがやや少なかったものを「C」、短絡が多くスパッタが多かったものを「D」(不良)とした。
【0047】
使用した各ワイヤの化学成分及び各試験の評価結果を、下記表1に併せて示す。なお、ワイヤの化学成分における残部はFe及び不可避的不純物であり、ワイヤ中の各成分量は、ワイヤ全質量に対する含有量(質量%)で示されている。表1において、式(1)は、[Ti]/[Si]を表し、式(2)は、(1000×[S]×[O])/([S]+0.3×[N]+0.5×[O])を表し、式(3)は、([Si]+[Ti]/3)/([C]/2+2×[Al])を表す。また、表1において、CrとMoの欄における「-」は、0.01質量%未満であることを意味する。さらに、評価結果欄において、「-」はその評価を実施していないことを意味する。
【0048】
【0049】
【0050】
上記表2に示すように、発明例であるワイヤNo.1~11は、ワイヤの成分及び式(1)により得られる値が本発明の範囲内であるため、溶接時のスパッタが少なく良好であった。そして、これらの発明例は、スラグ密着性が良好であり、スラグを除去することなく良好な状態で電着塗装膜を形成することができ、これにより、優れた防錆性を得ることができた。
【0051】
一方、比較例であるワイヤNo.12は、ワイヤ中のN含有量が本発明範囲の下限未満であるため、ビード形状が不良となり、強度も低下した。
【0052】
比較例であるワイヤNo.13及び16は、ワイヤ中のN含有量が本発明範囲の下限未満であるため、ビード形状が不良となり、また、強度を測定したワイヤNo.16については、低い強度を示した。
【0053】
比較例であるワイヤNo.14は、ワイヤ中のSi含有量が本発明範囲の上限を超えているとともに、N含有量が本発明範囲の下限未満であるので、スラグ密着性が低下し、これにより、防錆性が不良となった。
【0054】
比較例であるワイヤNo.15は、ワイヤ中のTi含有量、N含有量及び式(1)の値がいずれも本発明範囲の下限未満であるため、防錆性が不良であった。
【0055】
比較例であるワイヤNo.17は、ワイヤ中のSi含有量及びN含有量が本発明範囲の下限未満であるため、スパッタ発生量が増加するとともに、ビード形状が不良となった。
【0056】
比較例であるワイヤNo.18は、ワイヤ中のN含有量が本発明範囲の下限未満であるとともに、式(1)の値が本発明範囲の上限を超えているため、スラグが厚肉化して、防錆性が悪くなるとともに、ビード形状が不良となり、強度も低下した。
【0057】
比較例であるワイヤNo.19は、ワイヤ中のMn含有量、Ti含有量及び式(1)の値が本発明範囲の下限未満であるため、防錆性が不良となり、強度も低下した。
【0058】
比較例であるワイヤNo.20は、ワイヤ中のSi含有量が本発明範囲の上限を超えているとともに、Mn含有量及びN含有量が本発明範囲の下限未満であるため、スラグ密着性が低下するとともに、防錆性が不良となり、強度も低下した。
【0059】
比較例であるワイヤNo.21は、ワイヤ中のMn含有量、Ti含有量及び式(1)の値が本発明範囲の下限未満であるため、スラグ密着性が低下し、防錆性が不良となった。
【0060】
比較例であるワイヤNo.22及び23は、ワイヤ中のN含有量が本発明範囲の上限を超えているため、ビード形状が不良となるとともに、スラグ密着性が低下した。
【0061】
以上詳述したように、本発明の実施形態に係るガスシールドアーク溶接用ワイヤによれば、溶接時のスパッタの発生が少なく、溶接後にスラグの除去等の工程が不要であり、優れた電着塗装性を有し、ビード形状が良好な溶接部を得ることができる。
【符号の説明】
【0062】
1,2 鋼板
3 溶接金属
4 溶接トーチ
4a ワイヤ