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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-05
(45)【発行日】2024-03-13
(54)【発明の名称】無方向性電磁鋼板及びモータコア
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240306BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20240306BHJP
   H01F 1/147 20060101ALI20240306BHJP
   H02K 1/02 20060101ALI20240306BHJP
   C21D 9/00 20060101ALN20240306BHJP
   C21D 8/12 20060101ALN20240306BHJP
【FI】
C22C38/00 303U
C22C38/60
H01F1/147 175
H02K1/02 Z
C21D9/00 S
C21D8/12 A
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2023549890
(86)(22)【出願日】2023-03-28
(86)【国際出願番号】 JP2023012705
(87)【国際公開番号】W WO2023190621
(87)【国際公開日】2023-10-05
【審査請求日】2023-08-17
(31)【優先権主張番号】P 2022057541
(32)【優先日】2022-03-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2022132805
(32)【優先日】2022-08-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】太田 俊
(72)【発明者】
【氏名】田中 一郎
【審査官】河口 展明
(56)【参考文献】
【文献】特開2021-165411(JP,A)
【文献】国際公開第2021/037061(WO,A1)
【文献】国際公開第01/062998(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
H01F 1/147
C21D 8/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C :0.006%以下、
Si:1.0%以上5.0%以下、
sol.Al:2.5%未満、
Mn:3.0%以下、
P :0.20%以下、
S :0.010%以下、
N :0.010%以下、
O :0.10%以下、
Sn:0~0.20%、
Sb:0~0.20%、
Ca:0~0.01%、
Cr:0~5.0%、
Ni:0~5.0%、
Cu:0~5.0%、
Ce:0~0.10%、
B :0~0.10%、
Mg:0~0.10%、
Ti:0~0.10%、
V :0~0.10%、
Zr:0~0.10%、
Nd:0~0.10%、
Bi:0~0.10%、
W :0~0.10%、
Mo:0~0.10%、
Nb:0~0.10%、
Y :0~0.10%、
残部:Feおよび不純物、
からなる化学組成を有し、
平均結晶粒径が30μm以上200μm以下であり、
鋼板の表面から板厚方向に板厚の1/4の位置において、{111}<011>集積度が2.00以上5.98以下である無方向性電磁鋼板。
【請求項2】
質量%で、
Sn:0.0010%以上0.20%以下、
Sb:0.0010%以上0.20%以下、
Ca:0.0003%以上0.01%以下、
Cr:0.0010%以上5.0%以下、
Ni:0.0010%以上5.0%以下、
Cu:0.0010%以上5.0%以下、
Ce:0.001%以上0.10%以下、
B :0.0001%以上0.10%以下、
Mg:0.0001%以上0.10%以下、
Ti:0.0001%以上0.10%以下、
V :0.0001%以上0.10%以下、
Zr:0.0002%以上0.10%以下、
Nd:0.002%以上0.10%以下、
Bi:0.002%以上0.10%以下、
W :0.002%以上0.10%以下、
Mo:0.002%以上0.10%以下、
Nb:0.0001%以上0.10%以下、及び
Y :0.002%以上0.10%以下、
からなる群から選択される1種又は2種以上を含む、請求項1に記載の無方向性電磁鋼板。
【請求項3】
前記鋼板の表面から板厚方向に板厚の1/4の位置において、{110}<001>集積度が1.00以上である請求項1又は請求項2に記載の無方向性電磁鋼板。
【請求項4】
前記鋼板の表面から板厚方向に板厚の1/4の位置において、{111}<112>集積度/{111}<011>集積度の値が1.00以下である請求項1又は請求項に記載の無方向性電磁鋼板。
【請求項5】
前記鋼板の表面から板厚方向に板厚の1/4の位置において、{411}<148>集積度が2.00以下である請求項1又は請求項に記載の無方向性電磁鋼板。
【請求項6】
前記鋼板の表面から板厚方向に板厚の1/4の位置において、{411}<011>集積度が2.00以下である請求項1又は請求項に記載の無方向性電磁鋼板。
【請求項7】
板厚が0.10mm以上0.35mm以下である請求項1又は請求項に記載の無方向性電磁鋼板。
【請求項8】
請求項1又は請求項に記載の無方向性電磁鋼板が複数枚積層された構造を有するモータコア。
【請求項9】
前記鋼板の表面から板厚方向に板厚の1/4の位置において、
{110}<001>集積度が1.00以上、
{111}<112>集積度/{111}<011>集積度の値が1.00以下、
{411}<148>集積度が2.00以下、及び
{411}<011>集積度が2.00以下、
の少なくとも1つを満たす請求項1又は請求項2に記載の無方向性電磁鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、無方向性電磁鋼板及びモータコアに関する。
【背景技術】
【0002】
地球温暖化ガスを削減する必要性から、工業分野では消費エネルギーの少ない製品が開発されている。例えば、自動車分野においては、ガソリンエンジンとモータとを組み合わせたハイブリッド駆動自動車、モータ駆動の電気自動車等の低燃費自動車がある。これら低燃費自動車に共通した技術はモータであり、モータの高効率化が重要な技術となっている。
【0003】
一般に、モータは、固定子(ステータ)と回転子(ロータ)とで構成される。この固定子および回転子の鉄心に用いられる無方向性電磁鋼板には、高効率化のために鉄損が小さいことが求められている。
【0004】
しかし実用的には、モータ稼働時に固定子および回転子に付与される圧縮応力を考慮する必要がある。この圧縮応力は一般的に無方向性電磁鋼板の鉄損を劣化させる。そのため、固定子に用いられる無方向性電磁鋼板は、圧縮応力付与時における鉄損が良好であることが望ましい。
【0005】
例えば、特許文献1には、磁気特性に優れる無方向性電磁鋼板に関する技術が開示されている。特許文献2には、モータ効率を向上できる無方向性電磁鋼板に関する技術が開示されている。特許文献3には、磁気特性に優れる無方向性電磁鋼板に関する技術が開示されている。
【0006】
特許文献1:特許第5447167号公報
特許文献2:特許第5716315号公報
特許文献3:国際公開第2013/069754号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本開示は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、例えばモータのステータ鉄心およびロータ鉄心の素材として好適であり、圧縮応力付与時における鉄損の劣化が小さい無方向性電磁鋼板及びモータコアを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示の要旨は以下のとおりである。
[1] 質量%で、
C :0.006%以下、
Si:1.0%以上5.0%以下、
sol.Al:2.5%未満、
Mn:3.0%以下、
P :0.30%以下、
S :0.010%以下、
N :0.010%以下、
O :0.10%以下、
Sn:0~0.20%、
Sb:0~0.20%、
Ca:0~0.01%、
Cr:0~5.0%、
Ni:0~5.0%、
Cu:0~5.0%、
Ce:0~0.10%、
B :0~0.10%、
Mg:0~0.10%、
Ti:0~0.10%、
V :0~0.10%、
Zr:0~0.10%、
Nd:0~0.10%、
Bi:0~0.10%、
W :0~0.10%、
Mo:0~0.10%、
Nb:0~0.10%、
Y :0~0.10%、
残部:Feおよび不純物、
からなる化学組成を有し、
平均結晶粒径が30μm以上200μm以下であり、
鋼板の表面から板厚方向に板厚の1/4の位置において、{111}<011>集積度が2.00以上8.00以下である無方向性電磁鋼板。
[2] 質量%で、
Sn:0.0010%以上0.20%以下、
Sb:0.0010%以上0.20%以下、
Ca:0.0003%以上0.01%以下、
Cr:0.0010%以上5.0%以下、
Ni:0.0010%以上5.0%以下、
Cu:0.0010%以上5.0%以下、
Ce:0.001%以上0.10%以下、
B :0.0001%以上0.10%以下、
Mg:0.0001%以上0.10%以下、
Ti:0.0001%以上0.10%以下、
V :0.0001%以上0.10%以下、
Zr:0.0002%以上0.10%以下、
Nd:0.002%以上0.10%以下、
Bi:0.002%以上0.10%以下、
W :0.002%以上0.10%以下、
Mo:0.002%以上0.10%以下、
Nb:0.0001%以上0.10%以下、及び
Y :0.002%以上0.10%以下、
からなる群から選択される1種又は2種以上を含む、[1]に記載の無方向性電磁鋼板。
[3] 前記鋼板の表面から板厚方向に板厚の1/4の位置において、{110}<001>集積度が1.00以上である[1]又は[2]に記載の無方向性電磁鋼板。
[4] 前記鋼板の表面から板厚方向に板厚の1/4の位置において、{111}<112>集積度/{111}<011>集積度の値が1.00以下である[1]~[3]のいずれか1つに記載の無方向性電磁鋼板。
[5] 前記鋼板の表面から板厚方向に板厚の1/4の位置において、{411}<148>集積度が2.00以下である[1]~[4]のいずれか1つに記載の無方向性電磁鋼板。
[6] 前記鋼板の表面から板厚方向に板厚の1/4の位置において、{411}<011>集積度が2.00以下である[1]~[5]のいずれか1つに記載の無方向性電磁鋼板。
[7] 前記鋼板の表面から板厚方向に板厚の1/4の位置において、板厚が0.10mm以上0.35mm以下である[1]~[6]のいずれか1つに記載の無方向性電磁鋼板。
[8] [1]~[7]のいずれか1つに記載の無方向性電磁鋼板が複数枚積層された構造を有するモータコア。
【発明の効果】
【0009】
本開示の上記態様によれば、例えば、モータのステータ鉄心およびロータ鉄心の素材として好適に利用可能であり、圧縮応力付与時における鉄損の劣化が小さい無方向性電磁鋼板及びモータコアを提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下に、本開示の無方向性電磁鋼板の好適な一実施形態について詳細に説明する。ただし、本開示は、下記実施形態に開示の構成のみに制限されることなく、本開示の趣旨を逸脱しない範囲で種々の変更が可能である。また、本開示における数値限定範囲には、特に断りのない限り、下限値及び上限値としてそれぞれ記載されている数値がその範囲に含まれる。ただし、「超」または「未満」と示す数値は、その値が数値範囲に含まれない。各元素の含有量に関する「%」は、「質量%」を意味する。
また、本明細書中に段階的に記載されている数値範囲において、ある段階的な数値範囲の上限値は、他の段階的な記載の数値範囲の上限値に置き換えてもよく、また、実施例に示されている値に置き換えてもよい。
本明細書中に段階的に記載されている数値範囲において、ある段階的な数値範囲の下限値は、他の段階的な記載の数値範囲の下限値に置き換えてもよく、また、実施例に示されている値に置き換えてもよい。
また、各元素の含有量について、好ましい下限値と上限値が別々に記載されている場合、下限値と上限値を任意に組み合わせた数値範囲をその元素の好ましい含有量としてもよい。
なお、元素の含有量について「0~」又は「0%以上」として下限値が0%として記載されている場合、あるいは、上限値のみ記載されている場合は、その元素を含まなくてもよいことを意味する。
【0011】
[無方向性電磁鋼板]
本開示に係る無方向性電磁鋼板は、電気自動車やハイブリッド自動車などのモータの鉄心用として好適に用いることができる。ここで、無方向性電磁鋼板とはコイル製品だけでなく、鉄心を構成する鋼板(鉄心素材)も対象とする。
すなわち、本開示の各態様における「無方向性電磁鋼板」とは、鋼板製造メーカで製造した状態のコイル状または切板状の「鋼板」だけでなく、例えば、需要家によって打抜き加工、積層などによりモータコア形状に加工され、モータコアを構成する「鋼板」も含まれる。
【0012】
(化学組成)
まず、本開示に係る無方向性電磁鋼板の化学組成の限定理由について説明する。
【0013】
本開示に係る無方向性電磁鋼板は、化学組成として、Siを含有し、必要に応じて選択元素を含有し、残部がFe及び不純物からなる。以下、各元素について説明する。
【0014】
C:0%以上0.006%以下
C(炭素)は、不純物として含有され、磁気特性を劣化させる元素である。したがって、C含有量は0.006%以下とする。好ましくは、0.003%以下である。C含有量は、少ないことが好ましいので、下限値を制限する必要がなく、下限値が0%でもよい。ただし、工業的に含有量を0%にすることは容易ではないので、下限値を0.0005%としてもよく、0.0010%としてもよい。
【0015】
Si:1.0%以上5.0%以下
Si(ケイ素)は、鋼板の比抵抗を高めて鉄損を低減させるのに有効な元素である。したがって、Si含有量は1.0%以上とする。また、Siは、モータの鉄心用の無方向性電磁鋼板として、磁気的な板面内異方性を小さく且つ機械的な板面内異方性を小さくするのに有効な元素である。この場合、Si含有量は、2.0%超5.0%以下であることが好ましく、2.5%以上5.0%以下であることがさらに好ましく、3.0%以上5.0%以下であることがさらに好ましく、3.2%以上5.0%以下であることがさらに好ましい。一方、過剰に含有させると磁束密度が著しく低下する。したがって、Si含有量は5.0%以下とする。磁束密度の低下を抑制する観点では、Si含有量は、1.0%以上4.5%以下であることが好ましく、1.0%以上4.0%以下であることがより好ましく、1.0%以上3.5%以下であることがさらに好ましい。
【0016】
sol.Al:0%以上2.5%未満
Al(アルミニウム)は、鋼板の比抵抗を高めて鉄損を低減させるのに有効な選択元素であるが、過剰に含有させると磁束密度が著しく低下する。このため、sol.Al含有量は2.5%未満とする。sol.Al含有量は、下限値を制限する必要がなく、下限値が0%でもよい。ただし、上記作用による効果をより確実に得るには、sol.Al含有量を0.03%以上とすることが好ましく、0.10%以上とすることがより好ましい。なお、sol.Alは、酸可溶性アルミニウムを意味する。
【0017】
ここで、SiおよびAlは、磁気的な板面内異方性を小さく且つ機械的な板面内異方性を小さくするのに有効な元素である。そのため、Siおよびsol.Alの合計含有量は、2.0%超であることが好ましく、3.0%超であることがさらに好ましく、4.0%超であることがさらに好ましい。一方、SiおよびAlは、固溶強化能が高いので、過剰に含有させると冷間圧延が困難になる。したがって、Siとsol.Alの合計含有量は5.5%未満とすることが好ましい。
【0018】
Mn:0%以上3.0%以下
Mn(マンガン)は、鋼板の比抵抗を高めて鉄損を低減させるのに有効な選択元素である。ただし、Mnは、SiやAlに比べて合金コストが高いため、Mn含有量が多くなると経済的に不利となる。このため、Mn含有量は3.0%以下とする。Mn含有量は好ましくは2.7%以下であり、より好ましくは2.5%以下である。Mn含有量は、下限値を制限する必要がなく、下限値が0%でもよい。ただし、上記作用による効果をより確実に得るには、Mn含有量は、0.0010%以上であることが好ましく、0.0030%以上であることがより好ましく、0.010%以上であることがさらに好ましい。
【0019】
P:0%以上0.30%以下
P(リン)は、一般に不純物として含有される元素である。ただし、Pは無方向性電磁鋼板の集合組織を改善して磁気特性を向上させる作用を有するので、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Pは固溶強化元素でもあるため、P含有量が過剰になると、鋼板が硬質化して冷間圧延が困難になる。このため、P含有量は0.30%以下とする。P含有量は、0.20%以下であることが好ましい。P含有量は、下限値を制限する必要がなく、下限値が0%でもよい。ただし、上記作用による効果をより確実に得るには、P含有量は、0.0010%以上であることが好ましく、0.010%以上であることがより好ましく、0.015%以上であることがさらに好ましい。
【0020】
S:0%以上0.010%以下
S(硫黄)は、不純物として含有され、鋼中のMnと結合して微細なMnSを形成し、焼鈍時の結晶粒の成長を阻害し、無方向性電磁鋼板の磁気特性を劣化させる。このため、S含有量は0.010%以下とする。S含有量は、0.005%以下であることが好ましく、0.003%以下であることがさらに好ましい。S含有量は、少ないことが好ましいので、下限値を制限する必要がなく、下限値が0%でもよい。ただし、工業的に含有量を0%にすることは容易ではないので、下限値を0.0001%としてもよく、0.001%としてもよい。
【0021】
N:0%以上0.010%以下
N(窒素)は、不純物として含有され、Alと結合して微細なAlNを形成し、焼鈍時の結晶粒の成長を阻害し、磁気特性を劣化させる。このため、N含有量を0.010%以下とする。N含有量は、0.005%以下であることが好ましく、0.003%以下であることがさらに好ましい。N含有量は、少ないことが好ましいので、下限値を制限する必要がなく、下限値が0%でもよい。ただし、工業的に含有量を0%にすることは容易ではないので、下限値は、0.0001%以上としてもよく、0.0010%以上としてもよく、0.0015%以上としてもよい。
【0022】
O:0%以上0.10%以下
O(酸素)は、不純物として含有され、酸化物を形成して磁気特性を劣化させる。このため、O含有量を0.10%以下とする。O含有量は0.08%以下であることが好ましく、0.05%以下であることがより好ましく、0.010%以下であることがさらに好ましく、0.008%以下であることが特に好ましい。O含有量は、少ないことが好ましいので、下限値を制限する必要がなく、下限値が0%でもよい。ただし、工業的に含有量を0%にすることは容易ではないので、下限値は、0.0001%以上としてもよく、0.0005%以上としてもよく、0.0008%以上としてもよい。
【0023】
本開示に係る無方向性電磁鋼板の化学組成は、上記の元素に加えて、選択元素として、Sn、Sb、Ca、Cr、Ni、Cu、及びCeの少なくとも1種を含有してもよい。例えば、これらの選択元素の含有量は、以下とすればよい。
【0024】
Sn:0%以上0.20%以下
Sb:0%以上0.20%以下
Sn(錫)およびSb(アンチモン)は、無方向性電磁鋼板の集合組織を改善して磁気特性(例えば、磁束密度)を向上させる作用を有する選択元素であるので、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Snおよび/またはSbを過剰に含有させると、鋼を脆化させて冷延破断を引き起こすことがあり、また磁気特性を劣化させることがある。このため、SnおよびSbの含有量はそれぞれ0.20%以下とする。SnおよびSbの各含有量は、下限値を制限する必要がなく、下限値が0%でもよい。ただし、上記作用による効果をより確実に得るには、Sn含有量は、0.0010%以上であることが好ましく、0.01%以上であることがさらに好ましい。また、Sb含有量は、0.0010%以上であることが好ましく、0.002%以上であることが好ましく、0.01%以上であることがさらに好ましい。
【0025】
Ca:0%以上0.01%以下
Ca(カルシウム)は、粗大な硫化物を生成することで微細な硫化物(MnS、CuS等)の析出を抑制するので介在物制御に有効な選択元素であり、適度に添加すると結晶粒成長性を向上させて磁気特性(例えば、鉄損)を向上させる作用を有する。しかしながら、Caを過剰に含有させると、上記作用による効果は飽和してコストの増加を招く。したがって、Ca含有量は0.01%以下とする。Ca含有量は、0.008%以下であることが好ましく、0.005%以下であることがさらに好ましい。Ca含有量は、下限値を制限する必要がなく、下限値が0%でもよい。ただし、上記作用による効果をより確実に得るには、Ca含有量を0.0003%以上とすることが好ましい。Ca含有量は、0.001%以上であることが好ましく、0.002%以上であることがさらに好ましい。
【0026】
Cr:0%以上5.0%以下
Cr(クロム)は、固有抵抗を高めて、磁気特性(例えば、鉄損)を向上させる選択元素である。しかしながら、過剰に含有させると、飽和磁束密度を低下させることがあり、また上記作用による効果は飽和してコストの増加を招く。したがって、Cr含有量は5.0%以下とする。Cr含有量は、4.0%以下でもよく、0.5%以下であることが好ましく、0.1%以下であることがさらに好ましい。Cr含有量は、下限値を制限する必要がなく、下限値が0%でもよい。ただし、上記作用による効果をより確実に得るには、Cr含有量は0.0010%以上であることが好ましい。
【0027】
Ni:0%以上5.0%以下
Ni(ニッケル)は、磁気特性(例えば、飽和磁束密度)を向上させる選択元素である。しかしながら、Niを過剰に含有させると、上記作用による効果は飽和してコストの増加を招く。したがって、Ni含有量は5.0%以下とする。Ni含有量は、4.0%以下でもよく、0.5%以下であることが好ましく、0.1%以下であることがさらに好ましい。Ni含有量は、下限値を制限する必要がなく、下限値が0%でもよい。ただし、上記作用による効果をより確実に得るには、Ni含有量は0.0010%以上であることが好ましい。
【0028】
Cu:0%以上5.0%以下、
Cu(銅)は、鋼板強度を向上させる選択元素である。しかしながら、Cuを過剰に含有させると、飽和磁束密度を低下させることがあり、また上記作用による効果は飽和してコストの増加を招く。したがって、Cu含有量は5.0%以下とする。Cu含有量は、4.0%以下でもよく、0.1%以下であることが好ましい。Cu含有量は、下限値を制限する必要がなく、下限値が0%でもよい。ただし、上記作用による効果をより確実に得るには、Cu含有量は0.0010%以上であることが好ましい。
【0029】
Ce:0%以上0.10%以下
Ce(セリウム)は、粗大な硫化物、酸硫化物を生成することで微細な硫化物(MnS、CuS等)の析出を抑制し、粒成長性を良好にして鉄損を低減させる選択元素である。しかしながら、過剰に含有させると、硫化物および酸硫化物以外に酸化物も生成し、鉄損を劣化させることがあり、また上記作用による効果は飽和してコストの増加を招く。したがって、Ce含有量は0.10%以下とする。Ce含有量は、0.01%以下であることが好ましい。Ce含有量は、下限値を制限する必要がなく、下限値が0%でもよい。ただし、上記作用による効果をより確実に得るには、Ce含有量は0.001%以上であることが好ましい。Ce含有量は、0.002%以上であることがさらに好ましく、0.003%以上であることがさらに好ましく、0.005%以上であることがさらに好ましい。
【0030】
本開示に係る無方向性電磁鋼板の化学組成は、さらに選択元素として、例えば、B、Mg、Ti、V、Zr、Nd、Bi、W、Mo、Nb、及びYの少なくとも1種を含有してもよい。これらの選択元素の含有量は、公知の知見に基づいて制御すればよい。例えば、これらの選択元素の含有量は、以下とすればよい。
B :0%以上0.10%以下、
Mg:0%以上0.10%以下、
Ti:0%以上0.10%以下、
V :0%以上0.10%以下、
Zr:0%以上0.10%以下、
Nd:0%以上0.10%以下、
Bi:0%以上0.10%以下、
W :0%以上0.10%以下、
Mo:0%以上0.10%以下、
Nb:0%以上0.10%以下、
Y :0%以上0.10%以下。
【0031】
また、本開示に係る無方向性電磁鋼板は、Siを1.0%以上5.0%以下含むほか、化学組成として、質量%で、
C :0.0010%以上0.006%以下、
sol.Al:0.10%以上2.5%未満、
Mn:0.0010%以上3.0%以下、
P :0.0010%以上0.30%以下、
S :0.0001%以上0.010%以下、
N :0.0015%超0.010%以下、
O :0.0001%以上0.10%以下、
Sn:0.0010%以上0.20%以下、
Sb:0.0010%以上0.20%以下、
Ca:0.0003%以上0.01%以下、
Cr:0.0010%以上5.0%以下、
Ni:0.0010%以上5.0%以下、
Cu:0.0010%以上5.0%以下、
Ce:0.001%以上0.10%以下、
B :0.0001%以上0.10%以下、
Mg:0.0001%以上0.10%以下、
Ti:0.0001%以上0.10%以下、
V :0.0001%以上0.10%以下、
Zr:0.0002%以上0.10%以下、
Nd:0.002%以上0.10%以下、
Bi:0.002%以上0.10%以下、
W :0.002%以上0.10%以下、
Mo:0.002%以上0.10%以下、
Nb:0.0001%以上0.10%以下、及び
Y :0.002%以上0.10%以下、
の少なくとも1種を含有することが好ましい。
【0032】
B含有量は0.02%以下であることが好ましく、0.01%以下であることがより好ましい。
Mg含有量は0.01%以下であることが好ましく、0.005%以下であることがより好ましい。
Ti含有量は0.100%以下であることが好ましく、0.002%以下であることがより好ましい。
V含有量は0.05%以下であることが好ましく、0.04%以下であることがより好ましい。
Zr含有量は0.08%以下であることが好ましく、0.06%以下であることがより好ましい。
Nd含有量は0.05%以下であることが好ましく、0.01%以下であることがより好ましい。
Bi含有量は0.05%以下であることが好ましく、0.01%以下であることがより好ましい。
W含有量は0.05%以下であることが好ましく、0.01%以下であることがより好ましい。
Mo含有量は0.05%以下であることが好ましく、0.01%以下であることがより好ましい。
Nb含有量は0.05%以下であることが好ましく、0.03%以下であることがより好ましい。
Y含有量は0.05%以下であることがより好ましく、0.01%以下であることがより好ましい。
【0033】
また、後述する効果を奏し得る観点から、各元素の含有量の好ましい下限値は下記のとおりである。
B含有量は0.0002%以上であることが好ましい。
Mg含有量は0.0004%以上であることが好ましい。
Ti含有量は0.001%以上であることが好ましい。
V含有量は0.002%以上であることが好ましい。
Zr含有量は0.002%以上であることが好ましい。
Nd含有量は0.002%以上であることが好ましい。
Bi含有量は0.002%以上であることが好ましい。
W含有量は0.002%以上であることが好ましい。
Mo含有量は0.002%以上であることが好ましい。
Nb含有量は0.002%以上であることが好ましい。
Y含有量は0.002%以上であることが好ましい。
【0034】
上記任意元素は、各元素による効果の違いにより下記A群~E群に分けられる。
[A群]Sn、Sb、Ca、Cr、Ni、Cu、Ce
集合組織、介在物制御、固有抵抗、飽和磁束密度、固溶強化等を通じて磁気特性及び/又は機械特性を向上させる効果を奏し得る元素
[B群]Ti、V、Zr、Nb
析出物の粗大化を通じて粒成長性を改善する効果を奏し得る元素
[C群]Mg、Nd、Bi、Y
硫化物、酸化物などの介在物制御の効果を奏し得る元素
[D群]B
窒化物制御により好適な効果を奏し得る元素
[E群]
機械特性向上に好適な効果を奏し得る元素
W、Mo
本開示に係る無方向性電磁鋼板は、上記A群~E群からなる群より選ばれる1種又は2種以上を含んでもよく、例えば、A群、B群、C群、D群、及び/又はE群の1種又は2種以上の元素を含んでもよい。
【0035】
上記した化学組成は、鋼の一般的な分析方法によって測定すればよい。例えば、化学組成は、ICP-AES(Inductively Coupled Plasma-Atomic Emission Spectrometry)を用いて測定すればよい。なお、sol.Alは、試料を酸で加熱分解した後の濾液を用いてICP-AESによって測定すればよい。また、SiはICP発光分光分析法を用い、CおよびSは燃焼-赤外線吸収法を用い、Nは不活性ガス融解-熱伝導度法を用い、Oは不活性ガス融解-非分散型赤外線吸収法を用いて測定すればよい。
【0036】
なお、上記化学組成は、絶縁被膜等を含まない無方向性電磁鋼板の組成である。測定試料となる無方向性電磁鋼板が、表面に絶縁被膜等を有している場合は、これを除去した後に測定する。例えば、次の方法で絶縁被膜等を除去すればよい。まず、絶縁被膜等を有する無方向性電磁鋼板を、水酸化ナトリウム水溶液、硫酸水溶液、硝酸水溶液に順に浸漬後、洗浄する。最後に、温風で乾燥させる。これにより、絶縁被膜が除去された無方向性電磁鋼板を得ることができる。また、研削によって絶縁被膜等を除去してもよい。
【0037】
(結晶方位の特徴)
本開示に係る無方向性電磁鋼板は、鋼板の表面から板厚方向に板厚の1/4の位置において、{111}<011>集積度が2.00以上8.00以下(以下、「鋼板の表面から板厚方向に板厚の1/4の位置において」の記載を省略する場合がある。)である。
なお、本開示における結晶方位の「集積度」とは、集合組織を表示する際に通常用いられる指標である。例えば、{111}<011>集積度とは、結晶方位{111}<011>を有する結晶粒の存在頻度が、ランダムな方位分布を持つ組織(この場合、集積度は1)に対して何倍であるかを示す指標である。
本開示に係る無方向性電磁鋼板は、前記鋼板の表面から板厚方向に板厚の1/4の位置において、{111}<011>集積度が2.00以上8.00以下であることに加え、好ましくは、{110}<001>集積度が1.00以上、{111}<112>集積度/{111}<011>集積度の値が1.00以下、{411}<148>集積度が2.00以下、及び{411}<011>集積度が2.00以下の少なくとも1つを満たすことである。
【0038】
{111}<011>集積度が2.00以上8.00以下であることは本開示の無方向性電磁鋼板において、重要な特徴となる。{111}<011>方位は、応力付与時における磁気特性が良好な方位である。
さらに、本発明者らは、下記に示す通り、{111}<011>と同時に{110}<001>方位、{111}<112>方位、{411}<148>方位、及び{411}<011>方位の集積度の少なくともいずれか1つを適切に制御することで、通常時および応力付与時における磁気特性を高いレベルで両立させることに成功した。
{110}<001>方位は磁気特性に優れた方位であり、集積度を1.00以上とすることが好ましい。
{111}<112>方位は応力付与時の磁気特性の劣化を最大限に回避可能な方位であるものの、集積度が高すぎると圧縮応力を付与していない状態での磁気特性が劣位となる。そのため、面指数が同じであり、磁気特性に与える影響がほぼ同一の方位である{111}<011>との集積度のバランスに鑑みて{111}<112>集積度/{111}<011>集積度の値(集積度の比)を1.00以下とすることが望ましい。
{411}<148>方位は圧縮応力付与時に磁気特性が劣位になりやすい方位であり、集積度を2.00以下とすることが好ましい。
{411}<011>方位は圧縮応力付与時に磁気特性が劣位になりやすい方位であり、集積度を2.00以下とすることが好ましい。
【0039】
結晶方位は次の方法で測定できる。鋼板から切り出した30mm×30mm程度の鋼板サンプルに機械研磨および化学研磨を実施して片側の鋼板表面~1/4t部の表面層を除去する。ここで1/4t部とは、鋼板の厚さをtとした場合に、表面からt×1/4の深さに相当する部分を意味する。この表面層の除去に際し、元の鋼板の1/4t部が表面となるまで、それぞれ減厚した測定用試験片を作製する。なお、機械研磨と化学研磨により鋼板の片側表面~1/4t部の表面層を除去する際、厳密に1/4t部の面が出にくい場合があり、除去代はある程度許容される。本開示に係る無方向性電磁鋼板の平均結晶粒径(30μm以上200μm以下)を考慮し、鋼板表面から深さ1/4t部に対して深さ方向に当該鋼板の平均結晶粒径分の領域の結晶方位の集積度は同程度とみなすことができる。好ましい板厚(0.10mm以上0.35mm以下)を考慮して、機械研磨および化学研磨により、鋼板表面から深さ1/4t±1/8t、すなわち、1/8t~3/8tの範囲の面を出して結晶方位を測定すればよい。
【0040】
鋼板から採取した試料を研磨して表層の1/4t部まで除去した後、電子線後方散乱回折(EBSD:Electron Back Scattering Diffraction)法により結晶方位を求めることができる。観察視野は1視野あたり2400μm以上2.5mm以下が望ましく、2箇所以上5箇所以下の複数の視野について算出した各数値の平均値を採用することが望ましい。上記の観察結果より、結晶方位分布関数ODF(Orientation Determination Function)を作成する。この結晶方位分布関数に基づき、表面における各方位の集積度を得る。なお、ODFの展開次数は集積度の値の正確性を確保するため、18以上であることが望ましい。
【0041】
(磁気特性)
本開示においては、磁束密度1.0T、周波数400Hzで励磁した際の鉄損W10/400[W/kg]を用いて発明効果(圧縮応力付与時における鉄損の劣化抑制)を確認できる。鉄損は、励磁方向を鋼板の圧延方向(L方向)、圧延直角方向(C方向)および45°方向(D方向)としたときの鉄損をそれぞれWL、WCおよびWDとして、(WL+WC+2×WD)/4で得られる板面内特性の平均値を用いる。本明細書ではこの特性を「全周平均(鉄損)」と呼称することがある。圧延方向は、無方向性電磁鋼板がコイル状で提供されていれば明確であるが、切板状である場合やモータ鉄心から取り出された状態においては、形状だけからは判別できない。この場合は、冷間圧延時に形成される鋼板表面の溝により圧延方向を決定できる。この方法は当業者であれば日常的に適用されている方法であり、その判断は困難ではない。
本開示においては、無負荷状態での各面内方向の鉄損値から計算される全周平均鉄損Wn[W/kg]と、各励磁方向に20MPaの圧縮応力を負荷した状態での各面内方向の鉄損値から計算される全周平均鉄損Ws[W/kg]の劣化代Ws-Wnにより発明効果を確認する。本開示の無方向性電磁鋼板は、Ws-Wnが8.50以下であることを好ましい形態とする。Ws-Wnは8.25以下であることがさらに好ましく、8.00以下であることがさらに好ましい。
【0042】
各磁気特性は、JIS C2556:2015に規定される単板磁気特性試験法(Single Sheet Tester:SST)により測定すればよい。なお、JISに規定されるサイズの試験片を採取することが難しい場合には、例えば、幅55mm×長さ55mmとなるように試験片を採取して、単板磁気特性試験法に準拠した測定を行ってもよい。その際、JIS C 2550:2011に規定されるエプスタイン試験器へ換算したエプスタイン相当値とすることが好ましい。
【0043】
(平均結晶粒径)
結晶粒径は、過大であっても過小であっても高周波条件での鉄損が劣化することがある。そのため、平均結晶粒径は、一般的な実用範囲とすれば良く、30μm以上200μm以下とする。
【0044】
平均結晶粒径は、JIS G0551:2020に規定される切断法により測定すればよい。例えば、板厚方向の縦断面組織写真において、板厚方向および圧延方向について切断法により測定した結晶粒径の平均値を用いればよい。この縦断面組織写真としては光学顕微鏡写真を用いることができ、例えば50倍の倍率で撮影した写真を用いればよい。
【0045】
(板厚)
板厚は、基本的には薄いほど低鉄損となる。一般的な実用範囲とすれば良く、好ましくは0.35mm以下とする。より好ましくは0.30mm以下である。一方、過度の薄肉化は鋼板やモータの生産性を著しく低下させるので、板厚は0.10mm以上とすることが好ましい。より好ましくは、0.15mm以上である。
【0046】
板厚は、マイクロメーターにより測定すればよい。なお、測定試料となる無方向性電磁鋼板が、表面に絶縁被膜等を有している場合は、これを除去した後に測定する。絶縁被膜の除去方法は、上述の通りである。
【0047】
[無方向性電磁鋼板の製造方法]
以下、本開示に係る無方向性電磁鋼板の製造方法の一例を説明する。なお、本開示に係る無方向性電磁鋼板は、上述の構成を有すれば、製造方法は特に限定されない。下記の製造方法は、本開示に係る無方向性電磁鋼板を製造するための一つの例であり、本開示に係る無方向性電磁鋼板の製造方法の好適な例である。
【0048】
本開示に係る無方向性電磁鋼板の製造方法は、熱間圧延工程、第1冷間圧延工程、中間焼鈍工程、第2冷間圧延工程、仕上焼鈍工程をこの順で有し、これらの工程において特に下記条件(A)~(E)を適用することが有効である。なお、以下の説明における温度は鋼板の表面温度を意味する。
(A)熱間圧延後の熱処理:熱間仕上圧延の後、第1冷間圧延開始までの間に、900℃以上の熱処理を実施しない。
(B)第1冷間圧延工程:圧下率を30%以上85%以下とする。
(C)中間焼鈍工程:500℃から650℃までの平均昇温速度を300℃/秒以上1000℃/秒以下とし、保持温度を700℃以上1100℃以下とし、保持時間を10秒以上300秒以下とし、且つ700℃から500℃までの平均冷却速度を25℃/秒以上とする。
(D)第2冷間圧延工程:圧下率を30%以上75%以下、仕上板厚を0.10mm以上0.35mm以下とする。
(E)仕上焼鈍工程:保持温度を900℃以上1200℃以下とする。
【0049】
以下、各工程について説明する。
【0050】
(熱間圧延工程)
上記第1冷間圧延工程に供する熱延鋼板は、前述した化学組成を有する鋼塊または鋼片(以下、「スラブ」ともいう。)に熱間圧延を施すことにより得ることができる。
【0051】
熱間圧延においては、上記化学組成を有する鋼を、連続鋳造法あるいは鋼塊を分塊圧延する方法など一般的な方法によりスラブとし、加熱炉に装入して熱間圧延を施す。この際、スラブ温度が高い場合には加熱炉に装入しないで熱間圧延を行ってもよい。
熱間圧延の各種条件は特に限定されるものではない。一般的にはスラブ加熱温度を950~1250℃、仕上温度を700~1000℃、仕上板厚を1.0~4.0mm程度の条件が採用される。
【0052】
(熱延板に対する熱処理)
熱間圧延を終了した熱延板に、引き続き第1冷間圧延を施す。この際、第1冷間圧延工程に供する熱延鋼板は、熱間での仕上圧延後、900℃以上の熱処理を実施しない。この制約は熱間加工で形成された組織を第一冷間圧延の前に大きく変化させないことを目的とするものである。熱延最終パスの出側温度が900℃以上となる場合、最終パス出側から冷却を開始し900℃未満に達するまでの間は900℃以上の温度域に滞留することとなるが、一般的には数秒以内に900℃未満まで冷却されるため、本開示ではこの間の滞留は無視できる。よって、本開示におけるこの熱処理は、熱延板巻取または熱延板焼鈍により施される熱履歴が対象となる。熱間仕上圧延が終了した後に、900℃以上の熱処理を実施すると熱延板の粒径が大きくなることで、中間焼鈍工程後の組織が変化し、上記で規定した仕上焼鈍後の{111}<011>集積度を満たさなくなる。そのため、熱延板巻取後に保熱することは好ましくなく、特に長時間の保持となる熱延巻取温度は、好ましくは850℃以下、さらに好ましくは800℃以下とすべきである。
【0053】
(第1冷間圧延工程)
第1冷間圧延工程においては、上記化学組成を有する熱延鋼板に30%以上85%以下の圧下率(累積圧下率)の冷間圧延を施す。
第1冷間圧延工程における圧下率が30%未満もしくは85%超であると、目的とする磁気特性を得ることができない場合がある。したがって、第1冷間圧延工程における圧下率は30%以上85%以下とする。
【0054】
冷間圧延時の鋼板温度、圧延ロール径など、冷間圧延の上記以外の条件は特に限定されるものではなく、熱延鋼板の化学組成、目的とする鋼板の板厚などにより適宜選択するものとする。
【0055】
(中間焼鈍工程)
中間焼鈍工程においては、上記第1冷間圧延工程により得られた冷延鋼板に、500℃から650℃までの平均昇温速度を300℃/秒以上1000℃/秒以下とし、保持温度を700℃以上1100℃以下とし、保持時間を10秒以上300秒以下とし、さらに700℃から500℃までの平均冷却速度を25℃/秒以上とする中間焼鈍を施す。
中間焼鈍工程における上記の各条件を満たさない場合、目的とする磁気特性を得ることができない場合がある。中間焼鈍の上記以外の条件は特に限定されるものではない。
なお、700℃から500℃までの平均冷却速度は、上限値を制限する必要がないが、必要に応じて、上限値を70℃/秒としてもよい。
【0056】
保持温度は、850℃以上であることが好ましい。また、保持時間は、180秒以下であることが好ましい。さらに、700℃から500℃までの平均冷却速度を28℃/秒以上とすることが好ましい。特に、本開示の各条件を満たした上で、Si含有量:2.0%超、500℃から650℃までの平均昇温速度:300℃/秒以上、保持温度:850℃以上、且つ保持時間:180秒以下、700℃から500℃までの平均冷却速度:33℃/秒以上を全て満足すれば、応力付与時における磁気特性が良好な無方向性電磁鋼板を得
ることができる。
【0057】
(第2冷間圧延工程)
第2冷間圧延工程においては、上記中間焼鈍工程により得られた中間焼鈍鋼板に30%以上75%以下の圧下率(累積圧下率)の冷間圧延を施して0.10mm以上0.35mm以下の板厚とする。
【0058】
第2冷間圧延工程における圧下率が30%未満または75%超であると、目的とする磁気特性を得ることができない場合がある。したがって、第2冷間圧延工程における圧下率は30%以上75%以下とする。
【0059】
板厚は0.10mm以上0.35mm以下とすることが好ましい。板厚は、0.15mm以上0.30mm以下であることがより好ましい。
【0060】
冷間圧延時の鋼板温度、圧延ロール径など、冷間圧延の上記以外の条件は特に限定されるものではなく、鋼板の化学組成、目的とする鋼板の板厚などにより適宜選択するものとする。
【0061】
(仕上焼鈍工程)
仕上焼鈍工程においては、上記第2冷間圧延工程により得られた冷延鋼板に900℃以上1200℃以下の温度域に保持する仕上焼鈍を施す。この条件は特別なものではなく、一般的な無方向性電磁鋼板の製造において採用されているものである。
仕上焼鈍工程における仕上焼鈍温度が900℃未満では、粒成長不足により平均結晶粒径が30μm未満となって十分な磁気特性が得られない場合がある。したがって、仕上焼鈍温度は900℃以上とする。一方、仕上焼鈍温度が1200℃超では、本開示の無方向性電磁鋼板が特徴としている{111}<011>方位以外の粒成長が優勢となり、粒成長が過度に進行してしまい平均結晶粒径が200μm超となって十分な磁気特性が得られない場合がある。したがって、仕上焼鈍温度は1200℃以下とする。
900℃以上1200℃以下の温度域に保持する仕上焼鈍時間は特に規定せずともよいが、良好な磁気特性をより確実に得るには1秒間以上とすることが好ましい。一方、生産性の観点からは仕上焼鈍時間を120秒間以下とすることが好ましい。
仕上焼鈍の上記以外の条件は特に限定されるものではない。
なお、この仕上焼鈍は、鋼板製造者によって第2冷間圧延に引き続いて実施することが可能である。または、第2冷間圧延が完了した鋼板を出荷し、鋼板の需要家で、例えば打抜き加工、鋼板積層を行った後、コア形状での熱処理、いわゆる歪取焼鈍として実施することも可能である。
【0062】
(その他の工程)
上記熱間圧延の際に鋼板表面に生成したスケールを除去してから冷間圧延に供するため、熱延鋼板を酸洗することが好ましい。
上記第2冷間圧延工程後あるいは仕上焼鈍工程後に、一般的な方法に従って、有機成分のみ、無機成分のみ、あるいは有機無機複合物からなる絶縁被膜を鋼板表面に塗布形成するコーティング工程を行ってもよい。環境負荷軽減の観点から、クロムを含有しない絶縁被膜を塗布形成しても構わない。また、コーティング工程は、加熱及び加圧することにより接着能を発揮する絶縁コーティングを施す工程であってもよい。接着能を発揮するコーティング材料としては、アクリル樹脂、フェノール樹脂、エポキシ樹脂またはメラミン樹脂などを用いることができる。
【0063】
[用途]
本開示に係る無方向性電磁鋼板の用途は特に限定されないが、モータのステータ鉄心およびロータ鉄心の素材として好適である。本開示に係る無方向性電磁鋼板を所定の形状に打抜き加工し、複数枚積層した構造を有するモータコアとすることができる。このようなモータコアは圧縮応力付与時における鉄損の劣化が小さく、モータの高効率化に資することができる。
【実施例
【0064】
以下、実施例について説明するが、本開示に係る無方向性電磁鋼板は以下の実施例に限定されるものではない。
【0065】
真空溶解炉で表1-1及び表1-2の鋼種に示す化学組成に調整したスラブ(インゴット)をそれぞれ製造した。なお、表1-1及び表1-2に示す成分において下線を付した含有量は、本開示の範囲外であることを意味し、残部はFe及び不純物である。空欄は、その成分(元素)を意図的に添加していないことを意味する。
【0066】
【表1-1】
【0067】
【表1-2】
【0068】
表1-1及び表1-2に化学組成を示すスラブ(鋼種A~B7)を加熱炉に挿入して1100℃に加熱した後、板厚2.0mmとする熱間圧延を施し、熱延鋼板を製造した。仕上温度850℃、巻取温度600℃を基本とした。但し、一部の鋼板は、板厚、仕上温度、巻取温度などのいずれかの条件を変更した。例えば、No.a16は、仕上温度930℃、巻取温度900℃としている。また、No.k1及びv1は、仕上温度1000℃、巻取温度800℃とし、No.n1は、仕上温度800℃、巻取温度300℃としている。
これらの熱延鋼板について、熱延板焼鈍、第1冷間圧延、中間焼鈍、第2冷間圧延、仕上焼鈍を順次実施した。各条件は表2-1、表3-1、表4-1、表5-1にに示す通りである。
【0069】
また、今回の実施例は、鋼板の表面に絶縁被膜を形成せずに実施した。
【0070】
[平均結晶粒径の測定]
各鋼板について、仕上焼鈍後に、前述した切断法により板厚方向および圧延方向の縦断面を50倍で観察した光学顕微鏡写真を用いて結晶粒径を測定し、平均結晶粒径を求めた。
【0071】
[集合組織の測定]
各鋼板から切り出した30mm×30mm程度の鋼板サンプルに機械研磨および化学研磨を実施して元の鋼板の1/4t部が表面となるまで、それぞれ減厚した測定用試験片を作製した。得られた試験片についてEBSDで1視野当たり900μm×2500μmで観察し、5箇所観察した。観察結果より、結晶方位分布関数ODFを作成し、結晶方位分布関数に基づき、表面における各方位の集積度を得た。各方位の集積度は、各視野について算出した数値の平均値を採用した。
【0072】
[磁気特性の測定]
各鋼板の磁気特性について、SSTにより測定した。磁束密度1.0T、周波数400Hzで励磁した際の鉄損W10/400[W/kg]として、無負荷状態での鉄損Wn[W/kg]、励磁方向に20MPaの圧縮応力を負荷した状態での鉄損Ws[W/kg]をそれぞれ測定し、Ws-Wnを求めた。Ws-Wnが8.50以下である場合に圧縮応力付与時における鉄損が良好であると判断した。
各鋼板の製造条件を表2-1、表3-1、表4-1、表5-1に、集合組織、平均結晶粒径、磁気特性を表2-2、表3-2、表4-2、表5-2にそれぞれ示す。なお、下線は本開示の範囲外又は前述した好ましい製造方法の範囲外であることを意味する。
【0073】
【表2-1】

【0074】
【表2-2】

【0075】
【表3-1】

【0076】
【表3-2】

【0077】
【表4-1】

【0078】
【表4-2】

【0079】
【表5-1】

【0080】
【表5-2】
【0081】
本開示の化学成分及び好ましい製造方法により製造し、平均結晶粒径が30μm以上200μm以下であり、{111}<011>集積度が2.00以上8.00以下である実施例の鋼板は、鉄損劣化(Ws-Wn)が8.50W/kg以下であり、圧縮応力付与時における鉄損が良好であった。
一方、化学成分、平均結晶粒径、又は{111}<011>集積度が本開示の範囲外である比較例の鋼板は、鉄損劣化(Ws-Wn)が8.50W/kgを超えており、圧縮応力付与時における鉄損が実施例に比べて大きかった。
なお、表2-2におけるNo.a20、a23、表5-2におけるNo.ab2、ac2は、いずれも第1冷間圧延において割れが発生し、鋼板特性の測定を行わなかった。
【0082】
2022年3月30日に出願された日本特許出願2022-057541及び2022年8月23日に出願された日本特許出願2022-132805の開示は、その全体が参照により本明細書に取り込まれる。本明細書に記載された全ての文献、特許出願、および技術規格は、個々の文献、特許出願、および技術規格が具体的かつ個々に記された場合と同程度に、本明細書中に参照により取り込まれる。