(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-05
(45)【発行日】2024-03-13
(54)【発明の名称】成膜方法、及び成膜装置
(51)【国際特許分類】
C23C 14/54 20060101AFI20240306BHJP
C23C 14/08 20060101ALI20240306BHJP
【FI】
C23C14/54 B
C23C14/08 C
(21)【出願番号】P 2019119435
(22)【出願日】2019-06-27
【審査請求日】2022-05-31
(73)【特許権者】
【識別番号】000002107
【氏名又は名称】住友重機械工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】513067727
【氏名又は名称】高知県公立大学法人
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100162640
【氏名又は名称】柳 康樹
(72)【発明者】
【氏名】北見 尚久
(72)【発明者】
【氏名】山本 哲也
【審査官】今井 淳一
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-292839(JP,A)
【文献】特開2017-133070(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/54
C23C 14/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸素をイオン化させて対象物上に酸化亜鉛膜の成膜を行う成膜方法であって、
前記酸化亜鉛膜の所定の特性と、成膜時におけ
る中性酸素原子Оの量と
、酸素原子正イオンO
+および酸素分子正イオンO
2
+の量との比率である中性酸素原子Оの比率との間の関係性が変化する変曲点を設定する工程と、
前記変曲点よりも前記中性酸素原子Оの比率が高い領域の条件を用いるか、前記変曲点よりも前記中性酸素原子Оの比率が低い領域の条件を用いるかを決定する工程と、
決定した条件で成膜を行う工程と、を備える、成膜方法。
【請求項2】
前記中性酸素原子Оの比率は、(O/(O+O
++2O
2
+))で表現される、請求項1に記載の成膜方法。
【請求項3】
酸素をイオン化させて対象物上に酸化亜鉛膜の成膜を行う成膜装置であって、
前記酸化亜鉛膜の成膜を行う成膜部と、
前記酸化亜鉛膜の所定の特性と、成膜時におけ
る中性酸素原子Оの量と
、酸素原子正イオンO
+および酸素分子正イオンO
2
+の量との比率である中性酸素原子Оの比率との間の関係性が変化する変曲点を取得する取得部と、
成膜時における前記中性酸素原子Оの比率を検知する検知部と、
前記検知部によって検知された前記中性酸素原子Оの比率が、前記変曲点に対する所定範囲内に入らないように、前記成膜部に対する酸素流量を制御する流量制御部と、を備える、成膜装置。
【請求項4】
前記中性酸素原子Оの比率は、(O/(O+O
++2O
2
+))で表現される、請求項3に記載の成膜装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、成膜方法、及び成膜装置に関する。
【背景技術】
【0002】
プラズマを用いて酸化亜鉛膜を成膜する成膜装置として、特許文献1に記載されたものが知られている。この成膜装置は、プラズマガンを用いてチャンバー内でプラズマを生成し、チャンバー内で酸化亜鉛の成膜材料を蒸発させている。基板に酸化亜鉛が付着することにより、当該基板上に酸化亜鉛膜が形成される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ここで、酸化亜鉛膜が形成された成膜対象物は、様々な用途で用いられる。その一方、酸化亜鉛膜の特性は、成膜時の条件によって変化するものである。従って、用途に応じて適切な条件で酸化亜鉛膜の成膜を行う事が要求されている。
【0005】
そこで本発明は、用途に応じて適切な条件で酸化亜鉛膜の成膜を行うことができる成膜方法、及び成膜装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る成膜方法は、酸素をイオン化させて対象物上に酸化亜鉛膜の成膜を行う成膜方法であって、酸化亜鉛膜の所定の特性と、成膜時の中性酸素の比率との間の関係性が変化する変曲点を設定する工程と、変曲点よりも中性酸素の比率が高い領域の条件を用いるか、変曲点よりも中性酸素の比率が低い領域の条件を用いるかを決定する工程と、決定した条件で成膜を行う工程と、を備える。
【0007】
本発明に係る成膜方法は、酸化亜鉛膜の所定の特性と、成膜時の中性酸素の比率との間の関係性が変化する変曲点を設定する工程を備える。この場合、変曲点よりも中性酸素の比率が高い領域と、変曲点よりも中性酸素の比率が低い領域とでは、中性酸素の比率の変化に対する所定の特性の変化態様が異なったものとなる。成膜方法は、変曲点よりも中性酸素の比率が高い領域の条件を用いるか、変曲点よりも中性酸素の比率が低い領域の条件を用いるかを決定する工程を備える。これにより、変曲点よりも中性酸素の比率が高い条件、及び変曲点よりも中性酸素の比率が低い条件のうち、酸化亜鉛膜の用途に対してより適切な方の条件を設定することができる。以上により、用途に応じて適切な条件で酸化亜鉛膜の成膜を行うことができる。
【0008】
本発明に係る成膜装置は、酸素をイオン化させて対象物上に酸化亜鉛膜の成膜を行う成膜装置であって、酸化亜鉛膜の成膜を行う成膜部と、酸化亜鉛膜の所定の特性と、成膜時の中性酸素の比率との間の関係性が変化する変曲点を取得する取得部と、成膜時における中性酸素の比率を検知する検知部と、検知部によって検知された中性酸素の比率が、変曲点に対する所定範囲内に入らないように、成膜部に対する酸素流量を制御する流量制御部と、を備える。
【0009】
本発明に係る成膜装置は、酸化亜鉛膜の所定の特性と、成膜時の中性酸素の比率との間の関係性が変化する変曲点を取得する取得部と、成膜時における中性酸素の比率を検知する検知部と、を備える。これにより、成膜装置は、酸化亜鉛膜の用途に応じて、変曲点よりも中性酸素の比率が高い領域及び低い領域の何れかの条件で成膜を行うことができ、且つ、成膜中は検知部によって当該条件で成膜が行われているかを監視することができる。また、成膜装置は、検知部によって検知された中性酸素の比率が、変曲点に対する所定範囲内に入らないように、成膜部に対する酸素流量を制御する流量制御部を備える。これにより、流量制御部は、酸化亜鉛膜の用途に応じた条件から外れることを抑制することができる。以上により、用途に応じて適切な条件で酸化亜鉛膜の成膜を行うことができる。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、用途に応じて適切な条件で酸化亜鉛膜の成膜を行うことができる成膜方法、及び成膜装置を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明の実施形態に係る成膜装置のブロック構成図である。
【
図2】成膜装置を示す構成を示す概略断面図である。
【
図3】酸化亜鉛膜の各種特性と中性酸素の比率との関係を示す図である。
【
図4】酸化亜鉛膜の各種特性と中性酸素の比率との関係を示す図である。
【
図6】本発明の実施形態に係る成膜方法のフロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、添付図面を参照しながら本発明の一実施形態に係る成膜方法、及び成膜装置について説明する。なお、図面の説明において同一の要素には同一の符号を付し、重複する説明を省略する。
【0013】
まず、
図1を参照して、本発明の実施形態に係る成膜装置の構成について説明する。
図1は、本実施形態に係る成膜装置のブロック構成図である。成膜装置1は、酸素をイオン化させて基板上に酸化亜鉛膜の成膜を行う装置である。
図1に示すように、成膜装置1は、成膜部100と、測定部101と、ガス供給部40と、電流供給部80と、制御部50と、を備える。成膜部100は、基板に対して成膜を行う。測定部101は、成膜部100内の分光データを測定する。ガス供給部40は、成膜部100に対してガスを供給する。電流供給部80は、酸素のイオン化を行うための電流を成膜部100に供給する。制御部50は、成膜装置1全体の制御を行う。
【0014】
図2を参照して、成膜部100と、測定部101と、ガス供給部40と、電流供給部80について説明する。
図2は、成膜装置1の構成を示す概略断面図である。
図2に示すように、本実施形態の成膜装置1は、いわゆるイオンプレーティング法に用いられるイオンプレーティング装置である。なお、説明の便宜上、
図2には、XYZ座標系を示す。Y軸方向は、後述する基板が搬送される方向である。Z軸方向は、基板と後述するハース機構とが対向する位置である。X軸方向は、Y軸方向とZ軸方向とに直交する方向である。
【0015】
成膜装置1は、基板11の板厚方向が略鉛直方向となるように基板11が真空チャンバー10内に配置されて搬送されるいわゆる横型の成膜装置であってもよい。この場合には、X軸及びY軸方向は水平方向であり、Z軸方向は鉛直方向且つ板厚方向となる。なお、成膜装置1は、基板11の板厚方向が水平方向(
図1及び
図2ではZ軸方向)となるように、基板11を直立又は直立させた状態から傾斜した状態で、基板11が真空チャンバー10内に配置されて搬送される、いわゆる縦型の成膜装置であってもよい。この場合には、Z軸方向は水平方向且つ基板11の板厚方向であり、Y軸方向は水平方向であり、X軸方向は鉛直方向となる。本発明の一実施形態に係る成膜装置は、以下、横型の成膜装置を例として説明する。
【0016】
成膜部100は、真空チャンバー10、搬送機構3、成膜機構14を備えている。
【0017】
真空チャンバー10は、基板11を収納し成膜処理を行うための部材である。真空チャンバー10は、成膜材料Maの膜が形成される基板11を搬送するための搬送室10aと、成膜材料Maを拡散させる成膜室10bと、プラズマガン7からビーム状に照射されるプラズマPを真空チャンバー10に受け入れるプラズマ口10cとを有している。搬送室10a、成膜室10b、及びプラズマ口10cは互いに連通している。搬送室10aは、所定の搬送方向(図中の矢印A)に(Y軸に)沿って設定されている。また、真空チャンバー10は、導電性の材料からなり接地電位に接続されている。
【0018】
成膜室10bは、壁部10Wとして、搬送方向(矢印A)に沿った一対の側壁と、搬送方向(矢印A)と交差する方向(Z軸方向)に沿った一対の側壁10h,10iと、X軸方向と交差して配置された底面壁10jと、を有する。
【0019】
搬送機構3は、成膜材料Maと対向した状態で基板11を保持する基板保持部材16を搬送方向(矢印A)に搬送する。例えば基板保持部材16は、基板11の外周縁を保持する枠体である。搬送機構3は、搬送室10a内に設置された複数の搬送ローラ15によって構成されている。搬送ローラ15は、搬送方向(矢印A)に沿って等間隔に配置され、基板保持部材16を支持しつつ搬送方向(矢印A)に搬送する。なお、基板11は、例えばガラス基板やプラスチック基板などの板状部材が用いられる。
【0020】
続いて、成膜機構14の構成について詳細に説明する。成膜機構14は、イオンプレーティング法により成膜材料Maの粒子を基板11に付着させる。成膜機構14は、プラズマガン7と、ステアリングコイル5と、ハース機構2と、輪ハース6とを有している。
【0021】
プラズマガン7は、例えば圧力勾配型のプラズマガンであり、その本体部分が成膜室10bの側壁に設けられたプラズマ口10cを介して成膜室10bに接続されている。プラズマガン7は、真空チャンバー10内でプラズマPを生成する。プラズマガン7において生成されたプラズマPは、プラズマ口10cから成膜室10b内へビーム状に出射される。これにより、成膜室10b内にプラズマPが生成される。
【0022】
プラズマガン7は、陰極60により一端が閉塞されている。陰極60とプラズマ口10cとの間には、第1の中間電極(グリッド)61と、第2の中間電極(グリッド)62とが同心的に配置されている。第1の中間電極61内にはプラズマPを収束するための環状永久磁石61aが内蔵されている。第2の中間電極62内にもプラズマPを収束するため電磁石コイル62aが内蔵されている。
【0023】
ステアリングコイル5は、プラズマガンが装着されたプラズマ口10cの周囲に設けられている。ステアリングコイル5は、プラズマPを成膜室10b内に導く。ステアリングコイル5は、ステアリングコイル用の電源(不図示)により励磁される。
【0024】
ハース機構2は、成膜材料Maを保持する。ハース機構2は、真空チャンバー10の成膜室10b内に設けられ、搬送機構3から見てZ軸方向の負方向に配置されている。ハース機構2は、プラズマガン7から出射されたプラズマPを成膜材料Maに導く主陽極又はプラズマガン7から出射されたプラズマPが導かれる主陽極である主ハース17を有している。
【0025】
主ハース17は、成膜材料Maが充填されたZ軸方向の正方向に延びた筒状の充填部17aと、充填部17aから突出したフランジ部17bとを有している。主ハース17は、真空チャンバー10が有する接地電位に対して正電位に保たれているため、主ハース17は放電における陽極となりプラズマPを吸引する。このプラズマPが入射する主ハース17の充填部17aには、成膜材料Maを充填するための貫通孔17cが形成されている。そして、成膜材料Maの先端部分が、この貫通孔17cの一端において成膜室10bに露出している。
【0026】
成膜材料Maとして、酸化亜鉛(ZnO)の導電材料が用いられる。この導電材料は、酸化亜鉛を主成分とし、添加物としてAl2O3、B2O3、Ga2O3、lu2O3、その他B、Al、Si、Ga、In、Ti、Lu、Cu等が添加されていてもよい。成膜材料Maが導電性物質からなるため、主ハース17にプラズマPが照射されると、プラズマPが成膜材料Maに直接入射し、成膜材料Maの先端部分が加熱されて蒸発又は昇華し、プラズマPによりイオン化された成膜材料粒子Mbが成膜室10b内に拡散する。成膜室10b内に拡散した成膜材料粒子Mbは、成膜室10bのZ軸正方向へ移動し、搬送室10a内において基板11の表面に付着する。なお、成膜材料Maは、所定長さの円柱形状に成形された固体物であり、一度に複数の成膜材料Maがハース機構2に充填される。そして、最先端側の成膜材料Maの先端部分が主ハース17の上端との所定の位置関係を保つように、成膜材料Maの消費に応じて、成膜材料Maがハース機構2のZ負方向側から順次押し出される。
【0027】
輪ハース6は、プラズマPを誘導するための電磁石を有する補助陽極である。輪ハース6は、成膜材料Maを保持する主ハース17の充填部17aの周囲に配置されている。輪ハース6は、環状のコイル9と環状の永久磁石部20と環状の容器12とを有し、コイル9及び永久磁石部20は容器12に収容されている。本実施形態では、搬送機構3から見てZ負方向にコイル9、永久磁石部20の順に設置されているが、Z負方向に永久磁石部20、コイル9の順に設置されていてもよい。輪ハース6は、コイル9に流れる電流の大きさに応じて、成膜材料Maに入射するプラズマPの向き、または、主ハース17に入射するプラズマPの向きを制御する。
【0028】
ガス供給部40は、真空チャンバー10内にキャリアガス及び酸素ガスを供給する。キャリアガスに含まれる物質として、例えば、アルゴン、ヘリウムなどの希ガスが採用される。ガス供給部40は、真空チャンバー10の外部に配置されており、成膜室10bの側壁(例えば、側壁10h)に設けられたガス供給口41を通し、真空チャンバー10内へ原料ガスを供給する。ガス供給部40は、制御部50からの制御信号に基づいた流量のキャリアガス及び酸素ガスを供給する。
【0029】
電流供給部80は、プラズマガン7に電流を供給する。これにより、プラズマガン7は、所定の値の放電電流にて放電を行う。電流供給部80は、制御部50からの制御信号に基づいた電流値の電流を供給する。
【0030】
測定部101は、真空チャンバー10内の分光データを測定する。測定部101は、真空チャンバー10内のプラズマ中の粒子の量を測定することを目的として、真空チャンバー10内のプラズマの光の強度を測定する機能を有する。具体的には、測定部101は、分光器等を含んだ構成で実現される。測定部101は、真空チャンバー10に連通した光伝達部を介して、真空チャンバー10に設けられる。測定部101は、光伝達部を介して到達したプラズマの光を受光する。測定部101は、真空チャンバー10(成膜室10b)内でも特に基板11に成膜を行っている領域付近の光を測定する。光伝達部は、真っ直ぐな筒体であっても、光ファイバであってもよい。
【0031】
真空チャンバー10内の粒子は、特定の波長にて、量に応じた強度の光を発する。従って、測定部101は、分光器で分光して測定を行うことで、プラズマ光のうち、特定の波長の光を取り出して、その強度を測定する。測定部101によって測定された光の強度に係る情報を含む分光データは、制御部50へ送られる。
【0032】
図1に示すように、制御部50は、成膜装置1全体を制御する装置であり、CPU、RAM、ROM及び入出力インターフェース等から構成されている。制御部50は、真空チャンバー10の外部に配置されている。また、制御部50は、情報記憶部51と、検知部52と、流量制御部53と、電流制御部54と、条件設定部56(取得部)と、を備えている。
【0033】
情報記憶部51は、成膜装置1の制御に用いられる各種情報を記憶している。情報記憶部51は、測定部101で測定した分光データに基づいて、各粒子の量を示すデータを記憶している。例えば、情報記憶部51は、中性酸素の波長の情報と、当該波長での光強度と中性酸素の量との対応関係の情報と、を記憶している。情報記憶部51は、酸素イオン(O+、O2
+)に関する情報も記憶している。
【0034】
情報記憶部51は、酸化亜鉛膜の所定の特性と、成膜時の中性酸素の比率との間の関係性が変化する変曲点を記憶している。本実施形態において、中性酸素の比率とは、中性酸素及び酸素イオンの合計の量に対する、中性酸素の量の比率を示している。中性酸素の比率は、「O/(O+O
+
+2O2
+)」で示される。
【0035】
ここで、本発明の発明者らは、鋭意研究の結果、酸化亜鉛膜の成膜時における中性酸素の比率を制御することによって、成膜対象物の応用・用途に応じた特性を有する、柱状結晶子(
図5参照。図中PT)間配向(並行度合い)が整った膜と、柱状結晶子(
図5参照。図中PT)間配向(並行度合い)配向を崩した膜を作り分けることができることを見出した。酸化亜鉛膜の粒界GB(
図5参照)において柱状結晶子(
図5参照。図中PT)間配向(並行度合い)配向の乱れが生じると、粒界散乱寄与度が増加し、粒界GBにおけるキャリア移動度が低下する。すなわち、柱状結晶子(
図5参照。図中PT)間配向(並行度合い)制御することで、粒界散乱寄与度の大小を目的に応じで制御することが可能となり、応用が要求する電気・光学特性が実現された酸化亜鉛膜を得ることができる。本発明者らは、境界散乱寄与度と中性酸素の比率との関係を示すグラフを設定した場合、両者の関係(グラフの傾き)が大きく変化する変曲点が存在することを見出した。具体的に、本発明者らは、変曲点よりも中性酸素の比率が高い領域(
図4(b)の領域EC2)では中性酸素の比率の増加に対して粒界散乱寄与度の増加が大きく、変曲点よりも中性酸素の比率が低い領域(
図4(b)の領域EC1)では中性酸素の比率の増加に対して粒界散乱寄与度の増加が小さいことを見出した。
【0036】
図3及び
図4を参照して、変曲点について説明する。なお、
図3及び
図4は、
図2に示す成膜装置1を用いて、酸素流量「0,5,10,15,20(sccm)」、プラズマガン7の放電電流「100,120,140(A)」の条件にて成膜を行った場合の結果を示している。各グラフにおいて、放電電流が同一条件である場合、酸素流量が増加するに従って、中性酸素の比率は増加する。酸素流量が同一条件である場合、放電電流が増加するに従って、中性酸素の比率は減少する。
【0037】
図3(a)は、酸化亜鉛膜のキャリア濃度と中性酸素の比率との関係を示す。なお、
図3(a)では、放電電流が同一条件のものについては、データのドットの形状が同一である。
図3(a)に示すように、中性酸素の比率が低い領域EA1では、中性酸素の比率の増加に対してキャリア濃度の減少率が小さい。中性酸素の比率が高い領域EA2では、中性酸素の比率の増加に対してキャリア濃度の減少率が大きい。
【0038】
図3(b)は、酸化亜鉛膜のホール移動度と中性酸素の比率との関係を示す。ホール移動度は、酸化亜鉛膜200全体を電子が移動する際の移動のしやすさを示す指標であり、柱状結晶子PT内のキャリア移動度と粒界GBでのキャリア移動度の両方が影響している(
図5参照)。ホール移動度は、酸化亜鉛膜に対してHall効果測定装置を用いて測定できる。なお、
図3(b)では、酸素流量が同一条件のものについては、データのドットの形状が同一である。
図3(b)に示すように、中性酸素の比率が低い領域EB1では、中性酸素の比率の増加に対してホール移動度の増加率が大きい。中性酸素の比率が高い領域EB2では、中性酸素の比率の増加に対してホール移動度の増加率が小さい。
【0039】
図4(a)は、酸化亜鉛膜の柱状結晶子キャリア移動度(
図4(a)中、縦軸:粒内移動度)と中性酸素の比率との関係を示す。粒内移動度は、酸化亜鉛膜200の柱状の柱状結晶子PT内を電子が移動する際の移動のしやすさを示す指標である(
図5参照)。粒内移動度は、酸化亜鉛膜を光学測定することによって測定できる。なお、
図4(a)では、酸素流量が同一条件のものについては、データのドットの形状が同一である。
図4(a)に示すように、粒内移動度は、中性酸素の比率の大小に関わらず、中性酸素の比率の増加に従って増加している。
【0040】
図4(b)は、酸化亜鉛膜の粒界散乱寄与度と中性酸素の比率との関係を示す。粒界散乱寄与度は、酸化亜鉛膜200のうち、粒界GBでの電子の散乱のしやすさを示す指標である(
図5参照)。粒界散乱寄与度は、粒内移動度を「μ
opt」とし、粒界移動度を「μ
GB」とすると、「μ
opt/μ
GB」で表される。粒界散乱寄与度は、ホール移動度(μ
H)、粒内移動度(μ
opt)及び粒界移動度(μ
GB)の関係から導き出すことができる。例えば、以下の式1に基づいて、式2の関係を導き出すことができる。なお、
図4(b)では、酸素流量が同一条件のものについては、データのドットの形状が同一である。
1/μ
H = 1/μ
opt + 1/μ
GB …(1)
μ
opt/μ
GB =(μ
opt-μ
H)/μ
H …(2)
【0041】
図4(b)に示すように、中性酸素の比率が低い領域EC1では、中性酸素の比率の増加に対して粒界散乱寄与度の増加率が小さい。中性酸素の比率が高い領域EC2では、中性酸素の比率の増加に対して粒界散乱寄与度の増加率が大きい。すなわち、領域EC1と領域EC2との間に変曲点を設定した場合、変曲点よりも中性酸素の比率が低い領域EC1の条件は、粒界散乱寄与度の増加を抑制できる条件、すなわち配向性の高い酸化亜鉛膜を成膜できる条件となる。当該条件は、酸化亜鉛膜を透明導電膜の用途で用いる場合に、好適な条件となる。変曲点よりも中性酸素の比率が高い領域EC2の条件は、粒界散乱寄与度を高くできる条件、すなわち配向を崩した酸化亜鉛膜を成膜できる条件となる。当該条件は、酸化亜鉛膜を機能性薄膜、例えば水素センサーなどに用いる場合に、好適な条件となる。
【0042】
変曲点の設定方法は特に限定されない。例えば、放電電流が100Aのときの結果を示すドットを取り出し、粒界散乱寄与度が低いドットに対する近似線AL1を設定し、粒界散乱寄与度が高いドットに対する近似線AL2を設定する。このとき、近似線AL1と近似線AL2との交点を変曲点CPとすることができる。同様に、放電電流が120Aの場合の変曲点、及び放電電流が140Aの場合の変曲点を設定することができる。このとき、情報記憶部51は、少なくとも変曲点での中性酸素の比率、及び当該変曲点に対応する放電電流を記憶する。
【0043】
なお、放電電流に関わらず、粒界散乱寄与度が低い全てのドットに対して近似線を設定し、粒界散乱寄与度が高い全てのドットに対して近似線を設定し、両方の近似線の交点が変曲点として設定されてもよい。その他の方法によって変曲点を設定してもよい。
【0044】
図1に戻り、検知部52は、成膜時における中性酸素の比率を検知する。検知部52は、測定部101の測定結果及び情報記憶部51のデータに基づいて、中性酸素の比率を検知する。検知部52は、中性酸素の分光データを情報記憶部51のデータに照会させることで、中性酸素の量を取得する。同様に、検知部52は、「O
+」の量、及び「O
2
+」の量を取得する。これにより、検知部52は、中性酸素の比率(O/(O+O
+
+2O
2
+))を検知する。
【0045】
条件設定部56は、成膜条件を設定する。条件設定部56は、ユーザーの入力に基づいて条件を設定することができる。条件設定部56は、情報記憶部51から、変曲点の情報を読み出すことによって、当該変曲点を取得する。例えば、ユーザーが酸化亜鉛の用途を選択した場合、条件設定部56は、当該選択に応じて、変曲点よりも中性酸素の比率が高い領域の条件、及び変曲点よりも中性酸素の比率が低い領域の何れかの条件を設定する。
【0046】
流量制御部53は、ガス供給部40が成膜部100に供給するガスの流量を制御する。流量制御部53は、条件設定部56が設定した条件に基づいて、成膜部100に対する酸素流量を制御する。また、流量制御部53は、検知部52によって検知された中性酸素の比率が、変曲点に対する所定範囲内に入らないように、成膜部100に対する酸素流量を制御してよい。
【0047】
電流制御部54は、電流供給部80が成膜部100に供給する放電電流を制御する。電流制御部54は、条件設定部56が設定した条件に基づいて、成膜部100に対する放電電流を制御する。また、電流制御部54は、検知部52によって検知された中性酸素の比率が、変曲点に対する所定範囲内に入らないように、成膜部100に対する放電電流を制御してよい。
【0048】
次に、
図6を参照して、本実施形態に係る成膜方法について説明する。
図6に示す成膜方法は、変曲点設定工程S10と、条件設定工程S20と、成膜工程S30と、を備える。
【0049】
変曲点設定工程S10は、酸化亜鉛膜の所定の特性と、成膜時の中性酸素の比率との間の関係性が変化する変曲点を設定する工程である。当該工程では、条件設定部56は、情報記憶部51から、粒界散乱寄与度と中性酸素の比率との間の関係性が変化する変曲点のデータを読み出して、当該変曲点を取得することで、設定を行う。なお、
図4(b)に示す実験結果は、成膜装置1の製造前の段階で取得されるものである。当該実験結果に基づいて得られる変曲点は、製造前の段階でなされてもよく、条件設定部56が実験結果から毎回変曲点を演算してもよい。
【0050】
条件設定工程S20は、変曲点よりも中性酸素の比率が高い領域の条件を用いるか、変曲点よりも中性酸素の比率が低い領域の条件を用いるかを決定する工程である。条件設定部56は、ユーザーによって選択された酸化亜鉛膜の用途を参照し、当該用途に合致した条件を設定する。条件設定部56は、酸化亜鉛膜が透明導電膜として用いられる場合、配向性を高めるために、変曲点よりも中性酸素の比率が低い領域の条件を設定する。条件設定部56は、酸化亜鉛膜が機能性薄膜として用いられる場合、配向を崩すために、変曲点よりも中性酸素の比率が高い領域の条件を設定する。
【0051】
成膜工程S30は、条件設定工程S20で決定した条件で成膜を行う工程である。流量制御部53は、定められた流量の酸素ガスを成膜部100に供給し、電流制御部54、定められた流量の電流を成膜部100のプラズマガン7に供給する。
【0052】
なお、成膜工程S30では、検知部52が成膜時における中性酸素の比率を検知してよい。また、流量制御部53は、検知部52で検知された中性酸素の比率が、変曲点に対する所定範囲内に入らないように、成膜部100に対する酸素流量を制御してよい。例えば、領域EC1の条件で成膜を行うときに、変曲点に近すぎる条件にて成膜をおこなった場合、中性酸素の量の変動などによって、領域EC2の条件に入ってしまう可能性がある。よって、変曲点よりも中性酸素の比率が所定量だけ低い位置に制限値を設定しておいてよい。この場合、検知部52が、制限値よりも中性酸素の比率が高くなったことを検知したとき、流量制御部53は、酸素流量を減少させて、中性酸素の比率を制限値よりも低くしてよい。
【0053】
なお、成膜装置1の運転が終了した後、二回目以降の運転においても同じ用途の酸化亜鉛膜の成膜が行われる場合、二回目以降の運転では、変曲点設定工程S10及び条件設定工程S20が省略されてよい。異なる用途の酸化亜鉛膜を成膜する際に、変曲点設定工程S10及び条件設定工程S20が再度実行される。
【0054】
次に、本実施形態に係る成膜方法、及び成膜装置1の作用・効果について説明する。
【0055】
本実施形態に係る成膜方法は、酸化亜鉛膜の粒界散乱寄与度と、成膜時の中性酸素の比率との間の関係性が変化する変曲点を設定する工程(変曲点設定工程S10)を備える。この場合、変曲点よりも中性酸素の比率が高い領域と、変曲点よりも中性酸素の比率が低い領域とでは、中性酸素の比率の変化に対する所定の特性の変化態様が異なったものとなる。成膜方法は、変曲点よりも中性酸素の比率が高い領域の条件を用いるか、変曲点よりも中性酸素の比率が低い領域の条件を用いるかを決定する工程(条件設定工程S20)を備える。これにより、変曲点よりも中性酸素の比率が高い条件、及び変曲点よりも中性酸素の比率が低い条件のうち、酸化亜鉛膜の用途に対してより適切な方の条件を設定することができる。以上により、用途に応じて適切な条件で酸化亜鉛膜の成膜を行うことができる。
【0056】
本実施形態に係る成膜装置1は、酸化亜鉛膜の所定の特性と、成膜時の中性酸素の比率との間の関係性が変化する変曲点を取得する条件設定部56と、成膜時における中性酸素の比率を検知する検知部52と、を備える。これにより、成膜装置1は、酸化亜鉛膜の用途に応じて、変曲点よりも中性酸素の比率が高い領域及び低い領域の何れかの条件で成膜を行うことができ、且つ、成膜中は検知部52によって当該条件で成膜が行われているかを監視することができる。また、成膜装置1は、検知部52によって検知された中性酸素の比率が、変曲点に対する所定範囲内に入らないように、成膜部100に対する酸素流量を制御する流量制御部53を備える。これにより、流量制御部53は、酸化亜鉛膜の用途に応じた条件から外れることを抑制することができる。以上により、用途に応じて適切な条件で酸化亜鉛膜の成膜を行うことができる。
【0057】
本発明は、上述の実施形態に限定されるものではない。
【0058】
例えば、上記実施形態では、
図4(b)の粒界散乱寄与度に対して変曲点を設定し、当該変曲点に基づいて条件を設定した。ただし、酸化亜鉛膜の用途などによっては、
図3(a)のキャリア濃度に対して変曲点を設定してもよく、図(b)のホール移動度に対して変曲点を設定してもよく、それらの変曲点を用いて設定された条件が用いられてもよい。
【0059】
上記実施形態では、成膜部としてイオンプレーティング装置が用いられたが、成膜部の成膜方式は特に限定されるものではない。例えば、成膜部として、スパッタ装置、プラズマCVDなどの成膜方式が採用されてもよい。
【0060】
上記実施形態では、成膜工程S30において、検知部52で中性酸素の比率を監視し、検知結果に基づいて酸素流量を制御していた。ただし、一度条件を設定したら、成膜中の中性酸素の比率の変動が少ない場合、検知部52による検知、及び酸素流量の制御を省略してもよい。この場合、成膜装置から検知部52を省略してもよい。
【符号の説明】
【0061】
1…成膜装置、11…基板(対象物)、52…検知部、53…流量制御部、56…条件設定部(取得部)、100…成膜部。