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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-05
(45)【発行日】2024-03-13
(54)【発明の名称】遅延ミラー及び遅延ミラーシステム
(51)【国際特許分類】
   G02B 5/28 20060101AFI20240306BHJP
   G02B 5/26 20060101ALI20240306BHJP
【FI】
G02B5/28
G02B5/26
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2020041185
(22)【出願日】2020-03-10
(65)【公開番号】P2021144088
(43)【公開日】2021-09-24
【審査請求日】2023-01-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000219738
【氏名又は名称】東海光学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100078721
【弁理士】
【氏名又は名称】石田 喜樹
(74)【代理人】
【識別番号】100124420
【弁理士】
【氏名又は名称】園田 清隆
(72)【発明者】
【氏名】杉浦 宗男
【審査官】酒井 康博
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-156487(JP,A)
【文献】国際公開第2001/094991(WO,A1)
【文献】特開2000-221555(JP,A)
【文献】特表2008-507143(JP,A)
【文献】特表2002-528906(JP,A)
【文献】特開2019-020650(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02B 5/28
G02B 5/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、
前記基材の表面に形成された光学多層膜と、
を備えており、
前記光学多層膜に係る40nm以上の波長幅を有する第1の波長帯の全域における群速度遅延GDの全ての値が、前記光学多層膜に係る100nm以上の波長幅を有する第2の波長帯の全域における群速度遅延GDの全ての値と相違しており、
前記第1の波長帯及び前記第2の波長帯のうちの一方が400nm帯又は515nm帯であり、他方が800nm帯又は1030nm帯であり、
前記光学多層膜に係る前記第1の波長帯の全域における群速度遅延分散GDDの値と、前記光学多層膜に係る前記第2の波長帯の全域における群速度遅延分散GDDの値とが、何れも-100fs以上100fs以下であり、
前記光学多層膜における反射により、前記第1の波長帯に係る光パルスの形状、及び前記第2の波長帯に係る光パルスの形状が、共に変化しない状態で、前記第1の波長帯及び前記第2の波長帯の一方に係る光パルスが、他方に係る光パルスに対して遅延する
ことを特徴とする遅延ミラー。
【請求項2】
基材と、
前記基材の表面に形成された光学多層膜と、
を備えており、
前記光学多層膜に係る60nm以上の波長幅を有する第1の波長帯の全域における群速度遅延GDの全ての値が、前記光学多層膜に係る110nm以上の波長幅を有する第2の波長帯の全域における群速度遅延GDの全ての値と相違しており、
前記第1の波長帯及び前記第2の波長帯のうちの一方が400nm帯又は515nm帯であり、他方が800nm帯又は1030nm帯であり、
前記第1の波長帯における群速度遅延分散GDDの値が、所定の回数の反射により前記第1の波長帯に係る第1の光パルスを分散補償する値とされており、
前記第2の波長帯における群速度遅延分散GDDの値が、前記所定の回数の反射により前記第2の波長帯に係る第2の光パルスを分散補償する値とされており、
更に、前記光学多層膜における前記所定の回数の反射により、前記第1の波長帯及び前記第2の波長帯の一方に係る光パルスが、他方に係る光パルスに対して遅延する
ことを特徴とする遅延ミラー。
【請求項3】
前記光学多層膜に係る前記第1の波長帯における群速度遅延分散GDDの値と、前記光学多層膜に係る前記第2の波長帯における群速度遅延分散GDDの値とが、何れも負の値である
ことを特徴とする請求項2に記載の遅延ミラー。
【請求項4】
前記第1の光パルス及び前記第2の光パルスは、非線形光学結晶を通過したものである
ことを特徴とする請求項3に記載の遅延ミラー。
【請求項5】
前記光学多層膜に係る前記第1の波長帯における群速度遅延分散GDDの値と、前記光学多層膜に係る前記第2の波長帯における群速度遅延分散GDDの値とが、何れも正の値である
ことを特徴とする請求項2に記載の遅延ミラー。
【請求項6】
前記光学多層膜に係る前記第1の波長帯における群速度遅延分散GDDの値と、前記光学多層膜に係る前記第2の波長帯における群速度遅延分散GDDの値とにおいて、一方が正の値であり、他方が負の値である
ことを特徴とする請求項2に記載の遅延ミラー。
【請求項7】
請求項1ないし請求項6の何れかに記載の遅延ミラーと、
前記遅延ミラーにおける反射の回数が変わるように前記遅延ミラーを他のミラーに対して移動させる遅延ミラー移動機構と、
を備えている
ことを特徴とする遅延ミラーシステム。
【請求項8】
前記遅延ミラーを一対備えている
ことを特徴とする請求項7に記載の遅延ミラーシステム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遅延光学系に利用可能な遅延ミラー、及びこれを有する遅延ミラーシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
近時、フェムト秒(10-15秒)の水準における遅延光学系が用いられつつある。遅延光学系とは、ある光パルスを、別の光パルスに対して遅らせるための光学系である。
例えば、下記非特許文献1では、N分子リュードベリ波束を観測するために、Ti:Sapphireレーザーから発振された光パルスが、波長80nm帯(ナノメートル帯)のポンプ光の元となる光と、波長800nm帯のプローブ光とに分割され、プローブ光をポンプ光に対してフェムト秒の水準で遅延した状態で試料に照射する。遅延時間を少し変えることが繰り返され、高速現象が可視化される(ポンプ-プローブ分光法)。この遅延は、プローブ光の光路長を、入射光に対してそれぞれ45°で傾いた4枚のミラーで調整することで行っている。即ち、これらのミラーによってプローブ光の光路の一部が“Π”字状とされ、2,3番目のミラーが共通の台であるディレイステージ上に載せられて、ディレイステージが1,4番目のミラーに対して移動することにより、当該光路の長さが変えられて、プローブ光の光路長が調整され、プローブ光がポンプ光に対して所望の時間だけ遅延することとなる。
又、下記非特許文献2では、波長1600nm帯のシード光と波長800nm帯のポンプ光とが同時にBiB結晶へ入射するように、上述のような4枚のミラーによる遅延光学系で、シード光がポンプ光に対して時間調整される。
更に、遅延光学系として、下記特許文献1に記載された、ペンタゴンプリズム構造体によるものが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2008-102352号公報
【非特許文献】
【0004】
【文献】樋田 祐斗、「極紫外超高速光電子分光によるN2分子リュードベリ波束の観測」、名古屋大学大学院修士論文、2014年3月
【文献】N. Ishii et al., “Sub-two-cycle, carrier-envelope phase-stable, intense optical pulses at 1.6 μm from a BiB3O6 optical parametric chirped-pulse amplifier”, OPTICS LETTERS, Vol. 37, No. 20, October 15, 2012, p. 4182-4184
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述の4つのミラーによる遅延光学系は、遅らせたい波長の光の光路と、これと波長の異なる光の光路とを分けなければならず、複雑になる。又、これらの遅延光学系では、複数のミラーの正確な配置に加え、ディレイステージの精緻な移動制御が必要とされるため、設置及び微調整が難しい。
又、上述のペンタゴンプリズム構造体による遅延光学系においても、結局ペンタゴンプリズム構造体で光路長を延ばすことで遅延させるため、4つのミラーによるものと同様に、分割が必要になるし、ペンタゴンプリズム構造体等の設置及び微調整が困難である。
加えて、フェムト秒パルスの場合、ガラスの内部を通過すると、その屈折率分散の影響により、パルス幅が変化することに注意が必要である。
【0006】
そこで、本発明の主な目的は、遅らせたい光の光路及びこれと異なる波長の光の光路を分けずに同軸で遅延可能である遅延光学系を実現する遅延ミラーを提供することである。
又、本発明の別の主な目的は、シンプルであり、設置及び微調整が容易である遅延光学系を実現する遅延ミラーを提供することである。
更に、本発明の別の主な目的は、上述の遅延ミラーを有しており、遅延時間を簡単に調整可能な遅延光学系を実現する遅延ミラーシステムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するため、請求項1に記載の発明は、遅延ミラーにおいて、基材と、前記基材の表面に形成された光学多層膜と、を備えており、前記光学多層膜に係る40nm以上の波長幅を有する第1の波長帯の全域における群速度遅延GDの全ての値が、前記光学多層膜に係る100nm以上の波長幅を有する第2の波長帯の全域における群速度遅延GDの全ての値と相違しており、前記第1の波長帯及び前記第2の波長帯のうちの一方が400nm帯又は515nm帯であり、他方が800nm帯又は1030nm帯であり、前記光学多層膜に係る前記第1の波長帯の全域における群速度遅延分散GDDの値と、前記光学多層膜に係る前記第2の波長帯の全域における群速度遅延分散GDDの値とが、何れも-100fs以上100fs以下であり、前記光学多層膜における反射により、前記第1の波長帯に係る光パルスの形状、及び前記第2の波長帯に係る光パルスの形状が、共に変化しない状態で、前記第1の波長帯及び前記第2の波長帯の一方に係る光パルスが、他方に係る光パルスに対して遅延することを特徴とするものである。
上記目的を達成するため、請求項2に記載の発明は、遅延ミラーにおいて、基材と、前記基材の表面に形成された光学多層膜と、を備えており、前記光学多層膜に係る60nm以上の波長幅を有する第1の波長帯の全域における群速度遅延GDの全ての値が、前記光学多層膜に係る110nm以上の波長幅を有する第2の波長帯の全域における群速度遅延GDの全ての値と相違しており、前記第1の波長帯及び前記第2の波長帯のうちの一方が400nm帯又は515nm帯であり、他方が800nm帯又は1030nm帯であり、前記第1の波長帯における群速度遅延分散GDDの値が、所定の回数の反射により前記第1の波長帯に係る第1の光パルスを分散補償する値とされており、前記第2の波長帯における群速度遅延分散GDDの値が、前記所定の回数の反射により前記第2の波長帯に係る第2の光パルスを分散補償する値とされており、更に、前記光学多層膜における前記所定の回数の反射により、前記第1の波長帯及び前記第2の波長帯の一方に係る光パルスが、他方に係る光パルスに対して遅延することを特徴とするものである。
請求項3に記載の発明は、上記発明において、前記光学多層膜に係る前記第1の波長帯における群速度遅延分散GDDの値と、前記光学多層膜に係る前記第2の波長帯における群速度遅延分散GDDの値とが、何れも負の値であることを特徴とするものである。
請求項4に記載の発明は、上記発明において、前記第1の光パルス及び前記第2の光パルスは、非線形光学結晶を通過したものであることを特徴とするものである。
【0008】
請求項5に記載の発明は、上記発明において、前記光学多層膜に係る前記第1の波長帯における群速度遅延分散GDDの値と、前記光学多層膜に係る前記第2の波長帯における群速度遅延分散GDDの値とが、何れも正の値であることを特徴とするものである。
請求項6に記載の発明は、上記発明において、前記光学多層膜に係る前記第1の波長帯における群速度遅延分散GDDの値と、前記光学多層膜に係る前記第2の波長帯における群速度遅延分散GDDの値とにおいて、一方が正の値であり、他方が負の値であることを特徴とするものである。
【0009】
上記目的を達成するため、請求項7に記載の発明は、遅延ミラーシステムにおいて、上記遅延ミラーと、前記遅延ミラーにおける反射の回数が変わるように前記遅延ミラーを他のミラーに対して移動させる遅延ミラー移動機構と、を備えていることを特徴とするものである。
請求項8に記載の発明は、上記発明において、前記遅延ミラーを一対備えていることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明の主な効果は、遅らせたい光の光路及びこれと異なる波長の光の光路を分けずに同軸で遅延可能である遅延光学系を実現する遅延ミラーが提供されることである。
又、本発明の別の主な効果は、シンプルであり、設置及び微調整が容易である遅延光学系を実現する遅延ミラーが提供されることである。
更に、本発明の別の主な効果は、上述の遅延ミラーを有しており、遅延時間を簡単に調整可能な遅延光学系を実現する遅延ミラーシステムが提供されることである。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明に係る遅延ミラーの模式図である。
図2】本発明に係る遅延ミラーシステムの模式図である。
図3】本発明の実施例1-1に係る各層の物理膜厚が示されるグラフである。
図4】本発明の実施例1-2に係る各層の物理膜厚が示されるグラフである。
図5】実施例1-1,1-2に係る、300nm~900nmの波長域(横軸:波長[nm])における分光反射率分布(縦軸:反射率[%])が示されるグラフである。
図6】実施例1-1,1-2に係る、同様の波長域における群速度遅延GD(縦軸,[fs])が示されるグラフである。
図7】実施例1-1,1-2に係る、同様の波長域における群速度遅延分散GDD(縦軸,[fs])が示されるグラフである。
図8】実施例2-1に係る図4同様図である。
図9】実施例2-2に係る図4同様図である。
図10】実施例2-1,2-2に係る図5同様図である。
図11】実施例2-1,2-2に係る図6同様図である。
図12】実施例2-1,2-2に係る図7同様図である。
図13】実施例3に係る図4同様図である。
図14】実施例3に係る図5同様図である。
図15】実施例3に係る図6同様図である。
図16】実施例3に係る図7同様図である。
図17】実施例4に係る図4同様図である。
図18】実施例4に係る図5同様図である。
図19】実施例4に係る図6同様図である。
図20】実施例4に係る図7同様図である。
図21】実施例5に係る図4同様図である。
図22】実施例5に係る図5同様図である。
図23】実施例5に係る図6同様図である。
図24】実施例5に係る図7同様図である。
図25】実施例6に係る図4同様図である。
図26】実施例6に係る図5同様図である。
図27】実施例6に係る図6同様図である。
図28】実施例6に係る図7同様図である。
図29】実施例7の遅延ミラー(分散補償機能付き)を一対有するレーザーシステムの模式図である。
図30】実施例7に係る図4同様図である。
図31】実施例7に係る図5同様図である。
図32】実施例7に係る図6同様図である。
図33】実施例7に係る図7同様図である。
図34】実施例8に係る図4同様図である。
図35】実施例8に係る図5同様図である。
図36】実施例8に係る図6同様図である。
図37】実施例8に係る図7同様図である。
図38】実施例9に係る図4同様図である。
図39】実施例9に係る図5同様図である。
図40】実施例9に係る図6同様図である。
図41】実施例9に係る図7同様図である。
図42】実施例10に係る図4同様図である。
図43】実施例10に係る図5同様図である。
図44】実施例10に係る図6同様図である。
図45】実施例10に係る図7同様図である。
図46】実施例11に係る図4同様図である。
図47】実施例11に係る図5同様図である。
図48】実施例11に係る図6同様図である。
図49】実施例11に係る図7同様図である。
図50】実施例12に係る図4同様図である。
図51】実施例12に係る図5同様図である。
図52】実施例12に係る図6同様図である。
図53】実施例12に係る図7同様図である。
図54】実施例13に係る図4同様図である。
図55】実施例13に係る図5同様図である。
図56】実施例13に係る図6同様図である。
図57】実施例13に係る図7同様図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明に係る実施の形態の例が、適宜図面に基づいて説明される。尚、本発明の形態は、これらの例に限定されない。
【0013】
図1に示されるように、本発明に係る遅延ミラー1は、基材2と、光学多層膜4と、を有している。
基材2は、光学多層膜4が成膜された表面Rを備えている。遅延ミラー1は、表面R上に積層された光学多層膜4において互いに波長帯の異なる複数の光パルスを反射することにより、所定の波長帯の光パルスに対して他の波長帯の光パルスを遅延させるものである。これらの光パルスは、同じ光路Lを通過可能である。
【0014】
基材2は、透光性を有していても良いし、透光性を有していなくても良い。
基材2の材質は、特に限定されず、例えばガラス、結晶、セラミックス、あるいは樹脂である。
基材2の形状は、特に限定されず、例えば平行平板、あるいはウェッジ付きである。
【0015】
光学多層膜4の群速度遅延GD(Group Delay)は、波長帯毎に異なる値となっている。
群速度遅延GDは、光学多層膜4の反射位相φで定義される。角周波数ωの波cos(ωt)と角周波数ω+Δωの波cos{(ω+Δω)t}が、光学多層膜4で反射された後、それぞれの波は、ρを光学多層膜4のフレネル反射係数として、ρcos{ωt+φ(ω)},ρcos{(ω+Δω)t+φ(ω+Δω)}となる。ここでは、簡単のため、ρが定数とされる。
これらを重ね合わせた波は、次の式(1a),(1b)で表される。即ち、これらを重ね合わせた波は、時間変調された振幅En0(t)を持つ波である。n=1,2,3,・・と多くの波が重ね合わせられると、変調が急峻になり、重ね合わせられた波は、パルス列になる。
Δω/ω≪1である場合、式(1b)は、次の式(2)に変形可能である。
【0016】
【数1】
【0017】
式(2)から、光学多層膜4での反射により、時間tがt+∂φ/∂ω|ωnになるため、変調あるいはパルスに時間遅延を与える効果がある。光パルスを発振するレーザー共振器内に立つ定在波の波長は、とびとびの値であるので、ωは、離散的な値をとるところ、Δωが微小量であるため、ωを連続変数として取り扱う。すると、群速度遅延GDは、次のように定義される。
GD=-∂φ/∂ω (3)
群速度遅延GDは、光学多層膜4内の滞在時間に応じた値であるから、波長帯毎に異なるものとなれば、ある波長帯に属する光パルスに対して別の波長帯に属する光パルスが滞在時間の差だけ遅延することとなる。群速度遅延GDが大きいほど、光学多層膜4内の滞在時間が長くなり、群速度遅延GDの差に応じて、群速度遅延GDのより大きい波長帯の光パルスが、群速度遅延GDのより小さい波長帯の光パルスに対して遅延する。よって、群速度遅延GDが波長帯毎に異なる光学多層膜4により、遅延ミラー1が形成される。
又、各波長帯に属する波長において群速度遅延GDの相違が把握されても良い。即ち、第1の波長帯における群速度遅延GDが、第2の波長帯における群速度遅延GDと異なるようにすれば、滞在時間の差に基づく遅延が付与される。
尚、上述の第1の波長帯及び第2の波長帯に加えて、これらと波長の異なる第3の波長帯において更に群速度遅延GDが異なるものとされても良い。同様に、第4の波長帯、あるいはそれ以上の波長帯が更に互いに群速度遅延GDの相違するものとして設定されても良い。
【0018】
又、ωの非線形項の最低次項である∂φ/∂ωωnは、φとしてω=ωが代入されるものであり、群速度遅延分散GDD(Group Delay Dispersion)に対応するものである。群遅延がずれると(分散があると)、光パルスを構成する様々な波長の波束がそれぞれずれて、光パルスの形状が変化する。
即ち、群速度遅延分散GDDは、次の通りである。
GDD=-∂φ/∂ω (4)
先行する光パルス及び遅延させる光パルスの形状を変化させないものとする場合、各光パルスの波長帯において、群速度遅延分散GDDは0あるいは0に近いものとされる(低分散ミラー機能の具備)。後述の通り、パルス幅が約40fs以上の場合、群速度遅延分散GDDが-100fs以上100fs以下の範囲内に収まっていれば、光パルスの変形が他の場合と比較して少なく、実質的に光パルスの変形あるいはその影響がないものとして扱える。パルス幅がより狭いパルスに対しては、GDDの値をより小さくする必要がある。尚、当該範囲の下限は、-80,-60,-40,-20,0,20,40,60,80の何れか等と設定することができ、当該範囲の上限は、80,60,40,20,0,-20,-40,-60,-80の何れか等と設定することができる。
あるいは、遅延と共に分散補償等の目的で光パルスの変形を行いたい場合、各光パルスの波長帯において、群速度遅延分散GDDはその変形に応じた値とされる(変形による他の機能の具備)。
【0019】
光学多層膜4は、誘電体材料あるいは半導体材料を用いた無機多層膜であり、誘電体多層膜あるいは半導体多層膜である。
光学多層膜4は、基材2の少なくとも一面における一部又は全部に形成される。
光学多層膜4は、低屈折率層及び高屈折率層を含む。又、光学多層膜4は、更に中屈折率層を含み得る。
高屈折率層及び低屈折率層(並びに中屈折率層)の層数及び材質の選択、並びに各層における厚み(層に係る物理膜厚あるいは光学膜厚)の増減といった設計要素の変更により、光学多層膜4の設計が変更される。
例えば、中屈折率層がこれと光学的に等価である高屈折率層と低屈折率層との組合せにより置換される等、光学多層膜4における一部又は全部の構造は、光学的に等価な他の構造に置換されても良い。
【0020】
高屈折率層は、例えば、酸化ジルコニウム(ZrO)、酸化チタン(TiO)、酸化タンタル(Ta)、酸化ニオブ(Nb)、酸化ハフニウム(HfO)、酸化ランタン(La)、シリコン(Si)、若しくは酸化プラセオジム(Pr)又はこれらの二種以上の混合物といった高屈折率材料から形成される。
又、低屈折率層は、例えば、酸化ケイ素(SiO)、酸化アルミニウム(Al)、フッ化カルシウム(CaF)、フッ化マグネシウム(MgF)、酸化アルミニウムと酸化プラセオジムとの組合せ(Al-Pr)、酸化アルミニウムと酸化ランタンとの組合せ(Al-La)、若しくは酸化アルミニウムと酸化タンタルとの組合せ(Al-Ta)、又はこれらの二種以上の混合物といった低屈折率材料から形成される。
中屈折率層は、例えばAl、Pr、La、Al-Pr、Al-La、といった中屈折率材料から形成される。
尚、例えば、上述の高屈折率材料から2つの材料を選択して、光学多層膜4が形成されても良い。又、光学多層膜4の外部あるいは内部に、防汚膜等の他の機能を有する膜が組み合わせられても良い。
【0021】
光学多層膜4の低屈折率層及び高屈折率層(並びに中屈折率層)は、真空蒸着法あるいはイオンアシスト蒸着法、イオンプレーティング法、スパッタ法等により形成される。
光学多層膜4は、基材2における複数の面に形成されても良い。例えば、光学多層膜4は、平行平板あるいはウェッジ付き、凹面、凸面の基材2の表裏両面に形成されても良い。
【0022】
又、図2に示されるように、遅延ミラーシステム11が、1以上の遅延ミラー1と、少なくとも1つの遅延ミラー1を他の遅延ミラー1に対して移動させる遅延ミラー移動機構としての移動機構12と、を含んで形成される。
遅延ミラーシステム11は、出射される光パルスの出射光路LOが移動しないようにするため、次のような構成を有している。尚、遅延ミラーシステム11における上下左右は、説明の便宜のため、図2の上下左右と同じものとするところ、実際の上下左右は、これに限られない。
【0023】
即ち、遅延ミラーシステム11では、2枚の遅延ミラー1が、互いに平行であり表面Rの一部が向かい合う状態で配置されている。これらの遅延ミラー1は、上下方向においてずれており、右の遅延ミラー1が左の遅延ミラー1より下方に位置している。
右の遅延ミラー1には、移動機構12が連結されている。移動機構12は、遅延ミラーを載せるステージと、ステージを上下に動かす駆動部と、を有している。右の遅延ミラー1は、移動機構12によって、左の遅延ミラー1との平行状態を保持しつつ、上下方向に移動される。
左の遅延ミラー1の左下方には、入射される光パルス(入射光路LI)を右の遅延ミラー1へ導く入射側ミラー14が配置されている。
右の遅延ミラー1の右上方には、左の遅延ミラー1から一旦右方へ出た光パルス(中間入射光路LM)を左の遅延ミラー1へ戻すエンドミラー16が配置されている。エンドミラー16は、中間入射光路LMに対して、その反射に係る中間出射光路LNが完全に重複しないように傾いている。
【0024】
遅延ミラーシステム11では、図2の状態において、左右の遅延ミラー1により、中間入射までで4回、中間出射後で4回の反射の合計8回反射される。よって、遅延ミラー1における1回の反射による遅延に対して8倍長い遅延が、出射光路LOにおいて得られる。例えば、1回の反射で40fs(フェムト秒)の遅延となる場合、8回の反射で320fsの遅延が得られる。
又、図2の状態から、移動機構12により右の遅延ミラー1を上昇させ、上昇前の8回に変わり10回の反射が得られるようにすると、1回の反射による遅延に対して10倍長い遅延(例えば400fs)が得られる。
他方、図2の状態から、移動機構12により右の遅延ミラー1を下降させ、下降前の8回に変わり6回の反射が得られるようにすると、1回の反射による遅延に対して6倍長い遅延(例えば240fs)が得られる。
これらと同様にして、右の遅延ミラー1の移動量に応じ、左右の遅延ミラー1における反射回数を変化させ、遅延時間を簡単に増減させることができる。
【0025】
従来のように、波長毎に光路を分け、一方の光路を他方の光路に対して長くする場合、例えば400fsの時間差を付与するためには、光路を119.9μm長くする必要がある。
これに対し、遅延ミラーシステム11では、400fsの時間差を付与するのであれば、1回の反射で40fsの遅延となる各遅延ミラー1において合計10回の反射を行えば良い。
又、従来、時間差の大きさを調整するためには、片方の光路の長さを、所望の時間差に対応するように精密に制御する必要があり、長さが相違すれば時間差の誤差に直結する。
これに対し、遅延ミラーシステム11では、反射回数の変化が確保できる程度の移動機構12の制御で足り、時間差の調整が1回の反射の時間差の自然数倍からの選択となってある程度離散的になるものの、より容易且つ正確に時間差の大きさを調整することができる。
【0026】
尚、遅延ミラーシステム11は、次のような変更例を有する。
即ち、遅延ミラー1は、低分散ミラー等と組み合わせることで1枚で複数回反射するように設けられても良いし、3枚以上設けられても良い。複数の遅延ミラーは、その内の一部における1回の反射当たりの遅延時間が他の当該遅延時間と異なるものとされても良い。
移動機構12により移動可能な遅延ミラー1は、複数設けられても良い。移動機構12による移動は、回転移動を含んでいても良い。入射側ミラー14及びエンドミラー16の少なくとも一方が移動可能とされても良い。
エンドミラー16が省略され、図2の中間入射光路LMが出射光路となるものとされても良い。
【実施例
【0027】
次に、本発明の上記実施形態に準じた実施例が示される。
但し、実施例は、本発明の範囲を限定するものではない。特に、実施例の中心波長(第1の中心波長及び第2の中心波長)は、400nm帯及び800nm帯、あるいは515nm帯及び1030nm帯とされているところ、本発明における各種の中心波長は、これらのものに限られない。中心波長は、所定の波長域(波長帯)における設計上の中心の波長である。又、400nm帯は、400nmを含む領域であり、400nm帯以外においても同様である。このような領域(波長の場合波長帯)は、光パルスに含まれる波束の波長に幅があること、及び中心波長が1つの値に限定されないこと、等を示すために用いられる。例えば、中心波長が400nm帯であることは、中心波長が400nmに限られず、その前後の波長であっても良いことを示す。
又、本発明の捉え方により、実施例が、本発明の範囲外となる実質的な比較例となったり、比較例が、本発明の範囲内である実質的な実施例となったりすることがある。
【0028】
本発明の実施例として、同一の板状の基材2の片面(表面R)において、互いに膜構成の異なる光学多層膜4を有している各遅延ミラー1の形成がシミュレートされた。
基材2は、直径30mm(ミリメートル)の円形板状であり、光学ガラスBK7製である。
尚、各実施例において、表面Rにおける光学多層膜4は、誘電体多層膜であり、真空蒸着によって、膜物質を、各膜厚の制御された状態で交互に蒸着させることで、実際に形成可能である。
【0029】
[実施例1-1,1-2]
実施例1-1,1-2における光学多層膜4は、基材2に最も近い層を第1層として奇数層がTa(高屈折率材料による高屈折率層)、偶数層がSiO(低屈折率材料による低屈折率層)である交互膜であり、各層は図3(実施例1-1),図4(実施例1-2)に示すような物理膜厚を有している。実施例1-1,1-2における光学多層膜4の全層数は、何れも40である。
実施例1-1,1-2は、中心波長が400nm及び800nmとなるように設計されている。
実施例1-1,1-2における光学多層膜4の構成は、次に説明される記号によって表現可能である。即ち、()内の構成のp回の繰り返しが()と表わされ、垂直入射での光学膜厚がλ/4である高屈折率層がH、垂直入射での光学膜厚がλ/4である低屈折率層がLとそれぞれ表され、H及びLの直前にλ/4の係数(乗数)が記載される場合、実施例1-1における光学多層膜4の構成は、基材2|(0.7H 1.3L)20|空気と表され、実施例1-2における光学多層膜4の構成は、基材2|(1H 1L)10(0.5H 0.5L)10|空気と表される。尚、光学多層膜4は、実際には、記号で示された構成に対して、1以上の所定の光学膜厚について増減される等、微調整されることがある。即ち、かような記号は、光学多層膜4の基本設計を示すことがある。
実施例1-1の光学多層膜4は、(1H 1L)20に対して、各高屈折率層の光学膜厚を薄くし(×0.7)、各低屈折率層の光学膜厚を厚くするように(×1.3)、バランスを崩しているものと捉えることができる。
実施例1-2の光学多層膜4は、(1H 1L)10という基材側積層部(第1積層部)と、(0.5H 0.5L)10という空気側積層部(第2積層部)とを有しているものである。第1積層部は、800nm帯の光のミラーとなっている。第2積層部は、400nm帯の光のミラーとなっている。
【0030】
図5は、実施例1-1,1-2に係る、300nm以上900nm以下の波長域(横軸:波長[nm])における分光反射率分布(縦軸:反射率[%])が示されるグラフである。図6は、実施例1-1,1-2に係る、同様の波長域における群速度遅延GD(縦軸,[fs])が示されるグラフである。図7は、実施例1-1,1-2に係る、同様の波長域における群速度遅延分散GDD(縦軸,[fs])が示されるグラフである。尚、図5図7の何れも、入射角5°におけるものである。
実施例1-1は、波長400nmを含む390nm以上430nm以下の波長域(400nm帯)で反射率が約100%となる高反射を示し、波長800nmを含む730nm以上890nm以下の波長域(800nm帯)で高反射を示す。
実施例1-2は、375nm以上450nm以下の波長域(400nm帯)、及び730nm以上890nm以下の波長域(800nm帯)で高反射を示す。
実施例1-1は、群速度遅延GDが、波長400nmで10fsである一方で、800nmで7fsであり、800nm帯光パルスの光学多層膜4内の滞在時間が、400nm帯光パルスの滞在時間より長くなって、800nm帯光パルスが400nm帯光パルスに対して遅延する。尚、仮に群速度遅延GDが波長400nm及び800nmにおいて同値であるとすると、800nm帯光パルスと400nm帯光パルスとで光学多層膜4での滞在時間が同じとなり、光学多層膜4における反射があっても800nm帯光パルスと400nm帯光パルスとで時間差がつかない。よって、この仮の例は、本発明に属さない比較例となる。
実施例1-2は、群速度遅延GDが、波長400nmで4fsである一方で、800nmで30fsであり、800nm帯光パルスの光学多層膜4内の滞在時間が、400nm帯光パルスの滞在時間より長くなって、800nm帯光パルスが400nm帯光パルスに対して遅延する。実施例1-2における遅延の程度(800nm帯光パルスの群速度遅延GDと400nm帯光パルスの群速度遅延GDとの差30-4=26fs)は、実施例1-1のそれ(3fs)よりも大きい。
実施例1-1は、群速度遅延分散GDDが、波長400nm及び800nmで約0fsになり、400nm帯光パルス及び800nm帯光パルスの双方の形状を変化させない。実施例1-1は、その中心波長における高い反射率、比較的に小さい群速度遅延GDの差(3fs)、約0fsである群速度遅延分散GDDの態様から、中心波長400nm,800nmにおける標準的な2波長ミラーに類似する遅延ミラー1と言える。
実施例1-2は、群速度遅延分散GDDが、波長400nmで約0fsであるものの、800nmでは-250fs程度であって0fsではなく、400nm帯光パルスは変形させないものの、800nm帯光パルスを、僅かに変形させる。
実施例1-1,1-2は、400nm帯光パルス及び800nm帯光パルスについて、同じ光路の反射により同軸で時間差を付与可能である。
実施例1-1,1-2に関する上記の説明では、群速度遅延GDとパルスの遅延との関係を明確化するために、波長400nm,800nmでの群速度遅延GDが用いられた。そのため、上記の説明では、400nm帯光パルス,800nm帯光パルスと言うものの、波長400nm,800nmの極近傍のみの光から構成されるパルスについてのものとなっている。より広い波長域の光から構成される(波長帯のより広い)光パルスの遅延等については、400nm帯,800nm帯での群速度遅延GD、群速度遅延分散GDDに注目する必要がある。
実施例1-1,1-2を始めとした各実施例、あるいはその他の例のシミュレーションにより、群速度遅延分散GDDが-100fs以上100fs以下の範囲内に収まっていれば、パルス幅が40fs以上の光パルスについては、変形が他の場合と比較して少なく、実質的に光パルスの変形あるいはその影響がないものとして扱えることが見出された。パルス幅がより狭い場合、より絶対値の小さな群速度遅延分散GDDが求められる。尚、当該範囲の下限は、-80,-60,-40,-20,0,20,40,60,80の何れか等とすることができ、当該範囲の上限は、80,60,40,20,0,-20,-40,-60,-80の何れか等とすることができる。
【0031】
[実施例2-1,2-2]
実施例2-1,2-2は、実施例1-2に対し、各中心波長を維持しつつ、各波長帯を拡張したものである。
図8は、実施例2-1に係る図4同様図である。図9は、実施例2-2に係る図4同様図である。
実施例2-1,2-2の各光学多層膜4は、他の実施例と同様に、奇数層がTaであり偶数層がSiOである交互膜である。
実施例2-1は、実施例1-2の第2積層部の層数を増やし、基本設計として基材2|(1H 1L)10(0.5H 0.5L)300.7L|空気を有し、更に各層の物理膜厚を最適化したものである。最も空気側の層は、0.5+0.7=1.2Lとなり、実施例2-1の光学多層膜4の全層数は、10×2+30×2=80である。
実施例2-2は、第2積層部における増加する層数を除き実施例2-1と同様に成り、基本設計として基材2|(1H 1L)10(0.5H 0.5L)150.7L|空気を有し、更に各層の物理膜厚を最適化したものである。実施例2-2の光学多層膜4の全層数は、50である。
実施例2-1,2-2は、第2積層部において、反射率を確保するために必要な層数よりも過剰に積層したものと捉えられる。
実施例2-1の第2積層部の光学膜厚は6187.8nmであり、光パルスが第2積層部を通過する場合の片道の時間は、6187.8[nm]/299.79[nm/fs]=20.6[fs]である。
実施例2-2の第2積層部の光学膜厚は3001.1nmであり、光パルスが第2積層部を通過する場合の片道の時間は、3001.1[nm]/299.79[nm/fs]=10.0[fs]である。
【0032】
図10図12は、実施例2-1,2-2に係る図5図7と同様の図である。図10図12の何れも、入射角5°におけるものである。
実施例2-1は、375nm以上475nm以下の波長域(400nm帯)、及び750nm以上860nm以下の波長域(800nm帯)で高反射を示す。
実施例2-2は、360nm以上440nm以下の波長域(400nm帯)、及び750nm以上880nm以下の波長域(800nm帯)で高反射を示す。
実施例2-1は、群速度遅延GDが、400nm帯で約5fsである一方、800nm帯で約45fsであり、後者の前者に対する差は約40fsである。この40fsは、上述の第2積層部の片道の時間の約2倍に相当している。これは、400nm帯光パルスが第2積層部における空気側の一部の層(400nm帯光パルスの反射膜として機能する部分)を反射により往復する一方、800nm帯光パルスが第2積層部全体及び第1積層部(800nm帯光パルスの反射膜)を反射により往復することによる。
実施例2-2は、群速度遅延GDが、400nm帯で約4fsである一方、800nm帯で約24fsであり、後者の前者に対する差は約20fsである。この20fsは、上述の第2積層部の片道の時間の約2倍に相当している。
実施例2-1,2-2は、群速度遅延分散GDDが、何れも波長400nm帯及び800nm帯で約0fsになり、400nm帯光パルス及び800nm帯光パルスの双方の形状を変化させない。尚、群速度遅延分散GDDは、第1の中心波長と第2の中心波長の間の波長域における最大値あるいは極大値よりも十分に小さければ良く、例えば当該最大値あるいは極大値の1%以下又は0.1%以下であれば良く、以下同様である。
実施例2-1,2-2は、各光パルスの1回の反射によって、各光パルスを変形させることなく800nm帯光パルスを400nm帯光パルスに対して約40fs,約20fs遅延させる低分散の遅延ミラー1となっている。実施例2-1,2-2は、400nm帯光パルス及び800nm帯光パルスについて、同じ光路の反射により同軸で時間差を付与可能である。
【0033】
[実施例3]
図13図16は、実施例3に係る図4図7同様図である。但し、図14図16の何れも、入射角5°におけるものであり、図示される波長域は、350nm以上900nmである。
実施例3の光学多層膜4は、他の実施例と同様に、奇数層がTaであり偶数層がSiOである交互膜である。実施例3の中心波長は、実施例1-1~2-2と同様に、400nm及び800nmである。
実施例3の光学多層膜4の全層数は、84である。
【0034】
実施例3は、360nm以上455nm以下の波長域(400nm帯)、及び705nm以上の波長域(800nm帯)で高反射を示す。
実施例3の群速度遅延GDは、400nm帯で約4fsである一方、800nm帯で約100fsであり、後者の前者に対する差は約96fsである。
実施例3の群速度遅延分散GDDは、400nm帯及び800nm帯で約0fsになり、実施例3は、これらの波長(を含む波長域)で低分散となって、400nm帯光パルス及び800nm帯光パルスの双方の形状を変化させない。
実施例3は、各光パルスの1回の反射によって、各光パルスを変形させることなく800nm帯光パルスを400nm帯光パルスに対して約96fs遅延させる低分散の遅延ミラー1となっている。実施例3は、400nm帯光パルス及び800nm帯光パルスについて、同じ光路の反射により同軸で時間差を付与可能である。
【0035】
[実施例4]
図17図20は、実施例4に係る図4図7同様図である。但し、図18図20の何れも、入射角5°におけるものであり、図示される波長域は、350nm以上950nmである。
実施例4の光学多層膜4は、他の実施例と同様に、奇数層がTaであり偶数層がSiOである交互膜である。実施例4の中心波長は、実施例1-1~3と同様に、400nm及び800nmである。
実施例4の光学多層膜4の全層数は、54である。
【0036】
実施例4は、370nm以上430nm以下の波長域(400nm帯)、及び730nm以上870nm以下の波長域(800nm帯)で高反射を示す。
実施例4の群速度遅延GDは、400nm帯で約49fsである一方、800nm帯で約6fsであり、後者の前者に対する差は約-43fsである。
実施例4の群速度遅延分散GDDは、400nm帯及び800nm帯で約0fsになり、実施例4は、これらの波長(を含む波長域)で低分散となって、400nm帯光パルス及び800nm帯光パルスの双方の形状を変化させない。
実施例4は、各光パルスの1回の反射によって、各光パルスを変形させることなく400nm帯光パルスを800nm帯光パルスに対して約43fs遅延させる低分散の遅延ミラー1となっている。実施例4は、400nm帯光パルス及び800nm帯光パルスについて、同じ光路の反射により同軸で時間差を付与可能である。
【0037】
[実施例5]
図21図24は、実施例5に係る図4図7同様図である。但し、図22図24の何れも、s偏光光に係る入射角45°におけるものであり、図示される波長域は、350nm以上950nmである。
実施例5の光学多層膜4は、他の実施例と同様に、奇数層がTaであり偶数層がSiOである交互膜である。実施例5の中心波長は、実施例1-1~4と同様に、400nm及び800nmである。
実施例5の光学多層膜4の全層数は、80である。
【0038】
実施例5は、375nm以上470nm以下の波長域(400nm帯)、及び750nm以上850nm以下の波長域(800nm帯)で高反射を示す。
実施例5の群速度遅延GDは、400nm帯で約7fsである一方、800nm帯で約39fsであり、後者の前者に対する差は約32fsである。
実施例5の群速度遅延分散GDDは、400nm帯及び800nm帯で約0fsになり、実施例5は、これらの波長(を含む波長域)で低分散となって、400nm帯光パルス及び800nm帯光パルスの双方の形状を変化させない。
実施例5は、s偏光された各光パルスの1回の反射によって、s偏光に係る各光パルスを変形させることなく400nm帯光パルスを800nm帯光パルスに対して約32fs遅延させる低分散の遅延ミラー1となっている。実施例5は、s偏光に係る400nm帯光パルス及び800nm帯光パルスについて、同じ光路の反射により同軸で時間差を付与可能である。
【0039】
[実施例6]
図25図28は、実施例6に係る図4図7同様図である。但し、図26図28の何れも、入射角5°におけるものであり、図示される波長域は、400nm以上1200nmである。
実施例6の光学多層膜4は、他の実施例と同様に、奇数層がTaであり偶数層がSiOである交互膜である。実施例6の中心波長は、実施例1-1~5と異なり、515nm及び1030nmである。
実施例6の光学多層膜4の全層数は、50である。
【0040】
実施例6は、460nm以上550nm以下の波長域(515nm帯)、及び980nm以上1100nm以下の波長域(1030nm帯)で高反射を示す。
実施例6の群速度遅延GDは、515nm帯で約3fsである一方、1030nm帯で約28fsであり、後者の前者に対する差は約25fsである。
実施例6の群速度遅延分散GDDは、515nm及び1030nmで約0fsになり、実施例6は、これらの波長(を含む波長域)で低分散となって、515nm帯光パルス及び1030nm帯光パルスの双方の形状を変化させない。
実施例6は、各光パルスの1回の反射によって、各光パルスを変形させることなく1030nm帯光パルスを515nm帯光パルスに対して約25fs遅延させる低分散の遅延ミラー1となっている。実施例6は、515nm帯光パルス及び1030nm帯光パルスについて、同じ光路の反射により同軸で時間差を付与可能である。
【0041】
[実施例7]
実施例7の光学多層膜4は、チタンサファイアレーザーの基本波(800nm帯)及び第2高調波(400nm帯)について、これらの分散補償を行い、且つ基本波を第2高調波に対して遅延させる場合に用いるために設計されている。尚、基本波の波長が属する波長帯及び第2高調波の波長が属する波長帯の少なくとも一方は、800nm帯,400nm帯から変更されても良い。又、レーザーは、チタンサファイアレーザー以外のものとされても良い。
図29は、この場合(レーザーシステム21)の模式図である。
レーザーシステム21は、チタンサファイアレーザー光源TSと、非線形光学結晶BBOと、遅延ミラーシステム11におけるものと同様である2枚の一部向かい合った遅延ミラー1(実施例7)と、を有している。
チタンサファイアレーザー光源TSから発振された基本波FWのみを含むレーザー光TSL(ここでは基本波FWの波長λを800nmとする)は、非線形光学結晶BBOに入射する。非線形光学結晶BBOは、基本波FWの半分の波長(λ=400nm)の第2高調波SWを発生し、基本波FW及び第2高調波SWが混在した混在光TSMを出射する。混在光TSMにおいて、第2高調波SWは、基本波FWから遅延時間τだけ遅延する。混在光TSMは、一対の遅延ミラー1により所定の回数反射され、出力光TSOとなる。遅延ミラー1が、400nm帯光パルスを遅延させず、800nm帯光パルスを遅延させるものであれば、後者は前者に対して所定回数の反射により時間差Δtだけ遅延するとすれば、出力光TSOにおいて、基本波FWが、混在光TSMにおける遅延時間τだけ第2高調波SWより先行している状態(図29の二点鎖線P参照)に対し、時間差Δtだけ遅延して(同図の二重矢印Q参照)、第2高調波SWが、調整された遅延時間τ-Δtにおいて、基本波FWから遅延するようになる。同様に、400nm帯光パルスが800nm帯光パルスより小さい程度で遅延される場合も、前者は後者に対して所定回数の反射により時間差Δtだけ相対的に遅延するものとみることができ、基本波FWは、第2高調波SWに対して、調整された遅延時間τ-Δtにおいて、混在光TSMの状態から遅延する。
非線形光学結晶BBOの内部を通過する光の群速度には、波長依存性がある。よって、非線形光学結晶BBOを通過する基本波FW及び第2高調波SWは、波長毎の光の速度のずれ、即ちチャープが生じる。かようなチャープの発生により、基本波FW及び第2高調波SWを構成する光パルスのパルス幅が広がったり、ピーク強度が下がったりする。
尚、群速度V(nm/fs)は、波長をλ(nm),波長λの関数である媒質の屈折率をn(λ)、光速をc(nm/fs)とすると、次の式(5)で表される。
【0042】
【数2】
【0043】
そして、群速度のずれの指標として、次の式(6)で表される群速度分散GVD(Group Velocity Dispersion,fs/cm,フェムト秒フェムト秒毎センチメートル)が用いられる。群速度分散GVDは、群速度の傾きに応じるものであり、群速度分散GVD=0であれば、群速度に波長依存性がないこととなって、媒質中を伝搬する光パルスはチャープしない。他方、群速度分散GVD≠0であれば、群速度に波長依存性が存在して、群速度分散GVD≠0の媒質中を伝搬する光パルスはチャープする。
【0044】
【数3】
【0045】
所定の伝搬経路を通った光パルスが実施例7の遅延ミラー1に反射されてなされる分散補償は、次の式(7)を満たすようにすると、最大限に行われる。
ここで、iは、伝搬経路中における媒質の種類毎に付されるナンバーであり、伝搬経路に非線形光学結晶BBOと空気とが存在する場合は、例えばi=1(非線形光学結晶BBO),i=2(空気)である。又、GVDは非線形光学結晶BBOの群速度分散GVDであり、GVDは空気の群速度分散GVDである。更に、媒質の厚さは非線形光学結晶BBOの厚さ(非線形光学結晶BBOにおける経路長)であり、媒質の厚さは空気の厚さ(空気における経路長)である。
即ち、実施例7の遅延ミラー1において、伝搬経路全体における群速度分散GVDが打ち消される群速度遅延分散GDDを有するようにすれば、分散補償がなされる。
【0046】
【数4】
【0047】
400nm以上1200nmの波長域において、非線形光学結晶BBOの群速度分散GVDも空気の群速度分散GVDも共に単調減少し、波長400nmの光において代表的な非線形光学結晶BBOの群速度分散GVDは2100fs/cm、波長800nmの光において非線形光学結晶BBOの群速度分散GVDは1000fs/cm、波長800nmの光において空気の群速度分散GVDは0.21fs/cmであって、他の波長でも同様のオーダーであることから、非線形光学結晶BBOの群速度分散GVDは空気の群速度分散GVDのおよそ10000倍であり、目安として非線形光学結晶BBO中を0.1mm進行する場合のGVDと空気中を1m(メートル)進行する場合のGVDがほぼ同様になる。
伝搬経路は、レーザー光TSL、非線形光学結晶BBO、混在光TSM、両遅延ミラー1間の経路及び出力光TSOで決まっており、実施例7の遅延ミラー1における群速度遅延分散GDDは、レーザーシステム21において分散補償されるものに決定可能である。又、空気の群速度分散GVDと空気の媒質の厚さとの積が十分に小さければ、非線形光学結晶BBOの群速度分散GVD×媒質の厚さによって、実施例7の遅延ミラー1における群速度遅延分散GDDが決定されても良い。
【0048】
図30図33は、実施例7に係る図4図7同様図である。図31図33の何れも、入射角5°におけるものである。
実施例7の光学多層膜4は、他の実施例と同様に、奇数層がTaであり偶数層がSiOである交互膜である。実施例7の中心波長は、実施例1-1~5と同様に、400nm及び800nmである。
実施例7の光学多層膜4の全層数は、52である。
【0049】
実施例7は、370nm以上435nm以下の波長域(400nm帯)、及び730nm以上850nm以下の波長域(800nm帯)で高反射を示す。
実施例7の群速度遅延GDは、400nm帯で約18fsである一方、800nm帯で約20.7fsであり、後者の前者に対する差は約2.7fsである。実施例7は、各光パルスの10回の反射によって、800nm帯光パルスを400nm帯光パルスに対して2.7×10=27fs遅延させる。
実施例7の群速度遅延分散GDDは、400nm帯で約-40fsにとなると共に、800nm帯で約-15fsとなり、実施例7は、10回の反射において400nm帯及び800nm帯で分散補償に適した負の分散をそれぞれ有するものとなる。
一対の実施例7は、各光パルスの合計10回の反射によって、分散補償により混在光TSMでチャープした基本波FW及び第2高調波SWを非線形光学結晶BBO入射前と同等に戻し、更に800nm帯光パルスを含む基本波FWを、400nm帯光パルスを含む第2高調波SWに対して、約27fs遅延させるものとなっている(図29の時間差Δt)。実施例7は、基本波FW及び第2高調波SWについて、同じ光路の反射により同軸で時間差Δt及び分散補償を付与可能である。即ち、実施例7の遅延ミラー1は、基本波FWの第2高調波SWに対する遅延機能に加えて、基本波FW及び第2高調波SWの分散補償機能を有している。
尚、反射の回数は10回に限られず、以下同様である。
【0050】
[実施例8]
図34図37は、実施例8に係る図4図7同様図である。但し、図35図37の何れも、入射角5°におけるものであり、図示される波長域は、350nm以上950nmである。
実施例8の光学多層膜4は、他の実施例と同様に、奇数層がTaであり偶数層がSiOである交互膜である。実施例8の中心波長は、実施例1-1~5,7と同様に、400nm及び800nmである。
実施例8の光学多層膜4の全層数は、72である。
【0051】
実施例8は、実施例7と同様に、遅延及び分散補償を行うものである。
実施例8は、360nm以上450nm以下の波長域(400nm帯)、及び725nm以上850nm以下の波長域(800nm帯)で高反射を示す。
実施例8の群速度遅延GDは、400nm帯で約18fsである一方、800nm帯で約44fsであり、後者の前者に対する差は約26fsである。実施例8は、各光パルスの10回の反射によって、800nm帯光パルスを400nm帯光パルスに対して約26×10=約260fs遅延させる。
実施例8の群速度遅延分散GDDは、400nm帯で約-40fsにとなると共に、800nm帯で約-15fsとなり、実施例8は、10回の反射において400nm帯及び800nm帯で分散補償に適した負の分散をそれぞれ有するものとなる。
一対の実施例8は、各光パルスの合計10回の反射によって、チャープした基本波FW及び第2高調波SWを分散補償し、更に基本波FWを第2高調波SWに対して約260fs遅延させるものとなっている。実施例8は、基本波FW及び第2高調波SWについて、同じ光路の反射により同軸で時間差及び分散補償を付与可能である。
【0052】
[実施例9]
図38図41は、実施例9に係る図4図7同様図である。但し、図39図41の何れも、入射角5°におけるものであり、図示される波長域は、350nm以上950nmである。
実施例9の光学多層膜4は、他の実施例と同様に、奇数層がTaであり偶数層がSiOである交互膜である。実施例9の中心波長は、実施例1-1~5,7~8と同様に、400nm及び800nmである。
実施例9の光学多層膜4の全層数は、72である。
【0053】
実施例9は、実施例7~8と同様に、遅延及び分散補償を行うものである。
実施例9は、370nm以上440nm以下の波長域(400nm帯)、及び720nm以上900nm以下の波長域(800nm帯)で高反射を示す。
実施例9の群速度遅延GDは、400nm帯で約18fsである一方、800nm帯で約53fsであり、後者の前者に対する差は約35fsである。実施例9は、各光パルスの10回の反射によって、800nm帯光パルスを400nm帯光パルスに対して約35×10=約350fs遅延させる。
実施例9の群速度遅延分散GDDは、400nm帯で約-40fsにとなると共に、800nm帯で約-15fsとなり、実施例9は、10回の反射において400nm帯及び800nm帯で分散補償に適した負の分散をそれぞれ有するものとなる。
一対の実施例9は、各光パルスの合計10回の反射によって、チャープした基本波FW及び第2高調波SWを分散補償し、更に基本波FWを第2高調波SWに対して約350fs遅延させるものとなっている。実施例9は、基本波FW及び第2高調波SWについて、同じ光路の反射により同軸で時間差及び分散補償を付与可能である。
【0054】
[実施例10]
図42図45は、実施例10に係る図4図7同様図である。但し、図43図45の何れも、入射角5°におけるものであり、図示される波長域は、350nm以上950nmである。
実施例10の光学多層膜4は、他の実施例と同様に、奇数層がTaであり偶数層がSiOである交互膜である。実施例10の中心波長は、実施例1-1~5,7~9と同様に、400nm及び800nmである。
実施例10の光学多層膜4の全層数は、72である。
【0055】
実施例10は、実施例7~9と同様に、遅延及び分散補償を行うものである。
実施例10は、365nm以上430nm以下の波長域(400nm帯)、及び715nm以上の波長域(800nm帯)で高反射を示す。
実施例10の群速度遅延GDは、400nm帯で約18fsである一方、800nm帯で約68fsであり、後者の前者に対する差は約50fsである。実施例10は、各光パルスの10回の反射によって、800nm光パルスを400nm光パルスに対して約50×10=約500fs遅延させる。
実施例10の群速度遅延分散GDDは、400nm帯で約-40fsにとなると共に、800nm帯で約-15fsとなり、実施例10は、10回の反射において400nm帯及び800nm帯で分散補償に適した負の分散をそれぞれ有するものとなる。
一対の実施例10は、各光パルスの合計10回の反射によって、チャープした基本波FW及び第2高調波SWを分散補償し、更に基本波FWを第2高調波SWに対して約500fs遅延させるものとなっている。実施例10は、基本波FW及び第2高調波SWについて、同じ光路の反射により同軸で時間差及び分散補償を付与可能である。
【0056】
[実施例1~10のまとめ等]
これらの実施例に係る遅延ミラー1は、第1の波長帯を有する第1の光パルスを、第2の波長帯を有する第2の光パルスに対して、これらの光パルスの光学多層膜4における反射により、所定の遅延時間で遅延させる。第1の光パルスと第2の光パルスとは、同軸であっても良い。
【0057】
更に、実施例1-1~6の遅延ミラー1は、第1の光パルス及び第2の光パルスの形状を変えない(低分散)。
即ち、実施例1-1~6の遅延ミラー1は、基材2と、基材2の表面Rに形成された光学多層膜4と、を備えており、光学多層膜4に係る第1の波長帯(800nm帯、実施例4では400nm帯、実施例6では1030nm帯)における群速度遅延GDの値が、光学多層膜4に係る第2の波長帯(400nm帯、実施例4では800nm帯、実施例6では515nm帯)における群速度遅延GDの値と相違すると共に、光学多層膜4に係る前記第1の波長帯における群速度遅延分散GDDの値と、光学多層膜4に係る前記第2の波長帯における群速度遅延分散GDDの値とが、何れも-100fs以上100fs以下である。よって、実施例1-1~6により、パルス幅が40fs程度以上である複数の光パルスの形状を実質的に変えずに時間差を付与し、複数の光パルスを同軸で処理可能であり、シンプルで設置及び微調整が容易である遅延ミラー1が提供される。
【0058】
他方、実施例7~10の遅延ミラー1は、第1の光パルス及び第2の光パルスの形状を、チャープ前のものに戻す(分散補償)。実施例7~10の遅延ミラー1における設計上の目標において、第1の光パルス(800nm波長帯)のGD>0,GDD<0であり、第2の光パルス(400nm波長帯)のGD=0,GDD<0である。
即ち、実施例7~10の遅延ミラー1は、基材2と、基材2の表面Rに形成された光学多層膜4と、を備えており、光学多層膜4に係る第1の波長帯(800nm波長帯)における群速度遅延GDの値が、光学多層膜4に係る第2の波長帯(400nm波長帯)における群速度遅延GDの値と相違すると共に、光学多層膜4に係る前記第1の波長帯における群速度遅延分散GDDの値と、光学多層膜4に係る前記第2の波長帯における群速度遅延分散GDDの値とが、何れも負の値である。よって、実施例7~10により、複数の光パルスの形状を負分散により当初の形状に近づけ、且つ時間差を付与し、複数の光パルスを同軸で処理可能で、シンプルで設置及び微調整が容易である遅延ミラー1が提供される。
又実施例7~10の遅延ミラー1において、前記第1の波長帯における群速度遅延分散GDDの値が、所定の回数(10回)の反射により前記第1の波長帯に係る800nm帯の光パルスを分散補償する値とされており、前記第2の波長帯における群速度遅延分散GDDの値が、前記所定の回数の反射により前記第2の波長帯に係る400nm帯の光パルスを分散補償する値とされている。よって、複数の光パルスの形状を分散補償により当初の形状とし、且つ時間差を付与し、複数の光パルスを同軸で処理可能で、シンプルで設置及び微調整が容易な遅延ミラー1が提供される。
更に、実施例7~10の遅延ミラー1において、基本波FW及び第2高調波SWは、非線形光学結晶BBOを通過したものである。よって、基本波FW(800nm帯)の非線形光学結晶BBO内の通過により第2高調波SW(400nm帯)が発生するチタンサファイアレーザー光源TSにおいて、基本波FW及び第2高調波SWの形状を非線形光学結晶BBOの通過前に戻すと共に、基本波FWを第2高調波SWに対して遅延させる、チタンサファイアレーザー光源TSに適した遅延ミラー1が提供される。
【0059】
尚、本発明の遅延ミラー1においては、実施例1-1~6のように、群速度遅延分散GDDが第1の波長帯と第2の波長帯とにおいて何れも-100fs以上100fs以下とならなくても良い。
同様に、本発明の遅延ミラー1においては、群速度遅延分散GDDが第1の波長帯と第2の波長帯とにおいて何れも負の値となる実施例7~10とは異なり、群速度遅延分散GDDが第1の波長帯と第2の波長帯とにおいて何れも正の値となっても良いし、第1の波長帯の群速度遅延分散GDDと第2の波長帯の群速度遅延分散GDDの一方が正の値となり、他方が負の値となっても良い。
群速度遅延GDが第1の波長帯と第2の波長帯とにおいて相違すれば、第1の波長帯及び第2の波長帯に係る光学多層膜4型の遅延ミラーが提供される。第1の波長帯及び第2の波長帯に係る群速度遅延分散GDDは、目的(例えば遅延機能に付加する機能の種類;光パルス形状維持,分散補償等)に応じ、適宜選択されるものである。
【0060】
[実施例11]
図46図49は、実施例11に係る図4図7同様図である。但し、図47図49の何れも、入射角5°におけるものであり、図示される波長域は、350nm以上950nmである。
実施例11の光学多層膜4は、他の実施例と同様に、奇数層がTaであり偶数層がSiOである交互膜である。実施例11の中心波長は、実施例1-1~5,7~10と同様に、400nm及び800nmである。
実施例11の光学多層膜4の全層数は、50である。
【0061】
実施例11は、群速度遅延GDが400nm帯と800nm帯とにおいて相違し、群速度遅延分散GDDが400nm帯と800nm帯とにおいて何れも正の値となるものである。
実施例11は、370nm以上430nm以下の波長域(400nm帯)、及び750nm以上860nm以下の波長域(800nm帯)で高反射を示す。
実施例11の群速度遅延GDは、400nm帯で約12fsである一方、800nm帯で約21fsであり、後者の前者に対する差は約9fsである。実施例11は、各光パルスの1回の反射によって、800nm光パルスを400nm光パルスに対して約9fs遅延させる。
実施例11の群速度遅延分散GDDは、400nm帯で約20fs(正)となると共に、800nm帯で約40fs(正)となる。
実施例11は、各光パルスの反射によって、800nm帯の光パルスを400nm帯の光パルスに対して約9fs遅延させるものとなっている。実施例11は、800nm帯の光パルス及び400nm帯の光パルスについて、同じ光路の反射により同軸で時間差を付与可能である。
【0062】
[実施例12]
図50図53は、実施例12に係る図4図7同様図である。但し、図51図53の何れも、入射角5°におけるものであり、図示される波長域は、350nm以上950nmである。
実施例12の光学多層膜4は、他の実施例と同様に、奇数層がTaであり偶数層がSiOである交互膜である。実施例12の中心波長は、実施例1-1~5,7~11と同様に、400nm及び800nmである。
実施例12の光学多層膜4の全層数は、58である。
【0063】
実施例12は、群速度遅延GDが400nm帯と800nm帯とにおいて相違し、群速度遅延分散GDDが400nm帯で負の値となる一方、800nm帯において正の値となるものである。
実施例12は、375nm以上440nm以下の波長域(400nm帯)、及び740nm以上860nm以下の波長域(800nm帯)で高反射を示す。
実施例12の群速度遅延GDは、400nm帯で約11fsである一方、800nm帯で約29fsであり、後者の前者に対する差は約18fsである。実施例12は、各光パルスの1回の反射によって、800nm光パルスを400nm光パルスに対して約18fs遅延させる。
実施例12の群速度遅延分散GDDは、400nm帯で約-20fs(負)となると共に、800nm帯で約40fs(正)となる。
実施例12は、各光パルスの反射によって、800nm帯の光パルスを400nm帯の光パルスに対して約18fs遅延させるものとなっている。実施例12は、800nm帯の光パルス及び400nm帯の光パルスについて、同じ光路の反射により同軸で時間差を付与可能である。
【0064】
[実施例13]
図54図57は、実施例13に係る図4図7同様図である。但し、図55図57の何れも、入射角5°におけるものであり、図示される波長域は、350nm以上950nmである。
実施例13の光学多層膜4は、他の実施例と同様に、奇数層がTaであり偶数層がSiOである交互膜である。実施例13の中心波長は、実施例1-1~5,7~12と同様に、400nm及び800nmである。
実施例13の光学多層膜4の全層数は、66である。
【0065】
実施例13は、群速度遅延GDが400nm帯と800nm帯とにおいて相違し、群速度遅延分散GDDが400nm帯で正の値となる一方、800nm帯において負の値となるものである。
実施例13は、370nm以上440nm以下の波長域(400nm帯)、及び770nm以上900nm以下の波長域(800nm帯)で高反射を示す。
実施例13の群速度遅延GDは、400nm帯で約14fsである一方、800nm帯で約38fsであり、後者の前者に対する差は約24fsである。実施例13は、各光パルスの1回の反射によって、800nm光パルスを400nm光パルスに対して約24fs遅延させる。
実施例13の群速度遅延分散GDDは、400nm帯で約20fs(正)となると共に、800nm帯で約-40fs(負)となる。
実施例13は、各光パルスの反射によって、800nm帯の光パルスを400nm帯の光パルスに対して約24fs遅延させるものとなっている。実施例13は、800nm帯の光パルス及び400nm帯の光パルスについて、同じ光路の反射により同軸で時間差を付与可能である。
【符号の説明】
【0066】
1・・遅延ミラー、2・・基材、4・・光学多層膜、11・・遅延ミラーシステム、12・・移動機構(遅延ミラー移動機構)、BBO・・非線形光学結晶、R・・表面。
図1
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