(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-05
(45)【発行日】2024-03-13
(54)【発明の名称】癒着防止材及び癒着防止材の製造方法
(51)【国際特許分類】
A61L 31/16 20060101AFI20240306BHJP
A61L 31/04 20060101ALI20240306BHJP
A61L 31/14 20060101ALI20240306BHJP
A61P 41/00 20060101ALI20240306BHJP
【FI】
A61L31/16
A61L31/04 120
A61L31/14 300
A61L31/14 500
A61P41/00
(21)【出願番号】P 2020086032
(22)【出願日】2020-05-15
【審査請求日】2023-02-27
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和2年1月23日、東京電機大学大学院 理工学研究科 生命理工学専攻 修士論文要旨集 第38巻-II(令和元年度)、東京電機大学理工学部事務部教務担当 令和2年1月24日、令和元年度 東京電機大学大学院 理工学研究科 生命理工学専攻 修士論文発表会、東京電機大学埼玉鳩山キャンパス(埼玉県比企郡鳩山町石坂)
(73)【特許権者】
【識別番号】800000068
【氏名又は名称】学校法人東京電機大学
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】村松 和明
【審査官】石井 裕美子
(56)【参考文献】
【文献】韓国公開特許第2018-0059308(KR,A)
【文献】国際公開第2015/053282(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 31/16
A61L 31/04
A61L 31/14
A61P 41/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
分子量が750以上20,000以下であるポリグルタミル基で修飾された修飾ヒアルロン酸及び/又はその塩を含み、前記修飾ヒアルロン酸及び/又はその塩がヒアルロニダーゼ分解耐性を有
し、
ヒアルロン酸の一構成単位に含まれるポリグルタミル基の数が0.0015以上0.5以下である、癒着防止材。
【請求項2】
前記ポリグルタミル基がγ-ポリグルタミル基である、請求項1に記載の癒着防止材。
【請求項3】
前記修飾ヒアルロン酸及び/又はその塩が溶液中に溶解している、請求項1
又は2に記載の癒着防止材。
【請求項4】
前記修飾ヒアルロン酸及び/又はその塩が粉末である、請求項1
又は2に記載の癒着防止材。
【請求項5】
ヒアルロン酸と分子量が750以上20,000以下であるポリグルタミン酸を反応させることを含む、ポリグルタミル基で修飾された、ヒアルロニダーゼ分解耐性を有する修飾ヒアルロン酸及び/又はその塩を含む癒着防止材の製造方法
であって、
前記ヒアルロン酸とポリグルタミン酸を反応させることにおいて、原料比でヒアルロン酸の一構成単位50モルあたり1モル以上のポリグルタミン酸をグラフトする、
癒着防止材の製造方法。
【請求項6】
カルボジイミド触媒の存在下、前記ヒアルロン酸と前記ポリグルタミン酸を反応させる、請求項
5に記載の癒着防止材の製造方法。
【請求項7】
前記ポリグルタミル基がγ-ポリグルタミル基である、請求項
5又は
6に記載の癒着防止材の製造方法。
【請求項8】
修飾ヒアルロン酸及び/又はその塩を含む溶液を調製することをさらに含む、請求項
5から
7のいずれか1項に記載の癒着防止材の製造方法。
【請求項9】
修飾ヒアルロン酸及び/又はその塩を粉末にすることをさらに含む、請求項
5から
7のいずれか1項に記載の癒着防止材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、癒着防止材及び癒着防止材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
開腹手術を行った際、本来は接着していない臓器や組織同士が接着する「癒着」が高確率で起こり、腹部の慢性的な痛み、腸閉塞、不妊症など様々な合併症を引き起こす要因となる。そのため、臓器や組織の間に癒着防止材を留置して物理的障壁を作り、組織間の直接的な摩擦や接触などを遮ることによって癒着を防止している。また、近年では、低侵襲治療を目的とした腹腔鏡手術が普及しつつあるが、腹腔鏡手術においても、癒着形成の防止が必要である。臨床の現場においは、Genzyme社のセプラフィルム(登録商標、例えば、特許文献1、2参照。)やテルモ社のアドスプレー(登録商標、例えば、特許文献3参照。)などの癒着防止材が用いられている。
【0003】
セプラフィルムは、ヒアルロン酸ナトリウムとカルボキシメチルセルロースを主原料としたフィルム状の癒着防止材である。しかし、強度が弱い上に親水性が高く、対象外の部位に一度接着すると、貼り直しが物理的に不可能である。また、乾燥時のセプラフィルムは可塑性に乏しいため、腹腔鏡手術において、腹腔内へセプラフィルムを送達することや、留置することは困難である。
【0004】
アドスプレーは、N-ヒドロキシコハク酸イミド(NHS)化カルボキシメチル(CM)デキストリン・トレハロース水和物の溶液と、炭酸ナトリウム・炭酸水素ナトリウムの溶液と、からなる二液混合性のin situゲル化型の癒着防止材である。そのため、アドスプレーは、腹腔鏡手術に対応できる。しかし、アドスプレーは、二液混合型であり、通常、混合してから1時間以内に使用する必要がある。そのため、手術直前あるいは手術中に煩雑な溶液調製が必要であるため、取り扱いが容易ではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特表平5-508161号公報
【文献】特表平6-508169号公報
【文献】特許6285413号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、手術中に取り扱いが容易な癒着防止材及び癒着防止材の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の態様によれば、分子量が750以上20,000以下であるポリグルタミル基で修飾された修飾ヒアルロン酸及び/又はその塩を含み、修飾ヒアルロン酸及び/又はその塩がヒアルロニダーゼ分解耐性を有する、癒着防止材が提供される。
【0008】
上記の癒着防止材において、ポリグルタミル基がγ-ポリグルタミル基であってもよい。
【0009】
上記の癒着防止材において、ヒアルロン酸の一構成単位に含まれるポリグルタミル基の数が0.0015以上0.5以下であってもよい。
【0010】
上記の癒着防止材において、修飾ヒアルロン酸及び/又はその塩が溶液中に溶解していてもよい。
【0011】
上記の癒着防止材において、修飾ヒアルロン酸及び/又はその塩が粉末であってもよい。
【0012】
また、本発明の態様によれば、ヒアルロン酸と分子量が750以上20,000以下であるポリグルタミン酸を反応させることを含む、ポリグルタミル基で修飾された、ヒアルロニダーゼ分解耐性を有する修飾ヒアルロン酸及び/又はその塩を含む癒着防止材の製造方法が提供される。
【0013】
上記の癒着防止材の製造方法において、カルボジイミド触媒の存在下、ヒアルロン酸とポリグルタミン酸を反応させてもよい。
【0014】
上記の癒着防止材の製造方法において、ポリグルタミル基がγ-ポリグルタミル基であってもよい。
【0015】
上記の癒着防止材の製造方法における、ヒアルロン酸とポリグルタミン酸を反応させることにおいて、原料比でヒアルロン酸の一構成単位50モルあたり1モル以上のポリグルタミン酸をグラフトしてもよい。
【0016】
上記の癒着防止材の製造方法が、修飾ヒアルロン酸及び/又はその塩を含む溶液を調製することをさらに含んでいてもよい。
【0017】
上記の癒着防止材の製造方法が、修飾ヒアルロン酸及び/又はその塩を粉末にすることをさらに含んでいてもよい。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、手術中に取り扱いが容易な癒着防止材及び癒着防止材の製造方法を提供可能である。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】修飾ヒアルロン酸のヒアルロニダーゼ分解耐性(経時分解の様子)を示す写真である。
【
図2】グラフト量の違いによる修飾ヒアルロン酸のヒアルロニダーゼ分解耐性の比較結果を示す写真である。
【
図4】各評価対象癒着防止材留置群における3匹の癒着のスコアの平均値を示すグラフである。
【
図5】正常ラット群の腹膜内腔側の組織片をヘマトキシリン-エオジン(HE)染色した写真と、マッソントリクローム(MT)染色した写真である。
【
図6】陽性コントロール群の腹膜内腔側の組織片をヘマトキシリン-エオジン(HE)染色した写真と、マッソントリクローム(MT)染色した写真である。
【
図7】セプラフィルム留置群の腹膜内腔側の組織片をヘマトキシリン-エオジン(HE)染色した写真と、マッソントリクローム(MT)染色した写真である。
【
図8】アドスプレー留置群の腹膜内腔側の組織片をヘマトキシリン-エオジン(HE)染色した写真と、マッソントリクローム(MT)染色した写真である。
【
図9】修飾ヒアルロン酸留置留置群の腹膜内腔側の組織片をヘマトキシリン-エオジン(HE)染色した写真と、マッソントリクローム(MT)染色した写真である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施形態を詳細に説明する。ただし、本開示の一部をなす記述及び図面はこの発明を限定するものであると理解するべきではない。本開示から当業者には様々な代替実施の形態、実施例及び運用技術が明らかになるはずである。
【0021】
本実施形態に係る癒着防止材は、分子量が750以上20,000以下であるポリグルタミル基で修飾された修飾ヒアルロン酸及び/又はその塩を含む。修飾ヒアルロン酸及び/又はその塩は、ヒアルロニダーゼ分解耐性を有する。本実施形態に係る癒着防止材は、癒着防止に有効量の修飾ヒアルロン酸及び/又はその塩を含む。以下、修飾ヒアルロン酸及び/又はその塩を、単に「修飾ヒアルロン酸」という場合がある。
【0022】
ヒアルロン酸は、N-アセチル-D-グルコサミン及びD-グルクロン酸の2糖による繰り返し構造からなる直鎖の多糖である。ヒアルロン酸の由来は特に制限されないが、例えば、ストレプトコッカス属やラクトコッカス属等の乳酸菌由来、鶏冠由来、及びヒト由来等が挙げられる。
【0023】
ヒアルロン酸の特性、分子量、及び分子量分布等は特に制限されない。平均分子量の下限の例としては、400以上、2,000以上、5,000以上、10,000以上、50,000以上、100,000以上、500,000以上、600,000以上、700,000以上、あるいは800,000以上が挙げられる。平均分子量の上限の例としては、10,000,000以下、8,000,000以下、6,000,000以下、4,000,000以下、3,000,000以下、あるいは2,500,000以下が挙げられる。なお、平均分子量が異なる市販のヒアルロン酸を2種以上混合して用いてもよい。
【0024】
ヒアルロン酸の平均分子量は、例えば、サイズ排除クロマトグラフィーと多角度光散乱検出器を組み合わせる方法(SEC/MALS、例えば、「国立医薬品食品衛生研究所告」,2003年,121巻,p.30-33)やMorgan-Elson法とCarbazol硫酸法の組み合わせ等により求めることができる(特開2009-155486号公報参照)。
【0025】
ヒアルロン酸のカウンターイオンの有無については、特に限定されず、例えば、遊離型、ナトリウムイオン、カリウムイオン、カルシウムイオン、マグネシウムイオン、及びアンモニウムイオン等が挙げられる。
【0026】
修飾ヒアルロン酸においては、下記化学式(1)で示すように、γ-ポリグルタミル基(以下、単に「γ-PGA」ともいう。)のようなポリグルタミル基がヒアルロン酸に結合している。ポリグルタミル基は、L-ポリグルタミル基であってもよい。修飾ヒアルロン酸は、ヒアルロン酸を、水溶性カップリング剤及び/又はカップリング補助剤を用いて、ポリグルタミン酸と反応させて得ることができる。理論に拘束されるものではないが、ポリグルタミル基の立体障壁が、ヒアルロニダーゼ等の分解酵素がヒアルロン酸を分解することを抑制するものと考えられる。
【化1】
【0027】
ポリグルタミン酸は、最終的に生体内で代謝可能な安全な物質であるものの、例えば体内にはポリグルタミン酸を基質とする直接的な分解酵素が存在しない部位があり得ること、ポリペプチドは抗原対象となりやすいこと、修飾後もヒアルロン酸の粘弾特性等の物理化学的特性に大きな変化を与えないことが好ましいこと、修飾後もヒアルロン酸の生理活性を維持させることが好ましいこと等に鑑み、修飾ヒアルロン酸の製造に用いられるポリグルタミン酸は、低分子型であることが好ましい。そのため、ポリグルタミン酸の分子量は、750以上20,000以下であり、750以上10,000以下であることが好ましく、1,000以上5,000以下であることがより好ましい。
【0028】
ヒアルロン酸にポリグルタミン酸を導入する際の水溶性カップリング剤及び/又はカップリング補助剤としては、例えば、1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩(EDAC)などの水溶性カルボジイミドが使用可能である。カルボジイミドは、カルボキシル基とアミンを結合させることが可能である。また、N-ヒドロキシスクシンイミド(NHS)又はその水溶性類似体(スルホ-NHS)を用いて、カルボキシル基にNHSエステルを導入した後、アミンと結合させてもよい。
【0029】
あるいは、ヒアルロン酸のN-アセチルグルコサミンのアセチルアミノ基を脱アセチル化してアミノ基に変換し、当該アミノ基と、ポリグルタミン酸のカルボキシル基とをアミド結合させることによっても、ヒアルロン酸をポリグルタミル基で修飾することが可能である。
【0030】
また、修飾ヒアルロン酸の製造方法においては、凍結乾燥により修飾ヒアルロン酸の粉末を得る工程をさらに含むことができる。あるいは、修飾ヒアルロン酸にアルコールを添加して、沈殿物を得る工程をさらに含むことができる。ここで、アルコールとしては、例えば、メタノール、及びエタノールが挙げられ、エタノールが好ましい。修飾ヒアルロン酸にアルコールを添加して、修飾ヒアルロン酸及び/又はその塩の沈殿物を得ることにより、残存する試薬と分離した修飾ヒアルロン酸を得ることができる。また、修飾ヒアルロン酸の純度を、水中での透析等によりさらに上げることができる。
【0031】
修飾ヒアルロン酸及び/又はその塩においては、ヒアルロン酸の一構成単位に含まれるポリグルタミル基の数が0.0015以上0.5以下であることが好ましく、0.002以上0.5以下であることがより好ましく、0.01以上0.2以下であることがよりさらに好ましい。ここで、「ヒアルロン酸の一構成単位」とは、グルクロン酸とN-アセチルグルコサミンとの二糖からなる一構成単位を意味する。
【0032】
修飾ヒアルロン酸及び/又はその塩において、ヒアルロン酸の一構成単位に含まれるポリグルタミル基の数が0.0015以上0.5以下であることにより、ヒアルロニダーゼ等の体内の分解酵素に対する分解抵抗性が得られ、かつ、ヒアルロン酸が本来有する生理活性や粘弾特性を維持しやすい傾向にある。
【0033】
また、ヒアルロン酸の一構成単位に含まれるポリグルタミル基の数が多いほど、生体内に配置された癒着防止材の残存時間が長くなり、ヒアルロン酸の一構成単位に含まれるポリグルタミル基の数が少ないほど、生体内に配置された癒着防止材の残存時間が短くなる傾向にある。したがって、目的に応じて、ヒアルロン酸の一構成単位に含まれるポリグルタミル基の数を調整することにより、生体内に配置された癒着防止材の残存時間を調整することが可能である。
【0034】
修飾ヒアルロン酸及び/又はその塩において、ヒアルロン酸の一構成単位に含まれるポリグルタミル基の数は、ビシンコニン酸(BCA:Bicinchoninic acid)法や、1H-NMRスペクトル解析によって同定することができる。
【0035】
ヒアルロン酸溶液を製造する際、ヒアルロン酸を溶解する溶媒の種類については、ヒアルロン酸を均一に溶解させる液体であれば特に限定されないが、水が好ましく用いられる。
【0036】
ヒアルロン酸溶液におけるヒアルロン酸の濃度については、ヒアルロン酸を溶解できる範囲であれば特に限定されない。用いるヒアルロン酸の分子量が高いほど、溶解できるヒアルロン酸濃度の上限は低下し、例えば、0.001~10%(w/v)で行うことができる。
【0037】
修飾ヒアルロン酸の分解を測定する方法としては、特に限定されないが、例えば、修飾ヒアルロン酸は、低分子化するにつれて水溶液の粘性が低下することから、修飾ヒアルロン酸水溶液の粘度を測定する方法が簡便な方法として用いることができる。その他、サイズ排除クロマトグラフィーと多角度光散乱検出器を組み合わせる方法やMorgan-Elson法とCarbazol硫酸法の組み合わせる方法も利用することができる。
【0038】
修飾ヒアルロン酸及び/又はその塩の水溶液の動粘度は、ウベローデ粘度計(柴田科学器械工業社製)を用いて測定することができる。この際、流下秒数が200~1,000秒になるような係数のウベローデ粘度計を選択する。ウベローデ粘度計により測定された前記水溶液の流下秒数と、ウベローデ粘度計の係数との積により、動粘度(単位:mm2/s)を求めることができる。
【0039】
本実施形態に係る癒着防止材は、修飾ヒアルロン酸に加えて、その他の天然素材、防腐剤、及び機能性素材等を含んでいてもよい。
【0040】
本実施形態に係る癒着防止材は、湿潤剤、乳化剤、ラウリル硫酸ナトリウム及びステアリン酸マグネシウムのような滑沢剤、着色剤、放出剤、コーティング剤、保存剤、並びに抗酸化剤をさらに含んでいてもよい。
【0041】
薬学的に許容可能な抗酸化剤の例は、(1)アスコルビン酸、塩酸システイン、硫酸水素ナトリウム、二亜硫酸ナトリウム、及び亜硫酸ナトリウムなどのような水溶性の抗酸化剤、(2)アスコルビルパルミテート、ブチル化ヒドロキシアニソール(BHA)、ブチル化ヒドロキシトルエン(BHT)、レシチン、プロピルガレート、及びアルファ-トコフェロールなどのような油溶性の抗酸化剤、並びに(3)クエン酸、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)、ソルビトール、酒石酸、及びリン酸などのような金属キレート剤が挙げられる。
【0042】
本実施形態に係る癒着防止材は、粉末として提供されてもよいし、溶液として提供されてもよい。本実施形態に係る癒着防止材が粉末として提供される場合、生理的食塩水等の溶媒に粉末を溶解して得られた溶液が、癒着防止剤として使用される。本実施形態に係る癒着防止材が溶液として提供される場合、そのまま使用することが可能である。本実施形態に係る癒着防止材が溶液である場合、一液型でよい。そのため、二液型のように、手術直前に二つの溶液を混合しなくともよい。
【0043】
本実施形態に係る癒着防止材は、開腹手術後の癒着防止にも利用可能であるし、腹腔鏡手術後の癒着防止にも利用可能である。本実施形態に係る癒着防止材の適用方法は特に限定されないが、癒着を防止したい部位に、本実施形態に係る癒着防止材を滴下してもよいし、塗布してもよいし、噴霧してもよいし、注入してもよい。
【0044】
以下、実施例及び比較例により本実施形態をさらに具体的に説明する。ただし、本発明の技術的範囲は、以下の実施例により何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0045】
(実施例1:修飾ヒアルロン酸の合成及びヒアルロニダーゼ耐性評価)
以下の手順で、γ-ポリグルタミン酸と、ヒアルロン酸の一構成単位と、の理論配合モル比を変えて、γ-ポリグルタミル基の含有率が異なる修飾ヒアルロン酸を合成した。γ-ポリグルタミン酸と、ヒアルロン酸の一構成単位と、の理論配合モル比を1:5とする場合、100mLビーカーにヒアルロン酸(HA200、分子量2,000kDa、キッコーマンバイオケミファ社製)を終濃度が4.2mg/mLとなるように50mmol/Lリン酸緩衝液(pH6.0)25mLに溶解させ、さらにカルボジイミド触媒であるEDAC(同仁化学研究所社製)を終濃度が0.4mg/mLとなるように攪拌しながら加えた。さらに、γ-ポリグルタミン酸(分子量1,500~5,000、シグマ-アルドリッチ社製)を終濃度が7.3mg/mLとなるように加えて反応液とし、25℃、1440分間保持した。ここで、「理論配合モル比」とは、原料比のことであり、換言すればカップリング効率が100%であると仮定した場合のモル比である。
【0046】
γ-ポリグルタミン酸と、ヒアルロン酸の一構成単位と、の理論配合モル比が1:10である修飾ヒアルロン酸を製造するための反応液、1:50である修飾ヒアルロン酸を製造するための反応液、1:100である修飾ヒアルロン酸を製造するための反応液も調製した。これらの反応液の調製方法においては、反応試薬の濃度を表1に示すように変更した以外は、γ-ポリグルタミン酸と、ヒアルロン酸の一構成単位と、の理論配合モル比が1:5である修飾ヒアルロン酸を製造するための反応液と同様の方法で合成した。
【0047】
次いで、25℃、1,440分間保持した反応液を大過剰量の蒸留水(ミリQ水)に対して48時間、分画分子量(MWCO)が8,000の透析膜で透析し、透析終了後、凍結乾燥法により、上記一般式(1)で表されるγ-ポリグルタミル基を含む修飾ヒアルロン酸を256mg得た。
【表1】
【0048】
表1中のPGAはγ-ポリグルタミン酸を意味し、実質グラフト量は、ビシンコニン酸法(文献;Smith, P.K., et al. (1985) Anal. Biochem. 150, 76-85. 参照)によるタンパク質含有量を測定することにより求めた。
【0049】
(実施例2:修飾ヒアルロン酸のヒアルロニダーゼ耐性評価)
得られた修飾ヒアルロン酸を蒸留水(ミリQ水)に10mg/mLとなるように溶解した。この溶液20μLに0.2mol/Lリン酸ナトリウム緩衝液(pH5.5)50μL、ウシ血清アルブミン1.0mg/mL(20μL)及び水105μLを加えた。さらに、溶液に、ヒアルロニダーゼ(ヒツジ精巣由来 生化学工業社製)を終濃度0.025mg/mL溶液(0.05mol/Lリン酸ナトリウム緩衝液;pH5.5)となるように1.0mg/mL溶液5μLを加えた。修飾ヒアルロン酸の終濃度は1.0mg/mLであり、ウシ血清アルブミンの終濃度は0.1mg/mLであった。ヒアルロニダーゼ添加後、37℃で0分、15分、30分、及び1時間インキュベートした。
【0050】
各サンプル100μLを分取し、NaOHでpHを8とし、95℃で5分間熱処理し、ヒアルロニダーゼ反応を停止させた。対照として酵素非添加群も同様に行った。
【0051】
それぞれSDS-PAGEに供して、修飾ヒアルロン酸の分子量の変化、分解産物の生成パターンを観察した(Stains All染色、コスモバイオ社製)。Stains All染色の条件は、製品に添付された技術資料の通りである。
【0052】
無修飾のヒアルロン酸の耐分解性と、修飾ヒアルロン酸(γ-ポリグルタミン酸と、ヒアルロン酸の一構成単位と、の理論配合モル比が1:5)の耐分解性と、を比較した。
図1に示すように、無修飾のヒアルロン酸は、ヒアルロニダーゼとのインキュベーション時間が15分を超えると、ほぼ完全に分解された。これに対し、修飾ヒアルロン酸は、同条件下でほとんど分解されなかった。
【0053】
次に、γ-ポリグルタミン酸のグラフト量の違いによる耐分解性を比較したところ、
図2に示すようにグラフト量の増加に伴い耐分解性が向上し、特にグラフト量1:50以上の修飾ヒアルロン酸が優れたヒアルロニダーゼ耐性を示すことが明らかとなった。なお、カップリング効率を考慮すると、原料モル比1/50でγ-ポリグルタミン酸を配合されて製造された修飾ヒアルロン酸における、γ-ポリグルタミル基のモル比は、およそ1/500であると考えられる。また、原料モル比1/100でγ-ポリグルタミン酸を配合されて製造された修飾ヒアルロン酸における、γ-ポリグルタミル基のモル比は、およそ1/1000であると考えられる。
【0054】
(実施例3:腹膜擦過モデルの評価対象癒着防止材の準備)
腹膜擦過モデルにおいては、擦過処理された腹膜と臓器の間に評価対象癒着防止材を留置する。そのため、フィルム状やゲル状といった、様々な形態や操作性を有する評価対象癒着防止材を比較評価する上で、評価対象癒着防止材の留置、外科的処置が行いやすく、評価対象癒着防止材の癒着防止効果を評価しやすいモデルである。
【0055】
(i:修飾ヒアルロン酸)
分子量2,000kDaのヒアルロン酸を0.05mol/Lのリン酸ナトリウム緩衝液(NaPB)(pH=5.8)で溶解し、4℃で一晩静置することによって膨潤させた。翌日、1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩(EDAC)とNHSを添加し、遮光下において37℃で30分間攪拌した。30分後、γ-ポリグルタミン酸(分子量1,500~5,000、シグマ-アルドリッチ社製)を添加し、遮光下において24時間反応させた。反応終了後、分画分子量300kDaの透析膜を用いて48時間透析を行った。この際、始めの24時間は0.1mol/LのNaPBを1.5Lを用いて透析を行い、後の24時間はMilli-Q水3Lを用いて透析を行った。それぞれの溶液は24時間のうち3回交換した。その後、凍結乾燥で得た修飾ヒアルロン酸を0.45%NaCl、0.7%NaHCO3で10mg/mLに溶解し、0.45μmのフィルターで濾過滅菌して、ゲル状の修飾ヒアルロン酸溶液を得た。
【0056】
(ii:セプラフィルム)
科研製薬株式会社よりセプラフィルムを購入した。パッケージを無菌的に開封し、約2cm×2cmの正方形にセプラフィルムをトリミングした。
【0057】
(iii:アドスプレー)
テルモ株式会社よりアドスプレーを購入し、取扱説明書に従ってゲル状の溶液を調製した。また、後述するラットへの噴霧量については、ヒトに使用時、製品1本を消費することを参考にして、体重比から換算した約200μLとした。
【0058】
(実施例4:評価対象癒着防止材の留置)
東京電機大学動物実験管理運用委員会の承認の下、以下の動物実験を行った。最初にSprague-Dawley (SD)ラット(4週齢、雄)にイソフルランを用いて麻酔をかけた。ラットの上半身側の皮膚がつながった形で一辺が2cmとなるようにコの字型にラットの腹部を切開した。露出した腹膜表面を3分間擦過し、約5分間放置した後、再度3分間擦過した。その後、抗生物質含有の生理食塩水で擦過創をリンスした。開腹から閉腹までの時間は15分間に統一し、閉腹時に評価対象癒着防止材のそれぞれを露出した消化管と腹膜の間に留置した。
【0059】
セプラフィルムについては、消化管側に留置した。アドスプレーについては、腹膜と消化管に噴霧した。修飾ヒアルロン酸については、腹膜側に約100μL、臓器側に約100μLを、シリンジを用いて塗布した。サンプル留置後、切開部分の皮膚を縫合した。飼育期間中、飼料としてCE-2(日本クレア)をラットに5個/日で与え、抗生物質含有の滅菌済み水道水を飲料水としてラットに与えた。
【0060】
評価対象癒着防止材を留置した後の飼育期間中、全ての評価群のラットにおいて、飼料及び飲料水ともに一定量摂取していた。また、目視により、正常に動き回る様子も観察できた。また、飼育期間中の動物の体重変化については、全群において、大きな差は見られなかった。このことから、いずれの評価対象癒着防止材も動物の健康状態に影響及ぼさなかったことが推察された。評価対象癒着防止材を留置してから7日目にラットを解剖した。各実験群は3匹の動物を用いて行った。
【0061】
(実施例5:解剖学的評価)
安楽死させたラットの腹部を切開し、腹膜と消化管における癒着の有無を肉眼的に観察した。腹腔内に形成された癒着の評価対象エリアは、当初に擦過した腹腔内表面のみに限定し、縫合部の癒着形成は除外した。腹部を切開されたラットの代表的な写真を
図3に示した。
【0062】
いずれの評価対象癒着防止材も留置しなかった陽性コントロール群において、腹膜と臓器の間で癒着が観察された。セプラフィルム留置群及びアドスプレー留置群においては、陽性コントロール群と比較して癒着範囲は小さかった。さらに、両群ともに腹膜と消化管との癒着はほとんど見られず、肝臓とのみ癒着が見られた。この結果から、セプラフィルム及びアドスプレーを使用した場合、肝臓と腹膜との間で癒着が起こりやすいことが明らかになった。修飾ヒアルロン酸留置群においては、癒着は全く確認されなかった。
【0063】
観察された癒着の程度を以下の評価基準で点数化した。
見かけ上の癒着形成を認めず:0点
評価面積の25%未満に癒着形成を認める:1点
評価面積の50%未満に癒着形成を認める:2点
評価面積の75%未満に癒着形成を認める:3点
評価面積の75%以上に癒着形成を認める:4点
上記評価基準で点数化した、各評価対象癒着防止材留置群における3匹の癒着のスコアの平均値を
図4に示す。
【0064】
セプラフィルム留置群及びアドスプレー留置群のスコアは、陽性コントロール群のスコアと比較して低かった。また、セプラフィルム留置群のスコアと比較して、アドスプレー留置群のスコアの方が低かった。したがって、フィルム状の癒着防止材と比較して、ゲル状の癒着防止材の方が、癒着防止効果が高いことが示唆された。修飾ヒアルロン酸留置群のスコアは、アドスプレー留置群のスコアよりさらに低かった。したがって、修飾ヒアルロン酸には、優れた癒着防止効果があることが示された。
【0065】
以上の結果から、ゲル状の癒着防止材は不定形状のため、消化管蠕動などにより消化管の間などに広がりやすいことが示唆された。一方、シート状の癒着防止剤は、臓器の表面のみしか覆うことができず、消化管の間に入り込めないことが示唆された。
【0066】
(実施例6:組織学的評価)
癒着形成の程度を観察後、皮膚全層を剥離し、腹膜内腔側の組織片を採取した。採取した組織片を、4%パラホルムアルデヒドを用いて固定後、水洗工程を経てエタノール及びキシレン系で脱水し、パラフィンに包埋した。パラフィン包埋された組織片を、ミクロトームにて厚さ8μmに薄切し、ヘマトキシリン-エオジン(HE)染色、及びマッソントリクローム(MT)染色により組織学的評価を行った。
【0067】
腹膜を擦過しなかった正常ラット群の腹膜においては、
図5の左図に示すように、単層扁平上皮である中皮細胞が筋層の表面に確認された。また、
図5の右図に示す中皮細胞とその直下の結合組織の間や、筋線維の間にのみ、青色に染色されたコラーゲン層が、カラーの原図では観察された。
【0068】
陽性コントロール群においては、
図6の左図に示すように、擦過創跡において、炎症細胞や線維芽細胞などで腹膜組織が肥厚化し、小腸と結合している様子が観察された。これらの組織学的データは、解剖学的所見で見られた癒着形成の存在を裏付けた。さらに、
図6の右図より、再生組織と筋層との境界付近において、コラーゲン線維による基質化が確認された。しかし、小腸との結合部付近はあまり青く染色されていないことから、コラーゲンによる線維化が遅れ、炎症反応が持続していることが示唆された。
【0069】
セプラフィルム留置群では、
図7の左図に示すように、腹膜組織の肥厚化が観察された。また、再生組織が多孔質状で観察されたことから、セプラフィルムが分解吸収過程であり、セプラフィルム内部に侵入してきた炎症細胞や線維芽細胞によって組織へ順次置換されていることが示唆された。また、筋層では炎症細胞や線維芽細胞が深部まで侵入している様子が確認された。このことから、術後1週間において炎症が継続していることが示唆された。
図7の右図では、オリジナルのカラー図面では再生組織があまり青く染色されておらず、この時点においてはコラーゲンによる線維化はあまり進んでいないことが示唆された。一方、筋層においては線維芽細胞の侵入を認め、コラーゲン線維による基質化が観察された。
【0070】
アドスプレー留置群では、
図8の左図に示すように、腹膜組織の肥厚化が観察された。また、肝臓との癒着部においては、肝臓の組織内に炎症細胞が侵入し、肝臓と直接結合している様子が確認された。癒着部の表層では、大型で立方状の細胞が多く観察された。これは腹腔内へ遊走してきたマクロファージであることが示唆された。マクロファージの存在が確認されたことから、炎症反応が継続していることが示唆された。また、組織学的評価においてはアドスプレーの痕跡が確認されなかったことから、術後1週間でアドスプレーは分解吸収されたことが示唆された。また、
図8の右図に示すように、擦過創の修復部分がオリジナルのカラー図面ではMT染色で青色に染まっていることから、線維化を伴いながら再生している様子が確認できた。癒着が起こっていない領域においても、全体的にかなり線維化を伴っていた。そのため、アドスプレー留置群の再生機構は、セプラフィルム留置群とは異なることが示唆された。
【0071】
修飾ヒアルロン酸留置群では、
図9の左図に示すように、正常組織と比較して腹膜組織の肥厚化が観察された。しかし、陽性コントロール群やセプラフィルム留置群及びアドスプレー留置群と比較して再生組織の厚みが薄いことから、修飾ヒアルロン酸は、組織の肥厚化を抑えられる可能性が示唆された。また
図9の右図に示すように、再生組織の部分ではコラーゲンによる線維化が観察された。さらに、修飾ヒアルロン酸の痕跡が、多孔質状の部分として確認された。これらの結果から、術後1週間において、修飾ヒアルロン酸が分解吸収過程で残存していることが示された。
【0072】
組織学的評価の結果より、評価対象癒着防止材ごとに組織の修復過程が異なることが示された。また、評価対象癒着防止材の残存性は組織再生と関係する場合があり、生体吸収性が遅く、分解されにくいセプラフィルムは、残存性が高く、組織の再生が遅かった。これに対し、生体吸収性の早く、分解されやすいアドスプレーは、残存性が低く、組織再生が早かった。しかし、アドスプレーの方がセプラフィルムより癒着防止効果があったが、依然として癒着形成が観察された。これに対し、修飾ヒアルロン酸は、術後1週間を経ても残存しており、かつ組織再生が早かった。また、修飾ヒアルロン酸は、優れた癒着防止効果を示した。