(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-05
(45)【発行日】2024-03-13
(54)【発明の名称】人工血管
(51)【国際特許分類】
A61F 2/06 20130101AFI20240306BHJP
【FI】
A61F2/06
(21)【出願番号】P 2019200733
(22)【出願日】2019-11-05
【審査請求日】2022-08-16
(73)【特許権者】
【識別番号】000001339
【氏名又は名称】グンゼ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000914
【氏名又は名称】弁理士法人WisePlus
(72)【発明者】
【氏名】松村 剛毅
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 秀樹
(72)【発明者】
【氏名】石川 美枝子
【審査官】寺澤 忠司
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-130179(JP,A)
【文献】特開2009-160079(JP,A)
【文献】特開2001-078750(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2005/0288767(US,A1)
【文献】特開2017-029300(JP,A)
【文献】特開2008-237896(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61F 2/06-2/07,2/82-2/945
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体吸収性材料からなる発泡体を生体吸収性材料からなる補強材A及び生体吸収性材料からなる糸によって構成される補強材Bによって強化したチューブ状の人工血管であって、
前記発泡体は、孔径が5μm以上100μm以下であり、
前記補強材Aは、不織布状体、フィルム状体、又は、繊維を編織成した横編地、縦編地若しくは織地であり、
前記補強材Bは、断面直径0.1mm以上1mm以下のモノフィラメント糸からなり
、
螺旋状、リング状又はX字状の巻回部位と、前記人工血管の長手方向と平行な方向に張られた縦糸部位とを有し、
前記縦糸部位は前記巻回部位と結ばれており、
前記人工血管は、前記発泡体の内部に前記補強材A及び補強材Bを有する複合体であ
る人工血管。
【請求項2】
前記巻回部位が互いに巻きが逆方向となるように組み合わされた1組の螺旋状の前記生体吸収性材料からなる糸によって構成されており、前記糸の交点が縦糸部位を構成する糸によって結ばれてい
る請求項1記載の人工血管。
【請求項3】
前記生体吸収性材料からなる糸が、ポリ-L-ラクチド、ラクチド(D、L、DL体)-ε-カプロラクトン共重合体及びグリコール酸-ε-カプロラクトン共重合体からなる群から選択される少なくとも1種からな
る請求項1又は2記載の人工血管。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞の侵入効率とつぶれにくさとを両立するとともに、極めて高い効率で血管を再生することができる人工血管に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、臨床において人工血管として最も使用されているのは、ゴアテックス等の非吸収性高分子を用いたものである。このような人工血管は、極めて血管に近い物性を発揮させることができ、短期的な血管の再建術には一定の成果をあげている。しかしながら、非吸収性高分子を用いた人工血管は、移植後長期にわたって異物が体内に残存することから、継続的に抗凝固剤等を投与しなければならないという問題があった。また、小児に使用した場合、成長に伴って改めて手術する必要が生じるという問題もあった。
【0003】
これに対して近年、いわゆる再生医療による組織再生方法が試みられている。再生医療とは、広義で細胞、あるいは細胞を組み込んだ機器等を患者の体内に移植することで、損傷した臓器や組織を再生し、失われた人体機能を回復させる医療である。
再生医療については、例えば皮膚(非特許文献1)や軟骨(非特許文献2)をはじめとする種々の組織について多くの研究例が報告されている。
【0004】
このような再生医療を血管再生術に応用すべく本願発明者らは、生体吸収性高分子からなる発泡体に、芯材として生体吸収性高分子からなる補強材を組み込んだ血管再生基材を開発した(特許文献1)。この血管再生基材においては、発泡体が侵入した細胞をしっかりと接着できる足場となり、かつ、補強材が移植後に血管が再生するまでの期間、血流に耐えて強度を保たせる役割を果したり、縫合に耐える補強材の役目も果たしたりする。発泡体と補強材とが共に生体吸収性高分子からなることにより血管再生後には材料が吸収されることから抗凝固剤等の継続的な使用は不要となる。更に、再生された血管は自己組織であるため成長も期待できる。
【0005】
人工血管を移植したときに血管組織が再生できるかは、人工血管への細胞の侵入のし易さと、血管組織が再生するまでに狭窄が生じないことにかかっている。細胞を侵入し易くするためには、人工血管の材料が柔軟で吸水性が高いことが求められる。一方、組織の再生過程において、増殖した細胞が内腔方向への張力を発揮してしまうために狭窄が生じることから、人工血管のチューブ形状がつぶれにくい機械的強度を有すること、即ち、チューブ状体を圧縮したときに高い圧縮弾性率を発揮し、口径を維持することが求められる。このように、柔軟で吸水性が高いことと圧縮弾性率が高いこととはトレードオフの関係にあり、両立の難しい課題であった。更に、人工血管の圧縮弾性率が長期間にわたって高い場合には、再生した血管が硬くなってしまう「石灰化」が発生しやすいという問題もあった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【非特許文献】
【0007】
【文献】ML.Cooper,L.F.Hansbrough,R.L.Spielvogel et.al,Biomaterials,12:243-248,1991
【文献】C.A.Vacanti,R.langer,et al,Plast.Reconstr.Surg,88:753-759,1991
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
この問題に対して、生体吸収性材料からなる発泡体を生体吸収性材料からなる補強材及び生体吸収性材料からなる補強糸によって強化したチューブ状の人工血管が提案されている。このような構造を有する人工血管とすることにより、高い吸水性と潰れにくさを両立することができる。しかしながら、人工血管は心血管等の重要器官に用いられることもあることから、更なる安全性の向上を図るためにより潰れにくい人工血管が求められている。
【0009】
本発明は、細胞の侵入効率とつぶれにくさとを両立するとともに、極めて高い効率で血管を再生することができる人工血管を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、生体吸収性材料からなる発泡体を生体吸収性材料からなる補強材A及び生体吸収性材料からなる糸によって構成される補強材Bによって強化したチューブ状の人工血管であって、前記補強材Aは、不織布状体、フィルム状体、又は、繊維を編織成した横編地、縦編地若しくは織地であり、前記補強材Bは、断面直径0.1mm以上1mm以下のモノフィラメント糸からなり、前記補強材Bは、螺旋状、リング状又はX字状の巻回部位と、前記人工血管の長手方向と平行な方向に張られた縦糸部位とを有し、前記人工血管は、前記発泡体の内部に前記補強材A及び補強材Bを有する複合体である人工血管である。
以下に本発明を詳述する。
【0011】
本発明者らは鋭意検討した結果、驚くべきことに、従来柔軟性が必要であると考えられていた基材の長手方向の柔軟性を敢えて抑えることで、より潰れ難くなり、血管再生効率が高まることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0012】
本発明の人工血管は、生体吸収性材料からなる発泡体を生体吸収性材料からなる補強材A及び生体吸収性材料からなる糸によって構成される補強材Bによって強化したチューブ状の人工血管である。
このような構成とすることにより、上記発泡体が侵入した細胞がしっかりと接着できる足場となり、かつ、上記補強材A及びBが移植後に血管が再生するまでの期間、血流に耐えて強度を保たせることができる。また、発泡体と補強材A及びBとが共に生体吸収性高分子からなることにより、血管再生後には材料が吸収されることから抗凝固剤等の継続的な使用は不要となる。更に、再生された血管は自己組織であるため成長も期待できる。
【0013】
本発明の人工血管は、上記発泡体の内部に上記補強材A及び補強材Bを有する複合体である。
このような構造により、上記補強材A及びBが強度を保たせる役割を充分に発揮することができ、また、血管の内側から再生を進めて早期の血管再生を行うことができる。なかでも、上記補強材A及びBは上記発泡体の厚み方向の中心に位置する、つまり、本発明の人工血管であるチューブ状体の中心に位置することが好ましい。なお、ここで複合体とは、補強材A及びBと発泡体とが一体化されて容易に分離することができないような状態のものを指す。
【0014】
上記発泡体を構成する生体吸収性材料としては、例えば、ポリグリコリド、ポリラクチド(D、L、DL体)、ポリカプロラクトン、グリコリド-ラクチド(D、L、DL体)共重合体、グリコリド-ε-カプロラクトン共重合体、ラクチド(D、L、DL体)-ε-カプロラクトン共重合体、ポリ(p-ジオキサノン)、グリコリド-ラクチド(D、L、DL体)-ε-カプロラクトン共重合体等が挙げられる。これらは単独で用いられてもよく、2種以上が併用されてもよい。
【0015】
上記発泡体は、ラクチド(D、L、DL体)の含有量が50~54モル%、ε-カプロラクトンの含有量が50~46モル%であるラクチド(D、L、DL体)-ε-カプロラクトン共重合体からなることが好ましい。
このような組成比のラクチド(D、L、DL体)-ε-カプロラクトン共重合体を用いることにより、充分量の細胞侵入数を確保できる柔軟性、吸水性と、狭窄が生じ難い高い圧縮弾性率とを兼ね備えることができる。ラクチド(D、L、DL体)の含有量が50モル%以上であると(ε-カプロラクトンの含有量が50モル%未満であると)、チューブ状体を圧縮するときの圧縮弾性率が高くなり、狭窄をより生じ難くすることができる。また、ラクチド(D、L、DL体)の含有量が54モル%以下であると(ε-カプロラクトンの含有量が46モル%より多いと)、柔軟性が高まることで吸水率が高くなり、より細胞を侵入させやすくすることができる。
なお、本明細書において上記ラクチド(D、L、DL体)-ε-カプロラクトン共重合体の組成比は、1種の共重合体のみを用いて該共重合体における各成分の組成比が上記範囲を満たすものであってもよく、組成比の異なる複数の種類の共重合体を併用して該複数の種類の共重合体全体としての各成分の組成比が上記範囲を満たすものであってもよい。
【0016】
上記発泡体は、親水化処理が施されていてもよい。親水化処理を施すことにより、細胞懸濁液と接触させたときに速やかにこれを吸収することができ、細胞をより効率よく均一に侵入させることができる。
上記親水化処理としては特に限定されず、例えば、プラズマ処理、グロー放電処理、コロナ放電処理、オゾン処理、表面グラフト処理又は紫外線照射処理等が挙げられる。なかでも、人工血管用基材の外観を変化させることなく吸水率を飛躍的に向上できることからプラズマ処理が好適である。
【0017】
上記発泡体の孔径は、侵入した細胞が適当に接着し増殖することができるとともに、心血管系組織に移植した場合であってもほとんど血液漏れしない程度であることが必要であり、具体的には好ましい下限は5μm、好ましい上限は100μmである。発泡体の孔径が5μm以上であると、細胞を発泡体の孔内に侵入しやすくすることができる。また、発泡体の孔径が100μm以下であると、移植したときに血液漏れを生じ難くすることができる。上記発泡体の孔径のより好ましい下限は10μm、より好ましい上限は50μmである。
なお、上記微細小孔の平均孔径は、例えば、水銀圧入法や画像解析法等の従来公知の方法により測定することができる。
【0018】
上記発泡体は、厚みの下限が0.2mm、上限が3.0mmであることが好ましい。
このような厚みの発泡体を用いることにより、充分量の細胞侵入数を確保できる柔軟性、吸水性と、狭窄が生じ難い高い圧縮弾性率とを兼ね備えることができる。上記発泡体の厚みが0.2mm以上であると、圧縮弾性率が高くなり、狭窄をより起こし難くすることができ、3.0mm以下であると、柔軟性が高まることで吸水率が高くなり、より細胞を侵入させやすくすることができる。上記発泡体の厚みのより好ましい下限は0.4mm、より好ましい上限は1.2mmである。
【0019】
上記発泡体の厚みを調整する方法としては特に限定されず、例えば、後述する製造方法にて本願発明の人工血管を製造する際に、上記発泡体を形成する生体吸収性材料の溶液の濃度や量を調整する方法等が挙げられる。
【0020】
上記補強材Aは、不織布状体、フィルム状体、又は、繊維を編織成した横編地、縦編地若しくは織地である。
上記形状の補強材とすることで、補強材としての役割を充分に発揮することができる。
【0021】
上記補強材Aは、ポリグリコリド、ポリラクチド(D、L、DL体)、ポリカプロラクトン、グリコール酸-ラクチド(D、L、DL体)共重合体、グリコール酸-ε-カプロラクトン共重合体、ラクチド(D、L、DL体)-ε-カプロラクトン共重合体及びポリ(p-ジオキサノン)からなる群から選択される少なくとも1種からなることが好ましい。
【0022】
上記補強材Aは、生体吸収性材料でコーティングされた生体吸収性繊維からなることが好ましい。このような生体吸収性材料でコーティングされた生体吸収性繊維を用いることにより、柔軟性、吸水性と、狭窄が生じないチューブ状体を圧縮したときの高い圧縮弾性率とを両立することができる。
上記生体吸収性材料でコーティングされた生体吸収性繊維としては特に限定されないが、例えば、ラクチド(D、L、DL体)-ε-カプロラクトン共重合体でコーティングされたポリグリコリド繊維が好適である。
【0023】
上記コーティングの方法としては特に限定されず、例えば、ポリグリコリド繊維をラクチド(D、L、DL体)-ε-カプロラクトン共重合体の溶液中に浸漬して引き上げた後乾燥させてから補強材を形成する方法、ポリグリコリド繊維を用いて補強材を形成した後、ラクチド(D、L、DL体)-ε-カプロラクトン共重合体の溶液中に浸漬して引き上げてから乾燥させる方法等が挙げられる。
【0024】
上記補強材Aは、生体吸収性のマルチフィラメント糸に撚りをかけた撚糸からなることが好ましい。このような撚糸を用いることにより、柔軟性、吸水性と、狭窄が生じ難い高い圧縮弾性率とを兼ね備えることができる。
【0025】
上記撚糸の撚りとしては、S撚り350T/m以上、Z撚り220T/m以上であることが好ましい。
【0026】
上記補強材Bは、螺旋状、リング状又はX字状の巻回部位を有する。
補強材Bが巻回部位と後述する縦糸部位を有することで、得られる人工血管がよりつぶれにくくなるとともに、血管再生効率を向上させることができる。なかでも、より高い圧縮弾性率と血管再生効率を発揮できることから、螺旋状が好ましく、互いに巻きが逆方向となるように組み合わされた1組の螺旋状であることがより好ましい。
【0027】
上記巻回部位が螺旋状又はリング状である場合、その巻回ピッチの好ましい下限は1mm、好ましい上限は10mmである。上記巻回ピッチが1mm以上であると、石灰化を抑えて血管再生効率をより向上させることができ、10mm以下であると、より補強効果を高めることができる。上記補強糸の巻回ピッチのより好ましい下限は2mm、より好ましい上限は8mmである。
【0028】
上記補強材Bは、上記人工血管の長手方向と平行な方向に張られた縦糸部位を有する。
従来の人工血管では、実際の血管も伸縮することから人工血管の長手方向、つまり、チューブの伸びる方向についてはある程度の伸縮性をもたせた方が血管再生効率の向上が図れると考えられていた。しかしながら、本発明者らは人工血管の長手方向に伸縮性を持たせることで、人工血管の狭窄が起きやすくなり、血管再生効率が低下することを見出した。本発明では縦糸部位によって基材の長手方向の伸縮を制限することで、従来の人工血管よりもより狭窄が起き難くなり、血管再生効率を向上させることができる。上記縦糸部位は1本のみであってもよく、複数本であってもよいが、基材の長手方向の伸縮をより抑える観点から2本以上であることが好ましい。
なおここで「長手方向と平行な方向に張られた」とは、基材に力を加えない状態で縦糸部位にたるみがなく、縦糸部位の伸びる方向が基材の長手方向と平行である状態のことを指す。また、他の部位と結ばれている等によって縦糸部位が直線状となっていない場合であっても、縦糸部位にたるみが生じておらず、縦糸部位の伸びる方向が全体として基材の長手方向と平行であれば本発明の範囲に含まれる。
【0029】
上記補強材Bの構造は、上記巻回部位と上記縦糸部位を有していれば特に限定されず、巻回部位と縦糸部位とが独立して存在していてもよく、縦糸部位が巻回部位と結ばれていてもよい。なかでも、より基材の長手方向の伸縮を抑えて、血管再生効率を向上できることから、縦糸部位が巻回部位と結ばれていることが好ましく、巻回部位が互いに巻きが逆方向となるように組み合わされた1組の螺旋状の生体吸収性材料からなる糸によって構成されており、上記糸の交点が縦糸部位を構成する糸によって結ばれていることが好ましい。
【0030】
ここで、本発明の補強材Bの構造の一例を模式的に表した図を
図1に示した。
図1(a)は、巻回部位が螺旋状かつ縦糸部位が巻回部位と結ばれている構造を示しており、
図1(b)は、巻回部位が互いに巻きが逆方向となるように組み合わされた1組の螺旋状の生体吸収性材料からなる糸によって構成されており、上記糸の交点が縦糸部位を構成する糸によって結ばれている構造を示している。
図1(a)に示すように、補強材B1は、生体吸収性材料からなる糸が人工血管の円周方向に巻回された巻回部位11を有しており、人工血管の狭窄を抑える役割を果たす。また、補強材B1は、基材の長手方向と平行な方向に張られた縦糸部位12を有しており、この縦糸部位12によって基材の長手方向の伸縮、特に伸びが抑えられることで狭窄がより起き難くなり血管再生効率をより高めることができる。また、縦糸部位12が巻回部位11と結ばれている場合はより基材の長手方向の伸縮を抑えることができる。
また、補強材Bは、
図1(b)に示すような構造を有することがより好ましい。
図1(b)の構造では、巻回部位11が互いに巻きが逆方向となるように組み合わされた1組の螺旋状の糸からなっており、縦糸部位12が縦糸部位12の進路上の糸の交点を結んでいる。このような構造とすることで、得られる人工血管の長手方向の伸縮がより抑えられることから、狭窄の発生をより抑えて血管再生効率をより向上させることができる。なお、
図1(b)では、縦糸部位が糸の交点を一周することで該交点を結んでいるが、糸の交点を結ぶ方法は特に限定されない。
【0031】
上記補強材Bを構成する生体吸収性材料からなる糸は、ポリ-L-ラクチド、ラクチド(D、L、DL体)-ε-カプロラクトン共重合体及びグリコール酸-ε-カプロラクトン共重合体からなる群から選択される少なくとも1種からなることが好ましく、ラクチド(D、L、DL体)-ε-カプロラクトン共重合体であることがより好ましい。ラクチド(D、L、DL体)-ε-カプロラクトン共重合体からなる補強糸を用いることにより、移植時からしばらくの間は充分な強度を保ち、血管再生基材がつぶれて血管が狭窄するのを防止できる一方、血管がある程度再生する頃には分解し、吸収することにより強度を失い、更に、材料が残存しないためにミネラルの沈着を防止でき、それにより石灰化を効率的に防止することができる。
【0032】
上記生体吸収性材料からなる糸がラクチド(D、L、DL体)-ε-カプロラクトン共重合体である場合、その組成比としては、ラクチド(D、L、DL体):ε-カプロラクトンの比率(モル比)が90:10から45:55であることが好ましい。ラクチド(D、L、DL体)の比率が90以下であると補強糸がより適切な硬さと分解速度になるため、血管の再生効率をより向上させることができる。ε-カプロラクトンの比率が55以下であると、補強糸が適度な硬さとなり補強の効果をより高めるとともに、より適度な分解速度となるために石灰化を抑えることができる。
【0033】
上記生体吸収性材料からなる糸は、断面直径0.1mm以上1mm以下のモノフィラメント糸である。
上記生体吸収性材料からなる糸の断面直径が0.1mm以上であると、より高い補強効果を発揮することができ、移植したときに周りからの圧迫に対し口径を保持して狭窄・閉塞を生じ難くすることができる。上記生体吸収性材料からなる糸の断面直径が1mm以下であると、基材の硬化を抑えることができる。また、モノフィラメント糸を用いることにより、より高い補強効果を発揮することができる。上記生体吸収性材料からなる糸の断面直径は0.20mm以上であることがより好ましく、0.40mm以下であることがより好ましい。
なお、上記生体吸収性材料からなる糸の太さについては、1-0(断面直径が0.4~0.5mm)、2-0(断面直径が0.35~0.4mm)、3-0(断面直径が0.25~0.3mm)等、USP縫合糸規格に従って表すこともできる。
【0034】
本発明の人工血管の内径及び長さは目的とする血管に合わせて選択すればよい。本発明の人工血管の厚みの好ましい下限は50μm、好ましい上限は5mmである。上記厚みが50μm以上であることで、より血流に耐えることができるとともに、縫合も容易となる、上記厚みが5mm以下であることで、より適切な生体吸収期間となり、石灰化を抑えることができる。上記人工血管の厚みのより好ましい下限は0.3mm、より好ましい上限は1.5mmである。
【0035】
ここで、本発明の人工血管の構造の一例を模式的に表した図を
図2に示す。
図2では、補強材Aとして織地、補強材Bとして
図1(a)に示したものを用いている。本発明の人工血管は、発泡体3の内部に、補強材B1と補強材A2とが位置する複合体となっている。このような構造とすることで、発泡体3による柔軟性と細胞の侵入効率を維持しながらも、補強材B1と補強材A2による高い圧縮耐性を発揮することができる。また、補強材B1が
図1に示したような縦糸部位12を有することで、人工血管の長手方向の伸縮が抑えられ、その結果石灰化が起こり難くなり更に血管再生効率を高めることができる。
【0036】
本発明の人工血管は、患部に移植することにより周囲の細胞が人工血管内へ侵入、増殖することで血管を再生することができるものであるが、事前に細胞を人工血管に播種して用いてもよい。
【0037】
本発明の人工血管を製造する方法としては特に限定されないが、例えば、予め調製した上記補強材を型枠に設置し、該型枠中に上記発泡体を形成する生体吸収性材料の溶液を流し込んでから凍結した後、凍結乾燥する方法(凍結乾燥法)、予め調製した上記補強材に上記発泡体を形成する生体吸収性材料の溶液を付着させた後、水に浸漬することによって生体吸収性材料を析出させる方法(再沈殿法)等が挙げられる。凍結乾燥法においては、凍結温度やポリマーの濃度等によって種々の孔径を有する発泡体を調製することができる。溶出法においては、水溶性物質の粒子を調整することにより発泡体の孔径を制御することができる。
【発明の効果】
【0038】
本発明によれば、細胞の侵入効率とつぶれにくさとを両立するとともに、極めて高い効率で血管を再生することができる人工血管を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【
図1】補強材Bの構造の一例を模式的に表した図である。
【
図2】本発明の人工血管の構造の一例を模式的に表した図である。
【発明を実施するための形態】
【0040】
以下に実施例を挙げて本発明の態様を更に詳しく説明するが、本発明はこれら実施例にのみ限定されるものではない。
【0041】
(人工血管の製造)
【0042】
図1(b)に示すように、ラクチド(D、L、DL体)-ε―カプロラクトン共重合体のモノフィラメント糸(太さ1-0)2本を外径10mmのテフロン(登録商標)製の棒に互いに巻きが逆方向となるように3mmのピッチで螺旋状に巻きつけた。次いで、
図1(b)に示すように、ラクチド(D、L、DL体)-ε―カプロラクトン共重合体のモノフィラメント糸を、螺旋状に巻き付けた糸の交点に一周させて結びながら巻回部位の長手方向の両端部間を接続し、巻回部位と縦糸部位を有する補強材Bを得た。これに140デニールのポリグリコール酸糸にて筒状に編成した平編地(補強材A)を補強材B上に装着した。
【0043】
次いで、補強材AとBが形成されたテフロン(登録商標)製の棒をL-ラクチド-ε-カプロラクトン共重合体(モル比50:50)の3.6重量%ジオキサン溶液に浸漬し、-80℃で凍結した。続いてテフロン(登録商標)製の棒を抜いてできた穴にL-ラクチド-ε-カプロラクトン共重合体(モル比50:50)の3.6重量%ジオキサン溶液を入れ、更に外径9mmのテフロン(登録商標)製の棒を挿入し、-80℃で凍結した。その後、-40℃~40℃で12時間凍結乾燥することで、1mmの厚さの発泡層の間に補強材AとBが挟まれたサンドイッチ構造の複合体である人工血管を得た。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明によれば、細胞の侵入効率とつぶれにくさとを両立するとともに、極めて高い効率で血管を再生することができる人工血管を提供することができる。
【符号の説明】
【0045】
1 補強材B
11 巻回部位
12 縦糸部位
2 補強材A
3 発泡体