(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-05
(45)【発行日】2024-03-13
(54)【発明の名称】アルカリモノフルオロホスフェート組成物の製造方法
(51)【国際特許分類】
C01B 25/455 20060101AFI20240306BHJP
【FI】
C01B25/455
(21)【出願番号】P 2020064045
(22)【出願日】2020-03-31
【審査請求日】2022-12-07
(73)【特許権者】
【識別番号】000005887
【氏名又は名称】三井化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100123788
【氏名又は名称】宮崎 昭夫
(74)【代理人】
【識別番号】100127454
【氏名又は名称】緒方 雅昭
(72)【発明者】
【氏名】立松 涼
(72)【発明者】
【氏名】永井 将貴
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 奨
(72)【発明者】
【氏名】岡部 晃博
【審査官】磯部 香
(56)【参考文献】
【文献】特開昭57-088014(JP,A)
【文献】特開昭58-181710(JP,A)
【文献】特開平02-107513(JP,A)
【文献】特開2010-235493(JP,A)
【文献】特開2007-320894(JP,A)
【文献】特表2009-520829(JP,A)
【文献】特開2016-131519(JP,A)
【文献】特開2017-006913(JP,A)
【文献】特開昭56-073610(JP,A)
【文献】特開昭63-141920(JP,A)
【文献】特開平06-192060(JP,A)
【文献】特開2017-025101(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 25/455
JSTPlus(JDreamIII)
JST7580(JDreamIII)
JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルカリ金属リン酸塩とフッ化水素ガスとを200~450℃、撹拌環境下で反応させて得るpHが8~10のアルカリ金属モノフルオロホスフェートと、酸性のアルカリ金属リン酸塩とを含む、pHが7±1の範囲であるアルカリ金属モノフルオロホスフェート組成物の製造方法。
【請求項2】
前
記酸性
のアルカリ金属リン酸塩のpHが3~5である請求項1に記載のアルカリ金属モノフルオロホスフェート組成物の製造方法。
【請求項3】
前
記酸性
のアルカリ金属リン酸塩が、食品添加物登録されている塩である請求項1に記載のアルカリ金属モノフルオロホスフェート組成物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リン酸のアルカリ金属塩とフッ化水素とを反応させ、アルカリモノフルオロホスフェートを用いて、中性のアルカリモノフルオロホスフェート組成物を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルカリモノフルオロホスフェートは、近年、所謂「フッ素入り歯磨き剤」に用いられるフッ素含有成分であり、身近なヘルスケア製品の成分として、その需要が拡大している。一方で、需要拡大に伴い、安全で、しかも低コストの製造方法が求められている。
【0003】
従来、アルカリモノフルオロホスフェートの工業的製造方法としては、(1)無水フッ化水素酸と五酸化リンとから生成されるモノフルオロリン酸(H2PO3F)をアルカリ金属塩で中和する方法〔非特許文献1:Ind.Eng.Chem.vol43、246-248(1951)〕、あるいは(2)メタリン酸塩とフッ化アルカリを溶融して製造する方法、またはメタリン酸塩の代りに対応する温度でメタリン酸塩を与えるMH2PO4もしくはM2H2P2O7を使用する方法(特許文献1:米国特許第2481807号明細書)などがある。
上記の(1)の方法は毒性が高く極めて腐食性の強い原料を使用するためその取扱いは極めて慎重を期す必要があり、更に装置がこれら原料のため急速に腐食損傷を受け易い。この為、工業的に生産するには、かなりの熟練と高度の安全装備を付した設備を必要とするので、コスト高となる傾向がある。
(2)の方法は、液状状態での反応であり、反応が均一に進行することが期待できる。一方で650~700℃の加熱を要し、原料の溶融物が反応容器を侵食する性質を持つため、生成物に反応容器由来の不純物を含む可能性が有る。
【0004】
これらに対してピロリン酸アルカリ金属塩またはリン酸2アルカリ金属塩とフッ化水素を直接反応させる方法が開示されている(特許文献2:特開昭56-73610号公報)。 このときの反応は次の式の通りである。
M4P2O7+2HF→2M2PO3F+H2O・・・(1)
M2HPO4+HF→M2PO3F+H2O・・・(2)
(上記のMはアルカリ金属を表す。)
【0005】
この方法では、反応器にアルカリ金属リン酸塩を装入し250~400℃の反応温度に昇温した後、フッ化水素ガスを導入する。この方法を常温のフッ化水素ガスを用いて行うと、上記(1),(2)式の他に、下記の(3)、(4)式の反応が進行し、フッ化アルカリ金属塩(MF)を含む場合があることが知られている。
M4P2O7+2HF→M2H2P2O7+2MF・・・(3)
2M2HPO4+2HF→M2H2P2O7+2MF+H2O・・(4)
【0006】
一方、前記のフッ化水素を用いる製造方法で、フッ化水素を100℃以上に予熱することで、上記(3),(4)式のような副反応を抑制できることが報告されている。(特許文献3:特開昭57-88014号公報)
特許文献3では、原料として用いるアルカリ金属リン酸塩の好ましい粒径が、「50~100μm以下」と開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】米国特許第2481807号明細書
【文献】特開昭56-73610号公報
【文献】特開昭57-88014号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】Ind.Eng.Chem.vol43、246-248(1951)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記特許文献2,3の方法は、比較的低温で製造出来る優れた製法である一方で、不均一系の固気反応である。
本発明者らの検討によれば、原料として用いるアルカリ金属リン酸塩の状態によっては、生成するアルカリモノフルオロホスフェートが塊状となるなどの問題が発生する場合があることが分かってきた。このような問題を解決するためには、比較的粒径の大きなアルカリ金属リン酸塩を用いることが有効であることを見出している。
本発明者らの検討によれば、上記のアルカリモノフルオロホスフェートの製造方法では、生成物が弱塩基性を示す場合がある結果を得た。これは固気反応の宿命的な要因と考えられる原料であるアルカリ金属リン酸塩の形状などによっては、その転化率が低下し、原料であるアルカリ金属リン酸塩が残存し、当該アルカリ金属リン酸塩が塩基性の塩であることが多い為、生成物が塩基性を示すのであろうと推測した。
一方で生成物であるアルカリモノフルオロホスフェートは、歯磨き剤などの成分として使用されるため、中性製品であることが強く求められる。また、変異原性が無いこと等、生体への安全性も求められることが多い。
当該方法での製品であるアルカリモノフルオロホスフェートは固体状で得られるため、液状化合物に比して残存原料の除去が困難な場合があり、除去する工程を含めるとコスト高となる場合がある。
【0010】
よって、本発明は、アルカリ金属リン酸塩とフッ化水素とからアルカリモノフルオロホスフェートを製造する方法において、生成物を安定的に中性の状態で得るための方法を提供することを課題としてなされたものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記の課題を鑑みて検討を行った結果、安全性に優れた特定の酸性のリン酸塩を組み合わせることによって、安全性を確保した上で中性のアルカリモノフルオロホスフェート組成物を得ることが出来ることを見出し、本発明を完成した。
【0012】
即ち本発明は以下の要件によって特定できる。
(1)アルカリ金属リン酸塩とフッ化水素ガスとを200~450℃、撹拌環境下で反応させて得るpHが8~10のアルカリ金属モノフルオロホスフェートと、酸性のアルカリ金属リン酸塩とを含む、pHが7±1の範囲であるアルカリ金属モノフルオロホスフェート組成物の製造方法。
(2)前記酸性のアルカリ金属リン酸塩のpHが3~5である(1)の製造方法。
(3)前記酸性のアルカリ金属リン酸塩が、食品添加物登録されている塩である(1)の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明は、生成物であるアルカリモノフルオロホスフェートが塩基性を示す場合であっても、安定して中性の製品とすることが出来る。
【発明を実施するための形態】
【0014】
前記の通り、アルカリ金属リン酸塩とフッ化水素ガスとの反応でアルカリモノフルオロホスフェートが得られること自体は公知である。本発明は、その反応で生成するアルカリモノフルオロホスフェートが塩基性を示した場合に、中性のアルカリモノフルオロホスフェート組成物として提供するための製造方法である。
本発明に用いる前記のアルカリ金属リン酸塩は、特に制限されないが、粒子形状が特定の条件を満たしていることが好ましい。即ち、その平均粒径が110~800μmであり、105μm以下の粒子含有率が50質量%以下であることが好ましい。
前記のアルカリ金属リン酸塩の平均粒径の好ましい下限値は150μm、より好ましくは200μm、さらに好ましくは250μm、特に好ましくは300μmである。一方、好ましい上限値は700μm、より好ましくは600μm、さらに好ましくは550μmである。上記の範囲内であれば、粒子同士の凝集によると考えられる塊状化を抑制できると共に、フッ化水素ガスとの反応が進行し易い。アルカリ金属リン酸塩の平均粒径が800μmを超えると、前記の反応性が低下し、反応収率が低下する場合がある。
【0015】
本発明のアルカリ金属リン酸塩の105μm以下の粒子含有率の好ましい上限値は40質量%、より好ましくは30質量%、さらに好ましくは20質量%、特に好ましくは10質量%、殊に好ましくは5質量%である。好ましい下限値は、勿論0質量%である。
アルカリ金属リン酸塩とフッ化水素ガスとの反応においては、生成するアルカリモノフルオロホスフェートが塊状化する場合があるが、上記の様なアルカリ金属リン酸塩を用いると塊状化を抑制することが出来る。前記の塊状化は、本製造方法の反応において副生する水によって、アルカリ金属リン酸塩粒子やアルカリモノフルオロホスフェート粒子の表面に水が接触し、その表面を溶解させ、粒子同士の凝集が起こり易くなるためと本発明者らは推測している。これに対し、本発明においては、その比表面積が相対的に高くなる傾向を示す比較的小粒径である105μm以下の粒子の含有率が50質量%以下であるので、前記の様な粒子同士の凝集や起こり難いのであろう。また瞬間的にそのような凝集が起こったとしても、より大きな粒子との衝突によって凝集状態が破壊されるため、塊状化が抑制されることも考えられる。
この様な複数の要因によって、塊状化を抑制できると考えられる。
【0016】
本発明に用いるアルカリ金属リン酸塩は、大径の粒子を含まないことが好ましい。具体的には粒径が996μm以上の粒子含有率が8質量%以下であることが好ましい。より好ましくは5質量%以下、さらに好ましくは3質量%以下、特に好ましくは2質量%以下である。粒径が996μm以上のような大径の粒子は、その比表面積が比較的狭い為、フッ化水素との反応が進行し難く、反応収率が低下する場合がある。
【0017】
本発明の平均粒径は、粒度分布曲線における50体積%での粒径、すなわちd50で特定されるメディアン径である。前記、粒度分布曲線は、例えば、多段の篩による振動篩法や超音波振動法、レーザー回折・散乱法やコールターカウンター等、公知のあらゆる方法を用いることが出来る。好ましくはレーザー回折・散乱法である。
【0018】
前記のアルカリ金属リン酸塩は、本発明の目的に反しない限り、市販品を制限なく用いることが出来る。市販のアルカリ金属リン酸塩は、その粒度分布などが前記の範囲から外れるものもあるであろう。その様な製品は、公知の方法で粉砕や篩による微粒部、粗粒部の除去などによって本発明の要件を満たす粒度分布に調整することも出来る。
フッ化水素ガスは市販の製品を制限なく用いることが出来る。好ましくは純度の高いフッ化水素ガスであるが、価格と反応効率とを考慮して適宜決定できる。
【0019】
以下、本発明をアルカリ金属塩としてナトリウム塩を用いた場合を例にとって具体的に説明するが、リチウム塩やカリウム塩もまた使用できることはいうまでもない。
本発明の反応に用いる反応容器は耐無水フッ酸材料であれば制限なく用いることが出来る。具体的にはニッケル、ニッケルを含む合金(商品名:インコネル、モネル、ハステロイ等)を用いることが出来る、アルミニウム製の装置が使用できると言う報告もある。
【0020】
また本発明の反応に用いる装置には撹拌装置を付して撹拌させることが好ましい。一方、回転式ドラム型反応器の様な反応装置の回転によって撹拌する方法を用いることも出来る。また、流動層装置を用いたガス流通による撹拌も適用できる。即ち、アルカリ金属リン酸塩や生成するアルカリモノフルオロホスフェートなどが撹拌される環境が保持される限り、反応装置の形態は制限されない。
【0021】
前記の反応は、200~450℃で行われる工程を有する。勿論、反応工程の前半や停止の工程では、これらの温度範囲を外れることがあるのは当然である。上記の温度範囲外では、目的とするアルカリモノフルオロホスフェート以外の成分、例えば、フッ化アルカリ金属塩、アルカリジフルオロフォスフェートなどが副生し易い場合がある。
【0022】
本発明で用いるフッ化水素は100℃以上の状態で、上記反応装置に供給することが好ましい。より好ましくは150℃以上、さらに好ましくは180℃以上である。一方、上限値は、400℃であることが好ましい。
また、前記フッ化水素は、理論量の1.0~1.5倍当量反応装置に供給することが好ましい。
【0023】
本発明のアルカリモノフォスフェートの製造方法における反応時間に特に制限は無い。好ましくは、10分以上、150時間以下である。より好ましい下限値は20分、さらに好ましくは30分、特に好ましくは1時間、殊に好ましくは1.5時間である。一方、より好ましい上限値は、120時間、さらに好ましくは100時間、特に好ましくは80時間である。反応時に生ずる水蒸気は、前記の粒子の凝集を抑制する観点などから、連続的にあるいは間欠式に減圧ポンプなどを用いて排気、除去することが好ましい。
【0024】
反応終了後は容器内の残留フッ化水素ガスをパージして、乾燥窒素などの不活性ガスや乾燥空気反応装置に導入、置換した後、反応物を回収することが出来る。
【0025】
上記の反応方法は、固気反応の為、原料のアルカリ金属リン酸塩が残存する場合がある。この為、生成するアルカリモノフルオロホスフェート粒子が塩基性を示す場合がある。本生成物を例えば歯磨き剤のフッ素成分として用いることを鑑みると、そのpHは、塩基性であったとしても8~10であることが好ましい。好ましくは8~9.5である。この様な範囲であれば、後述する酸性のリン酸塩の使用量を少なくすることが出来る。
【0026】
本発明で用いることが出来る酸性のリン酸塩は、公知の物を制限なく用いることが出来る。好ましくはそのpHが3~5である。また、当該リン酸塩は、食品添加物に登録されている塩であることが好ましい。
【0027】
この様なリン酸塩としては、例えば、酸性ピロリン酸ナトリウム(Na2H2P2O7)、リン酸二水素ナトリウム(NaH2PO4)、リン酸二水素アンモニウム((NH4)H2PO4)等を挙げることが出来る。
【0028】
本発明においては上記の酸性リン酸塩以外の軽金属塩や炭酸塩、有機酸塩などの酸性固体を併用することも出来る。
【0029】
本発明のアルカリモノフルオロホスフェート組成物は、前記の塩基性アルカリモノフルオロホスフェートと酸性のリン酸塩とを含むことを特徴とする。また本発明のアルカリモノフルオロホスフェート組成物のpHは、7±1であることが好ましい。換言すると、前記の塩基性アルカリモノフルオロホスフェートと酸性のリン酸塩との含有比率は前記のpH を満たすように調整される。
【0030】
本願発明の製造方法で得られるアルカリモノフルオロホスフェート組成物は、アルカリモノフルオロホスフェートが塩基性を示しても、容易に中性の組成物とすることが出来る。この為、例えば歯磨剤の成分などのヘルスケア用途向けにも適している。
【実施例】
【0031】
以下、実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明は実施例によって限定されるものではない。
【0032】
(アルカリ金属リン酸塩)
ピロリン酸ナトリウム(A):市販のピロリン酸ナトリウム粒子を28メッシュの篩を用いて粗粒を除去したもの。
ピロリン酸ナトリウム(B):前記のピロリン酸ナトリウム(A)をさらに48メッシュの篩を用いて小粒を除去したもの。
【0033】
(原料、生成物の組成分析)
Thermo Fisher Scientific社製-イオンクロマト分析装置を用い、常法で測定した。
【0034】
(塊状生成物含有率)
生成物を目開き1.7mmのふるいにかけて分別し、前記篩上に残った成分の質量分率とした。
転化率や収率は、上記組成分析値を用い、アルカリ金属リン酸塩ベースで算出する。
【0035】
(実施例1及び2)
(基本反応操作)
アンカー翼を付したインコネル600製撹拌槽型反応器(10L)にピロリン酸ナトリウム1.0kgを窒素雰囲気下で投入口より供給し、攪拌しながら、原料温度300℃になるよう電気炉で反応器を加熱した。
【0036】
その後、200℃のフッ化水素を1.6g/minの速度で1.9時間(理論量の1.2倍)流通し、300℃を保持した。反応系内の圧力は常圧とした。反応で生成した水蒸気0.60g/minおよび未反応フッ化水素 0.26g/minは反応器上部のガス排出口より経時的に排出して反応器内の圧力を常圧に保持した。所定時間経過後、フッ化水素の供給を停止した。
一方、撹拌を継続したまま窒素を反応器内に導入し、僅かに残ったフッ化水素をさらに反応装置から除去した。更に撹拌を続けながら反応器底部に設置したバルブを開放し、反応生成物を抜き出した。この結果、得られた生成物の分析結果を表1に示した。この生成物に対しNa2H2P2O7を反応生成物に対して表1に示した重量割合で加え、十分に混合した。得られた組成物のpHを表1に示した。
【0037】