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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-06
(45)【発行日】2024-03-14
(54)【発明の名称】ヘッドライト制御システム
(51)【国際特許分類】
   B60Q 1/14 20060101AFI20240307BHJP
【FI】
B60Q1/14 H
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2020113901
(22)【出願日】2020-07-01
(65)【公開番号】P2022012225
(43)【公開日】2022-01-17
【審査請求日】2023-03-14
(73)【特許権者】
【識別番号】000003137
【氏名又は名称】マツダ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100094569
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 伸一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100059959
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 稔
(74)【代理人】
【識別番号】100067013
【弁理士】
【氏名又は名称】大塚 文昭
(74)【代理人】
【識別番号】100130937
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100162824
【弁理士】
【氏名又は名称】石崎 亮
(72)【発明者】
【氏名】貝野 彰
(72)【発明者】
【氏名】竹之内 久美子
(72)【発明者】
【氏名】藤原 由貴
【審査官】當間 庸裕
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-001620(JP,A)
【文献】国際公開第2016/152465(WO,A1)
【文献】特開2004-273522(JP,A)
【文献】特開2019-167011(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60Q 1/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヘッドライト制御システムであって、
車両の前方の複数の領域をそれぞれ照射する複数のLED光源を備えるヘッドライトと、
前記車両の前方に存在する所定の対象物を検出する対象物検出装置と、
前記対象物検出装置によって前記対象物が存在することが検出されたときに、前記ヘッドライトの前記複数のLED光源のうちで前記対象物が存在する領域を照射するLED光源を消灯し、この後に前記対象物検出装置によって当該対象物が当該領域に存在しないことが検出されたときに、消灯された前記LED光源を点灯するように、前記ヘッドライトを制御するよう構成されたコントローラと、
を有し、
前記コントローラは、前記対象物検出装置によって前記対象物が存在しないことが検出されて、消灯された前記LED光源を点灯するときに、当該LED光源の照射領域の位置に応じて、当該LED光源による輝度の変化率を変えるように前記ヘッドライトを制御するよう構成され、
前記コントローラは、前記LED光源の照射領域の位置が、ドライバの視野の中心領域又は当該中心領域の外側の近傍領域に対応する第1領域に含まれる場合には、前記LED光源の照射領域の位置が、前記第1領域の外側にある第2領域に含まれる場合よりも、前記LED光源による輝度を小さな変化率で変化させるように前記ヘッドライトを制御するよう構成され、
前記第1領域は、当該領域内において内側に位置する第3領域と、この第3領域の外側に位置する第4領域とを含み、
前記コントローラは、前記LED光源の照射領域の位置が前記第4領域に含まれる場合には、前記LED光源の照射領域の位置が前記第3領域に含まれる場合よりも、前記LED光源による輝度を小さな変化率で変化させるように前記ヘッドライトを制御するよう構成されている、ことを特徴とするヘッドライト制御システム。
【請求項2】
前記コントローラは、前記LED光源による輝度の変化率をウェーバー・フェヒナーの法則に基づき設定するよう構成されている、請求項1に記載のヘッドライト制御システム。
【請求項3】
前記コントローラは、0.2秒~0.6秒の間に、消灯された前記LED光源による輝度を変化させて当該LED光源の点灯を完了させるように、前記ヘッドライトを制御するよう構成されている、請求項1又は2に記載のヘッドライト制御システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数のLED光源を備えるヘッドライトを制御するヘッドライト制御システムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、自車両前方に先行車両や対向車両などの所定の対象物が存在する場合に、他車両のドライバに与えるグレアなどを抑制するために、対象物が存在する領域を照射しないようにヘッドライトを制御する技術が知られている(以下では、対象物が存在するためにヘッドライトの光を部分的に照射しないようにした領域を適宜「カットオフ領域」と呼ぶ。)。そして、この技術では、自車両や対象物の移動などに起因して、対象物がカットオフ領域に存在しなくなると、当該カットオフ領域を再照射するようにヘッドライトを制御している。
【0003】
例えば、特許文献1には、車両前方に対象物が存在しなくなりカットオフ領域(遮蔽領域)を再照射するときに、カットオフ領域の大きさが徐々に小さくなる態様にてヘッドライトを制御する技術が開示されている。その他にも、本発明に関連する技術が、例えば特許文献2に開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許5454523号公報
【文献】特許6287969号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記した特許文献1に記載の技術では、カットオフ領域を再照射するときに、カットオフ領域以外の領域(つまり既に照射されている領域)と同等の輝度の光を直ちに照射している。そのため、光が照射されておらず暗かったカットオフ領域が急に明るくなることで、眩しさや明滅などによる負荷(運転負荷)をドライバに与えてしまう。また、急に明るくなったカットオフ領域に注意が向き、他の領域に注意が向きにくくなってしまう、つまり前方領域に対するドライバの注意配分に偏りが生じてしまう。
【0006】
上記のようなドライバに与える負荷や注意配分の偏りを抑制するために、カットオフ領域を再照射する光の輝度を徐々に変化させることが考えられる。しかしながら、再照射する光の輝度の変化率(変化速度)を小さくし過ぎると、カットオフ領域の視認性が速やかに確保されずに、安全性が確保されなくなってしまう。一方で、再照射する光の輝度の変化率(変化速度)を大きく過ぎると、ドライバの負荷や注意配分の偏りが大きくなってしまう。
【0007】
ところで、人は、光の明るさに対する眼の感度である光感度が視野空間における位置(換言すると視角)により異なるという視覚特性を有している。これは、光の強弱に反応する杆体細胞の網膜上での密度が、網膜偏心度(眼の中心窪からの角度)に応じて異なっているからである。したがって、本願発明者らは、このような人の光感度の特性に着目して、カットオフ領域を再照射するときに、再照射する光の輝度の変化率をカットオフ領域の位置に応じて変えれば、ドライバに与える負荷や注意配分の偏りの抑制と、カットオフ領域の速やかな再照射による安全性確保とを両立できるのではないかと考えた。
【0008】
本発明は、上述した問題点を解決するためになされたものであり、カットオフ領域を再照射するときに、ドライバに与える負荷や注意配分の偏りの抑制と、カットオフ領域の速やかな再照射による安全性確保とを適切に両立することができるヘッドライト制御システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の目的を達成するために、本発明は、ヘッドライト制御システムであって、車両の前方の複数の領域をそれぞれ照射する複数のLED光源を備えるヘッドライトと、車両の前方に存在する所定の対象物を検出する対象物検出装置と、対象物検出装置によって対象物が存在することが検出されたときに、ヘッドライトの複数のLED光源のうちで対象物が存在する領域を照射するLED光源を消灯し、この後に対象物検出装置によって当該対象物が当該領域に存在しないことが検出されたときに、消灯されたLED光源を点灯するように、ヘッドライトを制御するよう構成されたコントローラと、を有し、コントローラは、対象物検出装置によって対象物が存在しないことが検出されて、消灯されたLED光源を点灯するときに、当該LED光源の照射領域の位置に応じて、当該LED光源による輝度の変化率を変えるようにヘッドライトを制御するよう構成され、コントローラは、LED光源の照射領域の位置が、ドライバの視野の中心領域又は当該中心領域の外側の近傍領域に対応する第1領域に含まれる場合には、LED光源の照射領域の位置が、第1領域の外側にある第2領域に含まれる場合よりも、LED光源による輝度を小さな変化率で変化させるようにヘッドライトを制御するよう構成され、第1領域は、当該領域内において内側に位置する第3領域と、この第3領域の外側に位置する第4領域とを含み、コントローラは、LED光源の照射領域の位置が第4領域に含まれる場合には、LED光源の照射領域の位置が第3領域に含まれる場合よりも、LED光源による輝度を小さな変化率で変化させるようにヘッドライトを制御するよう構成されている、ことを特徴とする。
【0010】
このように構成された本発明によれば、コントローラは、光感度が視野空間における位置(視角)により異なるという人の視覚特性を考慮に入れて、カットオフ領域の再照射時に、消灯されたLED光源の照射領域の位置(再照射するカットオフ領域の位置に対応する)に応じて、この消灯されたLED光源を点灯するときの輝度の変化率を異ならせるようにヘッドライトを制御する。これにより、光感度が低い領域に含まれるカットオフ領域の再照射時には、消灯されたLED光源の輝度の変化率を比較的大きくして、カットオフ領域の速やかな再照射により安全性を確保することができ、光感度が高い領域に含まれるカットオフ領域の再照射時には、消灯されたLED光源の輝度の変化率を比較的小さくして、ドライバに与える負荷や注意配分の偏りを抑制することができる。したがって、本発明によれば、カットオフ領域の再照射時に、ドライバに与える負荷や注意配分の偏りの抑制と、カットオフ領域の速やかな再照射による安全性確保とを適切に両立することが可能となる。
なお、上記の「対象物検出装置によって当該対象物が当該領域に存在しないことが検出されたとき」には、対象物検出装置によって当該領域内の対象物の不存在が検出された場合だけでなく、対象物検出装置によって当該領域内に対象物が検出されない場合も含む。
また、本発明によれば、コントローラは、第1領域は光感度が比較的高いので、第1領域に含まれるカットオフ領域の再照射時には、消灯されたLED光源による輝度の変化率を比較的小さくする。これにより、第1領域では、ドライバに与える負荷や注意配分の偏りを確実に抑制することができる。他方で、コントローラは、第2領域は光感度が比較的低いので、第2領域に含まれるカットオフ領域の再照射時には、消灯されたLED光源による輝度の変化率を比較的大きくする。これにより、第2領域では、カットオフ領域の速やかな再照射により安全性を確実に確保することができる。
また、本発明によれば、コントローラは、第1領域内の外側に位置する第4領域は、第1領域内の内側に位置する第3領域よりも光感度が高いので、第4領域に含まれるカットオフ領域の再照射時には、第3領域に含まれるカットオフ領域の再照射時よりも、消灯されたLED光源による輝度の変化率を小さくする。これにより、第4領域において、ドライバに与える負荷や注意配分の偏りを効果的に抑制することができる。
【0013】
本発明において、好ましくは、コントローラは、LED光源による輝度の変化率をウェーバー・フェヒナーの法則に基づき設定するよう構成されている。
このように構成された本発明によれば、ウェーバー・フェヒナーの法則に基づき、人に知覚される輝度の変化が一定になるように、つまり人の輝度に対する感覚量が一定に変化するように、カットオフ領域の再照射時にLED光源による輝度を変化させる。これにより、ドライバに与える負荷及び注意配分の偏りを効果的に抑制することができる。
【0014】
本発明において好適な例では、コントローラは、0.2秒~0.6秒の間に、消灯されたLED光源による輝度を変化させて当該LED光源の点灯を完了させるように、ヘッドライトを制御するのが良い。
【発明の効果】
【0015】
本発明のヘッドライト制御システムによれば、カットオフ領域を再照射するときに、ドライバに与える負荷や注意配分の偏りの抑制と、カットオフ領域の速やかな再照射による安全性確保とを適切に両立することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本発明の実施形態によるヘッドライト制御システムの概略構成を示すブロック図である。
図2】本発明の実施形態によるヘッドライトの概略構成図である。
図3】本発明の実施形態によるヘッドライトのLED光源の概略構成図である。
図4】本発明の実施形態におけるヘッドライトの基本制御を説明するための図である。
図5】人の光感度の特性を説明するための図である。
図6】カットオフ領域の再照射時にLED光源の輝度を速やかに変化させた場合における、人の視角によるドライバの負荷及び注意配分の違いを説明するための図である。
図7】本発明の実施形態において、カットオフ領域の位置に応じてLED光源の輝度の変化率を変えるために用いられる領域を説明するための図である。
図8】本発明の実施形態によるウェーバー・フェヒナーの法則に基づいたヘッドライトの制御を説明するための図である。
図9】本発明の実施形態において、ウェーバー・フェヒナーの法則に基づいた制御を行う場合に用いられる輝度変化時間を説明するための図である。
図10】本発明の実施形態による作用及び効果を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、添付図面を参照して、本発明の実施形態によるヘッドライト制御システムについて説明する。
【0018】
[システム構成]
図1乃至図3を参照して、本発明の実施形態によるヘッドライト制御システムの構成について説明する。図1は、本発明の実施形態によるヘッドライト制御システムの概略構成を示すブロック図である。図2は、本発明の実施形態によるヘッドライトの概略構成図である。図3は、本発明の実施形態によるヘッドライトのLED光源の概略構成図である。
【0019】
図1に示すように、ヘッドライト制御システム100は、車両の前方に存在する所定の対象物(先行車両や対向車両など)を検出する対象物検出装置として機能するカメラ11及びレーダ12と、車両の前方を照射するヘッドライト20と、カメラ11及びレーダ12から入力された信号に基づきヘッドライト20を制御するための信号を出力するコントローラ30と、を有する。
【0020】
カメラ11は、主に車両の前方を撮影し、画像データを出力する。コントローラ30は、カメラ11から受信した画像データに基づいて、車両の前方に存在する対象物の種類や位置(相対位置)などを特定する。なお、コントローラ30は、交通インフラや車々間通信等により、外部から対象物の情報を取得してもよい。
【0021】
レーダ12は、車両の前方に存在する対象物の位置及び速度を測定する。レーダ12として、例えばミリ波レーダを用いることができる。レーダ12は、車両の進行方向に電波を送信し、対象物により送信波が反射されて生じた反射波を受信する。そして、レーダ12は、送信波と受信波に基づいて、車両と対象物との間の距離や、車両に対する対象物の相対速度を測定する。なお、レーダ12に代えて、レーザレーダや超音波センサ等を用いて対象物との距離や相対速度を測定してもよい。また、複数のセンサ類を用いて、位置及び速度測定装置を構成してもよい。
【0022】
ヘッドライト20は、左右一対で用いられ、車両の前部の左側及び右側に設けられる。図2に示すように、ヘッドライト20は、ロービームユニット21a及びハイビームユニット21bを有する。ロービームユニット21aは、車両前方のやや下方に指向するロービームを発する。ロービームは、ヘッドライト20が照射する光のうち車両近傍側の部分の光を形成する。ハイビームユニット21bは、車両前方にほぼ水平方向に指向するハイビームを発する。ハイビームは、ヘッドライト20が照射する光のうち車両遠方側の部分の光を形成する。
【0023】
ロービームユニット21aは、ロービームを発するLEDアレイ22aを有し、ハイビームユニット21bは、ハイビームを発するLEDアレイ22bを有する(以下ではLEDアレイ22a、22bを区別しない場合には「LEDアレイ22」と表記する。)。図3に示すように、LEDアレイ22は、上下方向に複数個並んだLED光源23の列が、横方向(車幅方向)に複数列に並んで形成されている。各LED光源23は、それぞれ独立して輝度を調整することができるように構成されている。
【0024】
なお、LED光源23の列数は特に制限されない。また、2個以上のLED光源23があれば、各列のLED光源23の数は特に限定されない。特に、各列においてLED光源23の個数が異なっていてもよい。また、ロービームユニット21aのLEDアレイ22aのLED光源23の配列と、ハイビームユニット21bのLEDアレイ22bのLED光源23の配列とは、同じであってもよいし、異なっていてもよい。
【0025】
コントローラ30は、回路により構成されており、周知のマイクロコンピュータをベースとする制御器である。図1に示すように、コントローラ30は、プログラムを実行する中央演算処理装置(Central Processing Unit:CPU)としての1以上のマイクロプロセッサ30aと、例えばRAM(Random Access Memory)やROM(Read Only Memory)により構成されてプログラム及びデータを格納するメモリ30bと、電気信号の入出力をする入出力バス等を備えている。例えば、コントローラ30は、ECU(Electronic Control Unit)などにより構成される。
【0026】
本実施形態では、コントローラ30は、カメラ11及びレーダ12から入力された信号に基づき、車両前方における所定の対象物の存在の有無を判定して、その判定結果に応じて、ヘッドライト20を制御するための信号を出力する。なお、所定の対象物とは、ヘッドライト20の光を照射しないようにする車両前方に存在する物体、例えば先行車両や対向車両である。
【0027】
[制御内容]
以下では、本発明の実施形態におけるコントローラ30によるヘッドライト20の制御内容について説明する。
【0028】
まず、図4を参照して、本発明の実施形態におけるヘッドライト20の基本制御について説明する。図4(A)~(C)は、車両1(以下では適宜「自車両1」と呼ぶ。)のヘッドライト20による照射パターンの具体例を示す模式図である。具体的には、図4(A)~(C)は、ハイビームユニット21bの複数のLED光源23による照射範囲(一点鎖線で表す)を上から見た図を示している。
【0029】
図4(A)に示すように、コントローラ30は、自車両1の前方に対象物(先行車両や対向車両など)が存在しない場合には、自車両1の前方が隈無く照射されるように、ハイビームユニット21bの複数のLED光源23(典型的には全てのLED光源23)を点灯する。この場合には、ハイビームユニット21bの複数のLED光源23によって、例えば符号L1~L8で示すような照射範囲が形成される。
【0030】
他方で、図4(B)に示すように、コントローラ30は、自車両1の前方に先行車両1aが存在する場合には、ハイビームユニット21bの複数のLED光源23のうちで、先行車両1aが存在する領域を照射するLED光源23を消灯する。具体的には、コントローラ30は、先行車両1aが含まれる照射範囲L4、L5(図4(A)参照)を照射するLED光源23を消灯する。これにより、ハイビームユニット21bの複数のLED光源23によって、照射範囲L4、L5は形成されずに、照射範囲L1~L3、L6~L8のみが形成される。この場合には、照射範囲L4、L5に対応する領域は、カットオフ領域となる。
【0031】
また、図4(C)に示すように、コントローラ30は、自車両1の前方に対向車両1bが存在する場合には、ハイビームユニット21bの複数のLED光源23のうちで、対向車両1bが存在する領域を照射するLED光源23を消灯する。具体的には、コントローラ30は、対向車両1bが含まれる照射範囲L7、L8(図4(A)参照)を照射するLED光源23を消灯する。これにより、ハイビームユニット21bの複数のLED光源23によって、照射範囲L7、L8は形成されずに、照射範囲L1~L6のみが形成される。この場合には、照射範囲L7、L8に対応する領域は、カットオフ領域となる。
【0032】
次いで、コントローラ30は、上記のように対象物(先行車両1aや対向車両1bなど)が存在する領域を照射するLED光源23を消灯した後、自車両1や対象物の移動などによって、当該対象物が当該領域(カットオフ領域に対応する)に存在しなくなった場合に、消灯されたLED光源23を再点灯する。つまり、コントローラ30は、対象物が存在しなくなったカットオフ領域の部分を再照射する。この場合、上述したように、カットオフ領域を再照射するときに、カットオフ領域以外の領域(つまり既に照射されている領域)と同等の輝度の光を直ちに照射すると、ドライバに負荷を与えたり、注意配分に偏りが生じたりする。すなわち、消灯されたLED光源23の輝度をステップ状に変化させて再点灯すると、暗かったカットオフ領域が急に明るくなることで、眩しさや明滅などによる負荷(運転負荷)をドライバに与えてしまい、また、急に明るくなったカットオフ領域に注意が向き、他の領域に注意が向きにくくなってしまう。
【0033】
上記のようなドライバに与える負荷や注意配分の偏りを抑制するために、カットオフ領域を再照射するときに、当該カットオフ領域に対応する、消灯されたLED光源23の輝度を徐々に変化させることが考えられる。しかしながら、消灯されたLED光源23の輝度の変化率(変化速度)を小さくし過ぎると、カットオフ領域の視認性が速やかに確保されずに、安全性が確保されなくなってしまい、これに対して、消灯されたLED光源23の輝度の変化率(変化速度)を大きく過ぎると、ドライバの負荷や注意配分の偏りが大きくなってしまう。そこで、本願発明者らは、ドライバに与える負荷や注意配分の偏りの抑制と、カットオフ領域の速やかな再照射による安全性確保とを両立すべく、光の明るさに対する眼の感度(光感度)が視野空間における位置により異なるという人の視覚特性に着目して、カットオフ領域を再照射するときに、消灯されたLED光源23の輝度の変化率をカットオフ領域の位置に応じて変えることを考えた。
【0034】
ここで、図5を参照して、人の光感度の特性について説明する。図5は、横軸に、眼の中心窪からの角度である網膜偏心度(deg)を示し、縦軸に、光感度(具体的には、暗所における光に対する視感度であり、輝度変化の知覚し易さに相当する)を示している。縦軸に示す光感度の値は、網膜偏心度が10degであるときの値を基準にしている(つまり網膜偏心度が10degであるときの光感度の値を「1」に設定している)。図5に示すように、人は、20deg付近の網膜偏心度の領域において光感度が最も高くなり、網膜偏心度が20deg付近の領域から離れるにつれて光感度が低くなっていく、という視覚特性を有している。このような視覚特性は、暗所において光の強弱に反応する杆体細胞の網膜上での分布密度に起因するものである。具体的には、網膜上での杆体細胞の分布密度は、中心窪付近では杆体細胞の密度が小さく、中心窪からある程度離れると杆体細胞の密度が大きくなり、中心窪から更に離れると杆体細胞の密度が小さくなっていく、という特徴がある。
【0035】
次に、図6を参照して、上記した人の光感度の特性に起因する、人の視角(網膜偏心度に対応する)による負荷及び注意配分の違いについて説明する。ここでは、カットオフ領域の再照射時にLED光源23の輝度を速やかに変化させて負荷及び注意配分を検証した。図6の上段には、ここで検証された視角、具体的には10~15deg、23~28deg及び33~38degを示し、図6の中段には、検証された各視角で得られた注意配分の結果を示し、図6の下段には、検証された各視角で得られた、手の発汗により変化する抵抗値に相当するSCR(Skin Conductive Resistance)の変化量(μS)の結果を示している。SCRは、緊張度合い(人が感じる負荷に相当する)を表す指標であり、ステアリングに設けられた発汗センサにより検出される。
【0036】
注意配分及びSCRの結果は、ディスプレイを用いたドライビングシミュレータを被験者に実行させているときに(車速100km/h程度で、被験者はステアリング操作のみを行う)、カットオフ領域の再照射時におけるLED光源23の制御に応じた画像をディスプレイに提示した場合に得られたものである。ここでは、カットオフ領域の再照射時に、消灯されたLED光源23の輝度を速やかに大きくしたものとする。具体的には、消灯されたLED光源23の再点灯を完了させるまでの時間、詳しくは消灯されたLED光源23の輝度を所望の輝度に達するまで増加させる時間(以下では「輝度変化時間」と呼ぶ。)を、200msecに設定したものとする。また、注意配分の結果は、ドライビングシミュレータの実行中において、ディスプレイの中央に提示された固視点を被験者に注視させている状態で、ディスプレイ上のランダムな位置に所定の指標を提示したときの被験者の当該指標に対する反応時間(図6において色の濃淡で反応時間の大小を示す)を計測することで得られたものである。指標に対する反応時間が当該指標を提示した位置によりばらついている場合には(特にディスプレイの中央から離れた位置での反応時間がディスプレイの中央付近での反応時間よりもかなり遅い場合)、注意配分の偏りが大きいことに相当する。
【0037】
図6より、視角が10~15deg及び33~38degである場合には注意配分の偏りが小さいが、視角が23~28degである場合には注意配分の偏りが大きいことがわかる。また、視角が33~38degである場合にはSCRの変化量が小さいが(つまり負荷が低い)、視角が10~15deg及び23~28degである場合にはSCRの変化量が大きい(つまり負荷が高い)ことがわかる。このようなことから、カットオフ領域の再照射時に、消灯されたLED光源23の輝度を速やかに大きくすると、つまりLED光源23の輝度変化時間が短いと、人の光感度が高い領域(視角)では、負荷が大きい及び/又は注意配分の偏りが大きいことがわかる。換言すると、人の光感度が低い領域(視角)では、LED光源23の輝度変化時間が短くても、負荷が小さく且つ注意配分の偏りが小さいことがわかる。
【0038】
以上より、本実施形態では、コントローラ30は、上記した光感度に関する人の視覚特性を考慮に入れて、カットオフ領域を再照射するときに、当該カットオフ領域に対応する、消灯されたLED光源23の輝度の変化率をカットオフ領域の位置に応じて変えるように、つまりLED光源23の輝度変化時間をカットオフ領域の位置に応じて変えるように、ヘッドライト20を制御する。具体的には、コントローラ30は、光感度が低い領域に含まれるカットオフ領域では、ドライバへの負荷や注意配分の偏りが生じにくいので、このカットオフ領域を再照射するLED光源23の輝度の変化率を比較的大きくして、つまりLED光源23の輝度変化時間を比較的短くして、カットオフ領域の速やかな再照射により安全性を確保するようにする。これに対して、コントローラ30は、光感度が高い領域に含まれるカットオフ領域では、ドライバへの負荷や注意配分の偏りが生じやすいので、これを優先的に抑制すべく、カットオフ領域を再照射するLED光源23の輝度の変化率を比較的小さくする、つまり輝度変化時間を比較的長くする。
【0039】
次に、図7を参照して、本発明の実施形態において、カットオフ領域の位置に応じてLED光源23の輝度の変化率を変えるために用いられる領域について説明する。図7において、符号Cは、ドライバの視野の中心位置に対応する、自車両1の前方にある位置である。例えば、この位置Cは、ドライバ席の車幅方向の中心から真正面にある位置である。また、また、符号R0は、位置Cを含み、ドライバの視野の中心領域(例えば弁別視野)に対応する、自車両1の前方にある領域である。
【0040】
本実施形態では、コントローラ30は、カットオフ領域を再照射するLED光源23の照射領域(カットオフ領域そのものに対応する)が、領域R0の外側にある領域R1に含まれる場合には、LED光源23の輝度を比較的小さい第1変化率で変化させる、換言するとLED光源23の輝度変化時間を比較的長く設定する。また、コントローラ30は、カットオフ領域を再照射するLED光源23の照射領域が、領域R1の更に外側にある領域R2に含まれる場合には、LED光源23の輝度を第1変化率よりも小さい第2変化率で変化させる、換言するとLED光源23の輝度変化時間を領域R1よりも長く設定する。また、コントローラ30は、カットオフ領域を再照射するLED光源23の照射領域が、領域R2の更に外側にある領域R3に含まれる場合には、このLED光源23の輝度を第1変化率よりも大きい第3変化率で変化させる、換言するとLED光源23の輝度変化時間を領域R1よりも短く設定する。
【0041】
例えば、領域R1は視角5~10deg程度の領域に対応し、領域R2は視角10~30deg程度の領域に対応し、領域R3は視角30deg以上の領域に対応する。また、領域R1及び領域R2を合わせた領域は、本発明における「第1領域」に相当し、領域R3は、本発明における「第2領域」に相当する。加えて、領域R1は、本発明における「第3領域」に相当し、領域R2は、本発明における「第4領域」に相当する。なお、上記した例では、領域R1及び領域R2を合わせた領域を本発明における「第1領域」として用いていたが、他の例では、これらの領域R1及び領域R2に加えて、領域R0の少なくとも一部の領域を更に合わせた領域を、本発明における「第1領域」として用いてもよい。
【0042】
次に、本実施形態では、コントローラ30は、カットオフ領域を再照射するときに、ドライバに与える負荷や注意配分の偏りを効果的に抑制すべく、ウェーバー・フェヒナーの法則(以下では単に「フェヒナーの法則」とも呼ぶ。)に基づき、消灯されたLED光源23の輝度を徐々に変化させて再点灯する。このフェヒナーの法則は、人の心理的な感覚量が、刺激の強度ではなく、その対数に比例して知覚されるという法則である。具体的には、本実施形態では、コントローラ30は、このようなフェヒナーの法則に基づき、人に知覚される輝度の変化が一定になるように、つまり感覚量が一定に変化するように、LED光源23の輝度を徐々に大きくする。
【0043】
図8は、本発明の実施形態によるウェーバー・フェヒナーの法則に基づいたヘッドライト20の制御を説明するための図である。図8の上の図は、本実施形態に係る制御によるLED光源23の輝度の変化を示し、図8の下の図は、本実施形態に係る制御による、人に知覚される輝度の変化量(感覚量)を示している。図8の上の図に示すように、本実施形態では、コントローラ30は、フェヒナーの法則として、LED光源23による所定時間(単位時間)前の輝度A1(太実線で示す)に対する、LED光源23による所定時間(単位時間)後の輝度の変化量A2(破線で示す)の割合を一定にするという条件を用いて、カットオフ領域の再照射時にLED光源23の輝度を徐々に大きくする。すなわち、コントローラ30は、「輝度の変化量A2/変化前の輝度A1=a(一定)」という式(以下では単に「フェヒナーの式」と呼ぶ。)に基づき、LED光源23の輝度を変化させる。なお、このフェヒナーの式中の「a」は、実験やシミュレーションなどにより適宜設定される固定値である。
【0044】
図8の下の図に示すように、本実施形態のようにLED光源23の輝度をフェヒナーの法則に基づき変化させると、人の感覚量が線形に変化することがわかる。これにより、本実施形態によれば、暗かったカットオフ領域が急に明るくなることで、眩しさや明滅などによる負荷をドライバに与えることを適切に抑制できる。また、本実施形態によれば、急に明るくなったカットオフ領域に注意が向き、他の領域に注意が向きにくくなってしまうことを抑制できる、つまり注意配分の偏りを適切に抑制できる。
【0045】
次に、図9を参照して、本発明の実施形態において、ウェーバー・フェヒナーの法則に基づいた制御を行う場合に上記の領域R1~R3(図7参照)で用いられる輝度変化時間について説明する。上記したフェヒナーの式中の「a」の値は、LED光源23の輝度の変化率(変化速度)に影響を与えるものである。したがって、「a」の値を調整することで、LED光源23の輝度の変化率を調整できる(具体的には「a」の値を大きくすると輝度の変化率が大きくなる)。すなわち、「a」の値を適宜設定することで、上記したLED光源23の輝度変化時間を調整することができる。したがって、コントローラ30は、領域R1~R3の各々について、所望の輝度変化時間を実現する「a」の値が適用されたフェヒナーの式に基づき、カットオフ領域の再照射時にLED光源23の輝度を徐々に大きくする制御を行う。本実施形態では、コントローラ30は、領域R1では、比較的長い時間T2を輝度変化時間として適用し、領域R2では、時間T2よりも長い時間T3を輝度変化時間として適用し、領域R3では、時間T2よりも短い時間T1を輝度変化時間として適用する。
【0046】
本願発明者による実験やシミュレーションなどの結果によれば、消灯されたLED光源23の輝度を0.2秒以上かけて所望の輝度まで変化させれば、カットオフ領域の再照射時にドライバに与える負荷や注意配分の偏りを適切に抑制できることがわかった。他方で、消灯されたLED光源23を再点灯させて、カットオフ領域の視認性を速やかに確保するためには、つまり安全性を確保するためには、消灯されたLED光源23の輝度を0.6秒以内に所望の輝度まで変化させるのが望ましいことがわかった。以上まとめると、LED光源23の輝度変化時間を0.2秒~0.6秒以下に設定するのが望ましいと言える。よって、本実施形態では、例えば、領域R1での輝度変化時間T2を300msecに設定し、領域R2での輝度変化時間T3を400msecに設定し、領域R3での輝度変化時間T1を200msecに設定する。なお、各領域R1、R2、R3において固定の輝度変化時間T2、T3、T1を用いることに限定はされず、視角に対応する位置に応じて連続的又は段階的に輝度変化時間を変えてもよい。
【0047】
なお、上記した本実施形態によるカットオフ領域の再照射時におけるLED光源23の輝度の制御は、LED光源23により照射された物体からの反射光の輝度を用いて実行するのがよい。したがって、好適な実施形態では、コントローラ30は、LED光源23により照射された物体からの反射光の輝度をカメラ11により検出し、この検出された輝度に基づき、カットオフ領域の再照射時にLED光源23の輝度を徐々に大きくする制御を行うのがよい。なお、このようにカメラ11により検出された輝度を用いる代わりに、LED光源23により照射された物体からの反射光の輝度の代表的な値を事前に規定しておき、この輝度の値を固定値として用いて、カットオフ領域の再照射時にLED光源23の輝度を徐々に大きくする制御を行ってもよい。
【0048】
また、上記した実施形態では、カットオフ領域の再照射時に、フェヒナーの法則に基づき、消灯されたLED光源23の輝度を徐々に大きくする制御を行っていたが、他の例では、カットオフ領域の再照射時に、消灯されたLED光源23の輝度を線形に徐々に大きくする制御を行ってもよい。要は、消灯されたLED光源23の輝度を徐々に変化させればよく、その変化の態様は問わない。
【0049】
また、上記した本実施形態によるカットオフ領域の再照射時における輝度の制御は、ハイビームユニット21bのLED光源23への適用に限定はされず、ロービームユニット21aのLED光源23に適用してもよい。
【0050】
[作用及び効果]
次に、図10を参照して、本発明の実施形態によるヘッドライト制御システム100の作用及び効果について説明する。図10の左側には、領域R1に含まれるカットオフ領域(例えば視覚10~15degに対応する領域)の再照射時において、輝度変化時間(T2)を300msecに設定してLED光源23の輝度を変化させたときの注意配分及びSCRの結果を示している。図10の中央には、領域R2に含まれるカットオフ領域(例えば視覚23~28degに対応する領域)の再照射時において、輝度変化時間(T3)を400msecに設定してLED光源23の輝度を変化させたときの注意配分及びSCRの結果を示している。図10の右側には、領域R3に含まれるカットオフ領域(例えば視覚33~38degに対応する領域)の再照射時において、輝度変化時間(T1)を200msecに設定してLED光源23の輝度を変化させたときの注意配分及びSCRの結果を示している。このような図10に示す結果は、図6と同様の実験(ドライビングシミュレータ)を行うことで得られたものである。よって、ここでは具体的な実験条件の説明を省略する。
【0051】
図10に示すように、本実施形態によれば、領域R1、R2、R3の全てにおいて、注意配分の偏りが小さく且つSCRの変化量が小さい(つまり負荷が低い)ことがわかる。すなわち、本実施形態によれば、光感度に関する人の視覚特性に基づき、カットオフ領域を再照射するときに、消灯されたLED光源23の輝度の変化率をカットオフ領域(当該LED光源23の照射領域)の位置に応じて変えるようにヘッドライト20を制御するので、ドライバに与える負荷や注意配分の偏りの抑制と、カットオフ領域の速やかな再照射による安全性確保とを適切に両立することができるのである。具体的には、光感度が高い領域R1、R2では、消灯されたLED光源23の輝度の変化率を比較的小さくするので、ドライバに与える負荷や注意配分の偏りを抑制することができ、光感度が低い領域R3では、消灯されたLED光源23の輝度の変化率を比較的大きくするので、カットオフ領域の速やかな再照射により安全性を確保することができる。
【符号の説明】
【0052】
1 車両(自車両)
11 カメラ
12 レーダ
20 ヘッドライト
21a ロービームユニット
21b ハイビームユニット
22a、22b LEDアレイ
23 LED光源
30 コントローラ
100 ヘッドライト制御システム
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10