(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-06
(45)【発行日】2024-03-14
(54)【発明の名称】加齢に伴う認知機能の低下予防又は改善用の組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 31/7004 20060101AFI20240307BHJP
A61P 25/28 20060101ALI20240307BHJP
A23L 33/125 20160101ALI20240307BHJP
A23L 2/52 20060101ALI20240307BHJP
A23L 27/00 20160101ALI20240307BHJP
A23G 3/42 20060101ALI20240307BHJP
【FI】
A61K31/7004
A61P25/28
A23L33/125
A23L2/00 F
A23L2/52
A23L27/00 E
A23G3/42
(21)【出願番号】P 2020089261
(22)【出願日】2020-05-22
【審査請求日】2023-05-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000188227
【氏名又は名称】松谷化学工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】509111744
【氏名又は名称】地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター
(74)【上記1名の代理人】
【識別番号】000188227
【氏名又は名称】松谷化学工業株式会社
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 昌吾
(72)【発明者】
【氏名】柳井 修一
(72)【発明者】
【氏名】飯田 哲郎
(72)【発明者】
【氏名】新谷 知也
【審査官】榎本 佳予子
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-028584(JP,A)
【文献】特開2010-059200(JP,A)
【文献】国際公開第03/097820(WO,A1)
【文献】特開2005-263734(JP,A)
【文献】Med. Chem.,2013年,Vol.3, No.4,p.193
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00-33/44
A61P 1/00-43/00
A23L 33/00-33/29
A23L 2/52
A23L 27/00
A23G 3/42
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
D-アロースを有効成分として含有する、老化に伴う認知機能の低下予防又は改善用の組成物。
【請求項2】
認知機能が、知覚能力、思考力、集中力、判断力、学習能力及び記憶力から選ばれる1種以上である、請求項1記載の組成物。
【請求項3】
学習能力又は記憶力が、空間学習能力又は空間記憶力である、請求項2に記載の組成物。
【請求項4】
学習能力又は記憶力が、海馬依存性によるものである、請求項2又は3に記載の組成物。
【請求項5】
D-アロースが、一日あたり0.01~0.3g/体重kgとして経口摂取される、請求項1~4のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項6】
D-アロースが、少なくとも4週間経口摂取される、請求項5記載の組成物。
【請求項7】
医薬品又は食品の形態で用いられる、請求項1~6のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項8】
食品の形態が、甘味料、飲料、菓子又は嚥下補助食品である、請求項7記載の組成物。
【請求項9】
食品の形態が、保健機能食品、健康補助食品、機能性表示食品、特定保健用食品又は特別用途食品である、請求項7又は8に記載の組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、日常的に継続摂取できる、加齢に伴う認知機能低下の予防及び/又は改善のための、D-アロースを有効成分として含有する組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
認知機能とは、外的環境からの刺激を認識する一連の複合的な過程を指し、知覚、理解、注意、思考、判断、記憶、学習などの過程からなる総合的な能力をいう。認知機能の主な過程に「記憶」と「学習」があり、「記憶」は、経験で得た情報を一定時間保持して必要に応じてその情報を再現する過程をいい、「学習」は、経験や順化によって生じる比較的永続的な行動修正の過程をいう。もっとも、この「学習」をごく短時間の「記憶」の集積とする見解もあり、これら両概念の定義は単純ではなく、むしろ大部分が重複するといわれる。
【0003】
「記憶」に障害が生じる要因は、外傷によるものを除けば、「認知症の発症」と「加齢に伴う物忘れ」が主であると考えられる。前者の「認知症の発症」のうち、特に「アルツハイマー型認知症の発症」は、アミロイドβという特定の原因タンパク質の蓄積が神経細胞を死滅させることにより生じる疾患である(非特許文献1)。一方、後者の「加齢に伴う物忘れ」とは、特定の疾患を指すのでなく、脳機能が加齢により衰えること、すなわち「正常な老化」を指し、その衰えの主な要因は、神経新生の減少、神経変性、シナプス可塑性の劣化、神経細胞への重金属の蓄積などであり(非特許文献2)、これら複数要因による複合的結果としての機能劣化状態であると考えられる。そして、この「正常な老化」は、上述のアルツハイマー型認知症を例とする「異常老化」と区別される(非特許文献3)。
【0004】
この「記憶」あるいは「学習」の機能改善のための薬剤としては、神経変性を防ぐ剤、脳血流を促進する剤、脳内エネルギー代謝の賦活剤、神経伝達物質の活性化剤、神経伝達物質の受容体への結合促進剤などが有効と考えられる。現在、国内で臨床適用される薬剤の具体例としては、ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン、メマンチンが挙げられ、これらは、記憶や学習に関わる神経伝達物質又はその受容体に作用して記憶力や学習能力の改善効果を奏するが、対症療法としての一定の効果は認められるものの、十分な効果を発揮する薬剤とは評価されていない。
【0005】
また、他方で、記憶力や学習能力の維持に効果があるとされるDHA(ドコサヘキサエン酸)やイチョウ葉ポリフェノールが、機能性表示食品の関与成分として利用されている。しかし、DHAには酸化されやすい難点があり、また、イチョウ葉ポリフェノールは、天然物の抽出物として利用されることから、アレルギー物質のギンコール酸が含まれたり苦みがあったりと、いずれも利用態様が非常に限定されている。
【0006】
そこで、本発明者らは、日々摂取する食品のごとく安全性の高い素材であって、かといって不都合な物質を含む天然物の抽出物ではなく、また、酸化や分解などのおそれがない安定した素材を種々検討するなかで、D-アロースが、加齢に伴う認知機能の低下、特に加齢に伴う記憶力や学習能力の低下の予防及び/又は改善する可能性を見出した。
【0007】
D-アロースは、長期摂取可能な安全性の高い単糖で(非特許文献4)、抗酸化作用があり、ラット由来PC12細胞(カテコールアミン産生腫瘍の神経細胞)に酸化剤(6-hydroxydopamine)を添加して誘発される神経細胞死を抑制することから、アルツハイマー病型認知症などの神経細胞死に起因する神経変性疾患の治療薬として利用できる可能性が報告されている(特許文献1)。
【0008】
また、神経伝達物質アセチルコリンが受容体に結合するのを阻害するスコポラミンを投与して得た多動性モデルマウスに、D-アロースを投与すると、脳内のアセチルコリンエステラーゼ活性の上昇が抑制される傾向にあったことが報告されている(非特許文献5)。しかし、強力なアセチルコリンエステラーゼ阻害剤であるドネペジルは、認知症治療薬として利用されてはいるが、加齢による記憶力の衰えを改善しないとの報告があるため(非特許文献6)、アセチルコリンエステラーゼの阻害又は抑制する物質には加齢に伴う記憶力や学習能力の低下予防又は改善する効果はない、すなわち、D-アロースには加齢による記憶力や学習能力の低下予防又は改善効果はないと考えられていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2005‐263734号公報
【文献】国際公開2008/142860号
【非特許文献】
【0010】
【文献】Reisuke H.Takahashi ら著、“Intraneuronal alzheimer Aβ42 accumulates in multivesicular bodies and is associated with synaptic pathology”,Am. J. Pathol.,Vol.161,Issue5,p.1869‐1879 (2002年)
【文献】Handbook of the Neuroscience of Aging, Patrick R. Hofら編,p.61‐86(2010年)
【文献】朝長正徳 著 「脳の正常老化と異常老化」、化学と生物、第27巻、p.14‐19、1989年
【文献】Yusuke Iga ら著, “Acute and sub‐chronic toxicity of toxicity of D‐allose in rats”, Biosci. Biotechnol. and Biochem.,Vol.74,Issue7,p.1476‐1478(2010年)
【文献】Gomonchareonsiri Sumittra ら著, “The effects of D‐allose on locomotor activity and acetylcholinesterase activity in scopolamineinduced hyperactivity in mice”, 2nd International Conference on Medicinal Chemistry & Computer Aided Drug Designing Vol.3,Issue4,p.193 (2013年)
【文献】Carla M. Yuede ら著, “Anti‐dementia drugs and hippocampal‐dependent memory in rodents” , Behav. Pharmacol. Vol.18,Issue5, p.347‐363(2007年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の課題は、酸化や分解など変質のおそれがない安定した素材であって、長期摂取による安全性が確認された素材のうち、加齢に伴う認知機能の低下、とくに、記憶力又は学習能力の低下を予防及び/又は改善する素材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、かかる課題を解決すべく検討したところ、D-アロースが加齢により低下する認知機能の低下、とくに、記憶力又は学習能力の低下を予防し、又は改善することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、本発明は、上記知見に基づいて完成されたものであり、以下の〔1〕~〔9〕から構成されるものである。
〔1〕D-アロースを有効成分として含有する、老化に伴う認知機能の低下予防又は改善用の組成物。
〔2〕認知機能が、知覚能力、思考力、集中力、判断力、学習能力及び記憶力から選ばれる1種以上である、上記〔1〕記載の組成物。
〔3〕学習能力又は記憶力が空間学習能力又は空間記憶力である、上記〔2〕に記載の組成物。
〔4〕学習能力又は記憶力が海馬依存性によるものである、上記〔2〕又は〔3〕に記載の組成物
〔5〕D-アロースが、一日あたり0.01~0.3g/体重kgとして経口摂取される、上記〔1〕~〔4〕のいずれかに記載の組成物。
〔6〕D-アロースが、少なくとも4週間経口摂取される、上記〔5〕記載の組成物。
〔7〕医薬品又は食品の形態で用いられる、上記〔1〕~〔6〕のいずれかに記載の組成物。
〔8〕食品の形態が、甘味料、飲料、菓子又は嚥下補助食品である、上記〔7〕に記載の組成物。
〔9〕食品の形態が、保健機能食品、健康補助食品、機能性表示食品、特定保健用食品又は特別用途食品である、上記〔7〕又は[8〕に記載の組成物。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、D-アロースは長期摂取可能な安全性の高い素材であるため、加齢による認知機能、特に、加齢による記憶力や学習能力の低下予防剤や改善剤として提供できるにとどまらず、「学習・記憶力の維持に役立つ」、「加齢による学習・記憶機能の低下を緩和」、「判断や読み書きをサポート」、「記憶をサポート」などと表示される、特定保健用食品や機能性表示食品を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図2】オープンフィールド試験の実験装置の写真である。
【
図3】モリス水迷路の円形水槽を上から見たときの図(上面図)であり逃避台設置可能位置を示す。
【
図4】モリス水迷路試験の実験装置全体の写真である((b)場所訓練時)。
【
図5】モリス水迷路の円形水槽におけるスタート位置と逃避台の位置関係を示した上面図である((b)場所訓練時)。
【
図6】モリス水迷路の(b)場所訓練の結果(試験1の遊泳距離)を示すグラフである。
【
図7】モリス水迷路の(b)場所訓練の結果(試験2の遊泳距離)を示すグラフである。
【
図8】モリス水迷路の円形水槽におけるスタート位置と逃避台の位置関係を示した上面図である((c)プローブテスト時)。
【
図9】モリス水迷路の(c)プローブテストの結果(試験1における(ア)各領域の滞在時間と、(イ)全60秒又は(ウ)前半30秒の横断回数)を示すグラフである。
【
図10】モリス水迷路の(c)プローブテストの結果(試験2における(ア)各領域の滞在時間と、(イ)全60秒又は(ウ)前半30秒の横断回数)を示すグラフである。
【
図11】モリス水迷路試験の実験装置全体の写真である((d)手掛かり学習時)。
【
図12】恐怖条件付け試験の「条件付け用の実験箱」を木製防音箱に設置したときの全体写真である。
【
図13】恐怖条件付け試験の結果(試験1における(イ)音依存性記憶テスト(1時間、24時間後)と(ロ)環境依存性記憶テスト(48時間後)のすくみ反応の割合)を示すグラフである。
【
図14】恐怖条件付け試験の結果(試験2における(イ)音依存性記憶テスト(1時間、24時間後)と(ロ)環境依存性記憶テスト(48時間後)のすくみ反応の割合)を示すグラフである。
【
図15】ホットプレート試験の実験装置の写真である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明における「加齢」とは、一般的には、生物が個体として誕生してから必然的に開始する時間経過、又はその個体の成熟期以降の状態を指し、その時間経過により個体の組織や機能が不可逆的に劣化する「老化」と同義に用いることもある。なお、本発明にいう「老化」とは、成熟期以降に脳機能が衰える「正常老化」、すなわち、神経新生の減少、神経変性、シナプス可塑性の劣化、神経細胞への重金属の蓄積などといった、加齢に伴い自然に生じる機能劣化状態を指し、疾病であるアルツハイマー型認知症を代表例とする「異常老化」とは区別される。
【0017】
本発明にいう「認知機能」とは、外的環境からの刺激を認識する一連の複合的な過程を指し、知覚、理解、注意、思考、判断、記憶、学習などの過程からなる総合的な能力をいう。そして、認知機能の低下の「予防」とは、この総合的な能力が低下(悪化)することの防止又は遅延させることをいい、その能力の維持を含む。また、認知機能の「改善」とは、上の総合的な能力の回復、向上、促進することをいう。この認知機能の改善は、中長期的なもののみならず、一過的な能力の回復、向上、促進などを含み、具体的には、例えば、一過的な記憶力あるいは学習能力の向上などを含む。
【0018】
上記の認知機能の過程のうち、「記憶」は、経験で得た情報を一定時間保持して必要に応じてその情報を再現する過程をいい、「学習」は、経験や順化によって生じる比較的永続的な行動修正の過程をいう。もっとも、この「学習」をごく短時間の「記憶」の集積とする見解もあり、これら両概念の定義は単純ではなく、むしろ大部分が重複するともいわれる。また、この学習と記憶は、その対象に応じて、例えば、「言語学習」、「視空間学習」、「空間作業記憶」などといったり、期間に応じて、例えば、「即時記憶」、「短期記憶」、「長期記憶」などということもある。
【0019】
この認知機能を測定・評価する方法は種々知られており、被験物質非投与のモデル動物と比較した被験物質投与のモデル動物の認知機能を評価する方法、例えば、モリス水迷路(MWM)、バーンズ広場迷路、放射状迷路、T-迷路など、モデル動物が空間情報を利用する迷路を用いた評価方法がよく知られ、これらのほか、新規物体認識試験、匂い認識作業試験等の方法を用いて評価することもできる。
【0020】
認知機能のうち、とくに記憶について測定・評価する場合、上述のモデル動物を用いた試験方法を用いることができるほか、条件付け試験法を用いることができ、具体的には、電気刺激による恐怖条件付け試験法がよく用いられる。
【0021】
本発明に用いるD-アロースは、市販品(例えば、東京化成工業株式会社製など)として容易に入手可能であるが、D-プシコース(例えば、松谷化学工業株式会社製「Astraea」など)を購入し、これにL-ラムノースイソメーラーゼを作用させて異性化し、分離・精製して得ることもできる(例えば、特開2008-109933号公報などを参照)。本発明の組成物に用いるD-アロースは、純品に限る必要はないものの、その純度は90%以上であることが好ましく、D-アロースの効用を阻害しない限りは、その製造過程で生じるほかの糖、例えば、デキストリン、オリゴ糖、D-グルコース、D-フラクトース、D-プシコースなどを含んでいてもよい。
【0022】
本発明のD-アロースを有効成分として含有する組成物は、液体、固体、ゲル状、顆粒状など、その形態はどのようなものであってもよく、医薬品のみならず食品の形態で用いることもでき、例えば、甘味料、飲料、菓子、デザート、パン、麺、米飯など一般的な食品のほか、加齢に伴い生じる嚥下障害の食事を補助する嚥下剤や嚥下食品などの形態で用いることもできる。また、食品形態の場合にあっては、健機能食品、健康補助食品、機能性表示食品、特定保健用食品又は特別用途食品などとして用いることもできる。
【0023】
本発明の組成物を投与する又は摂取させる対象は、認知機能の改善等が望まれる哺乳動物であり、マウス、ラット、ハムスター、イヌ、ネコ、ウシ、ブタ、サル、ヒトなどを挙げることができるが、認知機能の改善等効果がもっとも認められやすいヒトが好ましい。また、本発明の組成物の適切な投与量又は摂取量は、有効成分であるD-アロースとして、少なくとも0.01g/体重kg/日以上、好ましくは0.015~0.30g/体重kg/日の範囲にあればよいが、0.020~0.20/体重kg/日、さらには0.028~0.15g/体重kg/日であることが好ましい。また、ヒト成人体重を50kgとすれば、一日あたり少なくとも0.5g以上、好ましくは0.75~15g、より好ましくは1.00~10g、さらに好ましくは1.40~7.5gである。また、本発明の組成物を食品形態で提供する場合、上に例示した食品形態で提供することができるが、その食品一食を食したときに摂取できる有効成分のD-アロース量を勘案して食品設計するのがよく、例えば、食事毎に必ず摂取する茶飲料やみそ汁の一食あたりに少なくとも0.1g以上を配合、好ましくは0.2~5.0g程度配合することにより、ヒト成人が一日あたりに摂取すべき量を充足することできる。
【0024】
本発明にいうD-アロースを有効成分として含有する組成物による認知機能の改善又は認知機能低下の予防の作用機序は解明されるに至っていないが、加齢に伴う「正常な老化」、すなわち、神経新生の減少、神経変性、シナプス可塑性の劣化、神経細胞への重金属の蓄積などのいずれかの劣化状態を予防又は改善する結果として、老化に伴う認知機能、特に記憶力や学習能力を回復、促進、向上させるものと考えられる。
【0025】
以下、本発明の実施例について詳述するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例】
【0026】
1.マウスの予備飼育及び群分け
4週齢のマウスC57BL/6J(日本チャールス・リバー株式会社製)5匹を一群とし、ポリサルフォン製ケージ(横17cm×縦30cm×高さ17cm、テクニプラストジャパン株式会社製)内で、個別換気ケージシステムの下、12か月齢まで集団予備飼育をした。なお、飼育室は、温度22±1℃、湿度55±5%、明暗周期を7時点灯・19時消灯に維持し、飲料水(塩素2ppm添加・5μmフィルター濾過水道水)及び飼料CRF-1(オリエンタル酵母工業株式会社製)は自由摂食とした。12か月齢となる前日には全被験マウスの体重を測定し、各群の合計体重が等しくなるよう群分けを行った。この群分けによる群当たりの匹数は、「試験1」(D-アロース0%飼料摂食群(以下、「コントロール群」ともいう。)とD-アロース3%飼料摂食群との2群比較試験)では各群15匹であり、「試験2」(コントロール群、D-アロース1%飼料摂食群、D-アロース5%飼料摂食群、D-アロース5%飼料短期摂食群の4群比較試験)では、D-アロース5%飼料短期摂食群のみ16匹、それ以外の群は15匹であった。なお、この「試験2」における「D-アロース5%飼料短期摂食群」とは、D-アロース5%飼料を短期摂食したときの効果を確認するための被験群であり、その「短期摂食」の内容は、次段落で詳述する。
【0027】
2.予備飼育マウスへのD―アロースの投与(自然老化マウスの作製とD-アロース投与)
飼料CRF-1(オリエンタル酵母工業株式会社製)に対し、D-アロース(松谷化学工業株式会社製)を0、1、3又は5%となるよう添加した後、これら飼料の硬さが同等となるよう調製したものを被験飼料とした。この被験飼料のいずれかを、上記手順で得た予備飼育マウス(12か月齢)に6か月間与えてさらに飼育し、18か月齢の自然加齢マウスとして得た。ただし、試験2の「D-アロース5%飼料短期摂食群」は、上記手順で得た予備飼育マウス(12か月齢)にD-アロース0%飼料を5か月間与えてさらに飼育した後、次いでD-アロース5%飼料を1か月間与えて飼育することにより、18か月齢の自然加齢マウスとして得た。こうして得られた自然老化マウスを用いて、以降の行動実験(「試験1」、「試験2」)を行った。なお、得られた実験数値は、投与期間中又は行動実験中に自然死したマウスの個体データを排除した「平均±標準誤差」で示し、後述する「(3)モリス水迷路試験」及び「(4)恐怖条件付け試験」については統計解析を行った。また、このうち、「(3)モリス水迷路試験」の(b)場所訓練の結果(遊泳距離)については、投与飼料を被験体間要因として分散分析を行い、訓練日数の経過による影響(学習効果の有無)については、被験体内要因とする2要因の分散分析を行った。また、「試験1」の2群間の比較にはt検定を、「試験2」の4群間の比較にはDunnett検定を用い、そのp値を図中に示した。
【0028】
3.行動実験の概要
行動実験は、上の手順で得た自然加齢マウスを用い、同一施設、同一条件(投与条件を除く)、同一実験者により行った。行動実験に先立ち、被験マウスを実験者に馴らすため、被験マウスを手のひらに乗せるハンドリングを1日に5分間、3日間連続で行い、その後約1か月の間に(1)ワイヤーハンギング試験、(2)オープンフィールド試験、(3)モリス水迷路試験、(4)恐怖条件付け試験、(5)電流感受性試験、(6)ホットプレート試験の順に実施した。なお、この行動実験は、実験者には各群が判別できないブラインド条件で実施した。
【0029】
(1)ワイヤーハンギング試験(群間に筋力の差異がないことの確認試験)
ワイヤーハンギング試験は、
図1に示すワイヤーハンギング実験箱(小原医科産業株式会社製)を用いて行った。まず、マウスを金網の中央にしがみつかせ、速やかにハンドルを回して金網を反転させた。次に、そのマウスが金網から落ちるまでの保持時間をストップウォッチで計測し、マウスが金網から落ちない場合は最大300秒まで観察した。15分間の試行間間隔を取って2試行実施し、より長い保持時間を採用した。なお、この保持時間は筋力の指標とされる。
【0030】
ワイヤーハンギング試験の結果、試験1及び2のいずれにおいても、群間に、保持時間の差はみられなかったことから、筋力の大きな差はなく、D-アロース投与による筋力への影響はほとんどないであろうと確認できた。
【0031】
(2)オープンフィールド試験(活動性に異常がないことの確認試験)
活動性に異常がないかを確認するため、オープンフィールド試験を行った。オープンフィールド試験には、壁面が無色透明のアクリル樹脂製板(30cm×50cm)で囲われた正方形のフィールド(50cm×50cm、小原医科産業株式会社製)を用いた(
図2)。フィールド上部に調光器付きLEDライトを設置して照度を調節し、フィールドの天井に設置したCCDカメラを通じて被験マウスの動きをモニターで観察してコンピューターで記録した。実験プログラムの制御及びデータ解析には、「Time(登録商標) OFCR4 for Open field test」(小原医科産業株式会社製)を用いた。このオープンフィールド装置の中央に被験マウス1匹を置き、1回につき15分間、自由に探索させた。なお、照明条件は、1日目は暗条件(10lux)、2日目は明条件(300lux)とし2日間にかけて行った。被験マウスの活動性の指標として、移動距離と立ち上がり回数を計測した。
【0032】
その結果、移動距離と立ち上がり回数は、明暗の照明条件にかかわらず、また、D-アロースを摂食しているかにかかわらず、「試験1」及び「試験2」のいずれにおいても、活動性に異常がないことが確認できた。
【0033】
(3)-1 モリス水迷路試験の概要と(a)逃避馴致
D-アロース摂取が学習及び記憶に及ぼす影響を評価するため、モリス水迷路試験を行った。モリス水迷路試験は、まず、試験前日に、直径1m×高さ約30cmの円形の水槽(小原医科産業株式会社)の高さ21cm位置まで水を張って酸化チタンで白色化し(水温22±1℃)、その円形の水槽を仮想の東西軸と南北軸で4分割したうちの1つの領域(以降、「四分領域」という。)の中央に、被験マウスが水から逃避するための逃避台(直径10cm)を、水面から下約1cmの位置に設けた。このときの水槽における逃避台の位置関係を上面図として
図3に示す。なお、この逃避台は、水の白色化により水槽の上からは視認できない。また、実験プログラムの制御及びデータ(遊泳距離)の解析には、「Time (登録商標) MWM for Morris water maze」(小原医科産業株式会社製)を用いた。そして、このモリス水迷路試験は、(a)逃避馴致(1日間)、(b)場所訓練(10日間)、(c)プローブテスト(1日間)、(d)手掛かり学習(4日間)の順で、毎日9時から18時の間に行った。(a)の逃避馴致は、先述の円形水槽に設置した逃避台を三角形の枠で囲った中で被験マウスを泳がせることにより行い、被験マウスが逃避台に到達してから5秒間そのまま留置することを3回繰り返す操作を1試行とし、15分間の試行間間隔を取ってこれを2試行実施した。
【0034】
(3)-2 モリス水迷路試験の(b)場所訓練
(b)場所訓練は、(a)の逃避馴致を行った翌日に開始した。場所訓練は、先述の円形水槽の周囲に逃避台の空間位置の手がかりとなるオブジェクトを設置した実験装置(
図4)を用い、1被験マウス当たり1日4回実施した。被験マウスに対する逃避台の位置とスタート位置の関係を
図5に示す。逃避台の位置又はスタート位置に起因する差が群間で生じないよう、被験マウスごとにその位置を以下のとおり決定した。まず、逃避台の位置は、各群に対して4つの逃避台がなるべく同数になるよう満遍なく割り当てた。次に、スタート位置は、逃避台のある四分領域以外の残り3つの四分領域の孤上中央位置のいずれかを場所訓練回ごとにランダムに割り当てた。そして、場所訓練をする被験マウスは、体重測定後に飼育ケージとは別の個別待機ケージに移ししばらく置いた後、スタート位置から入水させて、逃避台に到達するまでの距離を上述のモリス水迷路実験装置にて計測した。開始から60秒以内に被験マウスが逃避台に到達しないときは、実験者が被験マウスを逃避台まで誘導し、逃避台到達後は、いずれの被験マウスもその場に10秒間留置した。この1日4回の場所訓練は、15分間の試行間間隔を取って行い、10日間連続して実施した。そして、場所訓練の最終日(10日目)の遊泳距離を空間学習の指標とし、訓練前半(1~5日目)と訓練後半(6~10日目)の各遊泳距離についても補助的に勘案した。
【0035】
「試験1」における、モリス水迷路試験の(b)場所訓練の結果を
図6に示す。いずれの群も、場所訓練の日数経過とともに遊泳距離が短くなり、場所訓練の効果がみられた。3%摂食群の遊泳距離は、場所訓練の前半(1~5日目)では対照群より長かったが、場所訓練の後半(6~10日目)では対照群より短かった。そして、場所訓練最終日の10日目では対照群より3%摂食群の遊泳距離は明らかに短かった。
【0036】
「試験2」における、モリス水迷路試験の(b)の場所訓練の結果を
図7に示す。いずれの群も、場所訓練の日数経過とともに遊泳距離が短くなり、場所訓練の効果がみられた。1%摂食群、5%摂食群及び5%短期摂食群の各遊泳距離は、場所訓練の前半(1~5日目)では対照群より長いか、あるいは対照群とは差がなかったが、場所訓練の後半(6~10日目)では対照群より短くなり、場所訓練最終日の10日目には対照群より明らかに短かった。
【0037】
場所訓練の結果(遊泳距離)は、空間学習の指標であり、空間学習が進めば遊泳距離は短くなると考えられる(田熊一敞ら著「学習・記憶行動の評価方法」、日本薬理学会誌(2007年)、第130巻、p.112‐116を参照)。場所訓練の初期は、モリス水迷路による実験環境に被験マウスが適応する期間であるから、場所訓練の前半(1~5日目)では学習の効果が結果に反映されにくいと考えられる一方、場所訓練の後半(6~10日目)では学習の効果が反映されていると考えられる。そのため、場所訓練の後半と最終日の10日目において、対照群に比べて1%摂食群、3%摂食群、5%摂食群及び5%短期摂食群のすべての群において遊泳距離が短いという結果は、D-アロース摂取による空間学習の効果が反映された結果と考えられる。
【0038】
(3)-3 モリス水迷路試験の(c)プローブテスト
(c)プローブテストは、(b)の場所訓練の最終日の翌日に行った。プローブテストの際の逃避台(正確には、場所訓練時に逃避台があった位置)とスタート位置の関係を、
図8に示す。まず、場所訓練で用いた円形水槽から逃避台を取り除き、各被験マウスごとに、場所訓練で学習させた逃避台のあった四分領域の対角にある四分領域をスタート位置として割り当て、場所訓練のときと同じく60秒間泳がせた。その60秒間に、(ア)4つの四分領域のそれぞれに滞在した時間、(イ)逃避台のあった位置の横断回数を測定し、さらに(ウ)前半30秒間における逃避台のあった位置の横断回数も測定した。なお、(ア)のTarget領域滞在時間は、空間位置の「大まかな記憶」の指標であり、別のマウス実験において加齢とともに短くなることが知られている。また、(イ)及び(ウ)の横断回数は、「詳細記憶」の指標であり、加齢とともに少なくなると考えられる。
【0039】
試験1における、(ア)滞在時間の結果を
図9に示す。4つの四分領域のうち、場所訓練時に逃避台のあった四分領域(以下、「Target領域」ともいう。)に滞在した時間は、3%摂食群と対照群とで大きな差はなかった。
【0040】
試験2における、(ア)滞在時間の結果を
図10に示す。Target領域に滞在した時間は、1%摂食群及び5%短期摂食群では、対照群より長い傾向にあった。よって、D-アロース1%含有の食餌を摂食、又は5%含有の食餌を短期摂食することにより、老化に伴い低下する「大まかな記憶」が改善されると考えられた。
【0041】
次に、試験1における、(イ)及び(ウ)の横断回数の結果を
図9に示す。逃避台のあった位置の横断回数は、(イ)の60秒間、(ウ)の前半30秒間のいずれの場合も、対照群より3%摂食群のほうが多かった。
【0042】
試験2における、(イ)及び(ウ)の横断回数の結果を
図10に示す。逃避台のあった位置の横断回数は、(イ)(ウ)ともにすべての群間で差はなかった。以上より、3%のD-アロース摂取は、老化に伴い低下する空間位置の詳細記憶を改善すると考えられた。
【0043】
ここで、先の(b)場所訓練の試験では、すべてのD-アロース摂食群において遊泳距離が短くなって「空間学習」の改善効果がみられたのに対し、この(c)プローブテストでは、「詳細記憶」の改善効果は3%摂食群でのみ認められ、また、「大まかな記憶」の改善効果は1%摂食群と5%短期摂食群でのみ認められたにとどまり、すべての群で一律同様の効果は認められなかった。これは、先の(b)場所訓練の結果が、長期訓練による空間位置の「学習」の効果をあらわすのに対し、(c)プローブテストの結果は、「記憶」の単回の結果でしかないため、結果数値にバラつきがみられることが要因と考えられる。もっとも、結果数値に若干のバラつきがあっても、このプローブテストの結果からは、D-アロースが「記憶」の機序に何らかの影響を与えてこれを改善する効果はあるといえる。
【0044】
(3)-4 モリス水迷路試験の(d)手掛かり学習(被験マウスの視覚に差異がないことの確認)
被験マウスごとに視覚に差異がないことを確認するための(d)手掛かり学習は、(c)のプローブテストの翌日以降に開始した。手掛かり学習の実験装置として、
図11に示す円形水槽装置を用いた。具体的には、(b)場所訓練で用いた円形水槽の上部空間に設置したオブジェクトをすべて取り除いてから、被験マウスに認識可能な状態となるよう明確な目印を付した逃避台を設置した円形水槽装置を用いた。そして、この装置以外は、(b)の場所訓練と同じ手順で訓練を行い、4日間の遊泳距離を測定した。その結果、訓練最終日の4日目の遊泳距離は被験マウス間で差異がなかった。前述のとおり、訓練最終日である4日目における遊泳距離は空間学習の指標となるため、その遊泳距離に差異がなかったという結果から、各被験マウスの視覚能には差異がないことが確認できた。
【0045】
(4)恐怖条件付け試験
D-アロース摂取が恐怖記憶に及ぼす影響を評価するため、恐怖条件付け試験を行った。恐怖条件付け試験は、「恐怖の条件付け」を行ったあと、その1時間後と24時間後に(イ)音依存性記憶テストを、48時間後に(ロ)環境依存性記憶テストを行うことにより実施した。ここで、(イ)の音依存性記憶テストは、その記憶が大脳の扁桃体に依存するかの評価をするためのものであるのに対し、(ロ)の環境依存性記憶テストは、その記憶が大脳の海馬に依存するかの評価をするためのものである。
【0046】
「恐怖の条件付け」と(ロ)の環境依存性記憶テストには、「条件付け用の実験箱」を用い、(イ)の音依存性記憶テストには、「音呈示用の実験箱」(いずれの箱も横17cm×縦11cm×高さ12cm、小原医科産業株式会社製)を用いた。「条件付け用の実験箱」は、壁面が無色透明のアクリル樹脂製板で、床面がステンレス製の格子板(直径2mm、格子の間隔5mm)の実験箱である。そのステンレス製の格子板には、ショックジェネレーター(小原医科産業株式会社製)が接続され、被験マウスの四肢が接触すると電気ショックが伝えられる。この「条件付け用の実験箱」を
図12に示す。一方、「音呈示用の実験箱」は、壁面・床面ともに黒色のアクリル樹脂製板の実験箱である(図示はない)。これら二つの実験箱は、それぞれ木製防音箱(横60cm×縦45cm×高さ65cm、小原医科学産業株式会社製)内に設置することにより、被験マウスに条件となる音(条件刺激。CSともいう。)以外の音が届かないようになっており、条件刺激となる音は、防音箱内部の壁面上方のスピーカーより呈示した。実験スケジュールの制御及びデータ解析には「TimeFZ1 for contextual and cued fear conditioning test」(小原医科産業株式会社製)を用い、被験マウスの様子は、天井に設置したビデオカメラを通じてモニターで観察し、コンピューターで記録した。なお、被験マウスは、試験開始30分前に実験室とは別に用意した待機部屋で体重測定をしてから、個々の待機ケージで待機させ、以降の試験に供した。
【0047】
まず、「恐怖の条件付け」を行った。恐怖の条件付けは、音(10kHz, 70dB)と電気ショック(0.12mA)との対呈示を1回とし、音は、被験マウスを「条件付け用実験箱」に入れてから60秒後に3秒間呈示し、電気ショックは、音呈示終了0.5秒前から0.5秒間呈示した。対呈示が終了してから50秒後に被験マウスを当該実験箱から取り出し、待機ケージに戻した。
【0048】
次に、上記手順で恐怖の条件付けがされた被験マウスに対し、条件付けの開始時点を「0時間」とし、その1時間後及び24時間後に(イ)音依存性記憶テストを実施し、48時間後には(ロ)環境依存性記憶テストを実施した。(イ)は、条件付けされた被験マウスを「音呈示用実験箱」に入れて60秒間馴致した後、条件付けで用いた音と同じ音を60秒間呈示し、その呈示60秒間におけるすくみ反応の割合を測定することにより行った。(ロ)は、被験マウスを再度「条件付け用実験箱」に入れてから30秒間馴致した後、電気ショックも音も呈示しない状態で、60秒間におけるすくみ反応の割合を測定することにより行った。
【0049】
試験1における、恐怖条件付け試験の結果を
図13に示す。(イ)音依存性記憶テストの1時間後、24時間後、及び(ロ)環境依存性記憶テストのいずれにおいても、すくみ反応の割合については、群間に有意差は認められなかった。
【0050】
試験2における、恐怖条件付け試験の結果を
図14に示す。(イ)音依存性記憶テストの1時間後及び24時間後のいずれにおいても、すくみ反応の割合については、群間に有意差は認められなかった。一方、(ロ)の環境依存性記憶テストにおいては、対照群よりも5%摂食群及び5%短期摂食群ですくみ反応の割合が小さい傾向が認められた。
【0051】
音依存性記憶テストの結果は、情動と記憶において役割を担う大脳の扁桃体への記憶の依存性を反映したものであることが知られている。そのため、上記(イ)の音依存性記憶テストの結果、D-アロース摂取による変化はみられなかったことから、D-アロース摂取は扁桃体依存の恐怖記憶に影響を与えないことがわかった。一方、環境依存性記憶テストの結果は、海馬への記憶の依存性を反映したものであることが知られている。そのため、上記(ロ)の環境依存性記憶テストの結果、5%D-アロース摂取によるすくみ反応に減少傾向がみられたことから、D-アロース摂取は海馬依存の恐怖記憶を低下させる傾向にあることがわかった。しかし、その低下傾向の程度は小さく、また、扁桃体依存の恐怖記憶には変化がなかったことから、D-アロース摂取が恐怖記憶全体に及ぼす影響は小さいと考えられた。
【0052】
ところで、先のモリス水迷路試験の(c)プローブテストは、海馬依存性の記憶力の評価方法である。そうすると、モリス水迷路試験ではD-アロース摂取による記憶力の改善効果がみられたのに対し、恐怖条件付け試験の(ロ)の環境依存性テストの結果(D-アロース摂取は恐怖記憶に及ぼす影響が小さいとの結果)は矛盾するとも思われる。しかし、これは、恐怖条件付け試験の(ロ)環境依存性記憶テストが、「恐怖記憶」の試験であるのに対し、モリス水迷路試験の(c)プローブテストは、「空間記憶」の試験であることから、大脳における記憶の経路や内容が相互に異なることが要因であり、矛盾するものでないと考えられた。
【0053】
(5)電流感受性試験(電流に対する痛覚感受性の確認)
上の恐怖条件付け試験の結果が、被験マウスの電流に対する痛覚感受性に起因するものでないことを確認するため、恐怖条件付け試験の終了後に電流感受性試験を行った。恐怖条件付け試験で用いた「条件付け用実験箱」に被験マウスを入れ、被験マウスが前肢を引っ込めるまで、さらには啼鳴が観察されるまで、電流を10μA単位で順次増加させて呈示し、前肢を引っ込めたときの電流値及び啼鳴したときの電流値を記録した。なお、この電気刺激の呈示時間は約1秒、呈示間隔は約15秒であった。
【0054】
試験1及び試験2における、電流感受性試験の結果を、それぞれ表1及び表2に示す。試験1及び試験2のいずれにおいても、電流感受性については群間で明らかな差はなかった。よって、上の恐怖条件付け試験の結果は、D-アロースが電気刺激に対する痛覚感受性に影響を与えたことに起因するものではないことが示唆された。
【0055】
【0056】
【0057】
(6)ホットプレート試験(熱刺激に対する痛覚感受性の確認)
上の恐怖条件付けの結果が、用いた被験マウスの感覚神経に異常がなかったことを確認するためと、また、D-アロースが、熱刺激に対する痛覚感受性に影響を与えたことに起因するものでないことを確認するため、ホットプレート試験を行った。ホットプレート試験に使用した実験装置を
図15に示す。55℃に熱したプレート上に被験マウスを乗せ、熱に対する反応(肢をなめるか擦り合わせるかの動作)が観察されるまでの時間を計測した。
【0058】
その結果、試験1及び試験2のいずれにおいても、用いた被験マウスは熱に対して反応を示し、感覚神経に異常は見られなかった。また、群間で、反応時間に大きな差はなかった。よって、恐怖条件付け試験の結果は、感覚神経に異常がない被験マウスを用いた実験結果であり、かつ、D-アロースが、熱刺激に対する痛覚感受性に影響を与えたことに起因する結果でないことが示唆された。
【0059】
以上の実験より、D-アロースは、筋力、視覚能力、電気刺激や熱刺激に対する感受応答には影響を及ぼさず、また活動性に異常をきたさないことが確認できた。一方、D-アロースは、単回の電気刺激による単純な恐怖記憶には影響を与えなかったが、D-アロースを1%以上含有する食餌を摂食させると、加齢による認知機能の低下、とくに空間学習又は空間記憶の低下を改善することがわかった。
【0060】
「空間学習」や「空間記憶」は、動物にとって、エサや棲み家の位置情報など生命維持にかかわる情報の認識、収集、保持のために重要な機能であることに疑いはなく、老化においても、その認知機能のうち、重要な部分を担うのは「空間」に対する認知機能と考えられる。よって、D-アロースを含有する食餌を摂食すれば、加齢による認知機能の低下を防止及び/又は改善すると結論づけることができる。
【0061】
ところで、以上の実験において、D-アロースを1%、3%又は5%含有する餌を摂食させたときに、実際に被験マウスが摂取したD-アロース量を算出したところ、それぞれ0.71g、2.14g及び3.57g/体重kg/日であった。一方、既存薬のドネペジル(脳機能改善効果を有する認知症薬)の場合、ラット1.25mg/体重kg/日の投与により脳機能改善効果が現れ、ヒト0.05mg/体重kg/日の投与で同様の効果が現れるとされている(株式会社エーザイ「医薬品インタビューフォーム「アリセプト細粒0.5%」」、https://www.info.pmda.go.jp/go/interview/1/170033_1190012C1020_1_030_1F.pdfのp.37を参照)。そうすると、これを参照して上のD-アロースのマウス摂取量をヒト用量に換算すると、それぞれ0.0286g、0.0858g及び0.1428g/体重kg/日であり、ヒト個体体重を50kgとすれば、1.43g、4.29g及び7.14g/体重50kg/日と考えられる。
【0062】
以上のことから、D-アロース1.43~7.14g/ヒト体重50kgを少なくとも1か月以上摂取することにより、認知機能の低下防止及び/又は改善することがわかった。
【0063】
本発明のD-アロースを有効成分として含有する組成物の食品適性を確認するため、まず、テーブルシュガーとしての適性について検討した。コーヒー200mlに対して、「テーブルシュガー」(甘味料)としてD-アロース3gを添加したところ、溶けは良好であった。また、このコーヒーを摂取したところ、コーヒー自体の風味は損なわれておらず、甘くて美味しいコーヒーであった。
【0064】
また、表3に示す配合でサイダー飲料を作製して官能評価したところ、サイダーらしい風味と味質であった。
【0065】
【0066】
表4に示す配合でフルーツゼリーを作製して官能評価したところ、原料グレープフルーツの風味が良好で、甘味質も爽やかなゼリーであり、違和感のない美味しいものであった。
【0067】
【0068】
表5に示す組成でとろみ剤を調製し、その4gを200ml緑茶飲料に分散させて官能評価したところ、嚥下食品としての粘度や味質に何ら問題はみられなかった。また、緑茶の風味が損なわれることもなかった。
【0069】
【0070】
表6に示す配合で介護ムース食を作製して官能評価したところ、人参ムースとしての風味や味質を損なうこともなかった。
【0071】