IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 福田金属箔粉工業株式会社の特許一覧

<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-06
(45)【発行日】2024-03-14
(54)【発明の名称】投射材用鉄合金
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240307BHJP
   C22C 30/00 20060101ALI20240307BHJP
   C22C 38/56 20060101ALI20240307BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C30/00
C22C38/56
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2020073396
(22)【出願日】2020-04-16
(65)【公開番号】P2021169652
(43)【公開日】2021-10-28
【審査請求日】2023-01-13
(73)【特許権者】
【識別番号】000239426
【氏名又は名称】福田金属箔粉工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000475
【氏名又は名称】弁理士法人みのり特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】濱田 幸隆
(72)【発明者】
【氏名】西村 信一
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-216802(JP,A)
【文献】特開2021-095599(JP,A)
【文献】特表2008-518099(JP,A)
【文献】特開昭62-199754(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2015/0284829(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第102079070(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C22C 30/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Crを25.0~45.0質量%、Cを4.0~6.0質量%、Niを7.0~10.5質量%、及びSiを0.2~3.0質量%含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなることを特徴とする投射材用鉄合金。
【請求項2】
Crを25.0~45.0質量%、Cを4.0~6.0質量%、Niを7.0~10.5質量%、Siを0.2~3.0質量%、及びW、Mo、Nbから選ばれた少なくとも1種を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなり、W、Mo、Nbの合計量が15.0質量%以下であり、W、Mo、Nbの各含有量がいずれも12.0質量%以下であることを特徴とする投射材用鉄合金。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高硬度で良好な耐食性を示し、且つ非磁性という特性を有する投射材用鉄合金に関するものである。
【背景技術】
【0002】
被処理材の表面に投射材(または、「ショット」、「ショット材」、「メディア」、「研磨材」などとも呼ばれる)と呼ばれる粒子を投射する処理法としては、摩擦面の形成やバリ取り、皮膜除去を目的とするショットブラストや、圧縮残留応力付与を目的としたショットピーニングがある。
【0003】
これら処理法は一般的にドライな環境で実施されているが、近年、粉塵発生量の低減による作業環境改善や、より微細な加工を目的として、投射材と液体を混合したスラリを噴射するウェットブラスト法が適用される事例が増加している。
【0004】
一方で、投射材については硬度が高いほど良好な加工性能を得ることが可能となり、セラミック粒子(アルミナやジルコニア等)や金属粒子が使用されている。ただしセラミック粒子は金属粒子と比較して脆性な特性を有するため、使用することで破砕が発生しやすく、投射材としての寿命が短いという問題がある。そこで高硬度を有する金属粒子の開発が行われており、例えば下記の特許文献1~5に記載されるような新しい投射材が提案されている。
【0005】
しかしながら、これらの投射材は従来の乾式工程で利用されることを前提に設計されており、ウェットブラスト法に必ずしも合致した特性を有しておらず、ウェットブラスト法に適した投射材の開発が求められている。
【0006】
ウェットブラスト法は投射材と液体を混合したスラリを噴射する手法となっており、液体には水道水が用いられることがある。その場合、投射材には錆が発生しないよう耐食性が求められる。
【0007】
また、ウェットブラスト法において使用される金属製投射材では、使用された後に回収してリサイクルがなされている。ただし投射材を回収する際には、被処理材から発生する研削物も混入したスラリとなっており、投射材と研削物を分離する工程が必要となる。例えば冷間鍛造品のスケール取りに該手法を適用する場合、冷間鍛造品から発生するスケールと投射材とを分離しなければいけないが、スケールが磁石に付着する特性を利用して分離を行っている。従って投射材には非磁性であることが求められることとなる。
【0008】
下記の特許文献1や2に記載の投射材は十分な硬さを有してはいるものの、耐食性を高める目的とした成分の調整(例えば積極的なCrの添加)がなされておらず、水道水で使用した場合に錆が発生する可能性がある。特許文献3~5に記載の投射材は高硬度を有しており、且つCrを添加することで耐食性を高めることが可能となっている。しかしながら特許文献3や特許文献4に記載の投射材は、磁性を有するマルテンサイト組織を主として構成されている。また、特許文献5に記載の投射材は、磁性を有するホウ化鉄化合物を含むことで高硬度特性を満足している。
【0009】
耐食性および非磁性の特性の両立を考慮した場合、一般に流通している材料ではオーステナイト系ステンレス相で構成される投射材が挙げられるが、そのような投射材は硬度が非常に低く、満足する加工性能が得られない。
【0010】
このように、汎用の投射材や特許文献1~5記載の投射材には上述の問題点があり、高硬度で良好な耐食性を示し、且つ非磁性という特性全てを兼ね備えた金属製投射材は提案されていないのが現状である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開平2-228448号公報
【文献】特開2014-213441号公報
【文献】特開2002-317203号公報
【文献】特表2003-524690号公報
【文献】特開2012-200797号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
ウェットブラスト法に使用される投射材には、十分な加工性能を示すための高い硬度、スラリ中で錆が発生しない耐食性、投射材のリサイクル工程を容易にするための非磁性という特性が要求されており、これら全ての特性を満足させる投射材の開発が課題となっている。
本発明の目的は、従来技術における上記の問題点を解決し、高硬度で良好な耐食性を示し、且つ非磁性という特性の投射材用鉄合金を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明では、高硬度で良好な耐食性を示し、且つ非磁性という特性を有する投射材用鉄合金組成の検討にあたり、下記の目標を設定してこれを全て満足することを条件とした。
(目標値)
(1)硬度〔ビッカース硬さ〕 → 550HV以上
(2)耐食性〔発銹の有無〕 → 水道水による発銹なきこと
(3)磁性〔磁石への吸着の有無〕 → ネオジム磁石への吸着なきこと
【0014】
即ち、本発明の投射材用鉄合金は、Crを25.0~45.0質量%、Cを4.0~6.0質量%、Niを7.0~10.5質量%、及びSiを0.2~3.0質量%含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなることを特徴とし、高硬度で良好な耐食性を示し、且つ非磁性という特性を有する。
尚、「不可避不純物」とは、意図的に添加していないのに、各原料の製造工程等で不可避的に混入する不純物のことであり、これらの総和は通常0.3質量%以下であり、本発明の作用に影響を及ぼす程ではない。
【0015】
又、本発明の投射材用鉄合金は、Crを25.0~45.0質量%、Cを4.0~6.0質量%、Niを7.0~10.5質量%、Siを0.2~3.0質量%、及びW、Mo、Nbから選ばれた少なくとも1種を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなり、W、Mo、Nbの合計量が15.0質量%以下であり、W、Mo、Nbの各含有量がいずれも12.0質量%以下であることを特徴とするものでもある。
【発明の効果】
【0016】
本発明の投射材用鉄合金は、以下の特徴を有しているので、ウェットブラスト用投射材において効果を発揮する。
(1)硬さが高い(ビッカース硬さ:550HV以上)ため、ウェットブラストにおける加工性能に優れる。
(2)良好な耐食性を示すため、水道水を含む湿式環境において錆が発生しない。
(3)非磁性のため、投射材をリサイクルする工程において、磁石を用いて切削物と容易に分離することが可能である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明において、各成分範囲を前記のごとく限定した理由を以下に述べる。
Crは、Fe固溶体に固溶して合金の耐食性を向上させる効果がある。それに加えて主にCとの化合物を形成し、硬度を高めることに寄与するが、含有量が25.0質量%未満では十分な効果が得られない。また、45.0質量%を超えるとCとの金属間化合物を多量に形成して材料強度が低下するため、Crは25.0~45.0質量%の範囲に定めた。
【0018】
Cは、Crと化合物を形成し、硬度を高めることに寄与するが、4.0質量%未満ではその効果が不十分であり、6.0質量%を超えると材料強度が低下するため、Cの含有量は4.0~6.0質量%の範囲に定めた。
【0019】
Niは、Fe固溶体に固溶して合金の耐食性を向上させる他、母相をオーステナイト組織にさせることで非磁性の特性が得られるようになるが、7.0質量%未満ではその効果が不十分であり、10.5質量%を超えると再び磁性を有するようになるため、Niの含有量は7.0~10.5質量%の範囲に定めた。
【0020】
Siは、Fe固溶体に固溶して合金の耐食性や硬度を向上させることに寄与するが、0.2質量%未満ではその効果が不十分であり、3.0質量%を超えると磁性を有するようになるため、Siの含有量は0.2~3.0質量%の範囲に定めた。
【0021】
また本発明の投射材用鉄合金では、非磁性および高耐食性を維持したまま、硬度を向上させる元素として、Wを12.0質量%以下、Moを12.0質量%以下、及び/又はNbを12.0質量%以下含有することができ、目標とする耐食性および非磁性特性を満足するために、W、Mo、Nbの合計量の上限を15.0質量%と定めた。尚、本発明の投射材用鉄合金における残部のFeの量は28.0~60.0質量%である。
【0022】
本発明の投射材用鉄合金は、ベースとなるFeと、添加成分のCr、C、Ni、Siを所定の質量%に調整・配合し、必要に応じてW、Mo、Nbを所定量添加した地金を、溶解炉のルツボ内で完全に溶解した後、溶融合金をアトマイズ法や溶融粉砕法により粉末形態で得ることもできる。
次に、実施例に基づいて、本発明をより具体的に説明するが、本発明は実施例に限定されるものではない。
【実施例
【0023】
上述のように調整・配合した本発明の実施例合金と比較例合金を溶製し、以下に示す方法で、ビッカース硬さ、発銹の有無および磁石への吸着の有無について評価した。
【0024】
(1)ビッカース硬さ:各合金の配合組成を有する20gの地金を、電気炉を用いアルゴン気流中で約1600℃まで加熱して溶解し、その溶湯を水冷銅板上で凝固させ、得られた凝固試験片の底面を含むよう約Φ5mm×7mmに機械加工して、試験片とした。この試験片を樹脂埋めし、試験片底面を研磨して、JIS Z2244:2009に従い、試験力1.96Nで研磨面のビッカース硬さを測定した。
【0025】
(2)発銹の有無:上記(1)で得られた研磨後の樹脂埋め試験片を500mlの水道水を入れたビーカーに投入して取り出し、それを24時間自然乾燥させた。自然乾燥後、発銹の有無を目視にて確認した。発銹の見られないものを〇、発銹したものを×とした。
【0026】
(3)磁石への吸着の有無:上記(1)で得られた約Φ5×7mmの機械加工後試験片を、20mm×10mm×5mmのネオジム磁石に接触させて持ち上げ、試験片が吸着しているか確認した。吸着しなかったものを〇、吸着したものを×とした。
【0027】
表1に本発明の実施例を、表2に比較例を示す。
【0028】
【表1】
【0029】
【表2】
【0030】
表1に示している合金No.1~17が本発明の実施例となり、そのビッカース硬さは全て550HV以上となっている。また発銹も認められず、磁石への吸着も起こらないことから、本発明の実施例合金はウェットブラスト用投射材として良好な特性を有することがわかる。
【0031】
さらに、No.12~17の実施例合金では、W、Mo、Nbを所定量添加した組成となっている。これら合金においては、耐食性や磁性に悪影響を及ぼさずに、目標の550HVに対して600HVを上回るビッカース硬さを示していることが確認できる。
【0032】
一方、表2に示す合金において、(A)~(F)は本発明合金の範囲から外れた組成のウェットブラスト用投射材であり、網掛け部分の特性が目標値を満たしていない。具体的には、(A)はCr量が請求範囲の下限を下回ったもの、(B)はC量が請求範囲の下限を下回ったもので、ビッカース硬さが目標を満たしていない。(C)、(D)はNi量が請求範囲から外れたもので、いずれも磁石への吸着が認められる。(E)はSi量が請求範囲の下限を下回ったものでビッカース硬さが目標を満たしておらず、(F)はSi量が請求範囲の上限を上回ったもので磁石への吸着が認められる。
【0033】
表2に示す合金において、(a)~(e)は「特開1990-228448号公報」、「特開2014-213441号公報」、「特開2002-317203号公報」、「特表2003-524690号公報」、「特開2012-200797号公報」にそれぞれ記載された先行文献の投射材用鉄合金である。また(f)は汎用のオーステナイト系ステンレス鋼であるSUS304組成の合金である。これらはいずれも、ビッカース硬さ、耐食性、磁性に関する目標値全てを満足していない。また、目標特性を満たしていない部分を網掛けで示している。
【0034】
なお、本発明の実施例合金はウェットブラストにおいて良好な加工性・ハンドリング性を示す他、乾式のブラスト工程においても良好な特性を示す。
【0035】
以上詳述したように、本発明の投射材用鉄合金は、ビッカース硬さが550HV以上で、水道水に対する良好な耐食性を示し、磁石への吸着も起こらないもので、ウェットブラスト用投射材としての利用に適している他、乾式のブラスト工程においても良好な特性を示す。