(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-06
(45)【発行日】2024-03-14
(54)【発明の名称】ハロゲン化テトラシリルボラネート
(51)【国際特許分類】
C01B 33/107 20060101AFI20240307BHJP
C07F 5/04 20060101ALI20240307BHJP
C07F 7/02 20060101ALI20240307BHJP
B01J 27/10 20060101ALI20240307BHJP
B01J 37/10 20060101ALI20240307BHJP
【FI】
C01B33/107 Z
C07F5/04 Z CSP
C07F7/02 B
B01J27/10 Z
B01J37/10
(21)【出願番号】P 2022551397
(86)(22)【出願日】2020-02-26
(86)【国際出願番号】 EP2020054972
(87)【国際公開番号】W WO2021170226
(87)【国際公開日】2021-09-02
【審査請求日】2022-08-25
(73)【特許権者】
【識別番号】390008969
【氏名又は名称】ワッカー ケミー アクチエンゲゼルシャフト
【氏名又は名称原語表記】Wacker Chemie AG
【住所又は居所原語表記】Hanns-Seidel-Platz 4, D-81737 Muenchen, Germany
(74)【代理人】
【識別番号】100120031
【氏名又は名称】宮嶋 学
(74)【代理人】
【識別番号】100120617
【氏名又は名称】浅野 真理
(74)【代理人】
【識別番号】100183678
【氏名又は名称】丸島 裕
(72)【発明者】
【氏名】エルケ、フリッツ-ラングハルス
(72)【発明者】
【氏名】セバスティアン、ボッホマン
(72)【発明者】
【氏名】ラルス、ルッペル
【審査官】宮脇 直也
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-170991(JP,A)
【文献】特表2010-531833(JP,A)
【文献】特表平10-504048(JP,A)
【文献】特開2005-067979(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 33/107
C07F 5/04
C07F 7/02
B01J 27/10
B01J 37/10
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(I)のハロゲン化テトラシリルボラネート。
M
z+[B(SiR
mX
n)
4
-]
z (I)
[式(I)中、
M
z+は、無機または有機カチオンであり、zは、1または
2であり、
Rは、各出現において同一または異なり、水素原子または炭素数1~3の炭化水素基であり、
Xは、各出現において同一または異なり、ハロゲン原子であり、
mは、0、1または2であり、
nは、1、2または3であり、
ただし、m+n=3である。]
【請求項2】
M
z+がH
+またはPh
3C
+であることを特徴とする、請求項1に記載のハロゲン化テトラシリルボラネート。
【請求項3】
XがFまたはClであることを特徴とする、請求項1または2に記載のハロゲン化テトラシリルボラネート。
【請求項4】
H
+B(SiCl
3)
4
-、H
+B(SiHCl
2)(SiCl
3)
3
-またはPh
3C
+B(SiCl
3)
4
-であることを特徴とする、請求項1~3のいずれか一項に記載のハロゲン化テトラシリルボラネート。
【請求項5】
三ハロゲン化ホウ素とSi結合水素を有する少なくとも2種の異なるハロシランとの反応によって、
一般式(I)のテトラシリルボラネートを製造する方法であり、ここで、このようにして得られた前記ボラネートを、所望により行われるさらなる工程でプロトン受容体(B)と反応させる、方法。
M
z+
[B(SiR
m
X
n
)
4
-
]
z
(I)
[式(I)中、
M
z+
は、無機または有機カチオンであり、zは、1または2であり、
Rは、各出現において同一または異なり、水素原子または炭素数1~3の炭化水素基であり、
Xは、各出現において同一または異なり、ハロゲン原子であり、
mは、0、1または2であり、
nは、1、2または3であり、
ただし、m+n=3である。]
【請求項6】
三ハロゲン化ホウ素BX
3を、式HSiR
mX
nのシラン(S1)および式H
2SiR
m’X
n’のシラン(S2)(式中、前記基RおよびXは、それぞれの場合において同一でも異なっていてもよく、
一般式(I)で定義したものと同様であり、mおよびnは、
一般式(I)で定義したものと同様であり、m’は0または1であり、n’は1または2であり、ここでm+n=3、かつm’+n’=2である)と反応させることを特徴とする、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
触媒としての
、一般式(I)の化合物の存在下、ハロゲン化炭化水素(K)との反応により、Si結合水素を有する化合物(H)を、Si結合ハロゲン原子を有する対応化合物に変換する方法。
M
z+
[B(SiR
m
X
n
)
4
-
]
z
(I)
[式(I)中、
M
z+
は、H
+
であり、
Rは、各出現において同一または異なり、水素原子または炭素数1~3の炭化水素基であり、
Xは、Clであり、
mは、0、1または2であり、
nは、1、2または3であり、
ただし、m+n=3である。]
【請求項8】
有機ケイ素化合物(H)中のSi-H基の、化合物(K)中のC-Cl基に対するモル比が、少なくとも100:1、かつ1:10
6以下であることを特徴とする、請求項7に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はハロゲン化テトラシリルボラネート、その製造方法およびその使用に関する。
【背景技術】
【0002】
テトラシリルボラネートは既に知られている。この主題については、例えば、Noethらによる刊行物(Chem.Ber.1982,115,934)に言及することができ、該刊行物には、有機金属条件下でのトリメトキシボランとトリメチルシリルリチウムとの反応によるLi+B(SiCH3)4
-の合成が記載されている。
【0003】
高い酸強度を有する化合物は、工業用途で非常に興味深いものである。また、それらは、触媒反応でしばしば使用されており、したがって特に価値の高い化合物である。さらに、ハロゲン化テトラシリルボラネートは、触媒として工業的に非常に重要な有機カチオンに対する弱配位性安定化アニオンである。ハロゲン化テトラシリルボラネートは、特にカチオンPh3C+を有するものは、触媒活性化合物に容易に変換できることから、工業的に重要である;それらは、工業的に重要な触媒前駆体である。
【0004】
プロトン酸化合物は、プロトンを放出できる化合物である。プロトン酸化合物中でプロトンがアニオンに弱く結合しているほど、プロトンは基質に移動しやすく、その酸強度は大きくなる。そのため、例えば、テトラフルオロホウ酸(H+BF4
-)、過塩素酸(H+ClO4
-)、トリフルオロメタンスルホン酸(CF3SO3H)およびヘキサフルオロアンチモン酸(H+SbF6
-)などが高い酸強度を持つ。これらの酸は、非常に高い酸強度を有することから、超酸とも呼ばれる。しかしながら、これらの酸の不利な点は、製造が難しいこと、腐食性が強いため取り扱いが難しいこと、および分解性があることである。テトラフルオロホウ酸は、水または水に近い溶媒中でのみ安定であることから、溶液中でのみ製造できる。これは、過塩素酸も同様である。過塩素酸の場合、水分量が少なくなると爆発の危険性があり、また過塩素酸は酸化作用も有しており、さらに不利になる。トリフルオロメタンスルホン酸は、メタンスルホニルクロライドの電気化学的フッ素化により製造されており、ヘキサフルオロアンチモン酸は、無水フッ化水素とSbF5との反応により製造されている。これらの方法は、特定のプラントでのみ行うことができる。したがって、知られている非常に強い酸のこれらの性質により、その工業的な使用がかなり困難となっている。
【0005】
高い酸強度を有する化合物は、対応するハロゲン基へのSi-H基の変換を触媒する触媒として適している。したがって、例えば、DE A 102007030948には、Si-HをSi-Clに変換する方法が記載されており、そこでは、テトラブチルホスホニウムクロライドが触媒として用いられており、ガス状HClが塩素化剤として用いられている。ここでの不利な点は、ガス状HClの取り扱いが比較的困難であることである。DE A 4240717には、塩化アリルとパラジウム触媒または白金触媒とを用いてSi-HをSi-Clに変換するさらなる方法が記載されている。しかしながら、貴金属化合物は、高価であることからリサイクルする必要があり、プロセスコストが高くなる。
【0006】
ジクロロメタンによるSi-ClへのSi-Hの変換を、特定の照射装置において1mol%のエオシンYの存在下での照射により行う方法は、Angew.Chem 2019,131,12710に記載されている。しかしながら、この方法は技術的に非常に複雑であり、さらに、染料であるエオシンは工業製品において望ましくない。
【発明の概要】
【0007】
したがって、本発明の目的は、特に、上述した不利な点を有しない化合物を見出すことである。
【0008】
その結果、本発明は、一般式(I)のハロゲン化テトラシリルボラネートを提供する。
Mz+[B(SiRmXn)4
-]z (I)
【0009】
式(I)中、
Mz+は、無機または有機カチオンであり、zは1または2、好ましくは1であり、
Rは、各出現において同一または異なり、水素原子または炭素数1~3の炭化水素基であり、
Xは、各出現において同一または異なり、ハロゲン原子であり、
mは、0、1または2であり、好ましくは0または1、特に好ましくは0であり、
nは、1、2または3であり、好ましくは2または3、特に好ましくは3であり、
ただし、m+n=3である。
【0010】
基Xは、好ましくはF、ClまたはBrであり、特に好ましくはFまたはCl、とりわけ好ましくはClである。
【0011】
基Rは、好ましくは水素原子またはメチル基である。
【0012】
カチオンMz+の例は、H+、アルカリ金属およびアルカリ土類金属のカチオン、カチオン性窒素化合物、ホスホニウムカチオンならびにカルボカチオンである。
【0013】
カチオンMz+は、好ましくは、H+、Li+、Na+、K+、Cs+、Mg2+、Ca2+、Ba2+、式NR4
4
+および式=NR5
2
+の窒素化合物(式中、R4およびR5は、それぞれの場合において同一でも異なっていてもよく、それぞれ、水素原子、またはそれぞれの場合においてヘテロ原子によって中断されていてもよい(interrupted by)C1~C20アルキル基、アリール基またはアラルキル基であり、ここで、2つ以上のC1~C20基が、所望により(ヘテロ)芳香族であってもよい1つ以上の環を形成していてもよい)、ホスホニウムカチオンPR6
4
+(式中、基R6は、同一でも異なっていてもよく、それぞれ、ハロゲン原子、具体的には塩素原子、またはC1~C20アルキル基、アリール基もしくはアラルキル基である)、または一般式R7
3C+のカルボカチオン(式中、基R7は、同一でも異なっていてもよく、それぞれ、所望により置換されていてもよいアリール基である)である。
【0014】
カチオンMz+は、特に好ましくはH+またはPh3C+であり、とりわけ好ましくはH+であり、ここでPhはフェニル基である。
【0015】
式(I)中には示していないが、本発明の化合物中のカチオンMz+、具体的にはプロトンH+は、酸素含有電子供与体(D)によって錯形成されていてもよい。
【0016】
酸素含有電子供与体(D)は、例えば、一般式(II)のエーテルまたはアルコールである。
R1-O-R2 (II)
【0017】
式(II)中、R1は、炭素数1~20の炭化水素基であり、R2は、水素原子または炭素数1~20の炭化水素基である。
【0018】
基R1の例は、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、イソブチル基、tert-ブチル基、n-ペンチル基、イソペンチル基、ネオペンチル基、tert-ペンチル基、n-ヘキシル基などのヘキシル基、n-ヘプチル基などのヘプチル基、n-オクチル基および2,2,4-トリメチルペンチル基などのイソオクチル基などのオクチル基、n-ノニル基などのノニル基、n-デシル基などのデシル基、n-ドデシル基などのドデシル基などのアルキル基;ビニル基およびアリル基などのアルケニル基;シクロペンチル基、シクロヘキシル基、シクロヘプチル基およびメチルシクロヘキシル基などのシクロアルキル基;フェニル基およびナフチル基などのアリール基;o-,m-,p-トリル基、キシリル基およびエチルフェニル基などのアルカリール基;ならびにベンジル基、α-フェニルエチル基およびβ-フェニルエチル基などのアラルキル基である。
【0019】
基R2の例は、基R1について示した例、および水素原子である。
【0020】
基R1およびR2は、互いに独立して、好ましくは炭素数1~6のアルキル基であり、特に好ましくはメチル基、エチル基、n-プロピル基またはイソプロピル基である。
【0021】
電子供与体(D)は、好ましくはジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル、ジ-n-プロピルエーテル、ジベンジルエーテル、メトキシベンゼン、メタノール、エタノール、n-プロパノールおよびn-ブタノールである。
【0022】
本発明の式(I)のテトラシリルボラネートの例は、H+B(SiCl3)4
-、H+B(SiHCl2)(SiCl3)3
-、H+B(SiHCl2)2(SiCl3)2
-、H+B(SiHCl2)3(SiCl3)-、H+B(SiHCl2)4
-、Li+B(SiCl3)4
-、NH4
+B(SiCl3)4
-、Et3NH+B(SiCl3)4
-、Et2NH2
+B(SiCl3)4
-、C5H5NH+B(SiCl3)4
-、イミダゾリウム+B(SiCl3)4
-、Ph4P+B(SiCl3)4
-、Bu4P+B(SiCl3)4
-、Me4P+B(SiCl3)4
-およびPh3C+B(SiCl3)4
-であり、好ましくはH+B(SiCl3)4
-、H+B(SiHCl2)(SiCl3)3
-またはPh3C+B(SiCl3)4
-であり、特に好ましくはH+B(SiCl3)4
-またはPh3C+B(SiCl3)4
-であり、とりわけ好ましくはH+B(SiCl3)4
-であり、ここで、Meはメチル基、Etはエチル基、Buはブチル基、Phはフェニル基である。
【0023】
本発明の化合物H+B(SiCl3)4
-およびPh3C+B(SiCl3)4
-は、驚くべきことに、高い熱安定性を示す。H+B(SiCl3)4
-は、187℃で分解せずに融解し、融点未満に冷却して、200℃超まで分解せずに何度も再び融解させることができる。分解は、200℃超の非常に高い温度でのみ観察される。
【0024】
本発明のテトラシリルボラネートは、それ自体既知の方法によって、好ましくは三ハロゲン化ホウ素とハロシランとの反応によって製造できる。
【0025】
したがって、本発明は、三ハロゲン化ホウ素とSi結合水素を有する少なくとも2種の異なるハロシランとの反応によって、本発明のテトラシリルボラネートを製造する方法をさらに提供し、ここで、このようにして得られたボラネートを、所望により行われるさらなる工程でプロトン受容体(B)と反応させる。
【0026】
本発明において所望により用いてもよいプロトン受容体(B)は、好ましくは、M’z+(OH)z(式中、M’は、z=1のアルカリ金属およびz=2のアルカリ土類金属のカチオンを表す)、式NR4’
4
+OH-の水酸化アンモニウム、式=NR5’
2
+OH-の水酸化インモニウム(immonium hydroxide)(式中、R4’およびR5’は、それぞれの場合において同一でも異なっていてもよく、それぞれ、ヘテロ原子によって中断されていてもよいC1~C20アルキル基、アリール基またはアラルキル基であり、ここで、2つ以上のC1~C20基が、所望により(ヘテロ)芳香族であってもよい1つ以上の環を形成していてもよい)、式PR6’
4
+OH-の水酸化ホスホニウム(式中、R6’は、それぞれの出現において同一でも異なっていてもよく、C1~C20アルキル基、アリール基またはアラルキル基という意味を有する)、式R7
3COHのカルビノール(式中、R7は、上記に示した意味を有してもよく、または窒素塩基(nitrogen base)、好ましくはR4
3Nもしくは=NR5(式中、R4およびR5は、上記の示した意味を有する)でもよい)である。
【0027】
本発明の方法において、三ハロゲン化ホウ素BX3を、好ましくは、式HSiRmXnのシラン(S1)および式H2SiRm’Xn’のシラン(S2)と反応させる。式中、基RおよびXは、それぞれの場合において同一でも異なっていてもよく、上記意味を有し、mおよびnは、上記意味を有し、m'は0または1、好ましくは0であり、n'は1または2、好ましくは2であり、ここでm+n=3、かつm'+n'=2である。
【0028】
本発明において用いられるシラン(S1)は、好ましくは式HSiX3(式中、Xは上記意味を有する)のシランであり、特に好ましくはトリクロロシランである。
【0029】
本発明において用いられるシラン(S2)は、好ましくは式H2SiX2(式中、Xは上記意味を有する)のシランであり、特に好ましくはジクロロシランである。
【0030】
本発明の方法において、ハロゲン化ホウ素BX3の、シラン(S1)とシラン(S2)とのモル和に対するモル比は、好ましくは少なくとも1:0.1、かつ1:1010以下、特に好ましくは少なくとも1:1、かつ1:108以下、とりわけ好ましくは少なくとも1:10、かつ1:106以下である。
【0031】
本発明の方法において、シラン(S1)の、シラン(S2)に対するモル比は、好ましくは108:1~1:106、特に好ましくは105:1~1:104、とりわけ好ましくは102:1~1:102、非常に特に好ましくは20:1~1:20の範囲にある。
【0032】
本発明での反応は、好ましくは-20~+400℃、特に好ましくは0℃~+200℃、とりわけ好ましくは+20℃~+100℃の範囲の温度で行われる。
【0033】
本発明での反応は、好ましくは10~100,000hPa、特に好ましくは100hPa~10,000hPaの圧力で行われる。
【0034】
上記反応は、金属表面、好ましくは遷移金属表面、特に好ましくは鉄、クロム、ニッケル、マンガンまたはそれらの合金、具体的にはステンレス鋼、の存在下で、行うこともできる。
【0035】
本発明での反応は、好ましくは保護ガス(例えば窒素およびアルゴン)下で行われる。反応は、溶媒を加えても加えなくても行うことができ、溶媒を用いない反応が好ましい。溶媒を用いて反応を行う場合、反応混合物の総重量を基準にして、それぞれの場合において好ましくは1重量%~90重量%の割合での、飽和炭化水素、芳香族炭化水素またはエーテルが好ましい。
【0036】
本発明において製造されるプロトン酸ハロゲン化テトラシリルボラネートは、反応混合物から沈殿するので、非常に容易に分離できる。本発明での反応は、好ましくは、いかなる廃棄物も生じない。過剰の試薬は、再利用できる。
【0037】
Mz+がH+でない式(I)の化合物を得るために、本発明において得られた上記酸を、所望により、プロトン受容体(B)と反応させることができる。この反応は、1種以上の不活性溶媒(例えば、エーテル、塩素化炭化水素、またはニトリル、アミドまたはジメチルスルホキシドなどの双極性非プロトン性溶媒)の存在下に、周囲温度および周囲圧力で、好ましくは撹拌しながら行うことが好ましい。
【0038】
式(I)のテトラシリルボラネートを製造する本発明の方法は、連続的、不連続的または半連続的に行うことができる。
【0039】
本発明の化合物は、これまでもボラネートが用いられてきたすべての目的に用いることができる。Mz+が水素である式(I)の本発明の化合物も、強酸が必要とされるすべての目的に用いることができる。例えば、トリチリウム(tritylium)カチオンPh3C+の塩は、Ph3COHとHBF4、HPF6、HClO4、HSO3Fおよびメタンスルホン酸などの強酸とを反応させることによりこれまで製造されてきた。驚くべきことに、Ph3COHは、水の脱離を伴う、本発明の化合物H+B(SiCl3)4
-との反応によって、類似の方法で化合物Ph3C+B(SiCl3)4
-に非常に容易に変換できる。
【0040】
XがClである式(I)の本発明の化合物、詳細には化合物H+B(SiCl3)4
-は、塩素化炭化水素の存在下で、Si-H基を有するシランおよびシロキサンから対応するクロロシランまたはクロロシロキサンへの変換を触媒する、工業用途に適した触媒であることが好ましい。
【0041】
したがって、本発明は、触媒としての、XがClであり、Mz+がH+である一般式(I)の化合物の存在下、ハロゲン化炭化水素(K)との反応により、Si結合水素を有する化合物(H)を、Si結合ハロゲン原子を有する対応化合物に変換する方法をさらに提供する。
【0042】
シリコーン材料中にヒドリドシロキサンが残留していると、保存中に水素ガスが発生することがあることから、Si-ハロゲン基へのSi-Hの変換は、工業的に重要である。
【0043】
本発明において用いられるSi結合水素を有する化合物(H)は、Si結合水素を有する従来公知のすべての有機ケイ素化合物、好ましくは式(III)の単位で構成されている化合物であることができる。
【0044】
R3
aYbHcSiO(4-a-b-c)/2 (III)
【0045】
式(III)中、
R3は、各出現において同一でも異なっていてもよく、置換されていてもよい一価の炭化水素基であり、該炭化水素基は、ヘテロ原子によって中断されていてもよく、
Yは、各出現において同一でも異なっていてもよく、ハロゲン原子またはオルガニルオキシ基であり、
aは、0、1、2または3であり、
bは、0、1、2または3であり、
cは、0、1または2であり、好ましくは0または1であり、
ただし、少なくとも1つの単位でc≠0であり、かつ、和a+b+c≦4である。
【0046】
本発明において用いられる有機ケイ素化合物(H)は、シラン、すなわちa+b+c=4である式(III)の化合物、またはシロキサン、すなわちa+b+c≦3である式(III)の単位から構成されている化合物のいずれでもよい。本発明において用いられる有機ケイ素化合物は、好ましくはシランである。
【0047】
基R3の例は、基R1について与えられた例であり、基R3は、ハロゲン基によって置換されていてもよい。
【0048】
基R3は、好ましくは、所望によりモノ塩素化またはポリ塩素化されていてもよい炭素数1~12の炭化水素基であり、特に好ましくは、所望によりモノ塩素化またはポリ塩素化されていてもよい、C1~C6アルキル基、フェニル基、ビニル基またはアリル基であり、具体的には、メチル基、エチル基、ビニル基、アリル基、クロロメチル基、3-クロロプロピル基またはフェニル基である。
【0049】
基Yは、好ましくはハロゲン原子であり、特に好ましくは塩素原子である。
【0050】
本発明において用いられる化合物(H)の例は、メチルジクロロシラン、ジメチルクロロシラン、トリクロロシラン、エチルジクロロシラン、メチルエチルクロロシラン、トリメチルシラン、フェニルメチルクロロシラン、ビニルメチルクロロシラン、ジビニルクロロシラン、アリルメチルクロロシランおよびジフェニルクロロシランである。
【0051】
本発明において用いられるハロゲン化炭化水素(K)は、1つ以上の水素原子がハロゲン原子で置換された、任意の従来公知の炭化水素であることができ、化合物(K)は、直鎖状、分岐状、環状、飽和、脂肪族不飽和または芳香族であることができる。
【0052】
本発明において用いられるハロゲン化炭化水素(K)の例は、ジクロロメタン、クロロメタン、クロロホルム、1,2-ジクロロエタン、2-クロロプロパン、クロロベンゼン、o-ジクロロベンゼン、塩化アリルまたは塩化ベンジルである。
【0053】
本発明において用いられるハロゲン化炭化水素(K)は、好ましくは、1つ以上の水素原子がハロゲン原子(具体的には塩素原子)で置換された炭素数1~50の炭化水素、特に好ましくは、炭素数1~20の塩素化炭化水素であり、具体的には、クロロメタン、ジクロロメタン、クロロエタン、1-クロロプロパン、2-クロロプロパン、1,3-ジクロロプロペン、1,2-ジクロロエタン、1,1,1-トリクロロエタン、塩化アリル、塩化ベンジル、クロロベンゼンまたはオルト-ジクロロベンゼンである。
【0054】
本発明の方法において、有機ケイ素化合物(H)中のSi-H基の、化合物(K)中のC-Cl基に対するモル比は、好ましくは少なくとも100:1、かつ1:106以下、特に好ましくは少なくとも10:1、かつ1:1000以下、とりわけ好ましくは少なくとも2:1、かつ1:100以下である。
【0055】
本発明での反応は、好ましくは保護ガス(例えば窒素およびアルゴン)下で行われる。
【0056】
Si結合水素を有する化合物(H)を、Si結合ハロゲン原子を有する対応化合物に変換する本発明の方法において、不活性溶媒(L)をさらに用いてもよく、炭素数3~50の脂肪族または芳香族炭化水素が好ましい。本発明の方法において溶媒(L)を用いる場合、それらは、反応混合物を基準にして、それぞれの場合において、好ましくは1重量%~99重量%、特に好ましくは10重量%~90重量%の量で用いられる。溶媒(L)の使用は、好ましくない。
【0057】
本発明の方法は、好ましくは500hPa~50,000hPaの範囲の圧力で、特に好ましくは周囲圧力、すなわち900~1100hPaの範囲の圧力で行われる。
【0058】
本発明での反応は、好ましくは-20℃~+200℃の範囲の温度で、特に好ましくは0℃~+100℃の範囲の温度で行われる。
【0059】
Si結合水素を有する化合物(H)を、Si結合ハロゲン原子を有する対応化合物に変換する本発明の方法は、連続的、不連続的または半連続的に行うことができ、連続的な反応が好ましい。
【0060】
本発明の化合物、特にプロトン酸ハロゲン化テトラシリルボラネートおよびそのトリチリウム塩は、高い安定性を有し、不揮発性のために非常に簡単な方法で取り扱うことができるという利点を有する。
【0061】
有機カチオンは、本発明によるアニオンによって非常によく安定化され、したがって工業的プロセスにおいて有利に用いることができる。特に、その高い安定性は、それによって追加量の消費が回避されることから、触媒プロセスにとって有利である。
【0062】
式(I)の化合物を製造する本発明の方法は、簡単に行うことができ、また、クロロシランおよび三塩化ホウ素などの、工業的に入手可能で安価な出発物質を用いることが可能である。
【0063】
本発明の方法は、リサイクルまたは廃棄されなければならない廃棄物が形成されないという利点も有する。
【0064】
式(I)の化合物の本発明の使用は、Si結合水素を簡単かつ効率的な方法でSi結合ハロゲン原子に変換できるという利点を有する。
【0065】
Si結合水素をSi結合ハロゲンに変換する本発明の方法は、有利には、ハロゲン置換炭化水素をハロゲン不含炭化水素に変換するためにも用いることができる。これは、ハロゲン化炭化水素がしばしば有害な化合物であり、その廃棄が複雑であることから、同様に産業界で関心が持たれていることである。得られたハロシランは、水中での加水分解による簡単な方法で除去できる。
【実施例】
【0066】
以下の例において、部およびパーセントはすべて、特に断らない限り、重量によるものである。特に断らない限り、以下の例は、周囲の大気の圧力、すなわち約1000hPaで、室温、すなわち約20℃または追加の加熱もしくは冷却なしに室温で反応物を混合する際に達成される温度で行う。
【0067】
例1:H+B(SiCl3)4の合成および特性評価
50gのトリクロロシランおよび2gのジクロロシランを、窒素雰囲気下、鋼製オートクレーブ内に0℃で入れる。攪拌しながら20mgの三塩化ホウ素を導入する。オートクレーブを閉じ、ゲージ圧約2barで圧力調整して70℃で20時間静置する。反応混合物を、大気圧かつ約30℃以下の液相温度で脱揮する。その後、オートクレーブを再び閉じ、窒素雰囲気下、ゲージ圧1barで圧力調整して55℃で100時間運転する。
【0068】
最後に、得られた反応溶液の蒸発により、40mgのH+B(SiCl3)4
-の結晶性残留物が得られ、これは以下のように特徴付けられる:融点187℃;29Si-NMR(CD2Cl2、99.4MHz):δ=19.8ppm(q、1JSi,B=89.0Hz)、11B-NMR(CD2Cl2、160MHz):δ=-26.84ppm。
【0069】
例2:H+B(SiCl3)4の合成
100gのトリクロロシランおよび5gのジクロロシランと55mgの三塩化ホウ素との混合物を、鋼製オートクレーブ内で、窒素雰囲気下、撹拌しながら、ゲージ圧2barで圧力調整して70℃で24時間静置する。その後、約30℃で脱揮を行い、密閉した鋼製オートクレーブ内で、ゲージ圧1barおよび55℃で120時間新たに反応させる。反応溶液の蒸発により、140mgのH+B(SiCl3)4
-を得る。
【0070】
例3:Ph3C+B(SiCl3)4
-の製造
アルゴン下、101mg(0.18mmol)のH+B(SiCl3)4
-を3.36gのd6-ベンゼンに溶解させ、撹拌しながら、46.8mg(0.18mmol)のトリフェニルメタノールを823mgのd6-ベンゼンに溶解させた溶液を滴下して添加する。反応液は濃い黄色を呈し、生成物はオレンジ色の固体として底部に沈殿する。上澄み液をデカンテーションし、固体(生成物)を少量のd6-ベンゼンで洗浄し、減圧下、室温で乾燥させる。収量は180mg(90%)である。
【0071】
1H-NMR(CD2Cl2、500MHz):δ=7.70(mc、6芳香族H)、7.93(mc、6芳香族H)、8.31(mc、3芳香族H);13C-NMR(CD2Cl2、126MHz):δ=130.7、139.9、142.8、143.7ppm;29Si-NMR(CD2Cl2、99.4MHz):δ=21.58ppm(q、1JSi,B=89.0Hz)、11B-NMR(CD2Cl2、160MHz):δ=-30.74ppm。
【0072】
例4:メチルトリクロロシランの製造
102mg(0.90mmol)のメチルジクロロシランを770mgのジクロロメタンに溶解させた溶液を、0.29mg(0.53μmol、0.059mol%)のH+B(SiCl3)4
-を43mgのジクロロメタンに溶解させた溶液に振とうしながら混和させる。反応混合物を密閉容器内に23℃で静置し、メチルトリクロロシランの生成をNMR分光法で調べる:13mol%(45分)、42mol%(3時間)、99mol%変換(20時間)。クロロメタンおよびメタンが追加で生成する。
【0073】
1H-NMR(CD2Cl2、500MHz):δ=1.17(s、CH3);29Si-NMR(CD2Cl2、500MHz):δ=12.72ppm。
【0074】
例5:メチルトリクロロシランの製造
102mg(0.90mmol)のメチルジクロロシランを800mgのd6-ベンゼンに溶解させた溶液を、0.44mg(0.81μmol、0.09mol%)のH+B(SiCl3)4
-を49mgのd6-ベンゼンに溶解させた溶液に振とうしながら混和させる。クロロメタンをこの溶液に通し、その量を1H-NMR分光法で測定する:67mg(1.3mmol)。反応混合物を密閉容器内に23℃で静置する;メチルトリクロロシランおよびメタンが生成している。
【0075】
メチルトリクロロシランへの変換:2mol%(40分)、10mol%(1.6時間)、39mol%変換(4.6時間)、52mol%変換(30時間)、100mol%変換(3日)。
1H-NMR(d6-ベンゼン、500MHz):δ=1.17(s、CH3);29Si-NMR(CD2Cl2、500MHz):δ=12.72ppm。
生成物のメタンの1H-NMR(d6-ベンゼン、500MHz):δ=0.22。
【0076】
例6:ジメチルジクロロシランの製造
0.50mg(0.91μmol)のH+B(SiCl3)4
-を620mgのジクロロメタンに溶解させた溶液を、155mg(2.02mmol)の塩化アリルおよび130mg(1.38mmol)のジメチルクロロシランの混合物と振とうしながら混和させる。混合物は37℃まで短時間で加熱し、次いで、再び室温まで冷却する。GC分析により、完全な変換および80重量%のジメチルジクロロシランを示す。さらに、プロペンが生成している。
【0077】
例7:クロロペンタメチルジシロキサンの製造
3.5mg(6.6μmol)のH+B(SiCl3)4
-、152mg(1.99mmol)の塩化アリルおよび196mg(1.32mmol)のペンタメチルジシロキサンを混合する。反応時間20時間後のGC分析は、62重量%のクロロペンタメチルジシロキサンを示す。さらに、プロペンが生成している。
【0078】
例8:ジ-tert-ブチルジクロロシランの製造
154mg(2.01mmol)の塩化アリルと234mg(1.32mmol)のジ-tert-ブチルクロロシランとを混合し、3.6mg(6.5mmol)のH+B(SiCl3)4
-を300mgのジクロロメタンに溶解させた溶液と混和させる。プロペンの生成を伴う発熱反応が起こり、ジ-tert-ブチルジクロロシランが生成する。
収率(GC):83重量%。
1H-NMR(CD2Cl2、500MHz):δ=1.22(s、tert-ブチル)。