(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-07
(45)【発行日】2024-03-15
(54)【発明の名称】リラクタンストルクを発生する同期電動機の数学モデルと同モデルに立脚した模擬・特性解析・制御装置
(51)【国際特許分類】
H02P 21/14 20160101AFI20240308BHJP
【FI】
H02P21/14
(21)【出願番号】P 2020025695
(22)【出願日】2020-01-30
【審査請求日】2022-12-27
【権利譲渡・実施許諾】特許権者において、権利譲渡・実施許諾の用意がある。
(73)【特許権者】
【識別番号】596137830
【氏名又は名称】有限会社シー・アンド・エス国際研究所
(72)【発明者】
【氏名】新中 新二
【審査官】保田 亨介
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-359262(JP,A)
【文献】特開2008-295200(JP,A)
【文献】特開2013-039020(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G06F30/00-30/398
111/00-119/22
H02P21/00-25/03
25/04
25/10-27/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転子が固定子側の電力周波数と平均的に同じ電気速度でかつリラクタンストルクを発生しつつ回転する同期電動機の模擬、あるいは特性解析、あるいは制御のための数学モデルであって、
該数学モデルが、該リラクタンストルクの発生モデルとして、
空間依存して変化する固定子インダクタンスに比例したリラクタンストルクの発生を示す比例リラクタンストルクの発生モデルと、
空間依存して変化する固定子インダクタンスの空間微分値に比例したリラクタンストルクの発生を示す微分リラクタンストルクの発生モデルとの
両発生モデルを備え、
このうえで、
該固定子の特定箇所から評価した該回転子の突極の位相を「θα」で表現し、
突極の位相をd軸の位相とし、d軸に対してπ/2[rad]の位相進みにq軸をもつ2軸直交座標系をdq同期座標系とし、
空間依存して変化するd軸固定子インダクタンスを「Ld(θα)」で表現し、空間依存して変化するq軸固定子インダクタンスを「Lq(θα)」で表現し、
空間依存して変化するd軸固定子インダクタンスの空間微分値を「L
~d(θα)」で表現し、
空間依存して変化するq軸固定子インダクタンスの空間微分値を「L
~q(θα)」で表現し、
d軸固定子電流を「id」で表現し、q軸固定子電流を「iq」で表現し、
該同期電動機の極対数を「Np」で表現し、
さらには、リラクタンストルクを「τr」で表現し、比例リラクタンストルクを「τrp」で表現し、微分リラクタンストルクを「τrd」で表現するとき、
該リラクタンストルクの発生モデルを、dq同期座標系上での評価において、次式
とすることを特徴とする同期電動機の模擬、あるいは特性解析、あるいは制御のための数学モデル。
【請求項2】
該固定子の特定箇所から評価した該回転子の突極の位相を「θα」で表現するとき、
空間依存して変化する固定子インダクタンスを、突極位相θαを変数とする三角関数を用いて近似表現したことを特徴とする請求項
1記載の同期電動機の模擬、あるいは特性解析、あるいは制御のための数学モデル。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、回転子が固定子側の電力周波数と平均的に同じ電気速度でかつリラクタンストルクを発生しつつ回転する同期電動機の数学モデル、および同モデルに立脚した模擬装置、特性解析装置、制御装置に関する。この種の同期電動機としては、同期リラクタンス電動機、永久磁石同期電動機、巻線形同期電動機、回転子に永久磁石と励磁巻線の両者を備えこれらにより界磁を生成するハイブリッド界磁同期電動機などが知られている。
【0002】
本発明では、同期電動機において三相巻線が施された部分を「固定子」と呼称する。本発明における「固定子」は、「電機子」と同義である。
【0003】
固定子電流により発生する磁束の名称として、「電機子反作用磁束」、「固定子反作用磁束」などの用語が、広く同義で使用されている。本発明では、この磁束を、原則として、固定子反作用磁束と呼称する。
【0004】
本発明では、固定子インダクタンスを簡単にインダクタンスを呼称する。d軸固定子インダクタンス、q軸固定子インダクタンスを、簡単のため、各々、d軸インダクタンス、q軸インダクタンスと呼称する。
【0005】
本発明では、2次元空間(平面)を極座標的に捉え、角度、空間的位置、空間的位相の3用語を同義で使用する。これらの単位は「ラジアン(rad)」または「度(degree)」である。本発明における角度、空間的位置、空間的位相の正方向は、左周り(反時計周り)、右周り(時計周り)のいずれに定義してもよい。ただし、本明細書では、説明の簡明性を維持すべく、角度、空間的位置、空間的位相の正方向は左周り(反時計周り)と定義し、本発明を説明する。これにより、本発明の一般性を失うことはない。
【0006】
本発明における「空間依存して変化する固定子インダクタンス」とは、「d軸インダクタンス、q軸インダクタンス、d軸とq軸の両インダクタンスから決められるインダクタンスの少なくともいずれか1つのインダクタンスの値が、回転子の空間位相に応じて変化するインダクタンス」を意味する。
【0007】
空間依存して変化するd軸インダクタンスを「Ld(θα)」で表現し、空間依存して変化するq軸インダクタンスを「Lq(θα)」で表現し、空間依存して変化するd軸インダクタンスの空間微分値を「L
~d(θα)」で表現し、空間依存して変化するq軸インダクタンスの空間微分値を「L
~q(θα)」で表現するとき、d軸、q軸インダクタンスの空間微分値は、数式による場合、以下のように定義される(回転子位相を意味するθαは、
図1を用いて後に詳細説明)。
【数1】
他のインダクタンスに対する「空間微分値」の意味、定義も(1)式と同様である。
【0008】
本発明では、原則として、d軸、q軸の直交2軸からなるdq同期座標系(
図1を用いて後に詳細説明)において、各軸と関連したパラメータ、物理量等には、脚符d、qを付して各軸との関係を明示する。
【背景技術】
【0009】
本発明の対象とする同期電動機は、リラクタンストルクを発生する同期電動機である。この種の同期電動機としては、同期リラクタンス電動機、永久磁石同期電動機、巻線形同期電動機、ハイブリッド界磁同期電動機などが存在する。これら同期電動機の中で、通電により、リラクタンストルクのみを発生する電動機は、同期リラクタンス電動機である。他の同期電動機は、通電により、リラクタンストルクに加えて、マグネットトルクを発生する。本発明はリラクタンストルクを発生するすべての同期電動機に適用される。しかしながら、本発明の核心部分の簡明な説明には、リラクタンストルクのみを発生する同期リラクタンスが好適でる。この点を考慮し、以降の説明では、同期電動機として、主として同期リラクタンス電動機を用い、本発明を説明する。
【0010】
本発明の対象とする同期電動機の数学モデルに関する先行発明、同数学モデルに立脚した模擬装置、特性解析装置、制御装置としては、例えば、非特許文献1がある。非特許文献1などに用いられた数学モデルの説明に先立って、数学モデルが定義される座標系を説明する。
図1を考える。同期リラクタンス電動機の回転子の位相θα、θγとして、同図(a)は回転子の順突極(正突極)位相を採用し、同図(b)は回転子の逆突極(負突極)位相を採用している。両図には、同期リラクタンス電動機のための2軸直交座標系として、電気速度ω2nで回転する回転子に位相差なく同期したdq同期座標系、αβ固定座標系、任意速度ωγで回転するγδ一般座標系の3座標系を描画している。両図とも、基軸から副軸の方向を正方向としている。したがって、副軸は主軸に対してπ/2[rad]位相進みの位置にある。回転子位相θα、θγは、各々α軸、γ軸を基準にしている。γδ一般座標系は、αβ固定座標系、dq同期座標系を特別の場合として包含する、最も一般性の高い座標系である。なお、位相算定の基準であるαβ固定座標系の基軸・α軸の位置は、一般的には、uvw三相巻線のu相巻線の中心位置に選定される。上記説明より既に明白なように、本発明においては、回転子位相と回転子の突極位相とは同義である。
【0011】
同期電動機は、電気回路であり、トルク発生機であり、電気エネルギーを機械エネルギーへ変換するエネルギー変換機でもある。同期電動機のこの本質に起因して、同期電動機の数学モデルは、厳密には、電気回路としての動的特性を記述した回路方程式(第1基本式)、トルク発生機としてのトルク発生関係を記述したトルク発生式(第2基本式)、エネルギー変換機としての動的関係を記述したエネルギー伝達式(第3基本式)の3基本式より構成される。また、数学モデルが合理的モデルとして工学的意味をもつためには、単一の同期電動機を異なる観点から記述したこれら3基本式は互いに数学的に整合するものでなくてはならない。本整合性は、「自己整合性」と呼ばれる。非特許文献1によれば、同期リラクタンス電動機のγδ一般座標系上の数学モデルとして、次のものが知られている。
【0012】
回路方程式(第1基本式)
【数2】
トルク発生式(第2基本式)
【数3】
エネルギー伝達式(第3基本式)
【数4】
【0013】
上記数学モデルにおける2×1ベクトルv1、i1、φiは、γδ一般座標系上で定義された固定子電圧、固定子電流、固定子反作用磁束である。τrは発生トルク(リラクタンストルク)であり、ω2n、ω2mは回転子の電気速度および機械速度である。また、Np、R1、Li、Lmは、極対数、固定子の抵抗、同相インダクタンス、鏡相インダクタンスである。なお、同相、鏡相インダクタンスは、d軸、q軸インダクタンスと次の関係を有する。
【数5】
従前数学モデルにおいては、(5)式等におけるd軸、q軸インダクタンス、同相、鏡相インダクタンスは「一定」であり、ひいては「空間依存性を有しない」ことを前提としている。なお、鏡相インダクタンスLmは、(5a)式より明白なように、回転子位相を順突極位相に選定する場合(
図1(a))には正となり、逆突極位相に選定する場合(
図1(b))には負となる。
【0014】
回転子の位相と速度に関しては、次の関係が成立している。
【数6】
また、記号「s」は微分演算子「d/dt」を意味し、種々の2×2行列は、以下のように定義されている。
【数7】
【0015】
γδ一般座標系上の数学モデルに、αβ固定座標系の条件(θγ=θα、ωγ=0)を付与すると、これはαβ固定座標系上の数学モデルとなる。また、γδ一般座標系上の数学モデルに、dq同期座標系の条件(θγ=0、ωγ=ω2n)を付与すると、これはdq同期座標系上の数学モデルとなる。例えば、(3)式のトルク発生式は、dq同期座標系の条件(θγ=0、ωγ=ω2n)を付与すると、次式となる。
【数8】
ここに、id、iqは各々d軸電流、q軸電流を意味する。
【0016】
「インダクタンスは一定」とする(8)式は、「d軸電流、q軸電流が一定の場合には、発生のリラクタンストルクは一定である」ことを示している。ところが、「一定のd軸電流、q軸電流に対して、実際の同期リラクタン電動機は空間依存のトルクリップルを発生する」ことが、実験的に知られている。本特性は、リラクタンストルクを発生する他の同期電動機も同様である。これらの事実は、以下を意味してている。(a)従前数学モデルに立脚した模擬装置では、空間依存のリラクタンストルクリプルが模擬できない。(b)従前数学モデルに立脚した特性解析装置では、空間依存のリラクタンストルクリプルを解析できない。(c)従前数学モデルに立脚した制御装置では、空間依存のリラクタンストルクリプルを適切に制御できない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0017】
【文献】新中新二:「同期モータのベクトル制御技術」、東京電機大学出版局(2119)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
本発明は上記背景の下になされたものであり、その目的は、リラクタンストルクを発生する同期電動機のための数学モデルであって、同期電動機が空間依存のリラクタンストルクを発生する場合にも、模擬、特性解析、制御への利用可能な数学モデルを提供することにある。さらには、同モデルに立脚した模擬装置、あるいは特性解析装置、あるいは制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0019】
上記目的を達成するために、請求項1の発明は、回転子が固定子側の電力周波数と平均的に同じ電気速度でかつリラクタンストルクを発生しつつ回転する同期電動機の模擬、あるいは特性解析、あるいは制御のための数学モデルであって、該数学モデルが、該リラクタンストルクの発生モデルとして、空間依存して変化するインダクタンスに比例したリラクタンストルクの発生を示す比例リラクタンストルクの発生モデルと、空間依存して変化するインダクタンスの空間微分値に比例したリラクタンストルクの発生を示す微分リラクタンストルクの発生モデルとの両発生モデルを備えることを特徴とする。
【0020】
請求項2の発明は、請求項1記載の同期電動機の模擬、あるいは特性解析、あるいは制御のための数学モデルであって、該固定子の特定箇所から評価した該回転子の突極の位相を「θα」で表現し、突極の位相をd軸の位相とし、d軸に対してπ/2[rad]の位相進みにq軸をもつ2軸直交座標系をdq同期座標系とし、空間依存して変化するd軸インダクタンスを「Ld(θα)」で表現し、空間依存して変化するq軸インダクタンスを「Lq(θα)」で表現し、空間依存して変化するd軸インダクタンスの空間微分値を「L
~d(θα)」で表現し、空間依存して変化するq軸インダクタンスの空間微分値を「L
~q(θα)」で表現し、d軸電流を「id」で表現し、q軸電流を「iq」で表現し、該同期電動機の極対数を「Np」で表現し、さらには、リラクタンストルクを「τr」で表現し、比例リラクタンストルクを「τrp」で表現し、微分リラクタンストルクを「τrd」で表現するとき、該リラクタンストルクの発生モデルを、dq同期座標系上での評価において、次式
【数9】
とすることを特徴とする。
【0021】
請求項3の発明は、請求項1、あるいは請求項2記載の同期電動機の模擬、あるいは特性解析、あるいは制御のための数学モデルであって、該固定子の特定箇所から評価した該回転子の突極の位相を「θα」で表現するとき、空間依存して変化する固定子インダクタンスを、突極位相θαを変数とする三角関数を用いて近似表現したことを特徴とする。
【0022】
請求項4の発明は、回転子が固定子側の電力周波数と平均的に同じ電気速度でかつリラクタンストルクを発生しつつ回転する同期電動機のための、数学モデル立脚形の模擬装置、あるいは特性解析装置、あるいは制御装置であって、立脚の該数学モデルに、空間依存して変化する固定子インダクタンスに比例したリラクタンストルクの発生を示す比例リラクタンストルクの発生モデルと、空間依存して変化する固定子インダクタンスの空間微分値に比例したリラクタンストルクの発生を示す微分リラクタンストルクの発生モデルとの両発生モデルを備えさせたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0023】
本発明の効果を説明する。後掲の実施例で詳しく説明するように、請求項1の本発明によれば、空間依存のリラクタンストルクリプルを発生する同期電動機に対して、この模擬、特性解析、制御を可能とする数学モデルを、最も一般性の高いγδ一般座標系上で、さらには自己整合性を有する形で構成できるようになると言う効果が得られるようになる。すなわち、電気回路としての動的特性を記述した回路方程式(第1基本式)、トルク発生機としてのトルク発生関係を記述したトルク発生式(第2基本式)、電気エネルギーを機械エネルギーへ変換するエネルギー変換機としての動的関係を記述したエネルギー伝達式(第3基本式)の3基本式よりなり、さらにはこれら3基本式が互いに数学的に整合した数学モデルが構成できるようになるという効果が得られる。ひいては、空間依存のリラクタンストルクリプルを発生する同期電動機に対して、この模擬、特性解析、制御を合理的に遂行できるようになるという効果が得られる。
【0024】
つづいて、請求項2の発明の効果を説明する。請求項1の発明による数学モデルは、γδ一般座標系、αβ固定座標系、dq同期座標系のいずれの座標系の上でも構築可能である。しかしながら、構築の難易度は同一ではない。3座標系の中ではdq同期座標系上での構築がもっとも平易である。ひいては、請求項2の発明によれば、同期電動機の模擬、あるいは特性解析、あるいは制御に供しうる数学モデルを最も簡単に構築できると言う効果が得られる。この結果、請求項2の発明によれば、請求項1の発明の効果を高めることができると言う効果も得られる。
【0025】
つづいて、請求項3の発明の効果を説明する。大半の同期電動機において、リラクタンストルクの空間依存リプル主成分は、回転子電気速度の6次、12次の高調波成分であることが実験的に知られている。主成分を中心とした同期電動機の模擬、特性解析、さらには制御には、空間依存して変化するインダクタンスを三角フーリエ級数展開し、0次、6次、12次の成分で近似表現するのが合理的である。請求項3の発明によれば、突極位相θαを変数とする三角関数を用いてインダクタンスを近似表現できるので、三角フーリエ級数展開を高い数学的合理性をもって適用できるようになる。この結果、請求項3の発明によれば、空間依存リラクタンストルクリプルの主成分を中心とした同期電動機の模擬、特性解析、さらには制御を可能とするコンパクトな数学モデルが構築できると言う効果が得られる。
【0026】
つづいて、請求項4の発明の効果を説明する。請求項4の発明は、請求項1の発明による数学モデルに立脚した模擬装置、あるいは特性解析装置、あるいは制御装置の構築を可能とするものである。この結果、請求項4の発明によれば、請求項1の発明の効果を、当該の模擬装置、あるいは特性解析装置、あるいは制御装置に反映さすことができると言う効果を得ることができる。すなわち、請求項4の発明によれば、リラクタンストルクリプルを発生する同期電動機のための模擬装置、あるいは特性解析装置、あるいは制御装置を構築できると言う効果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図2】 「本発明によるγδ一般座標系上の模擬装置あるいは特性解析装置の構成例を示す図」
【
図3】 「本発明による制御装置を用いた駆動システムの構成例を示す図」
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、図面を用いて、本発明の好適な実施態様を具体的に説明する。
【実施例1】
【0029】
同期リラクタンス電動機に対して、請求項1の発明に基づくγδ一般座標系上の数学モデルを以下に示す。
【0030】
回路方程式(第1基本式)
【数10】
トルク発生式(第2基本式)
【数11】
エネルギー伝達式(第3基本式)
【数12】
【0031】
(10)式の回路方程式、(11)式のトルク発生式においては、同相インダクタンス、鏡相インダクタンスが空間依存性をもつものとして、回転子位相θαの関数としてこれらを表現している。空間依存性をもつ同相、鏡相インダクタンスは、空間依存性をもつd軸、q軸インダクタンスと次の関係をもつ。
【数13】
「L
~i(θα)」、「L
~m(θα)」は、空間依存性をもつ同相、鏡相インダクタンスの空間微分値を意味し、数式では、以下のように定義される((1)式参照)。
【数14】
(14)式の第2式は、空間依存性をもつd軸、q軸インダクタンスの空間微分値との関係を示している。なお、(10)~(12)式の数学モデルにおいても、回転子の位相と速度に関する(6)式、2×2行列の定義に関する(7)式は適用される。
【0032】
(11)式のトルク発生式においては、(11b)式が、空間依存して変化するインダクタンスに比例したリラクタンストルクの発生を示す比例リラクタンストルクの発生モデルである。(11b)式の第2式が、インダクタンス(特に、鏡相インダクタンス)に比例した比例リラクタンストルクの発生を明瞭に示している。また、(11c)式が、空間依存して変化するインダクタンスの空間微分値に比例したリラクタンストルクの発生を示す微分リラクタンストルクの発生モデルである。(11c)式の第2式が、インダクタンス(同相インダクタンス、鏡相インダクタンス)の空間微分値に比例したリラクタンストルクの発生を示す微分リラクタンストルクの発生を明瞭に示している。(11a)式は、「全リラクタンストルクは、比例リラクタンストルクと微分リラクタンストルクの総和である」ことを示している。これは、請求項1の本発明に正確に従っている。
【0033】
(10a)式の回路方程式の物理的意味は、従前の(2a)式と同様であり、当業者には周知であるので、この説明は省略する。(12)式のエネルギー伝達式においては、同式左辺は同期電動機への瞬時印加電力を意味し、同式右辺は電動機内部の瞬時電力の様子を意味している。すなわち、右辺第1項は瞬時銅損を、第2項はインダクタンスに蓄積された磁気エネルギーの瞬時変化を、第3項は回転子から出力される瞬時機械的電力を意味している。
【0034】
(11)式のトルク発生式に用いた空間依存の同相インダクタンス、鏡相インダクタンスは、(10)式の回路方程式に用いたものと同一である。さらには、(11)式のトルク発生式に用いた固定子反作用磁束は、(10)式の回路方程式に用いたもの、(12)式のエネルギー伝達式に用いたものと同一である。また、(12)式のエネルギー伝達式の右辺第3項におけるリラクタンストルクτrは、(11)式のトルク発生式に規定した全リラクタンストルクτrである。本事実は、請求項1の発明に基づく(11)式のトルク発生式は、(10)式の回路方程式と(12)式のエネルギー伝達式と数学的に整合していること、3基本式からなる(10)~(12)式の数学モデルは自己整合性を有することを意味する。以上より明白なように、請求項1の本発明によれば、γδ一般座標系上で、自己整合性を備えた数学モデル(特に、リラクタンストルクリプルを模擬、解析等ができる数学モデル)を構築することができる。3基本式の自己整合性を備えた数学モデルを得るには、請求項1の発明による比例リラクタンストルクと微分リラクタンストルクとが同時に必要である。
【実施例2】
【0035】
(10)~(12)式のγδ一般座標系上の数学モデルに、αβ固定座標系の条件(θγ=θα、ωγ=0)を付与すると、以下に示すαβ固定座標系上の数学モデルを得ることができる。
【0036】
回路方程式(第1基本式)
【数15】
トルク発生式(第2基本式)
【数16】
エネルギー伝達式(第3基本式)
【数17】
【0037】
請求項1の発明に基づくリラクタンストルクの発生式である(16)式が、他の基本式である回路方程式、エネルギー伝達式と整合していることは、γδ一般座標系上の数学モデルと同様である。特に、αβ固定座標系上では、エネルギー伝達式における磁気エネルギーとトルク発生式における全リラクタンストルクの間には、θmを回転子の機械位相とするとき、磁気エネルギーの空間微分が全リラクタンストルクに等しいとする次の関係が成立している。
【数18】
以上より明白なように、請求項1の本発明によれば、αβ固定座標系上で、自己整合性を備えた数学モデル(特に、リラクタンストルクリプルを模擬、解析等ができる数学モデル)を構築することができる。αβ固定座標系上で、3基本式の自己整合性を備えた数学モデルを得るには、請求項1の発明による比例リラクタンストルクと微分リラクタンストルクとが同時に必要である。
【実施例3】
【0038】
(10)~(12)式のγδ一般座標系上の数学モデルに、dq同期座標系の条件(θγ=0、ωγ=ω2n)を付与すると、以下に示すdq同期座標系上の数学モデルを得ることができる。これは、請求項1と請求項2の発明に基づく数学モデルでもある。
【0039】
回路方程式(第1基本式)
【数19】
トルク発生式(第2基本式)
【数20】
エネルギー伝達式(第3基本式)
【数21】
【0040】
請求項1、請求項2の発明に基づくリラクタンストルクの発生式である(20)式は、請求項2の発明によるリラクタンストルクそのもの、すなわち(9)式と同一である。(20)式が、他の基本式である回路方程式、エネルギー伝達式と整合していることは、γδ一般座標系上の数学モデルと同様である。以上より明白なように、請求項1、請求項2の発明によれば、dq同期座標系上で、自己整合性を備えた数学モデル(特に、リラクタンストルクリプルを模擬、解析等ができる数学モデル)を構築することができる。dq同期座標系上で、3基本式の自己整合性を備えた数学モデルを得るには、請求項1、請求項2の発明による比例リラクタンストルクと微分リラクタンストルクとが同時に必要とされる。
【実施例4】
【0041】
当業者は周知のように、リラクタンストルクを発生する同期電動機においては、空間依存リラクタンストルクリプルの主成分は6次、12次成分である。トルクリプルの主要成分を容易に再現できるようにするには、請求項3の発明を適用するばよい。すなわち、請求項3の発明に基づき、空間依存して変化するインダクタンスを、突極位相θαを変数とする三角関数を用いて、例えば次式のように、近似表現すればよい。
【数22】
上式におけるLdfはd軸インダクタンスの空間平均値を、また、wd6c、wd6sはd軸インダクタンスの6次高調波成分(余弦成分、正弦成分)振幅の平均値Ldfに対する相対比を意味し、wd12c、wd12sはd軸インダクタンスの12次高調波成分(余弦成分、正弦成分)振幅の平均値Ldfに対する相対比を意味する。q軸インダクタンスに関しても、同様である。
【0042】
(22)式に対応したインダクタンス空間微分値は,次式となる。
【数23】
【0043】
(22)式、(23)式では、空間依存して変化するインダクタンスとして、d軸、q軸インダクタンスを選定し、これを、突極位相θαを変数とする三角関数を用いて近似表現した。これに代わって、空間依存して変化するインダクタンスとして、同相、鏡相インダクタンスを選定し、これを、突極位相θαを変数とする三角関数を用いて近似表現することもできる。(22)式を(13a)式に、(23)式を(14)式第2式に用いれば、所期の三角関数を用いた近似表現を得ることができる。
【実施例5】
【0044】
請求項4の発明に(11)式に加え(10)式を適用すると、同期リラクタンス電動機のためのγδ一般座標系上の模擬装置あるいは特性解析装置として、
図2を得る。同図(a)は、装置の全体構成を、同図(b)は、(7a)式に定義した2×2D行列の逆行列実現の1例を示している。
図2では、図中における太い信号線は2×1のベクトル信号を意味する。また,「1/s」ブ
の場合にはスカラ信号によるベクトルの各要素との乗算を実行するベクトル乗算器を,入力が2個のベクトル信号の場合には内積演算を遂行し結果をスカラ信号として出力する内積器を意味するものとしている。なお,
図2では,図の輻輳を避けるため,加算器への入力信号の極性は,正の場合は極性記述を省略し,負の場合のみ極性反転記号「-」を付している。また,同様の理由により,関連ブロックのγδ一般座標系の速度ωγ,同じく回転子位相θγ、θαへの依存性は,貫徹矢印で表現している。
図2の模擬装置あるいは特性解析装置においては、比例リラクタンストルク、微分リラクタンストルク、全リラクタンストルクを、一点鎖線の矢印で示した。同図では、比例リラクタンストルクと微分リラクタンストルクに用いられる極対数Npを共有するコンパクトな形式を採用している。なお、全リラクタンストルク(比例リラクタンストルクと微分リラクタンストルクの和)が入力印加されているブロックは、機械負荷系を示している。本発明では、機械負荷系は主眼ではないので、慣性モーメントJmと粘性摩擦係数Dmを用いた簡易な形式で示している。
【0045】
図2の模擬装置あるいは特性解析装置によれば、印加された固定子電圧v1に対し、固定子電流i1、固定子電流と関係した固定子反作用磁束φiの瞬時値を模擬・解析できる。また、発生リラクタンストルク(比例リラクタンストルク、微分リラクタンストルク、全リラクタンストルク)の瞬時値も模擬・解析できる。さらには、模擬・解析されたこれの物理量を(12)式に適用すると、電動機印加の入力電力、電動機内部の銅損、磁気エネルギー、磁気エネルギーの時間微分、機械的電力の瞬時値を模擬・解析できる。
【実施例6】
【0046】
図2の模擬装置あるいは特性解析装置に、αβ固定座標系の条件(θγ=θα、ωγ=0)を付与すると、これはαβ固定座標系上で定義された電圧、電流、磁束を用いた模擬装置あるいは特性解析装置となる。同様に、
図2の模擬装置あるいは特性解析装置に、dq同期座標系の条件(θγ=0、ωγ=ω2n)を付与すると、これはdq同期座標系上の電圧、電流、磁束を用いた模擬装置あるいは特性解析装置となる。
【実施例7】
【0047】
請求項4の発明に基づく制御装置の実施形態の1例を示す。請求項4の発明に基づく制御装置を利用した駆動システムの1例を
図3に示した。
図3は、制御装置を含む駆動システムの全体を描画している。駆動システムは、大きくは、同期電動機1、電力変換装置2(破線ブロック表示)、制御装置3(破線ブロック表示)から構成されている。電力変換装置は、電力変換器21、電流検出器22から構成されている。制御装置3は、大きくは、指令変換器31と、電流制御部32(破線ブロック表示)から構成されている。電流制御部32では、電流制御が遂行できるように、3相2相変換器321a、2相3相変換器321b、ベクトル回転器322a、322b、電流制御器323を所有している。電流制御部は、さらに、回転子位相を検出のための位相検出器(レゾルバ、エンコーダ等)324、位相検出器で得た回転子位相を近似微分処理して速度を検出する速度検出器325、位相検出器で得た回転子位相を処理してこの余弦信号と正弦信号を発生する余弦正弦信号発生器326も所有している。なお、同図では、簡明のため、複数のスカラ信号を1つのベクトル信号として捉え、複数のスカラ信号線を1本の太い信号線で表現している。三相二相変換器、二相三相変換器から右側に存在する三相信号(すなわち、3×1ベクトル信号)、同じく、左側に存在する二相信号(すなわち、2×1ベクトル信号)は、1本の太い信号線で表現している。なお、ベクトル信号の脚符t、r、sは、各々、uvw座標系上の信号、αβ固定座標系上の信号、dq同期座標系上の信号であることを示している。本実施例の核心は、指令変換器31にある。本器を除く諸機器は基本的に先行発明のものと同様であるので、これら諸機器の説明は省略する。次に、本実施例の核心である指令変換器について説明する。
【0048】
指令変換器31は、トルク指令値τr*からdq同期座標系上の電流指令値i1r*(2×1ベクトル)を生成する役割を担っている。例えば、請求項2の発明による(9)式、(20)式のトルク発生式が示すように、d軸、q軸電流が一定の場合、これに対応したリラクタンストルクは、空間依存(回転子位相θαに応じた)のトルクリプルを発生する。請求項2の発明による(9)式、(20)式のトルク発生式は、同時に、「空間依存した形でd軸、q軸電流を通電する場合には、発生リラクタンストルクの平均値はトルク指令値に合致させた上で、発生リラクタンストルクにおけるリラクタンストルクリプルを低減あるいは消滅できる」ことを示している。
図3の指令変換器はこの例を示したものである。これを裏付けるように、指令変換器には、トルク指令値τr*とともに、本目的達成に必須の回転子位相θαが入力されている。本実施例における指令変換器の具体的な構成に必要なモデルが、(9)式、(20)式のトルク発生式である。
【実施例8】
【0049】
請求項2の発明による(9)式、(20)式のトルク発生式は、空間依存のリラクタンストルクリプル低減に加え、「エネルギー伝達式に含まれる銅損を最小化できる、高い自由度の固定子電流が存在する」ことも示している。(9)式、(20)式のトルク発生式には、(21)式のエネルギー伝達式が対応する。指令変換器31を、数学モデルを構成するトルク発生式(第2基本式)を中核に、銅損最小化をも考慮して、トルク指令値から電流指令値を生成するように構成すれば、空間依存のトルクリプルの消滅・低減に加え、銅損の最小化・低減化をも図ることができる。
【実施例9】
【0050】
実施例1~8においては、リラクタンストルクを発生する同期電動機として同期リラクタン電動機を用いた。請求項1~4の本発明は、同期リラクタンス電動機に限定されるものではなく、リラクタンストルクを発生する同期電動機(永久磁石同期電動機、巻線形同期電動機、ハイブリッド界磁同期電動機など)には、同様に適用されることを指摘しておく。適用可能性を裏付ける証として、「磁気エネルギーの空間微分が全リラクタンストルクに等しい」とする(18)式の関係が、これら同期電動機においても同様に成立することを指摘しておく。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明は、リラクタンストルクを活用する同期電動機の模擬、特性解析、制御に、さらにはこのための模擬装置、特性解析装置、制御装置に好適である。
【符号の説明】
【0052】
1 同期電動機
2 電力変換装置
21 電力変換器
22 電流検出器
3 制御装置
31 指令変換器
32 電流制御部
321a 三相二相変換器
321b 二相三相変換器
322a ベクトル回転器
322b ベクトル回転器
323 電流制御器
324 位相検出器
325 速度検出器
326 余弦正弦信号発生器