(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-07
(45)【発行日】2024-03-15
(54)【発明の名称】マグネタイト薄膜および磁気トンネル接合素子
(51)【国際特許分類】
H10N 50/10 20230101AFI20240308BHJP
H01L 29/82 20060101ALI20240308BHJP
【FI】
H10N50/10 M
H10N50/10 Z
H01L29/82 Z
(21)【出願番号】P 2019158124
(22)【出願日】2019-08-30
【審査請求日】2022-06-20
(73)【特許権者】
【識別番号】000173795
【氏名又は名称】公益財団法人電磁材料研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000800
【氏名又は名称】デロイトトーマツ弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 雅人
【審査官】宮本 博司
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-251840(JP,A)
【文献】特開平11-097766(JP,A)
【文献】特開2002-190631(JP,A)
【文献】特開2009-238768(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H10N 50/10
H01L 29/82
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(111)単結晶基板の上に(111)配向を有するエピタキシャル層として形成され、厚さ2~500nmであり、かつ、組成式Fe
3-δ1O
4(2.7×10
-3≦δ1≦0.01)で表わされることを特徴とするマグネタイト薄膜。
【請求項2】
(111)単結晶基板の上に(111)配向を有し、組成式Fe
3-δ1O
4(2.7×10
-3≦δ1≦0.01)で表わされる厚さ2~500nmのエピタキシャル層として形成された第1のマグネタイト層と、
前記第1のマグネタイト層の上に形成された厚さ0.5~2nmのエピタキシャル絶縁体バリア層と、
前記
エピタキシャル絶縁体バリア層の上に(111)配向を有し、組成式Fe
3-δ2O
4(2.7×10
-3≦δ2≦0.01)で表わされる厚さ2~500nmのエピタキシャル層として形成された第2のマグネタイト層と、を備えていることを特徴とする磁気トンネル接合素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、垂直磁化膜を構成するマグネタイト薄膜およびこれを用いた磁気トンネル接合素子に関する。
【背景技術】
【0002】
本出願人により、絶縁体バリア層の両側を、室温以上のキュリー点を有するハーフメタル強磁性酸化物層が挟みこむ構造および面内磁化反転を特徴とする強磁性トンネル接合素子が提案されている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記強磁性トンネル接合素子は、外部磁場での磁化反転によるスイッチングを原理とした面内型の第一世代MRAMに対応したものであり、STT-MRAMなど現状の電流による磁化反転(スピン注入)を原理とした高記憶容量の第三世代垂直磁化型MRAMに対応させるためには、ハーフメタル強磁性酸化物層に反磁界エネルギー以上の強い垂直磁気異方性を付与させ垂直磁化層とする必要がある。
【0005】
しかし、マグネタイトは高キュリー点(850K)を有し、高温相がハーフメタル特性など興味深い電子物性を示すが、立方晶のため反磁界エネルギー以上の強い一軸磁気異方性は得られない。もし整合歪みなどで異方性を制御し垂直磁化膜が得られれば、垂直磁化型MRAMなど各種デバイス応用への展開も期待できる。
【0006】
そこで、本発明は、垂直磁気異方性の向上を図りうるマグネタイト薄膜およびこれを用いた垂直磁化型磁気トンネル接合素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のマグネタイト薄膜は、(111)単結晶基板の上に(111)配向を有するエピタキシャル層として形成され、厚さ2~500nmであり、かつ、組成式Fe3-δ1O4(2.7×10
-3
≦δ1≦0.01)で表わされることを特徴とする。
【0008】
本発明の磁気トンネル接合素子は、(111)単結晶基板の上に(111)配向を有し、組成式Fe3-δ1O4(2.7×10-3≦δ1≦0.01)で表わされる厚さ2~500nmのエピタキシャル層として形成された第1のマグネタイト層と、前記第1のマグネタイト層の上に形成された厚さ0.5~2nmのエピタキシャル絶縁体バリア層と、前記エピタキシャル絶縁体バリア層の上に(111)配向を有し、組成式Fe3-δ2O4(2.7×10-3≦δ2≦0.01)で表わされる厚さ2~500nmのエピタキシャル層として形成された第2のマグネタイト層とを備えていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明のマグネタイト薄膜は、垂直磁気異方性の増大が図られているために垂直磁化膜として機能しうる。本発明の磁気トンネル接合素子は、一対のマグネタイト層が垂直磁化膜として機能するため、電流によって磁化反転を行う高記憶容量の第三世代垂直磁化型MRAMに対応することが可能である。またマグネタイトはスピン分極率100%のハーフメタルであるため理論的には無限大のMR比(磁気抵抗変化)が期待できるため、高記憶容量MRAMに要求される高いMR比にも対応可能である。
【0010】
一般的に酸化物の電子状態は酸素組成に敏感であることが知られており、特にマグネタイトはその固有のVerwey転移がストイキオメトリーからのわずかなずれで転移点が低温側にシフトし消失してしまうため、ハーフメタルなど電子物性の応用には、ストイキオメトリーからの組成ずれである空孔パラメータδ(Fe3-δO4)を十分小さく保つことが重要である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明の一実施形態としての磁気トンネル接合素子の構成に関する説明図。
【
図2A】実施例1のマグネタイト薄膜のXRDスペクトル。
【
図2B】実施例2のマグネタイト薄膜のXRDスペクトル。
【
図2C】実施例3のマグネタイト薄膜のXRDスペクトル。
【
図3】実施例1のマグネタイト薄膜の高分解能断面TEM像。
【
図4A】比較例1のマグネタイト薄膜のXRDスペクトル。
【
図4B】比較例2のマグネタイト薄膜のXRDスペクトル。
【
図5A】実施例1のマグネタイト薄膜の垂直方向および水平方向の磁化曲線。
【
図5B】実施例2のマグネタイト薄膜の垂直方向および水平方向の磁化曲線。
【
図5C】実施例3のマグネタイト薄膜の垂直方向および水平方向の磁化曲線。
【
図6A】比較例1のマグネタイト薄膜の垂直方向および水平方向の磁化曲線。
【
図6B】比較例2のマグネタイト薄膜の垂直方向および水平方向の磁化曲線。
【
図7】実施例2のマグネタイト薄膜のCEMSスペクトル。
【発明を実施するための形態】
【0012】
図1に示されている本発明の一実施形態としての磁気トンネル接合素子は、基板1の上に形成された第1のマグネタイト層11と、第1のマグネタイト層11の上に形成された絶縁体バリア層20と、絶縁体バリア層20の上に形成された第2のマグネタイト層12と、を備えている。
【0013】
基板1は、SrTiO3(111)単結晶基板、MgO(111)単結晶基板、MgAl2O4(111)単結晶基板またはSi(111)単結晶基板など、表面が(111)配向を有する単結晶基板により構成されている。第1のマグネタイト層11は、本発明の一実施形態としてのマグネタイト薄膜であり、基体1の表面に垂直な方向または厚さ方向に(111)配向を有し、組成式Fe3-δ1O4(0≦δ1≦0.01)で表わされる厚さ2~500nmのエピタキシャル層として形成されている。エピタキシャル絶縁体バリア層20は、厚さ0.5~2nmのMgO(111)、γ-Fe2O3(111)、α-Fe2O3(0001)、SrTiO3(111)、MgAl2O4(111)、α-Al2O3(0001)により構成されている。第2のマグネタイト層12は、第1のマグネタイト層11と同様に、厚さ方向に(111)配向を有し、組成式Fe3-δ2O4(0≦δ2≦0.01)で表わされる厚さ2~500nmのエピタキシャル層として形成されている。
【0014】
(実施例)
【0015】
(実施例1)
SrTiO3(111)単結晶基板が加熱され、300~900℃(例えば600℃)まで昇温された状態のSrTiO3(111)単結晶基板の上に、FeO焼結ターゲットが用いられ、かつ、ArガスおよびO2ガスの混合ガスが導入される反応性RFマグネトロンスパッタ法により、厚さ433nmの実施例1のマグネタイト薄膜が作製された。この際、混合ガスの酸素量は流量比で1~2%に制御された。
【0016】
(実施例2)
実施例1と同様の作製条件にしたがって、厚さ87nmの実施例2のマグネタイト薄膜が作製された。
【0017】
(実施例3)
実施例1と同様の作製条件にしたがって、厚さ17nmの実施例3のマグネタイト薄膜が作製された。
【0018】
(比較例)
【0019】
(比較例1)
基板としてMgO(100)単結晶基板が用いられたほか、実施例1と同様の作製条件にしたがって、厚さ106nmの比較例1のマグネタイト薄膜が作製された。
【0020】
(比較例2)
基板としてSrTiO3(100)単結晶基板が用いられたほか、実施例1と同様の作製条件にしたがって、厚さ79nmの比較例2のマグネタイト薄膜が作製された。
【0021】
(評価)
図2A~
図2Cのそれぞれには、実施例1~3のそれぞれのマグネタイト薄膜を対象として、Ge(220)モノクロメータを用いて得られた高分解能XRDスペクトルが示されている。
図2A~
図2Cから、実施例1~3のそれぞれのマグネタイト薄膜が、SrTiO
3(111)単結晶基板の上に、厚さ方向に(111)配向したマグネタイト薄膜(Fe
3O
4薄膜)であること、および、膜厚が大きいほどFe
3O
4(111)に相当するXRDピークが高いことがわかる。
図3には、実施例1のマグネタイト膜とSrTiO
3(111)単結晶基板の界面付近の高分解能断面TEM(HAADF-STEM)像が示されている。マグネタイト膜の原子配列が単結晶基板と同程度に明瞭に観察され、良好な結晶性を保ちつつエピタキシャル成長していることが確認される。
【0022】
図4Aおよび
図4Bのそれぞれには、比較例1および比較例2のそれぞれのマグネタイト薄膜のXRDスペクトルが示されている。MgO(100)およびSrTiO
3(100)基板ピークの脇にマグネタイトFe
3O
4(400)ピークが観測され、マグネタイト膜が(100)配向していることが確認できる。
【0023】
図5A~
図5Cのそれぞれには、実施例1~3のそれぞれのマグネタイト薄膜を対象として、VSM(振動試料型磁力計)を用いて得られた膜面垂直方向に磁界印加した磁化曲線(実線)および膜面内方向に印加した磁化曲線(点線)が示されている。垂直方向のヒステリシスループが閉じる5kOe以上の磁界において、垂直方向の磁化が面内方向よりも大きくなっており、また保磁力も垂直方向の方が大きいため、垂直磁気異方性が誘起され垂直磁化膜となっていることが確認できる。
図5A~
図5Cから、実施例1のマグネタイト薄膜の垂直方向の飽和磁化が5.9kGであること、実施例2のマグネタイト薄膜の垂直方向の飽和磁化が6.1kGであること、実施例3のマグネタイト薄膜の垂直方向の飽和磁化が5.9kGであること、および、マグネタイト薄膜の膜厚によって垂直方向の飽和磁化がさほど差がないことがわかる。
図5A~
図5Cから、実施例1のマグネタイト薄膜の垂直方向の保磁力が0.52kOeであること、実施例2のマグネタイト薄膜の垂直方向の飽和磁化が1.06kOeであること、実施例3のマグネタイト薄膜の垂直方向の飽和磁化が0.65kOeであること、および、膜厚が2~500nmの範囲に含まれている87nmである実施例2のマグネタイト薄膜の垂直方向の保磁力が比較的大きいことがわかる。
【0024】
図6Aおよび
図6Bのそれぞれには、比較例1および比較例2のそれぞれのマグネタイト薄膜について、膜面垂直方向(実線)および膜面内方向(点線)のそれぞれに磁界印加した磁化曲線が示されている。各磁界での磁化は、実施例1~3とは異なり面内方向の方が大きくなっており、膜面内方向が磁化容易軸の面内磁化膜であることが確認できる。MgO(100)基板の場合には基板からの拡散が、SrTiO
3(100)基板の場合には別配向相の混在が原因となって、(111)配向の実施例1~3よりも磁化値が低下している。また、磁気異方性が(111)配向よりも小さいため、保磁力も低くなっている。
【0025】
図7には、実施例2のマグネタイト薄膜を対象として、CEMS(内部転換電子メスバウアー分光)にしたがって得られたCEMSスペクトルが、AサイトおよびBサイトの分解成分とともに示されている。3:x:1:1:x:3のピーク強度比xから得られる磁気モーメントの方向は、ガンマ線入射方向の膜面垂直方向を基準とした角度をθとしてxの間にx=4sin
2θ/(1+cos
2θ)の関係が成立するため、これから求めた角度θは、無磁界中の残留磁化状態の測定であるにも関わらず薄膜の厚さ方向に対して30o以内であり、およそ50°以上の(100)配向の場合と比較し垂直に近く、磁化曲線(
図5B参照)に対応した結果となった。反磁界エネルギー2πM
2=1.5×10
6erg/cm
3以上の垂直異方性の誘起が予想される。無反跳分率の影響を考慮し、A、Bサイト成分の積分強度比から求まるFe
3-dO
4の空孔パラメータδは2.7×10
-3であり、10
-3オーダーで十分小さく、ストイキオメトリーに近いFe/O組成であることが確認された。
【符号の説明】
【0026】
1‥基板、11‥第1のマグネタイト層(マグネタイト薄膜)、12‥第2のマグネタイト層、20‥絶縁体バリア層。