(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-07
(45)【発行日】2024-03-15
(54)【発明の名称】自己不動態化金属の化学活性化
(51)【国際特許分類】
C23C 8/30 20060101AFI20240308BHJP
C21D 1/06 20060101ALI20240308BHJP
C21D 1/76 20060101ALI20240308BHJP
C22C 19/05 20060101ALI20240308BHJP
C22C 19/07 20060101ALI20240308BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20240308BHJP
C22C 38/40 20060101ALI20240308BHJP
C22F 1/10 20060101ALI20240308BHJP
C23C 8/32 20060101ALI20240308BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20240308BHJP
【FI】
C23C8/30
C21D1/06 A
C21D1/76 F
C21D1/76 H
C22C19/05 Z
C22C19/07 Z
C22C38/00 302Z
C22C38/40
C22F1/10 H
C22F1/10 J
C23C8/32
C22F1/00 613
C22F1/00 630C
C22F1/00 640A
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 691Z
(21)【出願番号】P 2020567961
(86)(22)【出願日】2019-06-06
(86)【国際出願番号】 US2019035694
(87)【国際公開番号】W WO2019241011
(87)【国際公開日】2019-12-19
【審査請求日】2022-05-18
(32)【優先日】2018-06-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(32)【優先日】2019-01-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】518337784
【氏名又は名称】スウェージロック カンパニー
(74)【代理人】
【識別番号】100114775
【氏名又は名称】高岡 亮一
(74)【代理人】
【識別番号】100121511
【氏名又は名称】小田 直
(74)【代理人】
【識別番号】100202751
【氏名又は名称】岩堀 明代
(74)【代理人】
【識別番号】100208580
【氏名又は名称】三好 玲奈
(74)【代理人】
【識別番号】100191086
【氏名又は名称】高橋 香元
(72)【発明者】
【氏名】イリング,シプリアン エー.ダブリュー.
(72)【発明者】
【氏名】ウィリアムス,ピーター シー.
(72)【発明者】
【氏名】セムコフ,クリスティーナ
【審査官】岡田 隆介
(56)【参考文献】
【文献】独国特許出願公開第04342730(DE,A1)
【文献】特表2009-517542(JP,A)
【文献】特開昭50-109827(JP,A)
【文献】特表2005-532471(JP,A)
【文献】特開2005-232518(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 8/00-8/80
C21D 1/06
C21D 1/76
C22C 38/00
C22C 38/40
C22C 19/05
C22C 19/07
C22F 1/10
C22F 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
自己不動態化金属から作製された金属ワークピースを脱不動態化するためのプロセスであって、前記ワークピースはベイルビー層を規定する1つ以上の表面領域を有し、前記プロセスは、前記ワークピースを曝露させて、非ポリマハロゲンフリーN/C/H化合物を、前記非ポリマハロゲンフリーN/C/H化合物を蒸気に変換するのに十分高い処理温度まで加熱することにより生成された蒸気と接触させることを含み、前記非ポリマハロゲンフリーN/C/H化合物は、(a)少なくとも1つの炭素原子を含有し、(b)少なくとも1つの窒素原子を含有し、(c)炭素、窒素、および水素のみを含有し、(d)25℃および大気圧で固体または液体であり、(e)≦5,000ダルトンの分子量を有し、ならびに(f)メラミン、アミノベンズイミダゾール、アデニン、ベンズイミダゾール、グアニジン、シアナミド、ジシアンジアミド、2,4-ジアミノ-6-フェニル-1,3,5-トリアジン、6-メチル-1,3,5-トリアジン-2,4-ジアミン、2-(アミノメチル)ピリジン、4-(アミノメチル)ピリジン、2-アミノ-6-メチルピリジン、1,10-フェナントロリン、2,2’-ビピリジル、(2-(2-ピリジル)ベンズイミダゾール)、4-メチルベンゼンアミン、2-メチルアニリン、3-メチルアニリン、2-アミノビフェニル、3-アミノビフェニル、4-アミノビフェニル、1-ナフチルアミン、2-ナフチルアミン、2-アミノイミダゾール、5-アミノイミダゾール-4-カルボニトリル、4,4’-メチレン-ビス(2-メチルアニリン)、ベンジジン、4,4’-ジアミノジフェニルメタン、1,5-ジアミノナフタレン、1,8-ジアミノナフタレン、2,3-ジアミノナフタレン、ヘキサメチレンテトラミン、およびエチレンジアミンの少なくとも1つを含み、さらに、前記処理温度は窒化物および/または炭化物析出物が形成する温度未満である、プロセス。
【請求項2】
前記処理温度は≦500℃である、請求項1に記載のプロセス。
【請求項3】
前記処理温度は≦475℃である、請求項2に記載のプロセス。
【請求項4】
前記非ポリマハロゲンフリーN/C/H化合物は≦500ダルトンの分子量を有する、請求項1から3のいずれかに記載のプロセス。
【請求項5】
前記非ポリマハロゲンフリーN/C/H化合物は5-50個のC+N原子を含有する、請求項4に記載のプロセス。
【請求項6】
前記非ポリマハロゲンフリーN/C/H化合物は6-30個のC+N原子、交互C=N結合および1つ以上の一級アミン基を含有する、請求項5に記載のプロセス。
【請求項7】
前記非ポリマハロゲンフリーN/C/H化合物は、6-30個のC+N原子を含有する芳香族アミンである、請求項1から3のいずれかに記載のプロセス。
【請求項8】
前記非ポリマハロゲンフリーN/C/H化合物はC、NおよびH原子のみを含有するという意味で、非置換である、請求項1から3のいずれかに記載のプロセス。
【請求項9】
前記自己不動態化金属は、チタン系合金または少なくとも10wt%のCrを含有する鉄系、ニッケル系、コバルト系もしくはマンガン系合金である、請求項1から8のいずれかに記載のプロセス。
【請求項10】
前記自己不動態化金属はチタン系合金である、請求項9に記載のプロセス。
【請求項11】
前記自己不動態化金属は、少なくとも10wt%のCrを含有する鉄系、ニッケル系、コバルト系またはマンガン系合金である、請求項9に記載のプロセス。
【請求項12】
前記自己不動態化金属は、10~40wt%のNiおよび10~35wt%のCrを含有するステンレス鋼である、請求項11に記載のプロセス。
【請求項13】
前記自己不動態化金属は、チタン系合金、または、少なくとも10wt%のCrを含有する鉄系、ニッケル系、コバルト系もしくはマンガン系合金であり、前記プロセスは、前記ワークピースを、低温浸炭、低温窒化および低温浸炭窒化からなる群より選択される増強された低温ガス硬化プロセスに供し、これにより、窒化物または炭化物析出物の形成なしで前記ワークピース表面上に硬化表面層を形成させることをさらに含み、前記増強された低温ガス硬化プロセスは、前記ワークピースを前記蒸気とは異なる追加のガスと接触させることにより実施され、前記追加のガスは、分解して、窒化のための窒素原子を生じさせることができる化合物、分解して、浸炭のための炭素原子を生じさせることができる化合物、および分解して、浸炭窒化のための窒素原子および炭素原子の両方を生じさせることができる化合物の少なくとも1つを含有する、請求項1から8のいずれかに記載のプロセス。
【請求項14】
前記ワークピースは、前記ワークピースが脱不動態化された後にのみ前記追加のガスと接触させられる、請求項13に記載のプロセス。
【請求項15】
前記ワークピースが脱不動態化された後に、前記ワークピースを大気酸素に曝露させることをさらに含み、さらに、前記脱不動態化ワークピースはフッ素原子を含まない、請求項13に記載のプロセス。
【請求項16】
前記ワークピースの脱不動態化は脱不動態化炉内で実施され、低温ガス硬化は前記脱不動態化炉とは異なる熱処理炉で達成され、前記ワークピースは、前記脱不動態化炉と前記熱処理炉の間で移動される間に、大気酸素に曝露される、請求項15に記載のプロセス。
【請求項17】
窒化物または炭化物析出物の形成なしで、ワークピースを同時に脱不動態化および表面硬化するためのプロセスであって、前記ワークピースは、5-50wt%のNiおよび少なくとも10wt%のCrを含有するステンレス鋼、少なくとも10wt%のCrを含有するニッケル系もしくはマンガン系合金またはチタン系合金を含む耐食性の、自己不動態化金属から作製され、前記ワークピースは前の金属成形操作の結果としてのベイルビー層を規定する1つ以上の表面領域を有し、前記ワークピースの表面はまた、酸化クロムもしくは酸化チタンのいずれかから形成されたコヒーレント保護コーティングを有し、前記プロセスは、前記ワークピースを非ポリマハロゲンフリーN/C/H化合物を、前記非ポリマハロゲンフリーN/C/H化合物を蒸気に変換するのに十分高い処理温度まで加熱することにより生成された蒸気と接触させることを含み、前記非ポリマハロゲンフリーN/C/H化合物は、(a)少なくとも1つの炭素原子を含有し、(b)少なくとも1つの窒素原子を含有し、(c)炭素、窒素、および水素のみを含有し、(d)25℃および大気圧で固体または液体であり、(e)≦5,000ダルトンの分子量を有し、ならびに(f)メラミン、アミノベンズイミダゾール、アデニン、ベンズイミダゾール、グアニジン、シアナミド、ジシアンジアミド、2,4-ジアミノ-6-フェニル-1,3,5-トリアジン、6-メチル-1,3,5-トリアジン-2,4-ジアミン、2-(アミノメチル)ピリジン、4-(アミノメチル)ピリジン、2-アミノ-6-メチルピリジン、1,10-フェナントロリン、2,2’-ビピリジル、(2-(2-ピリジル)ベンズイミダゾール)、4-メチルベンゼンアミン、2-メチルアニリン、3-メチルアニリン、2-アミノビフェニル、3-アミノビフェニル、4-アミノビフェニル、1-ナフチルアミン、2-ナフチルアミン、2-アミノイミダゾール、5-アミノイミダゾール-4-カルボニトリル、4,4’-メチレン-ビス(2-メチルアニリン)、ベンジジン、4,4’-ジアミノジフェニルメタン、1,5-ジアミノナフタレン、1,8-ジアミノナフタレン、2,3-ジアミノナフタレン、ヘキサメチレンテトラミン、およびエチレンジアミンの少なくとも1つを含み、前記処理温度は500℃未満であり、また、窒化物および/または炭化物析出物が形成する温度未満であり、これにより、そのコヒーレント保護コーティングを窒素および炭素原子の通過に対して透過性にすることにより、前記ワークピースを脱不動態化し、同時に、前記ワークピースを、炭素および/または窒素原子を前記ワークピースの表面中に拡散させることにより、前記自己不動態化金属の耐食性を失わせる型の炭化物および/または窒化物析出物の形成なしで、表面硬化させる、プロセス。
【請求項18】
ニッケル系合金を含有する自己不動態化金属から作製された金属ワークピースであってベイルビー層を含有する1つ以上の表面領域を有する金属ワークピースを処理するためのプロセスであって、
前記プロセスは、
非ポリマハロゲンフリーN/C/H化合物を、窒化物および/または炭化物析出物を形成する温度未満である処理温度まで加熱し、蒸気を生成することと;ここで、前記非ポリマハロゲンフリーN/C/H化合物は、
(a)メラミン、アミノベンズイミダゾール、アデニン、ベンズイミダゾール、グアニジン、シアナミド、ジシアンジアミド、2,4-ジアミノ-6-フェニル-1,3,5-トリアジン、6-メチル-1,3,5-トリアジン-2,4-ジアミン、2-(アミノメチル)ピリジン、4-(アミノメチル)ピリジン、2-アミノ-6-メチルピリジン、1,10-フェナントロリン、2,2’-ビピリジル、(2-(2-ピリジル)ベンズイミダゾール)、4-メチルベンゼンアミン、2-メチルアニリン、3-メチルアニリン、2-アミノビフェニル、3-アミノビフェニル、4-アミノビフェニル、1-ナフチルアミン、2-ナフチルアミン、2-アミノイミダゾール、5-アミノイミダゾール-4-カルボニトリル、4,4’-メチレン-ビス(2-メチルアニリン)、ベンジジン、4,4’-ジアミノジフェニルメタン、1,5-ジアミノナフタレン、1,8-ジアミノナフタレン、2,3-ジアミノナフタレン、ヘキサメチレンテトラミン、およびエチレンジアミンの少なくとも1つを含み、
(b)25℃および大気圧で固体または液体であり、かつ
(c)≦5,000ダルトンの分子量を有する、
前記蒸気に前記ワークピースを曝露させることと、
を含む、プロセス。
【請求項19】
前記処理温度は≦475℃である、請求項18に記載のプロセス。
【請求項20】
前記非ポリマハロゲンフリーN/C/H化合物は≦500ダルトンの分子量を有する、請求項18に記載のプロセス。
【請求項21】
前記非ポリマハロゲンフリーN/C/H化合物は5-50個のC+N原子を含有する、
前記非ポリマハロゲンフリーN/C/H化合物は6-30個のC+N原子、交互C=N結合および1つ以上の一級アミン基を含有する、ならびに
前記非ポリマハロゲンフリーN/C/H化合物は、6-30個のC+N原子を含有する芳香族アミンである、
の少なくとも1つを満たす、請求項18に記載のプロセス。
【請求項22】
前記非ポリマハロゲンフリーN/C/H化合物はC、NおよびH原子のみを含有する、請求項18に記載のプロセス。
【請求項23】
前記自己不動態化金属はチタンを含有する、請求項18に記載のプロセス。
【請求項24】
前記自己不動態化金属は少なくとも10wt%のCrを含有する、請求項18に記載のプロセス。
【請求項25】
前記自己不動態化金属は鉄、コバルトおよびマンガンの少なくとも1つを含有する、請求項18に記載のプロセス。
【請求項26】
前記ワークピースは、硬化前および蒸気への曝露後の少なくとも1つで大気酸素に曝露される、請求項18に記載のプロセス。
【請求項27】
低温浸炭、低温窒化、および低温浸炭窒化の少なくとも1つに前記ワークピースを供し、前記ワークピースを前記蒸気とは異なるガスと接触させることにより窒化物又は炭化物析出物なしでワークピース表面上に硬化表面層を形成することをさらに含み、
前記ガスは、
分解して、窒化のための窒素原子を生じさせることができる化合物、
分解して、浸炭のための炭素原子を生じさせることができる化合物、および
分解して、浸炭窒化のための窒素原子および炭素原子の両方を生じさせることができる化合物
の少なくとも1つを含有する、請求項18に記載のプロセス。
【請求項28】
前記ワークピースが前記非ポリマハロゲンフリーN/C/H化合物に曝露された後にのみ、前記ワークピースは前記追加のガスと接触される、請求項
27に記載のプロセス。
【請求項29】
前記ワークピースが前記非ポリマハロゲンフリーN/C/H化合物に曝露された後に、前記ワークピースを酸素に曝露することさらに含む、請求項
27に記載のプロセス。
【請求項30】
前記ワークピースを前記非ポリマハロゲンフリーN/C/H化合物に曝露することは、脱不動態化炉内で実施され、
低温浸炭、窒化、および/または浸炭窒化は、熱処理炉で達成され、かつ
前記ワークピースは、前記脱不動態化炉と前記熱処理炉の間で移動される間に、酸素に曝露される、
請求項
29に記載のプロセス。
【請求項31】
ワークピースを処理するためのプロセスであって、
前記ワークピースは、ニッケル系合金を含む耐食性の自己不動態化金属であり、ベイルビー層を持つ1つ以上の表面領域を有し、かつ酸化クロムまたは酸化チタンの少なくとも1つの保護コーティングを有し、
前記プロセスは、
非ポリマハロゲンフリーN/C/H化合物を蒸気に変換するのに十分高い処理温度であって、500℃未満の処理温度であって、窒化物および/または炭化物析出物を形成する温度未満である処理温度まで、前記非ポリマハロゲンフリーN/C/H化合物を加熱することと;ここで、前記非ポリマハロゲンフリーN/C/H化合物は、
(a)メラミン、アミノベンズイミダゾール、アデニン、ベンズイミダゾール、グアニジン、シアナミド、ジシアンジアミド、2,4-ジアミノ-6-フェニル-1,3,5-トリアジン、6-メチル-1,3,5-トリアジン-2,4-ジアミン、2-(アミノメチル)ピリジン、4-(アミノメチル)ピリジン、2-アミノ-6-メチルピリジン、1,10-フェナントロリン、2,2’-ビピリジル、(2-(2-ピリジル)ベンズイミダゾール)、4-メチルベンゼンアミン、2-メチルアニリン、3-メチルアニリン、2-アミノビフェニル、3-アミノビフェニル、4-アミノビフェニル、1-ナフチルアミン、2-ナフチルアミン、2-アミノイミダゾール、5-アミノイミダゾール-4-カルボニトリル、4,4’-メチレン-ビス(2-メチルアニリン)、ベンジジン、4,4’-ジアミノジフェニルメタン、1,5-ジアミノナフタレン、1,8-ジアミノナフタレン、2,3-ジアミノナフタレン、ヘキサメチレンテトラミン、およびエチレンジアミンの少なくとも1つを含み、
(b)25℃および大気圧で固体または液体であり、かつ
(c)≦5,000ダルトンの分子量をする、
前記蒸気に前記ワークピースを曝露させて、
前記ワークピースを脱不動態化し、同時に、炭化物および窒化物析出物の形成なしで炭素および窒素原子の少なくとも1つを前記ワークピースの表面中に拡散させることにより前記ワークピースを表面硬化させることと、
を含む、プロセス。
【請求項32】
前記自己不動態化金属はチタンを含有する、請求項
31に記載のプロセス。
【請求項33】
前記自己不動態化金属は少なくとも10wt%のCrを含有する、請求項
31に記載のプロセス。
【請求項34】
前記自己不動態化金属は鉄、コバルトおよびマンガンの少なくとも1つを含有し、かつ、
前記ワークピースは、硬化前および蒸気への曝露後の少なくとも1つで大気酸素に曝露される、
請求項
31に記載のプロセス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願の相互参照
本出願は、2018年6月11日に出願された米国仮特許出願第62/683,093号、ならびに、2019年1月14日に出願された米国仮特許出願第62/792,172号に対し優先権を主張する。両方の出願の全開示内容は、参照により本明細書に組み込まれる。
【背景技術】
【0002】
従来の浸炭
従来の(高温)浸炭は、金属成形品の表面硬度を増強させるための広く使用される工業プロセスである(「肌焼」)。典型的な商業的プロセスでは、ワークピースが高温で(例えば、1,000℃以上)炭素含有ガスと接触させられ、これにより、ガスの分解により解放された炭素原子がワークピースの表面中に拡散する。これらの拡散された炭素原子のワークピース中の1つ以上の金属との反応により、硬化が起こり、これにより、異なる化学化合物、すなわち、炭化物が形成され、続いて、これらの炭化物の、金属マトリクス中の別個の、非常に硬い、結晶粒子としての析出が起こり、ワークピースの表面を形成する。Stickels, “Gas Carburizing”, pp 312 to 324, Volume 4, ASM Handbook, (コピーライト) 1991, ASM Internationalを参照されたい。
【0003】
ステンレス鋼は耐食性であり、というのも、鋼が空気に曝露されると直ちに形成する酸化クロム表面コーティングは、水蒸気、酸素および他の化学物質の透過に対して不浸透性であるからである。かなりの量のクロム、典型的には10wt%以上を含むニッケル系、コバルト系、マンガン系および他の合金もまた、これらの不浸透性酸化クロムコーティングを形成する。チタン系合金は、それらもまた、空気に曝露されると二酸化チタンコーティングを直ちに形成し、それらもまた、水蒸気、酸素および他の化学物質の透過に対して不浸透性であるという点で同様の現象を示す。
【0004】
これらの合金は空気への曝露で直ちに酸化物表面コーティングを形成するからというだけでなく、これらの酸化物コーティングは水蒸気、酸素および他の化学物質の透過に対して不浸透性であるからという理由で、自己不動態化であると言われる。これらのコーティングは、基本的には、鉄および他の低合金鋼が空気に曝露されると形成する酸化鉄コーティング、例えば、さびとは異なる。これは、これらの合金は、好適に保護されなければ、さびにより完全に消費され得るという事実により認識可能であるように、これらの酸化鉄コーティングは、水蒸気、酸素および他の化学物質の透過に対して不浸透性ではないからである。
【0005】
ステンレス鋼は伝統的に浸炭されると、鋼のクロム含量は、表面硬化の一因となる炭化物析出物の形成により、局部的に激減する。その結果、表面上で保護酸化クロムを形成させるには、炭化クロム析出物を直接取り巻く表面近くの領域で存在するクロムが不十分となる。鋼の耐食性が損なわれるので、ステンレス鋼は従来の(高温)浸炭によりほとんど肌焼きされない。
【0006】
低温浸炭
1980年代半ばに、ワークピースが低温、典型的に約500℃未満で炭素含有ガスと接触させられるステンレス鋼を肌焼するための技術が開発された。これらの温度では、浸炭がそれほど長く続かないという条件で、ガスの分解により解放された炭素原子がワークピース表面中に、典型的には20-50μmの深さまで、炭化物析出物の形成なしで拡散する。それにもかかわらず、非常に硬いケース(表面層)が得られる。炭化物析出物は生成されないので、鋼の耐食性は損なわれず、もっと言えば改善される。この技術は、「低温浸炭」と呼ばれ、U.S.5,556,483号、U.S.5,593,510号、U.S.5,792,282号、U.S.6,165,597号、EPO0787817号、日本9-14019号(公開9-268364号)および日本9-71853号(公開9-71853号)を含む多くの公報において記載されている。
【0007】
窒化および浸炭窒化
浸炭に加えて、窒化および浸炭窒化は、様々な金属を表面硬化するために使用することができる。分解して、表面硬化のための炭素原子を生じさせる炭素含有ガスを使用するのではなく、窒化は分解して、表面硬化のための窒素原子を生じさせる窒素含有ガスを使用することを除き、窒化は、浸炭と、本質的に同じように機能する。
【0008】
しかしながら、浸炭と同じように、窒化がより高温で、かつ、急速焼入れなしで達成される場合、硬化は、拡散原子の別個の化合物、すなわち、窒化物の形成および析出により起こる。他方、窒化がより低温でプラズマなしで達成される場合、硬化は、これらの析出物の形成なしで、この格子中に拡散した窒素原子により金属の結晶格子上に置かれた応力により起こる。浸炭の場合のように、ステンレス鋼は従来の(高温)またはプラズマ窒化により通常窒化されない。というのも、鋼の固有の耐食性は鋼中のクロムが拡散窒素原子と反応し、窒化物を形成させた場合失われるからである。
【0009】
浸炭窒化では、ワークピースは窒素および炭素含有ガスの両方に曝露され、これにより、窒素原子および炭素原子の両方が表面硬化のために、ワークピース中に拡散する。浸炭および窒化と同じように、浸炭窒化はより高温で(肌焼が、窒化物および炭化物析出物の形成により起こる)、または、より低温で達成することができ、この場合、肌焼は、この格子中に拡散した、隙間に溶解した窒素および炭素原子により金属の結晶格子中で生成される、鋭く局在化された応力場により起こる。便宜上、これらのプロセス、すなわち、浸炭、窒化および浸炭窒化の3つ全てが、集合的に、この開示において、「低温表面硬化」または「低温表面硬化プロセス」と呼ばれる。
【0010】
活性化
低温表面硬化に関与する温度は非常に低いので、炭素および/または窒素原子は、ステンレス鋼の酸化クロム保護コーティングに侵入しない。そのため、これらの金属の低温表面硬化の前に、普通は、ワークピースがHF、HCl、NF3、F2またはCl2などのハロゲン含有ガスと高温、例えば、200~400℃で接触させられる活性化(「脱不動態化」)工程が実施され、鋼の保護酸化物コーティングが炭素および/または窒素原子の通過に透過的なものにされる。
【0011】
SomersらのWO2006/136166(U.S.8,784,576)号(その開示内容は参照により本明細書に組み込まれる)は、アセチレンが、浸炭ガス中の活性材料成分として、すなわち、浸炭プロセスのための炭素原子を供給するための源化合物として使用されるステンレス鋼の低温浸炭のための改良プロセスを記載する。そこで示されるように、ハロゲン含有ガスを用いた別々の活性化工程が必要なくなり、というのもアセチレン源化合物は、鋼を同様に脱不動態化するのに、十分反応性であるからである。よって、この開示の浸炭技術は、自己活性化と考えることができる。
【0012】
ChristiansenらのWO2011/009463(U.S.8,845,823)号(その開示内容もまた、参照により本明細書に組み込まれる)は、酸素含有「N/C化合物」、例えば、尿素、ホルムアミドなどが、浸炭窒化プロセスのために必要とされる窒素および炭素原子を供給するための源化合物として使用される、ステンレス鋼を浸炭窒化するための同様の改良プロセスを記載する。この開示の技術もまた、自己活性化であると考えることができ、というのも、ハロゲン含有ガスを用いた別の活性化工程もまた、必要ないと言われるからである。
【0013】
表面処理およびベイルビー層
低温表面硬化はしばしば、複雑な形状を有するワークピースについて実施される。これらの形状を発展させるために、切断工程(例えば、のこ引き削り、機械加工)および/または鍛錬加工工程(例えば、鍛造、引抜き、曲げ、など)などのいくつかの型の金属成形操作が通常必要とされる。これらの工程の結果として、結晶構造における構造欠陥ならびに汚染物質、例えば、潤滑剤、水分、酸素、などがしばしば、金属の近表面領域に導入される。その結果、複雑な形状のほとんどのワークピースにおいて、通常、塑性変形誘導超微細粒構造および著しいレベルの汚染を有する高欠陥表面層が生成される。この層は、2.5μmまでの厚さとなる可能性があり、ベイルビー層として知られており、保護、コヒーレント酸化クロム層またはステンレス鋼および他の自己不動態化金属の他の不動態化層の真下に形成する。
【0014】
以上で示されるように、低温表面硬化のためにステンレス鋼を活性化するための伝統的な方法は、ハロゲン含有ガスとの接触によるものである。これらの活性化技術は、このベイルビー層により本質的に影響を受けない。
【0015】
しかしながら、同じことは、SomersらおよびChristiansenらにより上記開示において記載されている自己活性化技術(この場合、ワークピースがアセチレンまたは「N/C化合物」との接触により活性化される)では言うことができない。むしろ、経験から、複雑な形状のステンレス鋼ワークピースが、表面硬化が始まる前に、そのベイルビー層を除去するために、電解研磨、機械的研磨、化学エッチングなどにより表面処理されていない場合、これらの開示の自己活性化表面硬化技術は、全く機能しないか、または、幾分、機能する場合、せいぜい、むらがあり、表面領域間で一貫性のない結果となることが示される。
【0016】
Ge et al., The Effect of Surface Finish on Low-Temperature Acetylene-Based Carburization of 316L Austenitic Stainless Steel, METALLURGICAL AND MATERIALS TRANSACTIONS B, Vol. 458, Dec. 2014, pp 2338-2345, (コピーライト)2104 The Minerals, Metal & Materials Society and ASM Internationalを参照されたい。そこで述べられているように、「例えば機械加工のために、不適切な表面仕上げを有する[ステンレス]鋼試料は、アセチレンに基づくプロセスによりうまく浸炭させることができない」。特に、
図10(a)および2339および2343ページ上の関連する議論を参照されたい。これは、エッチング、次いで、鋭いブレードによるスクラッチングにより意図的に導入された「機械加工誘導分配層」(すなわち、ベイルビー層)は、エッチングされたが、スクラッチングされていないワークピースの周囲の部分が容易に活性化し、浸炭するにもかかわらず、アセチレンにより活性化および浸炭することができないことを明らかにしている。そのため、実際問題として、これらのワークピースが、最初に前処理されて、それらのベイルビー層が除去されていない限り、これらの自己活性化表面硬化技術は、複雑な形状のステンレス鋼ワークピースに対して使用することができない。
【0017】
この問題に対処するために、本発明の譲受人に譲渡されたUS10,214,805号は、自己不動態化金属でできたワークピースの低温窒化または浸炭窒化のための改良プロセスを開示し、この場合、ワークピースが酸素を含まない窒素ハロゲン化物塩を加熱することにより生成される蒸気と接触させられる。そこで記載されるように、窒化および浸炭窒化のために必要とされる窒素および任意で炭素原子を供給することに加えて、これらの蒸気はまた、これらの低温表面硬化プロセスのためにワークピース表面を、これらの表面が、前の金属-成形操作のためにベイルビー層を有する可能性があったとしても、活性化することができる。その結果、この自己活性化表面硬化技術は、これらのワークピースについて、前の金属-成形操作のためにそれらが複雑な形状を規定していたとしても、かつ、それらが、最初にそれらのベイルビー層を除去するために前処理されていないとしても、直接使用することができる。
【発明の概要】
【0018】
この発明によれば、今や、追加のクラスの化合物、すなわち、(a)少なくとも1つの炭素原子を含有し、(b)少なくとも1つの窒素原子を含有し、(c)炭素、窒素、水素、任意でハロゲン化物原子のみを含有し、(d)室温(25℃)および大気圧で固体または液体であり、ならびに(e)≦5,000ダルトンの分子量を有する有機化合物(以降、「非ポリマN/C/H化合物」)もまた、低温浸炭窒化のための窒素および炭素原子を供給すること、ならびに、このおよび他の低温表面硬化プロセスのために自己不動態化金属の表面を、これらの表面が前の金属-成形操作のためにベイルビー層を有する可能性があるとしても、活性化することの両方が可能な蒸気を生成することが見いだされている。
【0019】
特に、この発明によれば、窒化のために窒素原子(ならびに、浸炭窒化のために炭素原子)を供給するために使用される源化合物が非ポリマN/C/H化合物である場合、表面硬化されるワークピースが、前の金属成形操作由来のベイルビー層を有する自己不動態化金属から作製されていても、低温表面硬化プロセスは自己活性化とすることができることが見出されている。
【0020】
よって、この発明は、1つの実施形態では、低温浸炭、浸炭窒化または窒化のためにワークピースを活性化するためのプロセスを提供し、ワークピースは自己不動態化金属から作製され、前の金属成形操作結果としてのベイルビー層を含む1つ以上の表面領域を有し、プロセスは、ワークピースを、非ポリマN/C/H化合物を非ポリマN/C/H化合物を蒸気に変換するのに十分高い温度まで加熱することにより生成される蒸気と接触させることを含み、ワークピースは、これらの蒸気と、窒化物および/または炭化物析出物が形成する温度未満である活性化温度で接触させられる。
【0021】
加えて、別の実施形態では、この発明は、自己不動態化金属から作製され、前の金属成形操作の結果としてのベイルビー層を規定する1つ以上の表面領域を有するワークピースを同時に活性化し、浸炭窒化させるためのプロセスを提供し、プロセスは、ワークピースを、非ポリマN/C/H化合物を非ポリマN/C/H化合物を蒸気に変換するのに十分高い温度まで加熱することにより生成される蒸気と接触させることを含み、ワークピースはこれらの蒸気と、窒素および炭素原子をワークピースの表面中に拡散させるのに十分高いが、窒化物析出物または炭化物析出物が形成する温度未満である浸炭窒化温度で接触させられ、これにより、ワークピースが窒化物または炭化物析出物の形成なしで浸炭窒化される。
【発明を実施するための形態】
【0022】
定義および専門用語
以上で示されるように、伝統的な(高温)表面硬化と、1980年代半ばに最初に開発された最新低温表面硬化プロセスの間の根本的な違いは、伝統的な(高温)表面硬化では、硬化は、硬化される金属の表面における炭化物および/または窒化物析出物の形成の結果として起こることである。対照的に、低温表面硬化では、硬化は、これらの表面中に拡散した炭素および/または窒素原子の結果としての、金属の表面の金属の結晶格子に及ぼされた応力の結果として起こる。伝統的な(高温)表面硬化において表面硬化の一因となる炭化物および/または窒化物析出物は低温浸炭により表面硬化されるステンレス鋼においては見出されないので、さらに、低温表面硬化はステンレス鋼の耐食性に悪影響を及ぼさないので、独創的な考えは、表面硬化は低温浸炭においては、もっぱら、鋼の(オーステナイト)結晶構造中に拡散した、隙間に溶解した炭素および/または窒素原子により生成される鋭く局在化された応力場の結果として起こることであった。
【0023】
しかしながら、最近のより精緻な分析作業により、低温表面硬化が、合金体積のいくらかまたは全てがフェライト相から構成される合金上で実施される場合、いくつかの型の以前に知られていない窒化物および/または炭化物析出物がこれらのフェライト相において少量形成する可能性があることが明らかになった。特定的には、最近の分析作業により、一般にフェライト相構造を示す、AISI400シリーズステンレス鋼においては、合金が低温表面硬化されると、少量の以前に知られていない窒化物および/または炭化物が析出する可能性があることが示唆される。同様に、最近の分析作業により、フェライトおよびオーステナイト相の両方を含む二相ステンレス鋼では、それらが低温表面硬化されると、これらの鋼のフェライト相において少量の以前に知られていない窒化物および/または炭化物が析出する可能性があることが示唆される。これらの以前に知られていない、新たに発見された窒化物および/または炭化物析出物の正確な性質は依然としてわかっていないが、これらの「パラ-平衡(para-equilibrium)」析出物を直接取り巻くフェライトマトリクスはそのクロム含量が激減されないことが知られている。その結果として、これらのステンレス鋼の耐食性は損なわれないままであり、というのも、耐食性に関与するクロムは、金属全体にわたって、均一に分布されたままであるからである。
【0024】
したがって、この開示の目的のために、「窒化物および/または炭化物析出物を本質的に含まない」ワークピース表面層、または「窒化物および/または炭化物析出物の形成なしで」表面硬化されるワークピース、または「窒化物および/または炭化物析出物が形成する温度未満である温度」に言及される場合、この言及は、伝統的な(高温)表面硬化プロセスでは表面硬化の一因となる窒化物および/または炭化物析出物の型を示し、その析出物は十分なクロムを含有し、そのため、これらの析出物を直接取り巻く金属マトリクスは、そのクロム含量の激減の結果として、その耐食性を失うことが理解されるであろう。この言及は、AISI400ステンレス鋼、二相ステンレス鋼および他の同様の合金のフェライト相において、少量、形成する可能性のある以前に知られていない、新たに発見された窒化物および/または炭化物析出物を示さない。
【0025】
また、この開示の目的のために、「浸炭窒化」「窒化浸炭」および「ニトロ浸炭」は、同じプロセスを示すことが理解されるべきである。
【0026】
加えて、「自己不動態化」は、この開示では、この発明により処理される合金への言及との関連で、空気への曝露で、迅速に、水蒸気、酸素および他の化学物質の透過に対して不浸透性である保護酸化物コーティングを形成する合金の型を示すことが理解される。よって、空気への曝露で酸化鉄コーティングを形成し得る鉄および低合金鋼などの金属は、この用語の意味の範囲内の「自己不動態化」であるとは考えられない。というのも、これらのコーティングは、水蒸気、酸素および他の化学物質の透過に対して不浸透性ではないからである。
【0027】
合金
この発明は、空気への曝露でコヒーレント保護クロムリッチ酸化物層を形成する(それは、窒素および炭素原子の通過に対して不浸透性である)という意味で自己不動態化する任意の金属または金属合金に対して実施することができる。これらの金属および合金はよく知られており、例えば、低温表面硬化プロセスに関する以前の特許に記載されており、その例としては、U.S.5,792,282号、U.S.6,093,303号、U.S.6,547,888号、EPO 0787817号および日本特許文献9-14019(公開9-268364)号が挙げられる。
【0028】
特に興味深い合金はステンレス鋼、すなわち、5~50、好ましくは10~40wt%のNiおよび鋼が空気に曝露されると、表面上で酸化クロムの保護層を形成するのに十分なクロム、典型的には約10%以上を含有する鋼である。好ましいステンレス鋼は10~40wt%のNiおよび10~35wt%のCrを含有する。AISI301、303、304、309、310、316、316L、317、317L、321、347、CF8M、CF3M、254SMO、A286およびAL6XNステンレス鋼などのAISI300シリーズ鋼がより好ましい。AISI400シリーズステンレス鋼およびとりわけAlloy410、Alloy416およびAlloy440Cもまた、特に興味深い。
【0029】
この発明により処理することができる他の型の合金は、鋼が空気に曝露されるとコヒーレント保護酸化クロム保護コーティングを形成するのに十分なクロム、典型的には約10%以上もまた含有するニッケル系、コバルト系およびマンガン系合金である。そのようなニッケル系合金の例としては、2~3例を挙げると、Alloy600、Alloy625、Alloy825、AlloyC-22、AlloyC-276、Alloy20CbおよびAlloy718が挙げられる。そのようなコバルト系合金の例としては、MP35NおよびBiodurCMMが挙げられる。そのようなマンガン系合金の例としては、AISI201、AISI203EZおよびBiodur108が挙げられる。
【0030】
この発明を、実施することができるさらに別の型の合金はチタン系合金である。冶金学においてよく理解されるように、これらの合金は、空気への曝露でコヒーレント保護酸化チタンコーティングを形成し、それらもまた、窒素および炭素原子の通過に対して不浸透性である。そのようなチタン系合金の具体例としてはGrade2、Grade4およびTi6-4(Grade5)が挙げられる。同様に、亜鉛、銅およびアルミニウムなどの他の自己不動態化金属に基づく合金もまた、この発明の技術により活性化(脱不動態化)することができる。
【0031】
本発明により処理される金属の特定の相は、この発明は、オーステナイト、フェライト、マルテンサイト、二相金属(例えば、オーステナイト/フェライト)、などを含むが、それに限定されない任意の相構造の金属について実施することができるという意味では、重要でない。
【0032】
非ポリマN/C/H化合物による活性化
この発明によれば、自己不動態化金属から作製され、その少なくとも1つの表面領域上にベイルビー層を有するワークピースは、ワークピースを非ポリマN/C/H化合物を加熱することにより生成される蒸気と接触させることにより、低温表面硬化のために活性化(すなわち、脱不動態化)される。
【0033】
以上で示されるように、この発明の非ポリマN/C/H化合物は、(a)少なくとも1つの炭素原子を含有し、(b)少なくとも1つの窒素原子を含有し、(c)炭素、窒素、水素および任意でハロゲン原子のみを含有し、(d)室温(25℃)および大気圧で固体または液体であり、ならびに、(e)≦5,000ダルトンの分子量を有する任意の化合物として記載することができる。≦2,000ダルトン、≦1,000ダルトンまたはさらには≦500ダルトンの分子量を有する非ポリマN/C/H化合物がより興味深い。合計5-50個のC+N原子、より典型的には6-30個のC+N原子、6-25個のC+N原子、6-20個のC+N原子、6-15個のC+N原子、およびさらには6-12個のC+N原子を含有する非ポリマN/C/H化合物はさらにいっそう興味深い。
【0034】
この発明において使用することができる特定のクラスの非ポリマN/C/H化合物としては、一級アミン、二級アミン、三級アミン、アゾ化合物、複素環化合物、アンモニウム化合物、アジドおよびニトリルが挙げられる。これらの中で、6-30個のC+N原子を含有するものが望ましい。6-30個のC+N原子、交互C=N結合、および、1つ以上の一級アミン基を含有するものがとりわけ興味深い。例としては、メラミン、アミノベンズイミダゾール、アデニン、ベンズイミダゾール、グアニジン、ピラゾール、シアナミド、ジシアンジアミド、イミダゾール、2,4-ジアミノ-6-フェニル-1,3,5-トリアジン(ベンゾグアナミン)、6-メチル-1,3,5-トリアジン-2,4-ジアミン(アセトグアナミン)、3-アミノ-5,6-ジメチル-1,2,4-トリアジン、3-アミノ-1,2,4-トリアジン、2-(アミノメチル)ピリジン、4-(アミノメチル)ピリジン、2-アミノ-6-メチルピリジンおよび1H-1,2,3-トリアゾロ(4,5-b)ピリジン、1,10-フェナントロリン、2,2’-ビピリジルおよび(2-(2-ピリジル)ベンズイミダゾール)が挙げられる。
【0035】
3つのトリアジン異性体、ならびに6-30個のC+N原子を含有する様々な芳香族一級アミン、例えば、4-メチルベンゼンアミン(p-トルイジン)、2-メチルアニリン(o-トルイジン)、3-メチルアニリン(m-トルイジン)、2-アミノビフェニル、3-アミノビフェニル、4-アミノビフェニル、1-ナフチルアミン、2-ナフチルアミン、2-アミノイミダゾール、および5-アミノイミダゾール-4-カルボニトリルもまた興味深い。6-30個のC+N原子を含有する芳香族ジアミン、例えば、4,4’-メチレン-ビス(2-メチルアニリン)、ベンジジン、4,4’-ジアミノジフェニルメタン、1,5-ジアミノナフタレン、1,8-ジアミノナフタレン、および2,3-ジアミノナフタレンもまた興味深い。ヘキサメチレンテトラミン、ベンゾトリアゾールおよびエチレンジアミンもまた、興味深い。
【0036】
上記化合物のいくつかが含められる、さらにもう一つの興味深いクラスの化合物は、窒素系キレート配位子、すなわち、単一の中心金属原子との別々の配位結合を形成するように配列された2つ以上の窒素原子を含有する多座配位子を形成するものである。この型の二座キレート配位子を形成する化合物がとりわけ興味深い。例としては、o-フェナントロリン、2,2’-ビピリジン、アミノベンズイミダゾールおよび塩化グアニジウムが挙げられる(塩化グアニジウムについては、以下でさらに記載する)。
【0037】
もう1つの興味深い型の非ポリマN/C/H化合物は、WO2016/027042号(その開示内容は、その全体が、本明細書に組み込まれる)で記載されるグラファイト状窒化炭素である。この材料は、実験式C3N4を有し、1原子厚の積み重ねられた層またはシートを含み、その層は窒化炭素から形成され、この場合、4つの窒素原子毎に3つの炭素原子が存在する。3という少なさのそのような層、および、1000以上という多さの層を含む固体が可能である。窒化炭素は、他の元素が存在しないように作製されるが、他の元素のドーピングも企図される。
【0038】
発明のいくつかの実施形態では、使用される非ポリマN/C/H化合物は、N、CおよびH原子のみを含有する。言い換えれば、使用される特定の非ポリマN/C/H化合物は、ハロゲンを含まない。しかしながら、発明の他の実施形態では、非ポリマN/C/H化合物中の不安定な水素原子のいくつかまたは全ては、ハロゲン原子、好ましくはCl、Fまたは両方で置換することができる。この関連で、説明を簡単にするために、1つ以上のハロゲン原子を含有するこの発明の非ポリマN/C/H化合物は本明細書では、「ハロゲン置換」と呼ばれ、一方、ハロゲンを含まないこの発明の非ポリマN/C/H化合物は本明細書では、「非置換」と呼ばれる。
【0039】
ハロゲン置換非ポリマN/C/H化合物が使用されるこの発明のそれらの実施形態では、使用される非ポリマN/C/H化合物は全て、ハロゲン置換させることができる。しかしながら、より一般的には、追加の量の非置換非ポリマN/C/H化合物もまた、存在する。これらの実施形態では、使用されるハロゲン置換非ポリマN/C/H化合物の量は、使用される非ポリマN/C/H化合物の総量に基づき、すなわち、ハロゲン置換および非置換非ポリマN/C/H化合物の合わせた量に基づき、通常、≧1wt%である。より一般的には、使用されるハロゲン置換非ポリマN/C/H化合物の量は、この同じものに基づいて、≧2wt%、≧3.5wt%、≧5wt%、≧7.5wt%、≧10wt%、≧12.5wt%、≧15wt%、あるいは≧20wt%である。同様に、使用されるハロゲン置換非ポリマN/C/H化合物の量はまた、この同じものに基づいて、通常≦75wt%、より典型的には≦60wt%、≦50wt%、≦40wt%、≦30wt%、あるいは≦25wt%である。
【0040】
この発明によれば、驚いたことに、非ポリマN/C/H化合物を蒸気となるまで加熱することにより生成された蒸気は、表面硬化のために窒素および炭素原子を供給することに加えて、非常に強力であるため、重要なベイルビー層の存在にもかかわらず、自己不動態化金属の表面を容易に活性化することが見出されている。さらにいっそう驚いたことに、このように活性化されたワークピースは、従来可能であった時間よりもずっと短い期間で表面硬化させることができることもまた見出されている。例えば、活性化、続いて、低温表面硬化のための以前のプロセスでは、好適なケースを達成するのに、24-48時間かかる可能性があるが、活性化、続いて、低温表面硬化のための発明のプロセスは同等のケースを2時間という少ない時間で達成することができる。
【0041】
いずれの理論にも縛られることは望まないが、この非ポリマN/C/H化合物の蒸気はワークピース表面との接触前、および/またはその結果のいずれかで熱分解により分解し、イオンおよび/またはフリーラジカル分解種が得られ、それらが効果的にワークピース表面を活性化すると考えられる。加えて、この分解はまた、窒素および炭素原子を生じさせ、それらがワークピース表面中に拡散し、これにより、低温浸炭窒化により硬化される。
【0042】
そのため、非ポリマN/C/H化合物がこの発明による活性化のために使用される場合、活性化および少なくともいくらかの表面硬化が同時に起こり、これにより、表面硬化プロセスを増強させるために、追加の窒素および/または炭素含有化合物を系に含めることが必要でなくなり得ることが認識されるであろう。しかしながら、そのような追加の化合物は含めることができない、または含めるべきではないと言っているわけではない。
【0043】
この関連で、この発明により活性化される場合にワークピースが表面硬化される程度は、処理される特定の合金の性質、使用される特定の非ポリマN/C/H化合物、および活性化が起こる温度を含む様々な異なる因子に依存することが認識されるべきである。一般的に言って、この発明による活性化は、通常、低温表面硬化に関連する温度より幾分低い温度で起こる。加えて、異なる合金は、それらが活性化し、表面硬化する温度の観点から互いに異なり得る。加えて、異なる非ポリマN/C/H化合物は、より多くの、またはより少ない相対量の窒素および炭素原子を含有する。
【0044】
そういう訳で、発明のいくつかの実施形態では、特定の合金は、単に、非ポリマN/C/H化合物から解放された窒素原子および炭素原子の結果として、活性化されると同時に、完全に表面硬化され得る。そうなら、追加の窒素原子および/または炭素原子を供給するために、系に1つまたは複数の追加の窒素および/または炭素含有化合物を含めることにより表面硬化プロセスを増強させることは、不要になり得る。
【0045】
しかしながら、発明の他の実施形態では、特定の合金は、単に、活性化中、非ポリマN/C/H化合物により解放された窒素原子および炭素原子の結果として、完全表面硬化され得ない。そうなら、表面硬化プロセスを増強させるために、追加の窒素原子および/または炭素原子を供給するために、追加の窒素および/または炭素含有化合物を系に含めることができる。そうなら、これらの追加の窒素および/または炭素含有化合物は、脱不動態化(活性化)が開始すると同時にまたは脱不動態化(活性化)が完了する前の任意の時間に、脱不動態化(活性化)炉に供給することができる。通常、この追加の窒素および/または炭素含有化合物は、表面硬化のために使用される非ポリマN/C/H化合物とは異なるが、所望であれば、同じ化合物とすることもできる。
【0046】
このように活性化中の表面硬化を増強させることに加えて、および/またはその代わりに、表面硬化を増強させることは、活性化が終了して始めて、活性化が追加の窒素および/または炭素含有化合物を供給することにより完了された後まで延期することができる。そうなら、増強された表面硬化は、活性化のために使用されたものと同じ反応器または異なる反応器において実施することができる。
【0047】
この発明による活性化中にワークピースが供される温度は、活性化を達成するのに十分高くなければならないが、窒化物および/または炭化物析出物が形成するほど高くてはいけない。
【0048】
この関連で、低温表面硬化プロセスでは、ワークピースが高すぎる温度に曝露される場合、望まれない窒化物および/または炭化物析出物が形成することがよく理解されている。加えて、これらの窒化物および/または炭化物析出物を形成させずにワークピースが耐えることができる最大表面硬化温度は、実施される低温表面硬化プロセスの特定の型(例えば、浸炭、窒化または浸炭窒化)、表面硬化される特定の合金(例えば、ニッケル系対鉄系合金)およびワークピース表面中に拡散される窒素および/または炭素原子の濃度を含む多くの変数に依存することもまた理解される。例えば、本発明の譲受人に譲渡されたU.S.6,547,888号を参照されたい。そのため、低温表面硬化プロセスの実施においては、窒化物および/または炭化物析出物の形成を回避するために高すぎる表面硬化温度を回避するように注意しなければならないこともまた、よく理解されている。
【0049】
そのため、同様に、発明の活性化プロセスの実施においては、また、確実に、活性化中、ワークピースが曝露される温度が望まれない窒化物および/または炭化物析出物が形成するほど高くならないように注意しなければならない。一般に、これは、活性化ならびに同時および/またはその後の表面硬化中にワークピースが曝露される最大温度は、処理される特定の合金によって、約500℃、好ましくは475℃さらには450℃を超えてはならないことを意味する。そのため、例えば、ニッケル系合金が活性化され、表面硬化される場合、最大処理温度は、典型的には、約500℃という高さとすることができ、というのも、これらの合金は一般に、より高い温度に到達するまで、窒化物および/または炭化物析出物を形成しないからである。他方、ステンレス鋼などの鉄系合金が活性化され、表面硬化される場合、最大処理温度は望ましくは、約475℃、好ましくは450℃に限定されるべきであり、というのも、これらの合金は、より高温での、窒化物および/または炭化物析出物の形成に対して感度が高くなる傾向があるからである。
【0050】
最小処理温度の観点から、非ポリマN/C/H化合物およびワークピースそれ自体の両方の温度は、ワークピースが生成された蒸気の結果として活性化されるのに十分高くなければならないという事実以外の、実際の下限は存在しない。通常、これは、非ポリマN/C/H化合物は、≧100℃の温度まで加熱されるが、より典型的には、非ポリマN/C/H化合物は、≧150℃、≧200℃、≧250℃、あるいは≧300℃の温度まで加熱されることを意味する。≧350℃、≧400℃、あるいは≧450°の活性化温度が企図される。
【0051】
特定の合金が、この発明による低温表面硬化のために活性化されるのにかかる時間もまた、活性化される合金の性質、使用される特定の非ポリマN/C/H化合物および活性化が起こる温度を含む多くの因子に依存する。一般的に言って、活性化は、1秒という短い時間~3時間という長い時間で達成することができる。しかしながら、より典型的には、ほとんどの合金は、1~150分、5~120分、10~90分、20~75分、さらには30~60分で十分活性化される。特定の合金が発明のプロセスにより十分活性化されるのにかかる期間は、ルーチン実験により個別に容易に決定することができる。その上、活性化および表面硬化が同時に起こるような場合には、表面硬化を増強させるために、追加の窒素および/または炭素化合物が系に含められるかどうかに関係なく、活性化のための最短時間は通常、表面硬化プロセスを完了するのに必要とされる最短時間により決定される。
【0052】
圧力に関しては、発明の活性化プロセスは、大気圧、大気圧超または低大気圧、例えば、ハード真空、すなわち、1torr(133Pa(パスカル)以下の全圧、ならびにソフト真空、すなわち、約3.5~100torr(約500~約13,000Pa(パスカル))の全圧で実施することができる。
【0053】
特定のワークピースを活性化するために使用する非ポリマN/C/H化合物の量もまた、活性化される合金の性質、処理されるワークピースの表面積および使用される特定の非ポリマN/C/H化合物を含む多くの因子に依存する。それは、ルーチン実験により、参考のための下記実施例を使用して容易に決定することができる。
【0054】
最後に、この発明の重要な特徴は、その非ポリマN/C/H化合物は酸素を含まないということであることに注意されたい。理由は、そうでなければ、これらの化合物が酸素原子を含有した場合に起こるであろう、これらの化合物の反応での一時的な酸素原子の発生を回避するためである。以上で示されるように、この発明によれば、この発明の非ポリマN/C/H化合物が分解した時に発生するイオンおよび/またはフリーラジカル分解種のために、活性化が起こると考えられる。そのような一時的な酸素原子はいずれも、これらのイオンおよび/またはフリーラジカル分解種と反応し、無能化すると考えられる。実際、これにより、なぜ、上記Christiansenらの特許で記載されるプロセスが、処理されるワークピースがベイルビー層を有する場合に、そこで実際に使用されるN/C化合物がかなりの量の酸素を含有するために、困難となるのかが説明される。この問題はこの発明により回避される。というのも、使用される非ポリマN/C/H化合物は酸素を含まないからである。
【0055】
いくつかの点で、発明の活性化プロセスは、MinemuraらのUS8,414,710号で記載される活性化プロセスに似ており、その場合、ある一定のアミノ樹脂を加熱することにより生成される分解生成物が、ある一定の鉄系合金を「脱不動態化」させるために使用される。しかしながら、そこで記載される鉄系合金は、その用語が当技術分野において理解されるように、本当には「自己不動態化」していない。これは、それらが含有するクロムの量、5wt%以下は、合金が、鉄系合金を耐食性にする(典型的には10wt%以上)保護酸化クロムコーティングを形成するには少なすぎるためである。その上、特許自体が、それが言及している「不動態」膜は酸化鉄、すなわち、さびから構成され、それは水蒸気、酸素および他の化学物質の透過に対して不浸透性ではないことが知られていることを明らかにしている。
【0056】
その上、Minemuraらにおいて使用されるアミノ樹脂活性化化合物は高分子量を有する重縮合ポリマである。一般的に言って、これらの材料は、窒化物および/または炭化物析出物の形成を回避するには必要となる、発明の活性化プロセスにより必要とされる低温では熱分解しない。実際、この参考文献で記載される最低活性化温度は600℃であり、これは、窒化物および/または炭化物析出物が形成し始める温度、典型的には500℃かそこらより著しく高い。
【0057】
したがって、Minemuraらは、それが記載する合金は、その用語が本技術分野で理解されるように「自己不動態化」ではないという理由だけでなく、そのアミノ樹脂活性化化合物を熱分解させるのに必要とされる温度はまた、窒化物および/または炭化物析出物の形成を引き起こしてしまうという理由で、この発明と現実的に関連しない。
【0058】
低温熱硬化
以上で示されるように、低温窒化または浸炭窒化のために自己不動態化金属の表面を活性化することに加えて、この発明の非ポリマN/C/H化合物を加熱することにより生成される蒸気はまた、たとえ、追加の試薬が反応系に含まれていなくても、これらの熱硬化プロセスにより、ワークピースの少なくともいくらかの熱硬化を達成する窒素および炭素原子を供給する。
【0059】
しかしながら、所望であれば、低温熱硬化が起こる速度は、追加の窒素および/または炭素含有試薬を反応系に含めることにより-特に、ワークピースを、分解して、窒化のための窒素原子を生じさせることができる追加の窒素含有化合物、分解して、浸炭のための炭素原子を生じさせることができる追加の炭素含有化合物、分解して、浸炭窒化のための炭素原子および窒素原子の両方を生じさせることができる炭素および窒素原子の両方を含有する追加の化合物、またはこれらの任意の組み合わせと接触させることにより、増加させることができる。
【0060】
これらの追加の窒素および/または炭素含有化合物はいつでも反応系に添加することができる。例えば、それらは、ワークピースの活性化が完了した後、または活性化が起きているのと同時に添加することができる。最後に、それらはまた、活性化が始まる前に添加することができるが、低温表面硬化は、それらが活性化と同時に、および/または、その後に添加されると、より有効となると考えられる。
【0061】
一般的に言って、自己不動態化合金が活性化(脱不動態化)する温度は、少なくともハロゲン含有ガスが使用される場合、通常、これらの合金のその後の低温表面硬化のために使用される温度より幾分低い。例えば、AISI316ステンレス鋼のHClガスによる活性化は、典型的には約300-350℃で実施されるが、一方、この合金の低温浸炭は、典型的には約425-450℃で実施される。同じ関係が、特定の合金がこのプロセスの結果活性化する温度は、一般に、低温窒化、浸炭窒化または浸炭によりその合金を表面硬化するために、通常使用される温度より低いという点で、発明の活性化プロセスにも当てはまる。
【0062】
この理由から、この発明による、活性化と増強された表面硬化プロセスの組み合わせを実施する場合、組み合わせプロセスを全体として最適化することができるように、各々について最適な温度の中間にある反応温度を選択することが望ましい可能性がある。これはルーチン実験により容易に実施することができ、以上で示されるように、高すぎて、望まれない窒化物および/または炭化物析出物が形成する温度を回避するように注意しなければならないことが理解される。
【0063】
特に興味深いアプローチにおいて、活性化および熱硬化は、例えば、本発明の譲受人に譲渡されたUS10,214,805号において記載される閉鎖系において、すなわち、活性化および熱硬化プロセスの全過程中での任意の材料の出入りに対して完全に密閉された反応槽において、この発明により達成される。確実に、活性化および熱硬化が適正に実施されるようにするために、十分な量の、非ポリマN/C/H化合物の蒸気がワークピースの表面、とりわけ、かなりのベイルビー層を有するそれらの表面領域に接触することが望ましい。この発明による活性化および熱硬化の両方のために使用される非ポリマN/C/H化合物はしばしば微粒子固体であるので、この接触が、適正に実施されることを確実にする簡単な方法は、これらの表面をこの微粒子固体でコーティングする、または別様に被覆し、次いで、ワークピースおよび非ポリマN/C/H化合物の加熱が開始する前に、反応槽を密閉することによる。非ポリマN/C/H化合物はまた、好適な液体に溶解または分散させ、次いで、ワークピース上にこのようにしてコーティングすることができる。
【0064】
これらのアプローチは、多くの小さなワークピース、例えばコンジット用のフェルールおよびフィッティングなどを含有する大きなバッチが、同じ反応槽内で同時に熱硬化される場合に、とりわけ好都合である。
【0065】
活性化および熱硬化が、以上で記載される閉鎖系で実施されるこの発明のアプローチは、いくつかの点で、BessenのU.S.3,232,797号で開示される技術に類似する。その中では、鋼薄ストリップが塩化グアニジウムを含むグアニジウム化合物でコートされ、次いで、加熱され、グアニジウム化合物が分解され、鋼ストリップが窒化される。しかしながら、そこで窒化される鋼薄ストリップは、強く接着された、コヒーレント保護酸化物コーティング(これは、窒素および炭素原子の通過に対して不浸透性である)が形成されるという意味で、自己不動態化しない。したがって、そこで記載される技術は、この発明とほとんど関連しない。この発明では、窒素および炭素原子の通過に対して不浸透性であるステンレス鋼および他の自己不動態化金属が、低温熱硬化プロセスの一部としての、非ポリマN/C/H化合物の蒸気との接触により、これらの原子に対して透過的にされる。
【0066】
任意的な共活性化化合物-酸素を含まない窒素ハロゲン化物塩
この発明の別の特徴によれば、活性化および同時窒化または浸炭窒化の両方が起こる速度は、上記本発明の譲受人に譲渡されたUS10,214,805号で記載されるように、反応系に1つ以上の酸素を含まない窒素ハロゲン化物塩を含めることにより、著しく増強させることができることが見出されている。および、「反応系に含める」により、我々は、酸素を含まない窒素ハロゲン化物塩もまた熱により蒸発され、そのため、そのように生成された蒸気もまた、活性化されるワークピースの表面に接触することを意味する。
【0067】
U.S.10,214,805号で記載されるように、これらの塩は、一般に、(1)少なくとも5モル/リットルの水中での室温溶解度を有する酸素を含まない窒素ハロゲン化物塩を提供するハロゲン化物アニオンを含み、(2)少なくとも1つの窒素原子を含有し、(3)酸素を含有せず、および(4)350℃の温度まで大気圧で加熱されると蒸発する任意の化合物を含むとして記載することができる。
【0068】
そのような塩の具体例としては、塩化アンモニウム、フッ化アンモニウム、塩化グアニジウム、フッ化グアニジウム、塩化ピリジニウム、フッ化ピリジニウム、塩化ベンジルトリエチルアンモニウム、塩化メチルアンモニウム、アリルアミン塩酸塩、p-トルイジン塩酸塩、ベンジルアミン塩酸塩、ベンゼンテトラミン、テトラヒドロクロリド、メチルピラゾールジアミン二塩酸塩、ブテニルアミン塩酸塩、ベンジジン二塩酸塩、ベンゼントリアミン二塩酸塩、イミダゾール塩酸塩、2-(アミノメチル)ベンズイミダゾール二塩酸塩、1,1-ジメチルビグアナイド塩酸塩、2-グアニジン-4-メチルキナゾリン塩酸塩、1,3-ジアミノプロパン二塩酸塩およびそれらの異性体のいずれかが挙げられる。これらの化合物の混合物もまた、使用することができる。
【0069】
反応系に含まれるこの酸素を含まない窒素ハロゲン化物塩の量は広く変動する可能性があり、本質的に任意の量が使用され得る。例えば、酸素を含まない窒素ハロゲン化物塩の量は、この酸素を含まない窒素ハロゲン化物塩とこの発明の非ポリマN/C/H化合物の合わせた重量に基づき、0.5wt%~99.5wt%の間で変動し得る。0.1~50wt%、より典型的には、0.5~25wt%、1~10wt%、さらには2~5wt%のオーダーの、この酸素を含まない窒素ハロゲン化物塩の濃度がより一般的である。
【0070】
任意的な共活性化化合物-N/C化合物
以上で示されるように、ChristiansenらのWO2011/009463(U.S.8,845,823)号は、ステンレス鋼および他の自己不動態化金属は、金属を、「N/C化合物」を熱分解することにより発生する蒸気に曝露させることにより、脱不動態化させることができることを教示する。この特許は広く、窒素/炭素結合を含有する任意の化合物はこのために使用することができることを示唆するが、適正に記載される特定の化合物のみが酸素を含有する。その上、活性化が始まる前にワークピース表面上に存在し得るベイルビー層を除去する必要性への認識が示されていない。
【0071】
いずれにしても、この発明の任意的な特徴によれば、この発明の活性化手順はまた、所望であれば、活性化プロセス中に、これらの酸素含有N/C化合物の1つ以上を反応系に含めることにより増強することができる。そうなら、使用されるこの任意的なN/C化合物の量は、典型的には、活性化プロセスに関与する系中の窒素含有化合物全て-すなわち、この発明の非ポリマN/C/H化合物ならびにここで議論される任意的なN/C化合物、ならびに、真上で議論される任意的な酸素を含まない窒素ハロゲン化物塩の合わせた重量に基づき、≦50wt%である。これは、以上で示されるように、酸素の存在は、この発明の非ポリマN/C/H化合物が加熱され分解された時に生成される活性種の活性化効果を妨害する可能性があるためである。より典型的には、使用されるこの任意的なN/C化合物の量は、この同じものに基づいて、≦40wt%、≦30wt%、≦25wt%、≦20wt%、≦15wt%、≦10wt%、≦5wt%、≦2wt%、≦1wt%、≦0.5wt%、あるいは≦0.1wt%である。
【0072】
トレーサー
この発明のさらにもう一つの特徴によれば、この発明において使用される処理試薬-非ポリマN/C/H化合物-は、C、N、Hおよび/または他の元素の特定の、珍しい同位体で強化され得、診断目的のためのトレーサー化合物として機能することができる。例えば、非ポリマN/C/H化合物は、N、CまたはHの珍しい同位体を用いて作製された同じかまたは異なる非ポリマN/C/H化合物、あるいはそのような珍しい同位体を用いて作製された完全に異なる化合物を、低濃度で播くことができる。これらのトレーサーを感知するための、質量分析または他の好適な分析技術を使用することにより、生産規模でのこの発明の低温表面硬化プロセスの品質管理が容易に決定することができる。
【0073】
このために、処理試薬は、下記ハロゲン化物同位体の少なくとも1つで強化することができる:塩化アンモニウム-(15N)、塩化アンモニウム-(15N,D4)、塩化アンモニウム-(D4)、グアニジン-(13C)塩酸塩、グアニジン-(15N3)塩酸塩、グアニジン-(13C、15N3)塩酸塩、グアニジン-(D5)ジュウテリオクロリド、およびそれらの異性体のいずれか。その代わりに、または、加えて、処理試薬は、下記非ハロゲン化物同位体の少なくとも1つで強化することができる:アデニン-(15N2)、p-トルイジン-(フェニル-13C6)、メラミン-(13C3)、メラミン-(トリアミン-15N3)、ヘキサメチレンテトラミン-(13C6、15N4)、ベンジジン-(環-D8)、トリアジン(D3)、およびメラミン-(D6)、およびそれらの異性体のいずれか。
【0074】
任意的なコンパニオンガス
上記ガスに加えて、この発明により活性化が達成されるガス雰囲気はまた、1つ以上の他のコンパニオンガス-すなわち、上記ガス化合物とは異なるガスを含む。例えば、このガス雰囲気は、下記実施例で示されるアルゴンなどの不活性ガスを含むことができる。加えて、有意に発明の活性化プロセスに悪影響を及ぼさない他のガスもまた、含めることができ、その例としては、例えば、水素、窒素ならびにアセチレンおよびエチレンなどの不飽和炭化水素が挙げられる。
【0075】
ワークピースの大気酸素への曝露
この発明のさらに別の実施形態では、ワークピースが、活性化と表面硬化の間に、すなわち、ワークピースの活性化が実質的に完了された後だが、低温表面硬化が実質的に完了される前に、大気酸素に曝露される。
【0076】
前に示されたように、ステンレス鋼および他の自己不動態化金属が低温浸炭および/または浸炭窒化のために活性化される伝統的な方法は、ワークピースをハロゲン含有ガスと接触させることによる。この関連で、前記U.S.5,556,483号、U.S.5,593,510号およびU.S.5,792,282号で記載されるこの領域における初期の研究のいくつかにおいて、活性化のために使用されるハロゲン含有ガスは、非常に腐食性で高価なフッ素含有ガスに制限された。これは、他のハロゲン含有ガス、とりわけ塩素含有ガスが使用された場合、ワークピースが、活性化と熱硬化の間で大気酸素に曝露されるとすぐに再不動態化したためである。そのため、この初期の研究においては、かなりの量のフッ素原子を含有するそれらの活性化されたワークピースのみが、直ちに再不動態化せずに、大気に曝露することができた。
【0077】
この発明の別の特徴によれば、フッ素系活性剤の使用と関連する望ましくない腐食および費用と塩素系活性剤が使用される場合の再不動態化を回避する望ましくない必要性の間のこのトレードオフが破壊され、というのも、この発明により生成された、活性化されたワークピースは大気酸素に24時間以上曝露されても、たとえ、それらがフッ素原子を含んでいなくても容易に再不動態化しないことが見出されたからである。
【0078】
実施例
この発明をより完全に説明するために、下記実施例が提供される。
【0079】
実施例1
A1-6XN合金で作製された機械加工ワークピースは、ニッケル含量の増大により特徴付けられるスーパーオーステナイトステンレス鋼であり、これを、研究室反応器内に、ワークピースに直接接触するように配列される活性化化合物としての粉末2-アミノベンズイミダゾールと共に入れた。反応器を乾燥Arガスでパージし、次いで、327℃まで加熱し、これで60分間保持し、その後、反応器を452℃まで加熱し、これで120分間保持した。
【0080】
反応器から取り出し、室温まで冷却した後、ワークピースを調査し、630HVの表面近くの硬度を示す立体構造の、均一なケース(すなわち、表面コーティング)を有することを見出した。
【0081】
実施例2
実施例1を、活性化化合物を0.01対0.99の質量比のグアニジン塩酸塩および2-アミノベンズイミダゾールの混合物から構成させたことを除き、繰り返した。言い換えれば、使用されるグアニジン塩酸塩の量は、使用される非ポリマN/C/H化合物の総量に基づき、1wt%であった。加えて、反応器を452℃まで加熱し、これで120分の代わりに360分間保持した。
【0082】
ワークピースは、660HVの表面近くの硬度を示すことが見出された。
【0083】
実施例3
実施例2を、ワークピースをAISI316ステンレス鋼から作製し、活性化化合物を、グアニジン塩酸塩および2-アミノベンズイミダゾールの混合物から構成させたことを除き、繰り返した。第1の実行では、グアニジン塩酸塩対2-アミノベンズイミダゾールの質量比は0.01対0.99(使用される非ポリマN/C/H化合物の総量に基づき1wt%グアニジン塩酸塩)であり、第2の実行では、この質量比は0.10対0.90(使用される非ポリマN/C/H化合物の総量に基づき10wt%グアニジン塩酸塩)であった。
【0084】
第1の実行で生成されたワークピースは、550HVの表面近くの硬度を示したが、第2の実行で生成されたワークピースは1000HVの表面近くの硬度を示した。加えて、第2の実行で生成されたワークピースの肌焼きされた表面は、第1の実行で生成されたワークピースの肌焼き表面と比べて、その全表面上で優れた硬化層深さおよび完全なコンフォマリティーを示した。
【0085】
実施例4
実施例3を、使用した活性化化合物を、0.50対0.50の質量比のグアニジン塩酸塩および2-アミノベンズイミダゾールの混合物(使用される非ポリマN/C/H化合物の総量に基づき50wt%グアニジン塩酸塩)としたことを除き、繰り返した。
【0086】
得られたワークピースの硬化表面または「ケース」は900HVの表面近くの硬度を示し、その全表面上でほとんど完全なコンフォマリティーを有したが、いくらかのピッチングが存在した。
【0087】
この発明のほんのわずかな実施形態について以上で説明してきたが、この発明の精神および範囲から逸脱せずに、多くの改変が可能であることが認識されるべきである。そのような改変は全て、下記特許請求の範囲によってのみ制限される、この発明の精神および範囲内に含まれることが意図される。