(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-07
(45)【発行日】2024-03-15
(54)【発明の名称】ケミカルセンサモジュール及び検体物質の識別方法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/414 20060101AFI20240308BHJP
【FI】
G01N27/414 301U
G01N27/414 301V
G01N27/414 301Z
(21)【出願番号】P 2021048070
(22)【出願日】2021-03-23
【審査請求日】2023-02-14
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第2期/フィジカル空間デジタルデータ処理基盤/サブテーマII:超低消費電力IoTデバイス・革新的センサ技術/超高感度センサシステムの研究開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(74)【代理人】
【識別番号】110004026
【氏名又は名称】弁理士法人iX
(72)【発明者】
【氏名】杉崎 吉昭
(72)【発明者】
【氏名】三木 弘子
【審査官】小澤 理
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-208985(JP,A)
【文献】国際公開第2013/176289(WO,A1)
【文献】実開昭59-025460(JP,U)
【文献】特開平07-140125(JP,A)
【文献】特表2017-514141(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2015/0309018(US,A1)
【文献】特開平04-075260(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2017/0234861(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2019/0178837(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/414
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1乃至第n(nは2以上の自然数)のグラフェンセンサと、
前記第1乃至前記第nのグラフェンセンサ
のそれぞれを、検体物質を含み、リン酸イオン、マグネシウムイオン、または硫酸イオンの濃度が
互いに異なる
別々の第1乃至第nの水溶液に曝露する曝露機構と、
を備え、
前記第1乃至前記第nのグラフェンセンサの電気特性の違いから前記検体物質を識別するケミカルセンサモジュール。
【請求項2】
前記検体物質を含む気体と、取り込み溶液とを混合する機構と、
前記検体物質が混合された前記取り込み溶液をさらにリン酸イオン、マグネシウムイオン、または硫酸イオンの濃度の異なる液体と混合し、前記第1乃至前記第nの水溶液とする第1乃至第nの機構と、を含む、
混合機構をさらに有する請求項1に記載のケミカルセンサモジュール。
【請求項3】
前記検体物質を含む気体と、リン酸イオン、マグネシウムイオン、または硫酸イオンの濃度が異なる水溶液とを混合し、前記第1乃至前記第nの水溶液とする第1乃至第nの機構を含む混合機構をさらに有する請求項1に記載のケミカルセンサモジュール。
【請求項4】
前記検体物質を含む気体と、取り込み溶液とを混合する機構と、
前記第1乃至第n-1のグラフェンセンサに曝露済みの前記第1乃至第n-1の水溶液と、リン酸イオン、マグネシウムイオン、または硫酸イオンを含む溶液とを混合して第2乃至前記第nの水溶液とする複数の機構と、を含む、
混合機構をさらに有する請求項1に記載のケミカルセンサモジュール。
【請求項5】
前記検体物質の電荷と、価数と、共役二重結合の有無と、の少なくとも1つを識別する請求項1~4のいずれか1つに記載のケミカルセンサモジュール。
【請求項6】
前記第1乃至前記第nの水溶液が、HEPES緩衝液と、リン酸緩衝液と、これらの混合物とのいずれかを含む請求項1~5のいずれか1つに記載のケミカルセンサモジュール。
【請求項7】
前記1乃至前記第nの水溶液が、多価のアニオンと、多価のカチオンと、共役二重結合をもつアニオンと、共役二重結合をもつカチオンとのいずれかを含む請求項1~6のいずれか1つに記載のケミカルセンサモジュール。
【請求項8】
前記第1乃至前記第nのグラフェンセンサは、それぞれ、前記第1乃至前記第nの水溶液に曝露されたグラフェン膜と、前記グラフェン膜に接続された第1電極と、前記グラフェン膜に接続された第2電極とを有する請求項1~7のいずれか1つに記載のケミカルセンサモジュール。
【請求項9】
前記第1乃至前記第nのグラフェンセンサは、それぞれ、前記第1乃至前記第nの水溶液に接触したゲート配線を有する請求項8に記載のケミカルセンサモジュール。
【請求項10】
前記第1乃至前記第nの水溶液を、前記第1乃至前記第nのグラフェンセンサに供給する供給機構をさらに備えた請求項1~9いずれか1つに記載のケミカルセンサモジュール。
【請求項11】
第1乃至第n(nは2以上の自然数)のグラフェンセンサ
のそれぞれを、同じ検体物質を含み、リン酸イオン、マグネシウムイオン、または硫酸イオンの濃度が
互いに異なる
別々の第1乃至第
nの水溶液に曝露し、
前記第1乃至前記第nの水溶液の違いによる前記グラフェンセンサの電気特性の違いから前記検体物質を識別する検体物質の識別方法。
【請求項12】
リン酸イオン、マグネシウムイオン、または硫酸イオンの濃度が異なる水溶液
のそれぞれに
、同じ前記検体物質を等量
ずつ混合して前記第1乃至前記第nの水溶液とする、請求項11に記載の検体物質の識別方法。
【請求項13】
前記検体物質と水溶液を混合し、前記検体物質と混合した前記水溶液と、リン酸イオン、マグネシウムイオン、または硫酸イオンの濃度が異なる別の水溶液とを混合して、前記第1乃至前記第nの水溶液とする、請求項11に記載の検体物質の識別方法。
【請求項14】
前記第1乃至第n-1の水溶液にリン酸イオン、マグネシウムイオン、または硫酸イオ
ンを含む水溶液を混合して、それぞれ第2乃至前記第nの水溶液とする請求項11に記載の検体物質の識別方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、ケミカルセンサモジュール及び検体物質の識別方法に関する。
【背景技術】
【0002】
グラフェンは、その表面での原子や分子の結合、吸着、あるいは近接に対して大きな電気特性変化(高い感度)を示す。グラフェンを用いたセンサは、気相から水溶液中に取り込まれた検体物質を水溶液中で検出する場合に用いることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の実施形態は、グラフェンの表面におけるリン酸イオン、マグネシウムイオン、または硫酸イオンの検体物質との競合を利用した新規なケミカルセンサモジュール及び検体物質の識別方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の実施形態によれば、ケミカルセンサモジュールは、第1乃至第n(nは2以上の自然数)のグラフェンセンサと、前記第1乃至前記第nのグラフェンセンサのそれぞれを、検体物質を含み、リン酸イオン、マグネシウムイオン、または硫酸イオンの濃度が互いに異なる別々の第1乃至第nの水溶液に曝露する曝露機構と、を備え、前記第1乃至前記第nのグラフェンセンサの電気特性の違いから前記検体物質を識別する。
【図面の簡単な説明】
【0006】
【
図1】実施形態のケミカルセンサモジュールの概略構成図である。
【
図2】実施形態のケミカルセンサモジュールにおける混合機構の一例を示す模式図である。
【
図3】実施形態のケミカルセンサモジュールにおける混合機構の他の例を示す模式図である。
【
図4】
図3に示す混合機構の流路チップの模式斜視図である。
【
図5】実施形態のケミカルセンサモジュールにおけるグラフェンセンサの模式斜視図である。
【
図6】(a)及び(b)は、実施形態のグラフェンセンサを水溶液に曝露する曝露機構の模式図である。
【
図7】2-フェニルエチルアミンのリン酸緩衝液中での応答を表すグラフである。
【
図8】NaOHのリン酸緩衝液中での応答を表すグラフである。
【
図9】各種イオンのリン酸緩衝液中での応答を表すグラフである。
【
図10】2-アミノエタノールのリン酸緩衝液中での応答を表すグラフである。
【
図11】リン酸のHEPES緩衝液中での応答を表すグラフである。
【
図12】安息香酸のHEPES緩衝液中での応答を表すグラフである。
【
図13】アルギニンアミドをリン酸緩衝液に滴下したときの応答を表すグラフである。
【
図14】2-フェニルエチルアミンをリン酸緩衝液に滴下したときの応答を表すグラフである。
【
図15】2-アミノエタノールをリン酸緩衝液に滴下したときの応答を表すグラフである。
【
図16】安息香酸をリン酸緩衝液に滴下したときの応答を表すグラフである。
【
図17】クエン酸をリン酸緩衝液に滴下したときの応答を表すグラフである。
【
図19】2-フェニルエチルアミンのHEPES緩衝液中での応答を表すグラフである。
【
図20】変形例1のケミカルセンサモジュールの概略構成図である。
【
図21】変形例2のケミカルセンサモジュールの概略構成図である。
【
図22】(a)は2-フェニルエチルアミンの構造式であり、(b)はアルギニンアミドの構造式であり、(c)はペリリック酸の構造式であり、(d)は安息香酸の構造式であり、(e)は2-アミノエタノールの構造式である。
【発明を実施するための形態】
【0007】
以下、図面を参照し、実施形態について説明する。なお、各図面中、同じ構成には同じ符号を付している。
【0008】
図1は、実施形態のケミカルセンサモジュール1の概略構成図である。
【0009】
実施形態のケミカルセンサモジュールは、第1乃至第n(nは2以上の自然数)の混合機構10-1~10-nと、第1乃至第nのグラフェンセンサ30-1~30-nと、第1乃至第nの水溶液タンク41-1~41-nとを備える。
【0010】
吸気配管50と排気配管52との間に第1乃至第nの配管51が並列に接続されている。それぞれの配管51に、第1乃至第nの混合機構10-1~10-nのいずれか1つが接続されている。排気配管52に、吸排気装置43が接続されている。吸排気装置43は、例えば、ポンプまたはファンである。吸排気装置43の駆動により、吸気配管50及びそれぞれの配管51を介して、それぞれの混合機構10-1~10-nに検体雰囲気が取り込まれる。
【0011】
それぞれの混合機構10-1~10-nに、配管54を介して、第1乃至第nの水溶液タンク41-1~41-nのいずれか1つが接続されている。水溶液タンク41-1~41-nには、水溶液が貯留されている。各水溶液タンク41-1~41-n中の水溶液は、リン酸イオンとマグネシウムイオンと硫酸イオンとのいずれかの濃度が異なっている。水溶液は、例えば、HEPES(4-(2-hydroxyethyl)-1-piperazineethanesulfonic acid))緩衝液と、リン酸緩衝液(リン酸二水素一ナトリウムとリン酸一水素二ナトリウムの混合溶液)と、これらの混合物とのいずれかである。あるいは、水溶液は、異なる濃度のリン酸を添加したHEPES緩衝液である。あるいは、水溶液は、異なる濃度の硫酸マグネシウムを添加したHEPES緩衝液である。水溶液タンク41-1~41-nから水溶液が混合機構10-1~10-nに供給される。混合機構10-1~10-nは、検体雰囲気を水溶液に曝露する。
【0012】
それぞれの混合機構10-1~10-nは、配管57を介して、第1乃至第nのグラフェンセンサ30-1~30-nのいずれか1つと接続されている。
【0013】
それぞれのグラフェンセンサ30-1~30-nは、排液配管65に接続されている。各排液配管65には、ポンプ64が接続されている。
【0014】
図2は、混合機構の一例を示す模式図である。
図2には、第1の混合機構10-1を代表して表すが、他の混合機構10-2~10-nも、接続関係も含めて第1の混合機構10-1と同様に構成されている。
【0015】
第1の混合機構(以下、単に混合機構ともいう)10-1は、検体雰囲気を水溶液100にバブリングさせる混合タンク11を有する。混合タンク11は、配管54を介して、第1の水溶液タンク(以下、単に水溶液タンクともいう)41-1と接続されている。配管54には、ポンプ12及びバルブ71が接続されている。バルブ71を開き、ポンプ12を駆動させることで、水溶液タンク41-1に貯留された水溶液100が混合タンク11内に供給される。
【0016】
吸気配管50の一端部には、混合タンク11の外に位置する雰囲気捕集口50aが形成されている。吸気配管50と接続された配管51の他端部は、混合タンク11内の水溶液100中に位置する。排気配管52の一端部は混合タンク11内の水溶液100より上部の気相部に位置し、排気配管52の他端部は排気口となっている。排気配管52における混合タンク11と排気口の途中に吸排気装置43が繋がっている。吸排気装置43を駆動させることにより、雰囲気捕集口50aから配管50、51内に取り込まれた検体雰囲気は、混合タンク11内の水溶液にバブリングされ、検体雰囲気中の検体物質は水溶液に溶解する。
【0017】
混合タンク11は、配管57を介して、第1のグラフェンセンサ(以下、単にグラフェンセンサともいう)30-1に接続されている。配管57に、バルブ72及びポンプ13が接続されている。バルブ72を開き、ポンプ13を駆動させることで、混合タンク11内の水溶液100が、グラフェンセンサ30-1に供給される。
【0018】
図3は、混合機構の他の例の模式図である。
図4は、
図3に示す流路チップ111の模式斜視図である。
【0019】
この混合機構は、流路チップ111と、流路チップ111に重ね合わされる蓋112と、流路チップ111と蓋112との間に配置される多孔質膜121とを有する。
【0020】
また、
図4に示すように、流路チップ111には、溝117の一端部に接続した液体流入路113と、溝117の他端部に接続した液体流出路114が形成されている。
図3に示すように、液体流入路113は水溶液100が供給される配管54に接続され、液体流出路114はグラフェンセンサ30-1と接続された配管57と接続されている。
【0021】
なお、溝117の底面には必要に応じて凹凸を形成することができる。凹凸の形状としては、例えばカオティックミキサーと呼ばれる非対称なV字溝を形成することが出来る。このような凹凸を形成することで、層流になりやすいマイクロ流路内で攪拌が発生し、後述の多孔質膜121を介した標的分子の取り込み効率が向上する。
【0022】
多孔質膜121は、溝117を覆っている。多孔質膜121上に蓋112が配置されている。蓋112は、シール部材(例えばゴム部材)122を介して、多孔質膜121に密着している。蓋112における多孔質膜121に対向する面に、溝117と同じパターンで溝118が形成されている。
【0023】
蓋112には、溝118の一端部に接続した吸気路115と、溝118の他端部に接続した排気路116が形成されている。吸気路115は検体雰囲気を取り込む配管51に接続され、排気路116は排気配管52に接続されている。
【0024】
バルブ71とバルブ72をそれぞれ開き、ポンプ12とポンプ13を駆動させることで、水溶液タンク41-1に貯留された水溶液100が、液体流入路113から溝117に供給される。水溶液100は、多孔質膜121を透過しない。したがって、水溶液100は、多孔質膜121の上方の溝118には流入しない。なお、ポンプ12とポンプ13はいずれか一方だけであっても構わない。
【0025】
排気配管52に接続された吸排気装置43を駆動することにより、雰囲気捕集口50aから配管50、51内に取り込まれた検体雰囲気は、吸気路115から溝118に流入する。検体雰囲気中の検体物質は多孔質膜121を透過して、水溶液が供給された溝117に入り込み、溝117を流動している水溶液に溶解する。
【0026】
検体雰囲気に曝露された溝117内の水溶液は、そのまま液体流出路114を流れて、グラフェンセンサ30-1へと供給される。
【0027】
図5は、グラフェンセンサの模式斜視図である。
図5には第1のグラフェンセンサ30-1を代表して表すが、他のグラフェンセンサ30-2~30-nも第1のグラフェンセンサ30-1と同様に構成される。
【0028】
グラフェンセンサ30-1は、グラフェン膜31を含む電荷検出素子である。グラフェン膜31の表面は、上記混合機構10-1から供給される水溶液100に曝露される。
【0029】
グラフェンセンサ30-1は、例えば、FET(field effect transistor)構造を有する。グラフェンセンサ30-1は、基板33と、基板33上に設けられた下地膜34とを有する。下地膜34上にグラフェン膜31が設けられている。または、下地膜34を設けずに、基板33の表面にグラフェン膜31を設けてもよい。また、基板33には、図示せぬ回路やトランジスタが形成されていてもよい。
【0030】
基板33の材料として、例えば、シリコン、酸化シリコン、ガラス、高分子材料を用いることができる。下地膜34は、例えばシリコン酸化膜のような絶縁膜である。また、下地膜34に、グラフェン膜31を形成するための化学的触媒の機能をもたせることもできる。
【0031】
グラフェンセンサ30-1は、少なくとも2つの電極(第1電極35と第2電極36)を有する。第1電極35及び第2電極36の一方はドレイン電極として機能し、他方はソース電極として機能する。
【0032】
第1電極35及び第2電極36は、保護絶縁膜37によって被覆されている。保護絶縁膜37は例えば、酸化アルミニウム、酸化シリコン、高分子などである。
【0033】
下地膜34上には、さらにゲート配線Gが形成され、その一部が保護絶縁膜37に被覆されずに露出している。ゲート配線Gの保護絶縁膜37から露出した箇所は、金、白金、銀、銀・塩化銀積層膜などからなる。
【0034】
グラフェン膜31の電子状態を電気的に検出する際に、ゲート配線Gを介して、水溶液100に所望のゲート電位を印加することによって、グラフェン膜31の電気特性が高感度となる状態に調整することができる。
【0035】
あるいはゲート電位を走査しながら、グラフェン膜31のソースドレイン間電流を計測することにより、グラフェン内を流れるキャリアが正孔と電子との間で切り替わる電荷中性点を測定することができ、グラフェン膜31に対する電荷の注入状態を知ることができる。
【0036】
なお、必要に応じてグラフェン膜31の表面が絶縁体で被覆されていても構わない。この絶縁体としては、例えばペプチドβシートやリン脂質膜などを用いることができる。
【0037】
第1電極35と第2電極36との間にグラフェン膜31が設けられている。第1電極35及び第2電極36はグラフェン膜31に電気的に接触している。グラフェン膜31の表面(センサ素子面)は、水溶液100が供給される流路内に曝露されている。グラフェン膜31を通じて、第1電極35と第2電極36との間に電流が流れることができる。
【0038】
図6(a)及び(b)は、グラフェンセンサ30-1を水溶液に曝露する曝露機構の模式図である。
【0039】
配管57及び配管65におけるセンサ搭載部には、
図6(a)に示すように、窓500が開けられており、窓500の外周にはパッキン510が形成されている。グラフェンセンサ30-1はカートリッジ基板601に実装された形態となっている。
【0040】
図6(b)に示すように、グラフェンセンサ30-1のセンサ素子面を窓500の部分に対向させて設置するとパッキン510によって気密にされて、センサ素子面が配管57、65内に露出した状態となる。このような形態とすることにより、グラフェンセンサ30-1を交換部品や消耗部品として、配管57、65のセンサ搭載部に着脱することが可能となる。
【0041】
なお、前述したゲート配線Gは、グラフェンセンサ30-1の近傍で水溶液100に接触していればよいため、必ずしもグラフェンセンサ30-1上に形成しなくてもよい。例えば、グラフェンセンサ30-1とは別の素子上に形成して、グラフェンセンサ30-1と同様に配管の窓500から配管内に露出させて水溶液100に接触させてもよいし、配管内部に直接作り込んでしまっても構わない。
【0042】
次に、本実施形態のケミカルセンサモジュール1を用いた検体物質の識別方法について説明する。
【0043】
検体雰囲気が、吸気配管50から分岐した各配管51を介して、第1乃至第nの混合機構10-1~10-nに等量供給される。また、第1乃至第nの混合機構10-1~10-nに、第1乃至第nの水溶液タンク41-1~41-nから第1乃至第nの水溶液が供給される。第1乃至第nの水溶液は、リン酸イオン、マグネシウムイオン、または硫酸イオンの濃度が異なる。すなわち、第1乃至第nの混合機構10-1~10-nにおいて、リン酸イオン、マグネシウムイオン、または硫酸イオンの濃度が異なる第1乃至第nの水溶液に、検体雰囲気中に含まれる同じ検体物質が等量混合される。
【0044】
そして、第1乃至第nのグラフェンセンサ30-1~30-nを、第1乃至第nの水溶液に曝露する。第1乃至第nの水溶液は、リン酸イオン、マグネシウムイオン、または硫酸イオンの濃度が異なる。これらイオン濃度の違いによる、第1乃至第nのグラフェンセンサ30-1~30-nの電気特性の違いから、検体物質を識別することができる。
【0045】
検体物質は、例えばイオンである。第1乃至第nのグラフェンセンサ30-1~30-nによれば、第1乃至第nの水溶液中のリン酸イオン、マグネシウムイオン、または硫酸イオンの濃度の違いにより、例えば、検体物質の電荷と、価数と、共役二重結合の有無と、の少なくとも1つを識別することができる。
【0046】
リン酸イオン、マグネシウムイオン、及び硫酸イオンは、多価イオンであり、グラフェンとの親和性が高く、水溶液中でグラフェンの表面に吸着、結合、または近接し、グラフェンの電気的特性(例えばドレイン電流)を変化させる。そして、それらリン酸イオン、マグネシウムイオン、または硫酸イオンのグラフェンに対する吸着、結合、または近接が、検体物質のグラフェンに対する吸着、結合、または近接と競合して、検体物質をマスキングしていると考えられる。
【0047】
以下、本願の発明者らが行った実験結果について説明する。
以下に説明する
図7~
図12の各グラフにおける横軸は時間を表し、
図13~
図17、
図19の各グラフにおける横軸は濃度を表し、
図7~
図17、
図19の各グラフにおける縦軸はドレイン電流変化率(初期のドレイン電流値に対する経時変化後のドレイン電流値の比率)を表す。
【0048】
図7は、2-フェニルエチルアミン(以下、単にPEAと表す場合もある)の、1mMのリン酸緩衝液中での応答を表すグラフである。
【0049】
図7の結果より、PEAの濃度に依存して明瞭なドレイン電流の応答が見られる。この理由として、2つの理由が考えられる。1つは、カチオンであるPEAの添加によるリン酸緩衝液のpHの変動である。もう1つは、PEA分子のグラフェン表面への吸着、結合、または近接の検出である。これを検証するため、NaOHのリン酸緩衝液中での応答を確認した。
【0050】
図8は、NaOHの、1mMのリン酸緩衝液中での応答を表すグラフである。
【0051】
リン酸緩衝液の中でNaイオンがカチオンとしてpHを調整している。
図7に示すPEAの応答の原因がカチオンであるPEAによるpHの変動であるとすると、1mMのリン酸緩衝液へのNaOHの添加で
図7と同様の応答をするはずである。しかしながら、
図8の結果より、NaOHの添加にまったく応答していないことから、
図7に示すPEAの応答は、pHの変動ではなく、グラフェンセンサがPEA分子を検出したためであることを示唆している。
【0052】
図9は、各種イオンのリン酸緩衝液中での応答を表すグラフである。1mMのリン酸緩衝液に、10μMの2-フェニルエチルアミン、10μMのアルギニンアミド、10μMのペリリック酸、10μMの安息香酸をそれぞれ添加した。
【0053】
ここで、2-フェニルエチルアミン、アルギニンアミド、ペリリック酸、安息香酸は、中性付近の水溶液中でイオンとして解離した際に、それぞれ、
図22(a)~(d)に示す分子構造を持っている。
図22(a)~(d)において、破線で示す部分は、二重結合のπ電子が非局在化する範囲である。上記4つのイオンはいずれも非局在化した共役二重結合を持っている。
【0054】
図9の結果より、イオン種によって検出感度が異なる。カチオンである2-フェニルエチルアミンとアルギニンアミドは検出され、アニオンであるペリリック酸と安息香酸は検出されない。カチオンとグラフェンとの間には、カチオン-Π相互作用が働き、アニオンに比べて、グラフェンに吸着、結合、または近接しやすいと考えられる。
【0055】
図10は、2-アミノエタノール(別名モノエタノールアミン、以下、単にMEAと表す場合もある)の1mMのリン酸緩衝液中での応答を表すグラフである。
【0056】
2-アミノエタノールはカチオンである。
図10の結果より、カチオンでも検出されないものがある。2-アミノエタノールの中性付近の水溶液中での分子構造は、
図22(e)に示すようになっていて、π電子の非局在化は起こっていない。
図9の実験により検出された2-フェニルエチルアミンとアルギニンアミドはいずれも共役二重結合をもつため、グラフェンとの間でカチオン-Π相互作用に加えてΠ-Π相互作用が生じ、グラフェンに吸着、結合、または近接しやすい。
図10の実験により検出されなかった2-アミノエタノールは共役二重結合をもたないため、2-フェニルエチルアミンとアルギニンアミドに比べると、グラフェンとの吸着、結合、または近接する能力は、カチオン-Π相互作用だけとなり、弱くなる。
【0057】
図9の実験により検出されなかったペリリック酸と安息香酸は、共役二重結合を持っているが、カチオンではないため、カチオン-Π相互作用がない分だけ、グラフェンに吸着、結合、または近接しにくいと考えられる。
【0058】
水溶液中でのグラフェンに対する吸着、結合、または近接において、リン酸イオンと他のイオンとが競合しているのではないかと考え、リン酸イオンに対する応答を確認した。
【0059】
図11は、リン酸(H
3PO
4)の、1mMのHEPES緩衝液中での応答を表すグラフである。リン酸の影響を読み取るため、リン酸イオンを含まないHEPES緩衝液を用いた。
【0060】
図11の結果より、リン酸イオンに対して強い応答が検出された。これにより、リン酸緩衝液中でのイオン(検体物質)の検出の際には、リン酸イオンとの競合によってイオン(検体物質)の応答が鈍っている可能性があることが判明した。
【0061】
図12は、安息香酸の1mMのHEPES緩衝液中での応答を表すグラフである。
【0062】
図12の結果より、リン酸イオンがないHEPES緩衝液中では、安息香酸も明瞭な応答を示す。
【0063】
図13~
図17は、各種イオンのリン酸緩衝液中での応答のリン酸濃度の依存性を表すグラフである。
【0064】
図13は、アルギニンアミドの、1mMと100mMのリン酸緩衝液に対する応答を表すグラフである。横軸がアルギニンアミドの濃度であり、1uMと10uMで実験を行っている。
【0065】
図14は、2-フェニルエチルアミンの、1mMのHEPES緩衝液(図中にはリン酸濃度0mMと表記)と、1mM、10mM、100mMのリン酸緩衝液に対する応答を表すグラフである。横軸が2-フェニルエチルアミンの濃度であり、10nMから10uMの範囲で実験を行っている。
【0066】
図15は、2-アミノエタノールの、1mMのHEPES緩衝液(図中にはリン酸濃度0mMと表記)と、1mMのHEPES緩衝液に10uMのリン酸を添加したもの(図中にはリン酸濃度0.01mMと表記)と、1mMのリン酸緩衝液に対する応答を表すグラフである。横軸が2-アミノエタノールの濃度であり、10nMから10uMの範囲で実験を行っている。
【0067】
図16は、安息香酸の、1mMのHEPES緩衝液(図中にはリン酸濃度0mMと表記)と、1mMのHEPES緩衝液に10uMのリン酸を添加したもの(図中にはリン酸濃度0.01mMと表記)と、1mMのリン酸緩衝液に対する応答を表すグラフである。横軸が安息香酸の濃度であり、10nMから10uMの範囲で実験を行っている。
【0068】
図17は、クエン酸の、1mMのHEPES緩衝液(図中にはリン酸濃度0mMと表記)と、1mMのHEPES緩衝液に10uMのリン酸を添加したもの(図中にはリン酸濃度0.01mMと表記)と、1mMのリン酸緩衝液に対する応答を表すグラフである。横軸がクエン酸の濃度であり、10nMから10uMの範囲で実験を行っている。
【0069】
【0070】
図18の結果より、リン酸イオンを含まないHEPES緩衝液では、カチオン、アニオンともに共役二重結合の有無を問わず検出されている。結果は示さないが、電荷を持たない親水性化合物、例えば等電点が中性付近にあるアミノ酸のような双性イオンなどは、グラフェンFETでは検出しにくいことが分かっており、この結果は、リン酸イオンを含まない溶媒を用いることにより、親水性化合物の電荷の有無を識別できることを示唆している。
【0071】
また、リン酸イオン10uMを添加したHEPES緩衝液では、共役二重結合を持たないアニオンであるクエン酸が検出されず、共役二重結合を持つアニオンである安息香酸と、共役二重結合を持たないカチオンである2-アミノエタノールはともに検出された。また、共役二重結合を持つカチオンである2-フェニルエチルアミンとアルギニンアミドは、より高いリン酸イオン濃度のリン酸緩衝液中でも、ドレイン電流変化率として1%を超える強い信号として検出できていることより、リン酸イオン濃度10uMでも検出できることは推定できる。
【0072】
また、リン酸イオン濃度が1mMとなる1mMリン酸緩衝液においては、前記安息香酸も2-アミノエタノールも検出されず、共役二重結合を持つカチオンである2-フェニルエチルアミンとアルギニンアミドだけが検出された。さらに、リン酸イオン濃度が1mM以上のリン酸緩衝液を用いた場合には、共役二重結合をもつカチオンの中でも価数が1の2-フェニルエチルアミンよりも2のアルギニンアミドの方がドレイン電流の変化率が高かった。したがって、電荷の正負(カチオンとアニオン)、共役二重結合の有無、検体物質の価数を識別することができる。
【0073】
本実施形態によれば、リン酸イオン濃度の異なる第1乃至第nの水溶液(例えばリン酸緩衝液あるいはHEPES緩衝液など)に同じ検体物質を等量混合し、その第1乃至第nの水溶液に第1乃至第nのグラフェンセンサ30-1~30-nを曝露し、第1乃至第nの水溶液の違い(リン酸イオン濃度の違い)によるグラフェンセンサ30-1~30-nの電気特性の違いから検体物質を識別することができる。
【0074】
なお、複数のグラフェンセンサを用いることに限らず、1つのグラフェンセンサを用いて、第1乃至第nの水溶液への曝露をn回行い、n回の電気特性測定を行ってもよい。
【0075】
HEPES緩衝液に硫酸マグネシウムを添加したところ、リン酸緩衝液を用いた場合と同等かそれ以上に、2-フェニルエチルアミンに対する強いマスキング効果が見られた。
【0076】
図19は、2-フェニルエチルアミンのHEPES緩衝液中での応答を表すグラフである。横軸は、2-フェニルエチルアミンの滴下濃度を表す。縦軸は、ドレイン電流変化率(初期のドレイン電流値に対する経時変化後のドレイン電流値の比率)を表す。
【0077】
マグネシウムイオンと硫酸イオンのいずれかがマスキングしているのかを調べるため、硫酸マグネシウムと塩化マグネシウムと硫酸ナトリウムを、それぞれ2mMのHEPES緩衝液に添加して実験した。
【0078】
図19の結果より、HEPES緩衝液がマグネシウムイオンを含んでいるときに2-フェニルエチルアミンに対する顕著なマスキング効果が得られる。また、硫酸イオンも若干のマスキング効果を示すことが確認できた。マグネシウムイオンも硫酸イオンも2価のイオンであり、イオン強度が高いことがマスキング効果に影響しているものと推定される。
【0079】
したがって、マグネシウムイオンまたは硫酸イオンの濃度の異なる第1乃至第nの水溶液(例えばHEPES緩衝液)に同じ検体物質を等量混合し、その第1乃至第nの水溶液に第1乃至第nのグラフェンセンサ30-1~30-nを曝露し、第1乃至第nの水溶液の違い(マグネシウムイオンまたは硫酸イオンの濃度の違い)によるグラフェンセンサ30-1~30-nの電気特性の違いから検体物質を識別することができる。
【0080】
その他、水溶液は、リン酸イオン、マグネシウムイオン、または硫酸イオンのような多価イオン以外に、共役二重結合をもつアニオンとカチオンのいずれかを含むものであってもよい。共役二重結合をもつイオンは、グラフェンとの間にΠ-Π相互作用が働くため、検体物質に対するマスキング効果が期待できる。
【0081】
ケミカルセンサモジュールの変形例1について、
図20を用いて説明する。
図20は、変形例1のケミカルセンサモジュールの概略構成図である。
【0082】
混合機構10-0は、取り込み溶液タンク41-0から供給される取り込み溶液と、吸気配管50から吸気される検体雰囲気とを混合し、第1乃至第nの混合機構10-1~10-nに供給する。例えば、取り込み溶液はリン酸イオンとマグネシウムイオンと硫酸イオンとを含まない緩衝溶液あるいは純水である。
【0083】
第1乃至nの水溶液タンク41-1~41-nは、リン酸イオンとマグネシウムイオンと硫酸イオンのいずれかの濃度が異なる緩衝溶液をそれぞれ第1乃至第nの混合機構10-1~10-nに供給する。第1乃至第nの混合機構10-1~10-nは、それぞれ、検体雰囲気を取り込んだ取り込み溶液と、第1乃至第nの水溶液タンク41-1~41-nから供給される緩衝液とを混合し、この混合液を第1乃至第nのグラフェンセンサ30-1~30-nに供給する。なお、緩衝液の溶媒は、水溶性有機溶媒であってもよい。
【0084】
第1乃至第nのグラフェンセンサ30-1~30-nに曝露される溶液は、リン酸イオン、マグネシウムイオン、または硫酸イオンの濃度が異なる。変形例1においても、第1乃至第nのグラフェンセンサ30-1~30-nの電気特性の違いから、検体物質を識別することができる。
【0085】
ケミカルセンサモジュールの変形例2について、
図21を用いて説明する。
図21は、変形例2のケミカルセンサモジュールの概略構成図である。
【0086】
変形例2では、混合機構10-0は第1の混合機構10-1にのみ検体雰囲気を取り込んだ取り込み溶液を供給する。第mのグラフェンセンサ10-m(mは、1以上n-1以下の自然数)は、計測済みの溶液を第m+1の混合機構10-m+1に供給する。第nのグラフェンセンサ30-nは、計測済みの溶液を排液配管65に排出する。
【0087】
変形例2のケミカルセンサモジュールは、混合機構10-0において取り込み溶液中に検体雰囲気を取り込んだ後、第1の混合機構10-0による第1の水溶液添加と第1のグラフェンセンサ30-1による計測、第2の混合機構10-2による第2の水溶液の追加添加と第2のグラフェンセンサ30-2による再計測、以下、第3、第4と連続的にイオンの添加とセンサ計測を繰り返す。第1乃至第nの水溶液タンク41-1~41-n中の水溶液に含まれるリン酸イオン、マグネシウムイオン、または硫酸イオン濃度は同じであっても異なっていてもよい。
【0088】
第1乃至第nのグラフェンセンサ30-1~30-nに曝露される溶液は、リン酸イオン、マグネシウムイオン、または硫酸イオンの濃度が異なる。変形例2においても、第1乃至第nのグラフェンセンサ30-1~30-nの電気特性の違いから、検体物質を識別することができる。
【0089】
以上、気相中の標的物質イオン(検体物質)を液相に取り込んで検出する実施形態に関して、説明したが、検体物質の捕集は気相からに限られるものではない。例えば、固体表面や内部に付着や浸透した検体物質であっても構わないし、液中に溶解する検体物質であっても構わない。
【0090】
本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0091】
1…ケミカルセンサモジュール、10-1~10-n…混合機構、30-1~30-n…グラフェンセンサ、31…グラフェン膜、41-1~41-n…水溶液タンク