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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-08
(45)【発行日】2024-03-18
(54)【発明の名称】ベルト式無段変速機の変速制御装置
(51)【国際特許分類】
   F16H 61/02 20060101AFI20240311BHJP
   F16H 61/662 20060101ALI20240311BHJP
【FI】
F16H61/02
F16H61/662
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2020038418
(22)【出願日】2020-03-06
(65)【公開番号】P2021139450
(43)【公開日】2021-09-16
【審査請求日】2022-12-07
(73)【特許権者】
【識別番号】000231350
【氏名又は名称】ジヤトコ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002549
【氏名又は名称】弁理士法人綾田事務所
(72)【発明者】
【氏名】岡原 謙
【審査官】西藤 直人
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-158091(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16H 61/02-61/04
F16H 61/662
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
プライマリプーリと、セカンダリプーリと、両プーリに巻回されたベルトとを備えたベルト式無段変速機と、
目標変速比に基づいてプライマリフィードフォワード油圧を演算すると共に、前記目標変速比と実変速比との差分に応じたフィードバック制御によりプライマリフィードバック油圧を演算し、前記プライマリフィードフォワード油圧及び前記プライマリフィードバック油圧に基づいてプライマリ油圧指令値を出力する変速制御手段と、
を備え、
前記変速制御手段は、急変速状態と判定すると、
前記各プーリの油圧室に供給するプライマリ油圧とセカンダリ油圧との比をバランス推力比としたとき、セカンダリ油圧指令値と実セカンダリ油圧との偏差に、前記バランス推力比を乗算した油圧補償量を演算する油圧補償部を作動させ、
前記プライマリフィードバック油圧から前記油圧補償部の作動開始時における前記油圧補償量を減算し、
前記プライマリフィードフォワード油圧と前記減算されたプライマリフィードバック油圧と前記油圧補償量とを加算して前記プライマリ油圧指令値とすることを特徴とするベルト式無段変速機の変速制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載のベルト式無段変速機の変速制御装置において、
前記変速制御手段は、急変速状態と判定後、急変速状態が終了したと判定すると、
前記油圧補償部の作動を停止させ、
前記プライマリフィードバック油圧に前記油圧補償部の作動停止時における前記油圧補償量を加算し、前記プライマリフィードフォワード油圧と前記加算されたプライマリフィードバック油圧とを加算して前記プライマリ油圧指令値とすることを特徴とするベルト式無段変速機の変速制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プーリ間の動力をベルトにより伝達する際の変速比を無段階に変更可能なベルト式無段変速機の変速制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、特許文献1には、ベルト式無段変速機の変速圧力制御において、目標変速比と実変速比との差をフィードバック制御する一方、予め定められた変速差推力特性に基づいて可変プーリの推力をフィードフォワード制御する技術が開示されている。無段変速機に個体差がある場合や経年劣化等が生じている場合、それによる実変速比と目標変速比との間の定常的なズレをフィードバック制御によるフィードバック圧によって解消可能である。また、無段変速機の定常運転時、フィードバック圧が初期値として「0」から離れているときは、フィードバック圧が定常的なズレに対応した値となる学習値として記憶され、以後はこの学習地がフィードフォワード制御のフィードフォワード圧にも反映される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2010-210070号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ここで、フィードバック制御におけるフィードバック圧として、セカンダリ油圧に積分補償器を用いることが考えられる。これにより、定常偏差を補償し、ベルト滑りを防止することが可能となる。ここで、キックダウンのようにセカンダリ油圧を急上昇させて変速させる場合、実セカンダリ油圧が立ち上がるまでの間に大きな応答遅れが発生し、積分補償器において積分補償成分が蓄積されるため、変速比がオーバーシュートするおそれがあった。
本発明は、上記課題に着目してなされたもので、急変速時であっても安定した変速制御を達成可能なベルト式無段変速機の変速制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成するため、本発明のベルト式無段変速機の変速制御装置では、プライマリプーリと、セカンダリプーリと、両プーリに巻回されたベルトとを備えたベルト式無段変速機と、
目標変速比に基づいてプライマリフィードフォワード油圧を演算すると共に、前記目標変速比と実変速比との差分に応じたフィードバック制御によりプライマリフィードバック油圧を演算し、前記プライマリフィードフォワード油圧及び前記プライマリフィードバック油圧に基づいてプライマリ油圧指令値を出力する変速制御手段と、
を備え、
前記変速制御手段は、急変速状態と判定すると、
前記各プーリの油圧室に供給するプライマリ油圧とセカンダリ油圧との比をバランス推力比としたとき、セカンダリ油圧指令値と実セカンダリ油圧との偏差に、前記バランス推力比を乗算した油圧補償量を演算する油圧補償部を作動させ、
前記プライマリフィードバック油圧から前記油圧補償部の作動開始時における前記油圧補償量を減算し、
前記プライマリフィードフォワード油圧と前記減算されたプライマリフィードバック油圧と前記油圧補償量とを加算して前記プライマリ油圧指令値とすることを特徴とする。
【発明の効果】
【0006】
よって、急変速状態となっても、応答性を確保しつつ、安定した変速制御を達成できる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】実施形態1のベルト式無段変速機の変速制御装置を表すシステム図である。
図2】実施形態1の変速制御処理を表す制御ブロック図である。
図3】実施形態1の要求トルクに対するセカンダリ油圧の特性を表すマップである。
図4】実施形態1のベルト式無段変速機の変速制御に使用されるトルク比-推力比マップである。
図5】実施形態1の積分器で実施される積分成分制御処理を表すフローチャートである。
図6】実施形態1の油圧補償部の作動をさせたときのプライマリ油圧の変化を表すタイムチャートである。
図7】実施形態2のプライマリ油圧指令値算出処理を表すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0008】
(実施形態1)
図1は実施形態1のベルト式無段変速機の変速制御装置を表すシステム図である。実施形態1の車両は、内燃機関であるエンジン1と、ベルト式無段変速機とを有し、ディファレンシャルギヤ7を介して駆動輪8に駆動力を伝達する。ベルト式無段変速機は、エンジン1のクランク軸と接続された変速機入力軸2と、変速機入力軸2と一体に回転するプライマリプーリ3と、変速機出力軸6と一体に回転するセカンダリプーリ5と、プライマリプーリ3とセカンダリプーリ5との間に巻回され動力伝達を行うベルト4と、を有する。
【0009】
プライマリプーリ3には、変速機入力軸2と一体に形成された固定シーブ3aと、変速機入力軸2の軸上を移動可能な可動シーブ3bとを有する。可動シーブ3bには、プライマリ油圧室3b1が設けられ、プライマリ油圧室3b1に供給されるプライマリ油圧Ppriによって固定シーブ3aと可動シーブ3bとの間に押圧力を発生させ、ベルト4を狭持する。同様に、セカンダリプーリ5には、変速機出力軸6と一体に形成された固定シーブ5aと、変速機出力軸6の軸上を移動可能な可動シーブ5bとを有する。可動シーブ5bには、セカンダリ油圧室5b1が設けられ、セカンダリ油圧室5b1に供給されるセカンダリ油圧Psecによって固定シーブ5aと可動シーブ5bとの間に押圧力を発生させ、ベルト4を挟持する。
【0010】
エンジンコントローラ10は、エンジン1の運転状態(燃料噴射量や点火タイミング等)を制御することでエンジン回転数及びエンジントルクを制御する。また、エンジンコントローラ10内では、アクセル開度センサ21により検出されたアクセル開度信号APO及び車速センサ22により検出された実車速信号VSPに基づいて、運転者の要求トルクTDを演算する要求トルク演算部10aと、変速機入力軸2に伝達されるエンジントルクTENGを演算するエンジントルク演算部10bとを有する。
変速機コントローラ20内では、走行状態に応じたプライマリ油圧Ppri及びセカンダリ油圧Psecを算出し、コントロールバルブユニット30に対して制御信号を出力する。変速機コントローラ20内の詳細については後述する。
コントロールバルブユニット30は、変速機入力軸2にチェーン駆動されるオイルポンプ9を油圧源とし、変速機コントローラ20から送信された制御信号に基づいて各油圧を調圧する。そして、プライマリ油圧室3b1及びセカンダリ油圧室5b1にそれぞれプライマリ油圧Ppri及びセカンダリ油圧Psecを供給し、変速制御を実行する。
【0011】
図2は実施形態1の変速機コントローラ内における変速制御処理を表す制御ブロック図である。目標変速比演算部201では、アクセル開度信号APOと目標車速信号VSPに基づいて目標変速比Gaを演算する。この目標変速比Gaは、エンジン1が最適燃費を達成するように予め設定された変速特性に基づいて行われる。また、シフトレバーやシフトスイッチから固定変速比の制御が要求された場合には、ステップ的に変速比を変更する固定変速比制御を実施する。トルク比演算部202では、要求トルクTDに基づいて設定されるセカンダリ油圧に応じたトルクTmax(図3参照)に対するエンジントルクTENGの比であるトルク比Qtを演算する。
【0012】
実変速比演算部203では、プライマリ回転数センサ23により検出された実プライマリ回転数Npriとセカンダリ回転数センサ24により検出された実セカンダリ回転数Nsecとを読み込み、実変速比Gbを演算する。
【0013】
変速比フィードフォワード制御部204では、目標変速比Gaに基づいてプライマリフィードフォワード油圧Pffpriを算出し、後述する加算部207に出力する。
【0014】
変速比フィードバック制御部205は、偏差演算部205aと、比例器205bと、微分器205cと、積分器205dと、加算部205eと、加算部205fと、加算部205gと、スイッチ205hと、を有する。偏差演算部205aでは、目標変速比Gaと実変速比Gbとの偏差ΔGを演算する。比例器205bでは、検出された偏差ΔGに比例ゲインを乗算して比例成分を演算する。微分器205cでは、検出された偏差ΔGを微分して微分ゲインを乗算し、微分成分を演算する。積分器205dでは、検出された偏差ΔGに積分ゲインを乗算した積分変化量ΔIxと、後述する油圧補償部209において算出された油圧補償量Psecpriとに基づいて積分成分Ixを演算する。加算部205eでは、比例器205bと、微分器205cとから出力された成分を加算して比例・微分成分PDxを出力する。加算部205fでは、比例・微分成分PDxと積分器205dから出力された積分成分Ixとを加算し、プライマリフィードバック油圧Pfbpriとして出力する。加算部205gでは、プライマリフィードバック油圧Pfbpriに油圧補償部209において算出された油圧補償量Psecpriを加算する。スイッチ205hでは、油圧補償作動判定部208において油圧補償作動フラグがONの場合は加算部205gの結果である(Pfbpri+Psecpri)を出力し、OFFの場合はプライマリフィードバック油圧Pfbpriを加算部207に出力する。尚、積分器205dの詳細については後述する。
【0015】
油圧補償部209は、急変速時に目標セカンダリ油圧Psec*と実セカンダリ油圧Psecとの偏差ΔPsecをプライマリ油圧側で補償する油圧補償量Psecpriを算出する。具体的には、下記式より算出される。
Psecpri=ΔPsec×Qf
Qf:バランス推力比
【0016】
油圧補償作動判定部208は、実変速比Gbの変化速度ΔGb(目標変速比Gaの変化速度ΔGaでもよい)に基づいて急変速時か否かを判断する。急変速時か否かは、例えば実変速比Gbの変化速度ΔGb(もしくは目標変速比Gaの変化速度ΔGaでもよい)が急変速を表す所定値g1以上のときを急変速時と判断すればよく、特に限定しない。そして、急変速時のときは、油圧補償部209を作動させる油圧補償作動フラグをONとし、それ以外のときはOFFとする。
【0017】
積分器205dは、偏差ΔGに積分ゲインを乗算して積分変化量ΔIxを算出するゲイン乗算部d1と、油圧補償部209の作動開始を判定する開始判定部d2と、油圧補償部209の作動停止を判定する停止判定部d3と、積分変化量ΔIxに積分積算値Intを加算して積分成分Ixを算出する加算部d4と、積分成分Ixの前回値Ix_oldを算出する前回値算出部d5と、前回値Ix_oldから油圧補償量Psecpriを減算する減算部d6と、前回値Ix_oldに油圧補償量Psecpriを加算する加算部d7と、停止判定部d3の信号に基づいて(Ix_old+Psecpri)とIx_oldのいずれかを出力する第1スイッチd8と、開始判定部d2の信号に基づいて(Ix_old-Psecpri)と第1スイッチd8から出力された値とを切り替える第2スイッチd9と、を有する。
【0018】
すなわち、油圧補償部209が作動を開始するときに、プライマリフィードバック油圧Pfbpriから油圧補償部209の作動開始時における油圧補償量Psecpriを減算するとともに、油圧補償量加算部205i3に対しプライマリ油圧指令値に、油圧補償量Psecpriが減算されたプライマリフィードバック油圧Pfbpriと油圧補償量Psecpriとを加算するよう出力する。また、油圧補償部209を作動させた状態で急変速時ではないと判断したときは、油圧補償部209の作動を停止させるために、プライマリフィードバック油圧Pfbpriに油圧補償部209の作動停止時における油圧補償量Psecpriを加算するとともに、プライマリ油圧指令値に、油圧補償量Psecpriの加算を停止するよう出力する。
【0019】
バランス推力制御部206では、目標変速比Gaとトルク比演算部202で演算されたトルク比Qtとに基づいて予め設定されたマップからバランス推力比Qfを演算する。図4は実施形態1のベルト式無段変速機の変速制御に使用されるトルク比-バランス推力比マップである。目標変速比Gaに基づいて特性が選択され、選択された特性とトルク比Qtとからバランス推力比Qfを演算する。
加算部207では、変速比フィードフォワード制御部204で演算されたプライマリフィードフォワード油圧Pffpriとスイッチ205hにおいて選択された値とを加算し、プライマリプーリ油圧制御に向けて出力する。
【0020】
図5は、実施形態1の積分器で実施される積分成分制御処理を表すフローチャートである。
ステップS1では、目標変速比演算部201において目標変速比Gaを算出する。
ステップS2では、変速比フィードフォワード制御部204においてプライマリフィードフォワード油圧Pffpriを算出する。
ステップS3では、実変速比演算部203において実変速比Gbを算出する。
ステップS4では、偏差演算部205aにおいて目標変速比Gaと実変速比Gbとの偏差ΔGを算出する。
ステップS5では、比例器205bにおいて、偏差ΔGに比例ゲインを乗算して比例成分を算出し、微分器205cにおいて偏差ΔGを微分して微分ゲインを乗算した微分成分を算出し、加算部205eにおいて比例成分と微分成分とを加算して比例・微分成分PDxを算出する。
ステップS6では、トルク比演算部202において要求トルクTDに基づいて設定されるセカンダリ油圧に応じたトルクTmaxに対するエンジントルクTENGの比であるトルク比Qtを算出する。
ステップS7では、バランス推力制御部206において目標変速比Gaとトルク比演算部202で演算されたトルク比Qtとに基づいて予め設定されたマップからバランス推力比Qfを算出する。
ステップS8では、油圧補償部209において、急変速時に目標セカンダリ油圧Psec*と実セカンダリ油圧Psecとの偏差ΔPsecをプライマリ油圧側で保証する油圧補償量Psecpriを算出する。
ステップS9では、油圧補償作動判定部208において実変速比Gbの変化速度ΔGbに基づいて急変速時か否かを判断し、急変速時のときは、油圧補償部209を作動させる油圧補償作動フラグをONと算出し、それ以外のときはOFFと算出する。
ステップS10では、油圧補償部209が作動中か否かを判断し、作動中の場合はステップS11に進み、それ以外の場合はステップS12に進む。
ステップS11では、減算部d6において積分成分Ixの前回値Ix_oldから油圧補償量Psecpriを減算して積分積算値Intを算出する。
ステップS12では、油圧補償部209が停止時か否かを判断し、停止時の場合はステップS13に進み、それ以外の場合はステップS14に進む。
【0021】
ステップS13では、加算部d7において積分成分Ixの前回値Ix_oldに油圧補償量Psecpriを加算して積分積算値Intを算出する。
ステップS14では、積分積算値Inとして前回値Ix_oldを設定する。
ステップS15では、加算部d4において積分成分Ixとして、積分変化量ΔIxに積分積算値Intを加算した値に設定するととともに、加算部205fにおいてプライマリフィードバック油圧Pfhpriとして比例・微分成分PDxに積分成分Ixを加算した値を設定する。
ステップS16では、油圧補償作動判定部208において算出された油圧補償部作動フラグがONか否かを判断し、ONの場合はステップS17に進み、PffpriとPfbpriとPsecpriとを加算してプライマリ油圧指令値とする(スイッチ205h参照)。一方、OFFの場合はステップS18に進み、PffpriとPfbpriとを加算(Psecpriは加算しない)してプライマリ油圧指令値とする(スイッチ205h参照)。
【0022】
上記積分器205d内での制御の詳細について説明する。キックダウンのように目標セカンダリ油圧Psec*を急上昇させて変速させる場合、実セカンダリ油圧Psecが立ち上がるまでの間に大きな応答遅れが発生し、積分成分Ixが蓄積されるため、変速比がオーバーシュートするおそれがあった。そこで、実施形態1では、セカンダリ油圧Psecの積分成分Ixの蓄積を抑制する観点から、目標セカンダリ油圧Pesc*と実セカンダリ油圧Psecとの偏差ΔPsecをプライマリ油圧側で保証する油圧補償部209を設けた。
【0023】
図6は、実施形態1の油圧補償部の作動をさせたときのプライマリ油圧の変化を表すタイムチャートである。図6中の上側は、比較例として単に油圧補償量Psecpriを加算した場合を示し、図6中の下側は、実施形態1の場合を示す。
【0024】
図6の比較例に示すように、時刻t1において、急変速状態と判断し、単に油圧補償部209を作動させると、セカンダリ油圧側のフィードバック制御では応答性を確保できていないため、残存する積分成分Ixに油圧補償量Psecpriが加算されることとなる。そうすると、仮に目標変速比Gaが変動していない場合であっても実変速比Gbが変動し、安定した変速制御を実現することが困難である。
【0025】
これに対し、実施形態1では、時刻t1において、急変速状態と判断し、油圧補償量Psecpriを加算するときは、プライマリフィードバック油圧Pfbpriから油圧補償部209の作動開始時における油圧制御量Psecpriを減算すると共に、プライマリ油圧指令値に油圧補償量Psecpriが減算されたプライマリフィードバック油圧Pfbpriと油圧制御量Psecpriとを加算することで、フィードバック制御側での補償と油圧補償量Psecpriの両方が加算されたときの油圧段差が生じることを回避することとした。これにより、プライマリ油圧指令値としては、プライマリプーリ側でのフィードバック制御による積分成分Ixが残っていたとしても、油圧補償量Psecpri分だけ減算された値が出力されるため、比較例のようにプライマリ油圧指令値が油圧補償部209の作動に伴って変動することがなく、安定したプライマリ油圧指令値を出力できる。
【0026】
また、図6の比較例に示すように、時刻t2において、急変速状態が終了したと判断し、単に油圧補償部209の作動を停止させると、急変速状態中に油圧補償量Psecpriで補償されていた分、算出されたプライマリフィードバック油圧Pfbpriは必要な値より低い値となっているため、プライマリ油圧指令値としては、一気に低い値に変更後、フィードバック制御によって必要な値に変更される。よって、実変速比Gbが変動し、安定した変速制御を実現することが困難である。
【0027】
これに対し、実施形態1では、時刻t2において、急変速状態が終了したと判断し、加算していた油圧補償量Psecpriの加算を停止するときは、プライマリフィードバック油圧Pfbpriに油圧補償部209の作動停止時における油圧補償量Psecpriを加算することとした。これにより、プライマリ油圧指令値としては、プライマリプーリ側でのフィードバック制御による積分成分Ixが小さくなっていたとしても、油圧補償量Psecpriだけ加算された値が出力されるため、プライマリ油圧指令値に油圧補償量Psecpriの加算が終了しても、プライマリ油圧指令値が変動することがない。よって、安定したプライマリ油圧指令値を出力できる。
【0028】
以上説明したように、実施形態1にあっては下記に列挙する作用効果が得られる。
(1)プライマリプーリ3と、セカンダリプーリ5と、両プーリに巻回されたベルト4とを備えたベルト式無段変速機と、各プーリの油圧室に供給するプーリ油圧の比であるバランス推力比Qfに基づいてプライマリフィードフォワード油圧Pffpriを演算すると共に、目標変速比Gaと実変速比Gbとの差分に応じたフィードバック制御によりプライマリフィードバック油圧Pfbpriを演算し、前記プライマリフィードフォワード油圧Pffpri及び前記プライマリフィードバック油圧Pfbpriに基づいてプライマリ油圧指令値(目標プライマリ油圧)を出力する変速機コントローラ20(変速制御手段)と、を備えたベルト式無段変速機の変速制御装置において、変速機コントローラ20は、急変速状態と判定すると、セカンダリ油圧指令値と実セカンダリ油圧との偏差にバランス推力比Qfを乗算した油圧補償量Psecpriを演算する油圧補償部209を作動させ、プライマリフィードバック油圧Pfbpriから油圧補償部209の作動開始時における油圧補償量Psecpriを減算し、プライマリ油圧指令値に油圧補償量Psecpriが減算されたプライマリフィードバック油圧Pfbpriと油圧補償量Psecpriを加算する。
よって、急変速状態となっても、応答性を確保しつつ、安定した変速制御を達成できる。
【0029】
(2)変速機コントローラ20は、急変速状態と判定後、急変速状態が終了したと判定すると、油圧補償部209の作動を停止させ、プライマリフィードバック油圧Pfbpriに油圧補償部209の作動停止時における油圧補償量Psecpriを加算し、プライマリ油圧指令値に油圧補償量Psecpriが加算されたプライマリフィードバック油圧Pfbpriを加算する。よって、プライマリ油圧指令値に油圧補償量Psecpriの加算が終了しても、プライマリ油圧指令値が変動することなく、安定した変速制御を達成できる。
【0030】
(実施形態2)
次に、実施形態2について説明する。基本的な構成は実施形態1と同じであるため、異なる点についてのみ説明する。実施形態1では、積分器205dのような積分補償器に基づいてプライマリフィードバック油圧Pfbpriを算出した。これに対し、実施形態2では、外乱推定器によってプライマリフィードバック油圧Pfbpriを算出する点が異なる。実施形態1のように積分補償器を用いた場合、前回制御周期で算出された値に今回制御周期で算出された制御量を加算することでプライマリフィードバック油圧Pfbpriを算出する特徴を有する。よって、油圧補償部209の作動開始時のみ油圧補償量Psecpri分をプライマリフィードバック油圧Pfbpriから減算すれば、その後は特に減算することなく適切なフィードバック制御量が算出可能である。しかしながら、外乱推定器を用いた場合、前回制御周期で算出された値は用いず、毎制御周期毎にプライマリフィードバック油圧Pfbpriを算出するため、油圧補償部209の作動開始時に作動開始時における油圧補償量Psecpri(in)分を減算した場合には、油圧補償部209が作動している間、継続的に作動開始時における油圧補償量Psecpri(in)を減算し続ける必要がある。そこで、実施形態2では、油圧補償部209の作動後も継続して作動開始時における油圧補償量Psecpri(in)を減算することとした。尚、油圧補償量Psecpriの作動停止後も一旦減算した油圧補償量Psecpri(in)は継続して減算する必要があるため、油圧補償量Psecpri(in)をオフセット量Pofsとして設定した。
【0031】
図7は、実施形態2のプライマリ油圧指令値算出処理を表すフローチャートである。尚、ステップS1~S4及びステップS6~S9までは実施形態1と同じであるため、ステップS51及びS100以降についてのみ説明する。
ステップS51では、外乱推定器によってプライマリフィードバック油圧Pfbpriを算出し、ステップS6に進む。
ステップS100では、油圧補償部209が作動しているか否かを判断し、作動している場合はステップS101に進み、それ以外はステップS102に進む。
ステップS101では、オフセット量Pofsとして、前回オフセット量Pofs(n-1)から作動開始時における油圧補償量Psecpri(in)を減算した値を設定する。尚、Pofsの初期値は0である。
ステップS102では、油圧補償部209の作動が停止したか否かを判断し、作動から停止に移行した場合はステップS103に進み、継続して停止している場合はステップS104に進む。
ステップS103では、オフセット量Pofsとして前回オフセット量Pofs(n-1)に作動停止時における油圧補償量Psecpri(out)を加算した値を設定する。これにより、作動停止時にプライマリ油圧指令値の急変による段差を回避する。
ステップS104では、オフセット量Pofsとして前回オフセット量Pofs(n-1)を設定する。
【0032】
ステップS105では、油圧補償部作動フラグがONか否かを判断し、ONの場合はステップS106に進み、PffpriとPfbpriとPsecpriとPofsとを加算してプライマリ油圧指令値とする。一方、OFFの場合はステップS107に進み、PffpriとPfbpriとPofsとを加算(Psecpriは加算しない)してプライマリ油圧指令値とする。
これにより、油圧補償部209の作動開始時にプライマリ油圧指令値の急変による段差を回避できる。
【0033】
(他の実施例)
以上、実施形態1に基づいて説明したが、上記実施例に限らず、他の構成であっても本発明に含まれる。実施形態1ではトルク比に応じてバランス推力比を算出する例を示したが、目標変速比と入力トルクに応じてバランス推力比を算出する構成でもよい。
【符号の説明】
【0034】
1 エンジン
2 変速機入力軸
3 プライマリプーリ
3a 固定シーブ
3b 可動シーブ
3b1 プライマリ油圧室
4 ベルト
5 セカンダリプーリ
5a 固定シーブ
5b 可動シーブ
5b1 セカンダリ油圧室
10 エンジンコントローラ
20 変速機コントローラ
30 コントロールバルブユニット
205 変速比フィードバック制御部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7