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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-08
(45)【発行日】2024-03-18
(54)【発明の名称】調光素子及び光学装置
(51)【国際特許分類】
   G02F 1/1514 20190101AFI20240311BHJP
   G02F 1/15 20190101ALI20240311BHJP
   G02F 1/1516 20190101ALI20240311BHJP
   G02F 1/1524 20190101ALI20240311BHJP
   G02B 5/00 20060101ALI20240311BHJP
【FI】
G02F1/1514
G02F1/15 501
G02F1/15 502
G02F1/15 503
G02F1/1516
G02F1/1524
G02B5/00 A
【請求項の数】 27
(21)【出願番号】P 2019194474
(22)【出願日】2019-10-25
(65)【公開番号】P2020095253
(43)【公開日】2020-06-18
【審査請求日】2022-10-19
(31)【優先権主張番号】P 2018230713
(32)【優先日】2018-12-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001007
【氏名又は名称】キヤノン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110870
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 芳広
(74)【代理人】
【識別番号】100096828
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 敬介
(72)【発明者】
【氏名】久保 亘
【審査官】鈴木 俊光
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-084805(JP,A)
【文献】特開2017-021327(JP,A)
【文献】国際公開第99/004316(WO,A2)
【文献】特開2018-010084(JP,A)
【文献】特開2012-133027(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02F 1/15 - 1/163
G02B 5/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一対の電極と前記一対の電極の間に配されている複数の化合物を有する調光素子と、光検出器と、を有し
前記調光素子を透過した光は、前記光検出器で検出され、
前記複数の化合物は、それぞれ吸収波長が異なる化合物であり、
前記調光素子は、前記複数の化合物の光吸収特性変化を組み合わせた可変透過率VT(λ)を有し、
CRMax<CRMaxFPであることを特徴とする光学装置
CRMax:前記光検出器の検出光波長領域ごとの透過光の信号強度比の、透過状態と減光状態とにおける比(減光状態/透過状態または透過状態/減光状態)の最大値
CRMaxFP:前記検出光波長領域における前記VT(λ)の波長平坦性TFが最小値TFFPとなる前記複数の化合物の濃度比におけるCRMax
【請求項2】
前記CRMaxは、1.11以下であることを特徴とする請求項1に記載の光学装置
【請求項3】
前記CRMaxは、1.05以下であることを特徴とする請求項2に記載の光学装置
【請求項4】
前記CRMaxは、1.023以下であることを特徴とする請求項3に記載の光学装置
【請求項5】
前記複数の化合物は、電気的に光吸収特性が変化する化合物であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか一項に記載の光学装置
【請求項6】
前記複数の化合物は、エレクトロクロミック化合物であることを特徴とする請求項1乃至5のいずれか一項に記載の光学装置
【請求項7】
前記調光素子は、アノード性のエレクトロクロミック化合物とカソード性のエレクトロクロミック化合物とを有する相補型のエレクトロクロミック素子からなり、前記アノード性のエレクトロクロミック化合物の減光状態の電荷濃度の合計とカソード性のエレクトロクロミック化合物の減光状態の電荷濃度の合計の差異が10%以内であることを特徴とする請求項1乃至6のいずれか一項に記載の光学装置
【請求項8】
前記アノード性のエレクトロクロミック化合物、前記カソード性のエレクトロクロミック化合物の双方が、複数の化合物であることを特徴とする請求項7に記載の光学装置
【請求項9】
前記複数の化合物は、3以上の化合物であることを特徴とする請求項1乃至8のいずれか一項に記載の光学装置
【請求項10】
前記複数の化合物は、6以上の化合物であることを特徴とする請求項9に記載の光学装置
【請求項11】
前記光検出器の複数の検出光波長領域のそれぞれ1つに、前記複数の化合物から選択される化合物の少なくとも1つが、可変吸収スペクトルのピークを有することを特徴とする請求項1乃至10のいずれか一項に記載の光学装置
【請求項12】
前記調光素子に入射する光は、昼間の自然光であることを特徴とする請求項1乃至11のいずれか一項に記載の光学装置
【請求項13】
前記調光素子に入射する光の光源光の色温度が、4000Kから7000Kの中色温度であることを特徴とする請求項1乃至12のいずれか一項に記載の光学装置
【請求項14】
前記調光素子に入射する光の光源光の色温度は、1800Kから4000Kの低色温度、4000Kから7000Kの中色温度、7000Kから12000Kの高色温度のいずれかであることを特徴とする請求項1乃至13のいずれか一項に記載の光学装置
【請求項15】
前記調光素子は、前記調光素子に入射する光の光源光の色温度として、少なくとも前記中色温度に対応し、さらに前記低色温度、高色温度に対応していることを特徴とする請求項14に記載の光学装置
【請求項16】
前記光検出器は、撮像素子であることを特徴とする請求項1乃至15のいずれか一項に記載の光学装置
【請求項17】
前記調光素子の透過状態と減光状態との減光比(透過状態/減光状態)は、8以上であることを特徴とする請求項1乃至16のいずれか一項に記載の光学装置
【請求項18】
前記減光比は、32以上であることを特徴とする請求項17に記載の光学装置
【請求項19】
TF>TFFPであることを特徴とする請求項1乃至18のいずれか一項に記載の光学装置
【請求項20】
複数の化合物を有する調光素子であって、
前記複数の化合物は、それぞれ吸収波長が異なる化合物であり、
前記複数の化合物の光吸収特性変化を組み合わせた可変透過率VT(λ)を有し、
前記VT(λ)とCIEの等色関数とを用いてCRMaxを算出した場合に、
CRMax<CRMaxFPであることを特徴とする調光素子。
CRMax:前記等色関数の光波長領域ごとの透過光の強度比の、透過状態と減光状態とにおける比(減光状態/透過状態または透過状態/減光状態)の最大値
CRMaxFP:前記光波長領域における前記VT(λ)の波長平坦性TFが最小値TFFPとなる前記複数の化合物の濃度比におけるCRMax
【請求項21】
請求項20に記載の調光素子を有することを特徴とする光学フィルタ。
【請求項22】
前記光学フィルタは、可変NDフィルタであることを特徴とする請求項21に記載の光学フィルタ。
【請求項23】
請求項21または22に記載の光学フィルタと、複数のレンズを有する撮像光学系と、を有することを特徴とするレンズユニット。
【請求項24】
請求項21または22に記載の光学フィルタと、前記光学フィルタを透過した光を受光する撮像素子と、を有することを特徴とする撮像装置。
【請求項25】
請求項20に記載の調光素子を有することを特徴とする窓材。
【請求項26】
請求項20に記載の調光素子を有することを特徴とする眼鏡。
【請求項27】
請求項20に記載の調光素子を有することを特徴とするミラー。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、調光素子及び光学装置に関する。
【背景技術】
【0002】
調光素子の一つであるND(Neutral Density)フィルタは、色に対する影響を抑えながら光量を低減するフィルタであり、静止画や動画撮影に広く用いられている。近年NDフィルタの減光度を電気的に変化させることができる可変NDフィルタが実用化され、これまで不可能であった像表現が可能となってきている。この可変NDフィルタには外部刺激により(特に電気的に)光吸収特性が変化する複数の化合物が用いられ、その複数の化合物の光吸収の組合せにより色への影響を抑えた減光度の制御を実現している。
NDフィルタの重要な特性の一つに色に対する影響が小さい(色再現性が高い)ことが挙げられる。理想的なNDフィルタは透過率が透過光の波長に依らず一定(波長平坦性が最高)なものであり、そのようなNDフィルタは光量低減による色変化をゼロにできる。そのため従来のNDフィルタでは、スペクトル平坦性を高めることで色再現性を向上させてきた。
特許文献1には、スペクトル平坦性の高い多層膜を用いた減光度の変化しない(減光度固定の)NDフィルタが記載されている。このように高いスペクトル平坦性を有するNDフィルタは高い色再現性を示す。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2009-175225号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
外部刺激により光吸収特性が変化する複数の化合物を用いた可変NDフィルタでは、複数の化合物の吸収スペクトルの組合せによりND性を発現する。そのため、減光度の変化しないNDフィルタ(従来の減光度固定のNDフィルタ)のように平坦性の高いスペクトルを実現することは困難である。本発明者らはスペクトル平坦性を高める工夫を重ねて行ってきたが、高度の高い色再現性を実現することが困難であった。
そこで本発明は、高い色再現性を有した可変NDフィルタ等の調光素子の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
すなわち、本発明の光学装置は、一対の電極と前記一対の電極の間に配されている複数の化合物を有する調光素子と、光検出器と、を有し
前記調光素子を透過した光は、前記光検出器で検出され、
前記複数の化合物は、それぞれ吸収波長が異なる化合物であり、
前記調光素子は、前記複数の化合物の光吸収特性変化を組み合わせた可変透過率VT(λ)を有し、
CRMax<CRMaxFPであることを特徴とする。
CRMax:前記光検出器の検出光波長領域ごとの透過光の信号強度比の、透過状態と減光状態とにおける比(減光状態/透過状態または透過状態/減光状態)の最大値
CRMaxFP:前記検出光波長領域における前記VT(λ)の波長平坦性TFが最小値TFFPとなる前記複数の化合物の濃度比におけるCRMax
また、本発明の調光素子は、複数の化合物を有する調光素子であって、
前記複数の化合物は、それぞれ吸収波長が異なる化合物であり、
前記複数の化合物の光吸収特性変化を組み合わせた可変透過率VT(λ)を有し、
前記VT(λ)とCIEの等色関数とを用いてCRMaxを算出した場合に、
CRMax<CRMaxFPであることを特徴とする。
CRMax:前記等色関数の光波長領域ごとの透過光の強度比の、透過状態と減光状態とにおける比(減光状態/透過状態または透過状態/減光状態)の最大値
CRMaxFP:前記光波長領域における前記VT(λ)の波長平坦性TFが最小値TFFPとなる前記複数の化合物の濃度比におけるCRMax
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、高い色再現性を有した調光素子を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】本実施形態に係る調光素子を備えた光学装置の一例を模式的に示す図である。
図2】光検出器の分光感度の一例を示す図である。
図3】光源のスペクトルの一例を示す図である。
図4】CRMaxとΔE00の関係を示す図である。
図5】撮像装置およびレンズユニットの一例を模式的に示す図である。
図6】窓材の一例を模式的に示す図である。
図7】実施例のEC化合物の変化吸光係数スペクトルである。
図8】EC化合物の組み合わせ1においてCRMaxを優先して最適化したスペクトルである。
図9】EC化合物の組み合わせ1において波長平坦性を優先して最適化したスペクトルである。
図10】EC化合物の組み合わせ1においてCRMaxを優先して最適化したNDフィルタのスペクトル変化とそれを通した色変化を示す図である。
図11】EC化合物の組み合わせ1において波長平坦性を優先して最適化したNDフィルタのスペクトル変化とそれを通した色変化を示す図である。
図12】EC化合物の組み合わせ2における可変透過率スペクトルである。
図13-1】図12(A)の可変透過率スペクトルを用いて撮影した時の色をL***空間のa**平面上にプロットした図である。
図13-2】図12(A)の可変透過率スペクトルを用いて撮影した時の色をL***空間のa**平面上にプロットした図である。
図14-1】図12(B)の可変透過率スペクトルを用いて撮影した時の色をL***空間のa**平面上にプロットした図である。
図14-2】図12(B)の可変透過率スペクトルを用いて撮影した時の色をL***空間のa**平面上にプロットした図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明の一実施形態に係る調光素子は、複数の化合物を有し、当該化合物の複数の吸収スペクトルの重ね合せにより、可視光領域に光吸収を有する。横軸を波長とし、縦軸を透過率として、調光素子の吸収スペクトルを得られる。複数の化合物の濃度比等により吸収スペクトルを平坦に近づけることができる。本発明の一実施形態に係る調光素子は、吸収スペクトルの平坦性よりも色再現性を重視した素子であり、色再現性のパラメーターCRMaxによって評価される。
【0009】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら説明する。なお、本発明は、以下の実施の形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、当業者の通常の知識に基づいて、以下の実施の形態に対して適宜変更、改良等が加えられたものも本発明の範囲に含まれる。
【0010】
≪調光素子を備えた光学装置≫
図1は、本実施形態の調光素子を備えた光学装置の一例を示す模式である。図1において、光学装置1000は、可変NDフィルタ等の調光素子1001と、RGB等の複数の検出光波長領域を持つ、撮像素子等の光検出器1002を有する。尚、光学装置1000とは別に光検出器を設ける場合には、光学装置1000は光検出器1002を有さなくてよい。本実施形態に係る光学装置は、例えば外部刺激により光吸収特性が変化する複数の化合物等の複数の化合物を組み合わせて光を吸収する調光素子を備えた光学装置である。この光学装置の例としては、可変NDフィルタ付きのカメラシステム(カメラ、レンズを含む)、透過率可変窓、透過率可変眼鏡、反射率可変ミラーを挙げることができる。
【0011】
<光検出器>
本実施形態に係る調光素子は、特定の光検出器を対象としたものである。言い換えると、この調光素子は特定の光検出器との組み合わせで機能を発揮するように設計されたものである。その例としては、カメラシステムとCMOSセンサのような撮像素子の組み合わせ、透過率可変窓と人の目の組み合わせ、透過率可変眼鏡と人の目の組み合わせ、反射率可変ミラーと人の目の組み合わせを挙げることができる。この光検出器は、複数の検出光波長領域を持つ光検出器である。具体的には、撮像用のCMOSセンサの例であればR,G,B、人の目の例であれば一例としてCIE等色関数のxバー,yバー,zバーの複数の検出光波長領域を持つ。
【0012】
≪外部刺激により光吸収特性が変化する化合物≫
本実施形態に係る調光素子は、外部刺激により光吸収特性が変化する複数の化合物を組み合わせて光を吸収することが好ましい。この場合の外部刺激の例としては、電気的刺激、熱的刺激、光刺激、pH刺激などが挙げられる。外部刺激により光吸収特性が変化する化合物の例としては、エレクトロクロミック(以降ECと記載することがある)化合物、液晶化合物(ゲスト・ホスト液晶を含む)、サーモクロミック化合物、フォトクロミック化合物、pH応答性化合物が挙げられる。中でも安定性、外部からの制御の容易性、応答速度の観点から電気的に光吸収特性が変化する化合物が好ましく用いられる。電気的に光吸収特性が変化する化合物の中でもエレクトロクロミック化合物(EC化合物)、液晶化合物が好ましく用いられる。なかでもEC化合物を用いた調光素子は透過率の高い光透過状態と透過率の低い減光状態を両立できるため、EC化合物を用いることが好ましい。
【0013】
これらの外部刺激により光吸収特性が変化する化合物を用いて調光素子を作製するためには、単一の化合物の光吸収特性変化だけで高い色再現性を得ることが容易でなく、複数の化合物の光吸収特性変化を利用することが好ましく行われる。複数の化合物の光吸収特性変化を効果的に利用するためには、これら複数の化合物としてそれぞれ光吸収波長が異なる化合物を選択し、それらの吸収の強いところと弱いところを組み合わせることで色再現性を向上させることが有用である。
【0014】
本実施形態に係る調光素子は、外部刺激により光吸収特性が変化する複数の化合物を組み合わせて光を吸収することで可変NDフィルタ等の調光素子の色再現性向上させる。複数である理由は、この化合物が単数であれば、調光素子のスペクトルを構成するスペクトル形状は決定されており、その化合物のスペクトルの持つ色再現性以上の色再現性の向上を図ることはできないためである。この複数の化合物は、3以上の化合物であることが好ましい。具体的な化合物の数としては、4以上が好ましく、6以上がさらに好ましい。この理由を以下に記述する。
【0015】
1.異なる可変吸収スペクトルを有する化合物の組み合わせで可変透過率スペクトルを形成する際に、化合物の種類が多ければ、より詳細な吸収波長の補完が可能となり、より高い色再現性を実現することが可能となるため。具体的には以下のように説明できる。濃度比で考えると化合物が2種類の化合物の場合には、片方の化合物の濃度比が決定すれば他方の濃度比に自由度はない。化合物が3以上の場合には、1種類の化合物の濃度比が決定しても、他の二種類の化合物の濃度比には自由度があり、より詳細な吸収波長の補完が可能となる。
【0016】
2.NDフィルタが対象とする分光器(光検出器)は、人間の目やRGBセンサに代表されるように3種類以上の検出波長領域を持つ。そのため、複数の化合物が3種類以上であれば、それぞれの検出波長領域に対応する光吸収の程度を、比較的に他の化合物に対して自由度高く行うことができ、本発明のCRMax優先による色再現性向上の効果を飛躍的に増大させることができるため。
【0017】
上述の観点から光検出器の複数の検出光波長領域のそれぞれ1つに、複数の化合物から選択される化合物の少なくとも1つが、可変吸収スペクトルのピークを有することが好ましい。これによって、光検出器の検出光波長領域に対応する光吸収の設定を他の化合物に対してさらに自由度高く行うことができる。この場合の光検出器の複数の検出光波長領域のそれぞれ1つとは、光検出器の規格化された感度スペクトルにおいて、最大となる検出波長領域の波長領域である。例としては、図2(b)において、複数の検出光波長領域(xバー、yバー、zバー)の検出光領域はxバー:580nm乃至680nm、yバー:500nm乃至580nm、zバー:425nm乃至500nmである。これらそれぞれの領域に複数の化合物から選択される化合物の少なくとも1つが、可変吸収スペクトルのピークを有することが好ましい。
【0018】
≪色再現性向上の原理≫
本実施形態に係る調光素子では、従来の調光素子と異なりスペクトル平坦性を高めることよりも、光検出器の複数の検出光波長領域それぞれにおける検出信号比変化を低減することを優先することで色再現性を向上させる。本実施形態に係る調光素子における色再現性向上の原理について以下に詳細に説明する。
【0019】
<VT(λ)>
本実施形態に係る調光素子が有する光吸収特性が変化する複数の化合物のそれぞれの光吸収特性変化(例として変化吸光係数Δε(λ))を組み合わせた可変透過率をVT(λ)とする。ここで、変化吸光係数Δε(λ)とは、本実施形態に係る光吸収特性が変化する化合物の減光状態におけるモル吸光係数から、同化合物の透過状態におけるモル吸光係数を差し引いたモル吸光係数の変化成分である。また、可変透過率VT(λ)は、本実施形態に係る調光素子の減光状態の透過率を、同調光素子の透過状態における透過率で割った変化成分である。光吸収特性が変化するある化合物nの変化吸光係数をΔεn(λ)、減光状態の濃度をCn、調光素子の光路長をLとすると、VT(λ)は以下の式(1)で記述できる。
【0020】
【数1】
【0021】
光路長L、減光状態の濃度Cnの例について以下に記述する。光路長Lの例としては、透過型NDフィルタでは光吸収特性が変化する化合物が保持されている層の厚さを挙げることができ、NDフィルタの裏面で反射して光がNDフィルタ内部を往復する場合には、その層の厚さの二倍を挙げることができる。濃度Cnは光吸収特性が変化する化合物が保持されている層の厚さにおける減光状態にある光吸収特性が変化する化合物の平均濃度である。ここで、減光状態にあるとは、光吸収特性が変化する化合物の変化しうる状態が、調光素子が透過状態の時より減光状態にあるときに多くとられる状態であることを意味する。具体的な例としては、可視光領域の光吸収特性変化のあるEC化合物や二色性色素の可視光領域における光吸収の大きな状態を挙げることができる。
【0022】
<TF>
光検出器の検出光波長領域におけるVT(λ)の波長平坦性をTFとする。この光検出器の検出光波長領域とは、光検出器が有意な分光感度を有する波長領域のことである。また光検出器の分光感度とは、その光検出器にとっての通常の構成で用いられた時の分光感度である。具体的には、光検出器がカメラシステムとして用いられる場合には、そのカメラシステムで通常用いられるUV,IRカットフィルタ、ローパスフィルタ等の他の光学要素を含んだ分光感度のことである。図2(a)には光検出器がカメラシステムとして用いられる場合のUV,IRカットフィルタ、ローパスフィルタの透過率の影響を含んだRGB撮像素子の分光感度の例を示す。また光検出器が人の目の場合には、CIEの等色関数がこれに当たる。図2(b)にはCIEの等色関数を示す。これらの光検出器の検出光波長領域の典型的な例として425nm以上680nm以下の領域を挙げることができる。さらに一つの例としては、光検出器の分光感度の最大値の10%以上の感度を持つ波長領域を挙げることができる。波長平坦性TFは、下記式(2)の通り、VT(λ)の上記光検出器の検出光波長領域における最大値と最小値の差を平均値で割ることで求められる。
【0023】
【数2】
【0024】
<入射する光>
調光素子に入射する光について記述する。調光素子に入射する光の光源光としては、調光素子を用いる頻度の最も高い昼間の自然光が第一に挙げられる。ここで調光素子に入射する光の光源光について説明する。調光素子に入射する光の光源光とは、調光素子に入射する光の源(光源)から出射される光そのもの、または、光源から出射される光がフィルタ等を透過した光を意味する。例えば人工光源の照明を使用する場合には、その人工光源から出射される光、人工光源から出射される光にフィルタ等を設置して照明等として使用する場合には、そのフィルタ等を通した光を指す。例えば地球上の太陽光について考えると、地球の大気を透過して地表に到達した太陽光のことである。
【0025】
図3(a)には、昼間の自然光のスペクトルの例を示す。定義された光源の例としては、CIEのD65、D55、D50、B光源、C光源等を挙げることができる。本実施形態に係る調光素子は、この昼間の自然光に対して対応できることを基本とすることが好ましい。
【0026】
光の色を表現する尺度としては、色温度が広く使用されている。色温度によって調光素子に入射する光の源(光源)を分類すると、以下の3種類に分類することができる。色温度が1800Kから4000Kの低色温度、色温度が4000Kから7000Kの中色温度、色温度が7000Kから12000Kの高色温度。調光素子に入射する光の源としては、上述のように昼間の自然光が第一に挙げられるので、調光素子に入射する光の源の中で中色温度が重要になる。具体的な例としては、上述の昼間の自然光のスペクトルに記載したスペクトルを挙げることができる。低色温度の光源としては、CIEのA光源、白熱電球、ハロゲンランプ等を挙げることができる。高色温度の光源としては対応する色温度のLED光源や、昼間の日陰、青空を挙げることができる。これらの色温度の光源も、中色温度の光源に次いで重要である。本実施形態に係る調光素子では入射光の源として、第二に中色温度、低色温度、高色温度のいずれかに対応できることが好ましい。それぞれの色温度に対応する光源の例として、図3(b)には、色温度3200K,5600K,8000Kの光源のスペクトルの例を示す。
【0027】
実施形態に係る調光素子では、入射する光の源として、複数の色温度に対して、それぞれ対応できることが好ましい。また中色温度を含む複数の色温度に対応できることがさらに好ましい。例示すると、中色温度と低色温度、中色温度と高色温度、中色温度と低色温度と高色温度に対応できることが好ましい。ここで、ある色温度の入射する光の源に対応できるとは、その光源を用いた場合においても、CRMax<CRMaxFPを実現できることを意味する。複数の色温度の入射光に対して対応できることで調光素子の適用範囲を拡大することができる。具体的には、入射光の源の色温度に依らず調光素子は高い色再現性を発揮することができる。例えばカメラであれば光源の色温度を識別することなく、高い色再現性を発現することができる。また、調光素子の色再現性を向上させるためには、さまざまな色を忠実に再現することが望まれる。そのため、上述の光源光を様々な色のサンプルに反射させた光を調光素子に入射する光として想定するのが好ましい。色のサンプルの具体例としてはカラーチェッカー(例えばx-rite ColorChecker)を挙げることができる。
【0028】
<CRMax
本実施形態に係る調光素子では、スペクトル平坦性を高めることよりも、光検出器の複数の検出光波長領域それぞれにおける検出信号比変化を低減することを優先することで色再現性を向上させる。この検出信号比変化の程度を表す値として用いるCRMaxについて図1の光学装置の模式図を用いて説明する。調光素子1001の可変透過率をVT(λ)、透過状態の透過スペクトルをT0(λ)、光検出器(RGB撮像素子)1002の分光感度をRGBそれぞれDR(λ),DG(λ),DB(λ)とする。この光学装置1000にI0(λ)のスペクトルを持つ入射光1003が入射し、調光素子1001を透過したときの光検出器1002から得られる信号強度をそれぞれSR,SG,SBとする。この時、透過状態のときの信号強度SRT,SGT,SBTは下式で記述される。
【0029】
【数3】
【0030】
ここで、λ0は、光検出器の検出光波長領域の下限波長、λ1は、光検出器の検出光波長領域の上限波長である。同様に、減光状態の調光素子(透過状態からの可変透過率をVT(λ)とする)の信号強度SRC,SGC,SBCは下式で記述される。
【0031】
【数4】
【0032】
減光状態の調光素子の透過率は、透過状態に可変透過率VT(λ)をかけた透過率として作用する。この透過状態の調光素子は、減光状態の調光素子より透過率の高い状態である。典型的には調光素子の最も透過率の高い状態である。調光素子の最も透過率の高い状態のスペクトルの与える色再現性が低い場合には、調光素子として有効に使用できる範囲で透過状態を選択することが好ましい。この調光素子の透過状態と減光状態との減光比(同じ光量の光を入射し、出射される光の光量の比(透過状態/減光状態))は、8(ND8)以上であることが望ましく、32以上であることがさらに好ましい。これには二つの理由がある。
【0033】
1.調光素子としての有用性
減光比が8未満である場合には、調光素子の調整可能な範囲が限定的であり調光素子としての適用範囲が強く限定されてしまうためである。また、減光比が32以上ある場合には、調光素子としての応用可能性が飛躍的に拡大するためである。
【0034】
2.減光比が大きいほど高い色再現性を実現することが困難になるため
本実施形態に係る光吸収特性が変化する複数の化合物を組み合わせて光を吸収する調光素子は光吸収素子であり、複数の化合物を組み合わせて特定の形状を持つ吸光度(吸収)スペクトルを形成する。この吸光度スペクトルの形状は、基本的には(理想的には)濃度によらず一定である。一方、光検出器である撮像素子や、人間の目に入る光量は「入射光量×透過率」によって決定される。このため光量によって規格化された色について再現性を議論する場合には規格化された透過率を用いて行うことになる。ここで吸光度Absと透過率Tの関係はT=10-Absであるため、吸光度の波長によるばらつきの影響は、吸光度が大きくなるほど指数関数的に大きくなる。このため減光比が8未満と小さい場合には、調光素子の減光度変化が色再現性へ与える影響は比較的に小さい。一方で減光比が8以上の場合には、調光素子の減光度変化が色再現性へ与える影響は大きくなり、32以上の場合には非常に大きくなる。本実施形態に係る調光素子の手法を用いることで、このような大きな減光比の領域においても、調光素子に高い色再現性を与えることができる。
【0035】
この時、RGBのGを基準として透過状態の光検出器の検出光波長領域ごとの信号強度比rRGT、rBGTは下式で記述される。
【0036】
【数5】
【0037】
同様に、減光状態の光検出器の検出光波長領域ごとの信号強度比rRGC、rBGCは下式で記述される。
【0038】
【数6】
【0039】
検出信号比変化の程度として用いるCRMaxは、透過状態の信号強度比と減光状態の信号強度比との変化(減光状態/透過状態または透過状態/減光状態)の最も大きいものになる。すなわち以下の4つの比のなかで最大の値がCRMaxである。
【0040】
【数7】
【0041】
複数の化合物の光吸収特性変化スペクトルを組み合わせた透過スペクトルの波長平坦性の最小値をTFFP、その際のCRMaxをCRMaxFPとする。この最小値TFFPと、TFFPを与える可変透過率VTFP(λ)は、複数の化合物の光吸収特性変化スペクトルを用いて最小化計算を行うことによって算出できる。そしてCRMaxFPは、VTFP(λ)と上に示した式を用いて算出する。本実施形態に係る調光素子では、スペクトル平坦性を高めることよりも、光検出器の複数の検出光波長領域それぞれにおける検出信号比変化を低減することを優先する。そのため、本実施形態に係る調光素子の波長平坦性TFは、TF>TFFPであり、かつCRMax<CRMaxFPである。
【0042】
≪エレクトロクロミック素子(EC素子)≫
本実施形態に係る調光素子は、外部刺激により光吸収特性が変化する複数の化合物を組み合わせて光を吸収することが好ましい。EC化合物を用いた調光素子は透過率の高い光透過状態と透過率の低い減光状態を両立できるため、最も好ましく用いられる。以下にEC素子を用いた調光素子について詳細に記載する。
【0043】
EC素子としては、無機材料を用いたもの、有機材料を用いたものがあり、前者の例としては、酸化タングステンを用いたものが挙げられる。有機材料を用いたものとしては、高分子型、低分子型のEC素子があり、前者の例としては、ポリチオフェンを用いたものが挙げられる。色再現性の高い調光素子を作製するためには、光吸収特性を精密に制御する必要があり、この観点から低分子型のEC素子が好ましく用いられる。具体的には、それぞれ光吸収波長が異なる低分子EC化合物を選択し、それらの吸収の強いところと弱いところを組み合わせることで色再現性を向上させることが好ましく行われる。
【0044】
典型的なEC素子は、少なくとも一方が透明な二枚の透明導電性電極を対向して配置して、その間の空間にEC化合物を含むEC層を配置して、周辺をシール材で封止して構成される。そしてそれらの電極間の電圧を制御することでEC素子を透過状態から減光状態に変化させることができる。
【0045】
<電極>
電極としては、EC素子の動作環境において安定に存在し、外部からの電圧の印加に応じて速やかに酸化還元反応を進行させることのできる材料が好ましく用いられる。電極の構成材料としては、例えば、スズドープ酸化インジウム(ITO)、フッ素ドープ酸化スズ(FTO)といった透明導電性材料や金属等を用いることができる。電極のうち少なくとも一方が透明電極であることによって、EC素子の外部より効率的に光を取り込み、EC層中のEC化合物と相互作用させて、EC化合物の光学的特性を出射光に反映させることができる。
【0046】
<シール材>
シール材としては、化学的に安定で、気体および液体を透過しにくく、EC化合物の酸化還元反応を阻害しない材料で構成されていることが好ましい。例えば、ガラスフリット等の無機材料、エポキシ系、アクリル系樹脂等の有機材料、金属等を用いることができる。なお、シール材は、スペーサー材料を含有する等して二枚の電極間の距離を保持する機能を有していてもよい。このことによって、電極間距離を規定し、光路長を規定することができる。スペーサーの素材としては、シリカビーズ、ガラスファイバー等の無機材料や、ポリイミド、ポリテトラフルオロエチレン、ポリジビニルベンゼン、フッ素ゴム、エポキシ樹脂等の有機材料を用いることができる。
【0047】
<エレクトロクロミック層>
EC素子は、片側の電極において電気化学反応が進行する単極型のEC素子と、両側の電極において電気化学反応が進行する相補型のEC素子がある。本実施形態に係る調光素子としては、どちらのタイプのEC素子も用いることができるが、調光素子の透過状態と減光状態の減光比を大きくするためには相補型のEC素子が好ましい。典型的な相補型のEC素子では、酸化反応によって透過状態から減光状態に変化するアノード性のEC化合物と、還元反応によって透過状態から減光状態に変化するカソード性のEC化合物とを有する。典型的な相補型のEC素子のなかでもEC化合物の電気化学反応以外の電気化学反応を高度に抑制したEC素子は、繰り返し動作させても減光状態の色変化が少なく、本実施形態に係る調光素子として好ましく用いられる。
【0048】
EC化合物の電気化学反応以外の電気化学反応を高度に抑制した相補型EC素子では、アノード性のEC化合物の反応が進行するときに用いられる電荷と、カソード性のEC化合物の反応が進行するときに用いられる電荷とが略等しくなる。そのため、このような相補型EC素子では、複数の化合物の光吸収特性変化を組み合わせた可変透過率をVT(λ)を算出する際には、アノード性のEC化合物の光吸収特性変化とカソード性のEC化合物の光吸収特性変化とを区別して行う必要がある。具体的には、アノード性のEC化合物の減光状態の電荷濃度の合計とカソード性のEC化合物の減光状態の電荷濃度の合計とが略等しくなるように計算する。ここで、減光状態の電荷濃度とは、減光状態のEC化合物の濃度を作り出すのに要する電荷を言い、EC材料を透過状態から減光状態にする反応に用いられる反応電子数をaとし、減光状態のEC化合物の濃度をbとするとa×bであらわすことができる。また、電荷濃度の合計が略等しくなるとは、電荷濃度の合計の差異が10%以内、好ましくは5%以内であることを意味する。
【0049】
上述のように、相補型のEC素子では、可変透過率スペクトルを構成する際に、アノード性のEC化合物の減光状態の電荷濃度の合計とカソード性のEC化合物の減光状態の電荷濃度の制限がある。≪外部刺激により光吸収特性が変化する化合物≫の項で記載したように、この複数の化合物は、3以上の化合物であることが好ましい。相補型のEC素子では、この電荷濃度の制限下における可変透過率スペクトルを構成の自由度を確保するために、さらにアノード性のEC化合物、カソード性のEC化合物の双方が、複数の化合物であることが好ましい。これは、上述の電荷濃度の制限があったとしても、アノード性EC化合物同士の間、カソード性のEC化合物同士の間では、それぞれ減光状態の濃度比を自由に設定できるためである。これによって本発明のCRMaxによる最適化の効果を飛躍的に増大させることができる。
【0050】
EC素子におけるEC化合物は、溶媒等に溶解されてEC層を形成していてもよく、電極に固定化されていてもよい。電極に固定化されている場合には、電極として多孔質の電極を用いることで吸着するEC化合物の濃度を多くすることにより、透過状態と減光状態の減光比を大きくすることができる。この場合のEC層の厚さは、透過率が変化するEC化合物の存在する範囲であり、その濃度はEC層の厚さにおける平均濃度である。
【0051】
EC化合物は、酸化還元反応により、繰り返しEC素子の対象とする光波長領域において光吸収特性が変化する化合物である。EC化合物の中には、比較的に変化吸光係数が小さい化合物もある。このような比較的に変化吸光係数が小さい化合物も、小さいながらも光吸収特性が変化し、反応電荷に寄与するため、上述の電荷濃度を算出するうえでは、このような変化吸光係数が小さい化合物EC化合物として含めて計算を行う。
【0052】
アノード性EC化合物としては、例えば、チオフェン誘導体、芳香環を有するアミン類(例えば、フェナジン誘導体、トリアリルアミン誘導体)、ピロール誘導体、チアジン誘導体、トリアリルメタン誘導体、ビスフェニルメタン誘導体、キサンテン誘導体、フルオラン誘導体、スピロピラン誘導体等が挙げられる。これらの中でも、アノード性EC化合物としては、低分子の芳香環を有するアミン類が好ましく、ジヒドロフェナジン誘導体が最も好ましい。これはこれらの化合物をEC化合物として用いることにより、所望の吸収スペクトルを有するEC素子を提供しやすく、繰り返し使用に対する高い耐久性を有しているためである。これらの化合物は、中性状態(還元体)において紫外領域に吸収ピークを有し、可視光領域には吸収を有さず、可視光領域の透過率が高い透過状態を取る。そして、酸化反応によりこれらの分子がラジカルカチオン(酸化体)となると、吸収ピークが可視光領域にシフトして減光状態となる。これらの分子は、そのπ共役長を拡大縮小させること、また置換基を変更してπ共役系に変化を加えることで、その吸収波長を任意に設計することができる。ここでいう低分子とは、分子量で2000以下である。
【0053】
カソード性EC化合物は特に限定はされないが、例えば、ピリジン誘導体、キノン化合物等が挙げられる。これらの中でも、ピリジン誘導体、特にビオロゲン誘導体が最も好ましく用いられる。これらの化合物は、典型的には、二価のカチオン状態(酸化体)において紫外領域に吸収ピークを有し、可視光領域には吸収を有さず、可視光領域の透過率が高い透過状態を取る。そして、還元反応によりこれらの分子がラジカルカチオン(還元体)となると、吸収ピークが可視光領域にシフトして減光状態となる。これらの分子も、そのπ共役長を拡大縮小させること、また置換基を変更してπ共役系に変化を加えることで、その吸収波長を任意に設計することができる。ここでいう低分子とは、カウンターイオンを除いた分子量で2000以下である。
【0054】
≪色再現性の評価方法≫
本実施形態に係る調光素子の色再現性の評価方法について以下に記述する。本調光素子では、減光度を変化させたときに色が変化しないことが望まれる。そのため調光素子への入射光の光検出器における色について、調光素子の透過状態と減光状態における差を評価する。具体的には調光素子の減光度を変化させると明るさが変化するため、調光素子の透過状態と減光状態における明るさを揃えたうえで、その色の差異を、色差(CIEDE2000(ΔE00))を用いて評価する。
【0055】
この色差の値が小さいほど色再現性が高いと言えるが、その指標として広く知られている日本電色工業株式会社の表を参照して記載する。色再現性の高い調光素子としては、色差の範囲はC級許容差(ΔE00:6.5乃至13.0)より小さいことが求められる。C級許容差は、JIS標準色票、マンセル色票などの1歩度に相当する色差である。好ましくは、色差の範囲はB級許容差(ΔE00:3.2乃至6.5)より小さいことが求められる。B級許容差は、印象レベルでは同じ色として扱える範囲であり、塗料業界やプラスチック業界では色違いでクレームになることがある色差である。さらに好ましくは、色差の範囲はA級許容差(ΔE00:1.6乃至3.2)より小さいことが求められる。A級許容差は、色の離間比較では、ほとんど気づかれない色差レベルであり、一般的には同じ色だと思われているレベルである。
【0056】
≪本実施形態に係る調光素子の色再現性の向上≫
以下に本実施形態に係る調光素子の色再現性の向上について説明する。例として、図3(a)に示した昼間の自然光を光源にカラーチェッカーの24パターンをそれぞれ被写体として使用し、図2(a)に示した分光感度を有するカメラシステムのCRMaxとΔE00の関係をシミュレートした結果を図4に示す。ここからCRMaxを減少させることにより調光素子の透過状態と減光状態との色の変化(ここでは色差(ΔE00)として表現される)が小さくなることがわかる。このように本実施形態に係る調光素子では、光検出器の複数の検出光波長領域それぞれにおける検出信号比変化(CRMax)を低減することを優先することにより、色再現性を向上させることができる。また、CRMax≦1.11を実現することで、色再現性の高い調光素子としてC級許容差であるΔE00≦13.0の色差を実現できることがわかる。同様にCRMax≦1.05を実現することでB級許容差(ΔE00≦6.5)を、CRMax≦1.023を実現することでA級許容差(ΔE00≦3.2)を実現できる。そのため、本実施形態に係る調光素子の好ましいCRMaxの範囲は、1.11以下であり、さらに好ましくは1.05以下であり、さらに好ましくは1.023以下である。
【0057】
≪効果≫
本実施形態に係る調光素子によれば、外部刺激により光吸収特性が変化する複数の化合物等の複数の化合物を用いた調光素子を備えた光学装置においても、高い色再現性を実現することができる。本実施形態によれば、スペクトル平坦性を高めることよりも、光検出器の複数の検出光波長領域それぞれにおける検出信号比変化を低減することを優先することで、スペクトル平坦性を高めた場合よりもより高い色再現性を実現することができる。
【0058】
具体的には以下のような光学装置を実現できる。例えば、可変NDフィルタを用いて光量を調整するカメラシステムにおいて、可変NDフィルタの減光度を変化させたときにも色変化の少ないカメラシステムが挙げられる。また、光量を低下させたときにも違和感のない色を示す透過率可変窓、透過率可変眼鏡(サングラス)が挙げられる。さらには、反射率を低下させたときにも違和感のない色を示す透過率可変ミラー(防眩ミラー)が挙げられる。
【0059】
≪光学フィルタ、レンズユニット、撮像装置≫
調光素子は、可変NDフィルタ等の光学フィルタに用いることができる。本発明の別の実施形態に係る光学フィルタは、調光素子としてのEC素子と、このEC素子に接続された能動素子と、を有している。能動素子は、EC素子を透過する光量を調整する素子であり、具体的には、EC素子の透過率を制御するためのスイッチング素子が挙げられる。スイッチング素子として、例えば、TFTやMIM素子が挙げられる。TFTは、薄膜トランジスタとも呼ばれ、その構成材料としては、半導体や酸化物半導体が用いられる。具体的には、アモルファスシリコン、低温ポリシリコン、InGaZnOを構成材料とする半導体等が挙げられる。
【0060】
EC素子は、撮像装置およびレンズユニットに用いることができる。本発明の別の実施形態に係る撮像装置は、EC素子を有する上述の光学フィルタと、光検出器として、光学フィルタを通過した光を受光する撮像素子110と、を有する。
【0061】
また、本発明の別の実施形態に係るレンズユニットは、EC素子を有する上述の光学フィルタと、撮像光学系と、を有する。撮像光学系は、好ましくは複数のレンズを有するレンズ群である。光学フィルタは、光学フィルタを通過した光が撮像光学系を通過するように配置されていてもよいし、撮像光学系を通過した光が光学フィルタを通過するように配置されていてもよい。また、光学フィルタは、複数あるレンズとレンズとの間に配置されていてもよい。光学フィルタは、レンズの光軸上に設けられるのが好ましい。光学フィルタにより撮像光学系を通過する光、または通過した光の光量を調整することができる。
【0062】
図5は、光学フィルタを用いた撮像装置およびレンズユニットの一例を模式的に示す図である。図5(a)は、光学フィルタ101を用いたレンズユニット102を有する撮像装置を、図5(b)は、光学フィルタ101を有する撮像装置を、それぞれ示している。図5(a)に示すように、レンズユニット102はマウント部材(不図示)を介して撮像ユニット103に着脱可能に接続されている。
【0063】
レンズユニット102は、複数のレンズあるいはレンズ群を有するユニットである。例えば、図5(a)において、レンズユニット102は、絞りより後でフォーカシングを行うリアフォーカス式のズームレンズを表している。レンズユニット102は、被写体側(紙面向かって左側)より順に正の屈折力の第1のレンズ群104、負の屈折力の第2のレンズ群105、正の屈折力の第3のレンズ群106、正の屈折力の第4のレンズ群107の4つのレンズ群を有する。第2のレンズ群105と第3のレンズ群106の間隔を変化させて変倍を行い、第4のレンズ群107の一部のレンズ群を移動させてフォーカスを行う。レンズユニット102は、例えば、第2のレンズ群105と第3のレンズ群106の間に開口絞り108を有し、また、第3のレンズ群106と第4のレンズ群107の間に光学フィルタ101を有する。レンズユニット102を通過する光は、各レンズ群104乃至107、開口絞り108および光学フィルタ101を通過するよう配置されており、開口絞り108および光学フィルタ101を用いて光量の調整を行うことができる。
【0064】
また、レンズユニット102内の構成は適宜変更可能である。例えば、光学フィルタ101は開口絞り108の前(被写体側)あるいは後(撮像ユニット103側)に配置でき、また、第1のレンズ群104よりも前に配置しても良く、第4のレンズ群107よりも後に配置しても良い。光の収束する位置に配置すれば、光学フィルタ101の面積を小さくできるなどの利点がある。また、レンズユニット102の形態も適宜選択可能であり、リアフォーカス式の他、絞りより前でフォーカシングを行うインナーフォーカス式であっても良く、その他の方式であっても構わない。また、ズームレンズ以外にも魚眼レンズやマクロレンズなどの特殊レンズも適宜選択可能である。
【0065】
撮像ユニット103は、ガラスブロック109と撮像素子110を有する。ガラスブロック109は、ローパスフィルタやフェースプレートや色フィルタ等のガラスブロックである。また、撮像素子110は、レンズユニット102を通過した光を受光するセンサ部であって、CCDやCMOS等の撮像素子が使用できる。また、フォトダイオードのような光センサであっても良く、光の強度あるいは波長の情報を取得し出力するものを適宜利用可能である。
【0066】
図5(a)のように、光学フィルタ101がレンズユニット102に組み込まれている場合、能動素子等の駆動手段はレンズユニット102内に配置されても良く、レンズユニット102外に配置されても良い。レンズユニット102外に配置される場合は、配線を通してレンズユニット102内外のEC素子と駆動手段を接続し、駆動制御する。
【0067】
図5(b)に示す様に、撮像装置自体が光学フィルタ101を有していても良い。光学フィルタ101は撮像ユニット103内部の適当な箇所に配置され、撮像素子110は光学フィルタ101を通過した光を受光するよう配置されていれば良い。図5(b)においては、例えば光学フィルタ101は撮像素子110の直前に配置されている。撮像装置自体が光学フィルタ101を内蔵する場合、接続されるレンズユニット102自体が光学フィルタ101を持たなくても良いため、既存のレンズユニットを用いた調光可能な撮像装置を構成することが可能となる。
【0068】
このような撮像装置は、光量調整と撮像素子の組合せを有する製品に適用可能である。例えばカメラ、デジタルカメラ、ビデオカメラ、デジタルビデオカメラに使用可能であり、また、携帯電話やスマートフォン、PC、タブレットなど撮像装置を内蔵する製品にも適用できる。
【0069】
本実施形態に係る光学フィルタを調光部材として用いることで、調光量を一つのフィルタで適宜可変させることが可能となり、部材点数の削減や省スペース化といった利点がある。
【0070】
本実施形態の光学フィルタ、レンズユニット及び撮像装置によれば、EC素子における周辺封止材に起因する色ムラを抑制することができる。そのため、光学フィルタを透過または反射させた光を撮像して得られる画像の品位の低下を抑制することができる。
【0071】
≪窓材≫
本発明の別の実施形態に係る窓材は、調光素子としてのEC素子1と、EC素子に接続された能動素子とを有する。図6は、本実施形態に係る窓材の一例を模式的に示す図であり、図6(a)は斜視図、図6(b)は図6(a)のX-X’断面図である。
【0072】
図6の窓材111は調光窓であり、EC素子1と、それを挟持する透明板113(一対の基板)と、全体を囲繞して一体化するフレーム112とから成る。EC素子1は、基板10a、10bに形成された電極11a、11bの間に、EC化合物を含むEC層13が配置され、そのEC層13を保持するシール材12がEC層13の外周を囲むように配置されている。能動素子は、EC素子1を透過する光量を調整する素子であり、EC素子1に直接接続されていてもよいし、間接的に接続されていてもよい。また、能動素子は、フレーム112内に一体化されていても良く、フレーム112外に配置され配線を通してEC素子1と接続されていても良い。
【0073】
透明板113は光透過率が高い材料であれば特に限定されず、窓としての利用を考慮すればガラス素材であることが好ましい。図6において、EC素子1は透明板113と独立した構成部材であるが、例えば、EC素子1の基板10を透明板113と見なしても構わない。
【0074】
フレーム112は材質を問わないが、EC素子1の少なくとも一部を被覆し、一体化された形態を有するもの全般をフレームとして見なして構わない。
【0075】
係る調光窓は、電子カーテンを有する窓材と呼ぶこともでき、EC素子1が透過状態では入射光に対して充分な透過光量が得られ、また減光状態では入射光を確実に遮光及び変調した光学的特性が得られる。本実施形態に係る窓材は、例えば日中の太陽光の室内への入射量を調整する用途に適用できる。太陽の光量の他、熱量の調整にも適用できるため、室内の明るさや温度の制御に使用することが可能である。また、シャッターとして、室外から室内への眺望を遮断する用途にも適用可能である。このような調光窓は、建造物用のガラス窓の他に、自動車や電車、飛行機、船など乗り物の窓、時計や携帯電話の表示面のフィルタにも適用可能である。
【実施例
【0076】
以下、実施例により本発明に係る光学装置について説明する。具体的には、電気的に光吸収特性が変化する複数のEC材料を組み合わせて光を吸収する相補型EC素子を用いた可変NDフィルタを備えた光学装置を例に説明していく。ただし本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0077】
≪アノード性EC化合物≫
以下に、本実施例に用いられるアノード性EC化合物の具体的な例を示す。ただし、本発明に用いるEC化合物はこれらに限定されるものではない。
【0078】
【化1】
【0079】
<アノード性EC化合物の取得>
EC化合物(1)乃至(3)は、下記式(A)で示される反応を用いて合成できる。
【0080】
【化2】
【0081】
式(A)において、R1は、水素原子またはアルキル基またはフェノキシ基であり、R2はアルキル基、アリール基である。フェナジン環の還元とイソプロピル化を行うことにより、EC化合物(1)乃至(3)を合成することができる。
【0082】
【化3】
【0083】
EC化合物(2)、(3)については、式(A)の反応に先立って、式(B)で示される置換フェナジンのハロゲン体(Xはハロゲン)と、オルト位(R3,R4)に置換アルキル基、アルコキシ基を有するフェニルボロン酸もしくはボロン酸エステル化合物の組み合わせで、公知のPd触媒によるカップリング反応で前駆体を合成することができる。
【0084】
EC化合物(3)については、式(A)、(B)の反応に先立ってフェナジン環の7位のフェノキシ基を導入することになる。そのフェノキシ基は、フェナジンのハロゲン体に対して、フェノールを用いた公知のCu触媒によるカップリング反応で導入することができる。式(A)、(B)の反応の具体例の意味も含めて、EC化合物(3)の合成スキームを下記式(C)に示す。
【0085】
【化4】
【0086】
EC化合物(3)は、例えば以下の手順で合成できる。まず、一段階目の中間体を合成する。2,7-ジブロモフェナジン、フェノールをDMSO中で混合し、窒素で溶存酸素を除去した。次に、CuI/Spartein錯体、炭酸カリウムを添加し、8時間還流した。反応溶液を減圧濃縮、シリカゲルクロマトグラフィーで精製し、黄色固体の一段階目の中間体を得た。
【0087】
次に、一段階目の中間体、2-イソプロポキシ-6-メトキシフェニルボロン酸を、トルエン/1,4-ジオキサン混合溶媒中で混合し、窒素で溶存酸素を除去した。Pd(OAc)2、2-ジシクロヘキシルフォスフィノ-2’,6’-ジメトキシビフェニル(S-Phos)、リン酸三カリウムを添加し、15時間還流した。反応溶液を減圧濃縮し、シリカゲルクロマトグラフィーで分離精製し、黄色固体の二段階目の中間体を得た。
【0088】
続いて、二段階目の中間体、2-ヨードプロパンをアセトニトリル/水混合溶媒中で混合し、窒素で溶存酸素を除去した。ハイドロサルファイトナトリウム、炭酸カリウムを添加し、10時間還流した。反応溶液を減圧濃縮、シリカゲルクロマトグラフィーで分離精製し、固体のEC化合物(3)を得た。
1H-NMR(重アセトン)δ(ppm):7.35(m,2H),7.19(t,1H),7.06(t,1H),6.99(d,2H),6.8-6.65(m,6H),6.49(d,1H),6.42(dd,1H),4.47(sep,1H),4.17(sep,1H),3.97(sep,1H),3.71(s,3H),1.51(d,6H),1.46(d,6H),1.18(d,6H).
【0089】
≪カソード性EC化合物≫
以下に、本実施例に用いられるカソード性EC化合物の具体的な例を示す。ただし、本発明に用いるEC化合物はこれらに限定されるものではない。
【0090】
【化5】
【0091】
<カソード性EC化合物の取得>
EC化合物(4)、(5)は、下記式(D)で示される反応を用いて合成できる。
【0092】
【化6】
【0093】
式(D)において、R4は水素原子またはメチル基、R5は水素原子またはtert-ブチル基である。例として、EC化合物(4)の具体的な合成法を記載する。
【0094】
一段階目の反応は、反応容器に、3-メチル-4-クロロピリジン塩酸塩、4-ピリジルボロン酸、トリス(ジベンジリデンアセトン)ジパラジウム(0)、トリシクロヘキシルホスフィン、リン酸三カリウムをジオキサン/水溶媒で、窒素気流下、8時間加熱還流して反応させた。反応液を濃縮後、酢酸エチルで抽出、シリカゲルカラムクロマトグラフィー、再結晶で生成を行い3-メチル-4、4’-ビピリジンを得た。
【0095】
二段階目の反応は、3-メチル-4、4’-ビピリジン、2,4-ジニトロブロモベンゼンをN,N,-ジメチルホルムアミド溶媒中、100℃で24時間反応させ、析出結晶をろ過、アセトニトリルで洗浄して、中間体1を得た。
【0096】
三段階目の反応は、中間体1、o-トルイジンをエタノール溶媒中8時間還流反応させた。溶媒除去後、酢酸エチルを加え沈殿をろ過した。得られた結晶を水に溶解させ、ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミドリチウムを溶解した水溶液を滴下し、室温で3時間撹拌した後、さらに、イソプロピルアルコールを加えて再結晶を行い、EC化合物(4)を得た。
1H NMR(CD3CN) σ(ppm):9.00(d,2H),8.89(s,1H),8.83(d,1H),8.33(d,2H),8.12(d,1H),7.76-7.66(m,2H),7.64-7.51(m,6H),2.57(s,3H),2.27(s,3H),2.25(s,3H).
【0097】
EC化合物(6)、(7)は、下記式(E)で示される反応を用いて合成できる。
【0098】
【化7】
【0099】
式(E)において、Rはアルキル基または置換アルキル基である。例として、EC化合物(6)の具体的な合成法を記載する。まず中間体である9,9-ジメチル-2,7-ジアザフルオレンの合成法について記述する。技術文献(E.Botana,et al.,Angew.Chem.Int.Ed.46,198-201(2007).)を参考に合成した。反応容器に3,8-フェナントロリン、水酸化カリウム、水を加え、90℃で加熱した。その後、水、過マンガン酸カリウムを混合し90℃に加熱した溶液を、反応溶液に滴下した。1時間反応させた後、析出した固体をろ過、クロロホルムで抽出し、水および飽和食塩水で洗浄し、乾燥、濃縮することで、褐色粉末を得た。これをシリカゲルクロマトグラフィーで分離精製し、黄色の固体である第一の中間体を得た。
【0100】
反応容器に第一の中間体、ジエチレングリコール、ヒドラジン一水和物を加え、100℃で12時間反応させた。得られた黒赤色懸濁液に水を加え、ジクロロメタンで抽出し、水および飽和食塩水で洗浄し、乾燥、濃縮することで、黒黄色固体を得た。これをシリカゲルクロマトグラフィーで分離精製し、黄褐色の固体である第二の中間体を得た。
【0101】
反応容器に第二の中間体、DMFを加え、氷浴で冷却した。その後、カリウムtert-ブトキシドを加えて同温で30分間撹拌し、DMFに希釈したヨードメタンを滴下した。さらに同温で30分間撹拌した後、室温下で3時間反応させた。得られた赤褐色懸濁液を飽和重曹水に加え、酢酸エチルで抽出し、水および飽和食塩水で洗浄し、乾燥、濃縮することで、黒黄色固体を得た。これをシリカゲルクロマトグラフィーで分離精製し、ベージュ色の固体である9,9-ジメチル-2,7-ジアザフルオレンを得た。
【0102】
反応容器に9,9-ジメチル-2,7-ジアザフルオレン、過剰量の4,4’,4”-トリフルオロブロモブタンを加え、DMFを溶媒として19時間110℃で反応させた。析出物を回収し、水に溶解、ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミドリチウムを過剰に加え、析出物をろ過回収、乾燥することで、EC化合物(6)を得た。
【0103】
≪EC素子の作製≫
インジウムドープ酸化スズ(ITO)膜が成膜されている透明導電性ガラスを2枚用意し、ITO膜同士が対向するように配置した。そして、2枚の透明導電性ガラスの外周を、粒径50μmのスペーサービーズを混合したシール材を用いて接着した。アノード性EC化合物と、カソード性EC化合物とを溶解させた溶液を透明導電性ガラスに予め形成した注入口から注入することで、2枚の透明導電性ガラスとシール材によって形成されている空間内に当該溶液を充填した。その後、シール剤で注入口を封止して、EC素子を得た。
【0104】
≪EC化合物の変化吸光係数Δε(λ)の評価≫
まず単独のEC化合物の変化吸光度(減光状態における吸光度から、同化合物の透過状態における吸光度を差し引いた値)スペクトルを得た。EC化合物を1mmol/Lの濃度で0.1mol/Lテトラブチルアンモニウムヘキサフルオロフォスフェートの炭酸プロピレン溶液に溶解させた。白金メッシュ電極を作用電極、白金線電極を対極に、Ag/Ag+電極を参照極とし、光路長1mmのキュベット内で、EC化合物が減光状態となる電位を120s印加し、変化吸光度スペクトルを得た。
【0105】
次にアノード性EC化合物1種と、カソード性EC化合物1種とをそれぞれ0.05mol/Lの濃度で炭酸プロピレンに溶解させ、この溶液を用いてEC素子を作製した。EC化合物の電気化学反応以外の電気化学反応を高度に抑制した相補型のEC素子では、アノード性EC化合物、カソード性EC化合物、それぞれの減光状態を作り出すのに用いられる電荷量が等しくなる。そのことを利用し、基準化合物の変化吸光係数を用いて、反対側の極性となるEC化合物の変化吸光係数を決定した。ここで参照化合物としては、5,10-ジイソプロピル-5,10-ジヒドロフェナジン(Δε(480nm)=6.5×103mol-1Lcm-1)を基準として用いた。
【0106】
図7には、EC化合物(1)乃至(7)の変化吸光係数Δε(λ)スペクトルを示す。なお、本実施例では相補型のEC素子であるために変化吸光係数Δε(λ)を決定してから可変透過率VT(λ)を算出しているが、変化吸光度から(Δε(λ)を決定せずに)直接可変透過率VT(λ)、またその波長平坦性TFを算出することも可能である。
【0107】
・EC化合物の組み合わせ1
≪可変透過率VT(λ)の構成≫
図7に示したEC化合物(1)乃至(6)のΔε(λ)スペクトルを用いて可変透過率VT(λ)を構成する。このときEC化合物(1)乃至(3)の3種類がアノード性化合物、EC化合物(4)乃至(6)の3種類がカソード性化合物であり、用いられているEC化合物は、合計で6種類である。この時の光検出器の検出光波長領域としては、図2に記載の光検出器の425nm以上680nm以下の領域を用いた。ここでEC化合物(4)乃至(6)が光検出器のR領域に、EC化合物(2)、(3)が光検出器のG領域に、EC化合物(1)、(5)が光検出器のB領域に可変吸収スペクトルのピークを有する。また、この可変NDフィルタの透過状態と減光状態との減光比は64とした。(=平均可変透過率1.56%)
【0108】
<(A)検出信号比変化(CRMax)低減をスペクトル平坦性よりも優先した可変透過率VT(λ)>
図8には、複数のEC化合物(1)乃至(6)のΔε(λ)を組み合わせ、図3に示した各種光源に対しCRMaxが小さくなるよう最適化したスペクトルを示す。図8(a)は、EC化合物(1)乃至(6)の吸光度を組み合わせた可変吸光度スペクトルVA(λ)、図8(b)はVA(λ)を透過率に変換した可変透過率VT(λ)を示す。この時、検出光波長領域における波長平坦性TF=178%、図3(a)に示した昼間の自然光のスペクトルを用いて算出したCRMax=1.09である。この時の複数のEC化合物(1)乃至(6)の減光状態の濃度(単位mmolL-1)を表1に示す。
【0109】
【表1】
【0110】
表1からアノード性EC化合物の減光状態の電荷濃度の合計とカソード性EC化合物の減光状態の電荷濃度の合計とが略等しいことが確認できる。
【0111】
<(B)スペクトル平坦性を優先した可変透過率VTFP(λ)>
図9には、複数のEC化合物(1)乃至(6)のΔε(λ)を組み合わせ、最小化計算により可変透過率の波長平坦性を最小化したスペクトルを示す。図9(a)は、EC化合物(1)乃至(6)の吸光度を組み合わせた可変吸光度スペクトルVA(λ)、図9(b)は平坦性を最小化した可変透過率VTFP(λ)を示す。この時の検出光波長領域における波長平坦性TF=65.4%であり、この値がこの化合物の組み合わせにおけるもっとも高い波長平坦性TFFPである。また図3(a)に示した昼間の自然光のスペクトルを用いて算出したCRMaxFP=1.15である。この時の複数のEC化合物(1)乃至(6)の減光状態の濃度(単位mmolL-1)を下表に示す。
【0112】
【表2】
【0113】
表2からアノード性EC化合物の減光状態の電荷濃度の合計とカソード性EC化合物の減光状態の電荷濃度の合計とが略等しいことが確認できる。
【0114】
<評価>
図10(a)には、「(A)検出信号比変化(CRMax)低減をスペクトル平坦性よりも優先した可変透過率VT(λ)」を有するNDフィルタの透過状態(ND OFF(0))と減光状態(ND64)の透過スペクトルを示す。図10(b)には、図10(a)の透過スペクトル、図3(a)の昼間の自然光のスペクトル、図2(a)の分光感度を用いて、カラーチェッカーの24パターンをそれぞれ被写体として撮影した時の色をL***空間のa**平面上にプロットした。この図においてNDフィルタの透過状態のプロットと減光状態のプロットとが近いほど色再現性は高いことを意味する。
【0115】
図11(a)には、「(B)スペクトル平坦性を優先した可変透過率VTFP(λ)」を有するNDフィルタの透過状態(ND OFF)と減光状態(ND64)の透過スペクトルを示す。図11(b)には、図11(a)の透過スペクトル、図3(a)の昼間の自然光のスペクトル、図2(a)の分光感度を用いて、カラーチェッカーの24パターンと光源そのものをそれぞれ被写体として撮影した時の25色をL***空間のa**平面上にプロットした。
【0116】
図10(b)、図11(b)両図の比較より、図10(b)に示すCRMaxを優先したNDフィルタのほうが、図11(b)に示すスペクトル平坦性を優先したNDフィルタよりも高い色再現性を示すことがわかる。数値で提示すると25色の色差(ΔE00)の最大値は、図10(b)で9.9、図11(b)で21.8であった。ここから、同じ化合物を組み合わせた場合であっても、スペクトル平坦性を優先した場合と比較して、本発明のようにCRMaxを優先した場合の方が色再現性を2倍以上向上できることがわかった。
【0117】
・EC化合物の組み合わせ2
≪可変透過率VT(λ)の構成≫
図7に示したEC化合物(1)乃至(5)、(7)のΔε(λ)スペクトルを用いて可変透過率VT(λ)を構成する。このときEC化合物(1)乃至(3)の3種類がアノード性化合物、EC化合物(4)、(5)、(7)の3種類がカソード性化合物であり、用いられているEC化合物は、合計で6種類である。この時の光検出器の検出光波長領域としては、図2に記載の光検出器の425nm以上680nm以下の領域を用いた。ここでEC化合物(4)、(5)、(7)が光検出器のR領域に、EC化合物(2)、(3)が光検出器のG領域に、EC化合物(1)、(5)が光検出器のB領域に可変吸収スペクトルのピークを有する。また、この可変NDフィルタの透過状態と減光状態との減光比は64とした。(=平均可変透過率1.56%)
【0118】
<(A)検出信号比変化(CRMax)低減をスペクトル平坦性よりも優先した可変透過率VT(λ)>
図12(A)には、複数のEC化合物(1)乃至(5)、(7)のΔε(λ)を組み合わせ、図3に示した各種光源に対しCRMaxが小さくなるよう最適化した可変透過率VT(λ)スペクトルを示す。この時、検出光波長領域における波長平坦性TF=120%であった。
【0119】
図3(a)に示した昼間の自然光、図3(b)に示した色温度3200K、5600K、8000Kの光源それぞれのスペクトルを用いて算出したCRMaxを表3に示す。また、複数のEC化合物(1)乃至(5)、(7)の減光状態の濃度(単位mmolL-1)を表4に示す。
【0120】
【表3】
【0121】
【表4】
【0122】
表4からアノード性EC化合物の減光状態の電荷濃度の合計とカソード性EC化合物の減光状態の電荷濃度の合計とが略等しいことが確認できる。
【0123】
<(B)スペクトル平坦性を優先した可変透過率VTFP(λ)>
図12(B)には、複数のEC化合物(1)乃至(5)、(7)のΔε(λ)を組み合わせ、最小化計算により可変透過率の波長平坦性を最小化した可変透過率VTFP(λ)を示す。この時の検出光波長領域における波長平坦性TF=69.5%であり、この値がこの化合物の組み合わせにおけるもっとも高い波長平坦性TFFPである。図3(a)に示した昼間の自然光、図3(b)に示した色温度3200K、5600K、8000Kの光源それぞれのスペクトルを用いて算出したCRMaxを表5に示す。また、複数のEC化合物(1)乃至(5)、(7)の減光状態の濃度(単位mmolL-1)を表6に示す。
【0124】
【表5】
【0125】
【表6】
【0126】
表6からアノード性EC化合物の減光状態の電荷濃度の合計とカソード性EC化合物の減光状態の電荷濃度の合計とが略等しいことが確認できる。
【0127】
<評価>
図13には、図12(A)の検出信号比変化(CRMax)低減をスペクトル平坦性よりも優先した可変透過率VT(λ)スペクトル、複数の光源、図2(a)の分光感度を用いて、カラーチェッカーの24パターンをそれぞれ被写体として撮影した時の色をL***空間のa**平面上にプロットした。光源はそれぞれ図13(a):図3(a)に示した昼間の自然光、図13(b):図3(b)に示した色温度3200K、図13(c):同5600K、図13(d):同8000Kである。この図においてNDフィルタの透過状態のプロットと減光状態のプロットとが近いほど色再現性は高いことを意味する。
【0128】
図14には図12(B)のスペクトル平坦性を優先した可変透過率VTFP(λ)スペクトル、複数の光源、図2(a)の分光感度を用いて、カラーチェッカーの24パターンをそれぞれ被写体として撮影した時の色をL***空間のa**平面上にプロットした。光源としては、図13と同様の4種類を用いた。
【0129】
図13図14両図の比較より、図13に示すCRMaxを優先したNDフィルタのほうが、図14に示すスペクトル平坦性を優先したNDフィルタよりも高い色再現性を示すことがわかる。各光源における25色の色差(ΔE00)の最大値の比較を表7に示す。
【0130】
【表7】
【0131】
ここから、同じ化合物を組み合わせた場合であっても、スペクトル平坦性を優先した場合と比較して、本発明のようにCRMaxを優先した場合の方が2.9倍乃至4倍程度、色再現性を向上できることがわかった。また、中色温度と低色温度と高色温度の光源に対して、CRMax<CRMaxFPを実現した検出信号比変化(CRMax)低減をスペクトル平坦性よりも優先した可変透過率VT(λ)スペクトルを用いることで、光源の色温度に依らず高い色再現性を実現できることがわかった。
【符号の説明】
【0132】
1000:光学装置、1001:調光素子、1002:光検出器、1003:入射光
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13-1】
図13-2】
図14-1】
図14-2】