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特許7451837振動子および振動子におけるQ値のトリミング方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-11
(45)【発行日】2024-03-19
(54)【発明の名称】振動子および振動子におけるQ値のトリミング方法
(51)【国際特許分類】
   H03H 9/24 20060101AFI20240312BHJP
   H03H 3/007 20060101ALI20240312BHJP
   G01C 19/5677 20120101ALI20240312BHJP
【FI】
H03H9/24 Z
H03H3/007 Z
G01C19/5677
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2019195011
(22)【出願日】2019-10-28
(65)【公開番号】P2021069076
(43)【公開日】2021-04-30
【審査請求日】2022-09-05
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「エネルギー・環境新技術先導プログラム/未踏チャレンジ2050/周波数変調・積分型MEMSジャイロスコープの開発」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】100123973
【弁理士】
【氏名又は名称】杉浦 拓真
(74)【代理人】
【識別番号】100082762
【弁理士】
【氏名又は名称】杉浦 正知
(72)【発明者】
【氏名】塚本 貴城
(72)【発明者】
【氏名】田中 秀治
【審査官】志津木 康
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-257968(JP,A)
【文献】特開2019-039784(JP,A)
【文献】特表2013-539858(JP,A)
【文献】国際公開第2019/059187(WO,A1)
【文献】国際公開第2003/078302(WO,A2)
【文献】特開2010-276345(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2012/0105163(US,A1)
【文献】米国特許第08633635(US,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01C19/00-19/72
H03H3/007-3/10
H03H9/00-9/76
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
互いに直交する第1モードおよび第2モードを有する振動子であって、前記第1モードにおいて熱流が発生する温度勾配箇所であり、前記第2モードにおいて熱流が発生しない部材間、熱抵抗を変化させる、加工可能部材である構造体を有し、かつ、前記第2モードにおいて熱流が発生する温度勾配箇所であり、前記第1モードにおいて熱流が発生しない部材間おいて、熱抵抗を変化させる、加工可能部材である構造体を有する、振動子。
【請求項2】
前記加工可能部材が切断または切り欠かれることにより、温度勾配箇所における熱抵抗が変化する
請求項1に記載の振動子。
【請求項3】
前記加工可能部材のスチフネスが所定値以下に設定されている
請求項1または2に記載の振動子。
【請求項4】
前記加工可能部材が蛇腹状の形状を有している
請求項3に記載の振動子。
【請求項5】
少なくとも一対の梁部と、
前記一対の梁部により支持されるリング部と
を有し、
前記一対の梁部の梁部間が前記加工可能部材により連結されており、
前記一対の梁部の一方の梁部から前記リング部を介して他方の梁部に流れる熱流の経路の熱抵抗を大きくするための孔部が前記リング部に形成されている
請求項1から4までの何れかに記載の振動子。
【請求項6】
前記リング部に錘が接続されている
請求項5に記載の振動子。
【請求項7】
リング部と、
前記リング部の外周側と内周側との間に形成された孔部とを有し、
前記孔部に前記構造体が配置されており、前記構造体により前記外周側と前記内周側とが接続されている
請求項1に記載の振動子。
【請求項8】
前記構造体は、前記外周側と前記内周側とを接続し、切断可能またはその一部が切り欠くことができる加工可能部材を1または複数個有している
請求項7に記載の振動子。
【請求項9】
前記リング部に錘が接続されている
請求項7または8に記載の振動子。
【請求項10】
切断可能またはその一部が切り欠くことができる加工可能部材を複数個有する振動子に対して、前記複数個の加工可能部材のうち少なくとも1個の加工可能部材を切断またはその一部を切り欠くことにより、互いに直交する第1モードおよび第2モードにおける熱流の発生を、熱抵抗を変化させることで、それぞれのQ値を独立して制御する、振動子におけるQ値のトリミング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、振動子、例えば、単一(1個)のモードマッチ(直交する2軸の共振周波数が一致)した2次元振動子および当該2次元振動におけるQ値のトリミング方法に関し、より詳しくは、製造された2次元振動子のQ値のばらつきを物理的にトリミングできる振動子および振動子におけるQ値のトリミング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、回転の角速度を検出するためのジャイロ装置が提案されている。本願の発明者は、単一(1個)のモードマッチ(直交する2軸の共振周波数が一致)した2次元振動子を用いたジャイロ装置およびジャイロ装置の駆動方法を提案している(例えば、下記特許文献1を参照のこと)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】国際公開2017/159429号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
例えば特許文献1に記載のジャイロ装置に用いられる2次元振動子は、製造誤差等に起因してx軸方向とy軸方向とでQ値が僅かに異なる場合がある。このため、x軸方向のQ値とy軸方向のQ値とを整合させる必要がある。また、Q値を整合させる際に、x軸方向およびy軸方向のそれぞれのQ値を独立して制御できることが望まれる。
【0005】
本発明の目的の一つは、かかる問題を解決するための新規かつ有用な振動子および振動子におけるQ値のトリミング方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上述した課題を解決するために、本発明は、例えば、互いに直交する第1モードおよび第2モードを有する振動子であって、前記第1モードにおいて熱流が発生する温度勾配箇所であり、前記第2モードにおいて熱流が発生しない部材間、熱抵抗を変化させる、加工可能部材である構造体を有し、かつ、前記第2モードにおいて熱流が発生する温度勾配箇所であり、前記第1モードにおいて熱流が発生しない部材間おいて、熱抵抗を変化させる、加工可能部材である構造体を有する振動子である。
【0007】
また、本発明は、切断可能またはその一部が切り欠くことができる加工可能部材を複数個有する振動子に対して、前記複数個の加工可能部材のうち少なくとも1個の加工可能部材を切断またはその一部を切り欠くことにより、互いに直交する第1モードおよび第2モードにおける熱流の発生を、熱抵抗を変化させることで、それぞれのQ値を独立して制御する、振動子におけるQ値のトリミング方法である。


【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、互いに直交する第1モード(例えば、x軸方向の振動モード)および第2モード(例えば、y軸方向の振動モード)におけるそれぞれのQ値を独立して制御することが可能となる。なお、本明細書により例示された効果により、本発明の内容が限定して解釈されるものではない。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1A図1Cは、本発明の前提となる技術についての説明がなされる際に参照される図である。
図2図2は、本発明の前提となる技術についての説明がなされる際に参照される図である。
図3図3Aおよび図3Bは、本発明の前提となる技術についての説明がなされる際に参照される図である。
図4図4Aおよび図4Bは、本発明の前提となる技術についての説明がなされる際に参照される図である。
図5図5は、一実施形態にかかる2次元振動子の形状例を説明する際に参照される図である。
図6図6Aおよび図6Bは、所定のモードでの振動時に発生する温度勾配箇所を説明する際に参照される図である。
図7図7Aおよび図7Bは、他のモードでの振動時に発生する温度勾配箇所を説明する際に参照される図である。
図8図8は、一実施形態にかかる加工可能部材を説明する際に参照される図である。
図9図9Aおよび図9Bは、加工可能部材に対する加工の例を説明する際に参照される図である。
図10図10Aおよび図10Bは、加工可能部材に対する加工の例を説明する際に参照される図である。
図11図11A図11Cは、変形例を説明するための図である。
図12図12は、変形例を説明するための図である。
図13図13Aおよび図13Bは、変形例を説明するための図である。
図14図14Aおよび図14Bは、変形例を説明するための図である。
図15図15Aおよび図15Bは、変形例を説明するための図である。
図16図16は、変形例を説明するための図である。
図17図17図17Cは、変形例を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施形態等について図面を参照しながら説明する。なお、説明は以下の順序で行う。
<本発明の前提となる技術について>
<一実施形態>
<変形例>
以下に説明する実施形態等は本発明の好適な具体例であり、本発明の内容がこれらの実施形態等に限定されるものではない。
なお、上述したように、本願の出願人は、先に特許文献1にかかる技術を提案している。当該特許文献1で開示された事項は、本願に適用することができる。
【0011】
<本発明の前提となる技術について>
始めに、本発明の前提となる技術についての説明がなされる。図1Aに示すように、振動子の一例として片持ち梁の振動子(以下、振動子1と適宜、称される。)を考える。振動子1が固定部2を支点にして一方の側に変形すると、振動に伴って梁の一方の主面1Aが圧縮され、梁の他方の主面1Bが膨張される。反対に、振動子1が固定部2を支点にして他方の側に変形すると、主面1Aが膨張され主面1Bが圧縮される。
【0012】
振動子1が変形すると、図1Bに模式的に示すように、圧縮箇所の温度が上がり(昇温)、膨張箇所の温度が下がる(降温)。このように、振動子1の変形に伴って、振動子1の内部に温度差(温度勾配)が生じる(温度勾配箇所)。振動子1は、振動していることから、振動子1内には周期的に変化する温度勾配が誘起される。なお、以下の説明において温度勾配があるとは、一定以上の熱流が生じるほどの温度差が存在することを意味し、温度勾配がないとは温度差がない若しくは一定以下であることを意味する。
【0013】
温度勾配が生じることにより、図1Cに示すように、圧縮した箇所から膨張した箇所、すなわち、温度が高い箇所から低い箇所に向かう不可逆的な熱の流れである熱流が生じる。一般に、熱流が生じることにより、系全体のエントロピーは増大する。これは、振動子1の振動による機械的エネルギーが熱エネルギーとして散逸してしまうことを意味しており、Q値の低下となって表れる。かかるQ値の熱弾性損失は、以下の説明においてQTEDと適宜、称される。なお、TEDは、Thermoelastic Dissipation/Dampingの略である。
【0014】
熱弾性損失は、下記の式1(ツェナーの方程式)によって表される。
【0015】
[数1]
【0016】
但し、式1においてEはヤング率、αは線膨張係数、Taは温度であり、ρ0は密度であり、Cpは単位体積当たりの比熱である。また、ωは振動の周波数であり、τは熱的時定数である。τは、熱容量と熱抵抗との積により規定される。τは、下記の式2によって表される。
【0017】
[数2]
【0018】
式2において、kは熱伝導率であり、hは振動子の厚さである。
【0019】
TEDは、ある特定の周波数で最大値となる。この点についての説明が、図2が参照されつつなされる。図2のグラフの横軸はωを示し、縦軸はQ値の逆数(1/Q)を示している。1/Qが大きいほどエネルギーロスが大きいことを意味する。
【0020】
図2のグラフにおいて、ωが小さい領域ではωτが1に対して十分に小さくなり、式1における(1+(ωτ)2)の項を1と近似できる。したがって、QTEDの特性は、ラインL1で示される特性(比例)に基づく特性を示すようになる。ラインL1で示される特性は、下記の式3により表すことができる。
【0021】
[数3]
【0022】
また、ωが大きい領域では、ωτが1よりも十分に大きくなり、(1+(ωτ)2)の項を(ωτ)2と近似することができる。したがって、QTEDの特性は、ラインL2で示される特性(反比例)に基づく特性を示すようになる。ラインL2で示される特性は、下記の式4により表すことができる。
【0023】
[数4]
【0024】
すなわち、QTEDの特性は、ラインL1およびラインL2を合成した特性に基づく、ラインL3で示される特性を示す。なお、ラインL3で示される特性は、概略的には、ωが小さい場合には、熱弾性効果によって発生する熱流が少ないので熱弾性損失、すなわち、1/QTEDが少ないことを示しており、ωが大きくなると、熱が完全に流れきる前に振動の向きが反転するため断熱的になり熱エネルギーの散逸、すなわち1/QTEDが小さくなることを示している。
【0025】
ラインL1とラインL2とが交わる点は、ω=1/τである。ω=1/τとなる周波数でQTEDが最大(ピーク)となり振動エネルギーが最も効率よく熱エネルギーとして散逸する。QTEDのピーク値は、下記の式5により表すことができる。
【0026】
[数5]
【0027】
通常、Q値を大きくするために、共振周波数が1/τとならないように、振動子の質量やばね係数が設計される。しかしながら、本発明では、この効果を積極的に利用する。上述したように、QTEDは熱流によって生じるので、熱流を制御することによってQTEDの効果を制御することができる。
【0028】
熱流を制御することにより、QTEDが最大となる周波数が変動する。この点についての説明が、図3Aおよび図3Bが参照されつつなされる。上述したように、図3AのラインL4は所定のQTEDの特性を示している。上述した式1をτで微分すると、式1は下記の式6となる。
【0029】
[数6]
【0030】
図3Bのグラフの縦軸は、
を示し(単位は任意単位)、横軸はω(rad/s)を示す。
【0031】
図3BのグラフにおけるラインLd4は、式6で示す特性に対応するラインである。ラインLd4において
が0になる箇所、すなわち、ω=1/τの箇所は、τを変えてもQ値が変化しない箇所である。反対に
が最大となる箇所、すなわち、ω=1/2τ、ω=2/τの箇所は、τの変化に応じたQ値の変化量が最大となる箇所である。
【0032】
なお、Q値の変化量が最大となる箇所のωの値は、厳密には、
であるが、本明細書では、ω=1/2τ、ω=2/τとそれぞれを適宜簡略して説明する。
【0033】
ここで、τ、すなわち、熱的時定数は、上述したように熱容量と熱抵抗とに規定される。一方、振動子の共振周波数ωは、メカニカルなパラメータ、具体的には、振動子の質量やバネ定数により規定される。つまり、熱的時定数および共振周波数は独立に制御可能である。
【0034】
例えば、2次元振動子の共振周波数ωが1/2τ付近となるように、バネ定数や質量を調整して2次元振動子を製造する。製造後の2次元振動子のQ値を測定し、問題がなければQ値の調整は行われない。Q値の調整が必要な場合は、熱抵抗を変化させることによりτを変化させる(具体的な方法については後述される。)。τが変化すると、図3AのラインL5やL6で示すように、QTEDの特性が変化する。ここで、例えば、共振周波数ωが1/2τ付近に設定されている場合には、QTEDの特性がラインL5に変化した場合には1/Qが大きくなることから、Q値が小さくなるようにQ値を調整することが可能となる。また、QTEDの特性がラインL6に変化した場合には1/Qが小さくなることから、Q値が大きくなるようにQ値を調整することが可能となる。
【0035】
また、例えば、振動子の共振周波数ωが2/τ付近に設定されている場合には、QTEDの特性がラインL5に変化した場合には1/Qが小さくなることから、Q値が大きくなるようにQ値を調整することが可能となる。また、QTEDの特性がラインL6に変化した場合には1/Qが大きくなることから、Q値が小さくなるようにQ値を調整することが可能となる。これにより、振動子の共振周波数を略変更することなくQ値の調整が可能となる。
【0036】
詳細は後述されるが、本発明では、直交する第1モード(例えば、x軸方向)および第2モード(例えば、y軸方向)におけるQ値を独立して制御可能とされる。したがって、それぞれのモードにおけるQ値を上述したように、τを変化させることで調整することにより、両モードにおけるQ値を一致させることができる。
【0037】
なお、τの値、つまりは図3Aに示されるラインL4の形は、熱容量と熱抵抗等の熱パラメータに応じて決定される。一方で、振動子の共振周波数ωは剛性や質量といった機械的パラメータに応じて、設計段階で決まっている。よって、トリミングによってτを上昇させることしかできない場合には、1/τとωとの大小によって、Q値を上げるかまたは下げるかは、一方のみが可能になる。したがって、Q値を上げることしかできない場合には、各モードにおけるQ値の低いほうを調整すればよく、Q値を下げることしかできない場合には、各モードにおけるQ値の高いほうを調整すればよい。
【0038】
次に、図4Aおよび図4Bが参照されつつ、リング型ワイングラス振動子における互いに直交するモードでQ値が独立して制御が可能である点に関する説明がなされる。図4Aは、モード1の一例であるx軸方向の振動子の振動(振動が縦および横に楕円状に延びる振動(所謂、ワイングラス振動))を模式的に示した図である。また、図4Bは、モード2の一例であるy軸方向の振動子の振動を模式的に示した図である。モード1、2が反対でもよい。図4Aおよび図4Bに示す振動は、45度回転する毎に軸対象となる、互いに直交する振動モードである。
【0039】
図4Aに示すx軸方向の振動および図4Bに示すy軸方向の振動において、温度勾配箇所が生じる箇所が参照符号AAおよび参照符号BBにより示されている。温度勾配箇所は、振動子の頂部(片持ち梁の振動子では支持部付近)で生じ、この箇所で熱流が発生する。例えば、参照符号AAの箇所に対する物理的な加工を振動子に対して行うことにより熱抵抗を変化させ、すなわち、τを変化させてQ値を変化させても、y軸方向の振動では、参照符号AAで示される箇所には、温度勾配箇所が生じず熱流が発生しない。つまり、x軸方向の振動のQ値を変化させてもy軸方向の振動のQ値に影響を与えない。反対に、参照符号BBの箇所に対する物理的な加工を振動子に対して行うことにより熱抵抗を変化させ、すなわち、τを変化させてQ値を変化させても、x軸方向の振動では、参照符号BBで示される箇所には、温度勾配箇所が生じず熱流が発生しない。つまり、y軸方向の振動のQ値を変化させてもx軸方向の振動のQ値に影響を与えない。したがって、x軸方向の振動におけるQ値とy軸方向の振動におけるQ値とを独立して制御することができる。
【0040】
以上から、振動子のQ値の調整は、次のように行われる。振動子の共振周波数ωが、例えば、1/2τ(2/τでもよい)付近になるように、振動子のバネ定数、質量等が調整された上で、振動子が製造される。製造後、x軸方向およびy軸方向のそれぞれのQ値が測定される。測定結果が問題ない場合、換言すれば、x軸方向およびy軸方向のそれぞれのQ値が一致している場合には、Q値の調整がなされない。
【0041】
Q値の調整が必要な場合には、調整対象のQ値が設定される。上述したように、Q値を上げるまたは下げるかは、振動子の共振周波数ωによって択一的に決定される。そこで、Q値を上げることしかできない場合は、低い方のQ値が調整対象として設定され、Q値を下げることしかできない場合は、高い方のQ値が調整対象として設定される。そして、調整対象のQ値が変化するように、熱抵抗すなわちτを変化させる加工が振動子に施されることによりQ値の調整がなされ、x軸方向のQ値とy軸方向のQ値とが一致させられる。以上を踏まえ、振動子の具体例およびτを変化させる物理的な加工の例に関する詳細な説明がなされる。
【0042】
なお、通常のばね-質量振動子においても、同様の原理でQ値をトリミング可能である。この場合には、X軸振動用とY軸振動用のばねが独立している。そのため、X軸振動用のばねの熱時定数τをトリミングすることでX軸のQ値を、Y軸振動用のばねの熱時定数τをトリミングすることでY軸のQ値を、それぞれ独立に調整できる。
【0043】
<一実施形態>
[振動子の形状]
始めに、本実施形態にかかる振動子の形状の一例についての説明がなされる。本実施形態にかかる振動子は、単一(1個)のモードマッチ(直交する2軸の共振周波数が一致)した2次元振動子であり、素材としてはシリコンや金属、酸化物等を使用することができる。なお、以下の説明では、x軸方向の振動のモード(第1モード)がモードM1、y軸方向の振動のモード(第2モード)がモードM2と適宜、称される。
【0044】
図5は、本発明の一実施形態にかかる2次元振動子(2次元振動子10)の形状例を示す図である。なお、図5では、図示が煩雑となることを防止するために、構造体に関する図示が省略されている。
【0045】
図5に示すように、2次元振動子10は、円形状の基部11と、基部11の外周側に対して同心円状に配置されたリング部12、リング部13を有している。リング部12は内側に配置され、リング部13は外側に配置されている。このように、2次元振動子10は、複数のリング部を有する多重リング構造を有している。なお、リング部の個数は3個以上であってもよいし、1個であってもよい。
【0046】
リング部12およびリング部13は、例えば、16分割されている。分割されたリング部のうち隣接する2個のリング部が一対の梁部に接続されている。具体的には、図5に示すように、リング部12a(16分割されたリング部12のうち隣接する2個分のリング部)が、一対の梁部15aの一端側に接続されている。一対の梁部15aの他端側が基部11に接続されている。同様に、リング部12bが、一対の梁部15bの一端側に接続されている。一対の梁部15bの他端側は基部11に接続されている。同様に、リング部12cが、一対の梁部15cの一端側に接続されている。一対の梁部15cの他端側は基部11に接続されている。リング部12d~12hについても同様に、一対の梁部15d~15hの一端側にそれぞれ接続されている。一対の梁部15c~15hのそれぞれの他端側が基部11に接続されている。
【0047】
また、図5に示すように、リング部13a(16分割されたリング部13のうち隣接する2個分のリング部)が、一対の梁部16aの一端側に接続されている。一対の梁部16aの他端側がリング部12aに接続されている。同様に、リング部13bが、一対の梁部16bの一端側に接続されている。一対の梁部16bの他端側がリング部12bに接続されている。同様に、リング部13cが、一対の梁部16cの一端側に接続されている。一対の梁部16cの他端側がリング部12cに接続されている。リング部13d~13hについても同様に、一対の梁部16d~16hの一端側にそれぞれ接続されている。一対の梁部16d~16hの他端側が、リング部12d~12hのそれぞれに接続されている。かかる構造により、リング部12、13が全体として支持されている。
【0048】
かかる構造を有する2次元振動子10を振動させた場合(例えば、n=2のワイングラス振動モード)に、上述したように、温度勾配箇所が生じる箇所が振動のモードにより異なる。モードM1の振動では、図6Aに示すように、一対の梁部15aの梁部間および一対の梁部16aの梁部間に温度勾配が発生する。なお、図6Aにおいて、参照符号H1で示される箇所が昇温箇所であり、参照符号C1で示される箇所が降温箇所である。モードM1の振動では、このような温度勾配が、一対の梁部15cの梁部間、一対の梁部15eの梁部間および一対の梁部15gの梁部間にも発生する。
【0049】
一方、図6Bに示すように、モードM1の振動では、一対の梁部15aとリング部12aとの接続箇所に対して45度ずれた箇所である一対の梁部15bの梁部間では、振動によって生じる温度変化が一対の梁部に対称に生じるため温度勾配が発生しない。同様に、モードM1の振動では、一対の梁部15dの梁部間、一対の梁部15fの梁部間および一対の梁部15hの梁部間では、熱勾配が発生しない。
【0050】
反対に、図7Aに示すように、モードM2の振動では、一対の梁部15aの梁部間に温度勾配は発生しない。同様に、一対の梁部15cの梁部間、一対の梁部15eの梁部間および一対の梁部15gの梁部間でも温度勾配は発生しない。一方、モードM2の振動では、図7Bに示すように、一対の梁部15bの梁部間に温度勾配が発生する。同様に、モードM2の振動では、一対の梁部15dの梁部間、一対の梁部15fの梁部間および一対の梁部15hの梁部間に熱勾配が発生する。
【0051】
そこで、熱勾配が発生し、熱流が発生する箇所、すなわち、梁部間に熱流の経路(パス)を追加したり、熱流を遮断することにより熱抵抗を変化させ、τを変化させる。τを変化させることで上述したようにQ値の調整が可能となる。
【0052】
なお、製造後の2次元振動子10に熱流の経路を追加することは容易ではない。そこで、本実施形態では、2次元振動子10の梁部間に、梁部間を連結する加工可能部材を予め設けている。具体的には、図8に示すように、一対の梁部15aの梁部間に加工可能部材20aが設けられており、一対の梁部16aの梁部間に加工可能部材25aが設けられている。図示は省略しているが、同様にして、一対の梁部15bの梁部間に加工可能部材20bが設けられており、一対の梁部16bの梁部間に加工可能部材25bが設けられている。同様に、一対の梁部15c~15hのそれぞれの梁部間に加工可能部材20c~20hがそれぞれ設けられており、一対の梁部16c~16hのそれぞれの梁部間に加工可能部材25c~25hがそれぞれ設けられている。このように、2次元振動子10は、複数個の加工可能部材を有している。
【0053】
本実施形態では、加工可能部材20a~20h、および、加工可能部材25a~25hが特許請求の範囲における構造体に対応している。また、加工可能部材20a、20c、20e、20g、および、加工可能部材25a、25c、25e、25gは、モードM1で2次元振動子10が振動した際に生じる温度勾配箇所を連結する第1連結体に対応する。上述したように、第1連結体で連結される箇所は、2次元振動子10がモードM2で動作した際には温度勾配が生じない箇所である。また、加工可能部材20b、20d、20f、20h、および、加工可能部材25b、25d、25f、25hは、モードM2で2次元振動子10が振動した際に生じる温度勾配箇所を連結する第2連結体に対応する。上述したように、第2連結体で連結される箇所は、2次元振動子10がモードM1で動作した際には温度勾配が生じない箇所である。なお、以下の説明において、個々の加工可能部材を区別する必要がない場合は、加工可能部材20、加工可能部材25と適宜、略称される。
【0054】
加工可能部材20、25は、機械的に弱く、熱をよく通すもの、例えば、線状の金属やシリコン等により構成される。加工可能部材20、25のスチフネスは、所定値以下に設定されている。所定値は、2次元振動子10の形状、構造等に応じて適切に設定される。加工可能部材20、25のスチフネスが所定値以下に設定されることにより、2次元振動子10の共振周波数ωに影響を与えないようにすることができる。スチフネスを所定値以下とするために、本実施形態では、加工可能部材20、25が蛇腹状の形状を有している。
【0055】
加工可能部材20、25に対しては、レーザーやFIB(Focused Ion Beam)による切断加工が可能とされる。Q値の調整が必要な場合には、加工可能部材20、25が適宜、切断される。
【0056】
例えば、x軸方向のQ値を調整したい場合には、図9Aに示すように、例えば、加工可能部材20a、25aを切断すればよい。加工可能部材20a、25aが切断されると、一対の梁部15aの梁部間の熱抵抗および一対の梁部16aの梁部間の熱抵抗を変化させることができ、τを変化させることできるので、x軸方向のQ値を調整することができる。その一方、図10Aに示すように、加工可能部材20a、25aが切断されても、モードM2の振動では、一対の梁部15aの梁部間および一対の梁部16aの梁部間には熱勾配が発生しない。したがって、加工可能部材20a、25aが切断されても、y軸方向のQ値に影響を与えない。
【0057】
y軸方向のQ値を調整したい場合には、図10Bに示すように、例えば、加工可能部材20b、25bを切断すればよい。加工可能部材20b、25bが切断されると、一対の梁部15bの梁部間の熱抵抗および一対の梁部16bの梁部間の熱抵抗を変化させることができ、τを変化させることできるので、y軸方向のQ値を調整することができる。その一方、図9Bに示すように、加工可能部材20b、25bが切断されても、モードM1の振動では、一対の梁部15bの梁部間および一対の梁部16bの梁部間には熱勾配が発生しない。したがって、加工可能部材20b、25bが切断されても、x軸方向のQ値に影響を与えない。なお、その他の箇所の加工可能部材が適宜、切断されてもよい。
【0058】
以上説明したように、本実施形態によれば、2次元振動子10に構造体を設けることにより、互いに直交するモードM1、M2におけるそれぞれのQ値を独立して制御することができる。また、構造体のうちの適宜な加工可能部材を切断するだけでよいので、簡単にQ値を調整することができる。
【0059】
<変形例>
以上、本発明の一実施形態について具体的に説明したが、本発明は、上述した実施形態に限定されるものではなく各種の変形が可能である。以下、変形例に関する説明がなされる。
【0060】
[変形例1]
図11A図11Cが参照されつつ、変形例1に関する説明がなされる。図11Aは、リング部12a付近を拡大して示した図である。一対の梁部15aの一方の梁部から他方の梁部に対しては、リング部12aを経由して流れる熱流も存在する。図11Aおよび図11Cでは、矢印により熱流が示されている。なお、以下では、説明を簡略化するために、リング部13a、一対の梁部16aおよび加工可能部材25aについては考えないものとする。
【0061】
一対の梁部15aのそれぞれの熱抵抗をR1、R4(但しR4=R1)、リング部12aの熱抵抗をR2、加工可能部材20aの熱抵抗をR3とする。各抵抗の接続関係は、図11Bに示すように、抵抗R1、R2、R4が直列接続され、抵抗R2と抵抗R3とが並列に接続されたものとなる。図11BにおけるスイッチSWは、加工可能部材20aが切断されていない場合はオンとなり、加工可能部材20aが切断された場合はオフとなることを示している。加工可能部材20aが切断された場合の合成抵抗は、下記の式12で表すことができる。
【0062】
[数12]
【0063】
加工可能部材20aが切断されていない場合の合成抵抗は、下記の式13で表すことができる。
【0064】
[数13]
【0065】
ここで、抵抗R2、すなわち、リング部12aの熱抵抗が小さい場合には、式10および式11の何れの合成抵抗も2R1となる。換言すれば、リング部12aの熱抵抗が小さい場合には、加工可能部材20aをカットして熱抵抗を変化させても意味をなさない(Q値の調整が適切に行えない)虞がある。
【0066】
そこで、熱流の経路であるリング部12aの熱抵抗を大きくする構成が2次元振動子10に追加されてもよい。例えば、図11Cに示すように、リング部12aに、断面積を小さくすることにより抵抗R2を大きくする開口部31が設けられてもよい。開口部31は、例えば、3個の円形の開口部31a、31b、31cを含む。もちろん、開口部31の形状や個数は、適宜、変更することができる。また、リング部12aだけでなく、リング部13aやリング部12、13のそれぞれにおける適宜な箇所に開口部31が形成されてもよい。
【0067】
なお、トリミングにより、僅かではあるが剛性が変化するので、2次元振動子10の共振周波数ωが変化し得る。そこで、図12に示すように、2次元振動子10に、質量の変化を補償する錘35が設けられてもよい。この質量は、振動子と同じ対称性で配置されている。トリミングによってX軸とY軸に共振周波数の差ができてしまった場合には、低い共振周波数を持つ軸に対応する質量をトリミングすることで、共振周波数を上昇させ、最終的にマッチングさせることができる。錘35が設けられる箇所は特に限定されるものではないが、好ましくは、熱流が流れない箇所に設けられる。
【0068】
[変形例2]
2次元振動子10の形状は、上述した実施形態で例示された形状に限定されるものではない。例えば、リング状の基部の内側に梁部で支持されたリング部を有する形状の2次元振動子でもよい。2次元振動子がワイングラス振動することにより、外周側が昇温(または降温)し、内周側が降温(または昇温)する。そこで、図13Aに示すように、リング部(リング部18)に複数の孔部41(図13Aでは、孔部41a、41b、41c、41d、41eが示されている。)が設けられ、各開口に、外周側と内周側とを接続する加工可能部材42(図13Aでは、加工可能部材42a、42b、42c、42d、42eが示されている。)が設けられてもよい。そして、実施形態と同様の原理により、適宜な加工可能部材(図13Bに示す例では、加工可能部材42c)を切断することにより、Q値を調整することができる。
【0069】
なお、図14Aに示すように、孔部41に対応するように錘51(図14Aでは、錘51a、51b、51c、51d、51eが示されている。)が設けられていてもよい。リング部18が、外側に延びてその後に内側に縮む振動を繰り返す場合に、上述したように、外周側と内周側とを接続する加工可能部材をカットするとリング部18の剛性が低下する。かかる剛性の低下が、共振周波数ωの減少を招来し得る。そこで、図14Bに示すように、切断した加工可能部材、具体的には、加工可能部材42cに対応する錘51cの質量を小さくする。例えば、錘51cの全部を除去したり、錘51cの一部を削る等することにより、2次元振動子の質量を減少させ、これにより、共振周波数ωを大きくする。このように、共振周波数ωの変化を補償することもできる(共振周波数ωを微調整することができる。)。
【0070】
なお、図15Aに示すように、1個の開口(開口61)の内側に複数の加工可能部材(例えば、リング部18の外周側と内周側とを接続する5個の加工可能部材71a、71b、71c、71d、71e)が形成されていてもよい。かかる構成の場合に、図15Bに示すように複数の加工可能部材のうち全ての加工可能部材が切断されてもよいし、一部の加工可能部材が切断されてもよい。
【0071】
[変形性3]
2次元振動子は、ワイングラス振動をするリング型のものに限らず、図16に示すような、質量がX軸、Y軸それぞれのばねで支えられた構造の2次元振動子(2次元振動子81)でもよい。この場合は、それぞれの軸用のばねの内部(例えば、図16A図17Aに示すX軸用のばね82)に、図17Bに示すような熱弾性効果による温度分布ができる。よって、図17Cに示すように、例えば、ばねの中心にスリット(スリット85a~85d)を形成し、この部分を多数の低剛性ばねで熱的に結合させることで、Q値のトリミングが可能となる。図17Cに示される例では、各スリットに2個のばねからなる低剛性ばね86a~86dが形成されている。対応するばねのトリミング用構造を切断、もしくは切り欠くことで、熱時定数を変化させ、その軸のQ値のみを調整できる。
【0072】
[その他の変形例]
上述した実施形態では、加工可能部材が切断される例について説明したが、切断ではなく切り欠かれてもよい(完全に切断されなくてもよい。)。
【0073】
上述した実施形態において挙げた構成、方法、工程、形状、材料および数値などはあくまでも例に過ぎず、必要に応じてこれと異なる構成、方法、工程、形状、材料および数値などを用いてもよい。また、本発明は、装置、方法、複数の装置からなるシステム(クラウドシステム等)により実現することができ、実施形態および変形例で説明した事項は、技術的な矛盾が生じない限り相互に組み合わせることができる。
【符号の説明】
【0074】
10・・・2次元振動子
12,13・・・リング部
15,16・・・一対の梁部
20,25・・・加工可能部材
31・・・開口部
35,51・・・錘
41・・・孔部
M1・・・x軸方向の振動モード
M2・・・y軸方向の振動モード
図1
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