IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ ヤマハ発動機株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-フィルタ装置及びモータの制御装置 図1
  • 特許-フィルタ装置及びモータの制御装置 図2
  • 特許-フィルタ装置及びモータの制御装置 図3
  • 特許-フィルタ装置及びモータの制御装置 図4
  • 特許-フィルタ装置及びモータの制御装置 図5A
  • 特許-フィルタ装置及びモータの制御装置 図5B
  • 特許-フィルタ装置及びモータの制御装置 図6
  • 特許-フィルタ装置及びモータの制御装置 図7A
  • 特許-フィルタ装置及びモータの制御装置 図7B
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-11
(45)【発行日】2024-03-19
(54)【発明の名称】フィルタ装置及びモータの制御装置
(51)【国際特許分類】
   H02P 23/04 20060101AFI20240312BHJP
   H03H 21/00 20060101ALI20240312BHJP
   G05B 11/36 20060101ALI20240312BHJP
【FI】
H02P23/04
H03H21/00
G05B11/36 501E
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2020176594
(22)【出願日】2020-10-21
(65)【公開番号】P2022067796
(43)【公開日】2022-05-09
【審査請求日】2023-04-06
(73)【特許権者】
【識別番号】000010076
【氏名又は名称】ヤマハ発動機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100115381
【弁理士】
【氏名又は名称】小谷 昌崇
(74)【代理人】
【識別番号】100127797
【弁理士】
【氏名又は名称】平田 晴洋
(72)【発明者】
【氏名】渋谷 功
(72)【発明者】
【氏名】森 翔太
(72)【発明者】
【氏名】長森 基樹
【審査官】谿花 正由輝
(56)【参考文献】
【文献】特開平06-078575(JP,A)
【文献】特開平06-253564(JP,A)
【文献】国際公開第2017/208701(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02P 23/04
H03H 21/00
G05B 11/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
負荷を駆動するモータと前記負荷とが共振周波数で振動することの抑制に用いられるフィルタ装置であって、
前記モータの回転速度の指令を示す速度指令信号と前記モータの回転速度の検出結果を示す速度検出信号との差に対応して、前記共振周波数の信号成分を有し得る電流指令信号が入力される入力端子と、
信号を出力する出力端子と、
前記入力端子と前記出力端子との間に配置され、前記電流指令信号からフィルタ係数に応じた周波数の信号成分を除去して補正電流指令信号を生成する適応フィルタと、
前記速度指令信号と前記速度検出信号との差分信号に基づいて、前記適応フィルタにおいて前記電流指令信号から前記共振周波数の信号成分の除去が可能となるように、前記フィルタ係数を調整する調整処理を行うフィルタ調整部と、
前記出力端子の状態として、前記電流指令信号の前記適応フィルタへの通過を規制することで前記電流指令信号を前記出力端子から出力させる第1状態と、前記電流指令信号の前記適応フィルタへの通過を許容することで前記補正電流指令信号を前記出力端子から出力させる第2状態とで切り替え可能な切替部と、を備え、
前記切替部は、前記フィルタ調整部による前記調整処理の完了前においては前記第1状態を維持し、前記調整処理の完了後に前記第1状態から前記第2状態へ切り替える、フィルタ装置。
【請求項2】
前記フィルタ調整部は、
前記差分信号にノイズ除去処理を施して振動データを生成する振動データ生成部と、
前記振動データ生成部が前記振動データを生成するごとに当該振動データを逐次保持するとともに、その逐次保持した振動データを循環出力して連続させて循環データを生成するデータ保持部と、
前記循環データに基づいて、前記共振周波数を算出する周波数演算部と、
前記周波数演算部によって算出された前記共振周波数に基づいて、当該共振周波数の信号成分を前記電流指令信号から除去することが可能な前記フィルタ係数を算出する係数算出部と、を含む、請求項1に記載のフィルタ装置。
【請求項3】
前記データ保持部は、前記循環データを生成する際には、循環出力した前記振動データのデータ列において最後尾の値が先頭の値と一致するように前記データ列の最後尾部分をカットし、そのカット後の前記データ列を連続させて前記循環データを生成する、請求項2に記載のフィルタ装置。
【請求項4】
前記適応フィルタは、前記電流指令信号から前記補正電流指令信号を生成するための構造として、信号に前記フィルタ係数を乗算して乗算信号を生成する乗算器と、信号を遅延させた遅延信号を生成する遅延器と、を含み、
前記遅延器は、前記切替部による前記第1状態から前記第2状態への切り替えに応じて前記電流指令信号の通過が許容された前記適応フィルタの初期動作において、前記電流指令信号と一致する前記補正電流指令信号の生成が可能となるように、前記遅延信号の初期値が設定されている、請求項1~3のいずれか1項に記載のフィルタ装置。
【請求項5】
負荷を駆動するモータの制御装置であって、
請求項1~4のいずれか1項に記載のフィルタ装置と、
前記入力端子に接続され、前記速度指令信号と前記速度検出信号とに基づいて、前記電流指令信号を生成する速度制御部と、
前記出力端子に接続され、当該出力端子から出力された信号に基づいて、前記モータを回転させるためのモータ電流信号を生成する電流制御部と、を備える、モータの制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、負荷とモータの共振周波数での振動の抑制に用いられるフィルタ装置、及びそれを備えたモータの制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、負荷を駆動するモータの制御装置として、負荷とモータとが共振周波数で振動することを抑制するためのフィルタ装置を備えたものが知られている(例えば特許文献1参照)。
【0003】
特許文献1に開示されるフィルタ装置は、ノッチフィルタと、当該ノッチフィルタを調整するフィルタ調整部とを含む適応ノッチフィルタによって構成されている。この適応ノッチフィルタでは、フィルタ調整部は、ノッチフィルタを通過する電流指令信号から共振周波数の信号成分が除去されるように、ノッチフィルタのノッチ周波数を調整する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第2004/049550号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
電流指令信号のノッチフィルタへの通過に応じてフィルタ調整部によるノッチ周波数の調整が進み、ノッチ周波数が共振周波数にある程度近づいてくると、負荷及びモータの振動が収まるようになる。負荷及びモータの振動が収まると、ノッチフィルタに入力される電流指令信号に共振周波数の信号成分が含まれなくなる。このため、ノッチ周波数が共振周波数と一致していないにも関わらず、フィルタ調整部によるノッチ周波数の調整が進まなくなる。この結果、経年変化などによって負荷等の特性が少し変化しただけで、負荷及びモータが再び振動状態に陥る現象が生じ得る。つまり、負荷及びモータの振動を安定的に抑制することが困難である。また、フィルタ調整部が共振周波数と一致するようにノッチ周波数を調整しようとすると、そのフィルタ調整部の動作が暴走状態となる虞がある。この場合、フィルタ装置の挙動が不安定になる現象が生じ得る。
【0006】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、負荷及びモータの振動を安定的に抑制することが可能なフィルタ装置及びモータの制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一の局面に係るフィルタ装置は、負荷を駆動するモータと前記負荷とが共振周波数で振動することの抑制に用いられる装置である。このフィルタ装置は、前記モータの回転速度の指令を示す速度指令信号と前記モータの回転速度の検出結果を示す速度検出信号との差に対応して、前記共振周波数の信号成分を有し得る電流指令信号が入力される入力端子と、信号を出力する出力端子と、前記入力端子と前記出力端子との間に配置され、前記電流指令信号からフィルタ係数に応じた周波数の信号成分を除去して補正電流指令信号を生成する適応フィルタと、前記速度指令信号と前記速度検出信号との差分信号に基づいて、前記適応フィルタにおいて前記電流指令信号から前記共振周波数の信号成分の除去が可能となるように、前記フィルタ係数を調整する調整処理を行うフィルタ調整部と、前記出力端子の状態として、前記電流指令信号の前記適応フィルタへの通過を規制することで前記電流指令信号を前記出力端子から出力させる第1状態と、前記電流指令信号の前記適応フィルタへの通過を許容することで前記補正電流指令信号を前記出力端子から出力させる第2状態とで切り替え可能な切替部と、を備える。前記切替部は、前記フィルタ調整部による前記調整処理の完了前においては前記第1状態を維持し、前記調整処理の完了後に前記第1状態から前記第2状態へ切り替える。
【0008】
このフィルタ装置によれば、フィルタ調整部は、入力端子に入力される電流指令信号から、適応フィルタにおいて共振周波数の信号成分の除去が可能となるように、適応フィルタのフィルタ係数を調整する調整処理を行う。この際、フィルタ調整部による調整処理の完了前においては、電流指令信号の適応フィルタへの通過を規制する第1状態が維持されている。一方、フィルタ調整部による調整処理の完了後に、第1状態から、電流指令信号の適応フィルタへの通過を許容する第2状態に切り替えられる。
【0009】
つまり、フィルタ調整部は、電流指令信号の適応フィルタへの通過に応じてフィルタ係数の調整を進めるのではなく、電流指令信号の適応フィルタへの通過が規制された状態でフィルタ係数を調整する。フィルタ調整部は、適応フィルタによる電流指令信号の所定周波数の信号成分を除去する動作とは独立して、適応フィルタにおけるフィルタ係数を調整する。このため、フィルタ調整部は、電流指令信号から共振周波数の信号成分の除去が可能なフィルタ係数を正確に導出することができる。したがって、電流指令信号の適応フィルタへの通過を許容する第2状態に切り替えられたときには、フィルタ調整部により導出されたフィルタ係数が設定された適応フィルタの動作によって、負荷及びモータの共振周波数での振動を安定的に抑制することができる。
【0010】
上記のフィルタ装置において、前記フィルタ調整部は、前記差分信号にノイズ除去処理を施して振動データを生成する振動データ生成部と、前記振動データ生成部が前記振動データを生成するごとに当該振動データを逐次保持するとともに、その逐次保持した振動データを循環出力して連続させて循環データを生成するデータ保持部と、前記循環データに基づいて、前記共振周波数を算出する周波数演算部と、前記周波数演算部によって算出された前記共振周波数に基づいて、当該共振周波数の信号成分を前記電流指令信号から除去することが可能な前記フィルタ係数を算出する係数算出部と、を含む構成であってもよい。
【0011】
この態様では、電流指令信号の適応フィルタへの通過が規制された第1状態において、データ保持部は、振動データ生成部が振動データを生成するごとに当該振動データを逐次保持する。この振動データは、モータの回転速度に関する信号である速度指令信号と速度検出信号との差分信号に基づくものであるので、負荷及びモータの振動に影響を及ぼす影響因子となる。そして、データ保持部は、逐次保持した振動データを循環出力して連続させて循環データを生成する。このような振動データに基づく循環データも、負荷及びモータの振動の影響因子となる。
【0012】
周波数演算部は、負荷及びモータの振動の影響因子となる循環データに基づいて共振周波数を算出するので、負荷及びモータの振動時の共振周波数を正確に算出することができる。このような共振周波数に基づいて係数算出部が適応フィルタのフィルタ係数を算出することにより、電流指令信号から共振周波数の信号成分の除去が可能なフィルタ係数を正確に導出することができる。
【0013】
上記のフィルタ装置において、前記データ保持部は、前記循環データを生成する際には、循環出力した前記振動データのデータ列において最後尾の値が先頭の値と一致するように前記データ列の最後尾部分をカットし、そのカット後の前記データ列を連続させて前記循環データを生成する構成であってもよい。
【0014】
この態様では、データ保持部は、循環出力した振動データのデータ列を連続させて循環データを生成する。この際、振動データのデータ列において先頭の値と最後尾の値との差が大きい場合には、循環データにおけるデータ列同士の接続部に不連続部分が生じる。循環データに不連続部分が生じると、その循環データに基づいて周波数演算部が共振周波数を算出するときに、正確な共振周波数を算出できない場合がある。そこで、データ保持部は、循環出力した振動データのデータ列において最後尾の値が先頭の値と一致するようにデータ列の最後尾部分をカットし、そのカット後のデータ列を連続させて循環データを生成する。これにより、循環データに不連続部分が生じることを抑制できるため、その循環データに基づいて周波数演算部が正確な共振周波数を算出できる。
【0015】
上記のフィルタ装置において、前記適応フィルタは、前記電流指令信号から前記補正電流指令信号を生成するための構造として、信号に前記フィルタ係数を乗算して乗算信号を生成する乗算器と、信号を遅延させた遅延信号を生成する遅延器と、を含み、前記遅延器は、前記切替部による前記第1状態から前記第2状態への切り替えに応じて前記電流指令信号の通過が許容された前記適応フィルタの初期動作において、前記電流指令信号と一致する前記補正電流指令信号の生成が可能となるように、前記遅延信号の初期値が設定されている構成であってもよい。
【0016】
フィルタ調整部による調整処理の完了前において、切替部によって第1状態が維持されているときには、電流指令信号の適応フィルタへの通過が規制されて、当該電流指令信号がそのまま出力端子から出力される。一方、フィルタ調整部による調整処理の完了後において、切替部によって第1状態から第2状態に切り替えられたときには、電流指令信号の適応フィルタへの通過が許容されて、適応フィルタにより生成された補正電流指令信号が出力端子から出力される。つまり、切替部による第1状態から第2状態への切り替えに応じて電流指令信号の通過が許容された適応フィルタの初期動作においては、出力端子から出力される信号が電流指令信号から補正電流指令信号に切り替わる。
【0017】
この際、電流指令信号と補正電流指令信号との差が大きい場合には、適応フィルタの初期動作に応じて出力端子から出力される信号が急激に変化し、これに伴ってモータに供給される電流が急激に変化する。この場合、モータによって駆動される負荷が危険な動きをすることが想定される。そこで、適応フィルタの構造として組み込まれている遅延器により生成される遅延信号の初期値が、適応フィルタの初期動作において電流指令信号と一致する補正電流指令信号の生成が可能となるような値に設定される。これにより、適応フィルタの初期動作に応じて出力端子から出力される信号の急激な変化を抑制できる。このため、出力端子から出力される信号に応じてモータに供給される電流の急激な変化を抑制できるので、モータによって駆動される負荷の危険な動きを防止できる。
【0018】
本発明の他の局面に係る制御装置は、負荷を駆動するモータの制御装置である。このモータの制御装置は、上記のフィルタ装置と、前記入力端子に接続され、前記速度指令信号と前記速度検出信号とに基づいて、前記電流指令信号を生成する速度制御部と、前記出力端子に接続され、当該出力端子から出力された信号に基づいて、前記モータを回転させるためのモータ電流信号を生成する電流制御部と、を備える。
【発明の効果】
【0019】
以上説明したように、本発明によれば、負荷及びモータの振動を安定的に抑制することが可能なフィルタ装置及びモータの制御装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明の一実施形態に係るフィルタ装置が適用されたモータ制御装置の構成を示すブロック図である。
図2】フィルタ装置のブロック図であって、切替部が第1状態を維持した場合を示す図である。
図3】フィルタ装置のブロック図であって、切替部が第1状態から第2状態に切り替えた場合を示す図である。
図4】フィルタ装置に備えられるフィルタ調整部の構成を示すブロック図である。
図5A】フィルタ調整部のデータ保持部がカット処理を行わずに、振動データから循環データを生成するときの動作を説明するための図である。
図5B】フィルタ調整部のデータ保持部がカット処理を行って、振動データから循環データを生成するときの動作を説明するための図である。
図6】フィルタ装置に備えられる適応フィルタの構造を示すブロック図である。
図7A】フィルタ装置の出力端子から出力される信号の波形を示す図であって、適応フィルタの遅延器における遅延信号の初期値がゼロに設定されている場合の図である。
図7B】フィルタ装置の出力端子から出力される信号の波形を示す図であって、適応フィルタの遅延器における遅延信号の初期値が調整されている場合の図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施形態に係るフィルタ装置及びそれを備えたモータの制御装置について、図面に基づいて説明する。
【0022】
[モータ制御装置について]
図1は、本発明の一実施形態に係るフィルタ装置5が適用されたモータ制御装置1の構成を示すブロック図である。モータ制御装置1は、負荷9を駆動するモータ8の制御を行う制御装置である。モータ制御装置1は、位置制御部2と、速度制御部3と、速度検出部4と、フィルタ装置5と、電流制御部6と、位置検出部7と、を備えている。
【0023】
位置検出部7は、例えばエンコーダから構成されている。位置検出部7は、モータ8におけるモータ軸の回転角度を検出し、その検出結果を示す位置検出信号PS2を出力する。位置検出部7から出力された位置検出信号PS2は、位置制御部2と速度検出部4とに入力される。
【0024】
位置制御部2には、位置検出部7からの位置検出信号PS2が入力されるとともに、位置指令信号PS1が入力される。位置指令信号PS1は、モータ8の回転角度位置の指令を示す信号である。位置制御部2は、位置指令信号PS1と位置検出信号PS2とに基づいて、モータ8の回転速度の指令を示す速度指令信号SS1を出力する。位置制御部2から出力された速度指令信号SS1は、速度制御部3に入力される。
【0025】
速度検出部4は、位置検出信号PS2に基づいてモータ8の回転速度を検出し、その検出結果を示す速度検出信号SS2を出力する。速度検出部4から出力された速度検出信号SS2は、速度制御部3に入力される。
【0026】
速度制御部3には、位置制御部2からの速度指令信号SS1が入力されるとともに、速度検出部4からの速度検出信号SS2が入力される。速度制御部3は、速度指令信号SS1と速度検出信号SS2とに基づいて、電流指令信号CS1を生成して出力する。電流指令信号CS1は、モータ8に供給する電流を指令することにより、モータ8の回転速度を制御するための信号である。
【0027】
速度制御部3は、速度指令信号SS1と速度検出信号SS2との差となる速度誤差に速度ゲインを乗算して電流指令信号CS1を生成する。この際、速度ゲインを大きい値に設定することにより、速度誤差に対して大きな加速度でモータ8の速度の修正が可能となるため、短い時間で速度誤差が小さくなり、高精度の速度制御が可能となる。しかし、速度ゲインを大きい値に設定すると、モータ8と負荷9とが共振周波数で振動する可能性が高まる。つまり、速度制御部3から出力される電流指令信号CS1は、速度指令信号SS1と速度検出信号SS2との差に対応して、共振周波数の信号成分を有し得る信号である。
【0028】
速度制御部3は、フィルタ装置5の入力端子51に接続されている。速度制御部3から出力された電流指令信号CS1は、入力端子51を介してフィルタ装置5に入力される。
【0029】
フィルタ装置5は、モータ8と負荷9とが共振周波数で振動することの抑制に用いられる装置である。フィルタ装置5は、入力端子51に入力された電流指令信号CS1に所定の処理を施して、出力端子52から信号を出力する。このフィルタ装置5の詳細については、後述する。
【0030】
電流制御部6は、フィルタ装置5の出力端子52に接続されている。電流制御部6は、出力端子52から出力された信号に基づいて、モータ8を回転させるためのモータ電流信号MCSを生成して出力する。電流制御部6から出力されたモータ電流信号MCSは、モータ8に入力される。モータ8にモータ電流信号MCSが入力されると、モータ8のモータ軸が回転する。モータ軸が回転すると、当該モータ軸に連結された負荷9が駆動する。
【0031】
[フィルタ装置について]
図1に加えて図2及び図3のブロック図を参照して、フィルタ装置5について説明する。フィルタ装置5は、入力端子51と、出力端子52と、適応フィルタ53と、フィルタ調整部54と、切替部55と、を備えている。
【0032】
入力端子51は、速度制御部3から出力される信号であって、共振周波数の信号成分を有し得る電流指令信号CS1が入力される端子である。出力端子52は、フィルタ装置5から信号を出力するための端子である。
【0033】
適応フィルタ53は、入力端子51と出力端子52との間に配置されている。適応フィルタ53は、例えば、フィルタ係数が変更可能なノッチフィルタから構成されている。適応フィルタ53は、入力端子51に入力された電流指令信号CS1からフィルタ係数に応じた周波数の信号成分を除去して補正電流指令信号CCSを生成する。具体的には、適応フィルタ53は、電流指令信号CS1において、フィルタ係数に応じた周波数帯の信号成分を減衰させて除去するとともに、それ以外の周波数帯の信号成分の通過を許容することにより、補正電流指令信号CCSを生成する。
【0034】
フィルタ調整部54は、適応フィルタ53のフィルタ係数を調整する調整処理を行う。フィルタ調整部54は、速度指令信号SS1と速度検出信号SS2との差分信号DS(後記の図4参照)に基づいて、適応フィルタ53において電流指令信号CS1から共振周波数の信号成分の除去が可能となるようにフィルタ係数を調整する。
【0035】
切替部55は、第1切替端子551と第2切替端子552とを含む。切替部55は、出力端子52の状態を第1状態と第2状態とで切り替え可能に構成されている。切替部55は、出力端子52と第1切替端子551とを接続することにより、出力端子52を第1状態とする(図2参照)。切替部55は、出力端子52と第2切替端子552とを接続することにより、出力端子52を第2状態とする(図3参照)。切替部55は、図2の第1状態において、入力端子51に入力された電流指令信号CS1の適応フィルタ53への通過を規制することで、当該電流指令信号CS1を第1切替端子551を介して出力端子52から出力させる。一方、図3の第2状態において、切替部55は、入力端子51に入力された電流指令信号CS1の適応フィルタ53への通過を許容することで、適応フィルタ53により生成される補正電流指令信号CCSを第2切替端子552を介して出力端子52から出力させる。
【0036】
切替部55は、フィルタ調整部54によるフィルタ係数を調整する調整処理の完了前においては第1状態を維持する。一方、フィルタ調整部54による調整処理の完了後において、切替部55は、第1状態から第2状態へ切り替える。
【0037】
切替部55を備えたフィルタ装置5では、フィルタ調整部54は、電流指令信号CS1の適応フィルタ53への通過に応じてフィルタ係数の調整を進めるのではない。フィルタ調整部54は、切替部55が第1状態を維持して電流指令信号CS1の適応フィルタ53への通過が規制された状態で、フィルタ係数を調整する。フィルタ調整部54は、適応フィルタ53による電流指令信号CS1の所定周波数の信号成分を除去する動作とは独立して、適応フィルタ53におけるフィルタ係数を調整する。このため、フィルタ調整部54は、電流指令信号CS1から共振周波数の信号成分の除去が可能なフィルタ係数を正確に導出することができる。したがって、切替部55によって電流指令信号CS1の適応フィルタ53への通過を許容する第2状態に切り替えられたときには、フィルタ調整部54により導出されたフィルタ係数が設定された適応フィルタ53の動作によって、負荷9及びモータ8の共振周波数での振動を安定的に抑制することができる。しかも、フィルタ調整部54による調整処理においてフィルタ調整部54の動作が暴走状態となることも回避されている。このため、フィルタ装置5の挙動の安定性が確保され、モータ制御装置1の制御系全体の安定性も確保される。
【0038】
図4は、フィルタ装置5に備えられるフィルタ調整部54の構成を示すブロック図である。フィルタ調整部54は、差分信号生成部541と、振動データ生成部542と、データ保持部543と、発振判定部544と、ノイズ除去部545と、周波数演算部546と、収束判定部547と、係数算出部548と、を含む。
【0039】
差分信号生成部541は、速度指令信号SS1と速度検出信号SS2との差を示す差分信号DSを生成して出力する。差分信号生成部541は、位置制御部2から速度指令信号SS1が出力され、速度検出部4から速度検出信号SS2が出力されるごとに、差分信号DSを逐次生成して出力する。差分信号生成部541から逐次出力された差分信号DSは、振動データ生成部542に逐次入力される。
【0040】
振動データ生成部542は、逐次入力される差分信号DSに高周波及び低周波のノイズ除去処理を施すことにより、振動データFDを逐次生成して出力する。振動データ生成部542から逐次出力された振動データFDは、データ保持部543及び発振判定部544に逐次入力される。
【0041】
データ保持部543は、例えばリングバッファから構成されている。リングバッファとは、データ保持領域の両端を論理的に繋げて、概念的にリング状に構成したバッファである。データ保持部543は、振動データ生成部542が振動データFDを生成するごとに当該振動データFDを逐次保持(逐次保存)する。リングバッファから構成されたデータ保持部543は、逐次入力される振動データFDをデータ保持領域の先頭から逐次保持していき、データ保持領域の最後尾に振動データFDを保持すると、データ保持領域の先頭から新たな振動データFDで更新していくことを繰り返す。
【0042】
発振判定部544は、逐次入力される振動データFDに基づいて、負荷9及びモータ8の共振周波数での振動に応じてモータ制御装置1の制御系全体に発振が生じたか否かを判定する。発振判定部544は、逐次入力される振動データFDの二乗値に移動平均処理を施すことにより、逐次入力される振動データFDの各々に対応した判定データを逐次生成する。そして、発振判定部544は、逐次生成した判定データにおいて、所定回数連続して判定閾値を超えた場合に発振が生じたと判定する。
【0043】
発振判定部544により発振が生じたと判定されると、データ保持部543は、振動データFDの更新を停止し、データ保持領域に逐次保持した振動データFDを循環出力して連続させて循環データCDを生成する。例えば、データ保持部543は、データ保持領域の先頭から最後尾までに保持した振動データFDを順番に循環出力し、所定数の振動データFDを一組としたデータ列を連続させて循環データCDを生成する。循環データCDは、ノイズ除去部545に入力される。
【0044】
ノイズ除去部545は、循環データCDに高周波及び低周波のノイズ除去処理を施すことにより、循環データCDに対応した補正循環データSCDを生成して出力する。ノイズ除去部545から出力された補正循環データSCDは、周波数演算部546に入力される。
【0045】
周波数演算部546は、循環データCDに対応した補正循環データSCDに基づいて、NLMS(Normalized Least Mean Square)演算を実行することにより、共振周波数RFを算出する。具体的には、周波数演算部546は、一般的に知られる適応アルゴリズムに従ってNLMS演算を実行し、振動を最小化するように、NLMS内部のFIR(Finite Impulse Response)フィルタ係数を調整する。そして、周波数演算部546は、FIRフィルタ係数に基づいて、共振周波数RFを算出する。
【0046】
収束判定部547は、周波数演算部546により算出された共振周波数RFの変化量が所定時間連続して設定許容範囲内に収まると、周波数演算部546による共振周波数RFの算出が収束したと判定し、その算出を終了させる。
【0047】
係数算出部548は、収束判定部547によって周波数演算部546の算出が終了されると、その算出された共振周波数RFに基づいて、適応フィルタ53のフィルタ係数を算出する。係数算出部548により算出されたフィルタ係数は、適応フィルタ53において共振周波数RFの信号成分を電流指令信号CS1から除去することが可能なフィルタ係数である。
【0048】
上記の通り、フィルタ調整部54では、電流指令信号CS1の適応フィルタ53への通過が規制された第1状態において、データ保持部543は、振動データ生成部542が振動データFDを生成するごとに当該振動データFDを逐次保持する。この振動データFDは、モータ8の回転速度に関する信号である速度指令信号SS1と速度検出信号SS2との差分信号DSに基づくものであるので、負荷9及びモータ8の振動に影響を及ぼす影響因子となる。そして、データ保持部543は、逐次保持した振動データFDを循環出力して連続させて循環データCDを生成する。このような振動データFDに基づく循環データCDも、負荷9及びモータ8の振動の影響因子となる。
【0049】
周波数演算部546は、負荷9及びモータ8の振動の影響因子となる循環データCDに対応した補正循環データSCDに基づいて共振周波数RFを算出するので、負荷9及びモータ8の振動時の共振周波数RFを正確に算出することができる。このような共振周波数RFに基づいて係数算出部548が適応フィルタ53のフィルタ係数を算出することにより、電流指令信号CS1から共振周波数RFの信号成分の除去が可能なフィルタ係数を正確に導出することができる。
【0050】
次に、フィルタ調整部54において、データ保持部543が振動データFDから循環データCDを生成するときの動作について、図5A及び図5Bを参照して詳細に説明する。
【0051】
既述の通り、データ保持部543は、データ保持領域の先頭から最後尾までに保持した振動データFDを循環出力し、その振動データFDのデータ列FDAを連続させて循環データCDを生成する。この際、図5Aに示されるように、振動データFDのデータ列FDAにおいて先頭の値FD1と最後尾の値FD2との差が大きい場合には、循環データCDにおけるデータ列FDA同士の接続部に不連続部分CD1が生じる。循環データCDに不連続部分CD1が生じると、その循環データCDに対応した補正循環データSCDに基づいて周波数演算部546が共振周波数RFを算出するときに、正確な共振周波数RFを算出できない場合がある。
【0052】
そこで、図5Bに示されるように、データ保持部543は、循環データCDを生成する際には、循環出力した振動データFDのデータ列FDAにおいて最後尾の値FD2が先頭の値FD1と一致するようにデータ列FDAの最後尾部分をカットするカット処理を行う。そして、データ保持部543は、そのカット後のデータ列FDAを連続させて循環データCDを生成する。これにより、循環データCDに不連続部分が生じることを抑制できるため、その循環データCDに対応した補正循環データSCDに基づいて周波数演算部546が正確な共振周波数RFを算出できる。
【0053】
次に、適応フィルタ53の構造について、図6のブロック図を参照して詳細に説明する。適応フィルタ53は、入力端子51に入力される電流指令信号CS1から補正電流指令信号CCSを生成するための構造として、第1~第6乗算器53A1~53A6と、第1及び第2遅延器53B1,53B2と、減算器53C1と、第1~第3加算器53D1~53D3と、を含む。
【0054】
第1乗算器53A1は、入力端子51に入力された電流指令信号CS1に第1フィルタ係数a1を乗算することにより、第1乗算信号MS1を生成して出力する。なお、第1フィルタ係数a1は、フィルタ調整部54によって調整されたものである。
【0055】
減算器53C1は、第1乗算器53A1から出力された第1乗算信号MS1に対して、後記の第1加算器53D1から出力された第1加算信号AS1を減算することにより、減算信号SBSを生成して出力する。
【0056】
第1遅延器53B1は、減算器53C1から出力された減算信号SBSを遅延させた第1遅延信号DL1を生成して出力する。
【0057】
第2遅延器53B2は、第1遅延器53B1から出力された第1遅延信号DL1を遅延させた第2遅延信号DL2を生成して出力する。
【0058】
第2乗算器53A2は、第1遅延器53B1から出力された第1遅延信号DL1に第2フィルタ係数a2を乗算することにより、第2乗算信号MS2を生成して出力する。なお、第2フィルタ係数a2は、フィルタ調整部54によって調整されたものである。
【0059】
第3乗算器53A3は、第2遅延器53B2から出力された第2遅延信号DL2に第3フィルタ係数a3を乗算することにより、第3乗算信号MS3を生成して出力する。なお、第3フィルタ係数a3は、フィルタ調整部54によって調整されたものである。
【0060】
第1加算器53D1は、第2乗算器53A2から出力された第2乗算信号MS2と、第3乗算器53A3から出力された第3乗算信号MS3とを加算することにより、第1加算信号AS1を生成して出力する。第1加算器53D1から出力された第1加算信号AS1は、前述の減算器53C1に入力される。
【0061】
第4乗算器53A4は、減算器53C1から出力された減算信号SBSに第4フィルタ係数b1を乗算することにより、第4乗算信号MS4を生成して出力する。なお、第4フィルタ係数b1は、フィルタ調整部54によって調整されたものである。
【0062】
第5乗算器53A5は、第1遅延器53B1から出力された第1遅延信号DL1に第5フィルタ係数b2を乗算することにより、第5乗算信号MS5を生成して出力する。なお、第5フィルタ係数b2は、フィルタ調整部54によって調整されたものである。
【0063】
第6乗算器53A6は、第2遅延器53B2から出力された第2遅延信号DL2に第6フィルタ係数b3を乗算することにより、第6乗算信号MS6を生成して出力する。なお、第6フィルタ係数b3は、フィルタ調整部54によって調整されたものである。
【0064】
第2加算器53D2は、第5乗算器53A5から出力された第5乗算信号MS5と、第6乗算器53A6から出力された第6乗算信号MS6とを加算することにより、第2加算信号AS2を生成して出力する。
【0065】
第3加算器53D3は、第4乗算器53A4から出力された第4乗算信号MS4と、第2加算器53D2から出力された第2加算信号AS2とを加算することにより、補正電流指令信号CCSを生成して出力する。第3加算器53D3から出力される補正電流指令信号CCSは、出力端子52と第2切替端子552とが接続される切替部55による第2状態(図3の状態)において、第2切替端子552を介して出力端子52に入力される。
【0066】
図7A及び図7Bは、フィルタ装置5の出力端子52から出力される信号の波形を示す図である。
【0067】
フィルタ調整部54による調整処理の完了前において、切替部55によって第1状態が維持されているときには、入力端子51に入力された電流指令信号CS1の適応フィルタ53への通過が規制されて、当該電流指令信号CS1がそのまま出力端子52から出力される。このような第1状態が維持されているときに出力端子52から出力される電流指令信号CS1の波形は、図7A及び図7Bに示されるように、負荷9及びモータ8の振動に応じた振幅を有した波形となる。
【0068】
一方、フィルタ調整部54による調整処理の完了後において、切替部55によって第1状態から第2状態に切り替えられたときには、入力端子51に入力された電流指令信号CS1の適応フィルタ53への通過が許容されて、適応フィルタ53により生成された補正電流指令信号CCSが出力端子52から出力される。つまり、切替部55による第1状態から第2状態への切り替えに応じて電流指令信号CS1の通過が許容された適応フィルタ53の初期動作においては、出力端子52から出力される信号が電流指令信号CS1から補正電流指令信号CCSに切り替わる。
【0069】
適応フィルタ53の構造として組み込まれている第1遅延器53B1における第1遅延信号DL1の初期値、及び第2遅延器53B2における第2遅延信号DL2の初期値が、例えば「ゼロ」に設定されている場合を想定する。この場合、切替部55による第1状態から第2状態への切り替えに応じた適応フィルタ53の初期動作において生成される補正電流指令信号CCSは、電流指令信号CS1との差が大きくなる可能性がある。このような場合には、適応フィルタ53の初期動作に応じて出力端子52から出力される信号が急激に変化し、これに伴ってモータ8に供給される電流が急激に変化する(図7A参照)。モータ8に供給される電流が急激に変化すると、モータ8によって駆動される負荷9が危険な動きをすることが想定される。
【0070】
そこで、第1遅延器53B1における第1遅延信号DL1の初期値、及び第2遅延器53B2における第2遅延信号DL2の初期値が、適応フィルタ53の初期動作において電流指令信号CS1と一致する補正電流指令信号CCSの生成が可能となるような値に設定される。これにより、適応フィルタ53の初期動作に応じて出力端子52から出力される信号の急激な変化を抑制できる(図7B参照)。このため、出力端子52から出力される信号に応じてモータ8に供給される電流の急激な変化を抑制できるので、モータ8によって駆動される負荷9の危険な動きを防止できる。
【符号の説明】
【0071】
1 モータ制御装置
2 位置制御部
3 速度制御部
4 速度検出部
5 フィルタ装置
51 入力端子
52 出力端子
53 適応フィルタ
54 フィルタ調整部
542 振動データ生成部
543 データ保持部
546 周波数演算部
548 係数算出部
55 切替部
6 電流制御部
7 位置検出部
8 モータ
9 負荷
CCS 補正電流指令信号
CD 循環データ
CS1 電流指令信号
DS 差分信号
FD 振動データ
MCS モータ電流信号
RF 共振周波数
SS1 速度指令信号
SS2 速度検出信号
図1
図2
図3
図4
図5A
図5B
図6
図7A
図7B