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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-11
(45)【発行日】2024-03-19
(54)【発明の名称】セレノシステインの検出方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/68 20060101AFI20240312BHJP
   G01N 33/493 20060101ALI20240312BHJP
   G01N 21/64 20060101ALI20240312BHJP
   G01N 21/78 20060101ALI20240312BHJP
   G01N 33/52 20060101ALI20240312BHJP
【FI】
G01N33/68
G01N33/493 A
G01N21/64 F
G01N21/78 C
G01N33/52 C
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2019228236
(22)【出願日】2019-12-18
(65)【公開番号】P2021096183
(43)【公開日】2021-06-24
【審査請求日】2022-11-29
(73)【特許権者】
【識別番号】000135036
【氏名又は名称】ニプロ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100100158
【弁理士】
【氏名又は名称】鮫島 睦
(74)【代理人】
【識別番号】100165892
【弁理士】
【氏名又は名称】坂田 啓司
(72)【発明者】
【氏名】谷 泰史
【審査官】北条 弥作子
(56)【参考文献】
【文献】特表平06-505473(JP,A)
【文献】Takeshi Imai,Selective fluorescence detection method for selenide and selenol using monochlorobimane,Analytical Biochemistry,2017年,第532巻,pp.1-8
【文献】Haiyan Zhanga,Rapid and selective detection of selenocysteine with a known readily available colorimetric and fluorescent turn-on probe,Dyes and Pigments,2017年10月21日,第149巻,pp.475-480
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48~33/98
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
セレノシステインを含有し得る試料、還元剤、及びビマン誘導体を含む混合液において、蛍光性のビマン誘導体を生成させ、前記混合液からの光シグナルを測定することを含む、セレノシステインを検出する方法であって、
前記還元剤が、トリス(2-カルボキシエチル)ホスフィン、2-メルカプトエタノール、ジチオトレイトール、及びグルタチオンからなる群より選択される少なくとも1種を含み、
前記ビマン誘導体が、以下の式1:
【化1】
[式中、Xはハロゲン原子を示す。]
で示される化合物であり、
調製後の前記混合液中の前記ビマン誘導体に対する前記還元剤のモル比が、1以上200以下であり、
調製後の前記混合液中の前記ビマン誘導体の濃度が、100μM以上であり、及び
前記光シグナルの測定が、前記混合液の調製後30秒後から10分未満に行われる方法。
【請求項2】
前記還元剤が、グルタチオン又はトリス(2-カルボキシエチル)ホスフィンを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記還元剤が、グルタチオンを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記還元剤が、トリス(2-カルボキシエチル)ホスフィンを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
調製後の前記混合液のpHが、7.0以上8.2以下である、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記蛍光性のビマン誘導体が、31℃以上の環境下で生成される、請求項1~5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記式1中のXが、フッ素、塩素、臭素、又はヨウ素である、請求項1~6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記蛍光性のビマン誘導体が、チオールとビマン誘導体とで形成されるビマン複合体、セレノールとビマン誘導体とで形成されるビマン複合体、又はメチルメチルビマンである、請求項1~7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
前記試料が、尿試料又は血液試料である、請求項1~8のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セレノシステインの検出方法に関する。より具体的には、本発明は、ビマン誘導体を用いたセレノシステインの検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
セレンは、ヒトを含む高等動物において、生体内で酸化還元反応を担う重要な酵素であるグルタチオンペルオキシダーゼの活性中心に存在する元素として知られているが、他にも、ヨードチロニン脱ヨード酵素、チオレドキシン還元酵素など、セレノシステイン残基を有するセレノプロテインの種類は多く、セレンは生体内で様々な役割を担っている。セレンが不足すると、心筋症、不整脈、貧血、筋力低下など様々な疾患を引き起こすことから、セレンは生体必須微量元素としても知られている。一方、セレン過剰も胃腸障害、神経障害、呼吸不全症候群、心筋梗塞、腎障害などの障害をきたす。
【0003】
セレンの測定方法として、原子吸光分光法、及び2,3-diaminonaphthlene(DAN)法(非特許文献1)が知られている。
【0004】
近年、ビマン誘導体であるモノクロロビマンとセレノール類との反応を利用したセレノシステイン測定法が報告された(非特許文献2)。非特許文献2記載のセレノシステイン測定法は、モノクロロビマンとセレノール類及びチオール類とが反応して生成される複数の蛍光性のビマン誘導体のうち、セレノシステインによって生成されるメチルメチルビマンを分離し、その蛍光を測定することによって、セレノシステインを測定する方法である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】R.F.Bayfield,L.F.Romalis.pH control in the fluorometric assay for selenium wiht 2,3diaminonaphthalene.Anal.Chem.144:569-576,1985
【文献】Selective fluorescence detection method for selenide and selenol using monochlorobimane、Imai T、Kurihara T、Esaki N、Mihara.Anal Biochem.532(2017):1-8
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
非特許文献1記載のセレン測定法では、試料調製のための前処理が必要であり、煩雑である。非特許文献2記載のセレノシステイン測定法では、非特許文献1記載の方法と比べて、前処理を要さない点で、簡便なものであるが、モノクロロビマンとセレノール類とを反応させてメチルメチルビマンを生成させるのに1時間を要する。さらに、非特許文献2のセレノシステイン測定法では、測定対象であるメチルメチルビマンを、他の蛍光性のビマン誘導体から有機溶媒を用いて抽出する必要がある。非特許文献2記載のセレノシステイン測定法は、この抽出操作のために、煩雑であり、時間もかかる。
【0007】
当該分野には、簡便に且つ迅速に、セレノシステインを検出できる方法に対する要求があった。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、抽出操作が不要であるために、簡便且つ迅速にセレノシステインの検出が可能な方法を探求した。本発明者らは、過剰量の還元剤の存在下、セレノシステインと高濃度のビマン誘導体とを反応させることで、非蛍光性又は蛍光性が低いビマン誘導体から蛍光性のビマン誘導体が生成される化学反応において、前記セレノシステインが消費されずに循環して、蛍光性のビマン誘導体を生成し続ける循環反応(以下「セレノールサイクル」ともいう。)が存在することを見出した。本発明者らは、このセレノールサイクルを利用することで、簡便且つ迅速に、セレノシステインを検出できることを見出し、本発明を完成させた。
【0009】
本発明は、具体的には、第一の態様において、セレノシステインを含有し得る試料、還元剤、及びビマン誘導体を含む混合液において、蛍光性のビマン誘導体を生成させ、前記混合液からの光シグナルを測定することを含む、セレノシステインを検出する方法を提供する。
【発明の効果】
【0010】
本発明の第一の態様に係るセレノシステインの検出方法によれば、セレノシステイン由来の蛍光性ビマン誘導体について抽出操作を行うことなくセレノシステインを検出可能である。このため、本発明の第一の態様に係るセレノシステインの検出方法は、前記抽出操作を要する非特許文献2記載の方法と比べて、簡便且つ迅速である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、トリス(2-カルボキシエチル)ホスフィン(TCEP)存在下、セレノシステインとモノクロロビマン(MCB)とが反応して、蛍光性のビマン誘導体が生成する反応を示す化学反応式である。
図2図2は、トリス(2-カルボキシエチル)ホスフィン(TCEP)及びMCBに加えて、セレノシスチンを含有する試験液1(SeCys)の時間依存的な蛍光強度を示す曲線、及びTCEP及びMCBを含有する試験液2(None)の時間依存的な蛍光強度を示す曲線のグラフである。
図3図3は、セレノシステイン(SeCye)などの基質と、TCEP及びMCBとを含有する混合液の、基質濃度依存的な蛍光強度を示す散布図である。
図4図4は、基質を含まない、TCEP及びMCBを含有する混合液の蛍光強度に対する、各基質400μM、TCEP及びMCBを含有する混合液の蛍光強度の相対蛍光強度を示す棒グラフである。
図5図5aは、試験液1(SeCys)及び試験液2(None)における反応を30℃で行わせた場合の経時的な蛍光強度の変化を示す曲線のグラフである。図5bは、30℃、35℃及び40℃での、試験液1(SeCys)の蛍光強度と試験液2(None)の蛍光強度との差の経時的な変化を示す曲線のグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本明細書において「セレン」は、周期表第16族第4周期の元素を意味する。セレンの原子番号は34であり、元素記号はSeである。セレンは、様々な価電子状態(+VI、+IV、+II、0、及び-II)で自然界に広く存在し、動物中では特に-IIのアニオン状態で存在している。セレンは、生体内の適正濃度範囲が非常に狭く、過剰症又は欠乏症を生じやすい。ヒト成人の1日当たりの平均所要量は、限定するものではないが、男性30μg、女性25μgとされている。
【0013】
本明細書において「セレノシステイン」は、システインのイオ原子がセレン原子に置換された分子を意味する。セレノシステインは、限定するものではないが、遊離形態で存在してもよく、或いは、酸化形態、還元形態又はグルタチオンペルオキシダーゼ、グリシンレダクターゼなどの酵素類を含むセレノプロテインの一部として存在してもよい。
【0014】
本明細書において「セレノプロテイン」は、セレノシステインをアミノ酸残基として含有するタンパク質を意味する。セレノプロテインは、限定するものではないが、活性甲状腺ホルモンの生産と制御に関することが知られている、ヨードチロニン脱イオン酵素1(DIO1)、ヨードチロニン脱イオン酵素2(DIO2)、ヨードチロニン脱イオン酵素3(DIO3);抗酸化酵素、H及びその他の水溶性有機過酸化物の還元を触媒することが知られている、グルタチオンペルオキシダーゼ1(GP1)、グルタチオンペルオキシダーゼ2(GP2)、グルタチオンペルオキシダーゼ3(GP3)、グルタチオンペルオキシダーゼ4(GP4)、グルタチオンペルオキシダーゼ6(GP6);レドックス関連プロセスに関与することが知られているセレノプロテインH(SelH);機能未知のセレノプロテインI(SelI);酸化ストレスに対する心筋細胞の保護することが知られているセレノプロテインK(SelK);その突然変異がリジッド背骨筋ジストロフィーにつながることが知られているセレノプロテインN(SelN);Sep15に関連し、がん病因に役割を果たしている可能性が指摘されているセレノプロテインM(SelM);機能未知のセレノプロテインO(SelO);酸化からセレンを保護し、各組織へのセレンの輸送および配給することが知られているセレノプロテインP(SelP);損傷したタンパク質中の酸化メチオニン残基を還元することが知られているセレノプロテインR(SelR);細胞の酸化還元バランスと炎症反応に影響することが知られているセレノプロテインS(SelS);レドックスおよび細胞接着に関与することが知られているセレノプロテインT(SelT);機能未知のセレノプロテインV(SelV);心筋および骨格筋を抗酸化保護することが知られているセレノプロテインW(SelW);セレンの化学予防効果と細胞アポトーシスに影響することが知られている15kDaセレノプロテイン(Sep15);セレノシステイン合成酵素の一つであることが知られているセレノリン酸合成酵素(SPS2);及びチオレドキシンの還元を触媒し、細胞生存及び増殖のための重要な細胞内の酸化還元状態を維持することが知られている、チオレドキシン還元酵素1(TrxR1)、チオレドキシン還元酵素2(TrxR2)、チオレドキシン還元酵素3(TrxR3)のいずれか1種又は2種以上の混合物であってよい。
【0015】
本明細書において「セレノール」は、式: RSeH [式中、Rは炭素原子を1つ以上もつ有機化合物。]で示される有機化合物を意味する。セレノールは、アルコール又はチオールのセレン類縁体であり、酵素などにより容易に酸化を受けて対応するジセレニド(RSeSeR)に変化する。セレノールは、例えば、セレノシステイン(SeCys)を含む。
【0016】
本明細書において「セレニド」は、式: RSeR’ [式中、R又はR’は炭素原子を1つ以上もつ有機化合物。]で示される化合物を意味する。セレニドは、エーテル又はスルフィドのセレン類縁体である。セレニドは、例えば、セレノメチオニン(SeMet)、メチルセレノシステイン(MeSeCys)、及びセレノホモランチオニン(SeHLan)を含む。
【0017】
本明細書において「ジセレニド」は、式: RSeSeR [式中、Rは炭素原子を1つ以上もつ有機化合物。]で示される化合物を意味する。ジセレニドは、ペルオキシド又はジスルフィドのセレン類縁体である。
【0018】
セレニド及びセレノールでは、セレンは酸化数-IIのアニオンとして存在している。セレニド及びセレノールは、その酸化還元力によって、多くのタンパク質の機能を調整しており、生理学的に重要である(非特許文献2)。
【0019】
本明細書において「セレン酸」は、セレンのオキソ酸の一種であり、セレンを中心に4つの酸素原子が結合している化合物(式: HSeOで示される)を意味する。セレン酸の塩は、例えば、セレン酸ナトリウムを含む。
【0020】
本明細書において「亜セレン酸」は、セレンのオキソ酸の一種であり、セレンを中心に3つの酸素原子が結合している化合物(式: HSeOで示される)を意味する。亜セレン酸の塩は、例えば、亜セレン酸ナトリウムを含む。
【0021】
本明細書において「セレノシステインを含有し得る試料」は、セレノシステインを含む可能性がある試料を意味する。前記試料中に含有され得るセレノシステインは、セレノシスチンとして存在していてもよく、セレノプロテインとして存在していてもよい。前記セレノシステインを含有し得る試料は、例えば、被検体に由来する生体試料であってよい。生体試料は、尿及び血液などの体液そのものであってよく、又は前記体液に所定の処理を施したものであってもよい。例えば、生体試料は、採取された液体に保存剤が添加されたものであってよい。一例において、生体試料が血液である場合、血液試料は、全血であってもよく、又は、遠心分離などの処理によって分離された血漿若しくは血清であってよい。他の例において、生体試料が尿である場合、尿試料は、随時尿若しくは蓄尿であってよい。
【0022】
本明細書において「検量試料」は、既知濃度のセレノシステインを含有する試料を意味する。本明細書において「一連の検量試料」は、少なくとも2つの試料を含み、各試料は異なる既知濃度のセレノシステインを含有するが、他の組成は同一である試料を意味する。検量試料は、目的に応じて適宜調製することができ、又は直ぐに使用できるように調製されていてもよい。
【0023】
本明細書において「ビマン誘導体」は、式1:
【化1】
[式中、Xは、ハロゲン、水素、チオール又はセレノールを示す。]
で示される化合物を意味する。
【0024】
本明細書において、式1中のXがハロゲンであるビマン誘導体は、蛍光性のビマン誘導体に対して、非蛍光性又は低蛍光性のビマン誘導体とも称する。式1中、ハロゲンは、例えば、フッ素(F)、塩素(Cl)、臭素(Br)又はヨウ素(I)であってよい。ビマン誘導体は、例えば、1種単独で用いてもよく、又は2種以上を組合せて用いてもよい。ビマン誘導体は、例えば、ブロモビマン(Bromobimane)、モノクロロビマン(Monochlorobimane)である。ビマン誘導体は、公知の方法により製造でき、また商業的に入手可能である。
【0025】
本明細書において、「蛍光性のビマン誘導体」は、式1中のXが水素、チオール又はセレノールであるビマン誘導体を意味する。蛍光性のビマン誘導体は、限定するものではないが、式1中のXがハロゲンである場合の蛍光強度に比べて、同じ測定条件下で、蛍光強度が大きいビマン誘導体であってよい。蛍光性のビマン誘導体は、例えば、チオールとビマン誘導体とで形成されるビマン複合体、セレノールとビマン誘導体とで形成されるビマン複合体、及びメチルメチルビマンであってよい。チオールとビマン誘導体とで形成されるビマン複合体は、例えば、ビマンとシステインとの複合体を含む。セレノールとの複合体は、例えば、ビマンとセレノシステインとの複合体を含む。
【0026】
本明細書において「メチルメチルビマン」は、式2:
【化2】

で示される化合物(syn-(methyl, methyl)bimane)を意味する。メチルメチルビマンは、限定するものではないが、最大励起波長が410nmであり、最大蛍光波長が480nmである。
【0027】
本明細書において「基」は、化合物の中に含まれる原子団であって、所定の化学反応の際に分解せずに一団となっている原子団を意味する。基は、限定するものではないが、アルキル、アリール、チオール基を含む。
【0028】
本明細書において「チオール」は、アルコールの酸素原子が硫黄で置換された化合物(式: R-SH[式中、Rは有機基を示す。])を意味する。
【0029】
本明細書において「還元剤」は、他の物質に電子を与えて自らは酸化される物質を意味する。還元剤は、公知の方法により調製でき、又は商業的に入手可能である。還元剤は、例えば、2-メルカプトエタノール(2-ME)、ジチオトレイトール(DTT)、グルタチオン(GSH)、及びトリス(2-カルボキシエチル)ホスフィン(TCEP)を含む。還元剤は、1種単独で用いてもよく、又は2種以上を組合せて用いてもよい。1つの実施形態において、還元剤は、GSH又はTCEPを含む。1つの実施形態において、還元剤は、GSHを含む、又は本質的にGSH1種を含む。1つの実施形態において、還元剤は、TCEPを含む、又は本質的にTCEP1種を含む。
【0030】
TCEPは、チオール基を含有しない非チオール系の還元剤である。非チオール系の還元剤では、MCBと反応し得るチオール基が無いため、還元剤とMCBとによる蛍光性のビマン誘導体の生成を抑えることができ、好ましい。TCEPは、セレノシステインを特異的に検出することができる。TCEPによるセレノシステインの特異的な検出は、限定するものではないが、TCEPによるセレノシステイン以外の基質の検出と比較して、後述する光シグナルの増加率が、少なくとも5倍高いことを意味する。この文脈において、TCEPによるセレノシステイン以外の基質は、セレン酸、亜セレン酸、及びセレノメチオニンのいずれか1種又は2種以上であってよい。1つの実施形態において、TCEPによるセレノシステインの特異的な検出は、セレノシステイン以外の基質の検出と比較して、光シグナルの増加率が、少なくとも7倍、少なくとも10倍高いことであってよい。
【0031】
本明細書において「セレノールサイクル」は、セレノシステイン、還元剤及びビマン誘導体の存在下、セレノールが消費されずに、蛍光性ビマン誘導体が生成される化学反応を意味する。本発明の1つの実施形態において、セレノシステインを含有し得る試料、還元剤及びビマン誘導体を含む混合液中、31℃以上、33℃以上、35℃以上、37℃以上、又は40℃以上の温度で行われ、好ましくは35℃以上の温度で行われる。
【0032】
本発明の1つの実施形態において、セレノシステインを含有し得る試料、還元剤及びビマン誘導体を含む混合液中で行われ、前記混合液のpHが7.0以上8.2以下である。1つの実施形態において、前記混合液のpHは、7.0以上8.0以下である。1つの実施形態において、前記混合液のpHは、7.1以上7.9以下、7.2以上7.8以下、7.3以上7.7以下、7.4以上7.6以上、又は7.5である。前記混合液のpHは、限定するものではないが、緩衝剤を用いることにより、本発明におけるセレンの測定を上記pHの範囲内で行わせることができる。pHは公知の方法により測定することができ、商業的に入手可能な測定器を用いて測定される。
【0033】
本明細書において、「セレノシステインを含有し得る試料、還元剤、及びビマン誘導体を含む混合液」は、限定するものではないが、セレノシステインを含有し得る試料、還元剤、及びビマン誘導体を混合することにより調製される。1つの実施形態において、前記混合物は、他の添加剤を更に含んでよい。前記他の添加剤は、例えば、緩衝剤であってよい。緩衝剤は、限定するものではないが、セレノールサイクルに干渉せず、前記混合液のpHを所定の範囲内で安定させることができるものが好ましい。緩衝剤は、例えば、トリスヒドロキシメチルアミノメタン(Tris)又は4-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペラジンエタンスルホン酸)(HEPES)であってよい。
【0034】
前記混合液の調製方法は特に限定されないが、前記混合液は、セレノシステインを含有し得る試料、還元剤、及びビマン誘導体を、ほぼ同時に混合することによって調製することができる。また、同時ではなく、時間差をもって順々に混合する場合でも混合する順番は問わない。一例において、前記混合液は、予め調製した還元剤及びビマン誘導体の混合物と、セレノシステインを含有し得る試料とを混合して調製してもよい。セレノシステインを含有し得る試料、還元剤、及びビマン誘導体は、それぞれ適当な溶媒を用いて調製することができる。一例において、前記混合液は、適当な溶媒に、セレノシステインを含有し得る試料、還元剤、及びビマン誘導体をほぼ同時に混合することによって調製することができる。他の例において、前記混合液は、予め適当な溶媒と還元剤とビマン誘導体とで調製した混合物に、セレノシステインを含有し得る試料を混合することにより調製することができる。
【0035】
1つの実施形態において、前記混合液は、セレノシステインを含有し得る試料、及び還元剤を混合した混合試料に、ビマン誘導体を混合して調製する。この実施形態において、前記混合試料を、所定温度にて所定時間反応させた後にビマン誘導体を混合してもよい。これにより、セレノシステインを含有し得る試料が酸化形態のセレノシスチンを含有する場合、それらを予め還元して還元形態のセレノシステインとすることができる。予め還元形態のセレノシステインとすることで、ビマン誘導体との反応を迅速に行わせ得る。
【0036】
本明細書において「蛍光性のビマン誘導体を生成させる」は、セレノシステインを含有し得る試料、還元剤、及びビマン誘導体を含む混合液を所定時間維持することを意味する。
【0037】
本明細書において、蛍光性のビマン誘導体の生成に関する「所定時間」は、前記混合液の調製後から、前記混合液からの光シグナルを測定するまでの時間を意味する。前記所定時間は、限定するものではないが、セレノールサイクルが生じることが期待される時間を経過していることが好ましく、前記混合液の調製後、例えば、30秒後から10分未満、50秒後から10分未満、1分後から10分未満、2分後から10分未満、又は3分後から10分未満であってよい。前記所定時間は、前記混合物を反応させる温度などの条件に応じて適宜設定される。前記所定時間は、例えば、前記混合物を反応させる温度が35℃以上である場合、31℃である場合よりも、短く設定することができる。
【0038】
1つの実施形態において、前記所定時間は、前記混合物を反応させる温度が35℃の場合、100秒以上10分未満、150秒以上10分未満、又は200秒以上10分未満であってよい。他の実施形態において、前記所定時間は、前記混合物を反応させる温度が40℃の場合、30秒以上10分未満、50秒以上5分未満、70秒以上3分未満であってよい。
【0039】
本明細書において「混合液からの光シグナルを測定する」は、蛍光性のビマン誘導体を生成させるために維持された混合液から、前記蛍光性のビマン誘導体に由来する光シグナルを測ることを意味する。混合液からの光シグナルの測定は、限定するものではないが、商業的に入手可能な装置又は部品を組み合わせて作製した装置を用いて行うことができる。1つの実施形態において、前記混合液からの光シグナルの測定は、前記混合液から前記蛍光性のビマン誘導体を抽出する操作を行わないことを特徴とする。
【0040】
本明細書において「光シグナル」は、蛍光性のビマン誘導体の検出を可能にする光に関する物理量を意味する。光シグナルは、限定するものではないが、光シグナルの強度、又は光シグナル増加率であってよい。光シグナルの強度は、限定するものではないが、蛍光強度であってよい。光シグナル増加率は、単位時間当たりの光シグナルの強度の増加率を意味する。光シグナル増加率は、例えば、蛍光強度の増加率であってよい。
【0041】
光シグナルの強度は、限定するものではないが、蛍光性のビマン誘導体を励起するための光源(例えば励起フィルタ及びハロゲンランプ、又は発光ダイオード)、及び蛍光性のビマン誘導体の蛍光スペクトルに対応した検出系(例えば、バンドパスフィルタ及びフォトダイオードなどの検出器)を備えた測定器により測定することができる。前記測定器は、商業的に入手可能であり、また光学部品を用いて製造することができる。光シグナル強度は、限定するものではないが、前記混合液中の蛍光性のビマン誘導体の量を反映し得る。
【0042】
光シグナル増加率は、限定するものではないが、前記混合液の調製後の第一の時間に測定した第一の光シグナルと第一の時間後の第二の時間に測定した第二の光シグナルとの差を、第一の時間と第二の時間との差で除することにより、算出することができる([光シグナル増加率]=[(第二の光シグナル)-(第一の光シグナル)]/[(第二の時間)-(第一の時間)])。光シグナル増加率は、限定するものではないが、前記混合液中の蛍光性のビマン誘導体の量を反映し得る。光シグナル増加率は、例えば、前記混合液の調製後200秒に測定した第一の光シグナルと、400秒後に測定した第二の光シグナルとから算出することができる。
【0043】
一例において、コントロール試料は、セレノシステインを含有し得る試料が、特定の被検体由来の生体試料(例えば血液試料又は尿試料)である場合、所定の除外基準に該当しない一般対象者由来の対応する生体試料(血液試料又は尿試料)であってよい。
【0044】
1つの実施形態において、セレノシステインの検出方法は、前記混合液から測定した光シグナルに基づいて、セレノシステインの量を算出する工程をさらに含んでよい。セレノシステインの量を算出する工程は、限定するものではないが、一連の検量試料から測定した一連の光シグナル強度又は光シグナル増加率に基づいて作成された検量線と、前記混合液から測定した光シグナル強度又は光シグナル増加率とに基づいて算出してもよい。
【0045】
本明細書において「セレン過剰症」は、セレンの過剰摂取が原因と考えられる徴候、体調不良又は状態を意味する。セレン過剰症の病状は、限定するものではないが、悪心、吐き気、下痢、食欲不振、頭痛、免疫抑制を含む。
【0046】
本明細書において「セレン欠乏症」は、セレン摂取量の不足が原因と考えられ徴候、体調不良又は状態を意味する。セレン欠乏症の病状は、限定するものではないが、克山病、生殖障害、栄養性筋症、心筋症、赤血球溶血、肝壊死、成長障害、高血圧、貧血を含む。
【0047】
体内に吸収されたセレンの主要な排泄経路は尿であり、セレンの摂取量と尿中排泄量との間には有意な関連がある。セレンの尿中排泄量が、例えば、20~200μg/日の範囲内であれば、セレン過剰症又はセレン欠乏症が問題となることはない(環境省、保健・化学物質対策報告書、化学物質環境リスク評価 第14巻、第1編 化学物質の環境リスク初期評価等、[9]セレン及びその化合物、12頁)。
【0048】
本明細書において「被検体」は、セレン過剰症又はセレン欠乏症が疑われる動物を意味する。被検体は、限定するものではないが、哺乳動物である。哺乳動物は、例えば、イヌ、ネコ及びウサギを含む愛玩動物、ウシ、ウマ及びヤギを含む家畜動物、サル、チンパンジー及びヒトを霊長類である。被検体は、好ましくは、ヒトである。
【0049】
本発明の実施形態は、例えば、以下に記載のものであってよいが、これらに限定されない:
[項1] セレノシステインを含有し得る試料、還元剤、及びビマン誘導体を含む混合液において、蛍光性のビマン誘導体を生成させ、前記混合液からの光シグナルを測定することを含む、セレノシステインを検出する方法。
[項2] 前記還元剤が、トリス(2-カルボキシエチル)ホスフィン、2-メルカプトエタノール、ジチオトレイトール、及びグルタチオンからなる群より選択される少なくとも1種を含む、項1に記載の方法。
[項3] 前記還元剤が、グルタチオン又はトリス(2-カルボキシエチル)ホスフィンを含む、項1に記載の方法。
[項4] 前記還元剤が、グルタチオンを含む、項1に記載の方法。
[項5] 前記還元剤が、トリス(2-カルボキシエチル)ホスフィンを含む、項1に記載の方法。
[項6] 前記光シグナルの測定が、前記混合液の調製後10分未満に行われる、項1~項5のいずれかに記載の方法。
[項7] 調製後の前記混合液のpHが、7.0以上8.2以下である、項1~項6のいずれかに記載の方法。
【0050】
[項8] 前記蛍光性のビマン誘導体が、31℃以上の環境下で生成される、項1~項7のいずれかに記載の方法。
[項9] 調製後の前記混合液中の前記ビマン誘導体に対する前記還元剤のモル比が、1以上200以下である、項1~項8のいずれかに記載の方法。
[項10] 調製後の前記混合液中の前記ビマン誘導体の濃度が、100μM以上である、項1~項9のいずれかに記載の方法。
[項11] 前記ビマン誘導体が、
[式中、Xはハロゲン原子を示す。]で示される化合物である、項1~項10のいずれかに記載の方法。
[項12] 前記試料が、尿試料又は血液試料である、項1~項11のいずれかに記載の方法。
【0051】
以下、具体的な実施例を記載するが、それらは本発明の好ましい実施形態を示すものであり、添付する特許請求の範囲に記載の発明をいかようにも限定するものではない。
【実施例
【0052】
TCEPを用いた場合に、セレノシスチン由来の蛍光性のビマン誘導体の生成反応を図1に示す。図1の反応式は、TCEPとセレノシスチンとが反応して生成されたセレノシステインとMCBとが反応して、蛍光性のビマン誘導体(II)が生成され、それからセレノールイオン(式中の-Se)が脱離して、蛍光性のメチルメチルビマン(III)が生成することを示す。TCEPを用いた場合にも、蛍光性のメチルメチルビマン(III)の生成にともなって脱離されたセレノールが、再度、MCBと反応して蛍光性のビマン誘導体(II)を生成するセレノールサイクルが存在する。

【0053】
[試験1]
セレノシスチン(シグマ社製)溶液(400μM)100μL、トリス(2-カルボキシエチル)ホスフィン(TCEP)(ナカライテスク社製)溶液(50mM)100μL、及びpH7.5の4-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペラジンエタンスルホン酸)(HEPES)(DOJINDO社製)溶液(100mM)100μLを混合して、混合液を調製した。調製した混合液を、37℃で5分間反応させ、その後、モノクロロビマン(MCB、シグマ社製)溶液(500μM)100μLを混合して、試験液1(SeCys)(セレノシステイン:200μM、TCEP:12500μM、MCB:125μM)を調製した。セレノシスチンを含めていないことを除いて、試験液1と同様にして、試験液2(None)を調製した。
試験液1(SeCys)及び試験液2(None)からの蛍光強度を37℃でそれぞれ測定した(図2)。試験液1(SeCys)の蛍光強度は、反応開始後約30秒で、試験液2(None)の蛍光強度よりも高くなった。この結果は、セレノールサイクルによるセレノシステインの特異的検出が、約30秒後で可能であることを示唆する。
【0054】
[試験2]
セレノシスチン終濃度をそれぞれ200μM、300μM、400μM、500μM、600μMとしたことを除いて、試験液1(SeCys)と同様にして、各試験液を調製した。基質をそれぞれセレノシスチン(SeCys)から、セレノメチオニン(SeMet)、セレン酸、亜セレン酸、リシン(Lys)、システイン(Cys)、メチオニン(Met)又はアスパラギン酸(Asp)に代えたことを除いて、試験液1と同様にして、各試験液を調製した。調製した各試験液の蛍光強度を調製直後から600秒間測定した(図3)。基質を含めていないことを除いて、試験液1と同様にして試験液(None)を調製し、調製直後から600秒間、蛍光強度を測定した。試験液(None)の蛍光強度に対する、各試験液(基質の終濃度400μM)の600秒時の蛍光強度と各試験液の200秒時の蛍光強度との差を、それぞれ相対蛍光強度として算出した(図4)。図4は、セレノシステイン由来の蛍光性のビマン誘導体に起因する相対蛍光強度が、他の基質由来の蛍光性のビマン誘導体に起因する相対蛍光強度に比べて、有意に差があることを示す。また、図4は、TCEPを用いることで、セレノシステインを特異的に検出できることを示唆する。
【0055】
[試験3]
試験液1(SeCys)及び試験液2(None)からの蛍光強度を、37℃に代えて30℃で測定したことを除いて、試験1と同様にして蛍光強度を測定した(図5a)。試験液1(SeCys)の蛍光強度は、反応開始後約120秒で、試験液2(None)の蛍光強度よりも高くなった。37℃で行った同様の試験5では、約30秒で、試験液1(SeCys)の蛍光強度が試験液2(None)の蛍光強度よりも高くなったことも考慮すれば、セレノールサイクルによるセレノシステインの検出は、温度が高くなるにつれ、早期に検出可能であることを示唆する。
【0056】
試験液1(SeCys)及び試験液2(None)からの蛍光強度を、37℃に代えて30℃、35℃、又は40℃で測定したことを除いて、試験1と同様にして蛍光強度を測定した。各温度での試験液1(SeCys)の蛍光強度と試験液2(None)の蛍光強度との差を、図5bに示す。反応温度30℃、約100秒未満では、前記蛍光強度の差が負の値となった。反応温度を25℃とした場合も、反応温度30℃と同様の結果であった。反応温度35℃及び40℃では、反応開始後、比較的すみやかに、前記蛍光強度の差が正の値となり、600秒間、時間経過に伴って蛍光強度の差がそれぞれ増加した。これらの結果は、反応温度30℃以下の場合、一定時間経過後に、セレノールサイクルによるセレノシステインの検出が可能になることを示唆する。反応温度が30℃を超える場合(例えば31℃以上の場合)、反応温度が30℃以下の場合と比べると、比較的すみやかに、セレノールサイクルによるセレノシステインの検出が可能であることを示唆する。
図1
図2
図3
図4
図5