(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-11
(45)【発行日】2024-03-19
(54)【発明の名称】レーダ装置とその制御方法
(51)【国際特許分類】
G01S 7/36 20060101AFI20240312BHJP
G01S 13/34 20060101ALI20240312BHJP
【FI】
G01S7/36
G01S13/34
(21)【出願番号】P 2020127485
(22)【出願日】2020-07-28
【審査請求日】2023-05-12
(73)【特許権者】
【識別番号】000002945
【氏名又は名称】オムロン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101454
【氏名又は名称】山田 卓二
(74)【代理人】
【識別番号】100189555
【氏名又は名称】徳山 英浩
(74)【代理人】
【識別番号】100091524
【氏名又は名称】和田 充夫
(72)【発明者】
【氏名】大塩 祥剛
【審査官】藤田 都志行
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2020/0072941(US,A1)
【文献】国際公開第2018/163677(WO,A1)
【文献】特開2004-163340(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01S 7/00- 7/42
G01S 13/00-13/95
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
送信チャープ信号を含む無線信号を送信する無線送信部と、前記送信チャープ信号を含む無線信号が物標で反射された後、前記反射された受信チャープ信号を含む無線信号を受信する無線受信部とを備えるレーダ装置であって、
前記無線受信部は、
前記受信された受信チャープ信号を含む無線信号と、前記送信チャープ信号を含む無線信号とを混合することで、ビート信号を検出し、
前記ビート信号を所定の通過帯域幅で帯域通過フィルタリングし、
前記帯域通過フィルタリングされたビート信号に対して、前記無線受信部の熱雑音電圧に基づいて決定されるしきい値を用いて、前記受信された無線信号における干渉信号の有無を検出する、
レーダ装置。
【請求項2】
前記しきい値は、前記無線受信部の熱雑音電圧の所定数倍に設定される、
請求項1に記載のレーダ装置。
【請求項3】
前記無線受信部はさらに、前記受信された無線信号において干渉信号があるときに、前記ビート信号を0に置換する、
請求項1又は2に記載のレーダ装置。
【請求項4】
前記無線受信部は、前記帯域通過フィルタリングされたビート信号をAD変換し、前記AD変換後のビート信号に対してサンプル単位で、前記しきい値を用いて、前記受信された無線信号における干渉信号の有無を検出する、
請求項1~3のうちのいずれか1つに記載のレーダ装置。
【請求項5】
前記無線受信部はさらに、前記受信された無線信号において干渉信号があるサンプルデータを0に置換する、
請求項4に記載のレーダ装置。
【請求項6】
前記無線受信部は、前記0に置換されたビート信号又は前記0に置換されたサンプルデータに基づいて、前記物標との距離をさらに推定する、
請求項3又は5に記載のレーダ装置。
【請求項7】
前記無線受信部は、受信チャープ信号をそれぞれ含む複数の無線信号を受信し、前記受信された複数の無線信号に基づいて、前記物標の到来角度を推定する、
請求項1~6のうちのいずれか1つに記載のレーダ装置。
【請求項8】
前記送信チャープ信号は、連続的に変化する周波数を有する、
請求項1~7のうちのいずれか1つに記載のレーダ装置。
【請求項9】
送信チャープ信号を含む無線信号を送信する無線送信部と、前記送信チャープ信号を含む無線信号が物標で反射された後、前記反射された受信チャープ信号を含む無線信号を受信する無線受信部とを備えるレーダ装置の制御方法であって、
前記受信された受信チャープ信号を含む無線信号と、前記送信チャープ信号を含む無線信号とを混合することで、ビート信号を検出するステップと、
前記ビート信号を所定の通過帯域幅で帯域通過フィルタリングするステップと、
前記帯域通過フィルタリングされたビート信号に対して、前記無線受信部の熱雑音電圧に基づいて決定されるしきい値を用いて、前記受信された無線信号における干渉信号の有無を検出するステップと、
を含むレーダ装置の制御方法。
【請求項10】
前記しきい値は、前記無線受信部の熱雑音電圧の所定数倍に設定される、
請求項9に記載のレーダ装置の制御方法。
【請求項11】
前記受信された無線信号において干渉信号があるときに、前記ビート信号を0に置換するステップをさらに含む、
請求項9又は10に記載のレーダ装置の制御方法。
【請求項12】
前記干渉信号の有無を検出するステップは、前記帯域通過フィルタリングされたビート信号をAD変換し、前記AD変換後のビート信号に対してサンプル単位で、前記しきい値を用いて、前記受信された無線信号における干渉信号の有無を検出することをさらに含む、
請求項9~11のうちのいずれか1つに記載のレーダ装置の制御方法。
【請求項13】
前記受信された無線信号において干渉信号があるサンプルデータを0に置換するステップをさらに含む、
請求項12に記載のレーダ装置の制御方法。
【請求項14】
前記0に置換されたビート信号又は前記0に置換されたサンプルデータに基づいて、前記物標との距離を推定するステップをさらに含む、
請求項11又は13に記載のレーダ装置の制御方法。
【請求項15】
受信チャープ信号をそれぞれ含む複数の無線信号を受信し、前記受信された複数の無線信号に基づいて、前記物標の到来角度を推定するステップをさらに含む、
請求項9~14のうちのいずれか1つに記載のレーダ装置の制御方法。
【請求項16】
前記送信チャープ信号は、連続的に変化する周波数を有する、
請求項9~15のうちのいずれか1つに記載のレーダ装置の制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばミリ波センサ等を用いたレーダ装置とその制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1においては、干渉元レーダの方式によらず、干渉の発生時にはこれを確実に検出するために、以下の構成を有する、従来例1に係るFMCW(Frequency Modulated Continuous Wave)レーダが開示されている。
【0003】
従来例1に係るFMCWレーダは、ビート信号Bをオーバーサンプリングしたサンプリングデータ(振幅)を用い、サンプリングデータそのものではなく、その変化量の絶対値|VD|としきい値THとの比較によって、干渉の発生を判定する。つまり、干渉が発生するとビート信号に広帯域の信号が重畳されることによってビート信号の信号波形が乱れた(振幅が急峻に変化する)ものとなることを利用して判定を行っている。このため、干渉波の送信元レーダの形式によらず、また、干渉波の振幅が小さい場合であっても、干渉の発生を確実に検出することができ、更に、ビート信号Bに低周波ノイズが重畳している場合に、干渉が発生していると誤検出してしまうことも確実に防止できるという利点を有している。
【0004】
また、特許文献2においては、受信された信号内の干渉のタイプを求めるための干渉分類器を備える自動車レーダシステムを提供するために、以下の構成を有する従来例2に係る自動車レーダシステムが開示されている。
【0005】
従来例2に係る自動車レーダシステムは、1つ又は複数の他のユーザによって生成されたバースト雑音、周波数チャープ信号、又はそれらの組み合わせを含む雑音信号を受信する受信機と、複数の異なる周波数掃引信号を生成する信号発生器と、各周波数掃引信号を受信雑音信号と結合して周波数掃引信号毎に結合信号を生成する信号結合器と、該周波数チャープ信号を含む受信雑音信号に対応する結合信号の雑音レベルを求める干渉分類器と、干渉分類器によって求められた雑音レベルに従って複数の周波数掃引信号を選択するように動作可能なセレクタと、出力レーダ波形として送信される、選択された複数の周波数掃引信号を含む掃引パターンを求める制御ユニットとを備える。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2006-300550号公報
【文献】特開2011-247892号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
すなわち、上述の従来例に係るレーダ装置では、ターゲット信号と干渉信号の受信電力差に着目し、得られたビート信号波形に対して、干渉信号検出用しきい値を設定し、干渉発生区間を検出していた。
【0008】
しかし、環境やシーンによってターゲット信号の受信電力が変化するため、アプリケーションに応じて、干渉信号検出用しきい値の決定を目的とする測定が別途必要という課題があった。
【0009】
本発明の目的は以上の問題点を解決し、アプリケーションに応じて、干渉信号検出用しきい値の決定を目的とする測定が不要なレーダ装置とその制御方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係るレーダ装置は、
送信チャープ信号を含む無線信号を送信する無線送信部と、前記送信チャープ信号を含む無線信号が物標で反射された後、前記反射された受信チャープ信号を含む無線信号を受信する無線受信部とを備えるレーダ装置であって、
前記無線受信部は、
前記受信された受信チャープ信号を含む無線信号と、前記送信チャープ信号を含む無線信号とを混合することで、ビート信号を検出し、
前記ビート信号を所定の通過帯域幅で帯域通過フィルタリングし、
前記帯域通過フィルタリングされたビート信号に対して、前記無線受信部の熱雑音電圧に基づいて決定されるしきい値を用いて、前記受信された無線信号における干渉信号の有無を検出する。
【発明の効果】
【0011】
従って、本発明に係るレーダ装置等によれば、アプリケーションに応じて、干渉信号検出用しきい値の決定を目的とする測定が不要なレーダ装置とその制御方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】実施形態に係るレーダ装置100の構成例を示すブロック図である。
【
図2A】
図1のレーダ装置100で用いるチャープ信号の周波数変化波形図を示すグラフである。
【
図2B】
図1のレーダ装置100で用いるバンドパスフィルタの利得周波数特性を示す図である。
【
図3A】(a)は
図1のレーダ装置100において、近距離からの反射波の場合のビート信号の電圧波形を示すグラフであり、(b)はその場合の距離スペクトル(周波数スペクトル)を示す図である。
【
図3B】(a)は
図1のレーダ装置100において、遠距離からの反射波の場合のビート信号の電圧波形を示すグラフであり、(b)はその場合の距離スペクトル(周波数スペクトル)を示す図である。
【
図4】
図1のレーダ装置100により実行される受信信号処理を示すフローチャートである。
【
図5】
図1のレーダ装置100により実行されるサンプル単位でのしきい値判定を用いて干渉信号検出処理を示す概略説明図である。
【
図6A】
図1のレーダ装置100において干渉信号の検出前における(a)ビート信号b(t)と(b)スペクトルB(f)を示す図である。
【
図6B】
図1のレーダ装置100において干渉信号の検出後にサンプルデータを0に置換したときにおける(a)ビート信号b’(t)と(b)スペクトルB’(f)を示す図である。
【
図7】
図1のレーダ装置100における干渉信号の検出処理における、干渉信号の受信電圧Vi(r)と、熱雑音の平均電圧Vnと、ターゲット信号の受信電圧Vs(r)との関係を示す図である。
【
図8】変形例に係るレーダ装置におけるバンドパスフィルタ24Aの構成例を示すブロック図である。
【
図9】比較例に係る一般的なレーダ装置におけるローパスフィルタの利得周波数特性を示す図である。
【
図10A】(a)は比較例に係るレーダ装置において、近距離からの反射波の場合のビート信号の電圧波形を示すグラフであり、(b)はその場合の距離スペクトル(周波数スペクトル)を示す図である。
【
図10B】(a)は比較例に係るレーダ装置において、遠距離からの反射波の場合のビート信号の電圧波形を示すグラフであり、(b)はその場合の距離スペクトル(周波数スペクトル)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、添付図面を参照して、比較例及び実施形態に係る、FCM方式を用いたレーダ装置とその制御方法の実施形態について説明する。なお、この実施形態により本発明が限定されるものではない。
【0014】
(発明者の知見)
図9は比較例に係る一般的なレーダ装置におけるローパスフィルタの利得周波数特性を示す図である。一般的なレーダ装置では、送信チャープ信号を含む無線信号と、受信チャープ信号を含む無線信号とを混合した後に得られるビート信号を、
図9のフィルタ特性を有するローパスフィルタを用いてフィルタリングしている。
【0015】
図10A(a)は比較例に係るレーダ装置において、近距離からの反射波の場合のビート信号の電圧波形を示すグラフであり、(b)はその場合の距離スペクトル(周波数スペクトル)を示す図である。また、
図10B(a)は比較例に係るレーダ装置において、遠距離からの反射波の場合のビート信号の電圧波形を示すグラフであり、(b)はその場合の距離スペクトル(周波数スペクトル)を示す図である。ここで、「近距離」及び「遠距離」は、
図7を参照して詳細後述すように、干渉信号の受信電圧と、熱雑音の平均電圧Vnと、ターゲット信号の受信電圧Vs(r)により決まり、本実施形態では、「近距離」は例えば概ね2~7m程度であり、「遠距離」は例えば概ね10m以上である。これらは一例の値である。
【0016】
図9のローパスフィルタを用いてチャープ信号を含む反射波信号を受信した場合、反射体までの距離によらず、ビート信号の電圧は受信値のままとなり、受信信号電圧が熱雑音電圧よりも高くなる場合が発生し、しきい値を一意に決定できない。前記のローパスフィルタの目的は、折り返し雑音(エイリアシング)の除去や、所望帯域への制限にあるからである。
【0017】
すなわち、レーダ信号処理の分野では、SNR(信号対雑音比)を推測するときに、熱雑音レベルを計算する。しかし、一般的に、熱雑音レベルと比較して、近距離物体からの反射波の受信レベルが同等又は上回るため、近距離にある反射体(物標)からの反射波の変動を考慮したしきい値設定にしなければならない。そのため、熱雑音電圧のみではしきい値の決定が困難だった。
【0018】
(実施形態)
図1は実施形態に係るレーダ装置100の構成例を示すブロック図である。以下、レーダ装置100の構成例について説明する。
【0019】
上述の課題を解決するために、本発明の実施形態では、
(A)送信チャープ信号を含む無線信号と、受信チャープ信号を含む無線信号とを混合した後に得られるビート信号を、
図9のフィルタ特性を用いてフィルタリングするローパスフィルタを、
図2Bのフィルタ特性を有するバンドパスフィルタ24-1~24-N(総称して、符号24を付す)に置き換え、
(B)無線受信部2における熱雑音電圧Vn(又は相当するデジタル値)に基づいて、干渉信号検出のためにビート信号b(t)と比較するしきい値V
THを決定したことを特徴とする。
【0020】
ここで、各バンドパスフィルタ24は、近距離からの反射波を除去する。また、熱雑音レベルは、ボルツマン定数kと、装置構成の導体の温度Tと、雑音帯域幅fBANDと、雑音指数NFから求めることができる。それにより、アプリケーションに寄らず、シミュレーション上で予めしきい値を決定できるようになった。
【0021】
以下、実施形態及び変形例に係るレーダ装置100について以下に説明する。なお、以下の実施形態及び変形例は一例であって、本発明の一実施形態であって、これに限定されない。
【0022】
図1において、レーダ装置100は、例えばFCM(Fast Chirp Modulation)方式を用いて、物標との距離及び相対速度を推定する。FCM方式では、周波数が連続的に変化する複数のチャープ信号が繰り返される送信チャープ信号を、物標に対して無線送信して、検出範囲内に存在する各物標との距離及び相対速度を検出する。具体的には、FCM方式は、チャープ信号Stを生成する変調信号と物標による送信信号の反射波を受信して得られる受信信号とから生成されたビート信号b(t)に対して2次元高速フーリエ変換処理(以下、2次元FFT処理という)を実行して物標との距離及び相対速度を推定する。なお、2次元FFT処理は、距離FFT処理及び速度FFT処理の2回のFFT処理を含む。
【0023】
図2Aは、
図1のレーダ装置100で用いるチャープ信号の周波数変化波形図を示すグラフである。
図2Aに示すように、チャープ信号は、時間経過とともに、チャープ勾配Δf
[Hz/s]で上昇する。
【0024】
図2Bは
図1のレーダ装置100で用いるバンドパスフィルタの利得周波数特性を示す図である。
図2Bに示すように、バンドパスフィルタ24の利得は、例えば。利得Gminから上昇して、通過帯域の正規化下限周波数fminで最大利得Gmaxを有し、当該通過帯域内で当該最大利得Gmaxを保持した後、正規化上限周波数fmaxから所定の周波数fmまでに低下する周波数特性を有する。すなわち、バンドパスフィルタ24は、ビート信号b(t)の主成分を通過させる所定の通過帯域幅を有する。
【0025】
図1において、レーダ装置100は、無線送信部1と、無線受信部2と、信号処理部3とを備える。ここで、無線送信部1は、送信制御部10と、変調信号生成部11と、発振器12と、電力増幅器13と、送信アンテナ14とを備える。また、無線受信部2は、1個以上のN個の受信アンテナ21-1~21-N(以下、総称して符号21を付す)と、複数N個の低雑音増幅器22-1~22-N(以下、総称して符号22を付す)と、複数N個の混合器23-1~23-N(以下、総称して符号23を付す)と、複数N個のバンドパスフィルタ(BPF)24-1~24-N(以下、総称して符号24を付す)と、複数N個のAD変換器(ADC)25-1~25-N(以下、総称して符号25を付す)とを備える。さらに、信号処理部3は、複数N個の干渉検出部31-1~31-N(以下、総称して符号31を付す)と、複数N個の距離及び速度推定部32-1~32-N(以下、総称して符号32を付す)と、到来角度推定部33とを備える。
【0026】
無線送信部1の送信制御部10は、所定の送信間隔T
nを有する送信間隔信号Siを発生して変調信号生成部11に出力する。変調信号生成部11は、例えば
図2Aに示す鋸波形状などの三角波形状で周波数が変化する変調信号(チャープ信号)を生成し、発振器12に出力する。発振器12は、変調信号に従って、前記送信間隔Tnを有する送信チャープ信号を含む無線信号Stを生成して、電力増幅器13を介して送信アンテナ14に出力されて、送信チャープ信号
を含む無線信号
Stが送信アンテナ14から物標に向けて放射される。なお、発振器12からの送信チャープ信号を含む無線信号Stは無線受信部2の混合器23にも分配される。
【0027】
無線受信部2
では、アレーアンテナを構成する複数N個の受信アンテナ21は、反射体である物標からの反射波である、送信チャープ信号を含む無線信号Stを、受信チャープ信号を含む無線信号Srとして受信し、当該無線信号Srを、低雑音増幅器22を介して混合器23に出力する。各混合器23は、各低雑音増幅器22からの無線信号に含まれる受信チャープ信号を含む無線信号Srと、発振器12からの送信チャープ信号を含む無線信号Stとを混合して、各バンドパスフィルタ24に出力する。各バンドパスフィルタ24は、上述の
図2Bの帯域通過特性を有してフィルタリングを行うことで、ビート周波数を有するビート信号b(t)を検出して各AD変換器25に出力する。各AD変換器25は入力されるビート信号b(t)をデジタル形式のビート信号にAD変換して信号処理部3の各干渉検出部31に出力する。
【0028】
なお、
図1に示す受信アンテナ21等の個数Nは、例えば1以上である。本実施形態において、距離の推定、又は速度の推定は1個の受信アンテナ21で可能であるが、到来角度の推定まで行なう場合、2個以上の受信アンテナ21が必要である。
【0029】
信号処理部3は、例えば、CPU(Central Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)、入出力ポート等を含むマイクロコンピュータで構成され、レーダ装置100の全体を制御する。
【0030】
干渉検出部31は、詳細後述するように、ビート信号b(t)の瞬時電圧に対して、所定のしきい値VTHを用いて干渉信号の有無をサンプル単位で判定し、ビート信号b(t)において干渉のあるサンプルデータをゼロに置換し、ゼロ置換処理後のビート信号b’(t)を生成して距離及び速度推定部32に出力する。
【0031】
各距離及び速度推定部32は、各干渉検出部31から出力されるビート信号b’(t)に対してそれぞれ公知の2次元FFT処理(距離FFT処理及び速度FFT処理)を行い、かかる2次元FFT処理の結果に基づいて物標の距離及び相対速度を演算して到来角度推定部33に出力する。
【0032】
到来角度推定部33は、複数の受信チャープ信号を含む無線信号Sr又はそれに基づいて生成されたビート信号b’(t)に基づいて、所定の公知の到来角度演算処理により物標の到来角度を推定する。例えば、各到来角度推定部33は、受信アンテナ21で受信された複数個の受信信号に基づく複数個のビート信号b’(t)の周波数スペクトルそれぞれの同一距離ビンのピークの位相の違いにより物標の到来角度を推定する。なお、同一距離ビンのピークの位相の違いにより、同一距離ビンに複数の物標(反射体)が存在することが検出された場合、それら複数の物標それぞれについて角度推定を行う。なお、到来角度推定部33における角度の推定は、例えば、ESPRIT(Estimation of Signal Parameters via Rotational Invariance Techniques)、DBF(Digital Beam Forming)、又はMUSIC(Multiple Signal Classification)などの公知の推定方式を用いて実行される。
【0033】
到来角度推定部33は、演算した物標で反射された無線信号の到来角度に加えて、各距離及び速度推定部32において推定された、物標との距離及び相対速度に係る情報を他制御装置200に出力する。なお、
図1において、他制御装置200は、他のレーダ装置、又は、当該レーダ装置100及び他のレーダ装置を統括的に制御する制御装置である。
【0034】
図3A(a)は、
図1のレーダ装置100において、近距離からの反射波の場合のビート信号の電圧波形を示すグラフであり、
図3A(b)はその場合の距離スペクトル(周波数スペクトル)を示す図である。また、
図3B(a)は
、図1のレーダ装置
100において、遠距離からの反射波の場合のビート信号の電圧波形を示すグラフであり、
図3B(b)はその場合の距離スペクトル(周波数スペクトル)を示す図である。また、
図4は
図1のレーダ装置100により実行される受信信号処理を示すフローチャートであり、
図5は
図1のレーダ装置100により実行されるサンプル単位でのしきい値判定を用いて干渉信号検出処理を示す概略説明図である。さらに、
図6Aは
図1のレーダ装置100において干渉信号の検出前における(a)ビート信号b(t)と(b)スペクトルB(f)を示す図であり、
図6Bは
図1のレーダ装置100において干渉信号の検出後にサンプルデータを0に置換したときにおける(a)ビート信号b’(t)と(b)スペクトルB’(f)を示す図である。また、
図7は
図1のレーダ装置100における干渉信号の検出処理における、干渉信号の受信電圧Vi(r)と、熱雑音の平均電圧Vnと、ターゲット信号の受信電圧Vs(r)との関係を示す図である。
【0035】
以下、
図4~
図7を参照して、
図4の受信信号処理について以下に説明する。
【0036】
図4のステップS1において、干渉検出部31は、ボルツマン定数kと、装置を構成する導体の温度Tと、雑音帯域幅f
BANDと、雑音指数NFから熱雑音電圧Vnを算出し、熱雑音電圧Vnの定数α倍を干渉信号検出用しきい値V
THとする。ここで、しきい値V
THの設定方法について以下に説明する。
【0037】
熱雑音信号n(t)は次式で表される。
【0038】
n(t)=Vn・p(t) (1)
【0039】
ここで、tは時間指標であり、熱雑音の平均電圧Vnは次式で表される。
【0040】
【0041】
また、p(t)は標準正規分布に従う乱数信号であり、kはボルツマン定数[J/K]であり、Tは装置構成の導体の温度[K]であり、fBANDはサンプリングレートNs[sps]に基づいて決定される雑音帯域幅[Hz]である。さらに、雑音指数NF[dB]は無線受信部2の仕様値を用いてもよいし、無線受信部2の入力信号の信号対雑音電力比SNRin[dB]、及び無線受信部2の出力信号の信号対雑音電力比SNRout[dB]を用いて次式で算出してもよい。
【0042】
【0043】
そして、干渉信号を検出するためのしきい値VTHは次式で定義される。
【0044】
VTH=αVn (4)
【0045】
ここで、本実施形態では、無線受信部2において、ローパスフィルタに代えてバンドパスフィルタ24を用いるので、
図7を参照して後述するように、干渉信号がないターゲット信号の受信電圧Vs(r)が熱雑音電圧Vn以下になること(本実施形態では、このときの距離を「遠距離」という)を前提としている。ここで、熱雑音電圧Vnは正規分布に従っており、
(1)正規分布の±3σ以下の電圧となる確率は99.73%であり、
(2)正規分布の±4σ以下の電圧となる確率は99.99%である。
なお、定数αは例えば概ね3~4程度であり、これは一例の値である。
【0046】
次いで、
図4のフローチャートの説明に戻り、
図4のステップS2において、無線送信部1から送信チャープ信号を含む無線信号を送信し、無線受信部2でチャープ信号を含む無線信号を受信する。ステップS3では、無線受信部2は、送信チャープ信号を含む無線信号と、受信チャープ信号を含む無線信号とを混合器23により混合し、バンドパスフィルタ24により帯域通過フィルタリングを行い、AD変換器25によりAD変換して、ビート信号b(t)を生成する。生成されたビート信号b(t)は、
図5に示すように、ターゲット信号s(t)と、熱雑音信号n(t)と、干渉信号i(t)との加算結果で構成される。
【0047】
さらに、干渉検出部31は、ビート信号b(t)の瞬時電圧に対して、前記しきい値VTHを用いたしきい値判定によって干渉信号の有無をサンプル単位で判定し、ビート信号b(t)における干渉信号のあるサンプルデータをゼロに置換し、ゼロ置換処理後のビート信号b’(t)を生成する(S4)。ここで、干渉検出部31の処理について以下に説明する。
【0048】
本実施形態では、サンプル単位でのしきい値判定において、ビート信号b(t)の各サンプルの絶対値電圧|b(t)|に基づいて、次式によりしきい値判定し、干渉の有無を検出する。
【0049】
【0050】
すなわち、干渉信号があるときは、E(t)=1となり、干渉信号がないときは、E(t)=0となる。
【0051】
また、干渉信号を検出したときは、次式に示すように、干渉信号があるサンプルデータを0に置換することで干渉信号の影響を大幅に低減し、SNRを改善する。なお、AD変換を行わないときは、例えばビート信号の、干渉信号がある検出時間期間において、ビート信号を0に置換すればよい。
【0052】
【0053】
図6Aに示すように、干渉信号の検出前では、ビート信号b(t)において干渉信号が存在しており、それをFFT(Fast Fourier Transformation)処理を行って距離スペクトルB(f)に変換したときもいまだ、低SNRとなっている。しかし、
図6Bに示すように、干渉検出部31による干渉検出及びゼロ置換処理により、処理後のビート信号b’(t)において干渉信号が大幅に軽減され、距離スペクトルB’(f)におけるターゲット信号に対応する距離に対応するパワーが増大されて高SNRとなることがわかる。
【0054】
前記ステップS4の処理後のステップS5において、距離及び速度推定部32は、ゼロ置換処理後のビート信号b’(t)から、上述のように距離及び速度を推定する。次いで、ステップS6において、到来角度推定部33は、各受信アンテナ21の位相差から、上述のように到来角度を推定し、当該受信信号処理を終了する。
【0055】
さらに、本実施形態における「近距離」及び「遠距離」を定義するために、干渉信号の受信電圧Vi(r)と、熱雑音の平均電圧Vnと、ターゲット信号の受信電圧Vs(r)との関係について以下に説明する。
【0056】
ターゲット信号の受信電圧Vs(r)は次式で算出される。
【0057】
【0058】
【0059】
ここで、Ps(r)は無線受信部1で受信される受信信号の電力であり、GTxは送信アンテナ14の利得[dB]であり、GRxは受信アンテナ21の利得[dB]である。また、P
T
は無線送信部1の空中線電力[dB]であり、σは反射体の平均有効反射断面積[dBm2]であり、λは波長[m]であり、rはレーダ装置100と反射体との間の距離[m]である。
【0060】
上記の式(8)から明らかなように、ターゲット信号の受信電圧Vs(r)は距離rの4乗で減衰することがわかる。
【0061】
次いで、干渉信号の受信電圧Vi(r)は次式で算出される。
【0062】
【0063】
【0064】
上記の式(10)から明らかなように、干渉信号の受信電圧Vi(r)は距離rの2乗で減衰する。
【0065】
本実施形態において、干渉信号を検出するための条件は、ターゲット信号の受信電圧Vs(r)が、次式に示すように、熱雑音信号の平均電圧Vnを十分に又は実質的に、電圧マージンVmarginを有して下回ることであり、これを満たす距離が本実施形態における「遠距離」に対応する。すなわち、「遠距離」は例えば
図7の距離r
2以上の距離に対応し、「近距離」は例えば
図7の距離r
1以下の距離に対応する。
【0066】
【0067】
ここで、φは例えば約10以上の定数であり、これは一例の値である。
【0068】
本実施形態に係る遠距離用レーダ装置100の最小検出距離rminは次式で算出される。ここで、最小検出距離rminは概ね10m程度である。
【0069】
【0070】
【0071】
【0072】
なお、本実施形態で用いるバンドパスフィルタ24における正規化下限周波数fminは次式で算出される。
【0073】
【0074】
ここで、干渉信号の最大検出距離rmaxは次式で表される。
【0075】
【0076】
ここで、cは光速[m/s]であり、Δfはチャープ勾配[Hz/s]である。
【0077】
以上説明したように、本実施形態では、無線受信部2においてバンドパスフィルタ24を備えることで、近距離からの反射波のパワーをフィルタリングで抑制することで、ターゲット信号の受信電圧Vs(r)が熱雑音の平均電圧Vnよりも十分に低くなる(
図7)。これにより、熱雑音の平均電圧Vnをもとに、干渉信号を検出するためのしきい値V
THを一意に決定することができる。
【0078】
また、本実施形態における距離及び速度推定部32及び到来角度推定部33は、信号処理により距離FFT、速度FFT、角度FFTを行って、熱雑音に埋もれたビート信号b(t)を抽出することができる。当該信号処理によるSNRの改善量SNR
improve
[dB]は次式で算出される。
【0079】
【0080】
ここで、N
sample
は1チャープ信号当たりのサンプル数であり、N
chirp
はチャープ数であり、NRxは受信アンテナ21の素子数Nである。
【0081】
(実施形態の効果)
以上説明したように、本実施形態に係るレーダ装置100によれば、無線受信部2においてローパスフィルタに代えてバンドパスフィルタ24を備え、干渉検出部31により熱雑音電圧Vnから決定されたしきい値VTHを用いて干渉信号を検出したので、アプリケーションによらず、干渉信号の有無を決定できる。
【0082】
また、干渉信号があるサンプルデータを0に置換することで、
図6Aと
図6Bとの比較から明らかのように、距離FFT処理後の距離スペクトルにおいてターゲット信号のSNRを大幅に改善させることができる。
【0083】
さらに、前記置換処理後の受信信号を用いて、距離推定、速度推定及び到来角度推定を行うことで、従来技術と比較して高精度な推定を行うことができる。特に、干渉が発生した場合に、干渉の影響を除去させてSNRの低下を軽減し、正確に位置推定及び速度推定できる。ここで、例えばレーダ装置100を自動車に適用することで、ユーザは、反射物体の正確な位置情報(距離及び相対速度、方位)を得ることができ、自動運転の補助や交通事故の発生低減に繋がる。
【0084】
さらに、本実施形態によれば、以下の特有の効果を有する。
(1)演算コストを軽減でき、処理速度を高速化できる。
(2)干渉信号の検出に、平均化処理や相関値、尤度の算出が不要であり、試験コストを軽減できる。
(3)実験をしなくても、シミュレーション上で検証可能である。
(4)干渉信号に依存せず、しきい値VTHの決定が使用周波数に依存しないので、広帯域干渉と狭帯域干渉のともに適用可能である。
(5)対象とする反射体の物標が複数でも検出可能である。
【0085】
(変形例)
図8は変形例に係るレーダ装置におけるバンドパスフィルタ24Aの構成例を示すブロック図である。以上の実施形態では、無線受信部2においてバンドパスフィルタ24を備えているが、本発明はこれに限らず、これに代えて、
図8に示すように、バンドパスフィルタ24Aを備えてもよい。すなわち、各バンドパスフィルタ24A-1~24A-Nはそれぞれ、従来のローパスフィルタ41-1~41-Nに、ハイパスフィルタ42-1~42-Nを付加する構成を有する。
【0086】
以上の実施形態では、送信チャープ信号は、周波数が連続的に増加する(すなわち、アップチャープ)場合を示したが、周波数が連続的に減少する(すなわち、ダウンチャープ)チャープ信号であってもよい。また、それらの組み合わせであってもよい。
【0087】
以上の実施形態では、FCM方式を用いたレーダ装置について説明したが、本発明はこれに限らず、FMCW変調方式又はパルス圧縮変調方式を用いたレーダ装置に適用可能である。
【0088】
以上の実施形態では、物標の位置及び相対速度を推定しているが、本発明はこれに限らず、物標の相対速度のみを推定するように構成してもよい。
【0089】
以上の実施形態に対してさらなる効果や変形例は、当業者によって容易に導き出すことができる。このため、本発明のより広範な態様は、以上のように表しかつ記述した特定の詳細及び代表的な実施形態に限定されるものではない。したがって、添付の特許請求の範囲及びその均等物によって定義される総括的な発明の概念の精神又は範囲から逸脱することなく、様々な変更が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0090】
以上詳述したように、本発明に係るレーダ装置とその制御方法によれば、アプリケーションに応じてしきい値の決定を目的とする測定が不要なレーダ装置とその制御方法を提供することができる。特に、レーダ間の干渉を軽減しつつ、位置および速度推定をより正確に行うことができる。これにより、ユーザは、反射物体である物標の正確な位置情報(距離及び相対速度、到来角度である方位)を得ることができ、自動運転の補助や交通事故の発生低減に繋がる。
【0091】
本発明に係るレーダ装置は、例えば道路監視向けミリ波レーダにおいて、干渉対策を実現するための技術手段に適用することができる。アプリケーションとしては、信号機や交通標識などに当該レーダ装置を取り付け、車両の位置と速度を検出し、渋滞緩和のためのトラフィックカウンタを行なうことができる。また、本発明は、ミリ波センサを搭載するレーダ装置(FCM変調方式やFMCW変調方式、パルス圧縮変調方式)の干渉検出機能に適用可能であり、例えば気象、船舶、航空機用途など遠距離用レーダに適用可能である。
【符号の説明】
【0092】
1 無線送信部
2 無線受信部
10 送信制御部
11 変調信号生成部
12 発振器
13 電力増幅器
14 送信アンテナ
21,21-1~21-N 受信アンテナ
22,22-1~22-N 低雑音増幅器
23,23-1~23-N 混合器
24,24-1~24-N バンドパスフィルタ(BPF)
25,25-1~25-N AD変換器(ADC)
31,31-1~31-N 干渉検出部
32,32-1~32-N 距離及び速度推定部
33 到来角度推定部
100 レーダ装置
200 他制御装置