(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-11
(45)【発行日】2024-03-19
(54)【発明の名称】イオントラップへのイオン導入方法、イオントラップ質量分析装置、及び、イオントラップ質量分析用プログラム
(51)【国際特許分類】
H01J 49/42 20060101AFI20240312BHJP
G01N 27/62 20210101ALI20240312BHJP
H01J 49/00 20060101ALI20240312BHJP
【FI】
H01J49/42 650
G01N27/62 E
H01J49/00 310
H01J49/00 810
(21)【出願番号】P 2020158298
(22)【出願日】2020-09-23
【審査請求日】2023-01-18
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】細井 孝輔
【審査官】鳥居 祐樹
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2008/129850(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/038672(WO,A1)
【文献】国際公開第2008/126383(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 49/42
G01N 27/62
H01J 49/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の電極で囲まれる内部空間に形成される電場の作用によって、該内部空間にイオンを捕捉するイオントラップに、外部からイオンを導入する方法であって、
イオントラップの内部空間にイオンを捕捉している状態で、所定の質量電荷比を有する目的イオン又は質量電荷比が所定の質量電荷比範囲に入る目的イオン群を前記内部空間に残し、それ以外のイオンを該内部空間から排出させるイオン選別ステップと、
該イオン選別ステップの実施後に、
捕捉している前記目的イオン又は前記目的イオン群に対する開裂操作を行うことなく、前記内部空間にイオンを捕捉するための擬似ポテンシャルを一時的に低下させ、捕捉してい
る前記目的イオン又は前記目的イオン群を維持しつつ外部から新た
に該目的イオン又は該目的イオン群を含むイオンを前記内部空間に導入することで、又は、捕捉
している
前記目的イオン又は前記目的イオン群の運動に応じた所定のタイミングで以て外部から新た
に該目的イオン又は該目的イオン群を含むイオンを前記内部空間に導入することで、捕捉される
目的イオン又は目的イオン群の量を増加させるイオン追加導入ステップと、
を実行する、イオントラップへのイオン導入方法。
【請求項2】
前記イオン追加導入ステップでは、擬似ポテンシャルを一時的に低下させ、捕捉してい
る前記目的イオン又は前記目的イオン群を維持しつつ外部から新た
に該目的イオン又は該目的イオン群を含むイオンを前記内部空間に導入したあと、前記目的イオン又は
前記目的イオン群のみが捕捉され得る条件に前記イオントラップ内の電場を戻す、請求項1に記載のイオントラップへのイオン導入方法。
【請求項3】
複数の電極で囲まれる内部空間に形成される電場の作用によって、該内部空間にイオンを捕捉するイオントラップと、
前記複数の電極のそれぞれに所定の電圧を印加する電圧発生部と、
前記電圧発生部により前記複数の電極の少なくとも一つにRF電圧を印加することにより前記内部空間にイオンを捕捉している状態で、所定の質量電荷比を有する目的イオン又は質量電荷比が所定の質量電荷比範囲に入る目的イオン群を前記内部空間に残し、それ以外のイオンを該内部空間から排出させるように前記複数の電極の少なくとも一つに印加する電圧を変更し、そのあとに、
捕捉している前記目的イオン又は前記目的イオン群に対する開裂操作を行うことなく、前記内部空間にイオンを捕捉するための擬似ポテンシャルを一時的に低下させ、捕捉してい
る前記目的イオン又は前記目的イオン群を維持しつつ外部から新た
に該目的イオン又は該目的イオン群を含むイオンを前記イオントラップ内に導入するように、前記複数の電極の少なくとも一つに印加する電圧を変更する制御部と、
を備える、イオントラップ質量分析装置。
【請求項4】
前記制御部は、擬似ポテンシャルを一時的に低下させ、捕捉してい
る前記目的イオン又は前記目的イオン群を維持しつつ外部から新た
に該目的イオン又は該目的イオン群を含むイオンを前記内部空間に導入したあと、前記目的イオン又は前記目的イオン群のみが捕捉され得るRF電圧が前記複数の電極の少なくとも一つに印加されるように前記電圧発生部を制御する、請求項3に記載のイオントラップ質量分析装置。
【請求項5】
前記電圧発生部は、前記イオントラップの内部空間にイオンを捕捉するために該イオントラップを構成する複数の電極の少なくとも一つに矩形波RF電圧を印加するものである、請求項3又は4に記載のイオントラップ質量分析装置。
【請求項6】
前記制御部は、前記擬似ポテンシャルを一時的に低下させる際に、前記矩形波RF電圧の振幅を一定として周波数を一時的に上昇させるように前記電圧発生部を制御する、請求項5に記載のイオントラップ質量分析装置。
【請求項7】
前記制御部は、所定の質量電荷比を有する
目的イオン又は質量電荷比が所定の質量電荷比範囲に入る
目的イオン
群を前記内部空間に残す際に、前記矩形波RF電圧の周波数を一定としてデューティー比を変化させるように前記電圧発生部を制御する、請求項5又は6に記載のイオントラップ質量分析装置。
【請求項8】
パルス状にイオンを供給するイオン供給部と、
複数の電極で囲まれる内部空間に形成される電場の作用によって、該内部空間にイオンを捕捉するイオントラップと、
前記複数の電極のそれぞれに所定の電圧を印加する電圧発生部と、
前記電圧発生部により前記複数の電極の少なくとも一つにRF電圧を印加することにより前記内部空間にイオンを捕捉している状態で、所定の質量電荷比を有する目的イオン又は質量電荷比が所定の質量電荷比範囲に入る目的イオン群を前記内部空間に残し、それ以外のイオンを該内部空間から排出させるように前記複数の電極の少なくとも一つに印加する電圧を変更し、そのあとに、
捕捉している前記目的イオン又は前記目的イオン群に対する開裂操作を行うことなく、捕捉
している
前記目的イオン又は前記目的イオン群の運動に応じた所定のタイミングで以て外部から新た
に該目的イオン又は該目的イオン群を含むイオンを前記内部空間に導入するように前記イオン供給部におけるパルス状のイオン供給のタイミングを制御する制御部と、
を備える、イオントラップ質量分析装置。
【請求項9】
前記電圧発生部は、前記イオントラップの内部空間にイオンを捕捉するために該イオントラップを構成する複数の電極の少なくとも一つに矩形波RF電圧を印加するものであり、前記制御部は、前記イオントラップ内に捕捉された状態にあるイオンがその捕捉領域の外周部に拡がった状態から中央に向かうタイミングで該イオントラップにイオンが入射するように、前記イオン供給部におけるパルス状のイオン供給のタイミングを制御する、請求項8に記載のイオントラップ質量分析装置。
【請求項10】
複数の電極で囲まれる内部空間に形成される電場の作用によって、該内部空間にイオンを捕捉するイオントラップと、前記複数の電極のそれぞれに所定の電圧を印加する電圧発生部と、を具備するイオントラップ質量分析装置を駆動するためのコンピュータープログラムであって、コンピューターに、
前記電圧発生部により前記複数の電極の少なくとも一つにRF電圧を印加することにより前記内部空間にイオンを捕捉している状態で、所定の質量電荷比を有する目的イオン又は質量電荷比が所定の質量電荷比範囲に入る目的イオン群を前記内部空間に残し、それ以外のイオンを該内部空間から排出させるように前記複数の電極の少なくとも一つに印加する電圧を変更するように前記電圧発生部を制御するイオン選別ステップと、
前記イオン選別ステップの実施後に、
捕捉している前記目的イオン又は前記目的イオン群に対する開裂操作を行うことなく、前記内部空間にイオンを捕捉するための擬似ポテンシャルを一時的に低下させ、捕捉してい
る前記目的イオン又は前記目的イオン群を維持しつつ外部から新た
に該目的イオン又は該目的イオン群を含むイオンを前記イオントラップ内に導入するように、前記複数の電極の少なくとも一つに印加する電圧を変更するイオン追加導入ステップと、
を実行させる、イオントラップ質量分析用プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電場によってイオンを捕捉するイオントラップへ試料由来のイオンを導入する方法、イオントラップ質量分析装置、及び、イオントラップ質量分析用のコンピュータープログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析装置において、電場によりイオンを捕捉する(閉じ込める)イオントラップを利用した装置が知られている。イオントラップ型質量分析装置では、イオントラップに分析対象のイオンを捕捉したあと、そのイオントラップ自体の質量分離機能を利用してイオンを質量電荷比(厳密には斜体字の「m/z」であるが、本明細書中では慣用的に「質量電荷比」又は「m/z」と記す)に応じて分離し検出器で検出する。また、イオントラップ飛行時間型質量分析装置では、イオントラップに分析対象のイオンを捕捉したあと、イオンを一斉にイオントラップから射出して飛行時間型質量分離器に導入する。そして、飛行時間型質量分離器の飛行空間中をイオンが飛行する間にそれらイオンを質量電荷比に応じて分離し、検出器で検出する。以下の説明では、イオントラップ型質量分析装置、イオントラップ飛行時間型質量分析装置を含め、イオントラップを利用した質量分析装置全般をイオントラップ質量分析装置ということとする。
【0003】
典型的なイオントラップは、略円環状である1個のリング電極と、そのリング電極を挟むように配設される2個一対のエンドキャップ電極と、を含む、3次元四重極型のイオントラップである。3次元四重極型のイオントラップでは、リング電極に所定の高周波電圧(RF(Radio Frequency)電圧)を印加することで、リング電極及びエンドキャップ電極で囲まれる空間に四重極高周波電場を形成し、イオンを閉じ込めることができる。従来の一般的なイオントラップでは、RF電圧として正弦波状の電圧を用いているが、最近では、RF電圧として矩形波状の電圧を用いるものも知られている(非特許文献1等参照)。こうしたイオントラップは、正弦波状のRF電圧を用いるイオントラップと区別して、デジタルイオントラップ(Digital Ion Trap)と呼ばれている。
【0004】
イオントラップ質量分析装置では、通常、パケット状につまり一塊の状態でイオントラップにイオンを導入するため、パケット状にイオンを生成可能であるマトリックス支援レーザー脱離イオン化(Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization:MALDI)法によるイオン源が用いられることが多い。MALDIイオン源は、1回のパルス的なレーザー光の照射によって生成されるイオンの量が比較的少ないうえに、レーザー光照射毎のイオン生成量のばらつきが比較的多い。そこで、MALDIイオン源を用いたイオントラップ質量分析装置では一般に、一つの試料に対し、レーザー光の照射によって生成されたイオンをイオントラップに捕捉して質量分析することによって所定の質量電荷比範囲のデータを収集する、という操作を多数回行い、得られたデータを積算することで目的とするマススペクトルを作成している。この方法によれば、SN比等のマススペクトルの信号品質は高まる。その一方で、一つの試料に対するマススペクトルを得られるまでの時間が長いという問題がある。
【0005】
これに対し、特許文献1、非特許文献2には、イオントラップにイオンを捕捉しながら、新たに外部からイオントラップ内にイオンを追加的に導入する技術が開示されている。この手法は、捕捉電場を形成するための矩形波RF電圧の周波数を容易に且つ迅速に変化させることができるというデジタルイオントラップの特性を利用したものである。
【0006】
具体的には、試料由来の各種イオンをイオントラップ内に捕捉したあとにそれらイオンをクーリング(冷却)することで、イオンが持つエネルギーを十分に小さくする。それに引き続き、イオン捕捉用としてリング電極に印加している矩形波RF電圧の周波数を上げることで、イオントラップの内部に形成されている擬似ポテンシャルの井戸を一時的に浅くする。これによって、捕捉されているイオンに対する電場による拘束力は低下するものの、それらイオンのエネルギーは十分に小さくなっているのでイオントラップの内部にとどまり続ける。
【0007】
一方、擬似ポテンシャル井戸が浅くなったことで、外部からイオントラップの内部にイオンが入り易くなるため、外部からのイオンの追加導入が可能となる。そこで、試料にレーザー光を照射することで新たに発生されたイオンをイオントラップの内部に導く。そのパケット状のイオンがイオントラップの中心付近、つまりは擬似ポテンシャル井戸の中心(底)付近に来たときに、矩形波RF電圧の周波数を元の状態に戻し、擬似ポテンシャル井戸を深くして新たに導入されたイオンを捕捉する。このような一連の操作によって、既にイオントラップの内部に捕捉されているイオンに、新たなイオンを加えて捕捉することができる。
【0008】
上記のイオン追加導入手法によれば、イオン源で生成されるイオンの量が少ない場合であっても、イオントラップ内に捕捉するイオンの量を増加させることができ、1回の質量分析における検出感度を向上させることができる。それにより、測定時間を短縮することができ、測定のスループットを向上させることができる。
【0009】
また、イオントラップへのイオン追加導入手法としては、特許文献5に記載の方法も知られている。イオントラップ内に捕捉されているイオンは、矩形波RF電圧の1周期の間に、その捕捉領域の外周部と中央部との間を往復するように、つまりイオンの集合であるイオン雲が拡張した状態と中央部に収縮した状態とが交互に生じるように移動する。捕捉領域内でイオンが外周部から中央に向かおうとするタイミングでは、外部からイオントラップ内に入射しようとするイオンに対しても該イオンを向かい入れるように電場が作用する。そこで、特許文献5に記載の方法では、擬似ポテンシャル井戸の深さを変えるのではなく、捕捉されているイオンが捕捉領域内で外周部から中央に向かおうとするタイミングで、イオントラップの内部に新たなイオンが入射するようにそのイオンの供給タイミングを制御する。具体的には、矩形波RF電圧の1周期の間の特定の位相又はレベル変化のタイミングに同期させて、イオンをイオントラップへ入射させる。これにより、イオントラップ内に捕捉されていたイオンの散逸を抑制しながら、新たなイオンをイオントラップ内に効率良く導入することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】国際公開第2008/129850号
【文献】米国特許第6900433号明細書
【文献】特開2003-16991号公報
【文献】国際公開第2014/038672号
【文献】国際公開第2008/126383号
【非特許文献】
【0011】
【文献】古橋治、ほか6名、「デジタルイオントラップ質量分析装置の開発」、島津評論、Vol.62、No.3・4、2005年
【文献】「最先端研究開発支援プログラム「次世代質量分析システム開発と創薬・診断への貢献」研究成果報告書 "§2 各グループの研究目的および成果"2 §2-1-3 ハードウェア開発」、[online]、[2020年7月9日検索]、株式会社島津製作所、インターネット<URL: https://www.shimadzu.co.jp/aboutus/ms_r/archive/files/tanaka-pj_report/tanaka-pj_report2.pdf>
【文献】ブランシア(F.L.Brancia)、ほか4名、「デジタル・アシンメトリック・ウェイブフォーム・アイソレーション(DAWI)・イン・ア・デジタル・リニア・イオン・トラップ(Digital Asymmetric Waveform Isolation (DAWI) in a Digital Linear Ion Trap)」、ジャーナル・オブ・アメリカン・ソサイエティー・フォー・マス・スペクトロメトリー(Journal of American Society for Mass Spectrometry)、2010年、21、pp.1530-1533
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
原理的には、上述したような手法によるイオントラップへのイオンの追加導入の回数に制約はないものの、実際には、イオントラップに或る程度多くのイオンが捕捉された状態であると、その捕捉されているイオンによる空間電荷効果のために、新たなイオンはイオントラップに入射しにくくなる。特に、3次元四重極型のイオントラップはリニア型のイオントラップに比べて、イオンを捕捉可能である空間が狭い。そのため、空間電荷効果の影響が大きく、追加可能なイオンの量が制限され、測定時間の短縮やスループット向上といった効果が得られにくいという課題がある。
【0013】
また、イオントラップ質量分析装置では、イオントラップにおいて衝突誘起解離(Collision-Induced Dissociation:CID)等によりイオンを解離させることで、MSn分析(nは2以上の整数)を行うことができる。MSn分析では、特定の質量電荷比を有するイオンを選別するプリカーサー選別を行ったあとにイオン解離操作を行うため、質量分析の対象であるプロダクトイオンの量が少ない場合が多く、通常の質量分析に比べて検出感度の点で不利である。近年、ペプチド、脂質、糖鎖などの生体由来の化合物の構造を質量分析を利用して解析することが盛んに行われているが、こうした解析では、MSn分析はほぼ必須になっており、MSn分析において如何に検出感度を向上させるのかは非常に大きな課題の一つである。
【0014】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、MSn分析を実行する際に、MSn分析に供するイオンの量を効率的に増加させて検出感度を向上させることができる、イオントラップへのイオン導入方法、イオントラップ質量分析装置、及び、イオントラップ質量分析用プログラムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決するために成された本発明に係るイオントラップへのイオン導入方法の一態様は、複数の電極で囲まれる内部空間に形成される電場の作用によって、該内部空間にイオンを捕捉するイオントラップに、外部からイオンを導入する方法であって、
イオントラップの内部空間にイオンを捕捉している状態で、所定の質量電荷比を有する目的イオン又は質量電荷比が所定の質量電荷比範囲に入る目的イオン群を前記内部空間に残し、それ以外のイオンを該内部空間から排出させるイオン選別ステップと、
該イオン選別ステップの実施後に、前記内部空間にイオンを捕捉するための擬似ポテンシャルを一時的に低下させ、捕捉していたイオンを維持しつつ外部から新たなイオンを前記内部空間に導入することで、又は、捕捉されているイオンの運動に応じた所定のタイミングで以て外部から新たなイオンを前記内部空間に導入することで、捕捉されるイオンの量を増加させるイオン追加導入ステップと、
を実行するものである。
【0016】
また、上記課題を解決するために成された本発明に係るイオントラップ質量分析装置の一態様は、
複数の電極で囲まれる内部空間に形成される電場の作用によって、該内部空間にイオンを捕捉するイオントラップと、
前記複数の電極のそれぞれに所定の電圧を印加する電圧発生部と、
前記電圧発生部により前記複数の電極の少なくとも一つにRF電圧を印加することにより前記内部空間にイオンを捕捉している状態で、所定の質量電荷比を有する目的イオン又は質量電荷比が所定の質量電荷比範囲に入る目的イオン群を前記内部空間に残し、それ以外のイオンを該内部空間から排出させるように前記複数の電極の少なくとも一つに印加する電圧を変更し、そのあとに、前記内部空間にイオンを捕捉するための擬似ポテンシャルを一時的に低下させ、捕捉していたイオンを維持しつつ外部から新たなイオンを前記イオントラップ内に導入するように、前記複数の電極の少なくとも一つに印加する電圧を変更する制御部と、
を備えるものである。
【0017】
また、上記課題を解決するために成された本発明に係るイオントラップ質量分析装置の他の態様は、
パルス状にイオンを供給するイオン供給部と、
複数の電極で囲まれる内部空間に形成される電場の作用によって、該内部空間にイオンを捕捉するイオントラップと、
前記複数の電極のそれぞれに所定の電圧を印加する電圧発生部と、
前記電圧発生部により前記複数の電極の少なくとも一つにRF電圧を印加することにより前記内部空間にイオンを捕捉している状態で、所定の質量電荷比を有する目的イオン又は質量電荷比が所定の質量電荷比範囲に入る目的イオン群を前記内部空間に残し、それ以外のイオンを該内部空間から排出させるように前記複数の電極の少なくとも一つに印加する電圧を変更し、そのあとに、捕捉されているイオンの運動に応じた所定のタイミングで以て外部から新たなイオンを前記内部空間に導入するように前記イオン供給部におけるパルス状のイオン供給のタイミングを制御する制御部と、
を備えるものである。
【0018】
また、上記課題を解決するために成された本発明に係るイオントラップ質量分析用プログラムの一態様は、複数の電極で囲まれる内部空間に形成される電場の作用によって、該内部空間にイオンを捕捉するイオントラップと、前記複数の電極のそれぞれに所定の電圧を印加する電圧発生部と、を具備するイオントラップ質量分析装置を駆動するためのコンピュータープログラムであって、コンピューターに、
前記電圧発生部により前記複数の電極の少なくとも一つにRF電圧を印加することにより前記内部空間にイオンを捕捉している状態で、所定の質量電荷比を有する目的イオン又は質量電荷比が所定の質量電荷比範囲に入る目的イオン群を前記内部空間に残し、それ以外のイオンを該内部空間から排出させるように前記複数の電極の少なくとも一つに印加する電圧を変更するように前記電圧発生部を制御するイオン選別ステップと、
前記イオン選別ステップの実施後に、前記内部空間にイオンを捕捉するための擬似ポテンシャルを一時的に低下させ、捕捉していたイオンを維持しつつ外部から新たなイオンを前記イオントラップ内に導入するように、前記複数の電極の少なくとも一つに印加する電圧を変更するイオン追加導入ステップと、
を実行させるものである。
【0019】
また、上記課題を解決するために成された本発明に係るイオントラップ質量分析用プログラムの他の態様は、パルス状にイオンを供給するイオン供給部と、複数の電極で囲まれる内部空間に形成される電場の作用によって、該内部空間にイオンを捕捉するイオントラップと、前記複数の電極のそれぞれに所定の電圧を印加する電圧発生部と、を具備するイオントラップ質量分析装置を駆動するためのコンピュータープログラムであって、コンピューターに、
前記電圧発生部により前記複数の電極の少なくとも一つにRF電圧を印加することにより前記内部空間にイオンを捕捉している状態で、所定の質量電荷比を有する目的イオン又は質量電荷比が所定の質量電荷比範囲に入る目的イオン群を前記内部空間に残し、それ以外のイオンを該内部空間から排出させるように前記複数の電極の少なくとも一つに印加する電圧を変更するように前記電圧発生部を制御するイオン選別ステップと、
前記イオン選別ステップの実施後に、前記イオントラップ内に捕捉されているイオンの運動に応じた所定のタイミングで以て、新たなイオンを前記内部空間に導入するように前記イオン供給部からパルス状のイオンを供給するイオン追加導入ステップと、
を実行させるものである。
【0020】
ここでいうイオントラップは、電場の作用によりイオンを捕捉可能なイオントラップであれば、その構造や構成に制約はないが、一般的には、3次元四重極型イオントラップ又はリニア型イオントラップである。
【発明の効果】
【0021】
例えば、標準的なMS2分析(MS/MS分析)を実施する場合を考えると、上述した従来のイオントラップ質量分析装置では、イオントラップに一又は複数回イオンを追加的に導入し、イオントラップの内部空間に可能な限り多くの量のイオンを蓄積した状態で、MS2分析のターゲットとなるイオンをプリカーサーイオンとして選別し、その選別したイオンに対するCID等の解離操作を実施する。イオントラップに新たなイオンを追加的に導入する際に、イオントラップの内部空間には試料由来の各種のイオンが蓄積されている。
【0022】
これに対し、本発明では、イオントラップにイオンを追加的に導入するのに先立って、MS2分析のターゲットとなるイオンをプリカーサーイオンとして選別する操作を実施する。このため、イオントラップに新たなイオンを追加的に導入する際に、イオントラップの内部空間には、試料由来であってMS2分析のターゲットとなるイオンのみが蓄積されている。つまり、試料由来であってもMS2分析のターゲットでない不要なイオンは排除されている。したがって、イオントラップに新たなイオンを追加的に導入しようとする際に、イオントラップに捕捉されているイオンの量は従来の装置に比べて少なく、その捕捉されているイオンによる空間電荷効果も小さい。その結果、イオントラップへのイオンの追加導入の効率が向上し、イオントラップの内部空間にプリカーサーイオンをより多く捕捉した状態でイオン解離操作を行うことができる。
【0023】
このようにして本発明によれば、既に捕捉されているイオンによる空間電荷効果の影響を軽減し、MSn分析に供するイオンの量を効率的に増加させて、プロダクトイオンの検出感度を向上させることができる。また、1回の質量分析(プロダクトイオンスキャン測定)において得られる信号の品質を向上させることができるので、測定時間の短縮化、測定のスループットの改善を一層図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】本発明の一実施形態であるMALDI-DITMSの要部のブロック構成図。
【
図2】MALDI-DITMSにおけるイオン追加導入を行わない場合のMS
2分析の際の処理工程を示すフローチャート。
【
図3】従来のMALDI-DITMSにおけるイオン追加導入を行う場合のMS
2分析の際の処理工程を示すフローチャート。
【
図4】本実施形態のMALDI-DITMSにおけるイオン追加導入を行う場合のMS
2分析の際の処理工程を示すフローチャート。
【
図5】本実施形態のMALDI-DITMSにおけるイオン追加導入を行う場合のMS
2分析の際の他の処理工程を示すフローチャート。
【
図6】DAWIによるイオン排出操作を説明するためのマチューの安定領域図。
【
図7】イオンの追加導入を行う際の要部の波形図及び動作を示す図。
【
図8】変形例におけるイオンの追加導入を行う際のタイミングの説明図。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明に係るイオントラップ質量分析装置の一実施形態であるマトリックス支援レーザー脱離イオン化デジタルイオントラップ型質量分析装置(MALDI-DITMS)について、添付図面を参照して説明する。
【0026】
[本実施形態のMALDI-DITMSの構成]
図1は、本実施形態のMALDI-DITMSの要部のブロック構成図である。このMALDI-DITMSは、イオン源としてMALDIイオン源を用い、質量分離器としてデジタルイオントラップを用いた質量分析装置である。
【0027】
図1に示すように、このMALDI-DITMSは、測定部1、ガス供給部2、主電圧発生部3、補助電圧発生部4、データ処理部5、制御部6、入力部7、及び表示部8、を備える。
【0028】
測定部1は、真空ポンプ11により真空排気される箱形状のチャンバー10を含み、このチャンバー10内には、サンプルプレート14が載置される試料ステージ13と、引出電極16と、四重極型デフレクター17と、イオントラップ18と、イオン検出器19と、が配置されている。試料ステージ13の直上のチャンバー10の壁面(天面)には、透明な窓100が設けられ、窓100の外側にはレーザー照射部12が配置されている。試料ステージ13は、モータ等を含む図示しないステージ駆動部により、図中に示すX軸、Y軸の2軸方向に移動自在である。通常、X-Y平面は本装置の設置面に平行な面であり、試料ステージ13におけるサンプルプレート載置面もX-Y平面に平行である。
【0029】
四重極型デフレクター17はY軸方向に延伸する4本のロッド電極からなり、図示しない電圧発生部からロッド電極にそれぞれ印加される直流電圧によって、それらロッド電極で囲まれる空間にイオンの進行方向を略直角に折り曲げる偏向電場を形成する。
【0030】
イオントラップ18は、略円環状である1個のリング電極181と、リング電極181を挟んで対向して配置される一対のエンドキャップ電極182、184と、を含む3次元四重極型の構成である。四重極型デフレクター17側に位置する入口側エンドキャップ電極182にはイオン入射孔183、出口側エンドキャップ電極184にはイオン出射孔185が形成されている。
【0031】
リング電極181には主電圧発生部3から、またエンドキャップ電極182、184には補助電圧発生部4から、それぞれ所定の電圧が印加される。それにより形成される電場によって、リング電極181及びエンドキャップ電極182、184で囲まれる内部空間にイオンを捕捉したり、イオンを該内部空間内からイオン出射孔185を通して排出したりすることができる。
【0032】
主電圧発生部3は、後述するように矩形波状のRF電圧を発生するために、例えば、所定の正の電圧を発生する正電圧発生部と、所定の負の電圧を発生する負電圧発生部と、正電圧と負電圧とを高速に切り替えることにより矩形波RF電圧を発生するスイッチング部と、を含む構成とすることができる。制御部6がこのスイッチング部の切替え周波数や切替えのデューティー比を制御することにより、矩形波RF電圧の周波数やデューティー比を調整することができる。一方、補助電圧発生部4は、制御部6からの指示に応じて、矩形波RF電圧の周波数を1/Nに分周し振幅は矩形波RF電圧に比べて遥かに低い信号、又は直流電圧を発生する。
【0033】
ガス供給部2は、ヘリウム(He)、窒素ガス(N2)、アルゴン(Ar)などの不活性ガスを貯留する貯留部と、そうしたガスの流量を調整する流量調整部と、を含み、イオントラップ18の内部空間に上記不活性ガスをクーリングガス又はコリジョンガスとして供給する。
【0034】
制御部6は、制御プログラム記憶部60に記憶されている制御プログラムに従って、測定を実行するために測定部1に含まれる各構成要素を制御する。即ち、制御部6の実体はパーソナルコンピューターやワークステーションなどのコンピューターであり、該コンピューターにインストールされた専用の制御プログラムを該コンピューターで実行することにより、その機能が具現化される。その場合、入力部7はコンピューターに付設されたキーボードやポインティングデバイスであり、表示部8はディスプレイモニターである。
【0035】
[イオン追加導入を実施しない場合のMS
2分析動作]
まず、本実施形態のMALDI-DITMSにおいてイオントラップ18へのイオン追加導入を実施しない場合のMS
2分析動作について説明する。
図2は、このときの一連の処理(操作)の手順を示すフローチャートである。
【0036】
<ステップS1:イオン生成工程>
サンプルプレート14上には、解析対象である試料に適宜のマトリックスを混合することで調製されたサンプル15が形成され、該サンプルプレート14が試料ステージ13上に載置される。そのあと、チャンバー10の内部は真空ポンプ11により真空排気される。チャンバー10内が所定の真空状態になると、制御部6の制御の下で、レーザー照射部12は短時間レーザー光を出射する。このレーザー光は窓100を通過し、サンプルプレート14上のサンプル15に略垂直に照射される。このレーザー光の照射を受けて、サンプル15中の試料成分は気化してイオン化される。
【0037】
<ステップS2:イオン導入工程>
生成されたイオンは、引出電極16により形成される電場によってサンプルプレート14の近傍から上方に引き出され、概ねZ軸方向に進行して四重極型デフレクター17に到達する。四重極型デフレクター17により形成される偏向電場によって、イオンはその軌道を略90°曲げ、概ねX軸方向に進行する。そして、イオンはイオン入射孔183を通ってイオントラップ18の内部空間に入り、主電圧発生部3からリング電極181に印加される矩形波RF電圧によって形成される電場によって一旦捕捉される。
【0038】
<ステップS3及びS4:イオン捕捉工程及びクーリング工程>
イオントラップ18へのイオン導入時にはリング電極181に捕捉電圧が印加されておらず、入口側エンドキャップ電極182は電圧ゼロに維持され、出口側エンドキャップ電極184にはイオンと同極性の適宜の直流電圧が印加される。これにより、イオントラップ18内に入射したイオンはイオン出射孔185付近まで進むと、出口側エンドキャップ電極184に印加されている直流電圧によって形成される電場により跳ね返されて入口側エンドキャップ電極182の方向に戻る。
【0039】
上記イオン導入に先立ってイオントラップ18の内部には、ガス供給部2によりヘリウム等がクーリングガスとして導入される。前述のようにイオンがイオントラップ18の内部に導入された直後に、制御部6の制御の下に主電圧発生部3は、所定の矩形波RF電圧を捕捉電圧としてリング電極181に印加し始める。矩形波RF電圧の印加により、イオントラップ18の内部にはイオンを振動させながら捕捉する捕捉電場が形成される。導入されたイオンは当初、比較的大きなエネルギーを持つが、イオントラップ18内に存在するクーリングガスに衝突してエネルギーは次第に奪われ、捕捉電場に捕捉され易くなる。
【0040】
<ステップS5:プリカーサー選別工程>
適宜の時間の間、クーリングを行ってイオントラップ18の内部空間にイオンを安定的に捕捉した後に、各種のイオンの中で特定の質量電荷比を有するイオンをプリカーサーイオンとして選択的に残すために、それ以外のイオンをイオントラップ18から排出する。このようなプリカーサーイオンを選別する手法は、例えば特許文献2~4、非特許文献3等に記載の、従来から知られている様々な手法を利用して行うことができる。
【0041】
ここでは一例として、本願出願人が特願2019-199816号で提案しているプリカーサー選別方法を簡単に説明する。
まず、第1段階として、プリカーサーイオンの質量電荷比を含む或る程度広い所定の質量電荷比範囲に入るイオンを残し、その範囲外の質量電荷比を持つイオンを排除するような粗分離操作を実行する。この粗分離操作には例えばDAWI(Digital Asymmetric Waveform Isolation)などを利用することができる。DAWIについては非特許文献3等に詳しく記載されているが、ここで簡単に説明する。
【0042】
図6は、周知のマチュー方程式の解の安定条件に基づいて作成される安定領域図である。
図6中、β
z=0、β
z=1(図示せず)、β
r=0、及びβ
r=1で囲まれる斜線で示す範囲が、イオントラップの内部空間にイオンが安定に存在し得る安定領域である。
【0043】
通常のイオン捕捉状態では、
図6中のa
z=0の横線が動作線となり、幅広い質量電荷比範囲のイオンが安定領域内に入ることになる。つまり、幅広い質量電荷比範囲のイオンをイオントラップ内に安定的に捕捉することができる。DAWIやこれに類似したイオン選択方法によってイオンを排除する際には、動作線を
図6中に太線矢印で示すように右上がり斜めに傾ける。すると、その動作線は二点鎖線で示すようになり、その一部のみが安定領域を横切る。この動作線が安定領域の境界線と交差する点、具体的にはβ
z=0と交差する点が、イオントラップの内部に捕捉可能であるイオンの上限質量(HMCO=High Mass Cut Off)である。また、β
r=1と交差する点が、イオントラップの内部に捕捉可能なイオンの下限質量(LMCO=Low Mass Cut Off)である。
【0044】
DAWIでは、リング電極181に印加される矩形波RF電圧のデューティー比を変えることによって下限質量と上限質量を変化させる。主電圧発生部3は矩形波RF電圧のデューティー比を短時間で変更することができる。そのため、DAWIの手法では比較的短い時間で不要なイオンを排除することができる。粗分離操作では、プリカーサーイオンの質量電荷比を中心に例えば±3~5Da程度の範囲のイオンを残すようにするとよい。
【0045】
粗分離操作に引き続いて一旦クーリングを実行し、イオンをイオントラップ18の内部空間の中央付近に集める。次に第2段階の高質量分離能のイオン選択
工程の一つとして、プリカーサーイオンよりも低質量側に残っている不要イオンを除去する操作をDAWIの手法を用いて行う。具体的には、制御部6の制御の下に、主電圧発生部3は、リング電極181に印加される矩形波RF電圧のデューティー比をプリカーサーイオンの質量電荷比に対応した所定の値になるように変化させる。通常、矩形波RF電圧のデューティー比が0.5である場合、イオントラップ18内に形成される電場により実現される安定領域図上の動作線は、
図6中のa
z=0の横線となる。上述したようにデューティー比が変更されると、安定領域図上の動作線は右上がりに傾き下限質量が変化する。したがって、この下限質量が目的のプリカーサーイオンの質量電荷比よりも僅かに低くなるようにデューティー比を定めておくことで、プリカーサーイオンの質量電荷比よりも低い側に残っている不要なイオンを排除することができる。
【0046】
そのあと、クーリングを実行し、励起された状態にあるイオンからエネルギーを奪い、イオントラップ18の内部空間の中央付近に集める。次の操作として、今度は、プリカーサーイオンよりも高質量側に残っている不要なイオンを除去する操作をDAWIを用いて行う。そのやり方は上述した低質量側に残っている不要なイオンを除去する操作と同様である。上限質量が目的のプリカーサーイオンの質量電荷比よりも僅かに高くなるように矩形波RF電圧のデューティー比を定めておくことで、プリカーサーイオンの質量電荷比よりも高い側に残っている不要なイオンを排除することができる。
以上のようにして、目的イオンの質量電荷比を中心とするごく狭い質量電荷比範囲のイオンを効率的にイオントラップ18の内部空間に残すことができる。
【0047】
<ステップS6:イオン解離工程>
上記プリカーサー選別の後、イオントラップ18内に残したプリカーサーイオンを解離させるべく、ガス供給部2より所定の不活性ガスをコリジョンガスとしてイオントラップ18内へ供給する。その直後に、補助電圧発生部4は、プリカーサーイオンの質量電荷比で決まる永年振動数と等しい周波数の励起電圧をエンドキャップ電極182、184に印加する。それによって、プリカーサーイオンは振動し、エネルギーを持ってコリジョンガスに衝突することで解離し、各種のプロダクトイオンが生成される。
【0048】
<ステップS7:クーリング工程>
イオン解離操作の後、生成されたプロダクトイオンの軌道を小さくして安定化するために、ガス供給部2からイオントラップ18内に不活性ガスをクーリングガスとして導入し、プロダクトイオンをクーリングする。
【0049】
<ステップS8:質量分離・検出工程>
そのあと、リング電極181に印加する矩形波RF電圧の周波数及びエンドキャップ電極182、184に印加する高周波信号の周波数を適宜走査する。これにより、イオンは質量電荷比の小さい順(又は逆に大きい順)に共鳴励起されて大きく振動し、イオン出射孔185を通して外部に排出される。イオン検出器19はイオントラップ18から排出されたイオンを順次検出し、そのイオン量に応じた検出信号を生成して出力する。データ処理部5は、この検出信号を受けて、質量電荷比とイオン強度との関係を示すMS2スペクトルを作成する。
【0050】
上記手順では、1回のレーザー光照射によりサンプル15から発生するイオンをイオントラップ18に捕捉したあとプリカーサー選別及びイオン解離を行い、その結果得られたプロダクトイオンを質量分離・検出に供する。そのため、必ずしも目的とするプロダクトイオンの量が十分には多くなくイオン強度が低い場合がある。そこで、そうした場合に、本実施形態によるMALDI-DITMSでは、イオントラップ18へのイオン追加導入を実施することができる。
【0051】
[従来装置におけるイオン追加導入を実施する場合のMS
2分析動作]
まず、特許文献1等に開示されている従来装置においてイオン追加導入を実施する場合のMS
2分析動作を、
図3に示すフローチャートに沿って説明する。
図3において
図2に示すステップと実質的に同じ処理又は操作を行うものには同じステップ番号を付している。
【0052】
ステップS1~S4は
図2と同じであり、これによりイオントラップ18の内部空間に試料由来のイオンを捕捉する。次に、イオントラップ18の内部空間にイオンを捕捉した状態で再びサンプル15にレーザー光を短時間照射することでイオンを生成させ(ステップS13)、発生したイオンをイオン入射孔183を通してイオントラップ18内に追加的に導入する(ステップS14)。そして、追加導入されたイオンを捕捉するとともに捕捉したイオンに対するクーリングを行
う(ステップS15、S16)。
【0053】
図7は、イオン追加導入時の要部の波形図及び動作を示す図である。捕捉電圧として周波数がf1である矩形波RF電圧をリング電極181に印加することにより目的イオンを内部空間に安定的に捕捉している状態で、制御部6はレーザー照射部12に対し短い時間幅のレーザー駆動パルスを送る。レーザー照射部12はこの駆動パルスに応じて短時間だけレーザー光を出射し、サンプル15からイオンが発生する。イオンの発生時間は同時にイオンが発生したものとみなせるほど短い。発生したイオンはサンプルプレート14近傍から上方に引き出され、四重極型デフレクター17により軌道を曲げられてイオン入射孔183に向かって進行する。
【0054】
制御部6はレーザー駆動パルスを出力してから、所定の遅延時間t1だけ経過した時点で矩形波RF電圧の周波数をf1よりも高い(例えば4倍)のf2に変更するように主電圧発生部3を制御する。このとき振幅は一定である。遅延時間t1は、サンプルプレート14近傍を出発したパケット状のイオンがイオン入射孔183に到達するまでの移動時間に相当する値に決めればよい。矩形波RF電圧の周波数の切替えは、
図7に示すように瞬時に行われる。矩形波RF電圧の周波数が高くなると、内部空間における
擬似ポテンシャル井戸が浅くなる。そのため、イオン入射孔183に到達したイオンは跳ね返されずにイオントラップ18内に入射する。一方、
擬似ポテンシャル井戸が浅くなったことでイオンに対する拘束力が弱まるが、周波数がf2に維持される時間t2はイオンが発散により消失してしまう時間よりも短く設定されている。その時間t2が経過すると、矩形波RF電圧の周波数は直ぐに元のf1に戻される。そのため、内部空間から発散しようとしたイオンは電場により引き戻され、さらに新たに入射して来たイオンも内部空間に捕捉されるので、イオン量は増加する。
【0055】
以上のようにして、イオントラップ18の内部空間に捕捉されているイオンの量を増加させたあとに、
図2と同様のステップS5~S8の操作を行って、MS
2分析を遂行することができる。上述した方法では、ステップS14でイオントラップ18内にイオンを追加導入しようとする際に、イオントラップ18内に既に捕捉されているイオンの量が多いため、そのイオンの空間電荷効果によって、新たなイオンがイオントラップ18内に入りにくいという課題がある。この課題を解決した本実施形態のMALDI-DITMSにおけるイオン追加導入を実施する場合のMS
2分析動作を、
図4に示すフローチャートに沿って説明する。
図4において、
図2及び
図3に示すステップと実質的に同じ処理又は操作を行うものには同じステップ番号を付している。
【0056】
図3と
図4とを比べれば分かるように、このフローチャートでは、ステップS13~S16のイオン追加導入のための操作の前に、イオン追加導入準備工程として、プリカーサー選別工程(ステップS11)及びクーリング工程(ステップS12)が追加されている。
【0057】
即ち、ステップS1~S4の操作により、イオントラップ18の内部空間に試料由来のイオンを捕捉し、そのイオンを十分にクーリングする。そのあと、ステップS5と同様のプリカーサー選別工程を実行することで、イオントラップ18の内部空間に所定の質量電荷比を有する目的イオンのみを残し、それ以外の不要なイオンを内部空間から排除する。プリカーサー選別方法は上述した方法を用いることができるが、それに限るものではない。プリカーサー選別を実施したあと、イオントラップ18内にクーリングガスを導入し、残っている目的イオンを十分にクーリングする。そのあとに、上述したステップS13~S16の操作により、イオントラップ18内に新たにサンプル15から生成させたイオンを追加的に導入する。
【0058】
上述した従来の方法では、イオントラップ18の内部空間に試料由来の様々なイオンが捕捉されている状態でイオンを追加導入する。それに対し、本方法では、イオントラップ18の内部空間に、試料由来の様々なイオンの中の目的イオンのみが捕捉されている状態でイオンを追加導入する。通常、解離対象とする目的イオンの量は試料由来の様々なイオンの量に比べてかなり少ない。特にMALDIイオン源では、マトリックス由来のイオンが比較的多く生成され、そのイオンがイオントラップ18の内部空間に捕捉されることがしばしばある。その場合、当初、イオントラップ18に捕捉されるイオンの多くが分析には不要なイオンであり、その不要なイオンの空間電荷効果のためにイオンの追加導入がしにくくなる。本方法によれば、こうした不要なイオンがイオン追加導入に先立って排除され、捕捉されているイオンの量が少なくなるため、空間電荷効果の影響を受けずにイオンの追加導入が効率良く行える。それによって、効率良く、目的イオンの量を増やすことができる。
【0059】
図4は、イオントラップ18へのイオンの追加導入を1回だけ行う例であるが、ステップS11~S16の操作を繰り返すことで、任意の回数だけイオントラップ18へのイオンの追加導入を行うことができる。このようにして、イオントラップ18内に1乃至複数回イオンを追加導入することによって、イオントラップ18の内部空間に捕捉される所定の質量電荷比を有する目的イオンの量を増加させ、その後にステップS5~S8の操作を行うことで、高い信号強度で以て目的イオンを解離することで生成されたプロダクトイオンを検出することができる。その結果、良好な品質のMS
2(プロダクトイオン)スペクトルを得ることができる。
【0060】
次に、上述したイオン追加導入方法の変形例を、
図5に示すフローチャートを参照しつつ説明する。上記方法では、新たに生成されたイオンがイオントラップ18の内部空間に導入されたときに、リング電極181に印加する矩形波RF電圧を通常のイオン捕捉状態に戻し、それ以前から捕捉されていたイオンと新たに導入されたイオンとを共に捕捉する。したがって、新たに導入されたイオンについては、サンプル15由来の様々なイオンが一旦捕捉されることになる。それに対し、この変形例によるイオン追加導入方法では、イオン生成工程(ステップS13)において生成されたイオンがイオントラップ18の内部空間に導入されたあと、通常のイオン捕捉状態に戻すことなく、直ぐにプリカーサー選別を実行する(ステップS17)。
【0061】
即ち、例えばリング電極181に印加する矩形波RF電圧のデューティー比を変えることによって、DAWIによる粗分離操作を実行し、目的イオンを含む所定の質量電荷比範囲以外の不要なイオンを捕捉することなく速やかに排除する。もちろん、粗分離操作に引き続いて、目的イオンを含むより狭い質量電荷比範囲のみをイオントラップ18内に残す分離操作を実施してもよい。また、DAWI以外の、共鳴励起排出などによって、目的イオン以外を捕捉することなく排出するようにしてもよい。こうして目的イオンのみをイオントラップ18内に残したあとに一旦、イオンを捕捉し、以降の操作を実施すればよい。この方法によれば、イオン追加導入を複数回実行する場合でも、一旦、新たに導入された全てのイオンを捕捉してからプリカーサー選別する必要がないので、工程をより短縮することができる。
【0062】
もちろん、上述したような、イオントラップ18へのイオンの導入直後に、イオン捕捉工程を経ることなくプリカーサー選別するという操作は、初めにイオントラップ18にイオンを導入する際、つまりはステップS1~S4、S11の一連の操作においても用いることができる。
【0063】
[変形例]
上記実施形態のMALDI-DITMSでは、イオントラップ18内にイオンを追加導入する際に、矩形波RF電圧の周波数を高くし、イオントラップ18の内部空間における擬似ポテンシャル井戸を浅くしている。それにより、イオン入射孔183に到達したイオンが電場によって跳ね返されることなく、イオントラップ18内に入射する。既に述べたように、これと同様に、イオントラップ18内に外部からイオンが入射し易くする他の手法として、特許文献5に記載の手法がある。上記実施形態のMALDI-DITMSでも、イオンを追加導入する際に特許文献5に記載の手法を利用することができる。
【0064】
即ち、イオントラップ18内に捕捉されているイオンは捕捉電場の変動に従って移動しており、イオンの集合であるイオン雲が内部空間の中央付近に収縮した状態とその周囲に拡大した状態とを交互に繰り返すように変動する。例えばいま、イオン雲が収縮状態から拡大状態に変化しようとしているタイミングで以てイオン入射孔183からイオントラップ18内にイオンを導入しようとしても、捕捉電場は入射して来るイオンを跳ね返すように作用するためイオンは導入されにくい。一方、イオン雲が拡大状態から収縮状態に変化しようとしているタイミングで以てイオンを導入すれば、捕捉電場は入射して来るイオンを内部に引き込むように作用するためイオンは導入され易い。したがって、こうしたタイミングを狙ってイオン入射孔183にパケット状のイオンを送ることで、イオンは効率良くイオントラップ18内に取り込まれる。
【0065】
図8は、イオン捕捉時にリング電極181に印加される矩形波RF電圧の波形である。
分析対象の目的イオンが正イオンである場合、イオントラップ181へのイオンの導入に好適なタイミングは
図8中にT1で示すように矩形波RF電圧のローレベル期間であり、特に好ましいのはローレベル期間の後半の1/2(
図8中のT1’期間)、つまり対称矩形波RF電圧では1周期中の(3/2)π~2πの位相期間である。但し、レーザー光の照射により発生したイオンが四重極型デフレクター17を経てイオン入射孔183近傍に到達するまでには或る程度の時間(移動時間)が掛かる。そこで、この移動時間を予めシミュレーション計算又は実験的に求め、制御プログラム記憶部60に記憶させておく。
【0066】
そして、制御部6は、矩形波RF電圧におけるT1’期間(又はT1期間)の開始点から移動時間だけ遡った時点でイオンが生成されるようにレーザー照射部12を駆動する。これにより、レーザー光照射によってサンプル15から発生したイオンがイオン入射孔183近傍に到達したときに、ちょうどリング電極1181に印加されている矩形波RF電圧がT1’期間(又はT1期間)であるようにすることができる。これによって、イオン入射孔183を経てイオンが効率良くイオントラップ18内に導入される。
【0067】
また、分析対象の目的イオンが負イオンである場合、イオントラップ18へのイオンの導入に好適なタイミングは
図8中にT3で示すように矩形波RF電圧のハイレベル期間であり、特に好ましいのはハイレベル期間の後半の1/2(
図8中のT3’期間)、つまり対称矩形波RF電圧では1周期中の(1/2)π~πの位相期間である。したがって、制御部6は分析対象のイオンの極性に応じて、レーザー光を射出する位置(時刻)を決めるための矩形波RF電圧の1周期中の基準位置を変更すればよい。
【0068】
なお、特許文献5にも記載されているように、矩形波RF電圧をデューティー比が0.5でない非対称矩形波RF電圧とすることでローレベル又はハイレベルの時間幅を長くし、イオントラップ18に導入されるイオンの質量電荷比幅を広げるようにしてもよい。
【0069】
なお、上記実施形態及び変形例はMALDI-DITMSに本発明を適用したものであるが、イオントラップ飛行時間型質量分析装置にも本発明を適用可能であることは当然である。また、イオン源はMALDIイオン源に限らず、例えば、エレクトロスプレーイオン化法などの大気圧イオン化法を利用したイオン源であっても、イオン源の後段にイオンを一時的に蓄積してパケット状に射出するリニア型イオントラップなどを配置することで、本発明を適用することができる。また、本発明におけるイオントラップは3次元四重極型イオントラップではなくリニア型イオントラップでもよい。
【0070】
また、上記実施形態や変形例は本発明の一例にすぎず、本発明の趣旨の範囲で適宜、変形、追加、修正を行っても本願請求の範囲に包含されることは当然である。
【0071】
[種々の態様]
上述した例示的な実施形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0072】
(第1項)本発明に係るイオントラップへのイオン導入方法の一態様は、複数の電極で囲まれる内部空間に形成される電場の作用によって、該内部空間にイオンを捕捉するイオントラップに、外部からイオンを導入する方法であって、
イオントラップの内部空間にイオンを捕捉している状態で、所定の質量電荷比を有する目的イオン又は質量電荷比が所定の質量電荷比範囲に入る目的イオン群を前記内部空間に残し、それ以外のイオンを該内部空間から排出させるイオン選別ステップと、
該イオン選別ステップの実施後に、前記内部空間にイオンを捕捉するための擬似ポテンシャルを一時的に低下させ、捕捉していたイオンを維持しつつ外部から新たなイオンを前記内部空間に導入することで、又は、捕捉されているイオンの運動に応じた所定のタイミングで以て外部から新たなイオンを前記内部空間に導入することで、捕捉されるイオンの量を増加させるイオン追加導入ステップと、
を実行するものである。
【0073】
(第3項)また、本発明に係るイオントラップ質量分析装置の一態様は、
複数の電極で囲まれる内部空間に形成される電場の作用によって、該内部空間にイオンを捕捉するイオントラップと、
前記複数の電極のそれぞれに所定の電圧を印加する電圧発生部と、
前記電圧発生部により前記複数の電極の少なくとも一つにRF電圧を印加することにより前記内部空間にイオンを捕捉している状態で、所定の質量電荷比を有する目的イオン又は質量電荷比が所定の質量電荷比範囲に入る目的イオン群を前記内部空間に残し、それ以外のイオンを該内部空間から排出させるように前記複数の電極の少なくとも一つに印加する電圧を変更し、そのあとに、前記内部空間にイオンを捕捉するための擬似ポテンシャルを一時的に低下させ、捕捉していたイオンを維持しつつ外部から新たなイオンを前記イオントラップ内に導入するように、前記複数の電極の少なくとも一つに印加する電圧を変更する制御部と、
を備えるものである。
【0074】
(第8項)また、本発明に係るイオントラップ質量分析装置の他の態様は、
パルス状にイオンを供給するイオン供給部と、
複数の電極で囲まれる内部空間に形成される電場の作用によって、該内部空間にイオンを捕捉するイオントラップと、
前記複数の電極のそれぞれに所定の電圧を印加する電圧発生部と、
前記電圧発生部により前記複数の電極の少なくとも一つにRF電圧を印加することにより前記内部空間にイオンを捕捉している状態で、所定の質量電荷比を有する目的イオン又は質量電荷比が所定の質量電荷比範囲に入る目的イオン群を前記内部空間に残し、それ以外のイオンを該内部空間から排出させるように前記複数の電極の少なくとも一つに印加する電圧を変更し、そのあとに、捕捉されているイオンの運動に応じた所定のタイミングで以て外部から新たなイオンを前記内部空間に導入するように前記イオン供給部におけるパルス状のイオン供給のタイミングを制御する制御部と、
を備えるものである。
【0075】
(第10項)また、本発明に係るイオントラップ質量分析用プログラムの一態様は、複数の電極で囲まれる内部空間に形成される電場の作用によって、該内部空間にイオンを捕捉するイオントラップと、前記複数の電極のそれぞれに所定の電圧を印加する電圧発生部と、を具備するイオントラップ質量分析装置を駆動するためのコンピュータープログラムであって、コンピューターに、
前記電圧発生部により前記複数の電極の少なくとも一つにRF電圧を印加することにより前記内部空間にイオンを捕捉している状態で、所定の質量電荷比を有する目的イオン又は質量電荷比が所定の質量電荷比範囲に入る目的イオン群を前記内部空間に残し、それ以外のイオンを該内部空間から排出させるように前記複数の電極の少なくとも一つに印加する電圧を変更するように前記電圧発生部を制御するイオン選別ステップと、
前記イオン選別ステップの実施後に、前記内部空間にイオンを捕捉するための擬似ポテンシャルを一時的に低下させ、捕捉していたイオンを維持しつつ外部から新たなイオンを前記イオントラップ内に導入するように、前記複数の電極の少なくとも一つに印加する電圧を変更するイオン追加導入ステップと、
を実行させるものである。
【0076】
(第11項)また、本発明に係るイオントラップ質量分析用プログラムの他の態様は、パルス状にイオンを供給するイオン供給部と、複数の電極で囲まれる内部空間に形成される電場の作用によって、該内部空間にイオンを捕捉するイオントラップと、前記複数の電極のそれぞれに所定の電圧を印加する電圧発生部と、を具備するイオントラップ質量分析装置を駆動するためのコンピュータープログラムであって、コンピューターに、
前記電圧発生部により前記複数の電極の少なくとも一つにRF電圧を印加することにより前記内部空間にイオンを捕捉している状態で、所定の質量電荷比を有する目的イオン又は質量電荷比が所定の質量電荷比範囲に入る目的イオン群を前記内部空間に残し、それ以外のイオンを該内部空間から排出させるように前記複数の電極の少なくとも一つに印加する電圧を変更するように前記電圧発生部を制御するイオン選別ステップと、
前記イオン選別ステップの実施後に、前記イオントラップ内に捕捉されているイオンの運動に応じた所定のタイミングで以て、新たなイオンを前記内部空間に導入するように前記イオン供給部からパルス状のイオンを供給するイオン追加導入ステップと、
を実行させるものである。
【0077】
第1項に記載のイオントラップへのイオン導入方法、第3項及び第8項に記載のイオントラップ質量分析装置、並びに、第10項及び第11項に記載のイオントラップ質量分析用プログラムによれば、イオントラップに新たなイオンを追加的に導入する際に、イオントラップの内部空間には、目的イオン又は目的イオン群のみが蓄積されており、不要なイオンは既に排除されている。したがって、イオントラップに新たなイオンを追加的に導入しようとする際に、イオントラップに捕捉されているイオンの量は従来の装置に比べて少なく、その捕捉されているイオンによる空間電荷効果も小さい。その結果、イオントラップへのイオンの追加導入の効率が向上し、イオントラップの内部空間にプリカーサーイオンをより多く捕捉した状態でイオン解離操作を行うことができる。それにより、MSn分析に供するイオンの量を効率的に増加させて、プロダクトイオンの検出感度を向上させることができる。また、1回の質量分析(プロダクトイオンスキャン測定)において得られる信号の品質を向上させることができるので、測定時間の短縮化、測定のスループットの改善を一層図ることができる。
【0078】
(第2項)第1項に記載のイオントラップへのイオン導入方法において、前記イオン追加導入ステップでは、擬似ポテンシャルを一時的に低下させ、捕捉していたイオンを維持しつつ外部から新たなイオンを前記内部空間に導入したあと、前記目的イオン又は目的イオン群のみが捕捉され得る条件に前記イオントラップ内の電場を戻すものとすることができる。
【0079】
(第4項)また第3項に記載のイオントラップ質量分析装置において、前記制御部は、擬似ポテンシャルを一時的に低下させ、捕捉していたイオンを維持しつつ外部から新たなイオンを前記内部空間に導入したあと、前記目的イオン又は前記目的イオン群のみが捕捉され得るRF電圧が前記複数の電極の少なくとも一つに印加されるように前記電圧発生部を制御するものとすることができる。
【0080】
第2項に記載のイオントラップへのイオン導入方法、及び第4項に記載のイオントラップ質量分析装置では、新たなイオンがイオントラップ内に導入されると直ぐに、目的イオン又は目的イオン群のみが捕捉され得る電場がイオントラップ内に形成される。そのため、導入されたイオンの中で目的イオン又は目的イオン群以外のイオンは、イオントラップの内部空間に捕捉されることなく、そのまま外部に排出されたり電極に衝突したりして排除される。これにより、不要なイオンをイオントラップ内に一旦捕捉する工程を省略することができるので、より短時間で十分な量の目的イオン又は目的イオン群をイオントラップの内部空間に蓄積し、イオン解離させて分析することができる。
【0081】
(第5項)第3項又は第4項に記載のイオントラップ質量分析装置において、前記電圧発生部は、前記イオントラップの内部空間にイオンを捕捉するために該イオントラップを構成する複数の電極の少なくとも一つに矩形波RF電圧を印加するものとすることができる。
【0082】
即ち、第5項に記載のイオントラップ質量分析装置においてイオントラップは、いわゆるデジタルイオントラップである。第5項に記載のイオントラップ質量分析装置によれば、ほぼ瞬時に変更可能である矩形波RF電圧の周波数やデューティー比によって、イオンの捕捉や排除の条件を変更することができる。それにより、イオンに対する様々な操作を円滑に且つイオンの損失を抑えながら実行することができ、例えば高い質量分解能で高い感度のMSn分析を行うことができる。
【0083】
(第6項)第5項に記載のイオントラップ質量分析装置において、前記制御部は、前記擬似ポテンシャルを一時的に低下させる際に、前記矩形波RF電圧の振幅を一定として周波数を一時的に上昇させるように前記電圧発生部を制御することができる。
【0084】
第6項に記載のイオントラップ質量分析装置によれば、矩形波RF電圧の周波数の変更は瞬時に行えるので、イオントラップの内部空間に捕捉しているイオンの散逸を抑えながら、効率的にイオンを追加導入することができる。
【0085】
(第7項)また、第5項又は第6項に記載のイオントラップ質量分析装置において、前記制御部は、所定の質量電荷比を有するイオン又は質量電荷比が所定の質量電荷比範囲に入るイオンを前記内部空間に残す際に、前記矩形波RF電圧の周波数を一定としてデューティー比を変化させるように前記電圧発生部を制御することができる。
【0086】
第7項に記載のイオントラップ質量分析装置によれば、矩形波RF電圧のデューティー比の変更は瞬時に行えるので、目的イオン又は目的イオン群の散逸を抑えながら、効率的に不要なイオンを迅速に排除することができる。
【0087】
(第9項)また、第8項に記載のイオントラップ質量分析装置において、前記電圧発生部は、前記イオントラップの内部空間にイオンを捕捉するために該イオントラップを構成する複数の電極の少なくとも一つに矩形波RF電圧を印加するものであり、前記制御部は、前記イオントラップ内に捕捉された状態にあるイオンがその捕捉領域の外周部に拡がった状態から中央に向かうタイミングで該イオントラップにイオンが入射するように、前記イオン供給部におけるパルス状のイオン供給のタイミングを制御することができる。
【0088】
第9項に記載のイオントラップ質量分析装置では、具体的には、捕捉したいイオンの極性に応じて、矩形波RF電圧のハイレベル期間若しくはローレベル期間のいずれか、又はその期間の中のさらに一部の期間に、イオントラップにイオンが導入されるように、イオン供給部におけるパルス状のイオン供給のタイミングを制御すればよい。それにより、矩形波RF電圧の周波数を変えることなく、イオントラップ内に効率良くイオンを追加導入することができる。
【符号の説明】
【0089】
1…測定部
10…チャンバー
100…窓
11…真空ポンプ
12…レーザー照射部
13…試料ステージ
14…サンプルプレート
15…サンプル
16…引出電極
17…四重極型デフレクター
18…イオントラップ
181…リング電極
182…入口側エンドキャップ電極
183…イオン入射孔
184…出口側エンドキャップ電極
185…イオン出射孔
19…イオン検出器
2…ガス供給部
3…主電圧発生部
4…補助電圧発生部
5…データ処理部
6…制御部
60…制御プログラム記憶部
7…入力部
8…表示部