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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-11
(45)【発行日】2024-03-19
(54)【発明の名称】繊維生地
(51)【国際特許分類】
   D03D 15/56 20210101AFI20240312BHJP
   A41D 7/00 20060101ALI20240312BHJP
   A41D 31/00 20190101ALI20240312BHJP
   A41D 31/10 20190101ALI20240312BHJP
   A41D 31/12 20190101ALI20240312BHJP
   D01F 6/70 20060101ALI20240312BHJP
   D02G 3/38 20060101ALI20240312BHJP
   D06M 15/643 20060101ALI20240312BHJP
   D06M 15/256 20060101ALI20240312BHJP
【FI】
D03D15/56
A41D7/00 B
A41D31/00 502B
A41D31/00 502C
A41D31/00 503K
A41D31/10
A41D31/12
D01F6/70 Z
D02G3/38
D06M15/643
D06M15/256
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2020538155
(86)(22)【出願日】2020-03-24
(86)【国際出願番号】 JP2020012842
(87)【国際公開番号】W WO2020203434
(87)【国際公開日】2020-10-08
【審査請求日】2022-12-08
(31)【優先権主張番号】P 2019069827
(32)【優先日】2019-04-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000040
【氏名又は名称】弁理士法人池内アンドパートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】木村 知佳
(72)【発明者】
【氏名】竹田 恵司
(72)【発明者】
【氏名】笠原 敬子
【審査官】長谷川 大輔
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-132130(JP,A)
【文献】特開2000-064121(JP,A)
【文献】特開2002-294563(JP,A)
【文献】特開2014-194098(JP,A)
【文献】特開2006-097194(JP,A)
【文献】特開2006-342448(JP,A)
【文献】特許第7138071(JP,B2)
【文献】特開昭60-252747(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A41D31/00-31/32
D03D1/00-27/18
D06M10/00-16/00
19/00-23/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリウレタン弾性糸を含む繊維生地であって、
前記ポリウレタン弾性糸は、数平均分子量が2000以上10000以下のカチオン性高分子量化合物Aを0.5~10質量%の範囲で含有し、無機系塩素劣化防止剤Bを含有し、前記カチオン性高分子量化合物A/前記無機系塩素劣化防止剤Bの質量比率が0.3~3の範囲を満たし、かつシリコーン系油剤が付与されており、
前記繊維生地は撥水加工されており、
前記繊維生地は、前記ポリウレタン弾性糸上の走査型電子顕微鏡-エネルギー分散型X線分光法(SEM-EDX)の元素質量濃度において、フッ素(F)/炭素(C)比が0.030以上0.059以下であるポリウレタン弾性糸を含み、
JIS L 1096に規定の引裂強力が8N以上16.3N以下、破裂強力が200kPa以上518kPa以下であることを特徴とする繊維生地
【請求項2】
前記繊維生地は、ポリウレタン弾性糸を1~99質量%含む請求項1に記載の繊維生地
【請求項3】
前記繊維生地の撥水性は、JIS L 1092に規定のスプレー試験で4級以上である請求項1又は2に記載の繊維生地
【請求項4】
前記繊維生地は、60分後の保水率が前記繊維生地10.2質量%以上50質量%以下である請求項1~3のいずれかに記載の繊維生地
【請求項5】
前記ポリウレタン弾性糸は、他の合成繊維糸によりカバーリングされている請求項1~4のいずれかに記載の繊維生地
【請求項6】
前記繊維生地は、ポリアミド系またはポリエステル系繊維糸を含む請求項1~5のいずれかに記載の繊維生地
【請求項7】
前記繊維生地は、織物及び編み物からなる群から選ばれる少なくとも一つの生地である請求項1~のいずれかに記載の繊維生地
【請求項8】
前記無機系塩素劣化防止剤Bは、Zn、Mg、Ca及びAlからなる群から選ばれる酸化物、炭酸化物、複合酸化物又は固溶体である請求項1~のいずれかに記載の繊維生地
【請求項9】
前記カチオン性高分子量化合物Aは、分子構造中に1級、2級アミノ基を含まず、3級アミノ基を有する化合物である請求項1~のいずれかに記載の繊維生地
【請求項10】
前記ポリウレタン弾性糸は、さらに片ヒンダードフェノール系酸化防止剤を0.3~4質量%の範囲で含有する請求項1~のいずれかに記載の繊維生地
【請求項11】
前記シリコーン系処理剤は、ジメチルシリコーンおよび/または変成シリコーンからなる成分を50質量%以上含む請求項1~10のいずれかに記載の繊維生地
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高い撥水性と水中に浸漬した場合に濡れにくい、低保水率を長時間維持するポリウレタン弾性糸を含む繊維構造物に関する。
【背景技術】
【0002】
繊維製品からなる衣料用品、産業資材用品に撥水性、撥油性を付与するのには、従来からフッ素系化合物からなる撥水・撥油剤が広く使用されている。
しかし、かかるフッ素系撥水撥油剤に生活環境、生物に影響を及ぼす可能性のある化合物、例えばパーフルオロオクタン酸(以降PFOA)、パーフルオロオクタンスルホン酸(以降PFOS)等が含まれていることが判明しており、かかる化合物を含まないフッ素系撥水撥油剤を使用した繊維製品が要望されている。
PFOAは、フッ素系撥水剤の製造過程において、微量の不純物として撥水剤中に混入するとされるが、メカニズムについては明確ではない。ポリフルオロアルキル基の炭素数が8以上の場合、何かの影響で分解された場合、PFOAが発生する可能性があるということから、分解してもPFOAが発生しえない炭素数6以下のポリフルオロアルキル基を有するフッ素系撥水剤への切り替えが行われ、PFOA非含有フッ素系撥水剤と架橋剤とを付与し、熱処理した撥水撥油性布帛や(特許文献1)、PFOAおよび/またはPFOSの濃度が5ng/g未満であるフッ素系撥水化合物が単繊維表面に固着しており、更に層状に該フッ素系化合物を固着させるなど、2層構造としたもの(特許文献2)などが提案されている。しかしながら、これらはいずれも炭素数8以上のPFOAを含有するフッ素系撥水剤と比較すると撥水性能が低いものであった。
撥水性能を改善するために、繊維表面に固着したスルホン基含有化合物、多価フェノール系化合物から選ばれた少なくとも1種を介して特定のフルオロアルキルアルコール(メタ)アクリル酸誘導体を一部に含む重合体とメラミン樹脂および水分散型多官能イソシアネート系架橋剤を繊維表面に固着させる方法(特許文献3)などが提案されている。この方法によると低保水率とすることができるが、長時間、浸水した場合には炭素数8以上のPFOAを含有するフッ素系撥水剤と比較すると撥水性能が低いものであった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2007-270374号公報
【文献】特開2010-150693号公報
【文献】特開2014-194098号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
前記のとおり、従来技術は撥水加工に適した繊維構造物とするにはいまだ問題があり、さらに高い撥水性と低保水率の繊維構造物が求められていた。
本発明は、前記従来の問題を解決するため、高い撥水性と長時間水中に浸漬した場合にも低保水率の繊維構造物を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の繊維生地は、ポリウレタン弾性糸を含む繊維生地であって、前記ポリウレタン弾性糸は、数平均分子量が2000以上10000以下のカチオン性高分子量化合物Aを0.5~10質量%の範囲で含有し、無機系塩素劣化防止剤Bを含有し、前記カチオン性高分子量化合物A/前記無機系塩素劣化防止剤Bの質量比率が0.3~3の範囲を満たし、かつシリコーン系油剤が付与されており、前記繊維生地は撥水加工されており、前記繊維生地は、前記ポリウレタン弾性糸上の走査型電子顕微鏡-エネルギー分散型X線分光法(SEM-EDX)の元素質量濃度において、フッ素(F)/炭素(C)比が0.030以上0.059以下であるポリウレタン弾性糸を含み、JIS L 1096に規定の引裂強力が8N以上16.3N以下、破裂強力が200kPa以上518kPa以下であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、ポリウレタン弾性糸は、数平均分子量が2000以上のカチオン性高分子量化合物Aを0.5~10質量%の範囲で含有し、無機系塩素劣化防止剤Bを含有し、前記カチオン性高分子量化合物A/前記無機系塩素劣化防止剤Bの質量比率が0.3~3の範囲を満たし、かつシリコーン系油剤が付与されており、前記繊維構造物は撥水加工されていることにより、高い撥水性と長時間水中に浸漬した場合にも低保水率の繊維構造物を提供できる。本発明の繊維構造物は、とくに水着用生地として有用である。
【発明を実施するための形態】
【0007】
本発明者らは、水着などの繊維素材を撥水化するため、今まであまり注目されてこなかったポリウレタン弾性糸に着目し、ポリウレタン弾性糸自体の撥水性を向上させるために様々な検討をした。その結果、特定なポリウレタン弾性糸を選択すると、撥水剤との相性が良いことがわかった。
【0008】
本発明のポリウレタン弾性糸は、数平均分子量が2000以上のカチオン性高分子量化合物Aを0.5~10質量%の範囲で含有し、無機系塩素劣化防止剤Bを含有し、前記カチオン性高分子量化合物A/前記無機系塩素劣化防止剤Bの質量比率が0.3~3の範囲を満たし、かつシリコーン系油剤が付与されている。このポリウレタン弾性糸を含む繊維構造物を撥水加工すると、高い撥水性と長時間水中に浸漬した場合に濡れにくい低保水率の優れた撥水撥油性能を有する繊維構造物が得られる。
【0009】
本発明において、撥水処理加工剤はいかなるものを使用してもよいが、ポリウレタン弾性糸上のSEM-EDXの元素質量濃度において、フッ素(F)/炭素(C)(以下、F/Cという。)比が0.030以上となる処理剤を使用することが好ましい。ポリウレタン弾性繊維上のSEM-EDXの元素質量濃度においてF/C比が0.030以上であることは、フッ素系撥水剤の付着量が多いことを示しており、F/C比が0.03未満の場合、フッ素系撥水剤の付着量が少なく、十分な低濡れ性が得られない傾向となる。F/C比は0.045以上であるとさらに好ましい。
【0010】
本発明の撥水加工は撥水剤と架橋剤を含むことが好ましい。架橋剤としてはメラミン樹脂、水分散型多官能イソシアネート系架橋剤などが好ましく用いられ、これらを混合して使用することもできる。前記メラミン樹脂とは、トリメチロールメラミン、ヘキサメチロールメラミンなどが挙げられる。前記水分散型多官能イソシアネート系架橋剤とは、分子中に2個以上のイソシアネート官能基を含む有機化合物であれば特に限定されるものではなく、トリレンジイソシアネート、ヘキサメチレンジイソシアネート、ジフェニールメタンジイソシアネート、水素添加ジフェニールメタンジイソシアネート、トリフェニールトリイソシアネート、キシレンジイソシアネート、ジクロヘキシルメタンジイソシアネート等が挙げられる。より好ましくは、トリメチロールプロパントリレンジイソシアネートアダクト、リセリントリレンジイソシアネートアダクトなどにブロッキング化化合物(イソシアネートアダクトとともに70~200℃に加熱することで、イソシアネート基を再生させる化合物)であるフェノール、マロン酸ジエチルエステル、メチルエチルケトオキシム、重亜硫酸ソーダ、ε-カプロラクタムなどを反応させた多官能ブロックイソシアネート架橋剤である。
これらメラミン樹脂は、撥水剤の固形分に対し1~40質量%、多官能イソシアネート系架橋剤はかかる撥水剤の固形分に対し、1~10質量%の割合で混合されていることが好ましい。
【0011】
本発明の繊維構造物は前記繊維構造物を100質量%としたとき、ポリウレタン弾性糸は1~99質量%含むことが好ましく、より好ましくは10~90質量%であり、さらに好ましくは15~80質量%であり、とくに好ましくは20~70質量%である。これにより、ポリウレタン弾性糸が含まれていても繊維構造物全体の高い撥水性と低保水率を維持できる。水着生地の場合は、生地を100質量%としたとき、ポリウレタン弾性糸は5~70質量%含むことが好ましく、より好ましくは5~60質量%であり、さらに好ましくは5~50質量%であり、とくに好ましくは5~40質量%である。これにより、ポリウレタン弾性糸が含まれていても水着全体の高い撥水性と低保水率を維持できる。他の繊維糸はポリエステル糸、ナイロン糸、ポリプロピレン糸などの合成繊維糸を任意に使用できる。
【0012】
本発明の繊維構造物の撥水性は、JIS L 1092に規定のスプレー試験で4級以上であることが好ましく、さらに好ましくは5級である。撥水性は4級以上であれば水着などに好適である。また、前記繊維構造物は60分後の保水率が前記繊維構造物の50質量%以下であることが好ましく、より好ましくは40質量%以下であり、さらに好ましくは30質量%以下である。
【0013】
前記ポリウレタン弾性糸は、裸糸(ベア糸)使いであってもよいし、他の合成繊維糸によりカバーリングされていてもよい。カバーリング糸はシングルカバーリング糸でもよいし、ダブルカバーリング糸でもよい。水着としては他の合成繊維の糸状でポリウレタン弾性繊維糸をカバーリングされている構造の織物、編物が好ましい。他の合成繊維糸としては特に限定するものではないが、ポリエチレンテレフタレート、ポリトリメチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレートやこれらを主成分とした共重合ポリエステル系繊維糸に代表されるポリエステル系合成繊維糸、ナイロン6やナイロン6,6に代表されるポリアミド系合成繊維糸、ポリプロピレン繊維糸などの合成繊維を用いることができる。この中でもポリアミド系またはポリエステル系繊維糸が好ましい。強度面およびポリウレタン弾性糸との加工性からポリアミド繊維が好ましく、合成繊維の繊維形態および断面形状は特に制限はないが、高いストレッチ性織物とするには周知の手法により仮撚り加工を施し、捲縮を付与しておくことが好ましいが、保水率を低減するためには、糸と糸の空隙が少なくなるストレートな生糸を使用することが好ましい。また、周知の方法で表面平滑加工を施し、糸と糸の空隙を少なくすることがより好ましい。
【0014】
前記繊維構造物は、JIS L 1096に規定の引裂強力が8N以上であることが好ましく、より好ましくは10N以上であり、さらに好ましくは12N以上である。これにより水着としての引裂強力を高く維持できる。また、前記繊維構造物は、JIS L 1096に規定の破裂強力が200kPa以上であることが好ましく、より好ましくは300kPa以上であり、さらに好ましくは400kPa以上である。これにより水着としての破裂強力を高く維持できる。
【0015】
前記繊維構造物は、織物及び編み物から選ばれる少なくとも一つであるのが好ましい。水着の場合、一流選手は織物の水着を使用し、一般用は編み物が多いことによる。本発明の繊維構造物は、水着用生地として好適に用いられる。水着に使用することで、泳いだ際にも水中での濡れ性が抑制され、特に競泳水着として使用した際には、競泳中の水着の濡れが抑制され且つ水抵抗も低減される。
【0016】
本発明のポリウレタン弾性糸は、基本的にポリウレタン等により構成されるが、まず該ポリウレタンについて述べる。
本発明に使用されるポリウレタンは、ポリマージオールおよびジイソシアネートを出発物質とするものであれば任意のものでよく、特に限定されるものではない。また、その合成法も特に限定されるものではない。すなわち、例えば、ポリマージオールとジイソシアネートと低分子量ジアミンからとなるポリウレタンウレアであってもよく、また、ポリマージオールとジイソシアネートと低分子量ジオールとからなるポリウレタンウレタンであってもよい。また、鎖伸長剤として水酸基とアミノ基を分子内に有する化合物を使用したポリウレタンウレアであってもよい。本発明の効果を妨げない範囲で3官能性以上の多官能性のグライコールやイソシアネート等が使用されることも好ましい。
ポリマージオールはポリエーテル系、ポリエステル系ジオール、ポリカーボネートジオール等が好ましい。そして、特に柔軟性、伸度を糸に付与する観点からポリエーテル系ジオールが使用されることが好ましい。
ポリエーテル系ジオールとしては、例えば、ポリエチレンオキシド、ポリエチレングリコール、ポリエチレングリコールの誘導体、ポリプロピレングリコール、ポリテトラメチレンエーテルグリコール(以下、PTMGと略す)、テトラヒドロフラン(THF)および3-メチルテトラヒドロフランの共重合体である変性PTMG、THFおよび2,3-ジメチルTHFの共重合体である変性PTMG、特許第2615131号公報などに開示される側鎖を両側に有するポリオール、THFとエチレンオキサイドおよび/またはプロピレンオキサイドが不規則に配列したランダム共重合体等が好ましく使用される。これらポリエーテル系ジオールを1種または2種以上混合もしくは共重合して使用してもよい。
【0017】
また、ポリウレタン弾性糸として耐摩耗性や耐光性を得る観点からは、ブチレンアジペート、ポリカプロラクトンジオール、特開昭61-26612号公報などに開示されている側鎖を有するポリエステルポリオールなどのポリエステル系ジオールや、特開平2-289616号公報などに開示されているポリカーボネートジオール等が好ましく使用される。
また、こうしたポリマージオールは単独で使用してもよいし、2種以上混合もしくは共重合して使用してもよい。
ポリマージオールの分子量は、糸にした際の伸度、強度、耐熱性などを得る観点から、数平均分子量が1000以上8000以下のものが好ましく、1500以上6000以下がより好ましい。この範囲の分子量のポリオールが使用されることにより、伸度、強度、弾性回復力、耐熱性に優れた弾性糸を容易に得ることができる。
【0018】
次に、ジイソシアネートとしては、ジフェニルメタンジイソシアネート(以下、MDIと略す)、トリレンジイソシアネート、1,4-ジイソシアネートベンゼン、キシリレンジイソシアネート、2,6-ナフタレンジイソシアネートなどの芳香族ジイソシアネートが、特に耐熱性や強度の高いポリウレタンを合成するのに好適である。さらに脂環族ジイソシアネートとして、例えば、メチレンビス(シクロヘキシルイソシアネート)、イソホロンジイソシアネート、メチルシクロヘキサン2,4-ジイソシアネート、メチルシクロヘキサン2,6-ジイソシアネート、シクロヘキサン1,4-ジイソシアネート、ヘキサヒドロキシリレンジイソシアネート、ヘキサヒドロトリレンジイソシアネート、オクタヒドロ1,5-ナフタレンジイソシアネートなどが好ましい。脂肪族ジイソシアネートは、特にポリウレタン弾性糸の黄変を抑制する際に有効に使用できる。そして、これらのジイソシアネートは単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0019】
次にポリウレタンを合成するにあって用いられる鎖伸長剤は、低分子量ジアミンおよび低分子量ジオールのうちの少なくとも1種を使用するのが好ましい。なお、エタノールアミンのような水酸基とアミノ基を分子中に有するものであってもよい。
好ましい低分子量ジアミンとしては、例えば、エチレンジアミン、1,2-プロパンジアミン、1,3-プロパンジアミン、ヘキサメチレンジアミン、p-フェニレンジアミン、p-キシリレンジアミン、m-キシリレンジアミン、p,p'-メチレンジアニリン、1,3-シクロヘキシルジアミン、ヘキサヒドロメタフェニレンジアミン、2-メチルペンタメチレンジアミン、ビス(4-アミノフェニル)フォスフィンオキサイドなどが挙げられる。これらの中から1種または2種以上が使用されることが好ましい。特に好ましくはエチレンジアミンである。エチレンジアミンを用いることにより伸度および弾性回復性、さらに耐熱性に優れた糸を容易に得ることができる。これらの鎖伸長剤に架橋構造を形成することのできるトリアミン化合物、例えば、ジエチレントリアミン等を効果が失わない程度に加えてもよい。
【0020】
また、低分子量ジオールとしては、エチレングリコール、1,3プロパンジオール、1,4ブタンジオール、ビスヒドロキシエトキシベンゼン、ビスヒドロキシエチレンテレフタレート、1-メチル-1,2-エタンジオールなどが代表的なものである。これらの中から1種または2種以上が使用されることが好ましい。特に好ましくはエチレングリコール、1,3プロパンジオール、1,4ブタンジオールである。これらを用いると、ジオール伸長のポリウレタンとしては耐熱性がより高くなり、また、より強度の高い糸を得ることができるのである。
【0021】
また、本発明においてポリウレタンの分子量は、耐久性や強度の高い繊維を得る観点から、数平均分子量として30000以上150000以下の範囲であることが好ましい。なお、分子量はGPCで測定し、ポリスチレンにより換算する。
【0022】
ポリウレタンには、末端封鎖剤が1種または2種以上混合使用されることも好ましい。末端封鎖剤としては、ジメチルアミン、ジイソプロピルアミン、エチルメチルアミン、ジエチルアミン、メチルプロピルアミン、イソプロピルメチルアミン、ジイソプロピルアミン、ブチルメチルアミン、イソブチルメチルアミン、イソペンチルメチルアミン、ジブチルアミン、ジアミルアミンなどのモノアミン、エタノール、プロパノール、ブタノール、イソプロパノール、アリルアルコール、シクロペンタノールなどのモノオール、フェニルイソシアネートなどのモノイソシアネートなどが好ましい。
【0023】
本発明においては、以上のような基本構成を有するポリウレタンからなるポリウレタン弾性糸に、数平均分子が2000以上であるカチオン性高分子量化合物Aを0.5~10質量%の範囲で含有し無機系塩素劣化防止剤Bを含有し、A/Bの質量比率が0.3~3の範囲を満たすことで、大きな相乗効果を発揮して、優れた耐塩素劣化効果および撥水加工性を発現することができる。
【0024】
本発明で用いるカチオン性高分子量化合物としては、構造中にアミノ基を有する化合物であれば特に限定されるものではないが、ポリウレタン弾性糸の耐塩素劣化性および黄変性の観点から1級から3級アミノ基のうち、3級アミノ基のみを分子中に有するものが特に好ましい。
カチオン性高分子量化合物は数平均分子量が2000未満であると、ポリウレタン弾性糸の編成時に、ガイドや編み針との擦過により脱落や、染色等の浴中での加工時に流出により、撥水加工性が悪化するため数平均分子量が2000以上である必要がある。ポリウレタン紡糸原液への溶解性を鑑みると、数平均分子量の範囲としては2000~10000の範囲のものが好ましい。より好ましくは2000~4000の範囲である。
【0025】
前記したカチオン性高分子量化合物を含有させることにより、ポリウレタン弾性糸の撥水加工性を高めることができる。この効果を十分なものとし、かつ、繊維の物理的特性に悪影響を与えない観点から、カチオン性高分子量化合物は繊維質量に対して、0.5質量%を超え、10質量%以下含有されるのが好ましく、0.5質量%を超え、4質量%以下含有させるのがより好ましい。
【0026】
さらに本発明のポリウレタン糸には、前記したカチオン性高分子量化合物とともに、無機系塩素劣化防止剤を含有させることが必要である。
本発明における無機系塩素劣化防止剤としてはZn、Mg、Ca、Alから選ばれる酸化物、炭酸化物、複合酸化物、固溶体のうち少なくとも一種が使用されることが好ましい。耐プール水性および環境への観点から特に好ましくは炭酸化物のCaCO3、MgCO3および、Mg、Alから構成されるハイドロタルサイト類である。
【0027】
本発明における無機系塩素劣化防止剤のポリウレタン弾性糸中への含有量としては、耐プール水性および製造時の安定性の観点から0.5質量%以上10質量%以下の範囲が好ましい。より好ましくは1質量%以上5質量%以下である。
【0028】
また、耐プール水性と撥水加工性を両立させる観点から、前記カチオン性高分子量化合物(A)と無機系塩素劣化防止剤(B)とのポリウレタン弾性糸中の質量比率(A)/(B)は0.3~3の範囲であり、より好ましくは0.5~2の範囲である。
【0029】
無機系塩素劣化防止剤は紡糸溶液中に配合されて紡糸されるので、紡糸の安定性の観点から、平均粒径2μm以下の微細な粉末であることが好ましく、平均粒径1μm以下の微細な粉末であることが一層好ましい。また、分散性の観点から平均一次粒子径が0.01μmより小さい場合、凝集力が高まり紡糸原液中に均一に混合することが困難になるため、平均一次粒子径が0.01μm以上のものが好ましい。前記平均粒径の測定はレーザー回折光散乱法により、50%粒子径を測定する。この測定器としては、例えば堀場製作所製社製のレーザー回折/散乱式粒子分布測定装置LA-950S2がある。
【0030】
この無機系塩素劣化防止剤を微細粉末化するためには、無機系塩素劣化防止剤を、N,N-ジメチルアセトアミド(以下、DMAcと略する)、ジメチルホルムアミド(以下、DMFと略する)、ジメチルスルホキシド(以下、DMSOと略する)、N-メチルピロリドン(以下、NMPと略する)などやこれらを主成分とする溶剤、他の添加剤、例えば増粘剤等と混合し、スラリーを調製し、縦型または横型ミル等によって粉砕する方法を用いることが好ましい。
また、無機系塩素劣化防止剤の糸中への分散性を向上させ、紡糸を安定化させる等の目的で、例えば、脂肪酸、脂肪酸エステル、リン酸エステル、ポリオール系有機物等の有機物、シラン系カップリング剤、チタネート系カップリング剤、水ガラス、脂肪酸金属塩またはこれらの混合物で表面処理された無機系塩素劣化防止剤を用いることも好ましい。
【0031】
更に、本発明のポリウレタン弾性糸には耐プール水性を向上させる観点で片ヒンダードフェノール化合物を含有していることが好ましい。片ヒンダードフェノール化合物としては、片ヒンダードのヒドロキシフェニル基を少なくとも2つ含み、かつ、ビスエステル、アルキリデンから選択される骨格を有する化合物であることが好ましい。ここで、ヒドロキシフェニル基における水酸基に隣接する環位置に存在するアルキル基はターシャリーブチル基であることがより望ましく、水酸基の当量が600以下であることが更に望ましい。
かかる片ヒンダードフェノール化合物としては、例えば、片ヒンダードのヒドロキシフェニル基がビスエステル骨格に共有結合した構造のエチレン-1,2-ビス(3,3-ビス[3-t-ブチル-4-ヒドロキシフェニル]ブチレート)(下記の化学式1)が好ましい。
【0032】
【化1】
【0033】
前記した片ヒンダードフェノール化合物を含有させることにより、耐塩素劣化の効果を高めることができる。この効果を十分なものとし、かつ、繊維の物理的特性に悪影響を与えない観点から、片ヒンダードフェノール化合物はポリウレタン弾性糸に対し0.15~4質量%含有されるのが好ましく、0.5~3.5質量%含有されるのがより好ましい。
【0034】
本発明におけるポリウレタン弾性糸の処理剤としては、0.5質量%以上20質量%以下の特定範囲内のシリコーンが弾性繊維に例えば油剤の形態で付与されている。このシリコーンは、元来、布帛の製造時におけるポリウレタン弾性糸の解舒時の張力変動を小さく抑え、細繊度の弾性繊維であっても、解舒張力変動に起因する糸切れなどを抑制しようとするものであるが、本件では、撥水加工性の向上に著しく寄与する。また、処理剤中のシリコーンの含有量は、乾燥質量で0.5~10質量%、好ましくは1~6質量%が好ましい。これにより撥水処理剤との親和性を改善できる。例えば、油剤中にシリコーンを含有する場合、布帛表面の表面エネルギーを低減し、撥水加工剤が布帛表面に展開した時に、その拡散性能が著しく向上する
【0035】
シリコーンとしては、ジメチルシロキサン単位から成るポリジメチルシロキサン、ジメチルシロキサン単位と炭素数2~4のアルキル基を含むジアルキルシロキサン単位とから成るポリジアルキルシロキサン類、ジメチルシロキサン単位とメチルフェニルシロキサン単位とから成るポリシロキサン類等のシリコーンオイル等が好ましく使用される。また、取り扱い性やガイド類との走行摩擦を低減する観点から、25℃における粘度が5×10-6~50×10-62 /sであるのが好ましい。かかる粘度は、JIS-K2283(原油及び石油製品-動粘度試験方法及び粘度指数算出方法)に規定された方法で測定され得る。
【0036】
シリコーン油剤として使用する場合は、鉱物油等のパラフィン系炭化水素、帯電防止剤、分散剤、金属石けん等を混合して使用することも好ましい。鉱物油等のパラフィン系炭化水素としては、取り扱い性やガイド類との走行摩擦を低減する観点から、25℃における粘度が5×10-6~50×10-62 /sであるのが好ましい。帯電防止剤としては、アルキルサルフェート、脂肪酸石けん、アルキルスルフォネート、アルキル燐酸エステル等のアニオン界面活性剤等が好ましく使用される。分散剤としては、シリコーンレジン、ポリエーテル変性シリコーン、カルビノール変性シリコーン、カルボキシル変性シリコーン、アミノ変性シリコーン、アミド変性シリコーン、カルボキシアミド変性シリコーン、メルカプト変性シリコーン、有機カルボン酸等が単独または混合物として好ましく使用される。金属石けんとしては、ステアリン酸マグネシウム(以下、St-Mgと略する)、ステアリン酸カルシウムが好ましく、平均粒子径は、取り扱い性や分散性を向上させる観点から、0.1~1.0μmであるのが好ましい。
【0037】
また、本発明で使用されるシリコーン油剤には必要に応じて、つなぎ剤、紫外線吸収剤、酸化防止剤、防腐剤、濡れ性向上剤等の通常合成繊維処理剤に使用される成分を含有させることも好ましく行われる。これらの鉱物油等のパラフィン系炭化水素、金属石けん、帯電防止剤、分散剤等の含有量は、目的に応じて適宜決定されるのが好ましい。
さらに本発明の効果を損なわない範囲で安定剤、熱伝導性改良剤、顔料を配合することも好ましい。
【0038】
本発明のポリウレタン弾性糸は、必要に応じ各種安定剤や顔料などが含有されていてもよい。例えば、耐光剤、酸化防止剤などとして、いわゆるBHTや住友化学工業(株)製の“スミライザー”(登録商標)GA-80などをはじめとする両ヒンダードフェノール系薬剤、チバガイギー社製“チヌビン” (登録商標)等のベンゾトリアゾール系、ベンゾフェノン系薬剤、住友化学工業(株)製の“スミライザー”P-16等のリン系薬剤、各種のヒンダードアミン系薬剤、酸化チタン、カーボンブラック等の無機顔料、ポリフッ化ビニリデンなどを基とするフッ素系樹脂粉体またはシリコーン系樹脂粉体、ステアリン酸マグネシウム等の金属石鹸、また、銀や亜鉛やこれらの化合物などを含む殺菌剤、消臭剤、またシリコーン、鉱物油などの滑剤、硫酸バリウム、酸化セリウム、ベタインやリン酸化合物、リン酸エステル化合物などの各種の帯電防止剤などが添加され、またポリマと反応して存在することが挙げられる。そして、特に光や各種の酸化窒素などへの耐久性をさらに高めるには、酸化窒素捕捉剤、例えば日本ヒドラジン(株)製のHN-150,Clariant Corporation 製“Hostanox”(登録商標)SE10等、熱酸化安定剤、例えば、住友化学工業(株)製の“スミライザー”GA-80等、光安定剤、例えば、住友化学工業(株)製の“スミソーブ”(登録商標)300#622などの光安定剤などを含有させることが好ましい。
【0039】
次に本発明のポリウレタン弾性糸の製造方法について詳細に説明する。
まず、ポリウレタンの製法は、溶融重合法でも溶液重合法のいずれであってもよく、他の方法であってもよい。しかし、より好ましいのは溶液重合法である。溶液重合法の場合には、ポリウレタンにゲルなどの異物の発生が少なく、紡糸しやすく、低繊度のポリウレタン弾性糸を得やすい。また、当然のことであるが、溶液重合の場合、溶液にする操作が省けるという利点がある。
【0040】
そして本発明に特に好適なポリウレタンとしては、ポリマージオールとして分子量が1500以上6000以下のPTMG、ジイソシアネートとしてMDI、鎖伸長剤としてエチレンジアミン、1,2-プロパンジアミン、1,3-プロパンジアミン、ヘキサメチレンジアミンのうちの少なくとも1種を使用して合成されたものが挙げられる。
ポリウレタンは、例えば、DMAc、DMF、DMSO、NMPなどやこれらを主成分とする溶剤の中で、上記の原料を用い合成することにより得られる。例えば、こうした溶剤中に、各原料を投入、溶解させ、適度な温度に加熱し反応させてポリウレタンとする、いわゆるワンショット法、また、ポリマージオールとジイソシアネートを、まず溶融反応させ、しかる後に、反応物を溶剤に溶解し、前述の鎖伸長剤と反応させてポリウレタンとする方法などが、特に好適な方法として採用され得る。
【0041】
鎖伸長剤にジオールを用いる場合、耐熱性に優れたものを得るという観点から、ポリウレタンの高温側の融点を200℃以上260℃以下の範囲に調節することが好ましい。代表的な方法は、ポリマージオール、MDI、ジオールの種類と比率をコントロールすることにより達成され得る。ポリマージオールの分子量が低い場合には、MDIの割合を相対的に多くすることにより、高温の融点が高いポリウレタンを得ることができ、同様にジオールの分子量が低いときはポリマージオールの割合を相対的に少なくすることにより、高温の融点が高いポリウレタンを得ることができる。
ポリマージオールの分子量が1800以上の場合、高温側の融点を200℃以上にするには、(MDIのモル数)/(ポリマージオールのモル数)=1.5以上の割合で、重合を進めることが好ましい。
【0042】
なお、かかるポリウレタンの合成に際し、アミン系触媒や有機金属触媒等の触媒が1種もしくは2種以上混合して使用されることも好ましい。
アミン系触媒としては、例えば、N,N-ジメチルシクロヘキシルアミン、N,N-ジメチルベンジルアミン、トリエチルアミン、N-メチルモルホリン、N-エチルモルホリン、N,N,N',N'-テトラメチルエチレンジアミン、N,N,N',N'-テトラメチル-1,3-プロパンジアミン、N,N,N',N'-テトラメチルヘキサンジアミン、ビス-2-ジメチルアミノエチルエーテル、N,N,N',N',N'-ペンタメチルジエチレントリアミン、テトラメチルグアニジン、トリエチレンジアミン、N,N'-ジメチルピペラジン、N-メチル-N'-ジメチルアミノエチル-ピペラジン、N-(2-ジメチルアミノエチル)モルホリン、1-メチルイミダゾール、1,2-ジメチルイミダゾール、N,N-ジメチルアミノエタノール、N,N,N'-トリメチルアミノエチルエタノールアミン、N-メチル-N'-(2-ヒドロキシエチル)ピペラジン、2,4,6-トリス(ジメチルアミノメチル)フェノール、N,N-ジメチルアミノヘキサノール、トリエタノールアミン等が挙げられる。
また、有機金属触媒としては、オクタン酸スズ、二ラウリン酸ジブチルスズ、オクタン酸鉛ジブチル等が挙げられる。
【0043】
こうして得られるポリウレタン溶液におけるポリウレタンの濃度は、通常、30質量%以上80質量%以下の範囲が好ましい。
【0044】
本発明においては、プール水中の塩素に対する耐久性の向上と、撥水加工性の向上をさせるために、かかるポリウレタン溶液に、数平均分子量2000以上のカチオン性高分子量化合物と無機系塩素劣化防止剤とを含有せしめる。カチオン性高分子量化合物を紡糸原液に含有させる方法としては、単独で紡糸原液と混合しても良いし、無機系塩素劣化防止剤に予め混合しておいても良い。紡糸前のポリウレタン紡糸原液に斑なく分散させる方法としては、N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド等を溶媒とするポリウレタンの紡糸原液に、上述のカチオン性高分子量化合物と無機系塩素劣化防止剤を加え、斑なく分散するよう攪拌、混合処理することが好ましい。具体的には、カチオン性高分子量化合物と無機系塩素劣化防止剤を、あらかじめN,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド等の溶媒に溶解または分散し、その溶液および分散液をポリウレタン紡糸原液に混合することが好ましい。ここで、添加されるカチオン性高分子量化合物と無機系塩素劣化防止剤の溶媒は、ポリウレタン溶液への均一な添加を行う観点から、ポリウレタン溶液と同一の溶剤を用いることが好ましい。また、カチオン性高分子量化合物と無機系塩素劣化防止剤、前記した、例えば、耐光剤、耐酸化防止剤などの薬剤や顔料などを同時に添加してもよい。このとき、カチオン性高分子量化合物と、無機系塩素劣化防止剤をポリウレタン溶液へ添加する方法としては、任意の方法が採用できる。その代表的な方法としては、スタティックミキサーによる方法、攪拌による方法、ホモミキサーによる方法、2軸押し出し機を用いる方法など各種の手段が採用できる。
【0045】
さらに、プール水中の塩素に対する耐久性を向上させるため、片ヒンダードのヒドロキシフェニル基を少なくとも1個有する分子量が300以上である片ヒンダードフェノール化合物を、例えば0.15質量%以上4.0質量%以下の範囲でポリウレタン弾性糸に含有させることが好ましい。片ヒンダードフェノール化合物を紡糸原液に含有させる方法としては、任意の方法が採用でき、単独で紡糸原液と混合しても良いし、前述の溶液又は分散液に予め混合しておいても良い。
【0046】
以上のように構成した紡糸原液を、たとえば乾式紡糸、湿式紡糸、もしくは溶融紡糸し、巻き取ることで、本発明のポリウレタン糸を得ることができる。中でも、細物から太物まであらゆる繊度において安定に紡糸できるという観点から、乾式紡糸が好ましい。
本発明のポリウレタン弾性糸の繊度、断面形状などは特に限定されるものではない。例えば、糸の断面形状は円形であってもよく、また扁平であってもよい。
そして、乾式紡糸方式についても特に限定されるものではなく、所望する特性や紡糸設備に見合った紡糸条件等を適宜選択して紡糸すればよい。
また、紡糸速度は、得られるポリウレタン弾性糸の強度を向上させる観点から、250m/分以上であることが好ましい。
【0047】
ポリウレタン弾性糸を含む編み物は、丸編、緯編、経編(トリコット編、ラッセル編を含む)いずれの編み物でもよく、組織はパイル編、平編、天竺編、リブ編、スムース編(両面編)、ゴム編、パール編、デンビー編み、ダブルデンバー編み、コード編み、ハーフ編、逆ハーフ編み、アトラス編み、ダブルアトラス編み、鎖編み、挿入編み、及びこれらを組み合わせた編物等いずれの編組織でもよい。
【0048】
ポリウレタン弾性糸とその他の繊維とからなる織物は、通常の方法で製織される。織物組織としては、平織、斜文織、朱子織、変化平織、変化斜文織、変化朱子織、変わり織、紋織、片重ね織、二重組織、多重組織、経パイル織、緯パイル織、絡み織、またはこれらを組み合わせた織物等を含む。ポリウレタン糸を経糸あるいは緯糸にのみ用いたワンウェーストレッチ、経緯両方に用いたツーウェーストレッチのいずれの織物でもよい。
【0049】
ポリウレタン弾性糸とその他の繊維とからなる布帛には、通常の条件で、精錬、リラックス、セットが行われる。布帛の染色は、通常、布帛に対して混率の高いその他の繊維に適した染料、条件で行う。染料は、分散染料、酸性染料、含金染料のほか、公知の染料を用いることができ、必要に応じて染料を固着させるためのフィックス処理や抗菌処理、柔軟処理等を行っても良い。
【0050】
次に本発明の撥水加工方法について説明する。本発明の撥水加工方法は、乾熱処理により付与されることが好ましい。乾熱処理としては、撥水剤を含有する処理液をマングル等の装置を用いて、繊維構造物に付与した後、乾燥および熱処理する方法が挙げられる。繊維構造物に、撥水剤を含有する処理液を付与する装置としては、繊維構造物に均一に液を付与できる装置が良く、通常のマングルが液付与装置として好適に用いられる。泡加工機や、プリント法、インクジェット、スプレー法およびコーティング法等で付与することもできる。乾燥温度は、80℃~150℃であることが好ましい。その処理時間は、15秒~5分であることが好ましく、より好ましくは100~140℃で30秒~3分間である。乾燥後の熱処理温度は、80~200℃であることが好ましい。その処理時間は、15秒~8分間が好ましく、より好ましくは130~190℃で30秒~5分間である。処理温度が低い場合には、反応が十分ではなく、撥水性が低下する。
【実施例
【0051】
本発明について実施例を用いてさらに詳細に説明する。なお、本発明は下記の実施例に限定解釈されない。また以下の実施例において、重さの割合を単に%と表示してあるのは質量%を意味する。
【0052】
以下において、織物の各種特性は次の方法で測定した。
(元素質量濃度)
繊維構造物を分解し、表面に現れたポリウレタン弾性糸、または解繊し取り出したポリウレタン弾性繊維を用いて下記の条件でSEM-EDXを測定した。得られた元素質量濃度からF/C比を計算した。測定機器はSEM(Hitachi社製S-3400N)、EDX検出器(Horiba社製EMAX x-act)を用いた。
<測定条件>
加速電圧:5kV
解像度:1024×768
プローブ電流:50mA
ライブタイム:120sec
真空度:30Pa
プロセスタイム:mode:4
WD:10mm
スペクトルレンジ:0-20keV
倍率:2000倍
チャンネル数:2K
(撥水性)
JIS L 1092「繊維製品の防水性試験方法」(1998年)に規定される方法でスプレー法により評価を行い、級判定を行った。
(保水率)
タテ20cm、ヨコ20cmに切った繊維構造物の中央に直径11.2cmの円を描き、該円の面積が80%拡大されるように伸張し、撥水度試験(JIS L 1092)に使用する試験片保持枠に取り付け、スプレー試験(JIS L 1092)を行った後、保持枠から取り外し、20℃×53%RHの環境下で風乾する。同繊維構造物を10枚準備し、1枚ずつ重量を測定したものを「処理前重量」とした。
洗濯機(JIS C 9606)に30Lの水を入れ(水温;25~29℃)、前記繊維構造物10枚を水中に入れ「強条件」で所定の時間(10分、60分、120分)回転させた後、水中から一枚ずつ取り出し、拡布状態で15度程度傾けて10秒間待って、繊維構造物についた水滴を落とし、重量を測定したものを「処理後重量」とし、下記式により保水率を測定した。
保水率(%)=((処理後重量-処理前重量)/処理前重量)×100
<引裂強さ>
JIS L1096「織物及び編物の生地試験方法」(1999年)に規定されるペンジュラム法により評価を行った。
<破裂強さ>
JIS L1096「織物および編物の生地試験方法」(1999年)に規定されるミューレン法により評価を行った。
<伸長率>
JIS L1096「織物および編物の生地試験方法」(1999年)に規定される A法 カットストリップ法に従って測定した。試験片の幅5cm、つかみ間隔20cmとした。初荷重は試験片の幅で1mの長さにかかる重力に相当する荷重とした。引張速度20cm/minとした。17.7N(1.8kg)荷重時の伸長率(%)を測定した。伸長率はストレッチ性を示す。
<30%伸長時の応力>
経糸と緯糸方向の伸長率測定時の30%伸長時の応力(N)を測定し、1cm当りに換算しN/cmで表示した。30%伸長時の応力は、コンプレッション(着圧)機能を評価する基準になる。
【0053】
(糸Aの作成)
数平均分子量1800のPTMGとMDIとをモル比にてMDI/PTMG=1.58/1となるように容器に仕込み、90℃で反応せしめ、得られた反応生成物をN,N-ジメチルアセトアミド(DMAc)に溶解させた。次に、エチレンジアミン及びジエチルアミンを含むDMAc溶液を前記反応物が溶解した溶液に添加して、ポリマ中の固体分が35質量%であるポリウレタンウレア溶液を調製した。
さらに、酸化防止剤として、p-クレゾ-ル及びジビニルベンゼンの縮合重合体(デュポン社製“メタクロール”(登録商標)2390)と紫外線吸収剤として、2-[4,6-ビス(2,4-ジメチルフェニル)-1,3,5-トリアジン-2-イル]-5-(オクチルオキシ)フェノ-ル(サイテック社製“サイアソーブ”(登録商標)1164)を3対2(質量比)で混合し、DMAc溶液(濃度35質量%)を調整し、これを添加剤溶液(35質量%)とした。
ポリウレタンウレア溶液と添加剤溶液とを98質量%、2質量%の割合で混合してポリマ溶液(X1)とした。
カチオン性高分子量化合物として、t-ブチルジエタノールアミンとメチレン-ビス-(4-シクロヘキシルイソシアネ-ト)の反応によって、数平均分子量2600のカチオン性高分子量化合物を生成せしめた。生成したカチオン性高分子量化合物をDMAcに溶解し、濃度35質量%の溶液(A1)を調製した。
塩素劣化防止剤として白石工業(株)製炭酸カルシウム白艶華A(CaCO3、平均一次粒子径:1.0μm)を用いて35質量%DMAc分散液を調整した。その調整には、水平ミルWILLY A.BACHOFEN社製DYNO-MIL KDLを用い、85%ジルコニアビーズを充填、80g/分の流速の条件で均一に微分散させて、合成炭酸塩のDMAc分散液B1(35質量%)とした。
さらに、片ヒンダードフェノール化合物として、エチレン-1,2-ビス(3,3-ビス[3-t-ブチル-4-ヒドロキシフェニル]ブチレート(クラリアントコーポレーション(Clariant Corporation)製“Hostanox”(登録商標)O3)をDMAcに溶解し、濃度35質量%の溶液(C1)を調製した。
ポリマ溶液X1、A1、B1、C1をそれぞれ97質量%、1質量%、3質量%、1質量の比率で混合し紡糸原液Y1を調製した。この紡糸原液Y1を580m/分の巻き取り速度で、乾式紡糸することにより、ポリウレタン弾性糸(78デシテックス)(Z1)を製造し処理剤であるシリコーン油剤を塗布しつつ巻き取った。なお、シリコーン油剤はシリコーン(ポリジメチルシロキサン)96%、St-Mg3%、分散剤1%の処理剤(油剤)を乾燥重量で6%付与した。
前記のようにして得られたポリウレタン弾性糸をナイロン66生糸でカバーリングした。ナイロン66生糸は33デシテックス、10フィラメントであった。カバーリングは1400T/m、シングルカバーリングとした。
このようにして糸Aを得た。
(糸Bの作成)
ポリウレタン弾性糸を55デシテックスで作成した以外は糸Aと同様に作成し、糸Bを得た。
(糸Cの作成)
ポリウレタン弾性糸を44デシテックスで作成し、33デシテックス、10フィラメントのナイロン66生糸でカバーリングした以外は糸Aと同様に作成し、糸Cを得た。
(糸Dの作成)
78デシテックスのポリウレタン弾性繊維(東レ・オペロンテックス社製、タイプ176E)を33デシテックス、10フィラメントのナイロン66生糸でカバーリングを行い、糸Dを得た。
(糸Eの作成)
55デシテックスのポリウレタン弾性繊維(東レ・オペロンテックス社製、タイプ254E)を33デシテックス、10フィラメントのナイロン66生糸でカバーリングを行い、糸Eを得た。
(糸Fの作成)
44デシテックスのポリウレタン弾性繊維(東レ・オペロンテックス社製、タイプ254T)を33デシテックス、48フィラメントのナイロン66生糸でカバーリングを行い、糸Fを得た。
【0054】
(実施例1)
経糸に糸Aを、緯糸に糸B、糸Cを使用し、平織物を製造した。得られた織物はナイロン66%、ポリウレタン34%であった。この織物を常法に従い、精練、中間セット、染色、乾燥を行った。得られた織物を、以下の撥水処方に浸漬し、ピックアップ50%で絞った後に130℃の温度に設定したピンテンター中で乾燥を行った。次に、170℃の温度に設定したピンテンター中で1分間乾熱処理を行い、実施例1の加工布織物(繊維構造物)を得た。仕上り密度は経糸密度185本/2.54cm、緯糸密度201本/2.54cm、単位面積当たりの質量146g/m2であった。得られた加工布は高い撥水度を示すとともに、保水率が低く優れた撥水性を示す繊維構造物が得られた。
・FX-ML((株)京絹化成 製 フッ素系撥水剤):100g/L
・ベッカミンM-3(大日本インキ化学工業(株)製 メラミン樹脂):3g/L
・ベッカミンACX(大日本インキ化学工業(株)製 触媒):2g/L
・スーパーフレッシュJB7200((株)京絹化成社製、水分散型多官能性イソシアネート架橋剤):5g/L
【0055】
(実施例2)
経糸に糸Aを、緯糸に糸Bを使用し、ナイロン66%、ポリウレタン34%織物を製織した以外は実施例1と同様に処理し、実施例2の加工布織物(繊維構造物)を得た。仕上り密度は経糸密度184本/2.54cm、緯糸密度178本/2.54cm、単位面積当たりの質量129g/m2であった。得られた加工布は高い撥水度を示すとともに、保水率が低く優れた撥水性を示す繊維構造物が得られた。
【0056】
(比較例1)
経糸に糸Dを、緯糸に糸E、糸Fを使用し、ナイロン66%、ポリウレタン34%織物を製織した以外は実施例1と同様に処理し、比較例1の加工布織物(繊維構造物)を得た。得られた加工布は高い撥水度を示したが、保水率が高く、不十分であった。
【0057】
(比較例2)
経糸に糸Dを、緯糸に糸Eを使用し、ナイロン66%、ポリウレタン34%織物を製織した以外は実施例1と同様に処理し、比較例2の加工布織物(繊維構造物)を得た。得られた加工布は高い撥水度を示したが、保水率が高く、不十分であった。
以上の結果を表1にまとめて示す。
【0058】
【表1】
【0059】
表1に示すように、実施例1~2は、高い撥水性と低保水率であることが確認できた。とくに保水率が低く、長時間水中に浸漬した場合にも濡れにくいことが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明のポリウレタン弾性糸を含む繊維構造物は、例えばスポーツ衣料、水着、ガードル、ブラジャー、インティメイト商品、肌着等の各種ストレッチファンデーション、靴下用口ゴム、タイツ、パンティストッキング、ウエストバンド、ボデイスーツ、スパッツ、ストレッチスポーツウエア、ストレッチアウター、包帯、サポーター、医療用ウエア、ストレッチ裏地、紙おむつ等の用途が挙げられる。特にプールにて使用される水着用生地として好適である。得られた水着は高い撥水性と低保水率に優れたものとなる。