(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-11
(45)【発行日】2024-03-19
(54)【発明の名称】モータ制御装置
(51)【国際特許分類】
H02P 29/66 20160101AFI20240312BHJP
H02K 9/19 20060101ALI20240312BHJP
H02P 29/032 20160101ALI20240312BHJP
【FI】
H02P29/66
H02K9/19 B
H02P29/032
(21)【出願番号】P 2021163000
(22)【出願日】2021-10-01
【審査請求日】2023-02-24
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】弁理士法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】宮部 友博
(72)【発明者】
【氏名】中澤 輝彦
【審査官】池田 貴俊
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-178243(JP,A)
【文献】特開2021-090340(JP,A)
【文献】特開2015-159643(JP,A)
【文献】特開2018-170941(JP,A)
【文献】特開2017-033546(JP,A)
【文献】特開2021-016226(JP,A)
【文献】特開2003-235286(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02P 29/66
H02K 9/19
H02P 29/032
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
モータのロータコアに設けられた磁石の温度に影響を与える要素の時系列データ
セットを学習モデルに入力して、前記磁石の温度を予測する予測部と、
前記予測部によって予測された温度に基づいて、前記モータに供給される冷却油の流量を制御する制御部と、
を有
し、
予め定められたサンプリング期間毎に前記要素の時系列データが計測され、
前記時系列データセットは、過去の連続する複数のサンプリング期間中に計測された時系列データのセットであり、
前記予測部は、前記時系列データセットに基づいて、次のサンプリング期間における前記磁石の温度を予測する、
ことを特徴とするモータ制御装置。
【請求項2】
前記制御部は、前記予測部によって予測された温度が、不可逆減磁を引き起こす温度についての許容値を超える場合、前記モータの出力トルクを抑制する、
ことを特徴とする請求項1に記載のモータ制御装置。
【請求項3】
前記学習モデルは、前記モータの試作機を用いて計測された磁石の温度と前記要素の時系列データとの関係について学習したモデルである、
ことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のモータ制御装置。
【請求項4】
前記要素は、前記モータに対する要求トルクの値、前記モータのステータコイルに供給される電流の値、前記モータの損失量、前記ステータコイルの温度、前記モータのロータの回転速度、前記磁石の極数、前記モータに供給される冷却油の温度、前記モータに供給される冷却油の流量、外気の温度、又は、前記モータが搭載された車両の車速である、
ことを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか一項に記載のモータ制御装置。
【請求項5】
前記制御部は、前記予測部によって予測された温度が許容値以下である場合において、前記モータに供給される冷却油の流量が事前に増やされている場合、前記モータに供給される冷却油の流量を減らす、
ことを特徴とする請求項1から請求項4のいずれか一項に記載のモータ制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータ制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ロータコアに磁石が設けられたモータが、電動車両の駆動用モータとして用いられる場合がある。磁石の温度が、許容された上限値を超えると、減磁が発生し、モータの性能が低下することが知られている。したがって、磁石の温度を把握することは極めて重要であるが、運転中、ロータは高速で回転しているため、ロータコアに設けられた磁石の温度を直接計測することは困難である。これに対処する技術として、磁石の温度を推定又は予測する技術が知られている。
【0003】
特許文献1,2には、ロータコアに設けられた磁石の温度を推定する技術が記載されている。これらの技術においては、ステータコイルの現在の温度と冷却油の現在の温度とを計測し、これらの値と磁石の温度の前回の推定値とに基づいて、磁石の現在の温度を推定する。この推定技術は、コイルに流れる電流が主な熱の発熱源であり、冷却油は磁石から熱を奪う役割を担っているという考え方を基にしている。つまり、この推定技術は、基本的には、熱は、ステータコイル、ロータコア、冷却油及び外気の順に伝達されるため、ステータコイルと冷却油の温度が分かれば、両者に挟まれたロータコアの温度を推定できるという考え方を基にしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2018-102102号公報
【文献】特開2021-69146号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、電動駆動系内の熱の伝達系は非線形なシステムである。したがって、特許文献1,2に記載されているように現在計測された値だけを用いる推定技術では、ロータコアに設けられた磁石の温度を正確に推定することは困難である。例えば、加熱中と冷却中とでは、磁石の周辺の要素(例えば、ステータコイルや冷却油等)の温度が一時的に同じ温度であっても、ロータコアに設けられた磁石の温度は異なると予測される。したがって、現在計測された値だけを用いる推定技術では、磁石の温度を正確に推定することは困難である。
【0006】
本発明の目的は、モータのロータコアに設けられた磁石の温度を予測する場合において、現在計測された値だけを用いて磁石の温度を予測する場合と比べて、磁石の温度をより正確に予測してモータを制御することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の1つの態様は、モータのロータコアに設けられた磁石の温度に影響を与える要素の時系列データを学習モデルに入力して、前記磁石の温度を予測する予測部と、前記予測部によって予測された温度に基づいて、前記モータに供給される冷却油の流量を制御する制御部と、を有することを特徴とするモータ制御装置である。
【0008】
上記の構成によれば、磁石の温度に影響を与える要素の時系列データを用いて磁石の温度を予測するので、非線形な熱伝達の特性に対応することができる。その結果、現在計測された値だけを用いて磁石の温度を予測する場合と比べて、より正確な値を予測することができる。
【0009】
前記制御部は、前記予測部によって予測された温度が、不可逆減磁を引き起こす温度についての許容値を超える場合、前記モータの出力トルクを抑制してもよい。
【0010】
前記学習モデルは、前記モータの試作機を用いて計測された磁石の温度と前記要素の時系列データとの関係について学習したモデルであってもよい。
【0011】
前記要素は、例えば、前記モータに対する要求トルクの値、前記モータのステータコイルに供給される電流の値、前記モータの損失量、前記ステータコイルの温度、前記モータのロータの回転速度、前記磁石の極数、前記モータに供給される冷却油の温度、前記モータに供給される冷却油の流量、外気の温度、又は、前記モータが搭載された車両の車速である。
【0012】
前記制御部は、前記予測部によって予測された温度が許容値以下である場合において、前記モータに供給される冷却油の流量が事前に増やされている場合、前記モータに供給される冷却油の流量を減らしてもよい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、モータのロータコアに設けられた磁石の温度を予測する場合において、現在計測された値だけを用いて磁石の温度を予測する場合と比べて、磁石の温度をより正確に予測してモータを制御することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図3】電動駆動系内での熱の移動を説明するための図である。
【
図4】ロータコアに設けられた磁石の温度を計測する構成を示す図である。
【
図5】ロータコアに設けられた磁石の温度を計測する構成を示す図である。
【
図6】学習モデルの構築の流れを示すフローチャートである。
【
図9】現在の測定値のみを用いて得られた予測値を示す図である。
【
図10】時系列データセットを用いて得られた予測値を示す図である。
【
図11】モータの制御の流れを示すフローチャートである。
【
図12】冷却油の流量の制御の流れを示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、実施形態に係るモータ制御装置について説明する。実施形態に係るモータ制御装置は、自動車等の車両に搭載され、電力で車両を駆動するモータを制御する装置である。以下では、モータ制御装置は、車両に搭載されることとして説明するが、他の機器に搭載されてもよい。
【0016】
図1を参照して、モータ制御装置が搭載される車両10の電動駆動系について説明する。
図1には、車両10の電動駆動系の構成が示されている。車両10は、車両10を駆動するモータ12と、変速機14と、ディファレンシャルギア16と、ドライブシャフト18と、タイヤ20と、を含む。
【0017】
動力源であるモータ12から出力された動力は、変速機14、ディファレンシャルギア16及びドライブシャフト18を介してタイヤ20に伝えられ、これにより、車両10は走行する。モータ12、変速機14及びディファレンシャルギア16によって構成される部分を、電動駆動系と称する。
【0018】
以下、
図2を参照して、モータ12とその制御系について説明する。車両10は、モータ12と、バッテリ22と、バッテリの直流電力を交流電力に変換してモータ12に供給するインバータ24と、モータ12を冷却する冷却機構の一例であるオイルポンプ26と、モータ12の出力を制御するモータ制御装置28と、を含む。
【0019】
モータ12は、ケース30と、ケース30内に設置されたステータ32と、ステータ32の内周に配置されたロータ34と、ロータ34に一体に固定されたシャフト36と、ベアリング38と、を含む。
【0020】
ステータ32は、複数の電磁鋼板が積層されることで構成されたステータコア40と、ステータコア40に巻回されたステータコイル42と、を含む。
【0021】
ロータ34は、複数の電磁鋼板が積層されることで構成されたロータコア44と、ロータコア44の外周近傍の内部に組み込まれた磁石46(例えば永久磁石)と、を含む。ケース30とシャフト36との間にはベアリング38が配置されており、これによって、ロータ34は、滑らかに回転運動することができる。シャフト36の一端には、ロータ34の回転角及び回転数を検出するセンサであるレゾルバが設けられている。
【0022】
バッテリ22は、充放電可能な二次電池であり、例えば、ニッケル水素電池やリチウムイオン電池等によって構成されている。
【0023】
インバータ24は、複数のFET等のスイッチング素子を含み、モータ制御装置28からFMW信号を受けてスイッチング素子をオン/オフ動作させて、バッテリ22からの直流電力を交流電力に変換してモータ12に供給する。インバータ24によって電力や周波数が調整され、ステータコイル42に流れる電流が制御される。電流がステータコイル42に流れると、回転磁界が形成される。この回転磁界と磁石46との磁気引力等によって、ロータ34にトルクが作用し、ロータ34は回転運動する。
【0024】
また、インバータ24は、モータ制御装置28からFMW信号を受けてスイッチング素子をオン/オフ動作させて、モータ12の交流の回生電力を直流電力に変換してバッテリ22を充電する。
【0025】
モータ12の下部には、冷却液の一例である冷却油を貯留するオイルパン48が設けられている。オイルポンプ26は、オイルパン48に貯留された冷却油を加圧することでケース30内に供給する。なお、冷却油は、潤滑油としての機能も担っており、ベアリング38等の摺動部の動きを滑らかにする。
【0026】
モータ制御装置28は、車速やアクセルペダル操作量等に基づいて、モータ12への要求トルクを計算する。モータ制御装置28は、その要求トルクに応じて、ステータコイル42に供給する電流を制御するようにインバータ24に指令を出力する。
【0027】
ステータコイル42に電流が流れると、電力の一部の損失になり、ステータコイル42が発熱する。また、ロータ34が回転すると、ロータコア44内に渦電流が流れるため発熱する。ステータ32とロータ34を冷却するために、冷却油がオイルポンプ26からケース30内に供給される。ステータ32とロータ34から熱を奪った冷却油は、オイルパン48に戻り、外気に熱を放出して冷却される。例えば
図3に示すように、熱は、ステータコイル42、ロータコア44、冷却油及び外気の順に伝達され、ステータ32とロータ34とから熱を奪った冷却油は、外気に熱を放出する。外気との熱交換の効率を上げるために、ラジエータが用いられてもよい。
【0028】
磁石46の温度が、許容される上限値を超えると、磁石46が冷却されても磁力が戻らない不可逆減磁が発生し、モータ12の性能が劣化する。具体的には、モータ12が出力可能なトルクの上限値が低下する。したがって、電動駆動系の運用において、磁石46の温度を把握することは重要である。しかし、運転中は、ロータ34は高速で回転しているため、磁石46の温度を直接計測することは困難である。したがって、磁石46の温度を推定又は予測する必要がある。
【0029】
モータ制御装置28は、予測部28aと制御部28bとを含む。
【0030】
予測部28aは、磁石46の温度に影響を与える要素の時系列データを学習モデルに入力して、磁石46の温度を予測する。以下、磁石46の温度に影響を与える要素を「周辺要素」と称することとする。周辺要素の時系列データは、当該周辺要素の時間変化を表すデータである。予測部28aは、1又は複数の周辺要素の時系列データから次の時間ステップの温度を予測する学習モデルを用いて、次の時間ステップの温度を予測する。
【0031】
上記の学習モデルは、モータ12の試作機を用いて計測された磁石46の温度と上記の周辺要素の温度との関係について学習したモデルである。上記の学習モデルとして、例えば、時系列データの学習に適した深層学習モデルが用いられる。具体的には、RNN(Recurrent Neural Network)、LSTM(Long Short-Term Memory)、GRU(Gated Recurrent Unit)、Attention、又は、Transformer等が用いられる。
【0032】
周辺要素は、例えば、モータ12に対する要求トルクの値、ステータコイル42に供給される電流の値、モータ12の損失量、ステータコイル42の温度、ロータ34の回転速度、磁石46の磁数、冷却油の温度、オイルポンプ26の吐出量(モータ12に供給される冷却油の流量)、外気の温度、又は、車両10の車速等である。これらの中の1又は複数の周辺要素の時系列データが学習モデルに入力されて、磁石46の温度が予測される。
【0033】
制御部28bは、モータ12の出力、及び、冷却油の流量等を制御する。具体的には、制御部28bは、インバータ24に含まれる各スイッチング素子のオン/オフ動作を制御することで、モータ12に供給される電力を制御する。これにより、制御部28bは、ロータ34の回転運動を制御する。また、制御部28bは、モータ12からバッテリ22への電力の供給を制御することで、バッテリ22の充電を制御する。また、制御部28bは、オイルポンプ26を制御することで、オイルポンプ26からモータ12に供給される冷却油の流量を制御する。
【0034】
例えば、制御部28bは、予測部28aによって予測された温度に基づいて、オイルポンプ26がモータ12に供給する冷却油の流量を制御する。制御部28bは、予測部28aによって予測された温度に基づいて、モータ12の出力を制御してもよい。
【0035】
制御部28bは、予測部28aによって予測された温度が、不可逆減磁を引き起こす温度についての許容値を超える場合、モータ12の出力を抑制してもよい。具体的には、制御部28bは、モータ12のトルクを低下させる。例えば、制御部28bは、予測部28aによって予測された温度と不可逆減磁を引き起こす温度との差が閾値以下となった場合、モータ12の出力を抑制する。
【0036】
制御部28bは、予測部28aによって予測された温度が、不可逆減磁を引き起こす温度についての許容値を超える場合、オイルポンプ26がモータ12に供給する冷却油の流量を増やしてもよい。例えば、制御部28bは、予測部28aによって予測された温度と不可逆減磁を引き起こす温度との差が閾値以下となった場合、オイルポンプ26がモータ12に供給する冷却油の流量を増やす。
【0037】
モータ制御装置28は、例えば、CPU(Central Processing Unit)等のプロセッサと記憶装置とを含む。記憶装置は、例えば、メモリ(例えばRAM、DRAM、ROM等)、ハードディスクドライブ(HDD)又はソリッドステートドライブ(SSD)等である。モータ制御装置28は、コンピュータによって構成されてもよい。
【0038】
予測部28aと制御部28bは、例えば、ハードウェアとソフトウェアとの協働により実現される。例えば、プロセッサが、記憶装置に記憶されているプログラムを読み出して実行することで、予測部28aと制御部28bが実現される。プログラムは、CD又はDVD等の記録媒体を経由して、又は、ネットワーク等の通信経路を経由して、記憶装置に記憶される。別の例として、予測部28aと制御部28bは、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)、FPG(Field Programmable Gate Array)、その他のプログラマブル論理デバイス、又は、電子回路等によって実現されてもよい。
【0039】
磁石46の温度を予測する学習モデルを形成するために、その学習モデルの学習に用いられるデータが計測される。以下、
図4を参照して、そのデータの計測について説明する。
図4には、モータ12と制御系が示されている。
【0040】
上述したように、運転中、ロータ34は高速で回転しているため、市販化されてユーザが日常使用しているモータ12に含まれる磁石46の温度を計測することは困難である。一方、開発段階の試作機や商品の改良のための試作機では、モータ12の内部に温度を計測するためのセンサを配置し、磁石46の温度を直接計測することができる。
図4には、磁石46の温度を直接計測する装置の一例が示されている。
【0041】
図4に示す例では、磁石46の温度を直接計測するセンサとして、熱電対50が用いられる。熱電対50は、磁石46に取り付けられている。熱電対50は、計測箇所の温度の高さに比例して電圧を発生させるため、この電圧の値を読み取ることで温度を計測することができる。
【0042】
運転中、ロータ34は回転運動するため、熱電対50の計測値を有線でコンピュータ62に出力することが困難である。そこで、送信機52と受信機54とを用いて、熱電対50の計測値を取得する。送信機52はロータ34に取り付けられており、受信機54はケース30に取り付けられている。熱電対50の計測値の信号は、送信機52から受信機54に無線で送信される。受信機54が受信した計測値の信号は、増幅変換器56によって変換されてコンピュータ62に出力され、コンピュータ62に設けられた記憶装置に記憶される。
【0043】
また、熱電対58が、ステータコア40に取り付けられ、熱電対60が、オイルパン48に取り付けられている。熱電対58は、ステータコイル42の温度を計測するための熱電対である。熱電対60は、オイルパン48の温度を計測するための熱電対である。熱電対58,60の計測値の信号は、増幅変換器56によって変換されてコンピュータ62に出力され、コンピュータ62に設けられた記憶装置に記憶される。熱電対58,60の計測値は、磁石46の温度を予測するための情報として用いられる。
【0044】
ステータコイル42の温度は、周辺要素の一例に相当する。つまり、熱電対58の計測値は、周辺要素の一例に相当する。また、オイルパン48の温度は、冷却油の温度に相当し、周辺要素の一例に相当する。つまり、熱電対60の計測値は、周辺要素の一例に相当する。
【0045】
ステータコイル42の温度と冷却油の温度は、周辺要素の一例に過ぎず、上述したように、モータ12に対する要求トルクの値、ステータコイル42に供給される電流の値、モータ12の損失量、ロータ34の回転速度、磁石46の磁数、オイルポンプ26の吐出量、外気の温度、又は、車速等が、周辺要素として用いられてもよい。これらの周辺要素の時系列データ(つまり周辺要素の時間変化を表すデータ)が、予め定められたサンプリング時間毎に計測され、計測された時系列データはコンピュータ62に出力されて、コンピュータ62に設けられた記憶装置に記憶される。例えば、電動駆動系が搭載された車両が市販され、ユーザが車両を運転している最中であっても容易に計測可能なデータが、周辺要素の時系列データとして選択されて計測される。
【0046】
図5には、磁石46の温度を直接計測する装置の別の例が示されている。
図5に示す例では、赤外線温度計測機64が用いられる。赤外線温度計測機64は、磁石46から放射される赤外線を検出することで、磁石46の温度を計測する。計測された信号は、
図4に示す例と同様に、増幅変換器56によって変換されてコンピュータ62に出力され、コンピュータ62に設けられた記憶装置に記憶される。
【0047】
以下、
図6を参照して、磁石46の温度の時系列データと各周辺要素の時系列データとに基づいて、磁石46の温度を予測する学習モデルを構築する手順について説明する。
図6には、その手順のフローチャートが示されている。
【0048】
磁石46の温度の時系列データと各周辺要素の時系列データは、
図4又は
図5に示す構成によって計測される。磁石46の温度の時系列データ(つまり、磁石46の温度の計測値)は、予測に対する真値として用いられる。
【0049】
まず、コンピュータ62は、計測された時系列データから時系列データセットを作成する(S01)。
【0050】
図7を参照して、時系列データセットに説明する。
図7には、時系列データセットの一例が示されている。
図7には、周辺要素A,・・・,Xのそれぞれの時系列データと、真相学習モデルと、予測値とが示されている。周辺要素A,・・・,Xは、例えば、ステータコイル42の温度、ステータコイル42に供給される電流の値、冷却油の温度等である。
【0051】
実施形態に係る学習モデルを用いた予測では、予め定められたサンプリング時間毎に計測された各周辺要素の時系列データから、次の時間ステップの磁石46の温度が予測される。具体的には、時間ステップ(k-1)において、その次の時間ステップである時間ステップ(k)での磁石46の温度を予測するために、コンピュータ62は、計測された周辺要素A,・・・,Xのそれぞれに関して、時間ステップ(k-1)から時間ステップ(k-n)まで遡って、時間ステップ(k-1)から時間ステップ(k-n)までの過去n個分の時系列データを1つの時系列データセットとしてまとめる。この時系列データセットは、時間ステップ(k-1)において時間ステップ(k)での磁石46の温度を予測するための時系列データセットである。同様に、時間ステップ(k-2)において、その次の時間ステップである時間ステップ(k-1)での磁石46の温度を予測するために、コンピュータ62は、周辺要素A,・・・,Xのそれぞれに関して、時間ステップ(k-2)から時間ステップ(k-n-1)までの過去n個分の時系列データを1つの時系列データセットとしてまとまる。このように、コンピュータ62は、全ての時間ステップ毎に、各周辺要素の時系列データセットを作成する。
【0052】
以下、
図6に戻って、学習モデルの構築の手順の続きを説明する。
【0053】
コンピュータ62は、ステップS01にて作成した時系列データセットと、磁石46の温度を時系列データ(計測値であり真値であるデータ)とを、学習モデルの学習と修正に用いられる訓練データと、学習モデルの学習の進み具合の確認に用いられるテストデータと、に分ける(S02)。
【0054】
次に、コンピュータ62は、訓練データの内、周辺要素の時系列データセットを学習モデルに入力し、磁石46の温度を予測する(S03)。
【0055】
図8には、磁石46の温度の予測に用いられる学習モデルの一例が示されている。
図8に示されている学習モデルは、一般的にニューラルネットワークと呼ばれるモデルであり、入力層66、出力層68、及び、入力層66と出力層68との間に配置された中間層70(又は隠れ層)によって構成される。学習モデルとして、例えば、時系列データの学習に適したRNN(Recurrent Neural Network)、LSTM(Long Short-Term Memory)、GRU(Gated Recurrent Unit)、Attention、又は、Transformer等の深層学習モデルが用いられる。なお、
図8に示されている学習モデルは一例に過ぎず、中間層の数、及び、各相の素子(セル)の数等は、
図8に示された数に限定されない。
【0056】
次に、コンピュータ62は、磁石46の温度の時系列データ(計測値であり真値であるデータ)と、深層学習モデルによって予測された値と、に基づいて、予測結果の誤差及び正解率を計算する(S04)。予測結果の誤差の計算には、例えば、平均絶対誤差、平均二乗誤差、又は、平均二乗誤差の平方根等が用いられる。正解率の計算には、統計学の決定係数等が指標として用いられる。
【0057】
次に、コンピュータ62は、予測結果と真値との誤差が小さくなるように、深層学習の誤差逆伝搬法(Backpropagation)、又は、通時的誤差逆伝搬法(Back Propagation Through-Time;BPTT)によって、学習モデル内のパラメータを修正する。
【0058】
次に、コンピュータ62は、テストデータを学習モデルに入力して、磁石46の温度を予測する(S06)。
【0059】
次に、コンピュータ62は、テストデータを用いることで得られた予測結果の誤差及び正解率を計算する(S07)
【0060】
次に、コンピュータ62は、学習の終了を判定する(S08)。学習の繰り返しループの数が、予め定められた数に達した場合、コンピュータ62は、学習が終了したと判定し(S08,Yes)、学習を終了する。学習の繰り返しループの数が、予め定められた数に達していない場合、コンピュータ62は、学習は終了していないと判定する(S08,No)。この場合、処理はステップS03に戻る。
【0061】
コンピュータ62は、訓練データを用いて得られた予測値の誤差及び正解率と、テストデータを用いて得られた予測値の誤差及び正解率と、に基づいて、学習モデルの学習が十分に行われたと判断した場合、学習が終了したと判定してもよい。例えば、訓練データを用いて得られた予測値の誤差及び正解率と、テストデータを用いて得られた予測値の誤差及び正解率と、の差が閾値以下である場合、コンピュータ62は、学習モデルの学習が十分に行われたと判断し、学習が終了したと判定する。
【0062】
なお、テストデータを用いずに訓練データのみで学習の終了を判定すると、学習モデルが訓練データに過剰に適合した状態(いわゆる過学習)に陥っているか否かを判定することができない。上述したように、学習モデルの修正に用いられないテストデータを学習モデルに入力して予測値の誤差及び正解率を計算し、そのテストデータに関する予測値の誤差及び正解率を用いることで、過学習を回避することができる。
【0063】
以下、
図9及び
図10を参照して、磁石46の温度の予測値について説明する。
図9には、実施形態に対する比較例に係る予測値が示されている。比較例においては、現在の測定値のみを用いて温度の予測値が得られる。
図10には、実施形態に係る予測値が示されている。実施形態においては、上述した時系列データセットを用いて学習された学習モデルを用いて温度の予測が得られる。
図9及び
図10において、横軸は時間を示しており、縦軸は磁石46の温度を示している。
【0064】
一例として、ステータコイル42に供給される電流の値と、冷却油の温度とが、周辺要素として選択されている。
【0065】
比較例では、ステータコイル42に供給される電流の現在の測定値と、冷却油の温度の現在の測定値とが、学習モデルに入力されて、学習モデルが構築される。そいて、ステータコイル42に供給される電流の現在の測定値と、冷却油の温度の現在の測定値とが、その構築された学習モデルに入力されて、次の時間ステップにおける磁石46の温度が予測される。
図9には、そのようにして得られた温度の予測値と、磁石46の温度の実測値(真値)とが示されている。
【0066】
実施形態では、過去100ステップ分の時間ステップの時系列データを学習モデルの学習に用いて、
図6に示されている手順に従って学習モデルが構築され、予測部28aは、その構築された学習モデルを用いて、次の時間ステップにおける磁石46の温度を予測する。具体的には、過去100ステップ分の電流の値(ステータコイル42に供給される電流の値)と、過去100ステップ分の冷却油の温度の値とを用いて、学習モデルが構築され、予測部28aは、その構築された学習モデルを用いて、次の時間ステップにおける磁石46の温度を予測する。
図10には、そのようにしてえられた温度の予測値と、磁石46の温度の実測値(真値)とが示されている。
【0067】
図9に示されている比較例に係る予測値と、
図10に示されている実施形態に係る予測値とを比べると、実施形態に係る予測値の方が、比較例に係る予測値よりも、真値に近づき、予測の精度が向上していることが分かる。これは、時系列データセットを用いて学習モデルを構築することで、学習モデルが、電動駆動系内における非線形な熱伝達の特性(例えば遅れや無駄時間等)に対応して、より正確な値を予測することができるようになったことに起因する。一方、比較例では、周辺要素の現在の値のみを用いて温度を予測しているため、実施形態よりも予測の精度は低下する。
【0068】
実施形態に係る学習モデルは、自動者等の車両に搭載されたコンピュータに保存される。例えば、実施形態に係る学習モデルは、
図2に示されているモータ制御装置28の記憶装置に保存される。モータ制御装置28の予測部28aは、その学習モデルを用いて磁石46の温度を予測し、制御部28bは、その予測された温度に基づいて、モータ12を制御したり、冷却油の流量を制御したりする。
【0069】
以下、
図11を参照して、モータ12の制御について説明する。
図11には、モータ12の制御の流れを示すフローチャートが示されている。
【0070】
まず、車両の走行中に周辺要素の時系列データが取得される(S11)。例えば、ステータコイル42の温度の時系列データ、ステータコイル42に供給される電流の時系列データ、及び、冷却油の温度の時系列データ等が、周辺要素の時系列データとして計測され、モータ制御装置28に出力される。モータ制御装置28は、各周辺要素の時系列データを取得する。
【0071】
次に、モータ制御装置28の予測部28aは、ステップS11にて取得された各周辺要素の時系列データを、モータ制御装置28の記憶装置に保存されている学習済みの深層学習モデルに入力して、磁石46の温度を予測する(S12)。例えば、その学習済みの深層学習モデルとして、
図10に示されている予測値が得られる深層学習モデルが用いられる。
【0072】
次に、モータ制御装置28の制御部28bは、ステップS12にて予測された温度が許容範囲内に含まれるか否かを判断する(S13)。予測された温度が、不可逆減磁を引き起こす温度についての許容値を超える場合(S13,No)、制御部28bは、モータ12への要求トルク又はステータコイル42に供給される電流を制限する(S14)。これにより、電動駆動系内の温度の上昇が抑制される。
【0073】
予測された温度が、上記の許容値以下である場合(S13,Yes)、制御部28bは、モータ12への要求トルクが制限中であるか否かを判断する(S15)。つまり、制御部28bは、モータ12への要求トルクが事前に制限されたか否かを判断する。なお、要求トルクが事前に制限される事由は、どのようなものであってもよい。運転者がその制限を指示してもよい。
【0074】
モータ12への要求トルクが制限中である場合(S15,Yes)、制御部28bは、要求トルクの制限を緩和する(S16)。制御部28bは、本来の要求トルクの最大値まで余裕があるか否かを更に判断し、要求トルクが制限中であり、かつ、その余裕がある場合に、要求トルクの制限を緩和してもよい。
【0075】
モータ12への要求トルクが制限中でない場合(S15,No)、処理は終了する。その後、ステップS11以降の処理が繰り返し実行される。
【0076】
実施形態によれば、磁石46の温度の予測値が許容値を超えて、不可逆減磁が発生することを回避することができる。また、磁石46を保護するために必要以上に要求トルクを制限し、電動駆動系の本来の駆動特性が発揮される機会が失われることを回避することができる。このように、磁石46の温度の予測精度が向上することで、モータ12の制御が有効に機能し、電動駆動系の本来の性能を発揮することが可能となる。
【0077】
以下、
図12を参照して、冷却油の流量の制御について説明する。
図12には、冷却油の流量の制御の流れを示すフローチャートが示されている。
【0078】
まず、車両の走行中に周辺要素の時系列データが取得される(S21)。例えば、ステータコイル42の温度の時系列データ、ステータコイル42に供給される電流の時系列データ、及び、冷却油の温度の時系列データ等が、周辺要素の時系列データとして計測され、モータ制御装置28に出力される。モータ制御装置28は、各周辺要素の時系列データを取得する。
【0079】
次に、モータ制御装置28の予測部28aは、ステップS21にて取得された各周辺要素の時系列データを、モータ制御装置28の記憶装置に保存されている学習済みの深層学習モデルに入力して、磁石46の温度を予測する(S22)。
【0080】
次に、モータ制御装置28の制御部28bは、ステップS22にて予測された温度が許容範囲内に含まれるか否かを判断する(S23)。予測された温度が、不可逆減磁を引き起こす温度についての許容値を超える場合(S23,No)、制御部28bは、オイルポンプ26によってモータ12に供給される冷却油の流量を増やす(S24)。これにより、冷却油の流量を増やす前と比べて、モータ12がより冷却される。
【0081】
予測された温度が、上記の許容値以下である場合(S23,Yes)、制御部28bは、冷却油の流量が増加中であるか否かを判断する(S25)。つまり、制御部28bは、オイルポンプ26によって供給される冷却油の流量が事前に増やされていたか否かを判断する。なお、冷却油の流量が事前に増やされる事由は、どのようなものであってもよい。運転者が増量を指示してもよい。
【0082】
冷却油の流量が増加中である場合(S25,Yes)、制御部28bは、オイルポンプ26によって供給される冷却油の流量を減らす(S26)。制御部28bは、オイルポンプ26によって供給される冷却油の流量が、摺動部の潤滑に必要な流量未満になっているか否かを更に判断し、冷却油の流量が増加中であり、かつ、供給される冷却油の流量が摺動部の潤滑に必要な流量以上である場合、冷却油の流量を減らしてもよい。例えば、制御部28bは、摺動部に焼き付きを発生させない流量まで冷却油の流量を減らす。
【0083】
冷却油の流量が増加中でない場合(S25,No)、処理は終了する。その後、ステップS21以降の処理が繰り返し実行される。
【0084】
実施形態によれば、磁石46の温度の予測値が許容値を超えた場合、冷却油の流量を増やすことで、磁石46の温度を更に下げて、不可逆減磁が発生することを回避することができる。
【0085】
磁石46の温度の予測値が許容値を超えない場合、潤滑油として機能するために必要な流量まで、すなわち、摺動部に焼き付きを発生させない流量まで、モータ12に供給される冷却油の流量が減らされる。冷却油の余分な流量を減らすことで、引き摺り損失が減り、電気駆動系の電費が向上する。
【符号の説明】
【0086】
12 モータ、28 モータ制御装置、28a 予測部、28b 制御部、34 ロータ、44 ロータコア、46 磁石。