(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-11
(45)【発行日】2024-03-19
(54)【発明の名称】抗がん効果の評価方法、及びがん免疫療法の奏効性予測方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/50 20060101AFI20240312BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20240312BHJP
C12N 5/09 20100101ALI20240312BHJP
C12N 5/0793 20100101ALI20240312BHJP
C12N 5/077 20100101ALI20240312BHJP
C12N 5/071 20100101ALI20240312BHJP
C12N 5/078 20100101ALI20240312BHJP
C12N 5/0786 20100101ALI20240312BHJP
G01N 33/15 20060101ALI20240312BHJP
G01N 33/48 20060101ALI20240312BHJP
C12M 1/00 20060101ALN20240312BHJP
C12M 3/00 20060101ALN20240312BHJP
【FI】
G01N33/50 Z
C12Q1/02
C12N5/09
C12N5/0793
C12N5/077
C12N5/071
C12N5/078
C12N5/0786
G01N33/15 Z
G01N33/48 M
C12M1/00 D
C12M3/00 A
(21)【出願番号】P 2022195516
(22)【出願日】2022-12-07
(62)【分割の表示】P 2021116498の分割
【原出願日】2018-08-21
【審査請求日】2022-12-16
(31)【優先権主張番号】P 2017158899
(32)【優先日】2017-08-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003193
【氏名又は名称】TOPPANホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100139686
【氏名又は名称】鈴木 史朗
(74)【代理人】
【識別番号】100169764
【氏名又は名称】清水 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100147267
【氏名又は名称】大槻 真紀子
(72)【発明者】
【氏名】北野 史朗
(72)【発明者】
【氏名】塚本 圭
(72)【発明者】
【氏名】森村 吏惟
(72)【発明者】
【氏名】入江 新司
【審査官】西浦 昌哉
(56)【参考文献】
【文献】特許第4866162(JP,B2)
【文献】特表2016-535591(JP,A)
【文献】国際公開第2010/101225(WO,A1)
【文献】特表2017-518070(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2010/0255528(US,A1)
【文献】特表平04-501657(JP,A)
【文献】特許第4919464(JP,B2)
【文献】特許第5850419(JP,B2)
【文献】山添 泰宗,Fabrication of novel culture system composed of cancer cells and cancer stromal cells for in vitro e,科学研究費助成事業 研究成果報告書,2014年
【文献】KOLESKY, D.B. et al.,3D Bioprinting of Vascularized, Heterogeneous Cell-Laden Tissue Constructs,ADVANCED MATERIALS,WILEY-VCH Verlag GmbH & Co.,2014年02月18日,Vol.26/No.19,pp.3124-3130
【文献】KATT, M.E. et al.,In Vitro Tumor Models: Advantages, Disadvantages, Variables, and Selecting the Right Platform,Frontiers in Bioengineering and Biotechnology,2016年02月,Vol.4, Article 12,pp.1-14
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48-33/98
C12Q 1/00- 3/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
抗がん効果の評価方法であって、
間質を構成する細胞であって免疫細胞以外の細胞と、がん細胞と、を含む細胞構造体を、
(a)カチオン性緩衝液中で、細胞と細胞外マトリックス成分とを混合して混合物を得る工程と、
(b)前記工程(a)により得られた混合物を、細胞培養容器中に播種する工程と、
(c)前記工程(b)の後、前記細胞培養容器中に細胞が多層に積層された3次元構造体である細胞構造体を得る工程と、
により製造し、
得られた細胞構造体を、免疫細胞及び抗がん剤を混合した培養培地中で培養する培養工程と、
前記培養工程後における前記細胞構造体中の前記がん細胞の生細胞数を指標として、前記抗がん剤又は前記免疫細胞の抗がん効果を評価する評価工程と、
を有し、
前記がん細胞が、前記細胞構造体の内部の特定の細胞層にのみ存在している、
抗がん効果の評価方法。
【請求項2】
前記細胞構造体の厚みが5μm以上である、請求項1に記載の抗がん効果の評価方法。
【請求項3】
前記細胞構造体の厚みが50μm以上である、請求項1又は2に記載の抗がん効果の評価方法。
【請求項4】
前記細胞構造体の厚みが500μm以下である、請求項1~3のいずれか一項に記載の抗がん効果の評価方法。
【請求項5】
前記細胞構造体が、前記間質を構成する細胞であって免疫細胞以外の細胞として、血管内皮細胞及びリンパ管内皮細胞からなる群より選択される1種以上を含む、請求項1~4のいずれか一項に記載の抗がん効果の評価方法。
【請求項6】
前記細胞構造体が、前記間質を構成する細胞であって免疫細胞以外の細胞として、線維芽細胞、神経細胞、肥満細胞、上皮細胞、心筋細胞、肝細胞、膵島細胞、組織幹細胞、及び平滑筋細胞からなる群より選択される1種以上をさらに含む、請求項5に記載の抗がん効果の評価方法。
【請求項7】
前記細胞構造体が、脈管網構造を備える、請求項1~6のいずれか一項に記載の抗がん効果の評価方法。
【請求項8】
前記免疫細胞が、白血球及びリンパ球からなる群より選択される1種以上である、請求項1~7のいずれか一項に記載の抗がん効果の評価方法。
【請求項9】
前記免疫細胞が、血漿中末梢血単核球である、請求項1~8のいずれか一項に記載の抗がん効果の評価方法。
【請求項10】
前記抗がん剤が、がん免疫チェックポイント阻害剤である、請求項1~9のいずれか一項に記載の抗がん効果の評価方法。
【請求項11】
がん免疫療法の奏効性予測方法であって、
間質を構成する細胞であって免疫細胞以外の細胞を1種以上と、がん細胞と、を含む細胞構造体を、
(a)カチオン性緩衝液中で、細胞と細胞外マトリックス成分とを混合して混合物を得る工程と、
(b)前記工程(a)により得られた混合物を、細胞培養容器中に播種する工程と、
(c)前記工程(b)の後、前記細胞培養容器中に細胞が多層に積層された3次元構造体である細胞構造体を得る工程と、
により製造し、
得られた細胞構造体を、免疫細胞及び抗がん剤を混合した培養培地中で培養する培養工程と、
前記培養工程後の前記細胞構造体中のがん細胞の生細胞数を指標として、前記がん細胞と前記免疫細胞とのうち少なくとも一方を用いてがん免疫療法の奏効性を予測する予測工程と、
を有し、
前記がん細胞が、前記細胞構造体の内部の特定の細胞層にのみ存在しており、
前記がん細胞と前記免疫細胞とのうち少なくとも一方が、がん患者から採取された細胞である、
がん免疫療法の奏効性予測方法。
【請求項12】
前記細胞構造体の厚みが5μm以上である、請求項11に記載のがん免疫療法の奏効性予測方法。
【請求項13】
前記細胞構造体の厚みが500μm以下である、請求項11又は12に記載のがん免疫療法の奏効性予測方法。
【請求項14】
前記抗がん剤が、がん免疫チェックポイント阻害剤である、請求項11~13のいずれか一項に記載のがん免疫療法の奏効性予測方法。
【請求項15】
前記免疫細胞が、血漿中末梢血単核球である、請求項11~14のいずれか一項に記載のがん免疫療法の奏効性予測方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、免疫細胞の存在下における抗がん剤の抗がん効果について、動物モデルを用いることなく、in vitroの系でより信頼性の高い評価を行う方法、及び当該方法を用いたがん免疫療法の奏効性予測方法に関する。
本願は、2017年8月21日に日本に出願された特願2017-158899号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
抗がん剤の開発又はがん治療における適切な抗がん剤の選択のために、in vitroのアッセイ系により、がん細胞に対する抗がん剤の作用を評価することが行われている。このようなin vitroのアッセイ系は、新規薬剤開発にも用いられている。薬剤承認率はきわめて低く、例えば、日本国内製薬企業においては0.1%である。薬剤承認率の成功率を上げるために、薬剤候補物質が所望の薬効を有することが確からしいかを早期判断する必要があり、信頼性の高い薬効評価方法が求められている。特に、従来の動物モデルの限界も製薬企業による新薬開発が成功しない理由の一つとされており、製薬企業は、動物モデルに代わるより生体内の環境を再現した薬剤評価モデルを求めている。
【0003】
しかし、従来のin vitroの系で行う抗がん剤の評価方法では、生体内に投与した時には優れた抗がん作用を発揮できる薬剤候補物質について、低い評価しか得られない場合がある。逆に、従来のin vitroのアッセイ系で高い評価が得られた薬剤候補物質であっても、生体内に投与した時には充分な抗がん作用が得られない場合もあり、当該アッセイ系による評価が、必ずしも実際の臨床効果に結び付かないと言う不具合が起きていた。この従来のin vitroのアッセイ系で得られる評価と、生体に実際に投与した場合に得られる薬効との相関の低さのために、従来のin vitroの評価方法では、がん治療において適切な抗がん剤を選択することができず、がん治療の成績向上が果せないことがあった。
【0004】
また、近年、がん治療法においてがん免疫療法が注目を集めている。免疫療法において用いられる抗PD-1抗体などの免疫チェックポイント阻害剤などは、動物モデルでの評価が困難であるため、有効なin vitroのアッセイ系が強く望まれている。最近は、ヒト化(Humanized)された実験動物にPDX(Patient Derived Xenograft)を移植したモデル動物を用いた免疫療法評価も報告されている。しかし、免疫系を完全にヒト化することは困難であり、ヒトとは生体システムが異なる動物の体内で行うものである。また、腫瘍の種類によって腫瘍の生着の成功率にばらつきがあり(25~75%)、PDXの樹立に時間がかかる上に、継代しないと安定してがん化しないなどの問題もある。このため、PDXを用いた免疫療法評価を、開発の早い段階における薬剤候補物質の薬効評価に利用することは困難であり、より有用なin vitroのアッセイ系が必要である。
【0005】
ところで、in vitroの系で行う抗がん剤の評価方法としては、例えば、特許文献1に、コラーゲンゲルの滴塊内でがん細胞と免疫細胞を共存させて培養し、薬剤の抗がん評価を行う方法が開示されている。当該方法では、特許文献2に記載されている、がん細胞周辺の間質を積極的に除去し、がん細胞のみの細胞塊として癌細胞を増殖させる方法を利用している。
【0006】
しかし、最近、大腸がん患者のデータを解析して、転帰不良の患者において高発現する遺伝子の多くが、間質で発現している可能性が明らかにされている。また、ヒトのがん細胞を移植したマウスから得たデータを用いて、この可能性を検証し、転帰不良の患者において高発現する遺伝子が、ヒトのがん組織ではなくその周囲のマウスの組織に由来することも見いだされている(非特許文献1)。特に悪性度が高いがんでは、異常に活性化した特殊な線維芽細胞が多く出現することが報告され、「がん関連線維芽細胞(Cancer Associated Fibroblast:CAF)」と呼ばれている。これらのCAFは、血管新生やがん細胞の増殖・浸潤などを促進することも既に報告されている(非特許文献2)。したがって、がん微小環境(生体内におけるがん細胞とその周辺環境)において、間質ががん細胞に与える影響は非常に大きく、間質を共存させることにより、より生体内に近い環境を構築できると考えられる。
【0007】
その他、in vitroの系で行う抗がん剤の評価方法としては、例えば、抗PD-1モノクロナール抗体薬であるNivolumab(ニボルマブ)において、米国では臨床的に作用機序に係わるタンパク質(PD-L1)の発現を調べる方法が行われている。
ニボルマブは、がん免疫療法の治療剤の代表格である。当該方法により、抗PD-1モノクロナール抗体薬を投与した場合に得られる効果が、ある程度は予測できるものの、その奏効率は20%であり、充分な薬効評価とはいえない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】日本国特許第4866162号公報
【文献】日本国特許第3594978号公報
【非特許文献】
【0009】
【文献】Isella, et al., Nature Genetics, 2015, vol.47, p.312-319.
【文献】Shimoda, et al., Seminars in Cell & Developmental Biology, 2010, vol.21(1), p.19-25.
【文献】Brambilla et al., JOURNAL OF CLINICAL ONCOLOGY,2016,vol.34(11),p.1223-1230.
【文献】Nishiguchi et al., Macromol Bioscience,2015,vol.15(3),p.312-317.
【文献】Sanmamed et al.,Cancer Research,2015,vol.75(17),p.3466-3478.
【文献】Le et al.,The New England Journal of Medicine,2015,vol.372(26),p.2509-2520.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
薬剤の薬効評価をin vitroの評価系で行う場合、得られる評価の信頼性が問題となる。すなわち、当該評価系での評価が、実際に当該薬剤を生体に投与した場合に得られる薬効を反映していることが重要であり、当該評価系での評価と生体に投与して得られる効果とが一致する確率が高い評価系が、信頼性の高い評価系である。
【0011】
免疫系を含めた薬効評価をin vitroの評価系で行う場合も、実際に当該免疫細胞系が生体内と同様の生理活性を保持していることが重要である。しかし、特許文献1記載の方法では、がん細胞をコラーゲンゲルの液塊内に固着支持させて培養するため、間質とがん細胞の相互作用を観察することはできない。当該方法は、そもそも間質を存在させられないため、実際のがん微小環境を再現しているとは言い難く、得られる評価の信頼性が低い場合がある。
【0012】
特に、抗PD-1抗体薬の効果は、腫瘍組織の近傍に細胞障害性T細胞が浸潤して存在している必要があるとも言われており(非特許文献3)、このため、In vitroで抗PD-1抗体薬の効果を観察する場合、その点を鑑みる必要があるが、そのような方法はまだない。
【0013】
本発明は、免疫系を含むin vitroの系で行う抗がん剤等の抗がん効果の評価方法であって、動物モデルを用いることなく、より信頼性の高い評価を行うことができる評価方法、及び当該方法を用いたがん免疫療法の奏効性予測方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記の課題を解決するため、種々、細胞培養方法に関して検討を重ねたところ、免疫系を含む抗がん作用の評価試験のアッセイ系において、系内を生体内環境にできるだけ近づけることにより、当該評価対象が生体内において実際に作用する状態が再現でき、実際に当該薬剤を生体に投与した場合に得られる薬効が反映された評価が得られることに気付いた。具体的には、がん細胞を、生体内の環境でがん細胞と共存する間質、例えば内皮細胞や線維芽細胞などを共存させた状態で組織化した構造体に、免疫細胞と抗がん剤を投与することによって、当該抗がん剤の薬効についてより信頼性の高い評価が得られることに気付き、本発明を完成させた。
【0015】
[1] 本発明の第一態様に係る抗がん効果の評価方法は、間質を構成する細胞であって免疫細胞以外の細胞と、がん細胞と、を含む細胞構造体を、免疫細胞及び抗がん剤の存在下で培養する培養工程と、前記培養工程後における前記細胞構造体中のがん細胞の生細胞数を指標として、前記抗がん剤又は前記免疫細胞の抗がん効果を評価する評価工程と、を有する。
[2] 前記細胞構造体が、前記間質を構成する細胞であって免疫細胞以外の細胞として、血管内皮細胞及びリンパ管内皮細胞からなる群より選択される1種以上を含んでいてもよい。
[3] 前記細胞構造体が、前記間質を構成する細胞であって免疫細胞以外の細胞として、線維芽細胞、神経細胞、肥満細胞、上皮細胞、心筋細胞、肝細胞、膵島細胞、組織幹細胞、及び平滑筋細胞からなる群より選択される1種以上をさらに含んでいてもよい。
[4] 前記細胞構造体の厚みが5μm以上であってもよい。
[5] 前記細胞構造体が、脈管網構造を備えていてもよい。
[6] 前記細胞構造体において、がん細胞が特定の細胞層にのみ存在していてもよい。
[7] 前記がん細胞が、前記細胞構造体の内部に散在していてもよい。
[8] 前記免疫細胞が、白血球及びリンパ球からなる群より選択される1種以上であってもよい。
[9] 前記免疫細胞が、血漿中末梢血単核球であってもよい。
[10] 前記抗がん剤が、がん免疫チェックポイント阻害剤であってもよい。
[11] 本発明の第二態様に係る抗がん剤の評価用キットは、上記態様に係る抗がん効果の評価方法を行うキットであって、間質を構成する細胞であって免疫細胞以外の細胞と、がん細胞と、を含み、厚さが5μm以上である細胞構造体を1種以上と、前記細胞構造体を個別に収容する細胞培養容器と、を備える。
[12] 本発明の第三態様に係るがん免疫療法の奏効性予測方法は、がん細胞を含む細胞層を内部に備える細胞構造体を、免疫細胞及び抗がん剤の存在下で培養する培養工程と、前記培養工程後の前記細胞構造体中のがん細胞の生細胞数を指標として、前記がん細胞と前記免疫細胞とのうち少なくとも一方を用いてがん免疫療法の奏効性を予測する予測工程と、を有し、前記細胞構造体は、間質を構成する細胞であって免疫細胞以外の細胞を1種以上含み、前記がん細胞と前記免疫細胞とのうち少なくとも一方が、がん患者から採取された細胞である。
[13] 前記培養工程において、細胞構造体中におけるがん細胞を含む細胞層の厚み方向の位置が互いに異なる2種類以上の細胞構造体を、それぞれ別個に、前記免疫細胞及び前記抗がん剤の存在下で培養してもよい。
[14] 前記抗がん剤が、がん免疫チェックポイント阻害剤であってもよい。
[15] 前記免疫細胞が、血漿中末梢血単核球であってもよい。
[16] 本発明の第四態様に係るがん免疫療法の奏効性予測用キットは、上記態様に係るがん免疫療法の奏効性予測方法を行うキットであって、細胞構造体中におけるがん細胞を含む細胞層の厚み方向の位置が互いに異なる2種類以上の細胞構造体と、前記細胞構造体を個別に収容する細胞培養容器と、を備え、前記細胞構造体は、間質を構成する細胞であって免疫細胞以外の細胞を1種以上含み、かつ、前記細胞構造体中におけるがん細胞を含む細胞層の厚み方向の位置が、前記細胞構造体の天面から厚み方向の半分の高さまでの範囲内にある。
【発明の効果】
【0016】
本発明の上記態様に係る抗がん効果の評価方法及びがん免疫療法の奏効性予測方法は、免疫系の存在下における抗がん剤の薬効を、生体内の状態により近い状態で存在しているがん細胞、具体的には間質を含む細胞構造体に含まれているがん細胞に対する影響を指標として評価する。このため、in vitroの評価系であるにもかかわらず、信頼性の高い評価を得ることができる。
また、本発明の上記態様に係る抗がん剤評価用キット又はがん免疫療法の奏効性予測用キットを用いることにより、前記抗がん効果の評価方法又はがん免疫療法の奏効性予測方法をより簡便に実施することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】
図1は、実施例2における確認試験として、ウェスタンブロッティング法により、PD-L1タンパク質発現量の多いヒト非小細胞性肺線癌細胞株であるNCI-H1975と、PD-L1タンパク質発現量の少ないヒト肺胞基底上皮腺癌細胞株であるA549と、におけるPD-L1発現量の比較を行った結果を示す図である。
【
図2】
図2は、実施例4における確認試験として、(a)がん細胞層が天面に播種された場合における細胞構造体の断面写真であり、(b)がん細胞層が天面から10層目に播種された場合における細胞構造体の断面写真であり、(c)がん細胞層が天面から20層目に播種された場合における細胞構造体の断面写真である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の一実施形態に係る抗がん効果の評価方法(以下、「本発明の一実施形態に係る評価方法」ということがある。)は、がん細胞及び間質を構成する細胞(ただし、免疫細胞を除く。)を含む細胞構造体を、免疫細胞及び抗がん剤の存在下で培養する培養工程と、前記培養工程後の前記細胞構造体中のがん細胞の生細胞数を指標として、前記抗がん剤又は前記免疫細胞の抗がん効果を評価する評価工程と、を有する。本実施形態に係る評価方法は、間質を構成する細胞であって免疫細胞以外の細胞から形成された三次元構造内にがん細胞を含む細胞構造体を用いて、免疫細胞の存在下における抗がん剤の抗がん効果を評価する。間質と免疫細胞はいずれも生体内のがん微小環境において重要な構成である。間質を構成する細胞が三次元構造を形成している細胞構造体内にがん細胞を含ませ、更に免疫細胞を存在させることによって、生体内のがん細胞の環境を模している。このように、実際の生体内のがん細胞の環境と同様に免疫系も含む環境下で評価することにより、生体内の免疫系による影響も加味して抗がん作用を適切に評価できるようになる。すなわち、本実施形態に係る評価方法によって、in vitroの評価系であっても、動物モデル又はヒトの臨床結果をより反映した抗がん効果の評価が可能となり、信頼性の高い評価が得られる。
【0019】
<細胞構造体>
本実施形態及び本願明細書において、「細胞構造体」とは、複数の細胞層が積層された3次元構造体である。「細胞層」とは、細胞構造体の厚み方向の断面の切片画像において、細胞核を認識できる倍率、つまり、染色した切片の厚みの全体が視野に入る倍率で観察した際に、厚み方向と直交する方向に存在し、厚み方向に対して細胞核が重ならないで存在する一群の細胞および間質によって構成される層のことである。また、「層状」とは、異なる細胞層が厚み方向に2層以上重ねられているという意味である。本実施形態において用いられる細胞構造体(以下、「本実施形態に係る細胞構造体」ということがある。)は、間質を構成する細胞のうちの免疫細胞以外の細胞と、がん細胞とによって構築されている。なお、以降の明細書においては、特段の記載がないかぎり、「間質を構成する細胞であって免疫細胞以外の細胞」を「間質細胞」という。
【0020】
本実施形態に係る細胞構造体を構成する間質細胞やがん細胞を含む細胞は特に限定されなく、動物から採取された細胞であってもよく、動物から採取された細胞を培養した細胞であってもよく、動物から採取された細胞に各種処理を施した細胞であってもよく、培養細胞株であってもよい。動物から採取された細胞の場合、採取部位は特に限定されず、骨、筋肉、内臓、神経、脳、骨、皮膚、血液などに由来する体細胞であってもよく、生殖細胞であってもよく、胚性幹細胞(ES細胞)であってもよい。また、本実施形態に係る細胞構造体を構成する細胞が由来する生物種は特に限定されなく、例えば、ヒト、サル、イヌ、ネコ、ウサギ、ブタ、ウシ、マウス、ラット等の動物に由来する細胞を用いることができる。動物から採取された細胞を培養した細胞としては、初代培養細胞であってもよく、継代培養細胞であってもよい。また、各種処理を施した細胞としては、誘導多能性幹細胞細胞(iPS細胞)や、分化誘導後の細胞が挙げられる。また、本実施形態に係る細胞構造体は、同種の生物種由来の細胞のみから構成されていてもよく、複数種類の生物種由来の細胞により構成されていてもよい。
【0021】
間質細胞としては、例えば、内皮細胞、線維芽細胞、神経細胞、肥満細胞、上皮細胞、心筋細胞、肝細胞、膵島細胞、組織幹細胞、平滑筋細胞等が挙げられる。本実施形態に係る細胞構造体に含まれる間質細胞は、1種類であってもよく、2種類以上であってもよい。本実施形態に係る細胞構造体に含まれる間質細胞の細胞種としては、特に限定されなく、含有させるがん細胞の由来や種類、評価に使用される免疫細胞の種類、評価に使用される抗がん剤の種類、目的の抗がん活性が奏される生体内の環境等を考慮して、適宜選択することができる。
【0022】
血管網構造やリンパ管網構造は、がん細胞の増殖や活性に重要である。このため、本実施形態に係る細胞構造体は、脈管網構造を備えるものが好ましい。すなわち、本実施形態に係る細胞構造体としては、脈管を形成していない細胞の積層体の内部に、リンパ管及び/又は血管等の脈管網構造が三次元的に構築され、より生体内に近い組織を構築しているものが好ましい。脈管網構造は、細胞構造体の内部にのみ形成されていてもよく、少なくとも脈管網構造の一部が細胞構造体の表面又は底面に露出されるように形成されていてもよい。なお、本実施形態及び本願明細書において、「脈管網構造」とは、生体組織における血管網やリンパ管網のような、網状の構造を指す。
【0023】
脈管網構造は、間質細胞として脈管を構成する内皮細胞を含むことにより形成させることができる。本実施形態に係る細胞構造体に含まれる内皮細胞としては、血管内皮細胞であってもよく、リンパ管内皮細胞であってもよい。また、血管内皮細胞とリンパ管内皮細胞との両方を含んでいてもよい。
【0024】
本実施形態に係る細胞構造体が脈管網構造を備える場合、当該細胞構造体中の内皮細胞以外の細胞としては、内皮細胞が本来の機能及び形状を保持する脈管網を形成しやすいことから、生体内において脈管の周辺組織を構成する細胞であることが好ましく、生体内のがん微小環境とより近似させられることから、内皮細胞以外の細胞として少なくとも線維芽細胞を含む細胞がより好ましく、血管内皮細胞と線維芽細胞を含む細胞、リンパ管内皮細胞と線維芽細胞を含む細胞、又は血管内皮細胞とリンパ管内皮細胞と線維芽細胞を含む細胞がさらに好ましい。なお、細胞構造体に含まれる内皮細胞以外の細胞としては、内皮細胞と同種の生物種由来の細胞であってもよく、異種の生物種由来の細胞であってもよい。
【0025】
本実施形態に係る細胞構造体中の内皮細胞の数は、脈管網構造が形成されるのに充分な数であれば特に限定されなく、細胞構造体の大きさ、内皮細胞や内皮細胞以外の細胞の細胞種等を考慮して適宜決定することができる。例えば、本実施形態に係る細胞構造体を構成する全細胞に対する内皮細胞の存在比(細胞数比)を0.1%以上にすることによって、脈管網構造が形成された細胞構造体を調製できる。内皮細胞以外の細胞として線維芽細胞を用いる場合、本実施形態に係る細胞構造体における内皮細胞数は、線維芽細胞数の0.1%以上であることが好ましく、0.1~5.0%であることがより好ましい。内皮細胞として血管内皮細胞とリンパ管内皮細胞の両方を含む場合、血管内皮細胞及びリンパ管内皮細胞の総細胞数が、線維芽細胞数の0.1%以上であることが好ましく、0.1~5.0%であることがより好ましい。
【0026】
本実施形態に係る細胞構造体は、さらに、がん細胞を含む。本実施形態に係る細胞構造体に含まれるがん細胞は、1種類であってもよく、2種類以上であってもよい。なお、がん細胞とは、体細胞から派生して無限の増殖能を獲得した細胞である。本実施形態に係る細胞構造体に含まれるがん細胞としては、株化された培養細胞であってもよく、がん患者から採取されたがん細胞であってもよい。がん患者から採取されたがん細胞は、予め培養して増殖させた細胞であってもよい。具体的には、がん患者から採取された初代がん細胞、人工培養がん細胞、iPSがん幹細胞、がん幹細胞、がん治療の研究や抗がん剤の開発に利用するために予め準備されている株化がん細胞等が挙げられる。また、ヒト由来のがん細胞であってもよく、ヒト以外の動物由来のがん細胞であってもよい。なお、本実施形態に係る細胞構造体ががん患者から採取されたがん細胞を含む場合、がん患者から採取されたがん細胞以外の細胞も、がん細胞と共に含んでいてもよい。がん細胞以外の細胞としては、例えば、術後摘出した固形組織内に含まれる1種類以上の細胞が挙げられる。
【0027】
本実施形態に係る細胞構造体に含めるがん細胞の由来となるがんとしては、例えば、乳がん(例えば、浸潤性乳管がん、非浸潤性乳管がん、炎症性乳がん等)、前立腺がん(例えば、ホルモン依存性前立腺がん、ホルモン非依存性前立腺がん等)、膵がん(例えば、膵管がん等)、胃がん(例えば、乳頭腺がん、粘液性腺がん、腺扁平上皮がん等)、肺がん(例えば、非小細胞肺がん、小細胞肺がん、悪性中皮腫等)、結腸がん(例えば、消化管間質腫瘍等)、直腸がん(例えば、消化管間質腫瘍等)、大腸がん(例えば、家族性大腸がん、遺伝性非ポリポーシス大腸がん、消化管間質腫瘍等)、小腸がん(例えば、非ホジキンリンパ腫、消化管間質腫瘍等)、食道がん、十二指腸がん、舌がん、咽頭がん(例えば、上咽頭がん、中咽頭がん、下咽頭がん等)、頭頚部がん、唾液腺がん、脳腫瘍(例えば、松果体星細胞腫瘍、毛様細胞性星細胞腫、びまん性星細胞腫、退形成性星細胞腫等)、神経鞘腫、肝臓がん(例えば、原発性肝がん、肝外胆管がん等)、腎臓がん(例えば、腎細胞がん、腎盂と尿管の移行上皮がん等)、胆嚢がん、胆管がん、膵臓がん、肝がん、子宮内膜がん、子宮頸がん、卵巣がん(例、上皮性卵巣がん、性腺外胚細胞腫瘍、卵巣性胚細胞腫瘍、卵巣低悪性度腫瘍等)、膀胱がん、尿道がん、皮膚がん(例えば、眼内(眼)黒色腫、メルケル細胞がん等)、血管腫、悪性リンパ腫(例えば、細網肉腫、リンパ肉腫、ホジキン病等)、メラノーマ(悪性黒色腫)、甲状腺がん(例えば、甲状腺髄様がん等)、副甲状腺がん、鼻腔がん、副鼻腔がん、骨腫瘍(例えば、骨肉腫、ユーイング腫瘍、子宮肉腫、軟部組織肉腫等)、転移性髄芽腫、血管線維腫、隆起性皮膚線維肉腫、網膜肉腫、陰茎癌、精巣腫瘍、小児固形がん(例えば、ウィルムス腫瘍、小児腎腫瘍等)、カポジ肉腫、AIDSに起因するカポジ肉腫、上顎洞腫瘍、線維性組織球腫、平滑筋肉腫、横紋筋肉腫、慢性骨髄増殖性疾患、白血病(例えば、急性骨髄性白血病、急性リンパ芽球性白血病等)等が挙げられ、これらに限定されない。
【0028】
本実施形態に係る細胞構造体中のがん細胞の数は、特に限定されないが、より生体内のがん微小環境とより近似させられることから、細胞構造体中のがん細胞数に対する内皮細胞数の比率([内皮細胞数]/[がん細胞数])が0超(0より大きく)1.5以下であることが好ましい。また、内皮細胞と線維芽細胞とがん細胞を含む細胞構造体を用いる場合には、細胞構造体中のがん細胞数に対する線維芽細胞数の比率([線維芽細胞数]/[がん細胞数])が0.6~100であることが好ましく、50~100であることがより好ましい。
【0029】
本実施形態に係る細胞構造体は、がん細胞が構造体内部全体に散在している細胞構造体であってもよく、がん細胞が特定の細胞層にのみ存在している細胞構造体であってもよい。本実施形態に係る細胞構造体において、がん細胞が特定の細胞層にのみ存在している場合、このがん細胞を含む細胞層(がん細胞層)の細胞構造体における位置は特に限定されない。免疫細胞及び/又は抗がん剤の影響が充分に到達し得ることから、細胞構造体中におけるがん細胞層の厚み方向の位置は、当該構造体の天面(上面)から厚み方向の半分の高さまでの範囲内にあることが好ましい。特に、細胞構造体を免疫細胞の存在下で培養する場合には、がん細胞層を細胞構造体の天面ではなく、細胞構造体の内部に備えることにより、免疫細胞が細胞構造体中のがん細胞まで浸潤・到達する能力も含めて抗がん効果を評価することができる。なお、本明細書において、細胞構造体の厚みとは組織の自重方向の長さである。自重方向とは、重力のかかる方向であり、厚み方向ともいう。
【0030】
本実施形態に係る細胞構造体は、がん細胞と間質細胞以外の細胞を含んでいてもよい。その他の細胞としては、免疫細胞、神経細胞、肝細胞、膵細胞、心筋細胞、平滑筋細胞、骨細胞、肺胞上皮細胞、脾臓細胞等が挙げられる。
【0031】
本実施形態に係る細胞構造体の大きさや形状は、特に限定されない。より生体内の組織に形成された脈管と近い状態の脈管網構造が形成可能であり、より精度の高い評価が可能であることから、当該細胞構造体の厚さは、5μm以上が好ましく、10μm以上がより好ましく、50μm以上がさらに好ましく、100μm以上がよりさらに好ましい。当該細胞構造体の厚さとしては、また、500μm以下が好ましく、400μm以下がより好ましく、300μm以下がさらに好ましい。本実施形態に係る細胞構造体の細胞層の数としては、2~60層程度が好ましく、5~60層程度がより好ましく、10~60層程度がさらに好ましい。
【0032】
なお、細胞構造体を構成する細胞層数は、三次元構造を構成する細胞の総数を、1層当たりの細胞数(1層を構成するために必要な細胞数)で除することにより測定される。1層当たりの細胞数は、細胞構造体を構成させる際に使用する細胞培養容器に、予め細胞をコンフルエントになるように平面的に培養して調べることができる。具体的には、ある細胞培養容器に形成された細胞構造体の細胞層数は、当該細胞構造体を構成する全細胞数を計測し、当該細胞培養容器の1層当たりの細胞数で除することにより算出できる。
【0033】
一般的に、本実施形態に係る細胞構造体は、細胞培養容器中に構築される。当該細胞培養容器としては、細胞構造体の構築が可能であり、かつ構築された細胞構造体の培養が可能な容器であれば特に限定されない。当該細胞培養容器としては、具体的には、ディッシュ、セルカルチャーインサート(例えば、Transwell(登録商標)インサート、Netwell(登録商標)インサート、Falcon(登録商標)セルカルチャーインサート、Millicell(登録商標)セルカルチャーインサート等)、チューブ、フラスコ、ボトル、プレート等が挙げられる。本実施形態に係る細胞構造体の構築においては、当該細胞構造体を用いた評価をより適正に行うことができるため、ディッシュ又は各種セルカルチャーインサートが好ましい。
【0034】
本実施形態に係る細胞構造体は、がん細胞と間質細胞を含む多層の細胞層から形成された構造体であればよく、細胞構造体の構築方法は特に限定されない。例えば、一層ずつ構築して順次積層させて構築する方法であってもよく、2層以上の細胞層を一度に構築する方法であってもよく、両構築方法を適宜組み合わせて多層の細胞層を構築する方法であってもよい。また、本実施形態に係る細胞構造体は、各細胞層を構成する細胞種が層ごとに異なる多層構造体であってもよく、各細胞層を構成する細胞種が、構造体の全層で共通する細胞種であってもよい。例えば、細胞種毎に層を形成し、細胞種毎の細胞層を順次積層させることによって構築する方法であってもよく、複数種類の細胞を混合した細胞混合液を予め調製し、予め調製された複数種類の細胞を混合した細胞混合液から多層構造の細胞構造体を一度に構築する方法であってもよい。
【0035】
一層ずつ構築して順次積層させて構築する方法としては、例えば、日本国特許第4919464号公報に記載されている方法、すなわち、細胞層を形成する工程と、形成された細胞層をECM(細胞外マトリックス)の成分を含有する溶液に接触させる工程と、を交互に繰り返すことにより、連続的に細胞層を積層する方法が挙げられる。例えば、当該方法を行うに際し、予め、細胞構造体を構成する全ての細胞を混合した細胞混合物を調製しておき、この細胞混合物によって各細胞層を形成することによって、構造体全体に脈管網構造が形成されており、かつがん細胞が構造体全体に散在している細胞構造体が構築できる。また、各細胞層を、細胞種ごとに形成することによって、内皮細胞から形成された層にのみ脈管網構造が形成されており、がん細胞が特定の細胞層にのみ存在している細胞構造体が構築できる。
【0036】
2層以上の細胞層を一度に構築する方法としては、例えば、日本国特許第5850419号公報に記載されている方法が挙げられる。当該方法は、予め細胞の表面全体をインテグリンが結合するアルギニン-グリシン-アスパラギン酸(RGD)配列を含む高分子と前記RGD配列を含む高分子と相互作用をする高分子によって被覆しておき、この接着膜で被覆された被覆細胞を細胞培養容器に収容した後、遠心処理等によって被覆細胞同士を集積させることにより、多層の細胞層から形成された細胞構造体を構築する方法である。例えば、当該方法を行うに際し、予め、細胞構造体を構成する全ての細胞を混合した細胞混合物を調製しておき、この細胞混合物に接着性成分を添加することによって調製された被覆細胞を用いる。これにより、1度の遠心処理によって、構造体全体にがん細胞が散在する細胞構造体が構築できる。また、例えば、内皮細胞を被覆した被覆細胞と、線維芽細胞を被覆した被覆細胞と、がん患者から採取された細胞群を被覆した被覆細胞とを、それぞれ別個に調製し、線維芽細胞の被覆細胞から構成された多層を形成させた後、その上に内皮細胞の被覆細胞から形成された1層を積層させ、さらにその上に線維芽細胞の被覆細胞から形成された多層を積層させ、さらにその上にがん細胞を含む細胞の被覆細胞から形成された1層を積層させる。これにより、厚みのある線維芽細胞層に挟まれた脈管網構造を備え、かつ天面にがん患者から採取されたがん細胞を含む層を備える細胞構造体が構築できる。
【0037】
本実施形態に係る細胞構造体は、下記(a)~(c)の工程を有する方法により構築することもできる。
(a)カチオン性緩衝液中で、細胞と細胞外マトリックス成分とを混合して混合物を得る工程と、(b)前記工程(a)により得られた混合物を、細胞培養容器中に播種する工程と、(c)前記工程(b)の後、前記細胞培養容器中に細胞が多層に積層された細胞構造体を得る工程。
【0038】
工程(a)においては、細胞を、カチオン性物質を含む緩衝液(カチオン性緩衝液)及び細胞外マトリックス成分と混合し、この細胞混合物から細胞集合体を形成することにより、内部に大きな空隙が少ない立体的細胞組織を得ることができる。また、得られた立体的細胞組織は、比較的安定であるため、少なくとも数日間の培養が可能であり、かつ培地交換時にも組織が崩壊し難い。また、本実施形態においては、工程(b)において、細胞培養容器内に播種した細胞混合物を当該細胞培養容器内に沈降させることを含み得る。細胞混合物の沈降は、遠心分離等によって積極的に細胞を沈降させてもよく、自然沈降させてもよい。
【0039】
工程(a)において、細胞をさらに強電解質高分子と混合することが好ましい。細胞をカチオン性物質、強電解質高分子及び細胞外マトリックス成分と混合することにより、工程(b)において遠心分離等の細胞を積極的に集合させる処理を要することなく、自然沈降させた場合であっても、空隙が少なく厚みのある立体的細胞組織が得られる。
【0040】
前記カチオン性緩衝液としては、例えば、トリス-塩酸緩衝液、トリス-マレイン酸緩衝液、ビス-トリス-緩衝液、又はHEPES等が挙げられる。当該カチオン性緩衝液中のカチオン性物質(例えば、トリス-塩酸緩衝液におけるトリス)の濃度及びpHは、細胞の生育及び細胞構造体の構築に悪影響を及ぼさない限り、特に限定されない。例えば、カチオン性緩衝液中のカチオン性物質の濃度は、10~100mMとすることができ、40~70mMであることが好ましく、50mMであることがより好ましい。また、当該カチオン性緩衝液のpHは、6.0~8.0とすることができ、6.8~7.8であることが好ましく、7.2~7.6であることがより好ましい。
【0041】
前記強電解質高分子としては、例えば、ヘパリンや、コンドロイチン硫酸(例えば、コンドロイチン4-硫酸、コンドロイチン6-硫酸)、ヘパラン硫酸、デルマタン硫酸、ケラタン硫酸、ヒアルロン酸等のグリコサミノグリカン;デキストラン硫酸や、ラムナン硫酸、フコイダン、カラギナン、ポリスチレンスルホン酸、ポリアクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸、及びポリアクリル酸、又はこれらの誘導体等が挙げられるが、これらに限定されない。工程(a)において調製される混合物には、強電解質高分子を1種類のみ混合させてもよく、2種類以上を組み合わせて混合させてもよい。本実施形態に係る細胞構造体の構築においては、強電解質高分子はグリコサミノグリカンであることが好ましい。また、ヘパリン、デキストラン硫酸、コンドロイチン硫酸、及びデルマタン硫酸のうち少なくとも1つを用いることがより好ましい。本実施形態で用いられる強電解質高分子はヘパリンであることがさらに好ましい。前記カチオン性緩衝液に混合する強電解質高分子の量は、細胞の生育及び細胞構造体の構築に悪影響を及ぼさない限り、特に限定されない。
例えば、カチオン性緩衝液中の強電解質高分子の濃度は、0mg/mL超(0mg/mLより高く)1.0mg/mL未満とすることができ、0.025~0.1mg/mLであることが好ましく、0.05~0.1mg/mLであることがより好ましい。また、本実施形態においては、前記強電解質高分子を混合せずに前記混合物を調整し、細胞構造体の構築を行うこともできる。
【0042】
前記細胞外マトリックス成分としては、例えば、コラーゲン、ラミニン、フィブロネクチン、ビトロネクチン、エラスチン、テネイシン、エンタクチン、フィブリリン、プロテオグリカン、又はこれらの改変体若しくはバリアント等が挙げられる。プロテオグリカンには、コンドロイチン硫酸プロテオグリカン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、ケラタン硫酸プロテオグリカン、デルマタン硫酸プロテオグリカン等が挙げられる。工程(a)において調製される混合物には、細胞外マトリックス成分を1種類のみ混合させてもよく、2種類以上を組み合わせて混合させてもよい。本実施形態に係る細胞構造体の構築においては、コラーゲン、ラミニン、フィブロネクチンを用いることが好ましく、コラーゲンを用いることがより好ましい。細胞の生育及び細胞構造体の形成に悪影響を及ぼさない限り、上述の細胞外マトリックス成分の改変体及びバリアントを用いてもよい。前記カチオン性緩衝液に混合する細胞外マトリックス成分の量は、細胞の生育及び細胞構造体の構築に悪影響を及ぼさない限り、特に限定されない。例えば、カチオン性緩衝液中の細胞外マトリックス成分の濃度は、0mg/mL超(0mg/mLより高く)1.0mg/mL未満とすることができ、0.025~0.1mg/mLであることが好ましく、0.05~0.1mg/mLであることがより好ましい。
【0043】
前記カチオン性緩衝液に混合する強電解質高分子と細胞外マトリックス成分の配合比は、1:2~2:1である。本実施形態に係る細胞構造体の構築においては、強電解質高分子と細胞外マトリックス成分の配合比が、1:1.5~1.5:1であることが好ましく、1:1であることがより好ましい。
【0044】
工程(a)~(c)を繰り返す、具体的には、工程(c)で得られた細胞構造体の上に、工程(b)として、工程(a)で調製した混合物を播種した後、工程(c)を行うことを繰り返すことにより、充分な厚みの細胞構造体を構築することができる。工程(c)で得られた細胞構造体の上に新たに播種する混合物の細胞組成は、既に構築されている細胞構造体を構成する細胞組成と同じであってもよく、異なっていてもよい。
【0045】
例えば、まず、工程(a)において細胞としては線維芽細胞のみを含む混合物を調製し、工程(b)及び(c)を行って細胞培養容器に10層の線維芽細胞層から形成された細胞構造体を得る。次いで、工程(a)として細胞として血管内皮細胞のみを含む混合物を調製し、工程(b)及び(c)を行って細胞培養容器内の線維芽細胞層の上に1層の血管内皮細胞層を積層させる。さらに、工程(a)として細胞として線維芽細胞のみを含む混合物を調製し、工程(b)及び(c)を行って細胞培養容器内の血管内皮細胞層の上に、10層の線維芽細胞層を積層させる。さらに、工程(a)として、がん患者から採取されたがん細胞を含む混合物を調製し、工程(b)及び(c)を行って細胞培養容器内の線維芽細胞層の上に1層のがん細胞層を積層させる。これにより、線維芽細胞層10層-血管内皮細胞層1層-線維芽細胞層10層-がん細胞層1層と細胞種毎に順番に層状に積層された細胞構造体が構築できる。工程(b)において播種される細胞数を調節することにより、工程(c)において積層される細胞層の厚みを調整できる。工程(b)において播種される細胞数が多いほど、工程(c)において積層される細胞層の数が多くなる。また、工程(a)において、線維芽細胞層20層分の線維芽細胞と血管内皮細胞層1層分の血管内皮細胞を全て混合した混合物を調製し、工程(b)及び(c)を行い、形成された多層の構造体の上に、同様にして調製したがん患者から採取されたがん細胞を含む混合物を積層することによって、21層分の厚みを有し、血管網構造が構造体内部に散在している構造体の上にがん細胞層が積層された細胞構造体が構築できる。さらに、工程(a)において、線維芽細胞層20層分の線維芽細胞と血管内皮細胞層1層分の血管内皮細胞とがん細胞層1層分のがん患者由来の細胞とを全て混合した混合物を調製し、工程(b)及び(c)を行うことにより、22層分の厚みを有し、がん細胞と血管網構造の両方が構造体内部にそれぞれ独立して散在している細胞構造体が構築できる。
【0046】
工程(a)~(c)を繰り返す場合に、工程(c)の後、工程(b)を行う前に、得られた細胞構造体を培養してもよい。培養に用いる培養培地の組成、培養温度、培養時間、培養時の大気組成等の培養条件は、当該細胞構造体を構成する細胞の培養に適した条件で行う。培養培地としては、例えば、D-MEM、E-MEM、MEMα、RPMI-1640、Ham’s F-12等が挙げられる。
【0047】
工程(a)の後に、(a’-1)得られた混合物から液体部分を除去し、細胞集合体を得る工程、及び(a’-2)細胞集合体を溶液に懸濁する工程を行い、工程(b)へ進んでもよい。上述の工程(a)~(c)を実施することで所望の組織体を得ることができるが、工程(a)の後に(a’-1)及び(a’-2)を実施し、工程(b)を実施することで、より均質な組織体を得ることができる。
【0048】
また、工程(a)の後に、前記工程(b)に代えて、下記工程(b’-1)及び(b’-2)を行ってもよい。工程(b’-1)及び工程(b’-2)を行うことによっても、より均質な組織体を得ることができる。工程(b’-2)においても、工程(b)と同様に、細胞培養容器内に播種した細胞混合物を当該細胞培養容器内に沈降させることを含み得る。細胞混合物の沈降は、遠心分離等によって積極的に細胞を沈降させてもよく、自然沈降させてもよい。本実施形態及び本願明細書において、「細胞粘稠体」とは、非特許文献4に記載されるようなゲル様の細胞集合体を指す。
(b’-1)工程(a)で得られた混合物を細胞培養容器内に播種した後、混合物から液体成分を除去し、細胞粘稠体を得る工程と、
(b’-2)細胞培養容器内に細胞粘稠体を溶媒に懸濁する工程。
【0049】
細胞懸濁液を調製するための溶媒としては、細胞に対する毒性がなく、増殖性や機能を損なわない溶媒であれば特に限定されず、水、緩衝液、細胞の培養培地等を用いることができる。当該緩衝液としては、例えば、リン酸生理食塩水(PBS)、HEPES、Hanks緩衝液等が挙げられる。培養培地としては、D-MEM、E-MEM、MEMα、RPMI-1640、Ham’s F-12等が挙げられる。細胞懸濁液を調製するための溶媒として、細胞の培養培地を用いる場合には、後述する工程(c)において液体成分を除去することなく細胞を培養することができる。
【0050】
前記工程(c)に代えて、下記工程(c’)を行ってもよい。
(c’):基材上に細胞の層を形成する工程。
【0051】
工程(c)及び工程(c’)において、播種した混合物から液体成分を除去してもよい。工程(c)及び工程(c’)における液体成分の除去処理の方法は、細胞の生育及び細胞構造体の構築に悪影響を及ぼさない限り、特に限定されず、液体成分と固体成分の懸濁物から液体成分を除去する方法として当業者に公知の手法により適宜行うことができる。当該手法としては、例えば、吸引、遠心分離処理、磁性分離処理、又はろ過処理等が挙げられる。例えば、細胞培養容器としてセルカルチャーインサートを用いた場合には、混合物を播種したセルカルチャーインサートを、10℃、400×gで1分間の遠心分離処理に供することによって、細胞混合物が沈降するので、吸引によって液体成分を除去することができる。
【0052】
<抗がん剤>
本実施形態に係る評価方法に用いられる抗がん剤は、がん治療に用いられる薬剤であればよく、細胞障害性を有する薬剤のようにがん細胞に直接的に作用する薬剤のみならず、細胞障害性を有さないが、がん細胞の増殖等を抑制する薬剤も含まれる。細胞障害性を有さない抗がん剤としては、がん細胞を直接的に攻撃することはせず、生体内の免疫細胞やその他の薬剤との協働的な作用によって、がん細胞の増殖を抑制したり、がん細胞の活動を鈍らせたり、がん細胞を死滅させたりする機能を発揮する薬剤や、がん細胞以外の細胞や組織を障害することによってがん細胞の増殖を抑制する薬剤が挙げられる。本実施形態において用いられる抗がん剤は、抗がん作用を有することが既知である薬剤であってもよく、新規な抗がん剤の候補化合物であってもよい。
【0053】
細胞障害性を有する抗がん剤としては、特に限定されないが、例えば、分子標的薬、アルキル化剤、5-FU系抗がん剤に代表される代謝拮抗剤、植物アルカロイド、抗がん性抗生物質、プラチナ誘導体、ホルモン剤、トポイソメラーゼ阻害剤、微小管阻害剤、生物学的応答調節剤に分類される化合物等が挙げられる。
【0054】
細胞障害性を有さない抗がん剤としては、特に限定されないが、例えば、脈管新生阻害剤、抗がん剤のプロドラッグ、抗がん剤若しくはそのプロドラッグの代謝に関連する細胞内代謝酵素活性を調整する薬剤(以下、明細書中では、「細胞内酵素調整剤」という。)、免疫療法剤等が挙げられる。その他にも、抗がん剤の機能を高めたり、生体内の免疫機能を向上させたりすることによって最終的に抗がん作用に関与する薬剤も挙げられる。
【0055】
脈管新生阻害剤は、脈管新生阻害活性を有することが期待される化合物であればよく、既知の脈管新生阻害剤であってもよく、新規な脈管新生阻害剤の候補化合物であってもよい。既知の脈管新生阻害剤としては、Avastin、EYLEA、Suchibaga、CYRAMZA(登録商標)(Eli Lilly社製、別名ラムシルマブ)、BMS-275291(Bristol-Myers社製)、Celecoxib(Pharmacia/Pfizer社製)、EMD121974(Merck社製)、Endostatin(EntreMed社製)、Erbitaux(ImCloneSystems社製)、Interferon-α(Roche社製)、LY317615(Eli Lilly社製)、Neovastat(Aeterna Laboratories社製)、PTK787(Abbott社製)、SU6688(Sugen社製)、Thalidomide(Celgene社製)、VEGF-Trap(Regeneron社製)、Iressa(登録商標)(Astrazeneca社製、別名ゲフィチニブ)、Caplerusa(登録商標)(Astrazeneca社製、別名パンデタニブ)、Recentin(登録商標)(Astrazeneca社製、別名セディラニブ)VGX―100(Circadian Technologies社製)、VD1andcVE199、VGX-300(Circadian Technologies社製)、sVEGFR2、hF4-3C5、Nexavar(登録商標)(Bayer Yakuhin社製、別名ソラフェニブ)、Vortrient(登録商標)(GlaxoSmithKline社製、別名パゾパニブ)、Sutent(登録商標)(Pfizer社製、別名スニチニブ)、Inlyta(登録商標)(Pfizer社製、別名アキシチニブ)、CEP-11981(Teva Pharmaceutical Industries社製)、AMG-386(Takeda Yakuhin社製、別名トレバナニブ)、anti-NRP2B(Genentech社製)、Ofev(登録商標)(boehringer-ingelheim社製、別名ニンタテニブ)、AMG706(Takeda Yakuhin社製、別名モテサニブ)等が挙げられる。
【0056】
抗がん剤のプロドラッグは、肝臓などの臓器やがん細胞の細胞内酵素によって、抗がん作用を有する活性体に変換される薬剤である。サイトカインネットワークが細胞内酵素の酵素活性を上昇させることにより、活性体量が増し、抗腫瘍効果の増強をもたらすことから、抗がん作用に関与する薬剤として挙げられる。
【0057】
細胞内酵素調整剤としては、例えば、単剤では直接的な抗腫瘍効果をもたないが、5-FU系抗がん剤の分解酵素(Dihydropyrimidine dehydrogenase:DPD)を阻害することにより抗がん作用に関与するギメラシルなどが挙げられる。
【0058】
免疫療法剤は、免疫細胞の免疫機能又は運動能の活性化等により、免疫機能を向上させることによって抗がん効果を得る薬剤である。免疫療法剤としては、例えば、生体応答調節剤療法に用いられる薬剤(以下、「BRM製剤」と略記する。)、免疫細胞から分泌され、遊走や浸潤に関与するサイトカインから形成されたサイトカイン系製剤、近年注目をあつめるがん免疫チェックポイント阻害剤、がんワクチン、がんウイルスなどが挙げられる。BRM製剤としては、クレスチン、レンチナン、OK-432などが挙げられる。サイトカイン系製剤としては、例えば、IL-8、IL-2などのインターロイキン;IFN-α、IFN-β、IFN-γなどのインターフェロン;CCL3、CCL4、CCL5、CXCL9、CXCL10、CXCL11、CXCL16/CXCR6、CX3CL1/CX3CR1などのケモカインが挙げられる。
【0059】
がん免疫チェックポイント阻害剤は、がん細胞や免疫細胞の表面に存在しており、がん細胞に対する免疫機能の低下に関与するタンパク質に対して当該タンパク質の機能を特異的に阻害する物質である。当該タンパク質としては、PD-1、PD-L1、PD-L2、CD4、CD8、CD19、CD28、CD80/86、B7、Galectin-9、HVEM、CTLA-4、TIM-3、BTLA、MHC-II、LAG-3、TCRなどが挙げられる。がん免疫チェックポイント阻害剤としては、これらに対する特異的モノクロナール抗体薬が好ましい。具体的には、がん免疫チェックポイント阻害剤としては、Nivolumab(Opdivo)、Pembrolizumab(Keytruda)、Atezolizumab(Tecentriq)、Ipilimumab(Yervoy)、Tremelimumab、durvalmab、avelumabなどが挙げられる。
【0060】
本実施形態に係る評価方法のうち、前記がん細胞を含む細胞構造体を、免疫細胞と抗がん剤の存在下で培養する態様においては、用いられる抗がん剤としては、免疫療法剤が好ましく、中でも、奏効性が免疫機能に大きく影響を受けると考えられていることから、がん免疫チェックポイント阻害剤がより好ましい。
【0061】
本実施形態に係る評価方法においては、1種類の抗がん剤を用いてもよく、2種類以上の抗がん剤を組み合わせて用いてもよい。また、抗がん剤を抗がん剤以外の薬剤と組み合わせて用いてもよい。例えば、単独で投与された場合でも抗がん効果を奏する抗がん剤であっても、実際の臨床現場では他の薬剤と併用投与される場合には、本実施形態に係る評価方法は、当該抗がん剤と当該他の薬剤とを併用して行ってもよい。
【0062】
<免疫細胞>
免疫細胞とは、免疫に関与する細胞である。具体的には、リンパ球、マクロファージ、樹状細胞などが挙げられる。リンパ球には、T細胞、B細胞、NK細胞、形質細胞等がある。
【0063】
本実施形態に係る評価方法において用いられる免疫細胞は、1種類であってもよく、2種類以上であってもよい。本実施形態において用いられる免疫細胞としては、免疫細胞であれば特に限定されないが、実際にがん微小環境周辺に存在し、免疫反応によりがん細胞を攻撃する機構に携わる細胞が好ましい。具体的には、本実施形態においては、免疫細胞として、白血球及びリンパ球からなる群より選択される1種以上を用いることが好ましく、T細胞が含まれていることがより好ましい。
【0064】
本実施形態に係る評価方法においては、免疫細胞として、PBMC(血漿中末梢血単核球)が使用できる。PBMCには、リンパ球及び単球が包含される。単球にはマクロファージが包含される。リンパ球には、NK細胞、B細胞、T細胞が包含される。PBMC以外にも、これらの成分を単独あるいは複数組み合わせたものを用いることができる。PBMCは、血液から単離精製されたものであってもよいが、血液から調製されたバフィーコートをそのまま用いることもできる。バフィーコート中には、PBMCがその他の成分と共に含まれている。血液からのバフィーコートの調製は、遠心分離法等の常法により調製できる。
【0065】
免疫細胞には、ABO血液型のように、同じ成分でも少し異なった性質を有する複数の型が存在することがある。本実施形態に係る評価方法においては、必要に応じて、何れか一つの型の免疫細胞を使用してもよく、複数型の免疫細胞を組み合わせて使用してもよい。
【0066】
免疫細胞は、生体から採取された免疫細胞であってもよく、培養細胞株であってもよく、生体外で人工的に改変又は修飾された細胞であってもよい。がん患者から採取された免疫細胞を用いる場合には、がん患者の末梢血又は腫瘍部から単離された免疫細胞、特にPBMCを用いることが好ましい。また、人工的に改変又は修飾された免疫細胞としては、免疫機能を人工的に改変し、抗がん活性を高めた免疫細胞が好ましい。このような免疫機能を改変した免疫細胞としては、例えば、近年注目を集めるキメラ抗原受容体(CAR)を用いた遺伝子改変T細胞療法に使用される改変T細胞等が挙げられる。
【0067】
<培養工程>
本実施形態に係る評価方法では、まず、培養工程として、がん細胞及び間質細胞を含む細胞構造体を、1種以上の免疫細胞及び1種以上の抗がん剤の両方の存在下で培養する。具体的には、免疫細胞及び抗がん剤を混合した培養培地中で、細胞構造体を培養する。抗がん剤と免疫細胞は、細胞構造体を培養する培地中に、同時に添加してもよく、それぞれ別個に添加してもよい。両者を別個に添加する場合には、免疫細胞を先に培地に添加した後、抗がん剤を添加することが好ましい。
【0068】
培養培地に混合する抗がん剤の量は、細胞構造体を構成する細胞の種類や数、含まれているがん細胞の種類や量、培養培地の種類、培養温度、培養時間、共存させる免疫細胞の種類や量、免疫機能の強さ等の条件を考慮して実験的に決定することができる。同様に、培養培地に混合する免疫細胞の量も、細胞構造体を構成する細胞の種類や数、含まれているがん細胞の種類や量、培養培地の種類、培養温度、培養時間、併用する抗がん剤の種類や量等を考慮して実験的に決定することができる。特に、免疫反応は、抗がん効果に強い影響を及ぼすことから、本実施形態に係る評価方法において免疫細胞を用いる場合には、少なくとも培養工程の開始時点において、免疫細胞の総細胞数は、細胞構造体の総細胞数の0.05%以上であることが好ましく、細胞構造体に含まれるがん細胞数以上であることがより好ましい。
【0069】
前記細胞構造体を、免疫細胞と抗がん剤を含有する培地中で培養する際の培養時間は、特に限定されなく、例えば、24~96時間とすることができ、48~96時間であることが好ましく、48~72時間であることがより好ましい。また、培養環境を著しく変化させない限度において、必要に応じて還流等の流体力学的な付加を与えることもできる。
【0070】
<評価工程>
前記培養工程後の細胞構造体中のがん細胞の生細胞数を指標として、抗がん剤と免疫細胞の併存下での抗がん効果を評価する。抗がん効果とは、がん細胞の増殖を抑制したり、がん細胞を殺傷する効果を意味する。
【0071】
具体的には、抗がん剤と免疫細胞のいずれも存在していない環境下で培養した場合と比較して、前記細胞構造体中のがん細胞の生細胞数が少ない場合に、使用した免疫細胞と抗がん剤とのうち少なくとも一方が、当該細胞構造体に含まれるがん細胞に対して抗がん効果を有すると評価する。また、抗がん剤のみの存在下で培養した場合や免疫細胞のみの存在下で培養した場合と比較して、前記細胞構造体中のがん細胞の生細胞数が少ない場合に、使用した抗がん剤と免疫細胞は併用することにより、それぞれ単独で使用した場合よりもより高い抗がん効果を有すると評価する。一方で、抗がん剤と免疫細胞のいずれも存在していない環境下で培養した場合と比較して、がん細胞の生細胞数が同程度又は有意に多い場合には、当該免疫細胞と当該抗がん剤はいずれも、当該細胞構造体に含まれるがん細胞に対して抗がん効果はないと評価する。
【0072】
がん細胞の生細胞数は、がん細胞の生細胞又はがん細胞の生細胞の存在量に相関のあるシグナルを用いて評価することができる。評価時点のがん細胞の生細胞数を測定できればよく、必ずしも生きている状態で測定する必要はない。例えば、がん細胞をその他の細胞と区別するように標識し、当該標識からのシグナルを指標として調べることができる。例えば、がん細胞を蛍光標識した後、細胞の生死判定を行うことにより、細胞構造体中の生きているがん細胞を直接計数することができる。この際、画像解析技術を利用することもできる。細胞の生死判定はトリパンブルー染色やPI(Propidium Iodide)染色等の公知の細胞の生死判定方法により行うことができる。なお、がん細胞の蛍光標識は、例えば、がん細胞の細胞表面に特異的に発現している物質に対する抗体を一次抗体とし、当該一次抗体と特異的に結合する蛍光標識二次抗体を用いる免疫染色法等の公知の手法で行うことができる。細胞の生死判定及び生細胞数の測定は、細胞構造体の状態で行ってもよく、細胞構造体を単細胞レベルに破壊した状態で行ってもよい。例えば、がん細胞と死細胞を標識した後の細胞構造体の立体構造を破壊した後、標識を指標としたFACS(fluorescence activated cell sorting)等により、評価時点において生きていたがん細胞のみを直接計数することもできる。
【0073】
細胞構造体中のがん細胞を生きている状態で標識し、当該標識からのシグナルを経時的に検出することによって、当該細胞構造体中のがん細胞の生細胞数を経時的に測定することもできる。細胞構造体を構築した後に当該細胞構造体中のがん細胞を標識してもよく、細胞構造体を構築する前に予めがん細胞を標識しておいてもよい。例えば、がん患者由来のがん細胞を含む細胞群を含む細胞構造体を用いる場合、細胞構造体を構築する前に、予めがん細胞を標識しておくこともできる。また、がん細胞と共にがん患者由来のその他の細胞も同様に標識されていてもよい。その他、蛍光色素を恒常的に発現させているがん細胞を用いた場合には、細胞構造体を溶解させて得られたライセートの蛍光強度をマイクロプレートリーダー等で測定することによっても、がん細胞の生細胞数を評価することができる。
【0074】
本実施形態に係る評価方法は、実際の生体内におけるがん細胞の周辺組織の構造に近い間質を備える細胞構造体を用いており、よりin vivoに近い環境をin vitroで模した状態で評価を行うため、薬効について信頼性の高い評価を得ることができる。本実施形態に係る評価方法により抗がん効果があると評価された抗がん剤は、実際にがん患者に投与した場合でも、充分な抗がん効果が得られることが期待できる。このため、本実施形態に係る評価方法は、創薬現場における抗がん剤候補化合物のスクリーニングやドラッグリポジショニングスクリーニング、臨床現場における抗がん剤治療法(単剤・併用)の選別・決定(抗がん剤感受性試験)等において、これまでにないin vitro薬剤評価ツールとして利用することができる。特に、がん患者から採取されたがん細胞を含む細胞構造体を用いて本実施形態に係る評価方法を行い、これにより抗がん効果があると評価された抗がん剤は、実際に当該がん患者に投与された場合に適切な抗がん効果を奏することが期待できる。
【0075】
<抗がん剤の評価用キット>
本実施形態に係る評価方法に用いられる試薬等をキット化した抗がん剤評価用キットを用いることにより、本実施形態に係る評価方法をより簡便に実施することができる。例えば、少なくとも間質細胞を含む細胞構造体と、当該細胞構造体を収容する細胞培養容器は、キットを構成することができる。当該キットに含ませる細胞構造体としては、がん細胞を含むものであってもよいが、がん細胞を含まず、間質を構成する細胞を含む細胞構造体をキットに備え、実際に評価方法を行う直前に、当該細胞構造体の表面にがん細胞層を形成させてもよい。また、当該キットには、細胞構造体に代えて、細胞構造体を構成する細胞のうち、がん細胞以外の細胞を備えることもできる。
【0076】
当該キットは、さらに、当該評価方法において用いられるその他の物質を備えることもできる。当該その他の物質としては、例えば、抗がん剤、細胞構造体の培養培地、がん細胞を標識するための標識物質、細胞の生死判定用試薬、細胞構造体を構築する際に使用する物質(例えば、カチオン性緩衝液、強電解質高分子、細胞外マトリックス成分等)、などが挙げられる。
【0077】
<がん免疫療法の奏効性予測方法>
本実施形態に係る評価方法において、免疫細胞と抗がん剤の両方の存在下で前記細胞構造体培養する態様では、生体内の免疫系を含むがん微小環境を模した環境下で、免疫細胞と抗がん剤による抗がん効果を、免疫細胞が細胞構造体中の存在するがん細胞まで浸潤・到達する能力も含めて評価することができる。このため、当該評価方法を利用することにより、がん免疫療法の奏効性について、信頼性の高い予測を行うことができる。
【0078】
がん免疫療法の奏効性を予測するためには、上述の本実施形態に係る細胞構造体のうち、がん細胞を含む細胞層を内部に備える細胞構造体を用いる。がん細胞が細胞構造体の内部に存在していることにより、免疫細胞が細胞構造体中の存在するがん細胞まで浸潤・到達する能力も含めて評価できる。がん免疫療法の奏効性予測に使用される細胞構造体としては、評価の再現性と信頼性がより高められることから、がん細胞が構造体内部の特定の細胞層にのみ存在している細胞構造体を用いることが好ましい。また、免疫細胞及び/又は抗がん剤の影響が充分に到達し得ることから、細胞構造体中におけるがん細胞層の厚み方向の位置は、当該構造体の天面より下方であって厚み方向の半分の高さまでの範囲内にあることが好ましい。
【0079】
がん免疫療法の奏効性を予測するためには、抗がん剤と免疫細胞の両方を使用する。奏効性予測のために細胞構造体の培地に添加する抗がん剤は、がん免疫療法に使用する抗がん剤を使用する。当該抗がん剤としては、免疫療法剤が好ましく、がん免疫チェックポイント阻害剤がより好ましい。また、使用する抗がん剤は、1種類であってもよく、2種類以上であってもよい。
【0080】
がん免疫療法の奏効性を予測するためには、免疫細胞とがん細胞とのうち少なくとも一方を、好ましくは免疫細胞とがん細胞との両方を、当該がん免疫療法の施療対象であるがん患者から採取された細胞を用いる。がん患者から採取された免疫細胞としては、がん患者の生体から採取された体液(例えば、血液やリンパ液)又は腫瘍部から単離された免疫細胞を用いることが好ましく、がん患者の生体から採取された末梢血又は腫瘍部から単離された免疫細胞を用いることがより好ましく、がん患者末梢血又は腫瘍部から単離されたPBMCを用いることがさらに好ましい。がん患者から採取されたがん細胞と免疫細胞を用いることにより、前記した免疫細胞の型を含めて、より当該がん患者の生体内環境に近い培養環境が構築できる。そして、がん患者の生体内環境に近い培養環境下で評価を行うことにより、実際に当該がん患者に当該抗がん剤を用いたがん免疫療法を行った際に得られる抗がん効果についてより適切に評価できる。
【0081】
がん免疫療法の奏効性を予測するためには、がん細胞を含む細胞層を内部に備える細胞構造体を用い、がん免疫療法に使用する抗がん剤を使用し、免疫細胞とがん細胞とのうち少なくとも一方を、がん免疫療法の施療対象であるがん患者から採取された細胞を使用すること以外は、前記の本実施形態に係る評価方法と同様にして行うことができる。
【0082】
具体的には、がん細胞を含む細胞層を内部に備える細胞構造体を、免疫細胞及び抗がん剤の存在下で培養する培養工程と、前記培養工程後の前記細胞構造体中のがん細胞の生細胞数を指標として、前記がん細胞と前記免疫細胞とのうち少なくとも一方を用いて行うがん免疫療法の奏効性を予測する予測工程と、によりがん免疫療法の奏効性を予測する。細胞構造体の培養培地への免疫細胞及び抗がん剤の添加及びその後の培養、培養後の細胞構造体中のがん細胞の生細胞数の測定は、前記の本実施形態に係る評価方法と同様にして行うことができる。
【0083】
がん免疫療法の奏効性予測は、培養後の細胞構造体中のがん細胞の生細胞数を指標として得られる抗がん効果の高低を、対照区の抗がん効果と比較することにより行う。対照区としては、抗がん剤と免疫細胞のいずれか一方又は両方の非存在下で培養した試験区や、使用する抗がん剤を用いたがん免疫療法において抗がん効果が得られることが確認されているがん細胞又は免疫細胞を用いた試験区が挙げられる。
【0084】
がん細胞と免疫細胞の両方をがん患者由来の細胞を用いた場合には、具体的には以下のようにして奏効性予測を行うことができる。培養後の細胞構造体中のがん細胞の生細胞数が、抗がん剤と免疫細胞のいずれも存在していない環境下で培養した場合よりも少なく、さらに、抗がん剤のみの存在下で培養した場合や免疫細胞のみの存在下で培養した場合よりも少ない場合には、当該がん患者に当該抗がん剤を用いたがん免疫療法を行うことで充分な治療効果が得られると予測する。培養後の細胞構造体中のがん細胞の生細胞数が、抗がん剤と免疫細胞のいずれも存在していない環境下で培養した場合と同程度又は有意に多い場合には、当該がん患者に当該抗がん剤を用いたがん免疫療法を行っても治療効果は期待できないと予測する。培養後の細胞構造体中のがん細胞の生細胞数が、抗がん剤と免疫細胞のいずれも存在していない環境下で培養した場合よりも少ないが、抗がん剤のみの存在下で培養した場合や免疫細胞のみの存在下で培養した場合と同程度又は有意に多い場合にも、当該がん患者に当該抗がん剤を用いたがん免疫療法を行っても治療効果は期待できないと予測する。
【0085】
また、免疫細胞のみをがん患者由来の細胞を用い、がん患者由来ではないがん細胞を用いた場合には、具体的には以下のようにして奏効性予測を行うことができる。なお、がん患者由来の細胞以外のがん細胞としては、特に限定されないが、使用する抗がん剤によって抗がん効果が得られることが確認されているがん細胞であることが好ましい。培養後の細胞構造体中のがん細胞の生細胞数が、抗がん剤のみの存在下で培養した場合よりも少ない場合には、当該がん患者の免疫機能には特段の問題はなく、当該がん患者に当該抗がん剤を用いたがん免疫療法を行うことで充分な治療効果が得られると予測する。
一方で、培養後の細胞構造体中のがん細胞の生細胞数が、抗がん剤のみの存在下で培養した場合と同程度又は有意に多い場合には、当該がん患者の免疫機能が弱く、当該がん患者に当該抗がん剤を用いたがん免疫療法を行っても治療効果は期待できないと予測する。
【0086】
また、がん細胞のみをがん患者由来の細胞を用い、がん患者由来ではない免疫細胞を用いた場合には、具体的には以下のようにして奏効性予測を行うことができる。なお、がん患者由来ではない免疫細胞としては、特に限定されないが、使用する細胞構造体の培地に添加して培養した場合に単独で抗がん効果が確認されている免疫細胞であることが好ましい。培養後の細胞構造体中のがん細胞の生細胞数が、免疫細胞のみの存在下で培養した場合よりも少ない場合には、当該がん患者のがん細胞は当該抗がん剤によって充分な抗がん効果が得られるため、当該がん患者に当該抗がん剤を用いたがん免疫療法を行うことで充分な治療効果が得られると予測する。一方で、培養後の細胞構造体中のがん細胞の生細胞数が、免疫細胞のみの存在下で培養した場合と同程度又は有意に多い場合には、当該がん患者のがん細胞に対して当該抗がん剤は有効ではなく、当該がん患者に当該抗がん剤を用いたがん免疫療法を行っても治療効果は期待できないと予測する。
【0087】
がん免疫療法の奏効性を予測する際には、細胞構造体中におけるがん細胞層の厚み方向の位置が異なる2種類以上の細胞構造体を用いて、それぞれ別個に、前記免疫細胞及び前記抗がん剤の存在下で培養することも好ましい。がん免疫療法が奏効するためにはがん細胞の近傍に免疫細胞、特にT細胞が存在していることが重要であり(非特許文献3参照)、免疫細胞が周囲の間質を浸潤してがん細胞に到達する能力の強弱が、がん免疫療法の奏効性に大きく影響する。がん細胞層の厚み方向の位置が異なる2種類以上の細胞構造体を用い、それぞれの培養後の細胞構造体中のがん細胞の生細胞数を比較することにより、免疫細胞のがん細胞への浸潤・到達能力をより適切に判断してがん免疫療法の奏効性を予測することができる。なお、天面にがん細胞層を備える細胞構造体を用いて同様に培養を行い、培養後の細胞構造体中のがん細胞の生細胞数を、免疫細胞のがん細胞への浸潤・到達能力を判断する際の対照とすることも好ましい。
【0088】
<がん免疫療法の奏効性予測用キット>
本実施形態に係る評価方法を利用したがん免疫療法の奏効性を予測する方法は、当該予測方法に用いられる試薬等をキット化したがん免疫療法の奏効性予測用キットを用いることにより、より簡便に実施することができる。
【0089】
当該キットには、例えば、細胞構造体を構成する間質細胞、細胞構造体を構築する際に使用する物質(例えば、カチオン性緩衝液、強電解質高分子、細胞外マトリックス成分等)、細胞構造体を構築する際に使用する細胞培養容器を備えることができる。当該細胞培養容器は、構築された細胞構造体の培養容器としても用いられる。当該キットは、その他にも、がん細胞、免疫細胞、抗がん剤、細胞構造体の培養培地、がん細胞を標識するための標識物質、細胞の生死判定用試薬等を備えていてもよい。
【0090】
患者由来の免疫細胞を使用してがん免疫療法の奏効性を予測するためのキットとしては、細胞構造体中におけるがん細胞を含む細胞層の厚み方向の位置が互いに異なる2種類以上の細胞構造体と、前記細胞構造体を個別に収容する細胞培養容器と、を備えるものが好ましい。これらの細胞構造体は、細胞構造体中におけるがん細胞を含む細胞層の厚み方向の位置が、天面から厚み方向の半分の高さまでの範囲内にあるものが好ましい。
【実施例】
【0091】
以下、実施例を示し、本実施形態を具体的に説明するが、本実施形態は下記実施例に限定されない。なお、以下の実施例において、特に説明がない限り、コラーゲンとしてコラーゲンIを用いた。
【0092】
[実施例1]
線維芽細胞と血管内皮細胞とがん細胞とから形成され、血管網構造を備える細胞構造体を用い、健常人由来免疫細胞及び抗がん剤(がん免疫チェックポイント阻害剤)の効果を評価した。
【0093】
がん細胞と血管網構造を含む細胞構造体としては、ヒト新生児由来皮膚線維芽細胞(Normal Human Dermal Fibroblasts:NHDF)(Lonza社製、製品番号:CC-2509)、ヒト臍帯静脈内皮細胞(Human Umbilical Vein Endothelial Cell:HUVEC)(Lonza社製、製品番号:CC-2517A)の2種類の細胞から形成された多層構造体の天面に、ヒト結腸直腸腺がん細胞株であるHCT116(ATCC番号:CCL-247)から形成されたがん細胞層を積層した細胞構造体を用いた。また、細胞培養容器としては、トランズウェルセルカルチャーインサート(Corning社製、製品番号:#3470)を用い、培養培地としては、10容量%ウシ血清(Corning社製、製品番号:#35-010-CV)及び1容量%ペニシリン/ストレプトマイシン(和光純薬社製、製品番号:168-23191)含有D-MEM(和光純薬社製、製品番号:043-30085)を用いた。評価対象となる健常人由来免疫細胞は、末梢血単核細胞(Peripheral Blood Mononuclear Cell:PBMC)(CTL社製、製品番号:CTL-CP1)、抗がん剤はニボルマブ(R&D Systems社製、製品番号:MAB10861)を用いた。
【0094】
<細胞構造体の構築>
まず、NHDF(2×106個)とHUVEC(3×104個)を、ヘパリンとコラーゲンを含有するトリス-塩酸緩衝液(0.1mg/mL ヘパリン、0.1mg/mL コラーゲン、50mM トリス、pH7.4)に懸濁し、細胞懸濁液を調製した(工程(a))。この細胞懸濁液を、室温、400×gで1分間、遠心処理し、上清を取り除いた後、適量の培養培地で再懸濁した(工程(a’-1)(a’-2))。次いで、この細胞懸濁液を、トランズウェルセルカルチャーインサート内に播種した後、当該トランズウェルセルカルチャーインサートを室温、400×gで1分間、遠心処理した(工程(b))。その後、当該トランズウェルセルカルチャーインサートに、適量の培養培地を追加した後、CO2インキュベーター(37℃、5%CO2)にて24時間培養した(工程(c))。
【0095】
構造体が形成されたトランズウェルセルカルチャーインサート内に、適量の培養培地に懸濁した2×104個のがん細胞を播種した後、CO2インキュベーター(37℃、5%CO2)にて96時間培養した。培養終了後、血管網構造を備えた層にがん細胞層が積層された細胞構造体が得られた。がん細胞は、予め、蛍光標識(SIGMA社製、製品番号:PKH26GL)しておいた細胞を用いた。
【0096】
<PBMC及びニボルマブ存在下での培養>
得られた細胞構造体を、トランズウェルセルカルチャーインサートの1ウェル当たりのPBMC播種量が0又2×105個であり、ニボルマブ添加量が0又は2μgである培養培地中で、37℃、5%CO2にて72時間培養した。対照として、PBMC及びニボルマブを添加しなかった以外は同様にして培養した(薬剤非存在下での培養)。
【0097】
また、比較のために、前記細胞構造体に代えて、がん細胞を一般的な培養容器に単層になるよう培養した細胞(2D法)と、スフェロイド培養して得られたスフェロイド(スフェロイド法)も同様にして、PBMC及びニボルマブ存在下で培養した。
【0098】
<細胞構造体の分散>
次に、培養後の細胞構造体を細胞レベルに分散させた。具体的には、当該トランズウェルセルカルチャーインサートにトリス緩衝溶液(50mM,pH7.4)を適量添加し、その後、液体成分を除去した。この一連の工程を繰り返し3回実施した。次いで、当該トランズウェルセルカルチャーインサートに0.25%トリプシン-EDTA溶液(Invitrogen社製、)を300μL添加し、CO2インキュベーター(37℃,5%CO2)で15分間インキュベートした。その後、溶液全量を回収し、予め0.25%トリプシン-EDTA溶液(Invitrogen社製、)が300μL添加された回収用1.5mL容チューブに移した。次いで、当該トランズウェルセルカルチャーインサートに0.25%トリプシン‐EDTA溶液(Invitrogen社製)を100μL添加し、回収用1.5mL容チューブと共にCO2インキュベーター(37℃,5%CO2)で5分間インキュベートした。その後、溶液全量を回収し、回収用1.5mL容チューブに移し、更に0.25%トリプシン-EDTA溶液(Invitrogen社製)を300μL添加し、CO2インキュベーター(37℃,5%CO2)で5分間インキュベートし、細胞構造体分散液を得た。
【0099】
<生細胞数解析及び評価>
得られた細胞構造体分散液をトリパンブルー溶液に浸漬させてトリパンブルー染色した後、蛍光を発しておりかつトリパンブルー染色されていない細胞を、生きているがん細胞として計数した。細胞の計数は、セルカウンター「CountessII」(ライフテクノロジーズ社製)の蛍光モードを使用して行った。
また、2D培養物、スフェロイドに対しても同様に細胞構造体分散液を調製してトリパンブルー染色した後、生きているがん細胞として計数した。各培養条件について、繰り返し3回ずつ測定した。
【0100】
各培養物について、下記式に基づいてCNT(残存性細胞率)(%)を算出し、これを評価値とした。
CNT(%)=[がん細胞の正細胞数]/[薬剤非存在下での培養におけるがん細胞の正細胞数]×100
【0101】
各培養物の算出したCNTの結果を、構成されている細胞の数と共に表1に示す。表中、「2D」の欄は2D培養物の結果を、「Spheroid」の欄はスフェロイドの結果を、「3D」の欄は構築した血管網構造を備える細胞構造体の結果を、それぞれ示す。
【0102】
【0103】
この結果、ニボルマブを単独投与したものでは、2D培養物とスフェロイドと細胞構造体のいずれもCNTがほぼ100%であり、抗がん効果はなかった。PBMCのみを播種したものでも、2D培養物とスフェロイドと細胞構造体のいずれもCNTが78%程度であり、同程度の抗がん効果が得られた。PBMCとニボルマブを併用投与したもののうち2D培養物とスフェロイドでは、CNTが78%程度であり、PBMCのみを播種した時の抗がん効果と同程度であった。一方で、血管網構造を備える細胞構造体では、PBMCとニボルマブとを併用投与した際に、CNTが55%程度であり、PBMCのみを播種した時と比べ優位にCNTが小さく、抗がん効果が観察された。
【0104】
非特許文献5では、PDX動物モデルにおいて、ニボルマブ(抗PD-1抗体)を単独投与では抗がん効果がなく、PBMCとニボルマブを併用投与した場合にPBMCを単独投与よりも効果があることが報告されている。また、非特許文献6には、今回使用した大腸がん細胞株と同様にマイクロサテライト不安定な性質を持つ症例において、ニボルマブ投与により患者の無再発生存期間と全生存期間中央値が延長することが報告されている。
表1に示すように、血管網構造を備える細胞構造体を用いた場合には、非特許文献6の動物モデルと同様にニボルマブを単独投与したものでは効果はなく、PBMCとニボルマブを併用投与した場合にPBMCを単独投与よりも効果がある結果が得られている。また、非特許文献5のヒトと同様に、免疫細胞(PBMC)存在下においてニボルマブによる抗がん効果が観察されている。すなわち、本実施形態に係る評価方法によって、動物モデルの結果やヒト臨床結果を予測できる可能性が示唆された。
【0105】
[実施例2]
ニボルマブ作用機序に係わるPD-L1タンパク質の発現量の異なるがん細胞2種を用いて実施例1と同様に、健常人由来免疫細胞及び抗がん剤(がん免疫チェックポイント阻害剤)の効果を評価した。
【0106】
がん細胞と血管網構造を含む細胞構造体としては、実施例1で用いたNHDFとHUVECの2種類の細胞から形成された多層構造体の天面に、PD-L1タンパク質発現量の多いヒト非小細胞性肺線癌細胞株であるNCI-H1975(ATCC番号:CRL-5908)又はPD-L1タンパク質発現量の少ないヒト肺胞基底上皮腺癌細胞株であるA549(ATCC番号:CCL-185)から形成されたがん細胞層を積層した細胞構造体を用いた。
また、細胞培養容器、培養培地、PBMC、及びニボルマブは、実施例1で用いたものと同じものを用いた。
【0107】
<NCI-H1975と、A549と、におけるPD-L1タンパク質発現量の確認試験>
なお、本実施例で用いたNCI-H1975と、A549と、について、PD-L1タンパク質発現量の検出を行った。
図1は、実施例2における確認試験として、ウェスタンブロッティング法によるゲル電気泳動により、PD-L1タンパク質発現量の多いヒト非小細胞性肺線癌細胞株であるNCI-H1975と、PD-L1タンパク質発現量の少ないヒト肺胞基底上皮腺癌細胞株であるA549と、におけるPD-L1発現量の比較を行った結果を示す図である。
PD-L1発現量を測定する際のウェスタンブロッティング法の手順は以下のように行った。
<ウェスタンブロッティング法>
ウェスタンブロッティング法によるNCI-H1975とA549とのPD-L1検出には、抗PD-L1抗体(CST社製、E1L3N(登録商標))を用いた。
NCI-H1975とA549とを培養した後、溶解バッファーで細胞を溶解し細胞抽出液とした。得られた細胞抽出液を用いて電気泳動(SDS-PAGE)を実施し、抽出液に含まれるタンパク質を大きさに基づいて分離した後、PVDFメンブレンに転写するウェスタンブロッティング法によりPD-L1を検出した。
なお、
図1に示したβ-actinは、内在性コントロール(内部標準)である。
<ウェスタンブロッティング法によるPD-L1測定結果>
図1に示すように、本実施例で用いたNCI-H1975からはPD-L1のバンドを検出したが、A549では検出されなかったことを確認した。
すなわち、ウェスタンブロッティング法による試験により、本実施例で用いたNCI-H1975がPD-L1タンパク質発現量が高いこと、および、本実施例で用いたA549がPD-L1タンパク質発現量が低いことを確認した。
【0108】
<NCI-H1975とA549とを用いた健常人由来免疫細胞及び抗がん剤(がん免疫チェックポイント阻害剤)の効果の評価試験>
次に、実施例1と同様にして、天面にがん細胞層を備え、血管網構造を備えた細胞構造体を構築し、PBMC及びニボルマブ存在下で培養した。次いで、実施例1と同様にして、培養後の細胞構造体の生きているがん細胞を計数し、CNT(%)を算出した。各培養条件について、繰り返し3回ずつ測定した。結果を表2に示す。
【0109】
【0110】
この結果、PD-L1タンパク質発現量の多いNCI-H1975では、PBMCのみを播種したものはCNTが70%程度であったのに対して、PBMCとニボルマブを併用投与したものはCNTが33%程度であった。すなわち、NCI-H1975では、PBMCとニボルマブを併用投与した場合に、PBMCのみを投与した場合よりも優位にCNTが小さく、より高い抗がん効果が観察された。一方で、PD-L1タンパク質発現量の少ないA549では、PBMCのみを播種したものとPBMCとニボルマブを併用投与したもののCNTはほぼ同程度の55%程度であり、ニボルマブによる抗がん効果は観察されなかった。ニボルマブは、ニボルマブの作用機序から、PD-L1タンパク質が高発現しているがん細胞に対しては抗がん効果が得られるが、PD-L1タンパク質が発現していないがん細胞に対しては抗がん効果を示さないことが知られている。本実施例の結果は、このニボルマブの抗がん効果の知見と一致しており、本実施形態に係る評価方法によって、抗がん剤の作用機序を正しく反映した評価が可能であることが示唆された。
【0111】
[実施例3]
線維芽細胞と血管内皮細胞とがん細胞とから形成され、血管網構造を備える細胞構造体を用い、当該細胞構造体に添加する健常人由来免疫細胞の量を変化させて、健常人由来免疫細胞の効果を評価した。
【0112】
がん細胞と血管網構造を含む細胞構造体としては、実施例2で用いた細胞構造体と同じもの、すなわち、NHDFとHUVECの2種類の細胞から形成された多層構造体の天面に、予め蛍光標識したNCI-H1975から形成されたがん細胞層を積層した細胞構造体を用いた。
また、細胞培養容器、培養培地、PBMC、及びニボルマブは、実施例1で用いたものと同じものを用いた。
【0113】
実施例1と同様にして、天面にがん細胞層を備え、血管網構造を備えた細胞構造体を構築し、表3に記載の細胞数のPBMC及びニボルマブ存在下で培養した。次いで、実施例1と同様にして、培養後の細胞構造体の生きているがん細胞を計数し、CNT(%)を算出した。各培養条件について、繰り返し3回ずつ測定した。結果を表3に示す。
【0114】
【0115】
この結果、PBMCのみを播種したものとPBMCとニボルマブを併用投与したもののどちらも、PBMC量依存的に、CNTが小さくなっていた。これらの結果から、PBMC単独での抗がん効果とPBMCとがん免疫チェックポイント阻害剤の併用による抗がん効果のいずれも、血管網構造を備える細胞構造体を用いることにより充分な精度で評価できることが示唆された。
【0116】
[実施例4]
構造体中のがん細胞のみから形成された細胞層の位置が異なる種々の細胞構造体を用い、健常人由来免疫細胞及び抗がん剤(がん免疫チェックポイント阻害剤)の効果を評価した。
【0117】
<健常人由来免疫細胞及び抗がん剤の効果評価用の細胞構造体(4種)の構築>
健常人由来免疫細胞及び抗がん剤の効果評価に用いるがん細胞と血管網構造を含む細胞構造体としては、実施例1で用いたNHDFとHUVECの2種類の細胞から形成された多層構造体(20層)の天面、天面から2層目、天面から5層目、天面から10層目ががん細胞から形成された細胞層となるように構築した4種類の細胞構造体を用いた。
がん細胞としては、ヒト非小細胞性肺線癌細胞株であるNCI-H1975(ATCC番号:CRL-5908)を用いた。また、細胞培養容器、培養培地、PBMC、及びニボルマブは、実施例1で用いたものと同じものを用いた。
【0118】
<がん細胞層が細胞構造体の天面にある場合の構造体の構築>
実施例1と同様にして、天面にがん細胞層を備え、血管網構造を備えた細胞構造体を構築した。
【0119】
<がん細胞層が細胞構造体の天面以外にある場合の構造体の構築>
まず、必要な層数分のNHDFとHUVECを、ヘパリンとコラーゲンを含有するトリス-塩酸緩衝液(0.1mg/mL ヘパリン、0.1mg/mL コラーゲン、50mM トリス、pH7.4)に懸濁し、細胞懸濁液を調製した。この細胞懸濁液を、室温、400×gで1分間、遠心処理し、上清を取り除いた後、適量の培養培地で再懸濁した。
次いで、この細胞懸濁液を、トランズウェルセルカルチャーインサート内に播種した後、当該トランズウェルセルカルチャーインサートを室温、400×gで1分間、遠心処理した。その後、当該トランズウェルセルカルチャーインサートに、適量の培養培地を追加した後、CO2インキュベーター(37℃、5%CO2)にて24時間培養した。
【0120】
構造体が形成されたトランズウェルセルカルチャーインサート内に、適量の培養培地に懸濁した2×105個のがん細胞を播種した後、CO2インキュベーター(37℃、5%CO2)にて1時間培養した。がん細胞は、予め、蛍光標識(SIGMA社製、製品番号:PKH26GL)しておいた細胞を用いた。
【0121】
更に必要な層数分のNHDFとHUVECを、ヘパリンとコラーゲンを含有するトリス-塩酸緩衝液(0.1mg/mL ヘパリン、0.1mg/mL コラーゲン、50mM トリス、pH7.4)に懸濁し、細胞懸濁液を調製した。この細胞懸濁液を、室温、400×gで1分間、遠心処理し、上清を取り除いた後、適量の培養培地で再懸濁した。次いで、この細胞懸濁液を、がん細胞層を含む構造体が形成されたトランズウェルセルカルチャーインサート内に播種した後、当該トランズウェルセルカルチャーインサートを室温、400×gで1分間、遠心処理した。その後、当該トランズウェルセルカルチャーインサートに、適量の培養培地を追加した後、CO2インキュベーター(37℃、5%CO2)にて96時間培養した。培養終了後、がん細胞層を天面以外に含む細胞構造体が得られた。
【0122】
<細胞構造体(3種)におけるがん細胞層形成の確認試験>
本実施例における方法により、細胞構造体中において意図した位置にがん細胞層が形成されるか、確認試験を行った。
なお、確認試験においては、本実施例に示した方法により、層数が20層の細胞構造体において、(1)天面(20層)にがん細胞層を有するように構築した細胞構造体、(2)天面から10層目にがん細胞層を有するように構築した細胞構造体、および(3)天面から20層目にがん細胞層を有するように構築した細胞構造体(細胞構造体の一層目)を調製した。
がん細胞層形成の確認試験としては、各種細胞構造体の切片について、ヘマトキシリン染色によってNHDF,HUVEC,がん細胞の全ての核を染色し、免疫染色法によってがん細胞に多く発現しているCK7を染色し、公知の方法により撮像を行った。CK7検出には抗CK7抗体(abcam社、クローン:EPR17078)を用いた。
図2には、実施例4における確認試験として、(a)がん細胞層が天面に形成された場合における細胞構造体の断面写真、(b)がん細胞層が天面から10層目に形成された場合における細胞構造体の断面写真、および(c)がん細胞層が天面から20層目に形成された場合における細胞構造体の断面写真を示す。
図2(a)~(c)において、矢印で示した箇所が、免疫染色法により、がん細胞が確認された箇所である。
図2(a)において矢印で示すように、細胞構造体の切片の天面にがん細胞由来のCK7の染色が確認された。
また、
図2(b)において矢印で示すように、細胞構造体の切片の天面から10層目付近(細胞構造体の厚さ方向において中央付近)にがん細胞由来のCK7の染色が確認された。
さらに、
図2(c)において矢印で示すように、細胞構造体の天面から20層目付近にがん細胞由来のCK7の染色が確認された。
図2(a)~(c)に示すような切片画像に示すように、本実施例の手法によれば、細胞構造体中の意図した位置にがん細胞層が形成されていることを確認できた。
【0123】
<PBMC及びニボルマブ存在下での培養と、生細胞数解析及び評価>
上記<健常人由来免疫細胞及び抗がん剤の効果評価用の細胞構造体(4種)の構築>にて、得られた4種の細胞構造体(天面、天面から2層目、天面から5層目、天面から10層目)を、それぞれ、PBMC及びニボルマブ存在下で培養した。
次いで、実施例1と同様にして、培養後の細胞構造体の生きているがん細胞を計数し、CNT(%)を算出した。各培養条件について、繰り返し3回ずつ測定した。結果を表4に示す。
【0124】
【0125】
この結果、がん細胞層が構造体の天面にある細胞構造体では、PBMCのみを播種したものはCNTが75%程度であり、PBMCとニボルマブを併用投与したものはCNTが46%程度であった。つまり、PBMCとニボルマブを併用投与した場合には、PBMCのみを播種した時と比べてCNTが31.6%小さく、ニボルマブによる抗がん効果が観察された。がん細胞層の位置が構造体の天面から2層分底面側にある細胞構造体では、PBMCのみを播種したものはCNTが85%程度であり、PBMCとニボルマブを併用投与したものはCNTが50%程度であった。つまり、PBMCとニボルマブを併用投与した場合には、PBMCのみを播種した時と比べてCNTが32.5%小さく、ニボルマブによる抗がん効果が観察された。がん細胞の位置が構造体の天面から5層分底面側にある細胞構造体では、PBMCのみを播種したものはCNTが90%程度であり、PBMCとニボルマブを併用投与したものはCNTが62.3%程度であった。つまり、PBMCとニボルマブを併用投与した場合には、PBMCのみを播種した時と比べてCNTが28.4%小さく、ニボルマブによる抗がん効果が観察された。がん細胞の位置が構造体の天面から10層分底面側(構造体の厚み方向のおよそ半分の高さの位置)にある細胞構造体では、PBMCのみを播種したものはCNTが90%程度であり、PBMCとニボルマブを併用投与したものはCNTが80%程度であった。つまり、PBMCとニボルマブを併用投与した場合には、PBMCのみを播種した時と比べてCNTが11.2%小さく、ニボルマブによる抗がん効果が観察された。細胞構造体の厚み方向におけるがん細胞層の位置が構造体の天面からより深い(遠い)位置になっていくにつれて、PBMC単独投与の場合とニボルマブを併用投与した場合のいずれにしても抗がん効果が低下していく傾向が観察された。これらの結果から、本実施形態に係る評価方法において、細胞構造体の厚み方向におけるがん細胞層の位置が異なる細胞構造体を用いることにより、PBMCの多細胞層中におけるがん細胞層への到達能力も含めた抗がん効果を予測することができる可能性が示唆された。
【0126】
[実施例5]
がん細胞として、PD-L1タンパク質発現量の多いNCI-H1975を用いたこと(実施例2~4で用いたものと同様のNCI-H1975)、および、抗がん剤として、ニボルマブに代えて、抗PD-L1抗体であるアテゾリズマブを用い、アテゾリズマブの投与量を0.75μgとしたこと以外は、実施例1と同様にして、線維芽細胞と血管内皮細胞とがん細胞とから形成され、血管網構造を備える細胞構造体を用い、健常人由来免疫細胞及び抗がん剤(がん免疫チェックポイント阻害剤)の効果を評価した。
【0127】
がん細胞と血管網構造を含む細胞構造体としては、実施例1で用いたNHDFとHUVECの2種類の細胞から形成された多層構造体の天面に、実施例2~4で用いたものと同様のPD-L1タンパク質発現量の多いヒト非小細胞性肺線癌細胞株であるNCI-H1975(ATCC番号:CRL-5908)から形成されたがん細胞層を積層した細胞構造体を用いた。
また、抗がん剤(がん免疫チェックポイント阻害剤)として、ニボルマブに代えて、抗PD-L1抗体であるアテゾリズマブを用いた。
なお、細胞培養容器、培養培地、及びPBMCは、実施例1で用いたものと同じものを用いた。
【0128】
実施例1と同様にして、天面にがん細胞層を備え、血管網構造を備えた細胞構造体を構築し、PBMC及びアテゾリズマブ存在下で培養した。
次いで、実施例1と同様にして、培養後の細胞構造体の生きているがん細胞を計数し、CNT(%)を算出した。各培養条件について、繰り返し3回ずつ測定した。結果を表5に示す。
【0129】
【0130】
なお、表5の結果においては、参照として、PBMCもアテゾリズマブも投与していない試料において、2D培養物と細胞構造体のいずれにおいても、CNTがほぼ100%である例を示している。
表5に示すように、PBMCのみを播種したものでも、2D培養物と細胞構造体とのいずれもCNTが85%程度であり、同程度の抗がん効果が得られた。
PBMCとアテゾリズマブとを併用投与したもののうち2D培養物では、CNTが86%程度であり、PBMCのみを播種した時の抗がん効果と同程度であった。
一方で、血管網構造を備える細胞構造体では、PBMCとアテゾリズマブとを併用投与した際に、CNTが75%程度であり、PBMCのみを播種した時と比べ優位にCNTが小さく、抗がん効果が観察された。
本実施例により、細胞構造体(3D)を用いた場合には、ニボルマブに代えて、アテゾリズマブを用いた場合にも、PBMCとアテゾリズマブとを併用投与した際に、優れた抗がん効果が観察されることが示された。
本実施例の結果は、アテゾリズマブの抗がん効果の知見と一致している。
すなわち、本実施例の結果により、本実施形態に係る評価方法を用いることにより、ニボルマブとは異なる抗がん剤を用いた場合でも、正しく抗がん効果が評価可能であることが示された。
【0131】
[実施例6]
がん細胞として、NCI-H1975またはA549を用いたこと、評価対象の免疫細胞として、健常人由来のPBMCに代えて、肺がん患者由来のPBMCを用いたこと、および、ニボルマブの投与量を0.3μgとしたこと以外は、実施例1と同様にして、線維芽細胞と血管内皮細胞とがん細胞とから形成され、血管網構造を備える細胞構造体を用い、肺がん患者由来の免疫細胞及び抗がん剤(がん免疫チェックポイント阻害剤)の効果を評価した。
【0132】
がん細胞と血管網構造を含む細胞構造体としては、実施例1で用いたNHDFとHUVECの2種類の細胞から形成された多層構造体の天面に、PD-L1タンパク質発現量の多いヒト非小細胞性肺線癌細胞株であるNCI-H1975(ATCC番号:CRL-5908)又はPD-L1タンパク質発現量の少ないヒト肺胞基底上皮腺癌細胞株であるA549(ATCC番号:CCL-185)から形成されたがん細胞層を積層した細胞構造体を用いた。
なお、本実施例においては、肺がん患者由来の末梢血単核細胞(Peripheral Blood Mononuclear Cell:PBMC)を用いた以外は、実施例1における<PBMC及びニボルマブ存在下での培養>と同様にして、細胞構造体を構築し、肺がん患者由来のPBMC及びニボルマブ存在下で培養した。
また、比較のために、肺がん患者由来のPBMCを用い、かつ、NCI-H1975、または、A549を用いた以外は、実施例1と同様に、前記細胞構造体に代えて、がん細胞を一般的な培養容器に単層になるよう培養した細胞(2D法)を構築し、肺がん患者由来のPBMC及びニボルマブ存在下で培養した。
なお、細胞培養容器、培養培地、及びニボルマブは、実施例1で用いたものと同じものを用いた。
【0133】
次いで、実施例1と同様にして、培養後の細胞構造体の生きているがん細胞を計数し、CNT(%)を算出した。各培養条件について、繰り返し3回ずつ測定した。
結果を表6に示す。
【0134】
【0135】
この結果、細胞構造体(3D)を用いた際に、PD-L1タンパク質発現量の多いNCI-H1975では、肺がん患者由来のPBMCのみを播種したものはCNTが79%程度であったのに対して、肺がん患者由来のPBMCとニボルマブを併用投与したものはCNTが66%程度であった。すなわち、細胞構造体(3D)を用いた際において、NCI-H1975では、肺がん患者由来のPBMCとニボルマブを併用投与した場合に、肺がん患者由来のPBMCのみを投与した場合よりも優位にCNTが小さく、より高い抗がん効果が観察された。
一方、がん細胞としてNCI-H1975を一般的な培養容器に単層になるよう培養した細胞(2D法)を構築し、肺がん患者由来のPBMCのみを投与した場合、および、肺がん患者由来のPBMC及びニボルマブ存在下で培養した場合のいずれにおいても、十分な抗がん効果が観察されなかった。
また、細胞構造体(3D)を用いた場合において、PD-L1タンパク質発現量の少ないA549では、肺がん患者由来のPBMCのみを播種したものと肺がん患者由来のPBMCとニボルマブを併用投与したもののCNTはほぼ同程度の85%程度であり、ニボルマブによる抗がん効果は観察されなかった。
また、A549を用いて、がん細胞を一般的な培養容器に単層になるよう培養した細胞(2D法)を構築し、肺がん患者由来のPBMCのみを投与した場合、および、肺がん患者由来のPBMC及びニボルマブ存在下で培養した場合のいずれにおいても、十分な抗がん効果が観察されなかった。
【0136】
以上のように、がん細胞として、NCI-H1975を用い、かつ、3D構造を有する細胞構造体を用いた場合のみ、ニボルマブの有無による評価結果の有意差があった。
本実施例の結果は、PD-L1タンパク質が高発現しているがん細胞に対しては抗がん効果が得られるが、PD-L1タンパク質が発現していないがん細胞に対しては抗がん効果を示さないというニボルマブの抗がん効果の知見と一致している。
これらの結果から、本実施形態に係る評価方法によれば、患者由来のPBMCを用いた場合であっても、抗がん剤の作用機序を正しく反映した抗がん効果を正しく評価可能であることが示された。
【0137】
[実施例7]
ニボルマブ作用機序に係わるPD-L1タンパク質の発現量の異なるがん細胞2種として、ヒト胃がん細胞であるNUGC-3(JCRB番号:JCRB0822)、または、ヒト胃がん細胞であるMKN-1(JCRB番号:JCRB0252)を用いたこと、および、ニボルマブの投与量を0.3μgとしたこと以外は、実施例1と同様にして、線維芽細胞と血管内皮細胞とがん細胞とから形成され、血管網構造を備える細胞構造体を用い、免疫細胞及び抗がん剤(がん免疫チェックポイント阻害剤)の効果を評価した。
【0138】
がん細胞と血管網構造を含む細胞構造体としては、実施例1で用いたNHDFとHUVECの2種類の細胞から形成された多層構造体の天面に、PD-L1タンパク質発現量の多いヒト胃がん細胞であるNUGC-3、又は、PD-L1タンパク質発現量の少ないヒト胃がん細胞であるMKN-1から形成されたがん細胞層を積層した細胞構造体を用いた。
また、細胞培養容器、培養培地、PBMC、及びニボルマブは、実施例1で用いたものと同じものを用いた。
【0139】
実施例1と同様にして、天面にがん細胞層を備え、血管網構造を備えた細胞構造体(3D構造)を構築し、PBMC及びニボルマブ存在下で培養した。次いで、実施例1と同様にして、培養後の細胞構造体の生きているがん細胞を計数し、CNT(%)を算出した。各培養条件について、繰り返し3回ずつ測定した。結果を表7に示す。
【0140】
【0141】
この結果、PD-L1タンパク質発現量の多いNUGC-3では、PBMCのみを播種したものはCNTが84%程度であったのに対して、PBMCとニボルマブを併用投与したものはCNTが73%程度であった。
すなわち、NUGC-3では、PBMCとニボルマブを併用投与した場合に、PBMCのみを投与した場合よりもCNTが小さく、より高い抗がん効果が得られる傾向が観察された。
一方で、PD-L1タンパク質発現量の少ないMKN-1では、PBMCのみを播種したものとPBMCとニボルマブを併用投与したもののCNTはほぼ同程度の86%程度であり、ニボルマブによる抗がん効果は観察されなかった。
ニボルマブは、ニボルマブの作用機序から、PD-L1タンパク質が高発現しているがん細胞に対しては抗がん効果が得られるが、PD-L1タンパク質が発現していないがん細胞に対しては抗がん効果を示さないことが知られている。
本実施例の結果は、このニボルマブの抗がん効果の知見と一致しており、本実施形態に係る評価方法によって、胃がんなど、がん種が肺がんとは異なる場合であっても、抗がん剤の作用機序を正しく反映した評価が可能であることが示唆された。
【0142】
以上に、本発明の実施形態を説明したが、実施形態における各構成及びそれらの組み合わせ等は一例であり、本発明の趣旨から逸脱しない範囲内で、構成の付加、省略、置換、及びその他の変更が可能である。また、本発明は実施形態によって限定されない。
【産業上の利用可能性】
【0143】
本実施形態に係る評価方法は、免疫系の影響を受ける抗がん剤による抗がん効果について、動物モデルを用いることなく、より信頼性の高い評価が得られる評価方法である。このため、当該評価方法は、創薬現場における新薬開発やドラッグリポジショニングスクリーニング、又は、臨床現場における治療法の選別・決定等に利用可能である。