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特許7452792気管支断端瘻治療用細胞構造体とその製造方法
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  • 特許-気管支断端瘻治療用細胞構造体とその製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-03-11
(45)【発行日】2024-03-19
(54)【発明の名称】気管支断端瘻治療用細胞構造体とその製造方法
(51)【国際特許分類】
   A61B 17/12 20060101AFI20240312BHJP
   A61B 17/00 20060101ALI20240312BHJP
【FI】
A61B17/12
A61B17/00 500
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2019162908
(22)【出願日】2019-09-06
(65)【公開番号】P2021040722
(43)【公開日】2021-03-18
【審査請求日】2022-08-10
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 https://kaken.nii.ac.jp/ja/report/KAKENHI-PROJECT-15K10278/15K102782017jisseki/にて公開。
(73)【特許権者】
【識別番号】504205521
【氏名又は名称】国立大学法人 長崎大学
(74)【代理人】
【識別番号】100218062
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 悠樹
(74)【代理人】
【識別番号】100093230
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 利夫
(72)【発明者】
【氏名】松本 桂太郎
(72)【発明者】
【氏名】森山 正章
(72)【発明者】
【氏名】谷口 大輔
(72)【発明者】
【氏名】永安 武
【審査官】北村 龍平
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/175624(WO,A1)
【文献】国際公開第2008/123614(WO,A1)
【文献】特開2017-131198(JP,A)
【文献】特表2015-510409(JP,A)
【文献】国際公開第2019/018737(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2014/0330309(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 17/00
17/12
A61F 2/04
A61L 27/38
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
Google Scholar
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
気管支断端に供給されて瘻孔を閉鎖するための気管支断端瘻治療用細胞構造体の製造方法であって、間葉系幹細胞を含む複数のスフェロイドを融合させて固形化する工程を含むことを特徴とする気管支断端瘻治療用細胞構造体の製造方法。
【請求項2】
前記スフェロイドは、線維芽細胞または血管内皮細胞のうちの少なくともいずれかを含むことを特徴とする請求項1の気管支断端瘻治療用細胞構造体の製造方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、気管支断端瘻治療用細胞構造体とその製造方法に関する。より詳しくは、気管支断端に導入して瘻孔の閉鎖を促進するための細胞構造体とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
気管支断端瘻は、肺切除後の重篤な合併症として、肺葉切除後の0.5%、肺全摘後の4.5~20%の頻度で起こり、その死亡率は16~70%であることが知られている。
【0003】
気管支断端瘻の治療方法としては、手術療法と気管支鏡的治療法に大別される。しかしながら、手術療法は、高侵襲であり、また炎症が広範囲に広がっていれば、開窓ドレナージを含むさらに侵襲の大きな二期的な手術が必要となり、長期間の治療を要する。一方、気管支鏡的治療法は手術療法に比べると比較的患者への負担も少なく、全身麻酔も必要としないことから、様々な治療法が報告されている。
【0004】
例えば、気管支鏡的治療法の一つとして、EWS (Endobronchial Watanabe Spigot)と呼ばれるシリコン製充填材を気管支断端に一時的に留置し、瘻孔閉鎖を促進する方法が提案されている(非特許文献1)。
【0005】
また、別の方法としては、例えば、自家脂肪幹細胞を単離して気管支鏡下で気管支断端に注入することで瘻孔閉鎖を促進する方法なども提案されている(非特許文献2、3)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】気管支学 JJSB 23(6):510-515,2001
【文献】Thorax 2008;63:374-376
【文献】Cytotherapy, 2016;18:36-40
【文献】Sayako Morikawa et al. Ther Adv Respir Dis 2016, Vol. 10(6): 518-524
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、非特許文献1の方法は、問題点として、閉鎖率の低さおよび合併症の発生が挙げられる。具体的には、EWSによる瘻孔閉鎖率は83%程度であると言われているが、これはEWS施行以前に胸膜癒着術等の何らかの治療介入が行われている症例も含まれており、実際のEWS単独での成功率は33%程度と試算される。また、EWSは、全身麻酔を必要としない比較的侵襲の少ない局所治療と考えられているが、心筋梗塞や不整脈、閉塞性肺炎といった重篤な合併症も報告されている(非特許文献4)。EWS自体は非生体材料であり、生体適合性の低さからくる機械的な刺激が上記の合併症を引き起こしている可能性がある。
【0008】
非特許文献2、3の方法は、液体を注入する形態であるため、目的となる気管支断端から胸腔内に漏れ出す可能性があり、いずれの方法も治療成績が芳しくないことから、気管支断端瘻を効果的に治療するための新たな治療方法の開発が望まれていた。
【0009】
本発明は、以上の事情に鑑みてなされたものであり、気管支断端に留まり、瘻孔の閉鎖を促進することで、気管支断端瘻を効果的に治療するための気管支断端瘻治療用細胞構造体を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の課題を解決するため、本発明の気管支断端瘻治療用細胞構造体は、気管支断端に供給されて瘻孔を閉鎖するための気管支断端瘻治療用細胞構造体であって、間葉系幹細胞を含むスフェロイドが融合して固形化されていることを特徴としている。
【0011】
この気管支断端瘻治療用細胞構造体では、前記スフェロイドは、線維芽細胞または血管内皮細胞のうちの少なくともいずれかを含むことが好ましい。
【0012】
本発明の気管支断端瘻治療用細胞構造体の製造方法は、前記気管支断端瘻治療用細胞構造体の製造方法であって、間葉系幹細胞を含むスフェロイドを融合させて固形化する工程を含むことを特徴としている。
【発明の効果】
【0013】
本発明の気管支断端瘻治療用細胞構造体は、気管支断端に留まり、瘻孔の閉鎖を促進することで、気管支断端瘻を効果的に治療することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】Controlは、細胞構造体を挿入しない群である。中枢側気管支を刺通結紮し、ブラシにて気管支内を擦過し、気管支粘膜を脱落させた上で、末梢側を結紮し、2週間の観察期間をおいて犠牲死させた。気管支内腔は開存したままである。MSC-BMは、表1の(1)MSC-BMのみから構成される細胞構造体を挿入した群である。コントロール群と同様の手技で結紮と気管支内擦過を行い、細胞構造体を挿入した。2週間後の気管支には内腔に細胞構造体はほとんど残存していない。周囲組織が増生して、気管支内腔を押しつぶしているような像が観察できる。MSC-BM+ Fibroblastは、表1の(2)MSC-BMおよびFibroblastから構成される細胞構造体を挿入した群である。コントロール群と同様の手技で結紮と気管支内擦過を行い、細胞構造体を挿入した。
図2】表1の(3)MSC-BM+ RLMVECから構成される細胞構造体を挿入した気管支断端のマクロ像である。挿入後2週間で気管支内には挿入した細胞構造体が確認できる。
図3】表1の(3)MSC-BM+ RLMVECから構成される細胞構造体を挿入した気管支断端のHE染色像である。気管支内には挿入した細胞構造体組織が確認でき、気管支内腔がほぼ埋まっている。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、固形化された細胞構造体によって気管支断端瘻の瘻孔を閉鎖するという新規な着想に基づくものである。以下、本発明の気管支断端瘻治療用細胞構造体の一実施形態について説明する。
【0016】
本発明の気管支断端瘻治療用細胞構造体(以下、単に「細胞構造体」と記載する場合がある。)は、気管支断端に供給されて瘻孔を閉鎖するために使用される。
【0017】
本発明の細胞構造体は、間葉系幹細胞を含むスフェロイドが融合して固形化されている。
【0018】
間葉系幹細胞(Mesenchymal Stem Cells:MSC)は、様々な種類の細胞に分化することができ、自己再生能力をもつ多能性細胞である。間葉系幹細胞は、例えば、被検動物(例えば、マウス、ウサギ、ラット、モルモット、イヌ、ブタ、ヤギ、ウシなどの実験動物)またはヒトの骨髄からDexter法、磁気ビーズ法、セルソーティング法などの公知手法により採取することができる。さらに、皮膚、皮下脂肪、筋肉組織などから間葉系幹細胞を採取することも可能である。
【0019】
本発明では、間葉系幹細胞として、例えば、ヒト骨髄由来間葉系幹細胞、ヒト臍帯マトリックス由来間葉系幹細胞、ヒト脂肪組織由来間葉系幹細胞などを例示することができる。また、間葉系幹細胞は、気管支断端瘻の治療が必要とされる患者の自家細胞であることが好ましい。
【0020】
本発明において、「スフェロイド」とは、細胞同士が集合・凝集化した球状の細胞集合体をいう。
【0021】
スフェロイドは、間葉系幹細胞以外にも各種の細胞を含むことができ、その種類等は特に限定されない。具体的には、スフェロイドを構成する細胞としては、例えば、線維芽細胞、血管内皮細胞、軟骨細胞、iPS細胞などのうちの1種または2種以上の細胞を例示することができるが、線維芽細胞または血管内皮細胞を含むことが好ましい。この場合、スフェロイド中に含まれる間葉系幹細胞の割合は、50%以上であることがより好ましい。また、スフェロイドを構成する各種の細胞は、気管支断端瘻の治療が必要とされる患者の自家細胞であることが好ましい。
【0022】
スフェロイドの作製方法は特に限定されず、従来知られた方法を採用することができる。例えば、テフロン(登録商標)加工されたプレート上で細胞を培養すると、細胞は足場を求めて、お互いに接着し合い、細胞凝集塊すなわちスフェロイドが形成される。さらに、スフェロイド同士が接着して融合するとスフェロイドはさらに大きな形状となる。また、例えば、細胞非接着性のプレートに細胞を播いて培養すると、細胞は自然に凝集してスフェロイドが形成される。スフェロイドが形成されるまでの培養時間は、およそ6~48時間、好ましくは24~48時間である。
【0023】
スフェロイドの作製方法は、上述した方法に限定されず、旋回している溶液中に細胞懸濁液を入れる旋回培養法、試験管に細胞懸濁液を入れて遠心分離器で沈殿させる方法、あるいはアルギネートビーズ法など、多数の方法が知られている。なかでも、均質なスフェロイドを大量に処理および回収できる点で、撥水性や細胞非接着性のマルチウェルに細胞懸濁液を入れる方法を好ましく例示することができる。
【0024】
細胞構造体は、間葉系幹細胞を含む複数のスフェロイドが互いに接着することで固形化した構造体である。細胞構造体は、例えば、上述した手順によって接触し融合したスフェロイドを回収することによって得ることができる。細胞構造体は、間葉系幹細胞を含むことで、強度や安定性に優れている。また、ここで、「固形化している」とは、液状ではなく、一定の形を有することを言う。
【0025】
本発明の細胞構造体の製造においては、公知の3Dバイオプリンティング技術を利用することが好ましい。3Dバイオプリンティングは、3Dプリンターの技術を用いて、ある限定された空間に細胞パターンを作成する方法である。「生物学的な「インク」(バイオインク)」として、上述した間葉系幹細胞等またはこれを含むゲルなどを使用して、スフェロイドが融合した所望の形状の細胞構造体を作り出すことができる。また、このような細胞構造体を得るためには、例えば、特許4517415の記載などを参照することができる。
【0026】
また、本発明の細胞構造体の製造には、市販の3Dバイオプリンターを使用することができ、例えば、サイフューズ社製Regenovaなどを例示することができる。これらの3Dバイオプリンターを使用することで、スフェロイドを融合させ、空間的に配置された任意の形状の細胞構造体を得ることができる。
【0027】
細胞構造体の形状は特に限定されないが、例えば、球状、略円柱状などの形態を好ましく例示することができる。また、細胞構造体の大きさなどは適宜設計することができるが、円柱状の形態の場合、例えば、直径は0.5mm~20mm程度の範囲を例示することができる。
【0028】
また、2種以上の細胞を含む細胞構造体は、異なる種類の細胞からそれぞれ形成されたスフェロイドを融合させることで得ることができる。なかでも、その強度や安定性の観点から、細胞構造体は、間葉系幹細胞以外に、線維芽細胞または血管内皮細胞を含むことができる。
【0029】
次に、本発明の細胞構造体を用いて気管支断端瘻を治療するための一実施形態について説明する。
【0030】
気管支断端瘻を治療する場合、例えば、先端に開閉自在な把持部を備えた気管支鏡を用いて、患者の気管支断端の所望の位置に本発明の細胞構造体を供給する。この場合、例えば、本発明の細胞構造体をシリコン製の運搬器具などに保持し、気管支鏡の把持部によって運搬器具を把持して気管支内に運び、気管支断端の所望の位置に到達した際に、運搬器具から細胞構造体を脱離させることで、細胞構造体を留置することができる。このような運搬器具は、細胞構造体を保護し、安定に運搬できる構造を備えたものを適宜利用することができる。
【0031】
本発明の細胞構造体は、間葉系幹細胞を含むスフェロイドが融合して固形化されているため、気管支断端瘻の所望の位置に細胞構造体を留めることが容易であり、効果的に瘻孔を閉鎖することができる。
【0032】
本発明の細胞構造体は、以上の実施形態に限定されることはない。
【実施例
【0033】
以下、実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0034】
<実施例1>細胞構造体の作製
ラット (F344, 3週齢)から線維芽細胞 (Fibroblast)、骨髄由来間葉系幹細胞(MSC-BM)を単離した。また、正常ラット肺毛細血管内皮細胞 (RLMVEC, Lot number:RLMV-3, Cat. No.: KBKJB210, Vec Technologies社)の細胞株を購入して使用した。それぞれの細胞を37℃、5%CO2インキュベーター内にて培養 (D-MEM / Ham's F-12 with L-Glutamine and Phenol Red, 富士フィルム和光純薬株式会社・間葉系幹細胞増殖培地2 , D12132, タカラバイオ株式会社・EGM-2, CC-3162, ロンザジャパン株式会社)した後に、サイフューズ社製3D bio printer (Regenova)を用いて、スフェロイドを融合させて固形化させ、表1(1)~(3)に示した細胞混合比の細胞構造体を作製し、上記インキュベーター内で2週間の培養期間をおいて1mm x 8mm程度の円柱状の細胞構造体を完成させた。この細胞構造体は、鑷子で把持可能な強度である。
【0035】
【表1】
【0036】
<実施例2>瘻孔閉鎖についての検討
(瘻孔閉鎖の検討方法)
実験モデルとして、上記の実施例1で作製した細胞構造体を別個体の同系統ラット (F344, 8-12週齢)の気管支に挿入し、病理・組織学的に評価等を行った。具体的には、全身麻酔下に左開胸して左気管支を露出させた。中枢側は結紮し、末梢側気管支より気管支内をブラシで擦過したのちに、培養した細胞構造体を挿入し、末梢側も結紮した。これを細胞構造体挿入群とし、コントロール群では細胞構造体を挿入しない。短期・長期の観察期間をおいた後に、犠牲死させ、病理像にて気管支内の線維化や気管支閉鎖の有無の程度を評価した。
【0037】
(結果)
結果を図1-3に示す。コントロール群では、図1のように気管支内腔は開存したままであった。
【0038】
細胞構造体挿入群では、(1)群で気管支内腔の狭小化は認めるものの、気管支内腔には細胞構造体組織はほとんど残存していない。おそらく内腔外の間質が増生し、気管支内腔が押しつぶされたような、気管外からの圧排性狭小化であると思われる(図1)。(2)群でも同様に、気管支内腔の狭小化は認めるが、その程度は小さかった。(図1)。
【0039】
一方、(3)群では、肉眼的に挿入した細胞構造体が残存していることが確認でき(図2)、組織学的にも気管支内腔が細胞構造体により閉鎖していることが確認できた(図3)。
【0040】
以上より、control群に比べ、(1)(2)群ともに気管支内腔の狭小化を認め、細胞構造体による多少の瘻孔閉鎖効果があったと考えられるが、(3)群の方がより細胞構造体による瘻孔閉鎖効果に優れていた。

図1
図2
図3